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「カインらしくないわねぇ。はっきり言ってくれればいいのに。」
 
 困ったように頭をかきながら独り言のようにモゴモゴ言うカインに、ウィローが半ば呆れ顔で言った。
 
「あ、ああ・・・・その・・・・実は、東の港まで行くためのあたりもつけてきたことはきたんだが・・・・」
 
「へえ、それはいいことじゃないか。さすがカインだね。そこまできっちり考えてくれてるなんて。」
 
「あ、まあ、その・・・それでだな、その『東の港まで行くための方法』なんだけど・・・。」
 
「陸路をいくとなると、ある程度の日数は考えなくちゃならないね・・・。まあ仕方ないかな・・・。」
 
「いや、もっと早く行くことが出来なくはないんだ。それでまあ、その、そのことについてガゼルさんに頼んできたわけなんだけど・・・」
 
「・・・・・・・・・・・・・・。」
 
 どうもカインの様子がおかしい。一体どうして・・・・と、考えたときにピンときた。ガゼルさんと言えば、乗馬の名手なはずだ。乗れもしない馬を借りて王宮まで行こうとしたカインをたしなめ、わざわざ送ってくれた・・・ということは・・・。
 
「なるほどね。馬に乗って東の港まで行くって約束をして来ちゃったわけか・・・。」
 
「ええ!?」
 
 ウィローが驚いた。カインは『ま、まあ・・な・・・』とか細い声で言い、小さくなってウィローを上目遣いに見ている。
 
「それでさっきからカインの態度がおかしかったのね・・・。」
 
 ウィローが笑い出した。
 
「そりゃ俺達の誰も馬に乗るのが得意だなんて話は聞いたことがないからな・・・。勝手にそんな約束して来ちまったけど、どうしたもんだかと考えながら帰ってきたんだよ。」
 
「でも馬なら荷物もある程度運べるね。」
 
「まあな。本当は馬車で移動するのが一番なんだけど、あんまりスピード出せないし、万一モンスターに囲まれたりしたときに、身動きが取れなくなっちまう。そこでまあ、馬なら一人一頭でそれぞれ灯台守の人達がついてくれるから、城下町に入らず、城壁を南側から東側にぐるっと回り込んで進んでも、2日もあればたどり着けるだろうって。」
 
「灯台守の人達は、そこまでしてくれるの?」
 
「うん・・・。ガゼルさんがそう言ってくれたよ。確かに、今回だって出来るだけ早く移動したほうがいいし、馬の乗り方なんて教えてもらっている時間もないしな。それに、どうやら灯台守達はレイナック殿から頼まれているらしいぞ。もしも王国剣士達と出会うことがあったら、出来る限りの手助けをしてやってくれってさ。」
 
「そうか・・・。レイナック殿だってフロリア様から快く思われていないというのにね・・・。それならその好意をありがたく受け取ろうよ。そして1日も早く、フロリア様を元に戻す方法を見つけなくちゃ。」
 
「私も賛成。馬はね、そんなに乗ったことはないけど、ラクダはずいぶん乗ったのよ。だからきっと大丈夫よ。船よりはいいかもしれないわ。」
 
 ウィローがいたずらっぽい目を私達に向けた。カインはホッとした様子で、ふぅーっとため息をつきながら額の汗を拭っている。勝手に約束してしまったことだけでなく、ウィローが馬に乗れるかどうかを一番心配していたんだと思う。何も考えずに船に乗せてひどい船酔いに遭わせてしまったことを、ずっと気にしていたようだ。実を言うと馬に乗ったことがないのは私のほうなのだが、何となくそのことは言いそびれてしまった。
 
(まあ・・・何とかなるかな・・・。)
 
 昔から、動物に嫌われたことはない。こちらが敵意や怯えを見せなければ、すんなり・・・とは行かなくても、それほど手間取ることはないような気がした。それに、いきなり乗りこなして東の港まで行けと言われているわけじゃない。乗馬の訓練をちゃんと受けている灯台守達が一緒に行ってくれるのだから、そんなに気に病むこともなさそうだ。
 
「話がまとまったところで、次は私ね。」
 
 ウィローが、買物リストをテーブルの上に置いた。そして買ってきたものを荷物の中から取り出して確認しながら、誰が持つかをきちんと決めた。食材は、出発する日の前日にエリーゼに頼めば、生ものなどは全部揃えてくれるとのことだった。
 
「そうか。ウィロー、ありがとう。やっぱり買物は君に任せて正解だったな。」
 
 カインが笑った。馬の一件が解決して(少なくともカインはそう信じている)大分気持がほぐれたらしい。あとはもう出発の準備を進めるだけだ。ローランを出てからずっと山の中を歩き続け、やっとクロンファンラにたどり着けたというのに、最初はこのあとどうすべきなのか、その答すら見つけられずにいたのだから、本当に何事もなく出発できるように祈ろう。
 
「で、お前のほうはどうだったんだ?なにか収穫はあったのか?」
 
 カインが私に振り向いた。ウィローも私を見た。2人とも、多分一番気にしていたのは、私の持ち帰る答のほうだ。
 
「そうだね・・・。あるといえばあるし、ないと言えばないかな。」
 
「何だそりゃ?何かあったのか?」
 
 私は、さっきのシャーリーとのやり取りを話した。2人とも、首をかしげて聞いている。
 
「へぇ・・・・しかし妙な話だな。」
 
「シャーリーさんがその情報を隠すのは何のためなのかしら・・・。」
 
「君達はどう思う?」
 
 その理由について、見当がつかないことはないが、2人の意見も聞いてみたかった。
 
「そうだなぁ・・・。鍵になるのは、お前の剣の情報を隠すことで、誰が利益を受けるのか、かなあ。」
 
「それと、何日か私達の出発を延ばしてくれと言ってた、この二つよね。」
 
「そうだね。」
 
「ま、利益を受けるのはもちろんシャーリーだろうな。彼女は自分にとって都合がいいように情報を隠している、そう考えていいと思う。」
 
「私もそう思う。そして鍵がその二つなら、答えは一つだわ。シャーリーさんは、私達についてきたいんじゃない?」
 
 ウィローが言った。
 
「俺もそう思う。しかも俺達に頭を下げさせる形でな。だが連れて行くわけには行かない。シャーリーは、普通に頼んでみたところで俺達が自分を連れて行ってくれるとは思えなかった、だから一芝居打って情報を隠し、俺達が食いつきそうなえさをチラチラとまいて引き上げたってわけだ。」
 
「それに、私達のたっての願いと言うことになれば旅の主導権を握れるわ。」
 
 ウィローの口調は怒っているようだった。
 
「やっぱりみんなそう思うよね。」
 
「そうだなあ・・・。それが順当な考えだろう。となると、そこまでしてシャーリーがサクリフィアに行きたがった理由が気になってくるが・・・・それはいったい何なんだろうな。」
 
「そこが問題だよね。ただ、私の剣に絡んでいることだけは間違いないと思うんだけどな。」
 
「うーん・・・そうだなあ・・・。」
 
 考え込んでいるところに、扉がノックされた。エリーゼが私達に来客があるというのだ。一瞬シャーリーかと思ったが違った。何とその客とは、今シャーリーと一緒に興行している一座の座長だということだった。
 
「座長?おいクロービス、お前今日あの一座の座長になんて会ったのか?」
 
「いや、直接シャーリーの小屋に案内してもらったよ。挨拶しなかったのはまずかったかなあ。」
 
 妙な話だとは思ったが、部屋に通してもらうことにした。カインと私はそっと剣を手元に引き寄せ、ウィローも鉄扇の位置を確かめた。南大陸では一度会ったが、軽業師の一座の座長とは言え、その正体が何者かまでは私達にもわからない。
 
「失礼。」
 
 部屋に入ってきた座長は、一礼するとつかつかと私に歩み寄って、真ん前に立った。
 
「あんただね、今朝シャーリーを訪ねてきたのは?」
 
「はい、そうですが。」
 
「あんた、シャーリーの男かね。」
 
「は?」
 
 質問の意味が一瞬わからずマヌケな声で聞き返してしまったが、「男」といえば、よくいえば恋人、下世話な言い方をすれば「愛人」ということだ。次の瞬間意味を理解して、私は驚いてしまった。
 
「とんでもない!一体どこからそんな話になってるんですか!?」
 
「違うのか?」
 
「違います!」
 
 ここでは全力で否定しなければならない。これは完全な濡れ衣だ。
 
「うーん・・・・。」
 
 もっと何か言われるかと思ったが、座長は唸ったまま、どっかりと近くにあった椅子に座り込んでしまった。そして大きくため息をつくと、もう一度立ち上がった。
 
「いや、失礼した。あんたの目は嘘をついておらんな。しかし・・・そうなるとさっぱりわけがわからん・・・。」
 
「どういうことですか?」
 
 座長が溜息混じりに話してくれたところによると、今朝、私がシャーリーの小屋を出たあと、シャーリーが座長に、今回の興行について、契約の解除をしてほしいと願い出たのだそうだ。しかも違約金はいくらでも払うからと・・・。
 
「そこでまあ・・・私はてっきり今朝訪ねてきたあんたが、シャーリーを連れに来たのかと思ったわけだ。だから金を払って契約を解除してでも、恋しい男について行きたいのかとね。」
 
「私達は3人で旅をしています。ただ詳しいことは言えませんが、目的があって近々ここを離れる予定なので、昨日いろいろと話を聞かせてくれたお礼を言いに行っただけです。」
 
「なるほどな・・・。ま、シャーリーは私の一座の人間ではない。契約の解除だってどうしてもというなら応じるしかないのだが・・・正直に言うと、今シャーリーに抜けられるのは実に痛いのだ。我が一座の芸とシャーリーの歌、そして彼女の紡ぎ出す物語に、客は熱狂している。どれ一つ欠けても、この興行は尻すぼみになってしまう・・・。」
 
「座長さん、失礼だけど、こいつのことが原因と言うより、金の面でもめてたりってことはないんですか?」
 
 カインが尋ねた。
 
「シャーリーには儲けをたっぷりと払う契約になっている。しかも最初の契約で取り決めた額より、多く払うことに決まったばかりなんだ。なんといってもあれだけ盛況なのは、シャーリーの力によるところが大きい。だから金の問題とは思えん。」
 
「なるほど・・・。となると、ますます今朝訪ねてきたこいつが怪しいと・・・。」
 
「カイン、妙なこと言わないでよ。」
 
「ははは、ごめん。怒るなよ。俺達も昨日舞台を見せてもらったけど、素晴らしかったもんな。ただ座長さん、それは別にシャーリーだけの力じゃないと思いますよ?どんな話でも、演じる役者がへたくそだったらぶちこわしじゃないか。昨日の芝居はみんな迫真の演技で、俺も引き込まれましたからね。」
 
「そう言ってもらえるのはありがたい。今回の興行、うちの一座もみんな必死なんだ。我々はずっと南大陸をまわってきて、今回は記念すべき北大陸での初興行だがそれだけじゃない。この町は灯台守達がいなければとっくに孤立していたはずの町だ。誰もがモンスターの影に怯えている。こんな時だからこそ、私は興行を続けたいんだ。そして少しでも人々が笑顔を見せてくれたらと思っているのだが・・・。」
 
「・・・私達は明日か明後日にはこの町を出るつもりですが、シャーリーを連れて行くなんてことはあり得ません。座長さん、シャーリーにはそのことを、はっきりと言っていただいてかまわないです。」
 
「うむ・・・まったく私の早とちりだったようだ。本当に失礼した。」
 
 座長は汗を拭きながら何度も頭を下げて帰って行った。
 
「いやぁ、びっくりしたなあ。だが、これでシャーリーの狙いがはっきりしたな。」
 
「そうだね・・・。でもシャーリーの目的はわからないままだな。」
 
「明日改めて聞きに行ってみるか?」
 
「・・・いや、やめておこう。下手にしつこく聞いて、じゃあ連れて行ってくれるなら教えてもいいなんて言われても、その条件を呑むわけには行かないんだからね。」
 
「まあそうだな・・・。」
 
「それに、理由を聞いても聞かなくても、サクリフィアに向かうことが決まっているなら、あんまり意味がないような気もするし。」
 
「うーん・・・まあ・・・お前の剣のことだからな。お前がそういうならいいんだが・・・。」
 
「それに、その離島に行くなら、直接サクリフィアの人に話が聞けるんじゃない?」
 
「でもいきなり『この剣について』ってわけに行くかなあ。そもそも、サクリフィアとお前の剣に関係があるのかどうか、それもわからないんだぞ?」
 
「それもそうか・・・。うまい具合にこの剣が光り出したりしてくれれば、話は早いんだけどな。」
 
「思った通りに動いてくれるわけではないんだよな。」
 
「そこが難点なんだよね。まあ、守ってくれているらしいのはわかるんだけどね・・・。」
 
「ははは、仕方ないさ。この話はもう終わりにしよう。お前も俺もウィローも、シャーリーに頭を下げる気はないんだから、ここでいくら考えてみたところでどうにもならないよ。それより、いつ出発する?」
 
「そうだな・・・。ウィロー、食材の手配は今頼みに行ったら間に合うかな?」
 
「そうねぇ・・・。まだお昼からそんなに過ぎてないから大丈夫だと思うわ。明日の朝には揃えてもらえると思う。」
 
「と言うことは明日出発ってこと?」
 
「そうしようと思うんだがどうだ?」
 
「いいよ。このままここにいても、これ以上有益な情報は得られなそうだしね。」
 
「私も賛成。少しでも前に進みたいわ。」
 
「よし、それじゃウィロー、食材の調達は任せた。あとは荷物を整理して、明日の朝日の出前には発とう。」
 
 この日の午後は、少しのんびりと過ごした。荷物の整理とは言っても、元々そんなにたくさん抱えて歩いているわけじゃない。増えた荷物と言えば、ウィローが買ってきたこれからの旅に必要なものばかりだ。私達は荷物を振り分けて持つ担当を決め、この町に来るまでに世話になった灯台守達に挨拶をしようと、灯台守の詰所に出掛けた。そこにいたのはガゼルさんという灯台守が1人で、他の人達はクロンファンラの外側を見回っていると言うことだった。ガゼルさんは気さくな人で、私達はすぐに親しくなれた。私が気になっていたのはあの王国軍の兵士達のことだったが、私が話を出す前に、ガゼルさんが彼らのことについて教えてくれた。なんとあの兵士達は今、デレクさん達と一緒にロコの橋の詰所にいるということだった。
 
「かなりしごかれているだろうなあ。ま、南大陸に行くなんて言ってるなら、そのくらいのことで音を上げていられないんだ。仕方ないさ。」
 
 灯台守には、もちろんロコの橋を勝手に越えさせる権限などない。だが、『知らないうちに越えてしまった』場合は別だそうなのだ。だからこそ、彼らが向こうに行ってから困らないように、今のうちに訓練をしておこうと考えているらしい。
 
 
「少し安心したね。」
 
「そうだな。あとはあの連中次第だ。俺達に出来ることはもうないな。」
 
「がんばってほしいわ。自分達で決めたことなんだから。」
 
 ガゼルさんとは、翌朝の出発についてと、待ち合わせ場所などの取り決めをした。明日あたりの出発だろうと言うことはある程度予測してくれていたらしく、用意は出来ているからと、頼もしく、暖かい言葉をもらった。感謝してもしきれない気持だった。
 
 
 この日の夜、この町で食べられる最後の夕食を終え、もう当分入れないであろう風呂にもつかり、そしてもう当分訪れないであろう、ウィローと2人だけの時間・・・。
 
「明日からまた旅に出るのねぇ。あら、出るのねぇ、なんて他人事みたいに行っちゃダメだわね。私達が目的に向かって歩いて行かなきゃならないんだから。」
 
 ウィローが笑った。
 
「こうして安全な場所でのんびり出来るのも、これで最後だね。あとはいつになるものやら。」
 
 この町は静かで、誰も私達を追い回したりはしない。でも、こんな穏やかな日々の中にいると、もうここから出ていきたくなくなりそうで、少し怖かった。この場所にとどまれないとわかっているから、怖くて、少しつらくなりつつあった。
 
「ねえ、サクリフィアってどんなところかしら。」
 
「小さな村みたいになってるって話だからね。ローランみたいな雰囲気なんじゃないのかなあ。シャーリーの話ではお世辞にも気さくとは言えない人達みたいだから、ローランほどのどかな雰囲気ではなさそうだけどね。」
 
「そうねぇ・・・別に大歓迎なんてしてくれなくていいけど、せめて門前払いはしないでほしいわ。」
 
「そうだな・・・。話だけでも聞いてもらえれば、わかり合うことだって出来るはずだと思うよ。その村長に期待するしかなさそうだね。」
 
「そうよね。あなたの剣のことも、何かわかるといいわね。」
 
「・・・・・・・・・・・・。」
 
 とっさに返事が出来なかった。わかればいいのに・・・ずっとそう思ってきたはずなのに、いざそれがわかる可能性が出たとなると、今度は謎のままにしておきたくなる。
 
(情けないな・・・・。)
 
 ウィローは私の気持を察してくれたのか、黙ったまま、腕を私の腕にぎゅっと絡めてきた。その温もりは、いつも私に力を与えてくれるものだ。私にはウィローがいる。そう思うだけで勇気が湧いてくる。
 
「もう寝ようか。明日からまた長い旅に出るんだからね。」
 
「そうね。」
 
 ウィローは笑顔でうなずいてくれた。
 
 
 
 翌朝、夜の闇が少しずつ透明度を増し、夜明け前の青に色を変え始めた頃、私達は荷物をまとめて旅の支度を調えていた。エリーゼは必要な食材を用意してくれて、荷物に入れやすいようにまとめてくれていた。その目が赤い。
 
「また・・・行っちゃうのね・・・。」
 
 いつもの明るいエリーゼの声とは違い、悲しげだ。ウィローと私は黙っていた。エリーゼの言葉はカインに向けられたものだ。カインが応えなければならない。
 
「いつもありがとう、エリーゼ。いつになるかわからないってしか言えないけど、また戻ってくるよ。」
 
 カインが差し出した手を、エリーゼがしっかりと握り返した。この別れが、本当にこの2人にとって最後になるなんて・・・考えすらしなかったのに・・・。
 
 
 
 灯台守の詰所には、もう馬が用意されていた。栗毛の馬が3頭。聞けば一番地味な毛色の馬を選んだのだとか。もちろんモンスター対策だ。ガゼルさんが私達の荷物を1つずつ持ち上げて重さを確かめ、乗る馬を決めた。一頭ずつ灯台守が手綱を握り、私達を後ろに乗せてくれるという。
 
「ただし、かなり飛ばすからな。振り落とされないように体を固定させてもらう。」
 
 ちょっとだけ複雑な気持になった。私は馬に乗った事なんてない。ウィローを乗せて走るなんてまず無理だ。ということは、ウィローは誰かの背中に掴まらなければならないわけで・・・・。
 
「おい、あいつはまだ用意出来ないのか?」
 
 ガゼルさんと一緒に私達の荷物を鞍につけてくれていたもう一人の灯台守(確かヘンリーさんだったはずだ)が、ガゼルさんに声をかけた。
 
「そろそろ来るさ。奴は無責任じゃないぜ。」
 
「そんなことはわかってるさ。だが、今回は特別だ。もう少し早く姿を現しておいたほうがいいんじゃないかと思ってな。」
 
 ヘンリーさんはそう言ってくすりと笑った。ガゼルさんも「まあそれはそうだな」そう言ってやっぱりくすりと笑った。その二人を交互に見ていたカインが、私をちらりと見てくすりと笑った。
 
「カイン、何?」
 
 灯台守の二人はともかく、カインの笑いは気になる。だがカインは「いや、別に」そう言ってやっぱりにやにやしている。さっぱりわけがわからない。あとでカインを問いただしておこうか・・・。
 
「ここにいるけど?とっくに用意も出来て、あとは出掛けるばかりよ。」
 
 明らかに女性の声がした。そして現れたのは紛れもなく女性だった。警備する場所の過酷さからか、女性の灯台守は王国剣士に比べてかなり少ないと聞いたことがある。だが、『少ない』のであって『いない』わけではない。現に私の目の前には、長い栗色の髪を1つにまとめた妖艶なまでに美しい女性が、確かに灯台守の制服を着て立っている。
 
「いつまで塗り込んでいたんだ?どうせ速駆けなんぞしちまえば、化粧なんて全部どっかに吹っ飛んでいくぜ?」
 
 ヘンリーさんがそう言って笑った。
 
「失礼ね。そんな簡単に落ちるようなお化粧はしないわよ。そんなことより、私が乗せていくのはそちらのかわいいお嬢さんでいいのかしら?」
 
「は、はい!よろしくお願いします。」
 
 突然声をかけられて、ウィローが慌てて返事をした。
 
「デール卿のお嬢さんだそうね。私は直接知らないけれど、私の父が昔行政局にいた頃、あなたのお父様と一緒に仕事をしたことがあるらしいのよ。とてもいい方だったと聞いているわ。あなたのことは、私が責任を持って東の港まで送り届けるから、任せてね。」
 
「おいルシーダ、いつもみたいに乱暴な乗り方をするなよ。」
 
「あら、私はいつも丁寧だけど?」
 
「嘘をつけ!馬の背に乗った途端に豹変するくせに。」
 
「まあいいじゃないか。カイン、クロービス、いささか乱暴な奴だが、ルシーダは紛れもなく女だ。ウィローを任せても、大丈夫だと思うがどうだ?」
 
 ガゼルさんが、ヘンリーさんとルシーダさんをなだめるように制しながら言った。
「どうだってさ。」
 
 カインがすまし顔で私に振り向いた。
 
「どうもなにも、私がよろしくお願いしますと言うのも変な気がするけどなあ。」
 
「一人ずつ馬の背に乗ると聞いてあれほど心配そうな顔してた奴がよく言うよ。」
 
 カインが笑い出した。そうか・・・。さっきのガゼルさんとヘンリーさんの笑いも、カインの含み笑いも、私自身がそんなひどい顔をしていたからなんだと、この時になってやっと気づいた。
 
「ははは、気にしないでくれ。たまたまこいつがいたからな。さすがに私達も、君らを送り届けるためだけに女性の灯台守をここまで連れてくるわけにはいかん。そろそろ出発しよう。城下町に近づくことを考えると、あまり時間をかけないほうがいいだろう。」
 
 その時・・・・
 
「あの・・・」
 
 小さな子供が一人、詰所にやってきた。見たことがあると思ったら、確かこの子供はアラムの一座の下働きをしている子供だ。その子供は私に近づき、何かを差し出した。
 
「シャーリーお姉ちゃんからだよ。黒い髪の剣士さんに渡してって。」
 
 差し出されたのは白い封筒。1度丸めたかのように折り目が付いている。これはもしかしたら、シャーリーが手提げ鞄から取り出して、そのまま手に持っていたあの封筒じゃないだろうか。私は子供にお駄賃を渡し、気をつけて帰るように言い聞かせて送り出した。封筒の中身を、今すぐに見てみたい衝動に駆られたが、それはグッとこらえた。今はとにかくここを出発して、出来る限り前に進むことが先決だ、そう考えたからだ。
 
「では出発しよう。」
 
 灯台守達はまず私達が馬の背に乗るのを助けてくれて、それから自分達が乗った。そして振り落とされないようにと私達の体を自分達の胴に丈夫なひもでくくりつけた。
 
「いささか不自由かと思うが、うっかり落っこちればモンスターの餌食だ。今日のキャンプ地に着くまでは我慢してくれ。ルシーダ、先頭はお前だ。俺がしんがりを務める。」
 
 先頭がウィローを乗せたルシーダさん、真ん中に私を乗せたヘンリーさん、そして最後尾はカインを乗せたガゼルさんだ。
 
「了解。二人とも、ちゃんとついてきてよ!」
 
 言うなりルシーダさんが駆けだした。
 
「ふん!見くびられたもんだ。よし、ガゼル、後ろは任せたぞ!」
 
「おう!」
 
 三頭の馬が、詰所を出た。町の入口をぬけていよいよ南地方を横断する。ここからが勝負どころだ。
 
「行くわよ!」
 
 ルシーダさんのかけ声で、一斉に走り出した三頭の馬は、矢のように、本当に矢のように荒涼とした砂漠地帯を駆け抜けていった。
 
 
「はぁ・・・。」
 
 カインがため息をついた。ついさっき、今日のキャンプ地について荷物を降ろしてから、何度目かの溜息だ。普段どこまでも歩いて移動するのが当たり前な私達は、自分の脚力にはそれなりの自信を持っている。荷物を背負ったままモンスターを蹴散らしながら歩いているので、体力にも自信はあったはずなのだが・・・・
 
「馬に乗るのは二度目だけど、やっぱり疲れるなあ・・・。」
 
 それは私も同じだ。馬の背に乗って、ただひたすら騎手にしがみついて振り落とされないようにだけ気をつける、これがどれほど大変なことなのか、カインに聞いてはいたが、それにしてもここまでとは思わなかった。
 
「普段歩くのとは違う体力だね・・・。」
 
 クロンファンラを出てから、灯台守達は鮮やかな手綱さばきで砂漠を疾走していった。もちろんモンスターは現れたし、飛びかかってきたものも何匹かいたのだが、情けないことに私達にモンスターを蹴散らすだけの余裕はなく、結局馬を右に左に方向転換させながら巧みに避けて振り切ってきた。そして今日のキャンプ地に着いたのは夕方。それまで人も馬も一切休むことが出来ず、ここに来て馬から下りて、カインも私も座り込んでしまった。灯台守達は馬を操り私達を守りながらここまで来て、もうテントを張ったり火を熾したり、キャンプの準備を始めている。
 
「ずいぶん疲れたみたいね。ガゼルさんが、二人ともしばらく休んでいてって。」
 
 ウィローがそう言いに来た。驚いたのは、ウィローがそれほど疲れていないらしいことだった。
 
「そうねぇ、私も不思議なんだけど、やっぱりラクダに乗った経験かしらね。カナじゃどこに行くにも砂漠を通るから、ラクダにはずいぶん乗ったのよ。多分あなた達よりは慣れているからじゃないかと思うわ。」
 
「なるほどなあ・・・。城下町では馬もラクダも縁がないからな・・・。」
 
「私だってないよ。小さな島だから、移動手段は歩きだけさ。たまに荷馬車を見かけるくらいで、馬とはほとんど縁がなかったな。」
 
「え?」
 
 カインが目を見開いた。
 
「お前・・・馬に乗ったことがなかったのか!?」
 
「ないよ。」
 
「何で黙ってたんだよ?」
 
「聞かなかったじゃないか。」
 
「あ、そ、それは・・・・」
 
 カインがまたため息をついた。『それならそうと言ってくれれば・・・』と、口の中でモゴモゴと呟いている。
 
「それに、なんだかそんなことを言う雰囲気じゃなくてさ・・・。まあ馬には嫌われなかったみたいだからね、それでいいじゃないか。」
 
「まあそうだけど・・・そうかぁ・・・ウィローのことに気を取られて、お前のことは全然考えてなかった・・・。」
 
「ははは、仕方ないよ。それより、キャンプの準備はともかく、不審番はみんなでやらないと間に合わないようだから、今のうちに休ませてもらおう。」
 
「そうだなあ・・・。馬にも気を配らないとならないし、三人一組で交代かな。」
 
 カインの予測通り、1人が馬の番、2人がモンスターに備えて、3人で不審番をすることになった。馬の扱いに慣れていない私達では、モンスターを蹴散らすことは出来ても馬の番は出来ない。そこで、モンスターが比較的現れやすい前半を、カインと私、そしてガゼルさんが、後半をルシーダさんとヘンリーさんと、そしてウィローが担当することになった。ウィローはルシーダさんのお父さんがデール卿と知り合いだったと言うことで、ルシーダさんから話を聞くのを楽しみにしていたようだった。
 
 
 夜・・・・・
 
 キャンプ地のまわりは静まりかえっていたが、そこかしこにモンスターの気配がある。馬は彼らにとっては格好の『ごちそう』だ。
 
「俺は馬のまわりを見てるよ。移動手段がなくなっちまったら大変だからな。」
 
 ガゼルさんはそう言って、私達と少し離れた場所にある馬の前で番をすることになった。時折馬を落ち着かせる為に声をかけているのが聞こえてくる。私達は2人でいつものように立ち、あたりに気を配っていた。
 
「相変わらず静かなもんだな・・・。気配はあるのに殺気が感じられない。これもお前の剣の御利益かな。」
 
「さあね・・・。とにかく、襲ってこないなら何よりだよ。でも気は抜けないね。」
 
「それもそうだな・・・。」
 
 カインの声に少しだけばつの悪そうな響きがこもった。うっかり『剣の御利益』なんて言ってしまったことを後悔しているに違いない。こういう場合、何も言わずに素知らぬふりをしたほうがいいんだろう・・・。いちいち『気にしてないよ』なんて言うと、余計に気にされそうだ・・・。
 
 しかし、本当に剣のおかげかどうかはともかく、南地方からまだ完全に抜け出たわけではないというのに、まったくもって静かなものだった。交代で出てきたヘンリーさん達が驚いていたほどだ。
 
「毎回こうだとありがたいんだがなあ。」
 
「モンスターだって、たまには休んでのんびりしたいんだろうさ。後半は任せたぞ。」
 
 ガゼルさんが笑いながら言った。
 
「お疲れさま。後は任せて休んでね。明日も1日馬の背なんだから、しっかり疲れは取っておいてよ。」
 
 ウィローは少しからかうような口調だ。いつもなら『それより君のほうが・・・』と言いたいところだが、ここに着いた途端にへたり込んでしまった身としては、偉そうなことは言えない。今日だけは素直にうなずいて、カインと2人、テントで寝袋に潜り込んだ。
 
「お前と2人で一緒にテントで寝るなんて、この間王国軍の連中を助けたとき以来かな。」
 
「そう言えばそうだね。」
 
 あの時は、灯台守の2人と交代で不審番をしたんだっけ・・・。
 
 いろいろと考えたいことはあった気がするが、この日はすぐに眠り込んでしまった。夢を見たような気もするのだが覚えていない。覚えていない程度の夢はたいていの場合ごく普通の夢だ。翌日はすっきりと目が覚めて、疲れも取れた。ウィローに聞いてみたが、昨日の夜はその後も静かだったそうだ。昨日の夜、剣は一度も輝くことはなかった。一度輝き出せば、鞘に入れておいても必ず気がつく。にもかかわらず昨日の夜の静けさがもしも本当にこの剣のせいだとしたら、剣そのものに異変が起きているのだろうか。剣は鞘に収められたまま、中で静かに変化を遂げているのだろうか・・・。
 
 食事のあと、少しだけ時間を取って今日の打ち合わせをすることになった。今いる場所から東の港へ向かうには、あと1日、モンスターに手間取ったりすればもう少しかかる可能性もあるという。
 
「このあたりはまだ南地方の境目あたりですよね。ここから1日でたどり着けるんですか?」
 
 カインが驚いて尋ねた。私達が城下町を出て南地方に向かう時、通常南門から出て、真っ直ぐに南下する。ロコの橋を越えるときもそのルートを辿った。だからこそ1日で南地方の境界までたどり着けたのだ。だが、今回は『出来るだけ城下町に近づかず、東の港に向かう』事にしている。と言うことは、かなりの遠回りをしなければならない。灯台守達の手綱さばきは見事なものだが、それにしてもそんなに早く着けるだろうか・・・。
 
「まあ普通なら無理だ。俺達だってよほどの急ぎでもなければ、休憩しながら歩くからな。だが今回は非常事態だ。君達を間違いなく東の港まで送り届けなければならない。とは言っても馬も人間もそうそう無理は利かないから、こんな無茶な行軍が出来るのはあと1日がせいぜいってことさ。」
 
「すみません・・・。」
 
 たまたま私達と出会ってしまったために、彼らに無茶をさせることになってしまった・・・。
 
「あなた達が謝ることはないわ。今この国が直面している危機は未曾有のものよ。その中で、おそらくあなた達だけが自由に動ける位置にある、私はそう思ってる。だから、ガゼルからこの話を聞いたときにすぐに引き受けたのよ。」
 
「俺達だけが・・・。」
 
「今王国剣士団は非合法だ。海鳴りの祠にも何度か討伐隊が出たと聞いている。だが、逆に言うなら非合法の立場にあるからこそ、決まりに囚われずに自由に動けるとも言えるわけさ。君らが持ち帰る答が必ずやこの国を救ってくれると、レイナック殿が言っておられた。正直なところ、若い王国剣士がどこまでがんばれるのかって不安はあったよ。でも君らとこうして一緒にいて、俺達も今はレイナック殿の言葉を信じられると思うようになったんだ。」
 
「・・・レイナック殿は私達がこうして動いていることをご存じなのですか?」
 
「君達が北大陸に戻ってきたとき、王宮の玄関で騒ぎを起こしたと言ったよな?デレクさんとナーリンがそんな話を聞いたと言っていたが。」
 
「それは確かに・・・。」
 
「その騒ぎは、執政館の中にも知らされた。だからレイナック殿は、君らがこっちに戻ってきたことを知っているよ。そして君らが何もしないで海鳴りの祠にいることはないだろうと言うこともな。だが、反逆者のレッテルを貼られた者に、筆頭大臣が表立って手を差しのべることは出来ない。何も出来ないのが歯がゆいと悔しそうだった・・。それで、灯台守が君らや他の王国剣士に会うことがあれば、出来る限り手助けをしてやってくれと、そういう話になったんだ。もちろん、あまりおおっぴらには出来ないことだがね。」
 
「ただ、王国剣士達は海鳴りの祠に集まっているから、こっちのほうに来る連中はいないな。俺達が出会った王国剣士も君らだけだったよ。だから我々は君らを手助けしようと決めたんだ。そろそろ出掛けよう。時間を無駄には出来ないぞ。」
 
 私達はまた馬の背に乗せてもらい、走り出した。多少は慣れてきたせいか、昨日よりは周りがよく見える。自分達がどのあたりにいるのか、どういうルートを辿っているのか、そのくらいのことは頭に入るようになってきた。南地方の境界を越えれば、それほど獰猛なモンスターはいない。人が歩いていれば襲ってくるモンスター達も馬には怯えているらしく、今日は手綱さばきでやっと振り切らなければならないような危険な状況に陥ることはなかった。
 
 昨日と同じように1日走り続け、東の港の手前、城下町の城壁からちょうど木々の陰になって見えないあたりにあるキャンプ場まで進むことができた。ここで一晩過ごせば、明日の朝には東の港まで着ける。
 
「残念だが、俺達は君らと一緒に東の港まで行くことは出来ないんだ。」
 
 食事の時、ガゼルさんがとても言いにくそうに切り出した。
 
「・・・俺達と一緒にいるところを見られるのはまずいんですよね・・・。」
 
 カインが申し訳なさそうに言った。わかっていたことだ。レイナック殿は灯台守達に、最大限私達に協力してやってくれと頼んだ。だが、灯台守が「非合法」となった王国剣士を表立って助けることは出来ない。南地方は王国軍の手の及ばない場所ではあるが、王宮でカインが会ったフロリア様の密偵、おそらくはハース鉱山にいたリーデンという男のように、一人で自由に動く連中がいないとは限らないのだ。フロリア様に、灯台守の組織をつぶす口実を与えてはならない。灯台守達が動けなくなってしまえば、それはこの国が一段と滅亡に近づいていくことに他ならない。
 
「私達もついていきたいのはやまやまだけど・・・灯台守の組織までつぶされるわけにはいかないの。ごめんなさい・・・。」
 
 危険を冒してここまで来てくれたことだけでもありがたい。感謝してもしきれない気持だった。翌朝、私達はまだ暗いうちにキャンプを出ることにした。灯台守達は陽が昇ってから出発の用意をし、見回りをしながら王宮に戻ったことにする予定だと言った。
 
 そして翌朝・・・
 
「気をつけていけ。何があっても生き延びて、そして必ず、王宮で会おう。」
 
「ありがとうございました。」
 
 全員と握手を交わし、歩き出した。私達の背中を見送ることしか出来ない灯台守達の、無念の思いがひしひしと伝わってくる・・・。
 
「クロービス。」
 
「ん?」
 
「必ず戻るぞ、王宮に。」
 
「もちろんだよ。」
 
「ウィローも一緒だ。必ず・・・3人で戻るんだ。胸を張って・・・。」
 
 声の最後が震えていた。さっきからずっとうつむいていたカインが、実は泣いていたのだと、気づいた・・・。悔しくて仕方がない。誰もがこの国の安寧を願っているというのに、フロリア様がここまでひどいことをされる理由がどうしても思い当たらない・・・。それが本当に魔法なのか、それとも何か、もっと得体の知れない力が介在しているのか、これから向かう離島に住むと言われる、サクリフィアの末裔達は本当に何か知っているのか・・・。
 
 東の港に着いた。王国軍の兵士達の姿は見えない。今では海を渡ってくる商船などはほとんどないのか、港全体が荒れ果て、すさんだ雰囲気が漂っていた。
 
「昔はもっと活気があったのにな・・・。」
 
 あたりを見渡して、カインが呟いた。
 
「でも今活気がないのは好都合だよ。早く船を探そう。」
 
 私達がハース鉱山から戻ったとき、港に船はそれほどたくさんあったわけではなかったはずだが、今ではまるで、幽霊船のようなボロボロの船が何隻も係留されている。剣士団の船はそんなに大きくはないので、どこに係留されているのかよくわからなくなってしまっていた。
 
「まさか壊されているなんて事はないよな・・・。」
 
 カインは不安げだ。
 
「船1つ壊そうと思えば、かなりの力と人手が必要だよ。そんな面倒なことを、あの王国軍の連中がするとは思えないけどな。とにかく探そう。」
 
 船着場の船は、どれもあちこちが傷み、そのままではとても海には出られそうもない。もしかしたら、こういうボロボロの船を何隻も係留することで、他の船が入れなくなるようにしてあるのかも知れない。だが、船着場の一角には何もない場所も少しあるので、おそらくハース鉱山や南大陸に散っている大臣達やフロリア様の密偵達が戻ったときに、このあたりに船を着けるのだろう。
 
「あった!」
 
 カインが叫んだ。ボロボロの船の間にまるで人の手で押し込められたかのように、剣士団の船が係留されていた。
 

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