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第71章 選ばれし者

 
「カイン、落ち着いてよ。」
 
 カインは私の言葉に一応うなずいてみせたが、座るに座れず、まだ納得いかない顔をしたまま立ち尽くしている。私も驚いていたし、ウィローもぽかんとしている。200年前の聖戦によってサクリフィアは滅び、生き残った人々を率いてエルバール王国を築いたのが、初代国王陛下ベルロッド様である、これはこの国の人々が多分学校で一番最初に習う歴史のはずだ。サクリフィアという大陸が今でも存在することは知っている。王国に出てきたばかりの頃、エミーに聞いた話だ。あの時エミーは『サクリフィアの末裔が住んでいると言われる島がある』と言っていたが、『末裔が住んでいる』のと、『サクリフィア王国が今もある』のでは飛んでもない違いだ。私はもう一度シャーリーに尋ねた。
 
「それは・・・本当にそこにサクリフィアと言う国があるのかい?単にサクリフィアの末裔が住んでるとかじゃなくて?」
 
「確かにサクリフィアは聖戦によって滅びました。生き残った人々がベルロッド様に率いられてこの地に移り住んだのも事実でございます。が・・・その時、ベルロッド様に従い新天地を目指すよりも、どんなことが起ろうとも生まれ育ったサクリフィアの大地で暮らしていくことを選んだ者達も、少なからずいたのでございます。その者達によって、サクリフィア王国は完全に滅びることなく今日まで続いております。以前サクリフィアの都があった場所の近くに、まるで都で亡くなった聖戦の犠牲者を弔うかのように、ひっそりと暮らしているのでございます。」
 
「今でもサクリフィア王国として?国家としての体面を保てるほど人が住んでいるの?」
 
「聖戦で多くの人々が亡くなりました。そしてベルロッド様と共にエルバール大陸にやってきた人々も相当数おりましたから、それほど多くの人々がいたわけではないと思います。でも100年前は確かに国であったと聞いております。さすがに今は国家という形を取らずに、サクリフィアの村として運営されているようでございますが。」
 
「ああ、そういうことか・・・。」
 
 それならば話はわかる。サクリフィアという国は、この国の人々にとってまったく『謎の国』だが、そこに人が住んでいるならば、多少なりとも人の口の端に上ることはあるはずだ。だから『サクリフィアの末裔が住んでいると言われる島がある』と言う話が、噂として広まっていた。そう、あくまで『噂』として。だが、それは真実だった。確かにそこに、サクリフィアの人々はいるのだ。しかも100年前は確かに『国』だったとは・・・。
 
「つまり、今はともかく、100年前までは確かにサクリフィア王国が存在して、国王陛下も巫女姫もいた、そして当時の巫女姫が恋人と駆け落ちをして村を飛び出し、南大陸の君の村にたどり着いた、こう言うことになるのかな。」
 
「そういうことになりますね・・・。」
 
「なるほどな・・・しかし驚いたな・・・。君がサクリフィアの巫女姫の家系だったなんて・・・。」
 
「でも、そう言われればいろいろと納得のいくことはあるよね。」
 
「そうだなあ・・・。それなら、そりゃ聖戦竜のことだって詳しくてもおかしくないし・・・。」
 
「でも、自分が巫女姫の末裔だからって、必ずしも聖戦やサクリフィアの神話について関心を持つとは限らないわ。ねえシャーリーさん、あなたはどうしてそんなに聖戦のことを調べようと思ったの?」
 
 ウィローが一番冷静だ。言われてみればそうだ。巫女姫の家系だからと言って、別にその血筋を代々守るとか、そういうわけではなかったらしいと言うのは、その巫女姫が村にやってきたときの経緯からもわかる。村の若者と結婚して腰を落ち着けた時点で、巫女姫とは言え、普通の家のおかみさんとして生きていくことになったのだ。その子供達とて、たとえば巫女としての母親の力を受け継いでいたとしても、サクリフィアに戻ることなど出来ようはずがなかっただろうから、別に血筋や力を守って生きていく必要だって無かっただろう。
 
「わたくしも、その巫女姫を直接知っているわけではございません。ただ、わたくしの祖母が小さな頃、その巫女姫にだいぶかわいがってもらったというのです。それで、祖母が巫女姫から聞いたいろいろなおとぎ話や、神話や伝説を聞かせてもらっているうちに、わたくしもいつの間にか、そういったことに興味を持つようになっていました。それに・・・」
 
「え?」
 
「あ、い、いえ・・・何でもございません。そんなわけで、わたくしは吟遊詩人となり、祖母から聞いた様々な話を元に物語を作り、各地で歌を歌うという仕事に就いたのでございます。」
 
 なんだろう・・・。シャーリーは何か言いかけてやめた。その時、私の心の奥がちりちりと痛んだ。一瞬だけだったが、何か・・・シャーリーは私に向かって何かを考えていたらしい。シャーリーが私に対して何か気にしていることがあるとすれば、それはやはり、私の剣のことだろう。シャーリーがおばあさんから聞いたという巫女姫の話の中には、もしかしたら「伝説の剣」の話が出てくるのだろうか・・・。
 
「なあシャーリー、君自身はサクリフィアの村まで行ったことはないのか?」
 
 カインの声は、さっきより少し落ち着きを取り戻している。剣のことは気になるが、今はとにかくシャーリーからもう少し話を聞き出してみたい。カインに任せてみよう。図書館で司書に詰め寄ったような、あんな風に興奮してしまうようなら、その時になだめればいい。
 
「1度だけございます。2年ほど前でございましょうか、ちょうどサクリフィアへの交易船が東の港からでると聞いて、船の上で歌と踊りを披露することを条件に、乗せてもらったのでございます。」
 
「交易船か・・・。なるほどな。さすがに女1人で海を越えてってわけにはいかないからな・・。」
 
 東の港には、以前よく見回りに行った。だが、出入りする船の管理は王宮の行政局の仕事だったので、港に停船中の船で事件や事故が起きない限りはその船がどこから来てどこへ行くのかを私達が知ることはない。サクリフィアまでも交易船が出ていたとは驚いたが、考えてみれば、人の住むところ物資は必ず必要になる。私の住んでいた、あの北の果ての『世捨て人の島』でさえやってくる商人がいたのだから、物が売れるとなればどこまでも出掛けていく商人達はいるだろう。そういう人達に、話を聞くことは出来ないだろうか・・・。
 
「そうですね。さすがにわたくしも船までは操れませんから。」
 
 シャーリーが微笑んだ。
 
「ということは、サクリフィアという村は、別に外界との接触を断っているわけじゃないんだな。」
 
 カインが独り言のように呟いた。
 
「そりゃ人が住んでいるなら全面的に自給自足ってわけにも行かないだろうからね。」
 
「そうだよな・・・。」
 
 カインはかなりサクリフィアの国のことを気にしている。これは大きな手がかりだ。そこまで行ければ、あの神話の話を足がかりに、魔法についても何かわかることがあるかも知れない。
 
「行ってみようよ。」
 
 私の言葉に、カインが驚いたように顔を上げた。
 
「いきなり行くのか?」
 
「それが一番手っ取り早いんじゃない?交易商が出入りしているなら、そのつてで村長に紹介状を書いてもらうことも出来そうだしね。」
 
「でも行って何を話すんだよ?まさか『この神話は本当ですか』なんて聞くつもりか?」
 
「まさか。正直に自分達の目的を話すのが一番だと思うな。私達は確かに今神話について調べているけど、神話の謎を解き明かすことが最終目的じゃないよね?」
 
「あ、ああ・・・まあ確かにそうだけど・・・。」
 
「まずはその目的を話して、そのことで神話が手がかりになるかも知れないって・・・」
 
「あ、あの、お待ちください!」
 
 シャーリーが叫んだ。
 
「あ、ごめん、せっかく話に来てくれたのに無視するみたいになって悪かったね。でも君のおかげで次に行くべき場所が見えたよ。」
 
「あの・・・その決断を下す前に、もう少しわたくしの話を聞いていただけませんか?」
 
「何か心配なことがあるの?」
 
 行ったことがあるシャーリーには、当然ながら私達にはわからないことがわかっている。私達はシャーリーに、もう少し話を聞くことにした。
 
「確かにわたくしは交易商の方達のおかげで、サクリフィアまで行くことが出来ましたが、村人達は気さくとはとても言えません。もちろん表だって私達を悪く言う人達はいませんでしたが・・・。」
 
「君がサクリフィアに行ったときの様子を、少し聞かせてくれるかい?」
 
「は、はい・・・。」
 
 シャーリーから聞いた話をまとめるとこう言うことだ。サクリフィアは今でこそ村という形になっているが、聖戦当時の国王陛下の末裔は今でも村長と言う形でサクリフィアを統治している、巫女姫についても、今も存在はする。ただ、昔と同じように神の声を聞き、そのお告げによって村が運営されているかどうかまではわからない。村人達は初めて見るシャーリーを遠巻きにして胡散臭そうに眺めていた。シャーリーは交易商の代表者に頼んで村長を紹介してもらい、この村で興行をしたいので、村人達にどんな物語が好きなのか、この村に伝わっている昔話などはあるのかなどを知るために、村人達にいろいろと話を聞いてもいいかどうかの許可を求めたらしい。
 
「なるほど、それで村人達は君にいろいろと話してくれたというわけだ。」
 
「それほど、いろいろな話が聞けたわけではありません。ただ、わたくしは吟遊詩人でございますから、どこに行っても、歌と踊りで人々を楽しませるために最善を尽くします。あまりしつこくならない程度に、この村の人々はどのような歌がお好きか、話題になっている物語などはあるのかなどについてお話を聞かせていただきました。その中には興味深いお話もいくつかはございましたが、やはり一般の村人達はサクリフィアの歴史のことについては、それほどよく知らないようでございました。」
 
「ねえシャーリーさん、その時にサクリフィアの村でどんな物語を歌ったの?」
 
 ウィローは演目に興味を持ったらしい。シャーリーは微笑んで
 
「その時わたくしが歌ったのは、聖戦後に別れ別れになった恋人同士のお話でした。エルバール王国建国のために、当時の巫女姫に付いていく侍女と、年老いた母親を残してはいけない若者との悲恋でございます。」
 
「その話は以前本で読んだことがあるわ。でも結局侍女はエルバールには行かなかったんじゃなかったかしら?」
 
「物語としてはそう描かれておりますが、本当は、侍女は巫女姫シャンティア様について、エルバール王国へと旅だったと言うことでございました。もちろん、どちらが真実なのかは今となってはわかりません。わたくし達は、その不透明な部分に光を当てて、物語を紡ぎ出すのでございます。」
 
「きっと拍手喝采だったでしょうね。」
 
 ウィローが言った。シャーリーは微笑んで「ありがとうございます」と小さく言った。
 
「つまり君は、交易船の責任者と一緒に行ったから村長と話が出来て、許可をもらえたから村人達に話を聞けたけど、俺達だけでいきなり行っても、多分話を聞かせてもらうことは出来ないだろうと、こう言いたいわけか?」
 
「・・・そういうことでございます・・・。」
 
「うーん・・・そう言われると弱いなあ・・・。門前払いを食ったのでははるばる出掛けていく甲斐がないし・・・。」
 
「だったらさっきクロービスが言っていたみたいに、交易船の船長さんを捜してみたら?サクリフィアとの交易が儲かるものなら、交易船だって何隻かあるはずだわ。船乗りの人達に聞けば何かわかるかも知れないわよ。」
 
 サクリフィアに行く、と言う点では、ウィローも乗り気らしい。
 
「そうだね。カイン、いろいろと方法はあると思うよ。もう少し考えてみようよ。あきらめるのはまだ早いんじゃないか。」
 
 ため息をついていたカインが、くすりと笑った。
 
「それもそうだな。門前払いを食いたくないなら、食わずにすむにはどうすればいいかを考えりゃいいんだ。」
 
「あ、あの・・・。」
 
 まだ不安げなのはシャーリーだ。心なしか青ざめている。
 
「シャーリー、君が心配してくれるのはありがたいと思ってる。いろいろと教えてくれて、本当にありがとう。もう少し考えてみるよ。」
 
「は・・・・はい・・・。」
 
 シャーリーは何か言いたげだが、何と言えばいいかわからない、そんな風に見えた。シャーリーを取り巻く『気』の流れが、少しずつ歪んでくる。何かよほど心配なことがあるらしいのだが、シャーリーはそれを口に出そうとしない。
 
「ごめんなさい、ちょっといいかしら」
 
 ノックと共にエリーゼが入ってきた。
 
「シャーリーさん、一座の方達から伝言よ。そろそろお昼になるから、午後の興行の準備をしてくれないかって。」
 
「あ、も、もうそんな時間・・・」
 
「シャーリー、すまなかったな。時間を取らせて。また何か聞きたいことがあれば、俺達のほうから行くよ。ありがとう。」
 
「は・・・はい・・・。」
 
 シャーリーは一礼して部屋を出て行った。出ていく間際・・・・
 
≪・・・どうしよう・・・ファルシオンの使い手をサクリフィアになんて・・・!≫
 
 心の奥に響いた声だけを残して、シャーリーの足音が遠ざかった。
 
「うーん・・・。」
 
 カインがため息をついて椅子に座り込んだ。
 
「言ってることは信用出来そうだけど・・・なあクロービス、お前はどう思う?」
 
「そうだなあ・・・。」
 
 シャーリーが嘘を言っているとは、私にも思えなかった。それは別に、あまりにも衝撃的な話を聞いたからというわけではない。
 
「話してくれたこと自体は信用出来ると思うよ。ただ・・・。」
 
「なんだ、気になることがあるなら言ってくれよ。」
 
「実はね・・・」
 
 私は、不思議そうな2人に、先ほど聞こえたシャーリーの「声」のことを話した。2人の表情は、またこわばっていた。
 
「まさか、シャーリーはお前の力のことを知っているのかな。」
 
「そんなわけはないと思うな。」
 
「だとすると、お前に聞かせるために嘘を心の中で念じたってわけではなく、本当にその剣の持ち主がサクリフィアに行くとまずいってことか・・・。」
 
「嘘を念じたところで相当強く念じないと私には伝わらないよ。だからそんなことはないと思う。それに、シャーリーが何か知っていたとしても、まずいのかまずくないのかまで教えてくれる気がないなら、気にしても仕方ないんじゃないかな。」
 
「お前はやけに落ち着いているな。」
 
「じたばたしても始まらないからね。」
 
 今さらこの剣についてどんな話が出てこようと、手放すつもりがないのなら浮き足だっても仕方ない。この頃になって、私はやっと肚を括れるようになってきたのかも知れない。
 
「それじゃシャーリーさんが全部話すって言ってくれたのは嘘だったのね。そんな大事なことを隠しているなんて・・・。」
 
 ウィローは悔しげだ。
 
「何か言いたそうには見えたから、話すタイミングを計っていたのかも知れないけどね。」
 
「話す気があるならとっくに話してくれたと思うわ。」
 
 ウィローは怒っているようだ。
 
「まあ仕方ないさ。シャーリーのことは今は抜きにして考えよう。なあクロービス、こうなると、そう簡単にサクリフィアまでってわけには行かないんじゃないか?」
 
「私のことを気にする必要はないよ。せっかく見つかった糸口を、そう簡単に手放すことはないじゃないか。」
 
「それはそうなんだけどな・・・。」
 
「ねえカイン、ハース鉱山で働いていた人達の中に、この町から来ていた人がいたはずだわ。その人達の中に船乗りだった人がいたわよね?話を聞くことは出来ないかしら。」
 
「あ、そうか・・・!」
 
 巡回の王国剣士が誰もいなかったことで、あの時私達は町の入口まで彼らを送ってきたが、町には入らず船に戻ってしまった。名前は聞いてあるから、宿屋のオヤジさんに聞けば、どこに住んでいるのかわかるかも知れない。みんなそれなりの年配者が多かった。あの年齢で元船乗りならば、サクリフィアまで行ったことがある人もいる可能性はある。
 
「そうだよな・・・。クロービスの剣のことはともかく、サクリフィアの場所や村の人達のことなんかは、もしかしたら聞けるかも知れない。それじゃ、午後から行ってみるか。」
 
「そうよ。そうすれば、シャーリーさんの話の裏付けも出来ると思うわ。」
 
「うんうん。うまくいけば、村の人達のことや、何とか村に入り込める手立ても見つかるかも知れない。」
 
 カインがうれしそうに言った。
 
「カイン、ちょっと待って。その前に、この本の山を返しに行かないとね。」
 
 カインは「あ」と小さく声をあげ、テーブルの上に山と積まれた本を眺めて笑い出した。
 
「そうだな。まずはこれをちゃんと返して・・・・」
 
 言いながら、何度も何度もカインは深呼吸をした。はやる気持を抑えるので精一杯らしい。
 
「せっかく糸口が見つかったんだから、焦らないで今日は少しのんびりしようよ。この間送ってきた人達の家を聞いて、明日にでも訪ねてみればいいよ。」
 
「ははは・・・そうだな・・・。うん、落ち着かないとな。」
 
「そうよ。お昼もここに運んでもらえるようにさっきエリーゼさんに頼んでおいたから、もうすぐ来るんじゃない?おいしいものを食べて、ゆっくり休んで、それから、今後のことを相談しましょうよ。」
 
 さすがウィローだ。私達がシャーリーに気を取られている間に、ちゃんと食事の手配をすませておいてくれたらしい
 
「いやそうは言っても・・・。」
 
 カインが口ごもったところに、タイミングを計ったかのように食事が運ばれてきた。相変わらずおいしい食事だったのに、何となく気まずくて、3人とも何も言わずに食べ終えた。その後、私達は図書館へ本を返すために宿屋を出た。通りを人々がぞろぞろと歩いて行く。シャーリーの興行は今日も満員らしい。
 
「さっき大分動揺していたみたいだけど、シャーリーさん舞台のほうは大丈夫なのかしらね。」
 
 興行場所になっている広場のほうを窺いながら、ウィローが小さな声で言った。
 
「彼女は吟遊詩人としての経験も長いし、大丈夫だと思うよ。気になるなら見に行ってみようか?」
 
「いえ、やめておくわ・・・。」
 
 ウィローの口数は少ない。さっきシャーリーの『声』の話をしてからだ。多分ウィローが一番知りたがっている、私の剣についての話を、シャーリーに直接聞いてみたいと思っているのだろう。何となくみんな黙ったまま、図書館に着いた。心なしか図書館も空いている気がする。みんなシャーリーの興行を見に行ったのだろうか。
 
「あら、まとめて返却してくださったんですね。お役に立てましたか?」
 
 司書の女性は相変わらず笑顔だ。私達はシャーリーから本を預かってきたことを伝え、一緒に返却して問題ないか聞いてみた。そして、サクリフィアという国のことを、もっとよく知ることが出来る本はないか聞いてみた。
 
「まあ、偶然でしたね。皆さんはシャーリーさんとお知り合いだったのですね。もちろん問題はありませんわ。ただ、そうですねぇ・・・サクリフィアという国の全貌は、未だ解明されていないというのが実情ですから・・・本と言ってもそんなには・・・。」
 
「でもサクリフィアという村が今も存在することは、知ってるんじゃないのか?」
 
 カインが尋ねた。
 
「はい、存じておりますわ。その村に住む人々がサクリフィアの国の末裔らしいと言うことも聞いたことはありますけど・・・果たしてその村の人々が、以前の国のことをどの程度知っているかとなると、はっきりしたことはわかっていませんの。」
 
 結局、司書からはそれほど興味深い話は聞けないまま、私達は宿屋に戻ってきた。そして今後のことを話し合うことにした。
 
「まずは船だな。ここから城下町の東の港まで行くとなると、やっぱり1日くらいかかるよな。」
 
「前にここに来たときに乗っていた船は大きかったから、ある程度の速さがあったけど、ここから海岸沿いに東の港に向かうとなるとなあ・・・。どの程度の大きさの船があるのかもわからないよ。」
 
「やっぱりあの鉱夫達の家を探して、聞いてみるか・・・。」
 
「あとは灯台守の人達にも聞いてみようよ。たいていは馬で移動するみたいだけど、船だってあるかも知れないよ。ハース鉱山から帰ってきた人達は、たとえば以前は船乗りだったとしてもずっと鉱山にいたんだから、自分の船は持っていないと思うな。」
 
「そうだよなあ・・・。」
 
「だから、カイン、まずは灯台守に聞いてみよう。もしも船があるなら借りられるかどうか、なければ、何か東の港まで行き着く方法がないか。その役目は、一番灯台守達と縁が深い君に頼みたいんだけど。」
 
「え、縁が深いって・・・ははは、まあいいよ。それじゃ俺が行ってくるよ。この時間からだと・・・明日だな。」
 
「そうだね。それからウィロー、君には、食材とか、旅に必要な物の調達を頼みたいんだけど、いいかな。」
 
「ええ、いいわよ。この町は大きいから、いろいろといいものが揃えられそうだわ。でもクロービス、あなたはどうするの?」
 
「明日の午前中、もう一度シャーリーに会ってくるよ。」
 
「お前1人でか?」
 
「私が1人でないと、多分シャーリーは本当のことは言わない、そんな気がするんだ。」
 
「つまり、さっき黙っていたのは、お前だけに話したいことがあったからだって、そういうことか?」
 
「一つの可能性だけどね。」
 
「うーん・・・まあお前なら心配はしないけど・・・シャーリーが何か企んでいるとしたら・・・」
 
「さっきずっと話していても、悪意は感じなかったから、大丈夫だと思うよ。」
 
「そうだな・・。それじゃ、もう少し具体的に、いろいろと決めておこうか・・・。」
 
 この日は夕方までいろいろと話し合い、これからの旅の目的の確認や、もって行くもの、東の港からの道のりも、地図でよく確認しておいた。
 
 
 夜、食事も終わり、ウィローの部屋に送っていったとき・・・
 
「どうしてもひとりで行くの?」
 
 ウィローは見るからに納得いかなそうな顔をしている。
 
「行くよ。私が1人で行かないと、シャーリーが手の内を見せてくれないからね。」
 
「でもそうと決まったわけじゃないわ。もしかしたら何か他に考えがあるのかも知れない。」
 
「あるならあるで、それを聞いてくるよ。」
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
 
 ウィローが背中を向けた。何も言わなくても、ウィローが私を1人でシャーリーの元に行かせたくないのはわかる。
 
「会いに行って話を聞くだけだよ。なにも危ないことなんてないよ。」
 
 背中を向けたままのウィローの肩を叩いて、扉に向かって歩きかけたとき、ウィローが突然振り返って抱きついてきた。
 
「危ないことしないでよ。」
 
「しないよ。何も危ないことなんてないよ。」
 
 もう一度同じ言葉を繰り返した。背中にまわされたウィローの腕が震えている。言葉にならない不安が渦を巻いているのがわかる。
 
「あの剣は私を守ってくれているんだよ。だから、危ないことなんてないよ。」
 
 もう一度言って、しっかりと抱きしめる。今の私にはそれしか出来ることがない。
 
「ごめんなさい・・・。」
 
 耳元で小さく言って、ウィローが腕を放した。
 
「君が謝ることじゃないよ。」
 
 前髪を上げて、額にそっとキスをした。そして顔を覗き込んで
 
「明日から忙しくなるよ。なんといっても未知の国サクリフィアに行くんだからね。」
 
 そう言うと、ウィローが微笑んだ。
 
「そうね。そうよね、しっかり準備しなきゃ。」
 
「そうそう。だから今夜はゆっくり休もう。お休み。」
 
「お休みなさい。」
 
 後ろ手に扉を閉めた。手元でカチャリと鍵のかかる音がした。それを確認して歩き出す。廊下は涼しい風が吹き抜けていて、少し火照った体を冷すのにちょうどよかった・・・。
 
 
 
 翌朝、カインはひとりで灯台守のところに出掛けていった。ウィローはまずエリーゼに頼んで、食材の調達から始めると言った。私は1人で町に出て、芝居小屋のまわりに人が出て来始めた頃を見計らって、声をかけた。シャーリーにはすぐに取り次いでもらえて、小屋に案内された。シャーリーは、きちんと身なりを整えて待っていてくれた。私が来るかも知れないと、シャーリーにはわかっていたのかも知れない。
 
「朝早くからご足労いただきまして、申し訳ございません。」
 
「私が来るとわかっていたみたいだね。でも君が謝る必要はないよ。私は自分の用事でここに来たんだから。」
 
「剣士様の用事、でございますか・・・。」
 
「はっきり言うよ。君は私の剣について何か知っているだろう?」
 
 少し強い口調で言ってみた。出来るだけ会話の主導権を渡したくはない。
 
「剣・・・でございますか。」
 
「そう、私の持っている、この『ファルシオン』という銘の入った剣のことさ。」
 
「わ、わたくしは何も・・・。」
 
 シャーリーの目線が宙を泳ぐ。知らないはずはない。だが私としても、声の話まではするつもりはなかった。シャーリーがあくまで知らないと言い張るのであれば、仕方ない。聞き出すのはあきらめよう。
 
「そうか・・・。それじゃ仕方ないね。私の見当違いだったかも知れないな。朝早く押しかけて悪かったね。あ、あと、君の本、図書館に返しておいたよ。ある程度情報が集まったから、私達は明日か明後日にもサクリフィアに向かうことにしたんだ。それじゃ。」
 
 少し大げさにため息をついて見せ、私は小屋を出ようとした。
 
「あ、あの!」
 
「何?」
 
「あ、明日か明後日・・・でございますか。」
 
「そうだよ。いつまでもここにいられないからね。」
 
 もちろんこれはハッタリだ。出発の日なんて何も決まっていない。そもそも東の港までどうやっていくかの当りもついていないのだ。だが、さっきシャーリーが目をそらして剣のことを知らないと言った時点で、私は普通に聞いても彼女は答えないだろうと考えた。そこで少し慌てさせるつもりでそう言ってみたのだった。
 
「もう少し・・・のばすことは出来ませんか?せめてあと・・・一週間ほどは・・・。」
 
「残念だけど、それは無理だよ。こうしている間にも、いつ王国軍の連中が追いかけてくるかわかったものじゃないんだ。この町の人達に迷惑はかけられないからね。」
 
「そう・・・でございますね・・・。」
 
 万策尽きたように、シャーリーがうつむいた。だがそれに気づかないふりをして、私は立ち去ろうとした。
 
「お待ちください!剣士様!」
 
「何?まだ何かあるの?」
 
「あ・・・あの・・・」
 
 またシャーリーは黙ったまま、私を見つめている。何かを言いたそうにしているのだが、やはり口を開こうとはしない。もしかしたら、しびれを切らして私から尋ねるのを待っているのか?だとしても、私から頭を下げることは出来ない。
 
「それじゃ。」
 
 今度こそ本当に、私は小屋を出た。シャーリーは今度は止めようとせず、私ももう振り返らずに宿屋へと戻った。カインもウィローもまだ戻っていない。私は1人部屋の中で、さっきのシャーリーの様子を一つずつ思い出してみた。結局、シャーリーは剣のことを知っているのに私には話してくれなかった。言いたそうなそぶりを見せて、こちらが食いつくのを待っているように見えた。シャーリーは、会話の主導権を握った上で私に剣のことを教えてくれるつもりだったのだろうか。それはなぜだろう。別に感謝してもらいたいからと言うわけではなさそうだ。では・・・・
 
「あれ、クロービス、早かったな。」
 
 先に戻ってきたのはカインだった。ふと気づくと、窓の外には強い陽射しが降り注いでいる。もう昼を過ぎたところだろうか。いつの間にかずいぶんと時間が過ぎていたらしい。
 
「ああ、お帰り。ウィローはまだみたいだね。」
 
「今下にいるよ。ずいぶんと買い込んできたみたいだから、デカい荷物がいくつもあったぞ。」
 
「え・・・それまさか全部君と私で背負うってこと?」
 
「ま、そうなるだろうな。」
 
 カインが笑った。
 
 昼食のあと、私達はそれぞれ午前中の成果を持ち寄って打ち合わせをすることにした。
 
「じゃ、まずは俺からだな。」
 
 カインは少しうれしそうだ。何か収穫があったらしい。
 
「灯台守に会いに行ったの?」
 
「ああ、それと、ハース鉱山で鉱夫をしていた人達にも会ってきたぞ。なかなか興味深いことが聞けた。」
 
「へぇ・・・どんな?」
 
 ウィローも私も、思わず身を乗り出していた。
 
「実はな・・・。」
 
 カインはこの日、まずは灯台守達に会おうと、詰所に出掛けたという。以前出会った2人はもうここにはいず、今はロコの橋の詰所にいるとのことだったが、そのかわり、カインは懐かしい人との再会を果たした。南大陸から1人戻ったカインを、王宮まで馬で送り届けてくれた、ガゼルさんという灯台守だ。カインはそのガゼルさんから、今の王宮の様子を少し聞くことが出来たらしい。
 
「・・・人がいない?」
 
「ああ・・・。王宮の中では、もうフロリア様の侍女達は誰もいないそうだ。それだけじゃない。あの王国軍の連中も、ほとんど王宮の中にはいないらしい。どこで何をしているのかもよくわからないって話だ。もとの剣士団の宿舎を使っている連中もいるはずだが、果たしてそこにいるのかいないのかもわからないってさ。」
 
「ということは、今フロリア様のおそばにいるのは・・・。」
 
「ユノ殿ひとりだろうな。そのユノ殿も、ほとんど人前に姿を見せないから、もしかしたらいないかも知れないって言ってたけどな。」
 
 そんなことはない、と、言いだしかけてやめた。そんなことがあるはずがない。でも、ここで私が叫んでみたところで、どうにもならない。
 
「フロリア様の護衛が誰もいないとは思えないよ。きっとユノはおそばにいるさ。それより、興味深い話ってのはそれだけじゃないよね?」
 
 カインは私をちらりと見てくすりと笑った。『気になるくせに』その瞳がそう言っていたが、口には出さないでくれた。気にはなる。ならないはずがない。でも今の私達に、どうにもならないことで無駄に議論を費やすだけの時間がないことも、わかっていた。
 
「まあな。もう一つは、もう少しいい話かも知れないぞ。」
 
「どういうこと?」
 
 カインが次に話し出したのは、何と、サクリフィアに関することそのものだった。何でも城下町の東の港付近にある離島に、サクリフィアの末裔が住んでいるらしいと言うのだ。
 
「末裔って・・・・たとえばシャーリーみたいに、昔国を飛びだした人の末裔とか?」
 
「いや、それよりももう少し最近村を出たって話だ。うまく話を聞くことが出来れば、今のサクリフィアがどんな状態なのか、わかるかも知れないぞ。」
 
 その話の出所が気になったが、カインによれば、その話をしてくれたのは灯台守のガゼルさんだとのことだった。灯台守達は通常馬で王宮まで移動するが、王国剣士団がなくなってからは、船で海をパトロールしながら北上することもあるらしい。離島の存在に気づいたのは比較的最近らしいが、調べたところ、住んでいるのは語り部らしい。その語り部が、以前はサクリフィアに以前住んでいたという噂があるのだと言うことだった。
 
「なるほど・・・それは確かに興味深い話だね。噂とは言っても、灯台守が調べたならそれなりに信憑性があるって事なんだろうし、ぜひ行って話を聞いてみたいな。」
 
「そうだな。ただ、そこが俺達の目的地ではないわけだから、ほら、これだ。」
 
 カインは荷物の中から折りたたまれた紙を取り出した。開いてみると、古ぼけた1枚の地図だった。エルバール大陸があり、北と南を結ぶロコの橋があって、南大陸を東に辿ると、カナの村、ハース鉱山がある。
 
「・・・あれ?」
 
 普通の地図ならばそこで終わりだ。ハース鉱山の東側には砂漠が広がり、南大陸の向こう側には大海原が広がっている。少なくとも、私達が剣士団でもらった地図にはそこまでしか描いてなかった。だが・・・
 
「この大陸は・・・。」
 
 エルバール大陸よりも遙か東側に、陸地とおぼしきものが描かれている。
 
「サクリフィア大陸さ。」
 
 カインがニッと笑った。
 
「サクリフィア・・・・でもこんな地図が・・・どうして?」
 
「リニスさんだよ。」
 
 リニスさんというのは、クロンファンラからハース鉱山に出稼ぎにいっていた鉱夫のひとりだ。
 
「リニスさんが?どうして?」
 
「ガゼルさんから聞いたんだ。クロンファンラの船乗り達も、時々交易船に乗ってサクリフィアまで行っていたって。ウィローの勘は大当たりだったよ。で、この間ハース鉱山から送ってきた人達の家を聞いたら、リニスさんなら以前行ったことがあって、多分地図も持ってるんじゃないかって教えてくれたんだよ。どうやらリニスさんは、ガゼルさんの知り合いみたいだな。」
 
「へぇ・・・すごいな。これでサクリフィアまでの航路も確認できるね。」
 
 船乗り達が使っていた地図には、いろいろなことが書込まれている。カインはサクリフィアまでたどり着くためにどの航路を取ればいいか、注意すべき点などをいろいろと聞いてきてくれていた。
 
「そういうことだ。だから、まず東の港の近くにある離島に行って、話を聞いた上でサクリフィアまで向かってみたいと思うんだが、どうだ?」
 
「うん、そうだね。そこで話を聞いてからサクリフィアに向かうのは賛成だけど、カイン、サクリフィアの村のことは聞けたの?」
 
「それがなあ・・・。」
 
 サクリフィアの村のことを聞いた途端、カインの表情が険しくなった。
 
「もしかして、シャーリーの言ったとおりだったとか?」
 
「・・・まあな・・・。語り部や吟遊詩人にはわりと優しいみたいなんだけど、船乗り達はけっこう警戒されていたらしいよ。ただ、今の村長ってのは昔の王家の末裔なんだけど、なかなか話のわかる人らしいんだ。だから、村長ならちゃんと話を聞いてくれるだろうってさ。」
 
「なるほどね。それじゃ、何とか村長に話を聞いてもらえるよう、頼んでみるしかないってことか。」
 
「うん・・・。リニスさんが言ってたよ。とにかく腰を低くして、丁寧に話をすればそれほど嫌われることはないってさ。」
 
「へえ・・・礼儀を重んじるって事なのかな。」
 
「どうなんだろうなあ・・・。リニスさんは村長のことを悪く言わなかったから、けっこういい人なのかも知れないしな。」
 
「それじゃ、村長の人柄に期待することにしようか。となると、あとは東の港までどうやっていくか、なんだけど、灯台守の人達から船を借りることは出来ないのかな。」
 
「いや、それは出来るんだけど、今のところ船が東の港にあるんだってさ。」
 
「そうか・・・さすがにそこまで調子よくは行かないか・・・。東の港はどうなのかな?王国軍の連中はうろうろしてるかどうかまではわからない?」
 
「いや、普段は人気がないらしいよ。ただ、灯台守達の船も最近ほとんど動かしていないから、あんまり詳しい様子はわからないみたいだ。」
 
「剣士団の船はどうなってるの?壊されたりしていない?」
 
 ウィローも心配そうだ。
 
「それもよくわからないみたいなんだよ。どこに係留されているのかさえ、遠目にはわからないって言うことなんだけど・・・。」
 
「灯台守の人達だけで、そこまでは手がまわらないって事か・・・。」
 
「ああ、そうらしい・・・。だからあんまり突っ込んで聞けなくてな・・・。」
 
「仕方ないよ。となると、もう一度陸路を行くしかないのか・・・。小さな船では無理だしね・・・。」
 
「うん、それで、その・・・。」
 
「なに?」
 
「いや、その、実はだな・・・。」
 
 急にカインの歯切れが悪くなった。
 

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