響き渡る爆発音、男達の怒号と叫び声が遠くから聞こえてくる。だが、私の前に立っている男には、まったく聞こえていないかのようだ。
「バールの子よ、お目覚めか。さらなる訓練の時間だ。」
まるで本を読んでいるかのような抑揚のない声で男は言い、呪文を唱え始めた。途端に私の体の中を電撃が走りぬけ、気の遠くなるような痛みに思わず叫び声を上げた。そのたびに男は満足したようにうなずき『これほどの力が眠っていたとは』とうれしそうに言いながらまた呪文を唱える。『痛みは一時的なものだ、死に至ることはない』そう言われたところで痛みが和らぐわけではなく、何度も呪文を唱えられ、痛みで意識が飛びそうになる。だが、そうなると決まって、私の体の中で何かがうずき出す。まるで何かの力が外に出たがってうずうずしているような、奇妙な感覚だ。そうなるたびに男はますます満足げにうなずく。『もう少し、もう少しだ・・・』
いつもなら、この『訓練』とやらは私が気を失うまで行われる。だがこの日はいつもと違っていた。誰か・・・いや、あれはなんだろう、何かがやって来て、『マスター』と呼びかけている・・・。マスターと呼ばれたその男は忌々しそうにうなずき、突然姿を消した。
自分が今いる場所が、牢獄だと言うことだけはわかっていた。でも、どう見ても罪人を入れるためのものではない。悪趣味としか言いようのない鳥かごのような檻がずらりと並び、私はその一つに閉じ込められている。なぜ私はここにいるのだろう。なぜあの男は私を拷問するのだろう。『バールの子』とはいったい何で、なぜあの男が私をそう呼ぶのか、それを考えようとするたびに頭の中が激しく痛み、その痛みに負けて考えることをやめてしまう。そもそも私はいつからここにいるのか、それすらもわからない。今日来たばかりかも知れないし、ずっと前からいるのかも知れない。時折近くで誰かの叫び声が聞こえる。怒っているような男の声だが、何を言っているのかさえ、今の私の頭では理解出来ない。
やっとのことで、さっきの拷問で受けた体の痛みが取れてきた。とにかくここから出なければ。私の意識があるうちにあの男が立ち去ったのは初めてなのだ。今行動を起こさなければ、私はこのままこの場所で殺されてしまうかも知れない。
「・・・アデル・・・?」
立ち上がり、檻の扉を調べ始めたとき、誰かの声が聞こえた。聞き覚えのある、とても懐かしい声だった・・・。
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イモエンとの再会で、霧がかかっていたようだった頭の中が大分すっきりしてきた。そして「バールの子」が自分であることも、ここに来るまでに自分がどこにいたかも思い出すことが出来た。だが・・・なぜここで拷問をされる羽目になっているのか、それだけはどうしてもわからない。イモエンと同じくやっと再会出来たジャヘイラとミンスクに聞いてみたが、ふたりとも特に暴力は受けてないようだった。どうやらひどい拷問を受けていたのはイモエンと私だけらしい。
「あの男は、何かの力とか何とか言っていたわ。でも何で私が・・・」
イモエンが不安げに呟いた。イモエンのこんな顔は初めて見る。いつだって明るく逞しく、私の不安をぬぐい去ってくれていたイモエンだが、この酷い状況で、その表情に翳りが見え始めていた。
「とにかく、ここを脱出しましょう。カリードも探さなければね。」
行ける場所にはすべて行ってみたつもりだったが、カリードはいなかった。ジャヘイラの表情には不安と疲労が色濃く見え始め、傍で見ていてつらくなるほどだ。ドライアド達の助言で、移動のためのポータルを作動させることが出来るキーを見つけた私達は、何があるかわからない「次の場所」へと向かった。きっとそこに仲間がいると信じて・・・。
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これ以上酷い状況なんてないと思っていたのに、もっと酷いことが起きようとは・・・。やっとの思いで暗い地下を脱出した私達の前に現れたのは、イモエンと私を拷問したあの「イレニカス」だった。しかも、怒りに任せてイモエンがイレニカスに魔法で攻撃し、イレニカスが応戦した瞬間、現れた灰色のローブの集団に、二人とも連れ去られてしまった!魔法を使ってはいけない?この世に魔法使いなんて数え切れないほど溢れているというのに!キャンドルキープでは魔法使いは尊敬されていた。ソードコーストでは魔法使い達がたくさん歩いていたし、その誰もが自由に魔法を使っていた。私達はここがどこかもわからない、あの「イレニカス」に無理矢理連れてこられただけなのに、あの男の巻き添えを食ってイモエンは連れ去られてしまったのだ・・・。こんな時、いつも話を聞いてくれたダイナヘールはもういない。カリードを失って悲嘆にくれるジャヘイラにはとても相談出来ない。ミンスクはイモエンを連れ去った連中のあとを追うと息巻いてるし、今のところはそれをヨシモが何とかなだめていてくれる状況だ。あの灰色のローブの集団は何者で、イモエンはどこに連れて行かれたのか・・・何一つわからない。私は・・・私はこれから、一体どうすればいいのだろう・・・。
ウォーキーンズプロムナード
今いる場所がアムンのアスカトラという街で、私達が立っているこの場所はウォーキーンズプロムナードいう、商人達が集う場所なのだと教えてくれたのは、どうやらイレニカスと私達とのやりとりを見ていたらしい、若い貴族の女性だった。気品に満ちた物腰だが、他の貴族達と違うのは、私達を見下したような態度をとらないことだ。とても感じのいい女性で、さっき現れた灰色ローブの集団が「カウルドウィザード」という、アムンでの魔法使用を独占している集団だと言うことも教えてもらえた。無断で魔法を使えば捕えられ、どこかに連れて行かれるという。そしてもう一つ、私達が地上に出たときにイレニカスと戦っていた連中は、シャドウシーフの一員ではないかと言うことだ。シャドウシーフと言えば、確かフサムがその組織に属していたはずだ。サレヴォクに濡れ衣を着せられたおかげで、酷い目に遭っているとこぼしていた。サレヴォクの件は片づいてはいるが、あのあと彼等がどうなったのかはわからない。
貴族の女性に礼を言って、とにかく私達はこの場所を離れることにした。街の一角がものの見事に破壊され、がれきが飛び散り、酷いありさまだ。怪我人が出てないといいのだけど。たとえ見も知らぬ人でも、私のために誰かが傷つけられたり、命が失われたりするのはもうごめんだ。
「やっぱりアスカトラか。俺が捕まってからそんなに時間が過ぎてないみたいネ。アデル、このウォーキーンズプロムナードってのはネ、たいていのものが揃う場所ダヨ、ただし、先立つものは当然必要ネ。」
ヨシモはニッと笑って、指をコインの形に丸めて見せた。いささか重い思いはしたが、イレニカスの牢獄から、私達は持てるだけのアイテムを持って出てきていた。近くの店でそれらを売り払うと、みんなで食事をしたり、贅沢をしなければ宿屋にも泊まれる程度のお金にはなった。
「アスカトラは「シティ・オブ・コイン」と呼ばれるだけあって、たいていのことはお金で片が付くのよ。それがいいことだとは思わないけど、仕事を見つけて少しでも稼いでおかないと、イモエンを探す手立ても、仲間を集める手立てもないと思うわ。」
ジャヘイラが辺りを見回しながら言った。
「取りあえず歩いてみるのがいいネ。ただ立っていても、金貨1枚拾えやしないヨ。」
まずは仕事探しだ。出来ることなら、殺しや盗みなどと言う物騒な仕事ではなく、人助けが出来る仕事があれば言うことはないのだけど・・・。
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本当なら楽しいはずのサーカステントで私達が見たものは、バカにされ笑われていたノームの復讐劇だった。どんな理由があろうと、あのノームは越えてはならない一線を越えてしまった。大勢の人々が殺されてしまったが、あのギランという少年の母親と、サーカスで働くエアリーというエルフの娘を助け出せたことは大きな収穫だったと言っていいだろう。それにしてもまあ・・・あのクァイルと再会することになろうとは!
バルダーズゲートで出会ったときは、いかにも信用出来ないお調子者にしか見えなかったが、今ではすっかり落ち着いて、頼れる団長になっているようだ。クァイルから託されたエアリーを、私達は仲間にくわえた。有翼のエルフ、アヴァリエルだが、悲しいことに翼を失ってしまったという。でもエアリーはとても明るくて優しい。サーカステントを地獄に変えたカラーをも、「どうしても憎めないんだ」という。そんな優しいエアリーは、イモエンを探すという危険な仕事を、快く引き受けてくれた。この街にも信じられる仲間はいる。そう思うとまた勇気が湧いてきた。
イモエン・・・
あんな奴と一緒に連れ去られて、今頃どれほど心細い思いでいることだろう。待っててね。必ずあなたを助け出すから!
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