小説TOPへ 第61章〜第70章のページへ


第69章 剣に潜む力

 
 モンスター達は立錐の余地もないほどにひしめき合っているのだが、そんな状態でもよく見ればほんのわずかな隙間がある。私はその隙間めがけて飛び込み、剣を振り回そうとした。が・・・・その時不思議なことが起こった。突然剣が輝きだしたのだ。
 
「あ、あれ・・・?」
 
 昼間でもこの剣の輝きは褪せることがない。だが、最近はまったくと言っていいほど輝くことはなく、ごく普通の剣にしか見えなかった。
 
「あ!モンスターの動きが止まったぞ!」
 
 カインが叫んだ。
 
 剣が輝き出すと同時にモンスター達の憎悪の念が弱くなった。そして動きが止まり、あたりは異様な静けさに包まれた。
 
「どうなってるんだ・・・。」
 
 カインは呆然として、静まりかえったモンスターの群れを見つめている。やがて、囲みの最後尾にいたモンスター達がゆっくりと来た道を戻り始めた。少しずつ、私達を囲む輪が小さくなっていく。
 
「ウィロー!」
 
 モンスターの進む先にウィローがいる。私は慌てて走り出した。が、ウィローのいる場所のすぐ脇をモンスターが通り過ぎていくというのに、ウィローには目もくれない。
 
「・・・どうなっているの・・・?」
 
 ウィローもぽかんとして、去っていくモンスターの群れを見つめていた。
 
「考えるのはあとにしようぜ。こいつを早いところ何とかしないとな。」
 
 私のあとを追ってきたカインが、背中をあごで指し示した。
 
「そうだね。クロンファンラまで行ければ何とかなるんだけど、ここからじゃちょっと遠いか・・・。」
 
 距離としてはそれほどではない。私達だけならば暗くなるまでにはなんとかたどり着けるかも知れなかったが、怪我人をあまり動かすことは出来ない。どうしたものかとクロンファンラ方面を見た私の目に、人影が映った。
 
「誰か来るよ。さっき逃げた連中かな。」
 
 だが、よく見ると何だか数が多い。
 
「おーい!無事かぁ!?」
 
 聞き覚えのない声だ。
 
「あれ・・・?あれはまさか・・・。」
 
 振り向いたカインが目を凝らし、驚いた顔をした。
 
「知ってるの?」
 
「いや・・・あの制服は、灯台守だ!」
 
 濃紺の上着にベージュのズボン、黒い鎧の兵士達に混じって、灯台守が2人走ってくる。
 
「おーい!こっちです!」
 
 カインが片手を振って叫んだ。
 
「ものすごい数のモンスターに囲まれていると聞いたのだが・・・本当なのか?」
 
 灯台守の1人が、怪訝そうに辺りを見回した。無理もない。モンスター達は全て引き上げたあとだった。彼の言葉には、微妙に王国軍の兵士達を疑うような響きがある。
 
「本当です。でも、モンスター達が引き返してくれたので何とかなりました。」
 
「引き返した?どういうことだ?」
 
「説明はあとでします。怪我人がいるので手当をしたいんですが。」
 
「あ、ああ、そうだな。ひどいのか?」
 
「デスニードルに刺されたんです。毒と傷は何とかなりましたが、とにかく静かな場所で休ませないと。」
 
「わかった。だが・・・ここからクロンファンラまではまだかなりある。怪我人がいるのでは今日中にたどり着けまい。どこかでキャンプを張るしかないが、それでいいか?」
 
「はい。いい場所があれば教えていただけませんか。」
 
「よし、町からは少し遠ざかるが、西の方は木立もあってそれほど気温は高くない。そちら側にいい場所がある。案内しよう。」
 
「お願いします。」
 
 
 
「ほお、するとそのモンスター達は、君の剣を見て逃げだしたというわけか?」
 
「逃げだしたのかどうかまではわかりませんが、引き上げてくれたことは確かです。」
 
 私達は灯台守の案内で、南地方の西部を流れる川の近くに来ていた。今日はもうクロンファンラまではたどり着けない。ここでキャンプを張るしかなかった。テントを持っていたのは私達と灯台守の2人。王国軍の兵士達は、野宿のための道具など何一つ持っていないと思っていたのだが、寝袋と、タープと言って雨露をしのげる程度の天幕のようなものを持っていた。何でもテントほど布の量が多くないのでかさばらず、風などがなければそれでけっこう何とかなるらしい。
 
「王国軍の中でこれを支給されたのは、俺達だけだとか言ってたぜ。」
 
 ゲイルの弟がタープを設置しながらそんなことを言っていた。ずいぶんと思わせぶりな言い方だ。いかにも特別扱いしてくれていると思わせる。リーデンという男は、どうも武力だけの人物ではなさそうだ。
 
「ふぅん・・・。確かに軽くて便利そうだが、砂嵐の多い南大陸では役に立たないぞ。」
 
 カインがタープを見上げながら言った。
 
「そりゃそうだ。おい、俺達はその南大陸に住んでいたんだ。そのくらいのことがわからねえほど、トンマだと思われてんのか?」
 
「おっと、それは悪かったな。」
 
 カインが肩をすくめた。確かに彼の言うとおりだ。この兵士達は元々南大陸の村で生まれ育った若者達だ。兵士達はいささか気を悪くしたのか、それ以上カインと話をしようとはせず、カインも話しかけなかった。リーダーの兵士は相変わらず目を覚まさず、今はタープの下に寝かされている。いささか気まずい雰囲気になってしまったカインの代わりに、私は西部山脈の中で私達と別れたあとのことを彼らに聞いてみた。それによると、彼らは彼らなりに順調に旅を進めていたようだ。だが、さっきは休んでいたところをデスニードルの群れに不意に襲われ、慌てて応戦したために何体かのモンスターを殺してしまったらしい。
 
「デスニードルというのは、あれでなかなか知能が高いんだ。群れを作って動くのだが、リーダーとなるべき個体がちゃんと指揮を執っている。おそらく君達が殺したのは、その群れのリーダーだったのだろう。」
 
 灯台守の言葉に、王国軍の兵士達がうなだれ、意識を失ったままの仲間に目を向けた。目を覚まさないのは確かに心配なのだが、あの即効性の毒が解毒されるまでの間、どの程度彼の体に回っていたかによって回復の早さも変わってくる。それに、今は目を覚まさないほうが都合がいい。安静にしていれば、それだけ回復も早いからだ。
 
「ただおかしいのはそのあとの行動だ。群れのリーダーを殺されたと言うのに、君達の息の根を止めずに引き上げたというのはどうにも解せぬな。・・・その剣を見せてはくれないか?」
 
 私は腰の剣を剣帯ごと外した。剣を鞘から抜いたが、もう光を放ってはいず、ごく普通の剣にしか見えなかった。だが、灯台守の1人が興味深そうに刀身を見つめている。
 
「・・・もしやこれは、ルーンブレードではないか?」
 
「ご存じなんですか?」
 
「うむ、少しだがレイナック殿から聞いたのだ。ではクロンファンラの聖戦竜を追い払ったというのは、君達のコンビだったのか。」
 
「そうです。」
 
 カインが答える。
 
「なるほど、それでわかったぞ。南大陸から1人戻ってきて、ガゼルが馬で王宮まで送っていったというのは、そちらの赤毛の君だな?」
 
「は、はい・・・。ガゼルさんは今どこに?」
 
「今は王宮だ。もうそろそろ戻ってくる頃合いだが。」
 
「王宮へ?」
 
「ああそうだ。王国剣士団が解散させられたとき、古株の剣士達は無理矢理王国軍に編入されたのだが、灯台守の組織だけはレイナック殿ががんばってくださったおかげで、なんとか今までどおりの身分と仕事が保証されている。つまり定時報告というものが今もあって、ガゼルはその報告のために王宮に向かったんだ。」
 
「レイナック殿はお元気なんですか?」
 
 私の質問に、灯台守は少し困ったように眉根を寄せ、小さくため息をついた。
 
「うむ・・・怪我や病気をしていないという意味では元気だと言えるのだが・・・」
 
「では王宮でなにか・・・。」
 
 灯台守はまたため息をついた。
 
「実はレイナック殿は、なんとか剣士団の再結成が出来ないかと、フロリア様に働きかけておられるのだ。」
 
「レイナック殿が・・・。」
 
 カインの声に、少しだけ期待がこもった。が・・・
 
「お二人ともため息をつかれていると言うことは、フロリア様がいい顔をされないのですね?」
 
 灯台守は小さくうなずいた。
 
「話を聞いてもくださらないらしい。」
 
「そうですか・・・。」
 
 話がとぎれたとき、後ろで王国軍の兵士達の声がした。
 
「おい、火はこれだけ熾せば充分だよな。あとはなんだ?」
 
「ありがとう。そうねぇ・・・薪がもう少しあるとありがたいんだけど、2人くらいで集めてきてくれる?」
 
 なんとウィローが指示を出している。
 
「どのくらいあればいいんだ?」
 
「うーん・・・ここにおいてある分の倍くらいあれば間に合うと思うわ。モンスターに出会っても手を出しちゃだめよ。」
 
「わかったよ。おい、行くぞ。」
 
「おう。」
 
 薪拾いを頼まれた2人の兵士は森の奥に分け入っていった。
 
「おいねぇちゃん、野菜が切れたぜ。」
 
 そう言ったのはゲイルの弟だ。なんと彼はもう一人の兵士と一緒に、ウィローの手伝いをして食事の支度をしている。
 
「それじゃ、あとはお湯が沸いたら中に入れて。あとは、こっちの草も半分くらいに切っておいて。」
 
「一緒に入れていいのか?」
 
「それは最後よ。しんなりすればすぐに食べられるから。煮込みすぎると味がなくなっちゃうわ。」
 
 私達が持っていた食料と、灯台守達が持っていた食料を出し合って、今日の食事を作ることになった。兵士達は持ち歩けるパン程度は持っていたが、出し合えそうなものは何もなかった。こんなことになるとは思わなかったのだからそれも仕方ない。私達が持っている食料と言えば、保存が利く干し肉、固めのパン、乾燥させて持ち歩ける野菜などだ。ローランを出るときは新鮮な肉も持ってきていたのだが、さすがにあまり日持ちはしないので、もうとっくに食べ尽くしていた。灯台守達も、このあたりの見回りを終えてそろそろクロンファンラに戻る予定だったと言うことで、生ものはほとんど持っていなかった。ここしばらく、私達の食事は干し肉とパン、それに野菜のシチューという、ほとんど同じメニューばかりだったのだが、今日も同じになりそうだ。ただ、途中で見つけた野草がたくさんあったので、ウィローがそれでもう少し食事の嵩を増やそう、そんなことを言っていた。
 
「しかし・・・まさかこんな光景を目にしようとはな・・・。」
 
 灯台守が王国軍の兵士達を見てぽつりと呟いた。
 
「こんな光景?」
 
 意味がわからず尋ね返した私に、灯台守の1人がくすりと笑った。
 
「あの黒い鎧を着た連中の、王宮の中での行動は目に余るものがある。肩をいからせて我が物顔で歩き、気に入らないことがあると壁を蹴ったり、場所も構わずつばを吐いたり、フロリア様付きの侍女をつかまえてく乱暴しようとまでしたらしい。彼らがこの国の正規の軍隊であるなど、恥以外の何ものでもない。だからさっき彼らに出会ったときは、すぐに動けないように腕や足の一本くらいへし折ってやろうかと思ったほどだ・・・。彼らが私達に出会うなり、土下座をして助けてくれと言わなければな。」
 
「・・・土下座?」
 
「ああ。私達の顔を見るなり土下座して、自分達の仲間がモンスターに囲まれている。王国剣士が助けに来てくれたが、たった2人ではやられてしまうかも知れないから、どうか助けてくれと、泣きながら頭を下げたんだ。」
 
「そうだったんですか・・・。」
 
「ところが来てみたらモンスターなど影も形もない。その時点で彼らを疑ったが、君達は確かにそこにいて、彼らの仲間を背負っている。そしてここに着くなり、君達の仲間のお嬢さんの指示に従って、薪を拾いに行ったり野菜を切ったり、実に素直に働いている。」
 
「出会ったときにはかなり険悪でしたよ。俺達についていろいろといいかげんな情報を吹き込まれていたらしくて。」
 
「そうか・・。それを説得するとはたいしたものだ。まあこうして見れば、普通の若者だな。王宮にいる連中と同じ王国軍とは思えん。」
 
「王国軍の人達も、結局操られているだけのような気がします。」
 
「そうだな・・・。確かにそうかもしれん・・・。しかし、彼らはこれからどうするつもりなんだろうな。君達や私達と一緒にいることが知れたら、王宮になどもう戻れまい。」
 
「そうだな・・・。下手をすればあの男に殺されるのが落ちだ。」
 
 もう一人の灯台守がうなずく。
 
「あの男というのは、リーデンという男ですか?」
 
「知っているのか?」
 
「はい。実は・・・。」
 
 私達は、南大陸での出来事を一通り灯台守に話し、王国軍の兵士達と私達が出会った経緯や、彼らの簡単な経歴も話しておいた。出会ったばかりではあるが、灯台守ならば信用出来る。この2人はどちらも私達よりかなり年かさらしく、ベテランの貫禄と落ち着きを漂わせていた。灯台守達の中でも、先輩格に当たる人達ではないだろうか。おそらくこのあたりのことはよく知っているだろうし、王宮の事情にも詳しいだろう。
 
「うーむ・・・なるほどな・・・。しかし君達をそこまで執拗につけ狙うとは・・・。」
 
「それはそうだろうな。ハース鉱山の真実が明るみに出れば、この2人は間違いなく英雄として国民に迎え入れられるだろう。そしてその事実をフロリア様が隠蔽していたと言うことがわかれば、今度こそ国民はフロリア様を許しはしまい。」
 
 もう一人の灯台守が、言いながらため息をついた。
 
「うむ・・・。暴動にまで発展する可能性もあるからな・・・。」
 
「城下町の治安はそこまで悪くなっているのですか・・・。」
 
 それほどひどいことになっているとは思わなかった。
 
「今のところ暴動が起きずにすんでいるのは、まだ国民の間ではフロリア様の人気が高いからだ。剣士団の解散やあのならず者あがりの王国軍編成も、何か考えがあってやっていることだと信じている者もいれば、あれはフロリア様のお考えではなく、別な誰かがフロリア様を押さえて暴政を布いているのだという噂もある。」
 
 と言うことは、一連の政策が、全てフロリア様のお考えで行われていると知れれば、大変なことになる可能性があると言うことだ。
 
「レイナック殿のお考えはどうなんでしょうか。」
 
 灯台守はちょっと困ったように眉根を寄せた。
 
「レイナック殿は当然ながら、フロリア様の今の行いを諫めようと努力をしておられるが、フロリア様が相当煙たがっておられるという話だ。このままではレイナック殿の身辺まで危うくなるのではないかと、そんな心配をする者までいるほどだ。」
 
「そ・・・そんな、まさか!?」
 
 カインが信じられないと言った顔で声をあげた。
 
「私達もそこまで考えたくはないがね。ただ、今のフロリア様のなされようを見ていると、それもあながち考えすぎではないと思えてくるのさ。」
 
「・・・・・・・・。」
 
 カインは黙り込んでしまった。レイナック殿はフロリア様にとって親代わりだと聞いた。そのレイナック殿を手にかける可能性さえあると・・・フロリア様はそこまで変わられてしまったのか・・・。
 
 
「う・・・・。」
 
 話がとぎれたとき、後ろでうめき声がした。リーダーの兵士が目を覚ましたらしい。
 
「おい、気がついたのか!?」
 
 ゲイルの弟が顔をのぞき込んだ。
 
「あ・・・ああ・・・。俺は・・・どうしたんだ?モンスターの群れから、逃げようとして・・・。」
 
 リーダーの兵士はぼんやりと宙を見つめたまま、頭を押さえている。
 
「無理に思い出さないほうがいいよ。」
 
 私は座ったまま体だけ振り向いて、声をかけた。やっと目覚めたばかりだ。動いたり考えたりは、まだしないほうがいいのだが・・・。
 
「そうだな。まだ頭は使うなよ。」
 
 カインが立ち上がって兵士のそばに腰を下ろし、気功を使った。
 
「おおっ!すごい!体が軽くなったぞ!」
 
 リーダーの兵士は驚いて飛び起きた。
 
「こら!まだ動くな!安静にしてないと、明日からまたへばるぞ!」
 
 カインが呆れたように怒鳴った。やっぱり、何となくこの兵士とカインは気が合っているようだ。
 
「わ、わかったよ・・・。」
 
 ばつの悪そうな顔をカインに向けて、リーダーの兵士は起き上がった格好のまま、肩や首をまわしたりしている。
 
「おい、薪を拾ってきたぞ。」
 
 ちょうどそこに戻ってきたのは、先ほど薪拾いに出掛けていた2人だ。2人は自分達のリーダーが起き上がっているのを見て、驚いて駆け寄り、泣き出した。
 
「気がついたのか!よかった・・。死んじまうかと思ったぞ!」
 
「さっさと逃げりゃいいのに、かっこつけやがって!」
 
 2人ともそんなことを言いながら、リーダーの兵士の肩や背中をバンバンと叩いて無事を喜んでいる。仲間に泣きつかれたリーダーの兵士は戸惑ったようにきょろきょろしていたが、口の中で何かモゴモゴと言いながら、自分にしがみつく仲間達の肩を順番に叩いた。
 
「ねえ、どこか痛いところはないの?」
 
 ウィローの問いに、リーダーの兵士は体を一通り動かしていたが
 
「いや・・・とくにねぇよ。」
 
 ぼそりと呟くように言った。まだ照れくさそうだ。
 
「そう、よかったわ。それじゃ食事は出来そうね。」
 
「あ、ああ・・・まあ・・・なんとかな・・・。」
 
 その照れ具合が何だかおかしくて、カインと私は笑い出しそうになってしまった。
 
「それじゃ食事にしましょうよ。えーと、さっき薪を拾ってきてくれたのは・・・あら?」
 
 ウィローが首をかしげた。
 
「なに?」
 
「ねえクロービス、カイン、あなた達、この人達の名前は聞いた?」
 
「あ・・・。」
 
「そう言えば・・・。」
 
 それどころか、助けてくれた灯台守達の名前も聞いてないし、もちろんこちらも名乗っていない。何となく、みんなで顔を見合わせて笑い出してしまった。
 
「そうよねぇ。今話しかけようとして、名前が出てこなくて驚いちゃったわ。聞いてないんだもの、当たり前よね。」
 
 ウィローも笑っている。
 
「それじゃ、さっき拾ってきてくれた薪は一ヶ所にまとめて置いてくれよ。とにかくうまいメシを食いながら、自己紹介をしようぜ。」
 
 カインの提案で、みんな焚き火の回りに座り、出来上がった野菜のシチューを取り分けて、食事が始まった。灯台守達と私達は自分の食器を持っていたが、王国軍の兵士達はそんなものはない。仕方ないので、コーヒーカップにシチューを入れ、パンや干し肉は手でもって食べてもらうことにした。
 
「おお!うまい!」
 
「温かいシチューなんて久しぶりだ!」
 
「うはぁ!こんなのが食えるなんて思わなかったぜ!」
 
 王国軍の兵士達はシチューをすすりながら大喜びだ。
 
「おい、俺が野菜を切ったんだぜ!?」
 
 ゲイルの弟が得意げに言った。
 
「お前は切っただけじゃねぇか。作ったのはそっちのねぇちゃんだろうが。」
 
「あのなあ、野菜を切るってのはこれでなかなか大変なんだぞ?」
 
「料理の味を決めるのは味つけだぜ?」
 
「ちょ、ちょっと、そんなことで言い合いしないでよ。」
 
 ウィローが赤くなりながら言った。
 
「いやいや、確かにうまいよ。お嬢さんは料理が上手なようだね。彼らの言うこともわかるな。」
 
 灯台守の1人がシチューを食べながら微笑んだ。
 
「あ・・・ありがとうございます。」
 
 ウィローがまた赤くなって頭を下げた。
 
「そうだな。こんなうまいメシは久しぶりだ。」
 
 もう一人の灯台守もうなずく。
 
「お前の料理の腕がもう少し上がっていれば、見回りの間ももう少しマシなメシが食えていたはずなんだがな。」
 
「それはお互い様だ。」
 
「あの・・・この人達も野菜を切ったりして手伝ってくれましたから・・・。」
 
 ウィローの遠慮がちな言葉に、灯台守の2人はうなずいた。
 
「そうだな。今日はまったく不思議な日だ。叶うならば王宮から全て追い払ってやりたいとさえ思っていた王国軍の兵士と、一緒に食事をすることになろうとは。」
 
「俺達だって不思議だよ。灯台守に助けてもらえるとは思わなかったよ・・・。」
 
 ぽつりと呟いたのはリーダーの兵士だ。
 
「私達は、相手が誰であろうと窮地に立たされている者がいれば助けるさ。王国剣士も同じだ。願わくば、王国軍の君達も同じであってほしいんだがね。」
 
「俺達だって同じだ。だから、俺はあんた達に頼み事をするつもりで、クロンファンラに向かっていたんだ。」
 
「頼み事?」
 
 どうやらリーダーの兵士は、南大陸へ渡ることについて、この2人に相談するつもりらしい。
 
「おい、その前に、せっかくうまいメシを食ったんだから、次は自己紹介だぜ。名前も名乗らずに頼み事ってのは、相手に対して失礼になるんだぞ?」
 
 カインが言った。このリーダーの兵士のほうが、多分カインより少し上に見えるのだが、落ち着いているのはカインのほうだ。さっき聞いた城下町の様子で大分ショックを受けているはずだが、気丈に振る舞っていてくれるのがうれしかった。でも、あまり無理していないといいんだけど・・・。
 
「そ、そんなことくらいわかってるさ!ちぇ・・・言いたい放題しやがって・・・。」
 
 リーダーの兵士は口をとがらせてぶつぶつ言っている。叱られてすねている子供みたいで、何だかおかしかった。その後まずは私達が自己紹介しようとしたのだが、『私は・・・』と言いかけた途端に『あんたがクロービス、そっちの赤毛のあんちゃんがカイン、で、料理のうまいねぇちゃんがウィローだよな?』と言われてしまい、思わず笑い出してしまった。
 
「俺達の耳は伊達についてるわけじゃねぇんだ。ちゃあんと聞くべきことは聞いてるんだぜ?」
 
 さっきカインに注意された仕返しか、リーダーの兵士がにやりと笑いながらカインを横目で見た。
 
「はいはい、わかったよ。で、あんたの名前はなんだよ?」
 
 カインも笑いながら尋ね返した。
 
「俺はロッドだ。で、こいつが・・・」
 
 リーダーの兵士・・・ロッドと言う彼が仲間をそれぞれ紹介してくれた。あのゲイルの弟はレイトというのだそうだ。そして彼らは、南大陸に渡ろうとしていることを灯台守達に打ち明け、なんとかロコの橋を渡る手助けをしてもらえないかと頼み込んだ。
 
「・・・・・・・。」
 
 灯台守は2人とも考え込んでいる。誰も一言も口を聞かず、少しの間、重苦しい空気が流れていた。
 
「黙っていたのでは話が進まないな・・・。」
 
 やっと灯台守の1人が口を開いた。
 
「その答を言う前に、王国軍の諸君に少し聞きたいことがある。」
 
 『諸君』などと言われて、兵士達は一瞬面食らったらしい。おそらくは厳しい答えを予想していたのだろう、リーダーのロッドがぽかんとした顔で灯台守達を見た。
 
「そんな言い方されると気味がわりぃな・・・。ま、俺達にわかることなら答えるぜ。もっとも俺達の場合、知っていることってのはそんなにないんだがな。」
 
「その『俺達の場合』というのはどういう意味だ?」
 
 灯台守が尋ね返した。どう言うことなのだろう。
 
「俺達がリーデンに会って、身内の仇を討たせてやると言われ、王国軍に入ることになったってのは、王国剣士から聞いたのか?」
 
「ああ、さっき一通りの話は聞いた。君らが王国剣士達を狙う刺客だったと言うこともな。」
 
「なるほどな。それは確かにその通りだ。だが最初からそんなつもりでいたわけじゃねえんだ。少なくとも俺達はな。」
 
「つまり、いつの間にかそう言うことになっていたと、そう言いたいのかね?」
 
「言うなればそんなところさ。ま、王国剣士達に出会ったときは、こっちもかなりその気になってはいたがな。」
 
「リーデンに大分いろいろと吹き込まれていたそうだが、それでその気になっていたと、そう解釈していいのかね?」
 
「忌々しい限りだが、その通りさ。俺達は王国軍に入ることになってから、5人揃って宿舎に部屋を与えられ、必ず一緒にそこで寝泊まりするように言われた。そしてその後、リーデンからハース鉱山で起きた出来事をかなり詳しく聞かされたよ。王国剣士がどうやってモンスターをハース城に引き入れたのか、そしてレイトの兄貴を始めとする鉱夫達を、どうやって殺していったのか、事細かにな。」
 
「そこで王国剣士達の追討部隊として働いてみないかと言われたと言うことか?」
 
「そうだ。仲間の身内が殺されたというだけで、俺達はもう怒り心頭だった。それどころか罪もない鉱夫達までもモンスターの餌食にされたと聞いて、その王国剣士どもを、俺達の手で必ず葬り去ってやろう、そう思ったんだ。俺達の決意をリーデンは大喜びで聞いていたよ。そしてそれから一週間ほどの間、俺達は奴から剣の使い方や戦い方を教わったんだ。」
 
「ふむ・・・なかなか話術にも長けた男のようだからな。君らの良心をうまく利用したわけか・・・。」
 
 灯台守は忌々しそうに言った。おそらくこの人達はリーデンを直接知っているのだろう。言葉を交わしたこともあるのかも知れない。
 
「しかし、いくらお前らが一緒にいたとしても、他の王国剣士と話でもすれば、ハース鉱山で起きた出来事なんて、いくらでも聞けたんじゃないのか?そうすればリーデンて奴の言ってることがおかしいくらいのことは、気づいたんじゃないかと思うがなあ。」
 
 首をかしげながら言ったのはカインだ。確かに不自然と言えば言える。監禁されていたわけではないのだから、誰かがうわさ話をしているところに居合わせるくらいの偶然は起きても良さそうな気がする。
 
「ふん!そりゃ回りでそんな話が出ていれば、俺達だっておかしいと思ったかも知れねぇよ。だがな、実際その手の話は俺達の耳に全然入ってこなかったんだ。おい灯台守のあんたら、疑うなら、王宮にいる仲間にでも確かめてみてくれりゃいいじゃねぇか。王国軍の連中は、ハース鉱山での出来事なんぞ誰も話題にしていなかったんだ。ちくしょう!俺は嘘なんてついてねぇよ!」
 
 ロッドが悔しげに顔をゆがめた。彼の言葉によくない意図は感じられない。嘘をついているようにも思えないのは確かなのだが・・・。
 
「君達が嘘をついていると言っているのではない。ふむ・・・確かに、王国軍の兵士達の情報統制は、さして難しくはないだろうからな。」
 
 灯台守の1人がうなずきながら言った。
 
「・・・情報統制?」
 
「そうだ。彼らは王国剣士達のように、どこでも自由に歩き回っているわけではない。王宮の中で言うなら、灯台守達の詰所や宿泊所、神官達のいる礼拝堂方面、それに乙夜の塔の内部に入ることは許されていない。これが王宮の外となると、彼らが自由に歩けるのはせいぜい玄関近辺だけだ。町の中に行ける兵士は極一握りの連中だけで、それ以外の兵士達はみんな王宮の中で時間をもてあましているようなものだ。その状態でならば、たとえばリーデンが兵士達に知らせたい情報だけを知らせて、うまく操ることは十分可能だろう。」
 
「でも私達が王宮に行ったときは、お尋ね者として斬りかかられましたから、まったく知らなかったというわけでもないと思うんですが・・・。」
 
「そういやクロービス、俺達が王宮の玄関から逃げてくるとき、追いかけようとした連中が止められていたよな?」
 
「そう言えば・・・。」
 
 王宮の玄関前でいきなりお尋ね者として斬りかかられ、このままでは埒があかないと一時撤退を余儀なくされたとき、背後で兵士達が叫んでいたことを思い出した。
 
『深追いするな!!城下町へはあんまり行くなって言われているじゃないか!!』
 
「ああ、玄関のあたりにいる奴らは一番タチの悪い連中だぜ?そのあたりのごろつきをかき集めてきたみてぇだな。うっかり近づくと、仲間だって殴られたり怒鳴られたりしてたんじゃねぇか?俺達は最初から近づかなかったけどな。なんであんな奴らが王国軍になれたのか、さっぱりわからねぇよ。」
 
「それじゃお前らは、自分達がなれたわけには納得してるのか?」
 
 カインの問いに、ロッドは鋭い視線をカインに向けた。
 
「ふん、確かに俺達は盗賊だった。だがな、『王国軍に必要なのは過去ではなくこれからこの国を守っていこうとする気持だ。君達に期待している。』なんて言われてみろ。誰だって気分がよくなるもんじゃねぇのか?」
 
 カインが黙り込んだ。ちょっと意地の悪い質問をしてしまったと後悔しているらしい。
 
「あんたらはもう気づいているかも知れねぇが、俺達は盗賊だなんて言っても、実のところ、こそ泥みたいなもんだったんだ。旅人の荷物をかすめ取ったり、キャンプに忍び込んで金目の物を盗んだり、せいぜいその程度のカスみてぇなもんさ。それがこの国の軍隊に入れるなんて、夢みてぇな話だったよ。しかも仲間みんな一緒だ。もう食う心配をしなくてもいい、立派な建物の中で、暖かいふとんで眠れるんだ。これほどいいことはねぇと・・・そう思って何が悪い!?」
 
 ロッドは一気にまくし立てると、フンと鼻を鳴らした。ああそうか・・・彼らは王国軍の中に、自分達の居場所を見つけたと思ったのだ。少なくともリーデンは、最初だけは彼らを歓迎してくれた。だから、ここでやっと落ち着ける、もう誰かの懐を狙って後ろを気にしながら生きて行かなくていいと、そう考えたんだ・・・。
 
「悪くないよ。その気持はわかるからね。」
 
 ロッドはその鋭い視線を、今度は私に向けた。
 
「けっ!よく言うぜ。あんただって、見たところ金持ちのお坊ちゃまみたいに見えるがな。子供のころからいい服を着て、うまいものをたらふく食って、いい大人にちやほやされて育ったような、そんな奴に俺達の何がわかるってんだよ!?」
 
「私の家は特に金持ちではなかったよ。ただ、暮らしていくのに困らないだけのお金はあったらしいけど。母がいなかったから、家の中のことは何でもやったし、わがままなんて言えない環境だったよ。ただ、いい大人にちやほやされていたってことだけは否定出来ないかな。私の父は故郷唯一の医者だったからね、その息子として、確かにみんなちやほやしてくれたと思う。でも、悪いことをすれば容赦なく叱られたよ。それほどひどいいたずらをしたつもりはなかったけど、友達と一緒に、ガツンと殴られたことは何度もあったなあ。」
 
 ほとんどはラスティやイノージェンのとばっちりだったが・・・
 
「そ・・・そう・・・・か・・・。」
 
 ロッドにとってはかなり意外な答えだったらしく、言葉に詰まって黙り込んだ。悪いことを言ってしまったと思っているらしい。ウィローの言うとおり、それほど悪い人間でもなさそうだ。
 
「・・・意地の悪い質問をして悪かったよ。俺だって貧民の出だからな。ま、俺はクロービスほど良いとこのお坊ちゃまには見えないだろうから、すぐわかるだろうけどな。取りあえず、すりやかっぱらいはしなくてすむ環境にはあったけど、それでも腹一杯食べたことなんて、数えるほどしかなかったぜ。クロービスにとっても俺にとっても、剣士団はやっと見つけた自分の居場所だったんだ。だから、お前らが同じことを王国軍に求めたとしても、バカにしたり出来る筋合いはないよ。本当に、悪かった。」
 
 カインが頭を下げた。ロッドは実にばつの悪い顔できょろきょろとしている。
 
「まあ仕方あるまい。君達は王宮の玄関で、王国軍の中でもその一番ひどい連中と最初に出会ってしまったわけだからな。」
 
 灯台守が取りなすように言ってくれて、ロッドは小さくため息をついて、座り直した。
 
「そうだな・・・。あの連中は俺達が見てさえ感じが悪かったし、ロクでもねぇ奴らだってことがよくわかったからな。しょうがねぇさ。」
 
「でもそんな連中が何百人いたって、国の守りなんて期待出来ないじゃないか・・・。それに毎日毎日王宮の中にいたら、それだけでイライラしてきそうだけどなあ。」
 
 カインがため息とともに言った。あの謹慎期間中、たった一ヶ月だけでも、王宮から出られないことがつらくて仕方なかった。それが延々と続くだなんて・・・。
 
「確かに。狭いところに閉じこめられていれば、誰だってイライラしてくる。彼らが王宮の中で粗暴な振る舞いをする理由の半分はそのせいだろう。無論、だからといって執政館の廊下でつばを吐いたり、壁や扉を蹴ったりしていいことにはならん。だが、どうもフロリア様は、彼らの苛立ちと怒りを助長するようなことをなされているとしか思えないのだ。」
 
「それも変な話だな。イライラしてどんどん暴れるような奴らを、最後にはどうするつもりだったんだ?」
 
 ロッドは、そんな連中と自分達が同列に見られるのは我慢がならないらしい。
 
「それがわからぬから、レイナック殿も頭を悩ませておられるのさ。」
 
「そのレイナック殿とか言うのは、たまに廊下で見かけたあのじいさんか?汚ねぇ服着てるわりにやたら堂々としている・・・」
 
「汚い服とは失礼な話だな。・・・ま、昔レイナック殿本人に面と向かってそう言った王国剣士もいたそうだから、見ようによってはそう見えるのかも知れんが、あれはこの国の神官としては最高位の神官しか着ることが出来ない僧衣だ。実にありがたい色なんだぞ?」
 
 灯台守は笑いをこらえている。
 
「へぇ、王国剣士にも俺みてぇな奴がいたんだ?」
 
 ロッドが興味を示した。
 
「ああ、お前みたいってのは語弊があるが、すごい剣の使い手さ。俺にとっちゃ、師匠みたいなもんだからな。」
 
 カインが少しだけ懐かしそうに呟いた。
 
「今の話だけ聞くととんでもねえ奴みてぇだが、剣士団てのはいろんな奴がいるんだな。」
 
「うん、本当にいろんな人達がいるよ。今話に出た人だって、すごくいい人だよ。それに、みんなこの国を守りたくてやって来たんだ。その気持があれば、どこの何者だって仲間になれるさ。もちろん君達もね。」
 
「俺達は王国軍だ。あんたらを王宮から追い出した張本人だぜ?」
 
「別に君達が直接私達を追い出したわけじゃないじゃないか。それに、君達だってこの国を守りたいって思ってくれてるんだよね?」
 
 ロッドに尋ねた。ロッドは少しためらっているようだったが
 
「・・・こんなこそ泥みたいな俺達でも、この国を守るために働けるんだって思ったときはうれしかったよ。だが、どうやら俺達を雇った奴は、単に汚れ仕事の捨て駒として俺達を利用しようとしていたようだ・・・。くそっ!それを考えると未だにはらわたが煮えくりかえるぜ!」
 
 ロッドは爪をかんで、ギリギリと歯ぎしりをしている。
 
「だが、リーデンが君達を利用しようとしてくれたおかげで、我々は出会えたのではないか?そう言う意味では、リーデンに感謝しようではないか。」
 
 灯台守はそう言って笑った。
 
「ま、まあ・・・そりゃそうだが・・・あんたらおもしろい考え方をするな。」
 
 ロッドは少し呆れたように笑った。
 
「ふふふ・・・王国剣士も灯台守も、物事を一方向からしか見られないのでは務まらん。さて、君達のこともよくわかったし、そろそろ先ほどの答えを言うべきだな。もちろん、私達の自己紹介も含めてね。」
 
 隣で聞いていたもう一人の灯台守がくすりと笑った。
 
「まったく、さんざん言いたいことを言っているくせに、自分の名前だけは一言も言わないんだから、お前も相当おもしろい奴だな。」
 
「ふん、お前に言われたくはないね。さて諸君、あらためて自己紹介しよう。私は灯台守のデレク、こちらの皮肉屋はナーリンだ。」
 
「おいおい、俺は皮肉屋か?まったく・・・まあいいか。私はナーリン、デレクよりは2年ほど後に入った。今回の王国剣士団の解散という事態を受けて、急遽灯台守達が交代で南地方の見回りをすることになったために、今回は彼と2人で出掛けてきた。通常灯台守は、王国剣士のように2人一組という括りはない。たいていは4人から5人ほどのパーティーを組んで、王宮とクロンファンラを行き来する。もちろん灯台とクロンファンラの間の行き来も同じだ。守る場所の性格上、急ぎ王宮に知らせなければならない事態になることもあり得るので、全員が乗馬の訓練を受ける。だが通常は諸君と同じように歩きだ。今日はデレクと2人で西側を一通り見回り、もうすぐクロンファンラにつくところで王国軍の君達と出会ってここにいるというわけだ。」
 
「乗馬ですか・・・。そう言えば、ガゼルさんに叱られたっけなあ・・・。」
 
 カインが苦笑いをしながら言った。
 
「ははは、そう言えばガゼルが言っていたな。いきなり乗れもしない馬を借りて王宮まで走ろうなど、無謀にも程があると思ったが、事態を考えればそこまで思い詰めたとしても無理はないってな。無事使命を果たせたようで何よりだ。」
 
「い、いや、俺は・・・。」
 
 カインの顔が悔しげに歪む。
 
「その時の君の任務は、あくまでも伝令として、事の次第を王宮に知らせること。それに尽きる。たった1人の王国剣士の言葉を信じて、金も時間もかかる遠征を決めるというのも不自然だ。」
 
「で、でも、あの時・・・フロリア様は・・・!」
 
「御前会議でのことはレイナック殿から聞いた。その話を聞いたときの私の感想を、正直に言おう。フロリア様は最初から、南大陸に剣士団を遠征させる気などなかったのだろうと言うことだ。」
 
 カインは言葉を失い、唇を震わせた。だが・・・実を言うと、私も南大陸でカインを待つ間、そんなことを考えていた。いや・・・本当はもっと前から気づいていたのだ。オシニスさん達の嘆願を冷たく退け、私達が南大陸に行くと決まったとき、フロリア様が一瞬みせた満足そうな微笑み・・・。あの時すでに、ハース城をモンスターに襲わせるという計画は進んでいたのだろう。私達が行くと言いだしたことで、剣士団を葬り去る口実も同時に手に入れることが出来ると、『あの時のフロリア様』は考えたのだ。あの、昏く冷たい瞳のフロリア様は、そう考えてほくそ笑んだのだ・・・。
 
「フロリア様のお考えは私達にもわからん。だが、その行動だけを見ていると、まるでこの国を滅亡に導こうとしているかのようだ。・・・レイナック殿の手前、王宮の中ではそんなことは言えんのだがね。」
 
「・・・・・・・・。」
 
 カインも私も黙り込んでしまった。思いもかけない事の次第に、王国軍の兵士達も青ざめて黙り込んでいる。
 
「さて・・・その話をふまえて、だ。先ほどの、ロッドと言ったか、君の提案だが、はっきりと言おう。今の状態のままなら、私達は君達にロコの橋を渡らせることは出来ない。」
 
 デレクさんが低い声で、きっぱりと言った。・・・しかし大分含みのある言い方だ。
 
「・・・それはどういう意味だ?」
 
 ロッドはうつむいたまま、目だけデレクさんに向けて尋ね返した。
 
「理由はいくつかあるが、なんと言っても一番は、今日の昼間起きた出来事に尽きる。君達は休んでいたところを不意打ちに遭い、慌ててモンスターを殺してしまったと聞く。」
 
「殺したのが悪いってのか!?殺さなければ俺達が死ぬところだったんだ!」
 
 ロッドは顔を上げ、デレクさんに向かって怒鳴った。
 
「まあ落ち着け。君達は王国剣士と違って、不殺の誓いを立てているわけではないだろうから、殺したこと自体を責めているのではない。」
 
「ならなんだ!?」
 
「君達はデスニードルに出くわしたのはこれが初めてか?」
 
「いや、前にも出会ったことはある。南大陸にいたころだがな。奴らの生態くらいは把握してるぜ。」
 
「ならば、奴らの知能が高く、群れを作って動くことや、群れを率いるリーダーが殺されたりすればどうなるか、そのくらいのことは知っていたのだろう?」
 
「そ・・・そ、それは・・・。」
 
 ロッドが言葉に詰まった。その時ゲイルの弟レイトが立ち上がった。
 
「ロッドを責めないでくれ。こいつがデスニードルを斬ったのは、俺を助けるためだったんだ。」
 
「君を?」
 
「そうだ。」
 
 レイトに寄れば、彼らが休んでいたとき、レイトの背後にデスニードルが忍び寄ってきた。だが、レイトは気づかない。彼の向かい側にいたロッドがすんでのところで気づき、しっぽを切り落とすつもりが慌てていたために、胴体をばっさりと斬ってしまったらしい。
 
「それから奴らが怒り出して飛びかかってきたんだ。それで俺もつい・・・。」
 
「ふむ・・・話はわかったが、ではなぜ、その時点で逃げることを選択しなかった?すぐに逃げていれば、少なくともモンスターに囲まれる前に私達に助けを求めることが出来たのではないか?」
 
「それは・・・。」
 
「ロッドの奴は、変なところで依怙地なのさ。」
 
 そう言ったのは、兵士達の中でも、ロッドと同じくらいの年の男だった。確か彼の名前はドリーと言ったはずだ。
 
「なんだとこの野郎!?俺のどこが依怙地なんだよ!?」
 
 ロッドが振り向いて怒鳴った。
 
「ふん!あの時さっさと逃げようって言ったのに、ついでにこいつらを蹴散らしてからクロンファンラに行こうとか言いだしたのはどいつだよ!?俺達を襲おうなんて10年早いって事を、こいつらにわからせてやるとか抜かしやがって!奴らも言ってただろうよ!自分達を退治しようなんて10年早いってな!」
 
「うるせぇ!モンスターにいいようにあしらわれてたまるか!」
 
 つまりロッドは、やられっぱなしのまましっぽを巻いて逃げるのが嫌で、デスニードルに『思い知らせてくれよう』と考えたと言うことらしい。ぼろくそに言われて立ち上がろうとしたロッドだが、ふらついて立ち上がることが出来なかった。まだ完全回復とは行かないようだ。
 
「おいおい、お前は毒から回復したばかりなんだぞ?もう少し頭を冷やしてくれよ。まったく、短気な奴らだなあ。」
 
 カインが呆れたように言った。
 
「こんなときに喧嘩なんてしている場合じゃないよ。ドリーだってロッドのことが心配だったんだろう?」
 
 私の問いに、ドリーは赤くなったがうなずいた。
 
「そ、そりゃ・・・俺達はここまで一緒に来た仲間だ。少なくとも俺はそう思っている。なのにロッドの奴、自分1人で俺達の面倒みているような顔しやがって。何でもかんでも自分の思い通りになんぞ行くもんか。それがわからねぇうちは、この先どこ行ったってまた同じようなことが起きるさ。しかもその時は、王国剣士も灯台守も当てに出来ないときたもんだ。そうなったらどうする気だよ、まったくもう・・・。」
 
「なんだよその言い方!?それじゃお前は、南大陸に行く気はないってのかよ!?」
 
「あるに決まってるだろう!あるからレイトに賛成したんじゃねぇか!だがな、俺達の腕は、南大陸でやっていくにはまだまだなんだよ!だから少し訓練を兼ねて南地方のモンスターを相手にしようかって言っただけなのに、いきなりデスニードルの群れに喧嘩を売るバカがどこにいるんだよ!?」
 
 ・・・旅が順調に来たというのは、あくまでも表面的なことらしい。彼らは道中、ずっとこんな感じで喧嘩しながら進んでいたようだ。
 
「ふむ・・・心配するほどのことはなさそうだな・・・。ナーリン、君はどう思う?」
 
 デレクさんがナーリンさんに尋ねている。なんのことだろう。
 
「取り越し苦労だと考えてもいい気がしてきたな・・・。」
 
「やはりそう思うか。」
 
「ああ、本物なら、もう少しそれらしく立ち回ってみせるだろう。」
 
「なんのことだ?」
 
 2人の会話を聞いたロッドが、少し険しい口調で尋ねた。
 
「君達が、根っからの悪党ではなさそうだという事さ。」
 
「おい、からかってんのか?」
 
「からかってなどいないぞ。だいたい考えてもみてくれ。君達はこの2人の王国剣士を殺すために放たれた、言わば刺客だ。さっき君達も自分の口でそう言っていたな?君達が本気で彼らを殺すほど憎むよう、リーデンは大分君達にいろいろと吹き込んでいたらしい。なのにいつの間にかすっかり仲良くなって、王国剣士達は君達の面倒をみている。もしも君達が、『リーデンに騙されていた兵士』を演じてこの2人に取り入り、隙を窺って抹殺するつもりなら、今夜あたりいつでもチャンスは作れるだろう。」
 
「つまり・・・俺達がこいつらと話していること自体が、全部俺達の芝居だって言いたいのか?」
 
「芝居だと言っているのではなく、そうかも知れないと疑って見ていたと言うことだ。だが、どうやらそうではないらしいなと、今ナーリンと話していたところさ。」
 
「その根拠はなんだ?」
 
「それはわかるだろう。こういう言い方はいささか君らに失礼なんだが、それほど周到に準備していたとしたら、彼らを信用させるためだけに、わざわざデスニードルに刺されて倒れたりはしないと思うんだが・・・。しかもデスニードルの毒を解毒できる手段すら持たずにだ。少なくとも、リーデンが書いたシナリオにしては、だいぶお粗末な話だと思わんか?」
 
「ふん!お粗末で悪かったな!しょうがねぇじゃねぇか!これがリーデンの書いたシナリオでないことは確かなんだからな!」
 
 灯台守は2人で顔を見合わせ、くすりと笑った。対するロッドはかなりむっとしている。
 
「で!?つまり俺達が信用出来ねぇから、ロコの橋を渡るのはダメだって事なのか!?」
 
「いや、逆に信用出来ないなら、南大陸に行かせてしまえばいい厄介払いになるさ。」
 
 デレクさんが涼しい顔をして言った。さっきの含みのある言い方といい、何か考えがあるらしい。カインも私も、今しばらく黙って成り行きを見守ることにした。
 
「なら行かせろよ!どうせ俺達は元々盗賊だ。はなっから信用されるとは思ってねぇさ!俺達は南大陸に渡りたいだけなんだ!厄介払いが出来るってぇなら、万々歳じゃねぇか!?」
 
「・・・そうだな・・・。では一度だけチャンスをやろう。どうせ君らもいったんクロンファンラに向かうのだろう?向こうに行くなら本格的な旅の装備が必要だからな。」
 
「そう言う言い方をするってことは、橋を越えさせてくれるのか?」
 
「まあまあ、結論を急がずに私の話を聞いてくれ。」
 
「・・・わかったよ。なんだよ、その話ってのは?」
 
「明日はここを出てクロンファンラに向かって移動することになる。朝早く出掛ければ、暗くなるころには着けるだろう。君らは5人、王国剣士と私達で4人、合わせて9人の大所帯だ。」
 
「そんなことは数えりゃわかるさ。読み書きと計算程度は教わってんだ。」
 
「それは失礼した。その大所帯でクロンファンラまで移動しようとすれば、近寄ってくるモンスターもそれなりの数だろう。その撃退を君達に任せたい。」
 
「・・・俺達の腕を試そうってのか?」
 
「腕だけではないがね。私達は、君らがよほど危ないと判断した場合以外では一切手を出さん。特にクロービスの剣は、どうやらモンスター達の攻撃本能を弱める可能性があるようだ。彼には剣を抜かず、もしも君らが危なくなったら、風水術でも使ってもらうことにしよう。どうだ?我々をクロンファンラまで一度も剣を抜かせず、クロービスにただの一度も風水の呪文を唱えさせず、辿り着くことが出来るか?」
 
「そんなの簡単だ!今までだってそうやってきたんだ!」
 
「そしてデスニードルを殺して報復され、危うく死ぬところだった。」
 
 冷静なナーリンさんの言葉に、ロッドはぐっと声を詰まらせた。
 
「あ、あれは・・たまたま・・・。」
 
「ふふふ・・・たまたまか・・・。デレクの提案はなかなかおもしろい。だが、君らが無事クロンファンラまでたどり着けるかどうかは、今日、自分達が取った行動をよく考えることが出来るかどうかにかかっているぞ。」
 
「今日の・・・行動・・・?」
 
「ああそうだ。さて、そろそろ寝ないと明日の朝早く出掛けられん。不寝番は明日何もしなくていいはずの我々と王国剣士達でやるから、君らはゆっくり休んでくれ。」
 
「・・・そうさせてもらうよ。」
 
 思いのほか素直にロッドはうなずき、仲間と一緒にタープに向かった。『なんだよいやにおとなしいな』『おいおい、本気かよ?』など、仲間達が口々にロッドに詰め寄っているのが聞こえる。
 
 
「さて・・・では不寝番は我々が先にしよう。カイン、クロービス、君達も休んでくれ。」

次ページへ→