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 私達はリガロさんについて外に出た。暖かな陽射しが差し込み、森の木々が風に揺れる。本当に美しい場所だ。
 
「こんな場所なら観光目的で来る人もいそうだけど、お客さんて言うのはそんなにいないんですか?」
 
「観光目的はいないなあ。だいたいこの村の存在自体が知られていないからね。さっきも言ったけど、クリスタルミアに入ってお宝を見つけようなんて考える無謀な連中はちょくちょく来るよ。冒険者同士の噂話ではそこそこ有名らしいからね。でも、そんな奴らを長老が森に入れるはずがないから、たいていは何泊かして引き上げていくだけだな。あとは今来ている交易船の商人だ。この村はこの通り、自然の美しさはどこにもひけをとらないと思ってるけど、何もない場所だ。まあ麦や野菜が採れるし、牛や豚も飼っているから食べるものには困らないけど、それだけじゃ暮らしていけないよ。交易船が来るってのはありがたいもんだ。」
 
「さっきアンナとノアが文明の話をしてくれましたけど、実際にはいろいろと便利になっているみたいですね。」
 
「ははは、あれは本当かどうかもわからない伝説の話だよ。遠い昔、魔法で高い文明を築いていた国の中で、ありのままに自然に暮らしたいと考える人達が、その国を出てここに村を作ったって話だ。神様がそれを認めて、ここを神様の住む場所の入口として、ずっと村を守ってくれているって話さ。」
 
 魔法で高い文明を築いていたというと、それは『ファルシオン』の国だろうか。それとも、サクリフィアになってからのことだろうか。でもそれを尋ねる気にはなれなかった。
 
「でもなあ、それだけの理由でこの村にとどまるなんて、年寄りならともかく、若い連中はつまらないじゃないか。別に人が増えてでかい村になんてならなくてもいいけど、せめて村としての体裁が保てる程度の人口は確保しないとな。それこそこの場所を守るどころの話じゃなくなっちまう。交易船のおかげでいろいろと便利な物が入ってくるし、人の行き来もある。文明は随分と村に浸透したんじゃないのかな。俺としては、ある程度の便利さはありがたいよ。」
 
 リガロさんは話し好きらしい。
 
「村で暮らしていくための決まり事なんて言うのは特にないんですか。」
 
「決まり事・・・?あ、もしかして昔のサクリフィアみたいな掟のことかい?そんなのは特にないなあ。ま、むやみに動物を狩ったり、木を切ったりしては行けないってのはあるけどね。でもそれだって、生活に必要な分は特に咎め立てされることはないよ。うーん・・・特に掟なんてものはないんじゃないかなあ。もちろん村からの出入りも自由だしね。」
 
 そんな話をしているうちに宿屋に着いた。それほど大きな建物ではない。中に入ると酒場のような作りのフロアがあったが、とても静かだ。中には何人かの客がいるが、身なりからして交易船の商人達だろう。所々に武装した戦士らしき人がいるのは、おそらく交易船をモンスターから守る護衛ではないかと思う。派手に酔っ払って騒いでいる人もいない。居心地はよさそうなところだ。
 
「部屋は一緒でいいのかい?」
 
 宿帳に書いた名前を眺めながらリガロさんが言った。
 
「いえ、出来れば1人部屋を二つにしてくれるとありがたいんですけど。」
 
「へぇ、まあ今のところ開いてるから構わないけどな。てっきり恋人同士かと・・・。」
 
「リガロ、お客さんの事情を詮索するなって言ってるでしょ!」
 
 リガロさんの立っている後ろの扉が開いて、女性が顔を出した。
 
「いらっしゃいませ。ようこそムーンシェイの村へ。ごめんなさいね。うちの人はいつも一言多いのよ。気にしないで。1人部屋はいくつか空いてますから、ご希望に添えますよ。」
 
「あ、そうだ・・・ごめんな。どうも俺はしゃべっているうちに一言二言余計なことを言っちまうんだ。」
 
「いえ、気にしていませんからいいですよ。でも部屋は1人部屋を二つでお願いします。」
 
 私達は隣り合った1人部屋にそれぞれ案内してもらった。案内してくれた女性は、リガロさんの奥さんらしい。
 
「すみませんねぇ。うるさかったでしょう。もしかしたら、宿屋を運営するのは大変だとか言ったかも知れませんけど、あまり気にしないでくださいね。」
 
「はい。いろいろ話してくれて、ここに来るまでの間とても楽しかったです。」
 
「ふふふ、人を和ませるのは得意なんですよ。お客さん達はここにしばらく逗留されると言うことですから、宿泊代は長期割引で計算させていただきますね。」
 
「あ、でも友人があとから来ると思うので、どのくらいいることになるかわからないんですけど・・・。」
 
「さっきうちの人が言ってましたけど、長老に会いに来られたんですよね?」
 
「はい。」
 
「うーん・・・いろいろと事情がおありらしいと言うのは夫から聞きましたけど、長老が道を開いてくれるかどうかは何とも言えないから、しばらくかかるのは覚悟していたほうがいいかもしれませんよ。」
 
 リガロさんの奥さん、名前はエイジアさんというらしいが、気の毒そうに言った。
 
「そうですか・・・。」
 
「長旅でお疲れでしょうから、今日はゆっくりされたらいかがですか?食事は下のフロアで召し上がりますか?こちらに運ぶことも出来ますけど。」
 
「下のフロアは夜も静かなんですか?」
 
「そうですねぇ・・・。」
 
 エイジアさんの話によると、今は交易船の商人や用心棒達がいるので、そこそこ賑やかにはなるらしい。ただ、酔って暴れたりすることはないので、それほどうるさいわけではないと教えてくれた。私達は夕食を下のフロアで食べることにして、今日までのこと、そして明日からのことについて話し合いをすることにした。
 
「ねえ、リガロさんてあなたより2つ3つ上にしか見えないんだけど、エイジアさんは・・・年上よね?」
 
「うーん・・・確かにそんな感じだね・・・。」
 
 多分エイジアさんのほうが年上だと思うが、ウィローは何となく楽しそうだ。何でかなと考えて思い当たった。そう言えばウィローは私より年上だったっけ・・・。
 
(特に気にしたことなかったけど、ウィローは気にしてるのかな・・・。)
 
 
「なんだか難しい話になってるわよねぇ。」
 
 ウィローが首をかしげている。難しい話とは、この村の長老のことだろう。うーんと考え込むその仕草が、何となくかわいい。こんな表情を見ていると、年が上か下かなんてどうでもよくなってくる。
 
「そうだね・・・。長老の試練か・・・。セントハースも導師も、このことは知っていたんだろうな・・・。」
 
「でしょうね。試練込みでエル・バールの元にたどり着いてみせろってことなんでしょうね。」
 
「でも手がかりが何もないんじゃなあ・・・。」
 
「明日から、村の中を歩いてみましょうよ。村の人達にとっては何でもないことでも、私達にとっては特別なことがあるのかもしれないし。」
 
「そうだね・・・。それしかないか・・・。」
 
「まずは行動あるのみよ。カインが追いついてきた時に、長老を見つけられませんでしたなんて言ったら怒られちゃうわ。」
 
「ははは、そうだよなあ。ここで挫けたらすべてが終わりだものね。」
 
「そういうこと。それじゃ今日だけはゆっくり休みましょうよ。明日からは、まずは行動あるのみ!ってことにしてね。」
 
「そうだね。今日だけはのんびりしようか。」
 
 荷物を降ろして鎧も外した。ベッドの上に寝転がってみるとおひさまの匂いがする。
 
「いい部屋よねぇ。ねえ、私の部屋も見てみたいわ。」
 
「それじゃ荷物を置きに行こうか。」
 
 ウィローの部屋はすぐ隣だったのだが、内装が違う。もしかしたら部屋ごとに違う内装にしてあるのかも知れない。
 
「凝った造りよね。部屋数はそんなにないみたいだけど。」
 
「リガロさん達の話を聞く限り、大繁盛と言うほど人が来るわけでもないみたいだからね。交易船の人達も、船はそこそこ大きかったけど、そんなにたくさん人が乗ってくるわけではないんだろうな。」
 
 ムーンシェイの村は規模としてはかなり小さい。サクリフィアの村の半分にもならないくらいなんじゃないだろうか。
 
 
「ねえ、せっかくのんびり出来るんだから、さっきあの子達が遊んでいた森に行ってみない?」
 
「それもいいね。少し頭の中を空っぽにして考えよう。」
 
 ここで二人で唸っていたところで、長老の意図がわかるとは思えない。私達は階下に降り、村の外の森に行ってくるとエイジアさんに告げた。
 
「あら、それじゃ案内しましょうか。アンナ達が遊んでいた場所の奥にも森は広がっているんですよ。いいところなんだけど、初めて足を踏み入れる方は結構な確率で迷ってしまうんですよ。」
 
 好意をありがたく受け取ることにして、私達はエイジアさんと一緒に村を出てさっきの森までやってきた。村を出る時も一瞬奇妙な感じがしたのだが、エイジアさんは特に気にしている様子はない。村の人達にとっては当たり前のことなのだろうか。
 
「この村を出る時の感覚がねぇ、今は慣れたけど最初はずいぶん戸惑ったものです。」
 
「エイジアさんはこの村の方じゃないんですか?」
 
「私は元々エルバールの南大陸に住んでいたんですよ。仕事で交易船に乗ってこの村にきて、リガロと知り合ったんです。」
 
 エイジアさんの故郷は、南大陸の東の端っこにある小さな村らしい。農業以外に目立った産業もなく、働き口を探していた時にたまたま南大陸に来ていたキャラバンの人達と知り合い、仕事で交易船に乗るようになったとのことだった。
 
「まさかこんな場所に住むことになるとは思わなかったけど、住んでみればいいところですよ。」
 
「長老には会ったことがあるんですよね?」
 
「ええ、結婚した時にあいさつに行きました。それがねぇ、すごく普通のおじいさんで、逆にびっくりでしたよ。」
 
 エイジアさんはおかしそうに笑った。エイジアさんもさっきの私達と同じように、森の木々の前で長老の話を聞いたらしい。自分の意思で森の木々を動かすなどと聞き、仙人のようなすごい老人を想像していたら、『あまりにも普通の人』で驚いたのだという。
 
「長老のお住まいの先はクリスタルミアと言って、神様が住むといわれる場所なんですけど、かなり雪深い場所なんですよね。なのに長老のお住まいは不思議ととても暖かかったんですよ。だから何かしら不思議な力をお持ちなのは確かなんでしょうけどね。」
 
 話をしながら森の中を歩いているが、確かにこの森はかなり広い。しかも木々がかなり密集している。なるほど何も考えずに歩いていたら迷いそうだ。だがどこを歩いていても陽光が降り注ぎ、とても明るく居心地のいい森だ。森を一回りして村の入り口に戻ってきた。エイジアさんは入り口の手前で立ち止まり、深呼吸してからさっと中に入った。出る時も、黙っていただけでやはり今でも奇妙な感覚があるらしい。
 
「お夕食の時間まではもう少しありますから、よろしければ村の中を散策されてはいかがですか。」
 
 夕方までに宿に戻ることにして、村の入り口でエイジアさんと別れた。陽はそろそろ西に傾いてきたが、まだ空は明るい。私達は少し広場で寛ぐ村の人達に話を聞くことにした。カインが追いつくのを待つにしても、何もしないでいるわけにはいかない。
 
「素敵な森だったわねぇ。でもあんなに鬱蒼としているのに明るいなんて、奇妙と言えば奇妙よね。」
 
「手入れが行き届いているってことなのかな。下草はきれいに刈られていたし、木もたぶん毎年剪定されているんじゃないかな。」
 
「そういえば細い枝に引っかかったりはしなかったわね。」
 
 ローランの南側に広がる原生林では、よく木の枝に引っかかったり足下の草で滑りそうになった。あの場所は本当に誰も手入れをしていないらしいが、ここは村の人々によってきちんと管理されているのだろう。
 
「おや、さっき来られた旅人だな。どうだね、少し外の話を聞かせてくださらんか。」
 
 さっきグランおじいさんがいた広場では、思い思いに寛ぐ人々がまだたくさんいる。その中の1人の老人に声をかけられ、私達はその輪に入った。彼らが聞きたがったのはエルバール王国のことだ。でも今の状態は、とかフロリア様の政治は、みたいな話じゃなくて、町ではどんなものが流行っているのかや、流行の芝居はどんなものかなど、どちらかと言えば文化的な話ばかりだった。その手の話にはまったく疎い私でも、カーナやステラから聞いた話や、町の警備の時に見かけた店などを思い出しながら話すことは出来た。私のつたない話でも、村の人達は喜んで聞いてくれた。この日は夕方までそこにいて、村人達が腰を上げるのと同じ頃に私達も宿屋に戻った。宿屋のフロアには大分人が増えている。交易船の商人達がほとんどらしいが、街の人達もここに食事をしに来ることがあるらしい。
 
「よぉし!それじゃ歌を歌うぜ!」
 
 客の1人が突然立ち上がり、歌を歌いながら踊り始めた。城下町でよく聞いたことがある歌だ。この客は交易船の商人らしいが、中にはエルバール王国から来ている人達もいるのかも知れない。そこにリガロさんが食事を持ってきた。
 
「少しうるさいかもしれないけど、我慢してくれよ。この村には語り部や吟遊詩人なんて来やしないからね。たまにああして自分達で歌って踊って、それが一番の娯楽なんだよ。」
 
 語り部も吟遊詩人も来ないという点では、ここは私の故郷の島と同じようなものだ。今、この世界はエルバール王国を中心にまわっている。王国からはずれた場所にある町での娯楽など、どこも似たり寄ったりなのだろう。
 
「構いませんよ。賑やかでいいですね。」
 
 交易船の商人達はみんな陽気で酒好きらしいが、酔って絡んだりする人は誰もいない。こんな小さな村でそんな事をしたら、もう商売なんて出来なくなってしまうと言うのをわかっているのかも知れない。食事のあと、私達は部屋に戻った。お風呂に入るなら今のほうがいいですよと言われ、2人で風呂に行ったあと、少し私の部屋でこれからのことを相談することにした。
 
「お風呂も素敵だったし、いい宿ねぇ。ねえ、男湯のほうも全部木で出来ていた?」
 
 ウィローはすっかりさっぱりとした顔で上機嫌だ。髪からはいつものハーブの香りがする。
 
「そうだね。木の香りが漂っていて、本当にいいお湯だったよ。」
 
 風呂の湯船から壁、天井に至るまで、美しい木目の木で出来ていた。ムーンシェイの森の奥に生えている、香りのよい木で作ったらしい。
 
「リガロさんとエイジアさんが本当に心を込めて運営しているって感じがするわ。」
 
「村の人達もみんないい人達ばかりだよね。」
 
「そうね。長老のことを聞くたびにみんながすまなそうな顔をするのが申し訳なくて・・・。」
 
「試練か・・・。私のせいで君もカインも巻き込まれてるってことなのかな・・・。」
 
 欲しくて手に入れたわけではない私の剣だが、それでもこの剣を持ち続けるには試練を乗り越えなければならないとしても、それはウィローとカインには何の関係もないことだ。
 
「そうとも違うような気がするのよねぇ。」
 
 ウィローが考え込みながら言った。
 
「気を使わなくていいよ。」
 
「そんなんじゃないわよ。だってあの温泉の地下でのことを思い出してよ。不思議な力を授かったのはあなただけじゃないでしょう?」
 
「ああ・・・まあそれは・・・そうなんだけど・・・。」
 
 あの時私はファイアエレメンタルの力を借りることが出来た。そして一緒に地下に入ったカインの剣技は炎を纏い、ウィローは何と蘇生の呪文を覚えてしまった・・・。
 
「それに、あの『導師』さんの言ったことが今でも引っかかってるのよ私。」
 
『彼の進む道がこの先どうなるのか、それは彼の心にかかっている』
 
「・・・・・・・・・・。」
 
「だから、もしかしたら私達3人が、それぞれに試練を乗り越えなければならないのかも知れない、何となくそう思えるの。」
 
「うーん・・・だとしたら、まさか君まで私から引き離されることになるかもしれないとか・・・。」
 
「そんなことがあったとしても私は離れないわよ。私はそう決めてる。あなたから離れないことで私に対する試練が厳しいものになるとしても、それは絶対に変わらないわ。」
 
 ウィローはきっぱりと言い切った。
 
「私だって君を離す気なんてないよ。何があってもね。」
 
 私がウィローから離れることがあるとすれば、それはウィローが私に愛想を尽かした時だ。それ以外の理由で、ましてや何かの力で無理やり引き離されるなんて冗談じゃない。
 
「ふふふ、そう言ってくれてうれしいわ。だから、私達はこうして2人でいて、何かあれば相談することが出来るでしょう?でもカインは違うわ。あの冒険者の人達はみんないい人達ばかりだったし、実際旅が順調なんだとしても、旅の本当の目的について話すことが出来る人が誰もいないんだもの。それが一番心配なの。」
 
 カインが戻ってくれさえすれば、なんでも話を聞いてあげることは出来る。一晩愚痴を言っていたとしてもすべてきちんと聞くつもりでいる。だからカイン、もしも『サクリフィアの錫杖』でフロリア様が元に戻らなかったとしても・・・心を強く持って私達のもとに帰ってきてほしい・・・。
 
 
 翌日、私達は食事を終えて、今日の予定を話し合っていた。と言っても今の状況では、出来ることと言えば村の中を回って情報を集めることくらいだ。私達はまず、長老の住む場所へと続く森の入り口に行ってみた。もちろん最初に来た時と同じように道は閉ざされたままだ。
 
「あなたがこの前使った結界の呪文ではだめなのかしらね。」
 
「ここがただの森の中なら試してみることも出来るけど、こんなところで呪文を唱えていたら、村の人達に不審に思われるよ。それに、たとえばあの呪文ならここを通ることが出来るとしても、それは多分『ズル』することになるんじゃないのかなあ。長老がここを開けてくれないのに無理やり通ろうとするわけだから、仮に通れたとしても今度は村に戻ってこれないような気がするよ。」
 
「そうよねえ・・・。」
 
 ウィローがため息をついた。ここは村のはずれなので、人の行き来はそれほどない。だがなんとなく、この場所は常に誰かに見られているような気がしてならないのだ。それは村人なのかもしれないし、ほかならぬ長老本人かもしれない。この森の向こう側にいて、ここの木々を自在に動かせるほどの不思議な力を持つ人ならば、居ながらにしてこのあたりを監視することも容易く出来そうな気がする。
 
「でももう少し手掛りがあってもいいわよね。あまりにも情報が少なすぎるわ。」
 
「それじゃその手掛りを少しでも掴むために、広場で話を聞きに行こうか。」
 
「そうね・・・。」
 
 ここで森を眺めていても解決にはならない。私達はまた昨日と同じ広場に行ってみた。今日は商人達がバザーを開いている。グランおじいさんは『年寄りはうるさがっている』と言っていたが、店を覗く人達の中には老人もたくさんいた。みんな楽しそうに眺めたり、商品を手に取って品定めをしている。私達も覗いてみることにした。
 
「おや、昨日着いたお客さんだね。さあ見ていってくれ。格安での提供だ。お買い得だよ。」
 
 並べられているのは、どこの店でも日用品ばかりだ。長老がいつ道を開いてくれるかはわからないが、クリスタルミアに店があるとも思えないので、こまごましたものを補充しておくことにした。支払は今までの道中で拾った金で済ませた。まだ王宮にいたころに給料としてもらった紙幣も持ってはいたが、この商人達がどこから来たにせよ、現在のエルバール王国が発行した紙幣なんて、受け取ってもらえるとは思えなかったからだ。
 
「長老に会いに来たっていう客が来てるって聞いたけど、あんた達かい?」
 
 商人が話しかけてきた。噂になっているらしい。もっともこんな小さな村だ。そして村人のほとんどはこの広場でおしゃべりをしているのだから、ここでとぼけてはかえって怪しまれかねない。
 
「ええ、まあ・・・。」
 
 私はあいまいに笑みを返した。
 
「ここの長老は不思議な力を持っているらしいね。なんでも森の木を自分の意思で動かせるとかなんとか。俺も会ったことはないけど、一回くらい会ってみたいもんだよなあ。村の人達に言わせれば『普通の人だから特に面白いことがあるわけではない』ってことなんだけどね。」
 
 エイジアさんも言っていた。『すごく普通のおじいさん』だと。
 
 
 
「普通の人かあ・・・。それじゃ普通に道を開いてくれないもんかな。」
 
 私達は一度宿に戻って荷物を整理した。バザーは思ったより品ぞろえが豊富で、サクリフィアの村とそう変わりない。おかげでこの先当分店がなくても困らないくらい、旅支度を整えることが出来た。もうこれでいつでもクリスタルミアへと旅立てるというのに・・・。
 
「そうよねぇ。それが試練だとしても、全然手がかりがないってのが・・・。」
 
 ウィローの言葉の最後はため息とともに消えた。本当に昨日から二人ともため息のつき通しだ。私達は荷物を整理した後、もう一度広場に戻ってみた。広場には今日も村人がのんびりとくつろいでいるが、老人がほとんどだ。そもそも若者はそれほどいないらしいが、その数少ない若者は、今の時間仕事をしているらしい。食べるための作物の世話、服を作るための機織りなど、それなりに仕事はあるのだという。そしてこの村で作られる布地はしっかりとしていて評判がいいらしく、交易船の商人達がいい値段で買い上げてくれるらしい。
 
「昔から丁寧な仕事をしておるからのぉ。なかなか高級な服に仕立てられたりすることもあるそうだ。わしらが着てる服と同じ生地で出来てるとは思えないくらいにな。」
 
 その話を教えてくれた老人が笑った。私達はこの日も長老に会うための手がかりを見つけられないまま、宿屋に戻ることになった。宿の食事は美味しいし、のんびりと風呂にも入れて、まるで観光に来たように時間がゆっくりと流れていく。こんなことをしている場合ではないというのに・・・。
 
 
 夜・・・部屋にいてもため息しか出てこない。
 
「だめだなあ・・・。今日はもう早く寝ようか。」
 
「そうねぇ・・・。今からこんなに落ち込んでいてはだめなんだと思うけど・・・。」
 
 この日は早く寝ることにして、ウィローを部屋に送っていき、私は自分の部屋でベッドにもぐりこんだ。どうすればいいのだろう。どこに行けばあの森を通れるようになる手掛かりが見つかるのだろう。そんなことを考えていたつもりなのに、いつの間にか私は眠ってしまったらしい。そして、久しぶりに夢が訪れた・・・。
 
 
 ここは・・いつもの夢の場所ではない・・・。 この場所は・・・城下町の東門の外の辺りか・・・。そこを歩いているのは・・・。
 
「まさか正面から行くわけにはいかないし・・・。夜のうちに裏から忍び込むか・・・。あの時の裏門が開いているといいけど・・・。でもあの衛兵達がいたりしたら・・・。」
 
 ぶつぶつと言いながら歩いているのは、紛れもなくカインだった。その手にしっかりと握られているのは、『サクリフィアの錫杖』・・・。それではカインは、無事に北大陸に戻ったのだ。
 
「となるとここからなら東門が近いけど・・・。城壁の外は特に警備がいないみたいだけど、もしかしたら王国剣士の襲撃に備えているかもしれない・・・。東側からのほうが王宮の玄関には近いからなあ・・・。やっぱり西門か・・・。」
 
 カインは東門から町に入ろうとするのをやめ、南側に向かって歩き出した。西門に行くのだろうか。だが、不意に足を止めて空を見上げた。
 
「きれいな月だなぁ・・・。まるで、あの時みたいだ。」
 
 あの時とは・・・もしかしたらフロリア様を連れて漁火の岬に向かった時のことだろうか。確かにカインの周りは月の光で明るく照らし出されている。
 
「あの時のように・・・フロリア様が微笑んでくれたら・・・。」
 
 月を眺めていたらしいカインの表情が翳った。
 
「ふう・・・とにかく今は自分の仕事をしなくちゃな・・・。西門から中を覗いてみるか。今の時間だとそろそろ町の人達も家に戻る頃合いだろうし、住宅地区からなら人目につかずに王宮に行けるかな・・・。」
 
 カインが再び歩き始めた。なんだろう・・・。カインは無事に北大陸に着いて、もう城下町は目の前だ。あとは『サクリフィアの錫杖』でフロリア様が元に戻るかどうか試して、うまくいかなかったら海鳴りの祠に向かうはずだというのに・・・。この時、なぜか私はカインが何かほかのことを考えているように見えた。カインは歩くのが早い。もう西門まで来ている。いや、これは夢だ。夢の中で時間の経過なんて何の意味もない。カインは西門からそっと町の中を覗き込んでいる。
 
「まだ・・・人通りがあるな・・・。もうしばらく過ぎないと入れないか・・・。」
 
 たとえばそれが剣士団を応援してくれる市民だとしても、この任務を無事終えるまでは誰にも出会わないほうがいい。大きな声で『剣士団頑張れ』などと言われたりしたら、すぐにあの衛兵達に見つかってしまう。カインは小さくため息をつき、西門とは逆の方向、ローラン方面に向かって歩き出した。どこへ行くつもりだろう。
 
「あの時もそんなに時間がかからなかったんだから、ちょっと寄り道しても大丈夫だよな。すぐに戻ればちょうどいい時間になってるかもしれない。」
 
 カインはそう言って、今度は道を北に向かって歩き出した。まさかカインが行こうとしているのは、漁火の岬なのか?確かに西門からあそこまではそんなに時間がかからない。岬に行って、すぐに戻ればちょうどいい時間になるとは思うけど・・・。
 
 夢の中だというのに、不安が大きくなってくる。なぜか、カインがその先に行ってはいけないような気がする。なぜそんなことを考えるのだろう。漁火の岬までの道ではモンスターだってめったに出会わない。出会ったとしてもカインの腕なら何も心配することはないはずなのに・・。
 
「懐かしいな・・・。またオーロラが見えればいいのにな・・・。」
 
 カインは漁火の岬についたようだ。迷わず岬の奥へと足を進める。やがて岬の突端が見えてきた。そこに何か・・・いや、あれは人だ。なんでこんな時間に人がいるんだろう。
 
「・・・え?」
 
 カインは驚いてその人影を見つめている・・・。
 
 
 
 そこで目覚めた。うなされたのかどうかは判らないが、汗はかいていた。なぜあんな夢を見たのだろう。あれはカインの身に起きた出来事なのか・・・。それともカインを心配するあまり、私の心が作り上げたカインの姿なのだろうか・・・。夢の中で感じた不安が胸を締め付ける。私は思いきり頭を横に振った。きっとカインは無事に北大陸に着いたのだ。そしてフロリア様を元に戻して、いや、例え戻らなかったとしても、私達のあとを追ってきてくれる。私達の仕事は、カインが追い付いてくるまでに長老に会えるようにすることだ。
 
「今日も一日聞き込みか・・・。」
 
 とにかく長老に会える方法を見つけなければどうしようもない。着替えをしてウィローを迎えに行った。ウィローももう起きて身支度を整えている。朝食をとった後、私達はすぐに村の広場へと出かけた。村の人達と話をしていれば、何かしらの手がかりが見つかるかもしれない。
 
「今日こそ、何かしら手がかりを見つけたいわね。」
 
 ウィローの声にも焦りが感じ取れる。ここについてからもう3日目の朝だ。一昨日ここに着いた時には、すぐにでも長老に会えるものだと思っていた。今頃はもうクリスタルミアへ入り、エルバールの元に向かっているだろうと思っていたのだ。木々の間から森の向こう側が見えるというのに、そこまではそんなに長い距離ではないというのに、壁のように立ちはだかる木々の間を抜ける方法がどうしてもわからない。私達は広場で話をしている人達に声をかけ、長老について教えてもらうことにした。森があの状態なのも長老に普段会えないのもこの村の人達にとっては日常だが、外から来た私達なら何かしら気が付くことがあるかもしれないと考えたからだ。みんな愛想よく話を聞いてくれるし、長老についても教えてくれた。だが・・・
 
「うーむ、しかし、長老に会いに行く時は、いつもあの森の道は開いておるからなあ。」
 
「それじゃ実際にあの木々が動く所を見た方は・・・。」
 
「おらんのじゃないかね。誰かが結婚した、子供が生まれた、誰かが亡くなった、そんな時はいつも長老に報告に行くのだが、いつの間にか道は開いておるのだよ。」
 
 結局のところ肝心なことは何もわからないまま、昼になり、やがて日が暮れる時間になってしまった。こうしている間にも飛竜エル・バールが目覚めてしまうかもしれない、この世界を滅ぼすために飛び立つかもしれないというのに・・・。
 
 
 宿のフロアで食事を待っている間、私達は黙り込んでいた。交易船の商人達は相変わらず陽気で、歌を歌ったり踊ったりして楽しそうだ。昨日までは私達も手拍子をしたりして楽しんだが、今日は何も耳に入らない。
 
「どうだい、食事は部屋に運ぼうか?」
 
 リガロさんが言ってくれたが、部屋で二人でいてもかえって焦りが大きくなるばかりだ。
 
「明日もう一度森を見に行ったらどうだい?俺が案内するよ。一昨日女房が案内したところよりもう少し奥には、畑なんかもあるんだ。そこではこの村の数少ない若者が仕事をしているから、広場で聞いた話とはまた違った話が聞けると思うよ。あの広場にいるのは年寄りばかりだからな。」
 
「そうですね・・・。それじゃお願いします。」
 
『何事も出会う人々の話をよく聞き、助言には耳を傾けて』
 
 不意に『導師』の言葉が浮かんだ。ああそうだ。今のリガロさんの言葉だって助言の一つだ。村の人達の言葉も・・・。
 
(でも・・・若い人と話をしたところで、何かわかるとも思えないな・・・。)
 
 何もかもが悪い方向に流れていくような気がする。
 
「お風呂に入った後、明日のことを少し話しましょうよ。」
 
 ウィローが言ったが、なんとなく風呂に入る気にもなれない。こんなことをしていていいのかと、焦りばかりが感じられる。
 
「私はお風呂に行くわよ。ここを出たら、クリスタルミアには温泉だってなさそうだものね。入り溜めしたいくらいだわ。」
 
 長老に会える日が、突然やってくるかもしれない、会えたらすぐにでもクリスタルミアに向かうつもりでいる。その時がいつ来てもいいように、風呂だけは入っておくということか・・・。
 
「・・・ははは・・・。そうだね。せっかく入れるのに入らないでおくなんてもったいないか・・・。」
 
「そういうこと、さあ、行きましょうよ。」
 
(そうか・・・もしかしたらウィローの言葉も助言の一つなのかもしれないな・・・。)
 
 気が進まなくても、風呂に入ればさっぱりするし気持ちも少しはシャキッとする。私の部屋で明日のことを話し合うことにした。
 
「今日も大した話は聞けなかったね。」
 
「そうね・・・。明日はどうかなあ。あの森の奥にある仕事場にいる人達は、何か知ってるのかしら。」
 
「それはあまり期待出来そうにないかな・・・。でもあの森の奥からクリスタルミアに抜ける道とかないのかな・・・。」
 
「あったとしてもそこを通ったら、『ズル』になっちゃうんじゃないの?」
 
「それはそうなんだけどね・・・。」
 
 着いた日を合わせてもう3日、私達は無駄に費やしている。この時の私は、ズルでもなんでもいい、長老に会えなくてもとにかくクリスタルミアに行ければいいのではないか、そんなことまで考えていた。

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