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「なるほど・・・最初の兆候は腹部の痛みか・・・。」
 
 仕事中にクリフの様子がおかしいことにラエルが気づき、無理やり医師会の診療所に引っ張って行ったのが、入院する一月ほど前・・・。
 
 
 
 
 本人が痛いと言わなくても、医師のほうではかなりの痛みだろうと認識していたらしい。その時処方した薬の内容を見ても、それなりの薬が処方されていたようだ。だがクリフは人前で薬を飲みたがらず、ちゃんと一週間で飲みきらなかった。
 
「急激に悪くなったわけじゃないな。診察に来た時点でそこそこ進行していた、でもその時点で薬をきちんと飲めば、まだ何とかなった可能性もあるんじゃないかな・・・。」
 
 その頃ラエルとクリフのコンビは入団してもうすぐ3年になるところだったというのは、オシニスさんから聞いた話だ。王宮の執政館、乙夜の塔、王族専用の庭の入り口、そして南大陸・・・。2人にとって、ずっと警備したくても出来なかった場所のローテーションに、やっとのことで入れる。もしもその時病気が発覚してしまったら・・・。
 
「それで、薬を隠し、ラエルには飲んだ振りをして見せ、まわりには痛みを隠し続けた。そのためにクリフが診療所に入院することになった時には、かなり病気が進行していた・・・そう言うことか。」
 
 最初の手術自体は成功していたというのは、この間ドゥルーガー会長から聞いた。だが病巣は別な場所へと転移していた。そしてその病巣を取りきれなかったことで、クリフはどんどん悪くなっていった。
 
「病気に対する最初の対応としては、クリフは一番まずい選択をしてしまったと言うわけだな・・・。でも、そういう人が多いのも事実だし、うーん・・・。」
 
 その後、医師会ではクリフを『治癒』させることをあきらめ、最後の時まで苦しまずに穏やかな死を迎えられるようにと、治療の方向を転換した。
 
「そしてそこからクリフの両親との間に軋轢が生じ、あの薬屋に目をつけられたと・・・。でもさっきの様子からして、もうその薬屋を頼れないし、医師会に任せる以外にないって言う、なんと言うか、諦めみたいなものを感じたな・・・。」
 
 クリフの両親は、藁にもすがる思いで私に手術を依頼したのだろう。だが私は藁であってはいけないのだ。もう一度記録に目を通し、自分で気になるところを書き出してみることにした。今日の昼にでも一度宿に戻り、デンゼル先生から預かったノートにも目を通してみよう。それと、ブロムおじさんにも連絡しよう。使える伝は全て使うつもりでかからないと、クリフを救うことは出来ない。
 
「そうだ・・・。デイランド先生にも話を聞いてみるか。・・・ハインツ先生には断っておかないとな・・・。」
 
 その時扉がノックされた。
 
「はい?」
 
「クロービスか?」
 
 オシニスさんの声だ。
 
「そうですよ。どうぞ。」
 
「医師会に顔を出したらこっちだって言われてな。取り込み中じゃなかったのか?」
 
「これはクリフの治療記録です。入院する前のことから、今に至るまで投薬された薬や、症状の移り変わりなどが細かく書かれているんですよ。今までほとんど関わったことのない患者の手術をするなんて私も初めてですから、詳細な記録をいただけるようハインツ先生にお願いしていたんです。」
 
 私は分厚い紙の束を掲げて見せた。そして、せっかくオシニスさんに会えたのだからと、クリフが入院する前、痛みに気づいてからのことを聞いてみた。
 
「・・・最初に気づいたのは、食堂のローダさんだったんだ。」
 
「それはいつ頃の話です?」
 
「そうだなあ・・・。入院する、2ヶ月前・・・3ヶ月前・・・あたりかなあ。」
 
「ローダさんに話を聞きたいですが、今の時間は忙しいでしょうね。」
 
 まだ昼前だが、昼食の仕込みはもう始まっているはずだ。
 
「昼が終われば何とかなるだろう。それ以外で俺にわかることがあれば答えるぞ?」
 
「そうですね、それでは、ローダさんが気づいたというのは、どんな風にだったんですか?」
 
「なんだか腹をさすっているように見えたから、最初は腹の調子が悪いのかと思ったそうだ。それなら消化のいいメニューに切り替えるからと言ったんだが、その必要はないからと、みんなと同じ食事をもらっていったそうだよ。だが、それが一日や二日なら本当に腹の具合と言うことも考えられるが、そのあともクリフが腹のあたりをさすっているのを、ローダさんは何度か見たそうだ。それで、チェリルが俺のところに来て、クリフの様子がおかしいんじゃないかとローダさんが言ってるから、聞いてみてくれないかと頼まれたのさ。」
 
「チェリルが?気づいた本人ではなくて?」
 
「ローダさんは忙しい人だからな。チェリルに頼んで寄こしたんじゃないのかと、その時はあんまり気に留めなかったが、それも重要なことなのか?」
 
「あ、いえ、そういうわけではないですが、何も本人が来てもいいのにと思っただけですよ。」
 
「まあそれはそうなんだがな。気になるなら後で会った時に直接聞いてくれてもいいぞ。」
 
「わかりました。ではその後クリフ本人には話を聞いたんですか?」
 
「ああ。その日のうちに呼び出して聞いてみたんだが・・・あいつも頑固な奴でなあ・・・変なところがレグスにそっくりなんだよ。たまたま腹の調子が悪いだけだと言い張るんだ。何度もあったんじゃないのかと突っ込んで聞いてみたが、腹の調子がよくないのを隠していたのは申し訳ない、薬を飲んでいるからすぐ良くなるはずだと言われて、俺もそれ以上は言えなかったんだよな・・・。だが、後で思ったよ。あの時引きずってでも医師会に連れて行けば、すぐに病気がわかったのにって・・・。病状がこんなに進行してから何を言っても仕方ないんだけどな・・・。」
 
 オシニスさんの悔しさが伝わってくる。
 
「なるほど・・・。誰だって自分が大変な病気かもしれないなんて認めたくないものですからね。本人がどうしても認めようとしないのでは、周りの対応にも限界がありますよ。」
 
 体調が悪いのなら、本当はすぐに医者にかかって軽いうちに治すのが王国剣士の鉄則と言ってもいいくらいだ。隠しておいて悪くなれば、かえって相方に迷惑をかけることになる。昔、ドーソンさんが言っていた。相方を突然病気で亡くし、何も知らずにいたことでどれほど悔しい思いをしたかと・・・。
 
「それはそうなんだが・・・。結局奴が素直に病院に行ったのは、隠しきれなくなるほど病状が悪くなってからだ。そういうこともあって、俺としては今回の治療チームにかなり期待をしているわけさ。」
 
「私も全力を尽くします。ところでここまで来たのは私に何か用事があったからじゃないんですか?」
 
「ああ、さっきの奴らのことでな。しかしその話はここでするわけに行かないから・・・お前の仕事が終わってからでもいいんだが、どうだ?」
 
「この資料の分析は一日で終わるようなものじゃないですから、今でも構いませんよ。」
 
 私達は腰を上げ、剣士団長室へと向かった。採用カウンターの前まで来ると、ランドさんが声をかけてきた。
 
「これを渡しておくよ。スサーナとシェリンの休暇届の写しだ。」
 
「いつまでになったんだ?」
 
「今日から一週間だそうだ。スサーナの奴が茫然自失と言った雰囲気だったんだが、あいつ今度は何をしたんだ?」
 
 オシニスさんはランドさんに顔を近づけ声を落として、先ほどの剣士団長室での会話を簡単に説明した。ランドさんは聞くなり『あ〜ぁ・・・』と言いたそうな顔でため息をついた。
 
「なるほどな・・・。しかしそんな脅しがお前に通用しないことくらい、あいつだってわかってると思うんだがなあ・・・。」
 
 王国剣士なら、団長がそんな言葉で動揺するはずがないことくらい、知っているんじゃないだろうか。スサーナだってもう少し冷静に考えれば、そんなことはすぐに気づけただろうに。その言葉が口から出ていく前に・・・。
 
「それでシェリンがあんなに焦って、2人分の休暇届を出してスサーナを連れて行ったわけか・・・。こりゃ休暇が延びることも考えておかなきゃならんな。」
 
「理由が理由だ。ある程度のところまでは待つが、そういつまでもいない奴をあてには出来ん。シェリンはやめる気がなさそうだから、その時はちゃんと考えてやらなきゃならんがな。」
 
「そうだな・・・。まあ当面は2人の出方を待つしかないか。」
 
「そういうことだ。それじゃ俺は少しクロービスと話があるから、団長室にいるよ。」
 
「わかった。」
 
 団長室に入り、一番奥の部屋に行った。
 
「レグスさんを襲った連中はどうなったんですか?」
 
「ああ、あいつらは町のチンピラどもだ。2人捕まえたから、残りもすぐに捕まるだろう。しかし・・・変な話だよな・・・。」
 
「やはりそう思いますか。」
 
「と言うことは、お前もそう思ったと言うことか。」
 
「あんな半端なことをする理由はないはずですからね。」
 
「そうなんだよなぁ・・・。奴らがレグスを殺しに来たと言うなら話がわかるが、それならあんな真っ昼間に一目でわかるようなチンピラじゃなく、夜中に暗殺に長けた刺客でも送り込めばいいわけだ。まあそうしないでくれたおかげで、レグスは怪我程度ですんだわけだが・・・。」
 
「なんだか、一応襲いましたよ、と、アピールするのが狙いという気が・・・」
 
「・・・・・・・・・。」
 
「・・・・・・・・・。」
 
 オシニスさんと顔を見合わせた。それはまるで、ライラを襲ったりスサーナ達を操ったりしてみせた、クイント書記官の手口のようではないか・・・。
 
「やっぱり背後にいるのは奴ってことか・・・。つまり、『あのお方』が関わっていると・・・。」
 
「うーん・・・でも、わざわざ背後にいる黒幕を紹介するようなばかげたことをするというのも・・・。」
 
「そうだなあ。そんなことをするくらいなら、何もしないで様子を見ていたほうが遥かに効果的だ。次に何をするかわからないという不安を与えることが出来るわけだからな・・・。」
 
「そう言えば行政局でもあの薬屋のことを調べると言ってましたよね。そちらのほうは何かわかったんですか?」
 
「まずは取引先の調査だな。記録的に見ておかしなところはないし、実在する取引先ばかりだったと行政局の担当者は言っていたんだが、俺のほうでも一度その取引先を調べてみようと思ってるんだ。今日の午後、資料を持ってもう一度ティールさんのところに行って来ようと思ってる。」
 
「それじゃ私はローダさんに話を聞きに行ってきます。そんなにかからないと思いますからここに戻ることは可能ですが、どうします?もしも午後から時間がとれるようなら、この間の続きを話しますか?」
 
「・・・そうだな・・・。」
 
 少しだけ、歯切れの悪い返事が返ってきた。
 
「私はいつでも構いませんよ。クリフの記録については宿に戻ってからも分析を続ける予定ですし、島にいる私の師と、デイランド先生にも協力を仰ぐつもりですから。一日や二日で何とかなるような簡単な話ではないですからね。」
 
「相変わらずお前は前向きだな・・・。」
 
「前向きになれることがいくつもありましたからね。今のところ一番大きいのは、昨日のフロリア様のことですが。」
 
 オシニスさんを包む『気』がゆらりと揺らめいた。
 
「気になるんじゃないんですか?別に隠すような話は何もしていませんから、何を話したのか言っても構いませんよ。」
 
「・・・ま、俺としてはあの後もずっとお元気だったなら、それでいいよ。俺も楽しかったしな。」
 
(昨日よりは・・・ちょっと素直さがなくなってきたかな・・・。)
 
 気になっているのは隠してもわかる。でもやはり本人は隠したいと思っているようだ。まあここではそんなに突っ込んで聞くのはやめておこう。昨日のお茶会での内容を話すのはかまわないが、フロリア様の『伝言』の話はまだ出来ない。それは、私がカインのことを話してからのことだ・・・。
 
「とても楽しかったとおっしゃってましたよ。ウィローとも、もう一度出掛けたいからその時は案内をしてくれとか約束してましたからね。」
 
「外に出掛ける気になってくれたのは何よりだ。もしも本当にそういう話が来たら、その時は頼むよ。出来ればリーザとも一緒に出掛けてほしいから、そうなったら俺は留守番でもしてるかな。」
 
「今朝は会ってないんですか?」
 
「今朝は会議も何もなかったし、お前と一緒に医師会に行くから朝は顔を出せないと、じいさんに頼んでおいたんだ。」
 
「そうですか。帰りにレイナック殿の部屋に寄ったんですが、フロリア様の食事については改善されそうですね。」
 
「ああ、今朝じいさんがフロリア様に話してみると言っていた。フロリア様が承諾されたら、『フロリア様からの要望』という形で周知したいと言っていたな。でないと、なんでそんな話が出たのかってことを勘ぐられたりするからな。」
 
「フロリア様の体調が悪かったことは、あのまま伏せられているんですね。」
 
「そういうことだ。もっとも侍女達をみんな帰しちまったから、多少なりとも噂になる可能性はあるがな。でも本当に、お元気になってくださって良かったよ・・・。」
 
「うれしそうですね。」
 
 オシニスさんはふと顔を上げて私を見、少しだけ肩をすくめて『まあな』と小さく言った。
 
 
 私は先にローダさんに話を聞かせてくれるよう、頼みに行くことにした。お昼までにはまだ時間がある。昔話の続きはオシニスさんが今ひとつ乗り気でないようなので、今出来ることからどんどん片付けていくことにしたのだ。私としては早くきちんと話をして、フロリア様の伝言を伝えたいところなのだが、オシニスさんが聞く気になってくれないと話が出来ない。その気持ちが理解出来なくはない。あのあと・・・サクリフィア神殿に入った私達はとんでもない相手と再会することになったのだが、それでも無事『サクリフィアの錫杖』を見つけ出してサクリフィアの村長の元に戻った。そして・・・。
 
(あの時・・・何が何でもカインを引き止めていたら・・・今頃カインはここにいたのかな・・・。)
 
 あの時はこれしかないと思って選択した道だったのに、実はもっと別な道があったかもしれないなんて考えてしまったら、前に進めなくなってしまう。ついこの間、そんな理由でやる気をなくしたアスランを、息子のおかげで何とか説得出来たところだ。
 
「・・・自分で決めたんだから、前に進むしかないんだよな・・・。」
 
 きっととっくにわかっていたこと。私はあの時、自分で決断を下した。たとえ極限状態での判断だったとしても、それを言い訳には出来ない。
 
 
 食堂に着いた。中では何人かの王国剣士達が食事をしていたが、まだ混雑は始まっていないようだ。いつもトレイを持って並ぶ場所から、ローダさんに声をかけた。
 
「おや、カインのお父さんじゃないか。食事ならトレイを持って並んでおくれ。」
 
「いえ、実は少しお話を伺いたいと思ってきたんですが。お手すきになるのはいつごろですか?」
 
「話って・・・何のだい?」
 
 ローダさんから不安が滲み出し、意識が厨房の奥にそれていく。そこにはチェリルがいて、こちらに背を向けて昼の仕込みをしている。なるほど、チェリルのことでまた何か聞かれるのかと思っているのか・・・。私はクリフのことで話を聞きたいとはっきり伝え、もしも差し支えなければチェリルにも一緒にいてほしいと頼んだ。
 
「それは構わないけど、そうだねぇ・・・。」
 
 お昼になれば一斉に王国剣士達がやってくるが、本当に全員一斉に来てしまったらその時間帯だけ町の警備が空っぽになってしまう。そこである程度時間差をつけて食事をすることになっているので、お昼からしばらくは人が引けない、でも午後のお茶の時間帯になれば、一息つけるだろうと教えてくれた。
 
「それじゃそのころに伺います。」
 
「はいよ。あたしもあの時のことをちゃんと思い出しておくよ。」
 
「よろしくお願いします。」
 
 最初に気づいたのはローダさんだということだが、一緒に仕事をしているチェリルだって何かしら気づいたことがあったかもしれない。とにかく出来る限りの手は打っておくべく、次に私は医師会に戻り、デイランド先生の知恵を借りたいのだがどうだろうかと、ハインツ先生に聞いてみた。
 
「実は私もそう考えましてね。今日の夜にでも話しに行こうと思っていたところなんですよ。」
 
「それでは昼間のうちに私から話してきますよ。」
 
「そうですね。早いほうがいいですし、私よりあなたから頼まれたほうが、弟もやる気を出すでしょう。」
 
「ははは、そんなことはないと思いますが、ではこれから行ってみます。」
 
 これでまた1人当てに出来る医師が増えた。外に出る前に、私はマレック先生の部屋に行ってみた。妻はクリフの病室にはいなかったから、多分まだそちらにいるだろう。
 
「おやクロービス先生、クリフの様子はいかがです?」
 
 マレック先生は妻と、そのほか何人かの助手と一緒に打ち合わせをしていた。ある程度献立が決まったので、もう少し詳細な栄養分析と、調理法についてきちんと決めておくためらしい。
 
「いやあ、奥さんにはいろいろなアイディアを出していただきましたよ。もっと早くお願いすればよかったと、悔しい思いをしているところです。」
 
「とんでもないです。私は単純においしい食事のことしか考えていませんでしたけど、きちんとした栄養をもっと考えなければならないと、本当に勉強になることばかりです。」
 
 笑顔で言ってくれるマレック先生に対し、妻は恐縮している。私はこれからクリフの手術のために出来る限りの情報を集めるべく、デイランド診療所に赴くことを妻に伝えた。妻はもうしばらくここで打ち合わせをして、献立の調理もするとのことだった。決めたとおりの調理法で、間違いなく予定している栄養が取れるかどうかも調べるらしい。
 
(食事といっても奥が深いな・・・)
 
 入院施設のないうちの島では、病人食は基本的にその病人の家族が作る。妻はいつも献立を考えて作り方の指導に出かけているのだが、作る人間が毎回違うわけなので、同じ献立の指導をしても中身には当然ばらつきが出る。もしもこの先後継者が見つかった場合、空いている部屋を改築して病棟を作り、本格的に入院患者を受け入れることも検討したほうがいいのかもしれない。専門の調理師がいつも同じように作った食事を食べてもらうことが出来れば、家族の負担も減るし病人の健康にもいい。
 
 
 私は外に出て、デイランド診療所へと向かった。お昼になる前に訪ねて話をしておきたい。幸いにも診療所には患者がいなかったので、私はすぐに診療室に通してもらうことが出来た。
 
 
「・・・なるほど・・・。しかし、私がどの程度お役に立てますか・・・。」
 
「この場所で診療所を開いていれば、さまざまな臨床例に遭遇したことがあるのではないかと思いますが、いかがですか?」
 
「うーむ・・・確かにそれはそうですなあ・・・。しかし先生の島にもいろんな患者さんがこられるのでは?」
 
「うちの島の場合、一番多いのが老人なんです。働けるようになった若者はたいてい島を出て行ってしまいますから、クリフのような若くて本来なら体力もある患者の病気というのは、あまり治療経験がないんですよ。もちろん皆無ではありませんし、同じ病気の患者もいましたが、早い段階で病気が見つかった患者ばかりですから、ここまで重篤になったところから手術をするというのはめったにありません。それに、島には私の師もいますから、手術はいつも2人でしたしね。」
 
「そうですか・・・。いやもちろん、私に出来ることでしたら何なりとお申し付けください。確かクリフという青年と同じ病気になった患者の資料があったはず・・・。少しお待ちください。」
 
 その後、その患者のカルテなどを見ながらしばらく打ち合わせをした。何かわかることがあれば連絡をくれるということになり、私も近くを通ったら寄ってみると約束して、デイランド診療所を出たのはもうそろそろお昼になるところだった。これから王宮に戻るより、宿に戻って少しデンゼル先生の資料を見てみよう。そしてそこまでの時点で私の中で組み立てた、クリフの手術の手順についてブロムおじさんへも手紙を出しておくことにした。
 
「お、珍しいな。メシなら部屋に運んでやるが、何だ1人なのか。」
 
 『わが故郷亭』の扉を開けて中に入ると、ラドが驚いたように私を見た。昼の混雑はまだ始まったばかりらしく、このタイミングで帰ってきてよかったらしい。部屋に戻って程なくして、食事が運ばれてきた。食べながら、クリフの記録を開く。家でこんなことをしたら妻に叱られるが、緊急の患者がいる時だけは時間が惜しいので、資料を見ながら食べることもある。そういう時だけは、妻は何も言わないでくれた。
 
「1人で食事ってのも味気ないけど、仕方ないな。」
 
 ハインツ先生達がクリフの体力をつけるための治療をしているうちに、私のほうはこの患者のことを全て頭に入れておかなくてはならない。記録を見ながら今度はデンゼル先生から預かった資料を開いた。医学に関しては全ての項目について網羅していると思ってもいいくらい、膨大な記録がこのノートには詰まっている。その中から今回の患者の治療に役立ちそうなところを探しては紙に書き出していく。今日一日で全ての情報を頭に入れられるわけではない。切りのいいところでやめて、今度はブロムおじさんへの手紙だ。さっきオシニスさんから聞いた、クリフの病気が発覚したところから始まって、今の状態になるまでの経緯をまとめ、聞きたいことなども書いて封筒に入れた。階下に降りてラドに手紙を出してくれるよう頼み、今回は急ぎなので何とか頼むと付け加えた。
 
「わかった。今日の午後にローランに向かう便があるから、そっちに載せてくれるよう頼んでみるよ。今日の夜中に出る船に間に合えば明日には届くだろう。」
 
「助かるよ。それじゃよろしくお願いします。」
 
 
 今日、私に出来ることはここまでだ。あとはまた、ハインツ先生から預かったクリフの記録に目を通そう。でもそれは医師会のほうがいいかもしれない。宿にこもっているより、わからないところを聞きながらのほうが効率がいい。
 
 
 王宮へと向かう道は相変わらず混んでいるが、1人で歩く分にはそれほど歩きづらいことはない。うまく裏道と組み合わせて進み、それほどかからず私は王宮への玄関にたどり着いた。
 
「ウィローのほうはどうなったのかな。」
 
 後で色々教えてもらうことがありそうだなと思いながら、ロビーへと入った時・・・
 
「あ、クロービス先生!」
 
 すでに顔見知りとなった受付の娘が、ホッとしたように私を呼んだ。受付の前には女性が1人立っている。
 
「どうしたんだい?・・・あれ?」
 
 その女性が振り向いた。
 
「クロービス!」
 
「イノージェン!どうしてここに・・・?」
 
「先ほどおいでになったのですが、先生は外出中だと医師会のほうで伺ったのでお待ちいただいていたんです。長くかかるようならどうしたらいいかと思って・・・。」
 
「すまなかったね。用事が長引いて、なかなか戻れなかったんだ。それじゃ私はこの人と東翼の喫茶室に行くから、もしも医師会で誰か私を捜していたら、そう言ってくれるかい?」
 
「はい。かしこまりました。」
 
 ロビーを抜けて、私達は東翼にある喫茶室に来た。
 
「でもよかったわぁ。あなたに会えて。」
 
 椅子に座って紅茶を頼んだところで、イノージェンがホッと一息ついた。
 
「君1人でここまで来たの?」
 
「玄関の前まではライザーと一緒だったわよ。ライザーは用事があったから、中には私が1人で来たの。クロービス、ライラとイルサを助けてくれたそうね。ありがとう。」
 
 イノージェンが頭を下げた。
 
「大したことはしていないよ。それに、イルサについて言うなら助けたのは私ではなく一緒にいたアスランという王国剣士だしね。ライラだって元々そんなにひどい怪我じゃなかったし。」
 
「そうなの・・・。聞いた時は本当にびっくりしたわ。すぐにでも来たかったんだけど・・・。」
 
「仕方ないよ。それじゃライラとイルサに会いに行くかい?イルサは友達と出かけているかも知れないけど、ライラは宿泊所の部屋か図書室にいると思うよ。」
 
「会いたいけど、それは後でもいいの。子供達は無事だし、今では元気にやっているらしいことは、聞いたしね。それより、そのアスランという剣士さんに会いたいわ。きちんとお礼を言いたいのよ。」
 
「それじゃこれから会いに行く?一般の病室だから今からでも行けるよ。」
 
「そうね・・・どうしようかな・・・。」
 
 イノージェンはしばらく考え込んでいたが・・・。
 
「それじゃ、後で案内して。その前にね、あなたとウィローに聞いてほしいことがあるんだけど、ウィローはどこにいるの?」
 
「今医師会にいるんだよ。」
 
 私はイノージェンに先日決まったクリフの手術の話を簡単に説明した。
 
「そういうことなの・・・。遊びに来たのに仕事なんて、大変ねぇ。」
 
「私で役に立つならそんなことは気にしないよ。それより、ウィローのところに行ってみる?」
 
「私が行って大丈夫なの?」
 
「連れて行くだけなら問題ないよ。アスランが入院してるのも医師会の病棟だから、まずはウィローのところに行ってみよう。」
 
 私達は東翼の喫茶室を出て、医師会へと向かった。イノージェンが話したいことと言うのは、もしかしたらリーザの家のことかもしれない。でもどうしてライザーさんは一緒に来なかったんだろう。ここの前まで来たのなら、一緒に中まで来てもよさそうなものだ。オシニスさんとはもう顔を合わせたわけだし・・・。
 
(普通に訊けばよかったな・・・。)
 
 さっき『ライザーさんはどうしてここに来ないの?』と言う言葉を飲み込んでしまったので、なんだか今になっては聞きにくい。
 
 
「失礼します。」
 
 マレック先生の部屋ではさっきと同じように、マレック先生と助手達、それに妻が打ち合わせをしている。いい匂いが漂っているところを見ると、先ほどの献立を調理して、その栄養分析を行ったらしい。
 
「おやクロービス先生、お昼にいらっしゃるかと思ったのですが、お忙しかったのですか?」
 
「すみません、クリフの記録について少し調べ物をしていたものですから。」
 
「あなたが来たら献立の味見をしてもらおうと思ってたのよ・・・あ!イノージェン!」
 
 妻は私の後ろから顔を出したイノージェンに気づき、パッと笑顔になった。
 
「ウィロー、久しぶり!」
 
「どうしてあなたがここにいるの?いつ来たの?ライザーさんは?」
 
「それはこれから説明するよ。それより、献立のほうはもう決まったの?」
 
「献立を決めて先ほど実際に調理してみたところなのですが、決められた栄養価を食事の中に残すためには火加減が少し難しい食材がいくつかありましてねぇ。今再検討中だったのですよ。普段の病人食ならそこまで考えなくても問題ないのですが、今回の患者は大分弱っていますからね、食事もまだそれほどたくさんは食べられない。そこで、あまり調理に手間がかかりそうな食材は外して、ある程度調理しやすくて栄養価の高い食材を使ってみたいと考えたわけなんですが・・・。」
 
 マレック先生が言った。
 
「マレック先生、彼女は私達の友人なんですけど、料理がとても上手なんです。少し彼女の意見も聞きたいんですけど、だめでしょうか。」
 
 妻がマレック先生に尋ねた。
 
「いや、今回の、というより、食事による治療の可能性を考えるなら、医師会だなんだと枠を作っている場合ではありません。そちらの方は・・・イノージェンさんとおっしゃるのですね。私はマレック、医師会で食事による治療の可能性について研究している者です。私達にお力をお貸しいただけませんか?」
 
「え?で、でも私が作るのは普通の家庭料理ばかりですよ?特に変わった食材を使うわけでもないし・・・私が、お役に立てるんでしょうか?」
 
 思いがけない展開に、イノージェンは戸惑っている。
 
「でも君の料理は母さん直伝じゃないか。病気で入院している患者の一番の楽しみは食事だからね。手を貸してくれるとうれしいよ。」
 
「うーん・・・これがお産の話ならいくらでも役に立てるけど、料理なんて特に変わったことをしているわけではないし・・・ねぇウィロー、私は何をすればいいの?」
 
「そうねぇ、それじゃ・・・。」
 
「マレック先生、ウィローさん、先ほど候補に挙がっていた食材の他にも、色々あると思いますから、まずは主婦目線で家庭料理の食材をもう少し候補としてあげていただくというのはいかがですか?」
 
 テーブルで資料を見ていた助手の1人が言った。
 
「そうだな・・・。しかしイノージェンさん、何か用事がおありでここにいらっしゃったのではないですかな?いきなり協力してくれさあここで考えてくれと言うのも失礼な話だし・・・どうしたものか・・・。」
 
 マレック先生が考え込んでいる。
 
「それじゃイノージェン、私もちょっとこれから用事があるんだ。取りあえずと言ってはなんだけど、私が戻るまでの間ここにいてくれるとありがたいんだけど。」
 
「用事?」
 
 妻が顔を上げた。私はクリフの病気の最初の兆候が出た時期をつかめないか、食堂で話を聞いてくることを伝えた。
 
「なるほど・・・確かに、それがわかれば今後の病気の進行もある程度推測が出来ますからな・・・。ではクロービス先生、先生がいらっしゃるまでこちらの方には私達にご協力いただくと言うことでいかがでしょう。」
 
 マレック先生の提案で、ひとまずイノージェンにはここで話に加わってもらうことにした。そろそろ午後のお茶の時間になる。遅くなると今度は夕食の仕込みが始まってしまうだろう。イノージェンの素性、ライラとイルサの母親だという話をしそびれてしまったが、多分妻が説明してくれる。
 
「どっちにしても、ウィローも私も今すぐにイノージェンの話を聞いている時間はとれないし・・・。」
 
 もしかしたら、オシニスさんのところに連れて行って一緒に話を聞いてもらったほうがいいかもしれない。
 
 
 食堂に行くと、中には誰もいない。ローダさんとチェリルがカウンターのこちら側に出てきて待っていてくれた。
 
「すみません、お待たせしました。」
 
「いいんだよ。あたし達もちょうど今一息ついたところだからね。」
 
 私はさっそくクリフのことについて尋ねた。
 
「・・あたしがって・・・チェリル、あんた最初にあたしが気がついたなんて団長さんに言ったのかい?」
 
 驚くローダさんの言葉に、チェリルは『まずい』と言った顔で肩をすくめた。
 
「い、いや、あの・・・だってあたしがクリフさんのことおばさんに言った時、『あたしも変だと思ってたんだ』って言ってたじゃない?だからおばさんが気づいたようなもんだと思って・・・。」
 
「まあそりゃ・・・変だなと思ったのは確かだけど、あんたが最初に気がついたから、あんたが直接団長さんに説明したほうがいいかと思って、それで行ってもらったんだよ。まったくこの子は変なところで遠慮するんだから・・・。」
 
 ローダさんは呆れたような顔はしているものの、優しい目でチェリルを見つめている。なるほどそれなら納得出来る。ローダさんが気づいたことなのに何でチェリルが来たのか不思議だった。そこで私は改めて2人にクリフのことについて尋ねてみた。
 
「そうですねぇ・・・あたしが見た時は・・・このあたりを擦ってたのに気づいたのが最初かなあ。」
 
 言いながらチェリルは自分の腹のあたりに手をあてた。
 
「今君が手をあてている、そのあたりで間違いないのかい?」
 
「えーと・・・」
 
 チェリルは考えこむように目を閉じ、『あ、この辺』と言って今より少し上のあたりに手をあてた。
 
「ああ、そうそう。それであんたがあたしに聞いたじゃないか。クリフさん腹の調子でも悪いのかなって。」
 
 ローダさんが思い出したようにパチンと手を叩いて言った。
 
「そうよねぇ。それで、腹の調子が悪いならこっちじゃないかって、そんな話したよね。」
 
 言いながら、チェリルは今度は腹の下のほうを押さえて見せた。確かに、最初にチェリルが押さえて見せた場所は、胃袋のあるあたりだ。腹の調子が悪い場合痛むのは腸の部分なので、もっと下のほうと言うことになる。
 
(最初に手術をした場所はだいたいそのあたりだけど・・・少しずれてるかも知れないなあ。)
 
 これは覚えておいたほうが良さそうだ。
 
「それはいつ頃のことだか憶えているかい?」
 
「えーと・・・あれは・・・」
 
 2人は一生懸命考えている。クリフが入院して半年、いや、多分7ヶ月くらいは過ぎているはずだ。完璧に思い出せなくても、ある程度の目安がわかればそれだけでも助けになる。
 
「そうだ!ねえねえおばさん、あの時、あたしの1周年のお祝いしてくれたじゃない?」
 
 チェリルが叫んだ。
 
「あんたの・・・ああ、そうそう!あんたが1周年だからって、手が空いたらケーキでも作ろうかって、その時にクリフが食事に来たんだ。」
 
「そうよ!トレイを持って並ぶ時ってみんな両手でトレイを持つのに、あの時クリフさんがトレイを片手で持ってたの。そしてもう片方の手でお腹を擦ってたのよ!先生!あれはね、あたしがここで仕事をするようになって一年過ぎたばかりの時だったから、えーと・・・今から・・・うん!9ヶ月前!」
 
「へぇ、9ヶ月前か・・・。すると君はあと3ヶ月で2周年と言うことになるね。」
 
 不意にチェリルの顔が暗くなった。
 
「そうなんですけど・・・あたしこのままここで仕事出来るのかなあ・・・。騙されたとは言え、あたしのせいでラエルさんが・・・。」
 
「それは君のせいじゃないよ。もしも君が悪いのだったら、とっくに君は牢獄に収監されているはずだ。事情聴取の後も、特に仕事については何も言われなかったんだろう?」
 
「はい・・・。あたしはここでの仕事がすごく楽しくて、天職だと思っているから、やめたくはないんです。でも、もういつ『やめてくれ』って言われるかと思うと・・・。」
 
「今来ないんだから大丈夫じゃないのかねぇ。もしもそんなことを言われたら、あたしも一緒にやめてやるって脅かしてやろうかと待ちかまえているけど、誰もそんなこと言って来やしないしねぇ。あんまり何も言われないんで拍子抜けしているところだよ。」
 
「あれからずいぶん時間が経ってますしね。」
 
「そうなんだよね・・・。ああ、でもあんたにこんなこと言ってもしょうがないよね。それより、息子さんは最近城壁の外で警備出来るようになったそうじゃないか。張り切っているんだろう?」
 
「この間朝出掛けていく時に会いましたよ。いつも脳天気ですけど、やっぱり緊張してたみたいですよ。」
 
「みんな最初はそうなんだよ。あたし達も応援してるって言っておいてくれるかい?」
 
「ありがとうございます。伝えておきます。」
 
 
 2人に礼を言って食堂を出た。やはり話を聞きに来てよかった。クリフの様子がおかしいことに気づいた日が、チェリルの就職1周年だったとは、神に感謝したいほどの偶然だ。それにクリフに腹の調子が良くないならそれに合わせて献立を替えるという話をしたと言っていたが、それは別にその時のクリフに限って言った話ではないだろう。話を聞いていて思ったが、ローダさんもチェリルも王国剣士達の様子をよく観察している。体調が悪そうだったり、落ち込んでいそうだったり、そんな剣士を見つけると、2人は彼らが少しでも元気になれるように最善を尽くしてくれているのだと思う。クリフが腹を擦っていたことに2人が気づいたのがその日なら、それはおそらくクリフが自分で体の異変に気づいて間もない頃だったと考えてよさそうだ。とは言え、それは私が独断で決めていい話ではない。ハインツ先生にも相談してみよう。
 
 
 私は医師会に戻る前に、ランドさんのところに顔を出した。オシニスさんが戻っているかどうか聞いてみたのだが、まだ戻っていないらしい。
 
「多分前の調査の報告も受け取っているはずだから、少し遅くなるかもな。」
 
「わかりました。それじゃまた後で顔を出してみます。」
 
 オシニスさんが戻っているなら、イノージェンを連れてこようかと思っていたのだが、まずは医師会に戻ったほうがよさそうだ。ハインツ先生に今の話をして、それから妻と2人でイノージェンの話を聞けるように予定を変更出来ないか聞いてみよう。
 
 
 クリフの病室を開けると、妻がいてちょうどマッサージをしているところだった。イノージェンはまだマレック先生のところにいるらしい。私はハインツ先生に時間を作ってもらい、空いている病室に場所を移して先ほどローダさんとチェリルから聞いた話をした。
 
「なるほど・・・ということは、私達が考えていたよりは多少発病からの期間は短縮出来そうですね。しかし、さすがに私達も最初に異変に気づいたのが食堂の女性達とは思いもしませんでした・・・。それで、チェリルはこのあたりと言っていたんですね?」
 
 ハインツ先生が自分の腹のあたりに手をあてて見せた。
 
「そうなんです。そこだと、最初に出術をした場所より少し上じゃないかなあと思ったので、少し気になったんですけどね。」
 
「・・・最初の手術の時、病巣はこのあたりだったんですよ。」
 
 ハインツ先生が手をあてて見せたのは、チェリルが言っていた場所より少し下だ。
 
「ということは、もしかしたら元凶がそのあたりにあるのかも知れないと言うことでしょうか・・・。」
 
「かも知れませんが・・・このあたりだと掻き分けて見るということも出来ませんから、少し手術の手順も考えたほうがいいですねぇ。」
 
「そうですね。そのあたりの状態を見るのであれば、ある程度広く開腹するか、2回に分けるか・・・私も考えてみます。」
 
 2回に分けるというのはいささか非現実的だが、最初から一つの可能性を排除してしまうのは危険だ。まずは考えてみる、それで無理ならその時に排除すればいいことだ。
 
「あのチェリルという娘はたまにマレック先生から頼まれて病人食を作ってくれたりしますが、頼むたびにその病人の好き嫌いなどを色々と聞いて、それで作ってくれるそうですよ。その仕事が好きなことももちろんですが、やはり他人を思いやれる温かい心がないと出来ないことですからねぇ。そして2人が一番気配りをしているのはやはり毎日食堂にやってくる王国剣士達でしょうし、ローダさんとあの娘の言うことは、信用出来ると思いますよ。」
 
 ある程度発病の時期が特定出来たことで、今度は今までの手術を執刀したハインツ先生の見解を改めて尋ねた。そしてその話をまとめ、今度は私がその経緯を頭に入れて今後の治療について考えなければならない。
 
 
「ではお疲れ様でした。」
 
 ハインツ先生と一緒にクリフの病室に戻ると、妻がゴード先生に挨拶をしているところだった。
 
「今日の治療は終わり?」
 
「ええ、今日からは少しマッサージの回数を減らして、様子を見ながら対応していくことにしたの。今のところは痛み止めの量もそんなに増えてないし、食事もとれるようになってきたから、あとは明日ね。」
 
「なるほどね。慣れを防ぐにはそのほうがいいね。」
 
「ええ、だからイノージェンを迎えに行きましょう。何か話したいことがあるって言ってたから、聞いてあげたいのよ。」
 
「わかったよ。それじゃハインツ先生、ゴード先生、よろしくお願いします。今日の夕方寄れそうならまた顔を出しますから。」
 
「無理なさらなくていいですよ。まずは今朝お渡しした記録のほうに目を通しておいていただければ。あの中には昨日までの記録がすべて入ってますから、今週一週間経過を見て、週末にでももう一度打ち合わせをしたいと考えているんです。」
 
「わかりました。」
 
 
 マレック先生の部屋に戻り、今日は早めに上がるからと言うことでイノージェンを連れて外に出た。イノージェンは最初の戸惑いはどこへやら、いろんな食材についての提案をし、わかる限りの入手経路なども教えていたらしい。
 
「私の知ってる食材ってほとんど島で採れるものばかりだけどね。」
 
 食材の説明をするたびに、マレック先生や助手達がうなずいたり驚いたりするのを見て、イノージェンは首をかしげている。
 
「私達にとっては普段食べている何気ない食材でも、こっちの人達にとっては珍しいものもたくさんあると思うよ。ウィローだって南大陸の野菜は食べ慣れていただろうけど、島に来てカナの母さんから荷物が届くたびに、みんなに珍しがられているしね。」
 
「そうなのよ。『え?こっちではこれ食べないの?』なんて最初は思ってたけど、食べるかどうかじゃなくてそもそも見たことすらないものが多いって聞いた時に、『あ、そうか』って。」
 
 話しながらロビーに出た。私はイノージェンに、ライザーさんの相方だったオシニスさんが戻ってきているかも知れないから、会ってみてはどうかと勧めてみた。
 
「あ、私ね、その人にはぜひ会いたいと思ってるの。ライザーからも手紙を預かってるし。だからその人に会いに行く前に話を聞いてもらおうかなと思ったんだけど・・・やっぱり会ってから、その場で話をしたほうがいいかもしれないわ。場合によってはその人にもお願いしなきゃならないことがあるから。」
 
「そうか・・・。昨日ライザーさんとオシニスさんが会ったことは聞いてるの?」
 
「ええ、びっくりしたって言ってたわ。出ていくべきかどうか迷ったけど、あの状況を見ていたら黙って立ち去るなんて出来なかったって。」
 
「オシニスさんもうれしかったみたいだよ。ずっと会いたかったって言ってたから。」
 
「そうよね。親友同士だって言うのに、もう20年も会ってないなんて、ライザーってあれでけっこう頑固なところがあるのよねぇ。」
 
 イノージェンはいつものように笑っている。2人の間に起きた出来事については知っているのだろうか。
 
「それじゃ剣士団長室に行ってみようか。今なら戻っているかも知れないよ。」
 
 さっきランドさんに聞きに行った後、ハインツ先生と打ち合わせをしたりしてそれなりの時間が過ぎている。もう戻っているかも知れない。
 

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