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「図書室の中は荒らされていなかったけど、本の整理の仕事はいくらでもあるってレディ・マリーに言われて、あの時、本当に何ヶ月ぶりかで本を触ったわ。そしたら涙が出てきて・・・。今まで私は何をしていたんだろう、私には夢があったはずなのに、なんでそのことを忘れていたんだろうって・・・。それから私は改めて勉強を始めたの。司書になりたかった、その夢を今度こそ叶えようって。そして2年ほど過ぎて、試験には合格したわ。それからは王宮とクロンファンラの行き来をしたり、移動図書館に出掛けたりしていたんだけど、6年ほど前に父が体を壊して、そろそろ文書管理官も後継者を考えなければならないって言う話になったのよ。」
 
「それで、司書として働いていたエミーに白羽の矢が立ったのさ。本の扱いも丁寧だし、何より仕事ぶりも評判が良かったからな。それに、昔みたいに秘密を漏らせば首が飛ぶなんていう時代錯誤の法律も今はないから、受けるほうだってそんなに考え込まなくていいからな。」
 
「でもずいぶん悩んだんですよ。結局決め手になったのは、父の推薦より、夫と子供の後押しでしたから。」
 
「結婚したんだね。」
 
 エミーは笑顔でうなずいた。とても晴れやかな笑顔だ。
 
「今では2人の子持ちよ。夫は、あなたみたいに剣の使い手でもないし、あなたほどハンサムでもないけど、とても優しい、素敵な人よ。あら、こんなことばかり言ってると、自慢話をするためにわざわざ呼び止めたのかなんて思われちゃうわね・・・。クロービス、ウィローさん、私ね、あなた達に謝らなきゃならないことがあるの。だからずっと会いたかったのよ。」
 
 エミーは深呼吸して顔をあげた。
 
「もうずいぶんと昔のことだけど、あなた達にひどいことをしたわ。ごめんなさい。」
 
 エミーが立ち上がって頭を下げた。
 
「もう昔のことだよ。でも、ちゃんと話を聞くよ。せっかく会えたんだから、今度は気まずいままで別れたくないからね。ウィローは、どう?」
 
 あの時の出来事では、私より妻の方が傷ついた。私が勝手に『もういい』などとは言えない。
 
「もちろん話を聞くわ。よく考えると、私とエミーさんてちゃんと向かい合って話をしたことがないのよね。」
 
 エミーはほっとしたように微笑んで、椅子に座りなおした。
 
「ありがとう。やっと会えたんだもの、ちゃんと話すわ。東の森のキャンプ場でクロービスに会った時ね、『私の祈りが通じたんだ』って、そう思っちゃったらもう、あなたのことしか見えなかったの。でもあなたにとって私は単なるお友達のままで、しかもきれいな人を連れて帰ってきて、それがもう悔しくて仕方なかったのよ。ずいぶんと意地の悪いことを言ったと、今思い出すともう、顔から火が出そうよ。ウィローさん、私、あなたのことをどれほど傷つけたかわからないわ。本当にごめんなさいね。」
 
「エミーさん、もう昔のことよ。ローランではあのまま別れてしまったから私も気になっていたけど、こうしてお互い元気な姿で再会できたことはとてもうれしいわ。本当よ。」
 
「ありがとう、ウィローさん・・・でも、もう一つ2人に謝らなきゃならないことがあるの。それはね、東の森のキャンプ場からローランに向かう途中で、モンスターに襲われたことがあったでしょ?あの時のことよ。」
 
「あの時の・・・でもあの時はちょうどウィローとパティのところにモンスターが何匹か現れて、みんなで撃退したってだけのことじゃないか。それがどうして・・・?」
 
「あの時、悲鳴がお姉ちゃんのものだってすぐにわかったわ。あの時私達の前を歩いていたランド義兄さんがすごい速さで飛び出して行って、振り向くとウィローさんが武器を出して戦っていて、ハリーさん達も応戦してた。私達の後ろを歩いていたクロービスが飛び出していこうとした時・・・」
 
 エミーはいったん言葉を切り、大きく深呼吸した。
 
「あの時・・・私は思わずクロービスの荷物を掴んだの。ウィローさんなんてモンスターに襲われて死んでしまえばいい、あの時、ほんの一瞬だけ本気でそう思ったわ。だけど・・・クロービスが荷物を下ろして飛び出していった時、たった今自分が考えたことが恐ろしくなったの。誰かの死を願うなんて、なんて私は恐ろしい人間になってしまったんだろうって・・・。」
 
 そう言えばあの時、飛び出そうとして荷物が何かに引っかかるような感覚があった。それで荷物を肩からはずして、落とした先も確かめないまま飛び出したのだが、なるほど、あれはエミーが私の荷物を掴んだからなのか。それにしてもさっきから黙って聞いているオシニスさんは、特に驚く様子もない。このことを知っていたのだろうか・・・。
 
「でも、あの時はそう思ったのに、ローランについてからはまた、あなたのことしか考えられなくなっていたの。自分が自分でないみたいですごく怖いのに、あなたのことを考えるとみんな忘れてしまうの。あなたさえいれば何もいらないって・・・。」
 
 エミーは流れ出た涙をぬぐった。
 
「自分があの時どういう状態だったか、冷静になってから考えるととても怖かったわ。私の中にそんな残酷な感情があるなんて思いたくなかった。それからしばらくして、クロービスの麻酔薬完成の話を聞いたわ。それを機会にもしかしたらあなたは城下町に来るかもしれない。そうしたら話をさせてもらおうと思って、ランド義兄さんに頼んだのよ。もしもあなたが城下町に出てくれば、ウィローさんも一緒に来るだろうし、それにきっと剣士団を訪ねるだろうから、そのときは教えてって。」
 
「そうだったのか・・・。」
 
 あの頃の私に、もう少し聞く耳と柔軟な心があったなら、20年もの間苦しまなくてすんだ人達がどれだけいるのかと思うと、また胸が痛んだ・・・。
 
「でもあなたは来なかった。だからもう、あなたとウィローさんに謝ることは出来ないんだとあきらめたけど・・・今年のお祭りを見に来ているってオシニスさんから聞いて、すごくうれしかったわ。だから今度こそはって、頼んでおいたの。必要な資料は私が持っていくから、そのときに会えるように頼んで下さいって。でも、きっと2人とも私に会いたいとは思わないだろうから、オシニスさんが立会人になって、一緒に話を聞いてくださいねって。」
 
「俺もなかなか文書館まで行けないから、何とかお前に頼まれていた記録だけでも持ってきてもらえないかって連絡したんだよ。そしたら管理官からその話を聞いて、そういうことなら協力することにしたのさ。とは言っても、さてどう切り出したものか、俺も迷ってな・・・。へたに話を出せば警戒されてしまうかも知れないし、というわけで、お前達がここに来てくれてよかったよ。来ないようならエミーに待っていてもらって、呼んできてもらおうかな、なんて考えていたんだ。」
 
「わかりました。エミー、今聞いたことも含めて、もう過ぎたことだから、気にしないで。ずいぶんと時間がたってしまったけど、もう一度友達として話が出来るならうれしいよ。」
 
「エミーさん、私もよ。あの時は確かにつらかったわ。悲しかったし、悔しかった。あなたのようにまっすぐに気持ちをぶつけるって言うことが、私にはなかなか出来なかったから。だけど、もう昔のことよ。こうして向かい合ってちゃんと話せて、とてもうれしいわ。クロービスが言ったように、私もあなたとお友達として交流できるなら、これほどうれしいことないわよ。」
 
「ありがとう。2人ともありがとう。よかった・・・。やっと心の重荷が取れたわ・・・。」
 
 エミーは流れ出た涙を拭って微笑んだ。
 
「私ね、今の夫と出会って、人を愛するって言うことがどう言うことなのか、やっとわかったような気がするの。そして人を思いやることの大切さも、夫が教えてくれたわ。あなたを好きだった頃の私がどんなに子供だったか今ではよくわかる。私ね、今とても幸せなのよ。そのことをあなた達2人に直接伝えられて、とてもうれしいわ・・・。オシニスさん、お世話になりました。ありがとうございました。」
 
 エミーがオシニスさんに向かって頭を下げた。
 
「よかったな。俺も肩の荷がひとつ下りた気分だよ。それじゃ、今度は仕事に戻って、この資料の説明をしてくれるかい?」
 
「はい、わかりました。ここにお持ちしたのは、先日団長さんから依頼のありました、20年前の王宮への訪問者記録です。」
 
「クロービス、この間からお前に頼まれてた資料がこの紙の山だそうだ。奥にもあるから、探し出すだけで大変だな、こりゃ。」
 
「こんなにあるんですか・・・。」
 
「ああ、あの頃はやっとみんなが外に出られるようになったばかりのころだから、王宮への問合せや陳情が毎日ものすごい数あったんだよ。一日100や200の問い合わせがあった日だってざらなんだ。だから、その中のたった一人の訪問記録を探し出すってのは、至難の技かもな・・・。」
 
「でもある程度時期が特定できていますから、これでもまだいいほうなんです。それに、一番多い時期からは少し外れていますから。」
 
 その量を持ってきたエミー自身も、あまりの多さにため息をついている。
 
「てことは、もっとすごい量の日もあるの?」
 
 エミーはいたずらっぽい目でにやりと笑った。
 
「すごいわよぉ・・・。一番多い日で500人て言うときもあったくらいだから。」
 
「500!?」
 
「そう。あのころ一番多かった問い合わせが、南大陸に渡ったきり音信不通になってしまった家族や友人の捜索願だったのよ。ハース鉱山で大量の死体が発見されたって聞いて、それが自分の身内じゃないかって考えた人は多かったらしいわ。もっとも、よくよく話を聞けば、南大陸というのは口実で、実は駆け落ちとか、実は夜逃げとか、そういうほうがかなり多かったそうだけど。」
 
「なるほどねぇ。南大陸へ行くといえば、誰だって追いかけて探し出そうなんて考えないだろうからなあ。」
 
「そういうこと。うーん・・・本当はねぇ、こんな資料をひっくり返すより、うちのお姉ちゃんにでも聞いたほうがすぐにわかると思うのよねぇ。」
 
「パティが今も受付にいるならそれも出来たけど、今は王宮勤めはしていないんだよね?」
 
「お姉ちゃんなら今は高等学院の講師よ。」
 
「学校の先生なの?」
 
「講師といっても月一回の非常勤だけどね。マナーや礼儀を教えてるわ。『元王宮の受付嬢』ってことで、結構評判はいいみたい。」
 
「この資料を見て、どうしてもわからないようなら、そのときはランドか君を通して正式に依頼するよ。いつまでも時間はかけられないからな。」
 
「わかりました。それじゃ私はそろそろ戻ります。クロービス、ウィローさん、またね。オシニスさん、資料は連絡をいただければ取りに来ますから。」
 
「ああ、ありがとう。」
 
 昔と変わらない笑顔を見せて、エミーは帰っていった。扉の外でガラガラと音がした。さっきの手押し車を押して行ったのだろう。あの上にこれだけの資料を乗せたら、いくら車がついていても相当重いと思う。司書というものは概ね力はあるらしい。
 
「・・・お前達が城下町を出てからだいぶ後だが、エミーはいい出会いをしたんだ。だんなは本当にいい奴だよ。」
 
 エミーの去った扉を微笑んで見つめながら、オシニスさんが言った。
 
「私も安心しましたよ。ずっと気になっていたので。」
 
「ウィロー、君としてはどうだ?さっきの言葉を疑ってるって言うんじゃないんだ。ただ、引っかかっていることはないのかなと思ってな。」
 
「・・・正直、顔を見た時にはびっくりしたし、少し警戒しました。だけど、もう大丈夫です。私達と会ったことで、エミーさんのほうも前に踏み出せたみたいだし、ホッとしてます。」
 
「そうか・・・。俺も気になってたからな。よかったよ。」
 
「さっきのエミーの話は、オシニスさんは知ってたんですか?」
 
「・・・ローランの東の森の話か?」
 
「はい。」
 
「俺とライザーは、見てたからな。」
 
「・・・見てたって・・・エミーが私の荷物を掴んだところを?」
 
「そうだ。あの時、パティの悲鳴で振り向いたタイミングはおそらくみんな同じくらいだったろう。ランドの奴が素っ飛んでいったそのあと、俺達とお前達が走り出そうとしたのもほぼ同時だった。だがカインが飛び出したあと、お前がすぐに続かなかったのでおやっと思ったのさ。そしたらエミーがお前の荷物にしがみついていたんだ。まあ、その後すぐお前は荷物を降ろして飛び出していったから、俺達もそのことはずっと忘れてたんだけどな。だからローランでの出来事をランドから聞いた時も、驚きはしなかったよ。ずいぶんと思いつめていたみたいだからな。」
 
「そうですか・・・。今日会えて本当によかったです。元気な笑顔をまた見られてうれしかったですよ。」
 
「お前にとっちゃ妹みたいなもんだったんだろう?」
 
「そうです。気持ちは返せないけど、嫌いになったわけじゃないですからね。」
 
「私もよかったわ。もっと早くこっちに来れば良かったかなと思うくらい。」
 
「私もそう思うよ。もっと早く来ていたら、もっと早く前に踏み出せたはずの人が、まだいるのかな・・・。」
 
「・・・そりゃ巡り合わせってもんだ。今さら言っても仕方ないさ。」
 
「巡り合わせ・・・そうなんでしょうね、きっと・・・。スサーナにも『いい出会い』があればいいのにと思うんですが・・・。」
 
「なんだ、さっそく誰かに何か言われたのか。」
 
「先ほどスサーナのお父さんにお会いしましたよ。」
 
「伯爵に?」
 
 私は今朝ここに来る前に、レンディール伯爵に呼び止められ、執政館の上にある伯爵家の部屋で話をしてきたことを話した。そして、スサーナの言った言葉に対して、オシニスさんが言っていたことを伝えたことも、隠さずきちんと話した。
 
「なるほどね・・・。お前達とはぐれた時に、あの人混みの中にいたのか・・・。」
 
「フィリスとクロムはスサーナがいたことに気づいてないようでしたから、いた場所は別だったんでしょうね。」
 
「あれだけの人だからなあ・・・。間に2〜3人もいれば、すぐそこにいたって気づかないんじゃないか?」
 
「それもそうですねぇ・・・。」
 
「それもまた巡り合わせか・・・。仕方ない。スサーナを失うのは痛手だが、どれほどの腕があろうと本人にやる気がないのではどうしようもないからな。だからといって、スサーナの機嫌をとるために心にもないことを言う気は、俺にはない。」
 
「あれ以上オシニスさんの気を引くために、早まったことをしないといいんですけどね。」
 
「・・・一番考えたくない話だな・・・。」
 
「シェリンに期待するしかないと思いますよ。あの娘はスサーナの気性をよく知っているでしょうからね。」
 
 王国剣士は厳しい世界だ。個人のわがままは通らない。あとはスサーナの出方次第か・・・。
 
「ところでオシニスさん、さっきエミーがイルサとしていた話は何なんですか?」
 
「ああ、イルサ達がここに来たすぐ後にエミーが来たんだ。文書館の管理官と聞いてイルサが興味を持ってな。あの場所で働くにはどうしたらいいのか、なんて話をしていたのさ。」
 
「でも文書管理官になりたいってわけじゃないんですよね?」
 
「・・・そう言えばお前は1回も行ったことがないんだったな。」
 
「ありませんよ。あそこの警備も確か3年以上でしたよね。」
 
「そうだ。文書館に収蔵されている古書の中で、未だに門外不出の部類に属する本は、1箇所にまとめられている。もっとも1箇所と言っても桁違いの広さだがな。そこに入れるのは歴代国王と文書管理官のみ、これは変わらない。だがその門外不出の他に、いずれは国民に広く閲覧が許されるであろう本の類もあるし、元々問題なく閲覧出来る本もある。そういう本を管理したり修理したりする人手もあの場所には大勢いるんだ。イルサがいずれ考えてみたいというのはそのあたりの仕事をする司書達のことさ。」
 
「なるほど、確かに司書にとってはやりがいのある仕事ですね。」
 
「そういうことさ。それに、こういう資料もあの場所に収蔵されているわけだから、やっぱり人手はいくらあってもいいんじゃないのかな。」
 
 オシニスさんが机の上の資料の山を見てため息をついた。
 
「この資料の中から、シャロンのお母さんの資料を探すなら手伝います。元はと言えば私が頼んだことですからね。」
 
「それはありがたいが、クリフのことはどうなんだ?」
 
「今週一週間はハインツ先生が指揮を執って、クリフのより細かい治療記録を作っているところです。今の私の仕事は、クリフの今までの治療記録を頭の中に全て叩き込むことです。それと、手術が成功する確率を上げるために、使える限りのつてを使うことですね。今私がクリフの病室にいたところで役には立ちませんよ。もっとも時々様子を見に行かなければなりませんから、ここにずっいといるわけにもいきませんが。」
 
「そうだなあ・・・。それじゃ、午後から手伝ってくれ。」
 
「わかりました。それと、せっかく時間をとるんですから、この間の話の続きもしたいんですがどうですか?」
 
「その話か・・・。」
 
 まだオシニスさんは気乗りしないようだ。
 
「後回しにするのはやめましょう。私も早く前に進みたいですからね。」
 
「お前の前向きは変わらずか・・・。そうだな・・・確かに、早く進まないとな・・・。」
 
「それじゃ私達はアスランの病室によって、それから医師会に行きます。私だけ午後から戻ってきますよ。」
 
「そうね・・・。私もお手伝いしたいけど、マッサージとマレック先生のお手伝いがあるから、私は向こうに残るわ。オシニスさん、すみません。」
 
 妻が頭を下げた。
 
「わかった。気にするなよ。クリフ優先だからな。俺はここにいるから、午後から来てくれ。」
 
 
 
 ロビーを抜けて医師会へと歩きながら、妻が小さくため息をついた。
 
「どうしたの?」
 
「なんだかおかしいなあって。」
 
「オシニスさん?」
 
「そうよ。この間まであなたの話をちゃんと聞くって言っていたんでしょう?なのに急に気乗りしなくなっちゃうなんて。」
 
「この間の祭り見物がよくないほうに働いちゃったのかなあ。」
 
「よくないほうって・・・あ、このままでいたい・・・とか?」
 
「うん・・・。せっかく楽しかったんだから、もうつらい話なんて聞きたくないって、そういう方向に考えが行っちゃってるのかも知れないね。」
 
 自覚しているかどうかはともかく、気乗りしない原因の一つとしてはありそうな気がする。
 
「午後から少し煽ってみるよ。頼まれ事もしていることだしね。」
 
「そうね・・・。」
 
 
 2人で久しぶりにアスランの病室に顔を出そうかとも思ったのだが、妻は先にクリフの病室へと向かうことになった。そろそろ朝のマッサージの時間だ。ゴード先生が気を揉んでいるかも知れない。
 
「ゴード先生はまだ自分でマッサージはしていないの?」
 
「まだよ。たまに声をかけるんだけど、まだもう少し練習させてくださいって。」
 
「せっかくだから思い切ってやってもらうのもいいんじゃないのかな。最初から完璧にやろうなんて思ってたらいつまでも出来ないよ。力を入れすぎないようにだけ注意してあげれば、もしも効かない時は君がもう一度揉んであげればいいわけだし。」
 
 実を言うと私もブロムおじさんに同じことを言われた。最初はこわごわだったが、何度もやっているうちに少しずつ力加減がわかってくる。何よりも患者自身が『そこ、もう少し強く』とか『あ、ちょっと痛い』とか教えてくれる。患者にマッサージするのが一番の上達の早道なのだ。
 
「それもそうね・・・。今日はどうですか、じゃなくてお願いしますって言ってみようっと。」
 
「力加減は最初は弱めに、あとはクリフに聞きながら進めるようにすれば問題ないはずだよ。せっかく頑張って練習しているんだから、そろそろ成果を試してみないとね。でないとどのくらい上達しているのかもわからないじゃないか。」
 
「そうよね。ねえ、それじゃイノージェンはあなたが連れて来てね。」
 
「うん。マレック先生の部屋に真っ直ぐ行くよ。」
 
「ええ、よろしくね。」
 
 
 アスランの病室に来るのも久しぶりだ。扉の近くまで来ると中から笑い声がする。イノージェンはさっそくセーラともアスランとも仲良くなったらしい。
 
 ノックをして扉を開けた。この部屋は以前ライラが入院していた部屋だが、隣のベッドはそのまま空いているらしい。
 
「あらクロービス、待ってたわよ。ウィローは?」
 
 イノージェンが振り向いた。
 
「ウィローは先に医師会に行ったよ。患者が待っているからね。」
 
「先生、患者ってクリフさんなんですよね?」
 
 アスランが尋ねた。
 
「そうだよ。君とカインが入団した時にはもう入院してたと思うけど、知っているのかい?」
 
「そう言う人がいるってことだけは・・・。俺とカインが入ったころにはラエルさんとも顔を合わせる機会がなくて・・・。」
 
「そうか・・・。ラエルはともかく、クリフのほうはせめて君達と顔を合わせるくらいのことは出来るよう、私も全力を尽くすつもりだよ。」
 
「ねえクロービス、今日もお手伝いをするのはいいんだけど、一度本人に会えない?」
 
 イノージェンが言った。
 
「いいけど、どうして?」
 
「だってそのクリフという子の食事でしょう?1人の食事をその人に合わせて作るなら、好物も取り入れたほうが食べる楽しみは増えるというものだわ。今もね、アスランとセラフィさんと話してて、そういう話をしていたところなのよ。」
 
「確かに好きな物が入っていれば食欲はわくんじゃないかなあ。」
 
「好きな物が入っていなくたっておかわりするじゃない?」
 
 セーラが笑いながらアスランを突っついた。今イノージェンは『セラフィさん』と言ったが、セーラは自分の名前について、以前ほどこだわっていないらしい。次に母親に会うことがあれば、少しは穏やかに話せるんじゃないかと思う。
 
(もしも会えれば・・・私もお礼を言いたいんだけどな・・・。)
 
 アスランとセーラの母親には、セーラズカフェのセーラさん同様にお世話になったものだ。
 
「そりゃ腹が減るんだからしょうがないさ。はぁ・・・なんだか腹の辺りに肉がついたような気がするよ。」
 
 アスランが自分の腹の辺りをさすっている。
 
「今は普通の食事なの?」
 
 イノージェンがアスランに尋ねた。
 
「はい。今まで仕事をしていた時とたいして変わらないようなメニューだから、なんだか体が重くなったような気がして・・・。」
 
「重くなった気がするのは、体重が増えたからってわけじゃないと思うよ。単に君の体の筋力が落ちてるってことだ。仕方ないよ。ずっと寝たきりだったしね。今はどのくらいまで歩けるようになったんだい?」
 
「うーん・・・何もないところを歩くのは出来るようになったんだけど、平らな床を歩いているのに転んだりするんで・・・。」
 
「なるほどね・・・。ゴード先生から何か指示は?」
 
「いえ、ただ、普段通りに歩けないのが当たり前だと思って、毎日地道に積み重ねるしかないんだって・・・。」
 
「そうか・・・。うーん、それじゃ・・・」
 
 私は次の歩行訓練の時に、普通に歩こうとせず、ゆっくりでいいから意識して太ももをあげるように歩いてみたほうがいいかもしれないとアドバイスしてみた。平らな場所で転ぶというのは、歩行訓練を始めた頃なら確かにあるかも知れないが、アスランは今では毎日訓練しているし、そろそろ『普通に』歩けるようになっていてもいいはずだ。それがなっていないと言うことは・・・。
 
(歩く時に足がちゃんと上がってないってことだから・・・)
 
 健康な人なら誰でも意識せずにやっていることだが、アスランにとっては大変なことのはずだ。だが、なまじ歩けるようになってきたばかりに、『早く普通に歩けるように』というところにばかり気をとられているのかも知れない。後でゴード先生に話をしてみよう。多少鬱陶しがられるかも知れないが、以前のように嫌な顔はしないだろう。
 
「イノージェン、そろそろ医師会に行こうか。ウィローはもうマレック先生のところに行ってるかも知れないけど、1度クリフの病室に連れて行くよ。」
 
「そうね。紹介してもらおうかな。」
 
「あの・・・イノージェンさん、またいらしてください。その・・・さっきの妊婦さんのお話とかもう少しお話を聞かせていただけたら・・・。」
 
 セーラが遠慮がちに言った。
 
「いいわよ。私でよければいつでも。それじゃアスラン、リハビリ頑張ってね。私も出来る限り協力します。あなたが守ってくれなかったら、うちの娘は今頃どうなっていたかわからないんですもの。何かあればいつでも言ってね。私はライラとイルサと同じところに泊まっているから。」
 
「俺が役に立ったとは思えないけど・・・でもまた機会があれば訪ねてください。本当はこっちから行くのが筋なんだろうけど、この状態ですから。」
 
 アスランが笑顔で肩をすくめてみせた。リハビリはなかなか思ったように進んでいないようだが、今自分が置かれている状況を、以前のように悲観していない。これなら大丈夫だ。
 
(そう言えば、やる気を出したと思ったら張り切りすぎているようだって、ゴード先生が言っていたっけ・・・。)
 
 前向きな気持ちが失われていないのは何よりだ。私も出来ることがあれば協力していこう。
 
 
「先生、団長さんの手は空いたかな。あ、そういえばさっきの山のような資料があったっけ・・・。今日は無理かなあ。」
 
 病室を出たところでライラに聞かれた。
 
「ああ、あれは先生がオシニスさんに頼んだ資料なんだよ。もっとも、あんなにあるとは思わなかったけどね。あの資料から古い記録を探そうと思ってるんだけど、それは午後から先生と一緒にやることになってるんだ。だから今ならまだ時間はあると思うよ。さっきはすまなかったね。ちょっと大事な話があったもんだから。」
 
「そんなことはいいよ。それじゃ今のうちに手持ちの資料だけ確認してもらおうかな。イルサ、あとで図書室に行くから、また資料探しを手伝ってよ。」
 
「わかった。それじゃ待ってるね。」
 
 2人はそれぞれ図書室と剣士団長室に行くことになり、私はイノージェンと一緒にクリフの病室に向かった。中ではちょうど妻がマッサージをしているところだ。いつもは記録をとっているゴード先生がぐったりと椅子にもたれ、記録をつけているのは昨日の打ち合わせの時にいた、あの駆け出しの医師だった。
 
「ウィロー、どう?」
 
「今までゴード先生が奮闘してくれていたのよ。あら、イノージェン、真っ直ぐマレック先生のところに行くんじゃなかったの?」
 
「そう思ってたんだけどね・・・。」
 
 私は妻に、さっきイノージェンが言っていた『クリフの好物』について話を聞けないかとここに来てみたのだと話した。
 
「それはいいわねぇ。今回の場合クリフのための食事だし・・・。」
 
「それで1度本人に会えればなと思ってたんだけど、ただ味つけとかそういうのはやっぱりお母さんでないとわからないかなあ。」
 
「でもまずはクリフに聞いてみましょ。クリフ、起きられる?」
 
 妻がクリフに声をかけて、イノージェンと2人、好物について聞き始めた。ひとまずこの話は2人に任せよう。私はまだ椅子でぐったりしているゴード先生に声をかけた。
 
 
「・・・アスランのリハビリですか・・・。なるほど、確かに太ももがあまり上がってないかも知れない・・・。」
 
「本人は自覚していないようですが、おそらく転ぶのが怖くて摺り足のようになってるんじゃないかと思うんですよ。」
 
「うーん・・・よし、そちらの方なら今日の訓練の時にでも確かめてみます。はぁ・・・疲れている場合ではありませんね・・・。」
 
「あまり力を入れすぎないことですよ。患者を揉む手はもちろんのこと、肩にも背中にも力が入っているのではありませんか。ちょっと椅子に座って・・・こちらを向いてください。」
 
「え?は、はい。」
 
 疲れているせいか、今日のゴード先生は実に素直だ。私はゴード先生の後ろに回り、背中と肩を少しさわって見た。思った通り、ぱんぱんに張っている。そこをゆっくりと揉みほぐしていく。
 
「こんな感じですよ。力を入れず、ゆっくり・・・。」
 
 しばらく揉んで手を離すと、ゴード先生が大きくため息をついた。
 
「いやぁ・・・素晴らしいですね。助かりました。こんなに肩や背中に力が入っていたんですね・・・。私ももっと頑張らないと・・・」
 
「あとは場数を踏むことです。肩の力を抜いて、最初のうちは効かなくても仕方ない、くらいの気持ちでいれば大丈夫ですよ。」
 
「わかりました。」
 
 思いのほか素直に返事をされて、私のほうが少し意外な気がしたほどだ。もっとも慣れないマッサージで相当疲れていたようだから、元気な時に話しかけなくてよかったのかも知れない。
 
 
「失礼します。」
 
 扉がノックされて、医師会の診療所にある受付の女性が顔を出した。
 
「クリフさんのお母様が面会においでです。入っていただいてもいいでしょうか?」
 
「おや、それはちょうどよかった。入ってもらってくれ。」
 
 受付の女性はうなずき、扉を大きく開けてクリフの母親を中に入れた。
 
「ようこそ。ちょうど起きているところですよ。さあ、ベッドのそばへどうぞ。」
 
 ハインツ先生がクリフの母親を促してベッドのそばにある椅子に案内した。
 
「は・・・はい・・・。」
 
 クリフの母親は驚いたようにきょろきょろしている。今この病室には何人もの医師と看護婦、そのほかに妻とイノージェンがいる。あまりにも人が多くて驚いているらしい。
 
「あ、先生。昨日はありがとうございました。」
 
 クリフの母親が私に気づき頭を下げた。
 
「大したことはしていませんよ。そうだ、せっかくだから少しお聞きしたいことがあるんですが、時間はありますか?」
 
 まさかこのタイミングでクリフの母親が訪ねてくれるとは。この機会を逃してはいけない。
 
「え、ええ・・・。」
 
「イノージェン、ウィロー、クリフのお母さんにも聞いてみたら?」
 
「あら、それはいいわね。サラさん、実は・・・」
 
 きょとんとしているクリフの母親に、妻がクリフの食事についての話をしてくれた。そして、食べる楽しみを考えて、好きな食べ物をメニューに取り入れたいが協力してもらえないかと。
 
「この子の好きなものならたくさん知ってます。だけど・・・特に変わったものじゃありません。どこにでもある普通の食べ物ですけど・・・そんなものが役に立つんですか?」
 
「もちろんです。おいしい食事は心を豊かにしてくれます。心が豊かになれば元気がでるし、結果として、病気にも打ち勝てる可能性は、ぐんと高くなるんですよ。」
 
 クリフの母親は不安げだったが、イノージェンの言葉でホッとしたようだ。
 
「それじゃ・・・あたしにも出来ることがあるんですね・・・。この子が良くなるために出来ることが・・・。」
 
 クリフの母親の目からは、涙が溢れていた。
 
「ずっとつらかったんです・・・。クリフがこんな重い病気になるなんて・・・あたしが・・・あたしがもっとこの子を丈夫に産んであげてたら、こんなことにはならなかったかも知れないって・・・。」
 
「母さん・・・。」
 
 クリフは驚いた顔で、母親を見ている。
 
「クリフ・・・。ごめんね・・・。母さんのせいでこんな思いさせて・・・。」
 
「バカなこと言わないでよ母さん。僕はね、王国剣士なんだよ?ものすごく体力を使う仕事なんだ。その仕事の試験に、僕は合格したんだ。僕が丈夫じゃないはずがないじゃないか。こんなに丈夫に産んでくれて、僕は感謝してるよ。・・・それなのに病気になっちゃって・・・。」
 
「クリフ・・・。」
 
 声はまだ弱々しいが、会うたびにはっきりとした会話が出来るようになっている。体力がついていることは間違いなさそうだ。体力がつけば病気の進行もある程度は押さえられる。
 
「クリフ、どんなに丈夫な人でも病気になることはあるんだよ。これは誰のせいでもないことなんだ。お母さん、我々も全力を尽くします。まずはお母さんが、息子さんの快復を信じてあげてください。」
 
 ハインツ先生が言った。
 
「す、すみません・・・泣いたりして・・・。」
 
 クリフの母親が涙を拭いながら言った。
 
「いえ・・・元はと言えば、私の医者としての腕が至らなかったせいです。ご家族の皆さんには、大分つらい思いをさせてしまいました。謝らなければならないのは私のほうですよ。ですが、これからはたくさんの医師がクリフを助けるために動くことになりました。きっとよくなりますよ。」
 
 クリフが弱っていくのを、一番つらい思いで見ていたのはおそらくハインツ先生だっただろう。
 
「そのためにも、こちらのウィローさんとイノージェンさんに協力していただけますか。クリフ、好きな食べ物は全部、お母さんと一緒に思い出しながらお2人に話しておいてくれないか。好きな物をたくさん言っておけば、これから毎日好きな食べ物ばかり食べられるかも知れないよ。」
 
 その言葉にクリフが笑った。
 
「母さん、それじゃ僕の好きな食べ物をたくさんウィローさん達に話しておいてよ。味付けまでは僕もわからないからなあ。」
 
「そうね・・・。たくさん言っておくよ。早くよくなれるようにね・・・。」
 
 
 
 その後、私と妻とイノージェンは、マレック先生の部屋に入った。マレック先生はちょうど献立の見直しをしていたところだったので、イノージェンが先ほどクリフの母親から聞いたクリフの好物を、今後の献立に組み込んでみてはどうかと提案した。
 
「・・・なるほど、それは名案ですな。では教えてもらったという資料を見せてください。・・・おお、調理法までしっかり書き込まれていますなあ。これは助かります。これなら、もう少し栄養価が高くて、本人の食べる楽しみも増える、いい献立が出来上がりますよ。それではこの資料を元に、取りあえず今日の昼の分をこちらで作って出してみます。クリフに感想を聞いて、そのデータを元にこれからの献立を決めていこうと思いますので、お2人とも午後からまたお手伝いいただけませんか。」
 
「食事の固さはどのくらいを予定しているんですか?」
 
「ここ何日かはある程度固形物の入った献立を出してますよ。以前はどろどろどころかスープの上澄み程度しか飲み込めなかったんですが、驚異的に快復してきてますよ。」
 
「元々は体力のある若者なんですよね。」
 
「はい。入院したばかりのころはもっとしっかりした・・・そうですなあ、クロービス先生より少し細身といった感じの体格だったと思います。まあ王国剣士ですから、日々鍛えてあったということなんでしょう。その時点で全ての病巣を取り切れていれば、今頃クリフは王国剣士としてまたやっていけてたかも知れません。しかし、なかなか難しいものです。」
 
「技術の進歩は一朝一夕に行かないとは言え、今助けが必要な患者を目の前にすると、何ともやり切れませんね。」
 
「そうなんですよ。呪文でも使えば何とかなるのかも知れませんが、これがまた誰でも使えるわけではないと来てる。」
 
「呪文を使っても確実にうまく行くと言い切れるものではありませんからね。」
 
「そうですね・・・。ま、私も呪文はあまり得意でない方ですので、食事のほうで何とかクリフの治療に貢献出来るといいんですが。さて・・・取りあえずお昼の分が出来上がりました。イノージェンさん、ウィローさん、いかがですか?」
 
 マレック先生はクリフの母親から聞き取りした資料を元に、昼の献立を書いた紙を妻とイノージェンに見せた。
 
「え?で、でも・・・先生がお決めになったんですし、私達が確認しなくても・・・。」
 
「いやいや、色々とお話を伺えて、大変参考になりました。この際私の研究室のアドバイザーとして来ていただきたいくらいですよ。」
 
「まさか。こちらには優秀な方がたくさんいらっしゃるんですもの。ウィローはともかく、私の出る幕なんてないと思いますわ。」
 
 イノージェンが笑った。
 
「いやいや、そんなことはありません。だいたい私のように、家に帰れば食事は妻任せ、などという男より、毎日家族のためにおいしい料理を作ってくれる女性にこそいろいろと考えていただきたいテーマですからね。家庭の食卓が豊かになれば、それだけで病気の半分は防げるというものですよ。」
 
「それは確かにそうですね・・・。私も島では妊婦さんに食事指導をしていますから、正しい食事はお産にもいい、つまり病人にもいいんだってことは理解しています。」
 
「でも病人なら誰か家族が作ってくれるけど、妊婦さんは大変だよ。つわりが治まったからって、すぐに元通りになるわけじゃないし、おなかはどんどん大きくなるしね。」
 
「そうなのよねぇ。ねえクロービス、ウィロー、診療所にも入院施設作らない?私も協力するから。そういう場所に専用の調理場があって、専門の調理人が食事を作ってくれるなら、病人だけじゃなく、妊婦さんにも勧められるんだけど。」
 
「実を言うと、考えているところだよ。」
 
「入院施設があれば、患者の家族の負担もグッと減るものね。でも先立つものがねぇ・・・。それにうちの診療所には、今のところ後を継いでくれそうな人がいないもの。」
 
 妻もこの話には乗り気なのだが、設備や人手の問題もあるし、何よりお金がかかる。それでも後継者がいるなら、がんばって考えようとも思うのだが・・・。
 
「後継ぎ・・・?あ、そうか・・・。カインは王国剣士だものね・・・。」
 
 イノージェンがため息をついた。
 
「後継者問題ですか・・・。やはりどこでも頭の痛い問題のようですね。」
 
 マレック先生が笑った。
 
「そういえば、デンゼル先生からお聞きしましたよ。ファロシアに診療所を作ったらどうかと勧められているそうですね。」
 
「お聞きになりましたか。そうなんですよ。ローランはアーニャに継がせるから、お前は要らんと言われましたよ。はっはっは。」
 
「ファロシアには一度行ってみましたが、中々の大きさですね。確かにあの町に診療所があれば、ローランの診療所もずいぶんと楽になるのではありませんか。」
 
「そうなんですがねぇ・・・。私もまだまだ勉強中の身ですから、まだ先の話になるでしょうなあ。食事による治療の可能性というのも、奥が深いですからね。ま、この仕事は、極めようと思ったら一生かけてもまだ足りないくらいですからね。」
 
「あ、そういえば・・・。」
 

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