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「わかりました。夕方パーシバルさん達の部屋に伺います。」
 
「そうだな。そうしてくれ。」
 
 食事のあと、グラディス達は自分達の部屋に戻り、午前中にアルスとセラードから聞いた話についてお互いのメモを見せ合った。こうすることで、自分が聞き逃していた話があったことに気づいたり、聞いた話の内容を確認出来たりする。
 
「しかし全部の道を歩いたとはなあ。俺達もまだまだだな。」
 
「ま、追いついてないことは理解してるつもりだったが、実は俺達が考えていたより遙か遠くにあの2人はいるんだなと思い知らされたよ。」
 
 2人ともそろってため息をついた。入団して3年になるというのに、自分達はいったい今まで何をやってきたんだろう。気にくわない相手と組まされたとは言え、お互いの言動に腹を立てて怒鳴りあって、そのせいで失敗ばかりだったような気がする。そしてそれは、相手の問題ではなく自分の問題なのだ。
 
「・・・ガルガスさんが通ったと思われるのはこのルートだよな。」
 
 ここで頭を抱えても仕方ない。ガウディは広げた地図を見ながら一本の道を指さした。
 
「ああ、このルートも他のルートと同じくたいした店はないが、最初から殺すつもりで待ち合わせたのならそんなこたぁ関係ない話だよな。」
 
「となると、その相手とはどこで会ったのか、だな。そしてどの程度の酒を飲まされたのか。」
 
「・・・・・。」
 
 不意にグラディスが黙り込んだ。
 
「どうした?」
 
「いや・・・ガルガスさんはどうして仕事の待ち合わせだというのに飲んでいたのかなと。」
 
「そういえばそうだな。相手はおそらく手数料を上げろと言っている人物だ。その人物に『ガツンと言ってやる』つもりで出かけたなら、素面のほうがきちんと話し合いが出来るってもんだ。」
 
 ガルガスの死については、アルス達の報告書に『この店で飲んでいた』と書かれていたので気にしなかったのだが、確かに考えてみればおかしい。
 
「ええっと・・・アルスさん達から聞いた話は・・・。」
 
 2人とも自分のメモをめくり始めた。
 
「そうか。アルスさん達は最初1人で飲んでいたと言う前提で調査を始めて、そのあと誰かと一緒だったんじゃないかと考えた。でも店にいた時は1人だったというのは間違いないし、その後誰かと合流したという証拠も得られなかったから、そこまでの調査はしなかったか、したけど確証を得られなかったか、どちらかかな。」
 
「ガルガスさんという人はかなりの酒豪だったって話だ。アルスさん達だって相当なもんだと思うが、あの人達が酒豪だったって言うんだから、かなりのもんなんだろうな。つまりその人は日常的に相当な量を飲んでいたわけだ。その人が、1人で飲みに行って深酒をしすぎて橋から落ちた、そこには特に不審な点はないからな。」
 
「だがそれも、ガルガスさんを殺した奴の演出ってことになるのか。」
 
「この件が殺しだとしたら、犯人にまんまと踊らされたんだから、そりゃアルスさん達だって腹が立つだろうな。」
 
「そういやガルガスさんは、店が空いてる時は店のマスターと世間話をしながらカウンターで飲んでたって言ってたよな。」
 
「ああ、と言うことは、ガルガスさんはあの店の常連だったってことか。」
 
「それならなおさら、アルスさん達が気づいたことはもっとありそうだな。誰かと一緒だったかもしれないと考えたところも、もう少し突っ込んで聞いてみよう。」
 
「いいのか?誰かと会っていたかもしれないって話と、例のメモの話はまだ団長にもしてないんだぞ?」
 
 昨日の夜の打ち合わせでは、パーシバルは団長にはまだ報告しないと言っていた。もう少し実態が掴めてからにした方がいいのではないかとも。団長からの指示は『ある程度情報が集まったら団長室で打ち合わせ』と言うことになっていたはずだ。これだけの新事実が出てきているのだから、本当なら今日にでも打ち合わせの予定を入れるべきなんだろうと思う。パーシバルも団長に対して不信感を持っているのかもしれない。
 
「アルスさん達が不審に思って団長に直談判してくれた方が、団長達の動きを見るのにいいじゃないか。」
 
「いやまあそれはそうだが・・・。」
 
「考えてもみてくれよ。アルスさん達はガルガスさんにすごく世話になったって言ってたじゃないか。だからあの調査結果に納得がいってないって。それはつまり、あの2人がガルガスさんを殺したわけじゃないってことだ。そしてガルガスさんを殺す理由がないなら、ガルガスさんの検死をしたモーガン先生を殺す理由もないってことじゃないか。」
 
「・・・つまり、あの2人は確実に信用出来るってことか。」
 
「ああ、午前中の俺達の態度はいかにも何かありますって言ってるようなもんだったが、あの2人は黙っていた。でも多分、午後から団長に話を聞きに行くと思うぜ。」
 
「・・・そこで団長があの2人にローディさんの話や、君が預かった酒瓶や手紙の話をするかどうかってことだな。」
 
「そういうことさ。団長が信用出来るなら、これも渡してもいいのかもしれないが・・・。」
 
 グラディスは懐から封筒を取り出した。ローディが刺された時、しっかりと手に握りしめられていたものだ。
 
「ただなあ・・・。アルスさん達が団長から話を聞いたとして、それを俺達に言うかどうかなんだよな。もしかしたら教えるけど知らぬ振りをしていろとか言いそうだ。」
 
「あの2人なら完璧に知らぬ振りをするだろうな。団長もアルスさん達に話をしたなんて俺達に言うかどうかはなんとも言えないしな。」
 
「団長もかなりのタヌキ親父だからな。すっとぼけて平気な顔するくらいは朝飯前だよな。」
 
「俺達も向こうから何か言ってこない限り、知らぬ振りをしているしかなさそうだな。まあうまく出来るかどうかはなんとも言えないが。」
 
「よし、そろそろ出かけよう。アルスさん達は後番でめしを食うはずだから、今頃食堂かもな。多分そのあと団長室だろう。俺達は今日の予定通り、城壁の外の警備を続けようぜ。」
 
 団長も副団長もいい人だと思う。でも何かを隠しているのは間違いない。そしてそれが、ガルガス殺しの件ではないと確信が持てないかぎり、信じるのは難しい・・・。
 
 
                          
 
 
 パーシバルは食事のあと医師会に来ていた。モーガン医師の部屋で遺品整理をするのだが、仕事柄私物もみんな一通り調べるらしい。それもドゥルーガー医師が担当すると言っていた。
 
(一番仲がよかったみたいだからな・・・。でもつらいだろうな・・・。)
 
 ついこの間、仕事が終わって別れただけだったはずの友人が死体となって発見される・・・。それはどれほどの衝撃だろう。だがドゥルーガー医師は常に冷静だ。
 
(俺もあのくらい冷静に落ち着いて仕事に当たりたいもんだが・・・。)
 
 仲間の死に直面した時、冷静でいられる自信などあるはずがない。
 
 
「失礼します。」
 
 パーシバルはモーガン医師の部屋の扉をノックした。
 
「開いているよ。入ってくれ。」
 
 中から聞こえたのはドゥルーガー医師の声だ。パーシバルが扉を開けて中に入ると、テーブルの上にたくさんの絵が広げられていた。
 
「これは・・・。」
 
「これもモーガンの趣味でね。旅先で美しい景色などを見た時に、さっとスケッチするらしいよ。なかなかの腕前だろう?旅行に行くたびにたくさんのスケッチを見せてくれるんだ。私はなかなか旅行にも行けないのでね、いつも楽しみにしていたんだよ。」
 
 パステルと言う画材で描かれたものらしい。様々な場所のスケッチがある。いくつかはパーシバルもどこの場所のものかわかった。
 
「すごいですね。しかしモーガン先生は意外な趣味をお持ちだったんですね。」
 
「ははは、みんなそう言うと言って憤慨しておったもんだ。だが、医者などやっているとなかなか旅行など出来ないものだからな。モーガンのように、休みは休みとしてきちんと取って好きなことをするというのは、私などにはうらやましく思えたものだ。」
 
 そこまで言ってドゥルーガー医師は並べられた絵に視線を落とし、
 
「もう新しい絵を見せてもらうことが出来ないのだと思うと・・・寂しくはあるな・・・。」
 
 そう、ぽつりと言った。
 
 
「・・・この絵はみんなご家族に返されるのですね。」
 
 慰めの言葉が見つからず、パーシバルは尋ねた。
 
「そのつもりなのだが、ご家族の到着が遅れていてね。ご両親と弟さんが遺体を引き取りに来るはずだったのだが、母上が体調を崩したので向こうの出発が遅くなったのだ。父上と弟さんの2人で来るらしい。」
 
「やはり・・・息子さんを亡くされたことで・・・。」
 
 ドゥルーガー医師がうなずいた。
 
「自慢の息子だったのだろうに、こんな形で失って、そのことをどうしても受け入れられずにいるらしい。」
 
「そうですか・・・。」
 
「だから遺体はそのまま引き渡さず、火葬にして骨を箱に入れて渡すことになりそうだよ。」
 
 当たり前のことだが、人間に限らず生き物の体は死んだ瞬間から腐敗が始まる。モーガン医師の遺体は亡くなってからそれほど経たずに発見されたとは言うものの、その時点である程度の腐敗は進んでいた。医師会の霊安室は地下深くにあってかなり寒い場所なのだが、それでも腐敗の進行を遅らせるのは難しい。
 
 
「・・・ここまでが私物として、ご家族に引き渡すものだ。これはひとまとめにして私の部屋で預かることになる。そして、君が気にしているのであろう、仕事のほうの遺品なのだが・・・。」
 
 ドゥルーガー医師はてきぱきとモーガン医師の遺品を振り分けていたが、仕事のほうの遺品として机の上に置かれたのは、すでに箱に入ってまとめられたものだった。
 
「仕事のほうの遺品というと、モーガンが担当していた患者の記録などもあるのでね、先にある程度まとめて、現在入院中の患者や、外来で診療していた患者などの分についてすぐに見られるようにして置いたんだよ。」
 
「見せていただいていいですか?」
 
「かまわんよ。ただその前に、まずは君に見せた方がいいのではないかと思われたものがあったので、それを一番上に載せて置いた。これだ。」
 
 ドゥルーガー医師は箱の中の一番上にのせられている何冊かのノートのうち、一冊を取り出してパーシバルに渡した。
 
「これは・・・。」
 
 どのノートもかなり分厚いが、渡されたノートは少しだけ薄く見えた。表紙に日付が書いてある。それはつい最近のものだった。
 
「それはモーガンが検死をした時に記録したノートだ。先日のガルガス殿の検死についても書いてある。」
 
「え、それではあのメモの補完と言うべきものですか!?」
 
「そこまでのものかどうかは何とも言えんが、現場でメモをとったあと、解剖時の状況から遺体の状態まで、事細かく書いてある。検死報告書につけられるメモは現場で書いたものと解剖時の所見を書いたものだが、モーガンはいつもそのあとにノートにいろいろと書いていたから、メモとだいたい同じ内容が書かれていると思っていいと思う。おそらくは手元の控えとして残して置いたのだろう。君に渡したのが一番最近のノートだ。しおりが挟んであるだろう?そのページを見てくれ。」
 
 ドゥルーガー医師がしおりを挟んで置いてくれたページには、『周旋屋ガルガスの検死について』と書かれている。
 
「まあそこから少し読んでみてくれたまえ。」
 
 パーシバルは書かれた記録を読み始めた。検死報告書につけられるメモと同じで専門用語は多いものの、現場で書かれたものよりは読みやすい。そして・・・
 
『肺の一部からアルコール検出』
 
「・・・え?」
 
(肺からアルコール?どういうことだ・・・。)
 
「ドゥルーガー先生、これは・・・。」
 
「これを見て思い出したのだが、書きながらモーガンが首をかしげていたのでね、聞いたのだよ、どうしたのかとね。」
 
 
『・・・妙だよな・・・。いやまあ、でもあり得ることだが・・・。』
 
『君が首をかしげるとは珍しいな。何かあったのか?』
 
『今回の周旋屋の死体だよ。酒の飲み過ぎで橋から落ちて死んだんだが、どうにも引っかかってな。』
 
『不審な点があるのか?』
 
『ああ、そばに寄っただけでこっちが気分悪くなりそうなほどものすごい酒の臭いがしたから、相当飲んだのは間違いない。ただ、・・・微量だが肺からアルコールが検出されたのはおかしい気がしてな・・・。』
 
『飲み過ぎて吐いた時に吐瀉物の一部が肺に入り込んだ可能性は?』
 
『もちろんある。だがそれなら、吐瀉物も一緒に検出されないとおかしいんじゃないか?』
 
『・・・それはなかったのか?』
 
『ああ、しかも担当の王国剣士によると、この周旋屋はかなりの酒豪らしいんだよ。ま、酒豪ってのはいくら飲んでも酔わないことを自慢したりするもんだからな、調子に乗って飲み過ぎたとは思うんだが・・・それにしても肺にまで入り込むほど飲むというのは少し異常な気がしてね。』
 
『確か周旋屋組合の組合長だと言ってたな。まさかとは思うが、無理矢理誰かに飲まされた可能性もあるかもしれんな。』
 
『その可能性もなくはない。意図的に酔わせようと鼻でもつまんで無理矢理口に酒を流し込めば、むせて肺に入り込む可能性もある。しかしそうなると、この話は事故ではなく殺人の可能性も出てくるんだよな。ま、その辺りは担当の剣士達に注意を促して置いたから、多分調査の過程で明らかになるだろう。メモにも書いておいたしな。』
 
『そう言えば、君のメモについて報告書の管理部門から連絡が来ていたぞ。もう少し減らせませんかとな。』
 
『それは自分でも考えてはいるんだ。だけどいろいろ書いているうちにどうしても枚数が増えちまってなあ・・・。』
 
 
「そんなことが・・・。」
 
 モーガン医師は殺人の可能性についても言及していた。ではモーガン医師を殺した犯人は、それをどこかで聞いたのか、いや、メモの中にその記述があるのを見たのかもしれない。そして彼をこのままにしておけばいずれ自分の犯行が露見すると考え、殺して検死報告書のメモも持ち去った・・・。
 
 
「あの時のモーガンは、ガルガス殿の死因について殺人の可能性も考えていた。だが、飲み過ぎてむせるなどと言うことは、別に無理矢理飲まされなくても起こりうることだ。確信もなく迂闊なことは言えないし、そもそも我々の仕事は推理ではなく検死だ。もどかしいとは思ってもそれ以上踏み込むわけにも行かなかったのではないかな。おそらくそういうこともあのメモには書かれていたと思う。」
 
「・・・・。」
 
 検死報告書につけられたメモは、みんな必ず確認する。アルス達もそれは見ただろう。だが、「ガルガスさんが飲み過ぎなんておかしい」そう考えていた彼らにとって、そのメモはある意味渡りに船だったのではないか。自分達と検死医が同じ考えだということは、必ず何かあると・・・。
 
(アルスさん達はおそらく、その話を聞いて最初から殺人の可能性を探してしまったのだろう。それがかえって真実から遠ざかる結果になってしまったと言うことかもしれないな・・・。)
 
「ドゥルーガー先生、このノートをしばらくお借りすることは出来ますか?」
 
「かまわんよ。そのノートに書かれているのは検死報告書につけられたメモの写しだけのようだ。他に不審な点がある死者はいないはずだし、仕事に関するものは家族には渡さないから、この件が解決したら返してくれればいい。」
 
「ありがとうございます。」
 
 このノートはまずグラディスとガウディに見せようとパーシバルは思った。今日は1日城壁の外でアルス達に話を聞いてくるはずだから、彼らの調査結果などと合わせてノートの内容も確認しなければならない。今朝見つかったモーガン医師のメモの件にしても、ガルガスが亡くなる前に誰かと待ち合わせしていたかもしれないという事実も、これだけの情報が集まっているのだから、そろそろ剣士団長室での打ち合わせもしなければならないだろう。
 
(しかし・・・全て団長に話してしまっていいものか・・・。)
 
 団長と副団長のことは信頼している。だが何かを隠しているのは間違いない。それがガルガスの死に関する情報ではないと思いたいが、その確信を得られずにいる。だが剣士団長とは剣士団を束ねるだけではなく、この国を動かす御前会議の一員としての顔も持つ。そして副団長はその補佐を務めるわけだから、2人が剣士団員に対して何もかも包み隠さず話すと言うわけに行かないことはわかっているつもりだが・・・。
 
(今日グラディス達に聞いてみるか。団長と副団長のことについて・・・。)
 
 とは言え、彼らも団長達に不信感を持っている。自分達の考えと合致する意見を聞いてしまったら、ますます公平に見ることなんて出来なくなってしまう・・・。どうすればいいのか・・・。
 
 
「では私はこの荷物を私の部屋に運んでから牢獄に戻ろう。私の代わりにイリーナが牢獄に行ってくれてるんだが、お茶の時間までには戻ってこいと言われていてね。パーシバル、申し訳ないが手伝ってくれないか?」
 
「ははは、イリーナ先生はお茶の時間はきっちりとる方ですからね。それじゃ仕事のほうの箱を持ちますよ。こちらの方が重いようですからね。」
 
「助かるよ。医者ってのはどうしても力仕事は苦手になりがちでね。」
 
 その後パーシバルはドゥルーガー医師の部屋に荷物を運ぶのを手伝い、医師会をあとにした。別れ際ドゥルーガー医師が『メモの一件もあるから、この荷物は奥にしまって必ず鍵をかけておくよ。モーガンを殺した犯人を、必ず捕まえてくれ。』そう言った。冷静に見えたが、それはきっと犯人に対する怒りを抑えているだけなのだろうと、パーシバルには思えた。
 
 
(団長に直接聞いてみるか・・・。)
 
 その後釜に座らなければならないのなら、団長としての駆け引きをよく見ておくのも悪いことではないのかもしれない。
 
(これがヒューイなら・・・。)
 
 ふと湧いた考えを、頭の中から追い払う。自分がヒューイから自立して、劣等感など持たずにつきあえるようにならなければ、ヒューイにまで迷惑をかけてしまう・・・。
 
 
                          
 
 
 牢獄へと向かう道で、アルスとセラードは考え込んでいた。団長から聞いた話は驚くことばかりだった。グラディスが13番通りの奥で出会った男、真っ黒な封筒の中の手紙。そして男はグラディス達と待ち合わせをしていた広場で刺され、危うく死ぬところだった。一命を取り留めた男の話は、ガルガスの死が殺人である可能性を飛躍的に高めるものだった。そしてそれに続くモーガン医師の死。パーシバルの見解は、ガルガスの検死をしたのがモーガン医師であったという事実から、2つの事件は繋がっているのではないかというものだった。
 
 だが・・・。
 
 話を聞き終えたアルスとセラードはそろって首を捻った。
 
『とまあ、こういうわけだ。ガルガス殿の死に不審な点があるということは、グラディス達の話を聞いて初めて見えてきたことだ。だからお前達が新事実を掴めなかったとしても仕方ないのではないかと私は思うぞ。』
 
 団長は2人がガルガスの死を殺人と断定出来る証拠を得られなかったことに対して、首を捻ったのだと思ったらしい。
 
『いや、実はですね・・・。』
 
 では、午前中『せめて誰かと会うようなことを、独り言でも言ってくれていたらなあ』というセラードの言葉に、グラディス達がそろって顔をこわばらせたのはなぜなのか、自分達の疑問はそこなのだと言ってみた。
 
『ほぉ・・・ということは、あの2人はその点に関して何かを掴んでいるということか。そう言う報告は上がってきていないな。』
 
 今度はドレイファスが首を捻った。
 
『ある程度調査が進んだら打ち合わせをすると言うことになっていますから、もしかしたら情報がもう少し集まってからと考えているのかもしれませんね。』
 
 副団長デリルが言ったが、それだけの事実を掴んでいるならすぐにでも報告に来るべきではないのかと、アルスもセラードも考えた。
 
『ふむ・・・ローディさんが詰所に運び込まれてきた時も思ったのだが、あの2人は情報を抱え込みがちなのは確かだな。きちんと報告をして次の手を考えるのに早すぎることなどないのだが。』
 
『あいつらはどうも頭でっかちなんですよね。ぐだぐだ考えているうちに間に合うものも間に合わなくなる可能性もあるってのに・・・。』
 
 アルスが言った。
 
『グラディス達は確かにそう言う傾向があるが、それにしてもパーシバルがついていてこの状態ってのは、どうなってるんだろうな。』
 
 セラードが言った
 
『あいつはあいつで、ヒューイに頼れないことでいろいろ考えすぎているのかもな。』
 
 アルスが答える。
 
『頼らなくたって充分やっていけるんだがなあ。』
 
『お前達もそう思うか?』
 
 ドレイファスが2人に尋ねた。
 
『そうですねぇ・・・。団長の前でこんなことを言うのもなんですが、パーシバルの奴は今すぐ団長になっても充分やっていけると思いますよ。だいたい団長になったら何でもかんでも相方に相談するなんて出来なくなるんじゃないですか?相談される方も普段の仕事ならともかく、御前会議の駆け引きについて相談されても困りそうだけどなあ。』
 
『全くだ。もっとも大臣の悪口くらいなら、いつでも聞いてくれそうだけどな、ヒューイなら。』
 
『はっはっは!確かに大臣の悪口くらいならそれでもいいかもしれんが、団長になるといろいろとしがらみも多くなるし、相方には頼れなくなるな。しかもその相方も団長に伝を作りたい輩からいろいろと狙われるしな。』
 
 ドレイファスが心なしか楽しそうに答えた。
 
『以前団長からそんな話を伺いましたよね。おかげで団長の相方の人は大変な目に遭ったとか。まあヒューイならうまくやりそうだからそれは心配してないんですが、グラディス達はちょっと心配だなあ。』
 
『なあ、あいつらのことだから、午後からも俺達に話を聞きに来るだろう。その時にさりげなく、報告はちゃんと上げろ、程度のことは言ってみないか?またすぐに顔に出るかもしれないから、それで何を考えているかわかるかもしれないぞ?』
 
『そうだな。それとなく言う分には問題ないだろう。団長、副団長、いろいろ教えていただいてありがとうございました。俺達はこのあと牢獄でガルガスさんとモーガン先生の検死報告書に目を通してから仕事に戻ります。』
 
 
 そしてその後、2人は牢獄に向かって歩いているというわけだ。
 
「仲間をも疑わなければならない・・・か・・・。」
 
 どの話も衝撃的な内容ではあったが、2人が一番衝撃を受けたのはやはり『犯人が仲間内にいるかもしれない』ことだった。午前中、2人で話していた時にはそんなに具体的に考えたわけではなかったが、もうそんなことは言っていられなくなってきた。
 
「ガルガスさんを殺した奴が誰であれ、そいつがモーガン先生をも殺したかもしれないってことか・・・。」
 
「仲間にそんな奴がいるとは思いたくないが・・・。」
 
「なあ、もしもそう言う奴が本当にいるとして、なんでそんなことをしたと思う?」
 
「・・・動機か・・・。」
 
「そうだ、何をするにもその行動には必ず動機がついて回る。剣士団は全員志願して入団するんだ。そいつだって希望に燃えて入ってきたんだろうに、そんな悪事に手を染めることになった動機はなんなんだ?それがわからなければこの事件は解決しそうにないぞ。」
 
「普通に考えれば、やっぱり一番の動機になりそうなのは、金かなあ。」
 
「王国剣士なんて安月給の代名詞だからなあ。」
 
「では金だと仮定して考えてみるか。ガルガスさんを殺したのは、あの手紙にあった『E』と言う人物の手先だろう。ガルガスさんを殺して得をする人物というわけだ。ではなぜその人物は得をするのか、だな。」
 
「そうだな。『E』の目的も、おそらくは金だ。周旋屋達に命じて金を集めているのは、手数料の問題から考えても間違いない。それじゃそいつは、金を集めて何をしようって考えているのか、だな。」
 
「『E』か・・・。」
 
「・・・・・・・・・・。」
 
 2人とも、思わず黙り込んだ。
 
 『E』
 
 そのイニシャルを持つ人物を、2人はよく知っている。殺しでも恫喝でも金集めでも、何でもやりそうな人物・・・。
 
「やっぱり、『あのお方』だと思うか?』
 
「おそらくはな。」
 
 2人とも、思わず小声になる。
 
「その辺りは団長達も調べているだろう。『あのお方』が関わっているとなれば、それはもう密偵案件だ。団長達がヒューイとパーシバルに依頼した仕事ってのは、おそらく密偵の調査を補完出来るような内容だろうな。」
 
 
 2人は牢獄の入り口を抜けて、中に入った。中の空気は穏やかだ。今日はまだ何事も起きていないらしい。
 
「いつもこうだといいんだがな。」
 
「全くだ。」
 
 必死で走ってこの入り口に駆け込んだことは数え切れないほどある。
 
「検死医の先生にお会いしたいんですが、いらっしゃいますか?」
 
「はい、ご案内します。」
 
 受付の男性も笑顔で検死医の部屋に案内してくれた。
 
「失礼します。」
 
「はいどうぞ。」
 
 中から聞こえた声は何と女性の声だ。中に入ると、女性の医師が椅子に座っている。
 
「あれ?イリーナ先生じゃないですか。今はドゥルーガー先生が当番だと伺ってますが。」
 
 セラードが尋ねた。イリーナ医師は医師会の主任医師の1人だ。ドゥルーガー医師、モーガン医師、そしてもう1人、ロストフ医師の4人が現在の主任医師で、その中でも次期主席医師の最有力候補がモーガン医師だったのだ。
 
「ドゥルーガー先生は今医師会よ。モーガン先生の遺品整理があるから今日の午後だけ私が変わったの。」
 
「そうですか。ちょっとお願いがあるんですが。」
 
 2人はここに置かれているガルガスとモーガン医師の検死報告書を見せてくれるように頼んだ。
 
「いいわよ。奥の書庫に入ってるから自由に閲覧していいわ。わからないところがあれば聞いてね。ある程度は私でも答えられると思うから。」
 
「ありがとうございます。」
 
 検死報告書は剣士団長室にもあるし、最近のものは剣士団の書庫、そして町中にある詰所にも置かれている。そちらで見てもいいのだが、ここの検死報告書にだけは、検死医が現場検証をしながら書いたメモと、解剖時の所見を書いたメモがくくりつけられている。2人が見たいのはそちらの方だった。
 
 
「まずはモーガン先生の検死報告書だな。」
 
「書いたのはドゥルーガー先生だから、うん、読みやすい。」
 
 専門用語は多いが、何年も王国剣士をやっていれば、ある程度は知識も身につく。
 
「・・・ためらいなく一気にか・・・。」
 
「相当な手練れってことだよな・・・。」
 
 2人とも口には出さないが、グラディス達と待ち合わせをしていた時に刺された男の傷も『ためらいなく一気に』刺されたものだったという。
 
『ダガーが抜かれたり捻られたりしていなくてよかったよ。でなければ、あの人は助からなかったかもしれん。』
 
 一度体に刺したダガーを抜く、或いは捻る、どちらもそう簡単にいかない技だ。だがそのくらいのことが簡単にできそうなほど、刺した犯人は腕の立つ人物だっただろうと、剣士団長が言っていた。
 
「同じ奴だと考えていいんだろうな。」
 
「おそらくはな。よし、モーガン先生の検死報告書のほうはメモをとったぞ。次は、ガルガスさんのだな。」
 
「ああ、見落としがなかったか、もう一度確認しよう。」
 
 2人はモーガン医師の検死報告書が綴られたファイルを棚に戻し、1つ前のファイルを取り出した。
 
 
「・・・あれ?」
 
 ガルガスの検死報告書を開いたアルスが首をかしげた。
 
「どうした?」
 
「ガルガスさんの検死報告書が、これしかない。」
 
 アルスがファイルを開いて、綴られた紙をひらひらと動かして見せた。
 
「え、あの分厚いメモはどこに行った?」
 
「おかしいな。あのメモは持ち出したり出来ないはずだが。」
 
「イリーナ先生に聞いてみるか。」
 
 
 イリーナ医師に話すと、イリーナ医師も首をかしげた。
 
「おかしいわね。そこのファイルからメモを持ち出すなんて禁止されているはずよ。検死医のメモや解剖時の所見はここにしかないんだから。でも私も今日の午後から来ただけだから、わからないわね。ドゥルーガー先生に聞いてみてくれる?あと、出来れば剣士団長に報告もお願い。」
 
 イリーナ医師も顔をこわばらせている。検死医の部屋から特定の死者の検死メモを抜き取るなどあってはならないことだ。
 
「わかりました。イリーナ先生、この件、他の王国剣士には黙っていていただけませんか?我々は団長から許可を取ってこの報告書を見に来ましたが、どの時点でなくなっていたのかはっきりしませんし、どこまで話を広げていいかは団長の指示を仰いできます。」
 
「わかりました。お茶の時間前にはドゥルーガー先生と交代するから、私から話しておきます。よろしくね。」
 
「はい。」
 
 
 牢獄を出て、2人は役割分担を決めた。
 
「おいアルス、俺は城壁の外の連中にもう少し遅くなるって言ってくるよ。お前は先に団長に報告してくれ。」
 
「わかった。」
 
 2人はさりげなく、それぞれの目的地へ早足で歩き出した。
 
 
                          
 
 
 グラディスとガウディは今日の警備場所である城壁の外に戻ってきた。ここから南地方との境界まではかなりある。東側は港へと通じる道があり、荷馬車もかなり走っているし、西側はローランの町へと続く道が続いているのだが、途中から道は森の中に入り、そこには奇妙な形のモンスターがよく現れるので気が抜けない。この『城壁の外』を警備する人数が一番多い。モンスターが出る場所には農場も作れないので、見晴らしはかなりいい。どこを見ても、遠目に王国剣士の姿が見えるほどだ。
 
「・・・俺達が午後からも話を聞きに来るだろうとは、おそらく思っているだろうけど、それでも見当たらないと言うことは、当たりかな。」
 
 グラディスが言った。
 
「多分そうなんだろうなあ。」
 
 ガウディが答える。
 
「おい、グラディス、ガウディ。」
 
 声をかけられて振り向くと、先輩剣士が立っている。確かこの2人はアルス達と同期か少し先輩だったはずだ。
 
「あ、お疲れ様です。」
 
「お前らアルスとセラードにガルガスさんの件で話を聞いてるんだってな。アルス達が後番でめしを食いに行く時に頼まれたんだが、午後から剣士団長に相談があるから、戻るまで見回りをしていろとさ。」
 
(大当たりだな。)
 
 グラディスもガウディも心の中で思った。やはり2人は自分達の態度がおかしいと思い、ガルガスさんの件で『新事実』が出たのではないかと団長に聞きに行ったのだろう。
 
「わかりました。ありがとうございます。」
 
 グラディス達は、アルス達が戻ってきた時にすぐにわかるように、城壁のすぐ外側の当たりを重点的に見回っていた。ほとんどのモンスターは城壁には近づかないのだが、ここしばらくは住宅地区の工事などで人の出入りが激しいせいか、モンスター達も落ち着かない。城壁を越えようとしたり、門から中に入ろうとしたり、周辺の警備も気を抜けないのだ。
 
「けっこう忙しいよな。」
 
 たった今追い払ったモンスターが落としていった金の粒や奇妙な形をした腕輪らしきものなどを拾いながら、グラディスが言った。
 
「まあおかげで実入りはいいんだが、複雑だよな。」
 
 ガウディも足下に落ちていたよくわからないキラキラしたものなどを拾って袋に入れている。こういったものは町の中で買い取ってくれる業者がいるのだ。変わったものを集めている客はかなりの数いるらしい。2人はモンスター達を追い払いながら、西側の門の近くまで来ていた。
 
「仕方ないと言えば仕方ないんだが・・・あ!?また出やがった!」
 
 城壁をよじ登ろうとしているモンスターを、やりの先で突っついた。モンスターは驚いて逃げていった。
 
「しかし切りがないよな・・・。」
 
 ため息をつきながら、何気なくローランへと続く森の入り口に目をやったその時・・・。
 
(・・・え・・・!?)
 
森の入り口近くに・・・ぼんやりと見えた人影・・・。黒いマントを着た、影のような・・・。
 
 思わずグラディスは走り出した。
 
「あ!?おいグラディスどこへ行くんだ!?」
 
 
「いない・・・。」
 
 森の入り口に近づくにつれ、人影は揺らめいて消えてしまった。
 
「おい、どうしたんだいったい!?」
 
 後を追ってきたガウディがグラディスの肩を掴んで揺するが、グラディスは答えない。
 
「・・・・・・・・。」
 
 グラディスは、黒い影が消えた森の入り口を見つめていた。あれは、生きた人間なのか・・・それとも幻を見たのか・・・。
 
 そしていつもと違うグラディスの態度に、ガウディもまた、ただならぬ雰囲気を感じ取っていた・・・。
 

外伝12へ続く

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