「ちょ、ちょっと!それってどういうこと!?」
思わず叫んでいた。ここはフレンドリーアームイン。鉱山を水没させた私達は、あの薄気味悪いクロークウッドを何日もかけて抜けて、やっと文明の地に戻ってきた。ベントリーは私達を笑顔で迎えてくれ、乾いたベッドと温かい食事にありついてようやく人心地がついた、そんな夜、イモエンがメイジとしての修行を積むために、シーフとして仕事をすることをしばらく辞めたいと言い出したのだ。イモエンによれば、それは別に今考えついたことなどではなく、ずっと前から、そう、キャンドルキープにいた頃からそう思っていたらしい。だがもしもその話をゴライオンにすれば、おそらくは厳しい修行が待っていたことだろう。だからイモエンはゴライオンには黙って、キャンドルキープの大図書館にやってくるメイジ達に、時々話を聞いたりしていたというのだ。そして私とともにキープを出て、ツァーやハンやダイナヘールと知り合い、サランティールの屋敷で彼が魔法で従えているフレッシュゴーレムなどを見ているうちに、どうしても魔法の勉強をしてみたいと思うようになったらしい。だがそれには一つ問題があった。メイジとしての修行を積むようになれば、しばらくの間はシーフ稼業など休業しなければならない。どんな仕事でもそうだろうが、特に魔法というものは、片手間に出来るような生やさしいものではないのだ。だが私とともに冒険を続ける限り、イモエンのシーフとしての能力はパーティーにとってなくてはならないものだ。
『ずっと一緒にいるよ』
ゴライオンを目の前で殺された翌朝、イモエンはそう言ってくれた。その約束を守るためには私のそばを離れるわけにはいかない。ではどうすればいいのか、ずっとイモエンは悩んでいた。そこに現れたのがコランだ。一流の弓の腕を持ち、シーフとしての能力にも長けているこの新しい仲間に、イモエンは早速話を持ちかけた。
『自分の代わりにパーティーのシーフとして働いてくれる気はないか』
コランは快く引き受けてくれ、以来イモエンはシーフとしての彼の能力を確認する意味で、罠の探索も解除も鍵開けも、一緒に行ってきたらしい。
「コランのシーフとしての腕は私が保証するわ。鍵開けも罠解除も私と変わらないくらいだし、ステルス能力は私なんて足元にも及ばないわ。それに私より力もあるもの。敵の背後から忍び寄って、気づかれないうちにのどを掻き切ってくることだって出来ると思うわよ。」
「それはいいわよ・・・。あなたがシーフとして動けないならいくらでも他の方法を考える。だけど・・・だけど水くさいじゃないの!どうして黙ってたのよ!?」
自分の声が泣き声になっているのがわかる。イモエンがメイジになることに反対する気なんてさらさらない。代わりのシーフが必要だというならどこからでも見つけてきただろうし、コランが適任だというならいくらでも彼に頭を下げただろう。ただ私が悔しいのは、イモエンが私にそのことをずっと黙っていたこと・・・。
「ごめん・・・あなたに迷惑をかけたくなくて・・・だから私の代わりが誰か見つかるまでと思ってて・・・それで・・・その・・・。」
イモエンが泣き出しそうになる。見かねた仲間達が代わる代わるやってきて、私を取りなしてくれた。普段口数の少ないカイヴァンまでもだ。
「だがアデルの気持ちもわかるのぉ。聞けばあんたらは小さい頃から一緒に育ったという話じゃないか。仲のいい友達に隠し事をされるのは悲しいものだ。まあ裏切られるよりは遙かにましだが、わしのような目に遭う者がそうそういたのでは困る。イモエンよ、これからは出来るだけアデルに隠し事はせんほうがいいぞ。」
鉱山の元持ち主である老ドワーフ、イェスリックは、ひげだらけの笑顔で私達の肩を叩いてくれた。
「ごめんね・・・。気を遣ったつもりがかえってあなたを悲しませちゃったね・・・。」
「私のほうこそごめん・・・。怒ったりして・・・。でも、これからは何でも話してよ。」
「うん、そうする。」
「仲直りしたかね?」
イェスリックが私達の顔を交互にのぞき込んだ。うなずくと、今度は彼が相談があると言い出した。まさかまたパーティーを抜けたいなどという話かと一瞬身構えたが、そういう話ではなかった。イェスリックの話はこうだ。かれはもうずっと長い間、タヴァエロンによって鉱山の牢獄に押し込められていた。私達のおかげで脱出は出来たが、今後アイアンスロウンを相手にすることを考えると、自分の腕が今のままでは心許ないというのだ。
「すっかり鈍りきっておるからのぉ。勘を取り戻すために、しばらくの間ソードコーストを廻ってみたいんだが、そんな時間はないかのぉ。」
「そう言うことなら私も一口乗りたいものだな。」
言い出したのはコランだった。彼はベレゴストより南を歩き回ったことがあまりないらしい。いずれ行ってみたいとは思っていたが、ワイヴァーン退治の一件を請け負ってからずっとクロークウッド方面を歩いていたので、機会がなかったというのだ。カイヴァンもブランウェンもこの話には賛成した。そしてイモエンも、メイジとしての第一歩を踏み出すために、机上の勉強ばかりでなく、実戦もこなして呪文詠唱に磨きをかけたいと、この話を承諾した。そこで私達はベレゴストまで南下し、あの町を拠点としてソードコースト一帯をくまなく歩き回ることにした。最初の目的地は、コランがベレゴストで聞いたというファイアーワイン遺跡と決まった。橋の地下には遺跡があり、モンスターが徘徊しているという。近くにはウルキャスター学院という、昔このあたりでは有名だった魔法学院の跡地もある。そこは今ではすっかり荒れ果て、モンスターの巣窟と化しているとか、ウルキャスター学院長の亡霊が出るとかいう噂がまことしやかに囁かれている場所だ。そのほかにも、サイリーンが徘徊する海岸沿いや、ナシュケル鉱山近辺の岩場など、行きたくてもなかなか腕が伴わずに断念した場所は数知れない。
「腕が鳴るのぉ。」
イェスリックはメイスをぶんぶん振り回しながら楽しそうだ。イモエンはメイジらしく裾長のローブに身を包み、うれしそうに鏡をのぞき込んでいる。あんな裾長のローブなんて、歩き出した途端に裾を踏んづけて転びそうだ。でも本人は自分のローブ姿が気に入っているらしい。イモエンが順調にメイジとして成長できるよう、呪文を唱えようとして転んで失敗したりしないよう、今は祈ろう。
ベレゴストに戻り、私達はジョヴィアルジャグラーに向かった。ここを定宿にしているドワーフのグルケが盗まれたというクロークを、もしもクロークウッドに行くことがあったらさがしてみるからと約束していたのだ。だが、クロークが見つかったことを告げるとグルケはなぜか青くなり、私達を宿屋のフロアの隅に引っ張っていった。なんと彼はこのクロークを奪われたときの話を人々に話して聞かせ、大もうけしていたのだ。最初はそんなつもりではなかったらしいが、話を聞いた人が聞かせてもらったお礼にとお金をおいていき始め、あっという間にそれが大金になったのだそうだ。そうなるとクロークが見つかったというのは実に具合が悪い。そこでグルケは、私達にそのクロークをあげるから見つかったことを決して口外しないようにと念を押し、そそくさとフロアの中央に戻っていった。そこには彼の話を聞きに来た人達が大勢待っていた。
「おやおや・・・いい気なものねぇ。こちらは苦労してクロークを取り戻してきてやったというのに・・・。」
ブランウェンがため息をついた。でもまあ仕方のないことだ。なかなかいいクロークのようだし、こちらとしてもそれほど損したわけではなさそうだ。こうなったらさっさとファイアーワイン遺跡の情報集めでもしよう。
ファイアーワイン遺跡はファイアーワイン橋の地下にある。私達がベレゴストで聞いたうわさ話はどれも今ひとつ不確かで、遺跡に入るには情報が足りなかった。だがいろいろと聞いてまわっているあいだに、ちょっとしたうれしい情報が聞けた。ファイアーワイン橋の北側に、遺跡の番人と称しているハーフリング達の村があるというのだ。そこに行けばもう少し詳しい話が聞けるだろう。ハーフリング達は気のいい種族だと聞いている。丁寧に頼めば、遺跡に入るのに近道くらいは教えてもらえるかも知れない。私達はまず、ガリキンと呼ばれるハーフリング達の村を目指すことにした。
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ガリキンと呼ばれるハーフリング達の集落に向かう途中、久しぶりに私を狙う暗殺者に出くわした。だが私も昔の私とは違う。難なく敵を倒すことが出来た。
「鉄騒動に首を突っ込んでいると言うだけのことではなさそうだが、何か心当たりがあるのか?」
カイヴァンは怪訝そうだ。
「あるわけがないわ。でも私が狙われているのは確かよ。」
半分やけでそう言った。これで誰かがパーティーを抜けたいというかも知れないが仕方ない。
「ゴライオンを殺した者達とおなじ手のものなら、悪いのはアデルではなく敵のほうだろう。」
「ゴライオンを知ってるの?」
コランの口から出た意外な一言に私は驚いた。
「顔見知りでないことは確かだが、彼は有名な人間だ。あの有名なエルミンスターとも親交があったようだからな。」
行く先々で出会ったあのおかしなじいさんが、エルミンスターと名乗っていた。それが嘘か本当か知らないが、ゴライオンという人には、まだまだ私の知らないことがたくさんある、それは確かなようだ。
「とにかく、こいつらの持ち物はいただいていきましょ。この先何があるかわからないわ。手に入るものは何でもとっておかなきゃ。」
イモエンはさっさと死体を転がして良さそうな荷物を自分の荷物に移している。彼女の明るさ、たくましさを私も見習いたいものだ。
やがてたどり着いたハーフリング達の村は実にのどかだった。思った通り、ハーフリング達は気のいい種族で、みんな気軽に声をかけてきてくれる。村長らしいガンドラーから、最近ファイアーワイン遺跡の中で何かが起きているらしく、その原因を突き止めて解決してほしいと頼まれた。遺跡探索をして人助けが出来るなんて一石二鳥だ。私達は早速遺跡に着いて聞き込みを始め、どうやら遺跡にコボルド達を招き入れる手引きをしていたハーフリングの存在を突き止めた。
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遺跡内には凄まじい数のコボルドがいた。しかもファイアーアローを放ってくる。所詮コボルドとは言え、数が多いとそれなりにやっかいだ。怪しげなメイジがいきなり襲ってきた。オーガメイジもいた。さてみんなして何を企んでいたものやら、今となっては知るよしもないが、悪だくみを阻止したと考えて間違いないだろう。ガンドラーにも感謝されて、気持ちよくガリキンを去ることが出来た。
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また夢を見た。血の夢・・・いや、違う。これはこの世界に流れる霊液だ。この世界のあらゆる場所にそれは流れていくが、一つの大きな流れになると言うより、あちこちで渦を巻いたり、小さな流れに別れたりしているようだ。その中に私がいる。小さな水流にもてあそばれ、大きな渦に巻き込まれ、どこまでもあてどなく流されていく。不思議なことに、その流れの中に自分の中に流れるものとおなじ何かを感じた。けれど飲み込まれたくない。そう思ったとき、船が現れた。帆を張り舵を取ろうとするが、すぐに高波が押し寄せ、どうしても飲み込まれてしまう。時折見るこの夢は、どんどんわけがわからなくなる。いったい何を意味しているのか。夢の中では何かがわかりかけるのに、目を覚ましたあとに残るのは奇妙な感覚だけだ。ベッドから起きあがり、鏡を見る。疲れ切った顔の自分がいる。朝までにもう一眠りしよう。こんな顔のままではみんなに心配をかけてしまう。
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亡霊と話したのは初めてだ。もっとぞーっとするものかと思ったが、ブランウェンに寄れば悪意を持っていない亡霊と会話しても、それほど悪い影響はないらしい。もっとも必要以上に仲良くなるのはやめたほうがいいらしいが。ウルキャスターの学院長らしい亡霊から、地下の魔法学院にある歴史の本を持ってきてくれと頼まれた。そのことが気がかりで現世に縛りつけられているのだとしたら気の毒だ。何とかしてあげよう。
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地下から歴史の本をなんとか見つけ出し、亡霊に返した。亡霊は満足したようにすうっと消えていった。やっぱりあまり気分はよくない。たとえ剣を向けられても、相手が生身の人間のほうがよほどいい。
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