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「こんばんは。お疲れさまです。」
 
 カインは詰所の扉を開けて元気よく挨拶をした。
 
「おお、君たちは?」
 
「私はカイン、1ヶ月前に入団しました、こちらは現在研修中のクロービスです。」
 
「私はこの町の常駐剣士、ドーソンだ。相方はキリーと言うんだが、今少し見回りに出ている。実は、この村にすむモルダナさんという女性宅で盗難が起こってな、その調査をしているのだ。」
 
「モルダナさん?」
 
 カインと私はほぼ同時に声を上げ顔を見合わせた。
 
「どうかしたのか?」
 
 ドーソンさんは不審そうに私達を見た。
 
「あ、はい。私はそのモルダナさんのところに、剣士団長からの手紙を届けるという任務でここに来たんです。」
 
 私は慌てて自分の任務の説明をした。
 
「ほぉ、なるほどな。目撃した者の話では、犯人は忍び装束をしていたらしい・・。ま、しかしもう手後れだろう。少なくとも、この村は去ったあとだろうからな。君達の任務遂行には支障はないと思うぞ。モルダナさんの家は、この詰所から右側に出た通りの突き当たりを右に折れていくんだ。そこに木が何本か立っているから、そこを抜けていけばすぐにわかるはずだ。」
 
「ありがとうございます。」
 
 ドーソンさんに礼を言って、私達は詰所をあとにした。
 
「盗難事件かぁ。気になるなあ。」
 
 カインがつぶやく。
 
「とにかくモルダナさんのところに行こう。話を聞いて見ようよ。」
 
 私の案にカインは、
 
「俺たちがか?どうかなあ、ドーソンさん達が調べてるのに横から口出ししていいものかなあ。」
 
そう言って考え込んでいる。確かに先輩剣士達の調査に、研修中の新人剣士が口を挟むなど僭越この上ないだろうが、私はこの事件に何か引っかかるものを感じていた。でもそれが何なのかわからなかった。その疑問に答を出したいという欲求が湧き上がってくる。そう言えば昨日ライザーさんが言っていた。私は昔から好奇心が強いと。父に似たのだろうか。父は診療所で医師として働く傍ら、常に新しい本を取り寄せ、いつも瞳を輝かせながら読んでいたものだ。
 カインと私は、モルダナさんの家目指して歩きはじめた。途中、村の若者に出会った。
 
「モルダナさんの家に行くのかい?」
 
 気さくに声をかけてくる。
 
「はい、ちょっと用事があって。」
 
 本当のことは言わずにおいた。若者は不審がる様子も見せず、
 
「へぇ、あの人はいい人だよ。モルダナさんは、つい最近まで王宮で働いていたんだ。フロリア様が生まれた頃から、ずっとフロリア様の養育係をしていたんだって、今でも、それが自慢みたいだよ。」
 
にこにこと教えてくれた。
 
「フロリア様の養育係?」
 
 そんな話は初めて聞く。若者は私達の驚いた顔を見て、ちょっと得意そうに胸を反らすと、
 
「そうさ。あの人は何とフロリア様の乳母だったんだ。で、乳母としての役目が終わったあとも、ずっと王宮でフロリア様のよき相談相手だったというわけさ。自慢にしたい気持ちはわかるよな。フロリア様って・・・美人だよなぁ・・・。」
 
 そう言って遠くを見るような目でにやりと笑う。
 
「あ、ありがとう。」
 
 私達は適当にその場を切り上げ、モルダナさんの家に急いだ。右に折れる曲がり角までくると、道の左側に建っている大きな家の前で何事か叫んでいる人がいる。
 
「どうかしましたか?」
 
 何か困っているのかとカインが声をかけた。
 
「え?ああ、いや、すまねぇな、独り言のつもりだったんだが。ここの家がな、ずっと空き家なんだよなぁ。昔は誰か住んでいたらしいんだけど・・・。何か偉い人の家みたいな感じなんだけど・・・こんなでかい家がずっと空いてるのってちょっと不気味だよな、そう思わねぇか?」
 
 見上げると確かにちょっと不気味な感じがする。でも不思議なことに、何となく懐かしいような気持ちになってくる。ここには初めて来るはずなのに・・・なぜ・・・。
 その場を離れて少し歩くとカインがつぶやいた。
 
「どこが独り言だよ、あの人。町中に響き渡りそうな大声で文句言ってたくせに。」
 
「きっとあれがあの人の独り言の基準なんだよ。確かに妙な家だったしね。」
 
「そうだな・・・。まあいいか。とにかくお前の任務だ。ドーソンさんの教えてくれたのはこのあたりかな・・・。」
 
 道が途中でとぎれ、木立が見えてきた。モルダナさんの家はすぐにわかった。ドーソンさんが教えてくれた通りの道を辿っていくと、やがて小さな家が木立の中にのんびりと建っているのが見えてきた。
 
「こんばんは。」
 
 玄関先で声をかける。
 
「はーい。」
 
 中から聞こえてきた声がなんだかやたらと若い。でも出てきたのは、父よりは少し若いかなというくらいの年配の女性だった。フロリア様の乳母をしていたのだから、その当時はだいたい25〜6くらいか。だとするとこのくらいの歳になっているだろう。
 
「どちら様かしら?・・・あら?その制服は・・・剣士団の方ね?」
 
 この声は・・・やっぱり若い。
 
「はい。私は、王国剣士団で研修中のクロービスと申します。」
 
「私はカインです。入団して一ヶ月になります。」
 
 王国剣士と聞いてモルダナさんの顔に笑みが広がる。
 
「まあ、剣士さん、よくいらっしゃいました。さあ、どうぞ。お入りください。」
 
 そう言って家の中に招き入れてくれた。私達はお茶をごちそうになり、剣士団長からの手紙のことを伝え、モルダナさんに渡した。
 
「まあ、パーシバルからの手紙ですね。確かにいただきました。どうもご苦労様でした。フロリア様はお元気ですの?つい先日まで王宮で働いていたことが嘘のように、のんびりと暮らしてますの。でもフロリア様が元気にしていらっしゃるかどうか、それだけが、いつまでたっても心配なんです・・。」
 
 少しだけ寂しそうな横顔。きっと親子みたいなものだったんだろうな・・・。そんなことを考えた私の脳裏に、ふと、父の顔が浮かんだ。
 
「それじゃ失礼します。」
 
 帰りかけるカインを私は押しとどめた。
 
「お、おい、クロービスどうしたんだ?」
 
「カイン、ちょっと待ってよ。さっきのこと聞いていこう。」
 
「え?・・・仕方ないな。わかったよ。」
 
 カインが腰を下ろすのを待って、不思議そうに私達の顔を見つめるモルダナさんに、さっき詰所で聞いた盗難のことを尋ねた。
 
「ええ、確かに先日盗難にあいました。ですが、私の不注意なのです。剣士さんもお気になさらないでください。」
 
「何を盗まれたんですか?」
 
「指輪ですの・・・。もうずっと家に伝わる古いものです。たいした価値のあるものではないと思うのですが・・・。」
 
「でも大事なものだったんでしょう?」
 
 私の問いにモルダナさんは
 
「ええ・・・でも仕方ありませんわ。」
 
うつむいて声を落とした。大事なものが盗まれてしまう・・・。それが物であれ人であれ、自分が大事にしていたものが失われるというのはとてもつらいことだ。それが何者かによって無理やり奪われたとなれば、その嘆きはどれほどのものか・・・。何か私に出来ることはないのだろうか・・・。
 その時モルダナさんのところに小さな男の子が歩み寄ってきた。
 
「おばあちゃん。」
 
「おやどうしたの?おばあちゃんはこの剣士さん達とお話中なの。向こうで遊んでいらっしゃい。」
 
 男の子は私達の顔を見つめると、
 
「おばあちゃん、だいじにしていたゆびわをぬすまれちゃったんだよ・・・。」
 
そう言って寂しそうにモルダナさんの腕にすがりつく。栗色のくせっ毛。黒目がちの大きな瞳。かわいらしい男の子だ。私は男の子に近づくと、ひょいと抱き上げた。
 
「ぼく、いくつ?」
 
 私の問いに男の子は怖がる様子もなく
 
「5さい。」
 
と答える。5歳と言えば、私がライザーさんと別れた年だ。このくらいの頃の記憶は残らないものなのだろうか・・・。
 
「おばあちゃんの指輪はね、お兄ちゃん達が取り返してくるからね。」
 
「お、おい、そんな安請け合いして・・・。」
 
 カインが隣で不安がっている。
 
「ほんと?やくそくだよ!」
 
 男の子は目を輝かせた。私は男の子を降ろすと、カインのほうに向き直った。
 
「行こう。もう一度ドーソンさんのところに。詳しいことを教えてもらうんだ。」
 
「剣士さん、無茶はなさらないでね・・・。」
 
 モルダナさんの心配そうな声。
 
「いえ、必ず見つけてきます。待っててください。それじゃ失礼します。」
 
 そう言い残して私は急いで外に出た。慌ててカインが追いかけてくる。
 
「ほんとに行くのか?」
 
 カインはまだ不安そうだ。
 
「行くよ。カイン昨日言ったよね。これは私の研修なんだから、私が自分で考えて行動するんだって。」
 
「・・・ああ。」
 
「だから私は決めた。モルダナさんの指輪を取り返すんだ。」
 
「・・・よし、わかったよ。俺は今回お前の付き添いだからな。お前の行くところ、どこへでも行くよ。」
 
「ありがとう。それじゃまずはドーソンさんのところだね。」
 
 私達は既に暗くなった町の中を剣士団の詰所に戻った。
 
「おお、どうした?ふたりとも。モルダナさんはいなかったのか?」
 
「いえ、手紙は渡しました。」
 
「まだ何か用なのか?」
 
 ドーソンさんが不思議そうに尋ねる。
 
「モルダナさんの家で起きた盗難について詳しく教えてください。」
 
 私は迷わず尋ねた。
 
「聞いてどうする?」
 
 ドーソンさんの目がぎらりと光る。
 
「取り返してきます。」
 
「君らがか?今頃行ってどうなる!?犯人はとっくに逃げていったぞ。」
 
「それでも取り返してきます。」
 
 一歩も引かない私の勢いにあきらめたのか、ドーソンさんは詰所の奥に向かって声をかけた。
 
「おい、キリー。ちょっと来てくれ。」
 
 現れたのはドーソンさんよりも少し若いと思われる剣士だった。
 
「はい。なにか?」
 
「この二人に、モルダナさんのところの盗難について教えてやってくれ。」
 
「ああ、さっき来たという新米君達ですね。」
 
 『新米君』という言われ方にカインはむっとしたようだが、黙っている。
 
「では教えよう。モルダナさんの家に賊が入ったのは昨日の夜だ。そして彼女が気づいたのが朝。その間に犯人は逃げてしまっただろう。これだけさ。夜中に散歩していたという人が、モルダナさんの家のほうから飛び出して走っていく人影を見たと言うが、いつまでもこんなところをうろちょろしてるとは思えない。あとは町の中ででも聞き込みしてみることだな。だがもう夜だ。明日にしたらどうだ。この村の宿屋はきれいだぞ。部屋も宿屋の娘もね。」
 
 そう言うとキリーさんはにやりと笑って奥に戻っていった。
 
「そういうことだ。この詰所は二人でいっぱいなのでね。宿屋に行って今日は休んだらどうだ。暗くなってから村の中をうろついていても何の成果も得られんぞ。」
 
 ドーソンさんの言葉に、私達はそれ以上の話を聞くことをあきらめて詰所を出た。
 
「やっぱり気を悪くしたのかな。」
 
 カインは心配顔だ。
 
「気を悪くされても仕方ないよ。でもそれにしても妙に冷たかったよね。」
 
「そうだな・・・。まあ仕方ないか。さてどうする?」
 
「そうだね・・。今日は宿屋に行くしかなさそうだね。」
 
「じゃ行こう。」
 
 私達は通りを挟んで詰所の反対側にある宿屋に向かった。通りを渡ると『潮騒亭』という看板が見えた。
 
「こんばんは。」
 
 ここも宿酒場になっているようだ。夜を迎えて酔っぱらい達が盛り上がっている。
 
「いらっしゃいませ。潮騒亭へようこそ。あなた達は王国剣士さん?」
 
 宿屋の娘が話しかけてくる。
 
「そうだよ。食事と・・・部屋は空いてる?」
 
 私の問いに娘はにっこりと笑って、
 
「はい。王国剣士さんは無料でお泊まりになれます。部屋も一番よい部屋をいつもご用意しております。」
 
そう言うと一礼した。
 
「それじゃお願いします。まずは食事だな。腹ぺこだよ。」
 
 カインがやれやれと言ったふうにカウンターの椅子に座った。
 
「ふふ、お疲れさま。いつも大変ね。ねぇねぇ、二人ともこんな話知ってる?風水に詳しい人の話だと、この年、北の土地で何か不思議なことが起きるんですって。いったい何のことなのかしらね。」
 
 宿屋の看板娘はにこにこと人なつっこい。その時後ろのほうで食事を作っていたらしい宿屋の親父さんが私達の話に入ってきた。
 
「いらっしゃい。どうだ、剣士さん。きれいな村だろう。剣士さんはタダでいいんだ。いくらでも滞在していきなよ。」
 
「ありがとうございます。」
 
 私達は出された食事をきれいに平らげ、その日は早めに床についた。
 そしてまた眠りと共に訪れる夢・・・。
 
 煌々と照る月・・・。
 少女の悲鳴・・・。
 『泥棒の子』と蔑まれる幼いカインの夢・・・。
 
 そしてまたぼんやりとした目覚め・・・。
 でも今日は寝坊をしなかったらしい。カインは隣でまだ寝息をたてている。東の空が少しだけ明るくなっている。夜明けまでにはまだ少しあるのだろうか。二つの夢を同時に見ることなどめずらしい。そしてどちらの夢にも出てきた少女は・・・。やはり同じ少女としか思えない。私の夢とカインの夢はどこかでつながっているのだろうか・・・。でもなぜ・・・?そしてあの少女はいったい・・誰なのだろうか・・・。
 やがて朝日が昇り階下がざわめきはじめる。私は着替えをしてカインを揺り起こした。
 
「おはよう、起きなよ。カイン。」
 
「ん・・・ああ、おはよう。」
 
 カインの目覚めがあまりよくなさそうだ。
 
「どうしたの?カインがぼんやり目覚めるなんてめずらしいね。」
 
「ん・・・なんだかぼんやりしてるなあ。体調が悪いはずはないんだけど・・・。」
 
「大丈夫?今日は少し町の中で聞き込みしたいんだけど。」
 
「昨日の盗難事件だな。大丈夫、俺もつきあうよ。今回の任務がうまくいって、お前が無事に王国剣士となることが出来れば、おそらくお前と俺は正式にコンビを組める。俺もこんなにウマがあう奴と出会えたこのチャンスを逃したくないからな。」
 
「ありがとう、カイン。」
 
「さてと、景気づけに朝飯を食うか。」
 
 私達は階下に降り、宿屋の娘に食事を頼んだ。
 
「ありがとうございました。またおいでくださいませ。」
 
 宿屋の娘の明るい声に送られて、私達は『潮騒亭』をあとにした。朝の町を歩いていくと、やがて町の真ん中にある広場に辿り着いた。たくさんの人達がここでゆっくりと時を過ごすのだろうか。その中の老人が私達に近づいて来た。
 
「あんたがた、海鳴りの祠には行きなされたか?」
 
「いえ、まだ行ったことはありません。」
 
 私は正直に答えた。こんなことがなければ任務のあと寄ってみようかと思っていた場所だ。
 
「おお、それは残念じゃ。ぜひ一度おいでなされ。あそこで聞く波音は最高なんじゃよ。」
 
「はい、教えていただいてありがとうございます。」
 
 そう言って立ち去ろうとする私達に、老人はなぜかすり寄るように寄ってくる。そして私達の耳元に顔を寄せ、
 
「あんたらは王国剣士じゃな。フロリア様のお側近くに仕えられて、うらやましいのぉ・・・。わしも死ぬ前に一度でいいから、フロリア様にお会いしたいものじゃ・・・。美貌、慈愛、快活、聡明・・・。エルバールの民なら、誰しもがフロリア様にあこがれるんじゃよ。ふぉっふぉっふぉっ。」
 
と独りで笑いながら言うだけ言って離れていった。
 
「・・・なんなんだ。あのじいさん・・・。」
 
 カインがあきれたように後ろ姿を見送る。
 
「フロリア様のファンなんじゃないの?きっとあんな人はエルバール中にたくさんいるよ。気にしてたらきりがないよ。」
 
「そ、そうだな。」
 
 釈然としない面持ちのカインを促してまた歩き始める。
 
「こんにちは。剣士さん。」
 
 後ろから声をかけられ振り向くと、かわいい少女だ。歳は15〜6歳くらいだろうか。
 
「この村は気に入ってくれた?」
 
 無邪気に話しかけてくる。
 
「気に入ったよ。きれいなところだね。風もさわやかで空気もおいしいし。」
 
 私は昨日から思っていたことを口にした。本当にここはいいところだ。こんな事件さえなければ・・・。
 
「ふふふ、ありがとう。嬉しいわ、そう言ってもらえると。ローランは大地が愛でし村。大地の恵みの象徴の村なのよ。私はここが好き。この村で大人になってこの村で生きていきたいわ。」
 
 そう言うと娘は遥か北の海のほうに視線を移した。
 
「ちょっと聞きたいんだけど・・・」
 
 私はこの娘に、盗難事件の犯人について聞いてみることにした。
 
「まあ、モルダナさんの?知らなかったわ・・・。あ、でも・・・。」
 
「何か知ってる?どんなことでもいいんだ。」
 
「えーと・・・あのね、海鳴りの祠にへんな人がいるって・・・。でも泥棒さんならずっといるなんておかしいわ。私の聞き違いかも知れない。ごめんなさいね。」
 
「そんなことないよ。大丈夫。いきなり捕まえたりしないでちゃんと調べるからね。ありがとう。」
 
 私の言葉にほっとしたように、少女はにこにこしながら去っていく。その時、通りの家の一つから、語り部らしき人の声が聞こえてきた。
 
「200年前の聖戦においてサクリフィアを滅ぼしたという三匹の竜・・。・・・地竜セントハース。・・・海竜ロコ。そして飛竜エル・バール・・・。モンスター達の狂暴化は、彼らの復活の兆しに相違あるまい・・。」
 
 聖戦・・・そんな物騒なものが本当に起きるのだろうか・・・。そんなことを考えていると、今しがた語り部が詠っていた家の中から、60近いかと思われる男性が顔を出した。
 
「うちに用か?どこだ?頭か、体か?無茶するもんじゃないぞ、まったく。」
 
「え!?」
 
 私達は顔を見合わせた。この人はなにを言っているのか。
 
「おお、君らは王国剣士だな。失礼した。わしは医者でな。傷だらけでうちに飛び込んでくる若い者が多いのでな。」
 
 よく見ると家の入口に医者の看板が出ている。
 
「治療術は万能ではないからな。よって、わしのような医者が必要になるんじゃ。王国剣士殿なら、どちらかは回復の心得があるのだろうが、まあ何かあったら遠慮なく言ってきてくれ。」
 
「はい。ありがとうございます・・・。」
 
 この医者に亡き父の面影が重なり、いまさらながら寂しさが心に甦る。
 私達はローランを出て、迷わずに海鳴りの祠へ向かった。少し歩くとモンスターが出てくる。この前見た『アサシンバグ』それに『コロボックル』そのほか海底洞窟で見かけた紅い固まりのような奴と同じ奇妙なもの・・・。これらのモンスター達はそんなに強いわけではないが、あちこちから頻繁に飛び出してくる。
 
(もう少しこの道が安全だったら、もっと海鳴りの祠へ気軽に行けるんだろうな・・・。)
 
 そんなことを考えた・・・。
 やがて海鳴りの祠へ着いた。門を入ると、左手に休憩所があり、その手前から登れる展望台の上に少女が一人佇んでいる。そしてまるで独り言のように何かつぶやいている。私は怪しい男のことで訊いてみようと、その上に登った。
 
「あの・・・。」
 
 少女は私の声が聞こえたのか聞こえなかったのか、海を見つめたままつぶやいている。
 
「人間を含め、すべての生き物達はかつて海で生まれたといいます。私達が、こうしてずっと海を見ていたいと思うのは・・・あるいは海こそが、私達の本当の故郷だからなのかもしれない。波音にいつしか時を忘れつつ、そんなことを思うんです。」
 
(海が故郷か・・・。)
 
 話が聞けそうにないので、私はそのまま降りてきた。
 
「どうだった?」
 
 カインが尋ねる。
 
「うーん・・・。何かこう自分の世界だね。こう言うところに来る人ってそうなのかな。」
 
「なるほどな。それじゃ休憩所の中をあたるか。」
 
 カインもあきらめて休憩所の中に入った。そこにはここの管理人らしき男が一人いるだけだった。
 
「おお、その制服は・・・あなた方は王国剣士!ぜひ力をお貸しください。ここは海鳴りの祠といって、海がきれいに見えるので、ここに休憩所を設けたものです。しかし妙な男が居ついてしまいましてねぇ・・。みなさん気味悪がりまして。」
 
「そいつはどこだ!?」
 
 カインが意気込んで尋ねた。
 
「この休憩所の前の道から東に行ったところに、テントのようなものを勝手に建ててしまって困っているのです。」
 
「ありがとうございます。行ってみます。」
 
「よろしくお願いしますよ。」
 
 管理人は心配そうに私達を見送っている。私達は、駆け出したい気持ちを抑えて、慎重に足を運んだ。やがてテントが見えてくる。その隣に忍び装束の男が佇んでいた。カインが駆け寄り、
 
「ちょっと聞きたいんだが・・・。」
 
言いかけたその時、男はギロリと私達をみると不敵な笑みを浮かべて口を開いた。
 
「ふふふ、やっと来たか・・・。」
 
「どういう意味だ・・・?俺達がなぜここに来たのか知っているような口振りだな・・・。」
 
 カインは既に腰の剣に手をかけている。
 
「こんなところに王国剣士が遊びに来るはずがなかろう・・・?お前さん方の推察どおりさ。あの家から指輪を盗んだのは俺だよ。」
 
「認めるんですね?」
 
 私の言葉にカインは
 
「クロービス、盗賊に敬語を使う奴がいるか!おい盗賊!認めるなら話は早い。さっさと盗んだものを返してもらおう。おとなしく言うことを聞けば、罪も軽くなるぞ!こんなやつにはな、この程度でいいんだ!」
 
男を睨みながらあきれたように私の肩を叩いた。忍び装束の男はカインの言葉を聞きながら、
 
「なぜ俺が逃げずにこんなところにいると思う?」
 
相変わらずにやにやしている。
 
「な、なんだと!?」
 
 カインが気色ばんだ。
 
「それはな・・・俺が『王国剣士狩り』だからだ!!」
 
 言うなりいきなり私に飛びかかってきた。私はとっさに相手のあごにパンチを浴びせ、すぐさま後ろに飛びすさり剣を抜いた。
 
「いいぞ!クロービス!」
 
 カインもすでに剣を構えている。男は素早く体勢を立てなおし、再び私に斬りかかってくる。体格を見て、体力のなさそうなほうを先につぶすつもりなのだろう。それにしても速い。斬り込みを剣でかわし、こちらが体勢を立て直すか直さないかのうちに、相手はまた斬り込んでくる。いつの間にか二人とも防戦一方になっていた。二人を一度に相手にしてのこの素早さ。そしてカインと同じ両手持ちの剣を、何とこの男は片手で軽々と操っている。右に斬り込めば、右手に持った剣ではじき返される。左に踏み込むといつの間にか男の剣は左手に持ち替えられ、するりとかわされる。いったいいつの間に持ち替えているのか、あまりの速さに相手の動きが見切れない。
 そのとき私は足許の砂地で滑り、思わずしりもちをついた。これを見逃す相手ではない。うなりをあげた剣が私に向かって振り下ろされようとした瞬間、私の剣とカインの剣が同時にそれを受けとめた。剣先に体重を乗せ、呼吸を合わせて振り払う。二人分の体重をかけた反撃に、さすがに男は足許をとられたらしく、バランスを崩した。その隙をついてカインが男に向かってけりをいれる。
 
「うわっわっ!」
 
 男も砂に足許を取られた・・・が、何とすんでのところで踏みとどまり、あっという間に体勢を立てなおした。余程強靱な足腰でもなければこうは行かない。この男は本当にただの盗賊なのだろうか・・・。カインが間髪を入れず斬り込んでいく。そのカインの剣先をはじき返しながら男が叫んだ。
 
「おっと!!カイン、クロービス、この辺にしておこうぜ!!」
 
「な、なに!?」
 
 思いがけない男の言葉に、カインも私もぎょっとして動きが止まった。
 
「何で貴様が俺達の名前を知っているんだ!!」
 
 男はにやりと笑うと、構えを解いた。だが、カインは警戒を緩めることなく男を睨みつけている。
 
「さっきお前がクロービスって呼んでたじゃないか。」
 
「クロービスはともかく、なんで俺の名前まで知っている!?貴様何者だ!?」
 
 男はカインの叫びにまたにやりと笑った。
 
「当たり前だ。後輩剣士の名前くらい把握してるぞ。」
 
「な、何だとぉ!?俺は王国剣士だ!お前のような盗賊ごときの後輩になった覚えはないぞ!それともお前は自分が王国剣士だとでも言うつもりか!!」
 
「そうだと言ったら?」
 
「ふ・・・ふざけるな!言うにことかいて王国剣士を騙るとは!!神をも恐れぬ不届き者め!」
 
 カインは顔を真っ赤にして怒りまくっている。
 
「ふぅ・・・まあこのかっこじゃ説得力はないだろうから仕方ないか・・・。」
 
そういうと、男は胸元のボタンを外し、服の中からなにやら出して私に見せた。
 
「あ!!」
 
それは・・・『王国剣士の証』だった。私はすっかり驚いて、その場に座り込んでしまった。これでは信用しないわけにはいかない。男はカインのほうにもそれを見せた。ところがカインは、それを見るなりさらに怒りだした。
 
「これをどこから盗んできた!?大胆不敵な盗人め!!」
 
 それを聞いた男は一瞬きょとんとしたが、やがて大声で笑い出した。
 
「ぶぁっはっはっは!!いやぁ、おもしろい奴だなあ、お前って!!そのくらいの気概があれば、立派に王国剣士としてやっていけるだろう。」
 
 そう言うと、ひらりと飛んでカインの前に立ち、いきなり構えた剣をたたき落とした。ほとんど目にもとまらぬほどの速さだった。カインは男のあまりの素早さに、何が起ったかわからないと言うように、たった今自分が構えていた剣が足許に落ちているのを眺めている。
 男はくすくすと笑いながらその剣を拾い上げると、
 
「お前、今俺がばか笑いしたもんだから一瞬気が抜けただろう。これが敵なら、今頃お前の首と胴はまっぷたつだぞ。」
 
 言いながらにやりと笑い、カインに剣を手渡した。
 
「さてと、とにかく俺の話を聞いてくれ。全部、研修なんだよ。俺に戦いを挑んでくるかどうかが、新人を計る基準みたいなものなのさ。同時に俺に叩きのめされて、自分の弱さを思い知ることに普通はなるんだが・・・。まあここまで出来れば上出来だ。これ以上戦う必要はないだろう。とにかく、この指輪は本物だから、モルダナさんに届けてやれ。」
 
 そういうと男は、懐から指輪をとりだし、私の手のひらに載せた。そして忍び装束を脱いで顔を見せた。少し茶色がかった金の髪と、確かに盗賊とは思えない誠実さをたたえた切れ長の黒い瞳、端正だが内に秘めた燃えるような情熱を感じさせる顔立ち。でもどことなく喧嘩っ早そうな印象を受けた。そして、剣士団の人達が身につけていたのと同じ、青みがかった光沢を放つ鎧。思っていたよりずっと若い青年だった。この人も背が高い。さっきまでは忍び装束を身につけ、前屈みになって構えていたので、こんなに背の高い人だとは気づかなかった。
 
「しかし、これほど使える奴らに出会ったのは久しぶりだな。こっちも手を抜いていたし、お前らは二人がかりだったけど、それでもあやうく俺を倒すところだったからな。俺に肝を冷やさせるとはたいしたもんだ。お前らがコンビを組めば、きっと今の若手剣士の中でも将来有望なコンビの一つになるだろうな・・・。あ、自己紹介がまだだったな。俺はオシニス。入団5年のライザーの相方だ。クロービス、お前とは会うのは初めてだが、カイン、お前は入団の時よりずっと強くなっているな。」
 
「え!?」
 
 カインがきょとんとしている。
 
「今戦って気づかなかったのか?俺はお前が研修の時に戦った山賊だよ。」
 
「あーーーーーーー!!!」
 
 カインが突然大きな声を上げた。
 
「あの時の・・・。」
 
 カインはすっかり驚いて口を大きく開けたまま固まっている。
 
「はっはっは。一度戦った相手の太刀筋くらいは覚えるもんだぞ。まあお前達の場合はこれからの課題だな。とにかく、まずは指輪を返しにいけ。俺はここから直接王宮に戻る。」
 
「は、はい、ありがとうございました。」
 
 慌てて挨拶をしてローランへの道をとって返す。途中管理人のところによって事の次第を説明した。
 
「何だよ、あの人、剣士団の人だったわけか・・。ビクビクして損したよ。」
 
「すみません・・・。」
 
「あ、いや、あなた方のせいでは・・・。何にしてもよかった。へんな奴じゃなくて。」
 
「さあ、ローランに戻ろう。」
 
 私達は海鳴りの祠をあとにした。帰る道すがらカインがつぶやく。
 
「やれやれ、そういうわけか、全く・・・。まあ、とにかくモルダナさんのところに指輪を返しに行くか・・。しかしあの人がオシニスさんかぁ・・・。すごい剣さばきだよなあ。」
 
「そうだね。二人がかりでやっとあそこまでだもんね。」
 
「うん。よし、まずは打倒オシニスさんだな。」
 
 カインは一人で頷いている。ローランの村へ着くと、私達はまず剣士団詰所を訪ねた。ドーソンさんは私達の報告を聞いて、
 
「ほう、指輪を取り戻してきたか・・。どうやら見所はあるようだな。」
 
 そう言ってにやりと笑った。
 
「ご存じだったんですね?」
 
 私の問いに、キリーさんがバツ悪そうに頭をかきながら
 
「・・・昨日はすまなかったな。色々と意地の悪いことを言って。まあ、あれもこれもすべては研修ってことで勘弁してくれ。」
 
 そう言って肩をすくめて見せた。
 
「いえ、とんでもないです。それじゃ、モルダナさんに指輪を返してきます。」
 
「ああ、これからここを出ると途中で暗くなるだろう。もう一晩泊まって明日の朝王宮に戻ったらどうだ?」
 
「そうですね。それじゃ失礼します。」
 
 私達はモルダナさんの家に向かった。モルダナさんは指輪をみると、申し訳なさそうに微笑んだ。
 
「だましててごめんなさい・・。でも本当に嬉しいわ・・。こうやって新しく入った剣士さんが、指輪を取り戻してくれるのが、私の何よりの楽しみなんです。その指輪はあなた方が持っていてください。きっと役に立つと思いますから・・。優しい剣士さん・・これからもフロリア様をどうか守ってあげてください。お力になれることがありましたら、またいらしてくださいね。」
 
「いいんですか?大切な指輪なんでしょう?」
 
 私の問いにモルダナさんは、
 
「ええ、でも私にとって一番大事なのは・・・フロリア様ですもの。自分の家族も大事ですけれど、今私はここで家族の元にいられます。でもフロリア様は、今はもう私の手の届かないところにいらっしゃる。そのフロリア様を守ってくださる剣士さんにこそ、この指輪を託したいと思います。そしてあなたにとって本当にこの指輪が必要なくなった時には、私の元に返してくださればいいのよ。」
 
「・・・ありがとうございます。ではしばらくの間お借りすることにします。」
 
 私は礼を言って指輪をはめてみた。シンプルな銀の指輪。だが、よく見ると、指輪の表面に何か刻まれている。
 
「これは・・・。」
 
「それはルーンと呼ばれる神聖文字よ。古代サクリフィアから伝わる不思議な力を持つ文字なの。この指輪は、きっとあなた達を守ってくれるわ。」
 
 初めて見るルーン文字。確かに指にはめた途端不思議な力を感じた。
 
「ありがとうございます。」
 
 再び礼を言って、帰ろうと立ち上がりかけた私の服の裾を引っ張るものがある。振り返ると小さな手。モルダナさんのお孫さんだ。
 
「おにいちゃんたち、うそをついて、ごめんなさい。」
 
 しょんぼりしている。昨日は大人達にああ言うように強制されたのだろう。
 
「いいんだよ。お兄ちゃん、ちゃんと指輪を取り返してきただろ?」
 
 私は子供を抱き上げると微笑んで見せた。
 
「うん。おにいちゃん、またきてね。きっとだよ。」
 
「きっと来るよ。」
 
「さあ、あとは剣士団長に報告するだけだな。それじゃ昨日の宿屋に泊まって明日の朝帰るか。」
 
「そうだね。」
 
 私達は昨日泊まった宿屋に再び向かった。任務を達成した安心感からか二人ともぐっすりと眠り、明くる朝ローランの村をあとにした。

第9章へ続く

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