小説TOPへ ←前ページへ 次ページへ→



 
「ではその時の国王陛下というのは、サクリフィアに間違った話が伝わっていたとか・・・。」
 
「クロービス、それは違うんじゃないの?さっき長老がおっしゃっていたじゃないの。その国王陛下が愚か者だって。」
 
 ウィローが言った。
 
「あ、そういえば・・・。でもそうするとその王様は一体どこから・・・。」
 
 サクリフィアに正確な話がそれほど細かく伝わっていたわけではなさそうだが、それにしても妙な話だ。首をかしげる私を見て、長老は肩をすくめてみせた。
 
「お前さんの疑問ももっともじゃ。青年が王宮に現れた時、玉座は空いておった。前の王は亡くなったあとだったからな。そして新たな選ばれし者がすぐに即位できず王太子として勉強している間は、導師がその代理となる。新しい王が即位するまで、導師が統治の実践も兼ねて、王太子にいろいろと教えながら統治するというのは、よくあることじゃよ。」
 
「ではその間に何事かが起きたということですか?」
 
「何か起きたということではないんじゃがな。その王太子が王宮にやってきた時、実は一人ではなかった。父親と自称する男が後見人としてくっついてきたのだよ。生き別れの親子だったことがわかったと言う触れ込みでな。」
 
「・・・ずいぶんと都合のいい話ですね・・・。」
 
 思わずつぶやいた私に、イグニスさんが笑って言った。
 
「もちろん出任せだ。青年が剣の夢を見たことを聞きつけて、ちょっとの間でも王宮に入り込めれば、うまいものが食えるとか酒が飲めるとか、その程度のことしか考えていなかった。その男が暖炉の前でそう呟いておったと、我が眷属から知らせが来ていたからな。」
 
 旅人が野営地で熾す火も、日々の暮らしの中で焚かれるかまどの火も、イグニスさんにとって全ての炎は眷属だと言うことだった。彼らからもたらされる情報は、全て知っているらしい。
 
「それほどまでに、この剣は人々の欲望をかき立てるものになってしまっていたと言うことなんでしょうか。」
 
「そういうことだ。だが、その男が本物の父親かどうかはともかく、王宮は歓待した。王太子も『父上』と呼んで慕っていたから、その男だけを叩きだすというわけにもいかなかったからだ。そしてその男は念願通り、毎日うまいものを食べて酒を飲んで、実に楽しく毎日を過ごしていたそうだ。そのくらいで満足すればよかったのだが・・・。」
 
 イグニスさんがため息をついた。
 
「何かしたってことですか・・・・?」
 
 長老とイグニスさんが渋い表情で顔を見合わせた。
 
「明確に何かやらかしたという話ではないのだが・・・まあしたと言えばしたことになるじゃろうなあ・・・。お前さん方がサクリフィアの村長から聞いたという話の中で出てきた王というのが、その父親の事じゃよ。」
 
「え、でも剣には選ばれていなかったんですよね!?」
 
「むろんだ。ついでに言うと、その男は玉座に就いていたことなどない。その話は、そのあとサクリフィアの族長がやってきた後で作り上げられた、いわば創作じゃろう。悪く言えば捏造ということになる。」
 
「ね、捏造!?どうしてまたそんな・・・。」
 
「その時すでに前の王はなく、次期国王となるべき人物はまだまだ勉強中。だが国の運営は待ったなしだ。無論導師の指示でそちらも滞りなく進んではいたのだが、なんと言っても新しく選ばれし者が王宮に現れたことは公にされておる。そこで国民達が顔を一目見たいとか、前王に却下された願い事を今度こそ聞いてもらうための根回しとか、そんな理由で大挙して王宮にやってきたことで、当時の王宮内は陳情者で溢れていた。その男は『次期国王の父』として、陳情者などの話を聞くようになったのだよ。おそらく、最初は善意だったのだろう。誰もが忙しく働いているところで、一人だけ何もせずに酒ばかり飲んでもいられないとな。だが、話を聞きましょうと言われても、陳情者達とてどこの誰かもわからぬ者にうっかり陳情の内容など喋るわけにはいかぬ。そこでその男は『自分は次期国王である王太子の父親だから、安心して話してくれ』などと言ったらしいのだよ。それで陳情者達と話をしているうちに、なぜかその男が『次期国王』だという噂が立ってしまった。」
 
「え、本人が剣に選ばれたと嘘をついたとか!?」
 
「いや、その男もそこまで愚か者ではなかったんだが、陳情者にとっては剣に選ばれていようがいまいが、気にするほどのことではなかったのだろう。うんうんと親身になって話を聞いてくれるその男に、好感を持ったとしても無理はない。ま、剣が誰を選ぼうが、それが心正しき者ならば国の運営には特に影響がないからな。その頃には、民にとって剣も選ばれし者も、それほど重要なことではなくなっていたのじゃろう。ならばそんなものはもうただの宝物としてしまっておいて、自分達が選んだ指導者に従うことにしてもよかったと思うのだが、さすがにそこまでの勇気はなかったのだろうなあ。」
 
「でも本物の選ばれし者は、そんなに長い間勉強していたわけではないんですよね?」
 
「そうだな。勉強していたのはほんの何ヶ月かだが、その間に結婚もしたから、そこそこの時間は玉座が空いていたことになるな。」
 
「え、すぐに結婚ですか?」
 
「うむ、なんと言ってもファルシオンの王は一代限り、その者が亡くなれば剣がまた別な人物を選び出す。だから選ばれし者が王宮に来た時点で独身だった場合、候補者を募り、すぐに結婚するのが通例じゃった。その妻は新国王の即位と共に立后して王妃となる。まあ選ばれし者が男とは限らんから、女の場合は夫が大公という形で王を支えるということになるな。エルバール王国も女王陛下の場合その夫は大公と呼ばれるじゃろう?そのしきたりはファルシオンから受け継がれたものじゃろう。」
 
「そうだったんですか・・・。それじゃその即位前に国が乗っ取られてしまったということですよね・・・。」
 
「いや、それは即位してからの話じゃよ。」
 
「え?では・・・。」
 
 それもまた『創作』という名の捏造なんだろうか。
 
「玉座をいつまでも空けておくからそんな噂が立つのだと、当時の導師は考えた。全くの別人が次期国王だなどと噂されてしまうのは実に困る。そこで、王太子は予定を早めて即位して、王となった。」
 
「・・・ではどうしてサクリフィアには違う話が伝わっていたのでしょう。先ほどのお話では、その自称父親とサクリフィアの族長が手を組んで捏造したのではないかということでしたが・・・。」
 
 明らかな嘘を記録として残さなければならない、一体どんな理由があったのだろう。
 
「お前さん方がサクリフィアの村長から聞いた話は、剣が王太子を後継者として選んでいたという話じゃったな?」
 
「そうですね・・・。」
 
「サクリフィアの族長が、何番目の妻が産んだのかも、どんな顔をしているかも覚えていない娘を見つけ出して脅し、次期国王に嫁がせようとしたのは本当の話じゃ。族長の企みは『合法的にファルシオンを掌中に収めること』だった。だから、最初から娘に産ませた子供を新しい王にすると言う計画はあったのじゃよ。だが、ファルシオンの王は代々剣によって決められる。世襲など今まであったことは一度もない。それを曲げるためには、何かしらの策が必要となる、そんなところじゃろう。」
 
「あ、そうか。現国王も父親から剣を譲り受けたことにして、それを自分の子供にも譲るという形にすれば・・・。」
 
「おそらくはそういうことじゃろうな。」
 
 長老がうなずいた。
 
「ま、今になってみれば、剣はその力が衰えたわけではなくとも、もはや統治者の手にはない。だが当時のファルシオンの人々は、国王とは剣が選び出すものであり、世襲などあり得ない、そして剣は永遠にこの地にあって、心正しき者を選び続けると信じていた。サクリフィアの族長の娘が生んだ子供が、いきなり剣を譲り受けたなんて話では、国民が納得しないと思ったんじゃろう。」
 
「でも剣はともかく新しく即位した王がそんなことを許さなかったのでは・・・。」
 
 剣の力なんておそらく半分も使えていないと思われる私でさえ、近くにいる誰かの心を感じ取ることが出来るというのに、導師に導かれ、王となるべき勉強をして即位したその青年に、その程度の企みを看破することが出来なかったとは思えない。
 
「新国王が、最初からサクリフィアの企みを知っていたなら、確かに許さなかっただろうな。」
 
「え、ではどうやって隠していたのでしょう。」
 
「簡単なことじゃよ。サクリフィアの族長は狡猾だ。彼は誰にも自分の計画を打ち明けず、表向きはあくまでも『同盟関係を強固にするため』として族長の娘を側室でいいから娶ってくれるよう頼んでくれないかと持ちかけた。その話を持って行った使者も、話を聞いたその父親も何も知らず、族長からの言葉を額面通りに受け取って話を進めていたわけじゃ。族長は剣に選ばれし者の力を警戒しておった。誰かが心の片隅に考えたことでも、その気になればすべて知られてしまう可能性を考えておいたのじゃよ。」
 
「ということは、その使者はともかく父親も騙されたってことですよね・・・。」
 
「最初はな。だが彼に同情する必要はない。その父親は確かに族長の本当の企みを知らなかったが、そもそもファルシオンの王は一代限り、側室など必要ないのじゃ。だが彼は、その話を王に承諾させると引き受けた。自分の保身のためにな。」
 
「保身・・・ですか。」
 
「うむ。イグニスよ、お前さん、眷属からそんな話を聞いたそうじゃったな。」
 
 長老がイグニスさんに振り向いた。
 
「ええ・・・。導師が頑張った甲斐あって、新国王の評判は日に日に高まっていったのですが、その陰で、その自称父親は日々怯えながら暮らしていたようです。新国王だって、今では自分が本当の父親でないことくらいわかっているはず。ほんのちょっとの間面倒を見ていた程度のことで、果たして自分がいつまで王宮にいられるのか、明日にでも新国王の命令で追い出されてしまうのではないかとね。どうやら新国王は特にそんなことを考えてもいなかったらしいんですが。」
 
「そうじゃのぉ。そんな毎日を送っているところに、サクリフィアから使者が来て『サクリフィアの族長の娘を、ぜひ新国王に嫁がせたい』という『お願い』を持ち出したというわけか。」
 
「ええ、まあその父親も最初は断ったそうですがね。その時点ですでに新国王は妻を娶り、子供が生まれたところだった。妻は既に立后し、正式に王妃となっているのだから、これ以上妻を娶る必要などない。それにそもそも、その父親は国王の妃について口を出せる立場にはありませんからね。」
 
「ま、その使者としてもはいそうですかと引き下がるわけにはいかんかったじゃろうから、そこからが腕の見せ所だったのだろうな。」
 
「そのようですよ。その使者は父親にこう言ったそうです。『姫が無事ファルシオンに嫁がれた暁には、姫の後見人として何かと相談に乗ってくれないか』とね。」
 
「その話に、父親が飛びついたというわけじゃな。側室の後見人となれば、王宮から追い出される心配はなくなる。その父親の弱点を見抜き、自分達の手駒として扱えるよう丸め込んだというわけじゃ。」
 
 なるほど、その当時の族長は、単に強引だと言うことではなく、政治手腕は確かな人物だったのだろう。でも王の結婚となれば、いくら側室でもそう簡単に話が進むとも思えない。
 
「でも新国王はすんなりと承諾しなかったのではないですか?」
 
「ああ、かなり渋っとったぞ。しかもサクリフィアとファルシオンでは生活習慣、特に婚姻に関して考え方も制度も違いすぎるからな。」
 
「婚姻の生活習慣と制度・・・ですか。」
 
 どういうことなんだろう。
 
「そう、ファルシオンは基本的に一夫一妻じゃ。対するサクリフィアでは一夫多妻、男には複数の妻がいるのが当たり前の国じゃ。サクリフィアの人々はそのことを至極当たり前のこととして受け入れているが、ファルシオンの人々にとってそれは理解できないくらい『変わっていること』なのじゃよ。だからそれまで、サクリフィアとファルシオンの王家同士の婚姻はなかったのじゃ。」
 
「あ、そう言えば確かに・・・。でも元々は同じファルシオンの民なのに、どうしてそんなに違いが出たんでしょう。ファルシオンの王家は後継者問題なんてないから一夫一妻で問題ないとしても、サクリフィアはどうして・・・。」
 
 ウィローが身を乗り出した。やはりこういう話になると、女性は興味を持つらしい。
 
「うむ、ファルシオンは後継者争いなど無縁だ。王が死ねば剣は次の王を選び出す。それまでの王の妻子、つまりその時の王妃と子供は、一代限りの貴族という身分で遇されるだけで、その後政治に関わることはない。だがサクリフィアは、最初に彼らを率いて向こうに渡った男が砂漠の民の族長となり、代々その家系が統治を担っておった。この場合、後継者がいないと実に困る。だが暑い場所での暮らしは彼らの予想以上に過酷で、向こうに移り住んだ当初から砂漠の民の寿命は格段に短くなった。いくらオアシスがたくさんあると言っても、ファルシオンと同じようなわけにはいかないし、特に子供は気候の影響を受けやすい。生まれた子供が次々と死んだりして、後継者をどうするか、頭を抱えるような事態も何度か起きておるのだよ。だから時の族長は妻を何人か迎え、子供もたくさん作ったわけじゃな。それがいつの間にか、妻の数が力の強さとして考えられるようになり、代々の族長は自分がどれほど偉大であるかを誇示するために、先代と競うかの如くたくさんの妻を迎えるようになったというわけじゃ。だが迎えたからにはそれなりの生活を保障せんといかんし、ある程度定期的に通って夫婦としての務めは果たさんといかん。なかなか大変だったらしいのぉ。」
 
 エルバール王国でも、フロリア様の先々代の国王陛下の時代までは後宮制度があり、国王は正妃の他にたくさんの女性を側室として住まわせていたと聞く。エリスティ公もその側室の子として生まれた方だ。跡取りがいなくなるのを防ぐためのはずの後宮制度が、新たな跡取り争いを引き起こすというのも、なんとも皮肉な話だという気がした。
 
「だがその父親は、この国とサクリフィアとの関係を密にするために、その娘も生活習慣の違いを納得して嫁いでくるからと『息子』を説得したのだよ。この縁談を成功させれば、自分の今後の生活が保障されるわけだからな。必死だったのじゃろう。そしてその父親にファルシオンの王の説得を任せて、族長はいよいよ乗っ取りの次の段階に駒を進めた。娘が輿入れした後の護衛という名目で、サクリフィアから少しずつ腕の立つ者達をファルシオンに移住させたのじゃ。族長の言葉一つでいつでもファルシオンの民に剣を向ける、『サクリフィアの軍隊』をな。そして十分な数が移住してきたところで、お前さん方が聞いた話に出てくる『サクリフィアの錫杖』を持った使者が、公の場で王に対面したというわけじゃ。」
 
「そういうことだったんですね・・・。ではそのあと剣を妹に託して逃がしたというのは、族長の企みに気づいてからのことになるわけですよね。それは族長の娘が嫁いできてからあとの話になるんでしょうか。」
 
 サクリフィアの村長から聞いた話とはだいぶ様相が変わってきたが、いつの間にかこの話に興味がわいていた。
 
「ねえクロービス、なんだかおかしくない?私達が聞いた話に出てくる王太子が実は王様だったんでしょう?その王様の父親は血が繋がってないということだし、なのにどうして王太子には妹がいるの?」
 
 ウィローが首をかしげた。
 
「あ、そう言えば・・・。王宮に行った時点で存在していないとおかしいよね。ずっと二人で暮らしてきたのかな。」
 
「うむ、そこは嘘じゃ。」
 
「え!?」
 
 長老があまりにもさらりと言ったので私達はぽかんとして、思わず長老をまじまじと見てしまった。
 
「新しい王は天涯孤独だった。兄弟姉妹など、たとえいたとしても行方などわからんかったじゃろう。だからこそ、生き別れの父親だと名乗り出ていろいろと面倒を見てくれた『自称父親』を慕っていたのだ。たとえそれが嘘だとしても、優しい言葉をかけてくれて面倒を見てくれたら、誰だって感謝するものじゃからな。」
 
「それじゃ、剣を持って遠くに逃げたというのは・・・。」
 
「サクリフィアには、その伝わっている話の中で言うところの王太子の子供については、何一つわかっておらんということじゃったな。」
 
「はい。村長も何もご存じないようでした。剣を預かって逃げたという王太子の妹が連れて行ったかもしれないとも言ってましたけど、伝わっている話の中には何も出てこないそうです。あ、でもその新国王には子供がいたんですよね。でもその妹がいたこと自体が嘘だったというと・・・。」
 
 だんだんこんがらかってきた。
 
「結論から言うてしまうとな、剣を持って遠くに逃げたのは王の妹ではなく、妻だ。」
 
「え、それじゃサクリフィアの族長が狙っていたというのは嘘ですよね?人妻ですし・・・。」
 
 ウィローが尋ねた。
 
「いんや、そこは本当の話じゃよ。サクリフィアの族長は、新国王の妻を狙っておった。新王妃の美貌は有名だったからな。」
 
「え!?それじゃ人妻なのに自分のものにしようとしていたんですか!?」
 
 ウィローが驚いて叫んだ。
 
「サクリフィアは一夫多妻が当たり前。当然族長には数えきれぬほどの妻がいた。美しい女を見ればそれが人のものだろうが強引に自分のものにしてきたような男じゃよ。だが今回はそればかりでなく、自分の計画には実に邪魔な存在だ。娘を王妃にして生まれた子供を次の王にするためには、王妃と子供を何とかしなければならん。だから2人を秘密裏にさらって殺されたことにし、子供は本当に殺して、王妃のほうはひそかに自分の後宮に連れて行こうと考えておったらしいのだが、どうやらそれを、王に悟られたらしいな。」
 
 自分の軍隊をファルシオンに呼び寄せ、この国が手に入るのは目の前、となったところで、どうやら族長は気を緩めたらしい。王の隣に座る王妃を見て、この女をもうすぐ手に入れられるのだと、つい考えてしまったのではないかということだ。それを王に悟られた。そしてその後の王の動きは素早かった。愛する妻子と剣を守るため、王はつらい決断をすることになったのだ。
 
「妹に目をつけたっていうよりひどい話ねぇ・・・。」
 
 ウィローが呆れたようにため息をついた。
 
「サクリフィアの人達は知らないほうがいいような話ばかりだね・・・。」
 
「なあ剣士殿、一つ聞きたいんじゃが、ここでわしらから聞いた話を、サクリフィアの村長に教えるつもりでいるのかね。」
 
 長老が尋ねた。
 
「・・・サクリフィアの人達は、自分達の祖先が王位の簒奪者だったと悲しそうに言ってました。そのことはあの村の人達にとって、祖先が犯した罪であり、サクリフィアの民としての恥なんです。ですからそれが実は嘘で、もっといい話だったというなら教えたいと思いますが、ここまで聞いた限りでも、なんだかもっとよくない話のようですし、そんな話をわざわざ教えるべきはどうかは・・・。」
 
「そうじゃのぉ・・・。ま、いい話はないなあ。」
 
 長老は腕を組んで考え込んでしまった。
 
「しかし気の毒なことですな。サクリフィア代々の村長達は昔の王族の流れをくむというだけで、今ではごく普通の人々と何も変わらない。村に暮らす人々も、確かに昔のサクリフィアの人々の血を引いてはいるが、だからと言って遥か昔の祖先が犯した罪に囚われることなどないというのに。」
 
 イグニスさんが眉根を寄せた。
 
「そうじゃのぉ・・・。今のサクリフィアの人々が責任を感じることなど何もない。胸を張って日々の暮らしに勤しんでもらいたいものなんじゃがなあ・・・。」
 
「彼らに我々の声が聞こえるのなら、それとなく教えてもいいのだが、精霊の声を聞くことが出来る者が、あの村にまだいるかどうか・・・。」
 
「難しいのぉ・・・。風読みは今でもあちこちにいるようだがなあ。」
 
「風読みは声までは聞こえませんからね。」
 
「ま、聞こえたところで信じてくれるかどうかは何とも言えんしなあ。」
 
「今の時代の巫女姫にどの程度の力があるのかにもよるでしょうが・・・。」
 
 そして長老とイグニスさんが揃ってため息をついた。
 
「風読みって・・・風が読める人がいるんですか?」
 
 初めて聞く話だ。
 
「ふむ、古のファルシオンでは、風を読む者や雲の流れを見極める者などがおってな。それで天気を知り、農耕に生かしておったのだ。そう言った力は今ではほとんど失われてしまったものだが、今でも稀に風を読める者が生まれることがある。」
 
「風・・・ねえクロービス、セスタンさんとポーラさんて・・・時々風の話をしていたような記憶があるんだけど、あなたは聞いたことない?」
 
「セスタンさん達か・・・あ、そう言えば・・・。」
 
『外を旅していて、妙に胸騒ぎがする時がある。木々のざわめきまでもが、何かを訴えているような気がするんだ。今日の風は・・・何となく妙だな・・・。』
 
『そうね・・・。風が違う。いつも吹いている風よりも、何となく敵意を感じるわ・・・。これから何か起こるのかも知れない・・・。』
 
 
 ウィローに言われて思い出した。カインと私が南大陸へと向かう時、南門から出たセスタンさんとポーラさんがそんな話をしていたことがあったっけ。
 
「あの2人が風読みということなんでしょうか・・・。」
 
「まあ、エルバール王国の王国剣士ともなればそれなりに修練を積んでおるだろうから、風の違いに気づく者もおるじゃろう。だが、もしかしたらどちらか、あるいはどちらも風読みの家系かもしれんな。」
 
「あの2人がカナに赴任している間はね、天気の変わり目がすぐわかるの。2人とも風の向きや強さを予測して当ててくれるから、砂嵐の時なんてすごく助かっていたわ。」
 
 そう言えばいつだっただろう、城下町の警備をしていたセスタンさん達が、王宮のロビーに駆け込んできたことがあった。私はたまたま非番でロビーにいたのだが、2人が駆け込んできた瞬間雷鳴がとどろき、どしゃ降りになった。
 
『ふいー、ポーラのおかげで濡れずに済んだな。危機一髪だ。』
 
 セスタンさんが言って、ポーラさんが笑い出した。
 
『大げさねぇ、なんだか風がピリピリしていたから雷が来るかもって思っただけよ。あなただって言ってたでしょ。晴れてるのになぜか雨の匂いがするって。』
 
 その日は快晴だった。なんでも2人は南門の外を歩いていたらしいのだが、セスタンさんがなぜか『雨の匂い』をとらえ、ポーラさんが風がピリピリするから雷が来るかもしれないと言い出した。
 
『そりゃ言ったさ。だがこれだけの天気でまさかと思ったんだよな。でもこいつがそんなことを言い出すってことは、俺の勘も今回は当たるかなと思ったんだよ。それでとりあえず王宮に戻るかって南門から入って歩き出した途端に、真っ黒い雲がダーッと流れてきたんだ。あわてて走り出して、ここに入った途端にこのありさまだ。濡れた奴らもいるだろうなあ。』
 
 セスタンさんが外を見ながらため息をつき、ずぶ濡れになった王国剣士が次々に駆け込んできた・・・。
 
 
「ほお、どうやらその女剣士殿は風読みではなく風使いの家系らしいのぉ。」
 
「え、風使いというと、風を使役したりとか出来るんですか?」
 
「使役というより、風の精霊と仲のいい家系があってな。その家の者達は風使いと呼ばれ、嵐のときなどは風と話をして少し勢いを弱めてもらうとか、そう言うことをしておったのじゃよ。順番としては、風読みが風の流れを捉えて、それが嵐になったりする可能性があれば風使いが呼ばれ、風を説得する、という流れじゃな。精霊達と人間達が共存しておった頃は、そう言うことがあったものじゃ。懐かしいのぉ・・・。」
 
 長老が目を細めた。
 
「ま、その女剣士殿もさすがに風と話は出来んだろうが、風の精霊はかつて自分と仲良くしていた家系の者はすぐにわかるそうじゃから、それとなく風の流れを教えておるのかもしれんな。」
 
「ファルシオンの流れをくむ人達はたくさんいるってことなんでしょうか・・・。」
 
「そうじゃなあ。ファルシオンがサクリフィアに取って代わられたあと、サクリフィアの人々が移住してくるにつれて、ファルシオンの人々は国を出て世界中のあちこちに散らばって行った。だからどこにでも、ファルシオンの流れをくむ人々はいると思うぞ。たとえば剣士殿、お前さんもそうじゃ。」
 
「私も・・・ですか・・・。」
 
 急に話が自分のほうに向いて驚いた。
 
「と言うことは父もですか?剣は父が持っていた物ですし・・・。」
 
「いや、うーむ、我らは未来についてはそれほどはっきりわからんが、過去についてはある程度だが見えるものじゃ。その剣を元々持っていたのは、お前さんの母上のようじゃな。」
 
「・・・母が・・・?」
 
 これには驚いた。この剣は父がブロムおじさんに託し、父の死後私が受け取った。だから『元の持ち主は父』だとばかり思っていたのだ。
 
「どうやらお前さんの母上は、産後の肥立ちが悪くて亡くなったようじゃな。うーむ・・・。」
 
 長老は目を細め、私をじっと見つめて、『うむ、間違いない』と頷いた。
 
「お前さんがその剣に選ばれたのは全くの剣の考えによるものだが、それとは別に、お前さんの血筋は・・・エルバール王国の貴族の家に繋がっておるようじゃのぉ。」
 
「い、いや、まさかそんな。私はどこにでもいる一般庶民ですから・・・。」
 
「いやお前さんが貴族の出だろうと言うことではなく、お前さんの母上の出処がその貴族の家だと言うことさ。それも何代も遡ればの話だ。そしてどうやらその家の初代当主の夫人は、ファルシオンから逃げのびた王の子供の血を引いておるらしい。」
 
「・・・え?」
 
 なんと言っていいかわからず、私は聞き返していた。ついさっきまで、ファルシオンの話は遠い昔の、いわばおとぎ話のようなものでしかなかった。実際に起きたことだとか、その時造られたと言われる剣が自分の手元にあるとしても。でもいきなり・・・私の母がその剣に関わっていたとか、自分がファルシオンの王の子の血を引いてるとか・・・まさか・・・。
 
「ふむ・・・どうやら、王妃はファルシオンからその地に逃げのび、身分を隠して子を育てたようですね。長じた子はその土地の娘を娶り、その地で暮らしていたようだ。そして剣を代々家宝として伝え、大事にすれば家に繁栄をもたらしてくれるから、何があっても手放さないようにと子々孫々に伝えていくよう言い遺したらしい。おかげで剣は長い間大事にされていたが、時代が下り、ある時の当主が使用人の女性と愛し合い、愛の証としてその女性に剣を渡してしまったようですね。」
 
 イグニスさんが言った。
 
「思い切ったことをするもんじゃのぉ。それだけ本気だったということなんじゃろうが、結局2人の恋は周囲の理解を得られず、剣を受け取った女は愛する男の贈り物として、その剣を持ったまま姿を消してしまったわけか。」
 
「そう言うことのようですね。そしてその剣はその女の、子に孫に伝えられ、やがて剣士殿の母上が持つようになったというところでしょう。」
 
「で、でもそれは千年以上前の話・・・ですよね・・・?」
 
「うむ、確かにそうじゃ。お前さん方がサクリフィアの村長から聞いたという、最後の王が剣に命じた言葉は本当の話じゃよ。そして王は愛する妻と子に剣を託した。この剣が万一サクリフィアの手に落ちたら大変なことになるから、何が何でも守ってくれと。王妃は子と少数の伴を連れて、魔法ではるか遠くの地に逃げのびたのじゃよ。夫の、おそらくは最後となるだろう願いをなんとしても遂行し、その血を受け継ぐ子を何がなんでも一人前に育て上げようと心に決めてな。」
 
「それじゃ・・・王様と王妃様はそのあと二度と会えなかったんですか・・・?」
 
 ウィローが尋ねた。なんだか泣きそうだ。
 
「そうじゃなあ。その後二度と会うことはなかったようだなあ。王と王妃は慕い合っておったし、子供はまだ小さかったから、王にとっても王妃にとっても、断腸の思いでの別れだったであろうよ。」
 
「そんな・・・族長の陰謀のせいでそんなひどい・・・。」
 
 ウィローはその王と王妃にかなり感情移入してしまったようだ。
 
「ところが世の中、思いがけないことは起きるもんじゃ。妻子を遠くに逃がし、すっかり気落ちした王の元に、サクリフィアの族長の娘が嫁いできた。この娘は父親の企みを知っておったから、国を乗っ取る準備が出来るまでなんだかんだと理由をつけて輿入れを先延ばしにしておったわけだが、サクリフィアの族長としても、女は手に入らなくなったわ王の証たるべき剣はどこかに行ってしまったわで、すっかり腹を立てておった。そこで娘を王の寝所に送り込んで、王妃と剣の行方について、床の中でうまいこと聞きださせようとしたわけじゃな。ところが、この娘は父親の企みを知っていただけではなく、父親を憎んでおった。寝所で初めて出会った王と族長の娘の会話の内容は、大体真実じゃよ。」
 
「ではその、思いがけないことというのは・・・。」
 
「剣に選ばれし者には、生涯の伴侶が運命づけられているものじゃ。それがどこの誰かはわからずとも、必ず出会って添い遂げることになる。そしてその王の生涯の伴侶は、なんと泣く泣く別れた王妃ではなく、サクリフィアの族長の娘だったのじゃよ。」
 
「え!?そんな、政略結婚なのに!?」
 
 ウィローが驚いて叫んだ。
 
「そうじゃなあ。確かに出会いは政略結婚じゃ。しかし族長の企みによって、王は妻子と今生の別れをする羽目になり、娘は相思相愛の仲だった婚約者を殺された。考えてもみてくれ。お互い愛する者とは二度と会えぬ身じゃ。しかもそれはサクリフィアの族長がファルシオンを乗っ取ろうなどと考えたことに端を発しておる。つまり二人とも族長の被害者というわけじゃ。王の寝所で出会ってから、2人は次第に心を通わせるようになった。そして王妃となって子を産んだ族長の娘は、王が亡くなる最後の時まで、そばに寄り添ったという事じゃよ。」
 
「最期の時、王は自分がふがいないせいでこの国の滅亡を招いたのだと嘆いていたそうですよ。あの王は確かに剣に選ばれし者としての資質は十分だったが、あまりにも優しすぎたのではないかと私は思ってるんですよ。剣は心正しき者を選び出す、それについては間違いなく彼は心正しき者だったでしょう。ですが、統治者に必要なのは正しさばかりではないでしょう。必要な時には鬼にもなれる心の強さもなくてはならなかったのではないか、あの王にはそれが欠けていたのではないか、私はあの時そんな気がしたものです。」
 
 イグニスさんが言った。
 
『必要な時には鬼にもなれる心の強さ』
 
 それが私にないと、カインに言われたことがあった・・・。
 
「うむ、確かにあれは優しい男じゃった。王などにならなければ、貧しいながらも結婚して普通の人生を全う出来ただろうになあ。」
 
 長老は懐かしそうに目を細めた。そして私に向き直り
 
「さて、剣士殿達には長々と年寄りの昔話を聞かせてしもうたな。今までの話の通り、サクリフィアに伝わっている話にはいくつかの嘘と作り話も含まれておるが、彼らがそうと信じているのなら、お前さん方が気にしても仕方あるまい。我らはせめて、この先彼らが胸を張って生きて行けるよう、巫女姫を通じて助言でもしておこうではないか。彼らが信じるかどうかはともかく、聞いてしまってはわしらも黙っているのは気が引けるからな。次の話に移ろうか。お前さんの持つ剣のな。」
 
「あの、その前に、その時の導師はどうなったのでしょう?」
 
「ああ、お前さん方、神殿で会ったじゃろう?」
 
「え!?あの人が・・・。」
 
「あの男は結果としてファルシオン最後の導師となってしもうた。それも自分の力不足のせいだと自分を責めて、病の末に亡くなったのだが、どうしてもこの後の行く末を見守りたいと、死の間際に神々に祈ったのだ。その願いは聞き届けられ、あのような形で神殿にとどまることになったというわけじゃ。」
 
 一人の人間の邪な心がたくさんの人を不幸にしてしまったのか・・・。何とも悲しい話だ・・・。
 
「さて、剣の話に戻ろうかの。なあ剣士殿、お前さんの剣をちょいと見せてくれんかね。あ、いや勘違いせんでくれ。別に物の真贋を見極めようなんて事ではない。我らは剣が近くにあればその波動を感じることが出来るからな。ただ、お前さんの剣がセントハースの瞳を貫いたと聞いたもんでな、何か変化は起きているか、それを見せてもらいたいのじゃよ。」
 
「え、セントハースの?」
 
 ウィローが驚いて振り向いた。
 
「あれ、言ったことなかったっけ?クロンファンラでね、初めてセントハースに会った時の話だよ。」
 
「その話は聞いたけど、戦って撃退したとしか・・・。」
 
「ああ、そうか・・・。そんなに詳しい話はしていなかったかもしれないね。」
 
 これで死んでも悔いはないと、あの時は信じて私はセントハースの瞳めがけて剣を突き刺した。でも私は死ぬこともなく、こうして生きている。今思うと冷や汗の出そうな出来事だ。私は腰の剣を剣帯ごと外してテーブルに置き、鞘から抜いて置いた。
 
「あれ、すごい光ってる・・・。」
 
 セントハースの瞳を貫いたあと、大分長いこと剣は輝いたままだったのだが、次第のその輝きは失われ、今ではごく普通の剣にしか見えなかったのだが・・・。
 
「我らがここにいることを察知しておるのだろう。ふーむ・・・どうやらこちらのお嬢さんもその時の詳しい話は知らないようだし、改めてわしらにも教えてくれんかね。」
 
 私は初めての東部巡回で泊まったクロンファンラで、明け方にセントハースが襲来して戦ったのだという話から、その後強烈な思念を受け取った私が吐いて気を失ってしまい、宿屋で目覚めたと言うところまで話した。その時にライザーさんが
 
『セントハースと戦ってその瞳を差し貫いたことで、何かの封印が解けたのかも知れない。君はセントハースの瞳が輝いたと言ったけど、もしかしたら輝いたのは剣のほうかも知れない』
 
 そう言っていたところまで。
 
「ほお、その先輩剣士殿はなかなか冴えておるのぉ。」
 
 長老が笑顔で言った。
 
「え?」
 
「この剣がお前さんを主人に選んだのはまさにその瞬間なのじゃよ。町の人々を救うために、自分が命を落としてもやらなければならないと心に決めて、お前さんは向かっていったのじゃろう?その心根を剣が認めたというところじゃろう。剣は今までの『ごく普通の剣』の殻を脱ぎ捨て、本来の姿に戻ったのじゃ。その先輩剣士殿の言うように、輝き出したのはセントハースの瞳ではなく、剣のほうだったのじゃよ。」
 
「そうだったんですか・・・。あ、でも・・・。」
 
 それでは私が小さなころから見ていたあの夢は・・・。
 
「疑問に思うことがあれば、何でも聞いてくれ。わしにわかることで隠し立てはせんぞ。」
 
 私は小さいころからずっとフロリア様の夢を見ていたことを話した。誰かの身に起きたことを追体験するという不思議な力は、シェルノさんに会って初めて『思念感知の能力』というものであることが分かった。剣が私を選んだのが、あのセントハースとの戦いの最中であったなら、あの能力と剣の力は別物なのだろうか。
 
「その力はファルシオンの末裔に時々見られるものじゃな。さっき話に出た風使いの剣士殿と同じようなものじゃよ。夢を見ていたのは小さい頃からでも、誰かの声が聞こえるようになったりしたのは、セントハースと戦った後からじゃろう?」
 
「は、はい・・・。そう言われれば・・・。」
 
 ライザーさんやエミーの声が聞こえたのは、セントハースとの戦いの後、南大陸へと向かう前だ。
 
「お前さんはファルシオン最後の王の血を引いておるせいか、他の末裔達より力が強いようじゃな。剣はそれを察知して、お前さんの近くに留まっておったのだろう。そしてセントハースとの戦いでお前さんの心根が見えたことで、剣はついに仕えるべき主人を見つけたのじゃよ。」
 
「もしもそのことがなければ、いずれこの剣は剣士殿の手を離れてしまったことでしょうな。剣が主人とするにふさわしい剣士を探し求めて。」
 
 イグニスさんが言った。
 
「そうじゃな。ま、今の時代に剣に選ばれたとて、王になれるわけではない。どちらかというと厄介事を背負い込むはめになったというところかもしれんが・・・。」
 
 長老とイグニスさんはしばらく剣を見つめていたが・・・
 
「剣士殿、先ほどの問いに答えよう。命を落としたご友人とこちらのお嬢さんは、この剣が剣士殿に課した試練に巻き込まれたのではないか、そう言うておったな?」
 
「はい。」
 
「まず言うておく。わしらは剣が何を考えているのかはわからん。おそらくは神々でさえわからんだろう。だから、剣がなぜこんなことを決めたのかと問われても答えられんのだが、剣が決めたことは何なのか、どんなことなのか、それはわかる。」
 
「それだけで充分です。今まではまったく雲を掴むような話ばかりでしたから。」
 
 そもそも剣とは本来「物」でしかない。それが何かを考え、行動するなんて聞いただけで首をかしげることばかりだ。
 
「そうじゃなあ・・・。この剣が試練を課したのはな、お前さんだけではないのだよ。あんたのご友人も、このお嬢さんも、あんたと共に運命の輪に組み込まれているのじゃ。」
 
「運命の・・・輪・・・ですか・・・。」
 
「うむ。ちょいとさっきの話に戻るが、ファルシオン最後の王は、剣に生涯最初で最後の命令を出した。それはサクリフィアの村長が語った通りじゃ。」
 
『いつかこの大地に再び混乱がもたらされた時、必ずや姿を現し、そなたを制する者と共に世界に安寧をもたらすように。そしてその時まで、決して表舞台に出てきてはならぬ』
 
「その命令に従って、剣は一度表舞台に出て来ようとしたことがあった。それが200年前の戦いじゃ。だが剣を持つべき者は剣と出会えないまま、それでも誠心誠意、飛竜エル・バールを説得してみせた。そしてこの時代、再び未曾有の危機を剣が察知した、それは間違いないと思う。ここからはまあ推測だが、剣は時代が変わったことを知っているのじゃろう。剣が姿を現し、その主人を選んだところで、それだけで世界の危機を救うことが出来る時代はもはや過ぎ去ったのだと。それでも剣は主人を選ばねばその本領を発揮することは出来んからな。お前さんの剣として使われながら、自分が仕えるにふさわしい剣士を捜していたのだろう。そしてそれは思いがけず身近にいた。さっきの話では、セントハースと戦った時はそのご友人もいたと言うことじゃったな。」
 
「はい、仕事で行ってましたから。」
 
「この危機を乗り越えるには、仲間が必要だと判断したのかもしれんよ。選ばれし者が王として君臨するなら、その傍らには導師がいるだろうし、生涯の伴侶もいることだろう。何より当時のファルシオンには優秀な魔導師達が大勢いた。その時代ならば、剣は主人一人を見つけるだけでよかった。だが現代の選ばれし者には、導師どころか剣について何がしかの知識を持った者さえ誰もいない。たった一人で剣の謎を解き明かし、たった一人で世界の危機に立ち向かう、冒険小説ならそんな展開もあるだろうが、実際問題として考えたら、これほど非現実的なこともあるまい?」
 
「それは・・・確かに・・・。」
 
 私がここまで来れたのは、カインとウィローがいてくれたおかげだ。たった一人では、今頃生きていたかどうかさえ分からない。
 
「そこで、共に戦う仲間としてそのご友人とお嬢さんを選び出した、そんなところじゃないかのぉ。」
 
「とういことは・・・カインとウィローは最初から剣に選ばれていたと・・・そういうことなんですか?」
 
「そういうことじゃ。『なぜ』の部分については、さっきも言うたように本当のところはわからんから推測じゃが、剣に試練を課せられたのは、お前さん方3人じゃった、これは間違いないことじゃよ。剣が使い手として選んだのはお前さんだが、他の2人は巻き込まれたわけではないのだよ。剣が選び出すということは、その人物が間違いなく心正しく、この世界を平和に導いてくれるということだ。まあ・・・」
 
 長老は一度言葉を切り、小さくため息をついた。
 
「当人にとっては、迷惑千万かもしれんがな・・・。」
 
「だ・・・だけど・・・あの、迷惑なんてことはないけど・・・でもクロービスが剣に選ばれたのがその時だとしたら、私はまだ知り合ってもいなかったのに・・・。」
 
 あまりにも思いがけない話に、ウィローが戸惑っている。無理もない。今まで剣に選ばれたのは私だけのはずだった。だが、実は自分も当事者だったなんて、いきなり言われたところでそんなに簡単に納得なんて出来ないと思う。
 
「おそらく剣は、知り合いかどうかなんてことは全く考慮しないのではないかのぉ。剣が見定め、運命の輪に組み込まれてしまえば必ず出会うものじゃからな。残念ながら一人欠けてしもうたが、お2人にはぜひ飛竜エル・バールの説得に成功してほしい。」
 
「あの・・・ではもう一つ、わかるなら、ですけど、教えてください。」
 
「うむ、何じゃね?」
 
「カインとウィローが、私に巻き込まれたわけではないのはわかりました。では・・・カインは・・・試練に負けたんでしょうか。それで命を落としたんでしょうか・・・。」
 
 カインが試練に負けたから、だから命を落とす運命にあった・・・?そして剣自らカインの命を奪った・・・。私という使い手を動かして・・・。
 
(そんな風に思いたくないけど・・・。)
 
 
「うむ・・・そうじゃのぉ・・・。」
 
 長老はしばらく考えていたが・・・
 
「・・・負けた、と言う言い方は、正しくはないというところか。彼は試練に立ち向かった。それは間違いない。じゃがうまくいかなかったことも確かじゃ。ではそれで命を落としたのかと聞かれたら、そうではないと答えるじゃろう。彼の死には、いくつもの複雑な要素が絡んでおる。正直わしらにも見通せぬ部分があるのじゃよ。ただ、一つだけ気になることがある。お前さん方の森での戦いを見ていた我が眷属から聞いたのだが、あの赤毛の剣士殿の姿が、よく見えなかったと言うておった。」
 
「よく見えないとは・・・。」
 
 カインの姿かたちは、あんなにもはっきり見えていたというのに。
 
「精霊の目というものは、お前さん方人間の目とはいささか違う作りになっておってな。人間が言うところの姿かたちとは、また違うように見える場合もあるものなんじゃよ。お前さんとそちらのお嬢さんはごく普通に見えたのに、後から追ってきた若者の姿かたちが、何かに覆われているような、妙な見え方をしていたと言うておった。そこでわしも、その者の目を通してその時の情景を見てみたのじゃが・・・何と言うかのぉ、ご友人の周りにだけ、靄がかかっているようだったのじゃよ。じゃがその、靄の正体が判然としない。ただ分かったのは、ご友人本人がかけたものではない。おそらくは誰かがかけたものなんじゃろうが・・・。」
 
 精霊の心の中まで私が見ることが出来るかどうかはわからないが、長老が嘘を言ってないことだけはわかる。ただ、なんとなく迷っているような気がしたのは、『精霊にも見通せない何か』が気になるのか、それとも、何もかもすべて話せるわけではないからなのかもしれない。
 
「わかりました。いろいろと教えていただいてありがとうございました。」
 
 例えここではっきりとした答えが聞けたところで、事実は変わらない。カインの喉を私が切り裂いたのだという事実は・・・。
 
「もう遅い時間じゃな。この家には時計などないが、ある程度の時間はわかるものじゃ。そろそろ夜中になるじゃろう。風呂に入って寝たらどうかね。」
 
「え!?お風呂があるんですか!?」
 
 ウィローが驚いて尋ねた。
 
「無論じゃよ。ここにはたまにじゃが村の者達も泊りに来るからの。ま、立派な建屋などはないが、簡単な囲いと屋根はあるから、のんびり入れるぞ。こんなところまで来る旅人もおらんから、覗かれる心配もないしの。」
 
 長老が笑った。
 
 
 思いがけずお風呂にも入れて、私達はすっかり落ち着いた気持ちで、長老が用意してくれた部屋に来ていた。村の人達が結婚や出産の報告に来た時などに、たまに泊って行くのだそうだ。部屋はいくつかあるらしい。私達が案内された部屋も、とても暖かい、居心地のいい部屋だ。
 
「あんなにいいお風呂に入れると思わなかったわ。」
 
「そんなに頑丈な建物でもないのに、全然寒くなかったね。」
 
「それもイグニスさんのおかげなのかしらね。」
 
「でもまさかあの時のファイアエレメンタルがなぁ・・・。」
 
 人の姿で現れるなんて、考えてもみなかった。この世の中で自分が知っていることが、実はほんの一部でしかないのだと、思い知らされることばかりだ。
 
「ねえクロービス。」
 
「なに?」
 
「・・・ごめんなさい。」
 
「・・・なにが?」
 
「あなたのこと・・・私、信じてなかったのかもしれない・・・。」
 
「心配してくれただけじゃないか。」
 
「心配はしていたわ。だけど、つまりはあなたにそんな力はないって思ってたわけだし・・・。」
 
「それは仕方ないじゃないか。ちっとも力があるように見えないんだから。」
 
 私は大げさに肩をすくめてみせた。
 
「そ、そういうことじゃ・・・。」
 
 ウィローは何か言いかけたが、笑い出してしまった。
 
「もう!真面目に話してたのに!・・・でも・・・私ね、さっき長老の話を聞いた時、なんとなくわかったのよ。私は多分、不安だったんだろうなって。」
 
「・・・・・・・・・。」
 
「伝説の剣を受け継いだあなたが遠くに行ってしまいそうな、そんな気がしたのかもしれない。だから、早く手放してくれればっ、なんて思ってたのかもしれないわ。だけど・・・まさか私まで、剣に選ばれていたなんてねぇ・・・。」
 
 ウィローがため息をついた。
 
 
『自分も剣に選ばれていた』
 
 ウィローは思いがけない事実に戸惑っている。そしてカインも同様に選ばれていたことに、私も驚いていた。
 
(カイン・・・。)
 
 カインのことを思い出せば、今日の昼間の悪夢がよみがえる。いや、悪夢だったならどんなにいいか。夢はいずれ醒める。だが・・・これは紛れもなく事実なのだ・・・。そう思う一方で、私の中の何かがその『事実』を受け入れることを拒否している。夢であってほしいと、そう願っている。ただ、気になるのはさっき長老が言っていた言葉だ。カインに何か靄がかかっているようだったと・・・。
 
 カインの死については何かまだ知らないことがあるような気がする。だがここに来るまでの時のように、不安ばかりが胸を締め付けて考えが悪いほうに行ってしまうようなことはもうなかった。長老は、翌日の朝、出立前にクリスタルミアについて少し話をしてくれると言った。私達がちゃんとエル・バールの元にたどり着けるよう、心を砕いてくれているのがわかる。
 
「必ずエル・バールを説得しよう。」
 
「もちろんよ。これからもこの世界が続いていけるように。」
 
 眠る前に、ウィローとそう約束した。いつの間にか世界の命運が自分達の肩にかかっていることにはまだ戸惑いがあるが、私達が動くことでこの世界がこれからもずっと続いていくなら、何が何でも頑張ろうと、2人で誓い合った。
 
 
 翌朝・・・
 
 
 長老は私達のために食事を用意してくれていた。昨夜とはまた違う温かい食事に、私達は心から感謝しながら食べ終えた。
 
「さて、出立の前に少し話をしようかの。」
 
 食後のお茶を飲みながら、長老が言った。
 
「お前さん方のために地図を用意しておいた。簡単なものだが、迷わずにエル・バールの眠る場所へと辿り着けるじゃろう。」
 
 長老から渡された紙は、手書きの地図だった。確かにそれほど詳細な地形があるわけではないが、元々手探りで進むつもりでいた。この心遣いはとてもありがたい。よく見ると、2ヶ所ほどに印が付いている。
 
「それで、ここと、ここに印が付いておるが、ここには大きな木のうろがある。エル・バールの元までそれほど距離はないのだが、寒い場所での行軍はそう簡単に進めんことも多いだろう。いいかね?夜は絶対に無理して進んではいかんぞ。どちらも安全に休める場所だから、暗くなる前に必ずそこに入るのじゃ。入口は筵で塞げるようにしてある。そして、一度入ったら何があっても明るくなるまで外に出てはならん。クリスタルミアは神々と精霊の領域じゃ。お前さん方だけでなく、人間そのものを毛嫌いしている精霊もおる。そう言う輩はうろの中まで入り込むことは出来んから、夜はそこでしっかりと休んで、朝になったらまた進みなさい。」
 
『神々と精霊の領域』
 
 ここはそう言う場所なのだと頭ではわかっていたつもりだが、その精霊の中でもおそらくはかなりの高位にあたると思われる長老の言葉は重みがある。
 
「それとお前さん、昨日話に出た、サクリフィアの者が昔作った錫杖を持っとるじゃろう?見せてくれんかね。」
 
「は、はい。これですが・・・。」
 
 私は荷物の中から、『サクリフィアの錫杖』を取りだした。
 
「ふむ・・・。」
 
 長老は手にとって、しばらく眺めていた。イグニスさんも隣で見ている。
 
「サクリフィアの者が作ったにしては、出来は悪くないようですな。」
 
「そうじゃのぉ。じゃが、こんなものは現代に必要のないものじゃ。本当なら破壊してしまいたいんじゃが・・・。」
 
「壊さなければならないほどよくないものなんでしょうか。」
 
 サクリフィアではこの錫杖を村の宝として受け継いでいきたいと考えている。だがそうすることで村全体に災厄が広がるようになことになるのであれば、考え直してもらうしかないかも知れない。
 
「おお、そう言えばお前さん方、これをサクリフィアの村長に返しに行く約束をしているそうじゃな。」
 
「はい、これが作られた経緯はともかく、現代においては村の宝だからと。」
 
「まあ、確かにもう今の時代にこんなものは作れんじゃろう。当代の村長はよき人物のようじゃし、単なる宝物として受け継がれるならば問題はないのじゃが・・・。」
 
「昨日の話では、この杖を実際に使った時の話はあまり詳しく伺えませんでしたけど・・・。その時の話というのは、サクリフィアに伝わっている話そのままなんでしょうか。」
 
 夕べは時間が遅くなってしまったので、その辺りの詳しい話は聞くことが出来なかった。
 
「うーむ・・・そのままではないが、間違っているというわけでもない。実はな、この杖には確かに魔法を霧消させる力が封じ込められているのだが、これ一本持っていたところで、それだけならファルシオンを乗っ取るなどという大それた大望を成就できるほどの力はないのじゃよ。」
 
「え、それじゃまさか何本もあったとか・・・。」
 
 そこまでの話は、サクリフィアに伝わっていないはずだ。
 
「同じものではないが、似たような杖はあと数十本造られていた。そして他の杖は、族長の娘の輿入れに備えた護衛という名目でファルシオンに来ていたサクリフィアの・・・ま、兵士じゃわな、その者達が持っていたのじゃ。彼らは町の各所に住んだ。表向きは人当たりのいいサクリフィアからの客人として。この杖の仕組みはな、これに向かって魔法が放たれた時、瞬時にその情報が他の杖に伝達される。そして杖同士が共鳴し合い、その場所に『反魔法の力場』を作り出すのじゃ。」
 
「反魔法・・・え、それじゃその中では一切の魔法が使えなくなるってことですか?」
 
「うむ、ファルシオンの民にとって、魔法は日常的なものじゃ。それが一切使えないなどということになったら大変なことになってしまう。当時謁見を申し出た使者は、この杖を隠し持っていた。そしてわざと魔道師に魔法を使わせたのじゃ。その魔法は使者の前で消えてしもうたが、その瞬間町の中に『反魔法の力場』が出現した。突然魔法が使えなくなった町の人々は驚き、あちこちで騒ぎが起きた。その使者は、魔法を霧消させる力場を作り、王都の機能をマヒさせることも出来る、そう言って王を脅したのじゃよ。そんな事になれば民の暮らしが立ちゆかなくなるどころか、へたをすれば死人が出るほどの騒ぎになる可能性もある。そこで当時の王は、サクリフィアの要求を呑んだのじゃ。じゃが、当時のサクリフィアの族長は、その話を公にはしたくなかったのじゃろう。そこで後世には、サクリフィアの錫杖の力を恐れた民思いの王が苦渋の決断をしたかのごとく、話を作って伝えたのかもしれんな。」
 
「では他の杖も、今でも存在しているのでしょうか。」
 
「いや、当時のサクリフィアの族長によって、すべて破壊されたようじゃ。ファルシオンがサクリフィアと名を変えた後にな。」
 
「え、でもどうして・・・。これは言わば、ファルシオンの魔法に対抗するための切り札だったはずですよね。あ、それとも、ファルシオンを乗っ取るという目的は達成できたから、とか。」
 
「いや、そう言うわけではない。お前さん方、サクリフィアの族長が、なぜそこまでしてファルシオンを乗っ取りたかったと思う?自分とて立派な国の王じゃ。サクリフィアの大地は厳しい自然の中にあったが、豊富なオアシスに支えられておる。ファルシオンほどではなくても、サクリフィアにだって『緑豊かな大地』がなかったわけじゃない。じゃが、サクリフィアの族長は、どうしてもほしいものがあった。それは、ファルシオンにしかないもの、そして交易でも手に入らんものじゃ。」
 
 反魔法の力場などというとんでもないものを作り出せるものを破壊してしまった理由・・・。そしてサクリフィアの族長がどうしてもほしかったもの。ファルシオンにしかない、交易でも手に・・・・!?
 

←前ページへ 次ページへ→

小説TOPへ