ローランから王宮までの道。来る時に一度通った道でも気を抜けば大変なことになる。私達は相変わらず現れる森のモンスター達をなぎ払いながら、やがて洞窟の前まで辿り着いた。火を熾し食事をとる。
「しかしなあ・・・。あれがオシニスさんだったとは・・・。」
カインがまたつぶやく。余程驚いたのだろう。何度も同じことを言っている。
「どんな研修だったの?」
「・・・お前はもう研修は終わりだろうから言ってもいいかな。ほんとは言っちゃいけないんだけどな。」
「どうして?」
「研修は人それぞれだけど、中には似たような研修を受ける者もいるからな。」
「そうか。中身がわかっちゃったらまずいよね。」
「そういうことだろうな。俺は研修の時、ハディと組んだんだよ。ハディのほうが一週間ほど早く合格してたからな。それと、俺たちがコンビを組めるかどうかの適性を見るということもあったかもな。俺たちは城下町の西門から、このローランまでの道よりも南側にある山岳地帯の警備を命ぜられた。山賊の被害がでていると言うことだったんだが、出会ったら戦わずに逃げろ、報告だけすればいいと指示されてな。俺たちにはどうせ倒せないからって。俺たちはぷりぷりしながら出掛けたよ・・・。」
「まったく・・・何なんだよ!?あの剣士団長の言い方は・・・!」
カインはかなり機嫌が悪かった。
「仕方ないじゃないか。俺達はまだ新人なんだ。まともに山賊を討ち取れるなんて思っていやしないのさ。」
そう言うハディもかなり気分が悪そうだった。カインは改めて先ほどの剣士団長の言葉を思いだしていた。
「いいか?ハディ、カイン。山賊を見かけたら、出た場所と被害に遭っていた人の数を記録して報告しろ。絶対にお前達だけで向かっていったりするな。あのあたりの山賊は凶暴だ。お前達の腕では、返り討ちにあうのがせいぜいだからな。」
剣士団長はそう言いながら、自分達を見てにやりと笑った。
カインは剣士団にはいるため、もうずっとずっと長い間剣の腕を磨いてきた。一生懸命お金を貯めて、やっと買うことが出来た鎧と剣を装備して、勇んで剣士団の採用試験を受けに来たのだ。剣技の試験は大変だった。今までとは勝手が違う。正当な剣術を学んできた採用担当官・・・。自分の喧嘩剣法など通じないような相手だった。それでも何とか食らいついて無事仮入団まで漕ぎつけた。そしてこれから向かう研修を無事終えることが出来れば、正式に王国剣士として入団出来る。研修で華々しい活躍など出来ようはずはないだろうが、まるで山賊に出会ったらしっぽを巻いて逃げ帰ってこいと言われたようで、カインは悔しかった。
(報告だの記録だの・・・王国剣士の仕事じゃないよ・・・。剣士団が山賊ごときにそんな弱腰で・・・どうするんだ・・・。)
カインは苛立つ気持ちを抑えきれず、道すがら次々と襲いかかるモンスター達をなぎ倒しながら、山岳地帯へと進んでいった。
山に分け入り、中程まで来てみたが、誰もいない。旅人が何人かすれ違っただけだった。
「静かなもんだな・・・。」
ハディが拍子抜けしたようにつぶやく。
「そうだな・・・。ま、出ないなら出ないでいいんだけど・・・。」
がっかりした気持ちが半分と、ほっとした気持ちが半分。カインは複雑な思いのまま、ハディと二人山の奥へと進み、やがて頂上付近の道に出た。
「どうする?もう帰るか?」
ハディはきょろきょろと辺りを見回しながら、カインに声をかけた。
「そうだな・・・。まあ一応テントは持ってきたから・・・出るまで泊まり込んだほうがいいのかも知れないし・・・。」
そんな会話を交わしていた時、どこかで悲鳴のようなものが聞こえたような気がした。
「今何か聞こえなかったか!?」
「聞こえた。行ってみよう!」
二人は走り出した。やがて山の頂上近くにある鬱蒼とした森の前で、旅人が縛り上げられているのが見えた。
「出やがったか・・・。」
ハディの舌打ち。
太い木の陰に隠れているので、山賊達はこちらに気づいていないらしい。
「相手は二人か・・・・。」
カインがつぶやく。
「だがかなりの腕って感じだぞ?」
ハディが答える。
「この状況を・・・黙って看過ごして王宮に帰れって言うのが・・・剣士団長の言う研修なのか・・・。」
悔しさのあまりカインは、歯をギリギリと噛みしめた。
「それが命令なら仕方ないだろう。あの山賊ども・・・旅人を縛り上げているって言うことは、殺す気はないんだろうな。殺すならとっくに殺ってるはずだからな。さてと、俺達は帰るぞ。」
「帰るだと!?」
カインがハディを睨む。
「ああ、そうだ。俺達は報告しなくちゃならないじゃないか。」
「・・・お前一人で帰れよ。」
「俺が一人で帰って、お前はどうするんだ?まさかあの山賊に斬り込むなんて考えているんじゃないだろうな!?」
「俺は王国剣士だ。俺の義務はエルバールを護ることだ。」
「だが命令に背けば入団も出来ないぞ!?」
「今目の前の人達を救うことが出来なくて、何が正式入団だ!」
カインの声が少しずつ大きくなってくる。
「俺は王国剣士だ!子供の使いでここに来たわけじゃないんだ!!」
カインは叫びながら山賊に向かって突進した。山賊の一人が慌てて逃げていく。逃がすものかとあとを追おうとしたが、もうひとりのほうに行く手を阻まれた。
「この人達を離せ!」
カインは山賊を睨みつけ、剣を構えた。追いついたハディも剣を抜く。
「まったく!!なんでお前はそう無鉄砲なんだよ!」
「帰ればいいじゃないか!これは俺の独断だ!」
「ばか野郎!お前を置いていけるか!!それにお前のサポートが俺の初仕事なんだ!お前を置いて帰れば、俺は自分の仕事を放棄したことになる!!」
二人は山賊と向かい合った。この山賊はかなり背が高く、剣の腕も相当なものに見えた。隙がない・・・。
「ばかな奴らだ・・・。おとなしく帰ればいいものを・・・。」
不気味な笑い声をあげて、山賊がいきなり躍りかかってくる。慌ててカインは相手の剣をはじき返した。山賊は、はじかれた剣を今度はハディに向かって振り下ろす。何と素早いことか。これでは攻撃を仕掛けるどころか、相手の剣を防ぐのがやっとだ。必死になって山賊の剣を受け止める二人に対し、山賊は終始にやにやとしながら剣を振るい続けている。
「たいしたことないなぁ・・・。これが王国剣士か・・・。」
山賊のつぶやきにハディが真っ赤になって怒鳴り返した。
「うるさい!山賊風情に言われる筋合いはない!」
「その山賊風情にこれほど苦戦しているのは誰だ!?まったく時間の無駄だったな。そろそろ失礼させてもらおうか!」
山賊は高笑いをあげると、カイン達とは反対側の道に駆け出した。ハディは迷わず山賊の後を追いかける。
「あ、ばか!ハディ!おい待てよ!一人で行くな!!」
カインも駆け出そうとしたが、道の脇に転がされている旅人達が視界に入った。こんなところにこのまま放り出して行くわけには行かない。カインは旅人達の縄をほどいた。
「あ・・ありがとうございました。」
旅人達は青ざめた顔で震えている。
「ここから、あなた達だけで戻れますか?」
「大丈夫です。いつもなら、山賊くらい追い払うことは出来るのですが、あの山賊は素早くて・・・抵抗する間もありませんでした。本当に助かりました。」
「では、道中気をつけて・・。」
カインは旅人達に別れを告げ、ハディの後を追いかけた。
(まったく・・・ハディの奴無茶しやがって・・・。)
それでなくても早く強くなりたくて焦っているところに、山賊ごときに自分の腕をばかにされて、ハディはすっかり頭に血が上っているように見えた。あの山賊の腕前は、悔しいがカインも認めざるを得ない。二人であれほど苦戦していたのに、ハディ一人でなど・・・。ここまで考えて、カインはハッとした。自分達が山賊を見つけた時、もう一人いたはずだ。自分が斬りかかろうとした時、いきなり逃げ出した。あの山賊の態度が、最初から自分達を挑発するのが目的だったとしたら・・・。ハディは二人の山賊に待ち伏せされているかも知れない。カインは足を速めた。もうひとりの山賊の腕前は判らないが、二人同時に襲いかかられたら・・・。やがて前方に誰かが倒れているのが見えた。剣士団の制服・・・。
「ハディ!!」
叫びながらハディに駆け寄ろうとした瞬間、衝撃がカインの後頭部を襲い、目の前が真っ暗になった。
気づいた時、辺りはもう薄暗くなっていた。西の空が赤く染まっている。慌てて辺りを見回すと、隣にハディが倒れていた。
「おい!!起きろ!ハディ!!」
必死で揺り起こすと、ハディはうるさそうに眼を開けた。
「なんだよ・・・。」
「なんだよじゃないよ!大丈夫なのか!」
カインの言葉にハディはハッとして飛び起きた。
「そうだ!あの山賊ども!どこに行きやがった!」
「ふぅ・・・。大丈夫らしいな・・・。いてて・・・。」
ハディの無事を確認して安心したせいか、突然カインの後頭部が痛み出した。
「お前もやられたのか・・・。」
ハディも後頭部を押さえている。
「らしいな・・・。しかし・・・それほどひどいタンコブもないし、傷にもなっていない・・・。なんで俺達気を失ったりしたんだ・・・?」
「知るか!くそっ!いいように手玉に取られて・・・。大失態だ・・・!」
ハディは忌々しそうに地面を思いきり拳で叩いた。
「これから戻っても途中で暗くなるな・・・。どうする?」
ため息をつきながら、カインはハディに尋ねた。これでもう正式入団は絶望的だ。それなら焦って王宮に戻る必要もない。
「そうだな・・・。ここらでキャンプでも張るか。食べ物とテントはあるしな。燃やすものには困らないし・・・。」
ハディも肩を落としながら立ち上がり、二人はキャンプの準備を始めた。
「ハディ・・・。悪かったな・・・。今さら謝っても仕方ないけど・・・。」
「俺のことはいいよ・・・。それよりカイン、お前はこれで正式入団は出来ないかも知れないぞ?」
「仕方ないよ。またそのうち挑戦するさ。一度落ちたら二度と受けられないってわけじゃないだろうし。」
「それはそうかも知れないけど・・・。でも当然入団の条件は厳しくなるだろうな。」
「そうだなぁ・・・。」
二人ともすっかり気落ちして、食べ物の味も何もわからないほどだった。そして翌朝早く、二人はテントを畳み、山を下り始めた。
「明るいうちに王宮へは着けそうだな・・・。」
「そうだな・・・。宿舎に置いた荷物・・・ちゃんともって帰らなくちゃ・・・。」
「帰るって・・・。お前帰る家はあるのか?」
「あることはあるよ。家って言うほどのものじゃないけどな。とりあえず雨露がしのげる程度の小屋だ。貧民街の家なんて、みんなそんなもんだよ。」
「そうか・・・。しかし・・・やっぱり俺はお前を止めるべきだったよな・・・。」
「気にするなよ。あれは俺の独断だ。お前のせいじゃないよ。それに・・・旅人を助けることが出来たしな・・・。」
命令を無視したうえに、山賊を取り逃がし、あまつさえ殴られて気を失ってしまった。襲われていた旅人を助けることが出来たのだけが、カインにとってせめてもの慰めだった。二人は重い気持ちのまま、城下町の西門を抜けて王宮へと向かった・・・。
「でも合格したんだね?」
「ああ、そうだ。剣士団長から、『言われた通りのことを言われた通りにこなすだけなら誰にでもできる、でも王国剣士として何よりも大事なものをお前は持っている』と言われたよ。嬉しかったな。俺が合格したことでハディの顔も立った。無事初任務を遂行したってわけだ。だが俺とハディのコンビは実現しなかった。それが不思議だったけど、今思えば、そのあたりは実際に俺たちと戦ったオシニスさんの報告で剣士団長が決めたんだろうな。」
「でも山賊が二人いたって言うことは・・・試験官はオシニスさん一人じゃなかったって言うことかな・・・。」
「そうだな・・・。まあ山賊が一人で出たりしたらそれだけで不自然だし・・・でもそれじゃ誰が・・・。」
カインも不思議そうにつぶやいた。
「それってさ・・・もしかして・・・。」
「・・・ライザーさんか・・・!?」
私達は顔を見合わせ、ほとんど同時に吹き出した。
「騙されたぁ!ぜんっぜん気づかなかったよ。」
カインはごろんと寝ころび、笑いながら星空を見上げた。
「きっとそうだよ。ライザーさんて、治療術使えるんだよね?それなら、君達を殴って気絶させたあと、殴られたのが判る程度に傷を回復させることも可能だったと思うよ。」
「治療術って言うのは・・・そこまでコントロール出来るのか?」
「腕が上がればね。」
「なるほどなぁ・・・。しかし・・・剣士団て言うところはすごいな。なんて言うかこう・・・懐が深いよ。すばらしい先輩達に囲まれて、俺たちは恵まれているんだな。」
「そうだね・・・。」
「さて、そろそろ寝るか。俺が先に不寝番に立つよ。お前はあとで交替してくれ。」
「わかった。」
「・・・この前みたいにうなされないでくれよ・・・。」
カインが心配顔になる。
「そ、それは・・・でも夢なんてコントロールできないよ。」
「それは確かにそうだが・・・。」
「とにかくお休み。明日も早いんだものね。」
「そうだな。お休み。」
不安そうに見つめるカインを洞窟の入口に残し、私は奥にはいると寝袋に潜り込んだ。だがなかなか眠れない。私は本当に合格できるんだろうか。何とか指輪を取り戻したものの、何か大事なことを忘れているんじゃないだろうか。そんな不安が頭をよぎる。
やがてウトウトしかけた頃、やはり夢が訪れた。
『泥棒の子』と蔑まれ、
殴られ蹴られているカインの姿・・・。
そして現れる少女・・・。
カインに起こされるのを待たず、私は目を覚ました。どのくらいの時間が経ったのだろう。洞窟の入口に行くと、カインが額に手を当てるようにしてぼんやりと焚き火を見ている。東の空はまだ暗い。
「カイン、交替するよ。」
私の声にカインはびくっと肩を震わせ、驚いて振り返った。
「あ、ああ・・・そんな時間か・・・。」
そう言うとカインはゆっくりと立ち上がり、
「お休み・・・クロービス。」
それだけ言って奥へと消えていった。焚き火の前に座ると、火が消えかけている。私は慌てて薪をくべながら、カインが火の消えかかるのにも気づかないほどに考え込んでいたことがなんなのか、気にかかっていた。私がさっき見た夢・・・。あれはカインの心の中なのだろうか・・・。そしてやはり気になる、あの少女・・・。
そのうち東の空が明るくなってきた。
「おはよう、クロービス。」
カインが起き出してくる。
「おはよう。まだ早いよ。」
振り向くと、もういつものカインの顔だ。
「いや、もう出掛けよう。はやいとこ剣士団長に報告したいしな。」
私達は食事を済ませると、朝日が昇る頃には東に向かって歩き始めていた。森を抜けて城下町の西門を目指す。やがて遙か彼方に城壁が見えてきた。
門に着くと、見張りの剣士がにこにこと出迎えてくれる。
「ごくろうさん。君が研修中の新人だな?ローランまでは遠かったろ?」
「はい。」
私は素直に答えた。
「今日はハリーさん達がこっちなんですね。東門は?」
カインがにやにやしながら門番の剣士をからかう。言われてみると、この間酔っぱらい達の仲裁をしていた剣士達らしい。
「お、おい・・。君達のような新米にまでその話は知れ渡っているのか?」
隣の剣士が頭をかく。今カインと話しているのがハリーさんなら、こちらは確か・・・キャラハンさんか・・・。
「当然。セルーネさんがすごい勢いで怒ってましたからね。」
カインは笑いながら門をぬけて城下町に入っていく。私も慌ててあとを追った。大通りをぬけて、南門から王宮まで通じている道に着いた。
「さてと、王宮は目の前だ。楽しみだな。」
カインはにこにこしている。だが私は再び不安になっていた。あれでよかったのだろうか。私の選択に間違いはなかったのだろうか。ローランへ向かう途中、気のゆるみから危ういところをカインに助けられた。私など、王国剣士の器ではないのかも知れない。もしかしたら私は任務など何一つ遂行できていないのではないか・・・。どんどん自信がなくなっていく。そしてどんどん足取りも重くなっていった。それでも足を交互に前に出していれば、いずれは王宮の前に着いてしまうものだ。中に入るとパティが声をかけてきた。
「おかえりなさい。どうだった?うまく行ったの?」
「ばっちりさ。」
カインはにこにこと答える。
「へぇ・・・。でもクロービスの顔は全然ばっちりじゃないみたいね。」
パティは私の顔を少し意外そうに見ている。
「うーん・・・。どうなのかな・・・。」
「ふふ、カインがばっちりだって言うなら大丈夫よ。自信持って報告するのよ!」
パティの声に励まされ、カインと私は、ロビーをぬけて剣士団長の部屋へと向かった。
「失礼します。」
重い足取りのまま部屋の中へと足を踏み入れる。机に座って書類に目を通していた剣士団長が、私達に気づき立ち上がった。
「おお、ご苦労だったな。では報告を聞こうか。」
変わらない威厳と柔らかな微笑み。私は観念して、ローランで起こったすべての出来事を詳細に報告した。
「するともう任務は終了したとみていいのだな?」
ずっと黙って聞いていた剣士団長がゆっくりと口を開いた。
「はい・・・。すべて・・・完了いたしました。」
その場から逃げ出したい衝動を抑えながら、私は告げた。剣士団長はにやりと笑うと、
「ふむ、実は隠していたが、この任務は、お前が王国剣士に向くかどうかの第二のテストだったのだ。」
「・・・・。」
テスト・・・。ただの力試しの任務ではなくて、完全なテストだったのか・・・。ますます自信がなくなる。
「当然結果が悪ければ、剣士団に入ることは許されない。」
やはり悪かったのか。何を見落としていたんだろう・・・。
「さて、クロービス。君の結果が出ている。」
このままここから逃げ出したい。『失礼しました、出直してきます』と言って駆け出してしまおうか・・・。
「クロービス、君は正式に王国剣士として認められた。君はエルバール王国剣士に必要な資質を十分に備えているようだな。」
「え?」
思いがけない剣士団長の言葉に、私はぽかんとしたまま顔をあげた。
「うん?聞こえなかったのか?君は王国剣士として認められたと言ったのだがな。」
剣士団長がまたにやりと笑う。
「やったな!!クロービス!」
カインが嬉しそうに思いっきり私の肩を叩く。それでもまだ信じられず呆然とする私の顔を見ながら剣士団長は言葉を続けた。
「さて、クロービス。もはや君がいかなる生まれであろうと、どんな過去があろうと関係ない。大事なのは、君が『王国剣士』であると言うこと。そして、これから何をするかと言うこと。共にエルバールを守っていこう。」
「は、はい!!」
感動で胸がいっぱいだった。私にとってこの剣士団長の言葉は、まるで『お前はここで生きていっていいんだぞ』と言われたようで、やっと自分の居場所を見つけた喜びに私の目には思わず涙が滲んだ。
「さあ、これを受け取るがいい、クロービス。」
そう言うと、剣士団長は『王国剣士の証』を差し出した。私の名前が入っている。
「あ・・・ありがとうございます。」
もっとたくさん感謝の言葉を述べたかったのだが、涙が溢れてきてそれだけを言うのがやっとだった。
「よし、今日はゆっくり休め。あ、その前に食堂のほうに顔を出しておけよ。カイン、お前が連れて行ってやれ。」
剣士団長は私の肩をぽんぽんと叩くと、にっこりと微笑んだ。
「はい、わかりました。」
剣士団長の部屋を出ると、カインが私の顔をのぞき込んだ。
「よかったな、クロービス。さて食堂に行くぞ。顔を拭いておけよ。」
「あ、ありがとう、カイン。カインのおかげだよ。・・・でも何で食堂?」
「行けばわかるさ。それに別に俺のおかげってことないよ。指輪を取り返そうって言いだしたのはお前だしな。お前がモルダナさんの大切なものを一生懸命守ろうとしたから、うまく行ったんだと思うよ。」
カインは楽しそうに答える。私達は食堂のドアを開けた。その途端、中から拍手がわき起こる。驚いて中に入ると、中にいた人達が一斉に
「おめでとう、クロービス!!」
笑顔で出迎えてくれた。
「あ、ありがとうございます。」
私は食堂の入口に立ったまま深々と頭を下げた。そしてまた涙がこぼれ落ち、しばらく顔をあげられなかった。やっと顔をあげて中を見渡すと、食堂のおばさん、ランドさん、ライザーさん、それに一昨日海鳴りの祠にいたはずのオシニスさんの顔も見える。それに副団長や、さっき西門で会ったハリーさんとキャラハンさんもいた。そしてその他のたくさんの剣士達が私を歓迎するために集まってくれていた。
「クロービス、おめでとう。たくさんご馳走を用意したのよ。一杯食べてね。」
食堂のおばさんがにこにこしながら私を席のほうに促してくれた。
「やぁ、おめでとう。お先にいただいてるよ。クロービス。」
ハリーさん達は嬉々としてご馳走にかぶりついている。
「よぉ、ご苦労さん。よかったな、無事合格して。」
オシニスさんが声をかけてくる。
「一昨日はすみませんでした。」
「なに謝ってんだよ。あのくらい本気で向かってきてくれなくちゃ、こっちも張り合いがないってもんだ。第一試験にならないじゃないか。」
そう言うとオシニスさんは大声で笑った。
「でも早いですね。もう戻ってたなんて。」
カインが尋ねた。
「俺はあのまま、まっすぐここまで戻ったからな。この仕事は行き帰りが大変なんだぞ。お前達より早く現場について、お前達より早く戻ってこなくちゃならないんだから。」
「あれ?出掛けたのはいつなんですか?こいつが試験に受かったのはえーと・・・。」
カインが考え込んでいる。
「その受かったと聞いたすぐあとさ。ランドから聞いてすぐにここを出て、海鳴りの祠でお前達を待ち伏せしてたってわけだ。」
そう言えば、私が剣技の試験に合格したすぐあと、ランドさんが採用カウンターの隣にあるロビーで何か話していた。あれがそうだったのか。
「でも僕がクロービスと一緒にいる時に、セスタンさんに君のことで聞かれて焦ったよ。」
ライザーさんがにやにやしながらオシニスさんに話しかける。
「はっはっは。そりゃそうだな。」
そして私のほうを振り返り、
「オシニスの盗賊はどうだった?似合ってただろ?忍び装束。」
そう言ってくすくすと笑った。
「はい、すごく・・・。それに・・・強かったです。あの時オシニスさんが引いてくれなかったら私達は叩きのめされていたんでしょうね、きっと・・。」
それが私の正直な気持ちだった。
「それだけ君たちの腕が素晴らしかったと言うことだよ。もっと胸を張ってもいいんだよ。」
「はい、ありがとうございます。」
「おい、すごくってことはないだろ・・・。そんなに似合ってたかな・・・。」
オシニスさんは、首を傾げている。
「やっぱり君は制服より忍び装束のほうが似合うようだな。」
ライザーさんが、からかうようにオシニスさんを見た。
「あのぅ・・・。」
その時カインがおずおずとライザーさんに声をかけた。
「何だい?」
不思議そうに振り返るライザーさんに、
「あの・・・ライザーさんも山賊だったんですか?」
小さな声で尋ねた。ライザーさんは一瞬きょとんとしてカインの顔を見ていたが、
「やっと気づいたんだね。もう少し早くてもよかったと思うけど。」
そう言いながら、こらえきれないように笑いだした。
「半分は俺が教えたからな。」
オシニスさんが話に加わる。
「ライザーの奴、あの山賊スタイルでノリノリだったんだぜ。お前達と剣を交えるのは俺の役目だったから、とりあえず先に逃げてもらって、追いかけてきたお前らを後ろからぶん殴って気絶させてもらったわけさ。あの時は、こっちの正体をばらさないってことになってたからな。」
「やっぱりあれもライザーさん・・・。」
カインは信じられないといった風にライザーさんをまじまじと見る。
「それはないよ、オシニス。山賊が一人じゃかえって怪しまれるからって、僕を引っ張り出したのは君じゃないか。」
ライザーさんが笑いながらオシニスさんを突っつく。その時入口からどやどやと何人か剣士達が入ってきた。
「新人剣士が決まったそうじゃないか。どこだ?」
これは・・・城壁の外で出会ったティールさんの声だ。
「ティールさんこっちですよ。」
オシニスさんが手を挙げて私を指し示す。
「君は・・・。」
ティールさんは私の顔を見て、にっこりと笑うと、
「そうか・・・。やはり来てくれたんだな。」
そう言って手を差し出した。
「はい、クロービスと申します。よろしくお願いします。先日は名乗りもしないで失礼しました。」
「いや、うれしいよ。」
私達はしっかりと握手を交わした。
「あれ?知り合いですか?ティールさん?」
オシニスさんもライザーさんもカインもきょとんとしている。ティールさんの後ろからセルーネさんがにやにやしながら私を見ていた。
「・・・なるほど。結局ここに落ち着いたというわけか。」
「はい・・・よろしくお願いします。」
また何か皮肉めいたことでも言われるのかとも思ったが、私は素直に頭を下げた。が、セルーネさんはランドさんに向き直ると、
「ランド、お前の見立てで、クロービスの剣はどの程度だ?」
大きな声で尋ねた。
「そうですねぇ・・・。負けてAランクということにしておきましょうか。さらに新人剣士としては、という注釈付きですがね。」
ランドさんもにやにやしながら答える。
「なるほど。それではクロービス、お前の腕は信用しよう。ランドの見立てなら間違いはないからな。」
そう言ってセルーネさんはニッと笑うと、今度はハリーさんとキャラハンさんの方を向いた。
「ハリー!キャラハン!こっちに来い!」
これまた大声で二人を呼びつける。ご馳走を食べるのに夢中だった二人は、縮み上がって飛ぶようにセルーネさんのところに来た。二人ともまだ口をもぐもぐさせている。
「二人とも、クロービスに礼を言っておけ。彼のおかげで、お前達は減給処分と1年間のトイレ掃除を免れたんだからな。」
セルーネさんの言葉に、食堂の中の視線が一斉に私に集まる。
「え、それじゃ通りがかりの旅人ってのは・・・。」
カインが大きく口を開けたまま私の顔を見ている。
「クロービス、あれは君だったのか。」
ライザーさんも驚き顔だ。
「ん?何の話だ?」
オシニスさんが私の研修のために王宮を出たのは、どうやらこの話が伝わる前らしい。
「あとで教えてやるよ。」
ライザーさんがオシニスさんに耳打ちをする。ハリーさん達は驚いて私を見ると、急いで口の中のものを飲み込みしゃべりはじめた。
「そうかぁ、君だったのかぁ!俺たちを見かけてセルーネさん達に教えてくれたのは。それに外に出た母子連れも助けてくれたんだよな。ありがとう。君は俺達の命の恩人だ!!」
「い、いや、あの・・・そんなたいしたことしてないですから・・・。」
大げさな感謝の言葉を述べる二人に私はすっかり参ってしまった。
「やれやれ・・・聖戦竜でも仕留めたような騒ぎだな・・・。」
セルーネさんの後ろから声がする。何となく嫌みな言い方だ。
「ハディ、来てたのか。紹介するよ。今日めでたく合格した・・・。」
「知ってるさ。これだけの騒ぎになっていればな。」
ハディと呼ばれた剣士はカインの言葉を遮り、私の前に歩み寄った。短く刈り込んだ金髪、灰色の瞳が刺すように私を見つめている。
「ふぅん・・・お前がクロービスか・・・。とりあえず自己紹介くらいはしておくか。俺はハディだ。お前よりも1ヶ月以上早く入団した。あとで訓練場につきあえ。『通りがかりの旅人』の腕を見せてもらおうじゃないか。」
ハディは嫌みたっぷりにそう言うと、フンと鼻をならしてスタスタと食堂を出ていこうとした。
「おい、待てよ、ハディ!」
カインが呼び止める。
「何だよ!?」
「初対面でいきなりその言い方はないだろう?俺達は同期入団の仲間になるんだぞ。」
「同期入団だろうが何だろうが、どの程度の腕なのか自分の眼で見るまでは信じない。これは俺の基本方針さ。」
「それはそうなんだろうけど・・・。」
カインはいささか呆れ顔になっている。
「なるほど基本方針か。その方針の中には、『冷静にものを見る眼を持つ』というのは入っていないようだな・・・。」
セルーネさんが皮肉めいた口調で口を挟んだ。
「どういう意味です!?」
ハディは振り返り、ギロリとセルーネさんを見据える。相手が先輩であろうとひるまない。なるほどカインに聞いていた通りの性格らしい。
「言葉どおりの意味さ。」
「俺は冷静ですよ。ただ自分の腕で確かめない限りこいつの腕を認めないというだけです。それが悪いって言うんですか!?」
「それが悪いなどと言う気はないさ。だがお前は、最初からクロービスを自分より低く見ていてる・・・違うか?」
セルーネさんの言葉にハディはかっと赤くなった。ハディはカインと似たような体格をしている。使う剣のタイプも同じだと聞いた。私はどこから見ても、多分カインやハディよりも弱そうに見えるのだろう。
「自分で確かめてもいないのに、お前は見た目だけでクロービスの腕を自分よりも劣るものとして話をしている。それのどこが冷静だ?」
ハディは答えない。真っ赤になったままセルーネさんから顔を背けている。
「・・・前向きに腕を磨くのはけっこうだが、そんな調子だから見えるものも見えなくなるのさ。」
「一体何が見えていないって言うんですか!?」
「そのくらいのことは自分で考えるんだな。それが判らないうちは、お前の腕はいつまで経っても今のままだ。」
セルーネさんの穏やかだが鋭い言葉に、ハディは唇を噛むと黙ったまま食堂から出ていった。
「まったく・・・もう少し柔らかくてもいいのにねぇ。」
食堂の入口でハディの背中を見送りながら、槍を携えた女性剣士があきれたようにつぶやく。そして私の元に歩み寄ると、
「よろしくね。私はリーザ。ハディの相方よ。今のハディはちょっと態度悪かったけど、私もあなたの剣には興味があるわ。手合わせの時には見学させてね。」
きれいな赤毛を後ろでひとつに束ね、淡い紫色の瞳が好奇心いっぱいに私を見つめている。
「よろしくお願いします。」
頭を下げる私に、
「いやぁねぇ、私達同期入団てことになるのよ。そんなにかしこまらないでよ。気楽に行きましょ。気楽にね。」
そう言ってウィンクするリーザの顔に、なぜかイノージェンの面影が重なる。瞳の色が同じせいなのだろうか・・・。
それでも何となく後ろめたさを感じて、私はライザーさんを盗み見た。ライザーさんは私の視線に気づいた風もなく、オシニスさんと話をしている。まだ自分の中で彼女への思いが吹っ切れてないと言うことなのかも知れない・・・。でもきっと、時が解決してくれる・・・。
小さくため息をついたその時、一度出ていったハディが戻ってきた。
「あら、どうしたの?ご馳走食べに戻ってきたとか?」
リーザがからかう。ハディは答えず、代わりに入口のほうを目で示した。そこには剣士団長が立っている。食堂の中のざわめきが一瞬で静まった。ハリーさん達は肉にかじりついたままの姿勢で固まっている。
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