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「おい。」
 
 いきなり肩を叩かれて、ローディは心臓が飛び出すかと思うほどに驚いた。おそるおそる振り向くと、背の高い男が自分の肩をつかんでいる。
 
「こんなところで何をしている?」
 
 心の底まで射抜かれるような鋭い目つきに、ローディはたじろいだ。
 
「何って・・・別に・・・。」
 
 しまったと思った。別になにもしていないのにウロウロしていたら、怪しまれるに決まっている。
 
「まさかスリじゃないだろうな。」
 
「スリだと!?あんたどこに目をつけて・・・!?」
 
 言いかけてローディは口をつぐんだ。よく見ると男は王国剣士だ。空色の上着に茶のズボンという王国剣士の制服。レザーアーマーを身につけ、腰には一目で使い込まれているとわかる大剣を下げている。
 
「あ、あの・・・王国剣士の旦那でしたか・・・。いや、ちょっと人と待ち合わせをしていたのになかなか現れないものだから、探し回っていたんですよ。」
 
 とっさに出た嘘だったが、何もしていないと言うよりはもっともらしい嘘だ。何とか信じてもらわなければ・・・。
 
「ふぅむ・・・。」
 
 王国剣士はローディをじろじろと眺め回した。
 
「なるほどな・・・。疑ってすまなかったな。このあたりはスリの被害が多くてね。」
 
「い、いえ・・・。」
 
 疑いが晴れたことにほっとしながら、ローディの頭の中にふと疑問が浮かんだ。
 
「あの・・・旦那・・・。」
 
「ん?」
 
「あ、いや、たいしたことじゃないんですが・・・王国剣士さんは二人一組で行動するって聞いてますが・・・旦那は何で一人なのかと・・・。」
 
 剣士の片方の眉がぴくりと動いた。
 
(ま、まずい・・・。)
 
 またよけいなことに興味を持ってしまった。いや、興味を持ったことを端から順に口に出す自分がバカなんだ。
 
「す、すみません・・・失礼なことを聞いたのなら・・・。」
 
「いや・・・別にかまわんよ。私は今日非番でね。それで私用で出かけるところなのだが、最近は町の治安もあまりよくないし、さっきも言ったとおりこのあたりは物騒だからな。常に制服を着て、武器防具を身につけているわけだ。この姿を見せるだけでも、多少は治安維持に貢献できるからな。」
 
「そ・・・そうですか・・・。」
 
 口調こそいささか横柄だが、まじめそうな剣士だ。年はローディよりも少し若そうだが、腰の剣を見る限り腕も立ちそうだし・・・いっそこの剣士にあの封筒のことを打ち明けて・・・。
 
「では失礼する。」
 
「あ、あの・・・。」
 
 立ち去りかけた剣士の背中に、ローディは思わず声をかけた。
 
「まだ何か?疑ったことについては申し訳なかった。あなたはどうやら私より年は上のようだし、目上の者に対して態度が悪いというなら謝る。どうも私は年かさの人達から礼儀を知らないとよく言われるのでね。それとも何か用事が?」
 
「い、いえ、態度が悪いなんてとんでもない。そうじゃなくて、その、旦那はこの13番通りに用があるので・・・?」
 
「なぜそんなことを聞かれる?私はあなたとは顔見知りでもなんでもない。それなのに私用の行き先まで言わねばならぬのか?」
 
「あ、いや、そうじゃなくて、この通りで・・・。」
 
「・・・・・・・。」
 
 剣士は黙ってローディを見ている。なんと言えばいい・・・?この通りの奥で殺人の報酬を受け取る男がいるからと?それを取り押さえてくれと?その男があの周旋屋を殺したかどうかなんて見たわけじゃない。あの黒い封筒は家のチェストの中だ。今この剣士に示すことの出来る証拠が何もない。
 
「・・・・・・・・。」
 
「・・・この通りに何か問題でも?」
 
「い、いえ・・・。すみません。私の勘違いで・・・。」
 
「そうか。では私は失礼する。もしも何か気になることがあるのなら、王宮に出向かれるがよろしかろう。ロビーの案内嬢か2階の採用カウンターに申し出れば、誰かが話を聞いてくれるはずだ。」
 
「あ、はい・・・。ありがとうございました。」
 
 去ってゆく剣士の姿を、ローディはしばらく見つめていた。
 
「いい人みたいだったな・・・。」
 
 言えばよかったかも知れない・・・。そして家まで来てもらってあの封筒を渡して・・・。そうすればこの重荷から解放される。マヌケな正義の味方にならずにすむ・・・。そう思うのに、ローディの足は動かなかった。
 
 
「仕方ないな・・・。」
 
 どのくらい時が過ぎたのか、ローディは口の中で小さくつぶやき、13番通りに入っていった。そう、仕方ない。聞いてしまったのは自分だ。とにかく今日ここで何が起こるか確かめよう。
 
 
 通りの奥まで行った時、どこかから話し声が聞こえてきた。
 
「・・・やっと現れやがったか・・・それとも全然別な奴か・・・。しかし俺もバカだな・・・。何でこんなことしてるんだろう・・・。」
 
 ぶつぶつとつぶやきながら、少しずつ声のする方向へと歩いていく。それは通りのどん詰まり、隣の通りに抜ける道の手前にある、細長い路地の奥だった。昼間でも薄暗く、こちら側からでは誰がいるのかはよく見えない。かえって隣の通りから聞いたほうが、話がよく聞こえそうだ。
 
(どうせ顔を見たってわからないしな・・・。)
 
 ローディは一本隣の路地を通り抜け、声の主がいる場所とは反対側の壁際にたたずんで耳を澄ませた。
 
「・・・さて、そなたが約束を果たしたのならば、今度はこちらからだな・・・。」
 
 どちらかというと年配の男の声だ。こいつが『E』なのだろうか・・・。
 
「・・・ふふふ・・・疑われていたとは心外な・・・。私はやると言ったことは必ず実行します・・・。」
 
(マント野郎の声だ・・・!)
 
 あの、地の底から響くようなくぐもった声・・・。間違いない。どうやら、マントの男からの報告は終わったらしい。あの声で殺人の子細を話すところを聞ければ、あの手紙の裏付けが出来たのに・・・。今日のローディはしらふだ。しかも向こうは白昼堂々人殺しの取引をしようという悪党なのだから、今回はこちらが有利だろう。そうローディは考えていた。
 
「・・・で・・・いつ話が決まるのだ・・・?」
 
「向こうからすぐにでも連絡が入りましょう。」
 
「ふむ・・・おとなしく言うことを聞いていればいいものを、我らに盾突こうなどと考えること自体が身の程知らずというものだ。」
 
「・・・では私は失礼します。どうやらネズミが迷い込んでいるようだ。」
 
「ネズミだと?あの連中の誰かが?」
 
 『E』が不安げに尋ね返した。男はクックッと嘲るように笑って言葉を続けた。
 
「仕掛けが効いたようです。・・・駆除はお任せ願いましょう。あなた様はもう戻られた方がよいのではありませぬか?」
 
(仕掛けって・・・ま、まさか・・・。俺がここにいるのを感づかれている・・・!?)
 
 あの時落ちていた手紙・・・。あんな隙のなさそうな男がマヌケなことをするものだと、思ったはずじゃなかったのか。あれはわざと落としたのだ。あそこに自分がいることに気づいて、でもあそこで殺したりすればあの場にいた男達を必要以上に怯えさせるだけだから、おびき出して人混みに紛れて始末するために、わざと・・・。そう気づいた瞬間、ローディの全身を悪寒が駆け抜けた。そして今自分がいかに無謀な行動をとっているか突然気づいて、思わずローディは駆けだした。
 
(バカな・・・バカなことをした・・・。何でこんな、探偵まがいのことしちまったんだ・・・。)
 
 遙か後方から足音が聞こえる。あのマントの男が追ってきているのだ。どこか・・・どこかへ隠れなければ・・・走りながら道の両脇を見るが、この通りはほとんどが建物の裏側だ。入り口なんぞありゃしない。迷路のような路地をいくつも抜けて、視界の端に映った店の開いていた扉に飛び込んだ。
 
(ここは・・・酒場か・・・。)
 
 店の中にはカウンターがあり、その上に何本かの酒瓶と汚れたグラスがおいてある。奥からは鼻歌が聞こえてくる。この店のあるじがいるらしい。
 
(わけを話して、かくまってもらうか・・・。)
 
 ふと頭の中に浮かんだ考えを、ローディは即座に否定した。誰だって命は惜しい。剣で脅されでもすれば、見ず知らずの人間をかばおうなんて考える者はいないだろう。だがいつまでもここにはいられない。ローディはふと思い立ち、カウンターの上のグラスを手に取り、思い切り壁に向かってたたきつけた。
 
−−ガシャーン!−−
 
 派手な音をたててグラスは粉々に砕け、
 
「誰だ!?」
 
怒鳴り声と共に奥からこの店のバーテンらしき男が飛び出してきた。その男と目があったのを見計らって、ローディはカウンターの上の酒瓶を一本ひっつかみ、外に飛び出した。
 
「あ、この盗人野郎!待ちやがれ!」
 
 ローディの読み通り、バーテンはすごい勢いでローディを追ってくる・・・はずだったが、ローディのほうが店を飛び出したとたんに誰かとぶつかってしりもちをついてしまった・・・。 
 
 
                          
 
 
「俺の悪運も尽きたかと思ったけど・・・あんなお人好しがいたとはな・・・。」
 
 身銭を切って盗人を助けたって、なんの見返りもあるとは思えない。でもあの王国剣士なら・・・こんな突拍子もない話でも聞いてくれるかも知れない。
 
「でも・・・本当にいいのか・・・?」
 
 思いがけず若い王国剣士とぶつかったことで、結果的にローディは黒マントの男の魔の手からは逃れられた。だがそのあと家に帰ってから、ローディはある事実に気づいて愕然としていたのだ。材木の陰に隠れて聞いていたときは気づかなかったが、13番通りの路地裏で壁越しに聞いた男の声は、ローディには聞き覚えのある声だったのだ。
 
「しかし・・・あの夜聞いた声と間違いなく同じ奴だよな・・・。」
 
 ではなぜ、あの闇の中で聞いたとき気づかなかったのだろうと考えたが、まさかあんなところに知り合いがいるなどとは、誰だって思わないものだ。いったい誰なんだろう、あんな物騒なことをやらかしそうな奴は・・・。
 
 少し考えてみたが、仕事仲間や昔からの知り合いの中にはそんな悪事に手を染めそうな奴はいない。最近会ってない奴についてはわからないが、声に聞き覚えがある程度の知り合いなら、いつも顔を合わせている連中ばかりだろう。あとは・・・たまに酒場で会うあの目つきの悪い男・・・名前はなんと言ったか・・・。
 
『俺はたまに変な夢を見るんだよ、そう言う時はどうもいらいらしてなぁ。』
 
 その男と酒場で会うときはいつもこんな話ばかりだ。元々は南大陸の西部出身らしい。同じ南大陸でも、東側はカナと言う村を中心にしてハース鉱山景気でかなり羽振りがいいらしいのだが、西側はめぼしい資源もなく、あるのはただ東側よりもしのぎやすい気候だけだ。貴族がたまに気まぐれで観光に行く程度で、大方の村は貧しい暮らしをしていた。わずかばかりの金を得るために娘を売るなどと言う話は、あのあたりでは日常茶飯事だと言う。その男の見る夢はどうもろくな夢ではないらしいが、彼は内容までは話そうとしなかった。酒場の客達の間では、
 
『あいつは乱暴者で人を殺したこともあるらしいぜ。』
 
『殺した相手が夢に現れるからいらいらするんだろう。』
 
と、そんな噂がまことしやかに流れていた。確かにあの男ならやりかねない。だがもしも本当に彼だったとすると・・・
 
「・・・奴は俺の顔も素性も知ってるかも知れないってことか・・・。」
 
 足音はかなり近くまで迫っていた。もしも相手が剣を持っていれば、背中からばっさりとやられるかもしれない。そう思ってとっさに近くの開いていた扉に飛び込んだのだ。そしてそのあと王国剣士とぶつかってからの顛末を、黒マントの男はおそらく見ていただろう。追いかけていた『ネズミ』が自分だということをはっきりと知ってしまったはずだ。ということは・・・今のまま家にいればやがては家族にまで危機が及ぶことになる。
 
「・・・・・・。」
 
 青い顔のまま、ローディは自分の目の前に置かれた包みを見つめた。これを王宮にもっていくことで、事態はよくなるのだろうか。それとも悪化するのだろうか・・・。でもひとつだけわかることがある。
 
「今のままでも・・・俺の命は風前の灯ってわけだ・・・。そして女房も子供もな・・・。」
 
 ため息をつきながらローディは立ち上がり、戸棚の奥から最後に使ったのがいつかも思い出せないほど古ぼけた便箋と封筒を取り出した。短い手紙を書き、もう一枚の便せんを二つに裂いてそこにちょっとした地図を書き込むと、さっき布にくるんだ荷物の中にその手紙を滑り込ませて、大きな布にしっかりと包み込んだ。
 
 
 結局、ローディはそのまま夜が明けるまで一睡も出来なかった。そして日の出と共に王宮に出かけていき、ロビーの案内係に荷物を渡して逃げるように帰ってきてしまった。
 
「これで・・・よかったんだよな・・・。」
 
 一人つぶやいてみる。その一方でほんとうによかったのかどうか不安にもなる。でも今あの手紙が手元にないとしても、自分の身から危険が去ったわけではないことだけは理解していた。
 
「やっぱり・・・ロビーで待っていてすぐにでも話してくればよかったのかな・・・。」
 
 時間が過ぎれば過ぎるほど、事態が悪化していくことだってある。でも今頃はもうあの王国剣士に荷物が渡っている頃だろう。あとはあの剣士に直接会える時まで、自分が生き延びることを考えるだけだ。
 
 
                          
 
 
「はい、これよ。」
 
 ミアがグラディスに手渡した包みは、少し重かった。
 
「なんだろう?どんな人が持ってきたんですか?名前は?」
 
「それが名前を言わなかったのよ。でも見た感じでは普通の人だったわよ。髪はよくある栗色でねぇ・・・。そうねぇ・・・年は30代くらいかしら・・・。中に入ってくる時もきょろきょろしていて落ち着かない様子で・・・。王国剣士のグラディスという旦那に渡してくれれば、絶対にわかるからって。なんか妙におどおどしてたからあなたを呼んでくるまで待っててもらおうと思ったんだけど、呼ばなくていい、渡せばわかるの一点張りで、逃げるみたいにして帰って行っちゃったのよ。」
 
「・・・・・・・・・・・。」
 
 栗色の髪・・・30代くらいの男・・・。ここに来ておどおどするようなやつといえば・・・。
 
(やっぱり・・・あの男・・・だよな・・・。)
 
「どうなの?知らない人?もしも知らないなら不審者からの荷物として、剣士団長のところに持っていくけど、どうする?」
 
 険しい顔で考え込んでしまったグラディスを見つめ、ミアの顔に不安がよぎった。案内係などしていれば、おのずと人を見る目も養われる。あの男が何か危険な人物だったとしたら、それを自分が見抜けなかったことになる。そんなことになれば案内係としての大失敗だ。
 
「いや、知ってますよ。これは間違いなく俺のところに来たものだと思います。それじゃもらっていきますから。お世話になりました。」
 
 グラディスは精一杯笑顔を作った。
 
「そう、よかったわ。それじゃ、確かに渡したわよ。」
 
 ミアは心の中でほっとした。その男はどうやら間違いなくグラディスの知り合いらしい。
 
「はい、それじゃ。」
 
 グラディスとガウディは改めて王宮を出た。大通りを西に折れて住宅地区の中を抜け、今日の警備予定地であるローランの東の森周辺へと向かうために西門から外に出た。
 
 
 歩きながら、ガウディはグラディスの横顔をちらりと見た。さっき荷物を受け取ってから今まで、グラディスはずっと顔をこわばらせたままだ。
 
「グラディス、何を隠している?」
 
 周りに誰もいなくなったのを確認して、ガウディが尋ねた。
 
「なんだと?」
 
 グラディスが横目でギロリと睨む。
 
「そう睨むな。君がさっき受け取った包み、あれはいったいなんだ?本当に君の知り合いからのものなのか?」
 
「あれか・・・。」
 
 てっきり『お前には関係ない』とそっぽを向かれるかと思ったが、グラディスは考え込むように黙り込んだ。さっきグラディスは、受け取った荷物を自分の背負い袋の中に入れてそのままここまで歩いてきた。見た感じでも少し重そうなものだった。そんなものを荷物に入れたまま警備をしていれば、邪魔でしょうがないはずだ。いったん宿舎に戻って部屋に置いてきてもよかったはずなのに、どうしてグラディスはそうしなかったのだろう・・・。
 
「俺は君の交友関係を詮索する気はないし、その中身を知りたいとは思わん。だが、さっきから何でそんなひきつったような顔で歩いているのか、それが気になっただけだ。言いたくないなら無理に言わなくていいさ。」
 
「・・・お前、エイベックを捕まえた日のことを憶えているか?」
 
「・・・なぜそんなことを聞く?」
 
 何なんだ、こいつは?人がせっかく気遣ってやっているのに、俺が思い出したくないことをわざわざ蒸し返したりして・・・。
 
「ふん・・・思い出したくないって顔に書いてあるぞ。俺は別にエイベックの話を蒸し返したいんじゃない。あの日俺も・・・妙なことに出会ったのさ。」
 
「・・・妙なこと・・・?」
 
 グラディスは、一人で警備に向かった路地の先で起きた奇妙な酒泥棒の一件を、ガウディに話して聞かせた。
 
「・・・・なんでその時言わなかったんだなんて言うなよ。あの時のお前の調子じゃ、言いたくても言えなかったんだ。」
 
「・・・・・。」
 
 それについてはガウディは、言い返すことが出来なかった。聞かされたとしたって、うるさがってろくに聞いていなかっただろうと自分でも思う。
 
「で、さっきの荷物がその男からのものだって言うのか?」
 
「それしか考えられんからな。弁当を届けてくれるような身内がいるわけじゃなし。」
 
 話しているうちに森の入口近くに来ていた。グラディスは辺りを見回し、小さな切り株を見つけてそこに腰を下ろすと荷物から包みを取り出した。
 
「それに、この形が何となく酒瓶に見えるような気がするだろう?」
 
 確かに包みは少し背が高く幅は狭い。言われてみれば酒瓶のようにも見える。
 
「とにかく開けてみるか。目の前に置いて中身をあれやこれやと想像してみても始まらんからな。」
 
 グラディスが包みを解くと、中にはもう一つ包みがある。
 
「包みの中に包みとはまた・・・ずいぶんと用心したものだな。」
 
 ひとりごとのようにつぶやき、グラディスは中から現れた包みを開いた。思った通り、包まれていたのはあの時の酒瓶だ。一緒に金がいくらか入っている。あの時貸した金より少し多い。そして酒瓶の中身も、グラディスの見る限りあの時とそう変わっていないように見える。これこそがローディが酒泥棒ではないという証拠になりうるだろう。あの時聞いたように酒好きが高じて盗んでしまったというのなら、とっくにこの中身はからになっているはずだ。それにわざわざこの瓶までグラディスに送りつける必要はない。
 
「なるほど、この瓶が問題の酒か。」
 
 ガウディは酒瓶を手に取り、陽に透かしたりしながらあちこち眺めていた。
 
「取り立てて変わったところがあるわけではなさそうだな。ま、高級酒であることは確かだが、真っ昼間から開店前の店に忍び込んで盗むほどのものとは思えないな。」
 
「俺もそう思う・・・。盗むつもりなら未開封の酒を狙うだろうさ。半分もなくなった酒なんて狙うのは、よほど酒に飢えて見境がつかなくなっているような奴しかいないと思うんだが、あの男はどう見てもそれほどの酒好きには見えなかったし、もちろん中毒になっているとも思えなかったな。」
 
「他には何も入ってないのか?」
 
「あとは金さ。多分この酒を買ったことにするために俺が貸したやつを返してくれたわけなんだろうと思うんだが・・・少し多いんだよな。あとで会うことがあったら返さないとな。」
 
(けっこう真面目なんだな・・・。)
 
 少し意外だった。グラディスのことだ、相手が置いていったのだから、手数料くらいに軽く考えて懐に入れてしまうだろうと思っていたのだ。そんなふうに考えたことを、少しだけグラディスに悪いかなとガウディは心の中でだけ反省した。
 
「でもその酒瓶と借りた金を入れるだけで、そんなに厳重に包む必要があるのか?」
 
「そんなこと知るもんか。あの男がそう判断したから・・・・・ん・・・?」
 
 言いながら酒瓶を包んでいた布を持ち上げていたグラディスが、布の下をのぞき込んだ。
 
「なんだ?」
 
「封筒が入ってる・・・。」
 
 グラディスが酒を包んでいた布を取り去ってみると、封筒が姿を現した。
 
「なんだこりゃ?」
 
 グラディスは封筒を手に取って、次に包みの中に視線を戻してぎょっとした。
 
「どうした?」
 
 グラディスの顔がこわばったのを見て、ガウディも包みの中をのぞき込んだが、やはりぎょっとしてグラディスと顔を見合わせた。グラディスが最初に手に取った封筒は、古ぼけて黄ばんではいたがごく普通のものだった。だがその封筒の下に隠れるようにして入っていたもう一通の封筒は、なんと真っ黒の封筒だったのだ。
 
「なんの冗談だよこれは。」
 
 真っ黒の封筒など、見てるだけでもあまり気分のいいものではない。手に取ってみるとこの封筒には深紅の封蝋で封がしてある。
 
「真っ黒い封筒に深紅の封蝋か・・・。この封筒の持ち主はよほどの芝居好きか、かっこつけたがりなバカのどちらかだな。」
 
 ガウディは黒い封筒をグラディスから受け取り、裏返してつぶやいた。
 
「それならこれはあの男のものじゃないだろうな。あの男はどちらにも見えなかったよ。」
 
「人は見かけによらないと言うじゃないか。それより、君が最初に見つけたその封筒、開けてみたほうがいいんじゃないか?少なくとも、その封筒の中には君から金を借りたその男からのメッセージが何か入っていると思うがな。この奇妙な封筒についても何かわかるかも・・・ん・・・?」
 
 ガウディは自分の足許に視線を落とした。何か紙切れが落ちている。拾い上げてみるとどこかの地図が書かれていた。黒い封筒にくっついていたものが、いつの間にか足許に落ちていたらしい。
 
「・・・この地図は・・・。」
 
 ガウディは紙片に書かれた地図を眺め、少し顔をしかめた。グラディスは黙ったままのガウディから紙片を受け取り、その地図を見てガウディのしかめ面のわけがわかった。紙片に書かれていたのは、何日か前にガウディがエイベックを捕まえた店が出ている場所の、すぐ近くの地図だったのだ。
 
「・・・とりあえず・・・手紙を読んでみるか・・・。」
 
 苦虫をかみつぶしたようなガウディの顔をちらりと見て、グラディスはひとりごとのようにつぶやき手紙の封を切った。
 
 
******************************************************
グラディス殿
 
先日お借りした金を返します。
少し多いですが迷惑料と言うことにして
取っておいてください。
酒はどうしても飲めませんでしたので、
あなたに差し上げます。
一緒に入っている黒い封筒は
とある場所で私が手に入れたものです。
 
あなたを信じて、これを託すことにしました。
なぜ私がこれを手に入れたかについては
明日の午後、地図の場所にてお話しします。
このことはくれぐれもご内密に・・・。
 
             ローディ
 
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「とある場所ねぇ・・・。」
 
 グラディスは何となくキツネにつままれたような心持ちだった。巷で大流行の冒険小説のような展開だ。主人公が謎の手紙を入手し、それが発端となって大冒険に巻き込まれていく・・・。。だが小説と決定的に違うところは、主人公がこの俺だと言うことだ。頭でっかちのカタブツと組まされて毎日苦労しているさえない王国剣士・・・。これじゃ小説のネタになるような話にはなりっこないな・・・。
 
 ため息をついて、グラディスはもう一通の封筒を手に取った。一応中を読んでみるべきだろう。封蝋を爪の先に引っかけて押し上げると、すぐにきれいにはがれた。
 
(かっこつけてるようで抜けてるな、こんな安物の封蝋を使うなんて・・・。)
 
 こんなにきれいにはがれては封として役に立たない。いくらでも盗み読みできてしまう。
 
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足並みが揃わねば切り捨てよ。
猶予は3日。
結果を確認ののち2日後に
13番通りの路地裏にて報酬を渡す。
 
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「・・・なんだこりゃ?」
 
 グラディスは思わず首をかしげた。何度読んでみてもさっぱり話が見えない。
 
「何かの取引の話のようだな。差出人がイニシャルしか書いてないってことは、まあろくでもない取引だと思っていいんだろうな。」
 
 グラディスの肩越しに手紙を眺めていたガウディは落ち着いている。やっといつものこいつに戻ったようだ。まあこれなら多少はあてになるな。グラディスは心の中でつぶやいた。
 
「ということは、あの男はそのろくでもない取引の現場に居たってことか。」
 
「もしくは話を聞いたかだな。」
 
「う〜ん・・・。となると二通り考えられるな。一つはあの男がたまたまその現場に居合わせたか、話を聞いてしまったかしてこの封筒を手に入れた。もう一つはあの男はこの取引の当事者で『E』なる人物から報酬を渡されるはずだったのが、何かもめ事が起きたか口封じのためだかで狙われる羽目になった。それであの時偶然でくわした俺に助けを求めている。」
 
 と言ってはみたが、グラディスにはあの男がそんな物騒な取引の片棒を担ぐとはどうしても思えなかった。だが人は見かけによらない。あのおどおどした様子も、酒泥棒すらすべて演技だったとしたら・・・。
 
「そうだな。君が男に出会った経緯といい、この酒瓶といい、その男が自分で言うような酒泥棒ではないと俺も思うが、その男が信用出来るかどうかはまた別の話だ。まずは疑ってかかるべきだろう。」
 
「だがあの状況で俺をだましても、何か得になることがあるとは思えないんだがな。」
 
「いくらでもあるさ。だいたい君がその男と出会った場所は確か15番通りの裏の路地だったよな?走ってきた方角から考えると、おそらく13番通りか12番通りあたりから来たんだろう。12番通りから16番通りまでは狭い裏路地で繋がっているからな。あのあたりの通りは、通りと通りの間の家も狭いし、かなり入り組んでるじゃないか。あの辺がスリ達の格好の隠れ場所だってことを君が知らないわけはあるまい。そんなところに王国剣士が一人でのこのこ現れたんだ、他のスリ達を逃がす間にそいつが酒泥棒を装って、わざと君の注意を引きつけたと言うことだって充分考えられるぞ?」
 
「あの男がスリの仲間だって言うのか?」
 
「あくまでも可能性だ。スリの仲間が何か大きな取引をすることになっていたのが、うまくまとまらずに命を狙われる羽目になったと言うことだって考えられるじゃないか。」
 
「それはそうだが・・・。」
 
 渋い顔で黙り込んだグラディスをガウディはあきれたように見ている。
 
「君は最初からその男が嘘をついていないという前提で話しているようだけどな、本当のところなんぞわからんさ。一流の詐欺師にかかれば、入ってほんの2〜3年の王国剣士をだますなど、朝飯前だろうからな。」
 
 まったくこいつのお人好しにも困ったものだ。グラディスはどうも情に流されやすい。そりゃまあ俺だって、エイベックのことではいろいろと後悔している面もあるが・・・。そんなことを考えたせいか、ガウディの頭の中にいきなりエイベックの隣人レイラの言葉が浮かんだ。
 
『物乞いじゃないんですから、それはやめてくださいね』
 
 きっぱりと言い切られ、ガウディは顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。あんなよけいなことをしなければ・・・。
 
(しっかりしろガウディ!今はそんなことを考えている時じゃないんだ!)
 
 ガウディは自分の心を叱咤した。今はそんなことを考えている時じゃない。俺だって完璧だとは思わないが、それでもこいつよりは冷静に状況を分析することが出来るはずだ。ガウディは心の中でそうつぶやいたが、口には出さないでおいた。思ったことを何でもかんでも口に出さないのも、チームワークを維持する秘訣だ。
 
「で、行くのか?」
 
 ガウディは渋い顔で考え込んでいるグラディスに尋ねた。
 
「明日の午後か・・・。」
 
 グラディスはローディの手紙を手に取り、ひとりごとのようにつぶやいた。
 
「明日は休みじゃないからな。君が行くなら俺も行くしかないだろう。」
 
「それはそうだが・・・二人で来いとも書いてないぞ?」
 
「そりゃ向こうは君の相方のことなんて考えてもいないだろうからな。だから君が決めろよ。君が一人で行きたいって言うなら、俺はまたこの間のように、君がこの男と会ってる場所の近くでも一人で警備してるさ。」
 
「・・・・・・・・。」
 
 グラディスは迷っていた。こいつを連れて行くのはいいが・・・また偉そうによけいなことを言うのではないか、あの男がスリの仲間なのではないかなどと尋問を始めたりしないかと、不安だったのだ。だがこの男の冷静な推理力は確かに役に立つ。
 
「・・・とりあえず一緒に行ってくれ。会ってみてあの男がお前を同席させるのがいやだと言ったら、お前が言ったようにその辺を見回りしててくれればいいさ・・・。」
 
「決まりだな。それじゃ、明日の警備場所は城下町の商業地区、市場近辺として届けておくか。」
 
「ああ、そうだな・・・。なあガウディ。」
 
 グラディスが怪訝そうにガウディを見上げた。
 
「なんだ?」
 
「珍しく上に報告しようと言い出さないのはなぜだ?」
 
「・・・まずはその男の話を聞いてからだろう。第一その男の酒代を肩代わりしたことだって、報告なんてしていないんじゃないのか?」
 
「まあな・・・。」
 
「まずは話を聞いて、事件性があるかどうかを俺達で見極めようじゃないか。それからでも遅くはないさ。」
 
「そうだな・・・。」
 
 いつもより柔軟なガウディに、グラディスは少しホッとした。その反面不思議だった。でも今は気にしないで置こう。グラディスは手に持った黒い封筒をもう一度眺めた。
 
 なぜだろう・・・。胸を締めつけられるような不安がよぎる・・・・。この手紙が自分達を導く先は、いったいどこなのだろうか・・・。
 

外伝4へ続く

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