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外伝11

 
「そ、それじゃ・・・アルスさん達はガルガスさんが歩いた可能性のある道を全部自分達の足で歩いたってことですか? 」
 
 驚いた顔でグラディスが尋ねた。グラディスとガウディは城壁の外を警備しながら、一緒に歩いているアルスとセラードに、ガルガスの死の調査について詳しい話を聞いているところだ。
 
「まあそういうことになるな。実際に歩いてみなければ、その道中に何かが起きているかいないか、わからないからな。」
 
「びっくりするようなことじゃないぞ。推測だけを重ねても意味がないんだ。自分の足で歩いて、自分の目で確かめる。これは捜査の基本だぞ。」
 
 アルスとセラードはいったい何を言ってるんだと言いたげな、呆れたような表情でグラディス達を見ている。つまりそれはすごいことなんかじゃなく、王国剣士として当たり前のことなのだ。それになんと、アルス達はガルガスが誰かと一緒だったかもしれないと言うことにも思い至っていたと言う。だがガルガスが歩いたと思われる道のどのルートでも、ガルガスらしき酔っ払いを見たという声はいくつか聞いたが、誰かと連れだって歩いていたという証言はついに得られなかった。
 
「店のマスターとかウェイトレスにも聞いたんですよね。報告書には書かれていないみたいですが・・・。」
 
 ガウディが首をかしげながら尋ねた。
 
「ああ、俺達がどうにもこうにも納得行かないのがまさにそこなのさ。」
 
 2人とも悔しそうだ。
 
「ガルガスさんがいた店は中がそこそこ広いんだよ。安く飲めるからいつも満員なんだよな。ガルガスさんは隅っこの席でちびちび飲んで・・・まああの人のちびちびは普通の酒飲みにとっては全然ちびちびじゃないからな、最初の注文でかなりの量を頼んだらしい。そのあとは追加があればこっちから声をかけるから、気にしないでくれと言われたそうなんだ。店が混んでくるとマスターもウェイトレスも特定の客なんぞかまっていられないが、幸運なことにガルガスさんの周りにいた客が何人か特定出来てな、その人達の話ではかなりのペースでぐいぐい煽っていたって話だ。で、しばらくしたら立ち上がって、金を払って出て行ったそうだ。あそこのマスターが言ってたよ。『足下はおぼつかないほどでしたから少し心配だったんですけどね、金を払う時のやりとりでは普通に話していたんですよ。まあガルガスさんですから、心配することもないだろうと思って気にしなかったんですが・・・。もう少し気遣っていればねぇ・・・。』そう言って泣いていたよ。空いている時はカウンターに座って、よくマスターと世間話をしながら飲んでいたらしいから、マスターとしても悔しかったんだろうな。」
 
『そんなに酔っているようでもなかった』
 
 ダスティンの話とも一致する。それにダスティンはガルガスが店から出てきた後に踏んづけたゴミ箱の臭いで臭かったとは言っていたが、ガルガス自体が酒臭かったとは言ってなかった。
 
「ガルガスさんのことだから、それなりに飲んだのは確かなんだろう。だとしても、川から引き上げた時にあそこまで臭いなんてそれはおかしいと思ったよ。店のマスターから聞いた酒の量では、どう考えてもそこまで臭くなるほどの量じゃなかったんだ。ということは、店を出た後あの橋につくまでの間にどこかで飲んだことになる。だがガルガスさんを見たという証言があったルートでは、他に店らしい店もないんだ。それに、前後不覚になるまで飲むなんてガルガスさんを知っている俺達から言わせりゃ『そんなことがあるはずがない』んだ。翌日も仕事の日だったんだから、酒臭い息で人夫募集なんてしたら、それこそ他の周旋屋達から何を言われるかわかったもんじゃない。となると、あと考えられるのは誰かに飲まされたんじゃないか。もしかしたらガルガスさんは誰かと会う約束があって、そこに向かうために店を出たんじゃないか、そして会った誰かに無理矢理飲まされたんじゃないか、そこまで考えた。だが、では誰とどこで会ったのか、それがどう調べても出てこなかったんだ。」
 
 何も出てこないのにいかにも何かありそうなことを臭わせて報告書を書いたりしたら、剣士団長から呼び出されるのがおちだ。疑念があるなら徹底的に調査をしなければならない。アルス達はだいぶ焦っていたらしい。もう少しで真実にたどり着けそうなのに、何一つ証拠らしきものが残っていない。
 
「ま、相手を殺すつもりなら、目立つ場所でなんて待ち合わせないよな。そう考えれば証拠がなさ過ぎるのもうなずけるさ。つまりそれは、犯人が徹底的に証拠を残さないように動いていたってことだ。」
 
 アルスが悔しそうに言った。
 
「そして俺達はその犯人にまんまとしてやられて、事故死という報告書を書かざるを得なかった、そういうことさ。それで納得なんて出来るはずがないからな。」
 
 セラードも忌々しげに言った。
 
「ガルガスさんを見かけたって言う証言のあったルートでも、何も出てこなかったんですか?」
 
 ガルガスらしき酔っ払いを見た、という証言が得られたルートは一つだけで、それも店を出てすぐの辺りから、少し道に入った辺りまでだったらしい。
 
「ああ、腹立たしいくらい何も出てこなかったよ。せめて誰かと会うようなことを、独り言でも言ってくれていたらなあ・・・。」
 
 セラードが言った言葉に、グラディスもガウディも一瞬黙り込んでしまった。
 
「・・・・・・・・・・。」
 
 その不自然な挙動を、アルス達が見逃すはずがない。だが2人とも黙っていた。
 
「あの・・・そう言えば、アルスさん達は昼飯は先番ですか後番ですか?」
 
 突然話題を変えたのはガウディだ。
 
(このバカ!それじゃ何かありますって言ってるようなもんじゃないか!)
 
 グラディスは思わず舌打ちをするところだった。
 
「俺達は後番だ。さっき城壁周辺を回る組と相談して、後番にするって話をしたところさ。お前達はそろそろ腹が減っただろう。すぐに昼になるから先に行っていいぞ。まだ聞きたいことがあるなら、午後に来てくれれば話してやるよ。」
 
 だがアルスは何事もなかったかのようにさらりと答えた。今のわざとらしい話題転換に、この先輩達は何も思わなかっただろうか・・・。
 
「わかりました。ありがとうございます。」
 
 歩きながら4人は西門の近くまで来ていた。グラディスとガウディは礼を言うのもそこそこに、あたふたと西門から町の中に入っていった。
 
 
「・・・どうやら、新事実が出たらしいな。」
 
 アルスがつぶやくように言った。
 
「あそこまでわかりやすい奴らもそういないよなあ。あれじゃ隠密捜査には向かないな。」
 
 アルスもセラードも笑ってはいたが、内心は複雑だった。自分達が得られなかった新しい事実を、あの2人は掴んだのだ。たとえパーシバルという実力のある剣士が面倒を見ていたにしても。
 
「どうする?」
 
「どうって・・・今からやっぱり俺達に再調査させてくれって団長に頼みに行くのか?」
 
「それは無理だろうな。だからあいつらは俺達にその新事実を知られないようにしていたんじゃないか?全く成功していなかったような気はするが。」
 
「だろうなあ・・・。再調査は出来なくても、その新事実がどんなものかは知りたいよな。」
 
「団長のところに教えてもらいに行くか。」
 
「教えてくれるかなあ。すっとぼけられそうな気もするが・・・。」
 
「再調査させてくれとは言わないから中身を教えてくれって言ってみるか。」
 
 セラードが吹き出した。
 
「お前そういうとこは図太いよな。だがいい手だ。それなら団長も教えてくれるかもな。」
 
「そう言えばパーシバルはこの間のモーガン先生の事件も調べていたはずだな。何でもパーシバルがそっちに時間を取られるからヒューイの奴がパーシバルの仕事をいくつか請け負って動いているとか。」
 
 これは最近剣士団の中で流れている噂だ。パーシバルとヒューイの別行動は特に珍しくもないが、今回の場合は特別で、パーシバルが次期団長としてふさわしいかどうかのテストも兼ねているというものだ。
 
「パーシバルも苦労するなあ。奴なら次期団長として何の問題もないと思うがな。」
 
「団長としては、パーシバルに腹を括らせるのが目的かもしれんぞ。」
 
「なるほどな。あいつのことだ、自分よりヒューイのほうがふさわしいなんて思ってるんだろう。」
 
「ヒューイの実力は申し分ないが、あんなに上下関係を無視する奴は御前会議の大臣様方には扱いにくいんじゃないか。」
 
「ははは、それもそうか・・・。でもパーシバルが扱いやすいってわけでもないと思うぞ?そんなつもりであいつを剣士団長にしたりしたら、それこそ大臣様方がエラい目に遭うんじゃないか?」
 
「それはそれで見ものじゃないか。」
 
「ははは、それもそうだ。・・・そう言えばモーガン先生の調査はどこまで進んでるのかな。ガルガスさんの検死をしてくれたのはモーガン先生だったな・・・。」
 
 
『うわ!!なんだこの臭いは!酒風呂にでも飛び込んだのか!?』
 
 岸辺に引き上げられたガルガスの遺体を見て、モーガン医師が最初に叫んだのがこの言葉だった。
 
「いい人だったよな・・・。なんで殺されなきゃならなかったんだか・・・。」
 
「ガルガスさんが亡くなって、検死をしたモーガン先生が・・・殺・・・され・・て・・・?」
 
 2人とも黙り込んでしまった。何かがおかしい。ガルガスの死とモーガンの死は、繋がっているのではないか・・・。
 
「俺達の担当でなくても、モーガン先生には世話になったんだ。後で検死報告書を見せてもらいに行かないか。幸い昨日のうちに何件か報告書を提出し終わって、少し手が空いてるからな。」
 
「それと、ガルガスさんの検死報告書ももう一度チェックしてみるか。もっとグラディス達に助言出来ることがあるかもしれん。」
 
「そうだな・・・。まずは剣士団長に談判だ。再調査させろとは言わないから、新事実について教えてくれとな。」
 
「めしの後に行ってみるか。」
 
「ああ、そうしよう。」
 
 
                          
 
 
 西門の中に駆け込んできたグラディスとガウディに、門番の剣士が声をかけた。
 
「なんだ、何かあったのか?」
 
 慌てて立ち止まり、2人は深呼吸して必死で呼吸を整えた。
 
「す・・・すみません、あの・・・昼メシの後行くところがあって・・・。」
 
 グラディスがゼイゼイ言いながらやっと答えた。行くところがあるというのは方便だ。走ってきたのはアルス達にこれ以上不審に思われないためだが、本当はもう一度アルス達に話を聞きに行く予定でいる。だがそのためには、さっき聞いた話を自分達で考えて疑問点やおかしいと思ったところをまとめなければならない。そのための時間が欲しかったのは本当だ。こんな時は本来2人で相談しあってまとめることになるのだが、グラディスは先ほどのガウディのあからさまな態度に腹を立てているし、ガウディもあれは失敗だったと思っている。しかしそれを素直に口に出したくはない。グラディスに文句を言われるのが目に見えているからだ。
 
「そうか。何もないなら、それが何よりだな。ただし、何もないのに落ち着きなくバタバタしないでくれよ。誰かが走ってきたら、みんな何かあったのかと緊張するんだからな。」
 
「す・・すみません・・・。」
 
「ま、腹が減るのも緊急事態と言えば言えるな。めしは逃げたりしないから、落ち着いて行けよ。」
 
 門番の剣士達は笑って2人を送り出してくれた。
 
 西門の中は工事現場だ。区画が決まったところでは家が建ち始めている。似たような家がずらりと建つのかと思っていたが、同じような規模の家でも、壁の色が違ったり屋根の形が違ったりしている。
 
「ふぅん、まるっきり同じ形ではないんだな。」
 
 グラディスがつぶやいた。
 
「よその家と間違わないように、少しずつ違う形にするという話だぞ。」
 
 ガウディが答えた。
 
(さっきのことは腹が立つが・・・ここでまたけんかするわけにも行かないし、黙っておくか・・・。)
 
 グラディスは門に入ったらガウディに一言言ってやろうと思っていたのだが、門番の先輩剣士達と話したり、新しい家並みを見ているうちに少しずつ頭が冷えてきていた。いつもかっとなってガウディを怒鳴って、ガウディが怒鳴り返して大げんかになる。だがどちらが悪かろうと、勤務中の王国剣士が大げんかしながら警備していたのでは町の人達まで不安がらせてしまう。
 
「しかし酔っ払って帰ってきたら、そんな些細な違いなんて気づかずに隣の家に入っちまいそうだけどなあ。」
 
「鍵を閉め忘れたりしたら大変なことになりそうだな。」
 
 ガウディはほっとしていた。さっきの「何かあります」と言わんばかりの話題転換は明らかに自分の失態だが、グラディスはそのことで怒らなかった。いや、多分怒っていたのだろうが、また往来でけんかすることになりそうだから我慢したのかもしれない。
 
「グラディス、さっきは悪かったよ。あれじゃ何かありますと言ってるようなものだったよ。」
 
(へえ・・・今日は素直だな。)
 
 謝られたのに相手を罵倒してしまったらこちらの分が悪い。
 
「いや、まあもっと前に何か気づかれたと思う。ガルガスさんが独り言でも言ってくれれば、なんて聞いて、思わず黙り込んじまったしな。」
 
「気づいただろうなあ。」
 
「団長に直談判されるかもしれないから、そのことで怒られたらとにかく頭を下げようぜ。」
 
「それしかないか。俺達は隠密調査には向かないな。」
 
「全くだ。そんな調査をしなくちゃならない状況にもなりたくはないもんだがな。」
 
 全く同じ事をセラードに言われていることなど、2人は知る由もない。
 
「とにかくめしを食おう。そのあと少し部屋に戻ってさっき聞いた話の内容を整理しようぜ。せっかく今日は1日城壁の外で届け出をしてあるんだから、出来るだけのことを聞いておきたいからな。」
 
「ああ、そうするか。」
 
 2人は王宮へと続く道を歩いて行った。
 
 
                          
 
 
 この日の朝、ダゴスは重い気持ちで目を覚ました。『あの日』からずっとそれは続いている。ダゴスは元々クロンファンラで事務所を開いていた。人夫の斡旋だけでなく、様々なところで人材が必要な時はあるので、食べていける程度の金は稼ぐことが出来た。クロンファンラではそれなりに有名になっていたので、このままここで事務所を構えていればのんびり暮らせるかもしれないな、そんなことを考えていたところに舞い込んできたのが城下町の大規模な公共事業だ。町そのものを作り替えるほどの大がかりな工事には、人を雇うための周旋屋は欠かせない。幸いダゴスには信頼出来る部下がいたので、クロンファンラの事務所をその部下に任せ、城下町にやってきたのだ。まだ早い時期だったせいか、事務所を構えるのもそれほど大変ではなかったし、近隣の町や村から一山当てるつもりで人夫に応募してくる人達はたくさんいた。だがそのうちに他の町からも、いや、南大陸の町や村に事務所を持つ周旋屋までが城下町に集まってきて、中には大きな事務所を建てて大規模な人夫募集を始める者も出始めた。そうなると面白くないのは元々城下町で事務所を開いていた周旋屋達だ。彼らは協力して、ダゴスのように他の町からやってきた周旋屋達に文句をつけた。そして城下町の外からやってきた周旋屋の募集に応じると法外な手数料を取られるとか、安い賃金でこき使われるなどの噂まで流す者が出始めた。
 
『一度話し合いをしませんか。』
 
 足の引っ張り合いばかりしてばらばらだった周旋屋達に、一軒一軒声をかけて回って話し合いをしたいと申し出たのがガルガスだ。古くから城下町に事務所を構え、王宮からの依頼も数え切れないほどこなしているガルガスが出張ってきたとあっては、どの周旋屋も話し合いに応じるしかなかった。
 
『どうです?争って共倒れになるよりも、組合を作って手数料の額を決め、月ごとに持ち回りで募集を出すというのは?今はまだ工事も始まったばかりですが、いずれ我々が全員で募集をかけなければならないくらいの仕事はあるはずです。足を引っ張り合っていたのでは大損してしまいますよ?』
 
 最初はいい顔をしていなかった周旋屋達だったが、確かにこのまま争いを続けても先はない。しばらくかかったが、最終的にみんなガルガスの申し出を受け入れ、周旋屋達の組合が誕生した。言い出しっぺとしてガルガスが組合長となり、どこからも不満が出ないよう手数料も決めた。どこの周旋屋の募集に応じても引かれる手数料が変わらないというのは、人夫達にとってありがたいことだった。こうして誕生した組合で、みんな仲良くやっていたのだ。1人の人物がその仲の良さにくさびを打ち込み、良好だった関係に大きなひびを入れるまでは・・・。
 
 一番初めにその人物が訪ねたのはガルガスの事務所だった。
 
『このまま城下町で仕事をしていくなら、王宮直属と言う立場が欲しくないか?』
 
 フードを目深に被って顔を隠し、声も変えているとすぐにわかるその人物は『E』と名乗り、自分は王宮内で力があり、自分の言うとおりにしていれば直属という立場を提供出来ると言った。その見返りとして、人夫達から受け取った手数料の一部を自分に納入しろというのだ。組合の長であるガルガスがこの申し出を受け入れれば、他の周旋屋達も追随するだろう、その人物はそう考えたらしい。
 
『王宮から出る金額は決まっているんですよ。それなのにあなたにお金を納めたら、人夫達が受け取る分が減ってしまうじゃないですか。それとも、あなたに納入するお金の分だけ王宮が賃金を上げてくれるように、あなたが頼んでくれるとでも言うんですか?』
 
 ガルガスはそう言ってその話を断ったらしい。王宮内で力があるというわりに、その人物はガルガスの質問には答えず、事務所を出て行った。
 
『・・・後悔することになるぞ。』
 
 そう捨て台詞を残して・・・。
 
 そして数日後、その人物は他の周旋屋達のところにも現れた。いや、正確には同じ人物ではなかったらしい。子供がメッセンジャーとして手紙を届けに来たこともある。夜遅くまで仕事をしていた周旋屋の事務所に、フード付きの黒いマントを被った人物が現れたこともある。だが内容はいつも同じだった。『王宮直属の周旋屋となれば、今後も仕事を失うことはない。』最初は相手にしなかった周旋屋達だったが、何度も誘いの手紙が届き、或いは代理人と称する人物が説得に来たりして、少しずつその話に惹かれ始める周旋屋が出てきた。
 
『王宮直属ともなれば、食いっぱぐれの心配はない。そうしたらもっと楽な暮らしが出来るかもしれない。』
 
 最初にその話に乗ったのが誰だったのかはわからない。だが気づけば組合に所属する周旋屋達の半分以上が『王宮直属』の言葉に惹かれて手数料を上げ始めた。だが断った周旋屋達もいた。その周旋屋達は逆に手数料を下げ始めた。ガルガスが気づいた時には、組合の中で取り決めた手数料はもはや意味をなさなくなっていた。元の手数料に戻すように働きかけたが、『E』の話に乗った周旋屋達は彼に手数料の一部を納めなければならないからと聞く耳を持たなかった。手数料を下げ始めた周旋屋達に話を聞きに行っても『あいつらが勝手に手数料を上げたんだ。俺達も勝手にやらせてもらうよ。』そう言って断られた。そしてガルガス自身にも何度も『E』からの誘いの手紙が届いた。だがどうしてもガルガスはその話に乗らなかった。そもそもガルガスは王宮からの仕事をかなりの数請け負っている。別に今更王宮直属などと言う肩書きがなくてもやっていけるのだ。
 
『そりゃガルガスさんはいいよな。ずっと食いっぱぐれがないんだろう?』
 
『元々王宮直属みたいなもんだからな。うまい汁をたっぷり吸っているんだろうさ。』
 
 仲良く組合を運営してきたはずの仲間から、ガルガスは中傷を受けるようになった。ダゴスとしては世話になっているガルガスを裏切るようなことはしたくないが、クロンファンラで開いた事務所を、城下町でもっと大きく出来るかもしれないという野心が頭をもたげていた。
 
 そのうち、『E』と名乗る人物本人は現れなくなった。手数料を受け取る時、代理人として現れるのは、いつも黒いフード付きのマントを着て顔を隠した男だった。
 
『いったいいつまでかかっている?我が主がお怒りだ。なぜ説得出来ない?』
 
 『E』はガルガスの説得をあきらめていなかった。彼がこちらに靡けば、おそらく今まで誘いを断り続けている他の周旋屋達の首を縦に振らせることが出来ると考えたからなのだが、そのガルガスはダゴス達の説得には全く耳を貸さず、一向にうんという気配がない。こうなると『E』にとってガルガスは邪魔者だ。そして、とある日の夜遅く、城下町西側の工事現場に、何人かの周旋屋が呼び出された。その中にダゴスもいた。
 
 
『・・・そなた達の足並みが揃わぬのはまずい・・・。』
 
 黒マントの男は作っているとはっきりわかる、くぐもった声でそう言った。
 
『し・・・しかし・・・あやつは頑固者でございまして・・・。』
 
 ダゴスは冷や汗を大量にかきながら必死に頭を下げた。この男の前に出ると、ぞっとするほどの寒気を感じる。
 
『ふふふ・・・頑固者か・・・。なれば力ずくでも協力してもらおう・・・・。』
 
『・・・と・・・おっしゃいますと・・・。』
 
 思わず尋ねた。力ずくでもとは・・・まさか!?
 
『・・・・その先はそなた達が知る必要のないことだ・・・。』
 
 マントの男はそこまで言うと、くっくっと笑い出した。
 
『し・・・しかしそれは・・・。』
 
 知る必要がないとは、まさかガルガスを殺すつもりなのか!?
 
『我が主は寛大ではない。そなた達が奴を説得するのを待たれはすまい。それに、今回の件が露見すれば、我らとてただではすまぬ。もっとも・・・それはそなた達も同じだがな・・・。』
 
『そんな・・・それだけは・・・。』
 
『そなた達が説得出来ていれば、その男もそんな目に遭わずにすんだのだがな。』
 
 黒マントの男は、ダゴス達の必死の懇願にも耳を貸さなかった。
 
 
『3日もすれば、状況は変わろう』
 
 黒マントの男が別れ際に言ったとおりの日に、ガルガスは川に浮いた。酒に酔って橋から落ちたのだろうと言う話に落ち着いたようだが、それが真実ではないとダゴス達は知っていた。そして数日後、ダゴス達はまた黒マントの男に呼び出された。それも真夜中だ。
 
『今度は何なんです?こんな夜中に。』
 
『そなた達が罪に問われないように、ガルガスの検死をした医師を始末して置いた。細かいところによく気がつく医師でな。この男に生きていられては都合が悪い。工事現場の廃材置き場に運んでくれ。』
 
『と、とんでもない!ガルガスさんを殺したのはあんただ!我々は人殺しの片棒を担いだりしませんよ!』
 
『ほぉ?ガルガスの件は関係ないと?そなた達も承知していたことだと思うが。』
 
 黒マントの男はあざ笑うかのようにそう言った。
 
『この医師にかかれば、ガルガスの本当の死因が暴かれる危険性がある。そうなったら疑われるのは私ではなくそなた達だ。』
 
 ダゴス達は、自分達が乗った話がとてつもなく物騒で恐ろしい話なのだと気がついたが、もう後戻りすることは出来なかった。
 
 
 死体を運ぶのに大きなたいまつなど使えない。ダゴス達はやっと足下を照らせる程度の小さなたいまつを一本だけ持ち、数人で医師の死体を荷車に乗せて廃材置き場に運びこんだ。出来るだけ発見が遅れるように廃材と廃材の間に死体を入れ、上には重い廃材を乗せた。ここはほとんど使われることがない。うまくいけば白骨化するまで発見されないだろう、それが黒マントの男の指示だった。
 
 だが・・・。
 
 ダゴス達は死体を見たことはあっても、扱うのに慣れているわけではない。それぞれが恐怖と戦いながら、とにかく一刻も早く死体を隠して立ち去りたくて、死体の手が廃材からはみ出していることに気づかなかった。何日か前にその手を人夫の1人が見つけ、駆けつけた王国剣士によってモーガン医師の死体が発見された。
 
(ガルガスさんも、あの医者も、あの男に殺されたんだ。俺達は・・・なんて馬鹿なことをしちまったんだろう・・・。)
 
 もう後戻りは出来ない。これから先、また誰かが命を落とすのだろうか。血で汚れた手で掴んだ金で、妻子を養うなんてことが出来るだろうか・・・。
 
「ガルガスさん・・・。」
 
 涙があふれた。どれほど後悔しても、何度謝っても、もう遅い。でも今だけは・・・ガルガスのために泣きたかった。
 
「ガルガスさん、すみません・・・。ガルガスさん・・・。」
 
 それでもことが露見して捕まるわけには行かない。何が何でも隠し通さなければ・・・。
 
 
                          
 
 
「団長、いらっしゃいますか?」
 
 後番の昼食を終えて、アルスとセラードは剣士団長室の扉をノックしていた。
 
「おお、開いているぞ、入りなさい。」
 
「失礼します。」
 
 剣士団長室の中では、団長が1人で書類整理をしているところだった。毎日行政局から持ち込まれる書類の山に目を通し、決済したり差し戻したり、剣士団長の仕事はほとんどが書類の山との格闘だ。
 
「今日はまた、一段と高い山がそびえていますね。」
 
 その書類の山を見て、セラードが大げさにため息をついて見せた。
 
「まったくだ。何なら一山お前に預けるから、好きなようにしてくれてもいいんだぞ?」
 
 団長はにやりと笑って書類が積まれた一つの山を指さした。
 
「遠慮しときますよ。俺達には荷が重すぎる。ところで、今話を聞いていただく時間はありますか?」
 
 アルス達と剣士団長ドレイファスとのつきあいは、アルス達の入団以来十数年だ。他の団員よりもかなり砕けた調子でやりとりするのがいつものことだ。
 
「話したいことがあるならいつでも聞くぞ。仕事のほうはちゃんと連絡してきたか?」
 
 団長は顔を上げ、持っていたペンを置いた。
 
「もちろんです。同じ場所を回っている組に、団長に相談があるから午後は遅くなると言ってありますよ。採用担当の当番にも、団長と話したいから午後から少し時間をとってもらうと言ってあります。」
 
「ならば問題ないな。相談事とは、何かあったのかね。」
 
「うーん、何かあったと言いますか、話してくれてもいいのは、俺達と言うより、団長のほうじゃないですかねぇ。」
 
 アルスが不自然なほど口角を上げてニーッと笑った。
 
「ふむ、いったい何のことかな?私は毎日つつがなく暮らしているぞ?一番の難題はこの書類の山だ。他には何も変わりない。」
 
 団長は平然としている。
 
「水臭いなあ。ガルガスさんの件ですよ。新しい事実が出たなら、俺達に教えてくれてもいいんじゃないですか?今は手を離れたとは言え、元々は俺達が調査していた案件なんですからね。」
 
「新しい事実が出たとどうしてわかる?」
 
「午前中にグラディス達に会ったんですよ。ガルガスさんの件について教えてくれと言うので、城壁の外を警備しながら俺達の調査についてはあらかた教えました。後はあいつらが疑問に思ったことでもあればそれについて答えると言うことになるでしょうね。」
 
「なるほど、頑張っているようじゃないか。あの2人から何か聞いたのかね?」
 
「何も言いませんでしたよ。団長、何か言えば我々が再調査をさせろと言い出すんじゃないかと思って、あの2人に口止めでもしたんじゃないですか?話をしているうちに、突然黙り込んだり、目線が泳いだりしてましたからね。」
 
「ふむ・・・あの2人は隠密調査には向かなそうだな。」
 
 団長がため息交じりにそう言ったので、セラードが笑い出した。
 
「俺もさっき全く同じ事を言いましたよ。」
 
「それで、どうやらグラディス達が隠しているらしい新しい事実について教えてくれと言うわけか。あらかじめ言っておくが、再調査については許可は出せない。それは変わらんぞ。」
 
「それはわかってますよ。我々はもうたくさんの案件を抱えていますし、我々が掴めなかった新しい事実を掴んだのはグラディス達でしょう。ですから今更、自分達の手で再調査をさせてくれとは言いません。言いませんから、新しい事実について教えてください。それがわかれば、俺達が調査をしていた時のことで何か思い当たることがあるかもしれません。確実な事件解決のためには使える手は全て使う、これは我々が入団当時、団長に教えていただいたことですよ。」
 
「そう言われてしまうとなあ・・・。」
 
 団長はしばらく考えていたが・・・。
 
「お前達の気持ちはわかった。確かにあの状況で解決したと考えられなかったのは理解出来る。ではその『新しい事実』をお前達に話すにあたって、私からも1つ、いや、あと2つ約束をしてもらいたい。」
 
「このまま立ち上がって回れ右、部屋を出ろという約束以外なら聞きますよ。」
 
 アルスもセラードも引く気配はない。これならば少しは当てにしてもいいかもしれない、ドレイファスはそう考えた。
 
「ははは、ここまで頼まれてそんなことは言わんよ。簡単なことだ、これから私が話すことを、パーシバルとヒューイ、グラディスとガウディに知られないようにして欲しい。もちろん他の誰にもだが。これは絶対だ。この約束を守ってくれるなら、お前達に今回出た新しい事実や、調査の進捗状況を話してもいい。」
 
 グラディス達に知られるなと言うのは理解出来る。さっきの様子を見ても、彼らが掴んだ新しい事実について自分達が知っているなどと知られたら、今後の調査では何かにつけて自分達の顔色を窺うようになるだろう。どうもあの2人は、自分達がどう動くかやどう調査するかより、自分達の調査が信じてもらえないのではないか、とか、自分達の考えをバカにされるんじゃないか、とか、自分達が周りからどう見られているか、そんなことばかり気にしている。では、パーシバルとヒューイはどうだ。あの2人になら、自分達が今回の調査で出てきた新しい事実について剣士団長に聞いたという話を、したところで何も問題はないと思うのだが、団長はどう考えているのか。その話を、アルス達は思い切って団長にぶつけてみた。
 
「うむ、お前達の言うことはもっともだ。グラディス達に知らせない理由は概ねそんなところだ。だがパーシバルとヒューイについては、ちょいとやっかいなことを頼んでいてね、その辺りも含めてこれから説明するが、あともう一つの約束というのは・・・。」
 
 その時剣士団長の扉がノックされた。
 
「失礼します。団長はいらっしゃいますか?」
 
 この声は副団長のデリルだ。
 
「おお、開いているから入りなさい。」
 
 入ってきた副団長のデリルは、アルス達がいることに少し驚いたらしい。
 
「おや、君達か。何か団長に相談事かい?私がいてはまずいなら出直すが。」
 
「いや、大丈夫だ。実は呼びに行かせようかと思っていたのだよ。ちょうどよかった。アルス、セラード、これから話すことについては、副団長にも同席してもらう。これが2つ目の約束だ。」
 
「かまいませんよ。ちゃんと真実を教えていただけるなら、誰がいようと文句はありません。それが副団長なら、それこそ俺達が文句を言うようなことじゃないですからね。」
 
「団長、いったいこれは・・・。」
 
 不思議そうなデリルに向かって、ドレイファスがアルスとセラードがここにいる経緯について簡単に説明した。
 
「なるほど・・・。しかしお前達も考えたな。確かに、お前達の手での再調査とセットで教えてくれと言われたら、ここで今すぐ回れ右して出て行けというしかないが、再調査はあきらめるからと言われたら、こちらとしても再考せざるを得ない。」
 
 デリルが笑い出した。
 
「やはりそう思うよな。私もさっきお前と同じ事を考えた。」
 
 ドレイファスが言った。
 
「しかしグラディスとガウディは頑張っているようですが、この程度の隠し事でそんなに態度に出たのでは、隠密調査は任せられませんね。」
 
 この言葉にアルスとセラード、それにドレイファスまでが笑い出し、その理由を聞いたデリルも笑い出してしまった。
 
 
                          
 
 
 先番の昼食のためにやってきた食堂で、グラディスとガウディはパーシバルに会った。
 
「何だ、お前らもこれから食事か。」
 
 パーシバルは走ってきたように息が荒い。
 
「はい、パーシバルさん、何かあったんですか?」
 
 グラディスとガウディはパーシバルに尋ねた。さっき門番の先輩剣士から聞いたように、王国剣士が走っていたらそれは何かあったと言うことだ。
 
「いや、何もないよ。今日の調査については夕方また打ち合わせよう。俺は午後から医師会だ。あちらは先番後番関係ないからな。話を聞きに行くのに遅れたらまずいと思って少し急いで戻ってきたのさ。」
 
 そう言えば、モーガン医師の遺品整理についてパーシバルがドゥルーガー医師に聞いてくると言う話をしていたことを思い出した。が、その話を口に出しそうになって、グラディスは危ういところで口を閉じた。ここは食堂だ。周りには王国剣士が大勢いる。いつもなら気にせず話を続けるのだが、万一この中にあのメモを燃やそうとした人物がいるかもしれないと思うと、いやでも慎重にならざるを得ない。それはガウディも同じで、うっかり口に出した一言がとんでもない事態を引き起こしかねないことはいやと言うほど知っている。
 
(迂闊にしゃべらない程度の判断は出来るようになったみたいだな。)
 
 一方パーシバルは、2人を見て多少は成長したようだとほっとしていた。モーガン医師の件は、調べているのがパーシバルだと言うことは誰もが知っている。ヒューイが別件で動いていて、パーシバルは次期団長としての力を現団長にテストされていると言う噂まで出回っていた。だが、モーガン医師が書いたガルガスの検死報告書につけられているはずのメモがなくなっていることと、今朝焼却炉の中で見つかったモーガン医師のメモの件を知っているのは、今のところパーシバルとグラディスとガウディ、それに、メモの内容を教えてくれたドゥルーガー医師だけだ。この件を団長に報告すべきかどうか、パーシバルもまた迷っていた。

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