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「まさか、魔法・・・とか・・・。」
 
「その通りじゃ。」
 
 長老がうなずいた。サクリフィアの民は、緑豊かな大地で凄まじいまでの魔法を操るファルシオンの人々を羨望のまなざしで見ていた。そしていつかその魔法を、その大地と共に自分達のものにしたいと考えたらしい。
 
「この杖を作るにあたって、族長は秘密裏にファルシオンから何人かの魔道師をサクリフィアに連れて来ていた。多額の報酬を約束してな。その者達が力を合わせ、苦心して作り上げたのがこの杖と、そのほかの杖を使った『反魔法の力場』の仕組みじゃ。そこまでしてその望みが叶ったというのに、選ばれし者の死によって、彼らの恐怖は頂点に達した。そのあとの話はサクリフィアの村長が語った通りじゃよ。一度は捨てた武力を欲し、放棄したはずの鉱山でまた鉱石を掘り始めた。」
 
「サクリフィアの族長は神々が出張ってくるのを恐れていたと聞きましたが、本当に神々が介入する可能性はあったのでしょうか。」
 
「いや、それはなかったじゃろう。それももしかしたら、話をもっともらしくするための創作ではないのかね。剣を人間達に授けてからは、神々は人々が選んだ道に意見したりすることはない。ただ、この大地に生きとし生ける者すべての命が脅かされるような、そんな事態にならん限りはな。そしてそんな事態になってしもうたのが、人間達が聖戦と呼ぶ戦いの話じゃよ。」
 
「・・・・・・・・・。」
 
 言葉が見つからず、私達は思わず黙り込んでしまった。
 
「さて、昔話はここまでじゃな。この杖じゃが、これがあるとお前さん方が魔法は使えんじゃろう。ここで預かってもいいのじゃが、そうすると、お前さん方がまたここに戻ってこなければならん。それも大変じゃろうから、ちょいと細工をしておこう。イグニスよ、手伝ってくれんか。」
 
「ええ、いいですよ。」
 
 長老とイグニスさんが、『サクリフィアの錫杖』に向かって手をかざした。しばらくして・・・
 
「よし、これでいい。お前さんが持っていても、魔法を使うのに支障がないようにしておいたぞ。」
 
 そう言って、長老は『サクリフィアの錫杖』を差し出した。杖のまわりには、奇妙な覆いが掛けられているような、そんな風に見える。
 
「見えるかね?」
 
「はい、何か見えない布みたいなもので覆われているような・・・。」
 
「杖の力をこの覆いの中に封じ込めたのじゃ。お前さんがサクリフィアの村長にこの杖を返した時に、この覆いは取れる。安心して持って行くがいいぞ。」
 
 私は礼を言って『サクリフィアの錫杖』を受け取った。カインと3人でという願いは叶わなくなってしまったが、エル・バールの説得がどんな結果になっても、必ず無事な姿を見せてくれと言った村長の、そしてサクリフィアのみんなの願いを、私達は叶えなければならない。
 
「よし、これでいい。あとは魔法じゃな。2人とも、どのあたりまで使えるようになっとるのかね。なんでも魔法の本をサクリフィアから借りてきたとか言うておったが。」
 
 私は荷物の中にあった魔法の本を取り出して見せた。
 
「ほぉ、なんとまあ、懐かしいものが出てきたのぉ。これはファルシオンで出版されていた魔法の本じゃよ。よく残っていたもんじゃ。」
 
 長老が目を細めた。が・・・私達は2人とも驚いていた。まさかそんな古いものだとは思わなかったからだ。
 
「保存状態がいいですね。大事に受け継がれてきたようですな。」
 
 イグニスさんも本を覗き込んだ。
 
「で、でも・・・普通の紙ですよね。そんなに持つものなんですか?」
 
「魔法の呪文を書いた本はな、一番丈夫な紙で作られておるのじゃよ。ファルシオンの民にとって、魔法は神からの授かりものじゃ。大事に後世に伝えていくためには、記録がずっと残らなければならん。簡単に朽ちてしまうような紙では、記録として役に立たんからな。とは言え、たくさんの人の手に渡って何度も使われるうちには、ぼろぼろになってしまうものじゃ。この本はおそらく、ファルシオン最後の王のころに作られたものじゃろう。千年程度なら十分持つものじゃからな。そう言うわけだから、大事にしてくれよ。」
 
「わ・・・わかりました・・・。」
 
 受け取った本が重く感じる。それほど大事なものだと、多分サクリフィアの人々は知らないに違いない。『サクリフィアの錫杖』同様、必ず無事な姿でサクリフィアの村に返さなければ。
 
「あの、教えていただけませんか。この本を預かった時から、2人で魔法を覚えようと読んでいたんですが、難易度別に書かれているわけではないらしくて、どんなふうに読み進めて行けばいいのかよくわからないんです。」
 
「なるほど。実はな、これは魔法の系統別に書かれておるのじゃよ。今のエルバール王国では系統を廃止し、気の流れを増幅させたりするだけで発動する風水術と、傷をいやす治療術の2つに分けたようじゃがの。よし、いいかね、最初から・・・ここのページまでが火、次から、ここまでのページが水、その次からここまでが風、そしてここから・・・うむ、ここまでが地の魔法じゃ。そして、そのあとに書かれているのが、地水火風どれにも属さない魔法じゃ。お前さんがサクリフィアの神殿に向かう時に使ったという結界の魔法などはこのあたりにある。そして、そのあとにあるのが、治療術と同じような効果のある、治癒の魔法じゃ。どれも風水術や治療術より短い呪文で発動するから、使ってみるといいぞ。」
 
 長老とイグニスさんは本について少し解説してくれた。系統別というのは初めて聞く言葉だが、地水火風の属性の区分けは、以前砂漠で結界を張る時に疑問に思ったことがあった。風水術というのは、魔法の呪文に少し言葉を足して、気の流れを操るだけで火や水を呼び出すので、限界があるらしい。だから、火、水、風までは風水術として魔法と区別させることが出来たが、地の魔法だけはうまく行かず、『地の風水術』は存在しないのだという。地の魔法のページを読んでみたが、簡単な呪文は風水術とそう変わりない。砂を固めて石にしたり、敵の地面を揺らす、なんてことも出来るらしい。
 
「よし、これで魔法についても理解してくれたかね。イグニスよ、お前さんは何か言うことがないかね。」
 
 イグニスさんは少し考えていたが・・・
 
「そうですね・・・。ではひとつだけ。剣士殿、セントハースから、あなたは私の力をセントハースに対して使わなかったと聞いた。その理由が、ロコをバラバラにしたような凄まじい力を使ったら、セントハースが死んでしまうのではないか、あなたはそう考え、風水術のみで戦ったそうだな。」
 
「は、はい・・・。セントハースの死を願っているわけではありませんから・・・。」
 
「セントハースは人間達の心も理解しているから、あなたの考えを好意的に受け取っているようだ。私もあなたの考えは理解できる。しかし相手によっては、あなたの考えは『相手を格下に見てばかにする行為』と受け取られる可能性もあるのだよ。」
 
「い、いや、でも・・・そんなことは・・・。」
 
「無論そんな考えがあなたにないことは承知している。だが昨日も言ったように、精霊達が必ずしも人間達と仲がいいわけでもないし、あなた達の感情や考え方を理解しないものもいるのだ。いいかね、この魔法の本はかなり良いものだ。この本で覚えた魔法は即ちあなた達の力なのだ。クリスタルミアに入ったら、その力を行使することをためらってはいけない。もしも精霊達から戦いを挑まれた時は、すべての力を使って相手を圧倒しない限り、先に進むことは出来ないだろう。むろんその『全ての力』の中には『クリムゾン・フレア』も含まれる。それだけは覚えておいてほしい。」
 
「・・・わかりました。」
 
 つまりは『必要な時には鬼にもなれる心の強さ』ということなんだろうか・・・。
 
「さてと、そろそろ出掛けんとな。陽が昇る頃合いじゃ。道を開こう。イグニス、始めるぞ。」
 
「わかりました。」
 
 私達は旅支度を調え、長老の家を出た。昨日見た時には行き止まりに見えた家の裏手へと続く道がある。私達はその家の裏手から、先に続く道へと出た。が・・・その先は森で遮られている。
 
「では、お二人にはこれを進呈しよう。ある程度日持ちのする食べ物じゃ。エル・バールを説得できれば、今後の移動についてはうまく取り計らってくれるじゃろう。だから何日か先の分まで用意しておいたぞ。」
 
 長老が包みを渡してくれた。
 
「あ・・・ありがとうございます。」
 
 私達は何と恵まれていることか。どこに行っても暖かい心に触れて、涙が滲みそうになる。
 
 
「ではそこにいてくれ。道を開いてこよう。」
 
 長老とイグニスさんは私達の立っている場所からかなり離れた、道を遮っている森の手前まで歩いて行った。そこでイグニスさんが両手を上げるのが見えた。途端にその姿が炎に包まれる。
 
「あの時の・・・」
 
 それは私達が温泉の地下で出会った、ファイア・エレメンタルの姿だった。
 
「長老、こちらの準備は出来ました。」
 
 声は今までと同じ、イグニスさんの声だ。
 
「うむ、では・・・。」
 
 長老が両手を上げた。すると・・・その姿から枝が伸び、葉が茂り、なんと・・・素晴らしい大木の姿になっていた。
 
「長老って・・・木の精霊だったのね・・・。」
 
「そう・・・みたいだね・・・。」
 
 言葉が見つからず、私達はただ長老達を見ていた。
 
「さて、始めるか。」
 
 大木の姿になった長老とイグニスさんが、何か唱え始めた。そして・・・
 
「あ・・・道が・・・。」
 
 途切れた道の先にあった森の真ん中に光が射し、そこに道が現れた。あの結界の魔法で作った道のように森の中にぽっかり開いたというより、光によって森が右と左に分かれた、そんな印象を受けた。
 
 私達が驚いている間に、長老とイグニスさんは元の姿に戻っていた。
 
「おーい、もう大丈夫じゃぞ。」
 
 長老に促され、私達はさっきまで道が途切れていた、その場所に来た。
 
「すごいですね・・・。なんだか森が両側に分かれたみたいな・・・。」
 
「森の木々はすべてわが眷属じゃからな。まあこのくらいのことはなんとでもなるわい。じゃが、この道を開くにはこの姿では出来んのじゃ。本来の姿に戻ってからでないとな。そしていかにクリスタルミアの入口を守る番人と言えど、わしが1人ではこの道を開けんようになっておる。イグニスはそのための立会人みたいなものじゃ。お、来たようだな。」
 
 長老が道の向こうを見て言った。道の向こう側は靄がかかったようによく見えないのだが、そこから誰かがやってきた。よく見るとそれは、純白のローブを身に着けた女性だった。いや、純白なのはローブだけではない。流れるような髪も銀髪、肌は抜けるように白く、とても美しい女性だ。
 
「長老、お待ちしておりましたわ。そのお2人が先日お話されていた方達ですわね?」
 
 よく『鈴をころがすような美しい声』という表現は聞くが、本当にその表現が似合うほど、美しい声だ。
 
「うむ、わしはここの番人として、このお2人がクリスタルミアに入ることを許可した。イグニスが立会人じゃ。」
 
「かしこまりました。ファルシオンの使い手と、選ばれし者達よ、わたくしは風の精霊、ヴェントゥスと申します。」
 
「よ・・・よろしくお願いします・・・。」
 
 あまりにも丁寧なあいさつをされて、私達はすっかりかしこまってしまった。そんな私達を見て、ヴェントゥスさん(・・・と呼んでいいのだろうか)は優しく微笑んだ。
 
「あらあら、そんなにかたくならないでくださいな。また剣に選ばれし者に出会えたのは光栄ですわ。わたくしも長老と同じく、人間達の滅亡など望みません。あなた達が飛竜エル・バールと出会えるよう、喜んで手助けしましょう。ただし、このクリスタルミアという地は、元々強風が吹き荒れる極寒の地です。それを人間がすごしやすいように暖かくというわけにはいきません。でも風がいつもより弱くなるようには取り計らいましょう。」
 
「ありがとうございます。十分です。」
 
「あなたは風使いの娘と同じ組織に属していますね?わが眷属から、風使いの娘の近くに剣の波動を感じたと、少し前に報告がありましたよ。」
 
「おお、やはり剣士殿の話に出てきた女剣士殿は風使いの家系かね。」
 
「ええ、コンビを組んでいるという剣士が風読みの家系とは、面白い巡り合わせもあるものだと感心していたところですわ。」
 
「ファルシオンの血は、まだまだ息づいておるのじゃな。」
 
「ええ、もちろんですわ。ところで長老、先日お話を頂いた件ですけれど、ちょっと困ったことになってしまいましたわ。」
 
「ん?何か問題があるのかね?」
 
「む?そう言えばヴェントゥスよ、あなたは確か、テラとアクアを連れてくるはずではなかったのか?」
 
 イグニスさんが尋ねた。
 
「ええ、そのつもりでしたわ。『印』は4大元素を司る精霊がすべて刻まなければ意味がありませんから。」
 
「印というのは・・・。」
 
 何のことなのかはわからなかったが、それが自分達に関していることはわかった。ここはきちんと聞いておくべきだろう。
 
「うむ、実はな、まあこれはヴェントゥスが他の二人を連れてきて、4大元素を司る精霊がすべて揃ったところで説明するはずだったのだが・・・。」
 
 長老はどうしたものかと思案しているように見える。
 
「長老、わたくしが説明しますわ。」
 
「おお、そうじゃな。お前さんの説明が多分一番わかりやすいじゃろう。」
 
 ヴェントゥスさんがくすりと笑った。
 
「ふふふ、そんなこともないでしょうけど、剣士殿、お嬢さん、説明しましょう。わたくしは風を司っておりますが、すべての風をわたくしが1人で操っているわけではありません。たくさんの眷属がおり、その者達が世界中で風を制御しております。火もそうですし水や大地も同様です。もちろん森の木々も。そしてイグニスならばすべての火、長老ならば森や木の精霊達をを束ねる立場にありますが、その眷属達はたくさんいて、中にはいたずら好きな者や、人間達をあまりよく思っていない者達も存在するのです。そう言った者達は、この森に入り込んだ人間達を排除しようとします。そこで、あなた達が無謀な冒険をしようと考える愚かな人間の類ではないということを、その者達にきちんと理解させる必要があるのです。」
 
「みんな悪気はないのじゃが、いちいち構われたのではかなわんだろうからな。」
 
「それで、『印』というのは・・・何かにつけるんでしょうか。」
 
「ええ、そうですね・・・。あなたの鎧がいいかもしれません。あなた達が、クリスタルミアの入り口の番人たる長老と、わたくし達4大元素の精霊の長に認められた者であると分かるよう『印』をつけておけば、小さな精霊達はあなた達をからかったりしないでしょう。そのために、長老がわたくし達に連絡をよこしたのです。イグニスはここで立会人となることになっていましたから、この道が開いたら、わたくしの他に、水と大地の精霊が一緒に来ることになっていたのです。昨日まではちゃんと来るという話をしていたのですが・・・。」
 
 ヴェントゥスさんがため息をついた。
 
「あの2人の事じゃから、今朝になっていきなり来ないと言い出したわけか・・・。」
 
 長老は呆れたような顔をしている。
 
「ええ・・・。でもこの2人を認めないというわけではないそうですわ。ただ、『一度やり合ってみたい』と・・・。」
 
「なるほどな・・・。あの2人は人間達に対する思い入れが強すぎるのだ・・・。おそらくは自分の目で、選ばれし者の力を見定めたいということなのだろう・・・。」
 
 イグニスさんが『やれやれ』と言いたそうに肩をすくめた。
 
「まあ、仕方ないのかもしれんのぉ・・・。水と大地は人間達にいちばん深く関わっておった。あの2人は人間達を愛しながら、国の滅亡を招いた人間達を憎んでもいた。剣に選ばれたということは、その人間が信頼に値する人物だと、それはわかっておるのじゃろう。ただ、自分の目で確かめて安心したい、そんなところかもしれんな。」
 
「やり合う、というのは、つまり・・・戦うということですよね。」
 
 また精霊と戦うことになるなんて考えてもみなかった。
 
「そういうことになる。剣士殿、先ほど私が言ったことを忘れないでくれ。精霊であれ何であれ、敵対する者は倒さねば先には進めん。」
 
 きっぱりとしたイグニスさんの口調に、この先私達が戦わなければならない精霊は、相当な腕前の持ち主なのだろうと推測できた。
 
「ではまず、お前さん方2人に『印』をつけてもらうか。あの2人は納得すれば協力してくれるはずじゃ。」
 
「わかりました。ではまず私から。剣士殿、鎧の胸当てを外してくれるか。」
 
 私は胸当てを外し、イグニスさんに渡した。イグニスさんが何か唱えると、その指先から細い光・・・いや、炎だろうか、『クリムゾン・フレア』に似ているがもう少し穏やかな炎の筋が指先から出て、私の鎧の胸当てに何かを刻んだように見えた。
 
「よし、私のほうは終わりだ。ヴェントゥス、頼む。」
 
 ヴェントゥスさんが頷いて胸当てを受け取り、同じように何か唱えると、またその指先から細い細い・・・針のような風が出て、イグニスさんが刻んだ何かをなぞるように動いた。
 
「終わりました。わたくし達が出来るのはここまでですわ。あとはアクアとテラが腰を上げてくれないことには、どうしようもありません。」
 
 そう言ってヴェントゥスさんは胸当てを返してくれたのだが、特に何か変わったところは見当たらない。
 
「その『印』はな、4人の力が揃って初めて姿を現すのじゃよ。それまでは見えんのだが、精霊達にはわかるはずじゃ。」
 
「わかりました。ありがとうございます。」
 
 とは言ったものの、実のところさっぱりわからなかった。受け取った胸当ての表面には、傷一つついていない。だが・・・
 
「あれ?」
 
 胸当てを身に着けた時、左側のほうがほんのりと暖かかった。
 
「もしかして、『印』をつけてくださったのは左側ですか?」
 
「おお、わかるのか。さすがだな。」
 
 イグニスさんが言った。
 
「いや、身につけた時に温かい感じがしたものですから・・・そうなのかなと。」
 
「あ、本当だ。この辺りが暖かいわ。」
 
 ウィローが私の胸当ての左側に手を当てて言った。
 
「ま、『印』と言っても人間達がよく使うスタンプみたいなものとは違うからのぉ。書かれておるのはお前さん方への祝福の言葉じゃ。温かいと感じてもらえるのは、うれしいもんじゃな。さて、いつまでも引き留めできんな。そろそろ出立しないと、うまいこと今夜のねぐらまでたどり着けないなどということになったら大変じゃ。」
 
「いろいろお世話になりました。あの、長老、最後に一つだけ聞かせてください。」
 
 私はずっと気になっていたことを聞いてみようと思い立った。この先私達がエル・バールを無事説得できたとしても、もう長老に会うことはないだろう。今しかない、そんな気がした。
 
「うむ、なんだね?どんなことでも聞いてくれ。」
 
「4大元素の精霊の方達のお名前を教えていただきましたが・・・長老は・・・長老のお名前を教えていただくことは出来ませんか?」
 
 誰もが長老としか呼ばない、でも名前はあるのではないか。聞いたとしても私が名前で長老を呼ぶことなどあり得ないとも思ったが、それでも、私達にとって大事な友人となったと私は思っている。せめて名前を聞いておきたかったのだ。
 
「わしの名前?」
 
 長老は大きく目を見開き、そして満面の笑みを見せてくれた。
 
「人間の友よ。わしの名前を聞いてくれるのかね。昔は名前で呼ばれていたころもあったが、今では誰もが長老としか呼ばぬ。うれしいのぉ。剣士殿、いや、クロービス殿、ウィロー殿、わしの名前はシルバという。この世界の木や森、そして植物全般の守護者じゃよ。」
 
「わかりました。シルバ長老、生意気かもしれませんが、私達も皆さんを大事な友人として、この先もずっと忘れません。ありがとうございました。」
 
 私達は心からの感謝をこめて頭を下げた。
 
「ではわたくしが少しの間先導しましょう。おそらく先に現れるのはアクアでしょうから、少し彼らについて話をしながら進むことにいたしましょう。」
 
 ヴェントゥスさんがそう言ってくれた。
 
「よろしくお願いします。」
 
「クリスタルミアの寒さは人間にとってはつらいものじゃ。無理はいかんぞ。」
 
「クリスタルミアには私の眷属はほとんどいないが、仲のいい精霊達がいる。あなた達の動向は気にかけておこう。」
 
 シルバ長老とイグニスさんに見送られ、ヴェントゥスさんに導かれて、私達はクリスタルミアへと踏み出した。

第96章へ続く

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