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外伝12

 
「・・・黒いマントの人物だと?」
 
 グラディスとガウディは、ローランの東の森の入り口近くから、城壁の近くまで戻ってきていた。グラディスが見たのは人間なのか幻なのか、遠目では判別も難しい。
 
「偶然と言うこともあるからなあ。たまたま黒いマントを着た旅人が森の入り口に入っていくところだったと言うこともあるかもしれないぞ?」
 
 ガウディが言った。だがいつものようにバカにしたような口調は感じられない。黒いマントを着て頭からフードを被っているらしい人物が、周旋屋の組合長ガルガスとモーガン医師を殺したことはもはや確定したと言ってもいいくらいだ。少なくとも、モーガン医師は後ろからダガーで一突きされて殺された。それは間違いない。
 
 死にはしなかったが工房通りの道具屋に勤める工具職人のローディも、後ろから一突きにされて殺されるところだった。それを考えれば、グラディスの見たものが幻であれただの旅人であれ、バカに出来るようなものではないとガウディも考えている。
 
「ただの旅人であることを祈るよ。」
 
 額から吹き出た冷や汗をタオルで拭きながら、グラディスが言った。
 
「ああ!いたいた!おいお前ら、どこに行ってたんだ?」
 
 声に振り向くとアルスとセラードだった。
 
「すみません、モンスターを追いかけていて・・・。」
 
 咄嗟に出た出任せだが、そういうこともよくある。特に城壁の外の警備では多い。
 
「ああそうか。そりゃ大変だったな。ところで、まだ何か聞きたいことはあるか?」
 
 2人の様子は午前中と何も変わりない。だが剣士団長室に行ったのなら、団長から何かしら聞いているはずだ。
 
(しかし・・・団長になんの相談事だったのかと聞くわけにも行かないし・・・。ここは予定通り行くか・・・。)
 
「はい、午前中に教えていただいた話を、俺達なりに分析してみたので、もう少し話を聞かせてください。」
 
「よし、それじゃ南側に足を伸ばしてみるか。聞きたいことは何でも聞いてくれていいが、仕事もちゃんとやってくれよ。」
 
「わかりました。では・・・。」
 
 グラディスとガウディは、昼の時間に打ち合わせたとおり、アルス達に質問を始めた。
 
 
 その4人を遠目に見つめる人影は、さっきグラディスが見た『黒いマントの人物』だ。
 
「ふん・・・また関係者が増えたというわけか・・・。しかしあの2人は手練れだ。そう簡単に手は出せん・・・。やはりあの駆け出しの連中を早めに始末しないとな・・・。さてどこにおびき出すか・・・。」
 
 
                          
 
 
 アルス達はグラディス達と話をしながら、城壁の南門から南地方の境界へと続く道を歩いていた。2人はかなりさり気なさを装っているが、さっき城壁の外を見回っている剣士達からの伝言は受け取ったはずだ。自分達が剣士団長のところに『相談』に行ったと聞かされれば、おそらくは自分達が必死で隠そうとしている『ガルガスの死についての新事実』を知られてしまったのではないかと思っているだろう。さっきから2人とも、チラチラと探るような視線を送ってくる。
 
(ガルガスさんの検死報告書のメモがなくなっていると言う話は、こいつらは知ってるんじゃないのかな。)
 
 いつの時点でなくなったのかはわかっていないが、そのメモを書いたのはモーガン医師だ。彼の作った検死報告書が綴られているファイルはいつもちゃんと閉じることが出来ず、棚の中で異様に幅をとっている。それが何もなかった。ファイルを手に取った時に妙に軽いと思ったのも道理だ。
 
(この2人にガルガスさんの件について調べて見ろと言ってからそんなに過ぎていない。だが、こいつらから剣士団長にメモの紛失についての報告は上がっていなかった。パーシバルがついてるってのに・・・いや、まさかこいつらパーシバルにも黙ってるのか?)
 
 しかしパーシバルなら、若手に任せきりにはせず、自分でも調べているはずだ。ではパーシバルも知っていると仮定して、彼らが団長に情報を隠す理由はなんだ?
 
 
 
『モーガン先生の書いたメモがない?』
 
 いつも穏やかな剣士団長も、顔をこわばらせた。
 
『いつの時点でなくなったのかはわかってないのか?』
 
『イリーナ先生は今日の午後、お茶の時間までドゥルーガー先生と交代しただけなのでわからないそうです。ドゥルーガー先生に聞けばわかるかもしれないとのことでしたが、今はモーガン先生の遺品整理のために医師会に戻っているそうです。』
 
『そうか・・・。ふむ・・・。』
 
『グラディス達もパーシバルも、もしかしたらこの話は知ってるんじゃないんですかね。』
 
『どうしてそう思う?』
 
『だってあの3人はガルガスさんの件とモーガン先生の件を調べているんですよね。俺達より前に検死報告書を見たと思いますよ。』
 
『と言うことは、なくなったのが今日でないのは確実なのかね。』
 
『受付にも聞きましたが、今日検死医の部屋に入った部外者は、俺達だけだそうです。ドゥルーガー先生が部屋を空けたのも、午前中に馬車に轢かれて亡くなったという死体の検死に向かった時一度だけで、検死医が部屋を空ける時は必ず鍵をかけますからね。』
 
 検死医が不在の時に検死報告書の閲覧希望があった場合、必ず牢獄の職員が検死医の部屋の鍵を開け、閲覧に立ち合うことになっている。つまりメモがなくなったのが今日なら、必ず誰かがその現場を押さえることが出来るはずなのだ。
 
『そう言えばそうだな。するとなくなったのは昨日以前と言うことか。ではドゥルーガー先生に話を聞いた方が良さそうだな。』
 
『行ってきましょうか?』
 
『いや、私が行こう。もしもドゥルーガー先生が知っていたとしたら、どうして報告が上がってこないのかも尋ねんとな。』
 
『でもパーシバル達がすでに知っているとしたら、ドゥルーガー先生もあいつらが報告するだろうと思ってるんじゃないですかね。』
 
『そうだろうな。医師会から直接報告が来るとすれば、そのメモがなくなったことに気づいたのが医師会の人間だった場合だ。王国剣士が調査の過程で知ったなら、その人物が報告すると考えているだろう。』
 
 
 
 剣士団長は、ドゥルーガー医師が報告書の紛失について知っているのかどうかと、その件を知っている可能性のある王国剣士は誰なのかを聞いてくると言っていた。
 
 今ここでグラディス達に『お前ら何を隠している?』と聞いてみたいところだが、そんなことを聞いたりしたらこの2人のことだ、飛び上がらんばかりに驚くだろう。だが、別にこの2人を驚かすのが目的ではない。それに今後の調査で萎縮されてしまうのも困る。
 
「お二人はかなり早い段階で、ガルガスさんが誰かと一緒だったかもしれないとお考えだったんですよね。それじゃ、誰かと会うのにどうして飲んでいたのか不思議には思わなかったんですか?」
 
「え?」
 
「は?」
 
 アルスとセラードはきょとんとして聞き返した。
 
(あれ、おかしなこと聞いたかな。)
 
 グラディスもきょとんとして2人を見た。
 
(あー、バカ!ガルガスさんがつぶやいてた言葉を知っているのは今のところ俺達とパーシバルさんだけだぞ、グラディス!)
 
 なんておかしなことを聞くんだと、ガウディだけが気を揉んでいた。一緒に飲んでいた、或いは会う予定だった相手が私的な知り合いならば酒場で待ち合わせることもあるだろうし、酒豪と言われるほどの人物ならば相手が現れるまで先に一杯やっているというのが自然だろう。その相手が仕事関係の人物なのではないかというのは、ダスティンが聞いたガルガスのつぶやきからグラディス達が考えたことだ。だがそんな話はアルスもセラードも全く知らない。しかもその話は未だに団長にも話していないのだ。だからアルス達が団長に話を聞きに行ったとしても、知っているはずがないことなのに、グラディスはそのことをすっかり忘れているらしい。
 
「俺達はガルガスさんが前後不覚になるほど飲ませた相手が誰なのかを調べても何も出てこなかったが、それが友人知人の類いだとしたらそりゃ飲むんじゃないか?」
 
「何と言ってもガルガスさんだからな。酒なしで誰かと会うなんて考えもしないと思うぞ?」
 
「しかしなんでまたそこに疑問を持ったんだ?」
 
「・・・あ・・・そうですね・・・。」
 
 アルス達に訝しげな視線を向けられ、グラディスは自分の質問が、『何か知ってます』と宣言したも同然であることにやっと気づいたが、もう遅い。アルス達は今回も何も言わないだろうが、この話を団長に報告されればまたまずいことになる。
 
「い、いや、その・・・仕事関係と言うこともあるかもしれないなあ、なんて思いまして・・・。」
 
 言えば言うほど泥沼にはまっていくような気がした。あとでガウディから何を言われるか・・・。いや、とにかく今を切り抜けなければ。グラディスは冷や汗を大量にかきながら、このあとどういう風に話を持っていくべきか必死で考えていた。
 
(なるほど・・・。仕事関係の相手と一緒だったかもしれないという何かの証拠を、こいつらは掴んでいると言うことか・・・。)
 
 アルスもセラードもそれは気づいたが、きょとんとした顔を崩さなかった。
 
「ああ、なるほどな。確かにその可能性もなくはないが・・・。」
 
 その時セラードが小さく「あ!」と声を上げた。
 
「どうした?」
 
 アルスが尋ねる。
 
「なあ、アルス、今回の調査は主目的が事件の再調査でなかったとは言え、こいつらに引き継ぎ書を出してないぞ俺達・・・。」
 
「ああ!」
 
 今度はアルスが大きな声を上げた。
 
「あーー、そっかぁ!それがないからなんだか話がかみ合わなかったのか。よし、引き継ぎ書は今すぐってわけにいかないから、調査の一番最初の取っ掛かりをまずは口頭で話すよ。」
 
「引き継ぎ書?」
 
 そんなものの話は聞いたことがない。グラディスとガウディは首をかしげた。
 
「ああそうだ。それはあとで説明するよ。まずは俺達がどこから調査に取っかかったかを聞いてくれ。」
 
「わかりました。教えてください。」
 
 2人は調査の始まりから話してくれた。それによると、ガルガスの検死と解剖が終わり、いよいよ本格的に調査を始めることになった時、アルス達は、まずはガルガスがどこで飲んだのかを調べることにした。2人は以前からガルガスと親しかったので、彼が常連として通っている飲み屋を何軒か知っていた。一件ずつ聞いて回り、わかったのが飲み屋街の中の小さな店だ。2人の調査に対して、マスターもウェイトレスも、他の常連客もみんなが協力してくれた。彼らの話によると、その日の日が暮れた頃、ガルガスが1人で店に現れ、片隅の席に座ってかなりの量の酒を注文したらしい。もちろんガルガスにとっては『ごく普通の量』だったのではないかと、マスターは言っていたという。その後そこでしばらく飲んでいたが、やがて席を立ち、勘定を支払って出て行った。その日店の中はかなりの混みようだったが、ガルガスの座っていた席の周辺にいた客が何人か特定出来ており、かなりの勢いでぐいぐいと飲んでいたという証言も得られている。
 
「そこから先は、午前中にお前達に話した、店を出たあとの足取り調査に繋がるのさ。」
 
「そういうことだったんですか・・・。」
 
 もしかしたら、アルス達にとってその店を特定するという部分は調査の初歩の初歩、説明の必要があるような部分ではないと考えていたのではないだろうか。グラディス達が何も聞かなかったので、そこは理解しているのだと思っていたのかもしれない。
 
(調書に書いてあると言うだけで、なんの疑問も持たなかったなんて、俺はなんてバカなんだ・・・。しかも余計なことまで言っちまうし・・・。)
 
 我が身の情けなさにあきれ果て、グラディスは思わずため息をついた。
 
「その話は、その・・・本来ならば俺達が先に質問しなきゃならなかったことですよね・・・。」
 
 恐る恐るグラディスが尋ねた。
 
「いや、この話をしなかったのは完全な俺達のミスだ。通常案件の引き継ぎの場合は、調査の初期段階から自分達がどう動いたかって言うのを文書にして引き継ぐ組に渡すんだよ。お前達をもう少し仲良くしたいというのが主目的とは言え、引き継ぎの手順をすっ飛ばしちまったのは、俺達が悪かったよ。」
 
「案件の引き継ぎなんてあるんですか?」
 
「たまにだけどな。城下町辺りを歩いていれば、1日のうちにいくつもの事件に出くわすなんてことはよくある話だ。それを調べているうちにまた別な事件に出くわしたりしていると、とんでもない数の案件を抱えることになったりすることもあるんだよ。そういう時は団長に許可をもらって、多少なりとも手が空いている組に引き継いでもらうんだ。だからお前達が気づいて聞かなくちゃならなかったなんて、そこまで考えすぎることはないのさ。ましてやお前達はまだ入って3年だ。あと何年かすれば経験も増えるし、他の組から案件を引き継いだり、その逆があったりなんてことが出てくると思うぞ。」
 
「そ、そうですか・・・。」
 
「今回の仕事自体がイレギュラーな話なんだ。こういうこともいずれ増える、そう考えて覚えておいてくれればいいさ。」
 
「わかりました。ありがとうございます。」
 
「だいたい、そんなに何でも先回りしなくちゃならない、全部自分達で気づかなくちゃならないなんてこともないんだからな。そんなすごい奴は普通いないよ。なんでお前らはそう自分達を完璧に追い込んで落ち込むような考え方をするんだろうな。」
 
「だよなあ。全てわかっていなくちゃならないなんて、誰かに言われたのか?」
 
 アルスもセラードも少し呆れたような顔で2人を見ている。そう言われてみれば、なんでいつもそんな風に考えてしまうのだろう。
 
「いや、そう言うわけじゃないんですけど・・・。」
 
 グラディスが口ごもる。さてこのあとどう話を持っていけばいいのか、グラディスは困り果てていた。元はと言えば、自分が不用意な質問をしたせいなのだが・・・。
 
「ま、パーシバルとヒューイを見ていれば、そんな気になっちまうってのもうなずけるかもな。」
 
 セラードが言った。何となく『仕方ないな』と呆れているようなそんな口調だ。
 
「あー、そうだなあ。あいつらはそれこそ何手先まででも読んで、一気に動いたりするからなあ・・・。」
 
 アルスもうなずいた。
 
「おいお前ら、まず言っておく。あいつらを基準にするな。あいつらを基準にしちまったら、どいつもこいつもみんな役立たずに見えちまうぞ。」
 
「そ・・・そうですね・・・。」
 
 話が少し逸れたが、グラディスの『話の継ぎ穂』はまだ見つからない。
 
(まずいなあ・・・。どうすりゃいいんだ・・・。)
 
「それじゃもう一つ教えてください。」
 
 口を開いたのはガウディだ。グラディスは冷や汗を流しながら考え込んでいる。おそらくはこの後の話の継ぎ穂が見つからないのだろう。さっき彼がした不用意な質問からは少し話題が遠ざかったが、アルス達に不審に思われたことは間違いない。何と言ってもこの話は、剣士団長にもまだ話していないのだ。質問はグラディス担当というわけでもない。疑問に思ったことはあるのだから聞いておくべきだろう。
 
「おう、どんなことだ?」
 
「昨日教えていただいた話では、ガルガスさんはあの店に行った時、空いていればカウンターに座ってマスターと話をしながら飲むこともあったという話でしたよね。」
 
「ああ、そうだな。」
 
「その店はいつも混んでいるという話でしたが、カウンターでのんびり飲めるくらい空いてることもあると言うことですよね。」
 
「そうだなあ。早めに行けば客がほとんどいないなんてこともあるにはあるが・・・。」
 
 ガウディの質問の意図をはかりかねたように、少し戸惑った顔でアルスが答えた。隣でセラードも首をかしげている。
 
「ガルガスさんが亡くなった日も混んでいたという話でしたが、ガルガスさんが店に行った時点でもそんなに混んでいたんでしょうか。」
 
「・・・・・・・・・・。」
 
 アルスとセラードかハッとしたように顔を見合わせた。
 
「混んでいたという話はしていたが、ガルガスさんが店に入った時間すでに混んでいたかまでは・・・あ!」
 
セラードが声を上げた。
 
「そうだ・・・。マスターが言ってたのは・・・。」
 
『ガルガスさんは1人で来られましたよ。かなりの量の酒を注文して、隅っこのテーブルに座ったんです。酒が全部テーブルに運ばれたら、適当にやってるから後は追加を頼むまで気にしないでくれと言われまして・・・。そのあとはもうかなり混んできましたから・・・。』
 
「あー、そうだ。ということは、あの口ぶりだと、ガルガスさんが店に入った時はそれほど混んでいなかったと言うことか。」
 
 アルスも店のマスターから聞いたことを思いだしたらしい。
 
「ガルガスさんが入った時にそれほど混んでいなかったのなら、なぜ一人なのにテーブルに座って大量の・・・いやまあガルガスさんにとっては普通の量だとしても、しばらく追加の酒を頼まなくてもいいくらいの量を頼んで1人で飲み始めたのか、気になりまして。」
 
「つまりお前が言いたいのは、誰かと待ち合わせをしていたからこそ、テーブルに座って大量に酒を頼んで、しばらく誰も近づかないような状況を作ったんじゃないか、と言うことか?」
 
「はい。もしかしたら、あの店で最初から待ち合わせていたのかもしれないと俺は考えました。」
 
「でも実際には、ガルガスさんは1人で店を出て行った。それはどう説明する?」
 
 セラードが尋ねた。ガウディは少し考えていたが・・・。
 
「ここからは俺の推測も入りますが、聞いてくれますか?」
 
「ああ、話してくれ。どんなことでも思いついたことはみんなで共有しないと、真実にたどり着くことは出来ないからな。」
 
 グラディスは考えるのを止めてガウディの話を聞いている。
 
(あの店で待ち合わせをしていたかもしれないってのは盲点だったな・・・。)
 
 ガウディがこんなことを考えていたなんて全然知らなかった。もっとも2人で打ち合わせをしている時にそんな話を持ち出されても、聞こうとしなかっただろうと思う。
 
「マスターがそう言っていたと言うことは、ガルガスさんが店に入って酒を注文した時点では、そんなに店の中が混んでいなかったということですよね。どちらかと言えば比較的空いていて、混んできたのは注文した酒をガルガスさんのテーブルに置いたあとだったのかなって。それからはマスター達もほとんどガルガスさんがどうしていたかに注意を払っていなかったという話でしたよね。」
 
「そうだ。だから勘定を払うために立ち上がってマスターのところに来るまでの間は全くわからない。ただ、近くの席で飲んでいた常連の客が何人か特定出来たので、飲んでいた時の様子がわかったくらいだ。」
 
「狭い店で混んでいたなら、小さな子供がこっそり入ってきたとしても気づきませんよね。」
 
「・・・子供?」
 
 アルス達が首をかしげる。
 
「町の子供達に小遣いを握らせてちょっとした使い走りをさせるなんてのはよくある話です。たとえば手紙を持たせて、中にいる端っこのテーブルで飲んでいるおじさんにこっそり渡してくれとか、そう言うゲームのような頼み事をしたら、子供は喜んで引き受けるんじゃないでしょうか。」
 
「・・・つまり・・・ガルガスさんが店の人達の注意を引かないように隅っこのテーブルで飲んでいたのも、全部最初から打ち合わせをしていたってことか・・・。」
 
「俺はそう考えました。待ち合わせの店を指定して、座るテーブルも、おそらくは注文する酒の量も待ち合わせ相手からの指示だったとしたら、そいつは本当に周到に用意して行動していたんだと思います。」
 
「・・・そうか・・・。ガルガスさんはその店で会うことになっている相手からの指示を守って、1人で飲んでいた、ところがそこに行けなくなったというメッセージを受け取ったために、店を出て、第二の待ち合わせ場所に向かった・・・。」
 
「最初に飲ませたのは、ある程度酔わせておくためか。そのあと大量の酒を飲ませるにしても、ガルガスさんを素面から泥酔状態にするためには、とんでもなく大量の酒が要るから・・・。」
 
「そういや、頼んだ酒は全部からになっていたとマスターが言ってたな・・・。」
 
 アルスとセラードも考え始めた。
 
「しかし、それが事実だと仮定しても、メッセンジャーの役割を果たした子供を特定するのは難しそうだな。」
 
「まさかもう始末されているなんてことは・・・。」
 
 グラディスが思わず不吉な予想を口にした。
 
「多分変装していたんじゃないかな。子供の目から見ると、大人の歳ってのはわかりにくいらしいよ。顔に何か塗って年寄りに見せたり、メガネや髭でも変装は出来るよ。子供にちょっとした小遣い程度の金を握らせて手紙を渡し、仕事を依頼する。首尾よく仕事を終えて外に出た子供は、もう自分の雇い主がどんな顔だったかなんて覚えてないさ。」
 
 ガウディが言った。突然話に割って入ったグラディスの言葉を、ガウディは落ち着いて聞いている。おそらくはその可能性もガウディは考えたのだろう。その上で、変装して子供の目をごまかしたのではないかという結論に至ったのだ。子供の死はそれがどんな状況でも痛ましい。大人はみな犯人捜しに躍起になる。それが一般の人達であっても。わざわざ町中を敵に回す必要はないだろう。その時、その人物の標的はガルガスただ1人だったのだから。
 
「なるほど、変装して顔がわからないようにすれば、後で会っても気づきもしないだろうからな。」
 
「しかしその場合、あの辺りで夜遅くまで遊んでいるような子供である可能性が出てくるな。張り込みすれば特定は出来るかもしれないぞ。」
 
 アルスが言った。
 
「なるほど、それはそうですね。だが、張り込みとなると難しいかもなあ。」
 
 グラディスが考え込んだ。
 
「そうだなあ。同じ場所でうろうろしているわけには行かないな。見回りのついでに辺りに気をつけておくくらいなら出来そうだけどな。」
 
 両親が働いていると、だいたいの場合帰りが遅い。親が帰ってくるまで町の中を走り回って遊んでいる子供はたくさんいる。
 
「しかしずいぶんと詳しく調査しているみたいだな。それに最近お前達がけんかしているという話も聞こえてこないし、仲良くさせるというほうの目的も、なんとかなりそうなのかな。」
 
 アルスがからかうように言った。
 
「あ、いやその・・・。」
 
「努力は・・・しています・・・。」
 
 たった今まで事件についての推測を話していた時とは別人のように、2人とも口ごもった。だが見たところ、2人ともとても落ち着いている。お互いが相手に対していつもいらいらしているような状態からは、少し抜け出すことが出来ているのかもしれない。
 
「それとその子供の話だけどな、もう一つ可能性のある話があるんじゃないか?」
 
「もう一つ?」
 
 セラードの言葉にガウディが顔を上げた。
 
「ああそうだ。子供なら確かに混んでいる店の中に紛れ込んでメッセージを渡すことは出来るだろう。だがもう一つ、子供ではなく、店の客達の中にそのメモを渡した誰かがいたかもしれないってことさ。」
 
「そうだなあ。その可能性は確かにあるな。あの店は立ち飲みもあるんだ。客がみんなテーブルについて飲んでいたならともかく、立ったままだと混雑度はかなり上がるからな。」
 
 アルスが答えた。
 
「なあガウディ、可能性というならもう一つ言っていいか?」
 
 グラディスが言った。
 
「ああ、どんな可能性でもあるなら検証したい。」
 
「今話を聞いていて思いついたんだが、最初から犯人が『行けなかったら次はここで待ち合わせ』って話をしていたってのはどうだ?」
 
「最初から・・・?」
 
「ああそうだ。さっきお前が言ったように、犯人がガルガスさんの座るテーブルも頼む酒の量も全部指定していたとする。その時に『この酒を飲み終わってもまだ自分が来なかったら、悪いがここの場所に来てくれないか』と言っておくわけさ。そうすればガルガスさんは頼んだ酒を指定されたテーブルに座って飲み続け、全部空になったところで席を立つ。そして犯人が指定した場所に移動して、そこから橋に向かうまでの間にさらに飲ませて前後不覚になるくらいにしておけば、メモを渡す誰かがいなくてもガルガスさんに自分の思い通りの行動を取らせることが出来る。」
 
「うーん・・・しかしそうなると、犯人はガルガスさんの飲むペースもある程度知っていたことになる。それほど親しい人物だったのかってのが鍵になるな。」
 
 ガウディはうなずいて考え込んだ。自説が必ずしも正解でないかもしれなくても、やはりガウディは冷静だ。
 
(俺ならうるさがってちゃんと聞かないだろうな・・・。)
 
 グラディスは思った。
 
「なるほど、おやっさんの交友関係は俺達もそんなによく知っているわけじゃないからな。」
 
「そうだなあ。俺達はおやっさんの飲むペースは何となく知っているが、そこまで計算出来るかとなると、ちょっと難しいなあ・・・。」
 
 アルスとセラードも考え込んでいる。グラディスの説は、ガルガスが飲む酒の量、強さ、それをどのくらいの速さで飲んでどの程度酔うか、ある程度は試算出来る必要があるのではないか。待ち合わせの相手が最初からガルガスを殺すつもりでいたとしても、彼がいつ現れるのかわからないのでは、いつまでも一ヶ所で待っていてはいずれ人目を惹くかもしれない。そこまでガルガスについてよく知っている人物となると、アルスもセラードもある程度の人数は思いつくが・・・。
 
「ある程度ゆっくり飲んでくれとか言ったと言うことも考えられますが、あんまりくどくど指示を出すと、怪しまれますからね。」
 
「そうだなあ・・・。」
 
 だがグラディスの説は一番ありそうな話だなとガウディは思った。町の中を走り回って遊ぶ子供達は、ちょっとした小遣い稼ぎが出来るとなれば、それほど難しくない頼み事は引き受けてくれる。だが関わる人間が増えれば、それだけ企みが漏れる可能性は高くなる。かと言って子供を使ったあと、後腐れないように始末してしまうと、この事件がかえって世間の注目を集めてしまう。客の誰かにメモを渡してくれるよう頼むというのも同様だ。
 
「それなら、どの説についても調べてみるか・・・。」
 
 ガウディがつぶやくように言った。
 
「だがあんまり時間はないんじゃないか?」
 
 グラディスが答える。
 
「時間があろうとなかろうと、可能性があるなら調べてみた方がいいと思わないか?」
 
「まあそれはそうなんだが・・・。」
 
 どの説も決め手に欠けて、調査にはそこそこ時間のかかりそうな説だ。中途半端に終わってしまう可能性だってある。
 
「アルスさん、あの店のマスターというのは何時頃店を開けるんですか?」
 
 ガウディが尋ねた。
 
「そうだなあ・・・。あ、そうだ。お前ら今日の夜、あの店に飲みに行かないか?」
 
「へ?」
 
「え?」
 
 アルスの言葉にグラディスとガウディは驚き、揃って間の抜けた返事をしてしまった。
 
「お、いいねぇ、それがいいな。お前達をマスターに紹介するよ。あの辺りの店の中では比較的真っ当な商売をしている店だ。仕事抜きで飲みに行くにもいい店だぞ?」
 
 セラードは乗り気だ。
 
「い、いや、事件の話を聞きに行くのに飲みながらってのも・・・。」
 
「なんだ真面目だなあ。店としても金を落としてくれる相手には饒舌になるってもんだぜ?」
 
 確かに、店が開くなり押しかけて事件当時のことを根掘り葉掘り聞いたあげく帰ってしまうよりは、まず酒を頼みつまみを頼み、飲みながら世間話のように話を聞ければ言うことがないが・・・。
 
「仕事が終わってからすぐに行けば、店の中も空いてるだろう。カウンターに陣取って話が出来るかもしれないぞ。」
 
「言うまでもないが、武装はしてくるなよ。私服に着替えて、まあ護身用のダガー程度は問題ないと思うが、身につけるなら外側から見えない場所にしておけ。」
 
 あれよあれよという間に飲みに行くことが決まってしまった。だがこれはチャンスだ。アルス達が紹介してくれれば、初対面でも変に思われることなく話が聞けるだろう。
 
 
                          
 
 
 この日は夕方まで城壁の外を見回り、夜勤の剣士達と引き継ぎをしたあとグラディスとガウディはすぐに宿舎に戻り、着替えをした。アルス達とは宿舎のロビーで待ち合わせている。
 
「お、来たな。それじゃ行くか?」
 
 アルスとセラードはもうロビーに来ていた。2人とも私服に着替えている。
 
「はい、よろしくお願いします。」
 
 グラディスとガウディは、採用カウンターにパーシバルへの伝言を頼んだ。
 
『今日の打ち合わせを延期してほしい』
 
 採用カウンターの当番剣士は『例の件で行くのか?』そうアルス達に尋ね、彼らがうなずいたことを確認して『伝えとくよ』そう言って送り出してくれた。
 
 4人で連れ立って外に出た。
 
「よし、早く行こうぜ。席がなくなっちまう。」
 
 アルスもセラードも楽しそうだ。調査と言うより、飲みに行くほうに重きを置いているらしい。グラディスもガウディも酒はいける口だが、今回のように調査の一環として飲みに行くとなると、やはり緊張する。
 
 
 店に着いた頃には、あたりはもう薄暗くなっていた。グラディスはさりげなく辺りを見回してみたが、ダスティンの姿はない。「今日のメシ」を探しにどこかに行ったのだろう。
 
「こんばんはぁ!」
 
 セラードが先に立って店の扉を開けた。思った通りまだ時間が早いせいかそんなに中は混んでいない。
 
「おやセラードさんアルスさんいらっしゃい。おや、そちらのお二人は・・・。」
 
「紹介するよ。俺達の後輩だ。」
 
「おやそうでしたか。さあどうぞ、カウンターが空いてますがテーブル席でもどこでもお好きなところに。」
 
「今日はカウンターにするよ。お前ら、それでいいな?」
 
 セラードもマスターも『王国剣士』と言わなかった。つまりそれは言わない方がいいと言うことだ。グラディスもガウディも、余計なことを言わないように気をつけなければならない。この店がいくら真っ当な商売をしていると言っても、やってくる客が全員真っ当かどうかまではわからない。下手なことを言って店に迷惑をかけるのはまずい。
 
「ご注文は?」
 
「まずはビールかな。おいお前らは好きなの頼めよ。ただし高いものは自分で払え。」
 
「え?おごってくれるんですか?」
 
「まあ誘ったのは俺達だしな。マスターの後ろに並んでいる高級酒以外、つまみの中でも『時価』の奴以外ならおごってやる。」
 
「おお、太っ腹ですね。」
 
「でもまずはビールにします。」
 
「そうだな。俺もビールで。」
 
「はい、お待ちください。」
 
 アルスとセラードは慣れているようだ。酒とつまみが来るまでの間、さりげなくマスターと『あの日』、つまりガルガスが亡くなった日の話を始めた。グラディスもガウディも、彼らの話をまずは聞くことにした・・・。
 
 
                          
 
 
 少し時間を戻してこの日の午後、お茶の時間が過ぎるのを待って、剣士団長ドレイファスは牢獄に出向いた。受付でドゥルーガー医師に会わせてくれるよう頼み、検死医の部屋に案内してもらった。
 
「おや剣士団長殿ではありませんか。どうなされたのです?」
 
「少し聞きたいことがあったのだが、時間は大丈夫かね?」
 
「ええ、どうぞおかけください。」
 
「先生も忙しいだろうから、単刀直入に言おう。先日川に落ちて亡くなった周旋屋組合の代表、ガルガス殿の検死報告書につけられた、モーガン先生のメモがなくなっていると聞いたのだが。」
 
「そのことですか。少しお待ちください。」
 
 ドゥルーガー医師は書庫に入り、ファイルを1つ持って出てきた。
 
「こちらです。」
 
 ファイルの中を開けて示されたページには、ガルガスの名前が書いてあり、検死報告書が綴られている。しかしそれだけだ。
 
「イリーナ先生から伺ってますよ。アルスとセラードがこの報告書を見に来たそうですが、何もついてないと驚いていたそうです。」
 
 
『ちょっとドゥルーガー、検死報告書のメモがなくなってるんだけど、あなた知らない?』
 
 お茶の時間の少し前に牢獄の検死医の部屋に戻ったドゥルーガー医師は、部屋に入るなりイリーナ医師にそう聞かれた。
 
『いや、知っているよ。だがその話は王国剣士も知っていることだから、私のほうでは特に何もしていないがね。』
 
『王国剣士?誰よそれ。』
 
 ドゥルーガー医師はグラディスとガウディという若いコンビがメモの紛失を最初に気づいたと言う話と、今朝王宮内の焼却炉からそのメモの燃え残りが発見されたこと、その件で話を聞きに来たのは『次期団長候補』であるパーシバルだと言うことも話した。
 
『あらそうなの。なるほどパーシバルなら、多分調査を出来るだけ進めてから報告するつもりなんでしょうね。』
 
『そうなのかもしれんな。メモが見つかったのは今朝の話だ。そろそろ報告が剣士団長室に届く頃合いかもしれん。』
 
 イリーナ医師はほっとした顔で検死医の部屋を出て行った・・・。
 
 
 
「ふむ・・・報告書が上がってきた時に見たあの分厚いメモがまるっきりなくなっていると言うことだな。」
 
「そうです。まあ今朝出てきたようですけどね。」
 
「出てきた?」
 
 怪訝な顔をするドレイファスに、もっと怪訝な顔をドゥルーガー医師が向けた。剣士団長は、そのメモの紛失と発見について確認をしに来たのではなかったのだろうか。
 
「ご存じないのですか?私はパーシバルにその話を聞きましたが。」
 
「ううむ・・・どうも最近うちの若い剣士達の動きが鈍くてね。私のところに報告が上がってくるのが遅いのだよ。この報告書の件について、少し教えてくれんかね。」
 
「それは構いませんが・・・。」
 
 ドゥルーガー医師は怪訝そうな顔を崩さないまま、数日前にグラディスとガウディという若い剣士達が訪ねてきたこと、その時にメモの紛失がわかったが、当然彼らが報告すると思っていたので自分は特に気にしていなかったこと、そして今朝、王宮内の焼却炉の中からそのメモの燃え残りが発見され、内容を教えてくれとパーシバルが来たことまで話した。
 
「なるほどそういうことか。それで、彼らが何を言っていたかは・・・覚えている限りでいいので聞かせてくれんかね。」
 
「そうですね・・・。」
 
 グラディス達が訪ねた来た時は、モーガン医師の遺体発見前の話だったので、もしかしたらモーガン医師がメモを持ち帰ってしまった可能性を話しただけでおわったそうだ。パーシバルとの話は、今朝焼却炉の中からメモの燃え残りが見つかったので、それがガルガスの検死報告書につけられていたメモそのものなのかと、もしそうならばわかる限りの内容を教えてくれと言う話だった。
 
「そうか・・・。ドゥルーガー先生、ありがとう。やっと話が繋がった。若い連中はおそらく、自分達で調べられるところまで調べてから報告をあげるつもりなのだろう。そんなに気負わなくてもいいのだがな。忙しいところ時間を割いてくれて感謝するよ。」
 
「いえ、このくらいのことでしたらいつでも。あ、それともう一つ。」
 
 ドゥルーガー医師が言った。
 
「さきほど医師会でモーガンの遺品整理をしたのですが、その半分燃えていたメモを補完出来るかもしれないノートが出てきましたので、パーシバルに渡しておきました。あとで返してくれればいいので、忘れないようにだけ伝えておいてください。」
 
 ドゥルーガー医師はパーシバルの報告が剣士団長まで行くだろうということを疑っていないようだ。
 
「わかった。いろいろありがとう。では失礼するよ。」
 
 
 
 パーシバル、グラディス、ガウディ、いずれも力のある若手剣士であり、パーシバルは次期団長となる身だ。
 
(彼らが情報を私に隠す理由は・・・。)
 
 ヒューイとパーシバルを別行動させていることや、彼らへの指示について曖昧にしている部分について、おそらくは不審に思っているのだろう。
 
(しかし・・・まだ真実を話すことは出来ない・・・。もう少し向こうの動向がわかればいいのだが・・・。)
 
 ドレイファスが隠していること、それは、今はまだ何があってもパーシバル達に知られるわけには行かないことだ。
 
「となると・・・。ただ待つか、こちらから水を向けるか・・・。どうするのがいいのかな・・・。」
 
 
 剣士団長室に戻ったドレイファスを、意外な人物が待っていた。
 
「あ、お帰りなさい。お待ちしていました。」
 
 団長室の前で待っていたのはパーシバルだった。
 
 
                          
 
 
 医師会でモーガン医師の遺品整理を終えたあとの帰り道、パーシバルは剣士団長に聞くべき事を頭の中で整理してみた。
 
(本当に聞きたいのは・・・いったい何を隠しているのかだが、それは聞いても答えてくれないだろうなあ・・・。)
 
 隠さなければならないから隠すのだ。それを聞き出すことが出来ないのなら、その答えを探るために何を聞けばいいか。
 
(だがそれを聞くためには、こちらも手の内を見せなければならない。)
 
 こちらの手の内というなら、モーガン医師の書いたガルガスの検死報告書につけられたメモのこと、そして、ガルガスが殺された日、彼が誰かと会う約束をしていたかもしれないと言うこと、そして・・・
 
(グラディス達も俺も、あのローディさんという人が襲われた事件に、団長達が関わっているのかどうか疑っているということだな・・・。)
 
 もしもそれが団長達の隠し事だというなら、それを直接聞くのは危険きわまりない。笑って否定した日の夜のうちに3人まとめてばっさり、なんてことになる可能性もあるわけだ。
 
 では全く違う話からしてみるのがいいか?
 
 たとえば『E』の目的。
 
(まあやってることを考えれば、わかりやすく『金』だろうな・・・。)
 
 ではなぜ金が入り用なのか。周旋屋達を脅し、人を使って殺しまでやらせて、金を集める目的はなんだ?
 
 『E』
 
 言うまでもない。フロリアの叔父である王位継承権第一位の『あのお方』こと、エリスティ公のことだ。どんな陰謀を企てても、確たる証拠がないのをいいことにトカゲのしっぽを切るがごとくに手下を見捨てて逃げおおせている。今回もそれで終わってしまうのだろうか・・・。
 
 『E』とて身分は公爵だ。社交界ではまだまだ新参者だが、それなりに事業も抱えているはずだし、領地からの上がりだってあるだろう。それでも足りなくて金を集めているとしたら、それはいったい何に使われるのだろうか。ローディという男の話では、周旋屋達は自分達まで干上がってしまう、と嘆いたという。つまり彼らは上げた手数料のかなりの部分を『マント野郎』を通して『E』に巻き上げられているということだ。
 
 そしてもう一つ疑問なのは、周旋屋達がなぜそんな理不尽な要求に従っているのかと言うことだ。
 
(そこまでして言うことを聞くということは、彼らはすでに引き返せないくらいこの陰謀に荷担していると言うことだ。そして・・・俺の仮説が正しければ、ガルガスさんの死因について不審に思われないために、モーガン先生を殺したということか・・・。)
 
 モーガン医師の傷はあの背中の一撃のみ。『かなりの手練れ』の仕業であることは間違いない。『マント野郎』が手を下し、夜中に死体をあの資材置き場の中の廃材置き場まで運んだのは、おそらく周旋屋達・・・。ダスティンの友人が見たという夜中に荷車を引いていた複数の人物達とは彼らのことだと思う。もっとも彼らが進んで協力するとは考えにくい。『マント野郎』に『無理矢理運ばされた』と考えるべきだろう。死体を運ぶことで、彼らはこの件に関して知らぬ存ぜぬを通すことは出来なくなった。自分達もすでに罪を犯しているのだと理解させるために、わざと・・・。
 
(くそっ!最低のやり口だな!)
 
 全くもって反吐が出そうな話だ。そして『E』と言う人物は、邪魔者を消してまた周旋屋達から金を巻き上げる。ではそれは周旋屋達にとって何か見返りはあるのだろうか。今では人殺しに関して一蓮托生であると思わされているだろうが、元々は?
 
(人殺しの片棒を担がされるなんて知っていたら、彼らは何が何でも話に乗らなかったろう。だからおそらくは、うまい話で釣り上げたと思うんだが・・・。)
 
 周旋屋達にとってうまい話、それは今回の工事に絡んだことなのだろうが・・・。
 
「そう言えば・・・」
 
 今回の工事は国家主導で行われている大規模公共工事だ。これが終わるまでは今のように周旋屋達の組合で人夫募集を継続していくことになるのだが、終わったあとはどうなるのだろう。それを不思議に思って、以前ホルムに尋ねたことがある。
 
『しかしこれだけの大規模な工事が終わる頃には、最初のほうに建てた建物や道路の修理が必要になってきそうですね。そういうのは今後王宮で直接人夫を募集するんですか?』
 
『いやあ、それは無理だろうな。私達もここの仕事の他に本業があるわけだしね。ケルナー卿が以前言っていたことがあるよ。今の周旋屋達の組合でなんとかしてもらうか、組合にこだわらず何人かの周旋屋達を王宮の直属として働いてもらうかとね。私としては、周旋屋達の協力関係にひびが入るようなことはせず、このまま組合で持ち回りと言うことにしてくれるといいんじゃないかと思うんだけどね。それに人夫達だって長いことここでの工事に携わっていれば技術が培われるわけだから、終わったら全員解雇ではなく、何かしらの形で雇えないかと思うんだよね。もっとも仕事がないのに全員雇って給料を払い続ける方が非現実的な話なんだけどね。』
 
 他の現場にいる監督官達も同じような意見だそうで、長いこと同じ職場にいれば、それなりに情も湧く。優秀な人夫もいるのだし、何とかならないものかと言う人達はいるらしい。
 
(日雇いの人夫全員というのは非現実的でも、人夫頭くらいなら雇っておくことは出来るかもしれないな・・・。)
 
 人夫頭達も元は人夫だ。彼らを周旋屋達が雇ったことにして、王宮から給料を払い、道路や建物などの修理にあたらせる・・・。
 
 でもそれは単にホルムがそうなったらいいと思うと考えているだけで、王宮ではまだはっきりと決まっているわけではない。
 
「・・・やめておくか。ここで俺1人がいくら考えても、推測ばかりだ。それよりも、この辺りの話について団長がどう考えているのか聞いてみるか・・・。」
 
 正直なところ、パーシバルはじっくりとものを考えて答えを出すのは得意だが、咄嗟にぱっと考えて、というのは苦手だ。そういう考え方はそれこそヒューイの得意分野だ。
 
「やっぱり俺は、この手の交渉ごとには向かないな。・・・この際だ、出たとこ勝負で聞いてみるか・・・。」
 
 グラディスとガウディには口止めしてあることを勝手に剣士団長に話すのは気が引けるが、彼らは今日アルスとセラードにガルガスの事件について話を聞いているはずだ。さてあの2人は、何気ない会話の中で聞いた言葉に左右されず、隠し事を隠したままにしておけるだろうか・・・。
 
(すぐに顔に出るからなあ・・・。あそこまで隠し事が苦手ってのもなかなかいないよな。あいつらはホント、隠密調査には向かないよ・・・。)
 
 もしもアルス達に気づかれたら、彼らはおそらく剣士団長に報告するだろう。あの2人は自分よりも遙かに剣士団長とのつきあいが長く、その分団長に対する信頼も厚い。
 
「となると、もしかしたらメモの話は団長に知られているかもしれないな・・・。」
 
 ガルガスがあの日誰かと会っていたかもしれないという話については、グラディス達の態度に出てしまったとしても、何かがおかしいと思われるだけか・・・。
 
 
 歩きながらふと、少し前にケルナーから聞いた『E』にまつわる話を思い出した。
 
 少し前、フロリアとの王位継承争いの際にベルスタイン公爵家から譲渡された西の方の島で、何か騒ぎを起こしたという話だった。確か島の神聖な森に居座って・・・そこいら中に穴を掘ったり木を切り倒したあげく、様子を見に行った島の長老が亡くなったとか・・・。
 
 かなり大ざっぱな話を聞いただけだが、いったい何がしたかったのかさっぱりわからず、しかもその島をいきなりベルスタイン公爵家に返すと譲渡書類まで送ってよこしたと言う話も聞いた。ベルスタイン公爵が島の人々の要請に応じて島へと渡り、事実関係の調査にあたっているという話だ。
 
 エリスティ公が関わっているので御前会議で話題にも出来ず、レイナック、ケルナー、そしてベルスタイン公爵の3人で事態の収拾のために動いているらしい。
 
(そんな話をわざわざ俺にしなくてもいいのに・・・。)
 
『そなたはいずれ剣士団長になる身だからな。知っておいて損はないぞ。』
 
 そんなことを言っていたっけ・・・。
 
 領民に死者が出るなど、本来あってはならないことなのだが、エリスティ公は素知らぬふりを決め込んでいるらしい。ではその騒動は、今回の件と繋がっているのだろうか。
 
(神聖な森を穴だらけにしたり、木を切り倒したりと言う行為と、今回の件を結びつけて考えるのは無理があるな・・・。)
 
 だがエリスティ公が碌でもない人物だと証明するには充分過ぎるほどの話だ。そしてそんな人物が関わっている今回の件は、もちろん碌でもない企みであり、その碌でもない企みの手先を務める『黒マントの男』も碌でもない人物だと言うことになる。ではその男は何者なのか・・・。
 
 それが団長、或いは副団長でないという確たる証拠が出れば・・・いや、それは無理なことだ。『あるという証拠』を探すことは出来るが『ないという証拠』を探すのは不可能に近い。それほど難しい・・・。
 
(結局は・・・俺が団長達を信じられるかどうかってことになるか・・・。)
 
 やはりここは正面から聞くしかなさそうだ。考えている時間はない。もうすぐ団長室に着く。
 
「団長、いらっしゃいますか?」
 
 団長室の扉は鍵がかかっていて、中には人の気配が感じられない。待ってみようかと思っているところに足音が聞こえた。
 
「あ、お帰りなさい。お待ちしていました。」
 
 剣士団長ドレイファスが、団長室に戻ってきた。
 

外伝13へ続く

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