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「そうだよ。リーデンが北大陸に向かったことを教えてくれたのも、そいつが危険極まりない兵士だから、気をつけろと教えてくれたのも、ゲイルだよ。」
 
「・・・・・。」
 
「信用してくれるかな?」
 
「いや・・・。」
 
 リーダーの兵士はまだ懐疑的な目を私に向けた。
 
「まだわからねぇことがある。」
 
「それはなに?なんだって答えるよ。私達は嘘を一切ついてないしね。」
 
「たいした自信だな。それじゃ聞くぞ?リーデンが言っていたのは、お前らが鉱夫を殺すところを見たという話だった。だがお前らはそれを全て嘘だという。」
 
「嘘だよ。全くのでたらめさ。」
 
「それを証明して見せろ。はっきりとわかる形でだ。」
 
「形と言うことは、物的証拠にはこだわらないと考えていいのかな。」
 
「ふん、うまく丸め込もうったってそうはいかねぇぞ。俺達全員を納得させられるだけのはっきりした証拠でなければ、お前らの命はここで終わりだ。」
 
「なるほどね。そんなことならお安い御用だ。」
 
「ほぉ?ずいぶんと大きく出たな。で、それはいつ証明できるんだ?今から旅に出て戻ってきたら、なんて話なら聞きかねぇぞ?」
 
「今から説明するよ。ハース鉱山で私達が鉱夫を殺したという話をリーデンから聞いたのは、君達が雇われたとき?」
 
「そうだ。リーデンは自分がゲイルと知り合いで、ゲイルが王国剣士の手でどれほどむごい殺され方をしたのか、教えてくれた。そして最期の言葉もな・・・。」
 
「なるほどね。君達が王宮に雇われたのは一月ほど前の話だったよね?」
 
「ああそうだ。」
 
「なるほどね、それが証拠だよ。」
 
「おい、てめぇ、からかってやがるのか?」
 
「からかってなんかいないさ。だいたいね、ハース鉱山がモンスターに襲われたのが、今から一月ほど前のことなんだ。その頃に王宮にいたリーデンが、どうして私達が鉱夫を殺すところを見られるんだい?」
 
「な・・・なんだと?」
 
 私の言葉に、兵士達が一斉にお茶を飲む手を止めた。
 
「ついでに言うと、私達がハース鉱山に入ったとき、すでにリーデンは北大陸に向かったあとだったよ。だからリーデンは、ハース鉱山にモンスターが攻めてきたときには、もう鉱山の中にはいなかったはずなんだ。多分、ハース鉱山をモンスターに占拠させるというのは、すでに計画として決まっていたんだと思う。そしてその責任を、その時に南大陸にいる王国剣士、つまり私達に全てかぶせて、私達がその場で殺されれば良し、もしも生きて北大陸に戻ってきたら、私達の息の根を止めるために送り込む刺客として、君達に当りをつけていたんじゃないかと思うよ。」
 
「・・・そのために・・・俺達に近づいたというわけか・・・。」
 
「私はそう思うよ。どう?証明になったかな?あ、私達が北大陸に戻ってきた時、王宮の前で騒ぎを起こしてるから、王国軍の兵士達の中には、私達がいつ頃こっちに戻ってきたかもわかっている人もいると思うな。」
 
「・・・・・・・・。」
 
 リーダーの兵士はしばらく黙り込んでいたが・・・・
 
「おい、みんな、帰るぞ。」
 
 そう言って立ち上がった。
 
「お、おい、こいつらのことはどうするんだよ?」
 
 別な兵士が不安そうに尋ねる。
 
「今の話を聞いただろう。俺達を騙していたのは、こいつらじゃなくリーデンのほうだ。くそっ!奴を問いただしてやる!」
 
「やめたほうがいいと思うよ。」
 
「なんだと!?」
 
 リーダーの兵士がギロリと睨んだ。
 
「やめたほうがいいって言ったのさ。今君達が手ぶらで王宮に戻れば、殺されるかも知れないのは君達のほうなんじゃないのかな。」
 
「だがな!こけにされて黙っていられるか!」
 
「こけにされたって痛くもかゆくもないじゃないか。それより、殺されればそれまでだし、助かっても痛い思いをするだけ損だと思うな。」
 
「・・・どうしろってんだよ?」
 
「君達、大分腕には自信があるみたいだし、どうせなら南大陸まで行かないか?」
 
「は?」
 
 リーダーの兵士はぽかんとして私を見た。
 
「南大陸の情勢は、未だ予断を許さない状況なんだ。王国剣士が非合法な今、君達王国軍が南大陸を見回って、旅人を助けたりしてくれるなら、これほどいいことはないと思うんだけど。」
 
「・・・ゲイルみたいにってか?」
 
 ゲイルの弟が呟く。
 
「きまぐれで旅人を助けたら、思いがけず感謝されて戸惑った、なんてことを言ってたけど、今はもう大分慣れたんじゃないかな。」
 
「おいクロービス、南大陸に行ってくれるのはありがたいけど、こいつら、どうやってロコの橋を越えるんだよ?あそこは今でも灯台守が守ってるって話じゃないか。」
 
「それもそうだね。船で送っていこうか?海からハース城の近くにある湖に入れば、2日くらいで南大陸だよ。」
 
「おい、勝手に決めるんじゃねぇ!俺達はまだ・・・・」
 
 リーダーの兵士の言葉を遮ったのは、ゲイルの弟だった。
 
「・・・ゲイルは南大陸にいるんだよな・・・。それに、ジェラルディンも・・・。」
 
「そうだね。今はまっとうな仕事をしているはずさ。ジェラルディンというのは、君と同じ船大工だったのかい?」
 
「あいつは元々ただの大工さ。だが、あの頃は船大工のほうが稼ぎがよかったからな。俺のいた工房に弟子入りしてきたんだ。年が近かったから何となく気があってな・・・。」
 
「そうか、だから、ゲイルは君とジェラルディンが知り合いだってことまでは知らないだろうって、言ったんだね。」
 
「ああ、そうだ。ま、今は知ってるかも知れないがな。あんたが俺の顔を初めて見て、すぐにゲイルの弟だとわかったくらいだ。ジェラルディンの奴も、びっくりしたかも知れねぇな。」
 
 ゲイルの弟はくすりと笑い、
 
「・・・俺は行くぜ・・・。」
 
 そう言って立ち上がった。
 
「おい、本気か?」
 
 リーダーの兵士が驚いて尋ねた。
 
「ああ、本気だ。今王宮に戻ったら、リーデンの剣で試し切りをされるのは俺達だぜ。俺はまだ死にたくねぇ。それに、兄貴の奴に一目会って、文句を言ってやらなきゃ気がすまねぇよ。」
 
「俺も行くぞ。」
 
 また1人立ち上がる。気がつけば俺も俺もと全員が立ち上がっていた。
 
「・・・しょうがねぇな・・・。行くしかねぇか。」
 
 リーダーの兵士がため息をついた。そのわりに顔は『しょうがない』とは思っていないみたいに見える。なかなか面倒見のいい男のようだ。
 
「それじゃ船で送るよ。まあ船酔いの覚悟さえしてもらえれば、すぐに着けるよ。」
 
「船酔いなんぞするほどヤワに出来ちゃいねぇよ。だが、その必要はねぇ。俺達は陸路を行く。」
 
「ロコの橋はどうやって越えるんだ?」
 
 カインが尋ねた。
 
「なんとかするさ。俺達は王国軍だ。これでも、王国中を自由に歩き回れるだけの身分は保障されてるはずだ。」
 
「だが橋越えはまた別の問題だと思うぞ。俺達だって許可証がなけりゃ向こうには渡れなかったんだからな。だからって、灯台守を脅して何とかしようなんて考えるなよ。そんなものが通用するほど甘くはないぞ、灯台守は。」
 
「だがあの橋を守っていれば、南大陸がどういう状況にあるかってことは、北大陸でおそらく一番身に染みてわかってるんじゃねぇのか?」
 
「まあそれはそうだけどね。つまり、向こうの見回りのために行くって正直に言うのかい?」
 
「それしかねぇだろうが。灯台守の連中が、脅しもハッタリも通用しそうにない連中だってことくらいは、俺達だってわかるさ。王宮の中で何度かすれ違っているからな。」
 
「そうか・・・。」
 
「それならもう何も言うことはないな。なあクロービス、ディレンさんに手紙くらいは書いてやったほうがよくないか?」
 
「それもそうだね。」
 
 私は荷物から便せんを取り出した。
 
「おい、余計なことはするんじゃねぇよ!俺達はな、自分達で何とか・・・。」
 
「なるほど甘くないってことも、お前らならわかってると思ってたがな。」
 
 カインがピシャリと言って、リーダーの兵士がぐっと詰まった。
 
「ディレンさんは信用していいよ。元王国剣士で、今は南大陸の自警団のリーダー的存在だからね。君達が南大陸を守るために来たって言えば、仲間に入れてくれると思うよ。」
 
「元王国剣士?・・・まさか・・・」
 
 リーダーの兵士が首をひねった。
 
「あれ、知り合い?」
 
 まさか盗賊時代に会っていたとか言うことだろうか。だとするといささか厄介なことになる。
 
「いや、そうじゃねぇよ。噂を聞いたことがあるのさ。何でも元王国剣士の凄腕が、南大陸を見回っているって話をな。それ以来旅人を襲いにくくなって、それも俺達がこっちに来た理由の一つだったというわけさ。」
 
「なるほどね。それなら心配いらないな。ところで、食料とかはどうするの?見たところ君達はかなりの軽装だけど、南大陸に向かうにはそれなりの準備が必要だと思うよ。」
 
「クロンファンラあたりで調達するさ。」
 
「その格好で?」
 
「しょうがねぇだろう。俺達は元々着の身着のままでこっちに来たんだ。着替えなんぞろくに持ってねぇよ。」
 
 服はともかく、着ている黒い鎧はかなり目立つ。しかも悪い意味で。
 
「ねえカイン、それじゃ、この人達と一緒にクロンファンラまで行こうか?私達が一緒だったら、街の人も怖がらないと思うし。」
 
「余計なお世話だ!勝手に決めてんじゃねぇよ!」
 
 リーダーの兵士が声を荒げた。さすがにこれはお節介だったか。だがせっかく南大陸へ行く覚悟を決めてくれたのだ。せめてきちんとロコの橋を渡れるところまでの段取りくらいはつけてやりたい。
 
「わかったよ。それじゃ、クロンファンラの前で待ち合わせをしないか。君達がその格好で街に入ろうとしたら、まずあの街を守ってくれている灯台守達に止められるよ。」
 
「・・・・・・・・・・。」
 
 リーダーの兵士は黙っている。おそらくそれは充分に考えられることだと言うことは、わかっているのだろう。
 
「そうだなあ・・・。腕のほうは問題ないようだし、引っかかることがあるとすれば、いかにも相手を威圧するようなその鎧だからな・・・。灯台守の人達は今でも南地方と城下町を行き来しているようだし、こんなかっこでクロンファンラに入ろうとしたら、まず間違いなく止められるか・・・。」
 
 カインも考え込んでいる。王国軍の専横ぶりが、城下町のみならず王宮の中でも目にあまるらしいのは、ロゼが襲われた一件を思えば充分に考えられる。その有様を目の当たりにしている灯台守達にしてみれば、王国軍などすぐにでも引っ捕らえて地下牢に放り込みたいところなのだろうが、今は彼らがこの国の正規の軍隊だ。きっと歯がゆい思いで、見ていることだろう。
 
「私達が一緒に入れば、対応もまた違うと思うしね。」
 
 少なくとも、止められてすぐに町から追い出されることはないだろう。話を聞いてもらうことさえ出来れば、説得することも出来る。
 
「そうだな・・・。おいお前ら、それでいいか?」
 
「よくねぇよ。」
 
 リーダーの兵士はまた口をへの字に曲げている。
 
「それじゃどうすんだよ。」
 
「あんたらが何を気にしているのかは俺だってわかるさ。だが、俺達は俺達で何とかする。手出しは無用だ。」
 
「つまり、自力でクロンファンラに入る気でいるってわけか。」
 
「ああそうだ。悪いか?」
 
「悪くはないわよ。ごめんなさいね。今のは私達が悪かったわ。」
 
 言いながら、突然立ち上がったのはウィローだった。ずっと私の隣で黙ったままだったウィローがしゃべり出したことで、兵士達が一斉にウィローを見た。
 
「ウィロー?」
 
 驚いたのは私もカインも同じだ。
 
「カインもクロービスもお節介のしすぎよ。この人達は自分達で南大陸に行くって決めたんだから、その目的を達成するために障害があるなら、それは自分達で取り除かなきゃならないわ。私達が手を出して口をきいてあげて、それで南大陸まで追い立てていくつもり?この人達が自分の足で辿り着いてくれなかったら意味がないじゃないの。」
 
「ほお、ねえちゃんなかなかいいこと言うじゃねぇか。さっきから黙って動かなかったから、震えて腰でも抜かしているのかと思ったぜ。」
 
 リーダーの兵士がにやりと笑った。が、特に下品な目つきをしているわけでもない。万一彼らがウィローに手を出そうとでもすれば、すぐに飛び出していけるよう準備をしながら、私は黙っていた。
 
「この程度で腰を抜かしていたら、この人達と旅なんて出来ないわよ。ハース渓谷の怪物を倒したときは、私もその場にいたのよ。」
 
 ヒューッと口笛が聞こえた。他の兵士達が一様に驚いた顔でウィローを見ている。
 
「なるほど、度胸はあるってことか。おいあんたら、このねえちゃんの言うとおりだ。自分のことは自分で何とかする。あんたらこそ、クロンファンラに着く前にその辺のモンスターにやられるなよ。」
 
「・・・わかった。悪かったな。お前らを信用するよ。がんばってくれ。」
 
 カインが立ち上がった。私はディレンさんにあてた簡単な手紙を書いて、リーダーの兵士に渡した。
 
「私も悪かったよ。でも、これだけは持って行ってくれないか。さっき話に出た、元王国剣士のディレンさんに宛てた手紙だよ。ロコの橋を渡りきったところにある休憩所を拠点にして活動しているみたいだから、これを見せれば、どのあたりを見回ったほうがいいかとか、いろいろ教えてもらえると思う。」
 
「ああ、それくらいは預かっておくさ。向こうでは多少なりとも誰かの助けは必要だからな。」
 
 少しホッとした。そして恥ずかしかった。確かに灯台守達は、彼らの鎧に目を留めるだろう。おそらくすんなりと町に入らせてはくれない。だが、この兵士達も自分達なりに肚を決めているようだ。
 
「それじゃ、がんばってクロンファンラに辿り着いてね。もしも同じ時期に着くようなら、その時は一緒に町に入ろう。そのくらいの提案は受けてくれてもいいよね?」
 
「・・・まあな・・・。」
 
「じゃ、決まりだな。とにかくクロンファンラの前まで、ちゃんと生きてたどり着いてくれよ。」
 
「バカにするな!そっちこそちゃんとたどり着けよ!」
 
「その勢いなら大丈夫だな。それじゃ気をつけて行けよ。」
 
「気をつけてね。くれぐれもリーデンに見つからないように。」
 
 何をするかわからないという残虐なその男のことが、私はどうしても引っかかっていた。私達に向けて刺客を放ったはいいが、その刺客がまともに仕事をこなせるかどうか、常に見張っているのではないだろうか。
 
「見つかるわけがねぇじゃねぇか。奴は今頃王宮だ。またフロリア様の部屋にでも入り浸っているんだろうぜ。」
 
 リーダーの兵士がにやりと笑い、カインの顔がこわばった。
 
「そう言えばさっき、そのリーデンがフロリア様の恋人だみたいなことを言ってたようだけど、それ、本当の話なの?」
 
 出来るだけさりげなく聞いた。その言葉がカインの心にどれほど深く突き刺さっているかが、わかるからなおさらだ。ここではっきりさせておかないと、あとで話を聞ける機会があるかどうかはわからない。
 
「そんなこと知るか。ただの噂だ。あの男がしょっちゅうフロリア様の執務室や乙夜の塔の私室にまで足を運んでいることは知っているが、フロリア様の隣には、いつもあの槍使いがいるからな。おそらくリーデンは、フロリア様に指一本触れられずにイライラしてるんじゃねぇかってのが、俺の推理さ。もっとも、あの槍使いの女までたらし込んでいるなら別だがな。」
 
「あんなのに手を出そうとしたら、命の保証はねぇぞ。いくらリーデンでもな。」
 
 リーダーの兵士のすぐ後ろにいた別の兵士がぼそりと呟いた。
 
「まったくだ。見た目だけなら確かに相当な上玉だが、俺だってあんな男女はごめんだ。」
 
 リーダーの兵士が肩をすくめる。
 
「男女って・・・。」
 
 そう聞いた途端、頭の中にセルーネさんの顔が浮かんでいた。セルーネさんも誰かに似たようなことを言われていたっけ。そう言えばユノの口調は、少しだけセルーネさんに似ている。
 
「何でも剣士団にはもっとすごいのがいるって話じゃねぇか。あんたらは知ってるのか?」
 
「ああ、よく知ってるぜ。腕も一流、ゲンコツを喰らったらそうとう痛いって言う、すごい人がな。」
 
 そう言うカインは笑いをこらえるのに必死だ。さっきユノの話が出たことで、カインは大分安心したらしい。彼の回りにずっと漂っていた、ぴりぴりとした張り詰めた空気が大分和らいでいる。
 
「ほお、で、やっぱり見た目はいい女なのか?」
 
「美人だよ。」
 
「ふぅん・・・1回くらいは顔を拝んでみたいもんだが、まあ無理だろうな。王国軍と王国剣士じゃ、顔を合わせた途端に斬り合いになりそうだ。どんな顔をしてるかなんぞ、見てる暇もねぇか。」
 
「王国剣士はね、相手が剣を抜かなければ、誰も剣を抜いたりしないよ。」
 
「・・・そうだな・・・。おい、そろそろ行くぞ!」
 
「それじゃ気をつけて。王国剣士や灯台守に出会っても絶対に剣を抜かないで。それと、本当にリーデンには気をつけてね。」
 
「・・・しかし本当にあんたらはおかしな連中だな。敵の俺達をそこまで心配するとはな。王国剣士ってのは、みんなあんたらみたいなお人好しなのか?」
 
「みんな似たようなものだよ。だからきっと解り合えるさ。」
 
「・・・だといいがな・・・。」
 
 そう言う彼らだって相当なお人好しだ。最初は『てめぇら』次が『お前ら』、そして『あんたら』と、だんだん態度が柔らかくなってきていることに、自分達も気づいてないらしい。
 
 
「ふぅ・・・何とかなってくれたな・・・。」
 
 兵士達を見送って、カインが大きくため息をついた。
 
「ウィロー、ありがとう。あそこで君が言ってくれなかったら、俺達は暴走してたかも知れないよ。」
 
「そうだね。いつの間にか、何が何でも彼らに南大陸に行って欲しくて、気を回しすぎていたみたいだ。」
 
「そうね・・・。だけど、南大陸で見回りをしようなんて、そんなに簡単に決意できるようなことじゃないと思うわ。だから、せめてあの人達に自分の足で辿り着いてほしかったの。」
 
「そうだね・・・。」
 
 ウィローはくすりと笑って
 
「ふふふ、あなたが私をあの人達に近づけないようにって必死だったのは、よくわかったわ。ありがとう、クロービス。」
 
「最初に会ったときはなにをするか分からない連中だったから、なおさらね。」
 
 ちょっと照れくさくて、曖昧な返事をした。
 
「そうね。だから、本当はずっと黙ったままいるつもりだったのよ。でもあなた達とあの人達の話を聞いていて、何だかおかしいって思ったら、もう止められなくて・・・」
 
 ウィローはまた笑って、
 
「食器を洗ってくるわ。ずっとほっといたから、こびりついてるかなあ。そうなると、なかなか落ちないのよねぇ。」
 
 半ばひとりごとのようにそう言いながら、テントの中に押し込んでおいた鍋や食器を引っ張り出して、少し先の泉に歩いていった。本当に・・・ウィローに何事もなくて良かった・・・・。
 
「結局あいつらも操られているだけなんだもんな・・・。斬り合いなんてしたくないよなぁ・・・。」
 
 カインがぼそりと呟いた。
 
「そうだね・・・。」
 
「なあクロービス。」
 
「ん?」
 
「さっきは、ありがとう。フロリア様のことをちゃんと確認してくれて。」
 
「礼を言われるようなことじゃないよ。だってあり得ない話だからさ。でも、君はきっと気にはなるけど口に出すのもいやだろうなと思ったからね。それに、今の王宮の中がどうなってるのかも気になっていたから、今日はいろいろと収穫があったね。」
 
「そうだな・・・。正直言って、ホッとしたよ。フロリア様のお考えは、未だによくわからないけど、とにかく、今俺がすべきことは、クロンファンラ目指してがんばって歩くことだよな。」
 
「そうだね。王立図書館の蔵書の量は半端じゃないからね。きっと何かしら役に立つ本が見つかるさ。」
 
「そうだな・・・。」
 
 その時、遠くで何かの鳴き声が聞こえた。一瞬身構えたが、単なる遠吠えのようだ。かなり遠い場所のようだし、その思念はこちらにまったく向いていない。
 
「ふぅ・・・驚かせてくれるなあ・・・。」
 
 結界を張ってあるのでモンスターは入ってこられないとわかってはいても、やはり気配がすれば気になる。だが、何日か前のように、まったくモンスターの気配が感じ取れないよりは、遙かに今のほうがまともな状態だ。そう言う意味では少し安心した。この森に何か問題があるというわけではなさそうだ。もしかしたら、あの兵士達が私達を捜して森の中を歩き回ったのかも知れない。殺意をみなぎらせて歩き回る思念を感じ取れば、モンスターだろうと怯えて気配を消そうとするだろう。
 
「そう言えばお前、この間モンスターの気配が全然ないって言ってたよな。」
 
「うん。」
 
「あんな声が聞こえるってことは、今は普通と同じ状態なのか?」
 
「そうだね。以前と変わらないよ。」
 
「そうか・・・。変な話だけど、そう聞くとなぜか安心するな。」
 
「それが普通だからね。」
 
「それもそうか・・・。モンスターが根絶される、なんてことは、あってはいけないんだよな、やっぱり・・・。」
 
「そんなことになったら、この大地の生態系の環が壊れてしまうよ。そうなったら人間だって生きていけるかどうかわからないからね。」
 
「なるほどな・・・。何となく、セスタンさんの気持ちがわかるような気がするな。」
 
「そうだね・・・。」
 
 みんなどうしているのだろう・・・・。
 
「おまたせ〜。ふぅ・・・落とすのに苦労したわぁ。でもきれいになったわよ。」
 
 ウィローが戻ってきて、きれいになった鍋や食器を見せてくれた。
 
「けっこう長い時間ほったらかしだったからなあ。ごめんね、なかなか説得出来なくて。」
 
「何を言ってるの。そんなこと気にしないの。それに、あの人達が使ったカップなんだけど、土もついてないし、きれいに使ってたみたいね。ちょっと意外だったわ。」
 
「怒っても誰もカップを投げつけたり叩きつけたりしなかったしね。」
 
「あれは意外だったよ、俺も。何かあったらすぐに怒鳴ってやろうと思ってたけど、当たり前の躾はちゃんとされてるみたいだったな。案外、あいつらって普通の家に生まれ育った奴らばかりなんだろうな。」
 
 カインも同じことを考えていたらしい。
 
「そうねぇ。前は盗賊だったなんて言ってたけど、あんな調子ではたいした稼ぎはなかったんじゃない?せいぜい休んでる旅人の荷物をかすめ取るとか、寝ているところに忍び込んで荷物を持ってくるとか、その程度だったんじゃないかしらねぇ。」
 
 ウィローが笑った。
 
「詳しいね。」
 
「昔、カナに王国剣士さんがいたころはね、そう言う盗賊さんが捕まって連れてこられてたのよ。とても盗賊には向かないような人達ばかりだったわ。」
 
「なるほどね。でもこのご時世では、盗賊が一番手っ取り早く稼げる道に思えたんだろうな。」
 
「そうねぇ。大陸のモンスターを相手に出来るだけの腕があるなら、それこそ見回りでもそれなりの実入りはありそうなんだけどね。」
 
「人間てのは、楽な方に転がりたいもんさ。」
 
 カインが大きなあくびをしながら、ひとりごとのように言った。
 
「でも、せっかく南大陸に渡るって決めたんだから、これからは多少苦労をしてほしいね。」
 
「まったくだ。」
 
 カインが笑い出した。この日は久しぶりに穏やかな気持ちで過ごすことが出来た。心配なのは先ほどの兵士達が、無事クロンファンラまでたどり着けるかどうかだ。
 
 
 翌日
 
「さぁて、がんばって歩くか!」
 
 カインの顔は昨日よりずっと晴れやかだ。あの不安な感情は未だ彼の心を取り巻いているが、何日か前の、今にも飛び出して王宮まで駆け戻ってしまいそうな危うさはない。これがずっと続いてくれるといいんだけど・・・。
 
 
 西部山脈の中でも、今私達が歩いているのは頂上付近らしい。起伏が少なく、少し歩きやすいので、思ったよりも速く進むことが出来ていた。
 
「あの連中は、無事に旅を進めているのかな・・・。」
 
 カインがぽつりと言ったのは、王国軍の兵士達と別れて、3日ほど過ぎたころのことだ。いくら歩きやすいとは言っても、別にきれいに整備されている道があるわけではない。平地を歩くような速さで進むことは出来ず、私達は未だに西部山脈を抜けることが出来ないでいた。だが、もうそろそろ山脈の端のほうに到達するはずだ。そこから南地方の入口近くに降りられる道がある。南地方に入ればまた獰猛なモンスター達が待ち伏せているし、クロンファンラにもかなり近づく。それまでカインの元気が持ってくれればいいと思っていたが、そううまくは行かなかったようだ。どうもカインの心の浮き沈みが激しい。また何となく不安になっているらしい。城下町から遠ざかるごとに、明るいときと暗いときの落差が激しくなってきている。カインが今気にしているのは、おそらくあの兵士達の安否ではない。彼らをつかまえて、もう一度聞きたいのだ。フロリア様のことを。フロリア様が今も変わってないのか、おかしな連中をおそばに置いていたりしないのか、そして・・・誰かのものになってしまっていないのかどうか・・・・。
 
(なにか・・・気を紛らわせるものがあるといいんだけど・・・。)
 
 隣を歩くウィローが、時々不安そうにカインを見、その視線をそのまま私に向けてくる。ウィローもカインのことが心配なのだろう。カインの気をフロリア様から逸らせることの出来るもの・・・。さっぱり思いつかない。でも何かないだろうか。歩いている時間は仕方ないとしても、食事の時やキャンプを張ったとき、フロリア様のことを考えずにすむ何か・・・・
 
 ふと思いついたことがある。もうすぐ日が暮れる。今日のキャンプ地が決まったら、話してみよう・・・。
 
 
「へ?」
 
 私の提案を聞いたカインの第一声がこれだった。
 
「へ、はひどいなあ。こっちは大まじめだってのに。」
 
「い、いや、あんまり意外だったからさ・・・。」
 
「クロービス、本気なの?」
 
 ウィローも不思議そうに私を見ている。
 
「本気も本気だよ。場合によっては、呪文より気功のほうが素早く効くからね。」
 
 
『基本的なものでいいんだけどね、気功を教えてくれないか』
 
 私がカインにした提案だ。
 
「うーん・・・。」
 
 カインは頭をバリバリかきながら、考え込んでいる。
 
「本当に基本的なのだけでいいんだ。回復と、あとは、そうだな・・・麻痺の気功でも教えてもらおうかな。」
 
「・・・なあクロービス。」
 
「ん?」
 
「お前の剣の腕はそれだけで見事なものだし、治療術と風水術を両方操れるなんて剣士団の中にはほとんどいないんだぞ?何もそんなに欲張らなくたっていいじゃないか。」
 
「欲張ってるわけじゃないよ。でも、誰でも覚えられる基本的な気功なら、覚えておいて損はしないと思うんだ。そりゃ麻痺の気功はね、多分よほど油断している相手か、素人でもなければ効かないかも知れないけど、それでも覚えてあれば、いざというときに役立つことがあるかも知れないよ。」
 
「う〜〜〜〜ん・・・・」
 
 さっきよりさらに大きな声でまたカインが唸りだした。
 
「そんなに君が頭を抱えるほどのことかなあ。」
 
「そりゃ頭を抱えたくもなるさ。お前が剣技を覚えたらどうかって話を前にしたとき、オシニスさんもライザーさんもあんまりいい顔しなかったじゃないか。」
 
「ああ、そう言えばそんなこともあったね。」
 
「あったねじゃないよ。風水に治療術に剣に弓、そのほかに気功なんていったら、結局どれも半端になって、ただの器用貧乏になっちまう危険性があるじゃないか。だいたい、何でいきなりそんなことを言い出したんだ?」
 
「さっきも言ったじゃないか。覚えておいて損はないって。」
 
「それだけか?」
 
「それだけだよ。」
 
「なら何でもっと前に言わなかったんだよ。」
 
「今思いついたから。」
 
「その程度の軽い気持ちで手を出そうってのか?」
 
 カインの瞳に、ちょっとだけ意地悪な光がよぎる。
 
「そう言うわけじゃないよ。気功については前から考えていたんだ。気功も治療術も、回復に関して言うなら効果はほとんど変わらない。でもね、気功のほうが発動時間が遙かに短いんだよ。君が前に立って私が後ろから攻撃するという態勢でこれからもやっていけるなら、呪文を唱えるだけの時間はいつだって充分にあるけど、この先どんな敵が出てくるかなんてわからないじゃないか。何があっても対処出来るだけの準備をしておくことを考えるなら、気功だって覚えておいたほうがいいかと思ったのさ。まずは基本を押さえて、それ以上のことが出来そうかどうかは、それから考えたい。」
 
「なるほどな・・・。」
 
 カインはうなずいて、今度は唸らずに少しの間考えていた。
 
「わかったよ。確かに、初歩の気功は誰でも覚えられるから、覚えておいて損はないだろうし、それほど大きな負担にもならないだろう。ただし、お前の剣や呪文の訓練の妨げになるほど入れ込むなよ。まずは得意分野の地固めをしっかりする、その上で他の分野も試してみたいってことなら、俺は喜んで教えてやるよ。」
 
「うん、それじゃ、よろしくね。今日はもう遅いから、明日からでいいよ。もちろん、君の手が空いたときだけで。」
 
「ああ、それじゃ明日からだな。」
 
「ふぅん、気功かぁ・・・。」
 
 ずっと黙って聞いていたウィローが小さく呟いた。
 
「ん?ウィローもやってみたいなら一緒に教えるぞ。1人に教えるのも2人に教えるのも、一緒だからな。」
 
「私はいいわ。まだまだ呪文のほうで精一杯。クロービスならきっとすぐ覚えられるだろうけど、私の場合は本当にただの器用貧乏になっちゃうわよ。だから、呪文の勉強に専念します。」
 
 ウィローが笑った。
 
「そうだなあ。ウィローには呪文に専念してもらう、クロービスは呪文を中心に、気功もそこそこ使えるようになってもらって、俺は剣技と気功の腕をがんばって磨く、と。それで行くか。」
 
「そうだね。それじゃもう寝ようか。明日あたりからはそろそろ下りの道にはいるからね。」
 
「ああ。この先はそれほど険しい道はないが、下りは下りでけっこうきついからな。麓に出られるまでにはまだ時間がかかるだろう。」
 
 
 夜半・・・。
 
 カインと交代して不寝番をしていた私のところに、ウィローが起き出してきた。今ではウィローは毎晩、夜中に起きて来る。そして少しの間他愛ないおしゃべりをしたあと、また床につく。2人きりで話が出来る貴重な時間だった。
 
「思いきったことを言ったわね。」
 
 熱めのコーヒーをすすりながら、ウィローが言った。最近ではウィローが起き出してくることを見越して、コーヒーやクッキーを2人分用意しておくようになっていた。
 
「まあね・・・。このくらいのことがないと、カインがいつまでも王宮のことばかり気にしているからね。でも、別にそれだけであんなことを言い出したわけじゃないよ。気功を覚えたいというのは本気なんだ。呪文は適性がないと無理だから、カインには今のまま剣と気功でがんばってもらうしかないからね。せめて私だけでも、出来るだけのことはしておきたいんだよ。」
 
「そうねぇ・・・。あなたの話を聞いていて、私も覚えようかと少し思ったんだけど・・・。」
 
「君には呪文に専念してほしいな。」
 
「ふふふ・・・そうよねぇ・・・。まだまだ、そこまでの余裕は持てそうにないわ。」
 
「余裕なんてそのうち出てくるものだよ。だからそう思ったときに、あらためて教えてもらえばいいよ。」
 
「だといいな。それじゃそろそろ寝るわ。お休みなさい。」
 
「お休み。」
 
 いつものようにお休みのキスをして、ウィローはテントに戻っていった。
 
「余裕か・・・。」
 
 偉そうなことを言ってしまったが、そんなもの、どこを探したってあるわけじゃないのは、私も同じだ。だが、今はカインの気を王宮から、フロリア様から逸らすことが先決だ。まずはクロンファンラで情報を集めて、それからどこに行けばいいかを決める。その行くべき先がどこであろうと行かなければならない。フロリア様を元に戻す手だてを探すために。そして、フロリア様を元に戻せたら、私達は王宮に戻れる。そうしたら、今度こそ本当に、ウィローとの将来を考えることが出来る。
 
(こんなことを考えている場合じゃないんだろうけど・・・。)
 
 ふと口元に手をやる。たった今ウィローの唇が触れたところ。暖かい柔らかな唇に触れるたびに、いつも思う。いつまでこんな状態でいるのだと。私のことはいい。でもウィローをこのままにしておきたくない。こんな半端な状態のまま、一緒にいるのはつらい・・・。
 
 
 翌日から、カインは私に少しずつ気功を教えてくれた。それぞれが自分の得意分野をまずちゃんと訓練して、その上で空いた時間があればと言う話だったが、一度教えると決めたのだからと、カインはちゃんと毎日時間を作って教えてくれた。この日から、西部山脈を突っ切り南地方の西部に足を踏み入れるまでの間、カインの心はとても穏やかで、この提案はひとまず成功したのだと私は少し安心していた。だが、南地方に足を踏み入れ、東への道をたどり始めれば、やはり気になってくるのはあの時別れた王国軍の兵士達の行方だ。そしてまた、カインの心がざわつき始める。彼らが今どんな話をしているのかを気にしだしている。今はもう『防壁』作りにカインやウィローの手を煩わすことはなかったが、身近な人の不安定な感情は、どんなに堅固に防壁を作っても感じ取ってしまう。おかげで、いつも胸の中に得体の知れないもやもやしたものが漂っていた。
 
「あの人達にもう一回くらい会えないかしらね。」
 
 ウィローがそんなことを言いだしたのは、そろそろクロンファンラ周辺に近づきつつあった、とある日の夜。カインの熱心な指導のおかげで、私の気功もそれなりに使えるようになってきたころのことだった。
 
「今会ったところで、一時的なものだよ。会って話をして、また少し過ぎれば、イライラしてくるだけじゃないか。」
 
 根本的な解決とはほど遠い。
 
「そうよねぇ・・・。」
 
 ウィローはため息をついた。
 
「それに、いつまでもあの人達のことばかり気にしてはいられないよ。彼らと私達は目的が違うんだからね。クロンファンラでの調査のあと、私達が向かうべき場所がどこになるかなんてわからないんだ。それに、今彼らがどこにいるのかもわからないじゃないか。もしかしたら、首尾良く灯台守達を説得して、今頃はもうロコの橋を渡っているころかも知れないよ。」
 
「だといいんだけど・・・。」
 
 可能性としては、実はあまり高くないのだが・・・。
 
「とにかく、がんばって早くクロンファンラに着けるようにしよう。この先どこに行くべきかってことがわかれば、また変わってくると思うよ。」
 
「そうね。」
 
 ウィローは笑顔でうなずいてくれたが、まだ不安の色は隠せないでいるようだった。カインがフロリア様に対して持っている特別な感情のことを、話したことはない。だが、ウィローはおぼろげながら感じ取っているだろう。カインがこれほど落ち着かなくなるには、何かしら原因があるのだと。
 
「仕方ないか・・・。ウィローは勘がいいからな・・・。」
 
 明日はおそらくクロンファンラのかなり近くまで行けるはずだ。モンスターをうまくかわすことが出来れば、町の入口までたどり着けるかも知れない。そうすれば、灯台守達にあの兵士達の行方を聞くことが出来るだろう。それで多少はカインが落ち着いてくれるといいんだけど・・・。
 
 
 だが、あの兵士達との再会は、予想よりも早く、そして思いがけない形で実現することになった。それは翌日の午後、そろそろクロンファンラの周辺地域にたどり着けるだろうかというころに、凄まじい殺意と憎しみの感情を私が感じたことから始まった。
 
「・・・誰か、近くで戦ってる・・・。」
 
「まさか、王国剣士とか、灯台守か?」
 
「いや・・・王国剣士はいないと思うし、灯台守とも何となく違う気がするな。何だかものすごい殺意を感じるんだ。」
 
「灯台守の人達はそんなむやみに殺気を出したりしないだろうしな・・・。てことは、盗賊の可能性もありか・・・。」
 
「うん、慎重に進もう。」
 
 クロンファンラの近くは、こうして見ると南大陸の北部山脈近辺と似ている。カナの村近くに広がる砂の海のようなところではなく、一言で言うと、ろくな草も生えない荒れ地だ。草が生えないとは言っても、ではまるっきり地面だけかというとそうでもない。背の低い草むらがそこかしこにあり、そのわずかな日陰にモンスターがうごめいている。そして、先ほどから感じていた凄まじい殺意と憎しみは、その小さな草むらの一つで戦う人間とモンスター達から発せられていた。
 
「あいつらじゃないか!」
 
 あの兵士達がそこにいた。全員が背中合わせに立ち、剣を構えている。回りには無数のモンスターの群れ・・・。
 
「くそ!なんであんなに囲まれているんだよ!?あれじゃ助け出すのも一苦労だぞ?」
 
 カインが忌々しそうに叫んだ。確かにものすごい数のモンスター達が彼らを取り囲んでいる。一番多いのは大型のサソリモンスター「デスニードル」だが、そのほかにもいろんなモンスター達が彼らを囲んで、凄まじい憎悪の念を発しているのだ。だが私達がここにいることに、モンスター達は気づいていない。作戦を練るなら今のうちだ。
 
「とにかく援護しよう。こっちの存在は気づかれていないみたいだから、クロンファンラ方面に風水で突破口を作るよ。道が出来たら、とにかく彼らには走ってもらおう。」
 
「しかしこれだけの数、どうやって動きを止める!?」
 
「火で囲もう!『炎樹』で囲んで取りあえず動きを鈍らせれば何とかなるよ!」
 
「よし!おいウィロー、君はここからモンスターの動きを見てて、飛びかかろうとする奴がいたら、矢で脅かしてくれ!出来るか!?」
 
「大丈夫よ!鏃に鋼を使った矢なら、ある程度ダメージを与えられるわ!」
 
「それで行こう!あいつらを逃がしたら俺がモンスターの気をひくから、君はクロービスと一緒に反対側から追い込んでくれ!」
 
「わかった!気をつけてね!」
 
 このデスニードル達に鉄扇の攻撃は通用しない。そしてこの位置ならば、ある程度安全を確保できる。ウィローの身を守って、なおかつ万一の時の切り札としていてもらえる。
 
「それじゃ、『百雷』で東側に道を作るよ。君はとにかくあの兵士達に逃げるように声をかけて!」
 
「わかった!」
 
 カインが先頭になって飛び出し、私が後に続いた。カインはわざと剣を振り回しながらモンスター達の気を引き、その隙に私はクロンファンラ方面にうごめいているモンスター達の隙間を狙って、『百雷』を唱えた。ドーンという地響きと共に稲光が地面に炸裂し、すぐ近くにいたモンスター達が吹っ飛んで、わずかながら走りぬけられるだけの道が出来た。モンスター達同様驚いた兵士達が私達を見てぎょっとしている。
 
「道が出来たぞ!そこから逃げろ!」
 
 カインが必死で叫ぶ。
 
「なんだ、あんたらどうしてここに!?」
 
「いいからさっさと逃げろ!早く!」
 
 グズグズしていれば、またモンスター達に囲まれてしまう。それを察したのか、ゲイルの弟の兵士が最初に飛び出し、3人が後に続いた。
 
「あ、ちくしょう!お前ら待ちやがれ!」
 
 リーダーの兵士が怒鳴るが、他の兵士達はお構いなしにどんどん逃げていく。
 
「ばかやろう!お前も逃げろ!」
 
 カインの怒鳴り声に、振り向いて悔しげな顔をしたリーダーの兵士だが、すぐに仲間のあとを追って走り出そうとした。その時・・・!
 
「ぐぁ!」
 
 うめき声と共に彼がどさりと倒れた。
 
「あ!?おいどうした!?」
 
「デスニードルかも知れない!とにかく行こう!すぐに治療しないと!」
 
 あのモンスターは低い位置から突然しっぽを出して攻撃してくる。あの毒針に刺されたとしたら、もはや一刻の猶予もない。カインと私は倒れた兵士の元に駆け寄った。
 
「おい!大丈夫か!?」
 
 倒れたリーダーの兵士は動かない。顔はすでに真っ青だ。即効性のデスニードルの毒がもう回り始めている。私はすぐに『毒の中和』の呪文を唱え、続けて『自然の恩恵』を唱えた。取りあえずこれで毒は消え、刺された傷も治った。
 
「どうだ?」
 
「傷は治ったよ。毒も中和したけど、安静にしていないと回復できないよ。まずはここから逃げないと。」
 
 毒というものは実に厄介だ。一度体が毒に冒されると、毒だけを消したところですぐに元通りに動くことは出来ない。まずはどこか静かな場所に寝かせて、体力を回復させなければならないのだ。だが、百雷で出来た道はもう閉じていた。他に逃げ道はない。モンスター達はますます怒りを募らせ、私達にじわじわと向かってくる。私はウィローがいるはずの方角をちらりと見た。どうやらウィローの存在はまだモンスター達に知られていないようだ。
 
「くそ・・・!囲まれちまったか・・・。」
 
 私達を取り巻く、無数のモンスターの群れ・・・その中に、ぽっかりと空いた隙間が見えた。目を凝らすと、そこにもモンスターがいるように見えたのだが・・・・
 
「カイン・・・もしかしてこの人達、モンスターを殺したのかも知れない・・・。」
 
「なんだと・・・!?」
 
 カインも私の指さす方向を見、唇を噛みしめた。そこにいるのは、いや、あるのは、何体かのデスニードルらしき死体だった。
 
「それでこんなに集まってきているのか・・・。」
 
「仲間を殺されたモンスターの悲しみが、他のモンスター達を呼び寄せているのかも知れないよ・・・。」
 
 足下に倒れたリーダーの兵士は、青い顔のまま動かない。完全に意識を失っている。相当深く刺されたのだろう。よく見ると、彼の持つ剣に緑色の液体がべっとりとついている。デスニードルの体液だ。
 
「なるほどな・・・。おいクロービス、もう風水は使えないかな。」
 
「2回目だと効果は半減だろうね。カイン、この人を背負える?背負って走れるなら、私がモンスターを薙ぎ払って道を作るよ。」
 
「それしかなさそうだな。こいつを置いてはいけないし・・・。よし、頼むよ。」
 
 カインがリーダーの兵士を背負った。私は剣を抜き、突破口を作るべく、モンスターの群れの中に飛び込んだ。
 

第69章へ続く

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