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「ロイさん、鉱夫希望者が来てますけど。お忙しいですか?」
 
 部屋の扉が開いて、シドと言う鉱夫が顔を出した。ここはハース城。エルバール南大陸にあるハース鉱山の一角、湖のほとりに立つ瀟洒な建物だ。だが、その美しい外観とは裏腹に、この建物の内部にはハース鉱山から掘り出された鉄鉱石の精錬所や、鉱夫達の宿舎などの施設がある。そしてこの部屋は統括者の部屋だ。
 
「いや、大丈夫だよ。つれてきてくれ。・・・どんな奴だ?」
 
 聞かれたシドはう〜んとうなって首をかしげた。
 
「なんていうか・・・肉体労働者にはとても見えませんね・・・。子供みたいな奴ですよ。いや・・・本当に子供なんじゃないかな。せいぜい17〜8歳だと思いますよ。」
 
「17〜8歳?」
 
「そうですねぇ・・・。最近は、ここに来れば楽して金が稼げるようなとんでもない勘違いをした奴がたくさん来ますから、その手合いかもしれませんね。どうします?追い返しますか?」
 
「いや、会うだけ会うよ。ハース鉱山はせっかくの鉱夫希望者を門前払いしているなんて、噂を立てられても困るからな。」
 
「ははは。そんなことはないでしょうけど、わかりました。ここに来るように伝えます。」
 
 シドは一礼して部屋を出ていった。シドはなかなか人を見る目が確かだ。一定期間鉱夫として働いてもらったあと、ロイの秘書のような仕事をしてもらっているが、実に助かっている。
 
「鉱夫希望者ねぇ・・・。どんな奴かな・・・。」
 
 ロイは一人つぶやき、ふふっと笑った。元を正せば自分も鉱夫だった。南大陸にあるカナという村からここに働きに来ていたのだ。もう17〜8年ほど前になろうか。父親が亡くなったあと自分を溺愛する母親の言いなりに毎日を過ごし、いつの間にか怠け者として村の人達から後ろ指を刺されるようになっていた。ロイ本人はそれに対してさえなんとも思わなかったのだが、母親のオルガはさすがに自分があまりにも息子に甘かったと悟り、あわてて『性根を叩きなおそうと』ハース鉱山に行かせたのだ。その後、とある事件が起きて一時的に鉱山は閉鎖されたが、再開と同時にロイは鉱夫として志願した。そして頑張りが認められ、統括者として任命されたのが5年前だ。
 
「統括者か・・・。いつまでたってもそう呼ばれるのは慣れないもんだな・・・。」
 
 本来ならば鉱山の統括者は、『管理官』『統括』などの名前で呼ばれるのが普通だ。ロイの前に統括者として赴任してきていた王宮からの官僚達も、みんなそう呼ばれていた。だがロイはそういった肩書きが苦手だ。だからみんなには普通に名前で呼んでくれるように頼んである。今は自分の『部下』となった鉱夫達と、あまり距離を置きたくなかったのだ。
 
「・・・失礼します。」
 
 扉がノックされた。ロイの返事に応じて、一人の若者が部屋に入ってきた。なるほどシドの言うとおり、若者と言うより子供みたいな奴だ。
 
「鉱夫希望者だな?」
 
 ロイは少し横柄な口調で話しかけた。いつもならこんな言い方はしない。だがさっきシドが言っていたように、この若者はどう見ても力仕事が得意そうではない。それにハース鉱山の仕事は危険な仕事だ。採掘計画は一年単位で決まっているので、一度地下にもぐれば何ヶ月も太陽を拝むことが出来ない。落盤などの事故が起きる可能性もある。だが世間では
 
『ハース鉱山にいけば大金が稼げる』
 
そんな噂ばかりが一人歩きして、危険性についてよく知っている者はとても少ないのだ。この若者もそんな手合いかもしれない。シドに任せて追い返してもらったほうがよかったかな、ロイはふとそんなことを考えた。
 
「そうです。鉱夫の仕事はいつでも募集していると聞きました。雇っていただけますか?」
 
 ロイの横柄な言い草にも顔色一つ変えず、若者は微笑んで言葉を返した。
 
「なるほど。確かにいつでも募集している。世間では、ここに来れば大金が稼げるという話だからな。希望者は結構いるんだ。だからこっちとしても、力があって丈夫な奴しか採用しないことにしている。お前はどう見てもまだ子供だ。腕は細いし・・・。」
 
 ロイの言葉が途切れた。若者の腰に、実によく使いこまれているとひと目でわかる剣が下げられていたことに気づいたのだ。
 
「ごたいそうな剣を下げているようだが、使えるのか?」
 
 わざとらしくバカにした瞳で、ロイは若者を見つめた。だが若者はその視線にも動じる様子がない。
 
(肚が座っているのか、ただ単に鈍いのか・・・判断がつかんな・・・。)
 
 そんなロイの思いをよそに、若者は微笑んだまま剣の柄に手をかけた。
 
「使えますけど、ここで抜いてはまずいですよね?」
 
「まあ・・・そうだな・・・。」
 
 やられた。どうせそれらしく見せるためにどこかから借りてきた剣だろうと、ロイはたかをくくっていた。馬鹿にしてやればしりごみするかと思ったのに、逆効果だったようだ。冷静に考えれば、こんな狭い部屋の中で剣など振り回されてはこちらが困る。若者はその点をやんわりと指摘したのだ。それでも見せてみろと言えば抜いたかもしれないが、ロイの読みどおりにこの若者がまったく剣など使えなければ、こちらが怪我をする危険性がある。逆に使えるところを見せつけられたら、バカにしたことを謝らなければならなくなる。
 
(ふん・・・。妙に冷静な奴だな・・・。)
 
 どうやらこの若者にハッタリは通用しないらしい。ここはきちんと正面から断るべきだろう。
 
「さっきも言ったように、鉱夫の仕事は力仕事だ。そして危険なことこの上ない。坑道は真っ暗だし、たまにモンスターが迷い込んでいたりするし、いくら気をつけていても落盤が起きたりすることもある。もちろん鉱山の中には腕のいい医師が常駐しているから、怪我や病気になっても心配することはないんだが、怪我はともかく病気はしないに越したことはない。だから丈夫で屈強な奴ばかりを採用しているんだ。そう言うわけでお前は不採用だ。さあ、出ていってくれ。」
 
 ロイは一気に言って、若者をぎろりと睨んだ。今までもこの手で追い返した鉱夫希望者はたくさんいる。みんな噂を鵜呑みにして金目当てでやってきた連中だ。
 
「・・・・・・・・・。」
 
 だが若者は動こうとしない。
 
「聞こえなかったのか?不採用だから出ていけといったんだ。」
 
「それは出来ません。」
 
「・・・・なんだと・・・?」
 
 若者の口調は、別に怒っているようでもなく、哀願する風でもなく、実にさらりとしたものだった。
 
「僕はここで仕事をさせていただくためにここまで来たんです。体格だけで不採用だと言われても、はいそうですかと出て行くわけにはいきません。」
 
「俺は雇わないといったんだ。出て行けと言ったらさっさと出て行け!」
 
 さすがにロイも腹が立って怒鳴りつけた。だがそれでも若者は動く様子はなく、怒鳴られても平然としている。
 
「まず自己紹介をさせてください。僕はライラと言います。今年で17歳になります。」
 
「・・・・・・・・・・。」
 
 すっかり調子を狂わされ、ロイはぽかんと口を開けたまま黙り込んでしまった。こういうのが最近の若者なのだろうか。怒鳴られてもバカにされてもまるっきり平然としている。よほど忍耐強いのか、それとも何も考えていないバカ者なのか、さっぱりわからない。
 
「確かに僕はとても屈強には見えませんが、体は丈夫ですよ。小さなころ一度だけ川でおぼれて死にかけたことがある以外は、病気も怪我もしたことがありません。それにモンスターが坑道に迷い込んできても、脅かして追い払うくらいのことは出来ます。僕が腰に下げている剣は飾り物ではありません。僕はここで働くために、ずっと昔から父に剣を教えてもらってきたんです。必ずお役に立てると思います。考え直していただけませんか?」
 
 若者はどこまでも冷静だ。そして彼の言うことのほうが、ロイの言い分よりはるかに筋が通っているのだ。だが・・・ロイもダテに統括者を何年も務めているわけじゃない。それに統括者に任命されるずっと以前から、古株の鉱夫として歴代の統括者達にいろいろと仕事を任されたりしていた。そういった仕事を通じてそれなりに人を見る目も養われたと自負している。確かにこの若者は使えるかもしれない。実際にここで働いている鉱夫達の全部が全部屈強と言うわけではないのだ。この若者と同じような体格でも、立派に鉱夫として稼いでいる者達はたくさんいる。だが、どうにも引っかかる。この若者の目的は、本当にここで鉱夫として働きたいということだけなのだろうか。若く体力のあるうちに鉱山で働き、金を貯めて辞めていくという鉱夫も確かにたくさんいる。だがこの若者は、そういう連中とも違う。何か隠してる目的があるんじゃないだろうか・・・。
 
「おい。ライラと言ったな。」
 
「はい。」
 
「お前の目的は何だ?」
 
「目的・・・ですか・・・?」
 
「そうだ。ここに来る連中のほとんどは金が目的だ。ここで働けば大金が稼げる。家族のためだったり恋人のためだったり、でなきゃ自分が何かやりたいことがあったり、稼ぐ目的はさまざまだが、その目的があればこそきつい仕事にも耐えられるんだ。お前は何が目的だ?身なりはいいし、腰の剣もなかなかいいものだ。どうしても大金が必要なほど切羽詰っているようにも見えない。いったいなんでこんなところに来たのか、それを聞かせてもらおうじゃないか。」
 
 ライラの顔から笑みが消えた。この部屋に入ってきてから初めて、ライラが動揺をみせたのだ。
 
(ふん・・・。そろそろ化けの皮がはがれるか・・・。)
 
 さて若者は何と言うだろうか。自分を納得させられるだけの理由があるなら、考えてやらないでもない。まああまり期待は出来そうにないが・・・。
 
「やはり・・・それを言わないでおくのはフェアじゃありませんね・・・。」
 
 ライラは目を伏せ、ひとつため息をついて顔をあげた。さっきの穏やかな微笑とは違う、意志の強い瞳がロイを捉えた。
 
「確かに僕は、ここで鉱夫として働くこと自体が目的なわけではありません。お金目当てでもないんです。僕は本当は、ナイト輝石のことを調べたくてここに来たんです。でもいきなりそんな話をしても信用してはいただけないでしょうから、まずは鉱夫として働かせていただきたかったんです。」
 
「な・・・・。」
 
 あまりにも思いがけない話に、ロイは口をパクパクさせながら必死で言葉を捜した。
 
「ナ・・・ナイト輝石だとぉ!?貴様なにを考えていやがるんだ!?」
 
 冗談じゃない。何でこいつはあんなものに興味を持つんだ・・・!?
 
「僕はナイト輝石のことを調べたくてここまで来たんです。あんなすばらしい鉱石がずっと日の目を見ずに眠ったままだなんて、もったいないと思いませんか?」
 
 ライラはあくまでも冷静に、同じ言葉を繰り返した。だが、ロイの頭には完全に血が上っていた。
 
「やかましい!あんなものをまた掘り出そうなんてどう言う了見だ!?ナイト輝石のために昔この国がどうなったか・・・」
 
 知らないわけじゃないだろうと言いかけて、ロイは思わず言葉を詰まらせた。こいつにわかるはずがない。この若者が生まれたのは、おそらくあの事件のずっとあとだ。今では学校で『昔こんなことがありました』と教えられる、歴史の一ページに過ぎない。だからこんなことを平気で考えるんだ。ロイは大きく深呼吸した。今、腹は決まった。こいつは不採用だ。あんな物騒なものに興味を持っている奴なんぞ、この鉱山に近づけるものか。
 
「昔ナイト輝石が原因でこの国が滅亡寸前までいったことは、お前も話くらいは聞いているだろう。あれ以来ナイト輝石の坑道は封印されている。俺はハース鉱山の統括者として、鉱山の運営についてはほとんどすべての権限を持っているが、あの坑道だけは王宮が直接管理しているんだ。俺の一存でナイト輝石のことを調べさせることは出来ないし、出来たとしても調べさせるつもりもない。帰れ。お前は不採用だ。」
 
「そうですか・・・。わかりました。」
 
 ライラはため息と共にロイに背を向け、『失礼します』と一礼して部屋を出て行った。
 
「ふん・・・まったく、今の若い奴は・・・。」
 
 どっと疲れが出て、ロイは椅子に深く体を沈めた。
 
「ナイト輝石か・・・。あんなもの・・・。何がすばらしい鉱石だ・・・。あんなものさえなければ、誰も死なずに・・・。」
 
 誰も・・・死なずに・・・でも・・・ふと違う考えが頭をもたげる。すばらしい鉱石であることだけは確かなんじゃないのか・・・。あの鉱石のおかげで、強い武器と防具を大量に生産する目処が立ち、狂暴なモンスターと対等に渡り合えるようになった。モンスターに襲われて死ぬ人の数も格段に少なくなった。ハース鉱山で発見された新しい鉱石がどれほど優れているかわかったとき、一番喜んだのはカナの村の人達だったかもしれない。
 
「いや・・・でも・・・。」
 
 ロイは頭を強く振った。あの鉱石のせいで死んでいった人達だって、数え切れないほどいる。
 
「ふん・・・どうかしてるな・・・。あんなものをすばらしいなんて・・・。」
 
 ナイト輝石のことも、さっきの若者のことも、もう過ぎたことだ。忘れてしまおう。今日の仕事をとにかく片付けなければ・・・。机の上に置かれた書類に目を通し始めたとき、扉がノックされてシドが入ってきた。
 
「ロイさん、さっきの若い奴、採用したんですか?」
 
「・・・いや・・・?まだ中にいるのか?」
 
「食堂で見かけたんですよ。食事を注文してたみたいなんで、採用されたのかと思いましたよ。」
 
「しょ・・・食事ぃ!?」
 
「ええ、私が見た時はちょうどおばちゃんが食事を持ってきたところでしたよ。」
 
 わけのわからない奴だな・・・。そう簡単に引き下がらないようなことを言ってたくせに、ナイト輝石の調査をさせないと言った途端にさっさと帰っちまいやがった。まったく、最近の若い奴は気骨ってものがない・・・。
 
(・・・・・・・・・・。)
 
 俺は何でこんなことを考えてるんだろう。あのライラって奴がもっと食い下がると思ってたんだろうか。いやまさか・・・。
 
「・・・まあ・・・あの食堂は金さえ払えば誰でも飯を食えるからな・・・。ほっておけ。食うだけ食えば出て行くだろう。」
 
「わかりました。あ、それから昨日から堀始めた坑道なんですが、少し天井が脆そうなので、補強してからのほうがいいと言う報告が来ています。どうしますか?」
 
「そうか。そこを掘ってたのは何班のグループだ?」
 
「第10班です。ギャレックさんのグループですね。」
 
 ハース鉱山の鉱夫達は、4〜5人ずつグループをくんでいる。第一班から始まって、いまでは30近くの班が存在している。グループには責任者がそれぞれ一人ずついて、そのほとんどは古株の鉱夫達だ。だが腕っ節に自信のある連中が多いので、班ごとのいさかいも時々起こる。今のところそれがロイの悩みの種だった。ギャレックというのはロイよりずっと年上だが、鉱山にやってきたのはロイと同じころだ。面倒見がよく、若い鉱夫達から慕われているのだが、ガートンと言う別な班のリーダーと仲が悪く、よくけんかをしている。
 
「よし、採掘はすぐにやめさせてくれ。ギャレック達はほかの坑道に割り振って、まずは俺が現場を見てこよう。どの程度の脆さか確認して、すぐに天井の補強工事を手配しないとな。どんなに豊富な鉱脈だろうと、死人を出しては意味がない。あ、それから言うまでもないが、ギャレックとガートンは近づけないでくれよ。」
 
 こういう時のロイの判断はすばやい。まずは人命、次に鉱石だ。昔、ハース鉱山の鉄鉱石はナイト輝石と共に、ほとんどすべてが武器や防具の製造にあてられてきた。だがそんなに強い武器防具が必要なくなってからは、今まで使いたくても使えなかったさまざまなことに鉄鉱石が使われるようになっている。中でも馬車の車軸が強化された功績は大きい。もちろん車軸だけでなく、他にもいろいろと補強された。おかげで人も荷物も馬車で移動することが以前より容易になり、王国の発展に大きく貢献している。今ではハース鉱山の鉄鉱石は、この国にとってなくてはならないものになっている。だが、どんなすばらしいものでも、人の命より重いなどと言うことになってはならない。
 
「わかりました。あの、ロイさん・・・。」
 
「ん?」
 
「他の坑道なんですが、やはり人手がまだまだ足りないそうです。それで、私もしばらく採掘にまわろうかと思うんですが・・・。」
 
「そうか・・・。そうだな・・・。なあシド、君としてはどうだ?俺は君がいてくれるおかげでかなり助かっているが、君は鉱夫の仕事に戻りたいんじゃないか?」
 
「そうですね・・・。実を言うと、私はどちらも好きなんですよ。つるはしを振り上げて採掘をしているときも楽しいですし、こうしてロイさんの仕事を手伝えるのもまた面白いんです。ですから定期的に採掘の仕事に戻れると本当はうれしいんですが・・・。でも今私がいなくなるとロイさんが困りますよね・・・。それにそんな中途半端な状態でいては他の鉱夫達にも示しがつきませんし・・・。」
 
「う〜ん・・・。そうだなぁ・・・。まあ、示しがつかないとか言うことは考えなくていいよ。実を言うと、君には鉱夫頭として今後もこういった仕事を続けてくれるとありがたいと、俺としては思ってるんだよな。だが、君がこんな仕事はいやだって言うなら無理強いは出来ない。向き不向きと希望は別物だからな。」
 
「わ、私が鉱夫頭ですか・・・。」
 
 シドは心底驚いたように目を大きく見開いた。シドはまだ若い。30代そこそこだ。だが人あたりがよく、温厚で公平なので誰からも好かれているのだ。ギャレックもガートンも例外ではない。
 
「少し、考えさせてください。」
 
「ああ、いい返事を期待してるよ。それじゃ、さっきの件は早速とりかかってくれるか。そろそろ昼だから、俺は午後から現場に行くよ。君は同行出来そうなら一緒に来てくれ。君が来れないようなら、ギャレックに来てもらっても、どっちでもいいよ。」
 
 ロイは食事をしに食堂に行ったが、もうライラはいなかった。注文のついでにロイは賄いの中でも古株のデボラに、さっき若い男が来なかったかと聞いてみた。
 
「ああ、来ていったよ。ライラって子だろ?あたしの作った食事を本当においしそうに平らげてくれてねぇ。なんだか孫が戻ってきたみたいでうれしかったよ・・・。」
 
 デボラは鼻をすすって目をこすった。デボラはもう60を過ぎている。ここの賄いの女性達はほとんどがこの年代で、みんな住み込みだ。デボラは昔、孫を病気で失っているらしい。詳しいことは語らないが、若い鉱夫などが入ったりすると、ニコニコと面倒を見たがる。そして決まってこう言うのだ。
 
「うちの孫が生きていれば、あんたくらいの歳になってただろうねえ。」
 
 
(不採用にしたやつだからあんまりかまわないでくれって言うつもりだったんだけどな・・・。)
 
 なんだか言いにくくなってしまった。
 
「あんたに認めてもらえなかったって言ってたけど、いい子じゃないか。なにがだめなんだい?」
 
「・・・他の奴には絶対に言わないでくれよ?あいつはナイト輝石に興味を持っているんだ。」
 
 デボラは口が堅い。人に言えないようなことも多少は話して大丈夫だ。だが・・・デボラから返って来た答えは予想外のものだった。
 
「何でナイト輝石がだめなんだい?」
 
 しかもなぜか怒っているような口調だ。
 
「昔はナイト輝石の発見で、王国中が湧きに湧いたもんだよ。あんなにナイト輝石ナイト輝石って騒いでいたくせに、都合が悪くなったらいきなり生産中止だものねぇ。ナイト輝石の生産が中止されなければ、孫も死なずにすんだかもしれないんだよ。」
 
「どういうことなんだ・・・?」
 
 災厄の象徴、死の石、猛毒、ナイト輝石からロイが連想する言葉はそんなものばかりだ。『ナイト輝石さえなければ』と言う話はいくらでも聞いたが、『ナイト輝石さえあれば』と言う話は聞いたことがない。少なくともロイの周りでは。
 
「息子はね、鉱石の仲買人だったんだ。ナイト輝石が発見されてからはもう目の回るような忙しさでね、大陸中を駆け回っていたものさ。ところがあの乗っ取り騒ぎで、鉱山は閉鎖、ナイト輝石の採掘は中止・・・。そのあと王宮では、もう二度とナイト輝石の採掘は行わないと発表したじゃないか。鉱山は再開したけど、鉄鉱石の生産だって昔とは比べ物にならないくらい減っちまったから、仲買人同士、掘り出された鉱石の奪い合いさ。おかげで稼ぎはがた落ち、蓄えもあっという間に底をついて、すっかり息子は落ちぶれちまった・・・。そんなときに、孫が病気になったんだよ。直すには高価な薬が必要だって言われたけど、そんな金ありゃしない。結局、息子は自分の子供に何もしてやれなかった・・・。」
 
 デボラが涙をぬぐった。
 
「そりゃナイト輝石の毒は見過ごせるものじゃないよ。あんなものが川や海に流れるなんて冗談じゃない。でもね、もしもそのとき本気で考えていたら、何か毒をなくすような方法が見つかったかもしれないじゃないか。臭いものには蓋をすればいいとばかりに、採掘をやめればいいってもんでもないだろう?うちの息子は子供を亡くしたけど、稼ぎがなくなって一家で首をくくったところもたくさんあったんだよ。」
 
 ロイはなんとも言いようがなかった。鉱山の中にいて、ナイト輝石の毒に体を蝕まれて死んでいった仲間達を数え切れないほど見てきた。しかもほんの半年程度の間に。彼らの遺体はゴミのように地下に捨てられていった。あんなものが掘り出されなければ、鉱山を乗っ取ろうだの、あの毒を使ってこの国を滅ぼそうだの、そんなバカなことを考える奴らはそもそも現れなかったはずだ。そうすればあの大勢の鉱夫達もみんな今でも元気でいたはずだ。でも・・・。
 
(一度世に出てきちまったものを、なかったことには出来ないってわけか・・・。)
 
「さっきの子がナイト輝石に興味を持ってるってのは、ナイト輝石をまた掘り出したいってことなのかい?」
 
「とりあえず調査させてくれって言ってたけど、最終的にはそう言うことになるんだろうな・・・。」
 
「毒さえ何とかなればいいじゃないか。あたしはあの子を応援するよ。」
 
「・・・・・・・・・。」
 
 そのあと出てきた食事はいつもと同じはずなのに、なぜか砂をかむような味がした。
 
 
 
 
 午後になって、ロイはシドから聞いていた現場に向かった。坑道の入り口にはギャレックが待っていた。
 
「よお、待ってたぜ。ずいぶんとごゆっくりだったな。」
 
 ギャレックは毒舌家だがいやみな感じがしない。
 
「ここの食堂のメシはうまいからな。つい食いすぎたのさ。」
 
 ロイも笑って受け流し、大げさに腹をさすってみせた。
 
「ははは、なるほど、確かにデボラのメシはうまい。さてと、行くか。」
 
「シドが来るかもしれないからもう少し待ってくれ。天井が脆いってのはどのあたりだ?」
 
「入り口あたりはそうでもないんだが、奥に行くにつれてちょっとした崩落が増えてきてな。それでシドに頼んでおいたんだが、今朝は危うく生きたまま土に埋められるところだったぜ。」
 
「そんなにひどいのか?怪我は!?」
 
「ふん!その程度で怪我するほどヤワに出来ちゃいねぇよ。今朝たまたま、特に脆いところにあたっただけかもしれねぇしな。だが、土をかぶったのが俺だったからいいようなものの、他の奴らだったらこうはいかなかったかも知れねぇ。だから補強するなら坑道の入り口からよほどしっかりやっていかないと意味がないと思うぜ。ここの鉱脈はかなり豊富なようだから、封鎖しちまうのは惜しいしな。」
 
「わかった。あんたが土をかぶったところまで行けるか?」
 
「今は大丈夫だろう。だが慎重に行くべきなのは言うまでもないぜ。」
 
 そこにシドが現れた。
 
「遅れてすみません。」
 
「遅かったじゃないか。無理しなくてもよかったんだぞ。」
 
「いえ、実はギャレックさんの班の皆さんが、さっきガートンさんのグループと鉢合わせしてしまって・・・。」
 
 シドはギャレックをちらりと見て、すまなそうに頭を下げた。
 
「両方をなだめるのに手間取ったというわけか。」
 
「おとなしくしてろって言ったんだがなぁ・・・。わるかったな、シド。」
 
 ギャレックがばつ悪そうに頭をかく。
 
「いえ・・・私はいいんですが、皆さんがもっと仲良くしてくださるとありがたいですね。」
 
「ふむ・・・まあ考えちゃいるんだが、どうもガートンの奴の顔を見るとなぁ・・。」
 
 いつもは威勢のいいギャレックも、シドには頭が上がらない。すまなそうに口の中でモゴモゴと言っている。
 
「俺からも頼むよ。あんたもガートンも、班の仲間だけじゃなく、他の鉱夫達からも慕われているんだから、あんたらが仲良くなってくれれば、もう少し効率が上がると思うんだがな。」
 
「う・・・うむ・・・まあ考えておくぜ・・・。」
 
 ギャレックは曖昧に返事をして、先頭に立って坑道に入って行った。なるほど天井は脆そうだ。歩いているうちにも、肩や頭にぱらぱらと土が落ちてくる。ヘルメットをかぶってはいるが、一気に土砂が落ちてくればそんなものは何の役にも立たない。一通り中を調べて、しばらくこの坑道の入り口をふさいでくれるようギャレックとシドに頼むと、ロイは自分の部屋に戻るために地下に降りて行った。ふと見ると部屋の前に誰かいる。しかも入り口にキャンプの準備でもするかのように荷物を並べていた。
 
「・・・・・・・・。」
 
 よくみるとそれはさっきのライラと言う若者だった。
 
(まだうろうろしていやがったのか・・・。)
 
 ロイは歩み寄り、怒りをこらえて声をかけた。
 
「何をしている。」
 
「あ、お帰りなさい。」
 
「お前にお帰りなさいといわれる筋合いはない!何をしているのかと聞いているんだ!」
 
 こらえたつもりでも声が荒くなった。ライラの考えがさっぱりわからないのだ。
 
「座りこみです。」
 
 相変わらず平然と応えるライラに、ロイのほうが拍子抜けしてしまった。
 
「す・・・座りこみ・・・?」
 
「はい。雇っていただけるまでここに座り込みをさせていただこうと思いまして、いま準備をしていたところです。」
 
「・・・・・・・・・・・。」
 
 ロイはぽかんとしてライラを見つめていた。それだけ肚が座っていると言うことなのか、神経が図太いのか、ただ単に鈍いのか、それともネジの飛んだ大ばか者なのか・・・。
 
「そんなことをしても無駄だぞ。」
 
 やっと気を取り直して、ロイは口を開いた。こいつがバカだろうが肚の座った奴だろうがどうでもいい。とにかくこの鉱山内から追い出さなければならない。
 
「無駄かどうかはやってみないとわかりませんよ。」
 
「俺がお前を採用することはまずないから無駄だと言ってるんだ。」
 
「あきらめたらそこで終わりですからね。」
 
 ライラはどこまでも冷静で、そして明るい。その屈託のない笑顔を見ているうちに、ロイは少し意地の悪いことを言ってみたくなってきた。
 
「なるほど、そりゃりっぱな心がけだ。それじゃお前が、ここで一週間ぶっ通しで座っていたら雇ってやろうか?メシになったら食堂に食いに行ってまた戻ってくるなんて言う座りこみは聞いたことがないからな。どうせならそれらしくしてもらおうじゃないか。」
 
「それなら雇っていただけるんですか?」
 
「ああ、雇ってやるぜ。」
 
 ライラは慌てるどころか本気で考え込んでいる。
 
「あ、でもトイレくらいは立ってもいいですよね?座ったままで用をたしたりしたらここを汚してしまいますし・・・でもそれじゃ座りこみにならないかな・・・まあ食事はしなくても我慢できますけど、水がないと死んでしまいますから・・・。あ、先にその分汲んでおけばいいや。ここは寒いから一週間くらい持つだろうし、えーと、そうすると敷き物も少し工夫して・・・。」
 
「おい・・・本気で言ってるのか?」
 
 ロイは少し不安になって声をかけた。しり込みしたところでさっさと出て行けと怒鳴りつければ飛んで逃げるかと思ったのに、その気配はまったくない。本当にそんなことをさせたらこの若者の命を危険にさらすことになる。
 
「僕はここに伺った時からずっと本気です。帰れと怒鳴られた程度であきらめるくらいなら最初から来ません。だからロイさんが、ここにずっと座っていれば雇ってやるとおっしゃるなら、僕はそうします。一週間の間飲ます食わずでトイレにも行くなと言うのが条件なら、そうします。」
 
「ふん、出来るわけがないだろう。」
 
「やってみなければわかりません。どんなことでもあきらめずにがんばれば必ず道は拓けると僕は信じているんです。それじゃ今からでいいですか?」
 
「今からってなにがだよ?」
 
「今の話です。一週間と言うのは今からカウントですか?それとも準備の時間はいただけるんでしょうか。」
 
「・・・・・・・・・。」
 
 ライラは本気だと、ロイは直感的に思った。どうせそんなことはしないだろうとたかをくくって、やって見せると口だけでこの場を逃れようとしているようにはとても見えない。だがそんなことを本気でさせたら、大変なことになる。
 
「どうなんでしょうか?」
 
 ライラがもう一度尋ねた。
 
「うるさい!今の話はなしだ!メシも小便も勝手に行け!ここにいたきゃ勝手に座ってろ!俺は知らん!絶対に雇わないからな!」
 
 腹立ち紛れにそう怒鳴りつけて、ロイは部屋に入るなり派手に扉を締めた。閉まる間際に「ありがとうございます!」と言うライラの声が聞こえた。
 
「くそっ!何がありがとうだ・・・。何であいつは・・・あんな物騒なもののためにあそこまで一生懸命になれるんだよ・・・。」
 
 机の上の書類に目を通す気にもなれず、ロイはぼんやりと宙を見つめていた。
 
 
『ハース鉱山でなんだかすごい石が見つかったそうだぜ。』
 
『えらく硬くて丈夫だって言うじゃないか。』
 
『鉄鉱石より軽いそうだ。』
 
 『新鉱石発見』の第一報は、ハース鉱山からのメッセンジャーによってカナにもたらされた。カナの人々はその鉱石のすばらしさに感動し、そして期待した。
 
『鉄より軽いのに鉄より丈夫なんだぜ。きっとすごい武器が作れるぞ。』
 
 そういったのは鍛冶師のテロスだった。仕事のこととなると見境がなくなり、どんな危険にでも平気で飛び込むような無鉄砲なテロスだが、それだけに腕は一流だ。彼の頭の中では、きっと早くも新鉱石を使った武器の構想が出来ていたことだろう。
 
『武器よりまず防具だ。みんながこの石で作った防具を身につければ、強いモンスターもそんなに恐れなくていいんだ。』
 
 あれは村長の提案だった。新鉱石さえあれば、もう今までのようにモンスターに怯えて村の中にこもっていなくてもよくなる。
 
『すごい石らしいぜ。俺もがんばってもっと腕をあげなくちゃな。』
 
 鍛冶屋の息子イアンは、いずれナイト輝石を使って最強の武器防具を作ってやるといきまいていた。新鉱石を少しでも早く売り出そうと、鉄鉱石の仲買人達がこぞってカナにやってきた。カナの村はかつてないほどに活気づき、カナからハース鉱山への道は仲買人達の荷馬車であふれた。デボラの息子もそんな中にいたのだろう。みんなうれしそうだった。これでもうモンスター達に怯えなくてもいい。暮らしももっと楽になる。誰もが期待し、将来訪れるはずの平和な暮らしに思いをはせていた。だがその直後、ロコの橋封鎖と、王国剣士団の南大陸撤収の報がカナに飛び込んできた。これによって仲買人達は、ハース鉱山への道程を陸路から海路に変更せざるをえなくなってしまった。ロコの橋からハース鉱山へ向かう途中にあるカナの村は、王国剣士団の撤収により、南大陸の中にあって無防備な状態で孤立することとなり、さらに人通りも途絶えたことで急速に活気を失っていった。思えばあのころから、ハース鉱山を巡る陰謀は進行していたのだ。当時ハース鉱山の統括者だったデール卿が殺されたのもそのころのことだ。だがその事実をロイ達が知るのは、三年後、二人の若い王国剣士がカナを訪れてからのことになる。
 
 
「・・・ロイさん・・・?」
 
 肩をゆすられて気がついた。いつの間にかうとうとしていたらしい。肩をゆすっていたのはシドだった。
 
「ああ・・・悪い、居眠りしちまった。仕事中だってのにな。」
 
「いえ・・・。お疲れなんじゃないんですか?」
 
「いや、大丈夫だよ。それより、補強工事の段取りはどうだ?」
 
「今手配して来ました。連絡が届けばすぐに向こうを出発するでしょうから、早くて明日の夕方か明後日の午前中には着くと思います。」
 
「そうか。ありがとう。」
 
「それよりロイさん、外にいるあの若い奴は何なんです?ロイさんに座りこみの許可をもらったとかわけのわからないことを言うもんで、少しネジの飛んだ奴かと思いましたけど、何かあったんですか?」
 
「いや・・・雇ってくれるまで動かないって言うから、勝手にしろと言っただけさ。」
 
「頑固そうな奴ですね。その性格は鉱夫向きなんですが・・・これで体格がよければ言うことはないんですけどね。でもどうです?とりあえず簡単な仕事だけでもさせてみればいいんじゃないですか?」
 
「いや、だめだ。」
 
「珍しいですね。ロイさんがそんなにかたくなにおっしゃるなんて。」
 
 ロイはシドを見上げた。この男も口は堅い。思い切ってライラの話をしてみようか・・・。
 
「なあシド、君はナイト輝石についてどう思う?」
 
「・・・は・・・?」
 
 突然の奇妙な質問に、シドはきょとんとしてロイを見つめ返した。
 
「ナイト輝石さ。この鉱山の一番深いところにある封鎖区域の向こう側に、今も豊富に眠っているはずのナイト輝石のことだ。」
 
「・・・ナイト輝石がどうかしたんですか・・・?」
 
「外にいるあの若い奴、ライラっていうんだが、ナイト輝石のことを調査させてもらえないかって言うんだ。」
 
「鉱夫希望者じゃなかったんですか?」
 
「まずは鉱夫として働かせてくれと言ってたよ。だが、いずれはナイト輝石について調査したいそうだ。」
 
「・・・・・・・・・。」
 
 シドは黙り込んでしまった。
 
「ナイト輝石に関しては俺の管轄外だ。調査させろと言われてもはいそうですかと許可することは出来ん。ナイト輝石なんてものは、誰にとっても物騒な災厄の種でしかないと思ってたんだが、そんなものに興味を持つ奴がいるなんて信じられなくてな・・・。」
 
「そうですか・・・。だから雇えないと言うことですか?」
 
「そうだ。ナイト輝石に興味を持っているような奴を、この鉱山に近づけたくないと言うのが俺の本音さ。まあ君にとっても昔の騒動は歴史の一ページに過ぎないだろうから、俺の気持ちはわかってもらえないかもしれないがな。」
 
「確かにそうかもしれませんが・・・。」
 
「何か疑問に思うことがあるのか?別に遠慮しないで言ってくれよ。」
 
「いや、私も噂に聞いたんですが、ナイト輝石製の武器や防具が、盗賊達の闇ルートで高値で取引されていると言う噂を耳にしたんですよ。」
 
「・・・そんなものを取引する連中がいるのか?」
 
「ええ。あの騒動の直後には、さすがに誰もナイト輝石にかかわろうなどとは考えなかったようですが、もう17〜8年も前の話ですからね。そろそろ在庫をさばきたいと考える商人達はいるらしいです。でも表立ってそんなものを売り出すわけにもいかないので、闇ルートに流していると。」
 
「その話はどこから聞いた?」
 
「先週来たキャラバンの隊長が話してたんですよ。その隊長の店は雑貨屋でしたから、ナイト輝石製のものなんてあってもせいぜい宝飾品くらいのものだったらしいのですが、武器防具も持っていれば今ごろ高値で売れたのにって、冗談なんだか本気なんだか。」
 
「闇ルートで出回っていると言うことは、いずれは表に出てくるんだろうが・・・・。」
 
「闇ルートをたばねる連中は周到だそうですよ。出てくるとしてもあと一年か二年はかかるでしょうね。出所がわからないようにしばらくは寝かせて置くはずですから。」
 
「・・・そして時が満ちれば莫大な値段で売りさばかれるってわけか。王宮に話しておいたほうがいいかな・・・。」
 
「どうでしょうね・・・。念のため王国剣士団には話を通しておいたほうがいいかもしれませんよ。でも今ごろになってナイト輝石の話をこう頻繁に聞くようになるってのも、何かの前兆なんでしょうかねぇ。」
 
「どうなんだろうな・・・。君としてはどう思う?ライラの奴を即刻追い出すべきだと思うか?」
 
「でも相当な頑固者のようですからね。力ずくでと言うなら、殴って気絶させている間に縛りあげて外に放り出すという手もありますが、そんなことをしてもまた入り口で座りこまれるんじゃありませんか?そうなるとここを訪れる商人達の目に触れてしまいますよ。傷つけるわけにはいきませんしね。」
 
 なんとなくシドが楽しそうに見えた。
 
「まあな・・・。」
 
「ナイト輝石に興味を持っているってことは確かに問題なんでしょうけど・・・でも、廃液の問題さえ何とかなれば、実に世のため人のためになりそうな鉱石ですからねぇ。興味を持つのもわかるような気がしますね。」
 
「本気で言ってるのか?」
 
 思いがけない言葉にロイはぎょっとした。
 
「でも昔の騒動は、廃液が原因だったんじゃないんですか?廃液さえ何とかなれば、なにも問題はないわけですよね。」
 
「・・・・・・・。」
 
 廃液が原因・・・。確かにそうだ。ナイト輝石が発見されてからしばらくの間は、特に何事もなかったのだ。大挙して押し寄せた仲買人達のせいでハース鉱山周辺がざわついていたことで、少しモンスター達の動きが活発になったくらいだが、そんなに危険なことは何もなかった。ところが誰も知らぬ間に廃液の管理に細心の注意を払っていた統括者は殺され、最初から猛毒の廃液を垂れ流すことを目的としたイシュトラが鉱山に乗り込んできたことから、山や海が汚染されてモンスター達がかつてないほどに狂暴になり、やがて聖戦の噂がささやかれるようになったのだ。それもこれもみんな仕組まれたことだと、そして誰が仕組んだのかも、ロイは知っている。廃液に毒さえなければ、聖戦竜達だって怒ったりしなかったはずで・・・。
 
(まただ・・・。)
 
 今日はどうかしている。あれほど忌み嫌っていたはずのナイト輝石が、今はそんなに禍々しいものに思えなくなっている。
 
「とにかく、ナイト輝石の坑道封鎖は王宮の決定だ。あとはライラの奴があきらめて帰ってくれることを祈ろう。」
 
「あきらめると思いますか?」
 
「おいおい、君までそんなことを言うのか?あきらめてもらわなきゃ困る。・・・まさか、君はあいつを気に入ったのか?」
 
「そうですね・・・。なかなか賢そうですし、肚も座っているようですし、腰の剣は飾り物かと思ったけど、あの身のこなしなら結構使えそうですしねぇ・・・・。」
 
 シドはライラがナイト輝石に興味を持っていることを、それほど重大には受け止めてないらしい。どちらかと言うと、鉱夫としてライラが役に立つのではないかと期待しているようだ。
 
「・・・・・・・。」
 
 黙っているロイの顔をちらりとうかがい、シドは残念そうにため息をついた。
 
「鉱夫の採用は私の仕事ではありませんから、私はロイさんに従います。出すぎたことを言って申し訳ありませんでした。」
 
「いや、気にしないでくれ。ライラの奴は放っておこう。ただ座っているだけじゃそのうち耐えられなくなって出ていくかもしれないしな。」
 
 そう言ってみたものの、その程度のことでライラが考えを変えるとはなぜか思えないのだった。
 
 
 
 それからひと月近くが過ぎたある日、日課となっている坑道の見回りを終えて、ロイは自分の部屋に戻ってきた。いつもは微動だにせず座っているライラが、珍しくお茶を飲んでいる。手に持ったカップから湯気が白く立ち上っていた。
 
「・・・・・・・・・・。」
 
 ロイが今使っている部屋は、ハース城の地下、鉱山と城を結ぶ地下通路の一番近くにある。地下通路との間には分厚い扉が取り付けてあるが、扉を開け閉めするたびに冷たい風が吹き込んでくるし、夜になると扉を締めたままでもかなり冷え込んでくる。ライラは鼻をすすっている。風邪をひいたのかもしれない。こんな状態でも、ライラは音をあげる気配すらない。ひたすら座りこみを続けている。三度の食事も食堂で食べていたのは初日だけで、あとは座ったまま食べられるようなものを作ってもらってくるらしい。きっとデボラはライラの頼みを喜んで引き受けているだろう。手洗いに行くためにいなくなるのも一日に2〜3度だ。ただ、食事のあとや午後のお茶の時間に姿を消すことがあったので、最初ロイは、ライラがこっそり坑道に入りこんでいるのではないかと疑った。だが、どこの鉱夫に聞いてもそんなことはないと言う。主だった坑道の入り口にはすべて王国剣士が立っているが、彼らに聞いても不審な若い男の姿は目撃されていない。彼らがうそをついているとは考えにくい。この鉱山内にいる誰にも、ライラをかばいだてする理由はないからだ。あるとしたら食堂のデボラくらいなものだが、ライラが食堂に現れるのは食事を作ってもらうときだけで、出来るのを待っている間は他愛のない話しかしないらしい。そしてまた戻ってきて、座ったまま食事をとる。食べ終わればそのまま座っている。座っている間はきちんと正座をして、微動だにしない。それを毎日毎日続けている。
 
 実はライラは、食事のあとや休憩時間を利用して、鉱夫達の休憩所に足を運んでいた。鉱夫達の仕事ぶりは見てみたかったし、坑道の中に入って見学してみたいとも思っていたが、ロイの許可を得ずにそんなことをすれば、ますます信用されなくなってしまうことをライラはちゃんと承知していた。坑道に入れない代わりに、ライラは休憩所の鉱夫達から鉱夫の仕事の実際や、鉱山内の噂話などをそれとなく聞きだしていたのだ。もちろんナイト輝石の『ナ』の字も出していない。ライラは確かめたかった。ナイト輝石をまた掘り出そうと言う自分の考えが本当に無謀で、忌まわしいものなのか、そしてナイト輝石がこの鉱山の鉱夫達に、南大陸のすべての人達にとって今でも災厄の種でしかないのか、それを知りたかった。毎日少しずつ話を聞いているうちに、こちらから話を出さずともナイト輝石の話は出てきた。『あんなもの』と吐き捨てるように言う鉱夫もたくさんいたが、未だ眠り続ける豊富なナイト輝石の鉱脈に未練のある鉱夫もかなりいることがわかった。特に若い鉱夫達はナイト輝石に対して悪い感情は持っていないようで、ナイト輝石の坑道がどこにあるのか、今どういう状態なのかも教えてくれた。そこに行ってみたい衝動に駆られたが、今は我慢のときだ。なんとしてもロイを説得して鉱夫として雇ってもらうことが先決だ。雇ってもらえたところで、ナイト輝石の調査に着手することが出来るまで、何年かかるかわからない。だからこそ17歳の今、ここまでやってきたのだ。学校の卒業後は王国に出て行って勉強を続けてはどうかと言う先生達の勧めも断り、両親を泣かせてまでも。
 
(そう簡単に引き下がれるものか・・・・。)
 
 そして決意も新たに、ライラは地下に戻る。座り込みを続けるために。
 
 
 
 ライラの決意がどれほど強固なものか、このころになってようやくロイは理解しはじめた。
 
(こいつは・・・俺が黙っていたら何年でもこのままでいるんじゃないか・・・・。)
 
 そんな気すらしてくる。毎日部屋を出入りするたびにライラの姿が目につく。ライラのほうは普段の挨拶をする程度で、ロイが何度出入りしようと気にしていないらしいし、他の鉱夫達が来ても会釈する程度でひたすらに座っているだけだ。でもロイのほうは気になって仕方がない。
 
「一度、話をちゃんと聞いてやるべきなのかな・・・。」
 
 ナイト輝石と聞いて頭ごなしに怒鳴ってしまったが、何を考えているのかだけでもちゃんと把握しておくべきじゃないのか。もしもこの先、ライラが音をあげてここを出て行ったとしても、鉱夫になるのをあきらめたというだけのことで、ナイト輝石に興味を持っているのには変わりない。奴をここから追い出せば、どこか知らないところでイシュトラのような愚か者になって戻ってくる危険性もあるのではないか。
 
 
 ロイは部屋に入り、椅子に深くもたれかかった。部屋の片隅にはピアノが置いてある。だがロイはピアノはまったく弾けない。このピアノの持ち主は、もう20年以上前にここの統括者をしていたデール卿という人物のものだ。ピアノのみならず、椅子も机も、壁にかけてある絵の一枚にいたるまで、デール卿が使っていたときそのままになっている。元々この部屋は統括者のための部屋として造られた部屋だ。だから以前の統括者の持ち物がそのまま置いてあっても不思議ではないのだが、ロイの前の統括者もその前の統括者も、誰もこの部屋を使おうとはしなかった。それはなぜか。
 
 デール卿は元々エルバール王国の中枢を担う御前会議の大臣の一人だった。だが、もうずっと昔ここの統括者として志願し、一家そろってロイの故郷カナの村にやってきた。その後デール卿は単身鉱山に赴任し、残された彼の妻と娘はカナで暮らしていた。大臣として将来を嘱望されていただけあって、統括者としては実に優秀な人物だったようで、エルバール暦175年に発見されたハース鉱山が、短期間のうちに安定した鉄鉱石を供給出来るようになったのは、デール卿の手腕によるところが大きい。だが20年前に起きたハース鉱山乗っ取り事件の何年か前、ナイト輝石をめぐる陰謀に巻き込まれる形でデール卿は命を落とした。それ以来この部屋は忘れ去られ、立派な家具調度品も使われることがないまま埃をかぶっていた。誰だって死んだ人間が使っていた部屋など使いたくないものだ。
 
 だがロイは、統括者として任命されたとき、この部屋を使うことにした。デール卿がどれほどこの鉱山を、この国を大事に思っていたか、ロイはこの鉱山内の誰よりもよく知っているつもりだ。そしてそのためにどんなものを犠牲にしてきたかも知っている。デール卿の遺志を継げるのは自分だけだと言う自負が、ロイにはあった。
 
「デールさん・・・あんたにとってナイト輝石は・・・どう言うものなんだ?災厄か?それとも福音なのか?」
 
もの言わぬピアノに問いかけた。デール卿は死の間際まで、カナに残してきた妻と娘を思い続けていたと聞く。デール卿の娘はロイの幼馴染だ。ナイト輝石など掘り出されなければ、あの一家はもっと幸せに暮らせたかもしれない。ロイと一緒に働いていた鉱夫達も、仕事の途中で突然倒れて、そのまま死体置き場に捨て去られるような、そんな惨めな死に方をしなくてよかったはずだ。だがそう思う一方で、もしもあの時、デボラが言うように本気で廃液を何とかしようとしていたら、事態はもっと変わっていたかもしれないと考えてしまう。・・・無論それは出来ない相談だったのだが・・・。
 

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