ソフィアはアスランがさっき置いていった本を貸し出し中として処理してくれていた。
「冒険小説好きなのねぇ。棚にまた新しい本を入れておいたから、がんばって読んでね。」
「でも読んでない本が引っ込んじゃってるんですよ。次に読もうと思ってたのになぁ。」
「ふふふ・・・それじゃ次の入れ替えの時に出しておいてあげるわ。本の名前をここに書いておいて。」
差し出されたノートに、アスランは読みたかった本の名前と作者名を書いた。
「ああ、この本ねぇ・・・。そういえば書庫にしまっちゃったわ。これって結構恋愛要素も強いわよ?」
「あ、そうなんですか・・・。俺は恋愛小説は苦手だなぁ・・。」
「そう?でも女の子を元気づけるのは上手みたいね。イルサの顔がすごく明るくなったわ。アスラン、今日はありがとう。」
「いや、俺も楽しかったですから・・・。あれ・・・?ソフィアさん、イルサさんが元気ないって知ってたんですか?」
「知ってたわよ。」
「なんで元気がないのかも?」
「・・・まあね・・・。でもそれは言えないわ。」
「・・・好きな男に振られたっていう話でしょう?」
「・・・なんで知ってるの?まさか、イルサがあなたに話したの?」
ソフィアは驚いたような顔をした。
「まあ・・・行きがかり上・・・・。」
「それじゃ、ずいぶんとあなたには心を開いたのねぇ・・・。あなたが今朝図書室に来た偶然に感謝だわ。」
「別に心を開いたってわけじゃないと思いますよ。それに聞く前から見当はついていたし・・・。」
「どういうこと・・・?」
「実はですね・・・。」
アスランは声を落とし、さらにソフィアの耳に顔を近づけて、カインのことと、どうしてイルサがアスランを食事に誘う気になったのか、その理由を話して聞かせた。
「・・・・・・・・・。」
聞いたあとのソフィアは、なんだかキツネにつままれたような顔をしている。
「・・・カインて・・・あのカイン?」
「そうですよ。」
「あなたの相方のあのお調子者で落ち着きのない・・・。」
「・・・まあ・・・そう・・・かな・・・。」
あたっているだけに返事がしづらい。
(いい奴なんだけどなぁ・・・・。)
ソフィアは驚いた顔で大きなため息をついた。
「なるほどねぇ・・・。それであなたと話したかった・・・かぁ・・・・。」
「それで気が晴れるなら俺はいいんですけどね・・・・。」
「そうねぇ・・・。あの子ってけっこう自制心が強いから、いつも一人で抱え込んじゃうのよね。もう少し誰かを頼ってもいいと思ってたんだけど、今日は結局あなたを頼ったってことだから、少しはいい方向に向かっているのかしらねぇ・・・。ねぇ、アスラン、もしもこのあとイルサに会うことになったら、出来るだけ話を聞いてあげてくれる?」
「俺でよければいつでもいいですよ。」
「そう、ありがとう。あの子には、しっかり受け止めてくれる誰かが必要なのよ。あなたなら・・・立候補してくれそうね。」
ソフィアがニッと笑った。
「でも出来のいい兄さんがいるんじゃないですか。まずは身内を頼るんじゃないですか?」
「どうかしらねぇ・・・。お兄さんのほうは私も何度か会ったことかあるけど、とてもいい人よ。でもいくら仲のいい兄さんでも、こういうことはあんまり話したくないんじゃないかしらねぇ・・・。」
「そうなんですか・・・。まあ・・・兄妹ってあんがいそんなものかも知れませんね。同性同士ならまた違うんだろうけど。」
実際アスランの妹も、家を出ると決めたことをアスランに一言も相談しようとしなかった。決断を下すまでにはいろいろな葛藤があっただろうと思うが、それを全部一人で抱え込んでいたのかと思うと胸が痛む。
「でもあなたは、イルサのこと気に入ったみたいだけど、違う?」
「まあ・・・それは・・・。」
顔が熱くなるのがわかる。
「ライバルが相方じゃあ、やりにくいかも知れないけど、イルサのことはよろしくね。」
「はい。・・・カインには今日のことは黙っててくださいね。」
「ええ、言わないわ。」
町の中で誰かに見られていたかも知れないことを考えると、もうカインの耳に今日のことは入っているかも知れなかったが、それでも何となくカインには知られたくなかった。それはイルサの気持ちを考えてそう思うのだろうか。それともただ自分が知られたくないだけなのだろうか・・・・。
アスランの背中を見送って、ソフィアは首をかしげた。イルサにはもっと包容力のある大人の男性が似合うんじゃないかと思っていた。でもアスランなら、イルサより年は若いが、細かいことにこだわらない明るい性格だ。彼ならイルサをうまく受け止めてくれるかも知れない。
「カインか・・・。まあ確かに、見た目はそれなりだけど・・・どこがいいのかしらねぇ。全然わからないわ・・・。絶対アスランのほうが似合うわよね・・・。」
![]() ![]() ![]() 「ふぅ・・・遅くなっちゃったかな・・・。」
王宮の玄関にカインが駆け込んできたのは、もう暗くなる頃だった。ほんの2週間ほど前にやっと『おつきあいOK』の返事をもらえた雑貨屋の娘フローラと、今日は久しぶりのデートを楽しむ予定だったのだが、フローラの姉シャロンが体調を崩していたので、フローラは店番を抜けることが出来なかったのだ。おかげで今日は、フローラと一緒に店の手伝いをすることになってしまった。でもシャロンにも、シャロンとフローラの父親である雑貨屋の店主セディンにも感謝されて、カインは上機嫌で帰ってきた。王宮のロビーはいつでも誰でも見学できるので、たいてい昼間は一般の見学者がたくさんいるのだが、この時間ではもう誰もいない。案内係も帰ってしまったようで、案内カウンターにはカバーが掛けられている。玄関や執政館への通路の警備は、もう夜勤の剣士と交代になっている。宿舎の階段を駆け上がり、採用カウンターに顔を出すと、いつもいるはずの採用担当官ランドがいない。かわりにクロムという先輩剣士が座っている。
「あれ?ランドさんはいないんですか?珍しいですね。」
「この時間はいつもいないよ。お前はのんきだなぁ。もうランドさんの定時報告の時間になってるんだぞ?」
採用担当官ランドは、剣士団長オシニスの同期剣士だ。毎日この時間は定時報告の時間になっている。ランドが報告に行っている間、普段はカウンターには誰もいないのだが、戻ってない剣士がいる場合や、他の剣士に言伝がある場合などは、その辺を歩いている剣士をつかまえて座らせておくのだ。
「さっきたまたまここを通ったんだよなぁ。フィリスの奴も一緒だったのに、あいつがここを通り過ぎたあとにランドさんが顔をあげたのさ。まったくタイミングか悪かったよ。」
クロムは肩をすくめてみせた。
「ははは、災難でしたね。それじゃ。」
「あ、おい待てよ。」
部屋に戻ろうとしたカインをクロムが呼びとめた。
「何ですか?あ、まさか僕を代わりにそこに座らせようなんて言うんじゃないでしょうね。」
カインは警戒するようにあとずさった。
「ばぁか、勝手に他の奴に代わりを頼んだりしてみろ、ランドさんのゲンコツを食らうぞ。それはごめんだからな。そうじゃなくて、お前に手紙が来てるんだよ。あと剣士団長が、休暇の予定を報告に来いってさ。」
「あ、休暇かぁ・・・・。」
剣士団に入ってそろそろ3ケ月になる。毎週の休みの他に、まとまった休みが取れるようになる時期だ。たいていの剣士はこのときに帰省するのだが、まだつきあい始めて2週間程度のフローラのことが気がかりで、カインは休暇の予定を決めていなかった。でもそろそろ決めて報告しないと、剣士団長のゲンコツが飛ぶ可能性もある。あれは痛い。
「ま、報告に来いと言われているうちに行っといたほうがいいぞ。」
カインの胸のうちを見透かしたかのように、クロムはにやりと笑った。
「そうですね・・。」
採用カウンターを離れて、カインは今しがた受け取ったばかりの手紙を見た。差出人は母親だ。
(母さんから手紙なんて・・・なんだか照れるなぁ。)
母親だけでなく、父親からも、ふるさとの住み慣れた家からも離れてもう3ヶ月・・・。母親からの手紙は別に初めてではなかったが、何度受け取ってもやはりなんとなく照れくさいものだ。中を読んでみてカインは少し驚いた。『そろそろ3ヶ月になるからまとまった休みがとれる時期だろう、取れたら必ず帰って来るように』との内容だったのだ。
(今のクロムさんとの話を聞いてたみたいだ・・・。)
あまりのタイミングのよさに、カインはなんとなくおかしくなった。それならばさっさと休暇の予定を報告して来たほうがいい。来月は祭りがある。そろそろ城下町も騒がしくなって来たところだ。
「アスランの奴は・・・祭りの前にとって家に帰るとか言ってたっけ・・・・。同じ時期にとらないとまずいよな・・・・。」
どうせ何か予定があるわけじゃない。とりあえず休みをとって、その中で家に帰るかここに残ってフローラと楽しい時間を過ごすか決めようか・・・・。カインは部屋に戻る前に、剣士団長室へと足を向けた。
![]() ![]() ![]() 「・・・報告は以上だ・・・・。まったく最近はろくな奴が来ないよ。」
「ははは・・・。お前はいつもそう言ってるぞ。まあそうだなぁ・・・。一番最近の合格者のティナとジョエルも、もう入って一ヶ月過ぎるからな。でも今年はなかなか豊作じゃないのか。もう10人くらいは入っただろう?」
「まあな・・・。だが、今の情勢を考えると、まだまだ足りないよ。」
ここは剣士団長室。採用担当官ランドが、今日の定時報告を終えたところだ。
「まあそれはそうだが・・・。あせっても仕方ないさ。」
剣士団長オシニスが、報告書を眺めながらつぶやくように言った。
「お前も気が長くなったな・・・。いや、歳をとって丸くなったか?」
「ふん・・・!それはこっちの台詞だ。お前のほうが年寄りじゃないか。」
「年寄りとは心外だな。俺はまだまだいけるぞ。」
そして二人とも笑い出してしまった。
「お前にへばられたんじゃこっちが困る。まだまだ現役でがんばってくれよ。」
「あたりまえだ。もっとも・・・そろそろ後釜を決めておいたほうがいいのかもしれんがな・・・。」
「何だ、やけに弱気だな。」
「俺しか採用担当が出来ないってことはないじゃないか。誰もやりたがらなかっただけだ。エリオンさん達に逃げられちまったからなぁ・・・。」
エリオンとはランドやオシニス達より3年ほど先輩で、今は牢獄の番人をしている。古株の王国剣士達は、旅から旅の警備ローテーションには入らず、王宮内部の警備に回ることが多いのだが、エリオンとコンビを組んでいるガレスとともに、オシニスとランドが採用担当にスカウトしようとしていたことがあったのだ。彼らが人を見る目は的確だと二人とも思っているのだが、当のエリオン達はさっぱりその気がなかったようで、結局牢獄の番人に欠員が出た時にそちらに行ってしまった。
「そうだなぁ・・・。まあお前が動けなくなるまではがんばってもらうとしても、後任の育成は進めておいたほうがいいよな。」
「ああ・・・。誰にするかは少し考えてみるから、お前も考えてくれよ。」
「わかったよ。」
「・・・なあオシニス。」
「ん?」
ランドは少し言いよどみ、ため息をついた。
「何だよ、お前に遠慮されると気持ち悪い。」
「アスランのことなんだけどな。」
「あいつがどうかしたのか?」
「いや、あいつがってことじゃないんだが、あいつのお袋さんが昔歓楽街にいたなんて話、お前誰にもしてないよな?」
「・・・どういうことだ・・・?」
オシニスの顔がこわばった。
「そんなに怒るなよ。俺だってお前がしゃべったなんて思っちゃいないんだから。だが、俺は誓ってそんな話は誰にもしていない。」
「・・・つまり、俺もお前も、その件を知る本人以外の人間が誰もしゃべってないはずなのに、知ってる奴がいるってことか?」
「そういうことだ。」
「・・・誰だ・・・? 」
今度のオシニスの声は完全に怒っている。
「・・・ラエルの奴さ。」
「呼んで来させよう。」
オシニスはいきなり立ち上がった。
「ちょっと待て。まだ続きがあるんだ。」
「何だ!?」
「怒るのはちょっと待てよ。とにかくお前も俺もしゃべってないってことは、本人から聞いたか、でなければ俺達が話している時にでも立ち聞きしていたかだ。それに、アスランの奴が採用試験を受けた時にあのあたりを通ったと言うことも考えられるわけだから、問いただすつもりならまずお前の頭が冷えてからにしろ。勘違いでぶん殴られるラエルがいい迷惑だ。」
ランドの言葉でやっとオシニスは椅子に座り直した。ラエルというのは、入団して3年過ぎたばかりの剣士だ。今月からは執政館の警備ローテーションに入っているし、来月からは南大陸への赴任も控えている。特別噂好きでもないし、他人のプライバシーを知りたがるような好奇心の強い人間でもない。そんな情報をどこで仕入れたのだろう・・・。
「ラエルの奴が知ってるって、なんでお前は知ってるんだ?」
「さっき聞かれたからさ。」
「・・・何だと・・・?」
「俺が今日の報告書をまとめている時に、カウンターに入って来たんだよ。」
「ランドさん・・・今ちょっといいですか・・・?」
「ああ?別にいいぞ。なんだ?」
入ってきたラエルは、遠慮がちにランドの隣に置かれた椅子に座った。剣士団の採用試験を受けて、合格したばかりの剣士が最初に座る椅子だ。
「あの・・・ですね・・・。」
用事があるから入ってきたのだろうに、ラエルはもじもじとしてはっきりしない。
「何か用か?俺はこれから団長のところに報告書を持って行かなくちゃならないんだが。」
「あ、あの、すみません。アスランがですね・・・。」
今度はラエルは唐突に話を切り出した。アスランは今年入団したばかりの剣士だ。ラエルと特別仲がよかっただろうか・・・・。
「奴がどうかしたか?」
「あの、アスランのお母さんが、昔歓楽街にいたって言う話を聞いて・・・。」
「なんだそりゃ?」
内心はどきりとしていたが、ランドは表情を変えずにさりげなく答えた。この程度の演技がとっさに出来なくては、採用担当官など務まらない。
「いやその・・・ちょっと聞いたもので・・・。」
「ふぅん・・・。で、だから何だ?お前に関係があるとも思えんが。」
「は、はい・・・。別にそれをどうこう言う気は・・・その・・・。」
「当たり前だ。もっとも、どうこう言う気でここに来たのならお門違いだな。王国剣士となるための条件には、家族の仕事なんぞ爪の先ほども入っていないんだ。剣の腕とその人となりだけが選考基準になる。」
「本当に・・・そうなんでしょうか・・・?」
聞いたラエルに悪気があるとは思えない。だがこの言葉はランドの怒りに火をつけた。
「どう言う意味だ・・・?」
ランドの声が怒気を含んでいることに、ラエルは気づかない。
「いえその・・・その選考基準は建前で、実はそのほかにも家族の仕事とか前科とかそう言うものが選考に加味されることも・・・。」
ラエルが言い終わらないうちに、ランドの拳がカウンターをドンと叩いた。ラエルはびくっとしてランドの顔を見た。そして自分が今言った不用意な言葉が、このベテラン剣士をかつて見たこともないほどに怒らせていることにやっと気づいたのだ。
「採用担当は、もう何十年も俺がやっているんだ・・・。俺はこの仕事に誇りを持っている・・・!王国剣士となるための選考基準はまず剣の腕、そしてその後の研修で人格を見極められる。それ以外の基準など存在しないんだ!貴様俺の仕事にケチをつけるからには、それなりの覚悟はしてきたんだろうな!?」
「す、すみません、違うんです!そんな、ランドさんの仕事にケチをつけるなんてそんな・・!」
ラエルは青くなって必死に言い訳をしている。
「ならなんだ!?さっさと言え!」
ラエルは縮み上がり、がたがた震えながら一生懸命深呼吸を始めた。王国剣士として今までやってきたのだから、別に臆病な男ではない。だが『怒ると恐い』が定説になっている剣士団長オシニスと違い、ランドはめったに人前で怒ったりしない。そう言う人間が怒るとどれほど恐ろしいものか、ラエルは図らずも知ってしまったというわけだ。
「は、はい・・・。その・・・王国剣士がですね・・・・たとえば、その・・・・そういう仕事をしている女性と結婚したりした場合は・・・その・・・そのまま仕事が続けられるのかどうか・・・。」
「どこの誰と結婚しようが、剣士団で口出しをするなんてことはないぞ。本人が罪を犯さない限りはな。」
「ほ・・・本当に・・・ですか・・・?」
「俺の言葉を疑おうってのか?」
「い、いえ・・・。」
ランドは一度深呼吸をし、あらためてラエルを見た。少し脅かしすぎたかも知れない。
「・・・怒鳴って悪かったな・・・。今の話は、お前がどこかの店の女と結婚を考えていると受け取っていいのか?」
ラエルは上目遣いにランドを見つめて、小さくうなずいた。
「団員が結婚する時は多少の祝い金は出るし、住む家を探すとかいうならつてを探してやることも出来る。まあそれは本人の自由だがな。今も言ったように、団員の結婚相手について剣士団が口出しするなんてことはない。ただ、俺と団長だけには報告してもらわなければならんがな。そのことに絡んで何か問題が起きた場合は副団長のハリーにも知らせることになる。あいつとキャラハンはいかにも口が軽そうだが、言っていいこととまずいことの区別もつかないほどバカじゃない。そんな奴に副団長など任せられないんだ。だからその点については信用してくれていいぞ。ところで・・・お前がどこでアスランのそんな話を聞いて来たかに興味があるんだがな。」
「あの・・・それは本当の話なんですか・・・?」
「それを聞いてどうする?」
「い、いえ・・・。」
「それが本当だろうと嘘だろうと、俺は答えん。」
「そうですか・・・いえ、そうですよね・・・。」
「おいラエル、念のため聞くが、お前がそんな話を持ち出したのは、その女と結婚したあとの仕事について不安だったからか?それとも、アスランについて何かの噂話でも聞きこんで、それを確かめるためにそんな話をでっち上げたのか?」
「ち、違います!ぼ、僕は・・・トゥラと本当に結婚したくて・・・。」
ラエルの両手が自分のひざをぎゅっと握り締めた。
「・・・今朝、歓楽街の裏手の通りで、フィリスとクロムが女を殴っている酔っ払いを捕まえたそうだ。その酔っ払いは、その女のところに通っているうちにすっかり自分の女にしたものと思いこんでいたらしいんだが、殴られて怒った女が自分の店の女主人に助けを求めて、障害の罪で訴えられちまったよ。」
「・・・・・・・・・・。」
「あの町で生きていくためには、女達はいくらでも非情になれるんだ。そしてそうでなければあの世界で生き抜いていけないのさ。その女は本当にお前と結婚したいと思ってるのか?あの町の女は金づるには優しいからな。」
「そ、そんな・・・僕達は・・・。」
「とにかく、頭を冷やしてもう一度考えろ。間違いなく愛し合って結婚するならいくらでも祝福してやる。だが少しでもおかしいと思ったら一人で悩まずにまた来い。相談にのるぞ。」
「・・・わかりました・・・。ありがとうございます・・・。」
「・・・というわけさ・・・。相手の女がどんな奴かわからないが、一人で思いつめたりしないようにだけは気をつけてやらないとな・・・。」
「なるほど、そういうことか・・・。だが・・・」
「し、失礼しまぁす!」
オシニスの言葉は、妙に素っ頓狂な声と、王宮中に響きそうなほど激しく叩かれた扉の音でさえぎられた。二人はぎょっとして扉の外に意識を向けた。
「誰だ!?」
「あ、あの・・・カインです。クロムさんから休暇の報告に来いって言われて・・・。」
「入れ・・・。」
カインを呼んでいたことを、オシニスはすっかり忘れていた。入ってきたカインは『必死で平静を装おうとしている顔』で、カチカチに緊張しながらオシニスの前に進み出た。
「遅かったな。休暇の予定は決まったのか?」
「は・・・はい・・・。あの、アスランの奴と・・・その・・・一緒にとりたいんですが・・・。」
「アスランか。そうすると、祭りの二週間前から前日までと言うことになるが、それでいいのか?」
「は、はい・・・。それでお願いします。あ、ラ、ランドさん、あの、僕の休暇ですけど、ランドさんにはあらためて言いに行ったほうがいいですか?」
「あ?いや、今聞いたからいいよ。俺のほうも向こうの予定表につけておくからな。」
「あ、は、はい・・・それじゃよろしくお願いします。」
「休暇中はどうするんだ?家に帰るのか?」
「ま、まだ・・・決めてないんです。家からは帰ってくるようにって手紙が来てるんですけど・・・。」
「さっきの手紙か。」
ランドがつぶやいた。
「は、はい・・・あの・・・そうです・・・。」
カインはいつもよりいっそう落ち着きがない。
「そうか。もしも帰省するならそれはそれでちゃんと報告に来い。わざわざご苦労だったな。休暇まで事故のないようにしろよ。」
「は、はい・・・。ありがとうございます。」
カインはぺこりと頭を下げて部屋を出て行った。
「・・・聞いてたと思うか・・・・?」
オシニスがランドに尋ねた。
「聞いてただろうな・・・・。右手と右足が一緒に出てたぞ。」
「あれほどわかりやすい奴も珍しいな。」
「しかしうっかりしてたな・・・・。扉の外に潜んでいることに気づかなかった・・・。」
(まったく・・・やっぱり親子だ・・・・。)
オシニスは心の中でつぶやいた。立ち聞きしていたカインに悪気がないことはわかる。おそらくは扉の前で自分達の会話を聞いて、好奇心から立ち止まってしまったのだろう。ずっと昔、オシニスはやはりこんなふうに聞かれたくない話を聞かれてしまったことがあるのだ。カインの父親のクロービスに・・・。彼もやっぱり扉の中から漏れ聞こえてきた話に、好奇心からつい立ち止まってしまったらしい。そのクロービスは今ごろどうしているのだろう。カインの話ではふるさとの島で医師として活躍しているらしい。島中の人達から慕われて、揉め事の解決を頼まれることもしばしばだそうだ。カインが父親の話をするとき、話の中に時々『父の友達』が出てくる。それが誰のことかをオシニスは知っていた。20年前・・・自分と袂を分かって剣士団から去っていった、オシニスが生涯の親友と今も信じている男だ。
(ライザー・・・お前は今ごろ・・・どうしているんだろうな・・・・。)
「休みにはかえってこい、か・・・。ウィローもクロービスも、息子のことは心配なんだろうなぁ。」
ランドがつぶやいた。
「だろうな・・・。一人息子ならなおさらだろう。」
カインの父親クロービスは昔王国剣士だった。そして母親のウィローは、ずっと昔ハース鉱山の統括者として赴任し、その後陰謀に巻き込まれて命を落とした統括者デールの娘である。オシニスとランドにとっては、二人とも苦難の時代を共に戦った仲間だ。ウィローが結婚後初めての子供を流産してしまった話は、カインに聞いた。もっともカインは、王国剣士だった父親はともかく、母親もオシニス達と知り合いだとは知らないらしい。クロービスもウィローも、つらい出来事をくぐり抜けてやっと幸せを掴んだはずなのに、またそんなに悲しいめに遭うなんて、神様はなんと残酷なことか・・・。それとも神様なんてものは、人の一生になんて何の興味もないのだろうか・・・。
「おいオシニス。」
「・・・ん・・・?」
「ラエルのことだが、あいつがどこからそんな話を聞いてきたのかは、まず俺が聞いてみるよ。それまではお前は一応知らないふりをしていてくれ。あいつも女のことが団長に知れたなんて聞いたら、また青くなりそうだからな。」
「そうだな・・・。その件に関してはお前に任せるよ。下手に俺が口出しすると話がこじれそうだ。」
「わかった。それじゃ俺は戻る。ここに来る時クロムのやつを捕まえてカウンターに座らせているんだ。早く戻ってやらないとな。」
「ははは、そうだな。」
ランドが部屋を出て行ったあと、オシニスはため息をつきながら椅子に座り直した。剣士団長なんてものはなんと窮屈なことか。今のような話を聞いても、うっかり問いただすことも出来やしない。剣士団長が出張ってきたとなると、いやでも話が大きくなってしまう。自分をただの王国剣士オシニスとして見てくれる人は、今となっては同期入団のランドくらいなものだ。自分より先輩の剣士達は、後輩と言えども団長なのだから、先輩風を吹かせて礼を失してはいけないと気を使うし、自分より若い剣士達はもう自分を剣士団長としてしか見てくれない。自分で動けないというのは、オシニスにとってかなりストレスのたまることだった。
「まったく・・・毎日書類とにらめっこなんてもうたくさんだよ・・・。」
机の上には相変わらず書類が山になっている。そして先ほど引っ張り出した分厚い記録も一緒においてあった。この記録には、エルバール王国で起きた事件、事故に関するあらゆるデータが記録されている。剣士団長室の本棚には、これとおなじくらい分厚い記録書が他にも何冊も入っていて、年代順に並べられている。オシニスが見ているのは一番新しい記録だ。
「だが・・・これだけは他の誰にも任せられん・・・。俺がやらなきゃな・・・。」
オシニスは印を付けておいた記録書のページを開いて、もう一度よく読んだ。
「やっぱり・・・これも関係しているとしか思えんな・・・。だとするとそれをどうやって調べるか・・・。」
レイナックが報告書に小さく小さく書いてくれた一文・・・。
『陰に彼の人の気配あり』
この件はずっと昔、オシニスが剣士団長になった時から、レイナックと共に追いかけ続けてきた件だ。なかなか調査が進まず、もう10年以上が過ぎている。だが今までは何とかなった。何事もなく王国は平和な日々の中にある。だがその内側に、常に小さな火種を抱え続けてきたのだ。ところが最近になって動きが出てきた。おかげでオシニスは一つの仮説に行き着くことが出来た。一年前からナイト輝石製の装備が市場に出回り始めた件も、今朝の薬草の価格高騰の件も、裏で糸を引いているのはおそらく『彼の人』なのだ。だが証拠がない。それを手に入れるためには、この記録に書かれた場所に自分で行ってみるのが一番なのだが・・・・
「俺が動くだけで目立ってしょうがない・・・。じいさんには無理させるわけにいかないし・・・・。」
レイナックはいつだって自分に協力してくれるが、彼はもうかなりの老齢だ。無理をさせて体調を崩したりしたら、この国にとってとてつもなく大きな損失となる。あと頼れるのは・・・。
「でも・・・本当にいいのか・・・・。」
自分に聞いてみる。だが答えは出なかった。イチかバチか、賭けてみるしかないのかも知れない。オシニスは机の引き出しを開けて、便箋と封筒を取り出した。
![]() ![]() ![]() 宿舎の部屋に戻るまで、カインはもうずっと後悔し続けていた。なんであの時立ち止まってしまったのだろう。
『アスランのことなんだけどな。』
剣士団長室の扉を叩こうとした時聞こえてきたこの言葉で、カインの手は止まってしまった。そしてそのあと聞こえてきたのは・・・。
『あいつのお袋さんが昔歓楽街にいたなんて話、お前誰にもしてないよな?』
歓楽街と呼ばれる通りがどんなところかくらいカインは知っている。そしてそこにいたと言うことがどう言う意味を持つのかも。そこで働く女達を、王宮に勤める女性達はおおむね厳しい目で見ている。
『あんなところで働くなんて、プライドってものはないのかしら』
『あそこまで堕ちたくはないわ』
そんな声を時々聞くのだが、毎日きれいなドレスを着て華やかな王宮の中で仕事が出来る女性達に、体を売らなければ生活していけない女性達のことをとやかく言う権利があるものか、カインはいつも疑問に思っていた。でも確かに、その町にいたことは誰でも隠したいと思う。そしてそう言う女性を母親に持つアスランがそう考えたとしても責められはしないが・・・。
(でも・・・僕にも言ってくれなかったんだ・・・。)
アスランよりカインのほうが少し入団が早い。カインが入って一週間ほど過ぎた時、アスランが剣技試験を受けて合格した。そしてアスランの二次試験のサポートにカインがついたのだ。
『住宅地区に盗賊が出たから退治してこい。』
この命を受けて行ってみると、盗賊の正体は実は貧しい一家の長男だった。盗みでもしなければ食べていけないほどの・・・。罪は罪として牢獄に連れて行くべきか、盗みをはたらくに至った動機を鑑みて見逃すべきか、アスランもカインも悩みに悩んで、結局二人で剣士団長のところに戻り、彼らを見逃してやってくれと土下座して頼んだ。これを見逃せばお前が不合格になるぞと脅されてもひるまなかったアスランを見て、なんと肚の据わった奴かと感心したものだ。結局それが全部研修という名の二次試験だったわけで、この時はカインも試験の内容を知らされていなかった。これは剣士団長の考えで、二人がコンビを組めるかどうかの適性を見るためということだったらしい。それから二人はすぐに仲良くなった。がんばって早く腕を上げようといつも話し合って、でも・・・考えてみると、家のことをいろいろとアスランに話すカインと違い、アスランのほうは自分の家のことを詳しく話してくれたことは一度もない。今までは気にしなかったけれど、アスランは自分をまだ信用してくれていないのだろうか。
(でも・・・いくら仲がよくたってお母さんのことは、他人に話したくないかも知れないな・・・。)
アスランは自分に隠したかったから言わなかったのだ。それを別なところで聞いてしまった自分のほうが悪いことをしたような気がして、カインは胸が痛んだ。
部屋の前で、カインは大きく深呼吸して大声で言った。
「ただいまぁ。」
そして出来るだけ元気よく部屋の扉を開けた。アスランはもう戻っていて、ベッドに寝転がって本を読んでいた。
「おかえり。遅かったな。」
「うん、実はね・・・。」
カインは今日の出来事をアスランに話して聞かせた。
「へえ・・・。それじゃ今日は一日雑貨屋の店員か?」
笑い出したアスランは、内心ではホッとしていた。
(それじゃこいつが町に出ていることはなかったわけだ・・・。心配することなかったなぁ。)
「そういうこと。」
「ははは。残念だったな。せっかくのデートがお流れになって。」
「そうなんだけどね。でもシャロンにもフローラの父さんにも感謝されたし、ちょっとは株が上がったかな。」
「なるほど、いずれ結婚を申し込む時に有利になるかもってわけか?」
「へへへ・・・まあね。」
カインは照れたように頭を掻き、少し顔を赤らめた。
(この野郎・・・何が『まあね』だ・・・・。イルサさんはあんなにつらい思いをしてるっていうのに・・・。)
アスランは、一瞬イルサのことをカインに言いたい衝動に駆られた。お前のせいで彼女がこれほど苦しんでいるのだとわからせてやりたかった。が・・・それを言ってみたところで何も変わらない。いや、悪い方向にしか行かないだろう。カインと自分の間は気まずくなるだろうし、カインとイルサの間にも溝が出来る可能性もある。唯一いいことがあるとすれば、アスラン自身がすっきりするというだけのことだ。
「ふん・・・まあせいぜいがんばってくれよ。それよりお前、休暇はどうするんだ?俺はもう報告したんだぞ?」
「あ、それがね、さっき・・・。」
カインはクロムに言われて団長に休暇の報告をしてきたことと、家から手紙が来ているから多分休みのうち何日かは帰省することになるだろうと話した。
「ふぅん・・・。それじゃおなじ日に帰るんだったら途中まで一緒に行けるな。俺の家もローラン方面なんだ。」
「へえ、それじゃ一緒に行こうか。」
「ああ。ところでお前、祭りのほうはどうするんだ?俺達の警備は昼間だけだからな。夜は何か予定があるのか?」
「フローラを誘ってるんだけどね。店のこともあるからまだ返事をもらってないんだ。僕としては毎日とは行かなくても、見せ物を見たり食事をしたり、夜のほうが賑やからしいから楽しみにしてるんだけどな。君は?予定がないなら一緒に行こうか?」
「バカ言うな。デートの邪魔をするほど野暮じゃないよ。それに、俺もちょっと予定があるからな。」
この言葉にカインは予想以上に目を輝かせた。
「へぇ!?ほんと?どこの誰?歳はいくつ?」
カインはアスランの『予定』が女の子とのデートだと決めてかかっている。相手が誰かを言うわけにはいかないが、一応女の子と一緒に出かけることには変わりないので、アスランはあえて否定はしないことにした。
「ちょ、ちょっと待てよ!いいじゃないか、そんなこと。それにその・・・まだただの友達みたいなものだし・・・。」
(バカ野郎!お前のほうがよ〜く知ってる相手だよ!)
アスランは心の中で思わず叫んだ。
「それじゃ祭りの時に会わせてよ。紹介してほしいなぁ。」
「それは・・・まだちょっと待ってくれよ。いきなり友達に会ってくれなんて言ったら、嫌がられるかも知れないし・・・。」
「・・・ってことは、ほんっとに『まだまだ友達』なんだね・・・。」
「まあな・・・。」
(ああそうだよ!まだまだ『ただの友達』だよ!当たり前じゃないか!彼女はお前を好きなんだよ!)
カインに言いたいことは山ほどあるのに、口に出して言えないのがつらい。
「それじゃ無理言っちゃ悪いね。紹介出来るくらい親しくなったら絶対してくれよ?」
「わかったよ。」
こういう時にしつこく言わないのは、カインのいいところだ。とても素直で思いやりがある。だからこそイルサの告白をきちんと受け止めて、その上で自分が応えられないとはっきり言ったのだろう。
(別にこいつが悪いわけじゃないんだよな・・・。)
でもだからといって、あきらめきれないイルサが悪いわけでもない。なのに、イルサはつらい思いを抱えて毎日を生きている。イルサが自分を見てくれるかどうかはわからないが、たとえ見てくれなくても、せめて彼女の心が少しでも癒されるよう努力してみようとアスランは思った。
「なあカイン、だからさ、祭りに出かけるなら、出来るだけ鉢合わせしないように、歩く予定の場所を決めておかないか?お互い連れがいてばったり会うのってちょっときまりが悪いかなと思うし・・・。」
「そうかなぁ・・・。でもまあ、君が照れくさいのもわかる気がするし、いいよ。それじゃお互いのプランが決まったら、ちゃんと打ち合わせしようか。祭りの時は通りの数もわからなくなるほど人が溢れかえるって話だからね。」
「そうだな。」
今のアスランの話をカインが信じてくれてよかった。カイン一人でいるところに出会うならともかく、フローラと一緒のところになんて、イルサは絶対に出会いたくないに決まっている。それにもしかしたら、自分と一緒の時にカインに会うのもいやかも知れない・・・。
カインはカインで、どうやらアスランとはうまく話せたと、心の中で胸をなで下ろしていた。でも今日は何とかなったけれど明日からはどうしよう。カインはいつも隠し事が下手だと言われる。さっきだって剣士団長とうまく話してきたつもりだが、あとになって考えてみると、いつもより声が高かったかも知れないし、扉を強く叩きすぎたかも知れない。人を見るのが仕事のオシニスやランドには、いかにも立ち聞きを取り繕おうとしているように見えたのではないだろうか。
カインの様子がいつもと何となく違うことに、アスランも気づいていなかったわけではない。でも今はそのことよりも、イルサのことで頭の中がいっぱいだった。アスランには大きな目標が出来ていたのだ。
「なあカイン。」
「ん?」
「はやく南地方に行けるようになろうな。」
「どうしたんだよ、急に?」
「この間はお前が言っていたじゃないか。」
「そりゃそうだけど・・・。でも、確かにそうだよな。いつまでも半人前だなんて言われていたんじゃ情けないし、せめて入団1年後には大手を振ってクロンファンラにいけるようになりたいね。」
「そうだよ。がんばろうぜ!」
「了解!」
![]() ![]() ![]() 翌朝、イルサは剣士団長室の前に立ち、扉を叩いていた。出てきたオシニスは少し疲れているように見えた。
「おはようございます・・・。まだお休みでしたか・・・?」
「おはよう。いや、夕べから寝てないんだ。」
「まぁ・・・。そんなことしたら体をこわしてしまいます。剣士団長さんに倒れられたらこの国は大変なことになってしまうじゃないですか。もっとお体をいたわってくださいね。」
オシニスは思わず微笑んだ。こんな風に自分を心配してくれるのは実家の親くらいなもので、王宮の者達は皆、剣士団長は不死身だとでも思っているらしい。夕べからずっとオシニスは手紙を書いていた。書いては破り書いては破りを繰り返し、さっきやっと完成したところだ。
「そうだな。気をつけるよ。それより、もう発つのか?」
「あ、いえ・・・。実は兄が定時報告に来た時にこの手紙を渡していただけないかと思って・・・。」
イルサは一通の手紙を差し出した。
「午前中は買い物に出かけるんですけど、多分ここに戻らずにそのまま馬車に乗ってしまうと思うので・・・。ご迷惑でしょうか・・・。」
「いや、ライラの奴は多分今週末くらいに来ると思うから、その時に渡してやるよ。ハース鉱山に出すよりは早く手元に届くだろうからな。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
「わかった。それじゃ、道中気をつけていけよ。」
「はい。失礼します。」
イルサもライラも、オシニスにとっては自分の子供のようなものだ。ずっと昔、相方のライザーが彼の元を去ったあと、オシニスは自分の残りの人生をすべて、この国を、そしてこの国の女王フロリアを守るために使おうと決意していた。この生き方を選んだ以上、自分の血を分けた子供を持つことは望めないが、せめてライザーの子供達は見守ってやりたい。昨日イルサは、どうやらアスランと一緒に一日過ごしていたらしいが、二人の間に何か進展はあったのだろうか。
「アスランか・・・。ま・・・あいつはいい奴だ。心配することはないんだろうが・・・。」
オシニスは大きなあくびを一つして、部屋の扉に『立ち入り禁止』の札をかけた。内側から鍵をかけて、上着を脱いだだけの格好でベッドに倒れ込んだ。
「とりあえず・・・一眠りしてから考えよう・・・。」
最近よくライザーの夢を見る。剣士団に入って、二人で必死で訓練を積んでいた、一番楽しかった頃の夢ばかりだ。また今日も・・・見るのだろうか・・・・。
![]() ![]() ![]() イルサは剣士団長室を出て、まっすぐに一階への階段に向かって歩いていった。宿舎のロビーには、ぽつりぽつりと王国剣士達がやってきている。夜勤明けの剣士達らしい。カインとアスランはもう仕事に出ているだろう。実をいうとその時間を見計らってここに来たのだ。アスランに会うのはかまわなかったが、カインには会いたくない。今はまだ笑顔で会える自信がなかった。ライラへの手紙の中には、アスランのことを書いた。昨日起きた出来事を全部書いて、一緒に祭りに来てくれるように頼んだ。ライラはなんと言うだろう・・・。
「まあいいわ。とにかく買い物しなきゃね。」
今なんだかんだと考えてみても仕方ない。少し気持ちを切り替えて楽しいことを考えよう。昨日アスランと一緒に通ったおしゃれな通りに行ってみようか。素敵な服やアクセサリーがたくさん店先に並んでいた。あの広場の露店もなかなかおもしろいものが売っている。クロンファンラの友達にいいおみやげが買えるかも知れない。玄関に出ると、リガルトがもう出てきていた。
「おはようございます。出発はまだですよね?」
「ああ、そうなんだが・・・実はうちの奴に土産を買って帰ろうと思ってね・・・。君はこっちに来たのは初めてだから、いい店なんて知らないよな?」
「リガルトさんはこちらに何度も来られてますよね。ご存じないんですか?」
「私は元々こっちの出身じゃないからな。たまに研修に来ても王宮からほとんど出ないから、さっぱりわからないんだ。」
「それじゃご一緒しませんか?私も友達におみやげを買いに行くところなんです。商業地区の中に素敵なお店がたくさんある通りがあるんですよ。市場の露店もおもしろいものがたくさん売っているみたいだし。奥様に似合うアクセサリーや洋服もあると思いますよ。」
「ほぉ、それじゃ案内してくれないか。男一人ではなかなかその手の店には入りにくいからな。」
「ええ、行きましょうか。」
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本編へ続く・・・予定