シーフギルドの隣にある、『キークシー亭』の2階に私達はいた。町の中をあちこち歩き回り、困っている人を助けたり、マレックのような追手を退けたりとちっとも休む暇がなかった。そんな厳しい日々の中で、コランは時々娘に会いに行っているらしい。
「手がこんなに小さくて壊れそうなのに・・・私の指をしっかりと握るんだ。ああ!あの感動は今までの人生にはなかったものだ!」
おかげで私達は毎晩コランから、娘の話を聞かされている。でも彼はブリエルバラと結婚して腰を落ち着ける気はないらしい。私達といっしょに冒険していることの方が、彼にとっては大事らしいのだ。私も昔は冒険にあこがれていたのだけれど・・・・想像していた冒険と実際の冒険に、こんなに開きがあるとは思わなかった。
「しかしお前さんはエルフだろう?エルフってのは森の中で生活しているほうが性に合うと聞いているが、旅から旅の冒険家稼業なんぞ、そんなに楽しいと思うのかね。」
イェスリックがコランに尋ねた。
「私はもう森を出て久しい。町の中で人間やエルフやドワーフなどが入り乱れて暮らしている場所のほうが、不思議と落ち着くのさ。」
「ふむ・・・エルフにもいろいろいるというわけか。」
「イェスリックよ、かえって私達エルフのほうがあなたを不思議に思っているぞ。」
カイヴァンが珍しく口を開いた。
「ん?なんでじゃ?」
「ドワーフというものはみなエルフを嫌っている。まったく面識がなくても、相手がエルフだと言うだけであからさまに嫌悪するものも少なくない。あなたは私達にまったく嫌悪を抱いてないようだが、私にはそれが不思議で仕方ないのだ。」
「ほお、なるほど。ではまったく同じ質問をお前さん方に返してみよう。確かにドワーフとエルフは昔から仲が悪い。わしの仲間でもエルフを悪し様に言う者はたくさんいた。それはエルフにも言えるのではないのかね?ドワーフなど近づいてきてだけで吐き気がすると言われたこともある。それなのにお前さん方はわしにまったく嫌悪を抱いてないようだ。」
「私の望みはタゾクを討ち果たすこと。私にとって敵はオーガであり、人間でもドワーフでもない。そしてあなたは私達に協力してくれている。あなたを嫌悪する理由はどこにもない。」
普段はあまり笑わないカイヴァンが、少し微笑んで答えた。
「うーむ、では私も言っておいた方が良さそうだな。さっきも言ったように、私はドワーフ殿に嫌悪など抱いたことはない。逆の場合はよくあったがね。だがそう言う輩には近づかなければいいだけのこと。あなたは私にとってよき友人だよ、イェスリック。」
「不思議な縁で知り合ったけれど、こうしているとなんだかずっと昔からいっしょにいるような気がしているわ。種族の違いなんて、そんなに大事なことではないんじゃないの?」
コランとブランウェンも笑顔で言う。
「そうだのぉ。みなそれぞれに大事なものはあるだろうが、わしにとっちゃ、それがエルフを忌み嫌うことでないことだけは確かじゃな。念のために言っておくなら、わしを陥れたリエルタールは人間だった。だが、だからといってそれがすべての人間を憎む理由にもならん。」
「つまり、みんなでこれからもいっしょってことでいいのよね?」
イモエンが明るく笑いながら言う。みんな口々に「うんうん」「そうだ」と言ってくれるけれど、私の心は晴れない。
「どうしたの?元気ないじゃない?」
イモエンが私の顔をのぞき込んだ。
「だって・・・。」
私は思いきって、この冒険の旅に出てから考えていたことを話してみた。私は冒険にあこがれていた。でも実際の冒険は、想像していたものとはまるで違っていた。でももう『やめる』とは言えない。冒険をやめても私の落ち着ける場所はどこにもない。それはみんな似たようなものだ。イモエンも私と同じで家には帰れない。カイヴァンは恋人の仇を討たない限りは森に戻れない。コランは森を出て久しく、家と呼べる場所はないらしいし、ブランウェンも女の身でテンパスのクレリックとなった今では、故郷に帰っても受け入れてはもらえないだろうと言っている。そしてイェスリックもまた、故郷と呼べるはずだったクロークウッドの鉱山に、もう戻ることは出来ない・・・。
「家もなくて、毎日戦闘ばかり・・・。もう何人殺したかなんてわからなくなってきたわ。なのに私には前に進むしか道は残されていない。みんなどうしてそんなに明るくしていられるの?」
何か・・・心のよりどころがほしかったのかも知れない。もちろん仲間の存在、とりわけイモエンの存在は、私にとって大いに心のよりどころとなってくれているのだけれど・・・。
「私には復讐という目的がある。何があってもそれをやり遂げるまではひたすらに進むだけだ。」
カイヴァンの声は静かだ。
「あら、それじゃあなたは、私達といっしょにいるのは楽しくないの?」
イモエンの率直な質問に、カイヴァンが戸惑ったような顔をした。
「・・・確かに、君達と旅をするようになってから、私は何年ぶりかで笑ったような気がする・・・。楽しくないわけではないのだ。だが、やはり私が心から笑える日は、タゾクを討ち果たした日をおいてほかにはないだろう・・・。それでは不満だと言われると、私も困るのだがな・・・。」
「これこれイモエン、カイヴァンを困らせてはいかんぞ。ふむ・・・アデルの気持ちもわからぬでもない・・・。うーむ、それでは久方ぶりに坊主としての説教でもしてみるかのぉ。ま、クランジェッディンの説法など、人間のお前さんにはピンと来ないかもしれんがな。それとも、ブランウェンのテンパスのほうがいいかのぉ。」
「説教でもなんでもね、聞く側が心を開いていなければ聞こえないのと同じよ。話を聞きたいなら、私はいつでもしてあげるわ。」
「・・・考えてみる・・・。」
神様か・・・。ブランウェンもイェスリックも、本当に心から自分の神様を信じている。強くなりたいとずっと思っていて、確かに今の私は以前よりずっと強くなった。今ならあの時、ゴライオンを守れたかも知れないと思うくらい・・・。でも、強くなるために一体自分がどれほどの人やモンスターを殺してきたのか・・・。モンスター?いいえ、彼らは単に人間とは違う種族なだけだ。エルフやドワーフのように・・・。ただ彼らは言葉を解さなかったり、彼らにとって私達が食料だったりするから、殺さなければ殺されるから、殺してきた・・・。本当にそれだけ?戦闘のあとのあの高揚感。血みどろの死体、自分の武器にべっとりと付いた血・・・。そんなものを見て心が高ぶることがある。恐ろしくて誰にも言えずにいたけれど、それはやはり罪悪感なのだろうか。だとすれば、神様を信じることで多少は・・・救われる・・・でも本当にそんなものなんだろうか・・・。
「なあアデル、スカールのところに行く前に、ウルゴス・ビアードに行ってみないか?」
突然言い出したのはコランだ。
「ウルゴス・ビアードって・・・。あなたがブリエルバラから逃げたくて行こうって言ってた場所?」
私の言葉にコランは赤くなった。
「そ、それはもう終わったことだ。君達のおかげで私はマジックミサイルを撃ち込まれることもなく、娘の命を救うことも出来た。みんなには本当に感謝している。だがウルゴス・ビアードに様々な冒険の話があるというのは、別に嘘ではないのだ。いつぞやオベロンの屋敷から盗み出したハルーアンスカイシップの部品を守っていたのは、シャンダラーの姉妹だったろう?あの実に性格の悪い姉妹達の父親が、どうやら今、ウルゴス・ビアードに滞在しているらしいんだ。」
「そんなところに行きたいと思わないけど・・・。」
イモエンが呆れたように言った。あの時は私が必死で姿を消したまま部品をとってきたけれど、慌てていたのでどうやら必要のないものまで持ってきてしまっていたらしい。よく見たらそれはゴールドを入れてあった袋だった。あとになってから返しに言ったりすれば泥棒として捕まるだけのことなので、そのままいただいてしまったっけ・・・。そんな話があの娘達から父親に伝えられていたら、大変なことになる。
「そりゃ私だって好んで顔を合わせたいわけではないが、どうやらシャンダラーは相当力のあるメイジらしい。そう言う連中は、得てしてそんな細かいことにはこだわらないものさ。無造作に棚に入れてあったと言うことは、彼らにとってははした金だったのだろう。アデル、君はあの時シャンダラーの姉妹達を傷つけたりはしていないのだろう?」
「してないわ。私の目的は部品を盗み出すことだけだもの。」
「ならば問題ない。いかに力のあるメイジと言えど、肉親の情、とりわけ父親が娘に注ぐ愛情というものは特別なものがあるからな。万一彼女達にかすり傷一つでも負わせていれば大変なことになっただろうが、何もないなら堂々としていけばいいさ。」
『父親が娘に注ぐ愛情というものは特別』
なるほど、今のコランが言うと実に説得力がある。
「そうねぇ・・・。確かに儲け話がごろごろしているって話は、ソードコースト中で聞いたことがあるわ。私は興味がなかったけれど、旅を続けるのに資金はいるし、それなりの力のメイジなら、それなりの儲けが出るような仕事を依頼してくるでしょう。アイアンスロウンとの対決の前に、もう一仕事しておきたいところね。」
珍しくブランウェンが乗り気だ。
「うーむ、悪くない話じゃな。それに、シャンダラーの話がなくてもほかにもいろいろと儲け話はあるのじゃろうて。そう言えば、デューラッグの塔への観光ツァーも、あそこを根城にしているイケとか言うベンダーが仕切っているということじゃないか。」
イエスリックも丁寧に編み込んだ顎髭をなでながら、うんうんとうなずいている。
「デューラッグの塔って・・・あの薄気味悪い塔のこと?」
ナシュケル鉱山から出たとき、遠くにあの塔が見えた。あれだけ離れていても気味の悪い塔だと思ったが、本当にあんな場所への観光ツァーがあるなんて、参加する人達は何を考えているんだろう。
「ほぉ?アデルは乗り気ではないようだな。今までにもかなりの人々が観光ツァーに参加しているということじゃ。まあちょっとだけ塔の雰囲気を味わってくる分にはかまわんだろう。だが無理にとは言わんよ。」
「でもあそこは、わりとのんびりとした村よね?海沿いだから景色は良さそうだし。行ってみたいな。ねぇアデル、行こうよ。」
「私も反対はせぬぞ。ブランウェンの言うとおり、資金は必要だし、この町の滞在もだいぶ長いからな。たまには外に足を伸ばしてみようではないか。自然に触れるのは気持ちのいいものだ。」
最近はずっと町の中ばかりで、森での暮らしが長いカイヴァンにはいささか息苦しく感じられたのかも知れない。
「そうね。それじゃ明日行ってみましょうか。」
こうして私達は、翌朝ウルゴス・ビアードへと出発した。
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