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第70章 神話の中の真実

 
 本当は、昨夜カインともっと話をしようと思っていた。明日の図書館行きに、誰よりも期待を込めているサファイアの瞳。明日になれば、何もかも全てがわかる、全ては元に戻ると信じているような・・・。でも本当にいい方向に向かうのかどうかなんて、誰にもわからない。そのことを、カインはどこまで理解しているのだろうか・・・。あの晴れやかな笑顔の裏に隠された、触れただけで壊れそうな程に張りつめた心・・・。今カインを助けることが出来るのは、私しかいない。なのに、私はいつもカインに助けられるばかりだ。昨夜だって、部屋に戻ってカインと話したことで、ずいぶんと心が軽くなった。ウィローと私の間に何があったのか、何を話してきたのかなんて、立ち入ったことは決して聞かない。ただ、私達が仲違いしたりしないように、いつも心を砕いてくれている。
 
(情けないよなあ・・・。)
 
 せめて今日からの図書館での調査は、私が先頭に立って進めよう。以前ここに来たとき、カインは本が苦手だと言っていた。「剣技大全」という剣の本だけは熱心に読んだらしいけれど、それもまたカインらしい。そう言えばその本を貸してくれると言っていたけれど、どうなったのだろう。
 
 
「あの本かあ・・・どこにやったか、覚えてないんだよなあ・・・。」
 
 朝食を終えて、手回りの荷物だけを抱えて私達は外に出た。目的は図書館。もっともウィローと私は、町の中をまずは回っていろいろと街の人達から話を聞きたかったのだが、カインの心はもう図書館のあの本に飛んでいる。
 
「南大陸へは持って行かなかったの?」
 
「持って行かなかったよ。旅先で悠長に本を読んでいられるような状況になるとは思えなかったし、余計な荷物は増やしたくなかったからな。けっこう重いんだぞ、あの本は。」
 
「そうか・・・。」
 
「もしかしたら、宿舎の本棚に置きっぱなしかも知れないな。だとしたら、もうとっくにボロボロになってるよ。風呂の焚き付けにされてるかもな。」
 
 カインが笑った。王国軍があの宿舎を使っているとすれば、それは充分にあり得る話だ。
 
「もしもここにあれば、見てみるのもいいかもしれないな。」
 
「これだけの本があるんだから、多分あるとは思うけどね。でも探し出す方が大変だよ。その本のことは、宿舎に戻れてから考えよう。本当になくなっていたら、その時は王宮の図書室ででも借りられるよ。せっかくここまで来たんだから、まずは初期の目的を果たさないとね。」
 
「よし、まずはあの本だよな。」
 
「神話の研究?」
 
「そうだよ。もう一度あの本を見て、あとは・・・そうだな、司書に作者の居所でも教えてもらえば、きっとあの本に書かれていることが本当なのかどうか、すぐにわかるさ。」
 
「そんなにうまくいくかなあ・・・。」
 
 不安になってきた。確かに私だって、あの本に書かれていることの根拠を探したいと考えている。たとえおとぎ話でも、何もないところからいい加減に作り上げたわけではないはずだ。何かしら元になった話があるのかも知れない。まずはそこからだ。でも・・・カインは違う。『本当なのかどうか』なんて口では言ってみても、カインはあの本の内容をまるっきり信じ込んでいる。魔法はある、フロリア様の変貌は魔法のせいだ、カインの頭の中ではこれはすでに決定事項なのだ。でも、それはとても危険な考えだ。最初からあると思って考えてしまうと、全ての事柄がそれを証明しているように見えてくる。たとえば作者を捜し出して問いただしてみたところで、何もかもわかるとは限らない。最悪、作者が単なる想像で書いた、などという答えが返ってくる可能性だってあるのだ。でもきっとその答えを、カインは受け入れないだろう。『魔法はある』その答えが得られるまで、カインはひたすらに探し続けるかも知れない・・・。
 
「あれ?なんだよ変な顔して。」
 
 ここははっきり言おう。隠していいこととは思えない。
 
「カイン、あの本のことだけどね、まだ何もわからないんだからね。」
 
「な、なんだよ急に。」
 
「あの本の名前は『サクリフィア神話の研究』だよ。確かに神話って言うのは、実際に起きた出来事をうまくぼかして後世に伝えている場合が多いって聞いたことがあるよ。だけど、全ての話がそうとは限らないんだから、結論を急がないでほしいんだ。魔法があるともないとも、まだ結論を出さないで、まっさらな気持で調査をしないと、真実にたどり着くことは出来ないと思うよ。」
 
「そんなことはわかってるよ。」
 
「本当にわかってる?」
 
「おいおいクロービス、ここまで来て何を言い出すんだよ。俺達がここまで来たのは、あの本をもう一度見て、書かれていることについて確かめる、そのためじゃないのか?」
 
「それはもちろんそうだけど、最初から魔法はあるものだと決めてかかるのと、あるかないかわからないと思って調べるのとでは、出てくる結果が変わるかも知れないよ。」
 
 カインが笑い出した。
 
「なんだよその話。答えは一つだろ?あるかないか、それだけじゃないか。大丈夫だよ。ここまで来たんだから、俺だって焦らないでちゃんと調べるから、な?そんなに怖い顔をしないで、楽しく行こうぜ?」
 
 そう言って、カインは私の肩をなだめるように叩いた。
 
「それならいいけど・・・。」
 
 まだ不安が残る。なぜだろう。確かに、カインが魔法を『ある』と決めてかかっていることは不安なんだけれど、そればかりではない、何か・・・得体の知れない何かが私の心を揺さぶっている。
 
「クロービス、心配しすぎよ。カインが大丈夫だって言ってるんだから、信じましょうよ。」
 
 ウィローが少し困ったような顔で言った。
 
「まったくだよ。少しは信用してくれよ。確かに、この件に関してはだいぶお前を心配させちまったけど、これでもずいぶん冷静になったんだぜ?」
 
「・・・ごめん・・・。」
 
「別に謝ることじゃないさ。さ、早いところ行こうぜ。」
 
 焦っているのは、もしかしたら私の方かも知れない。ここであの本について何かわかったら、カインがすぐにでもフロリア様の元に飛びだしていってしまいそうな、そんな不安が自分の中にあるから、先回りばかりして、くどくどと言いたくなるのかも知れない・・・・・。
 
 
 図書館に着いた。相変わらず大きくて壮麗な建物だ。ここがセントハースに破壊されるようなことがなくて本当によかったと思う。今思えばセントハースにそんな気はなかったとも思えるのだが、聖戦竜だろうがなんだろうが、自分でも予期せぬことをしてしまうことだってあるかも知れない。
 
(疲れてるのかなあ・・・・)
 
 何だか突拍子もないことばかりが頭の中を駆けめぐっている。少し深呼吸でもしておこうか・・・。
 
「あれ!?」
 
 急に聞こえたカインの大きな声に驚き、我に返った。図書館の利用者達も一斉にカインのいる方向を見ている。どちらかというと迷惑そうな顔で・・・。
 
「ちょ、ちょっとカイン!声が大きいわよ!」
 
 ウィローが慌ててたしなめ、カインが口を押さえた。
 
「どうしたの?」
 
 カインとウィローがいるのは、あの神話の本が置かれているはずの書架の前。カインは他の本をどけたり取り出したりしながら必死で棚の中をのぞき込んでいる。
 
「ないんだよ、あの本が!」
 
「ない?」
 
 これは予想外のことだった。あの本さえもう一度見られれば・・・カインはそれだけを考えてここまで来た。私だって、あの本を手にとってもう少し詳しく見ることが出来れば、もう少しわかることがあるかも知れないと思っていた。当然ここに来ればもう一度見られると思いこんでいたのだが、それがないとは・・・。
 
「カイン、落ち着いてよ。貸出中なんじゃないの?」
 
 図書館においてある以上、誰かがその本に目を留める可能性はいくらでもある。運が悪いとしか言いようがない。
 
「そうか!」
 
 言うより早くカインは貸出受付のカウンターに駆け出し、身を乗り出すようにして司書に話しかけた。
 
「おい!あの棚の本はどこだ!?」
 
 ・・・話しかけたと言うより、怒鳴りつけたと言ったほうが正しい・・・。しかもまったくもって人にものを尋ねる態度ではない。普段は盗賊相手でもない限り絶対にあんな態度をとらないカインだが、相当頭に血がのぼっているらしい。しかし走るわけにも行かず、私は早足でカインのあとを追った。驚いたのはその『怒鳴りつけられた』司書の女性だ。何事もなかったかのようににっこり笑って、
 
「はい、どちらの棚の本でしょうか?」
 
と、少しも動じる気配がない。背も高くがっしりした体格のカインにあんな風に大声を出されたら、普通の女性なら身を縮めて後ずさりそうなものだが・・・・司書の肝が据わっているのは、別に王宮図書室だけのことではないらしい。
 
「あそこの棚の本だよ!神話の奴!」
 
 目的の本が『ない』という事態は、カインにとってもまったく想定外のことだったろう。自分でも何を言っているのかわかってないのではないかと思えるほどだ。
 
「カイン!落ち着いてよ!ほら他の人達が迷惑そうに見てるから、もっと声を小さくして、司書さんだってそんな言い方されてもわからないよ。」
 
 私が後ろからカインの肩を掴み、何度か揺さぶってやっとカインが私に振り向いた。
 
「あ・・・・」
 
 カインはハッと我に返ったようで、『すみません』と頭を掻きながら司書に頭を下げた。司書は笑顔を崩さず
 
「いいんですよ。お目当ての本がないとき、他の方も取り乱したり大騒ぎしたりされることはありますから。」
 
 そこで私はあらためて書架の番号を確認し、その中に置かれていたと思われる『サクリフィア神話の研究』が最近貸し出されていないかどうかを聞いてみた。
 
「そうですねぇ・・・。ここの本は書庫の中の本と定期的に入替をするので、今調べて参りますわ。少しお待ちくださいね。」
 
 司書は笑顔でフロアの奥に消え、程なくして戻ってきた。
 
「申し訳ありません。あの本は今貸し出し中ですの。」
 
「誰に貸し出したんですか!?」
 
 またカインが身を乗り出す。司書は申し訳なさそうに頭を下げて
 
「申し訳ないのですが、貸出先についてはお答え出来ません。貸し出されたのは3日ほど前のことですから、あと何日かで戻って来ると思います。その時にあらためておいでいただけますでしょうか。」
 
「何日かって・・・そんな・・・!」
 
 カインが悔しげに呟いた。こちらの事情を知るはずのない司書は、申し訳なさそうに頭を下げている。私は貸出期限を聞いてみた。一般の貸出は最長で一週間。となると、あと4日は待たなければならない計算になる。
 
「でも、もしも借りた奴がそのまま旅行に行っちまったとか、そう言うときはあるんじゃないのか?」
 
 カインはまだ未練がましく詰め寄っている。だが、もしも旅に出るために持って行きたいと言うことであれば、住所氏名を確認した上で貸し出すことになるので、予約が必要だとのことだった。そして今回は一般の貸出なので、期限内に戻ってくるだろうと言うことと、もしも延滞するようなことがあれば、罰金制度もあるのでそのまま放置と言うことはあり得ないと言うことだった。このあたり、王宮の図書室よりはだいぶ厳しい決まりがあるようだ。
 
「カイン、ないものは仕方ないよ。他の本も探してみようよ。」
 
「他の本?」
 
「そう。たとえば、あの本の内容を検証できそうな本とかね。」
 
「検証か・・・。」
 
 私は司書に、その本の中身をより深く知ることが出来そうなお薦めの本はないかと尋ねてみた。いくつかの候補をあげてもらい、それぞれが目的の本を探して図書室の中を一回りしてみることになった。図書館の中は、大勢の人が閲覧しているというのにとても静かだ。この静けさの中で、さっきのカインの大声はフロア中に響き渡っただろう。書架の間を進んでいくと、そこに扉があった。扉の上には『書庫』と書いてある。王宮図書室と同じように、ここも書庫の中は出入り自由だ。
 
「ええと・・・司書さんが教えてくれたのは書庫の中だったかな・・・。」
 
 司書が書いてくれたメモを開いてみた。書庫の中でもだいぶ奥にあるようだ。私はそっと扉を開けて足を踏み入れた。
 
「へえ・・・誰もいないや。さすがにここまで来て本を探す人って言うのは、そんなにいないのかな。」
 
 書庫の中の空気はひんやりとしている。窓はあるがブラインドが下ろされ、強い陽射しが入らないように工夫されているようだ。だが、本の名前も見えないほどの暗さではない。私は教えられたとおりの棚の中から、目的の本を探して取り出した。
 
『サクリフィアの歴史は何を語るか』
 
『聖戦は本当に起きたのか?』
 
『神話に潜む謎と真実』
 
 どれもこれも、いかにも人目を引きそうな題名だ。だが、司書の女性に言わせれば、手にとってもらうためには、多少なりとも人の心を煽りたてるような題名をつけることも必要なことらしい。
 
『内容はとても真面目なものですわよ』
 
 そう言ってたっけ。目的の本は手に入ったが、ここは私にとっては宝の山のようなものだ。もう少し見ていこうと私は書庫の中を歩き、興味がありそうな本はないかどうか見て回ってから出ることにした。
 
「・・・さすがに全部見るのは難しいかな・・・。」
 
 入ったときはそれほどとも思わなかったのだが、ここの書庫はかなり広い。歩きだしてから、ずいぶんと時間が過ぎていた。これを全部見回ってから出ようなどと考えていたら、夕方になってしまいそうだ。私は今歩いている書架の端まで行ったら、あとは出ようと決めて再び歩き始めた。その時・・・
 
『ルーンブレードの起源について』
 
 そう書かれた本が私の足を止めた。ウィローはだいぶ私の剣のことを気にしていたが、私だって気にならないわけじゃない。これも借りてみよう。その本を手にとり、私は書庫をあとにした。
 
「遅かったわね。もしかして書庫の中をのんびり見てたとか?」
 
 ウィローがからかうように私の顔をのぞき込んだ。
 
「まるで見てたみたいだね。本当は全部見たかったけど、思ったより広かったから半分くらいだよ、見てきたのは。」
 
「やっぱりな。お前のことだから、のんびり書庫を眺めてにやついているんだろうなって言ってたのさ。」
 
 カインが笑った。
 
「そりゃあんなにずらりと並んだ本の山を見たら、全部手にとって見たくなるじゃないか。でも、なんとか思いとどまったよ。とにかく今日は、この本を借りて宿に戻ろう。中身を詳しく見てみないとね。」
 
「そうだなあ・・・。」
 
 カインは半ばうんざりした顔で、集められた本の山を見つめている。カインは本をじっくりと読むというのが苦手だ。でも、もしもあの時の本が今ここにあったとしても、これだけの本を全部読んでみなければ、真実にたどり着くことは出来ない。それだけはカインにも理解してもらわなければならない。
 
「ま、仕方ないか・・・。とにかく、一冊ずつ見てみるしかなさそうだな・・・。」
 
「そうだよ。この本を調べている間に、あの本も戻ってくると思うよ。」
 
 あきらめ顔のカインをせき立てるようにして、私達はたくさんの本を抱えて宿に戻ってきた。
 
「さあてと、端から順に見てみるか!」
 
 自分に対して気合いでもかけるかのようにカインは言って、積み重ねられた本の一番上に置かれた一冊を手にとって開いた。私とウィローも本をのぞき込み、3人で読んでいくことにした。
 
 
『サクリフィアの歴史は何を語るか』
 
 サクリフィアと言う国は不思議な国だ。神々に愛された千年王国でありながら、突然に手のひらを返した神によってあっという間に滅ぼされてしまったと言われている。そしてサクリフィアの生き残りがエルバール大陸へと渡ってきて、現エルバール王国を築いた。これは誰でも知っている我が国の歴史の始まりであり、サクリフィアという王国の終焉である。だが・・・実はこのサクリフィアという国の起源となると、わからないことが多い。
 
 サクリフィアというのは、元々国の名前ではなく、民族の名前だ。彼らは最初からサクリフィア大陸に住んでいたわけではなく、南大陸の砂漠地帯を馬で縦横無尽に駆けめぐる、騎馬民族だった。彼らがどういう経緯でサクリフィア大陸に移り住んだのか、そしてどうやってそこに王国を築いたのか、謎に包まれている。この起源を知ることが出来れば、サクリフィアに関する研究のみならず、この大地の起源についても研究が進むと主張する学者もいるが、そのためには文書館の古文書の閲覧が必須であるともいわれ、そのためかサクリフィア王国の起源に関する研究は、進んでいないのが現状である。
 
 
「うーん・・・そう言えば、確かにサクリフィアの成り立ちなんて聞いたことがないよなあ・・・。」
 
 カインが首をかしげた。
 
「私もないわ。王国の歴史はいろいろ教わったけど・・・。」
 
「そうだね。私も聞いたことが・・・あれ?」
 
 海鳴りの祠の管理人が、何かそんな話をしていたような気がする。
 
『なのに・・・千年王国と謳われたいにしえのサクリフィアより前に、人類が生活していたはずの痕跡がないのです』
 
 ライザーさんと裏の浜辺で話をしていたとき、あの管理人が現れて私達を本当の『海鳴りの祠』へと連れて行ってくれた。そこにはハース聖石で出来た『ご神体』があり、浄化の光と呼ばれる不思議な光が浮いていた。そこで私達は管理人の話を聞いたのだが、サクリフィアより前に人類が生活をしていた痕跡がないことを、とても不思議だと首をかしげていた。サクリフィア王国の誕生が、すなわち人類の誕生だなどと言うことがあるはずがないし、それなりに遺跡らしきものはあるのに、『そこに人が生活していた』事を証明出来そうなものがあまりにも少ないのだと。そうだ、そしてあの海鳴りの祠にある奇妙なご神体は、その『数少ない遺跡』の一つだとも言っていたはずだ。
 
「へぇ・・・。てことは、あの奥の海鳴りの祠にある、あの不思議な光も、サクリフィアの遺物ではなく、もっと前にあったかも知れない・・・そうだな、たとえば別な国とか、そういうものの遺物だってことか?」
 
「確証があるわけではなさそうだったけどね、あの管理人さんはそう思ってたみたいだよ。だから、もしも旅に出るなら、何かめずらしいものを見たり聞いたりしたら教えてくれって言ってたじゃないか。」
 
「ああ・・・そう言えばそんなこと言ってたなあ。そういや、お前はあの時、管理棟にある古文書とか言うのを見たんだよな?」
 
「見たよ。あのハース聖石がご神体だとかわざとらしく書いてあったな。でも、中身のほうはあちこち消されててまともに読めないんだよ。あの石が誰かと誰かの約束の証としてあるらしいことまではわかったんだけど、そこから先がさっぱりだってさ。」
 
「ふぅん・・・普通に考えれば、それはサクリフィアの最後の国王とエルバール王国の最初の国王陛下の約束とも思えるけど、それほど単純じゃないってことか。」
 
「そうなんだろうね。それに、国王陛下同士の約束なら、あの不思議な光と、どうがんばっても動かないあのご神体の謎が解けないよ。」
 
 ライザーさんと私が、管理人に言われるままにあのご神体を持ち上げようとしてびくともしなかったそのあと、カインも同じように試してみたが、やはりびくともしなかった。あれもまた、見えない力でしっかりと守られているとしか思えない。
 
「まあそれはそうなんだけど、となると、可能性はあるかもな・・・。」
 
 カインが首をかしげた。
 
「可能性?」
 
「あの神話の話さ。」
 
「ねえ、その神話って言うの、私にも教えてくれない?今日図書館で見られると思っていたから聞かなかったんだけど、読めるのはまだ少し先みたいだし。」
 
「ああ、そうだね。説明するよ。」
 
 私はウィローに、『サクリフィア神話の研究』の内容について、覚えている限り本の内容をそのまま話した。もっとも、私達もあの時はそれほど時間がなかったので、あの数ページを見ただけで他の中身についてはよく知らないのだった。
 
「へえ・・・。ずいぶんと怖い話よね・・・。そして、確かに今のこの国の状況によく似てるわ。」
 
「あの時はただのおとぎ話だと思ってたよ。俺だって最初から魔法なんて信じていたわけじゃ・・・」
 
 カインの言葉は途中からため息になって消えた。
 
「で、カインがさっき言ってた可能性ってなんのこと?」
 
「ああ、それはさ、あの話がどこから来たのかってことさ。」
 
「どこから?」
 
「だってサクリフィアってのは確かに王国だったけど、滅びる直前に統治していたのは、神殿の巫女姫だったって言う話じゃないか。神のお告げに従って王が政治を執り行うなんて、何だか王様が操り人形みたいだぜ?そんな王様だったらさ、ひどい政治を始めたりしたらすぐにでも神のお告げでとっつかまえることだって出来たんじゃないかと思うんだよな。」
 
「そう言われればそうだね。」
 
「でも実際にはそうはならなかった。家臣に殺されるまでひどい政治を続けることが出来たとしたら、ちょっとおかしいと思わないか?」
 
「・・・確かに、そんな王様を神様がほっておいたというのは変よね。」
 
 ウィローがうなずいた。
 
「そうなんだよ。ということは、あの神話はもしかしたらサクリフィアの話じゃないんじゃないかなって、そう思ったのさ。」
 
「うーん・・・でも、だとしたらどこの国の話なのかな。今この大陸にあるのはエルバール王国だけだし、サクリフィアはこことは別の大陸でずっと昔に滅びた国だよね?それ以外に国があったなんて話は聞いたことがないよ。」
 
「そこであの管理人さんの話さ。」
 
「あ、サクリフィア以前の国の?」
 
 だんだんカインの言いたいことが見えてきた気がする。
 
「そうだよ。あの神話が、もしかしての話で、そのあとの時代にサクリフィアの神話研究家が本としてまとめたときに、自分の国の神話として取り込んだんじゃないかってことさ。」
 
「そうねぇ・・・絶対にないと言い切れるほど私達は知ってることが少ないけど、でもそれって、それこそ魔法云々の話より遙かに突飛な考えじゃない?」
 
 ウィローの言葉にカインが顔をしかめた。『痛いところを突かれた』というような顔だ。
 
「そうなんだよなぁ・・・。『ない』と証明されているわけじゃないから、確かに可能性としてはゼロじゃないんだけど、さすがにそれは突飛すぎるよな・・・。」
 
「それに、もしもそうだとしても、裏付けは出来そうにないね。」
 
「そうなんだよ・・・。誰か知ってる人がいればいいんだけど・・・・。」
 
 カインは少し悔しそうにそう呟いた。もう少し詳しく載ってる場所があるかとも思ってページをめくってみたが、あとはサクリフィア王国の起源についての、著者の推測などが載っているばかりだ。この著者もなかなか真実にたどり着けないことで歯がゆい思いをしているらしい。
 
「とにかく、この本についてはこれ以上わからないね。次の本を見てみようか。」
 
「そうだなあ・・・。俺としては、これを読んでみたいな。」
 
 そう言ってカインが本の山から引っ張り出したのは、『神話に潜む謎と真実』と言う本だ。
 
「俺が知りたいのはまさにこの『謎と真実』だからな。」
 
「ねえ、みんなで一緒に読むのもいいけど、それぞれ手分けして、いろんな本を見てみない?気になるところがあったらそれを持ち寄ってもう一度みんなで検証した方が、作業がはかどると思うんだけど・・・。」
 
 ウィローが言いだした。
 
「うーん・・・そうだなあ・・・。確かに、この量じゃなあ・・・。」
 
 カインがため息と共に、テーブルの上に積み上げられた本に視線を移した。
 
「それじゃそうしようか。俺はこの本を見てみるよ。このやり方でやってみて、はかどるようならこれで行こう。いつまでも時間ばかりかけたくないしな。」
 
「それじゃ私はこれね。」
 
 ウィローがそういって本の山から引っ張り出したのは『ルーンブレードの起源について』さっき私が目に止めて借りてきた本だ。
 
「それじゃ、私はこれを借りるよ。」
 
 私は『風水術の起源と変遷』と言う本を手に取ってみた。魔法というものが呪文を介して様々な現象を起こすものならば、それは風水術や治療術にも通じるところがあるはずだ。
 
「よし、それじゃ今日はもう遅いから、それぞれが選んだ本を読んで、明日内容について話し合おう。」
 
 私はまたウィローの部屋まで送っていった。今度はウィローも落ち着いていたし、私も頭の半分を本の内容に持って行かれていたせいか、昨日のように気持を抑えるのに苦労するようなことはなかった。
 
「君は魔法より私の剣のほうが気になるみたいだね。」
 
「私から見れば、今フロリア様の身に起きていることより、あなたの剣のほうがよほど魔法じみていると思えるわ。人を選んだり勝手に光ったりするなんて、絶対に普通じゃないわよ。」
 
 ウィローは少し怒ったように口をへの字に曲げている。
 
「ははは、何かわかったら教えてよ。一日にごとに何かしら成果が上がらないと、カインがまたそわそわし出しそうだからね。」
 
「そうねぇ・・・。がんばって読んでみるわ。」
 
 
 ウィローを部屋に送り届けて、私は自分の部屋へと戻ってきた。カインは眉間に皺を寄せて、本とにらめっこをしていた。
 
「どう?」
 
「うーん・・・・。」
 
 カインは唸ったきり、また黙り込んで本を睨んでいる。
 
「焦らないで行こうよ。一日程度で全部わかるはずないんだから。」
 
「でもいつまでもここにはいられないじゃないか。」
 
「それはそうだけどね・・・。」
 
 今のところクロンファンラに王国軍が来たという話は聞かないが、私達がいつまでもここに滞在していれば、いずれはやってくるかも知れない。確かにあまりのんびりとしてもいられないのだった。
 
「とは言っても・・・この国の歴史ってのは、わかっているようでわかっていないことが案外多いんだな・・・。」
 
 カインはやっと本から目を離して私に向き直った。
 
「この間海鳴りの祠の管理人さんと話したときも思ったけど、いろいろと隠されていることが多いよね。」
 
「隠してるってことは、つまりとても言えないようなことだからなのかな・・・。」
 
「たとえば、もしも迂闊に発表したりすれば、この国の歴史が根底から覆されるとか?」
 
「そう言う話なら、そこに魔法の話が出てきてもよさそうなもんだけどなあ・・・。」
 
「確かに魔法なんてものが本当にこの世に存在するとしたら、それは隠したい事実だろうね。」
 
「そうなんだよ。でも、隠されていると言うことが証明できなければ、やっぱりないって事になるんだし・・・。」
 
「あんまり考え込まないで、明日にしよう。これだけの本があるんだから、何かもっと違う話が載っている本だってあるんじゃないかと思うよ。」
 
「そうだなあ・・・。寝るか。」
 
 ため息をつきつき、カインはベッドに潜り込んだ。
 
(魔法か・・・。)
 
 カインはフロリア様に魔法がかけられていると言うことを証明したいんだろうけど・・・私はと言えば、ウィローの言うとおりかも知れないと思っている。フロリア様のなさりようは、もしかしたら全くのフロリア様の意志で行われていることで、そこに何者かの思惑や不可思議な魔法などというものが、何一つ介在していない可能性だって充分にある。だが私の剣はどうだ?勝手に輝き出してからというもの、この剣に救われたと思える出来事は一つや二つじゃない。しかも私自身は何もしていないし、この剣を私の前に持っていたのは私の父だ。父が魔法などに縁があったとは思えない。となると、やはりこの剣は太古の昔、何者かの手によって魔法がかけられたのではないか・・・。
 
(・・・・・・・・・・・・・・)
 
 そこまで考えてため息が出た。だとしてもどうしようもない。今はとにかく、手に取ったこの本を読んで、何かしら手がかりを見つけ出すことを考えよう。
 
(手がかりになるようなことがあればいいんだけどなあ・・・。)
 
 この本に書かれているのは、風水術や治療術が、元々『魔法』と呼ばれるものから派生したものではないのかという話だ。それだけならば誰もが一度は疑問に思うことだと思うが、この著者はその答を求めて、なんと文書館に閲覧許可を願い出たらしい。かなりしつこく通ったらしく、管理官立会いの下、何冊かの本の閲覧に成功したらしいのだが、閲覧許可が出た本は全て『写本』であり、『原本』を閲覧することが出来なかった。そしてその『写本』にはところどころ消されたところがあって、つまるところ魔法と風水術や治療術の関連について、決定的な情報を得ることが出来なかったらしい。どうも途中から、情報を開示しようとしない王宮側への批判めいた言葉が目立ってきて、途中で読むのをやめてしまった。
 
 魔法というものが、風水術や治療術のように『呪文』を介して発動させるものならば、確かに元は同じでもおかしくはない。ではなぜ今は違うのか。そのまま魔法を使い続けることが出来なくなった、あるいは都合が悪くなった・・・?だとしたら、それはなぜだ?ここの部分で合理的な説明が出来ない限り、うっかり『だから魔法はあった』という結論に至ることは出来ない。
 
(海鳴りの祠の本、もう少し詳しく読んでくればよかったな・・・。)
 
 あの本の山の中にも、もしかしたら魔法に関する記述があったかも知れない。あそこにあるものも写本だったが、消された箇所などを照らし合わせてみれば、もしかしたら王宮が必死で隠そうとする何かにたどり着けるかも知れないのに・・・。
 
 
 翌日、私達は出掛けずに、昨日借りてきた本の山から適当な一冊を選んではそれぞれが読んで、重要そうなところにしおりを挟んだりしながら一日を過ごした。
 
「はぁ・・・ずいぶん読んだ気がするけど、あとどれくらいだ?」
 
 カインが額の汗を拭いながら言った。別に体を動かしているわけではないのに、カインだけが汗をかいている。カインにとっては、じっとしてひたすらに本を読むという行為自体が、汗が出るほどに大変なことらしい。
 
「少し休もう。あんまり続けて読んでいると、頭に入らなくなってくるよ。」
 
「そうするか。俺はもうへとへとだよ・・・。」
 
「ふふふ、そうね。お茶をもらってくるわ。」
 
 ウィローが部屋を出て行った。
 
「どうだクロービス、お前の興味を引きそうな本はあったか?」
 
「そうだな・・・可能性として、魔法に繋がるかも知れないというのはいくつか見つけたけど・・・今ひとつはっきりと興味を惹きそうな話はなかったな。」
 
「お前もか。俺のほうも、魔法の匂いはしそうだが、はっきりとたどり着けないってところさ。・・・やっぱりもう一度あの本を読んで、他のページもよく見てみたほうがいいのかもしれないな。」
 
「そうだね。でも返却されないことにはどうしようもないよ。」
 
「そうなんだよなぁ・・・。」
 
「お茶をもらって来たわよ〜。」
 
 ウィローが戻ってきた。お茶とお茶菓子を用意してもらって来たらしい。
 
「じゃ、まずは休憩だな。」
 
「そうだね。」
 
 結局この日は、一日部屋にこもってひたすらに本を読む、それだけで終わってしまった。だがおかげで、一通り本の山を読破することが出来たので、その次の日はそれぞれが気になった箇所をチェックしながら書きだしていくことになった。
 
「うーん・・・何だか変な方向に話が進んでる気がするなあ・・・。」
 
 カインは気になるところが書き出された紙を何度も読み返しては、首をかしげた。
 
「そうだね・・・。」
 
 元々の私達の目的は、あの神話研究の本の中で語られていた『魔法』がこの世に存在する可能性を探すことと、もしもその可能性があるならば、どこに行けばさらにその先を知ることが出来るのか、その2点だった。だが、実際に借りてきた本の中で語られていることと言えば、謎に包まれたサクリフィアの国の成り立ち、それ以前に存在していたかも知れない国家の影、その謎に絡んで魔法の影が見え隠れする、そんな感じで、今ひとつ私達の知りたいと思う情報にたどり着くことが出来ないでいた。
 
「今の時点で一番魔法に繋がる可能性があるのが、お前の剣だものなあ。」
 
「・・・・・・・・・・・。」
 
 ウィローが読んだ『ルーンブレードの起源について』には、ルーンブレードにまつわる不思議な話が綴られている。と言っても別に物語ではなく、ルーンブレードという剣の存在そのものが、不思議としか言いようのないものであるという話だった。カインは黙り込んだ私に、いたわるような視線を向けた。
 
「そんな顔するなよ。持ち主を選び、自分の主人と定めた者のために働くなんて、普通の感覚では理解出来ないんだから、仕方ないさ。」
 
「そうなんだけどね・・・。確かに、魔法みたいだって思うこともあるよ。でも見たところは普通の剣なんだよな・・・。この本を書いた人は、剣そのものを見たことはなかったみたいだけど。」
 
「その存在は誰でも知っているのに、その剣を見たことがある者は誰もいない、だもんな。」
 
「その本が書かれた頃、この剣はどこにあったのかしらね。」
 
「この本が書かれたのが・・・・エルバール暦172年か・・・。まだハース鉱山も見つかっていない頃だね。」
 
「その頃から、もうお前の親父さんの持ち物だったのかなあ。」
 
「さあ・・・。そもそも、こんな剣を父さんが持っていたことすら、私は知らなかったんだから。」
 
「そんなに隠せそうな場所はあったのか?」
 
「家の中にあったとは限らないよ。この剣は父さんから直接渡されたものじゃないからね。」
 
「そうか・・・。確かお前の親父さんの助手とか言う人から、金と一緒に受け取ったって言ってたよな・・・。」
 
「うん。ブロムおじさんもこの剣のことはよく知らないみたいだったよ。」
 
 本当に知らなかったのか、知らない振りをしていたのかまではわからないが・・・。ただ、あの時受け取った荷物、私がいま背負っているこの背負い袋そのものを、私は自分の家の中で見た記憶がない。多分、ずっとブロムおじさんの家に隠してあったのだろう。おそらくは何か別な袋ででも覆い隠して。いくら私の好奇心が強いと言っても、自分の家でもないのに荷物をかき回したりするようなことはしなかったから、気づかなかったとしても無理はない。
 
「その人はもう故郷にはいないの?」
 
 ウィローはさっきから不安げだ。本を読めば読むほど、この剣が得体の知れないものだということがはっきりとしてくる。
 
「いないと思うよ。元気でいてくれるといいんだけど・・・。」
 
「うーん・・・」
 
 カインはしばらく頭を掻きながら何か考えていたが・・・
 
「なあ、まずはこの本を返しに行かないか?そして新しい本を探して借りてこよう。あの本が戻ってくるまでは、とにかく手の届く場所にある情報をかき集める以外にないからな。クロービスの剣のことはひとまず置いておこう。」
 
「私の剣のことは後回しでいいよ。別にこの剣のことを調べるのが目的ではないんだし。」
 
「まあそうなんだけど、お前のとなりに納得してないって顔が見えるもんだからな。」
 
 カインはウィローを見てくすりと笑った。そのウィローはまだ不安そうな顔をしている。
 
「ウィロー、今は剣のことはひとまず忘れよう。またあとで調べればいいじゃないか。」
 
「それはそうだけど・・・一緒にわかることがあるなら・・・。」
 
 ウィローの口調はどうにも歯切れが悪い。
 
「一緒にわかることがあるなら、さっさと調べればクロービスに剣を手放すよう説得出来るってことか?」
 
 カインがからかうような笑みをウィローに向けた。
 
「そ、そんなことは・・・・・」
 
 ウィローが顔を背けた。やっぱりそう言うことか。ウィローにとって、一番の脅威はあるかないかわからないような魔法でも、豹変したフロリア様でもない。私が肌身離さず持っているこの剣だ。こんな得体の知れないものをいつまでも持っていてほしくない、ウィローの横顔がそう言っている。
 
「ウィロー、君が心配してくれる気持はわかるけど、何があっても私はこの剣を手放す気はないよ。」
 
「手放してなんて言わないわよ・・・。言いたくない・・・。それがあなたのお父様の形見だって解ってるんだもの・・・。だけど・・・。」
 
「だけど?」
 
「持っているだけでモンスターが怯えて逃げ出すなんて・・・危険だとしか思えないこともあるわ・・・。だからお願い。後回しにしないで、一緒に調べたいの。」
 
 ウィローの不安は理解出来る。得体の知れないものに対して、誰もが抱く恐怖だ。私だってこの剣が時々恐ろしくなることはある。だが、この剣は私の父が私に遺してくれたものだ。私が信じているのはこの剣そのものではなく、これを私のためにと遺してくれた父のほうだ。だから私はこの剣を手放すつもりはない。何があろうと、父はいつも私のことを一番に考えてくれた。そんな父が、私に害を及ぼす危険性のあるものを私に遺すはずがない。
 
「わかったよ。何か関係のありそうな話が載っている本があれば、一緒に調べてみよう。」
 
 剣のことを知りたいと思うのは私も同じだ。
 
「そうだな。俺としても、お前の剣が何かしら魔法に絡んでるとすれば、それは重要な手がかりだから後回しにはしたくないな。」
 
「手がかりか・・・。でも本当にこの剣は、サクリフィアよりも前から存在するものなのかなあ・・・。」
 
「だとしたら、本当にすごい技術だよな。今見ても、まったく錆びてもいないし、装飾の部分も色あせているところなんて一つもないんだから。」
 
「持っている分には普通の剣だけどね。」
 
「そりゃそうだろう。パッと見ただけでものすごい剣だ、なんてわかっちまったら、あっという間に噂になってるはずだからな。」
 
「それもそうか。」
 
 ここでいつまで考えていても埒があかない。私達は前の日に借りた本を抱えて宿を出た。
 
「さて・・・また別な本を借りてくるか。・・・でもいつまでこんなこと続けなくちゃならないんだろうな・・・。」
 
 カインの最後の言葉は、ため息と共に消えていった。
 
「君の知りたい答えが見つかるまでさ。何と言っても相手は魔法なんだから、そう簡単にわかっちゃったら、それこそ噂になっちゃうよ。」
 
「・・・なるほどな。お前の剣と同じか。」
 
「そういうこと。」
 
 図書館の中には、もうたくさんの人が閲覧に来ている。司書は昨日の女性とは変わっていたが、私達のことは申し送りされているようだ。今度は3人で手分けをせず、手がかりになりそうな本を書架から出してきて、ある程度読んでみることにした。そこで関係がありそうだなと思えるものを選んで借りてくる、こうすることでもう少し手間が軽減できるはずだ。あとで思い直して借りておけばよかったと思う本の名前は、紙に書いておけば忘れることもない。おかげで、今回借りてくることになった本は、昨日の三分の一程度になっていた。
 
「よおし、今日もがんばって読むか!」
 
 元気のいい声とは裏腹に、カインは何となく疲れているように見える。そもそも本なんてめったに読まないのに、昨日一気にたくさん読んだことで相当疲れているらしい。
 
「今日は私とウィローで読んでみようか?昨日は大分疲れたみたいだし、君は私達の感想でも聞いてまとめてくれるとか。」
 
「そう言うわけには行かないよ。俺だってちゃんと読まなきゃ。今回言いだしたのは俺なんだから。」
 
「でも無理はしないでよ。」
 
「大丈夫だよ。心配するなって。」
 
(でもどう見ても疲れてるんだよなぁ・・・。)
 
 だが、今はその言葉を信じることにした。でも無理はしないようによく見ておかないと、多分カインは自分の言いだしたことに最後まで責任を持とうと、きっと無理をするに違いない。宿に戻ったらカインはすぐにでも寝てしまうかも知れない、でもそれならそれでいい。私とウィローでなんとかしよう。そんなことを考えながら、私達は王立図書館を出た。だが、宿屋に戻ると、カインの眠気も疲れもきれいに吹き飛ばすような出来事が待っていた。
 
「お帰りなさい。今日は早かったのね。」
 
 エリーゼが笑顔で迎えてくれた。
 
「また本を借りてきたんだ。これから部屋にこもるよ。食事はまた部屋に運んでほしいんだけど、いいかな?」
 
「かしこまりました。いつもと同じ時間でいいのよね?」
 
「頼むよ。」
 
 そう言って部屋に戻ろうとしたとき、背後で扉の開く音がした。
 
「いらっしゃいませぇ!・・・あら!?」
 
 エリーゼの驚いた声に、私達も思わず振り向いた。
 
「こんにちは、エリーゼ。お久しぶりね。」
 
 そこに立っていたのは、カインと私が初めてクロンファンラに来たとき出会った、あの吟遊詩人だった。確か名前はシャーリーだったはずだ。
 
「まあ皆さんは・・・」
 
 シャーリーは驚いて私達の顔を見ていたが・・・なぜだろう。私には、まるでそれが演技のように見えた。実はシャーリーは、私達がここにいることを知っていたのではないか、それを隠して、今私達を見てとても驚いた振りをしている、なぜか私の頭の中に、そんな考えが瞬時に浮かんだ。
 
「ご無沙汰しております。吟遊詩人のシャーリーでございます。」
 
「前に来たとき以来だね。どうしてここに?」
 
「実は数日前からここに滞在しておりましたの。興業の前準備をしていたところだったのですが、そろそろ宣伝も始めなければならないと思いまして、こちらに伺ったのですが・・・。」
 
 とりあえず、頭の中の疑問は私の中に閉まっておくことにした。今は素知らぬふりでシャーリーと話をしておこう。この人の考えていることがわかるまでは・・・。
 
「まあ、またシャーリーさんの歌が聴けるのね。うれしいわ。興行はいつからなの?チラシとかポスターがあるなら、いつでも貼ってあげるわ。」
 
 エリーゼはうれしそうだ。以前聞いたあの歌声がまた聞けるとなれば、それは私も聞いてみたい。とても美しい歌声だった。
 
「まあ、ありがとう。今回はね、かなり大きい大道芸人さん達の一座と一緒の興行なの。だから歌だけでなく、芝居や曲芸もあるのよ。これがポスターで、これがチラシよ。よろしくお願いします。」
 
「あら、この間街に来たあの一座の皆さんと?」
 
「ええそうよ。あなたも、もし手が空くようなら見に来てね。」
 
「わぁ、絶対行くわ!」
 
 エリーゼが笑顔でうなずいた。
 
「興行はいつからなんですか?」
 
 少しだけシャーリーの頭の中に集中して、私は尋ねた。人の心を読む気はないが、相手が自分に対してよくない感情を持っていれば、多少は感知することが出来る。
 
「明日からの予定でございます。剣士さま方も、よろしければいらっしゃいませんか?皆様はいつもこの国を守ってくださる方ですもの、招待させていただきますわ。」
 
「ねえ皆さんいかが?クロービス達はシャーリーさんの歌を聞いたことはあるわよね?」
 
 エリーゼはうれしそうだ。
 
「あるよ。きれいな歌声だなって、そう思って聞いていたよ。」
 
「そうだなあ・・・。本ばかり読んでると頭の中が石になりそうだから、明日は歌を聴きに行ってみるか。」
 
 カインも乗り気だ。ウィローも、活気を失う前のカナの村にはよく吟遊詩人や語り部が来て興行をしていたと言って、懐かしいから聞いてみたいわと言うことで話がまとまった。翌日の再会を約束して、シャーリーは出ていった。
 
「・・・偶然もあるもんだな。俺達がまたここに来た時にうまい具合に会えるなんて。」
 
 部屋について本をテーブルの上に積み重ねたところで、カインが言った。カインの顔は、なんとなく『幸先よいぞ』と言いたそうだ。
 
「会えれば何かしら話が聞けそうだと思ってたから、ちょうどいいけどね。」
 
 シャーリーの驚いた顔が、演技だなんて気づかなけりゃ私も喜んでいられたのに・・・。
 
「でもお前は何だか浮かない顔だな。」
 
 カインは少し心配そうだ。
 
「まあ、偶然というには都合がよすぎるような気がしただけだよ。」
 
「どういうこと?」
 
 ウィローが不思議そうに尋ねた。私はさっきふと頭の中に湧いた疑念を、正直に話した。もちろん、『なんでそんなことを思いついたのか、まったく根拠はないのだ』と付け加えたが。
 
「なるほどなぁ・・・。つまり、あの人も敵か味方かまではまだ決めないほうがいいってことだな?」
 
「私の勘を信じてくれるのなら、そう言うことになるね。もっとも、前に会ったときも私達の不利益になるようなことはしなかったんだから、信じてもいいとは思う。でも、なんでさっき私達と会って驚いた振りをしたのかがわかるまでは、慎重に行動したほうが良さそうだよ。」
 
「そうだな・・・。あんまり疑いたくはないが、今の状況を考える限り、のんきなことは言ってられないか・・・。」
 
 カインはため息をついた。誰も彼も、まずは疑ってかからなければならない。なんとも気の休まらない話だが、仕方ない。さっきシャーリーと話した限りでは、彼女からよくない波長は感じられなかった。もっとも、相手が最初から私達に害をなすつもりでいたとして、その感情を悟られないように気を配っていたとすればまた話は別なのだが・・・。
 
 
 翌日、私達はクロンファンラの広場に来ていた。もうすぐシャーリーの興行の時間だ。今回は大道芸人の一座と一緒に興行するとの話だったが、なるほど広場には大きなテントが張られ、立派な舞台も設えられている。その舞台やテントの間を行ったり来たりしている一座の座員達の顔に、何となく見覚えのある顔がいた。
 
「・・・どっかで見たような連中だな・・・。」
 
 カインが呟いた。
 
「そうだね。」
 
「この一座の人達?」
 
 ウィローは不思議そうだ。
 
「ああ・・・俺の気のせいかも知れないが・・・。」
 
「気のせいじゃないと思うよ。私も見覚えがあるよ。」
 
「ということは・・・・。」
 
 カインは厳しい目つきで広場を眺めていたが・・・・
 
「やっぱり、気のせいじゃなかったみたいだな。」
 
 カインがあごで指し示したほうを見て、私もうなずいた。
 

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