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 私達はライザーさんの部屋を出て、私が入る部屋へと向かった。ライザーさんの後ろをついて廊下を歩きながら、私は明日からの研修が何となく不安になってきた。一体どんなことをするんだろう・・。聞いてみなくてはと顔をあげた時、不意にライザーさんが立ち止まり振り向いた。
 
「クロービス・・・。明日からのことについては聞いてるかい?ランドは、なんて言ってた?」
 
「少しだけ聞いてます・・・。研修期間があるんですよね?」
 
「そう。研修というのは、つまり僕達と同じように仕事をすると言うことだよ。もちろん、そんなに難しいことをするわけじゃないけどね。そしてその働きによって、正式に『王国剣士』になれるかどうかが決まると思っていいと思う。詳しい内容については、明日剣士団長から直接話してもらえるはずだよ。」
 
「判りました。あの、ライザーさん・・・。」
 
「ん?」
 
「さっきの・・・おさまるって言うのは何のことですか?」
 
 試験のあとのライザーさんとランドさんの会話がずっと気になっていた私は、部屋につく前に思いきって尋ねてみた。
 
「ああ、そのことか。王国剣士は通常二人一組で任務に当たることになっているんだ。単独行動は原則として禁止でね。今年は今までに有望な若手が3人入ったんだけど、そのうちの二人は太刀筋などを見て相性が良さそうだと言うことで、コンビを組ませることにしたんだ。そして残ったもうひとりの相方がなかなか決まらなくてね。彼の名前はカイン。すばらしい素質を持ってはいるが、この1ヶ月彼とコンビを組めるだけの力を持った新人が入ってこなかった。先輩剣士と組ませることも考えたんだけれど、誰でもいいというわけじゃない。でも一人だからって中にばかりいるわけにはいかないからね。先輩剣士のコンビが出掛ける時についていったりして仕事をこなしたりはしていたけど、僕たちも気にしていたんだよ。中途半端な状態でいつまでもおくのはかわいそうだし、相性のいい相手と組めば、お互いの力を十二分に引き出すことができるからね。」
 
 そこまで話した時、ちょうど部屋の前に着いた。
 
「この部屋が君の部屋だよ。」
 
 そう言うとライザーさんは部屋のドアをノックした。
 
「カイン、在室か?」
 
「は、はい。」
 
 中から返事が返ってくる。ライザーさんはドアを開けて私を中に招き入れた。
 
「今日から君の同室となるクロービスだ。」
 
 部屋に入ると、そこにいたのは栗色・・・と言うよりは赤い髪の若者だった。私よりも肩幅も広く背が高い。不思議そうに私を見つめるその瞳はサファイアのような深い青色で、強い意志が秘められているようだった。カインと呼ばれたその若者は、少しの間黙って私を見つめていたが、やがてすっと手を差し出した。
 
「俺はカイン。よろしくな。」
 
「あ、クロービスです。よろしくお願いします。」
 
 これが、私と、後に私のかけがえのない親友となるカインとの出会いだった。
 
「カイン、君は明日からのクロービスの研修に同行だ。準備をしておいてくれ。」
 
「判りました。」
 
「クロービス、では僕は行くからね。そろそろ夜勤の時間なので。」
 
「ライザーさん、いろいろとありがとうございました。」
 
「今日はゆっくり休んだほうがいいよ。」
 
 ライザーさんはそう言うとにっこりと微笑んで、部屋のドアを閉めて去っていった。
 
「さてと、俺は明日から君と行動を共にすることになるというわけだ。明日剣士団長のところに行って、研修の内容を聞くことになる。剣士団長はパーシバルさんと言ってな、『エルバールの武神』と異名をとる歴戦の勇士だ。」
 
 カインは腕を組み、私をまじまじと見つめながら話し出した。
 
「は、はい、よろしくお願いします。」
 
「そんなかしこまらないでくれよ。剣士団の任務は二人一組で動くって事は聞いたよな?」
 
「はい、聞いてます。」
 
「ほらほら、また・・・。俺達はそのコンビを組むんだぜ。そんな調子じゃいつまでたっても打ち解けられないじゃないか。」
 
「は、はい・・・すみません・・・。あ・・・。」
 
 私は思わず口を押さえた。カインは半ばあきれ顔で私を見ている。
 
「とにかく・・・その敬語で喋るのはやめてくれ。そんなに歳は違わないみたいだしな。」
 
「いや、その・・・。初対面の人に失礼な口聞いちゃいけないような気がして・・・。」
 
「なるほどな・・・。まあいいか・・・。お前いくつなんだ?」
 
「20歳だよ。えっと・・・君・・・は?」
 
「俺は22歳だよ。やっぱりそんなに違わないじゃないか。堅苦しいのは抜きだ。俺お前で行こうぜ。」
 
「判ったよ。よろしくね、カイン。」
 
「ああ、よろしくな。」
 
 カインはほっとしたように微笑んで見せた。
 
「さてと・・・それじゃ少しお前のことを教えてくれよ。」
 
「私の・・・?どんな?」
 
「・・・だからさぁ、頼むから普通に話してくれよ。」
 
 カインはため息をつきながら頭をかいている。私はカインの言葉の意味が呑み込めず、きょとんとしてしまった。
 
「いや、その・・・普通に話したつもりなんだけど・・・。」
 
 カインは『え?』というような顔で、戸惑う私の顔をまじまじと見つめている。
 
「・・・お前もしかして、いつも自分のことを『私』って言うのか・・・?」
 
「そうだけど・・・おかしいかな・・・?」
 
 島にいた時、私の身近にいた父もブロムおじさんも、自分のことを『私』と言っていた。いつの間にか私もそれを真似て自分のことを『私』と言うようになったらしいのだが、確かに考えてみれば、グレイもラスティも『俺』と言っていたし、そのほかの若者達も似たような言い方をしていた。そんなに不自然なのだろうか・・・。そういえば、島を出る前、ダンさんもそんなことを言っていた。イノージェンが怒って大声を出していたっけ・・・。またイノージェンの面影が浮かぶ。思い切ったつもりでも、この気持ちはまだまだ自分の心の中でくすぶり続けそうな気がした。
 
「・・・うーん・・・最初見た時からちょっと浮世離れした奴だなって感じはしたけど・・・まあいいや、人それぞれだしな。」
 
 黙り込んでしまった私を、なだめるようにカインはそう言うと、少し首を傾げて考えるような仕草をして見せた。
 
「それじゃさっきの質問に戻るか。そうだな・・・。とりあえず、お前が使っている剣を見せてくれよ。やっぱり両手持ちのアイアンソードか?」
 
「違うよ。私の剣は・・・ほら、これだよ。」
 
 私は腰の剣を鞘ごと外すと、カインに手渡した。カインは剣を鞘から抜き、しばらくの間じっと見つめていた。さっきまでの笑顔とは違う、鋭いまでの真剣な眼差しだった。カインは立ち上がり、軽く剣を振ったりしてみたが、やがて再び鞘に収め、私に返した。
 
「ありがとう。かなり上等な剣だな。でも軽すぎないか?これ。」
 
「私にはちょうどいいよ。それにこれは父から受け継いだ、いわば形見みたいなものなんだ。」
 
「形見って・・・親父さんは亡くなったのか?」
 
「うん、10日ほど前にね・・・。」
 
「10日前!?・・・それじゃ・・・亡くしたばかりなんだな・・・。ごめん、悪いこと聞いちゃったかな・・・。」
 
「そんなことないよ。気を使わないでよ。私はもう・・・ここで生きていくって決めたんだ。」
 
「・・・そうか・・・。あれ?お前、弓も使うのか?」
 
 カインは私が荷物と一緒に置いた弓と矢筒に眼をとめた。
 
「うん、よく父について山に入ったりしていたからね。遠くからでも狙いをつけやすいし、動物を脅かすのにはちょうどいいよ。それと風水術と治療術を少しだけ。」
 
「へえ、飛び道具に、呪文使いかぁ。俺は剣専門だからな。治療術も風水も全然だめだ。適性がないと言われたよ。」
 
 カインは私を感心したように眺めている。
 
「呪文の能力を伸ばすには精神修養をしないといけないから、大変だって言うよ。」
 
「そうらしいな。俺は精神修養をしているよりも剣を振っていた方がいいからな。お前は、誰に剣を教わったんだ?」
 
「亡くなった父が・・・教えてくれたんだ・・・。」
 
 今はまだ、あまり父のことには触れたくない。父には申し訳ないが、王宮の中では用心するに越したことはないような気がした。言葉の端々にその気持ちが出たのかも知れない。カインにはそれが伝わったらしい。
 
「そうか・・・。」
 
 そう答えただけで、父のことについてはそれ以上聞こうとはせず、私を気遣うように話題を変えた。
 
「そういやお前、ライザーさんに案内してもらったのか。」
 
「うん。」
 
「あの人すごいんだぜ。俺なんてこの間、訓練場で軽く吹っ飛ばされたもんな。おまけに治療術も使えるし。」
 
「そんなにすごい人なの?」
 
「そうだな。ライザーさんと、コンビを組んでいるオシニスさん、それに採用担当のランドさんの3人は、間違いなく次に剣士団を背負って立つ人材だって、副団長が前に話してたっけな。」
 
 ライザーさんがそれほどの人だとは・・・。そして採用担当官のランドさんが、相当な腕だと思った私の眼には狂いはなかったらしい。よく無事に合格できたものだ。私は改めて胸をなで下ろした。
 
「ランドさんもすごいよね。」
 
「ああ、そうだな。俺も剣技の試験は苦労したよ。・・・あの3人は同期入団なんだ。その年は3人しか合格者が出なかったけど、その分かなりレベルは高いって言う話だ。オシニスさんとライザーさんがコンビを組んだから、ランドさんは相方が見つかるまでのつもりで採用担当をしてたら、いつの間にか正式に任命されてしまったらしい。」
 
「オシニスさんてのはどんな人?」
 
「それがなぁ、俺もまだ会ったことがないんだよ。だいたいライザーさん達は入団して5年だろ?執政館とか、いわばエルバールの要になっているような重要な場所を警備しているんだ。それだけでも顔をあわせる機会なんてありゃしないからな。それに、北大陸の中でもかなり危険な南地方に何日も行っていたりもするし。だから全然わからないんだよ。大抵はみんな、普段からコンビを組んだ相手と一緒に行動することが多いんだけど、俺が訓練場でライザーさんに会う時はいつも独りなんだよな。」
 
「へえ、それじゃその人もきっとすごい腕の持主なんだね。」
 
「そうだな。早く会ってみたいよ。さてと、もう夜も遅い。明日から仕事が待っているからな。そろそろ寝よう。お前はそっちのベッドを使ってくれ。チェストや椅子なんかもみんな一通りはあると思うから。ここでは、非番の日と自分の部屋以外は、常に鎧着用と武器の装備が義務づけられているんだ。丸腰でふらふらしてると、どやされるからな。あと、チェストの中に制服がある。それは明日から着て歩けよ。」
 
 言いながらカインは、ベッドの上にごろりと横になった。
 
「制服?」
 
 私は制服をチェストの引き出しから出してみた。ランドさんもライザーさんも着ていた空色の上着に茶色のズボン。丈夫な布で仕立てられていて、上着の前部分には見事な刺繍が施されている。だがこれはただの飾りではないらしい。この刺繍のおかげで前の部分はさらに丈夫になっている。そして裏地には柔らかくて肌触りのいい生地が使われている。上下とも、きれいに洗濯されてたたまれていた。
 
「試しに着て見ろよ。サイズが合わなければすぐに取り替えてもらわないとな。」
 
 カインの助言に従い、私は制服を身につけてみた。肩幅などはちょうどよかったが、袖と裾が長い。ズボンもそのままでは長かった。前にこの服を着ていた剣士は、私よりも背が高かったのだろう。
 
「袖が長いみたいだな。・・・ズボンは・・・ま、足もそのうち伸びるだろうけど・・・気になるようなら取り替えてもらったほうがいいかもな。」
 
「いや、いいよ。このくらいなら自分で直せるから。明日はこのまま着て、あとで針と糸借りて直そうかな。」
 
「お前自分で直せるのか!?」
 
 カインは驚愕している。そんなに驚くほどのことなのだろうか。
 
「うちは男所帯だったからね。家にいた時は何でもやったよ。料理でも洗濯でも。」
 
「あ・・そうか・・うーん・・・見習うべきなのかな・・・。」
 
 カインが考え込んでしまった。
 
「そんなに考え込まないでよ。それからあと少しだけ。さっきライザーさんに聞いたんだけど、君の他にも今年入団した人達がいるみたいだね。」
 
 私はさっきのセスタンさんとライザーさんの会話に出てきた、ガウディさんという人のことについて聞いてみようと思ったが、その名前が出た時のライザーさんの厳しい顔を思い出し、何となく口にすることが出来ず、代わりに自分と同期入団となる他の剣士について尋ねてみた。
 
「ああ、ハディとリーザのことか。」
 
「へぇ・・・ハディとリーザって言うのか・・・。リーザって・・・女の子?」
 
「『女の子』ねぇ・・・。まぁ確かにリーザは女だが・・・。そんな言い方するとぶん殴られるぞ。」
 
「え・・・。けっこう強そうな人なんだね・・・。」
 
「・・・まぁな・・。あいつらは俺とだいたい1週間違いくらいで入団したんだ。リーザは槍、ハディは俺と同じ大剣の使い手だ。」
 
「どんな人達なの?」
 
「うーん・・・どんなと言われても・・・。俺もまだ知りあってそれほど経つわけじゃないから、そんなによくは知らないよ。でもまぁ、これから一緒に行動することもあるかもしれないし、俺の知っていることは教えてやるよ。」
 
 カインはそう言うと、寝床から身を起こして話し出した。
 
「リーザってのは、城下町の住宅地区の奥にある、でかい家のお嬢様らしいんだ。」
 
「住宅地区の奥って、大通りよりもどちら側?」
 
「えーと・・・北側だな。大通りからは大分奥だよ。王宮に隣接しているんだ。貴族の家なんかもある場所だからな。」
 
「へぇ、それじゃリーザって言うのは、すごい家の人なんだね。そんな人が何で剣士団になんて・・・。」
 
「そうだなぁ、聞いた話では、みんなにちやほやされまくりで、逆にそれに嫌気がさしたとかっていうことらしい。それで槍一本を担いで、勘当同然で剣士団の入団試験を受けに来たそうだ。ここでなら自分の実力一つでやっていけるからな。」
 
「ふぅん・・・。ちやほやかぁ。そんなにいやなのかな。・・・でも本人にとってはいやだったんだね。きっと。」
 
「まぁそうなんだろうな。でもやっぱり贅沢だと思うよ。ちやほやされるくらい別にいいと思うんだけどな。あ、本人にはそんなこと言うなよ。俺はそれでぶん殴られたんだからな。」
 
「殴られたの?平手とかじゃなくて?」
 
「槍の柄でがつんとやられたよ。だから、お前は言わない方がいいぞ。」
 
 リーザという女性がきつい性格なのか・・・それとも聞いた相手を思わず殴りたくなるほどに、触れられたくないことだったのか・・・。どちらにせよ、迂闊なことは言わないように気をつけたほうがよさそうだ。
 
「気をつけるよ・・・。それじゃ、ハディは?」
 
 ハディのことを聞いた途端、カインはため息をつきながら考え込んだ。ハディというのは一体どんな人なんだろう・・・。
 
「な・・・何か怖い人だとか・・・?」
 
「あ、いや・・・怖いって言うんじゃないけどなぁ・・・。まぁ、いい奴だよ。情に厚くてさ。ただ・・・。」
 
「ただ・・・?」
 
「よく言えば前向き・・・。」
 
「悪く言えば・・・?」
 
「向こう見ず・・・かな・・・。ちょっと危なっかしいところがある奴だな。」
 
「・・・どういう意味?前向きに頑張るって言うのはいいことだと思うけどな。」
 
「確かにな・・・。それはそうなんだけど・・・。ハディは、ここよりずっと南の、ロコの橋近くにあった村の出身だそうなんだ。」
 
「あったって・・・今は・・・?」
 
「度重なるモンスターの襲撃に耐えかねて、村人達がみんな出て行ってしまったそうだ。」
 
「そう言うのって・・・剣士団は守ってくれないの?」
 
「俺もその話を聞いた時はそう思ったよ。でも・・・それはかなり昔の話らしい。ハディは俺と同じ22歳なんだ。あいつが子供の頃だから、今よりもモンスターの脅威は大きかったんじゃないのかな・・・。それに・・・王国剣士だって一人や二人では太刀打ちできないくらい、大勢のモンスター達に襲われたりもしていたみたいだからな。気の毒だよな・・・。」
 
「それじゃ、ハディには故郷はないの?」
 
「本人がどう思っているかは判らないけど、あいつはそのあとクロンファンラで育ったらしいよ。」
 
「クロンファンラ?」
 
「ああ、この北大陸の中でもかなり危険な南地方にある町だ。俺も行ったことはないから、どのあたりにあるのかまでは判らないがな。」
 
 私は、城下町の武器屋の主人が、北大陸でナイト輝石製の武具を売っている場所として、その町の名前を言っていたことを思いだした。余程の腕がない限り、生きては辿り着けない町・・・。
 
「・・・それ以来、一日も早く力をつけて人々を守るってのが、ハディの目標だそうだ。モンスターの脅威をなくして、村を再建したいようなことも言っていたよ。」
 
「ふぅん・・・。それで必死に訓練しているんだね、きっと。」
 
「そうなんだろうけど・・・。かなりつっぱってる奴なんだよな。先輩に対してでも何でも、言いたいことはどんどん言うんだ。まぁ、それ自体は悪くないんだけどな・・・。」
 
「それで『前向き』か・・・。」
 
「でもなぁ・・・正直なところ、俺に言わせれば『向こう見ず』という言葉のほうがぴったりくるのさ。」
 
「たとえばどんなところが?」
 
「お前がもし正式入団と言うことになれば、ちゃんと説明してもらえると思うけど、入団してしばらくは、決まった警備場所って言うのはないんだよ。」
 
「それじゃ・・・どうやって仕事するの・・・?」
 
「『自由警備』と言って、自分の力に合わせて、少しずつ警備範囲を広げていくんだ。コンビを組んだ相手と相談しながら、みんなちょっとずつ遠出するようになって、少しずつ実力もついてくる。それに合わせて、たまに場所を指定されてそこに行ったりってことはあるんだけどな。そして入団から3年が過ぎると、色々な警備場所のローテーションに入ったりすることになるのさ。もちろんそうなってからでも『自由警備』の時もあるけどな。」
 
「ふぅん・・・。でもそれと、ハディの『向こう見ず』にどんな関係があるの?」
 
「あいつは・・・入団した時からずっと、南地方に行きたがっているんだ・・・。」
 
「南地方って・・・さっき話の出てたクロンファンラのある辺り?」
 
「そうだな・・・。ハディの村があったのはもっと東よりの、海岸沿いに近いところだったらしいけど・・・。その辺りに行きたいのかもな。」
 
「・・・行けないの・・・?」
 
「自由警備とは言っても・・・あっちまで行くとなれば当然何日もかけて行くことになるんだ。それだけの期間宿舎を留守にするなら、外泊の届け出が必要になる。それはランドさんに提出することになっているんだが、当然そこで止められるのさ。実力が足りないと判っている奴を、みすみす南地方になんて行かせたりはしないよ。」
 
「それじゃ、ハディがクロンファンラに里帰りしたいって言ったら?」
 
「そう言う時は向こう方面に向かう先輩達について行きゃいいさ。でも今はまだ、仕事では行かせてもらえないんだよ。俺がこんなこと言うのもなんだけど・・・あいつの今の実力では・・・南地方になんて行けないと思う・・・。」
 
「それじゃもしもカインなら?」
 
「俺だって無理だろうな。」
 
「そっか・・・。でもハディは行きたがっているんだね・・・。一人で黙って行ってしまったりしようとしたとか?」
 
「そう言うこともあったよ。あいつの相方がリーザなんだけど、その時はリーザが止めたんだ。それで何とか思いとどまって、南地方への境界付近まで行って戻ってきたみたいだ。だから大事にはならなかったんだけど・・・それ以来早く強くなりたくて、訓練場で会う相手に誰彼構わず勝負を挑んでみたりしてるよ。でも闇雲に剣を振り回したって腕が上がるわけじゃないからな・・・。もっとも、自分よりも遅く入団した奴からそんなこと言われたくないかなと思って、俺もそんな話はしたことがないけど・・・。」
 
 カインは一度そこで言葉を切り、小さなため息を一つついた。
 
「もしかしたら、お前も会うなり勝負を申し込まれたりするかもな。嫌みなことも言われるかも知れないし。でも性格は、さっきも言ったようにすごくいい奴だからさ、あまり嫌わないでやってくれよ。」
 
「判ったよ。きっと大丈夫だよ。それに二人とも、それぞれちゃんとした目標があるんだね。カインはどうなの?」
 
「俺か?俺は・・・剣士団で大きな仕事を成し遂げる。それが目標だ・・・。」
 
 カインはなぜか自分のことになると途端に歯切れが悪くなった。私は少し焦って話題を変えた。
 
「そっか・・・。それじゃこれが最後の質問。ロコの橋って言うのは?」
 
「この北大陸と南大陸を結ぶ橋だ。北大陸側には灯台もあって、海の交通の責任も担っている重要箇所さ。ロコの橋の通行は今のところ制限されていて、南には剣士団が派遣されていない。向こうのモンスターがとにかく狂暴だかららしいんだが、俺としては納得行かないんだ。そう言うところにこそ剣士団が必要なはずだからな。」
 
「そうだよね・・・おかしいよね・・・。」
 
「そのうち剣士団長に進言してみようと思ってるんだ。もちろんある程度の実績を積んでからの話だが。今の俺じゃ話なんて聞いてもらえないしな。」
 
「そっか・・・。ありがとう、カイン。長々とごめん。それじゃお休み。」
 
「別にいいよ。お休み。」
 
 こうして私の長い一日は終わった。
 昨日ブロムおじさんと別れてから町中を歩き回り、とうとう私は剣士団の門に辿り着いた。そして無事に試験を突破し、仮入団することが出来た。ライザーさんと出会えたことで、このエルバールで私が孤独ではないと知ることが出来た。カインという仲間も出来た。明日からはどんな出来事が私を待っているのだろう。父が亡くなって以来、こんなわくわくした気持ちで寝床につく日が来ようとは、思っても見ないことだった。
 
(がんばろう。そして・・・ここで生きていこう・・・)
 
 なんだか眠れないような気がしたが、疲れが睡魔を連れてくる。
 やがて私は眠りに落ちていった・・・。
 
 ・・・私は夢を見ているのか・・・
 ここはどこだろう。いつもみる夢の場所ではない。
 そこにいるのは・・・男の子供達だ。
 3〜4人で小さな体の男の子を取り囲んでいる。
 その中で一番体の大きい子供が、真ん中にいる子供をどついた。
 
「おい、おい、お前のオヤジ、また盗みを働いたんだってなぁ・・。」
 
 その隣の痩せた男の子が小突く。
 
「恥ずかしくないのか?お前は泥棒の子供なんだぜ。」
 
 小突かれている子供は答えない。唇を噛みしめ、じっと耐えているように見える。
 その横顔に・・・見覚えがあるような気がする・・・でもどこで?
 黙っている男の子に苛立つように、痩せた男の子が今度は蹴飛ばす。
 
「何とか言ったらどうなんだ?ええ、カインよぉ?」
 
 カイン?カインて・・・私の隣で寝ているこのカイン・・・?
 蹴飛ばされた拍子にカインは転び、膝から血が滲む。
 
「う、う、あぁ・・。」
 
 膝を押さえてうめき声を上げる。相当痛いのだろう。
 痩せた男の子は挑発するように拳を振り上げる。
 
「どうした、かかってこないのかぁ?このクズが!!」
「も、もうやめて・・・。」
 
 カインがとうとう声を上げた。
 カインを取り囲む男の子達は、なおも面白がってカインを殴ったり蹴ったりしている。
 その時、どこからか小さな少女が現れた。
 顔がよく見えない。年の頃は・・・カインよりも少し上に見えた。誰だろう・・・。
 
「や、やめなさい・・!」
 
 少女が必死の声で叫ぶ。
 その声に気づき、カインを殴る手を止めた背の高い男の子が、怪訝そうに少女のほうを振り向いた。
 
「おいおい誰だよ、こいつ?見たことねーぞ?」
 
 じろりと睨まれて少女の足がすくみそうになる。それでも少女はひるまない。
 
「と、とにかく、もうやめるのです!!」
 
 その声でカインを取り囲んでいた子供達はしらけたように顔を見合わせ、
 
「ふん、つまんねぇな。もう行くぜ。」
 
「ケッ、女に助けてもらうなんて、とことん情けない野郎だぜ!!」
 
 捨て台詞を残して去っていった。
 あとに残ったカインと少女。
 少女は心配そうにカインをのぞき込む。
 
「だいじょうぶ・・・?」
 
 カインは答えない。
 
「どうして・・・やられっぱなしになっているの?」
 
 それでもカインは黙ったままだ。
 
「なんで、言い返さないの?あなた、悔しくないの?」
 
 なおも詰め寄る少女。
 
「うるさいなぁ!!!」
 
 カインが突然怒鳴った。
 
「どうせ、あんた金持のお嬢さんかなんかだろう!裕福で何一つ不満なく暮らしているようなやつに、生まれが貧しいというだけで、虐げられる人間の気持ちが判るか!!」
 
 その言葉に少女は青ざめ、肩が震えている。
 そして、元来たほうに去ろうと、くるりときびすを返した。
 少し歩いて、カインのほうを振り返る。その瞬間少女の顔がはっきりと見えた。
 あの顔は・・・!!
 夢の中の少女・・・。私の夢に幾度となく現れる、あの・・・。
 いや、見間違いかもしれない・・・。
 やがて少女は去り、残されたカインの目から涙が落ちた・・・。
 
 
「おい、起きろ!!」
 
 カインに揺さぶられ目が覚めた。ベッドの上に起きあがると、カインはもう身支度を整えて立っている。
 
「やっと起きたか・・・。剣士団長がお待ちだぞ!!初日から寝坊するとは・・・まったくいい度胸しているよ。お前はまだ研修中の身なんだからな。」
 
 あきれたようにため息をつくカインを横目に、私は飛び起きると急いで着替えをすませた。
 
「ほら、早く。剣士団長の部屋に行くぞ。」
 
 カインに引っ張られ、私は剣士団長の部屋になかば飛び込むように入った。部屋に入ると、窓辺に向かって立っている、背の高い人物がいた。
 
(この人が剣士団長・・・。)
 
 金色に輝く鎧、若草色のマントを身につけ、波打つ豊かな金髪は肩の下まで伸びている。ゆっくりと振り向いたその顔は彫りが深く端正で、威厳があった。だがそれほどの歳とは思えない。まだまだ若いのだろうか・・・。剣士団長は私達を見ると、ゆったりと微笑んだ。柔らかな微笑み・・・。寝坊して遅刻して、焦ってこの部屋に来たことをすっかり忘れて、私はなんだかほっとした気持ちになった。が、剣士団長の口から出た言葉で、私は自分の置かれている状況を思い知らされた。
 
「どうも寝起きが悪いようだな、君は?」
 
 言葉もない。とはいえ黙っているわけにはいかない。
 
「も、申し訳ありません!」
 
 とにかく謝るしか道はない。すると団長はくすっと笑うと、
 
「まあ良いだろう、人それぞれだからな。王国剣士団は、そんなことは気にしない。」
 
 気にしない・・・?その言葉を本気にしていいのだろうか・・・。
 
「さて・・クロービスだったな。君は今日からしばらく研修に入るわけだが、まずはここにいるこのカインと一緒に、簡単な仕事をしてもらう。」
 
「は、はい!」
 
 いよいよ始まるんだ。ぼんやりしているわけには行かない。
 
「仕事は『ローランの村に住むモルダナという女性に手紙を持っていくこと』だ。これがその手紙だ。無くさないようにな。」
 
 剣士団長はそう言うと、私の手に手紙をぽんと乗せた。
 
「あ、あの・・・それだけ・・・ですか?」
 
 あまりにも単純明瞭な任務に、私はいささか拍子抜けしてしまい、思わず聞き返した。
 
「不満か?」
 
 団長の眼光が鋭く光る。
 
「あ、い、いえ・・・あまりに・・・。」
 
 簡単な、と言いかけて、私は口をつぐんだ。研修中の新米剣士が偉そうなことを言うわけにはいかない。しかし団長は、私のその言葉を聞き逃してはくれなかった。
 
「ふむ・・・あまりに・・・簡単だと言いたいのだな?」
 
 そして私の顔を見てにやりと笑う。
 
(ま、まずい・・・。)
 
「い、いえ、失礼しました。がんばります。」
 
 私は必死で取り繕おうと頭を下げた。団長は、またくすっと笑うと、
 
「まあ、適当にカインと相談しながら、このあたりの地理なども把握しておくんだな。では任務が終わったら、私に報告しろ。以上だ。モルダナさんは王国にとって大切な人だ。よろしく頼むぞ。」
 
 そう言うと、机に座って書類に目を通しはじめた。私達は団長の部屋を出たあと、ローランに向かうための旅支度を整え、腹ごしらえをするために食堂へ向かった。
 食堂には何人かの団員達がいた。朝食の時間はとうに過ぎている。今ここにいるのは非番の剣士達や、夜勤明けでこれから眠るための『夕食』をとっている人達などばかりらしい。厨房の前のカウンターで食堂のおばさんに声をかける。
 
「おはようございます。朝食これからでもいいですか?」
 
「はいおはよう。・・・えーと、確かクロービスだったわね。あんた何か嫌いなものとか好きなものとかある?」
 
 考えてみたが何も浮かばない。
 
「いえ、何もないです。お願いします。」
 
「おばさん、俺の分もね。」
 
 カインが私の肩越しにおばさんに声をかける。
 
「おや、カイン、めずらしいね、あんたが今頃食事だなんて。」
 
「今日からこいつと一緒だからね。おばさん、よろしく頼むよ。」
 
 カインは嬉しそうだ。
 
「へえ、あんた達コンビを組むのかい。そりゃよかったねぇ。」
 
 おばさんはにこにこしながら、食事をのせたトレイを私達の前に置いた。
 
「はい、どうぞ。テーブルはどこでもいいから、好きなところに座って食べな。食べ終わった食器はこっちから戻してくれればいいからね。」
 
 おばさんはそう言うと、「食器返却口」と書かれたカウンターを指さした。
 
「はい、いただきます。」
 
 私達は近くのテーブルに座って食べ始めた。カインはあっという間に用意された分を平らげ、おかわりをもらいに行く。私は、トレイの上の食事を全て食べ終えたところで腹一杯になってしまったので、そのまま食器を返してきた。カインを見ると、食事と一緒に何か袋を持って戻ってきた。
 
「カイン、何それ?」
 
「食料だよ。ローランまでは2日がかりだ。飲まず食わずでは辿り着けないからな。」
 
「そんなにかかるの?」
 
「ああ、そうだ。・・・お前もしかして、ローランがどこにあるのか知らなかったのか?」
 
 カインがあきれたように言う。
 
「う、うん・・・全然。私は元々ここの出身じゃないから・・・。」
 
「あ、そうか。そうだよな。それじゃ、このあたりのことはいろいろと教えてやるよ。ただし、今回の任務はお前の研修だからな。それについては俺は口出しできないことになっているんだ。全て自分で考えて行動するんだぞ。」
 
「わかったよ。よろしくね、カイン。」
 
「ああ。さてと、これを食っちまう間だけ待っててくれ。」
 
 カインはおかわりをきれいに平らげ、食器を戻してくると、荷物の中に食料をいれた。
 
「さてと、行くぞ。」
 
 私達は食堂を出た。階下へと降りる途中で、昨日の採用試験のカウンターの前を通った。ランドさんが何かの書類を書いている。
 
「ランドさん、おはようございます。」
 
「お、クロービスか。おはようって言うほどの時間でもなさそうだけど、これから研修か?」
 
「はい。」
 
「そうか。ぜひがんばって合格してくれよ。それと、制服は何とか着れたようだな。そのほかの装備品の支給とかは今のところ無いんだよねぇ。なかなか財政が苦しくてね。正式入団できれば少しだけど給料は出るから、悪いんだけど自分で買うようにしてくれよな。城下町で買ってもいいし、ここでも販売はしているから、必要なものがあれば声をかけてくれ。それから武器防具の修理も出来る。」
 
「ランドさんが修理するんですか?」
 
 私の問いにランドさんは苦笑いをすると、
 
「まさか。王宮本館の裏手に鍜治場があって、そこに常駐している人がいる。タルシスさんと言うんだが、この人の腕は一流だ。ほとんどのものは彼にかかると新品同様さ。まあ修理の用がなくても、一度くらい挨拶はしておいたほうがいいかもな。研修から戻ってからでいいと思うが。」
 
「わかりました。あ、ランドさん、針と糸持ってませんか?」
 
「針と・・・糸?」
 
 ランドさんは私の質問の意味が呑み込めないらしく、きょとんとしている。
 
「ええ、制服が少し合わないので詰めようと思って。でも切ってしまうと調整がきかなくなるから、少しまくって縫い止めれば大丈夫だと思うんですけど。」
 
「あ、えーと、食堂のおばさんにでも聞いてみてくれないか。しかし・・・君が自分でやるのか?」
 
「はい。このくらいは・・・。」
 
「なるほどね。たいしたもんだなあ。とりあえず研修が終わってきてからでもいいだろう。」
 
 ランドさんは私の顔を眺めて感心したように言った。
 
「そうですね。じゃ行ってきます。」
 
 私達は王宮のロビーに出た。

第8章へ続く

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