←前ページへ



「楽しんでいるところに現れて悪いな。」
 
 剣士団長はそう言うと食堂の中全体を見渡した。
 
「そんなことはありません。団長もどうですか、うまいですよ。」
 
 副団長が声をかける。
 
「いや、私はいいよ。クロービスにさっき言い忘れたことがあってな。どうせだからみんなにも聞いてもらおうと思ってここに来たんだ。」
 
「は、はい、なにか・・・?」
 
 私は慌てて立ち上がった。剣士団長が後ろを振り向いて、
 
「ユノ、お前も中に入って聞け。」
 
そう呼びかけると、団長の後ろから人影が現れた。イノージェンと同じ色の金の髪を、肩のところで切りそろえている。晴れた空のような青い瞳。整った顔立ち。白い肌。そして青でもない、黒でもない、吸い込まれそうな深い藍色の鎧を身につけ、細身の槍を携えた女性剣士だった。
 
(あれがユノ殿さ。美人だろ?とっつきにくいけどな。)
 
 カインが私を見上げ、囁いた。
 
「カイン!」
 
 剣士団長は突然カインの名前を呼んだ。
 
「は、はい!」
 
 今の囁きが団長に聞こえでもしたかと、カインも慌てて立ち上がる。
 
「そしてクロービス、お前達二人を正式に組ませようと思う。明日からは常に二人一組で任務に当たれ。単独行動は原則として禁止だからな。以上だ。」
 
「ありがとうございます!!」
 
 カインと私は顔を見合わせ、同時に返事をしていた。
 
「カイン、やっとお前の相方が出来たな。これからも精進するんだぞ。それからクロービス、お前にとって今日は最初の一歩に過ぎない。すべてはこれからだ。期待しているぞ。」
 
「あ・・・ありがとうございます。」
 
 団長の暖かい言葉にまた涙が出そうになる。
 
「それから、クロービスは明日フロリア様に謁見する。寝坊するなよ。」
 
 剣士団長はにやりと笑うと、そう言い残して食堂を出ていった。
 
「やったな!カイン、クロービス。新コンビの誕生だ!」
 
 副団長の声に拍手がわき起こる。
 
「おお、賑やかだな。」
 
 入口から、今度は年配の男性の声が聞こえた。オシニスさんは振り返ると、
 
「なんだよ?ここは執政館じゃねぇぞ。もうボケたか?じいさん。」
 
からかうように声をかける。
 
「ふん。そんなことくらいわかっとるわい。わしは新人剣士の顔を拝みに来たんだ。お前なんぞに用はありゃせんぞ。」
 
「お、おい、口を慎め。オシニス。」
 
 副団長が慌ててオシニスさんを睨んでみせるが、オシニスさんはどこ吹く風だ。
 
「グラディス、気にするな。だいたいこいつがそんなことを言ったくらいで聞くような奴じゃないことくらい、わかっているだろう。」
 
「は、はあ・・・。申し訳ありません。」
 
 副団長は汗を拭きながら答えている。誰なんだろう。着ているのは神官の服らしい。襟元などに落ち着いた色合いの美しい刺繍が施されている。王宮の中でも、かなり身分の高い人かも知れない。
 
「そのためにわざわざおいでになられたのですか。レイナック殿。」
 
 ライザーさんが不思議そうに年配の男性に声をかけた。
 
「おお、ライザー、相変わらずお前は礼儀正しいのぉ。お前とオシニスがコンビを組んでうまくいっているなど、未だにわしは信じられんぞ。」
 
 レイナック殿と言えば・・・確かエルバール王国の最高神官であり、御前会議を束ねる最高位の大臣でもあると、ここに来る前城下町の女性が教えてくれた人物だ。そんな雲の上のお方が私を見に来たとは・・・。
 
「毒舌は相変わらずだな、じいさん。」
 
 オシニスさんはそう言うと、私のほうを指し示し、
 
「こいつだよ。名前はクロービス。剣の腕もなかなかだぜ。」
 
「ほぉ。君が新人剣士か。オシニスは口はどうしようもなく悪いが剣の腕は一流だからな。こいつがそんな言い方をすると言うことは、君の腕も相当なものと見たぞ。」
 
「口はどうしようもなく悪い、はよけいだと思うがな。」
 
「ホントのことを言われておもしろくないか?まったくお前は変わらんな。初めて会った時のやんちゃ坊主そのままだな。」
 
 レイナック殿はにやにやしながらオシニスさんを見ている。
 
「やんちゃ坊主かよ・・・俺はもう25だぞ・・・。まあ言わせておいてやるよ。じいさんにぼけられたらこの国もやばいんだからな。」
 
 オシニスさんのその言葉にレイナック殿はふっと優しく微笑んで、
 
「さてと、戻るか。お、ユノ、フロリア様がここでみんなに加わりたいならそれでも構わないと仰せだったぞ。」
 
そう言って今度はユノのほうを見た。
 
「いえ・・・。すぐに戻ります。」
 
 ユノはそう言うと、そのままくるりと踵を返して食堂から出ていった。確かにカインの言うように、取っつきにくそうではある。みんなが敬遠するのはそんなところに理由があるのだろうが、私は彼女の瞳に、何か別な冷たいきらめきを見たような気がした。私達へ向けられた視線・・・。冷たいだけではない、何となく奇妙な・・・あれはいったい何なのだろう・・・。
 
「・・・あの娘も、もう少し打ち解けてくれるといいんだが・・・。」
 
 レイナック殿がぽつりとつぶやく。そしてカインと私のほうに向き直ると、
 
「パーシバルが久々の大型新人コンビだと言っておったが、なるほど、二人とも立派な面構えだな。エルバール王国のために、精進してくれよ。」
 
「あ、ありがとうございます。」
 
 カインと私は同時に頭を下げた。レイナック殿はそのまま食堂から去っていった。
 
「オシニスさんてすごいですね。レイナック殿にあんな口聞けるなんて。」
 
 カインが感心したようにオシニスさんを見つめる。
 
「いや・・・実は入団したばかりのころ、中庭をうろついてた不審なじじいを取り押さえたら、それがあのじいさんだったんだ。それからいつもこの調子さ。」
 
「僕がちょっと待てと言うのに、いきなり剣を抜いて尋問し始めるんだから。ヒヤヒヤしたよ。」
 
 ライザーさんが苦笑いをする。
 
「だって、中庭に汚ねぇ服着たジジイがいれば、誰だって変だと思うぞ。」
 
「汚い服じゃなくて神官の服だろ。おまけに最高神官しか身につけない色の服だったのに、それを知らないもんだから・・・。」
 
 ライザーさんはその時のことを思い出したのか、また笑い出した。
 
「まったく・・・。あんまり肝を冷やさせないでくれよ。」
 
 副団長がため息をつく。
 
「だが、オシニスがレイナック殿に敬語で接するところなど、私には想像もつかんな。」
 
 セルーネさんがくすくすと笑っている。
 
「それもそうだ。」
 
 副団長は大声で笑った。つられてまわりにいた剣士達が一斉に笑い出す。その笑い声がひとしきりおさまった時、
 
「さてと、それじゃそろそろ訓練場に行くか。」
 
副団長が突然言いだしたので、みんなきょとんとしてしまった。
 
「何だ、みんなきょとんとして。さっきハディが言ってたじゃないか。クロービスと手合わせしたいって。剣士団ならではの歓迎会だ。さあ、みんな訓練場に行くぞ。」
 
 私も驚いたが、言いだしたハディも驚いている。私よりも一ヶ月以上早く入団したというハディに、私の剣は通用するのだろうか・・・。
 
「お、おい、クロービス大丈夫か?こんなことになるんじゃないかとは思ってたけど・・・。」
 
 カインが心配顔で尋ねる。
 
「あんまり大丈夫じゃないような気はするけど・・・この状態で断れると思う・・・?」
 
「・・・思わない・・・。」
 
「・・・だよね・・・。やるしかないよ・・・。」
 
「それもそうだな・・・。」
 
「僕も君の剣さばきを見るのは初めてだからね、楽しみにしているよ。」
 
 ライザーさんが微笑んで声をかけてくれるが、それもまたプレッシャーになる。
 
「こいつ、なかなかやるぜ。」
 
 オシニスさんがにやりと笑う。ぞろぞろと訓練場に移動を始めた剣士達をよそに、ハリーさん達はまだ食べていた。
 
「おい!ハリー、キャラハン!さっさと来い!」
 
 セルーネさんの怒鳴り声に二人は
 
「こんなに残してもったいない。これを食べてから行きますよ。」
 
 食べることに夢中らしい。結局この日のごちそうは、この二人があらかた平らげてしまった。訓練場に着くと、副団長が審判を申し出てくれた。なんだか楽しそうに見える。
 
「二人とも準備はいいな?」
 
「はい。」
 
「大丈夫です。」
 
 そうだ。今はとにかくハディとの試合だ。
 
「よし。一本勝負だ。どちらかが降伏するか逃げ出すか、または武器を取り落とすかしたら、その時点でそいつの負けとする。」
 
 ハディと私は剣を抜き向かい合った。ハディは自分の構えた剣越しに、私を鋭く睨み据えている。ものすごい殺気が伝わってきていた。私はふと、ハディの故郷は壊滅状態でもうないと言うカインの言葉を思いだした。
 
(帰れなくとも、私の故郷はちゃんとあそこにあるんだよな。)
 
 帰れる場所が地上から消えてしまうなど、私には考えられないことだった。きっとハディはなにも出来なかった自分を悔やみ、その分だけこの仕事にかけているのだろう。
 
(せめて無様に負けるようなことだけはしないようにしなくちゃ・・・。)
 
 そう考えてふと、疑問に思う。
 
(何で最初から負けることなんて考えているんだろう・・・。)
 
 実際に勝てるかどうかは別にして、あきらめたらそこで終わりだ。
 
(とにかくやってみるしかないな・・・。)
 
「では行くぞ。始め!!」
 
 副団長の声を合図にハディが突進してくる。鋭い眼差しは私を捉えて離さない。真剣だ。とっさによけて剣をかわす。と、連続しての斬り込み。辛うじて受け止め、はじき返す。速い。そして迷いがない。私がこの町に出てきて最初に剣を交える相手がハディだったなら、簡単に負けていたかも知れない。だがランドさん、オシニスさんと剣を交えたあとでは、ハディの動きはそれほど素早いとは思えない。
 
『まずは相手の動きを見切って次に先を読む・・・。』
 
 父の言葉が再び脳裏に甦る。私は剣技の試験の時のように、矢継ぎ早に繰り出される剣先をかわしながらハディの動きを追い続けた。彼の隙を見つけることが出来れば私にも勝機はある。
 
「ええい!!ちょこまか動きやがって!!」
 
 ハディが苛ついてくるのがわかる。そしてほんのわずか剣の鋭さが鈍ったような気がした。
 大剣の使い手は通常両手で剣を持つ。重い剣に自分の体重をうまくのせると、剣の威力以上に相手にダメージを与えることが出来る。オシニスさんのようにその剣を片手で振り回すとなると、余程の訓練を積んでないかぎり、自分の腕でも斬りつけるのが関の山だ。両手持ちの剣は、見た目よりも扱いが難しいものだと、昔父が教えてくれたことを思い出した。その点、ハディの剣への体重の乗せ方は見事なものだった。受け止めるたびに手首が痛む。だがそれほど重い衝撃を受け続けているというのに、父の形見の剣は刃こぼれひとつ出来る気配がない。細身の剣とは思えない強靱さだ。だが剣は大丈夫でも、私の手首のほうはそう長くは持ちそうにない。それに長期戦になれば、それだけ体格で劣る私の方が不利になる。
 
 やがてハディの渾身の一撃が振り下ろされた。私は受け止めきれずにはじき飛ばされ、すぐ近くの壁にぶつかった。頭を打ち、めまいのために一瞬視界が奪われる。その時目の前に何かが覆い被さるような感覚に、私は無意識のうちに横に転がった。耳元で剣が空を切り裂く音がした。
 
「ちくしょうっ!」
 
 ハディの声だ。私の手にはしっかりと自分の剣が握りしめられていた。降伏も逃走もするつもりは毛頭ない。ならば武器を手放さない限り、私はまだ負けてはいないことになる。転がった勢いで私は立ち上がった。戻ってきた視界の中には、もうハディしか見えていなかった。負けたくない。その気持ちだけで私は動いていた。
 
 間合いをとり、ハディをじっと見つめる。落ち着いて隙を見つけること。そしてチャンスを確実にものにすること。ほんの少しでもタイミングがずれれば、勝ち目はないかも知れない。だが防御一本やりではなかなか隙を見つけにくい。思い切って私は攻撃を仕掛けた。今まで防戦一方だった私のいきなりの突撃に、ハディは一瞬面食らったが、正面でしっかりと受け止める。顔が近づいた時、悔しそうにハディがつぶやく。
 
「おれは・・・負けるわけには行かないんだ・・・。」
 
 ハディの剣が少しずつ私を後ろに押しやる。だが下がろうとすればさらに押されるだけだ。よく見るとハディは前にいる私にばかり気をとられている。熟練の剣士なら、たとえ前の敵を攻撃していても、常に自分の前後左右に注意を払っているものだと、これもまた父が教えてくれたことだった。今横から攻撃を受ければ、おそらくは一撃でハディはバランスを崩す・・・。
 
(だめで元々・・・。やってみる価値はあるかも知れない・・・。)
 
 私は、ハディから視線を外し、ちらりと左側を見た。ハディもハッとして私から注意を逸らし、自分の右側に目をやる。
 その瞬間、私は視線とは反対側に避けながら、思いっきりハディの胴めがけて剣を振り下ろした。
 
「ぐは!!」
 
 ハディがバランスを崩す。間髪をいれず、振り下ろした剣を小手に向かって下から上に思い切り振り上げた。読みは当たって、ハディの小手に私の剣が命中した。
 
ギィ・・・ン!
 
 バランスを崩し力が幾分抜けたところに、思い切り下からの衝撃が加わったことで、ハディの剣は鋭い金属音と共に宙に舞った。その衝撃で私の手首もビリビリと痛む。横っ飛びをしながらの攻撃だったので、私はそのままバランスを崩してしりもちをついた。
 
「それまで!!」
 
 副団長の声があがる。その声に立ち上がろうとしたが、舞い上がった剣が私めがけて落ちてくるのに気づいた。慌てて避けようとしたが、手首が痛んで力が入らない。ハディは負けた悔しさでか、剣のほうなど見ていない。下を向いて唇を噛みしめたまま戸口のほうに歩いていこうとしている。何とかよけなければ。必死で体を起こそうとしている私の視界の端に、誰かの影が映った。見物している剣士達の輪の中から、ヒュンと飛び出したその人影は、素早く自分の剣を抜き放つと、私をめがけて落ちてくるハディの剣をはじき返した。そして再び舞い上がった剣をその頭上で受け止めた。
 
「ライザーさん!!」
 
 ライザーさんのいた場所は、私が転んだ場所とは反対の方向だ。私のすぐそばにいた剣士が落ちてくる剣に気づいて行動を起こすより速く、まるで一陣の風が巻き起こったようなその素早い動きに、見物している先輩達の中から期せずして拍手が起こる。ライザーさんはほぅっと安堵のため息を漏らしながらゆっくりと私達に歩み寄り、
 
「危なかったね、クロービス・・・。手首を痛めたのか・・・?」
 
「い・・・いえ・・・大丈夫です・・・。」
 
 転んだままの姿勢で何とか答えると、私は自分で治療術を唱えて手首の痛みを取った。一瞬感じた死への恐怖で、体中から冷や汗が吹き出ていた。起きあがったものの、まだ少し震えている。ライザーさんは私の傍らに立ったまま、鋭くハディを見据えた。
 
「・・・負けたからって自分の剣の行方も確かめないというのは・・・未熟ではないのか?」
 
 静かな、だが厳しい口調に、ハディは黙って下を向いたまま、拳を強く握りしめている。
 
「少し頭を冷やすことだ。そしてさっきセルーネさんに言われたことを、もう一度考えてみることだね・・・。」
 
 そう言うと、ライザーさんはハディに剣を返した。ハディは無言で受け取り、一礼すると訓練場を出ていった。
 
「クロービス、君の剣さばき見せてもらったよ。お父上とよく似ている・・。なんだか懐かしかったよ。」
 
 やっとの事で震えが止まり、立ち上がった私に向かってライザーさんはそう言うと、優しく微笑んだ。少しだけ寂しそうに・・・。
 その時私の頭の中を一瞬だけ、何かの光景のようなものが通り過ぎたような気がした。
 
(なんだろう・・・。)
 
 でも私はすぐに忘れてしまった。今のライザーさんの言葉が嬉しかった。父と似ている・・・。私の剣が・・・。
 
「見事だったな、クロービス。ライザーもよくやった。さすが『疾風』の面目躍如だな。」
 
 副団長が近づいてきてそう声をかけた。
 
「疾風?」
 
 私は思わず聞き返した。
 
「ああ、お前は知らないんだったな。このライザーとオシニスは、北大陸の南地方を根城にしている盗賊どもから『疾風迅雷』と恐れられてるコンビなんだぞ。」
 
 副団長が愉快そうに教えてくれた。
 
「副団長、それはやめてください。盗賊に名前をつけられても嬉しくありませんよ。」
 
 ライザーさんが苦笑いをする。
 
「全くだ。副団長、その話はやめましょうよ。」
 
 オシニスさんも頭をかいている。
 
「いいじゃないか。『疾風』のライザーに『迅雷』のオシニスだ。お前達が盗賊どもに恐れられているおかげで、あのあたりの盗賊の被害が減ったんだからな。」
 
「すごいんですね・・・。」
 
 私はすっかり驚いていた。先ほどのあの素早さ、鎧を着込んでいながらあれだけの身軽さ・・・。確かに『疾風』だな、と思った。
 
「どうだ、かわいい後輩達にお前らの剣さばきを見せてやれば。なあ、クロービス。」
 
 副団長が私に声をかけながら、ライザーさんとオシニスさんの顔を見る。
 
「いいぞいいぞぉ!!」
 
 脳天気に拍手しているのはハリーさん達。
 
「気楽な奴らだな、全く・・・。そうだな。久々にやるか、ライザー。」
 
 オシニスさんはあきれたようにハリーさん達を睨みながら、ライザーさんに声をかけた。
 
「そうだね。最近君と立ち合う機会がなかったからな。」
 
 そう言うとライザーさんはあらためて自分の剣を鞘から抜いた。初めて会った時に腰に下げていた大剣だ。やはり鎧同様青みがかった光を放っている。
 
「よっしゃ!カイン、クロービス、よく見ておけよ!」
 
 副団長はやっぱり楽しそうだ。この人にとって、きっと団員達が腕を磨き、成長していくことが何よりの楽しみなのだろう。
 向かい合った二人を見て驚いた。ライザーさんもあの重そうな大剣を片手で持って軽く素振りをしている。見た目はオシニスさんほどがっちりした体格でもなさそうだが、一体どんな剣さばきを見せてくれるのだろう。なんだか私も楽しくなってきた。
 
「はじめ!」
 
 副団長の声と共に、お互い眼光鋭く相手を見据え、剣と剣が激しくぶつかり合う。二人とも普段はコンビを組んでいるが、こんな時にはどちらも本気なのだろう。もっともお互い相手の実力は知りすぎるほど知っているわけだから、手を抜いてかなうような相手ではないと言うことか。カインの言う通り、今戦っているライザーさんは、私がついさっきまで見ていたライザーさんとは別人のようだ。そしてオシニスさんも。
 
(確かに怖いかも・・・。)
 
 その時、また頭の中を何かがよぎった。
 
(まただ・・・。)
 
 父に似ていると言われた私の剣。やはり教えてもらったから似ているのか、それとも親子だからなのか。そして、父はなぜあれほど熱心に私に剣を教えてくれたのか・・・。
 
(あれ?)
 
 私はここで初めて気がついた。どうしてライザーさんは父の太刀筋など知っていたのだろう。そしてまた脳裏をよぎる光景・・・。
 
 その間にもライザーさんとオシニスさんの試合は続く。素早さと素早さのぶつかり合い。あれだけの速さなのに、どちらもまるで相手の動きがすべて判るかのように先手先手に剣を繰り出す。そして二人ともあの大剣を片手で軽々と振り回している。右に斬り込めば右に、左に踏み込めば左に、いつの間にか剣は持ち替えられている。剣の持ち替えなどをへたにやれば、その隙に斬り込まれてたたき落とされるのがおちだが、この二人は持ち替える瞬間にも隙がない。傍で見ているだけでは、まさか彼らの持っている剣が重い大剣であるなど到底思わないだろう。
 
 その時、頭の中にはっきりとした光景が突如浮かんだ。
 父が木刀を持っている。誰かに稽古をつけているらしい。まだ子供だ。だが私ではない。私はそれを見ている。そして私のとなりにはイノージェンがいる。よく見るとグレイもラスティもいる。それじゃ、あの子供は・・・。父が稽古をつけているのは・・・。
 ぼんやりとしていたその顔が次第にはっきりとしてきた。明るい栗色の髪。それがさらさらと風になびいている。そして涼しげな優しい、でも強い意志を秘めた瞳・・・。
 
(ライザーさん・・・。)
 
 小さな頃、ライザーさんは父に稽古をつけてもらってたのか・・・。そういえば、昔、体が弱かったと言っていた。もしかしたら体力づくりのためだったのかも知れない。どうして今まで思い出せなかったんだろう。イノージェンに何度言われても、実際に顔を見ても思い出せなかったのに、剣さばきを見て思い出すなんて・・・。もしかしたら、ライザーさんの剣も父に似ているのかも知れない。この剣士団の中で、いや、もしかしたらこのエルバール王国の中で、唯一父のことを話せる、父を信じてくれている人。心の拠り所があることがこんなにも嬉しい。
 
「どうだ、クロービス、あいつらの試合は?」
 
 いつの間にか隣にセルーネさんが来ていた。
 
「は、はい・・・すごいですね・・・。」
 
 それ以上の言葉が見つからない。
 
「そうだな・・・。今日入ったばかりのお前にしてみれば、すごいとしか言いようがないだろうな。」
 
「はい・・・。」
 
「実際、あの二人の剣は見事なものだ。ティールと私でもあの二人には100%勝てるわけではないからな。」
 
「負けることもある・・と?」
 
「そう言うことだ。あの力強さとスピードで一気に攻められると、正直かなりきつい。ティールも私も、何度も剣をたたき落とされているよ。」
 
「・・・・。」
 
「ところでクロービス、さっきハディとの試合で、お前が使った手だけどな。」
 
「・・・はい。」
 
「確かにうまい手だったが、あれはハディ以外のやつには通用しないぞ。それは憶えておいたほうがいいかと思ってな。」
 
「・・・そうですね・・・。」
 
 視線を外して引っかけるなど、もとよりうまく行くとは思っていなかったことだ。あれほどの腕を持ちながら、どうしてハディはあんな手に引っかかったのだろう。
 
「あの、セルーネさん・・・。」
 
「何だ?」
 
 問いかけてしまってから私は言葉に詰まった。そんなことを尋ねたりしたら、ハディをバカにしていると思われかねない。
 
「・・・あの・・・ライザーさん達の剣ですけど・・・。」
 
 私は必死で頭の中に色々な言葉を並べてみた。そしてこの状況で不自然にならずに尋ねることが出来る疑問をやっと探し出し口に出した。
 
「剣がどうかしたのか?」
 
「あ、あの・・・ライザーさんもオシニスさんもさっきから剣を持ち替えたりしてるけど、隙がないのは何でかなと思って。」
 
「それか・・・。」
 
 セルーネさんは、ふっと微笑むと、立合い中の二人に視線を移した。
 
「あの二人も最初からあれほど軽々と大剣を扱えたわけではないし、隙がなかったわけでもない。毎日の訓練の賜だ・・・。クロービス、お前いくつだ。?」
 
「20歳です。」
 
「そうか。お前はまだ成長途上だな。あの二人は確か25歳だったな。男としてはもう体が出来上がっていると言うことだ。それまでにどれだけ鍛錬するかで、体格などもかなり変わってくるし、剣の腕はなおさらだ。あの二人は私に隙を指摘されて、それを克服すべく気の遠くなるような鍛練を積んでここまでになったんだ。二人とも負けん気が強いからな。」
 
「二人とも?」
 
 オシニスさんなら確かに負けん気が強そうだが、ライザーさんの普段の穏やかな表情からはそんな気配は感じ取れない。
 
「オシニスはともかくライザーはそうは見えないか?」
 
「は、はい・・・。」
 
 セルーネさんはまるで私の考えいていることがすべてわかるようだ。
 
「まだ会ったばかりだから気づかなくても無理はないが、ライザーはとんでもなく負けん気が強いぞ。持ち替えなどしてわざわざ隙を作るくらいなら、おとなしく両手で剣を持つか、盾でも構えていろと言った私に、絶対に隙を克服してみせると言い放ったんだからな。」
 
 人は見かけに寄らないと言うことか。考えてみれば、そのくらいの強い意志でもなければ、15年間も同じ人を想い続けるなんてことだって出来はしないかも知れない。
 
「あの時はひよっこが何を偉そうにと思って見ていたが、あいつらは結局自分の意志を押し通してあれだけの使い手になった。あの速さで剣を操れれば、両手に剣を持っているようなものだ。それにあいつらの剣は本来両手で持つものだ。と言うことはそれだけ重く丈夫に出来ている。あれ一本で盾にも武器にもなりうる。」
 
「やっぱりみんなと同じように両手持ちの剣のほうがいいんでしょうか・・・。」
 
「そんなことは気にするな。お前はお前だ。見たところお前は細身だし、両手持ちの剣ではすぐにへばるんじゃないか?お前と同じタイプの剣を使う奴らもたくさんいるよ。お前の剣を磨くことが出来るのはお前自身だけなんだから、そんなことを思い悩むよりも、今の自分に一番適した訓練を積むことだけを考えろ。でないと後々に差が出てくるぞ。」
 
「はい。ありがとうございます。」
 
 セルーネさんに最初に出会ったのは、エルバール大陸極北の地だった。紅い鎧に身を包んだ女性剣士。そして次に会ったのが城下町の城壁の外側。思いがけず皮肉めいたことを言われたっけ。でもどんな時でもこの人は、いい加減なことは決して言わない。それだけ相手を思いやる心が深いのだろう。エルバールの民を思いやる心。剣士団の仲間を、後輩達を思いやる心。男言葉で怒らせると怖いけれど、こんなにいい先輩を持てたことが、私は嬉しかった。
 
「よーし、この辺でやめるか。お前らの試合はいつも勝負がつかない内におわっちまうのが難点だな。」
 
 副団長が手を挙げながら苦笑いをする。
 
「そうだな・・・。もう終わるか。なんだか動いたら腹が減ったな。食堂には何か残っていたっけ?」
 
 オシニスさんが腹の辺りをさすりながらハリーさん達の方を向く。
 
「どうかなぁ。めぼしいところは我々がいただきましたからねぇ。」
 
 二人とも涼しい顔をしている。
 
「まったく・・・。まあいいか。おばちゃんはもう帰っただろうな。何か探してくるか。おい、ライザー、お前はどうする?」
 
「そうだな・・・。今日は夜勤があるから、少し休んでおくよ。」
 
「あ・・・そうだった・・・。あ、おい!ハリー、キャラハン!お前らも夜勤だからな!さぼるんじゃないぞ!!」
 
 オシニスさんはハリーさん達の方を向いて怒鳴りつけた。
 
「は、はい〜。」
 
 二人ともすっかり縮み上がっている。
 
「それじゃ、カイン、クロービス。これからもよろしくな。」
 
「君達ならきっと名コンビになれるよ。」
 
 そう言ってオシニスさんとライザーさんは訓練場を出ていった。
 
「さぁて、お開きにするか。どうだクロービス、剣士団の歓迎会は気に入ってもらえたか?」
 
 副団長はいたずらっ子のようににやにやしながら、私に尋ねる。
 
「は、はい。みなさんすごい熱気で・・・、楽しかったです。」
 
「はっはっは。楽しかったか。お前は大物になりそうだな。」
 
 そう言うと、副団長は嬉しそうに私の肩を叩いた。ぞろぞろと先輩達が帰っていくと、訓練場の中にはカインとリーザ、それにティールさんとセルーネさんが残った。
 
「すごいわねえ、ハディをうち破るなんて。気に入ったわ、あなたの剣さばき。」
 
 言いながら、リーザはまたウィンクして見せた。
 
「でもハディ怒っちゃったみたいだね。」
 
 それが少し心配だった。出来ればみんなと同じように打ち解けて話したかった。
 
「もう少し広い視野を持ってくれるといいんだがな・・・。」
 
 セルーネさんがため息をつく。
 
「ハディのことが心配なんですね。」
 
 私の問いにセルーネさんは、
 
「ああ、なんだか昔の自分を見ているみたいでな。」
 
そう言ってまたため息をついた。
 
「確かにお前も似たようなものだったよな、セルーネ。」
 
 ティールさんがにやりと笑う。
 
「まあな・・・。剣の腕など一朝一夕で伸びるものではないのだ。あんな風に自分の遙か前しか見ていないようでは、いつ足下の小石に躓くかわからんからな。」
 
「セルーネさんは女性剣士第一号なんですよね?」
 
「誰から聞いた?」
 
「カインから聞きました。」
 
 隣でカインが『ヤバイ』と言うような顔をしている。
 
「そうだ。それまで王国剣士団というのは男の世界だったんだ。私はなめられないようにと、鎧を着込み、この言葉遣いで採用カウンターに乗り込んだのさ。たまたま当時の採用担当官がいなくて、私は剣士団長と直接剣を交えたんだ。」
 
「け、剣士団長と!?」
 
 あの見るからに超弩級の強さに見える剣士団長と・・・。
 
「結果は惨敗だ。だが、私は合格することが出来た。今思えば、剣士団長は私の腕をきちんと評価してくれたのだと、素直に受け止めることが出来る。だが当時の私は、女だからこの程度でもいいと思われたのかと、本気で悔しがっていたよ。少し考えれば、そんな理由で採用したりするわけはないと気づくのだがな。そしてそれから私は、出会う相手誰彼構わず勝負を申し込んだりしていたよ。ちょうど今のハディと同じようにな。早く強くなりたい。女だって男に負けない腕を身につけることが出来るんだって、そんなことばかり考えていた。腕を磨くために必要なのは、そんなことじゃなかったと気づいたのは、入団して一年近く過ぎた頃だ・・・・。」
 
「俺はこいつが入団してからずっとコンビを組んでいるが、最初の一年はなにを言っても言葉どおりに受け取ってもらえなかった。俺が男だからそんな風に考えるんだ、と言われてな。もっとも、俺だって入団するなり女と組まされるとは思っていなかったから、随分戸惑ったことは確かだな・・・。」
 
 ティールさんはその頃のことを思い出したのか、くすっと笑った。
 
「よく言うな・・・。私を女だなんて思ってたのか?」
 
 セルーネさんがティールさんに振り向きにやりと笑う。
 
「首から上は女に見えるぞ。首から下はわからん。確かめたことがあるわけではないからな。」
 
 その瞬間セルーネさんの拳がティールさんの頭に炸裂した。
 
「当たり前だ!つまらん冗談を言うな!まったくもう・・・。」
 
「いててて・・・。これで女だと思える方がおかしいくらいだ。まったくもう、はこっちの台詞だぞ・・・。」
 
 ティールさんは殴られた頭をさすりながら治療術を唱える。
 
「大げさな奴だな・・・。治療術が必要なほど強く殴ったつもりはないぞ!?」
 
「充分強いよ。もう少し自分の馬鹿力を自覚しろよ。」
 
「馬鹿力だとぉ!?」
 
「おいおい・・・。こんなところで喧嘩するなよ。」
 
 副団長のとりなしで、ティールさんとセルーネさんは顔を見合わせると、二人とも大きな声で笑い出した。
 
「それじゃ、クロービス、明日から頑張れよ。」
 
「張り切りすぎて怪我をせんようにな。」
 
 まだ笑いながら、ティールさんとセルーネさんは訓練場を出ていった。
 
「セルーネさんはいつもハディのこと気にかけてくれているんだけどねぇ・・・ハディには全然通じないのよ・・・。」
 
 セルーネさん達の後ろ姿を見送りながら、リーザがため息と共に小さくつぶやいた。
 
「いつもあんな調子なの?」
 
「そうね・・・。根は悪い人じゃないんだけど・・・いつもカリカリしてるわ。私だって初対面の時にぼろくそに言われたのよ?」
 
「何て?」
 
「『お嬢様のお守りをする気はない。おとなしく人形でも抱いて家にいろ。』ってね。まったく失礼しちゃうわ。あんまり頭にきたもんだから、思いっきりひっぱたいてこの槍でねじ伏せてやったわよ。ま、ハディにすれば、よけいにおもしろくなかったでしょうね。その『お嬢様』に負けたんだから。」
 
(な?怖いだろ?お前はよけいなことを言うなよ・・・。)
 
 カインの耳打ち。
 
「聞こえてるわよ・・・。」
 
 リーザの鋭い視線がカインに向けられる。
 
「さてと、明日の勤務に差し支えるほど夜更かしは出来ないからな。もう出よう。」
 
 副団長の言葉を合図に訓練場を出て、それぞれの部屋に戻っていった。私達も自分の部屋に戻り、ベッドに身を投げ出した。一気に疲れが押し寄せる。
 
「いやぁ、リーザは怖い。美人だし、鎧や槍なんて持っていなければ普通の女の子に見えるはずなんだけどな。・・・とにかく良かったな、クロービス。俺もホッとしているよ。それに・・・俺たちは正式にコンビを組んだんだ。明日から二人でがんばろうぜ。」
 
「うん、カイン、これからもよろしく。」
 
「しかし・・『通りがかりの旅人』がお前だったとはなあ。どうして隠してたんだよ。」
 
 カインが私を睨んでみせる。
 
「いや、別に隠してたわけじゃないけど、何となく言いそびれて・・・。それにたいしたことしたわけじゃないし。」
 
「でもすごいじゃないか。ちゃんと一人でモンスターを追い払ったんだろ?」
 
「それはそうだけど・・・。でもあの時いたのは、アサシンバグとコロボックル1匹ずつだからさ。そんなに大変じゃなかったよ。」
 
「そうか・・・。でも刺された子供を治療術で助けたって言うし、お前も結構やるよなあ。」
 
「それより、さっき剣士団長が言ってたフロリア様の謁見てどういうこと?」
 
「ああ、あれか。あれはフロリア様の前で不殺の誓いを立てるんだ。」
 
「不殺?」
 
 そういやブロムおじさんが言ってたっけ。
 
「そうだ。『どんなに凶悪なモンスターでも決してトドメを刺して殺したりしない』これがフロリア様の方針であり、我々剣士団の誇りでもあるのさ。研修の時にお前がモンスターを殺そうとするようならそれを教えようかと思ってたけど、お前脅かしたりするだけだったからさ。別に言わなかったんだ。」
 
「そうか・・・。実を言うとね、私はここに来る前に北のほうでモンスターを2匹殺しちゃったんだよ。でも後味が悪くてさ、だからもう殺したくないんだ。出来るだけ急所をはずして攻撃してる。」
 
「ふぅん・・・そうだな。確かに殺すってのは後味悪いよな。」
 
 カインも頷いている。
 
「さあ、もう寝ようぜ。明日からは俺達もいよいよ本格始動だからな。」
 
 カインは嬉しそうだ。
 
「そうだね。お休み。」
 
「お休み。」
 
 そうして私達は眠りについた。

第10章へ続く

小説TOPへ  プロローグ〜第10章のページへ