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「カインとハディか・・・。なかなか元気のいいのが入ってきたな。」
 
 オシニスはうれしそうだ。
 
「ちゃんと育ててあげないとね。せっかくの芽を摘むようなことにならないようにしないと。」
 
「俺達が関われるのはここまでだからなあ。あとは団長達に任せるしかないってのが・・・。」
 
 2人とも剣士団長のことは信じている。副団長も、2人を補佐する立場にあるティールとセルーネも、おそらくは自分達の主張をわかってくれるだろう。だが、この国の経済状態が厳しいことも確かなのだ。その中で新人剣士を雇うからには、かかる金に見合った仕事をさせなければならない。しばらく中で訓練させて、などと言えば、行政局の財務担当者辺りから『そんな無駄なお金を使うために新人剣士を雇ったのか』などと言われかねない。
 
「僕らが気にしても仕方ないよ。少なくとも、カインは王国剣士として正式に採用されることになったんだ。このあとどういう流れになっても、ちゃんと成長していけるように僕らが気をつけておけばいいんじゃないかな。」
 
「そうだなあ。」
 
 オシニスは小さな溜息を一つついて、手元のグラスを口に運んだ。2人とも元々そんなに酒好きと言うほどではないが、2次試験の試験官として帰ってきた日のオシニスは、いつもライザーを酒に誘う。入団したばかりで、どこへ出しても完璧にやっていける新人剣士などまずいない。『こいつならば充分やっていける』ランドへの報告書にそう書いてはいても、オシニスは心配で仕方ないのだろうと、ライザーは思う。
 
(でもそれだけじゃない。今回は特にだ・・・カインが、昔のオシニスに似てるせいかな・・・。)
 
 大剣を構えたところ、頭に血がのぼると声が大きくなるところ、出会った頃のオシニスによく似ている。ということは、カインも数年経てばオシニスのようになるんだろうか。そこまで考えて、ライザーは思わず笑ってしまった。
 
「おい、何だよニタついて気持ち悪い。」
 
 オシニスが怪訝そうにライザーを見た。
 
「いや、何でもないよ。僕はそろそろ風呂に行ってくるけど、君はどうする?」
 
「俺は明日の朝にでも入るさ。今日は疲れたから、眠くなったら寝てるよ。」
 
「わかった。」
 
 ライザーが着替えをもって部屋を出ていった。オシニスの手元のグラスには、もうほとんど酒は残っていない。食堂から持ってきた酒瓶も、もう空だ。
 
「もう寝ろってことか。しょうがない、寝るか。今日は疲れたな・・・。」
 
 カインとハディの顔がぼんやりとした脳裏に浮かんだ。カインのようなタイプの剣士には、一緒に前に出るタイプよりも後方支援をしてくれるような剣士のほうがいいと思う。呪文や飛び道具が使えて射程が長い剣士がいいのだが、呪文となると適性が大きくものを言う。さらに飛び道具も使えるとなると、そう簡単に見つからないかも知れない。ではライザーのように素早さを備えた剣士はどうか。
 
「ふん、それこそそう簡単に見つからないよな。」
 
 先陣を切って道を切り開くタイプのオシニスの後ろから、ライザーはその素早さを活かしてとても剣しか持っていないとは思えないほど射程の長い攻撃を繰り出す。同じように訓練をして同じ大剣を使うのに、あれほどの素早さを、オシニスにはとてもまねが出来ないのだ。
 
「となると、難しいなあ・・・。」
 
 大きなあくびを一つして、オシニスはベッドに潜り込んだ。
 
 
                          
 
 
 剣士団長パーシバルは、たった今届けられた報告書に改めて目を通していた。つい今し方まで採用担当官ランドがここにいて、今年二人目の剣技試験合格者であるカインの2次試験の結果報告書の説明をしていたところだ。今回は単にカインの合否を判定すると言うだけでなく、もしもカインが正式に入団することが確定した場合、一週間ほど前に入団したハディとコンビを組ませるべきかどうかの試験も兼ねていた。その点について、ランドの見解、そして2次試験官としてカイン達の試験に携わったオシニスとその相方ライザーの見解も、報告書には記載されている。
 
「失礼します。」
 
 剣士団長室の扉がノックされた。ランドの帰り際に、副団長のグラディスと、入団して10年になるセルーネとティールのコンビを呼んできてくれるよう頼んでおいたのだ。
 
「あいている。入れ。」
 
 声に応えて、扉を開けたのは副団長のグラディスだった。後ろにティールとセルーネが控えている。
 
「結果が出たようですね。」
 
 部屋の中に入ってきたグラディスは、勧められた椅子に座りながら言った。
 
「ああ。まず、カインは合格だ。戻ったらフロリア様に謁見して、正式入団を報告する。」
 
「ついに二人目ですか。今年はずいぶんとかかりましたね。」
 
「まったくだ。それから、ランドが最初に言っていたように、あの2人を組ませるには無理があるだろうという報告書も届いたぞ。」
 
 パーシバルの声は心なしか楽しそうに聞こえる。
 
「ふむ、となると、これで多少は行政局の連中を抑えられますかな。」
 
 少し難しい顔でそう言ったのはティールだった。剣技試験の結果だけで判断するのは早計だという声も、2次試験の試験官が同じ決定を下したと言えば納得することは多い。
 
「抑えられるかどうか、まず報告書を読ませていただけますか?」
 
「ああ、読んでみろ。」
 
 セルーネは差し出された報告書を手に取り、最初から読み始めた。隣からティールが覗き込み、グラディスも立ち上がって後ろから覗き込んだ。
 
「・・・なるほど・・・。」
 
 読み終わったとき、3人ともうーんと唸りつつ、それでもどこか「やはりな」と納得した表情だった。
 
「まずはみっちり中で訓練か・・・。確かに、カインはともかくハディの奴はうっかり表に出せないからな。」
 
 セルーネが呟いた。
 
「今の奴を南地方に行かせたりしたら、飛んでもないことになりそうだしな。」
 
 ティールもため息をついた。
 
「ハディの腕が通用するのは、北大陸の中でも城下町近辺からローランあたりまでだろう。カインも今のところは似たようなものだが、それはあくまでも腕のみの話だ。団長、あいつらの腕はともかく、2人をこのまま中に置いて訓練させるにしても、今のところ剣士団には新人の訓練だけを専門に担当出来る剣士を置けるほど、人に余裕はないですよ。どうします?」
 
「ライザーはどうだ?グラディス、確かお前は、来週からオシニスと一緒に南地方の西側に行くつもりだと言っていたと思うが?」
 
「は、はあ・・・。そうですね、確かにその間ライザーは1人になってしまうし、奴ならあの2人の相手をしてもらうには充分ですが・・・。」
 
「しかし団長、いくら訓練場でみっちりとは言っても、ハディとカインの相方が決まるまでに新しく剣技試験の合格者が出れば、どちらかを同行させることになります。そうなると今度はライザーの方が半端な状態におかれてしまうことになりますよ。それこそもったいない話ではありませんか。」
 
 ティールの指摘は鋭い。確かに、ハディとカインを訓練場に閉じ込めておくよりも、ライザーが思ったように仕事が出来ない状況におかれることのほうが、剣士団にとって遙かに大きな損失なのだ。
 
「それもそうだな・・・。剣技試験の合格者が出なければ問題はないが、副団長とオシニスが戻ってくるまで1人も合格者が出ないってのも、それはそれでゆゆしき事態だしなあ・・・。」
 
 今度はセルーネがため息をついた。
 
「むろん、ライザーには1人でいる間に乙夜の塔や執政館の補佐に入ってもらう。オシニスがいない間、しっかりと日程表を作って、昼間たまたま訓練場にいるような、そんな状況を作り出す必要があるだろう。相方がいるのに1人で行動している剣士がいるとハディが聞けば、またなんやかやと他の剣士達ともめ事を起こしかねないからな。」
 
 言いながら、パーシバルがくすりと笑った。
 
「団長、笑っている場合ではありません。あまり他の剣士ともめ事を起こしていたら、この先相方が見つかったとしても、仕事がうまくいかなくなってしまいますよ。」
 
 グラディスの口調はいささか呆れているようだ。
 
「まあいいじゃありませんか、副団長。最初から何事もそつなくこなすような小利口な奴では、王国剣士としては大成しないのではないかと思いますが。」
 
「だがなあティール、ハディの奴が何とかならないのかという苦情も出ているんだよ。」
 
「ま、いきなり勝負を申し込んでおいて、相手をしてみればそれほど強いわけでもない、ところが本人は負けてもしれっとしてまた他の誰かに勝負を申し込む、の繰り返しだから、そりゃ誰だって怒るでしょうね。」
 
「おいセルーネ、落ち着いているが、このままではハディの奴が剣士団の中で浮いてしまう。だが何とかしてくれと言われても、今の状態では俺にだって何ともしようがないんだからな。」
 
 グラディスは副団長として、普段から団員達と出来るだけ話をするようにしている。立っているだけで圧倒されそうな存在感のあるパーシバルより、気さくで親しみやすいグラディスのほうが剣士達も様々なもめ事や悩み事を話しやすいらしく、相談事がしょっちゅう舞い込むのだ。そして最近グラディスの元に持ち込まれる相談事の中で、ハディの立合に関する苦情が多数を占めていた。
 
「そうだな。グラディスの言うことももっともだ。だが、ハディには申し訳ないがまだしばらくは辛抱してもらうしかなさそうだな。」
 
「ま、仕方ないですね。次に剣技試験の合格者が出たとしても、果たしてハディとカインのどちらと組ませられるかってのは、なんとも言えませんからな。ところで団長、ハディの奴が入団してから一週間も過ぎるというのに、どうも進歩がないようだとランドが言っていたのを聞いたのですが、その話は何か出ていましたか?」
 
 ハディの腕がまだまだとは言え、素質は充分だとグラディスも思う。採用担当官のランドは当然その素質も考慮して剣技試験に合格させたのだが、精鋭が集う剣士団に入団してから今まで、腕の方がさっぱりあがっていないのだ。訓練場で他の剣士と立合をしているところは、グラディスばかりでなくティールもセルーネも見ているが、誰が見ても、それほど向上したように思えないのである。
 
「それは俺も聞いた。そして、それはおそらくハディの精神的な何かなのではないかともな。」
 
「精神的?」
 
「そうだ。だが、残念ながら今回の試験でそこまではわからなかったようだな。まあ和やかに言葉を交わせないのだからそれは仕方あるまい。」
 
「精神的というと、何かこだわりのような、そんなことでしょうか。」
 
「おそらくはそうだと思う。そのこだわりがあるから、いきなり立合を申し込んで負けても、それほど気にしていないのかも知れん。」
 
「だいたいせっかく訓練場に行くのなら、まずは先輩剣士に教えを請うのが筋というものですよ。それをいきなり立合してくれ、ですからね。しかも態度もよくない。相手になる方だって、ハディの腕の向上のためと言うより、まずは生意気な口を閉じさせようとするのが普通でしょう。」
 
 ティールが少し呆れたように言った。
 
「そうだなあ・・・。おまけに『俺より強くなければ認めない』などと言うんだから、誰だって腹が立つだろう。」
 
[そう言えばセルーネ、お前はそう言われたときにずいぶんと冷静だったそうだな。」
 
 グラディスの口調は、何となく『とても意外だ』と言っているようだった。
 
「そりゃそうですよ。見ただけでひよっこだとわかるような奴がいくらさえずったところで、いちいち腹を立てていたらきりがないでしょう。」
 
「はぁっはっは!まあそれもそうだな。」
 
 セルーネとティールのコンビよりも入団年数が長い剣士達はいくらでもいるが、2人は剣士団の中でも屈指の腕だ。
 
「ただ、中には互角に戦える相手もいるにはいるんだよな。入って何年かの先輩と互角に渡り合えるだけの腕があるんだから、それでまったく向上しないというのは、そのこだわりはあんまりいいことじゃないってことなんてしょうね。」
 
「そうだな・・・。そのあたりは、もしかしたらもう少し慣れてくればわかってくるかも知れん。よってたかっていろいろ聞き出そうなどとしては、逆効果になりかねない。あまり焦る必要はないだろう。」
 
「そうですね・・・。気長に待ちますか。」
 
 グラディスがため息をついた。一番いいのは、ハディの相方になれるほどの剣士が入ってきてくれることなのだが・・・。
 
「では、カインとハディの件は以上だ。2人は明日には戻ってくるだろう。しばらく試験のからくりは伏せておくことと、2人の動向にはくれぐれも注意しておいてくれ。」
 
「わかりました。」
 
 3人が立ち上がった。
 
「遅くまですまなかったな。」
 
 パーシバルの声をあとに、3人は剣士団長室を出て廊下を歩き始めた。が・・・
 
「どうしたセルーネ?」
 
 ティールが振り向いた。いつの間にかセルーネが立ち止まって、思案げな顔をしている。
 
「先に帰ってくれ。私は少し剣士団長と話があるので戻るよ。」
 
「・・・そうか。」
 
 ティールがうなずいた。その話の内容は何となく想像がつく。他人が口を差し挟むことではないと、ティールはそのまま歩き出そうとしたのだが、
 
「セルーネ、ちょっと待ってくれ。」
 
 声をかけたのはグラディスだった。
 
「なんでしょうか。」
 
「団長室に戻るのなら、一つ頼まれてくれないか。」
 
「はい・・・?」
 
「最近団長が休みを取っていないのは知っているだろう?」
 
「もう2ヶ月近くになるんじゃありませんか?私も心配してるんですよ。」
 
 ティールが不安げに言った。剣士団長の仕事は山のようにある。もともとパーシバルは働きづめだったのだが、ここに来てモンスターの動きが活発化したことや、その他いろいろなことが重なって、最近剣士団長が休みを取ったという話は聞いていない。
 
「ああ、いくらエルバールの武神と言えども生身の人間だ。何日かでもいいから休みを取ってくれとずっと言っているんだが、なかなかうんと言ってくれなくてなあ。それが少し前にやっと、3日ほどとることにしたからと言ってくれたんだ。だが、団長のことだ、やっぱり忙しいから後回し、なんてことにならないとも限らん。そこで、セルーネにきっちり念を押してきてほしいんだよ。」
 
「でも私が言ったくらいでは・・・。」
 
 セルーネは自信なさそうだ。
 
「いやいや、俺が言うよりは遙かに効果があると思うぞ。期待しているから、必ず休みを取らせるように言って置いてくれよ。」
 
 グラディスは笑ってセルーネの肩を叩き、ティールと2人で去っていった。
 
「私の言うことを、そんなに聞いてくれるならいいんだけどな・・・。」
 
 1人呟いて、セルーネは剣士団長室へと向かった。
 
 
 
「何もわざわざセルーネを通さなくても、直接言ってもよかったんじゃないんですか?」
 
 セルーネと別れてしばらく歩いた頃、ティールがグラディスに尋ねた。
 
「まあな。だが、一度話が終わって出てきたのに団長室に戻るんだから、話のきっかけくらいは作ってやってもいいじゃないか。」
 
 グラディスが笑った。
 
「なるほど、確かに・・・。」
 
 ティールは、普段の仕事の時とは全然違う、さっきの自信なさそうなセルーネの顔を思い出した。セルーネが戻ると言い出した理由が、剣士団長と少しでも話をしたくてのことなのだということは、ティールにもすぐわかった。確かに、なぜ戻ってきたのかと聞かれてすぐに答えられそうな理由を、さっきのセルーネが周到に用意しているとは思えない。
 
(あいつはそう言う方面についてはまったく計算が出来ない奴だからな・・・。)
 
「ま、お前にとっちゃ、あの2人の仲についてはいろいろと複雑なものがあるのかもしれんがな。」
 
「・・・・・・・・・。」
 
 とっさに答えが返せず、ティールは黙り込んだ。セルーネとパーシバルが恋愛関係にあることは、剣士団の中でも周知の事実だ。だがいっこうに結婚の話まで進展する気配がない。だが、2人の結婚が本決まりになれば、ティールが相方を失う公算は強い。結婚してすぐはともかく、いずれ子供が出来たりすれば、今までと同じように仕事をこなしていくことが出来なくなるからだ。もちろん、本人が望めばいつでも復職は可能だが、その間相方がずっと1人でいるというわけにもいかない。
 
「まあ俺としては、結婚するというなら祝福します。でもあいつのほうから何も言ってこないのに、気を回すわけにも行きませんよ。」
 
 この10年、派手に喧嘩したことは数知れないが、今ではセルーネは誰よりも信頼の置ける相方だ。自分の背中を預けられる相手は、セルーネをおいて他にはいないと思っている。
 
「それもそうだな・・・。」
 
 それきりこの話はおしまいとなって、2人は宿舎への階段の前で別れを告げた。ティールは妻子がいるので城下町に家がある。グラディスは未だに独り身で、剣士団の宿舎で生活していた。部屋に戻って明かりをつける。1人の部屋は少し寒いような気がする。この部屋には、以前はもう一人いた。グラディスの相方のガウディだ。2人は仕事に出掛けるときも帰ってきたときもいつだって一緒だった。だが彼はもういない。3年前のある日、置き手紙を残して宿舎から姿を消し、今では行方知れずだ。ガウディがどこに向かったのか、グラディスは知っている。でも本当に今でもそこにいるのか、調べる手だてすらない。王国剣士は通常2人一組で動く。そのコンビを組む相手を決めるのはなかなか難しい作業だ。だから一度組んだ相方とはお互いの間に信頼関係を築いていかなければならないし、そこまで信頼し合えるようになった相方がいなくなったからってそう簡単に別な誰かと組むというのは考えにくい。
 
「相方がいなくなるってのは、どんなことがあったってつらいもんだよな・・・。」
 
 たとえそれが、結婚という祝福すべき出来事だったとしても、同じことだ。グラディスは誰もいない隣のベッドをしばらくの間ぼんやりと見ていた。
 
「ガウディ・・・お前は・・・元気でやってるのか・・・?」
 
 風呂に行く気にもなれず、グラディスは鎧と制服を脱ぐと、寝床に潜り込んだ。今夜はガウディの夢を見るだろうか。2人で軽口をたたき合いながら仕事に出掛けていく、一番楽しかった頃の夢を見られるだろうか・・・。
 
 
「失礼します・・・。」
 
 剣士団長室の扉がノックされた。その声がセルーネであるとパーシバルにはすぐにわかった。
 
「入れ。」
 
 扉が開いて、セルーネが入ってきた。
 
「すみません、お忙しいのに。」
 
「かまわんさ。どうしたんだ。」
 
「実は・・・。」
 
 来てはみたもののなんと言っていいかわからなくて、とっさにセルーネは先ほどグラディスから頼まれた休みの話を持ち出した。
 
「・・・ふふふ、グラディスの奴考えたな。お前を使うとはな。」
 
「副団長は心配しています。ティールも私もそれは同じです。いえ、団員みんなが心配していることだと思います。」
 
「そうだな・・・。わかった。ちゃんと休みは取るよ。用事はそれだけか?」
 
「あ、あの・・・。」
 
 言葉がうまく出てこない。あのまま立ち去りたくなくて、思わず来てしまったけれど・・・。
 
「ふふふ、まあ座れ。最近まともに話をする時間もなかったからな。」
 
 パーシバルは顔を上げて微笑んだ。
 
「・・・はい。」
 
 その言葉にセルーネも微笑んで、さっきまで座っていた椅子にもう一度座った。パーシバルは机の上に置かれた書類に目を通している。セルーネはその顔をぼんやりと眺めていた。
 
「ハディが気になるか?」
 
 不意にパーシバルが尋ねた。
 
「まるで昔の自分を見ているようですからね・・・。」
 
「ふむ・・・確かに、入団した頃のお前はあんな感じだったかも知れないな・・・。」
 
「強くなりたくて、なのにちっともうまくいかない気がして、苛立って焦って・・・。今思うと何と視野が狭かったことかと、赤面ものですが。」
 
 そう言ってパーシバルに向かって笑うセルーネの表情は、王国剣士のそれではなく、1人の女の顔だ。
 
「では、どうすればいいと思う?お前はその苛立ちや焦りを見事克服した。お前から見て、ハディに何をどうしてやれば奴が今の状態から抜け出せるのか、考えはあるか?」
 
「・・・明確に『これだ』と言えるものはありませんが・・・やはり、ハディを変えることが出来るとすれば、それは先輩の剣士達ではなく、同期の剣士のような気がします。」
 
「同期か・・・。では今のところカインだが、さて、どうだろうな・・・。」
 
「カインという剣士はとても素直そうな剣士でしたよ。」
 
「そう言えば訓練場で見かけたそうだな。それじゃ・・・」
 
 パーシバルは、その後を続けようと口を開いたが、くすりと笑って閉じてしまった。
 
「いかんな・・・。せっかくお前とこうして2人でいるのに、仕事の話ばかりでは。」
 
「そんなことはありません。それに団・・・あなたはいつも忙しいし。」
 
「まったくだ。たいした仕事はしていない気がするのに、ちっとも時間が足りない。おかしなもんだ。」
 
 パーシバルが大げさに肩をすくめてみせた。
 
「だがグラディスの心配もわかるし、それで来月何日か休むことになったんだが、お前の予定はどうなっている?」
 
「来月ですか・・・。今月は南地方でしたから、来月は城下町近辺の勤務になると思います。」
 
「そうか・・・。まあ3日ほどだからそんなにゆっくりは出来ないんだが、来れないか?」
 
「は・・・はい!」
 
 セルーネの顔がパッと輝いた。パーシバルは普段は剣士団長室に住んでいるが、城下町に家を持っている。幼い頃に彼の家族はモンスターに襲われて殺され、パーシバル1人が生き残った。その後伯父の家で養育されていたのだが、学校を卒業したのを機に父親の残した財産である家と土地を受け継いだのだ。だがその後すぐにパーシバルは王国剣士団の試験に合格して王宮の宿舎に住むことになったので、彼を育ててくれた伯父が執事やメイドを何人か雇ってくれて、家の維持を任せて今に至っている。そんなわけで、パーシバルは何ヶ月かに一度は2〜3日の休みを取って家に戻るのだが、ここしばらくモンスターの動きが活性化し、そのわずかな休みでさえなかなかとることが出来ない状態が続いていた。見かねた副団長のグラディスが、とにかく休んでくれと再三言ってきたことで、やっと休むために予定を調整したところだったのだ。
 
「たいした仕事がないなんて飛んでもない。私も心配していたんです。倒れてしまったら仕事どころじゃないんですから。」
 
 セルーネは立ち上がってパーシバルの椅子の脇に立ち、その肩にそっと手をかけた。パーシバルがその手の上に自分の手を重ねる。
 
「そうだな・・・。仕事をこなすためには健康でいなければならん。ふふふ・・・我家の執事と同じことを言うな、お前は。」
 
 パーシバルが立ち上がり、セルーネの肩をそっと抱きしめた。
 
「お前をいつまでもこんな状態でおいて、すまないと思っている・・・。だが、もう少し待ってほしい。」
 
 セルーネは黙ったままうなずいた。2人の関係はもう7〜8年近く前に遡る。王国剣士団初の女性剣士として、『男に負けたくない』と必死に肩肘を張っていたセルーネは、何かにつけて相方のティールと言い合いをすることが多かった。他の団員達もそんなセルーネになかなかなじめずにいた。しかもセルーネは公爵家の娘だ。いくら序列などない横一列の団員同士とは言っても、さすがに他の団員とまったく同じようにつきあうというのは難しいと誰もが考えていた。そんなことを考えながら立合をしていては、本気で剣を交えるということもままならない。だが、セルーネにしてみれば、まるで『公爵家の娘だから手加減されている』ようで納得がいかない。そんなセルーネの剣の相手をいつもしていたのはパーシバルだった。入団試験の時に完敗して以来、セルーネはパーシバルにライバル心を剥き出しにしていたが、まったくと言っていいほど歯が立たなかった。ところが・・・人の心とはまったく予測のつかないもの、どんなに必死に食ってかかっても受け止めてくれるパーシバルに、セルーネは次第に惹かれるようになっていった。そしてパーシバルもまた、いつの頃からか彼女を愛しいと思うようになっていた。セルーネは王国剣士ではあるが、公爵家の姫でもある。普通ならば身分違いの許されるはずもない恋だったが、セルーネの父親である現ベルスタイン公爵は進歩的な考えの持ち主で、娘の人生は娘のものだから体面などにこだわる必要はないと言ってくれた。それならば二人の間にはなんの障害もないのだが、パーシバルには結婚に踏み切れないある秘密があった。それはセルーネも知らないことだ。公爵家の姫でなくとも、もうとっくに嫁いでいてもおかしくない年齢のセルーネを、パーシバルだって今のままにしておきたくはない。だがそう思う一方で、パーシバルは、自分が幸せになっていいのか、そのことに疑問を持ち続けていた。
 
(せめて・・・あの人の消息がわかれば・・・そして一言でも話が出来れば・・・)
 
 19年近く前からずっと探し続けているある人物に、パーシバルはどうしても会いたかった。そして話が出来たら、自分の人生をもう一度見つめ直すことが出来るかも知れない。そうしたら、今度こそセルーネとのことをちゃんと考えることが出来るのに・・・。
 
 
                          
 
 
 とうとう着いてしまった・・・。カインは絶望的な目で王宮を見上げた。剣士団の入団試験を受けるためにここに来たのは、ほんの数日前のことだ。あの時王宮を見上げたカインの瞳は希望に満ちていたのに・・・。
 
「・・・これでしばらくは見納めってことか・・・。」
 
 不合格となれば、一度は落ち着いた宿舎の部屋を出て、家に戻らなければならない。そして改めて試験を受けに来るつもりだ。だが、果たしてそれがいつになるのか見当もつかない。今日不合格になって明日また剣技試験を受けに来るなんて、そんな都合のいい話はないだろう。
 
「とにかく、団長に報告に行こうぜ。」
 
 カインの横顔を見ていたハディが、カインの肩を叩いて玄関に入っていった。
 
「そうだな・・・。報告はしないとな・・・。」
 
 このままここから帰りたいくらいだが、宿舎の荷物を置いていくわけには行かない。あの荷物の中には、幼なじみのモルクの母親レイラが縫ってくれた服が入っている。みんな自分が王国剣士になることを楽しみにしてくれているのに・・・。
 
(帰ったらなんて言えばいいのかな・・・。)
 
「おい。」
 
 背中をドンと叩かれて我に帰った。いつの間にか剣士団長室の前まで来ていた。
 
「まだ結果が出たわけじゃないんだぞ。今からそんなに死にそうな顔しててどうすんだよ!しっかりしろよ!」
 
「ごめん・・・。」
 
 そうは言っても結果はもう出ているようなものだ。でもハディは自分を慰めてくれている。せめて背筋を伸ばして、団長に会おう・・・。
 
「失礼します。ハディです。新人剣士カインの研修から戻りましたので報告に伺いました。」
 
「入れ。」
 
 剣士団長パーシバルの、低い声が聞こえた。カインの緊張が一気に高まる。
 
「ご苦労だったな。」
 
 中では剣士団長が立ち上がって2人を迎えてくれた。
 
「ではカイン、報告を聞こうか。」
 
 堂々たる佇まい、柔らかな微笑み。カインは観念した。この人には嘘もごまかしも何一つ通用しない。起きたこと、自分の行動、何もかも、全て正直に話すしかないのだ。カインは肚を括って、今回の研修で起きたことを本当に何もかも、全て正直に話した。隣で聞いているハディには、実のところ『そこまで言わなくても』と思うようなこともあった。だが、これはカインの研修だ。へたに口を挟めばそれだけでカインの評価が低くなる。ここはこらえるしかなかった。
 
「するともう任務は終了したとみていいのだな?」
 
 ずっと黙って聞いていた剣士団長がゆっくりと口を開いた。
 
「はい。すべて・・・しゅう・・・終了しました。」
 
 思わず声をつまらせながら、カインはやっとのことでそう言った。終了はした。確かに終わった。だが、胸を張って任務を遂行したとはとても言えない。悔しさでカインは唇を噛み締めた。
 
「ふむ、実はこの任務は、君が王国剣士に向いているかどうかを見るための2次試験だったのだ。」
 
「・・・え・・・?」
 
(2次試験?!それじゃただの力試しの研修じゃなかったのか・・・。じゃあ俺はもう・・・)
 
「当然結果が悪ければ、剣士団に入ることは許されない。」
 
 カインは目の前が真っ暗になった。もう終わりだ。自分は『研修でしくじった』のではなく、『試験に失敗』したのだ。もしかしたらもう二度と入団試験を受け直すことが出来ないかも知れない。
 
「さてカイン、君の2次試験の結果が出ている。」
 
 カインはこのままここから逃げ出したかった。『失礼しました、出直してきます』と言ってすぐにでも部屋を飛び出していきたい・・・!その衝動をカインは必死で押さえ込んだ。
 
「カイン、君は正式に王国剣士として認められた。君はエルバール王国剣士に必要な資質を十分に備えているようだな。」
 
「え?」
 
 カインがぽかんとして顔を上げた。聞き違い・・・なんかじゃない!今剣士団長は『認められた』と言ったんだ!それじゃあ・・・・?!
 
「言われた通りのことを言われた通りにこなすだけなら誰にでも出来る、でも王国剣士として何よりも大事なものを、君は持っている。自信を持てカイン。」
 
「は、はい!!」
 
 合格した!カインはもう飛び上がらんばかりにうれしかった。これでフロリア様のお役に立てる。堂々と『王国剣士』としてあの方に再会出来るのだ!
 
「さてカイン、もはや君がいかなる生まれであろうと、どんな過去があろうと、なんの関係もない。大事なのは、君が『王国剣士』であると言うこと。そして、これから何をするかと言うこと。共にエルバールを守っていこう。」
 
 カインはもう感動で胸がいっぱいだった。剣士団長は机の上に置かれていた何かを手に取り、カインに差し出した。
 
「さあカイン、これを受け取るがいい『王国剣士の証』だ。君はもう正式な王国剣士なのだ。君のこれからに期待しているぞ。」
 
「あ・・・ありがとうございます。」
 剣士団長が差し出した右手を、カインはしっかりと握り返した。そんなカインを見て、隣に立っていたハディは、ほっと胸をなで下ろした。これで自分の初任務を果たせた。そしてやっと、外に出て仕事が出来る。だが・・・
 
「ハディ、カインの研修への同行の任をたった今解く。ご苦労だった。今回の初任務を見事に果たしたな。カインを食堂に案内してやってくれ。みんな待っているだろうからな。それからカイン、明日の朝はフロリア様に謁見だ。時間はかからないから、起きたらすぐにこの部屋に来い。」
 
「は・・・はい!」
 
 やっと会える!夢にまで見たあの方に、王国剣士として、堂々と会える・・・。遠い昔、じめっ子から助けた子供が自分だなんて、きっとフロリア様は憶えていないだろう。でも、今はそれでいい。いつか・・・いつか必ず、フロリア様のために大きな仕事を成し遂げる!そしてその時に胸を張ってあの時のお礼を言うつもりだ。
 
「・・・わかりました。失礼します。」
 
 ハディは少し拍子抜けした。剣士団長は、ハディとカインの今後について何も言わなかった。どう言うことだろう。
 
(・・・まさか、俺とカインのコンビはなしってことか・・・?)
 
「食堂ってなんだよ。」
 
 カインの声でハディは我に返った。
 
「まあ行けばわかるさ。」
 
 とにかく今はこいつを食堂に案内しなければならない。明日にでも改めて剣士団長に聞いてみよう。ハディは取りあえず疑問を胸の奥に押し込んだ。その時食堂の扉の前に着いた。いつもなら中から賑やかな声が聞こえてくるのだが、今日はしんと静まっている。
 
「あれ?ここの食堂に休みなんてないよな?」
 
「あるわけないだろ。いいからほら、扉を開けろよ。」
 
 カインはわけがわからず扉を開けた。その途端
 
「おめでとう、カイン!!」
 
 食堂にはたくさんの王国剣士達が集まって、笑顔と拍手でカインを出迎えてくれた。それが自分の歓迎会なのだとカインが気づくまでにしばらくかかった。カインはもううれしくて仕方なかった。自分はもうここの一員なのだ。正式に王国剣士として、これからここで一生懸命仕事をして行くのだ。
 
「ありがとうございます!」
 
 頭を下げたカインは、しばらく顔を上げることが出来なかった。
 
 
 
「いやあ、楽しかった!!」
 
 たくさんの先輩達に囲まれ、祝福の言葉をかけてもらって、カインはすっかり上機嫌だ。
 
「ハディ、お前には感謝してるよ。俺が合格出来たのはお前のおかげだ。」
 
 これはカインの心からの気持だ。王国剣士が二人一組で行動する理由の1つが、何となくわかったような気がしていた。
 
「そんなことはないさ。これはお前の実力だ。」
 
「なあ、俺達って明日から一緒に仕事をすることになるのか?」
 
「さあな・・・。さっき団長からは何も言われなかったし・・・。」
 
 まさか剣士団というのは、本当に相性なんてものを考えてコンビを組ませるのだろうか・・・。
 
「そうか・・・。でもせっかく同期になれたんだし、これからもよろしくな。」
 
 カインの差し出した手を握り返しながら、ハディは複雑な気分だった。
 
 
 翌朝、カインはまだ暗いうちから目が覚めてしまった。今日はいよいよフロリア様に会えると思うと、ドキドキして眠ったのかどうかも憶えていないほどだ。制服に着替えて鎧と剣を身につけ、カインは部屋を出た。剣士団長室では、団長が昨日と同じ笑顔で出迎えてくれた。
 
「おはようございます。」
 
 挨拶の声も元気いっぱいだ。剣士団長はそんなカインを見て、くすりと笑った。
 
「張り切っているな。」
 
「はい!もう今からでも仕事に出られそうです!」
 
「ふむ、今日のお前の仕事は、フロリア様の謁見だ。張り切りすぎて粗相のないようにな。」
 
 剣士団長は心なしか楽しそうに笑いながら、カインを連れて執政館へと向かった。王宮のロビーから本館の奥に向かう通路が、執政館への入口だ。
 
「ここから執政館だ。中には官僚や大臣達も数多くいる。」
 
 入団して3年を過ぎる剣士達しか警備のローテーションに入れない場所の1つだ。執政館全体、その上にある貴族達の部屋があるフロア、フロリアの住まいがある乙夜の塔、そしてエルバール王国の中でも危険なモンスターが数多くいると言われる北大陸南地方。その中で、北大陸南地方だけは、3年が過ぎなくても実力次第で警備に就けると、研修への道すがらハディが教えてくれた。そこでカインは、当面の目標を、その南地方へ行けるようになることに決めた。
 
「いくぞ。」
 
 剣士団長は何気なく執政館への入口をくぐった。警備の剣士は一礼しただけで黙って前を見据えている。カインだけが緊張して、最初の一歩を踏み出すのに少し時間がかかった。足元には見たこともないほど見事な赤絨毯が敷き詰められている。自分の足音すら聞こえないほどにふかふかだ。まわりの柱は磨き上げられ、壁や天井には美しい絵が描かれている。貧民街の灰色の家々しか見たことのなかったカインはもう圧倒されっぱなしだ。やがて剣士団長が立ち止まった。そこはひときわ美しい彫刻が施された荘厳な扉の前だ。剣士団長は一息ついてカインに振り向いた。
 
「ここが、フロリア様のいつもおいでになる執務室だ。今日は朝の会議がないから、中にはレイナック殿と護衛剣士のユノしかいないと思う。・・・レイナック殿は知っているか?」
 
「は、はい。確か、最高神官の方ですよね。」
 
「そうだ。そして御前会議の筆頭大臣でもある。だがそんな重々しい肩書きにはおよそそぐわぬほど、気さくで優しい方だ。あまりカタくなるなよ。」
 
「は・・・はい。」
 
 護衛剣士・・・。つまり、フロリアの身辺を警護する剣士のことだ。カインは以前、フロリアの一般参賀に付き従う護衛剣士を見たことがある。髪が金色で、涼やかな青い瞳を持つ、槍使いの女性剣士だ。
 
 剣士団長が扉をノックした。中から現れたのはその護衛剣士だ。
 
「フロリア様がお待ちです。どうぞ。」
 
 護衛剣士ユノはそう言うと、一礼して剣士団長を中に招き入れ、カインに視線を移した。
「君も入れ。」
 
「は、はい・・・。」
 
 以前見たときにも思ったのだが、この護衛剣士には表情というものがない。剣士団長にもカインにも、同じように無表情で接する。
 
(変わった人だな・・・。)
 
 国王付きの護衛剣士ともなれば、腕のほうは確かなのだろうが・・・。
 
 
 だが、そんなことは中に入った途端にカインの頭の中から吹き飛んだ。
 
(うわ・・・広いな・・・。)
 
 『執務室』と聞いて、中には机がいくつか置かれた、小さな部屋のようなものをカインは想像していた。以前日雇いの仕事をしていたときに、給金を受け取るために入った周旋屋達のいる建物のような、そんなイメージしかなかったのだが、飛んでもない違いだ。足下には廊下と同じように絨毯が敷き詰められ、部屋のまわりには煌びやかな家具調度品が並べられている。入口から入って左側には大きなテーブルがあり、立派な椅子がいくつもおかれていた。もしかしたらここが、会議の行われる場所だろうか。そして右側には、少し小ぶりの机と、やはり立派な椅子がいくつか置かれている。その右奥には棚が置かれて、棚の隣はカーテンで仕切られている。そして今カインが立っている入口からは、まっすぐに紅い絨毯が延びていて、その先は床が二段ほど高くなっていた。そこには黄金で縁取られた背もたれのついた美しい玉座があり、そしてそこには・・・・。
 
(フロリア様・・・。)
 
 ずっとずっと会いたかった、夢にまで見た、美しい女王陛下が座っていた。にこやかな微笑みをたたえ、カインを見つめている。
 
「行くぞ、カイン。」
 
 カインは剣士団長の後に続き、玉座に向かって進んでいった。剣士団長は玉座のはるか手前で膝を折り、カインは慌てて剣士団長の後にひざまづいた。危うく、玉座まで歩いて行ってしまうところだった。
 
「おはようございます、フロリア様。本日は、昨日王国剣士団に正式入団が決定いたしました者を連れて参りました。・・・カイン、私の隣へ。」
 
「・・・はい。」
 
 振り向いた剣士団長に促され、カインは転んだりしないようにとゆっくりと立ち上がり、剣士団長の隣に再びひざまづいた。もう心臓がドキドキいってる。
 
「昨日報告いたしました、カインでございます。さあカイン、フロリア様にご挨拶を。」
 
 カインは顔をあげた。今まで遠くから眺めるだけだった蜂蜜色の艶やかな髪は、今はずっと近くで美しく輝いている。額の上に乗せられたプラチナのティアラが髪の色によく映えていた。透き通るような白い肌は今まで見たときと同じだが、こんな近くではうっすらと頬にさされた紅までもはっきりと見える。身につけているのは若い女性らしい淡いピンクのドレスだ。ドレスのひだ、絹の光沢までもが今のカインには眩しすぎて、カインはまたうつむいてしまった。
 
「・・・カ、カイン・・・と申し・・ます。この・・・このたび・・・王国剣士団に・・正式に入団する・・・っことに・・・」
 
 緊張のあまり、言葉がうまく出てこない。
 
「カインとやら、そんなに緊張しなくてもよいのだぞ。パーシバルよ、あまり緊張しないように、冗談の1つも言って笑わせてから来ればよかったのではないか。」
 
(・・・え?)
 
 明らかに老人の声だ。カインは驚いて顔をあげた。そしてその時初めて、玉座の手前右側に、1人の老人が座っていることに気づいた。鎧も剣も身につけてはいず、着ているのは裾長のローブというものだ。教会の神父や、王宮の礼拝堂勤めの神官達がよく身につけると言われるものだが、その色がどうにも微妙な色合いなのだ。
 
(ここにいるってことは・・・さっきの話に出たレイナック殿って人か・・・。団長の言うとおり穏やかないい人みたいだけど・・・えらい人にしては、服の色がなんだか今ひとつ、きれいじゃないなあ・・・)
 
 フロリアの着ているドレスの隣にいるせいかもしれないが、地味な色合いのレイナックの衣は、今ひとつこの華やかな場所には似合わないような気がした。そんなことを考えたせいか、さっきよりは緊張が解けてきたような気がする。
 
「レイナック殿、お戯れをおっしゃらないでください。ここで緊張するなと言う方が無理というものですよ。」
 
 剣士団長が苦笑いをしながらレイナックを見た。
 
「ふふふ、レイナック、あまり無理を言うものではありませんよ。カインが困っているではありませんか。」
 
(フロリア様!!)
 
 フロリアが自分に助け船を出してくれた。さっきまでの緊張はどこへやら、すっかり元気の出たカインは顔を上げ、改めて挨拶をさせてくれと頼み込んだ。
 
「おお、挨拶の途中で口を挟んですまなかったの。改めて挨拶をしなさい。」
 
「はい!」
 
 カインの緊張はもうどこかへ行ってしまった。顔を真っ直ぐに上げ、フロリアを見つめて、今度こそ堂々と挨拶をした。
 
「カインと申します。このたび王国剣士団に正式に入団することになりました。よろしくお願いいたします!」
 
 玉座のフロリアは変わらないにこやかな笑顔でうなずいた。
 
「フロリアです。あなたのような素晴らしい若者が剣士団への門を叩いてくれたことを嬉しく思います。これからの活躍に期待していますよ。」
 
「ありがとうございます!」
 
 遠い日の幼いフロリア姫の顔が、今の女王陛下の顔に重なった。
 
「ではカイン、お前にはフロリア様の御前で不殺の誓いを立ててもらう。私が誓いの言葉を言ってみせるから、お前はそのあとをついて言うがいい。そして最後にお前の名前を言うのだ。」
 
「はい。」
 
 剣士団長の言葉に、カインは頷いた。『不殺の誓い』・・・とうとうこの誓いをフロリアの前で立てるときが来た。カインは深呼吸した。今度はつまずくわけに行かない。
 
「『私は王国剣士団の一員として、この大地に生きとし生けるもの全ての生命を慈しみ、決してそれを奪うことなく、王国剣士としての使命を全うすることをここに誓います。』」
  パーシバルの声が執務室に響きわたった。
 
「さあカイン。」
 
「はい。」
 
 カインは剣を捧げ、敬礼の姿勢をとった。この姿勢も、何度も何度も家で練習していたことだ。すべてはこの瞬間のために!
 
「私は王国剣士団の一員として、この大地に生きとし生けるもの全ての生命を慈しみ、決してそれを奪うことなく、王国剣士としての使命を全うすることをここに誓います。」
 
 一気に言い終え、そのあとに付け加えた。
 
「王国剣士、カイン。」
 
 フロリアはカインの姿を見て微笑んだ・・・ようにカインには見えた。気のせいだったのかも知れないが・・・。
 
「カイン、不殺の誓いは、言うは易いですが、守り抜くことは大変なことです。わたくし達がいくらモンスターの命を守ろうとしたところで、彼らにはそれが理解できません。出会ってしまえば、彼らは無我夢中で攻撃を仕掛けてきます。敵であるわたくし達の息の根を止めるために・・・。でも、彼らの命も私達の命も、その重さに一片の違いもないと、わたくしは考えています。今は厳しい道のりでも、いずれは共にこの大地に生きるものとして共存していく道を、きっと見つけることができると信じています。カイン、力を合わせて、共にこのエルバールを守っていきましょう。あなたの活躍に期待していますよ。」
 
「は・・・はい!」
 
 こらえようとしても涙がにじむ。この日の感動を、喜びを、カインは生涯忘れないだろうと思った。

そのうち続く

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