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「なあクロービス、もう少し話を聞いてみてから、シャーリーの話もしてみようかと思うんだが、どうだ?」
 
「そうだね・・・。何か企んでいるみたいに疑われているようだし、この先カフィールさん達に出会ったときに、そういう目で見られるのがわかっていて黙っているのも、意地が悪いよね。」
 
「そうなんだよな・・・。ただ、お前の剣のことを隠して駆け引きをしようとしたことについては気分がよくないけどな。」
 
「確かにそれはそうなんだけどね・・・。」
 
 あんなことさえなければ、いろいろと話して聞かせてくれたシャーリーには、とても感謝しているのだが・・・。
 
「でも、シャーリーさんが巫女姫の末裔で、サクリフィアに行きたがっていることだけは確かだわ。その目的が何なのかわからないなら、カフィールさん達に話をしてみるのもいいんじゃない?もしかしたら、私達では気づかない、シャーリーさんの目的に迫ることが出来るかも知れないわ。」
 
「そうか・・・。そうだね。物事は一方から見ただけじゃわからないからね。カイン、多分カフィールさんの歌が終わったら、また少しサクリフィアの話を聞かせてもらえそうだから、その時の流れによっては話してみてもいいかもしれないね。」
 
「そうするか。」
 
 私達は鎧を外し、1階に下りた。ただ、私の剣だけは持って降りることにした。
 
「みなさん、お食事が出来るまで、どうかおくつろぎくださいませ。」
 
「あら、私も手伝うわ。」
 
 ウィローが立ち上がって、カフィールと2人で食事を作り始めた。私も手伝おうかとも思ったが、かまどのまわりはそんなに広くない。かえって邪魔になりそうなので、黙っていた。
 
「俺は何も出来ないからやめておくよ。家の中で作る分には薪集めも要らないだろうしな。」
 
 カインが苦笑いをしている。
 
「確かにあんたはとても料理が出来そうにないな。それじゃ俺と一緒に食器を並べるのを手伝ってくれよ。それくらいなら出来るだろう?」
 
 クラトに促され、カインは食器運びを手伝いに倉庫に行った。私達のために、普段使わない食器を出してくるらしい。クラトは私には声をかけなかった。多分2人もいれば間に合う仕事なのだろう。特にすることもなくなってしまったので、一度家の外に出てみることにした。外はもう夕方で、エルバール王国方面に日が沈むところだった。こんなに遠く離れていても、王宮の屋根がキラキラと光り輝いているのが見える。島の中をぐるっと見渡してみた。そんなに広い島ではない。住んでいる住人はみんな農夫のようだが、そんなにたくさんいるわけでもなさそうだ。さっきクラトに加勢しようとして出てきた農夫達は、おそらくあれで全部くらいだろう。その他にこの島にいる住人と言えば、農夫達の家族くらいのものではないだろうか。ぼんやりとそんなことを考えているうちに、夕陽は沈み、王宮の屋根は今ではもう影絵のようにしか見えない。私の頭の上には星が少しずつ瞬き始めている。
 
「いまごろ、フロリア様はどうしているんだろうな・・・。」
 
 ここしばらく、あの夢を見ていない。今のフロリア様はいったい何を考え、なぜこの国を滅ぼそうなどとなさるのか、今に至るまで何一つわかってはいないのだ。そして私の剣・・・。この剣はいったい何なのだろう。カフィールは、この剣が特別な目的で作られたと言った。それは何だろう。カフィールは知っているだろう。だが教えてくれそうにない。それはどうやら、私が自分で見つけなければならない答だからだ。だが、一つだけ確信していることがあった。私の剣の存在が、フロリア様の異変に関わっているわけではないらしいと言うこと。フロリア様にはっきりとした異変が見られたのは、南大陸との交通を遮断し、カナの村を孤立させた、あの頃のことだ。今からだともう3年以上も前のことになる。その頃私は故郷の島にいて、ごく普通の暮らしをしていたはずだ。その頃からこの剣が島にあったとしても、おそらくはあの荷物の中に隠されて、ブロムおじさんの家の納戸にでも置かれていたのではないかと思う。
 
「となると・・・サクリフィアで調べなければならないのは、魔法の存在と、私の剣と、か・・・。」
 
 クラトは『サクリフィア神話の研究』の作者の家を教えてくれると言った。多分この島の中ではないだろうから、どこか別な島にでもあるのだろうか。まずはカフィールから話を聞いて、その作者の家に行って、それから・・・・
 
「クロービス、食事が出来たわよ。」
 
 突然声をかけられて驚いた。ああそうだ。ウィローはカフィールの手伝いをしていて、カインはクラトの手伝いをしていたんだっけ。少しのつもりで外に出てみたがずいぶん長い間ぼんやりしていたらしい。
 
「どうしたの?」
 
 ウィローは私の隣に来て空を見上げた。
 
「あら、星がきれいねぇ。明日からの航海も、うまくいくかしらね。」
 
 そう言って微笑むウィローの横顔を見ているうちに、なんとなく気持が穏やかになっていくような気がした。フロリア様のこと、カインのこと、魔法のこと、そして私の剣のこと、不安は尽きない。でも私にはウィローがいてくれる。
 
「きっと行くよ。中に入ろうか。みんなを待たせちゃ悪いしね。」
 
 中に入ると食事の支度はすっかり調っていた。夕方届けてもらった食材を使ったらしく、野菜も肉も、新鮮で甘みがある。すっかりおいしい食事をごちそうになり、食後のお茶の後、カフィールの歌の続きを聞くことになった。
 
「それじゃ、そろそろ最後の章を歌うかい?俺のほうの準備は出来てるぜ。」
 
 そう言ってクラトはまた竪琴を構えた。彼の竪琴もなかなかのものだ。ここにピアノがあったなら、一度合わせてみたいと思ったほどだ。
 
「そうね。では・・・。」
 
 カフィールがテーブルの前に立った。
 
「シャスティンの物語も最後の章となりました。彼女のその後について語る前に、彼女を追ってきた討伐隊の生き残り達について、少し触れてみましょうか・・・。」
 
 討伐隊の生き残り2人は、シャスティンを追うための最初の段階で大きな間違いを犯していました。シャスティンは巫女姫でございます。彼女が1人で逃げるなら、もしかしたら神を頼ったのではなかろうか、そう考えた2人は、神殿へと向かったのでございます。サクリフィア神殿は、大陸の北側にございます。その頃すでにシャスティンはウィレスと出会っておりましたから、まったく反対の方向に行ってしまったことになります。神殿と言っても、巫女姫を始めとする神官達以外のものは中に入ることが出来ません。ですが、今は一刻も早くシャスティンを見つけるのが先決と、2人は神殿の扉に手をかけました。ところが、何と神殿の扉には大きな錠前がかかっており、開けられた形跡はありませんでした。いかに力のある巫女姫といえど、鉄で出来た錠前を開けて、中に入ってからかけ直すなどと言う曲芸のようなことをするとは思えません。すっかり当てが外れた2人はトボトボと来た道を戻り、今度は海を渡ってみようかという話になりました。ですが、2人はここでも大きな間違いを犯しました。2人はシャスティンがエルバール王国の城下町に逃げたと思いこんだのでございます。人の多い場所ならば、隠れる場所はいくらでもある、そう考えた2人は、サクリフィア大陸を北と南に分ける運河のほとりにある桟橋から、大海へと漕ぎ出しました・・・。
 
 そして2人はエルバール王国でシャスティンを探し続けました。美しい娘の噂があれば出掛けていき、そのたびに人違いを繰り返し、ローランや北の果ての岬までも出掛け、さらには西側の離島群までも歩き回ったと言うことでございます。そして・・・そうした苦難の旅の途中、1人が病気になり、命を落としました。それは2人がシャスティンを追って国を出てから、実に6年後のことでございました。追手はとうとう、たった1人になりました。その追手の男の名をドルカスと言いました。ドルカスはそれでもシャスティンを追って旅を続けました。もはや何のために彼女を捜しているのか、それすらもわからなくなりそうな日々の中で、彼の支えはただ一つ、国に残してきた妻と娘でございました。今自分が帰れば、妻と娘が殺されるかも知れない、いや、もうこんなに月日が経っているのだから、自分達が逃げたと思われて処刑されたのではあるまいか、やはりあの時、一度国に帰るべきではなかったのか・・・。不安と後悔に押しつぶされそうになりながら、ドルカスはやがてロコの橋を越え、不毛の大地であるエルバール南大陸へと足を踏み入れたのでございます・・・。
 
「6年て・・・そんなに長い間彷徨っていたのか・・・。その間に南大陸のことは頭に思い浮かばなかったのかな・・・。」
 
 カインの声には少し呆れたような響きがこもっていた。
 
「エルバール王国に住む方々ならば、もしかしたらすぐにでも思いついたのではないかと思いますが・・・。サクリフィアの者にとって、エルバール王国南大陸は、忌むべき不毛の大地でございました。砂漠に覆われ、草木は育たず、土地は痩せていて人が生きていくにはあまりに厳しい土地だと、言われていたのでございます。」
 
「それじゃ、カフィールさんもそう思ってたの?」
 
 『忌むべき不毛の大地』などと言われては、南大陸出身のウィローには納得出来ないとしても無理はない。
 
「小さい頃はそう思ってたよ。確かにエルバール王国の南大陸ってのは砂漠ばかりだからな。サクリフィアの民ってのは元々その南大陸に住んでいた騎馬民族だ。先祖が苦労した不毛の大地にわざわざ巫女姫が行くはずがないって思ったとしても、無理はないだろうな。」
 
 クラトが言った。
 
「弟の申すとおりでございます。わたくし達は小さな頃から、南大陸は不毛の大地だ、あんな場所では生きていけないと言う大人達の話を聞いて育ちましたが・・・この国にやってきて、実際に南大陸から来た人々に話を聞く機会もあり、どうやら南大陸にも緑の豊かな場所があって、人々は小さな集落を作って生活しているのだと知ったのでございます。」
 
「ふぅん・・・。そう言えばクロンファンラで読んだ本の中に、サクリフィアの国ってのは成り立ちがよくわからないとか書いてあったよな。それを調べている考古学者もいるみたいだが、遺跡が少なくてなかなか調べが進まないとか。だけど、今の話を聞く限りでは、サクリフィア大陸ってのは緑豊かな大陸みたいじゃないか。砂漠で苦労していた民族が、土地の肥えた大陸に流れてきて、そこに国を作ったとか、そういうことなんじゃないのかな。」
 
「そうだね。そうすると、もしかしたらサクリフィア大陸まで行けば、生活の痕跡みたいなのが見つかるのかな。」
 
「なんだよその生活の痕跡ってのは?あんたらまだ何か隠してたのか?」
 
 クラトの目がまた光る。私達が彼に全面的に信用してもらうには、まだまだ時間がかかるらしい。カインはやれやれといった風にため息をついた。
 
「隠してるとは人聞きの悪い言い方だなあ。知り合いの考古学者に頼まれたんだよ。変わった遺跡とか見つけたら教えてくれってな。その考古学者は、サクリフィアより前にあったかも知れない国のことをいろいろ調べているみたいだったんだ。だけど、遺跡も資料も少なすぎて、ちっとも調べが進まないんだってさ。」
 
「・・・・・・。」
 
 いきなりクラトが黙ったので驚いた。カフィールまで少しこわばった顔をしている。カインはそんな2人を見て
 
「2人とも、いかにも何か知ってますって言う顔してるな。」
 
「でも、知っていても教えられない、そんな顔にも見えるわ。」
 
 ウィローの言葉に、カインも私も思わず吹き出してしまった。
 
「なかなか辛辣だね。」
 
「あらそう?」
 
 ウィローは少しだけふくれっ面になって、私を睨んだ。
 
「ははは、ウィロー、そんな顔するなよ。いつもなら俺が言いそうなことを君が言ったから、クロービスはびっくりしたんじゃないか?ま、何でもかんでも話せないってのは仕方ないさ。それに俺達は、別に昔の遺跡を探すために旅しているわけではないからな。」
 
「ええ、それに、お二人が黙っているのはうかつに話せないからだと思う。シャーリーさんのように、自分の利益のために黙っているわけではないでしょうから、仕方ないわね。」
 
「ふん、まったくあんたらはいつまで話していても得体が知れないな。まあいいよ。姉さんが黙っているのに俺ばかり騒ぎ立てても仕方ないしな。そろそろ最終章を始めるぞ。」
 
 クラトは少し怒ったように言って、またカフィールの後ろに立った。だがクラトは本当に腹を立てているわけではない。今の話をごまかそうとしているだけだとすぐにわかった。語り部としての腕前はわからないが、こんな時の演技力はいまひとつらしい。でもおかげで確信が持てた。あの考古学者の言っていたように、サクリフィアの前にも存在していた国はやはりあるらしい。だが、それはどうやらサクリフィアの人々にとっては禁忌に属することのようだ。
 
(とりあえず今は考えないでおくか・・・。)
 
 気にはなるが、今は置いておこう。話す気がないのなら、ここで追求したところで何も変わらない。それに、私達だって包み隠さずすべて彼らに話したというわけでもない。歌を聞かせてもらった後で、せめて明日出発するまでの間には、もう少し話をする機会があるだろう。
 
「弟のご無礼、本当に申し訳ございません。それでは、最終章と参りましょうか。・・・不毛の地に足を踏み入れたドルカスでございましたが、彼の頭の中では、シャスティンは女の一人旅をしているものとばかり思っておりました。そこで彼は比較的天候が穏やかだと聞いていた、西側を回り始めました。ところが西側には小さな集落がかなりの数存在し、女1人、隠れようと思えばどこにでも隠れられそうでございました。これは集落を一つずつ回るしかないかも知れない・・・。ドルカスは絶望的になりましたが、どんなに時間がかかろうとも、それ以外にシャスティンを探し出す手立てはないと思い直し、ドルカスは一人、黙々と歩き回りました・・・。」
 
 北大陸でそうしていたように、一つの村を訪ねては村人達に話を聞き、場合によっては何日もその村で暮らしながら、ドルカスのシャスティン探しの旅は続きました。しかし、とうとう西側では最後の村でも手がかりがつかめないまま、失意のうちにドルカスは旅に戻りました。そして、ここまで探して見つからなかったと言うことは、シャスティンはもう死んでいるのではないか、だとしたらもう国に帰って国王陛下に報告したほうがいいのではないか、そう考えたのでございますが・・・。
 
 あてもなくさまよい出たドルカスでございましたが、途中に立ち寄ったオアシスで、奇妙な噂を聞いたのでございます。
 
『南大陸の東側にある小さな村に、美しい女がいる』
 
 それは、東側を一回りして北大陸に戻る途中の、隊商の1人が酒の席で教えてくれたことでございました。なんでも小さな貧しい村にはもったいないほどの美しい女がいるというのです。ドルカスは『美しい女と聞いて興味を持った』振りをして、さりげなく商人に詳しい話を聞き出しました。
 
「そうだなあ、東側の方ってのは砂漠が多くて土地が痩せているんだが、それでもあちこちに作物が育つ程度の水脈が通ってるんだ。だからかなり南の端っこのほうまで小さい集落があるんだが、その一つにいい女がいるんだよ。だが、行ったところでその女が相手をしてくれるって訳じゃないぜ。身持ちの堅い、真面目な女だ。まあ亭主もそこそこ男前だから、別に旅の男なんぞ引っ張り込む必要はねぇってこったろうな。」
 
 今回の旅で商売が思ったよりうまく行ったと言うその商人は上機嫌でそう言い、ドルカスに上等の酒を勧めながら下品な笑い声を立てました。
 
「亭主がいるのか・・・。」
 
 亭主がいると言うことは、それはシャスティンではないかも知れない。ドルカスは再び失望しました。彼女の『亭主』となるべき男は、自分達が殺したのだから。しかもほとんど無抵抗の相手をよってたかってめった斬りにするという、卑劣な方法で・・・。
 
 しかし、商人はドルカスの落胆を別な意味に取ったようでございます。
 
「ま、亭主がいたって相手をしてくれる女はいくらでもいるぜ。何なら紹介状でも書いてやろうか?」
 
 商人はまた下品な笑い声を立てました。ドルカスはそれにはかまわず、その村の場所だけを聞いて商人達から離れ、自分のテントに戻りました。寝袋に潜りこみましたが、少しも寝付けません。その女はシャスティンだろうか。それとも実はそんなに美しいわけではなくて、噂だけが一人歩きしているのだろうか。
 
「巫女姫様ほど美しい女なんて、そうそういないよな・・・。」
 
 そう考えると、その噂は当てにならないもののようにも思えましたが、とにかくその村へ行ってみよう、ドルカスはそう心に決めました。そしてもしも人違いなら、もう国に帰ろうと。これが最後の探索だ、そう決めると不思議と心が安らぎ、ドルカスはいつの間にか寝入ってしまいました・・・。
 
 翌朝、ドルカスは1人オアシスをあとにして、南大陸の中でももっとも気候が厳しいと言われている、東側に向かって歩き出したのでございます。
 
 しかし、東側の気候の厳しさは、ドルカスの想像を超えておりました。一日中照りつける太陽、陽が沈んだ後の寒さ、どれを取っても、温暖なサクリフィアの気候に慣れたドルカスの身には堪えました。『これが最後』この探索が終わったら今度こそ国に帰る、その思いだけがドルカスを突き動かし、砂漠の中にひっそりと佇むオアシスを点々としながら、やっとのことでその村に着いたのは、ドルカスが国を出てから実に10年の歳月が過ぎたころのことでございました。
 
 村には畑が広がっておりましたが、あの商人の言っていたとおり、それほどいい作物ではありませんでした。それでも畑で働く人々は、黙々と野良仕事に精を出しているようでございました。ドルカスは畑を離れ、井戸を探しました。喉がからからに渇いていて、せめて一杯の水を飲ませてもらってから、『美しい女』のことを聞こうとしたのでございます。近くにいた農夫に事情を話し、井戸の場所を訪ねたところ、農夫は笑顔で場所を教えてくれました。
 
「さっきウィレスの女房が子供達を連れて水汲みに行ったから、声をかければ汲んでくれるぜ。」
 
 井戸に人がいるのはありがたい。1人で行って水を汲んでいたら、下手をすれば水泥棒にされてしまいます。少しだけほっとして、ドルカスは1人、村の外れの井戸にやってきました。そこではちょうど、子供を連れたおかみさんが水を汲みに来ていたところでした。おそらくこのおかみさんが『ウィレスの女房』なのでしょう。ドルカスはそのおかみさんに声をかけました。長旅で喉が渇いているので、水を一杯飲ませてもらえないかと・・・。
 
「それはお困りでしょう。ここの水はおいしいんですよ、さあどうぞ。」
 
 おかみさんの声を聞いたドルカスの心臓がどきんと鳴り響きました。冷たい水をなみなみと汲んだ器を差し出しながら振り向いたおかみさんは・・・
 
「あなたは・・・。」
 
 なんと言うことでしょう。この10年、あれほど探し求めた巫女姫シャスティンが、今目の前に立っていたのでございます。
 
「姫様・・・。」
 
「ここまで・・・追いかけてきたのですね・・・。」
 
 ドルカスは何も言えませんでした。今目の前に立っているのは、間違いなく巫女姫のシャスティンでございましたが、その美しさには一片の翳りもないものの、子供を産んだ女性らしく、ふっくらとした顔立ちと、そして何より、日に焼けた顔は以前のような透き通る肌ではなくなっておりました。そう、あの日の『巫女姫シャスティン』はすでになく、ここにいるのは『ウィレスの女房』である、村のおかみさんだったのでございます。
 
「喉が渇いているのでしょう。これをお飲みなさい。」
 
 シャスティンは少しこわばった顔のまま、持っていた器を差し出しました。その声には昔と変わらぬ威厳があり、ドルカスは思わず頭を深々と下げて器を受け取り、一気に水を飲み干しました。その水は喉を潤し、胃の中に注ぎ込まれ、そして・・・まるでその水があふれ出たかのように、ドルカスの目からは涙がこぼれておりました。
 
「みんな、母さんはこのおじさんと話があるから、先におばあさまのところに戻っていなさい。」
 
 連れていた子供達は3人でした。一番年かさらしい男の子が、ドルカスを無遠慮に眺めて言いました。
 
「このおじさんは誰?」
 
 シャスティンはにっこりと笑って
 
「このおじさんはね、母さんの古い知り合いなの。少しお話がしたいから、先に帰っていなさい。父さんが戻ったら少し遅くなるって言っておいてね。」
 
 そう言って子供達を先に村へと帰らせました。
 
「ここでは誰が来るかわかりません。少しここから離れた場所に行きましょう。」
 
 ドルカスは、言われるままにシャスティンの後について、村はずれの草むらにやってきました。井戸からも畑からも遠く、2人の話を聞かれる心配はない場所でございました。
 
「ここならば誰もこないでしょう。あなたが自分の役目を果たす前に、お互い話し合ったほうが良さそうですね。」
 
 そう言って、シャスティンとドルカスは、お互い今までのことをそれぞれ相手に話して聞かせたと言うことでございます。
 
「・・・では、わたくしの一族がどうなったのかは、あなたも知らないのですね。」
 
 ドルカスはうなずきました。
 
「そう・・・。わたくしは、自分の一族とあなた達国民に大変な迷惑をかけてしまったことに、大変申し訳なく思っています。もちろん、許されるとは思っていません・・・。けれど、国王陛下に対しては、あのお方に対してだけはそう思ってはいないのです。」
 
 ドルカスは驚きました。巫女姫と言えば、神のお告げを国王陛下に伝える役目。巫女姫と国王陛下の間には密接な信頼関係がなくてはならないはずでございます。その後シャスティンの話を聞いて、ドルカスはますます驚きました。何と時の国王陛下は、シャスティンが巫女姫としての役割を終えた後、自分の側室として迎え入れようと画策していたと言うのでございます。法的には問題のないことではありましたが、そのようなことは前代未聞でございます。下手をすれば、巫女姫が在職中から国王陛下と通じていたという疑いまでかけられかねません。そのようなことになれば、王家の信頼は失墜し、巫女姫の存在自体が揺らいでしまいます。
 
「・・・あなたにとっては信じられないことでしょうけれど、これは紛れもなく事実なのです。これで、わたくしのことを国王陛下がどのような目で見ていたか、あなたにも想像はつくでしょう。幸いなことに、神はわたくしをいたわってくださいました。神殿で祈りを捧げているときだけは、わたくしは満ち足りた平穏な心でいられたのです。あの時も・・・」
 
 シャスティンがセリムと出会った日、あの日も本来ならば国王陛下への謁見が行われることになっていたと言うことでございました。神殿で祈りを捧げてきた巫女姫は、その時に祈りによってもたらされた神のお告げを、国王陛下に伝えることになっていたのでございます。けれど、シャスティンは国王陛下から自分がどのような目で見られているかをすでに理解しておりました。その心の中に渦巻く欲望までも感じ取れたと言うことでございますから、どれほどの重圧であったことでございましょう。また今日もその重圧に耐えなければならないと思いながら神殿から戻ったシャスティンは、自分を抱き留めてくれた逞しい腕から伝わる、優しく慈愛に満ちた心を感じ取ったのだそうでございます。表も裏もなく、自分を心配してくれる若者に恋してしまったとしても、仕方のないことでございました。
 
「さあ、わたくしの話はこれで終わりです。あなたはあなたの努めを果たしてください。」
 
 そういうと、シャスティンはドルカスに背中を向けて跪き、首を前に傾けました。
 
「さあ、あなたの役目を果たしなさい。わたくしを殺し、この首を持って、あなたの家族の元にお帰りなさい。」
 
 ドルカスは驚愕のあまり動くことが出来ませんでしたが、やっとのことで声を絞り出しました。
 
「姫様は、それでいいのですか・・・?」
 
「わたくしはあなた達に対して償えることが何もありません。でもわたくしの首を持って帰れば、あなたの役目は果たされ、あなたの一族の名誉は保たれるでしょう。ただ、一つだけお願いを聞いてください。・・・わたくしの両親がもしもまだ生きていたら、わたくしのことを話してあげてください。そして、あなた達の娘は飛んでもない親不孝者だったけれど、死ぬその瞬間まで幸せでしたと、伝えてください。」
 
「姫様は・・・この村で、幸せだったのですね。」
 
「思いがけず優しい夫と出会えて、子供にも恵まれました。貧しい暮らしだけれど充実した毎日でした。巫女姫としてあのままあの国にいたら、決して手に入れることの出来なかった幸せな毎日を過ごすことが出来たのです。けれどそれはあなた達の犠牲の上に成り立った日々でした。さあ、早くすませてください。夫が子供達から話を聞いてやってくると厄介ですから。」
 
 話すうちに、シャスティンの声が涙声になっていることに、ドルカスは気づいていました。どうすればいいのだろう・・・ドルカスは戸惑いました。今目の前に巫女姫がいて、首を差し出してくれている。ここで彼女を殺して首を持ち帰れば、自分の一族の名誉を保つことが出来るだろう。本人が覚悟しているのだ。俺は俺の努めを果たせばいい・・・。一度はダガーを振りあげかけたドルカスでしたが、ふと、先ほど出会ったシャスティンの子供達の顔が脳裏に浮かびました。国を出る頃、自分の子供達がちょうどあのくらいの年頃だった・・・。
 
「・・・・・・・・。」
 
「どうしたのです?さあ早く!」
 
 シャスティンの声にドルカスは我に帰りました。そしてダガーを鞘に戻して荷物にしまいました。
 
「どうやら、私の勘違いだったようです。私の追っているのはサクリフィアの巫女姫様でした。でも、残念ですがもう亡くなっていたようです。おかみさん、うまい水をありがとうございました。」
 
 立ち去るドルカスの足音を聞いて、シャスティンは驚いて立ち上がりました。
 
「ドルカス殿、あなたは!」
 
 ドルカスは笑顔で会釈をし、来た道を戻っていきました。そのドルカスの背中に向かって、シャスティンが叫びました。
 
「死んではなりません!何があっても生き続けてください!」
 
 その後ドルカスはサクリフィアに戻りました。本当は、シャスティンを殺さずに立ち去ることを選んだとき、ドルカスは死ぬつもりでいたのだそうでございます。けれど、彼の耳には必死で叫ぶシャスティンの声がずっと残っておりました。自分達がセリムを殺した後、あの方は何度死のうと思ったことだろう。それでも生きることを選んで、今では家族に恵まれ穏やかな日々を過ごしている。どんなことがあっても生きていれば、生きてさえいてれば、あるいは自分のこれからの人生にも光明を見いだすことが出来るのだろうか・・・。
 
 ドルカスは考え続けました。考えながら歩き続けて、そしてふと気づくと、母国サクリフィアは目の前でございました。しばらくの間国に入ることをためらっていたドルカスでございましたが、生きてさえいれば道は拓ける、そう自分に言い聞かせ、村の入口へと一歩を踏み出しました。しかし・・・
 
 10年は長く、彼の懸念通り討伐隊は、いつまでも彼らが戻らないことで裏切り者とされておりました。そのために彼らの家族は、投獄や処刑を恐れてすでに国外に逃亡していたのでございます。国王陛下は新たな討伐隊を送り出そうとしていたようでございましたが、誰も行きたがらず、ましてや巫女姫に見限られた国王陛下では求心力もなく、重臣達でさえ命令通りに動こうとはしなかったと言うことでございます。それどころか、この時の国王陛下のなさりようには誰もが失望し、討伐隊の家族の他にも国外に逃げ出す人が後を絶たず、サクリフィアの国はもはや国としての機能を維持することが出来ないほど、人口が減ってしまったということでございます。
 
 その後、国王陛下は病気になり、あっという間に世を去ってしまいました。人々は、神の花嫁であった巫女姫を殺したからバチが当たったのだと噂し合いました。ドルカスの報告で、シャスティンは死んだことになっていたからでございます。新たな国王陛下はシャスティンの罪を許し、討伐隊を出したのは間違いだったと認めました。そしてシャスティンや討伐隊の者達の家族がいつでも戻ることが出来るように、布令を出したと言うことでございますが、果たしてその家族達が戻ってきたのか、そしてその後ドルカスがどうなったのかについて、語られていることはほとんどございません。ただわかっていることは、新しい国王陛下が『もはやサクリフィアは国とは呼べない』と、宣言したことでございましょうか。その後、国王陛下は自らを『村長』と呼び、サクリフィアをどの国にも属さない『村』として位置づけ、これからもこの地を守っていこうと、人々にそう呼びかけたと言うことでございます・・・。
 
 
 クラトの竪琴が最後の弦を1本弾き、その余韻が消えたとき、私達は思わず立ち上がって拍手をしていた。
 
「なんだか私達だけで聞いてるのがもったいないくらいだわ。」
 
 ウィローはかなり感動したらしく、少し頬を上気させている。
 
「そうだなあ。島に住んでいる人たちも呼んだほうがよかったんじゃないか?」
 
「それは無理だな。」
 
 そう言ったのはクラトだった。
 
「今の話は、サクリフィアが国から村へと移り変わるきっかけとなった事件だが、この話をエルバール王国で全部話すわけにはいかないんだ。」
 
「弟の申すとおりでございます。この話の中には、巫女姫の持つ強力な力の存在や、サクリフィアという長い歴史を持つ国の醜聞までが語られてございます。このような話をすべて物語として歌うわけにはいかないのでございます。」
 
「それでさっき、この話の一部を興行で歌ったって言ってたんですか。」
 
「はい。この島にいらっしゃる観光客の皆さんの前では、あちこちを区切って、さらに少しの脚色をして、聞いていただいております。」
 
「ふぅん・・・確かに、魔法の話なんて外に出すわけにはいかないもんな。」
 
 カインが感心したように言った。
 
「いや、その逆さ。」
 
 クラトの意外な答に、カインは驚いて振り向いた。
 
「だって魔法の存在ってのは外に出せるような話じゃないんじゃないか?」
 
「隠すから変に思われるのさ。だからいっそのこと、巫女姫の力を、すごい派手な魔法の話にしちまうんだ。どうせサクリフィアはこの国の人々にとっては伝説の国だ。作り話として語る分には魔法みたいな不思議な力があったほうがおもしろいじゃないか。ただ、さすがに追手を吹っ飛ばしたなんて話はちょっと生々しすぎるからな。『追手は巫女姫の力に圧倒されて動くことが出来ず』とか、うまくぼかして表現するんだ。」
 
「・・・もしかして物語を作るのはあんたなのか?」
 
「わるいか?」
 
 端から『そんなことはないだろう』と言っているようなカインの問いに、クラトは少しムッとして胸を反らした。カフィールが笑って
 
「剣士様のおっしゃるとおりでございますわ。物語の紡ぎ手は、おもに弟のほうでございますの。わたくしよりも、遙かに美しい物語を作り出すんでございますよ。」
 
「へぇ・・・。」
 
 2人の話によれば、この物語自体は事実と思って間違いないとのことだった。巫女姫と冒険者との許されぬ恋などと言えば、若い女性達が喜びそうな話だ。実際、シャーリーからこの話を聞いたとき、ウィローはかなり興味を持っていた。だから2人は、この物語の中からセリムと巫女姫の恋の話だけを抜き出して脚色し、悲恋物語として時々歌ったり、その後のウィレスとの出会いを今度は悲恋の後の救済の物語として歌ったりするのだと言った。興行でこの物語を歌うと、かなり好評らしい。
 
「なるほどな・・・。これで、シャーリーの話のはっきりしない部分が補完されたな。巫女姫がサクリフィアを飛び出してから、南大陸の村にやってくるまでの話はわかったよ。そして、巫女姫が神から強大な力を授かっていたらしいってこともな。」
 
「物語の中に出てきた巫女姫の力は、とてつもない強大なものでした。確かに、皆さんにとっては魔法としか思えないことでございましょう。」
 
「姉さん、だからってフロリア様が魔法に操られているのかどうかってのは別問題だぜ?」
 
「わかっているわ。それに、わたくし達は『人の心を操る魔法』などというものが存在するのかどうかもわからないし、何よりも巫女姫の強大な力は、シャスティンの出奔と共にすべて失われたと言われている・・・。果たして今の時代に、そんな強大な力を使える者がいるのかどうかってことね。」
 
「・・・失われた?」
 
 これにはカインが驚いた。
 
「はい・・・。巫女姫とは、神の花嫁として数年を過ごしますが、いずれ代替わりしなければなりません。新しい巫女姫が選ばれたとき、今までの巫女姫は新しい巫女姫に神の力についてすべてを伝授し、還俗するのでございます。そして然るべき男性と結婚し、次の世代の巫女姫となるべき子を残さなければならないのでございます。ところがシャスティンは、巫女姫となってまだそれほど過ぎないうちに国を飛び出してしまいました。そして生涯サクリフィアに戻ることはありませんでした。その時点でシャスティンの持っていた強大な力はすべて失われました。ごく普通の家のおかみさんとして生きていくことを決心したシャスティンが、自分の子供にそのような力を伝えたとも思えません。ですから今の時代に、神から授かったと言われる強大な力を、使える者がいるはずがないのでございます。」
 
「・・・・・・・・。」
 
 カインは黙り込んでしまった。『魔法はある』そのことがカインの心をかなり浮き立たせていたことは間違いない。だが、実際にそれを駆使できる人間がいなければ、フロリア様がそんな魔法にかかることなどあり得ないのだ。
 
「い、いや、でも実際にそういう力でフロリア様が操られているなら・・・そ、そうだ!レイナック殿ならすごい力を持ってるし・・・」
 
「カイン!」
 
 思わず大声で怒鳴ってしまった。カインはハッとして「ごめん・・・。」と小さな声で言ったが、顔が真っ青だ。カインの頭の中がかなり混乱しているのが伝わってくる。『フロリア様がご自分の意志であんなひどいことをなされるはずがない』『きっと魔法で操られている』そう信じてカインはここまでやって来た。そしてカインの仮説を裏付ける話が出てきて希望が持てていたところに、いきなり『その力はすでに失われた』などと聞かされれば、確かに絶望的になるのは理解できるのだが・・・だからって、よりによって私達を助けてくれる、いや、もしかしたら今では私達にとって唯一の頼みの綱のレイナック殿を疑うなんて・・・。レイナック殿はフロリア様を我が子のように慈しんでいるというのに・・・。
 
「レイナック様と言えば、確か最高神官だよな?そんなあくどそうな奴なのか?」
 
 クラトが不思議そうに聞いた。
 
「まさか。とてもいい方だよ。レイナック殿はフロリア様の父君である先王陛下の腹心だったんだ。レイナック殿にとって、フロリア様は我が子のようなものだと思うよ。」
 
 カインは顔を背けたまま私の話を聞いている。
 
「なるほどね・・・。ま、どんな奴だって、表と裏の顔ってのはあるからな。最高神官ともなれば相当の術者なはずだし、それなりの地位にあれば文書館への出入りだって可能だろうから、文献を調べて力の一部を復活させることくらいは出来るかも知れないぜ?」
 
「クラト!無責任なことを言うものではありません!どのような方かなどわたくし達は知らないというのに・・・。」
 
 クラトは姉の叱責に肩をすくめ、「まずい」というように顔をしかめて見せた。
 
「ましてや、フロリア様が魔法にかけられているかどうかもわからないと言ったのはあなたですよ!?」
 
「ああ言ったよ。でもそれを調べる手立てはあるじゃないか。姉さんだって知っているだろう?」
 
 思いがけないクラトの言葉に、今度はカフィールがグッと詰まった。
 
「それは・・・。」
 
「あれが本当にあるなら、見つけ出せればフロリア様に魔法がかけられているかどうかくらいのことはわかるじゃないか。魔法ならそれでおそらく解決するだろうし、魔法でなかったならそれからまた考えればいいさ。」
 
「で、でも、あれは・・・危険だわ・・・。もう100年も誰も足を踏み入れていないというのに・・・。それに本当にそんなものがあるのかどうか・・・。」
 
「ここ100年は誰も見ていないってだけじゃないか。村の文献にも載っていて、姿形まで絵に表されているんだぜ?まるっきりの出任せで、ないものをあるって言ってるわけではないと思うがな。それに、俺の風水術をあれだけ完璧に避けきったってことは、こいつらなら神殿まわりのモンスターも中のガーディアンも退けられるさ。ま、決めるのは俺達じゃない、村長だけどな。」
 
「何の話をしてるんだ?何か魔法のことがわかるようなものがあるのか?あるなら教えてくれ!この通りだ!」
 
 カインがテーブルに額をこすりつけるようにして頭を下げた。
 
「剣士様、そのようなことをなさってはいけません!それに、わたくし達もあるという話を聞いているだけで、果たして本当に存在するものかどうかも、わからないものなのでございます。」
 
「それでもいいよ。何か手がかりがあるなら教えてほしい。今の話だと、それを私達が手に入れられるかどうかはサクリフィアの村長にかかってるみたいだから、教えてもらうこと自体がまずいってことでなければ、あとは私達が自分でサクリフィアの村長に頼んでみるよ。」
 
 クラトとカフィールは顔を見合わせた。
 
「本来ならば、誰にも話してはいけないことでございます。ですが、ファルシオンの使い手であるあなた様は、この件について知る権利をお持ちなのでございます。」
 
「・・・私が・・・?」
 
 また妙な話になってきた。カフィールは何事か思案するように少しの間考えていたが・・・
 
「お話しいたしましょう。もとより、シャスティンの物語をすべてお聞かせ申し上げたときに、もはやあなた様に隠し事をすることは出来ないだろうと、わかっておりました・・・。」
 
「ま、剣が本当の本物なら、俺達がどう頑張ったって持ち主を止めることなんて出来やしないんだ。はは・・・まったく無駄な努力をしちまったぜ・・・。しかし、まさか本当にその剣が今でも存在しているとはね。」
 
 クラトがテーブルに頬杖をつきながら、目だけ動かして私を見た。
 
「そこまで言われるだけの、どんな力がこの剣にあるのかも、持ち主はわかってないんだけどね。」
 
「俺達だって知らないさ。サクリフィアの村長だってどの程度知ってるもんだか。」
 
「確実に知っている人って言うのはいないのかな。」
 
「神様なら知ってるんだろうな。なんと言ってもサクリフィアを千年もの長い間栄えさせてきたんだからな。その間に起きたことくらい把握してるだろう。」
 
「文書館に入れって言うより難しい相手だね。」
 
 クラトが笑い出した。
 
「そりゃそうだ。文書館のほうが、形としてあるだけまだマシだな。」
 
「クラト、無駄話ばかりするものではありません。剣士様がよけい混乱してしまうわ。」
 
 カフィールは私達に向き直り、突然『申し訳ございません』と頭を下げた。
 
「皆様方にお話ししたことの中で、一つだけ、わたくしは嘘をついておりました。」
 
「・・・嘘・・・?」
 
「はい。皆様方が追い求めておられる魔法についてでございます。」
 
「・・・・・・・・。」
 
 クラトは黙って姉の話を聞いている。彼の心にまだ少しの迷いがあるのが感じ取れた。本当にその話をしてもいいものかどうか、クラトはまだ不安に思っているらしい。
 
「・・・つまり、あなた達が使っている神術と呼ばれているものは、元々魔法として伝わってきたことだと、そういうことなんだね?」
 
「・・・やはり剣士様は気づいておられましたか・・・。古代のサクリフィアにおいて、巫女姫が神から授かった強大な力とは、すなわち魔法でございます。ただ、先ほども申し上げましたように、シャスティンの一件以来、巫女姫しか使えなかったと言われる強大な魔法は失われ、今ではクラトが先ほど使っていたような、小さな力しか発揮できないものがほとんどでございます。それで、魔法という呼び方をせずに、神術などという言い方をしているのでございます。」
 
「100年前までそういう力が確かにサクリフィアにあったと言うことは、当然聖戦前の古代のサクリフィアでは、もしかしたらもっと強大な魔法が使われていたかも知れない、そういうことなんだね?」
 
 カフィールはうなずいた。
 
「皆様方とお話ししながら、ずっと迷っておりました。いかにファルシオンの使い手と言えど、果たしてそこまで話してしまっていいものかどうか・・・。知らなければ何事もなくすむかも知れないのに、知ってしまったために余計な災いに巻き込まれるようなことになってほしくないと・・・。」
 
「心配してくれるのはありがたいけど、どうやら私は自力でこの剣のことについて知らなければならないみたいだし、私の剣とサクリフィアの国は何かしらの因縁があるようだし、知っていることがあるなら、出来るだけ教えてほしいんだ。もしもそのことが原因で私が災いに巻き込まれたとしても、それは私にこの剣の秘密を受け止められるだけの器がなかったってことだからね。」
 
「でもきっと、剣士様なら大丈夫でございますわ。もう隠し立てはいたしますまい。古代のサクリフィアには、凄まじいまでの魔法が存在したと伝えられております。古代サクリフィアでは、魔法に対する防衛こそが、国の存続の鍵であったと言われていたのでございます。そしてサクリフィア王家は、千年もの長きに渡って国を維持することが出来ました。それはなぜか?このことは、サクリフィアの者ならば誰でも知っていること、そして村の外の者には決して話してはいけないことなのでございますが、王家には、全ての魔法を霧散させるといわれる、ある魔道具が伝わっていたのでございます。」
 
「魔道具?」
 
 耳慣れない言葉に、思わず聞き返していた。
 

第73章へ続く

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