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「そんなことをさせるか!ほれみんな、行くぞ!」
 
 いつも広場で日向ぼっこしている老人達が、手に手に水を汲んだ桶を抱えて集まってきた。
 
「火を消せ!森を守るんじゃ!」
 
 老人達が一斉に、兵士達の持つ松明に水をかけ始めた。
 
「何をしやがる!?」
 
「それはこっちの台詞じゃわい!森を燃やされてたまるか!」
 
 最前列の老人達の桶が空になると素早く後ろに下がり、後ろの列にいた老人達が進み出て水をかける。無駄のない素晴らしい動きだ。そして老人達を囲むように若者達が陣取り、兵士達に石を投げ始めた。
 
「そうれ!どんどんかけるぞ!」
 
「出て行け!俺達の森を荒らすな!」
 
「小さい村だからってばかにしないでよね!」
 
「いて!ちくしょう!ふざけやがって!おい、この老いぼれとガキどもを先に始末しろ!」
 
 腹を立てた兵士が松明を放り出し、剣を抜いた。
 
「リガロさん!皆さんを!」
 
「おう!任せておけ!」
 
 若者達の中でもリガロさんよりもう少し上かと思われる人達は、何かしらの武器を持っているらしい。彼らが老人と石を投げる若者達の援護に回り、兵士を追い立て始めた。
 
 
「てめぇの相手はこっちだ!王国に楯突きやがって!おとなしく首を出せ!」
 
 私達に飛びかかってきたのは、さっき指示を出していた将校と、その他の別な兵士達だ。この連中は、以前海鳴りの洞の前で戦った兵士達と同じくらいの腕だった。彼らは既に今の私達の敵ではない。問題はマントをかぶった怪しげな者達だった。兵士達が戦っているところを、ただ黙って見つめているのだが、ほんのわずかこちらに隙が出来るとすかさず斬り込んでくる。私の剣よりもさらに細身の剣を操り、迷わず急所を狙ってくる。無駄な動きが一切ない。
 
(この連中がいわゆるアサシンか・・・。)
 
 言うまでもなく、暗殺専門の訓練を受けた者だ。だがそれでも殺したくはない。何とか動きを封じようと試みるがなかなか隙を見せない。そんな膠着状態をうち破ったのはウィローの鉄扇だった。まるで生きているかのように繰り出される剣先を避けて、利き腕に浴びせられた一撃で、アサシンの一人がバランスを崩した。そこを狙って思いきり足に切りつける。アサシンは倒れ込んだが叫び声一つあげない。余程訓練されているのだろう。だがこれほどの暗殺者を、フロリア様はどこで見いだし、どうやって王宮に呼び寄せたのだろう。
 
 
 最初は威勢のよかった将校と兵士達だったが、水をかけられ石をぶつけられ、森に火をつけようとしていた兵士達は逃げ出してしまった。私達に向かってきていた兵士達も、形勢が不利と見るや先に逃げ出した兵士達の後を追って、浜辺に向かって走り出した。気の毒なのはあの将校だ。えらそうに命令していた時の勢いはどこへやら、どんどん逃げ出していく『部下』達の後を追いかけ、よたよたと走り出した。
 
「おい!待てよ!置いていかないでくれ!」
 
 残ったのはアサシン2人。彼らの力量が他の兵士達とは桁違いだと、村の人達も分かったのだろう。遠巻きに私達の戦いを見守っている。
 
 
 その時最後に残ったアサシンが動きを止めた。倒れ込んだ仲間の襟首をつかむと、脱兎のごとく駆け出して浜辺に向かっていった。
 
「逃げたか・・・。とりあえずよかった・・・。」
 
 何とか殺さなくてすんだ・・・。だが・・・。
 
 暗殺者が負けを認めて逃げ出す・・・。彼らはどうするのだろう。依頼者の元に戻れば、もしかしたら殺されてしまうかもしれない・・・。もはやあの『フロリア様』にとって、不殺など何の意味も持たないはずだ・・・。
 
「そうだ!森は!?」
 
 ウィローの声ではっとして振り向いた。さっきあの兵士達が火をつけたところは、黒く焼け焦げてはいたが・・・なぜかまったく燃え広がっていなかった。
 
「この森はそう簡単に燃えんのだが、それでも火をつけられて黙って見ているわけにはいかんからのぉ。あの狼藉者達を追い払えたのはあんたらのおかげじゃよ。」
 
 グランおじいさんがいつの間にか隣にいた。手には桶を持っている。
 
「いやぁ、思いっきり水をぶっかけてやったぞ。爽快爽快!」
 
 グランおじいさんが大声で笑った。
 
(さっきの連中の中に・・・カインはいなかった・・・。では・・・どこに・・・。)
 
 夢の中で、あの『フロリア様』が言っていた『計画』。この世界を滅ぼすという・・・。この森を焼き払い聖戦竜達を怒らせて人間を襲わせるということなのか・・・。でも、カインは一緒じゃないんだろうか。さっきのアサシン達の顔は見えなかったが、あれはカインじゃない。カインはどこにいるんだろう。どうやってここまで戻ってくるつもりなんだろう。戻ってきてくれさえすれば・・・
 
 
「お客さん、ありがとう。助かったよ!」
 
 リガロさんがほっとした顔で声をかけてきた。彼の手には鉈が握られている。
 
「まったく・・・いつも薪を割ってるこいつに人を傷つけさせたくはないと思ってたけど、あんた達のおかげでそんなことにならずにすんだよ。」
 
 しばらくして、おかみさん達や子供達が広場に集まってきた。たぶん騒ぎが収まるまで家から出ないようにと言われていたのだろう。
 
「お兄さん達が悪者を追い払ってくれたの!?ありがとう。」
 
 アンナが笑顔で言った。
 
「しかし参ったのぉ。そもそもここはエルバール王国の統治下にあるわけではない。なのにエルバール王国の国王が、この森を焼き払えなんぞ命令を出すとは、いったい何を考えておるのか・・・。森を焼いて生き物を怒らせて、何の得もないどころか自分達に災いが降りかかるかもしれんというのに・・・。」
 
 グランおじいさんが首をかしげた。
 
「・・・・・・・・・・・。」
 
「ま、逃げて行ったのならいいか。この森は長老に守られておる。下手に手を出せば出した側に災いが降りかかるのじゃ。そういうことにならなくて、何よりだったかもしれんの。」
 
「災い・・・ですか・・・。」
 
「うむ、クリスタルミアの入り口を守るこの森を破壊しようなどと考えれば、神の怒りを買うのは必定。どんなことになるかなど、誰にもわからん。ま、考えたくもないがのぉ。」
 
 おそらくは・・・その災いこそが『フロリア様』の狙いだ・・・。
 
「あの連中はおそらく夜明け前に船で来たんじゃろう。若い者に船の様子を見に行かせよう。」
 
「いや、まだ危険です。それなら私達が行きます。」
 
「いやいや、それには及ばんよ。それよりも、あんた方には重要な使命があるのではないかね。」
 
「いやでも・・・。」
 
 長老が道を開いてくれないことにはその使命を果たすあてもない。その時
 
「グランじいさん!森が開いたぞ!」
 
 昨日畑で仕事をしていた若者が走ってきて言った。
 
「おお、やはりな。長老がこの騒ぎを見過ごされるはずがない。剣士殿、どうやらあんた方の望みはかないそうだぞ。」
 
「え、まさか・・・。」
 
「うむ、行って確認してみなされ。」
 
 ウィローと二人、村のはずれにある森まで来た。なんとそこには、森の奥までまっすぐに延びた一本の道が出来ていた。
 
「これが・・・。」
 
「きれいな道ねぇ。まるでずっとここにあったみたいに・・・。」
 
 長老が道を開くというのは、もしかしたら木々を実際に動かすということではなく、私が使ったような、結界の呪文を組み合わせて道を出現させることなのだろうか。
 
「時にあんた方、旅支度はもう出来ておるのかね。」
 
 あとから歩いてきたグランおじいさんが言った。
 
「はい、でも荷物は宿に置いてきましたけど・・・。」
 
「それではとってきなされ。この道は一度開けば通るべき者が通らぬ限りは閉じたりしないが、それでも長老をお待たせしないほうがいいからのぉ。」
 
 
 思いもかけない形で道は開けた。私達は宿屋に戻り、荷物をまとめて外に出た。宿代を精算する時エイジアさんが
 
「なんだか名残惜しいですね。またいつでもおいでくださいね。」
 
 そういってさびしそうに笑った。とても居心地のいい宿屋だった。必ずまた来ますと言って、私達は村はずれの森へと急いだ。
 
「はい、これは食べ物だよ。急なことで弁当が用意出来なかったから、日持ちのする干し肉とドライフルーツ、それにパンだ。」
 
 リガロさんが大きな包みを手渡してくれた。
 
「え、でももう宿代は精算してしまいましたけど・・・。」
 
「何を言ってるんだい。これは俺達の気持ちだよ。村の危機を救ってくれたというのに、こんなものしか用意出来なくて申し訳ないくらいだ。気を付けて行ってくれよ。長老の家までは一本道だけど、途中から雪道になるから、滑らないようにね。」
 
「ありがとうございます。お世話になりました。」
 
 村の人達の温かい心が染みた。これで長老に会える。一刻も早く飛竜エル・バールに会わせてもらうように頼まなければ・・・。逸る心を抑え、北へ向かって一歩を踏みだした。足元を見ると、とても今まで木が植えられていた場所とは思えない。まるで長い間人が行き来していたかのように踏み固められている。
 
「なんだかあなたの呪文で出来た道みたいね。」
 
 ウィローがつぶやいた。
 
「そうだね。もしかしたらこの場所も、あの森のど真ん中なのかもしれないよ。」
 
「長老って言うのは・・・どんな人なんだろう・・・。ふふふ、楽しみになってきたわ。」
 
 森を抜けると一本の道に出た。ここから右に曲がるようにと言われていたので、私達は東に向かって歩き始めた。
 
 
「カイン、来なかったね・・・。」
 
 あるき始めてしばらくしたころ、ウィローがぽつりと言った。
 
「そうだね・・・。今頃どこかで船でも借りている頃かも知れないよ。」
 
「・・・だといいんだけど・・・ねえクロービス。」
 
「ん?」
 
「さっき王国軍の人が言ってた話、覚えてる?」
 
「私達に抹殺命令が出てるっていう話?」
 
「そう。カインとあなたがお尋ね者になったのは海鳴りの祠にいるころだけど、やっぱり私も同じようにお尋ね者になったでしょ?」
 
「・・・君にはすまないことをしたと思ってるよ。」
 
 ウィローはふふっと笑った。
 
「いやねぇ、そんなことを言ってるんじゃないわよ。やっぱり、あなたと一緒にここまで来てよかったってこと。」
 
「・・・・・・・・・。」
 
「あのまま海鳴りの祠に残らなくてよかったわ。やっぱりあなたのそばが一番安全なのよ。」
 
 ウィローはそう言って、『さ、早くいきましょうよ』と笑った。その時
 
 
 
『行ってらっしゃい。ふふふ・・・朗報を待っているわ』
 
(え・・・?)
 
 突然頭の中に声が響いて、どこかの港の光景が浮かんだ。
 
 その声にこたえて・・・いや、まるで何の表情もなく、船に乗ろうとしているのは・・・・
 
 
 
「クロービス?どうしたの?」
 
 ウィローの声で我に返った。いつの間にか私は立ち止まっていたらしい。
 
「どうしたの・・・?真っ青よ・・・。いくら声かけても、ぴくりとも動かないんだもの・・・。」
 
「ご・・・ごめん・・・。」
 
 今、自分の頭の中に現れた光景を、ウィローに話すべきかどうか、私は一瞬迷った。なぜ・・・今こんな光景が・・・これは夢じゃない。今は昼間で、私達はやっと開いた森の道を抜けて長老の家へと向かっているはず・・・。
 
「ねぇ、クロービス。ほんとにどうしたの?・・・何か感じるの・・・?」
 
「あ・・・あの・・・。」
 
 思い切って話そうとした私の視界に何かが映った。翻る黒いマント・・・。同時にウィローが青ざめて叫んだ。
 
「クロービス!まだ刺客が追ってくる!どうして!?まさか、村の人達は!?」
 
 村の出口から、黒マントの男がこちらに向かって走ってくる。さっきいた二人とはまた別のアサシンが、どこかに隠れていたのだろうか。叫び声などは聞こえなかったが、村の人達は無事なんだろうか。村に戻ろうと走り出した私達の前に、そのアサシンが立ちはだかった。
 
「どうやってここまで来たんだ!?村の人達を傷つけたのか!?」
 
「・・・・・・・・・・。」
 
 アサシンは答えない。そして剣を抜いた。
 
「ナイトブレード・・・・、ア、アサシンがどうして!?」
 
 ウィローが青ざめた。だが私はウィローとは違う意味で驚いていた。その剣に見覚えがあったからだ。一人一人に合わせて調整された、王宮鍛冶師謹製の・・・。
 
(まさか・・・これが・・・!?)
 
 さっき頭に浮かんだ光景・・・。船に乗ろうとしていたカインの顔は、まるで人形のように何の表情もなかった。一緒にいたのはさっき追い払った王国軍の将校だ。
 
『おめぇは切り札だ。ちゃんと隠れてろよ。』
 
 そのほかにいたのは、王国軍の兵士、そして黒マントのアサシンが2人・・・
 
 
 だが呆然としている暇はない。アサシンは迷いなくまっすぐに私に向かって剣を振り下ろした。その剣をはじき返した瞬間、全身に鳥肌が立った。私はこの太刀筋を知っている・・・!
 
 アサシンはひらりと後ろに下がり、ナイトブレードを構え直す。しかも片手で・・・。そして飛び上がるともう一度私に向かって斬りかかってきた。そのアサシンの肩にウィローの鉄扇が命中する。その瞬間ウィローの顔が歪んだ。
 
「クロービス!まさか・・・!?」
 
 多分私達は同じ事を考えている。確かめなければならない。私はアサシンのまとっているマントのひもを切り裂き、思いきり空に向かって跳ね上げた・・・。
 
 
 舞い上がったマントは折からの風に煽られ、アサシンの遥か後方に落ちた。そしてそこに立っていたのは・・・すぐに追いつくからとサクリフィアの船着き場で別れた、懐かしい・・・カインの姿だった・・・。
 
「カ・・・カイン!?何をやってるのよ!悪ふざけにもほどがあるわよ!」
 
 ウィローが怒ったが、カインは答えない。私に向かって剣を構え、黙ったまま立っている。カインの心がはかれない。感じ取れない。その瞳は確かに私達に向いているのに、まるでガラス玉のように何も映していないように見えた。空気が冷たく澄んだムーンシェイの森の朝・・・。木洩れ日が、私達3人を包んでいた・・・。
 
「カイン・・・剣を向ける相手が違うじゃないか!?あんなマントで姿を隠して、どうしてこんなことをするんだ!?」
 
「・・・・・・・・・。」
 
 やはりカインは黙ったままだ。
 
「クロービス、カインはどうしちゃったの!?約束通り戻ってきてくれたと思っていたのに・・・。」
 
 何があったんだろう。夕べ見た夢・・・。『フロリア様』の瞳を見つめていたカインの心が、まるであの淡いブルーの瞳に吸い込まれてしまったように見えたのはいったい・・・。
 
「カイン、君がここにいるということは、フロリア様はどうなったの?『サクリフィアの錫杖』の力を試したんだよね?」
 
 『フロリア様』と言う言葉に、カインの表情が動いた。
 
「フ・・・フロリア・・・様・・・。」
 
 人形が声を出したらこんな風に聞こえるのじゃないか、そんな突飛な考えが頭に浮かぶほど、その声には抑揚がなく、人間がしゃべっているとは思えないほどだった。声は確かにいつものカインの声なのに、ここにいるのは本当に本物のカインなのだろうか。
 
「そうだよ。君はフロリア様を元に戻すために向こうに戻ったんじゃないか。でも、さっきの連中みたいなのが来たってことは、だめだったみたいだね・・・。」
 
「カイン、あなた海鳴りの祠には行ったの?フロリア様があの杖で元に戻らなかったら、海鳴りの祠でみんなと合流するって言ってたじゃない。」
 
 ウィローの言葉には何一つ反応しない・・・。夢の中でカインの心が吸い込まれたように見えたのは・・・もしかしたら、カインは催眠術のような、何かの暗示をかけられたのだろうか。今どうかはわからないが、あの時カインは『サクリフィアの錫杖』を持っていた。あの杖がある限りカインに魔法は効かない。そしてあの『フロリア様』は言っていた。人の心を操る魔法など存在しないと・・・。
 
「カイン、せっかく追いついてきてくれたんだから、一緒に行こう。これからムーンシェイの長老に会いに行くんだ。飛竜エル・バールに会うために、クリスタルミアへの入り口を開いてもらわないとね。」
 
「で、でも・・・このままじゃ・・・。」
 
 ウィローは不安げだ。
 
「とにかく、ムーンシェイの長老のところに連れて行こう。長老に相談すれば何か解決策が見つかるかもしれないよ。」
 
 長老が不思議な力を持っているなら、カインがなぜこんなことになったのか、調べてもらえるかも知れない・・・。
 
「そうね・・・。カイン、早く剣をしまって。行きましょう。今から行けば夕方には着けると思うわ。」
 
「カイン、行くよ。」
 
 カインは動かない。
 
「カイン!」
 
「クロービス・・・。」
 
「・・・何?」
 
 いや・・・カインは私を呼んだのではない・・・。何かを確認しようとしている・・・?
 
「クロービス・・・お前を殺す・・・。」
 
「カイン、しっかりしてよ!なんで君が私を殺すんだ!?」
 
 夕べの夢が脳裏にはっきりとよみがえる。あの『フロリア様』は私達を殺せと言った。ではカインは・・・カインがここまで来たのは・・・私達を殺すためだったというのか・・・。
 
「フロリア・・・様・・・が、お前を殺せとおっしゃった・・・。俺は・・・王国剣士だ・・・。フロリア様を守る・・・フロリア様のため、お前を殺す・・・。フロリア様の・・・ために・・・!」
 
 その瞬間、ガラス玉のようだったカインの瞳に光が宿り、強烈な殺意が私の心に流れ込んできた。
 
「ちょっとカイン、何バカなこと言ってるのよ!」
 
 ウィローが進み出ようとした時、カインが構えたままの剣を振りあげた。
 
「ウィロー、さがって!」
 
 とっさに叫び、ウィローの腕をつかんで引っ張った。カインの剣は空を切り、剣先が地面に刺さったほどだった。ウィローを引っ張るのがあとほんのわずか遅かったら・・・どうなっていたかわからない。
 
(操られているみたいにも見えるけど・・・なんだろう。この奇妙な違和感は・・・。)
 
「カイン!いい加減にしてよ!どうしちゃったのよ!」
 
 ウィローの叫びなど聞こえていないかのように、カインは地面に突き刺さった剣を抜き、今度は私に向かって剣を振り上げた。
 
「や、やめて!やめてぇ!」
 
 ウィローが必死に叫んだが、カインの動きは止まらない。
 
「カイン、待って!何があったんだ!?どうしてフロリア様が私を殺すんだ!?」
 
 カインは答えず、得意の剣技「一念突」をかけてきた。
 
「うわ!」
 
 とっさに交わそうとしたものの、その凄まじい勢いにあと一歩避けきれず、右腕に衝撃が走った。とっさに私は剣を握りなおした。ここで手を離せばすべて終わりだと、私の剣士としての本能が叫んだような気がした。そしてそれを教えてくれたのは、他ならぬカインなのに・・・。
 
「クロービス!」
 
 すかさず治療術を唱えようとするウィローにも、カインの剣が襲いかかる。
 
「カインやめて!目を覚まして!」
 
「ウィロー!」
 
 私は迷わずウィローとカインの間に割って入った。私の胸当てに剣が命中する。
 
「ぐぅ・・・!」
 
 鎧のおかげで直接の切り裂き傷にはならなかったものの、両手持ちのナイトブレードにカインの体重をかけた一撃は、肋骨が折れるかと思うほどの衝撃だった。
 
 息が出来ない!
 
 ウィローが私の後ろで素早く治療術の呪文を唱える。すうっと痛みはひき、呼吸が出来るようになった。腕の痛みもとれた。既にカインは下がって間合いをとっている。隙がない・・・。しょっちゅう手合せをしていたのだ、それはよくわかる。そしてもう一つ、今の一撃でわかったことがある。それは・・・
 
(カインは・・・本気だ・・・。本気で私達を殺そうとしている・・・。)
 
 どうしてこんなことになった?
 
 なぜカインはこれほどまでに強い殺意を私達に向ける!?
 
 だがその理由を詮索している時間はない。私はここで死ぬわけにはいかないのだ。それに私がここで倒されれば、カインはウィローも殺すかもしれない。まさかそんなはずはないと思いたいが、今のカインにはおよそ感情らしいものが何一つ感じられないのだ。ウィローだけはなんとしても守りたい。こんなところで死なせたくない。いつも私はウィローの呪文に助けられてきた。出会ってから今まで、いつも共に戦って窮地を切り抜けてきた。たとえカインと差し違えることになっても、ウィローだけは守らなければ・・・。
 
「ウィロー!離れてて!」
 
「どうして!?私も戦うわ!カインを正気に戻さなくちゃ!」
 
「駄目だ!君を死なせるわけには行かない!離れてて!」
 
「そんな・・・まさか!」
 
 言いかけるウィローを、私は思いきり突き飛ばした。
 
「きゃあ!」
 
 ウィローは悲鳴を上げて道を転がり、道端の木にぶつかった。
 
「カイン!君の相手はこっちだぞ!」
 
 私はカインと向かい合いながら、ウィローを突き飛ばしたのとは反対方向に少しずつ下がっていった。カインは私に向かってくる。もう少し、もう少しウィローから引き離さなければ・・・。
 
 
 出来る限り攻撃をかわしながら、やがて私達はウィローのいる場所からかなり離れたところまで来ていた。そのころには既にあちこちに傷が出来、二人とも血だらけになっていた。鎧で覆われていないところはすべてと言っていいほど血が滲んでいた。ウィローと離れてしまったので、彼女の呪文はあてに出来ない。自分で呪文を唱える余裕はない。何とかカインの剣を叩き落とすことが出来れば、正気に戻すことが出来るかもしれない。出来なければ自分の死だ・・・。が、どこを攻めれば・・・。
 
「はぁっ!」
 
 カインがかけ声と共に斬り込んでくる。思い切り剣先をはじき返してまた下がる。自分から攻撃を仕掛けることがどうしても出来ない。いつもの訓練ではない、こんな命のやりとりなど、カインを相手にすることになろうとは夢にも思わなかった。いつの間にか雪が降り出していた。踏み固められていた道の雪の上にまた新雪が積もり、カインも私も何度も滑りそうになった。
 
「カイン!待って!話を聞いて!」
 
 何度かカインに声をかけるがカインは黙ったままだ。サクリフィアの船着き場で別れてから今まで、そんなに時間が過ぎているわけじゃない。でも今のカインに私の声は届かない。あの夢の中の出来事・・・カインは操られている。それは間違いないと思うが、どうすればそれを解くことが出来る?カインを操っているのがあの夢の通りにフロリア様だとして、一体カインに何をしたんだ?
 
 カインがここまで来たのは、船でだろう。さっき突然頭に浮かんだ光景・・・。あれは北大陸の東の港だ。あの将校達と一緒にカインが船に乗るところだった。あれもまたカインが体験した出来事だ。カインの心は何一つ図れないのに、カインが見た光景を私が見ることが出来るのはなぜだ?
 
 カインは悪に染まっているわけじゃない。狂ったように斬りかかってくるこの行動もカインの本心じゃないと信じてる。どうすればいい・・・。なんとか・・・なんとかカインの隙を見つけられればあるいは・・・・
 
「カイン!剣を納めて!私の話を聞いてくれ!どうして・・・どうして君と私が戦わなければならないんだ!私達はコンビじゃないか!今までどんな時だって一緒に窮地を乗り越えてきたんじゃないか!フロリア様を救うために、エルバール王国を救うために、私達はここまで来たんじゃなかったのか!」
 
 私の言葉にカインの動きが一瞬止まった。その瞳から涙が一筋流れ落ちる。が、次の瞬間、カインは私にまっすぐに斬り込んできた。かわす余裕はない。私はカインの刃を体の正面で受け止めた。カインの剣と私の剣の刃が擦りあわされてギリギリと音をたてる。
 
「カイン!目を覚まして!私の話を聞いて!一体何があったんだ!?」
 
 顔が近づいた隙に私はもう一度カインに向かって呼びかけた。
 
(・・・え?)
 
カインの瞳から、先ほどの様なギラギラした殺意は消え失せている。
 
(まさか・・・正気に戻っていた・・・!?)
 
 その時、カインの瞳から幾筋もの涙が流れた。そして私の頭の奥に声が響いてきた。
 
−−フ・・ロ・・リア様・・・を・・・頼・・む・・・・−−
 
 それは紛れもなくカインの声だった。
 
「カイン・・!君は・・・!」
 
 私の言葉を遮るように、カインが剣に体重をかけて私をはじき飛ばした。
 
ギィ・・・・ン!!
 
 刃と刃がぶつかり合って鋭い音をたてる。私はそのまま後ろに倒れ込みそうになったが、ここで体勢を崩せばもう後がない。やっとの事で踏みとどまり剣を構えなおした。どういうことだ?さっきまるで狂ったように襲いかかってきたはずなのに、今カインからはなぜか殺気がまるで感じられない。・・・でもカインの心は相変わらず図れない・・・。混沌として感じ取れない・・・。
 
「カイン!待って!」
 
 なんとか説得しなければ!!私はもう一度カインにむかって呼びかけた。カインは答えない。私を見据え、斬り込む機会を窺っているようだ。
 
「何があったんだ!?カイン!」
 
 私が叫んだのと、カインが剣を振りかざして私に斬りかかるのがほとんど同時だった。私は反射的に振り下ろされた剣をはじき返した。とにかく剣を落とさなければ!間髪を入れずにカインの肩めがけて剣を振り下ろした瞬間!
 
「あ!?」
 
 カインがバランスを崩し、体がぐらりと傾いた。慌てて剣を戻そうとしたが間に合わず、私の剣はカインの首に叩きつけられた・・・。
 
 
 肉を切り裂く鈍い感触が手のひらに伝わり、ざわっと悪寒が走った。心臓をねじ切られるかのような凄まじい恐怖に、体中から脂汗が吹き出す。カインは驚いたように私を見、そしてゆっくりと後ろに下がった。
 
「カイン!」
 
 叫んだ私に、カインは・・・カインは確かに微笑んで・・・そして・・・仰向けにどさりと倒れた。カインの首からは血が噴き出し、カインの体の周りはあっという間に血の海になった。
 
「カイン!」
 
 ウィローが駆けてきた。そしてカインを抱き起こしながら傷口を布で塞ぐと、必死に治療術の呪文を唱えはじめた。
 
「カイン!すぐに回復させるからね!」
 
 カインはそれには答えず、私を見た。微笑んでいる・・・。
 
「クロ・・・ビス・・・。」
 
 カインの血で染まった剣を持ったまま、呆然と立ちつくしていた私は、はっと我に返りカインのそばに駆け寄り跪いた。
 
「カイン!ごめん!こんなことになるなんて・・!」
 
 涙があふれ、カインの顔が滲んだ。
 
「・・・フロ・・リア様・・・は、どうして・・・漁り火の・・・岬に・・いた・・ん・・だろ・・う・・・。」
 
「漁り火の岬!?フロリア様に会ったの!?」
 
 やっぱりあれは・・・カインの身に起きた出来事だったのか・・・。
 
「きっと・・・俺達と・・・一緒に・・見・・た・・・あの・・オーロラが・・・。」
 
 カインの言葉がとぎれ、つらそうに息をついた。その拍子に口からごふっと血が出て、カインの口の周りも血だらけになった。
 
「カイン!もう喋らないで!意識をしっかり持って!」
 
 ウィローが涙声で叫んだ。
 
「どうして効かないの!?傷がふさがらない!お願いクロービス、あなたも呪文を唱えて!」
 
 ウィローが何度も治療術の呪文を唱えているのに、カインの傷は一向に塞がらず、それどころかどんどん血が流れ出て、顔色が青から真っ白になっていった。
 
「オ・・ロラ・・が・・・忘・・れ・・ら・・・れな・・・・。」
 
「カイン!いやよ、負けないで、お願い!」
 
 叫びながらウィローは呪文を唱え続ける。でもカインの体から流れ出る血が止まらない。私も必死で呪文を唱えた。だがカインの『気』を掴むことが出来ない!
 
(治療術が効かない・・・!?こんなことが・・・!?)
 
 こんなことは今まで一度もなかった。どんな時だって、ウィローの治療術に私達は助けられてきた。自分の呪文の腕にだってそれなりに自信はある。なのに今、目の前の親友を救うことが出来ない!
 
『傷ついた者が回復することを望んでいなければ、治療術と言えども、どうしようもない時がある。』
 
 突然思いだした。サクリフィアの村で、私達を泊めてくれたランスおじいさんの言葉を。
 
 あの言葉が真実なら、カインは自分の回復を願ってないことになる。まさかそんな・・・。あの時おじいさんの言葉に、何があったって、生きてるほうがいいと言っていたのに・・・。もしかして・・・最初から私の手にかかって死ぬつもりで?でも・・・まさかそんな・・・。
 
「カイン!カイン!行かないで!治すから!必ず治すから!」
 
 ウィローがカインに取りすがった。カインはゆっくりと血だらけの手をあげると、そっとウィローの髪をなでた。
 
「カイン・・・!?」
 
 ウィローが涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげてカインを見つめた。カインははっきりと『微笑んでいる』とわかる笑顔でウィローを見、そして私を見た。
 
「・・・クロ・・・ビ・・ス。」
 
 カインが私を呼んだ。
 
「カイン!今治すから、話はそれからにしようよ!」
 
 カインの体から『気』がどんどん流れ出ていく。必死で掴もうとするのにするりと逃げて行ってしまう。それを知っているかのように、カインは微笑んだまま・・・微かに、ゆっくりと、首を横に振った。
 
「・・・フロ・・・リ・・ア・・・様を・・・た・・・の・・・。ぐぅっ!」
 
 ごぼりと音をたててカインの口から大量の血が吐き出され・・・それきりカインは動かなくなった。微笑んだまま、とても満足そうに、微笑んだまま・・・。
 
 
「・・・カイン・・・。」
 
「カイン・・・ねえ、目をあけてよ・・・。ねぇ!カイン!」
 
 ウィローが必死にカインの体を揺さぶるが、カインはもう答えない。
 
 カインが死んだ・・・?
 
 私が・・・殺した・・・?
 
 私が・・・私がこの手で・・・!
 
 あまりのことに私はその場に座り込んだまま、雪のように白くなったカインの顔を呆然と見つめていた。カインと出会った日から、ついこの間サクリフィアの船着き場で別れた時までの出来事が、次々と脳裏に甦る。初任務の時、黙って私をサポートしてくれた。私の剣の弱点を見抜き、いろいろとアドバイスしてくれた。剣士団に入ってから、いつだって一緒だった、誰よりも私をわかってくれた、かけがえのない親友・・・。その親友を・・・私は・・・!!
 
 夕べの夢・・・あの悪夢のような恐ろしいフロリア様の言葉は・・・やはり・・・真実だったのか・・・。
 
「私は王国に復讐を遂げるためだけに今まで生きてきたのよ。」
 
 あの時のフロリア様の顔・・・。私達が見たこともないような、邪悪な、恐ろしい表情・・・。そしてその言葉を聞きながら乱れていったカインの心・・・。小さな頃から、フロリア様のためにと一心に剣の腕を磨き、カインは剣士団に入った。自分の人生をフロリア様に捧げたいと・・・。あの『フロリア様』は、その思いを利用した・・・。自分の邪悪な目的のために。そして私を殺せと命じた・・・。
 
 
 私の心の中に、突然どす黒い憎しみの心が現れた。黒い手が現れて、私の心臓をわしづかみにしようとしているような・・・。フロリア様にあんな事を言われなければ、カインは私達の元にちゃんと戻ってきてくれただろう。そうしたら、こんなことにはならなかった・・・。私はカインと戦ったりしなくてもよかったはずなのに・・・。
 
(フロリア様さえ・・・フロリア様さえ・・・いなければ・・・・。)
 
 剣士団に入ったばかりの時、乙夜の塔のバルコニーで初めてフロリア様に出会い、その美しさと心の優しさに打たれ、この方のためならばなんでもしてあげたいと、心から思った。その女性を今、心の底から憎みそうになっていた。その事実に愕然としながらも、湧き上がる憎悪を抑えることが出来ない・・・!
 

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