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 突然廊下でライラの咳き込む音が聞こえて、ロイの瞑想は破られた。風邪はかなりひどいらしい。
 
「・・・なんでだよ・・・?」
 
 自分とライラを隔てる扉に目をやり、ロイは悔しげにつぶやいた。
 
「もうすぐ一ヶ月だぞ!?何であいつは音をあげないんだ!?なんでさっさと家に帰ってあったかい布団で寝ようとしないんだ!?バカにされて、怒鳴られて、あんな寒いところで座り込みをしながら、風邪までひいて、なんであきらめないんだ!?」
 
 いらいらとロイは部屋の中を歩き回った。どうするべきだ?このまま無視するのか?そうすればあいつはあきらめるのか?風邪をひいたまま放っておけば、肺炎を起こすかもしれない。そうなったらあきらめるのか?でもそのころには歩いて帰れる体力だって残らないだろう。俺はあいつを傷つけたいわけじゃない。
 
「ええい、くそっ!」
 
 バァンと派手な音を立てて、ロイは部屋の扉を開けた。ライラはきょとんとしてロイを見上げている。
 
「おい。」
 
「はい?」
 
「とりあえず話だけは聞いてやる。荷物をまとめて部屋に入れ!」
 
「・・・は・・・?」
 
 ライラはまだぽかんとしたままロイを見つめている。今のロイの言葉がちゃんと理解出来ていないらしい。
 
「聞こえなかったのか!?座りこみは終わりだ!お前の話を聞いてやるから中に入れと言ってるんだ!」
 
「は・・・はい!」
 
 ライラは目を大きく見開き、そしてぱっと笑顔になってうなずいた。だが立ち上がろうとした瞬間ふらついてひざをついた。肩で息をしている。よく見ると顔が、いや、顔だけじゃなくて目も真っ赤だ。熱があるらしい。
 
「まったく・・・こんなになるまで我慢しやがって・・・とにかく入れ。俺はお前を死なせたいわけじゃないんだ!」
 
 ロイはライラの体を支えて部屋の中に入れると、ベッドに強引に寝かせた。
 
「とりあえずここで眠れ。この部屋の中はちゃんと暖房が効いているからあったかいぞ。」
 
「でも、話を・・・。」
 
 ライラはボーっとした顔のまま起きあがろうとする。
 
「とにかくその熱を何とかしろ!熱が下がったらお前がいやだって言っても話を聞いてやる!」
 
 ロイはもう一度ライラをベッドに押し付けた。
 
「は・・・はい・・・・。」
 
「今薬を持ってきてやる。まったく最近の若い奴は限度ってものを知らん・・・。」
 
 ロイが部屋を出ようとしたとき、シドがやってきた。シドは部屋の中にいるライラに驚き、そしてロイを見てくすりと笑った。
 
「ふん!笑いたきゃ笑っていいぞ。俺は目の前で人が死ぬのなんぞもうたくさんなんだ。シド、俺は医務室でこいつの薬をもらってくるから、君はその間こいつを見ててやってくれないか。」
 
「わかりました。」
 
 シドは傍目で見てもわかるほど楽しそうだ。早晩ロイが折れるだろうことを予感していたのかもしれない。
 
 
 ロイが部屋を出ていったあと、シドはライラの傍らに座って額に手をあてた。
 
「かなり熱が出ているな・・。よくここまでがんばったもんだ。だが、死んじまったらそれっきりだぞ。もう無茶はほどほどにしておくんだな。」
 
「すみません・・・。」
 
 ライラは小さな声で言った。
 
「ま、お前が座りこみをすると聞いた時から、なんとなくこいつはロイさんを説得しちまうだろうなと思っていたが、やっぱりお前の粘り勝ちだな。誰かと賭けでもしておけばよかったよ。」
 
 シドの冗談にライラが少し笑った。
 
「ナイト輝石のことを調べたいそうだな。」
 
「ご存知なんですか?」
 
「ロイさんに聞いたのさ。だが、ナイト輝石の坑道はこの鉱山の一番奥だ。そこだけは王宮の直轄区域だから、封鎖を解いてもらうにはそれなりの材料がなきゃならない。わかるな?」
 
「はい。」
 
「ロイさんがどう言うかはわからないから俺が勝手なことは言えないが、今後のことはお前のがんばりにかかってるぞ。まずは風邪をちゃんと治して、それからだな。」
 
「あの・・・どうしてそんなに僕に親切にしてくださるんですか?」
 
 実はライラが鉱山内を歩き回っている間、シドは何度かライラに出会っている。でもそのことをいちいちロイに報告しなかった。別に坑道の中を歩き回っていたわけではないし、鉱夫達の仕事の邪魔になるようなことはなにもしていなかったからだ。シドがその気になれば、ライラが邪魔だとかみんなに迷惑をかけているとか報告して、本当にライラをここから追い出すことも出来なかったわけじゃないが、シドはなんとなくそんなに気になれなかった。なぜなのか考えてみてもよくわからない。ただ、ライラが本気でがんばっていることだけはわかったから、いつの間にか応援したい気持ちになっていたのかもしれない。
 
「う〜ん・・・どうしてかな・・・。俺はお前を最初に見たときから、なんとなく気に入ってたのかもな。」
 
 シドが笑った。そのとき扉が開いて、もわっと薬草のにおいが鼻をついた。
 
「おい、薬をもらってきたから全部飲め。」
 
 ロイはぶっきらぼうに言い、ベッドのサイドテーブルに薬を置いた。ロイのあとからどたどたと足音が聞こえ、デボラが顔を出した。
 
「さぁ、病人用の食事だよ。ちょうどいい熱さにしてあるから、ゆっくり食べておくれ。」
 
 デボラはニコニコ顔だ。ライラの世話を焼けるのがうれしいのだろうが、それと同じくらいロイが折れたことがうれしいのだろう。デボラの持ったトレイの上からはいい匂いがしてくる。ライラは起き上がって食事を少しだけ食べ、苦そうに顔をゆがめながら薬を飲んだ。
 
「よし、全部飲んだな。あとはとにかくゆっくり休め。」
 
 ライラはうなずいて、小さな声で『ありがとうございます』と言いながら目を閉じた。薬が効いたのかすぐに寝息が聞こえてきた。それを確認して、デボラは満足そうにトレイを持って出ていった。『夕食も準備してあげなきゃね』と楽しそうにつぶやきながら。
 
「シド、こいつの部屋を宿舎に用意してやってくれ。とにかく話を聞いてやらないとな。」
 
「聞くだけなんですか?」
 
「それは内容次第さ。」
 
「そうですね。では用意してきます。確か一番小さい部屋が空いていたはずですから、とりあえずそこに入ってもらいましょう。」
 
「頼む。」
 
「ロイさん、実を言うと、私はうれしいんですよ。最近こんな気骨のある若いのはほとんどいやしませんからね。」
 
「まあそうなんだけどな・・・。親は泣いてるだろうなぁ。せっかく育てたのにこんなところに来ちまって・・・。」
 
「どこの出身なんですか?」
 
「えーと・・・あれ・・・?」
 
 訊かれて初めて気がついた。ロイはライラの名前と歳以外、何も聞いていない。
 
「聞いてなかったな。ははは・・・まずはそこから聞かなくちゃならないか・・・・。」
 
「ははは、そうですね。あ、そうだ忘れるところだった。」
 
 シドは午後の採掘についての予定を報告しに来たわけだったのだが、すっかり忘れていたのだ。一通り報告してシドが出ていったあと、ロイはぼんやりとライラを見つめていた。
 
「この頑固者め・・・。」
 
 今決断してよかったのかもしれない。あのままほっといてもライラは絶対に音をあげなかっただろう。朝起きたら部屋の前にこいつの死体があったなんて、そんな光景は見たくもない。ライラは少し苦しそうだ。夜になったら医務室の医師に診察に来てくれるよう頼んでおいてよかった。肺炎を起こしているかもしれない。若いからといっても体力には限界があるのだ。
 
「ナイト輝石のために死ぬ奴なんぞ、もう二度とだすもんか・・・・。」
 
 
 
 
 実際ライラの風邪は相当悪かったらしい。その夜診察に来た医師は、
 
『もう少し廊下で粘っていたら手遅れになっていたかもしれないな。しばらくは一人で寝かせておくのも良くないぞ。』
 
と言いながら顔をしかめた。今すぐ死ぬかもしれないというわけではないのだが、常にそばにいて見ていないと心配な状態だとのことだった。そこでロイは自分の部屋にもうひとつベッドを運んでもらい、ライラがよくなるまで同じ部屋で寝起きすることにした。統括者の仕事は、一日二回の見回り以外部屋を空けることはほとんどない。第一心配で、看病を人任せにする気にはなれなかった。そして一週間後、やっとライラの熱は下がり、食欲もだいぶ出てきた。あと2〜3日は安静にしていろと医師に言われてライラは不満そうだったが、言うことを聞かなければ俺は話を聞かんぞとロイが脅かして、渋々言うとおりにすると約束した。その日の午後・・・。
 
「・・・・・・・・・・。」
 
 ロイが書類に目を通していると、背後のベッドでライラが起き上がる音がした。
 
「どこに行くんだ?」
 
「あの・・・手洗いに・・・。」
 
 そわそわと落ち着かない。じっとしているのはきっと苦手なんだろう。
 
「・・・ここにいては退屈か。まあそうだろうなぁ・・・・。それじゃ、風邪が治ったら話を聞いてやると言ったが、とりあえずおまえ自身のことを先に聞こうじゃないか。」
 
「僕のですか?」
 
「ああ、そうだ。お前は最初に名前と歳を言っただけだ。どこの出身で両親は何て名前で何の仕事をしていて、自分はどこの学校を出たとか、まあ本当は、最初の面接でそこまで聞かなきゃならなかったんだがな。その続きをこれから聞こうってのさ。そうすりゃ、あと何日かして本格的に話を聞こうってことになった時にそれだけ手間が省けるってもんだぜ?」
 
「・・・わかりました。」
 
 ライラはなんとなく緊張した面持ちでベッドから降り、ロイの前においてある椅子に座った。
 
「で、お前はどこの生まれなんだ?」
 
「・・・北大陸のもっと北にある・・・島です。」
 
「へえ・・・ずいぶんと寒い場所から来たんだな。こっちの暑さはこたえるんじゃないのか?名前は何と言う島だ?北大陸の北側ってのは、寒さが厳しいわりに結構人が住んでいる島が多いんだ。確かあのあたりはいろんな貴族の所領になっているはずだが、お前の住んでいる島を治めているのはどこの貴族だ?」
 
「あの・・・貴族の所領ではないんです。僕の故郷の島は王宮の直轄領で、名前はただの、北の島・・・です。昔は何の名前もなかったらしいですが、今ではみんな北の島とだけ呼んでいます。」
 
「・・・・・・・・・・・・・。」
 
 ロイの顔色が変わった。それがなぜなのか、ライラにはわかる。北大陸の北側に、ただの『北の島』などと言う名前を持つ島はひとつしかない。
 
「・・・お前の島には診療所があるな?」
 
「はい・・・。」
 
「医者はどんな奴だ?」
 
「診療所の先生は・・・かなり年配のブロムさんと・・・クロービス先生と・・・先生の奥さんの・・・。」
 
「・・・・・・・・・・・。」
 
 ロイがライラを見つめた。ライラの顔に穴が空くんじゃないかと思えるほどに鋭い視線だった。さすがのライラも言葉を飲み込み、ロイを見つめ返した。この頑固者があの島の出だと聞いた瞬間、ロイはまさかこいつはクロービスとウィローの息子じゃあるまいなと疑ったのだが、どうやらそうではなかったらしい。実際顔立ちはどちらにも似ていないし、あの二人の息子は確かもう少し若かったはずだ。
 
「・・・その先生の奥さんがカナの出身だって知らないわけはないな?」
 
「知っています。ウィローおばさんのお父さんがどんな人かも・・・。」
 
「知っててお前はここに来たのか。」
 
「はい。」
 
「ナイト輝石を調べるためにか。」
 
「はい。」
 
「・・・そうか・・・。」
 
 なるほど、そこまでわかっていてここに来たのなら、そう簡単に引き下がれないだろう。だが、この若者の両親は息子がこんなところにいることを知っているんだろうか。こいつがクロービスとウィローを知っていると言うことは、当然あいつらだってこいつのことを知っているはずだ。あいつらの息子は確か今15歳くらいだ。・・・そういや確かカインとか言ったっけ・・・。こいつは17歳だと言っていたから、カインより二つ上か・・・。カインの前にウィローが流産した子供がちゃんと生まれていたとしてもこいつよりは一つ下か・・・。まあ歳は近いから幼馴染なんだろうな・・・。
 
(・・・一つ下・・・?)
 
 突然、ロイの脳裏に、ライラと初めて会った日の会話がよみがえった。最初にここに来た時、こいつはなんて言っていた?
 
『小さなころ一度だけ川でおぼれて死にかけたことがある』
 
 そうだ、確かにそう言っていた・・・。それじゃ・・・。
 
「・・・お前なのか・・・?」
 
 突然ロイに尋ねられ、ライラは何のことかわからずに顔をあげた。
 
「はい?」
 
「ウィローが最初の子供を流産したのは、おぼれた子供を助けるために無理して蘇生の呪文を使ったからだと聞いた・・・。それが・・・。」
 
 ライラの顔が苦しげにゆがんだ。
 
「・・・僕です・・・。」
 
 その瞬間、ロイの拳がライラの頬に飛んだ。その勢いでライラは椅子から転がり落ちて、ベッドにぶつかった。
 
「それなのになんでお前は命を大事にしないんだ!?この大バカ野郎!もしも俺がずっとお前をほっといたら、肺炎を起こして死んじまうところだったんだぞ!?」
 
 やはりあの時決断してよかった。ウィローが自分の子供の命と引き換えにしてまで救った命を、奪ってしまうようなことにならなくて、本当によかった・・・・。
 
「すみません。でも僕はどうしても・・・・。」
 
「ナイト輝石のことを調べたかったのか?」
 
 ライラは頬を押さえながら黙ってうなずいた。
 
「まったく・・・あんなもののために死ぬ奴なんぞ、俺はもう二度と見たくないんだ!くそっ!もう寝てろ!」
 
 ライラは立ち上がり、一礼すると黙ってベッドにもぐりこんだ。静かになってみると、ロイは急に悪いことをしたような気持ちになった。病人を怒りににまかせて殴ってしまうなんて、情けないことこの上ない。
 
「・・・医者がもう全快だと言うまでは話を聞いてやらんが、少しなら中を歩き回ってもいいぞ。」
 
 この言葉に一度布団をかぶったライラがガバッと起き上がった。
 
「いいんですか!?」
 
「ただし、坑道には入るな。それから歩き回るのは午後だけにしておけ。急に動くと体力を消耗するからな。」
 
「わかりました。ありがとうございます!」
 
 笑顔で何度も頭を下げるライラに、ロイはばつの悪そうな視線を向け、
 
「今日はさっさと寝ろ!」
 
 そう怒鳴りつけた。
 
 
 
(まったく・・・何であの島の奴らはみんなして頑固者なんだ・・・。クロービスといいウィローといい・・・)
 
「・・・・・・・・・・・。」
 
「はは・・・ウィローはカナの出身だっけ。ま、カナにも頑固者は腐るほどいるからな・・・。」
 
 ウィローが流産した知らせは、クロービスからの手紙で知った。医者の勉強にかまけて、自分の妻の妊娠にも気づかないなど夫として失格だと、自分を責めていた。助けた子供の両親は、二人ともクロービスの幼馴染らしい。その父親のほうの話は、クロービスから聞いたことがある。幼馴染としてだいぶ世話になったらしいのだが、クロービス自身にそのころの記憶はほとんどなく、剣士団に入団してからひとかたならぬ世話になった先輩として尊敬しているし、また大事に思っているのだと言う話だった。
 
(つまりこいつは、オシニスの相方だった奴の息子ってことになるのか・・・。)
 
 オシニスとは、あの乗っ取り騒動のあと、ハース鉱山の現状調査と鉱山再開の前準備として内部の片付けをするために剣士団を率いてやってきた王国剣士の名前だ。オシニスはロイのことを、ロイはオシニスのことを、それぞれクロービスとウィローから聞いていたので、二人はすぐに意気投合した。歳が近かったせいもあるのかもしれない。南大陸は初めてだと言うオシニスに、いろいろと教えたのはロイだ。そしてオシニスは剣士団でのクロービスの活躍ぶりをロイに教えてくれた。クロービスとウィローは、オシニスと彼の相方の剣士にいろいろと世話になったと言っていたのだが、オシニスの傍らにはそれらしき剣士が見当たらない。不思議に思ってロイは尋ねた。
 
『あんたは何で一人なんだ?王国剣士ってのは二人一組が標準じゃないのか』
 
『あいつは剣士団が解散したあと故郷に戻って結婚したよ。そのうち親父になるんだろうな。クロービスとは同郷なんだ。今ごろウィローも一緒になって俺達の噂でもしてるかもしれないぜ。』
 
 オシニスはそう言って笑っていたが、その笑顔はどこかさびしげに見えた。
 
『あんたは結婚してないのか?』
 
『女にはトンと縁がなくてね。それに、今のところこの国を何とかするほうが先決さ。』
 
 オシニスはとても『女に縁がない』ようには見えなかった。いささか喧嘩っ早そうには見えるが、男の目から見てもなかなかのハンサムじゃないかと思う。だが、確かに自分達の国が今の状態ではおちおち結婚も出来やしないと、あの時ロイは思ったものだ。そのオシニスが剣士団長として就任したと言う知らせを聞いたのは、もう何年も前のことになる。当時王宮では、『新旧交代人事』と称して、古株の大臣が職を退いたり、若い貴族が新しく大臣として就任したりと、御前会議を束ねる最高神官レイナック以外の人事が、ほとんど入れ替わったという話だった。オシニスの剣士団長就任は、その新旧交代人事の目玉だったらしい。
 
 ハース鉱山でしばらく一緒に仕事をした縁で、ロイとオシニスはたまに手紙を交換するようになった。最初はハース鉱山の鉱夫と王国剣士として、途中からは鉱山の統括者と剣士団長として。そう言えば最近手紙を書いていない。別に書くことがなかっただけだが、さてライラのことは話をしておくべきなんだろうか。
 
(親父が剣士団長と知り合いだって言うなら、挨拶の一つもしておけってくらい言いそうだけどなぁ。辞める時にけんかでもしたって言うならともかく・・・。)
 
 昔オシニスから聞いた話を思い出してみても、ライラの父親が剣士団を辞めるときに何かトラブルがあったようには思えない。だがもしもこの若者が、ここに来る前に剣士団長に挨拶の一つもしていたのなら、紹介状を持っているか、そうでなくてもそれを知らせる手紙くらいは来てもよさそうなものだ。
 
(とりあえず・・・・本人に聞くのが一番だな・・・。)
 
 
 その夜、デボラが相変わらず張り切ってライラの食事を持ってきた。熱が下がって普通の食事ができるようになったので、腕の振るいようがあると笑っていた。一人で食事をさせるのもなんなので、ロイも今は自分の部屋で食事をしている。食事が終わったあと、ロイはライラに、父親から剣士団長に会うようにと言われなかったのかと尋ねてみた。思った通り、ライラはそう言われていたけれど王宮に寄らずに直接ここに来てしまったということだった。
 
「・・剣士団長の紹介状でもあれば、俺だっていくらお前が若そうでもひ弱そうでも、門前払いはしなかったと思うぞ。」
 
「それは・・・多分そうなんだろうと思いましたが・・・。でも僕は自分の力で・・・。」
 
「その気持ちもわからないではないけどな。意地を張って死にかけたんじゃ、割に合わないじゃないか。死んじまったらナイト輝石の調査どころじゃないんだからな。」
 
「・・・はい・・・・。」
 
「とにかく、お前のことはオシニスに伝えておく。」
 
「・・・剣士団長をご存知なんですか?」
 
「昔ここの後片付けに来たことがあったからな。」
 
「後片付け・・・?」
 
「・・・ここを乗っ取ろうなんて考えた大ばか者が殺した死体の山と、モンスターが暴れ回って壊された施設の修理さ。それに南大陸の実態調査もかねて、剣士団が来たことがあったんだ。もう18年近く前のことだがな。」
 
 ライラが顔をこわばらせた。
 
「別にお前を非難しているわけじゃない。だが、それは紛れもなくこの場所で起きたことだ。今の王国の繁栄は、彼らの屍の上に築きあげられていると言っても過言じゃない。俺達はそのことを忘れるわけにはいかないんだ。」
 
 ライラは黙ってうなずいた。
 
 
 
 その後・・・医者から全快を告げられるまでの間、ライラは実におとなしかった。ロイに言われたように、毎日午後だけは鉱夫達の休憩所に顔を出したり、食堂でデボラの話し相手になっていたりしたが、一緒に部屋にいてもほとんどしゃべらず、本を読んだり何か日記のようなものを書いているようだった。もしかしたら、ライラが心変わりするかもしれないとロイは思った。それならそれでいい。家に帰るまでちゃんと面倒を見てやろう。ライラは賢い子供だ。別にこんなところでわざわざ苦労を背負い込まなくても、きっといい仕事について成功するだろう。だが心変わりしないかもしれない。そのときはそのときだ。また考えればいい。
 
 そしてとうとうライラは医務室の医師から『もう大丈夫だ。まったくの健康体だから、どこにでも行けるしなんでも出来る。だが、また無理をすれば同じことだからな。』と言われた。ちょうどライラの診察の時に業務報告に来ていたシドは、『やっとお前をこき使えるな』と笑顔でライラに話しかけていた。ライラはいつの間にか、鉱山の中で人気者になっていたらしい。
 
 
 翌日、ライラが約束を守ったのだからと、ロイも約束を果たすことにした。
 
「・・・さてと、お前の望みはこの鉱山で働くことだったな?」
 
「はい。雇っていただけますか?」
 
「お前の本当の希望はナイト輝石だろうが、前にも言ったようにそれについては俺の一存では決められん。それに、まずはおまえ自身が本気だと言うことを証明してもらう必要がある。」
 
「はい。」
 
「まずは半年だ。その間鉱夫として俺が納得するだけの実績を残せ。」
 
「半年・・・ですか?」
 
 ライラはきょとんとして尋ね返した。
 
「何だ?不満か?」
 
「い、いえ・・・もっとかかると思っていたので・・・・。」
 
「言っておくが、半年後にいきなり調査ができるようになるわけじゃないぞ。まずお前の鉱夫としての腕を見るのに半年だ。腕の悪い鉱夫には、鉱石の善し悪しも見極められん。そんな奴がナイト輝石の調査なんて出来るわけがないんだ。まずお前の腕が認められて、それから王宮に調査の許可、つまり封鎖区域への出入りを許可してくれるように頼まなきゃならん。そっちのほうはどのくらいかかるのか見当もつかなんいだ。」
 
「そうですか・・・。」
 
「給金や詳しいことはシドに聞いてくれ。ここの鉱夫達はだいたい3人から4人くらいで一つの班をつくって、常に班単位で動くんだ。お前がどこに入るかもシドに任せてある。仕事は明日から始めてくれ。」
 
「あの、それじゃ今日は・・・・。」
 
「今日はお前の話を聞かせてもらう。」
 
「話を?」
 
「ああそうだ。お前をこの部屋に入れた時に言ったじゃないか。風邪がよくなったら話くらいは聞いてやるってな。」
 
「あ・・・ありがとうございます。」
 
「オシニスに手紙を書くにも、お前がなにを考えているのかさっぱりわからないんじゃ書きようがないからな。」
 
 最初ロイは、ライラの話を聞いてから鉱夫として雇うかどうか決めようと思っていた。だが、この若者がナイト輝石についてどんな考えを持っているにしても、まずは手元から離さない方がいいと判断したのだ。そうすれば、この若者が万一イシュトラのような愚か者に変じる危険性があるとわかった場合、すぐに王国剣士に引き渡すことが出来る。ライラがここに来てから今までの経緯を見る限り、この若者はそんな愚か者ではないだろうと思ってはいたが、確証を得られない限りうかつに判断は下せない。ロイはハース鉱山の統括者として、この場所を守る義務がある。
 
「よし、それじゃ俺について来い。」
 
「・・・はい・・・?どこへ行くんですか?」
 
「来りゃわかるさ。寒いからあったかくして来いよ。お前がまた風邪をひいたりしたら、俺はデボラさんにメシを作ってもらえなくなっちまうからな。」
 
「は・・・はい・・・。」
 
 ライラは不思議そうに、ジャケットを着込んだ上からマントを羽織り、ロイのあとからついて来た。ロイは歩き続け、坑道の奥深く、ハース鉱山の中では最深部にあたる場所までライラを連れてきた。そこには王国剣士が二人いた。武装をして立っているのでここで休んでいるわけではなさそうだ。他には誰もいない。しんと静まり返っていて、まるで墓場のようだ。
 
「・・・・・・・。」
 
 なにも言われなくとも、そこがナイト輝石の坑道へと続く封鎖区域の入り口であるとライラにはわかった。
 
「おやロイさん、珍しいですね。こんなところにいらっしゃるなんて。」
 
 若い剣士が笑顔でロイに声をかけた。
 
「変わりはないか?」
 
「静かなものですよ。今日は一匹の獣も入ってきていません。もちろん人間もわれわれだけです。」
 
「そうか。それじゃ俺はこの若い新入りとちょっと話があるんだ。向こうの大岩の前を借りるぜ。」
 
「わかりました。でも気をつけてくださいね。ここは確かにわれわれが見張ってますが、上層部の坑道の隙間から小型の獣がたまに顔を出しますから。」
 
「ああ、気をつけるよ。」
 
 二人の王国剣士は25〜6歳くらいだろうか。こんな誰もいない場所の警護など気が緩みがちなものだが、二人の目の動きや身のこなし方は、とても気を緩めているようには見えない。もっとも、南大陸に赴任できる王国剣士は入団してから三年過ぎた者達ばかりだ。それまでの間にしっかりと現場で経験を積んでいる。
 
『周りが静かなときほど神経を研ぎ澄ませて、あたりに気を配らなければならないんだ』
 
 父の言葉がライラの脳裏によみがえった。
 
 
 
「さてと・・・このあたりでいいか。」
 
 ロイはライラをつれて、ナイト輝石の坑道をしっかりとふさいでいる大岩が見えるところまでやってきた。岩の前には太い鎖が三重にも渡され、鎖の端は岩に深々と打ち付けられている。なるほどこれなら、たとえ大型のモンスターでもそう簡単に中には入れないだろう。盗賊などならなおさらだ。百戦錬磨の屈強な戦士でさえ、この鎖を引きちぎるか岩を砕くかするにはかなりの時間を要する。
 
「ここから先は俺は入れない。あそこで警備をしている王国剣士もそうだ。あいつらはこの入り口を見張っているが、勝手に中に入ることは許されていないんだ。もっとも、入ろうったって簡単に入れる場所じゃないけどな。あの岩をどかすのは一人や二人じゃ無理だ。置く時だって5人くらいかかったんだからな。」
 
「ロイさんもその5人の中に入っているんですか?」
 
「俺だけじゃないぞ。今の剣士団長もそうだ。そのほかにはカナの鍛冶屋のテロスおっちゃんとかもいたっけな。」
 
「そうですか・・・。」
 
「そこに座って、まずは俺の話を聞け。お前の話はそれから聞いてやる。」
 
 ライラはうなずいて腰を下ろした。その前にロイも腰を下ろし、慎重に言葉を選びながら、昔ここでどんなことが起きたのかを話し始めた。
 
「ナイト輝石が発見された当時、カナでは大騒ぎだったよ・・・」
 
 誰もが喜んだ『新鉱石発見』。王宮は巨費を投じ、鉱山内の施設を拡充した。鉱夫が大量に募集されて鉱山はにわかに活気づいた。そしてナイト輝石はあっという間にハース鉱山の中で一番の採掘量を誇るまでになったのだ。その矢先の剣士団撤収とロコの橋の封鎖。当時カナに赴任していた若い剣士達の苦悩と村人達の王宮への不信・・・。その三年後、正確には二年と半年後だろうか、カナからハース鉱山に働きに出ていた鉱夫達が戻ってこなくなった。様子を見に行きたくとも、カナから鉱山までの道にはモンスターがうごめき、カナとハース鉱山との連絡はまったく途絶えてしまったのだ・・・・。
 
「俺がここに働きに来たのは、鉱夫達が帰ってくるはずの日の少し前だった。お前から見て今の俺がどう見えるかはわからないが、昔俺は怠け者でね。来る日も来る日も村の中をぶらぶらして遊んでばかりいたんだ。親父は小さいころに死んじまったから、お袋にとっては俺だけが生きがいだったんだ。危ないことはしないように、危険なところにいかないように、お袋は俺を常に自分の目の届くところに置きたがった。だからいつも金をもたせて村の中に送り出すわけさ。カナにはいつも行商人が来たり、大道芸人の一座が来たりしていたから、遊ぶには困らなかったよ。だが、そんな奴が他の村人から好意的に見られるわけがない。オルガの息子は怠け者だ、役立たずだと陰口を叩かれて、お袋はあせったんだろうな。あわてて俺の性根を叩きなおそうと、ハース鉱山に出稼ぎに行かせたのさ。俺はと言えば、金をもらって毎日遊び暮らせているわけだから、何でわざわざそんなところに行かなくちゃならないんだと思ったよ。今思い出しても、あのころの俺は性根まで腐っていたんだろうなと思うよ。情けない話さ。」
 
「それじゃ帰りたくなったんじゃないですか?」
 
「そりゃ帰りたかったさ。元々来たくて来たわけじゃなかったんだからな。」
 
「でも帰らなかったんですよね?」
 
「別に困難に立ち向かいたくて残ったわけじゃないぞ。あのころの俺にそんな気概なんぞありゃしなかったよ。帰りたくても帰れなかったのさ・・・。」
 
 ハース城内では恐ろしい仕事が行われていた。精錬のラインはほとんどがナイト輝石の精錬に使用されており、猛毒の廃液がどんどん流れていく。その先は地下の貯水施設だ。そこに無秩序に流れ込んだ廃液は、そのままの姿でハース城近くの湖に流れ込み、さらに湖から川へ、川から大海へと流れ続けていくのだ。ロイは『係りの者』と称する真っ黒い鎧を来た衛兵から、分厚いマスクを渡された。仕事中は常にそれをかけていろと言うことだった。
 
『ナイト輝石の廃液は強烈だ。においを嗅いだだけで毒が体に回る。お前らにそう簡単に死なれては、計画に狂いが生じるからな。』
 
 係りの衛兵はそう言って下品な笑い声を立てていた。城内に入ったその日から、地獄のような日々が始まった。一日中監視されてひたすら仕事をさせられる。それでも食事だけは何とか食べさせてもらうことが出来たが、疲れようがどうしようが一休みなど出来なかった。夜遅くまで働かされて、朝早くからまた働かされる。逆らえば殴られ、倒れればそれっきりだった。倒れたというだけで、まだ生きているうちから地下の死体置き場に放り込まれた仲間もいた。それでも慣れてくると、仕事の合間にサボることを憶えた。ロイはさりげなくフロアの中を歩き回り、鉱夫達の顔ぶれを見て回った。そしてそこで思いがけない人物に出会ったのだ。それはカナの鍛冶屋のテロスだった。鉱山から直接鉱石を買うつもりで来たらしいのだが、門番と押し問答をしているうちに、中の様子を見てしまったのだそうだ。それでいやおうなしに引きずり込まれて、ずっと働かされていたらしい。
 
「向こう見ずなおっさんだとは思っていたが、ほんと、とんでもない親父だよ。イアンの奴も苦労するわけだ。」
 
 ロイの笑顔に、ライラもつられたように笑った。
 
「おっちゃんの話は聞いたことがあるのか?」
 
「少しだけですけど・・・。何だかとてもエネルギッシュな方だと聞いてます。」
 
「ははは・・・。エネルギッシュねぇ・・・。そんな言い方をするのは多分クロービスの奴だな。ま、よく言えばそうだ。でも俺が見た限りでは、あのおっちゃんはただの無鉄砲さ。まったくあのおっさんには参るよ。もういい歳だってのに、未だに言いたい放題だからな。・・・話がそれちまったな。さて続きだ。俺はおっちゃんに会えたが、一人が二人になったって何も変わらなかった。衛兵達はみんな武装していて、俺達は丸腰だ。そんな毎日が続く間に、俺達はもうどうでもよくなっていった。ああ今日は隣の奴が死んだ。明日は反対隣の奴か、向かい側の奴か、それとも自分なのか、そんなことを平気で考えているんだ。目の前を流れていく廃液がどんなものか、そのころには充分過ぎるほどわかっていても、もうどうにかしようなんて気力は湧いてこないのさ。ただ怒鳴られないように仕事をこなして、見つからないようにサボる。終われば食って寝て、また明日になれば仕事をする、毎日の時間の流れさえよくわからない、そんな有様だった。・・・そんなときだったよ。あいつがやってきたのは・・・。」
 
 
 
 
 
 ロイはその日もいつものように仕事をしていた。そして時々仕事をする『ふり』をしながらさぼる。もうすっかり慣れたものだった。その時、
 
『さっさと持ち場にもどれ!』
 
 衛兵の怒鳴り声にロイはぎょっとして顔をあげた。『ふり』をしているのがばれたかと肝を冷やしたが、怒鳴り声は別の鉱夫に向けられたものだった。その鉱夫達は二人ともマントを着込んでいる。
 
(あんな奴らいたっけ・・・?)
 
 何日か前、隣のラインの鉱夫が一人、地下の死体置き場行きになった。その代わりにどこかからつれてきたのだろうか。どうやら衛兵達は彼らが新参者だと言うことに気づいていないようだ。
 
(ふん!間抜けな奴らだ。・・・ま、俺にはどうでもいいけどな・・・。)
 
 その二人の鉱夫は、隣のラインで働く鉱夫に何か聞いている。あんなことをしていたら殴られるのに・・・。
 
(いや、よけいなことは考えるな。・・・あちっ!)
 
 この時ロイの受け持っていた工程は、廃液の流れを滞らせるナイト輝石のかけらを集めて、また精錬ラインの頭に戻すことだった。ナイト輝石は精錬の過程でかなりの熱を持つ。たまに廃液に紛れ込むかけらでもそれは同様で、下手にさわるとやけどをしてしまう。火などを使ったらいっぺんで爆発するのだ。もっともかけら程度では破壊力などないが、やけどをしたところで休めるわけではない。下手をすれば地下の死体置き場行きだ。
 
(ふん・・・かけらを集めてまた精錬し直しなんて、ろくなもんが出来ないぜ。)
 
 このころのハース城は、もはやナイト輝石の精錬が目的ではなく、ただひたすらに廃液を流すためだけの施設と化していた。だから精錬の結果出来上がるナイト輝石は、どんな粗悪なものでもかまわなかった。その粗悪品で武器防具を作ればどんな結果を招くかもどうでもよかった。
 
(ま、これがいまの俺の仕事だからな。仕方ないさ・・・。)
 
 ため息と共に手元に視線を落とそうとした時、工程の先頭にいるテロスの声が聞こえた。なんだか怒っているようだ。
 
(おっちゃん何怒ってんだよ?)
 
 今さらここの現状について怒ってみても始まらない。ちらりと見るとロイの隣の鉱夫とマントの新参者が話している。そしてその二人連れは次にロイに近づいてきた。
 
(くそ・・・やっかいごとはごめんだぞ。)
 
「ロイ!あなた、カナの村のロイでしょう!?」
 
 突然名前を呼ばれ、ロイは驚いて振り向いた。
 
 
 
 
「それがクロービス先生とウィローおばさんだったんですね・・・。」
 
「ああ・・・。あのあと、あいつらはイシュトラを何とかすると言って二階へと向かっていった。俺達に出来ることと言えば、衛兵達に立ち向かってあいつらを援護することだけだった。もうだめかと思った時に、クロービスの相方の剣士と当時の剣士団長さんが飛び込んできてくれて・・・。そのおかげで俺は今もこうして元気でいられるってわけさ。」
 
 その後起きた出来事を、ロイは思い出せる限り詳細に話して聞かせた。ライラは多分父親からもおなじ話を聞いているだろうと思ったが、その時現場にいた者の話と、あとから聞いた話ではまた違うだろうと考え、ほんの小さなことまでも全部話して聞かせた。もちろん、『話せることだけ』だが・・・。
 
「・・・その後、あいつらが北大陸へ帰る時にウィローもついて行った。その頃からカナの村でもやたらと聖戦の噂を聞くようになっていったけど、しばらくして突然その手の話が全然伝わってこなくなったんだ。それから一ヶ月ほど過ぎて、剣士団の再結成が本決まりになったことと、翌月の初めにハース鉱山を再開して実態調査を行うという知らせが王宮からカナの村長の元に届いた。俺はその時に志願して鉱夫としてここに戻って来たのさ。オシニスと知り合ったのがその時だよ。」
 
「・・・・・・・・・・。」
 
「俺の話はここまでだ。次はお前の話を聞かせてくれ。」
 
 ライラはうなずいたが、正直なところ迷っていた。父親にも今のロイとおなじ話を聞かされた。本当ならば自分達が行くべきだったのにそれが出来なかった無念さも、当時の剣士団長を失った悲しみも、何度も何度も・・・。でもその時ライラは、何が何でもナイト輝石を世に出すのだという目標にこだわっていて、どうしても引こうとしなかった。そしてその勢いでここまで来て、座り込みまでして、結果的にロイを始め鉱山のみんなに迷惑をかけてしまった。この上自分がナイト輝石にこだわり続けることで、どれほど多くの人達の悲しみを呼び覚ますのだろうかと思うと、もうそんなものはあきらめてさっさと島に帰ったほうが、誰にとってもいいのじゃないかと思えたのだ。一瞬だけ、本当にもう帰ろうかと思った。家に帰って両親に謝って、学校の先生方の勧めどおりに城下町で上の学校に行って勉強を続けて・・・。今からなら決して遅くない再出発だ。
 
(でも・・・。)
 
 ハース鉱山に行くと聞いた時の両親の驚き・・・。いつもは穏やかな父の怒りと、明るい笑顔しか知らなかった母の泣き顔。どちらの味方も出来ずにつらそうに黙り込む妹・・・。みんなの顔がライラの頭の中をぐるぐる回った。
 
(だめだ・・・。僕はここで志を曲げるわけにはいかないんだ・・・!)
 
 昔、モンスターと呼ばれた狂暴な獣達がおとなしくなってから、武器や防具の生産量は目に見えて減少した。その代わり鉄鉱石は、人々の生活向上のために使われ始めたのだ。そのおかげでどれほど人々の生活が進歩したか、ライラは今までいろいろな本を読んで知っている。そして鉄よりも硬くて軽いナイト輝石が人々の生活を向上させる目的で使われるとしたら、それこそ無限の用途があるだろう。そのために、いつまでも過去に囚われていてはいけないのだと、今こそ新たな道に踏み進むべきだと信じてここまで来たのだから・・・。
 
 ライラは顔をあげた。ロイはライラをじっと見つめている。その瞳を見つめ返して、心を落ち着かせるために深呼吸しながら、ライラはゆっくりと口を開いた。
 
「僕が最初にナイト輝石と言うものを目にしたのは、多分5歳くらいのころだったと思います。父が自分の鎧と剣を出して、手入れしていた時でした・・・。」
 

続く予定

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