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「よお、あんたらあの時の2人組だよな?」
 
 人なつっこい笑みを浮かべて私達に近づいてきた男・・・南大陸のオアシスで出会った、大道芸人の軽業師、アラムだった。
 
「久しぶりだな。いつの間にこっちに戻ってきたんだ?」
 
 カインが尋ねた。
 
「2〜3日前かな。もう向こうでの興行も限界でね、西側の小さい集落は一通り回ったし、そろそろ北大陸が恋しくなったのさ。」
 
「どうやって戻ってきたんだ?」
 
 今のカインは冷静だった。非難する風もなく、尋問するようなきつい口調でもない。
 
「普通にロコの橋を越えてきたよ。あの橋は、北から南へは行けないけど、南から渡ってくる分には誰でも受け入れてもらえるからな。」
 
「そう言えばそうだな。あっちにいた間、モンスターに襲われて怪我したりしなかったのか?」
 
「へぇ、心配してくれるのかい?西側ってのは元々そんなに凶暴な奴はいないからな。俺達が総出でかかれば何とかなったよ。それより、ここでの興行を見に来てくれたってのはうれしいね。今日は歌姫シャーリーを迎えて、記念すべき北大陸興行第1日目なんだ。ゆっくり楽しんでいってくれよ。」
 
「シャーリーとは知り合いだったの?」
 
「ああ、そうだよ。俺達みたいな流れ者の芸人てのは、たいていみんな顔見知りさ。ま、ライバルって言えば確かにそうなんだけどな、行き先が同じだったり、興行場所が小さい村だったりすると、別々に興行するより一緒にやったほうが、実入りが多かったりするのさ。まあこの町はデカいけど、このご時世だからな。競い合って共倒れになるより、ここは協力しようって、座長とシャーリーとの話し合いで決まったらしいぜ。」
 
「でもシャーリーが歌う歌は聖戦の歌だよ。君達はそう言う風潮に嫌気がさしたんじゃなかったっけ?」
 
「よく覚えてるなあ。まあそれはそうなんだが、北に戻ってきた以上は多少なりともその手の歌を歌ったり芝居に取り入れたりしておかないと、おまんまの食い上げになっちまう。くだらない意地を張るより、確実に手に入る金のほうを優先するのが普通じゃないか。」
 
「なるほどね。」
 
「ところであんたらは?いつの間にか王国剣士団はなくなっちまってるし、何でも城下町はガラの悪いならず者の集団みたいな王国軍とか言う組織が幅を利かせてるっていう話じゃないか。こんなところをうろうろしていて大丈夫なのか?」
 
「あんたも耳が早いなあ。さすがに城下町にはいられなくなって出てきたんだ。当てはないけど、このあたりのモンスターは以前より大分狂暴になってきているからな。少しでも被害を食い止めようと、この町にいるというわけさ。」
 
 カインはすましてそう言った。なるほどもっともらしい話だ。アラムは疑うそぶりは見せなかった。
 
「なるほどね。それは頼もしい話だな。そろそろ始まるから俺は戻るよ。楽しんでいってくれ。」
 
 アラムは笑顔でテントに戻っていった。
 
「うまい言い方したね。」
 
「あの言い方なら、誰も疑わないだろうなと思ったのさ。本当のことなんて下手に言えないからな。それよりこの興行が終わったら、シャーリーと話が出来ないか聞いてみようぜ。あの人が何を考えているのかってことも、ちょっと探りを入れておいたほうがいいようだからな。」
 
「そうだね。」
 
「あ、ほら、始まるわよ。ふふふ・・・何だか楽しみになってきたわ。こんな雰囲気、すごく久しぶりなの。」
 
 ウィローは好奇心いっぱいの目で、舞台を見ている。今は彼らの芸を楽しもう。オアシスで会った時でもあれだけの完成度だったのだから、きっと今回はもっと素晴らしい芸が見られるに違いない。
 
「うはあ、ずいぶん集まってきたなあ。」
 
 カインが感心したように辺りを見回した。舞台の周りには本当にたくさんの人達が集まってきている。やがて舞台に1人の男性が現れた。タキシード・・・なんだろうけど、どこか変な着こなしだ。多分これも『衣装』なんだろう。その妙な服の男性は大げさな仕草で辺りを見回し、大きく一礼をして挨拶を始めた。この人が一座の座長らしい。
 
「・・・ではこれからの一時を、歌と踊り、そして芝居で楽しくお過ごしください。」
 
 座長が舞台の袖に引っ込み、踊りや曲芸が始まった。若い吟遊詩人達の歌、幾つもの小さな玉を器用に両手で操る道化師。そしてひとしきり喝采が起きたあと、舞台の遙か上の方に張られた一本の綱の上に現れたのは、あのアラムだった。見上げるほどの高い場所で、たった一本の綱の上で、宙返りをしたり逆立ちをして見せたり、後ろのほうで「怖くて気分が悪い」と言っていた女性がいたようだが、確かにあの高さから落ちたらと思うとぞっとする。でも終わったあとは今までのどの演し物よりも大きな拍手が起った。
 
「いつ見てもすごいなあ・・・。」
 
 カインがため息と共に言った。
 
「小さい頃見たことがあるけど、今見てもやっぱりすごい迫力ねぇ。」
 
 ウィローも感心している。観客達の興奮がなかなか収まらないせいか、次の演し物はまだ始まらない。後ろのほうで「おい、シャーリーはまだか?」「シャーリーは?楽しみにしてきたのよ」などの声が上がり始めている。
 
「すごい人気だなあ。」
 
 カインがそう言ったとき、舞台の緞帳が下りた。途端に拍手がわき起こる。
 
「わざわざ一旦緞帳を降ろすなんて、もったいぶってるね。」
 
「さっきの座長の話から察するに、シャーリーは今日の興行の目玉みたいだからな。安売りはしないんだろう。」
 
 そして次に緞帳が上がったとき・・・そこにはシャーリーが立っていた。拍手はますます大きくなり、あちこちから「シャーリー!!」と声が上がる。
 
「主役の登場か。またこの間みたいな聖戦の歌かな。」
 
「どうだろ・・・。さっき出た吟遊詩人達が聖戦の歌を歌ってたから、今回は違う演し物かも知れないよ。」
 
「それもそうか。同じのじゃ飽きられるしな。」
 
 カインの声には期待がこもっている。シャーリーは自分の人気を保つためにいろいろと聖戦について調べていると言っていた。それが事実ならば、何かしら聖戦に関する新しい情報が、この演し物で得られる可能性もあるということか・・・。前口上はなしで、ゆったりと歌い出したシャーリーの歌声は、以前この町で初めて聞いたときより数段美しくなっているような気がした。2曲ほど歌ったあと、シャーリーの後ろにいつの間にか舞台のセットが登場していた。それを確認して、シャーリーが語り出した。
 
「これは、遠い遠い昔の物語でございます・・・。人々が、明日に希望を見いだすことが出来ずにいた、悲しい時代でございました・・・。」
 
 ここからまたシャーリーの歌が始まり、歌詞に合わせて物語が演じられていく・・・。
 
 嘆く人々・・・。病気で死にゆく家族をただ見守ることしかできない、貧しい人達。となりで見ているカインの顔が少しこわばった。あの光景は、おそらくカインがずっと見てきた貧民街の光景と同じだ。やがて1人の男が立ち上がる。
 
「今こそ立ち上がろう!王を殺せ!」
 
(・・・え?)
 
 そこにシャーリーの歌が重ねられていく。
 
−−・・・暴政に疲弊する人々・・・その嘆きを聞いた若者が立ち上がる!王を殺せ!そして我らに自由を!新しい指導者を!−−
 
 儚げな美しい歌声は、いつの間にか力強い叫びのように響き渡り、暴政にあえぐ人々の願いを一身に受けた若者が王宮へと潜入する。若者は王宮の中で王に不満を持つ者達の助けを借りながら、ついに王の間へと入り込むことに成功。若者の刃が王の胸を貫いたとき、王はまるで眠りから覚めたように我に返る。そして自分のしてきたことを詫び、せめて家族に累が及ばぬようにと懇願しながら息絶える。人々は若者を讃えるが、若者は自責の念に苛まれる。彼が殺したのは狂った王ではなく、自分達と同じ心を持った1人の人間であったのだ。やがて国は王の子に受け継がれていくが、再び同じ悲劇が起きぬようにと、国王1人の専制君主制ではなく、何事も合議によって決定するようにと国のシステム自体が変わっていき、それを見届けた若者が1人旅に出るところで物語が終わった。終わったあと、シャーリーの歌の美しさと芝居のすばらしさで、割れんばかりの拍手喝采だったのだが、私達3人は一様に呆然としていた。国王が暴政を布き、家臣に殺される・・・まるであの神話のようではないか・・・。
 
「シャーリーに話を聞こう。」
 
 青ざめた顔のカインが言った。私達は黙ってうなずき、鳴り止まない拍手の中、そっと客席を抜け出した。
 
「どこにいるのかな・・・。」
 
 辺りを見回してみたが、人が多すぎてあたりの様子がまったくわからない。その時客席でひときわ大きな歓声が起った。
 
「ねえ、カーテンコールじゃない?これだけの拍手だもの。何回かあると思うわよ。」
 
 ウィローが言った。
 
「それじゃ舞台の裏で待ってみようよ。行けば誰かしらいるだろうし、いつ頃になればシャーリーに会えるかもわかると思うよ。」
 
 私達は一旦広場の隅に移動し、そこから舞台の裏手にまわった。思った通りそこには一座の人々がみんないたので、シャーリーに会いたいんだけどと聞いてみたところ、私達は笑顔で奥のテントに案内された。シャーリーが、そこで待っていてくれるようにと頼んでいたというのだ。
 
「俺達が会いに来ることもお見通しってわけか・・・。何者なんだよ、あの人は・・・。」
 
 よくない波長を感じないとは言うものの、確かに何かある。いったい彼女は何者で、私達に何を伝えたいのだろう・・・。
 
「・・・お待たせいたしまして、申し訳ございません。」
 
 しばらく待たされたあと、テントの中にシャーリーが入ってきた。
 
「すごい人気だったからな、仕方ないよ。でもシャーリー、俺達をここで待たせておいたってことは、俺達に何かを教えてくれるつもりがあるって考えていいのかな?」
 
 カインは慎重に言葉を選んでいる。
 
「はい。あのセントハース襲来の時より、次にお会いすることがあれば、それはきっとご縁があるのだろうと思っておりましたので、その時は出来る限りのことをお話しするつもりでございました。」
 
「出来る限りってことは・・・・全てではないってことか?」
 
 シャーリーは申し訳なさそうにうなずいた。
 
「・・・申し訳ございません・・・。わたくしが話せることはそれほど多くはございません。ですが、出来る限り皆様方のお力になりたいと考えております。」
 
 シャーリーが眉間に皺を寄せ、つらそうにうつむいた。この言葉が嘘でないことはわかるのだが、やはり、まだどこか信用しきれないものがある。とにかく、話してもらえるだけのことは、全て話してもらおう。信じるか信じないか、全てはそれからだ。
 
「・・・わかったよ。俺達だって君を困らせたいわけじゃないんだ。いろいろと聞きたいことはあるんだけど、まずは今日の演し物について教えてくれるかな?」
 
「今日の・・・演し物について、でございますか?」
 
 シャーリーは意外そうに顔を上げた。私達の最初の質問が、聖戦竜に関することでなかったことを、少し驚いているらしい。カインはシャーリーに、私達がこの街にやってきた理由を簡単に説明し、以前見た本に書かれていた神話の内容と、今日の歌の内容があまりにも似ているので、何かこう言った話を聞いたことがあるのかどうか、それを知りたいのだと言った。
 
「そういうことでございましたか・・・。確かに今のフロリア様のなさりようは、この神話と相通ずるものがございますね・・・。」
 
「君もそう思うか?俺達は今のフロリア様が、なんとか以前のようにお優しいフロリア様に戻ってはくれないかと願っているんだ。俺達の出来ることなんてたかが知れているかも知れないけど、どんなものでもいいから、手がかりになるようなことがあるなら調べておきたいと思ってる。だから君が知っていることがあれば、どんなに小さなことでもいいから教えてくれないか?」
 
「・・・あの・・・皆様方がお探しだった本というのは、もしかしたらこれのことでしょうか?」
 
 そう言ってシャーリーがテーブルの上に取り出したのは、まさしく図書館で見たあの本だった。王立図書館の蔵書であることを示す、シールが貼られている。
 
「これは・・・借りていたのは君だったのか。」
 
「はい。実は今回、こちらの一座の皆さんと一緒に興行することになったので、何か目玉になるような演し物がないかと思案しておりました。この本は大分前に王立図書館で見たことがございましたので、この本を元に物語を作れないかと、もう一度借りて、今回の脚本を書き上げたのでございます。」
 
「そういうことだったのか・・・。それじゃ君は、この手の物語を他で見たとか聞いたとか、そういうわけではないんだな?」
 
 カインは少し落胆していたようだった。
 
「・・・・・・・・・・。」
 
 なぜかシャーリーは黙っている。何かを思案しているようにも見えた。
 
「あの・・・その前に一つお聞きしたいのですけれど、皆さんは、わたくしがこの本を図書館に返せば、すぐにでも借りるおつもりなのですね?」
 
「そのために図書館通いをしていたからね。でも君がまだ使うなら、使い終わるまで待っているよ。」
 
 考え込んだカインの代わりに私はそう言ったのだが、シャーリーは、私に視線を移したまま、しばらく動かなかった。テントの中に異様な空気が流れ始めた頃、突然テントの入口がバサッと開いて、顔を出したのは一座の青年だった。確かアラムと一緒に軽業をやっていた青年だ。
 
「おーい、話してるところ悪いけど、ちょっといいかい?」
 
「あ、ああ、どうぞ。」
 
 カインは呆けたような顔のまま返事をした。
 
「シャーリー、やっとお客がひけたから、これから打ち上げでもやろうって話になってるんだけど、あんたも出てくれないか?今日の大入りの立役者だからな。座長が大喜びだぜ?」
 
 こわばっていたシャーリーの表情は瞬時に崩れ、最初に会ったときと同じ、穏やかな微笑みに戻っていた。
 
「まあうれしい。そう言っていただけると、わたくしもうれしいですわ。ではもう少ししたら伺いますと座長さんに伝えてくださいな。」
 
「ああわかったよ。」
 
 青年はまた戻っていった。少しホッとした。彼が突然入ってきてくれたことで、シャーリーの視線が私から外れ、テントの中の緊張が和らいだからだ。なぜシャーリーはあんなにも私をじっと見つめていたのだろう・・・。
 
「みなさん、これから宿に戻られるのでしょう?」
 
「あ、ああ、そうだな・・・。またいろいろ調べ物をするのに本を借りてるから。」
 
 少し残念そうにカインが言った。今の青年が入ってきたことで、シャーリーに席を立つ理由が出来てしまったからだろう。
 
「それでは明日にでも、わたくしがこの本を持って宿屋に伺います。その時にいろいろとお話をさせていただきたいのですけれど、よろしいでしょうか?」
 
「いいのか?興行は明日もあるんだろう?」
 
「ええ、でも大丈夫ですわ。午前中くらいなら時間が取れますから。」
 
「そうか。それじゃ頼むよ。でもそんなに急がなくていいよ。どうやら今日は君が主役の大宴会になりそうだし、俺達は他の調べ物をしながら待ってるから。」
 
「ありがとうございます。」
 
 優雅にお辞儀をして、シャーリーがテントを出ていき、私達も立ち上がった。外に出ると、一番大きなテントの前ですでに盛り上がっているらしい一座の人達が、拍手でシャーリーを迎えている。
 
「・・・・・・・・。」
 
 カインは黙ったまま、シャーリーの後ろ姿を見つめていた。
 
「どうしたの?」
 
「なあクロービス、シャーリーのこと、信用出来ると思うか?」
 
「・・・大筋ではね。」
 
「全面的には、まだ無理か・・・。」
 
「君だってそう思ってるんじゃない?」
 
「まあな・・・。」
 
「本当は、座長さんにも話を聞きたかったけど、あの調子では今日はもう無理だね。」
 
「そうだなあ・・・。」
 
 一座の座員達は、シャーリーを囲むようにしてテントの中に入っていった。中でまた歓声が上がる。打ち上げに参加していないのは、荷物番をしている下働きの若い・・・と言うより子供ばかりだ。その子供達は、いつまでも帰ろうとしない私達を警戒の目で見ている。
 
「とにかく宿に帰りましょう。いつまでもここにいると、変に思われるかも知れないわ。」
 
「そうだな・・・。戻るか。」
 
 荷物番の子供達が騒ぎ出さないうちに、私達はテントをあとにして宿屋に向かった。宿に戻って入口の扉を開けると、エリーゼが笑顔で迎えてくれた。
 
「君は行かなかったのか?」
 
「行ってきたわ。でも私が出掛けるとここが父さん1人になっちゃうから、あなた達よりずっと遅く出たのよ。でもギリギリ間にあったわ。シャーリーさんの歌声は相変わらず素敵ねぇ。今日みたいな大がかりな演し物もいいけど、また前みたいに1人で歌を歌ってほしいわ。」
 
 エリーゼはうっとりとしている。
 
「なあエリーゼ、シャーリーは前に俺達と会ってから、ずっとこの町にいたのか?」
 
「うーん・・・ずっとかどうかはわからないけど、シャーリーさんは元々クロンファンラを基点として活動していたのよ。ロコの橋が閉鎖される前は南大陸にも行っていたようだけど、今はモンスターも怖いし、南には行けないから、城下町とローランあたりを回っているのかもね。」
 
「元々ってことは、かなり前からこの町には来ていたんだな?」
 
「そうよ。そうねぇ・・・もう5〜6年になるかしら。・・・でもどうして?」
 
 エリーゼが探るようにカインを見た。エリーゼがカインに好意を持っているらしいことはわかる。恋する相手が美しい吟遊詩人に興味を持っているかも知れないと、心配しているのだろうか。
 
「いや、さっきの大道芸人の一座の人と話をしたんだけど、何でもあそこの座長とは昔からの知り合いみたいな口調だったからさ。若く見えるみたいだけど、吟遊詩人としての経験はけっこう長いのかなと思って。」
 
「そうねぇ・・・。初めてここに来たときも、駆け出しには見えなかったから・・・長いのかも知れないわね。でも歳は多分、私より少し上なくらいだと思うんだけど・・・。」
 
「ふーん・・・。吟遊詩人としてはそれなりの経験を積んでいるってことか・・・。やっぱり演目は聖戦関係の歌ばかりなのか?」
 
「・・・やけにしつこく聞くのね。」
 
 エリーゼの声に、少しだけすねた響きがこもったことに、カインだけが気づいていない。
 
「聖戦竜のこととか、ずいぶん詳しく知っているみたいだからね。この間会ったときも、聖戦についていろいろ調べているって言ってたし。そりゃ興味も湧くよ。」
 
 エリーゼに不審がられるとあとが面倒だ。私はさりげなくカインの言葉を補足したつもりだが、さてエリーゼにはどう伝わったのだろう。
 
「そ、それは確かにそうよね・・・。あなた達はその聖戦竜と実際に戦って、この町を守ってくれたわけだし・・・。」
 
 エリーゼがハッとして口ごもり、申し訳なさそうにそう言った。言外に『疑ってごめんなさい』と言っているようだった。どうやら私のフォローは成功したらしい。夕食を部屋に運んでもらえるようにエリーゼに頼み、私達は部屋へと引き上げてきた。
 
「・・・・・・・・・・・・。」
 
 借りてきた本をテーブルの上に乗せたまま、私達は3人とも、その本を手にとって開く気になれないでいた。
 
「・・・なあクロービス、どう思う?」
 
 カインはベッドの端に腰掛け、膝の上で頬杖を突いている。
 
「何が?」
 
「シャーリーさ。何だかお前のことを凝視してたよな?」
 
「うん・・・・。」
 
 あの視線の意味がさっぱりわからない。
 
「顔は洗ってたんだろう?」
 
「そ、そりゃちゃんと洗ったよ。食事のあとも口の周りは拭いたし、顔に汚れが付いていたからだとは思えないなあ。」
 
「まあそれもそうだよな・・・。」
 
 カインは自分の言った言葉に『ばかばかしい』とでも言うかのように、肩をすくめてみせた。
 
「結局私達の訪問をなぜ知っていたのかも、わからずじまいだったわ。」
 
「神話の話もうまく逸らされちゃったしね。」
 
「そうなんだよなぁ・・・。」
 
「うーん・・・いいほうに考えれば、シャーリーさんはあの神話に関する何かを知っているってことにもなると思うけど・・・。」
 
 そういうウィローも、自分の言った言葉に今ひとつ確信が持てずにいるらしい。
 
「う〜ん・・・。」
 
 カインがため息をついた。今日、これで何度目だろう。あの時、シャーリーは私達の来訪を予測していたようだった。だが、結局なにも聞き出すことが出来なかった。その理由が、あの軽業の青年が突然入ってきたからとは思えない。それは私達3人とも同じ意見だ。だが、ではなぜシャーリーは話すことをやめたのだろう。いや、そもそも彼女は何を私達に話そうとしていたのだろう。
 
「ウィロー、君は何か気づかなかったか?」
 
 カインが今度はウィローに水を向けた。ウィローの勘に期待しているらしい。
 
「うーん・・・そうねぇ・・・気になったことと言えば、カインが聞きたいことが今日の演し物のことだって言ったときに、意外そうな顔をしたことくらいかしら。」
 
 ウィローも首をかしげながら考え込んでいる。
 
「ああ、そういえばそうだな。多分、真っ先に聖戦竜についての話でも聞かれると思っていたのかもな。」
 
「オシニスさんが疑いの目を向けたくらいだから、もしかしたら私達と次に会ったら絶対そのことでいろいろ聞かれると思ってたのかも知れないよ。」
 
「そういえばそうだったわね・・・。あとは・・・・」
 
 うーんと唸って考え込んだウィローが、小さく「あ」と言って顔を上げた。
 
「何か気づいた?」
 
「そういえば・・・ねぇクロービス、シャーリーさんがあなたをじっと見る直前、視線が一瞬だけ下のほうに動いたのよ。気づかなかった?」
 
「下のほう・・・?」
 
「ええ、多分あなたの腰のあたり。」
 
「腰って・・・・。」
 
「クロービスの剣か!?」
 
 カインが顔を上げて叫んだ。
 
「おそらくそうだと思う。クロービスの剣の下がっているあたりに、一瞬だけ視線を走らせたのよ。それから視線を上げてクロービスの顔をじっと見つめていたの。」
 
「またお前の剣か・・・。」
 
 カインはまたしてもうーんと唸って、考え込んでしまった。
 
「・・・つまりシャーリーさんはクロービスの剣について、何か知ってるってことかしらね。ねえクロービス、あの人はあなたの剣のことは知っているの?」
 
「うーん・・・どうなのかなぁ・・・。この剣はセントハースの瞳から抜けたあと、しばらく光ったままだったんだ。私が宿屋で手当てされている間も、鞘から抜かれた状態のままで部屋のテーブルに置かれていたから、シャーリーは確かにこの剣を見ているはずだけど・・・。」
 
 この剣がルーンブレードだなんてわかったのは、ハース鉱山で鉱夫達を助け出し、カナに戻ってきて一息ついた頃だ。教えてくれたのはカナの鍛冶屋のテロスさんだった。
 
「見たことがあるのなら、もしかしたらこの剣がどう言うものかって気づいたのかも知れないわね。」
 
「つまり、ルーンブレードってものの特徴を知ってるってことか?」
 
「そうよ。だってテロスおじさんは一目見てルーンブレードだって言い切ったのよ?剣の特徴さえ知っていれば、実際に見た時点で気づいたとしてもおかしくはないわ。」
 
「でもこの間は何も言ってなかったよね。」
 
「もしかしたら言うつもりだったのかも知れないぞ。でもあの時、オシニスさんに疑われていたじゃないか。そんな状況で剣のことなんて持ち出したら、ますます疑いが深まっちまいそうだからな。言えなかったのかも知れない。」
 
「でも知っているとしたら、どうして知っているんだろう。テロスさんは武器職人だから知っていてもおかしくないと思うよ。昨日読んだ本を見ても、存在は知られているって話だったから、持ち主を選び守護する剣なんて聞けば、武器職人は誰だってそういう剣を作ってみたいって思うんじゃないのかな。でもシャーリーは吟遊詩人じゃないか。聖戦のことを調べていると言っていたけど、この剣が聖戦に絡んでいるとは考えられないよ。今までそんな話はどこからも聞いたことがないし・・・。」
 
 本音を言えば、自分の剣が、大好きな父が遺してくれた剣が、そんなことに関わっているなどと思いたくもない。だが、そういった個人的な感情を抜きにしても、今まで聖戦の話が語られるときに、こんな剣の存在など聞いたことがないのだ。
 
「そうだなぁ・・・。聖戦に絡んでいるとは俺も思えないけど、俺達が図書館から借りてきた本で調べた限りでは、ルーンブレードってのは魔法に一番近い存在なんだ。うまくいけば、シャーリーからお前の剣についていろいろ聞き出せるかも知れないぞ?」
 
「でも君が一番知りたい魔法の話と結びつくかどうかはわからないよ。」
 
 人の心を操る魔法と、持ち主を選びその主を守護する剣。どこをどう考えても結びつく糸口は考えつかないのだった。
 
「まあそうなんだけど、何かしらわかることがあるのなら、それはそれでいいじゃないか。今日はもう考えるのはやめよう。明日シャーリーが俺達に話してくれることを祈って、そろそろ休もうぜ。」
 
「そうだね・・・。」
 
 いつの間にか夜になっていた。これから食事をしてもそれほど遅い時間になるわけではなかったが、今日はいろいろなことがありすぎて、何だかとても本を開いて調べ物をしようという気になれなかったのだ。魔法に近づこうとすればするほど浮かび上がってくる、『サクリフィア以前に栄えていたかも知れない王国』の影、そして不思議な力を発揮しつつある私の剣、それに興味を示したかも知れない吟遊詩人シャーリー、彼女は確かに何かを知っている。明日になれば何もかもわかればいいのに・・・3人が3人とも心の中でそう願いながら、この日の夜は更けていった・・・。
 
 
 
 前日早く休んだことがよかったのか、翌日の朝はすっきりと目覚めることが出来た。
 
「まだ来ないみたいだな。」
 
 カインはもうそわそわしている。
 
「こんなに早くは来ないと思うよ。まずは食事をしてからだと思うから、私達も軽く食べちゃおう。」
 
 食事をしたあと、シャーリーが来るまでの間に少し昨日の続きの調べ物をしようかと、借りてきた本を開いてみた。が、3人とも落ち着かず、本の内容がさっぱり頭に入らない。
 
「ははは・・・もうやめておこう。読んでも読んでも、ちっとも頭に入らないよ。」
 
 カインが笑い出した。
 
「そうだね・・・。今日は余計な知識を入れず、シャーリーの話をきちんと聞けるように心の準備をしておこうか。」
 
「そうだな。進行役は俺にやらせてくれよ。」
 
「いいよ。私達は何か聞きたいことがあれば、その都度話しかけるから。」
 
「よし、それで行こう。ところで、最初にどんなことを聞く?」
 
「最初に?」
 
「うん。そりゃ俺としてはあの本のこととか、お前の剣のこととか、もう聞きたいことだらけなんだけどさ、なんて言うのかな、その前に、まずは会話の主導権を握っておきたいんだ。」
 
「主導権か・・・。なるほどね。」
 
「そのほうが、シャーリーの言葉を信じられるかどうか判断しやすくなるような気がするしな。せっかく話を聞かせてくれるって言うのに、俺だっていちいち疑ってかかりたくはないけど、今は出来るだけ慎重に行動しないとな。」
 
「そうだね。自分達の耳に心地いい話を聞かされて、まんまと騙されるわけにはいかないもんね・・・。」
 
 何としてもフロリア様を元に戻す・・・。カインの強い願いは、そのまま私達の願いでもある。フロリア様さえ元に戻ってくれたら・・・また仲間達と王宮のあの場所で再開出来るのだ。堂々と、胸を張って・・・。
 
「とは言え・・・ははは、実を言うとな、俺も自信がないんだ。」
 
 カインは情けなさそうに首をかしげて頭を掻いた。
 
「どういうこと?」
 
「今、俺は魔法のことを知りたいと思ってる。お前の剣でも何でも、俺の知りたい答えに近づいていると思えば、もうどうしようもないくらいに知りたくてたまらない・・・。でもそんな気持で話を聞いたら、前にお前が言っていたように、シャーリーの言葉全てを自分の都合のいいように繋げて、勝手に結論を出してしまいそうな気がするんだ。」
 
 私が気を回してくどくど言っていたことを、カインはちゃんと聞いて考えてくれていたらしい。
 
「そうか・・・。それじゃ、まずはシャーリー本人ののことについて聞いてみようか?」
 
「本人の?」
 
「うん。『シャーリーが何者か』っていうのは、君も私も、多分ウィローだって不思議に思ってるよね?」
 
「そうね・・・。確かに、ただの吟遊詩人と言うには、少し不思議なところが多いと思うわ。なんて言うのかな・・・。私達を見る目が、何か、私達を通して何か別のものを見ているような、そんな気がしたの。」
 
 別のもの・・・それは私の剣にまつわるものだろうか。それとも、サクリフィアの伝説にまつわる・・・。
 
「そうだなぁ・・・。何者か、か・・・。確かにそうだな。まああんまり個人的なことを根掘り葉掘り聞くのも気がひけるけど、せめてシャーリーが何を考えて、どんなつもりで俺達に協力してくれようとしているのか、そのくらいのことは聞いてもいいよな・・・。でないと、シャーリーの言葉も信じようがないしな・・・。」
 
 あんまり気が乗らない、カインの顔はそう言っている。シャーリーの正体は気になるが、あんまり詮索しすぎるのもどうしたものかと思案しているようだ。
 
「それじゃ、最初だけ私が話そうか?カインはそのあとで聞きたいことを聞いたほうがいいんじゃない?」
 
 カインは顔を私に向けて、うーんと唸ってしばらく考え込んでいたが・・・。
 
「そうだなぁ・・・。そうするよ。最初はお前に任せる。お前のほうが冷静だし、口調も穏やかだから、シャーリーに対して警戒心を抱かせないだろうしな。」
 
「じゃあ決まりだね。でも、いきなり『あなたは何者ですか』なんて聞くわけにはいかないから、会話の流れを見ながら切り出してみるよ。」
 
「ははは、そうだな。そのあたりは任せるよ。お前がしゃべっている間に、俺はもう少し落ち着いたほうが良さそうだ。」
 
 カインは苦笑しながら首を振って、ため息をついた。まだ気持が昂ぶっているらしい。ずっと求め続けた答が、今自分の目の前に姿を現すかも知れない、そう考えれば、誰だって落ち着かないものだ。
 
「でもカイン、信用出来るってわかったとしても、シャーリーの言葉の判断は慎重にね。」
 
「ああ、わかったよ。」
 
 カインが少しだけ晴れやかな顔でうなずいた。
 
 
 
「シャーリーさんが来てるんだけど、ここに案内していいかしら?」
 
 ノックのあと、エリーゼが顔を出してそう言った。カインがここに呼んでくれないかと頼み、程なくしてシャーリーが現れた。手提げ袋を下げている。中身はあの本だろうか。
 
「おはようございます。朝早くから申し訳ございません。」
 
 シャーリーは深々と頭を下げた。
 
「そんなことはないよ。俺達が君と話したかったんだし。座ってくれないか。」
 
 カインはシャーリーに椅子を勧め、エリーゼにはお茶とお茶菓子を出してもらえるよう頼んだ。そしてそのあとは誰もここに通さないでくれと念を押して。
 
 
「さあお茶でございます。どうぞ。」
 
 エリーゼは最初の一杯をみんなに注いでくれて、あとはよろしくねとウィローに頼んで部屋を出て行った。
 
「さて・・・シャーリー、今日はいろいろと話を聞かせてくれると期待しているんだけど、そう考えていいのか?」
 
 カインは探るようにシャーリーを見た。シャーリーは穏やかな笑みを浮かべている。その表情からは、この人がいったい何を考えているのか、読むことは出来ない。私が気になるのはまさしくこの表情だ。いつも穏やかに微笑んでいるが、その笑みの向こう側に隠れているものがなんなのかわからない。それが私を不安にさせる。
 
「はい。わたくしに話せることでしたら、どんなことでもお話しするつもりでこちらに参りました。」
 
「話せることの範囲って言うのは、君がどこの何者かって言うことも含まれると考えていいの?」
 
 私の質問に、一瞬シャーリーの顔がこわばり、すぐにまた元の微笑みに戻った。そしてうなずいた。
 
「その質問は当然出るものと予測して参りました。そしてそのことについて、お話し出来ないことはなにもございません。」
 
「それじゃ、まずそこから話してくれないか。」
 
 シャーリーはもう一度うなずいたが、少し思案するようにうつむき、
 
「その前に、そちらの赤毛の剣士様から昨日お尋ねのあった件につきまして、お答えさせていただいてもよろしいでしょうか。」
 
「昨日のって言うと、あの演し物の話?」
 
「はい。昨日は本のことを思い出してつい話を逸らしてしまいましたので、質問についてお答えしないままになってしまい、大変失礼いたしました。」
 
 シャーリーが深く頭を下げた。自分のことについてはぐらかすつもりなのかどうかはなんとも言えないが、カインも昨日の質問の答えは気になるだろう。先に聞いておいたほうがいいのかもしれない。それに、話を聞きながらなら、シャーリーの様子を観察することも出来る。
 
「そうか、それじゃ頼むよ。昨日のカインの質問は、あの演し物が単なる作り話だったかどうかって事だったね。」
 
「はい・・・。あれは、サクリフィアの神話でございます。その神話を元にしてわたくしが作りました。そういう意味では、あの芝居は全くの作り事でございますが、神話そのものは実際に起きた出来事だと、聞いたことがございます。」
 
「本当か!?それはどこで!?」
 
 椅子から腰を浮かせて思わず大声になったカインは、慌てて自分の口を押さえた。
 
「す、すまない。大声出したりして・・・。」
 
 カインが必死で冷静になろうとしているのがわかる。椅子に座り直して、「ごめん」と言うように私に目配せをした。
 
「いえ・・・無理からぬことと思います。実を申しますと、昨日皆様がお話しされていたように、わたくしも、今のフロリア様のなさりようは、まるでこの神話のようだと思ったことがございますから・・・。」
 
「あの神話を知っている人なら、誰でもそう思うかも知れないね。だからこそ、この神話に何かしら元になった話があるのなら、その話はいつどこで起きた話なのか、そして話の内容をもう少し詳しく知りたかったんだ。」
 
 シャーリーは持っていた手提げ袋から、あの本を取り出してテーブルの上に置き、神話が載っているページを開いた。
 
「いつどこで起きた話かと申しますと、このお話はサクリフィアで実際に起きた話を元にしたものと言うことでございます。時期的には・・・そうですね、サクリフィアという国が建国されて、しばらく過ぎた頃のことと聞いております。ただ内容となりますと・・・」
 
 シャーリーは手元の本を手にとった。
 
「この中に書いてある以上のことは、それほど詳しくわからないというのが真実でございます。」
 
「わからないと言うことは、たとえばその王様が何でそんなに変わってしまったのかとか、家臣に殺されたって言う話だけど、その苛烈な政治を始めてから死ぬまではどのくらいの時間があったのかとか、そういう物語の詳細についてはわかってないってこと?」
 
「はい・・・。」
 
 シャーリーは表情を変えないままうなずいた。
 
「神話や民話などと言うものは・・・いつの世も片手落ちなものでございます。元々は口伝で伝えられてきたものでございますから、長い間にあちこち抜け落ちて、そのまま忘れ去られてしまった逸話もございましょう。」
 
「それなのに、なんでその話が『サクリフィアで起きた話』だってわかるの?」
 
 シャーリーの眉が、ほんのわずかぴくりと動いた。
 
「それは・・・どういう意味でございましょうか。」
 
「私達は3人とも、この国の歴史は教わってる。サクリフィアという国は、巫女が神殿で神の声を聞き、その言葉に従って王が政治を執り行うという国だったってね。そんな国で王様がおかしなことを始めたら、神様の肚一つでどうにでも出来るはずじゃないか。『こいつは王としてふさわしくない』と巫女に命じて、さっさと王様を退位させればいいわけだからね。でもそうはならなかった。だとすると、この話は本当はサクリフィアの話ではないんじゃないか、どこか他の国の話なのか、でなければただの作り話なのか、どっちかなのかなって思ったのさ。でも君は実際に起きた出来事だって言う、となると、どう言うことなんだろう。」
 
「・・・・・・・。」
 
 シャーリーはしばらくの間黙っていた。私達は3人ともシャーリーから目を離さなかった。彼女の表情に、一瞬でも何か他の、たとえば私達を欺こうとでもするかのような表情が混じったりはしないかと、必死で見つめていた。
 
「それは・・・・。」
 
 シャーリーがやっと口を開いた。
 
「それは・・・間違いなくサクリフィアの国で起きた出来事でございます。サクリフィアが巫女の治める国となったのは、建国してより大分過ぎた頃のことでございました。」
 
「ということは、それより前は普通に王様が治める国だったってこと?」
 
 シャーリーがうなずいた。
 
「はい、このお話は神話として描かれているのでそれほど恐ろしい話は含まれておりませんが、実際にはかなりひどい・・・と言うより、非道な政治を行っていたそうでございます。ついに家臣達が協力して王を討ち果たし、それまでは国の安寧を祈り、時に人々の心の支えとなっていた神殿の巫女達に、国の運営に携わってくれるように頼み込んだと言うことでございます。」
 
「つまり、家臣達が神様に助けを求めて、そこから巫女の言葉に従って政治を執り行うようになったと・・・?」
 
「はい・・・。昨日の芝居では、さすがにそのままではあまりお客様の共感を得られないだろうと考え、合議制で政治を執り行うことになったという、言わば近代的な考え方を取り入れたのでございます。」
 
「なるほどね・・・。確かにこの国では、教会はたいした力を持ってないからね。」
 
 この国で『神の力で』などと言ったところで、本当に神様が万能の力でもって何でもしてくれるなんて思ってる人は、誰もいないんじゃないだろうか。そう、たとえ教会の神父様でも、『最高神官』の肩書きを持つレイナック殿でさえ・・・。
 
「教会の頂点に立つレイナック殿は御前会議の一員だけど、あの方は権力についてはそれほど執着していないみたいだからな。」
 
 カインが考え込むような口調で言った。
 
「気さくな方だって言う話は、母さんも言ってたわ。あなた達も前にそんな話してくれたわよね。」
 
 ウィローが言った。
 
「うん。気さくでいい方だよ。どっちかというと、治療術を教えたりするほうに熱心かなあ。出来るだけたくさんの人が治療術を学んでくれるようにって、いつも言ってたからね。」
 
「レイナック様のお人柄は、わたくしも聞き及んでおります。最高神官や御前会議の筆頭大臣という肩書きにはそぐわないほどに、温厚でお優しい方だそうでございますね。」
 
「いい人だよ。本当なら私達なんて親しく口をきけるような方じゃないんだけどね。よく剣士団の宿舎に来てはいろいろと話をしているよ。」
 
 レイナック殿の人柄は、王宮内のみならず、広く国民に知られているようだ。さすがに、一王国剣士に『じいさん』と呼ばれるほどまでとは思わないだろうけど・・・。
 
「サクリフィアの巫女達も、国民にとってはそのような存在だったようでございます。元々巫女達の役割は治療術を広めたり、悩める人々に道を示したり、人々の精神的な支えでございました。信頼を失墜していた王家は巫女達の求心力に目をつけ、彼女達の協力を得ることで、なんとか王家の威信を保とうとしたのでございましょう。」
 
「ところが、いつの間にか巫女の傀儡みたいな立場になっちゃったってことか・・・。」
 
「そういうこと・・・のようでございます・・・。」
 
 今の言い方は、『そういうことだ』と断言しようとして、慌てて『そういうことのようだ』と言い直したように聞こえた。
 
「ずいぶん詳しいね。それも君が自分で全部調べたの?」
 
「はい。」
 
「どこの資料で?」
 
「・・・え・・・・?」
 
 シャーリーの表情がほんの少し揺らいだ。
 
「この街で最初に会ったとき、君は襲ってきたモンスターが聖戦竜のセントハースであることを教えてくれた。ずいぶんと聖戦に詳しいと、オシニスさんに疑われるほどだった。そして君はどうやら、サクリフィアの国の内情にもずいぶんと詳しいみたいだ。でもそんな知識をどこで得たの?私達はこの本に書かれている神話の信憑性について調べるために、王立図書館でずいぶんとたくさんの本を読んだよ。でも魔法どころか、サクリフィアという国そのものの成り立ちや内情も、資料が少なすぎて一般に知られていることはほとんどないと書かれていたんだ。なのに君はかなり詳しく知っている。その情報を、君はどこで手に入れたのか、それを教えてくれないか?」
 
「それは・・・。」
 
 シャーリーが黙り込んだ。が・・・表情はもう元に戻っている。今の私の質問は、別に不意を突いたわけではないらしい。もう少したたみかけてみようか。
 
「今の話は、私達にとってかなりありがたい情報だったよ。でもそれは、それが全て真実ならば、の話だ。それだけ詳しい情報を得るために、君はどこでどうやって調べたのか、そしてそれは信頼出来る情報源なのか、そこがわからないと、君を全面的に信じることは出来ないんだ。もちろん、私だって君を責めたいわけじゃないよ。でも、今私達が置かれている状況は、君だって多分理解してくれていると思う。今の私達には失敗は許されないんだ。どうしても慎重にならざるを得ないんだよ。」
 
 シャーリーは小さくうなずきながら、私の話を聞いていた。カインは黙っている。かなり必死で黙り続けていることがわかる。カインとしては、このままシャーリーの話を聞きたいのだろう。せっかくいい話が聞けているのだ、余計な口を差し挟まずに、シャーリーから聞き出せる情報の全てを聞き出したいと思っているんだろうなと思う。でもそれでは、話の主導権をシャーリーに渡してしまうことになる。それがわかっているから、カインも黙らざるをえないのだ。
 
「・・・実を申しますと、昨日皆様が尋ねておいでになったとき、その質問をされるのではないかと思っておりました。」
 
 シャーリーがぽつりと言った。やはりそうか。なのに昨日の演し物についての質問をされたので、かえって驚いたのだろう。
 
「ここで君と初めて会ったとき、オシニスさん達は大分君のことを疑っていた。私も不思議には思っていたよ。君の言っていることは、筋が通っているようで、どこかおかしいとね。君もそれはわかっていたんだろう?」
 
「はい。あの時・・・現れたモンスターがセントハースであると確信出来たとき、どうしていいかわからないほどに驚きました。そして夢中で剣士様にそのことを告げてしまって・・・本当に後悔しておりました。余計なことを申し上げたばかりに、人々が恐れおののいて王国剣士様のお仕事に支障が出るようなことがあってはと・・・。」
 
「そのことについては、ここの宿屋のオヤジさんに感謝だよ。恐怖で足がすくんでいる人や、慌てて走り回る人達をなだめて、きちんと避難させてくれたんだから。」
 
「そうでございますね・・・。わたくしは、皆様がこの町を旅立たれたあと、覚悟を決めておりました。あのあと剣士様方にお会いすることがあれば、きっとわたくしの素性について追求されるだろうと。そしてその時は、包み隠さず申し上げる以外にないのだろうと・・・。」
 
「それじゃ、今ここで話してくれる?もちろん、君の個人的なことを根掘り葉掘り聞く気はないよ。でもせめて、君がなぜ聖戦竜やサクリフィアのことにそんなに詳しいのか、どうして私達に協力してくれる気になったのか、それだけでも聞かせてもらえないと、今君がしてくれた話を信じることは出来ないんだ。」
 
 シャーリーがうなずいた。相変わらず表情は変わらない。シャーリーは、ここに来たときから覚悟を決めていたのだろう。
 
「わたくしの生まれたところは、南大陸の中でも南端に位置する、砂漠の中の小さなオアシスにある村でございます。100年ほど前、村の若者が1人の若く美しい娘を連れて帰ってきました。若者と娘はその村で結婚し、子供が生まれて幸せに暮らしたそうでございます。」
 
「100年ほど前って言うと、それがつまり君のご先祖ってこと?」
 
 シャーリーがうなずいた。
 
「若者の母親は息子が結婚相手を連れ帰ってきたことに喜びながらも、その娘の素性がわからないことに不安を覚えました。そこで娘に尋ねたそうでございます。お前はどこの村の者なのかと。本当にこの村で、息子と結婚してしまっていいのかと。と申しますのも、小さな村に腰を落ち着けて暮らしていくには、娘はあまりにも美しく、とても今までどこかの村で畑を耕していたようには見えなかったからでございます。秘密を持ったまま嫁いで、ある日突然姿を消したりされたのでは、息子の名にも家の名にも傷がついてしまいます。」
 
「・・・なるほど・・・それで問いただして、その娘が村に腰を落ち着けるつもりがないなら、お互い傷つかないうちに別れさせようとしたというわけか・・・。」
 
「それで、その娘さんは、自分のことを話したの?」
 
 ウィローが尋ねた。村の若者と、謎の美しい娘との恋なんて、若い女の子が興味を持ちそうな話だ。それこそ芝居の演し物としては昨日の話よりずっと客の興味を惹きつけそうだが、さすがに自分の先祖の話は、芝居にはしにくいと言うことだろうか。
 
「はい。娘は素直にうなずき、自分の素性についた語り始めましたが、それを聞いて母親は驚いてしまいました。何とその娘は、ついこの間まで、サクリフィアの巫女姫として神に仕えていたというのです。あるとき国を追われて彷徨っていたところを若者に助けられ、若者の故郷で暮らしていこうと、その地にやってきたのだと・・・・。」
 
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!サクリフィアってのは200年前に滅びたんだろう?なんで100年前に国を追われたって・・・どうして・・・。」
 
 カインは今度は、叫びながら完全に立ち上がっていた。
 

第71章へ続く

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