小説TOPへ 第71章〜第80章のページへ

←前ページへ 次ページへ→



 
「ふぉっふぉっふぉっ!そう構えることはない。この村はサクリフィアの村。今ではすっかり寂れてしもうたが、それでも一応国王の末裔が村をまとめておるし、昔ほどの力は持てなくとも巫女姫もおる。その巫女姫が数日前に夢を見たと言うておったのじゃよ。『光り輝く剣が村に近づいている』という夢をな。」
 
「光り輝く剣・・・。」
 
「実はこの村とそのルーンブレードとの間にはいささか因縁があってな。これは何かを暗示しているのかもしれぬ、いやたかが夢だ信憑性が薄いのと、しばらくの間大騒ぎだったのだが、そこにあんたらお客人がやってきた。それでまあ、ちょいとカマをかけてみたのだが、ここまで気分よく当たるとはのぉ、なかなかうれしいもんだわい。」
 
 おじいさんはまた笑った。その笑顔にも、その心の中にも、邪気は何一つ感じられない。私はこのおじいさんとリーネを信じることにした。何よりも、夢を「たかが」と言い捨ててしまえるほど、私自身が夢を軽く見てはいない。
 
「ま、そのことはそのことじゃ。取りあえず自己紹介といかんか。わしはこの村に生まれたときから住んでおる、ランスというこのとおりのじじいだ。こっちのリーネは孫娘でな、一緒に暮らしておる。リーネの両親とわしの連れ合いが、昔流行病で亡くなってしもうてから、ずっとふたりきりじゃ。」
 
「それじゃ次は私ね。リーネです。このランスおじいちゃんは私の本当のおじいちゃんよ。ちょっと口が軽くてすぐ人をからかうの。それと、きれいな女の人には弱いのよ。でも私は大好きなの。」
 
「これこれリーネ、それはわしの紹介で、お前のことは1つも言うておらんじゃないか。」
 
「あらそうだっけ?ふふふ、まあいいじゃない。それじゃ私が皆さんのお食事を用意するわ。それまでおじいちゃんの相手をしていてくださると助かるわ。多分大変だと思うけどね。」
 
「これリーネ、どういう意味じゃ!」
 
 リーネは笑いながら逃げるように家の奥に走っていった。
 
「あ、私お手伝いを・・・」
 
 ウィローが慌てて立ち上がりかけたが、ランスおじいさんがそれをまあまあと制した。
 
「リーネは人にうまいメシを作って食わせるのが楽しみでな。まかせておけばええ。気になるようなら、運ぶときにでも手伝ってくれんかね。」
 
「すみません、お世話になってしまって・・・。」
 
「まあいいじゃないか。それより、あんた方のことを聞かせてくれんか。」
 
 食事を用意してくれている間、私達はここまで来ることになった経緯を話した。剣のことが知られてしまっている今、特に隠す必要もないかと思ったが、クラトとカフィールに出会ったことやあの時の騒動については、まだ話さないでおいた。
 
「・・・なるほど。エルバール王国からはるばる旅をしてこられたのか・・・。大変だったじゃろう?しかし船で来たのは正解じゃわい。うっかり陸路でこの大陸を横断しようなどとしたら、あっという間にタチの悪いモンスターの餌食になってしまうからのお。」
 
「この大陸には、そんなに手強いモンスターがいるんですか?」
 
 カフィールも言っていた。『どんなに気をつけてもつけすぎると言うことはない』と・・・。
 
「あんたらも呪文を使うようじゃから気づいただろうが、この村と、船着場から村までの道には結界が張ってある。もちろん運河もな。こんな小さな大陸ですべての生活物資を賄うことは出来んから、時折エルバール王国との交易をしておるのだよ。船や荷物が行き来する道は、安全にしておかなければならん。だから商人達にはきつく言うておくのだ。『何があっても横道に入らないように』とな。」
 
「つまり、入ってしまったら命の保証はないというわけですね・・・。」
 
「そう言うことになる。もちろんこの世界には治療術というものがある。怪我程度ならば治すことは出来るだろうから、商人達が治療術師か神父でも連れておれば、そんなに恐れることはないのだがな。だが、治療術と言えども万能ではない。」
 
「確かに万能ってわけではないと思うけど、怪我だけでも治せるならずいぶんと助かるじゃないですか。」
 
 カインは不思議そうに首をかしげた。
 
「治せれば確かにな。あんたは何か呪文を使うのか?」
 
 聞かれたカインは驚いて「まさか!」と叫んだ。
 
「呪文を使えるのかって聞かれたのは初めてだなあ。俺は全然です。クロービスとウィローは使えますけどね。」
 
「なるほどな・・・。お二人とも相当な使い手とお見受けするが・・・治療術に頼りすぎてはいかんぞ。治療術は万能ではない。必ず効くとは限らないものじゃからな・・・。」
 
「効かないこともあるんですか?」
 
 こんどはウィローが不思議そうに首を傾げた。私も不思議だった。力の強さによるとは言うものの、自分達のかけた呪文がまったく効力を発揮しなかったことなど一度もなかったからだ。私にとって治療術は、『かけてさえしまえば勝手に効いてくれるもの』のような気がしていた。
 
「うむ・・・。そう言うことも稀にあるということだ・・・。治療術というものは、気の流れを利用して回復力を高めるもの。気とはすなわち精神力のようなものだ。したがって、傷ついた者が回復することを望んでいなければ、治療術と言えども、どうしようもない時がある。」
 
「そんなことってあるの?でもどうなのかな。人間て、いくら死にたいなんて思ってても、いざ死のうとすると死にきれなかったりするものじゃないですか。本当にそんな・・・呪文も効かないほど自分の死を願うなんて事が・・・。」
 
 ウィローは納得いかないようだ。もちろん私にも納得のいかない言葉だった。
 
「そうだよなあ。自殺しようって人間が、本当に死にそうになったら必死で助かろうとするなんて話はよく聞くもんな。」
 
 カインの気功は治療術にも匹敵するほどの回復力を持つ。納得がいかないのはカインも同じようだった。
 
「確かにな・・・。生きようとするのは人間の本能だ。だが、ごくごく稀にだが、それでも死を選ぶ人間もおる。まったくもって残念なことだがのぉ。」
 
 死を選ぶ・・・。
 
 父のように・・・?
 
 剣士団長のように・・・?
 
 死こそが至福、死こそが安らぎだと・・・。彼らにとってはそうだったのだろうか・・・。
 
「へぇ・・・。俺には判らないな。だって生きてなくちゃ、何にもならないじゃないか。何があったって、生きてるほうがいいよな・・・。」
 
 カインは独り言のようにつぶやいた。
 
「そうじゃな。喜びも悲しみも、すべて生きていればこそじゃ。ついでに言うと、うまい飯もきれいな女性もな。」
 
 お爺さんはそう言って笑った。その時、家の奥に引っ込んでいたリーネが、再び顔を出した。両手に持っているのは、食事の皿を乗せたトレイだ。
 
「もう、おじいちゃんたら!!めずらしくいいこと言ってるなぁ、なんて思ってたらこれだものねぇ。さぁ、食事が出来たわよ。たいしたものはないけど、どうぞ召し上がれ。」
 
「急に押しかけたのにここまでしてもらって、申し訳ないな・・・。いただきます。」
 
 リーネが次の皿を持ってこようと行きかけたとき、ウィローが手伝うわと言って一緒に奥に入っていった。その後2人は何度か家の奥とテーブルを往復して食事を運んできてくれたが、その間にすっかり仲良くなったようで、ずっとおしゃべりしている。こんな短い時間ですぐに仲良くなってしまうのは、女の子の特技なのか、ウィローの特技なのか、どっちなんだろう。でも、リーネもとても人なつっこい女の子だ。それに、特別美人というわけではないが、かわいらしい顔立ちをしている。
 
「この大陸も昔はもっと住みやすい土地だったそうだが、今では大陸中をモンスター達が跳梁跋扈しておる。おかげで我々はこんな広大な大陸に住みながら、結界を張ったわずかばかりの土地の中しか歩き回ることが出来ん。サクリフィアはすでに国とは呼べず、小さな村程度の規模でしかない。しかも聖戦よりすでに200年も過ぎておる。なんでいつまでも我々がモンスターに苦しめられるのか・・・。子孫の我々までその償いをせねばならぬほどの、いったいどれほどの罪を先祖が犯したのかすら、我らにはもうわからぬと言うのに・・・。」
 
 食事のあと、おじいさんが独り言のように呟いた。
 
「結界を広げるということは出来ないんですか?」
 
「難しいのぉ・・・。今張られている結界は、もう100年以上も前に張られたものじゃ。今あれと同じだけの結界を張るとなると、呪文を使える者が1人や2人ではどうにもならんじゃろう。」
 
「そんなに昔に張られたものだったんですか。そのあとかけ直しとか何もしていないんですか?」
 
 私はびっくりして尋ねた。あれだけの結界を、そんなに長い間維持し続けることが出来るなんて、とても考えられないことだったからだ。
 
「何もしておらん。というより、何も出来ないというのが正確なところじゃの。今も言ったように、手を加えるにはそれなりの力を持った術者が何人も必要になる。巫女姫が神殿で神に祈りを捧げていたころならともかく、今ではその神殿にすら近づくことが出来んのだ。まず無理だろうな。」
 
 カフィールから聞いたシャスティンの話は、だいたい100年ほど前のことだと言っていた。ということは、それ以前に結界が張られ、その後シャスティンの失踪によって神殿に立ち入ることが出来なくなった。つまり、神に助けを求めることが出来なくなってしまったと言うことだ。それ以来そのままになっていると考えていいのだろう。
 
「その神殿というのは、運河の途中から別れている、あの水路の先ですか?」
 
「良く知っておるな・・・。まあこんなところまでやってくるのだから、それなりの予備知識は得ておるというわけか・・・。なああんた方、メイアラがここまで連れてきたと言うことは、あんた方が邪なことを考えているわけではないと言うことだ。わしにもそれはわかるが、さすがに人の心が読めるわけではないからな。何でこんなへんぴな場所まで来たのか、それを聞かせてもらうわけにはいかぬか。ルーンブレードのことと関係があるのかね。」
 
 2人を信じると決めた以上、迷うことはない。私達はカフィールからの紹介状を見せた。そして、ぜひ村長と話をさせてくれないかと頼んでみた。
 
「まあ、カフィール姉様にお会いになったの?お元気でした?クラトさんは相変わらずなのかしら。」
 
 リーネが、なつかしそうに微笑んだ。
 
「あの2人か。まだエルバール王国で聖戦竜の歌を歌っておるのかのお。たまには戻ってくればいいものを。まったく・・・。」
 
「お二人とも元気ですよ。」
 
 私達はカフィール達と出会った時のことを話した。本の作者の家の鍵を預かったことも。出会うなりクラトに攻撃されたことは出来るだけ控えめに、カフィールから聞いた100年前の話は、ある程度縮めて話すだけにしておいた。聞いた話をすべて話そうと思ったら、もしかしたら一晩では終わらないかもしれない。この村の人々がいくら心の内に敏感だと言っても、どうやら人の心の中をまるで本でも読むようにわかるわけではないらしい。その点では私とそれほど変わらないようにも思えるが、先ほど出会ったメイアラという女性は、私の力をとても強いと言っていた。それはつまり、夢見る人の塔で言われたように、力の及ぶ範囲がこの村の人達よりも私のほうが広いと言うことなのだろうか・・・。先ほど会った村長に明日また会えたら、その時はもう少し詳しい話をしてみよう。
 
「ふぅむ、お嬢さん、確かにあんたの言うとおりだ。物事は一方的に見ては本質を見誤る危険性が高くなる。聖戦竜がこの国を焼き尽くし、人々の心に大きな傷を残したのは事実なのじゃから、聖戦竜は邪悪ではないと言い切るのもまた危険と言うことになるな。それをあの2人にはっきりと言うてくれて感謝する。あれからもう6年も過ぎるのか・・・。後で手紙でも出してみるかのぉ。リーネ、お前も書いておきなさい。そろそろ交易船が来る時期じゃ。その時にでも託してやれるじゃろうて。」
 
「ねえおじいちゃん、それじゃ、明日私が村長のところにこの方達を連れて行くわ。ねえ皆さん、カフィール姉様からの紹介状は、その時に村長に出していただければいいと思うわよ。」
 
「ありがたい。ぜひそうさせてくれ。」
 
 カインが笑顔でリーネに礼を言った。
 
「カフィール達に会ったのなら、あんた方が神殿のことを知っていてもおかしくはないな。しかもあの家の鍵まで預けるとは、あんた方、だいぶカフィールの信頼を得たようじゃのぉ。」
 
「この鍵をなぜカフィールさんが持っているのか、教えてもらうわけにはいかないんですか?」
 
 おじいさんはしばらく考え込んでいたが・・・。
 
「ふむ・・・正直なところ、いささか戸惑っておる。というのは、その鍵はカフィール達がこの村を出ると聞いて、わざわざ持たせたものだからだ。」
 
「わざわざ持たせた・・・?」
 
 おじいさんはうなずいた。
 
「あんた方はエルバール王国の異変の謎を解く手がかりを求めてカフィール達に会いに言ったと言うておったな。そして、あの家に住んでいた男が書いた本を読んで、その男の収集した本を読みたいということでカフィールに相談した。するとカフィールは鍵を貸してくれたと、そういう話だったと思うたが。」
 
「おっしゃるとおりです。」
 
 実際に本の作者の家の話を持ち出したのはクラトの方だが、カフィールもその場にいたのだから同じことだ。
 
「カフィールが言うとおり、あの家に住んでおった男はかなりの数の本を収集しておった。一軒の家によくぞここまで積み上げたものだと、感心するほどの量だ。その中には、当然ながら今の時代に出て来てはならない本も多数ある。その男がこの村にやって来て調査をさせてくれと当時の村長に言ったとき、その村長が交換条件として、男が死んだあとその本の管理を任せてくれることを要求したそうじゃよ。幸い男には身よりもいなかったので、自分が死んだあとも本を管理してくれるなら大歓迎だと言うことで、話がまとまったそうだ。」
 
「そんなことがあったんですか・・・。でも、その話と、カフィールさん達が鍵を持っていることがどう繋がるんですか?」
 
「男が亡くなったあと、村の者が男の家に行ってみたところ、想像以上に大量の本があり、中には出所がはっきりしないような古い本が多数含まれていることがわかった。出来ればあのまま置いておきたくはないと、一時はエルバールの王宮図書館か文書館に寄贈することも考えたそうだ。だが、外に出せないとは言え貴重な本であることに変わりはない。危険を冒して遙かな海を運ぶより、ここでこのまま管理した方がいいのではないかという話になったのじゃよ。そこで扉の鍵を頑丈なものに交換し、元々本棚で塞がれていた窓を外から絶対に入れないよう補強した。そしてその扉の鍵は村の中に置かず、どこか他に保管できるところはないかと考えたのだが、なかなか見つからんかった。だからずっとあの鍵は村の中でも誰も知らないような場所に保管されていたのだ。知っていたのは代々の村長と巫女姫のみだ。だが、6年ほど前にカフィール達がエルバール王国に行きたいと言い出した。そこで村長が彼らに鍵を持たせたのじゃよ。エルバール王国に鍵があれば、例えあの家の本を狙った盗賊などが現れても、守りきることが出来るだろうとな。」
 
「では私達がここに鍵を持ってきてしまったのは・・・。」
 
「うむ、だから戸惑っておるのさ。ま、鍵のことも、明日村長に相談してみるといい。あんたになら、本来その鍵を預けても問題はないのだがな。とは言え、わしも今では一介の村人だ。勝手にあんたが持っていてくれなどと言ったら、村長の立場がなくなってしまうからな。」
 
「・・・私に・・・ですか・・・。」
 
「そう、あんたじゃ。さっき言うたではないか。ルーンブレードを持っていて、その剣が何やらクラトを脅かしたとかなんとか。」
 
「おじいちゃん、変に省略しないの。さっきの話ではクラトさんの方が悪いんじゃないの。いくらルーンブレードの持ち主だからって、いきなり攻撃するなんてひどいわよ。」
 
 リーネはふくれっ面をしている。ルーンブレードを持つ者、剣に選ばれた者にはその鍵を預けられる、その根拠は、つまりこの村とこの剣との因縁に関わっているのだろうか。
 
「ああ、まあそうだな。すまんすまん。歳をとると細かいことはどうでもよくなってな。」
 
 そう言って笑うおじいさんの顔に、邪気はない。今の話も、本当に軽い気持で省略しただけのようだ。
 
「大事なことよ。ねえクロービスさん、私、剣の持ち主があなたのような穏やかな人なら、歓迎だわ。」
 
「穏やかじゃないような奴だったらどうなるんだい?」
 
 カインが尋ねた。
 
「そうねぇ、だとしたら、きっとメイアラ姉様はここには連れてこなかったと思うわよ。だってこの家にはおじいちゃんと私しかいないんだもの。穏やかじゃないような人だったら、怖くてこんなおもてなしも出来なかったわね。」
 
 リーネが笑った。
 
「うーん、つまり穏やかじゃないような奴が剣を持って現れたら、その時はもしかしたら村に入れてもらえなかったのかな。」
 
「どうなのかしらねぇ。村長の考えは私にはわからないわ。ねえおじいちゃん、どう?」
 
「わしゃ村長じゃないぞ。」
 
「そんなのわかってるわよ。もしも村長だったときにそう言う人が来たらどうしてた?」
 
「取りあえず村には入れるさ。追い出して下手に行方知れずになられても困るからな。そうじゃな・・・わしなら宿屋に案内して見張りをつけるな。」
 
「なるほどね。それじゃ俺達は、そう言う目に遭わなくてすんだわけだ。」
 
「そういうことだ。今日は疲れたじゃろうからもう休んだらどうかね?あとは、明日村長の家で詳しい話を聞くといい。リーネ、寝床の用意をしてあげなさい。」
 
「はあい。」
 
 その後リーネが私達のために寝床を用意してくれた。そしてウィローに、よければ自分の部屋で寝てはどうかと気を使ってくれたのだが、私達はこの日も3人で寝ることにした。好意で泊めてくれるのに、わがままを言うわけにはいかないし、カフィール達の家に泊めてもらったときにも3人で寝たので、今さら気にする事もないような気がしたのだ。話が決まったところでウィローは、お風呂に入ってくるわねと、久しぶりの風呂に笑顔で部屋を出ていった。
 
「しかし・・・俺達本当にサクリフィアの村にいるんだよな・・・。」
 
 カインがため息をついた。
 
「そうだね・・・。伝説の地に立っているなんて、ちょっと信じられないね。」
 
 『あると言われている』その程度しか知らなかったサクリフィアの大地には、ちゃんとその国の末裔達がこうして生きている。
 
「そうだな・・・。明日は村長の家に行って、そのあと少し村の中を歩いてみよう。少しでも情報を集めないとな。」
 
「そうだね。それと、もしも食料とか調達できるようなら、補充しておこう。」
 
「ああ。明日おじいさんに聞いてみるか。」
 
「君の判断は正しかったね。ここまで来れてよかったよ。」
 
「正直迷ってたんだ。でもあの時お前が一度戻ってみようかって言ったじゃないか。不安なのはみんな同じだって思ったんだ。だから、とにかくぶつかってみようって、俺は1人じゃないんだからって、そう思えたんだよ。お前はやっぱり、頼りになる俺の仲間だよ。もちろん、ウィローもな。」
 
「仲間・・・か・・・。」
 
「そうだよ。ウィローだってそう思ってるさ。俺達のことを、二人とも大事な仲間だってな。」
 
 私は、海鳴りの洞を出る前にオシニスさんに言われたことを思いだしていた・・・。ウィローを仲間として認めてやれと・・・。オシニスさんの言うとおり、ウィローは立派に旅の仲間としての役割を果たしてくれている。私はいつもウィローを気にかけていたが、この大陸に来るまでの海の上では、ウィローに気を回せる余裕がなかった。それでもウィローは自分の持てる力を存分に発揮し、海のモンスター達の攻撃から、見事に船を守ってみせた。
 
「そうだね。ウィローは・・・私達の大事な仲間だ・・・。海鳴りの洞にいる私達の仲間は・・・今頃どうしているのかな・・・。」
 
「早まったことをしていないといいけどな・・・。」
 
「王宮に突入するって言うあれ?」
 
「ああ・・・。だからその前に何としても・・・フロリア様を元に戻さないとな・・・。」
 
「副団長が、力にものを言わせるなんてのは最後の手段だって言ってたから、大丈夫だとは思うけど・・・。私達が海鳴りの洞を出てからどのくらい過ぎたっけ・・・。」
 
「そうだなぁ・・・。あれからだいたい・・・半月、いや、そろそろ一ヶ月くらい過ぎるのかな・・・。」
 
「そうか・・・。私達があそこにいたのがだいたい一週間かそこいらだったから、もうみんなは一ヶ月以上あそこにいることになるね・・・。」
 
「そうだな・・・。いつまでもいられないだろうし・・・。城下町に家がある人達はたまに帰ったりしてるようなこと言っていたみたいだけど、それにしても大変だろうな・・・。」
 
「うん・・・。とにかく明日、村長に話を聞こう。サクリフィアの錫杖のこともだけど、あの神話の作者の家にも行きたいからね。許可をもらうか誰かに付き添ってもらうかしないと、あの家には迂闊には入れないような気がするんだ。」
 
「ああ。俺もそう思う。おそらくあの家には、サクリフィアの成り立ちに関わる本だってあると思うぞ。そんな重要な情報を、俺達が簡単に知ってしまうってのはまずいよな。」
 
「そうだね。」
 
 その時バタンと部屋の扉が開いて、ウィローが戻ってきた。その後からリーネも顔を出す。
 
「ただいまぁ。あースッキリ。すごく気持ちいいお風呂よぉ。二人とも入ってきたら?二人くらい余裕で入れる広さだったわ。」
 
「お二人ともどうぞ。なかなかお風呂に入る機会もないでしょうから、ゆっくりしてくださいね。」
 
 リーネとウィローの笑顔に見送られて、カインと私は久しぶりの風呂に入って砂や垢を落とすことが出来た。ウィローの言うとおり、お風呂は広々として、心からくつろぐことが出来た。
 
「二人で風呂に入るなんて、いつ以来だ?」
 
「多分・・・南大陸の温泉以来かな・・・。」
 
「やっぱりそうか・・・。剣士団の宿舎にいた時は、大勢で入るのが当たり前だったけど・・・。早くあそこに戻りたいな・・・。」
 
「そうだね・・。またみんなでわいわい言いながら、食事したり、お風呂に入ったり・・・。そんな生活に・・・戻れるのかな・・・。」
 
「戻れるよ・・・。もっとも、お前がウィローと結婚でもするってんなら、前みたいに宿舎に住むってわけにはいかないだろうけどな。」
 
「結婚か・・・。」
 
「そうだよ。お前言ったじゃないか。フロリア様が元に戻って、剣士団が復活して、この世界に平和が戻ってから考えるって。きっとそれは、そんなに遠い先の話じゃないよ。だから、今のうちからちゃんと考えておけよ。」
 
「考えるって・・・何を?」
 
「鈍い奴だなぁ。プロポーズの台詞だよ。」
 
「プロポーズって・・・いくらなんでも気が早いよ。」
 
「お前は今から考えていてちょうどだよ。それでなくてもこういうことには腰が重いんだからな。」
 
 カインはにやにやしながら私の顔を横目で見ている。
 
「うーん・・・そう言われるとなあ・・・。でも、普通に言えばいいじゃないか。気の利いた台詞なんてどうせ言えないんだから。」
 
「多分ウィローだって、お前に気の利いた台詞なんて期待してやしないさ。でもせめて、途中で黙らない程度には練習しておけよ。どれ、俺はそろそろ上がるよ。」
 
 カインはおかしそうにくすくすと笑いながら、風呂場を出ていった。その後を追いながら、私は改めてウィローとの今後のことを考えた。カインの言うとおり、フロリア様が元に戻り、剣士団が復活したら、きっとこの世界には平和が戻る。そうすればもう、あてのない放浪の旅を続ける必要はない。そうしたら、私はまた王国剣士として、頼もしいあの仲間達と共にこの国を守っていくことが出来る。そして今度こそ、ウィローとのことをきちんと考えて・・・。
 
(つまりそうなったらウィローとは結婚するってことで・・・。)
 
 何も障害がないのにズルズルとつきあっていくわけには行かない。それに何より、2人ともお互いとずっと一緒にいたいと思っている。フロリア様のことがそう簡単に解決するとは確かに思えないけど、きちんとしたプロポーズの言葉を、本気で考えておいた方がいいかもしれない・・・。
 
 そんなことを考えながら部屋に戻ると、ウィローはにこにこして待っていた。リーネと話をしていたが、リーネは私達を見ると、
 
「それじゃ、お休みなさい。ごゆっくりね。」
 
 そう言って、笑顔で部屋を出て行った。
 
「ウィロー、リーネとはすっかり仲良くなったみたいだね。」
 
「そうねぇ。とてもいい子よ。お話ししていてとても楽しかったわ。」
 
「おじいさんも感じがよかったし、思ったよりスムーズに話が進みそうだな。」
 
 カインはホッとした笑顔でそう言った。
 
「でもカイン、いきなり魔法について、なんて話しちゃダメだよ。」
 
「ははは、わかってるよ。ここまで来たんだ。今さら焦る必要はないさ。」
 
 カインの声が弾んでいるのはわかる。それだけ明日村長と会えることがうれしいのだと思うのだが・・・。なぜだろう。何かが引っかかる。いや、引っかかるというのは正確な言い方じゃない。この村に入ってから今まで、ずっと私は得体の知れない不安に悩まされている。あまりにも事がスムーズに進みすぎて、不気味な気さえしているのだ。カフィール達は心配ないと言ってくれていたが、この村に入るのがそれほど簡単なことではないと思っていた。しかも私達は夜になってから現れ、いきなり村に入ったのだからもう少し警戒されてもよさそうな気がするのだが、メイアラは臆せず話しかけてきた。まるでそれが自分の務めでもあるかのように・・・。
 
(・・・務め・・・?)
 
 まさか!!
 
 メイアラがこの村の現在の巫女姫なのだろうか・・・。私はその疑問をカインとウィローにぶつけてみた。
 
「あの人が巫女姫だとすれば、辻褄は合うわね。」
 
 ウィローは納得したようにうなずいた。
 
「だからあんなところを女1人で歩いていたってことか・・・。まさかと思うけど、俺達がここに来るのもお見通しだったりして。」
 
 カインとしては冗談のつもりだったのか、笑おうとしたらしいのだが、片頬がひきつっただけで笑顔にはならなかった。
 
「もしかして、ここまで話がスムーズに進んだと思っていたのが、全部予定されていたことだったって事なのかな・・・。お前の剣のことだって、さっきあのおじいさんはカマをかけたと言っていたけど、実際にはもうちゃんと持ち主がわかっていたのかもしれないし・・・。」
 
 カインの顔に不安が広がっていく。1つ疑い始めると何もかもがおかしいと思えてくる。確かに、さっき私達は『元村長』から聞いたばかりだ。
 
『穏やかじゃない奴なら宿屋に案内して見張りをつける』
 
 剣の持ち主が私だとわかっていたとしたら、どんな状況での訪問であれ、彼らは私達を村に招き入れただろう。
 
「その可能性はあると思う。剣の夢を見た巫女姫がメイアラさんなら、実際に剣が近づいたときに何かしら感じるものがあってもおかしくないからね。でも、例え全部予定されていたことだったとしても、明日になれば村長には会わせてもらえるんだから、そんなに心配しなくて大丈夫だよ。」
 
「だといいけど・・・。」
 
「私達を村に入れてくれたのは、私達が悪い目的を持っていないって事がわかったからだと思うよ。それに、メイアラさんが巫女姫だなんてことも、単に私の想像だしね。」
 
 カインが大きな溜息をついた。
 
「お前の想像は当たってると思うよ。俺も少し浮かれてた。頭冷やさないとな・・・。」
 
「村長に会えたら聞いてみたいことを、それぞれ少しまとめておこうよ。多分忙しいんだろうし、時間をかけてもらえるかどうかわからないしね。」
 
「そうね。ほらカイン、元気出して。メイアラさんが巫女姫だからって、あなたが落ち込むことじゃないじゃないの。」
 
 ウィローの励ましにカインはうなずき、寝床に潜り込んだ。カインの気持はわかる。急な訪問だったにもかかわらず、思いがけず笑顔で迎え入れられて、カインはもう明日にでも魔法のことがわかる、サクリフィアの錫杖をとりにいけるような、そんな気がしていたのかも知れない。だがそれがもし、最初から私達の訪問を予測していたのだとしたら、明日の会見が和やかに進むという保証はどこにもない。最悪の場合、私達は罠にかかったのかも知れないのだから。だがここであれこれと考えてみても仕方ない。私も寝ることにした。明日は村長に会える。聞きたいことはいろいろとあった。カインはすぐにでもサクリフィアの錫杖を借りるつもりでいるのかも知れないが、私はもう少し魔法について聞いてみたい。そもそも『人の心を操る魔法』なるものが本当に存在するのかどうかをはっきりさせなければ、錫杖を取りに行くこと自体が無意味なものになってしまう。それに、私の剣のことを村長がどう考えているのかも気になる。ランスおじいさんが剣のことを知っていたということは、村長ならば剣の持ち主が私であることも、私達がこの村を訪れることも、ある程度予測していたとしてもおかしくはない。
 
 翌朝、朝食をごちそうになった後、リーネが村長の家に案内してくれることになった。外はもう賑やかで、人通りも多い。だが、昨夜ほどではないが行き交う人々はやはり私達を遠巻きにしている。
 
「歓迎はされていないみたいだな・・・。」
 
 カインがぽつりと呟いた。
 
「あらそんなことはないわ。この村にだってお客様は来るのよ。交易船の商人さん達は一度来れば何日かは村に泊まって行くもの。それに、泊まっている間は村の中で買物をしたりするから、そんなに外の人達に慣れていないわけではないわ。」
 
「でもみんな私達を見ると顔を逸らして行くみたいに見えるわ。」
 
「そうねぇ、考えられるとすれば、交易船の人達じゃないのはわかるから、どう接していいかわからないのかも知れないわね。」
 
 リーネが笑った。リーネの言葉が本当のことなのか真実が別にあるのか、そこまではわからないが、少なくとも危害を加えられる心配はなさそうだ。どことなく楽しそうに見えるリーネのあとを、私達は黙ってついていった。やがて昨日メイアラが連れてきてくれた家の前に着き、リーネが扉を開けて大声で『村長、お客様をお連れしたわよ!』そう告げた。
 
「さ、入りましょう。多分もう待っていてくれると思うわ。メイアラ姉様も来ていると思うわよ。」
 
「俺達が来るのをかい?」
 
 カインが疑わしそうにリーネに尋ねた。そんなカインを見て、リーネはくすりと笑った。
 
「ええ、そうよ。だって昨日姉様がここにあなた達を連れてきたのでしょう?あんな時間ですもの。翌日改めて訪ねるだろうなってことくらい、誰だってわかるわよ。」
 
 私達が緊張しているのが、リーネにはおかしく映るらしい。さっきからくすくすと笑っている。
 
「村長は穏やかな人よ。そんなに緊張することないわ。」
 
 リーネが先に立って中に入ったので、私達も後に続いた。家の奥にある部屋はかなり広い。豪華とは言えないが品のいい調度品でまとめられたその部屋には机があり、そこに座っているのは昨日会った村長だ。部屋の真ん中には客用と思われるテーブルとソファが置かれていて、そこに昨日私達をここに案内してくれた、メイアラが座っていた。
 
「おはようございます。お客様よ。」
 
「リーネ、ご苦労様。あとは私達がお相手するわ。」
 
「はぁい、それじゃ皆さん、今日の夜はまた我家においで下さいね。もう少しちゃんとしたおもてなしを用意しておくわ。」
 
 私達はリーネに礼を言い、今日の夕方の再会を約束した。私達は今日もこの村にとどまることになると言うわけだ。
 
「そう緊張せんでくれ。まずは座ってくれんか。」
 
 村長に促され、私達はソファに座った。そして私達が座ったのを確認してから、村長はゆっくりと席を立ち、私達の向かい側に座った。メイアラは部屋の隅でお茶を淹れてくれている。
 
「ようこそ、サクリフィアへ。夕べはろくな挨拶が出来ずに失礼した。私がこの村の村長だ。」
 
 私達はそれぞれ自己紹介をし、カフィールからの紹介状を見せた。
 
「ほお、あんた方はカフィールの知り合いだったのか。するとクラトも知っておるのだろうな。あの二人は元気かね。」
 
 私達は二人に会った経緯を話し、昨日の夜リーネの家で話したことと同じことを話した。どうせ剣のことは知られている。昨夜出会ったときにメイアラは、私の顔を見て一瞬だけ顔をこわばらせた。私が何者なのかはその時に気づいているはずだ。そして私の話に、村長は特に驚くようなそぶりも見せなかった。そのことが私に確信を持たせた。この2人はとっくに私のことを知っていると。
 
「クラトは相変わらずねえ。カフィール姉様も苦労してるのね。意地を張らずに巫女姫になっていれば、あんな跳ねっ返りの弟の面倒をみなくてすんだのに。」
 
 同じように驚くそぶりを見せなかったメイアラが、お茶を配りながら何気なさそうに言った言葉に、私達のほうが驚いた。
 
「み・・・巫女姫!?」
 
「あらやだ。カフィール姉様ったら、自分に都合の悪いことは黙っていたの?ふふふ、姉様も相変わらずなのね。」
 
「これこれメイアラよ、そう言う言い方をしてはいかんぞ。客人が驚いているではないか。」
 
 そう言う村長は苦笑しながらメイアラを見ている。
 
「まあカフィールが巫女姫を辞退したせいでお前にお鉢が回ってきたのは確かだが、昔のように神殿にこもって祈りを捧げたり、神のお告げで国の行く末を決めるわけでもなし、それほど重い役目でもないのではないか。」
 
 村長の言葉もあくまでさりげない。きょとんとしている私達を見て、メイアラが笑い出した。
 
「エルバール王国では、サクリフィアの巫女姫というのはどういう風に語られているのかしら。聖戦の折に巫女姫を務めていたシャンティア様はとても聡明で強い力をお持ちだったそうだけど、今では巫女姫といっても形だけよ。100年ほど前から、そんなに強い力を持つ巫女姫はいなくなってしまったわ。」
 
 私達は、カフィールからその100年前の出来事を聞いたことを伝えた。
 
「あら、シャスティンの話を聞いたのね。それならば、なぜサクリフィアが今のような状態になってしまったのかもわかるでしょう?もっとも、もしもシャスティンのことがなかったとしても、ろくな人口もいない形だけの国では、いずれ破綻するのは目に見えていたことでしょうけどね。ただ、そうなったとしても巫女姫は崇め奉られていたことでしょうから、私だって絶対に巫女姫になったりしなかったとおもうけど。」
 
 『現代の巫女姫』は、伝説に語られている古の巫女姫達とはだいぶ趣が違うらしい。
 
「あら?もしかして、私が巫女姫だって事に驚いているの?」
 
「い、いや・・・巫女姫ってのはもう少し、その・・・」
 
 カインが言いかけて口ごもる。
 
「ふふふ、もう少しおしとやかで威厳があると思ってた?」
 
 メイアラがまた笑い出した。
 
「メイアラよ、客人をからかってはいかん。すまんな、メイアラはこの通りはっきりした性格でな。おかげで歴代巫女姫の中で一番巫女姫らしくないとか、一番はっきりとものを言うとか言われておるわい。」
 
 村長も笑い出した。
 
「巫女姫があなただってことは、何となく想像がついていましたよ。それより、カフィールさんが巫女姫候補だったというのは初めて知りました。巫女姫について神に祈りを捧げる巫女の候補に挙がったことがあるだけだと聞いてましたので・・・。」
 
「カフィール姉様は巫女姫としてこの村にとどまるより、吟遊詩人として身を立てたいって、クラトと一緒に村を出たのよ。クラトはどう?語り部としてはまだまだひよっこだけど、うまくやってるのかしら。」
 
「熟練の語り部のように振る舞っていましたよ。あれならば人気も出ると思います。」
 
「・・・つまり、クラトはまだ例の神術を使っているということね。」
 
 メイアラと村長が真顔になった。神術というのはこの村では当たり前に使われているのかと思っていたが、違うのだろうか。

←前ページへ 次ページへ→

小説TOPへ 第71章〜第80章のページへ