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「ふん・・・あんな子供だましの術でごまかそうなど、あやつもちっとも変わっておらぬようだな。」
 
「ごめんなさいね、村長、私があんな呪文を教えたばかりに・・・。」
 
「まあ仕方あるまい。それで他人様を傷つけたりしないのであれば、そうそうきつくも言うてやれぬ。」
 
「あの神術というのは、あなたが教えたんですか?」
 
 巫女姫に選ばれるほどの力があるなら、おそらく簡単な魔法など使いこなすのは訳ないのだろう。だが、いくら同じ村に住んでいると言っても、メイアラとクラトはそれほど親しかったのだろうか。
 
「そうよ。小さい頃にね。あの頃はよかったわ。カフィール姉様と私とクラトと、一緒になって遊んで、何も考えずにいられたもの。でも父様と母様が亡くなって、やがて巫女姫の選抜の話が持ち上がって、私達姉弟は離れて暮らさざるを得なくなった・・・。」
 
「姉弟?」
 
「そう。姉様と私とクラトは姉弟なのよ。クラトは末っ子。小さいときから泣き虫で、いつも私達にくっついて歩いていたわ。男の子なのにいつまでも頼りないから、何か1つ自信を持てることがあればって、私がクラトに簡単な神術を教えたのよ。」
 
「そういうことだったんですか・・・。」
 
 神術というものがこの村でどう扱われているかはよくわからないが、少なくともメイアラのその願いは叶えられたわけだ。クラトは、泣き虫で自信の持てない人物にはとても見えない。
 
「村長、俺達がここに来たのは・・・。」
 
 カインが身を乗り出して話を始めようとしたが、村長は『まあまあ』とでも言うように片手をあげてそれを制した。
 
「エルバール王国の方々が、こんな辺境の地まで用もなくやってくるとは私も思わん。重要な話があると言うのは何となくわかるが、その話はもう少し待ってくれんか?」
 
「え?」
 
 意気込んで話を始めようとしたカインは、肩すかしを食ったようにきょとんとして村長を見た。
 
「その話って・・・まだ何も言ってませんよ。」
 
「おお、そうだったな。これは失礼した。言い直そう。あんた方の話を詳しく聞くのはもう少し待ってくれんか。」
 
 なんともわざとらしい言い方だ。村長の態度からして、そして神術の話を特に隠そうともせず話してくれたことで、村長とメイアラが、私達の用向きに気づいているとしても不思議ではない。ではなんのために待たなければならないのか・・・。
 
「ものには順序ってものがあるのよ、赤毛の剣士さん。どうせ今日もリーネの家に泊るのでしょう?今日の夜、私と村長がそちらに伺うわ。そこで改めて、あなた達の話を聞くつもりなんだけど、それではだめなのかしら。」
 
「い、いや、だめってわけじゃないけど・・・。」
 
 カインが口ごもった。ここまで来て、村長にも会えて、カインはすぐにでもサクリフィアの錫杖を取りに出掛けるつもりでいたのだろう。だが私達は今日の夜もリーネの家に泊ると約束してしまっている。あの水路の先から神殿に向かって、夕方に戻ってこれるはずがない。フロリア様を元に戻すために、やっと見つけた手がかりがサクリフィアの錫杖だ。だがそれは、すぐにでも手に入りそうで、なかなか手が届かない。カインの苛立ちと焦りが伝わってくる。
 
「カイン、せっかくここまで言ってくれているんだから、夜まで待とうよ。昼間のうちに荷物の整理をして、町の中を少し見て歩こう。」
 
 私はカインの肩を叩いた。だがカインは黙ったままだ。
 
「ここまで長旅をしてきたんだから、武器防具の修理も必要なんじゃない?この村には腕のいい鍛冶屋も、品質のいい武器防具も揃っているわよ。もちろん良質の薬草や携帯食料も売っているわ。あなた達の防具はどれもいいもののようだけど、武器は多少なりとも修理が必要なんじゃないの?そんなことも忘れて話すだけ話したらさっさと村を出ようなんて、王国剣士としてはいささか危なっかしいわねぇ。」
 
「俺の事なんてどうでもいいんだ!とにかく早くフロリア様を元に戻さなきゃならないんだよ!時間がないんだ!」
 
 カインが怒鳴った。少し皮肉めいたメイアラの言葉に、ついに頭に血がのぼってしまったようだ。
 
「見上げた自己犠牲の精神、と言いたいところだけど、あなたのお仲間のことはどうなの?あなたはお仲間も全部どうでもよくて、フロリア様さえもとに戻ればそれで満足なのかしら?エルバール王国の王国剣士さんというのは、信義に厚く何よりも命を重んじると聞いていたけど、そうでもない人もいるみたいね。」
 
「そんな!俺は・・・!」
 
 カインが青ざめて何か言おうとしたが、唇がわなわなと震えただけで言葉にならなかった。
 
「メイアラ、そのくらいにしておきなさい。客人方、いささかメイアラの口が過ぎたようだ。私から謝る。だが、メイアラの言うことももっともだ。目的が近づいたときにこそ、慎重に速度を緩めて歩くべきなのだ。慌てて駆けよって、思いもよらない罠に落ちてしまうことだってあり得るのだからな。あんた方はまだ若い。私のような年寄りよりも、ずっと命を大事にしなければいかんのだぞ。」
 
「気を悪くしたなら謝るわ。『サクリフィア史上もっともはっきりとものを言う巫女姫』としては、黙っておけなかったもんだから。」
 
 メイアラは少しだけ肩をすくめて見せたが、本当に悪かったと思っているフシはなかった。確かにはっきりと言いすぎだとは思ったが、私もメイアラの言うことに一理あると思っている。
 
『フロリア様を元に戻したい』
 
 カインの願いは私達の願いでもある。フロリア様さえ元に戻ってくれたら、私達は大手を振って王宮に戻り、また王国剣士としてこの国を守るために働くことが出来る。カインは小さな頃からの願いを叶えられるだろう。私も今度こそウィローとのことをちゃんと考えることが出来る。だが・・・多分ここが踏ん張りどころなのだ。焦って飛び出したところでいい結果が出るとは思えない。とにかく、話を聞ける状況まで持っていく、今はそのことに気持を集中しなければならない。その意味でも、落ち着いて村の中を歩けるこの時間は貴重なのだ。それをカインが理解してくれているといいんだけど・・・。
 
「では昼間は、村の中を一巡りしてみるといい。武器は修理して、足りないものは補充しておくといいだろう。リーネの家までは帰れるかね?」
 
「大丈夫です。そんなに難しい道じゃなかったし。」
 
 ウィローが答えた。
 
「おお、そうか。それでは心配要らぬか・・・ん・・・?」
 
 村長はウィローをじっと見て、「う〜〜ん」と唸ってため息をついた。そしてきょとんとしているウィローに向かって
 
「いや失礼した。あんたの顔立ちが、古い知り合いに似ておったような気がしたのだが・・・。」
 
「私はエルバールのカナの出身ですから・・・サクリフィアに知り合いは・・・。」
 
「カナか・・・。では人違いかも知れんが・・・。もしやあんた、デールと言う男を知らんかね?」
 
「デールは父の名前ですが・・・どうして父をご存じなんですか?こちらの方まで来たことがあるなんて聞いたことがないし、人違いじゃ・・・。」
 
 今度は村長の方がびっくりした。
 
「なんと?あんたのお父上の名前がデール殿か!・・・私が知っているデール殿は、エルバール王国の大臣だが、それがあんたのお父上なのかね?」
 
「大臣でしたけど、辞職してハース鉱山の統括者として赴任したので、私も小さな頃にカナに移って、それからずっとそこで暮らしていました。」
 
「ハース鉱山?あの南大陸の・・・?」
 
「はい。」
 
「うーむ・・・なるほどな。そういうことだったのか。おそらくは間違いあるまい。私の知っているデール殿は、あんたのお父上だろう。実はな、もうずいぶんと昔のことだが、一度だけ、デール殿はこの村に来たことがあるのだ。」
 
「え!?・・・ここに・・・!?」
 
「うむ。あの頃はまだこの村に昔ながらの厳しい掟が残っていた。村に入るのも出るのも、厳しく制限されていたころのことでな・・・。そんな中、あの男はやって来た。村の入口で追い返そうと、ずいぶんと村人達が威嚇したが、そんなものでひるむような男ではなかった。とうとう村人達が根負けして村に入れ、自分達ではどうしようもないからと当時の村長のところに連れて行ったのだ。実に立派な人物だった。お父上は息災なのかね?」
 
「いえ・・・だいぶ前に・・・。」
 
 つらそうにうつむいたウィローに、村長はすまなそうな視線を向けた。
 
「そ、そうか・・・。それは申し訳なかった。無神経な話題を出してしまったな。あんたはお父上によく似ておる。特に、その意志の強そうな瞳がそっくりだ。」
 
「あの・・・村長さんはその場にいらっしゃったのですか?」
 ウィローが遠慮がちに聞いた。村長は笑って
 
「ああいたとも。あんたのお父上はたいしたものだったよ。なんと言っても、強弓引きと異名を取るほどの私の矢を、見事な剣さばきと魔法でとうとう避けきってしまったからな。」
 
「け・・・剣と、魔法で!?」
 
 今までずっと、村長の穏やかな物腰に気を取られていて気づかなかったが、確かに村長はがっしりとした体格で、腕は太く、肩幅もかなりある。強弓引きと言うことは、それほどの大きく重い弓を軽々と引いて、なおかつその矢を命中させることに長けていたと言うことなのだろう。しかし、デール卿が剣や魔法を使えたとは・・・いや、使えたどころではない。今の話を聞く限り、かなりの手練れだったということになる。
 
「うむ。しかも話を聞けばエルバール王国の大臣だと言うではないか。あんな凄い男が大臣では、エルバール王国とのつきあい方をもう少し考えなければならないかと思ったほどだ。」
 
 村長は大声で笑った。
 
「デール卿はなんの話をしにここまで来たんですか?」
 
「聖戦の話を教えてくれと言うことだった。聖戦そのものよりも、どちらかというとなぜ聖戦が起きたのか、起きるに至った経緯について、かなり詳しくと言うか、しつこくと言うか、いろいろと聞いていったぞ。」
 
「聖戦の・・・。」
 
 時期的には、おそらくカナに赴任する直前くらいの頃だろう。ここまで来るにはある程度長い間家を空けることになるが、ウィローの母さんはその頃のことについて何も言ってなかった。ということは、カナに赴任することを言い出す前だろうか。だとすれば辻褄は合う。そんな話が持ち上がっていなければ、大臣としての仕事のために何日か家を空ける事があったとしても、ウィローの母さんはきっと気にしなかっただろう。おそらくデール卿は、周到に準備してここまで来たのだ。では、なぜデール卿はそこまでして「聖戦の起きた経緯」などを聞きに来たのか。
 
 その後、村長とメイアラとは夕方リーネの家で会うことになり、私達は外に出た。メイアラの言うとおり、荷物の整理と食料の補充はしなければならないし、確かに武器防具の修理はしたいところだ。
 
「・・・ごめんな、2人とも。」
 
 外に出てしばらく歩いたとき、カインがぽつりと言った。
 
「なに?」
 
「さっき、つい頭に血がのぼって・・・。」
 
「なんだそんなことか。気にしないでよ。ただの言葉のアヤだって、ちゃんとわかってるよ。それよりカイン、今君がかなりつらいだろうってことは、私もわかってるつもりだよ。でも、今はこらえてほしいんだ。こんな時こそ落ち着いて、話を聞けるだけ聞いて、万全の準備をしてここを出られるようにしたい。サクリフィアの錫杖のことも、私の剣のことも、聞けることは全部聞こうよ。」
 
「うん・・。お前だって自分の剣のことで不安なのに、俺ばかりイライラして焦って怒鳴ったりして・・・お前やウィローにまで迷惑かけて、ごめん・・・。」
 
「カイン、そう思うなら、これから行く武器屋と道具屋で、しっかりといいものを揃えて来ましょ。この先何があっても切り抜けられるようにね。」
 
 ウィローが笑顔で言い、やっとカインが少しだけ笑った。
 
 昼間歩いてみると、町の中は思ったより賑やかだった。人々が行き交い、馬車も通り過ぎていく。様々な店が軒を連ね、女の子達があちこちの店を覗いている風景も見られる。どこにでもある日常の風景だ。
 
「まずは雑貨屋かな。携帯食料とか薬草なんかも補充しないとな。解毒剤もあった方がいいな。」
 
 少しずつ落ち着きを取り戻したらしいカインが言いだして、私達は雑貨屋の看板が出ている店に入った。こう言っては失礼になるんだろうけど、こんな辺鄙な村の中にあるというのに、品揃えはなかなか豊富だった。カインと私が着ている服もそろそろくたびれてきていた。だが、荷物の中に入っている剣士団の制服に袖を通すことはまだ出来ない。再びこれを着るのは、大手を振って王宮に戻るとき、2人でそう決めていた。
 
「おばさんに縫ってもらった服も、さすがにここまで着倒せばくたびれてきたな。帰ったらまた作ってもらうか。」
 
 カインが自分の着ている服を引っ張って眺めながら言った。
 
「カインの隣の家の人だよね。凄く丁寧に縫ってある服だっていつも思ってたんだ。それじゃ私も城下町に帰ったら縫ってもらおうかな。」
 
「どんどん頼んでくれよ。腕はいいのに、貧民街にいるってだけで大きな仕事が回ってこないんだ。俺達がおばさんの縫った服を着て宣伝して歩けば、客も増えるかも知れないからな。」
 
 カインが着ている服は、カインの家の隣に住んでいる幼なじみの一家の母さんが縫ってくれたものだ。王国剣士の試験を受けるために家を出ることを決めたとき、カインが仕事として頼んだのだという。お針子として非常に腕がいいというのは、カインが着ている服を見ればよくわかった。作りがしっかりとしていて縫い目が美しく、外からは見えない場所にも手を抜かない、本当に職人の技だ。
 
「へー、じゃ、私もお願いしようかしら。」
 
 仕立てのいい服と聞いて興味を持ったらしいウィローが言った。
 
「女物を依頼すると張り切るぜ。フリルだらけの服を縫われるかもな。」
 
 カインが笑った。その笑い声に私もウィローもほっとした。
 
 くたびれたとは言っても着替えはまだ何とかなる。だがこの先『行くべき場所』が暖かいところばかりとは限らない。寒い場所に向かうことも考えて、鎧の下に着るために少し厚手のシャツなどを買うことにした。ウィローも暑い場所でずっと暮らしていたため、厚手のシャツなど持っていない。女性用の服などが置かれているエリアを歩き回り、何枚かのシャツやブラウスを買っていたが、やがて店の奥の方にあるアクセサリーの売り場に目をとめた。
 
「ちょっと奥の方見てきていい?」
 
 ウィローが店の奥を指さしながら尋ねた。
 
「いいよ。私達もまだ見たいものがあるから。」
 
 ウィローは嬉しそうに笑って奥の売り場をしばらく眺めていたが、
 
「あら・・・これは・・・。」
 
 アクセサリーの一つを手に取り、不思議そうに首を傾げている。店の主人がそれに気づき、奥へと歩いていった。
 
「おや、お嬢さん、何か興味のある品物がおありですかな?」
 
「あ、あの・・・これもしかして・・・。」
 
 ウィローが少し戸惑ったような顔で店の主人を見つめている。カインと私もそばに行ってみた。
 
「どうしたの?」
 
「ねぇ、このネックレス・・・きれいだなと思って見たんだけど・・・。」
 
 ウィローが見せてくれたネックレスは上品なデザインのものだった。プラチナの鎖のところどころに、白っぽい石がはめ込まれている。この石はもしかして・・・。
 
「これ・・・まさかハース聖石・・・かな・・・。」
 
「何でこの村に・・・ハース聖石が・・・。」
 
 私達が一様に首を傾げるのを見て、店の主人が口を挟んだ。
 
「この白い石かい?・・・エルバールではハース聖石って呼ばれているそうだね。この石はね、このあたりではレジェンドストーンて呼ばれているよ。」
 
 雑貨屋の主人はにこにこしている。さすがに商人だ。私達が外から来た者達だと承知していても、不安そうな素振りはまったく見せない。
 
「レジェンドストーン・・・伝説の石か・・・。この辺りに鉱山なんてあるんですか?」
 
「鉱山?いや、そんなものはないよ。この石はね、この大陸の山の中からたまに見つかるんだよ。そうだなあ・・・。この大陸ってのは、運河を挟んで南側は鬱蒼とした森が多いんだが、北側は荒涼とした土地でね。特にサクリフィアの神殿の向こう側ってのは、険しい山が連なっているんだ。そのあたりで時々掘り出されるよ。でもあんまり数はないんだ。何せ、あそこまで行けるのは余程腕の立つ連中だけだからな。しかも掘り出した石をここまで緻密に加工するのも、けっこう骨が折れるんだ。そんなわけでこれはちょっと負けられないな。」
 
 ネックレスについていた値札には何と「350G」と書いてある。もう少し足せばアイアンソードが買えるくらいの値段だ。ただのアクセサリーにしては高額だと思ったが、ウィローがため息をつきながら眺めている様子を見て、買ってあげたくなった。私はカインを引っ張って、ウィローから聞こえない場所まで来た。
 
「お、おい、どうしたんだよ?」
 
「あ、あの・・・あのネックレス買ってあげちゃ・・・だめかな・・・?」
 
 カインは「なぁんだ」と言うような表情で笑うと、
 
「いいじゃないか別に。いちいち俺に断らなくてもいいよ。」
 
「でも・・・ここに来るまでに拾ったゴールドとかは3人のものだから・・・。」
 
「ははは・・・。まったくお前は義理堅い奴だよ。3人のものだって言うなら、みんなに平等に権利はあるじゃないか。俺は構わないよ。たまにはプレゼントってのもいいじゃないか。それに、ウィローだってあのネックレス欲しそうだったしな。確かに高いと思ったけど、あれ一つ買ったって、まだ充分金は残ってるんだし、買ってやれよ。」
 
 カインはポンと私の肩を叩いてくれた。
 
「そうだね。ありがとう。」
 
 私はウィローと店の主人のところに戻った。ウィローはまだネックレスを持ったまま、自分の指にはまっているハース聖石の指輪と並べて眺めている。店の主人はウィローの指輪を見ながら、感心したように何か話していた。
 
「そのネックレス、ください。」
 
 いきなり私が言ったので、ウィローが驚いた。
 
「ちょっとクロービス、こんな高いものどうするのよ!?」
 
「どうって・・・君が首にかけるんだよ。きっと似合うよ。」
 
 笑顔で答える私にウィローは顔を赤らめた。
 
「あ、あの・・・いいのよ、無理しなくても。きれいだなって思ったけど・・・でも・・・。」
 
「いいよ。君の指輪とお揃いでいいじゃないか。」
 
「おや?こちらの剣士さんはお嬢さんのいい人なのかい?それじゃプレゼントってことかな?」
 
 ちょっとだけ照れくさくて、私は返事をせずに頷いた。
 
「クロービス・・・いいの?」
 
 ウィローはまだ不安そうだ。
 
「いいよ。ちょっとかけてみたら?」
 
 ウィローは頷き、ネックレスを首にかけた。ハース聖石の不思議な乳白色に、ナイト輝石のような深い藍色の瞳がよく映える。
 
「うーん・・・変じゃない?」
 
 ウィローは首を傾げて、少し恥ずかしそうにしている。
 
「そんなことないよ。似合うよ。」
 
 私は荷物から金を取り出し店の主人に払った。主人は嬉しそうに受け取ると、鎧の中に着られるという厚手のベストを3人分サービスしてくれた。
 
「い、いいんですか?こんなにもらってしまって・・・。」
 
「いいんだよ。高いもの買ってもらったしな。それにあんた達がいい人達だってことはわかるからな。これからどこに向かうか知らないが、これがあればどんなに寒い場所でも凍えたりはしないはずだよ。そしてあったかい場所でなら使う必要はないから、ほら、たためばこんなに小さくなるんだ。」
 
 店の主人はそのベストをたたんで見せてくれた。なるほど厚手の割にはたためばかなり小さくなる。これなら持ち運びにも邪魔にはならないだろう。
 
「それじゃ、ありがたくいただきます。それから、食料なんては扱っていないですか?」
 
「お客さん、うちは店屋だよ。ほしいと言われたものは何だってそろえてみせるぜ。」
 
 店の主人はにやりと笑ってみせた。結局ここでは武器防具に関するもの以外はすべてそろえることが出来た。ウィローはネックレスを片手で触りながらにこにこしている。
 
「ありがとう、クロービス。私・・・とても嬉しかったわ。」
 
「でも実を言うとね、それを買ったお金は、ここに来るまでにみんなで追い払ったモンスター達が持っていたゴールドとか、落としていった物を売って作ったお金だから、君のものでもあるんだよ。」
 
 ウィローはくすりと笑うと、
 
「あなたらしい答ね。でもいいの。あなたが私のためにこれを買ってくれたっていうのが嬉しいのよ。」
 
 カインはそんな会話を交わす私達を微笑んで見ていたが、
 
「さぁてと、次は武器屋だ。行ってみるか。」
 
 そう言って先に立って歩き出した。武器屋の場所は、通りの外れにあった。中は静かで、さすがに先ほどの雑貨屋ほどの賑やかさはない。それほど広くはない店の中には武器防具がいくつか展示されている。レザーアーマー、チェインメイル、それに、ナイト輝石の鎧もここには置かれていた。武器の棚にはナイトブレードもある。この村ではハース鉱山の騒動を知っているのだろうか。
 
「いらっしゃい。何かお探しかな?」
 
 店の奥から出てきた武器屋の主人は、まだそれほどの歳とは思えない男性だった。静かな眼差しで私達を見つめている。鍜治師というより戦士と言った趣だ。
 
「ここにはナイト輝石の鎧や剣があるんですね。」
 
「見かけない顔だと思ったが、皆さんはエルバール王国から来られたのだな。あちらではすでに武器屋の棚からナイト輝石の武器防具はすべて消えているのだろうな。」
 
「ハース鉱山のことはご存じなんですね。」
 
「そのことは知っている。だが、このサクリフィア周辺では、一歩結界を越えれば恐ろしいモンスターがうようよいる。残念ながら、この村でナイト輝石の武器防具を売らないわけには行かないのだ。」
 
 鉄より硬く、鉄より軽い。そして何より加工がしやすい。ナイト輝石の武器防具は、サクリフィア大陸に生きる人々にとってなくてはならないものなのだ。そのことについて、ここで私達が異を唱える権利はない。
 
「まあ、うちとしてもいつまで売り続けられるかはなんとも言えないと言うのが現状だ。なんと言っても、元になるナイト輝石自体が入ってこなくなってしまったからな。今のところは手持ちのナイト輝石と、交易商人達が持ち込んだエルバール王国製の武器防具があるから、何とかなっているのだが。」
 
 私達は今のところ武器防具を買う必要はないが、修理は頼めるかと聞いてみた。
 
「お客さん方の防具はどれもナイト輝石製のかなりいいもののようだ。武器の方は見せてもらわないとなんとも言えんが、責任を持って修理させていただこう。」
 
 武器屋の主人はそう言って笑顔で請け負ってくれた。私達はそれぞれ自分の鎧を外し、武器も一緒に差し出した。武器屋の主人はまず3人分の鎧をすべて点検し、傷などを治して磨き上げてくれた。カインのナイトブレードも新品同様になった。ウィローの鉄扇を見ると、少し驚いてしばらく眺めていたが、やがてわずかに歪んだ金属板の部分をきれいに打ち直してくれた。修理された鉄扇を開いて鳴らすと、前にもまして耳に心地よい音が響いた。そして最後に私の剣を見て、ぎょっとしたように私に振り返った。
 
「この剣は・・・どこで手に入れられたのだ?」
 
「それは・・・私の父の形見なんです。父がどこで手に入れたものなのかまでは・・・。」
 
「そうか・・・。この剣はルーンブレードというものなのだが、そのことはご存じか?」
 
 私はカナの鍛冶屋のテロスさんから聞いたことを伝えたが、それを聞くと武器屋の主人はうれしそうに微笑んだ。
 
「テロス殿か・・・。素晴らしい鍛冶師だという噂はこのサクリフィアまでも伝わってきている。さすがだな。この剣がなんであるかをご存じとは。」
 
 テロスさんがかなり腕のいい鍛冶師だと言うことはわかる。でもサクリフィアまでも名が轟いているとは思わなかった。本人を知っていると、とてもそんな大人物には見えないのだが・・・。
 
「なあクロービス、お前の剣、前より光が強くなってないか?」
 
 カインが言った。確かに言われてみれば、以前は普通の剣にしか見えなかったはずなのに、明らかに剣から発せられる光が強くなっている。
 
「多分カフィールさん達のところから、ここに来るまでの間に少しずつ強くなっていったんじゃないかと思うんだよな。」
 
「てことは、前から気がついていたの?」
 
「うーん、気づいたのは多分運河に入るちょっと手前でモンスターと戦ったときだと思う。なんだか妙に明るかったような気がしたんだ。その時は気のせいかと思ってたんだけどな。今見たらやっぱり光が強くなってるなあって思ったのさ。」
 
「どうやら、剣の由来についてはご存じないようだな。村長には会ってきたのかね。」
 
 武器屋の主人は私の剣を修理する手を休めないまま尋ねた。
 
「今朝会ってきました。私達はリーネの家に泊めてもらっているので、夕方もう一度お会いすることになっています。」
 
「そうか・・・。」
 
 武器屋の主人が黙り込んだ。村長ならばこの剣の由来を知っていると、そう言うことなのだろう。では、今日の夜、ついに私の剣の正体がわかるのだろうか。その時、
 
「少し待ってくれ。最後の仕上げには奥にある道具が必要だ。」
 
 武器屋の主人はそう言うと奥の部屋に入っていった。程なくして何かを磨くような音が聞こえ、しばらくして戻ってきた時彼の手に握られていた私の剣は、以前にもまして光り輝いていた。
 
「私の持てる技術ではこれで精一杯だ・・・。持って行かれるがよい。あなたの・・・命の綱だ・・・。」
 
 私は厳粛な気持ちで剣を受け取った。鍛え直された私の剣は、心なしか以前よりも軽くなったように思えた。
 
「きれい・・・。眩しいくらいね・・。」
 
 ウィローが眼を細めて剣を見つめている。
 
「伝説の光だな・・・。」
 
 カインも小さくつぶやいた。私は剣を鞘に納め、思い切って主人に尋ねてみた。
 
「ルーンブレードというのは、もう作られていないのですよね。」
 
「サクリフィアには製法が伝わっていない。だが、かなり古い文献に、修理について載っていたのを思いだしたのだ。」
 
 やはりこの剣の製法は、サクリフィアには伝わってないようだ。ここで仕事をしている鍛冶師が言うのだから間違いないだろう。
 
「その修理について載ってるって言う文献を見せてもらうわけには行きませんか?もしかして門外不出とか・・・。」
 
 武器屋の主人は笑い出した。
 
「まさか。技術は広めていかなければ意味がない。見せてあげよう、少し待っていてくれ。」
 
 武器屋の主人はまた奥に戻っていき、本を一冊抱えて戻ってきた。
 
「この本だ。ずいぶんと古いものなのだが、これもまた写本らしい。ルーンブレードの製法を伝える鍛冶師の家系の者が書き残したと言われているが、最初に書いた者が果たしていつの時代の者か、もうすでに誰もわからないほどに昔の話らしい。だが、さすが鍛冶師だ。書かれていることは正確で、道具の使い方から刃の鍛え方まで、細かく解説されている。」
 
 私達は本を見せてもらったが、さすがに鍛冶師達の専門用語や道具の図解をいくら見ても、さっぱりわからなかった。ただ、図解されている道具の中のいくつかが店先には置かれていない。さっき主人が奥に行ったのはその道具を使うためだったのだろうか。
 
「今までにこの本を使ってルーンブレードを修理する機会はあったんですか。」
 
「ははは、今回が初めてだ。ルーンブレードと呼ばれる剣は何振りか存在したとも伝えられているが、その真偽はまったくわからない。だから伝説の剣を修理できる機会など、自分に巡ってこようとは思わなかった。お客さん達のおかげだな。」
 
「これが本当に伝説の剣なんでしょうか・・・。」
 
「それは私にもわからないな。」
 
 さらりと言われてしまい、少し拍子抜けしてしまった。
 
「見たのは初めてだ。だから私も、果たしてこの剣が本物かどうかと問われたらはっきりとした答は返せない。だが、この輝きといい、この文字といい、ルーンブレード以外の剣ではあり得ないと、確信はしている。」
 
「剣の由来はご存じなんですか?」
 
「多少は知っている。とは言っても、ファルシオンという銘のある剣は、この世に1本しかない、その程度だが。」
 
「そうですか・・・。」
 
 多分、この人はもう少し剣について知っている。でもそれを言わないのは、やはり口に出すべき事ではないということなんだろうか・・・。
 
「だが、あなたは何もご存じないようだ。一つだけ教えてあげよう。この剣は、人の手によるものではないと言い伝えられている。」
 
「・・・え?」
 
 カインがぽかんとして聞き返した。
 
「人の手によるものではない・・・・?そ、それじゃいったい・・・。」
 
「真偽のほどはなんとも言えん。では誰が作ったのか、その説明がつかないからな。まあ伝説の剣などというものには、そんなおとぎ話のような話もついて回ると言うことだ。あまり真剣に受け取る必要はないだろう。」
 
 武器屋の主人はそう言って笑った。
 
 
「人の手によるものではない、か。確かにそうなるとおとぎ話の世界だよな。」
 
 武器屋を出てしばらく歩いた頃、カインはいささか複雑な表情でそう言った。今まで「魔法に一番近い」存在だった私の剣が、いきなりおとぎ話の空想の世界に囚われてしまった。あるはずの魔法とあり得ないおとぎ話。カインがとても笑えないわけはわかるが・・・
 
「ねえ、お腹空いたわ。何か食べられるお店ってないのかなあ。」
 
 少し重い空気を取り払うかのように、明るい口調でウィローが言いだした。そう言えば、もう太陽がかなり高く昇っている。そろそろ昼近いのだろう。どこからかおいしそうな匂いがしてきた。そこそこ人通りのある村の大通りならば、食べ物屋の一つや二つあってもよさそうなものだが・・・。
 
「あら、ここだわ。・・・ここ宿酒場みたいね。」
 
「宿屋か・・・。クロービスが穏やかじゃない奴だった場合に、連れてこられたかも知れない場所だな。」
 
「ははは。でもここは普通の宿屋だよ。ここに泊まってもよかったね。」
 
「昨夜のメイアラさんの申し出を断ってか?とても断れる雰囲気じゃなかったぞ?」
 
「それもそうか。やっぱり私達は最初から監視されてたのかもしれないな。」
 
「だとしても、別に危害を加えられたわけじゃないじゃない?それどころかおいしい食事をごちそうになって、あったかいお風呂に入れて、乾いたベッドで眠れたわ。それに、私達にはよくない目的なんてないんだもの。気を引き締めておけばいいじゃない。入ってみましょうよ。」
 
 中はなかなかの賑わいだった。小さな村とは言っても、元々は国だったところだ。エルバール王国の城下町とまでは行かなくとも、クロンファンラ程度の人口はいるのかも知れない。ウェイターが笑顔で迎えてくれて、私達は食事を頼んだ。程なくして運ばれてきた食事はなかなかのボリュームで、エルバール王国ではあまり見かけない食材や、料理法もある。ウィローはすっかり夢中になり、一口食べるごとに「これは・・・焼いてあるみたいだけどすごいさくさくしてるわね・・・」とか、「煮物なのに何でこんなにしっかりした歯ごたえなの?」など、ずっとぶつぶつと言っていた。
 
(おい、ウィローはだいぶ気に入ったみたいだな。)
 
 カインがにやりとしながら耳打ちをした。ウィローがここの料理を気に入ったことよりも、カインが落ち着いてまわりを見る余裕が出来たことの方が、この時の私にはうれしかった。
 
 
 のんびりと食事をし、もう一度店をまわって私達はリーネの家に向かった。町の中の道はそれほど複雑ではなく、迷わずに着くことが出来た。この村は高台にあるが、リーネの家はその中のさらに高い場所にある。ほんの少しだが、西側に広がるサクリフィアの大地の中に沈み行く夕陽を見ることが出来た。
 
「こうして見ると、俺達が入ってきた運河の入口のあたりは全然見えないんだな。地図を見る限りではエルバール大陸よりずいぶん小さいなと思ったけど、そうでもないんだなあ・・・。」
 
 カインがため息をついた。
 
「ちゃんと道を聞いてきてよかったね。でないとこの大陸の端から端まで歩き回らなきゃならないところだったよ。」
 
「まったくだ。いろんな人達に世話になったよな。」
 
 その世話になった人達に報いるためにも、1日も早くフロリア様に元に戻ってほしい。そのためには、今日の夜聞かされることが私にとってどれほどつらい現実だったとしても、逃げずに受け止められるよう、心の準備だけはしておかなければならないと思った。
 
 
 リーネの家に着いたときには、村長とメイアラはまだ来ていなかった。私達は荷物の整理をして、今日揃えたものをそれぞれ持つ担当を決めて、明日の朝にはすぐにここをでて神殿に向かえるようにしておこうと話し合った。サクリフィアの錫杖をもしも借りることが出来れば、少なくともフロリア様の異変の原因が魔法にあるのかどうかだけは解明することが出来る。万一魔法ではなかったなら、その時はまた考えなければならないが、可能性が一つ減るだけでも私達にはありがたいことだ。もっともカインのほうは、サクリフィアの錫杖さえあればすべてが解決すると思っているのだろうけど・・・。
 
 この点に関してだけは、どうしてもカインと歩み寄ることが出来ないでいる。元々私は魔法など信じていなかったが、カフィール達から聞いた話や、見たこともない神術を見せつけられて、信じないわけには行かなくなった。だが、では現存する魔法というものがどの程度の規模なのか、誰でも使えるものなのか、まだまだわからない事が多すぎる。こんな状態で、『魔法はあるのだから、フロリア様は魔法で操られている』という結論に達することはとても出来ない。そのことでカインをいくら説得したいと思っていても、カインはすぐに自分の意見を引っ込めてしまう。わかってるよ、大丈夫だよと口では言っていても、おそらく私の言葉は、カインの心の中まで届いていない。だから今朝のように、メイアラの言葉一つであれほど感情を爆発させてしまうのだと思う。
 
 荷物を整理しながら、横目でちらりとカインを見た。自分に割り当てられた荷物を背負い袋に詰めながら、サクリフィアの雑貨屋の品揃えの良さをウィローと話している。その横顔はとても穏やかで、私が心配するようなことはないようにも見える。なのに、不安で仕方がない。この先何か恐ろしいことが起こりそうな、そんな言いようのない不安に心の中が支配されそうになるのを、私はやっとのことでこらえていた。

第74章へ続く

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