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第68章 新たな陰謀の影

 
 原生林の中は、思ったよりも明るかった。もっと鬱蒼とした薄暗い雰囲気を想像していた私は、少し拍子抜けしていた。
 
「うわあ・・・幻想的な感じねぇ。ふふふ、いろんな花も咲いているみたいだし、これは楽しく歩けそうだわ。」
 
 ウィローはけろりとして笑っている。この先どんな困難が待ち受けていようと、きっと彼女なら笑って受け流していくんじゃないだろうか、そんな風にさえ思わせる笑顔だ。
 
「もう少し暗くて不気味な感じを想像していたんだけどな。こんなに明るいとは思わなかったなあ。これなら地図を見ながら進めば、それほど迷わなくてすみそうだよな。」
 
 カインの顔も明るい。
 
「それに、あちこちに薬草が生えてるよ。食べられそうな草もあるみたいだ。あまり急がずに、道ばたをよく見ながら進んだほうがいいみたいだね。」
 
「そうだな。それに、このあたりはまだまだ原生林の入口だからな。これから先に進めばもう少し薄暗くなってくる可能性もあるし、焦って奥に分け入りすぎないほうがいいみたいだ。」
 
 獣道とは言え、しっかりと踏み固められた道は実に歩きやすい。目的地はクロンファンラ。それだけは決まっていた。まずはそこに向かって進む、それだけを考えて、私達は歩いていった。
 
 
「・・・なんだかちっとも進んでないみたいだな・・・・。」
 
 カインがぽつりと呟いたのは、何日目のことだったろう。原生林の奥深くには、どんなものが潜んでいるかわからない。当初の計画では、原生林の入口をぐるっと回って南側に抜けるはずだった。実際その通りに進んでいったのだが、当然ながらそのルートでは時間がかかる。毎日夜になると、私達は地図を眺めて今どのあたりにいるかを確認していた。それなりに進んではいるはずなのだが、目的地のクロンファンラまではまだまだ遠い。たとえば城下町の南門から出て歩いても、4日以上はかかる道のりだ。最終的に西部山脈を越えて南地方に出て、それから道を東にとってクロンファンラまで、となると、うまく行ってもあと10日ほどは見なくてはならないかも知れない。その話を聞いて、カインは一応納得したように見えた。だが・・・このころから、夕食の時、カインがぼんやりしていることが多くなっていた。何を考えているのかはわかる。カインはただ、フロリア様の元に行きたいのだ。フロリア様が変わってしまった、だからそれを元に戻すために今はクロンファンラに向かうのだと言うことを、カインは頭の中では理解している。でも・・・カインの心は、未だに納得していない。私達は北大陸に戻ってきてから、一度もフロリア様には会っていない。もしかしたらカインは、フロリア様と実際に会って話をすれば何もかも解決するのではないかと、未だに思っているのかも知れない。みんなが言うようなことは全て誤解なのだと、フロリア様の口から聞きたいのだと思う。
 
(もう少し奥のルートを行ってみましょうか・・・・?)
 
 焚き火の前で、ウィローが私の耳に口を寄せて囁いた。このあたりは木々がそれほど密集していないので、テントを張る場所も焚き火を熾す場所もそれほど苦労せずに確保できた。だが、少し林の奥に目をやると、そこは昼間でも薄暗く、見通すことは出来ない。そこに何者が潜んでいようと、飛び出してくるまでわからないと言うことだ。以前よりもずっと、不寝番の一番の役目である『火を絶やさない』ことが重要になっていた。そして今は私の不寝番の時間帯だ。ローランを出てから、不寝番は相変わらずカインと私が交代でしていたが、私の番になってカインが寝床に潜り込むと、いつもウィローは起き出して、私としばらくの間話をするようになっていた。そしてまたテントに戻って眠る。細切れの睡眠では疲れがとれないのではないかと心配したが、ウィローとしては、自分だけのんびりと寝てもいられないらしい。
 
「それに、少しでもあなたと話がしたいの。またつまらないことで喧嘩しないように。」
 
 こう言われてしまうと、私もそれ以上何も言えない。それに、私としてもウィローと話が出来るのはうれしい。たとえほんの短い時間だとしても。カインも多分、自分が寝たあとにウィローが起き出してきていることに気づいているはずだが、何も言わなかった。このことについてだけは、カインに甘えさせてもらおう。
 
(そうだね・・・。山越えをするつもりで行けば・・・ここのあたりから山頂に向かえるから・・・・)
 
 出来る限り、原生林の中を歩く時間は少ないほうがいい。ここはローランの東の森のように立ち入りが制限されているわけではなかったが、それでも人の領域でないことは確かだ。今までは幸運にもそれほど手強いモンスターに出会ってはいなかったが、奥に分け入ればまた話は違ってくる。私は原生林の幅が一番短いルートを指でさした。うまく行けば明日にもそこに着けそうなところまで、今日は進んでいた。その場所を突っ切って山を越えれば、もうそこは南地方だ。クロンファンラまでは3日か4日でつけるだろう。先に進んでいることが実感出来れば、カインも少しは落ち着いてくれるのではないだろうか。
 
(明日にでもカインに話してみよう。)
 
(それがいいわ。それじゃ私はもう寝るわね。)
 
 どちらからともなくお休みのキスをして、ウィローはテントへと戻っていった。たった今触れたウィローの唇の柔らかさが、痛いほどに胸を締めつける。そばにいれば触れたくなる。抱きしめたくなる。離したくなくなる。
 
(・・・・・・・・・・。)
 
 そして、出るのはいつもため息ばかり・・・。あてのない旅、先の見えない恋、こんな状態がいつまで続くのか、やりきれなくなるのは私も同じだ。だからこそ、カインには踏みとどまってほしい。どれほどフロリア様の元に飛んでいきたくても、今はまだその時ではないのだと、わかってほしい。3人で力を合わせて、明るい未来を切り開くために。
 
 
 翌朝、カインにルートを変更してはどうかと提案してみた。
 
「ほら、ここの部分が一番距離的に短いから、ここを突っ切れば西部山脈の中に入れるんだよ。原生林よりは歩きやすいだろうし、時間の節約にもなるんじゃないかな。」
 
 地図を指さしながら、昨夜ウィローと相談したルートを指し示した。
 
「そうだなあ・・・。俺としても、出来るだけ早く行きたいって気持ちはある。ただ、このルートが・・・あれ?」
 
 不意にカインが地図に顔を寄せた。
 
「どうしたの?」
 
「ああ、いや、このルートが安全かどうかってのが気になったんだが、なるほどな・・・。原生林側は俺もよく知らないけど、西部山脈の・・・ほらここ、このあたりならそれほど危険はないな・・・。なあクロービス、前に俺の研修の話をしたことがあったろう?」
 
「ああ、あのオシニスさんとライザーさんが山賊だったって言う・・・。」
 
「それそれ。その研修の時、俺とハディが転がされていたのがこのあたりなんだよ。」
 
「へぇ、それじゃカインはこの辺の地形はある程度わかるんだね。」
 
「ああ、わかるよ。そうか・・・もうあのあたりまで来ていたのか・・・。へへへ、けっこう進んでいたんだな。」
 
 カインの顔に笑顔が戻った。研修の時に入った場所に近づきつつあると言うことで、前に進んでいることを実感出来たらしい。
 
「よし、それで行こう。まあ昔よりは多少危険が大きいかも知れないが、今の俺達なら、何とか乗り越えていけると思うよ。」
 
「それじゃ決まりだね。今日一日歩けば、この場所まで行けるから、そこから原生林の中に入ろう。」
 
「そうだな。」
 
 この日一日歩き続け、予定どおり原生林を奥へと分け入る場所まで来た。今夜はここでキャンプだ。原生林の中に少しだけ分け入って、私達はテントを張った。森は静まりかえっている。だが、心を研ぎ澄ませてみても、生き物の思考は何も感じられなかった。それはそれであまりいいことではないのじゃないだろうか・・・。
 
「・・・気配がない?」
 
「うん・・・・。」
 
 昨日までキャンプを張った場所では、必ずいくつかの生き物の思考が感じられた。それはどれも私達に向けられたものではなかったのだが、それほど遠くない場所にモンスターがいて、動いていることだけはわかった。
 
「それはそれで妙だな・・・。」
 
 言いながら、カインは干し肉にかぶりついた。今夜のメニューは干し肉とパン、それにウィロー特製野菜の煮込みスープだ。スープというよりシチューと言ったほうがいいかも知れない。野菜がとろとろに煮込まれていて、腹の中から熱くなるくらい、体中が温まる。
 
「モンスターに襲われる危険がないのはありがたいけど、もっとタチの悪い物が潜んでいそうで、かえって気味が悪いよ。」
 
「そうだなあ・・・。それじゃ、今日の不寝番は一層気を抜けないな。」
 
「何事もないことを祈りたいけどね。」
 
「ま、そりゃそうだ。」
 
 その後、後片付けをしながら他愛のない話をしていた。ここしばらく元気のなかったカインだが、明日はこの原生林を奥へと進み、自分がかつて研修で出掛けた場所までたどり着くことが出来そうだという期待からか、久しぶりに明るい笑顔を見ることが出来た。
 
「それじゃ、後番頼むぜ。」
 
「了解。お休み。」
 
「おう。」
 
 ウィローと2人でテントに入る。いつもの光景、いつもの行動。なのになぜか落ち着かない。
 
「どうしたの?」
 
 ウィローが、不安そうに私の顔をのぞき込んだ。
 
「狂暴さを増しているモンスターが、まったく気配を見せないってのは、やっぱり気味が悪いなと思ってさ。」
 
「それは確かにそうねぇ・・・。」
 
 ウィローも心配顔だ。
 
「・・・ごめん。とにかく今は眠ろう。何が起きてもすぐに対処できるようにね。」
 
「ふふふ、そうね。お休みなさい。またあとでね。」
 
 ウィローは笑顔になって、私の頬を人差し指で突っついて見せ、すぐに仕切布を降ろした。そのおどけた仕草で、何となく心が安らぐ。そうだ、今はとにかく眠ろう。万一何事かがあったとしても、落ち着いて対処できるように・・・・。
 
 
 だが、私の不安とは裏腹に、まったくと言っていいほどに森は静かで、カインとの交代後も何事もなく、無事に朝を迎えた。
 
「・・・何か拍子抜けだな・・・。」
 
 思わず呟く。何事もなかったこと自体はいいことなのだが、それにしても未だに心が落ち着かないことの方が、私を不安にさせていた。
 
「うーん・・・まあお前の心配がわからないわけじゃないよ。静かなときこそ神経を研ぎ澄ませて、あたりに気を配るべきだと思うしな。だが、取りあえず今は無事に朝を迎えられたことの方を感謝しようぜ。」
 
 カインは笑って薪を取りに出掛けた。確かにそうだ。今はまだ何も起きていないというのに、1人でイライラして不安な顔ばかりしていたのでは、それこそ災いを呼び込んでしまいかねない。
 
「さ、食事を作りましょ。おいしい食事をして、また歩き始めればあなたの不安の答えも見つかるかも知れないわ。」
 
「・・・・そうだね・・・・。」
 
 食事が終わって、3人で歩き始めた。やはり森の中は静かだ。だが今日は、遙か遠くではあるが、モンスターとおぼしき思念をかすかに感じ取ることが出来た。奇妙なもので、そうなると何だかホッとする。いつもなら、こんな思念を感じ取ったら一気に緊張するというのに・・・。
 
 
「よし、このあたりでキャンプだな、今夜は。」
 
 結局モンスターにも会わないまま、私達は予定どおりの場所に着いた。カインが昔、研修でハディと一緒に転がされていたという場所の近くだ。テントを張る前に、その場所に案内してもらった。
 
「ははは、何だか懐かしいな。そうだなあ、俺がこのあたりにいて・・・ハディはもう少し先の・・・そっちのほうだったかな。」
 
 カインが笑顔で指さしてみせる。
 
「今ここに来てみると、何だか変な気持ちだよ。あの時はもう完全に試験に落ちたと思ってたからな。それが合格していて、俺は正式な王国剣士になれて・・・」
 
 カインの言葉がとぎれた。
 
「・・・そして今は流浪の身か・・・・。人生なんてわからないもんだな。」
 
「年寄り臭いなあ。そんな台詞はね、あと50年くらい過ぎてからでいいよ。」
 
 また暗い顔になったカインに、思わず強い口調で言い返した。どうも精神的にはまだまだ不安定なようだ。何事も起きないでくれればいいのだけれど・・・。その私の淡い期待は、その日のうちに裏切られることになった。
 
 
 夜・・・・。食事を終えて3人で話をしていたとき、妙な気配を私の『力』が捉えた。これは明らかに人の思念だ。感じられるのは、憎悪・・・悲しみ・・・そして怠惰・・・あきらめ・・・何だか奇妙な感情が入り交じっている。
 
「人に間違いないのか?」
 
 カインが慎重に尋ねる。
 
「人の思念ははっきり感じるからね、間違いないと思う。」
 
「こっちに向かってるのか?」
 
「私達がここにいるとわかっているわけではなさそうだけど、近づいてきているよ。ただの旅人とは思えないから、準備はしておいたほうがいいと思う。」
 
「それじゃ、食器は取りあえず脇に退けておくわ。」
 
 ウィローが急いで鍋や食器をまとめ、テントの中に押しやった。中は空だが、洗いに行っているだけの時間もなさそうだった。
 
「出来るだけさりげなく、話をしているふりをしよう。」
 
 ピンと張りつめた空気の中で、私達は話を続けた。そして程なくして、その思念の主達はやって来たのだった。
 
 
「へへっ・・・いやがったぜ。」
 
 最初に口を開いたのは、先頭を歩いていた若い兵士だった。後ろにあと4人ほどの姿が見える。全員、あの王国軍の黒い鎧を身につけている。いきなり襲おうという考えはないのか、全員が顔も隠さず、ゆっくりと歩いて私達に近づいてきた。
 
「やっと見つけたぞ!」
 
「これで帰れる!」
 
「バカやろう!調子づくんじゃねぇ!まだこれからだ!」
 
 口々に喜ぶ仲間を忌々しそうに見て、先頭の兵士が声を荒げた。
 
「何だか俺達を捜していたような口ぶりだが、お前達は何者だ?」
 
 カインが、座ったまま、目だけ動かして先頭の兵士を睨んだ。
 
「ほぉ?まだ威勢だけはいいようだな。てめぇらが王国剣士団の残党だってことは、こちとらお見通しなんだ。さあ、おとなしく俺達と一緒に来てもらおうか。」
 
「ふん・・・威勢だけがいいのはお前らのほうだろう?それに、俺達が王国剣士だと、どうして言い切れる?」
 
 カインも私も制服は着ていない。海鳴りの祠を出るとき、制服を着て歩き回れば敵の格好の的になる、再起の機会を窺って海鳴りの祠に集まっている仲間達をも危険にさらすことになる、そう思い、悔しい思いを押さえ込んで、私服を着て出てきたのだ。
 
「けっ!この期に及んで、すっとぼけて逃げようって魂胆か!反逆者として指名手配されている、カインとクロービスってのはお前らのことだろう?少し前に王国剣士のオヤジ2人をお前らと間違えた間抜けがいたそうだが、俺達はそんなヘマはやらかさないぜ。年の頃は20から22、1人は赤毛、1人は黒髪、おまけに女連れと来たもんだ。これはもう間違えようがないってわけさ。」
 
 兵士は得意げに言って、胸を反らしてみせた。『オヤジ2人』とはおそらく、エリオンさんとガレスさんのことだろう。ずいぶんな言われようだ。確かに年は私達より上だが、オヤジと呼ばれるほどの年齢じゃない。
 
「反逆者ってのは穏やかじゃないな。それは何かの誤解だよ。俺達は別に王国に楯突く気なんてさらさらないんだ。」
 
 口調は穏やかだったが、相当我慢しているのがわかる。だが、今のところは何とか押さえ込んでいるようだ。
 
「嘘をつけ!王国に楯突く気がない奴が、ハース鉱山の鉱夫を殺したりするわけがないだろうが!?」
 
「なんだと!?」
 
 カインが大声を上げた。私もこの言葉にはぎょっとして顔を上げた。だが、兵士は私達の驚きを、『隠していた罪がばれて驚いた』と勘違いしたらしい。
 
「しっぽを出しやがったな!?お前らはハース鉱山に押し入り、モンスターを中に誘導して、ハース鉱山の鉱夫を皆殺しにしただろう!?」
 
「・・・おいちょっと待て。何の話だ!?何でそんな話になってるんだ!?」
 
「いいかげん認めやがれ!」
 
 兵士が怒鳴った。
 
「身に覚えのないことを認められるか!だいたい貴様ら、その話を誰から聞いたんだ!?」
 
 兵士の怒鳴り声より遙かに大きく迫力のあるカインの怒鳴り声に、後ろにいた兵士達が一斉に縮み上がった。
 
「え!?誰から聞いた!?答えられないのか!?」
 
 カインは立ち上がり、もう一度怒鳴った。もはや怒り心頭だ。ハース鉱山にモンスターを引き入れ乗っ取らせたと言うことで、私達が反逆者として追われていることはわかっていたが、いつの間に鉱夫達を殺したことになっているのだろう。だが私達は、鉱夫も衛兵達も、全員連れて逃げてきたのだ。これは全くのでたらめで、しかも悪意に満ちている。
 
「ああ、そんなに聞きたきゃ言ってやるよ!俺達はな、フロリア様の側近からその話を聞いたんだ!どうだ!?これで言い逃れが出来ねぇってことがわかっただろう!?おとなしくしやがれ!」
 
 先頭の兵士は勝ち誇ったように胸を反らした。
 
「・・・側近だと?」
 
 カインの表情が変わった。
 
「ああそうだ。リーデン様って奴さ。」
 
「おい、あんな奴に様なんぞつけるんじゃねぇよ!」
 
「そうだそうだ!どうせ奴はこの辺にはいねぇんだ!呼び捨てで充分だぜ!」
 
 兵士の後ろから声が上がった。リーデンと言えば、南大陸でゲイルという鉱山の元衛兵が言っていた名前だ。残忍で容赦のない、危険な男だと、そう言っていたのではなかったか・・・。
 
「お、そ・・・それもそうだな・・・。畜生!ずっと様付けなんぞさせられていたおかげで、くせになっちまった、ああ、忌々しい!」
 
 先頭の兵士は、本当に忌まわしいものを振り払うように、頭を強く振った。ゲイル達同様、この兵士達もそのリーデンという男には、いい感情を持っていないようだった。
 
「・・・そのリーデンて野郎は、今王宮にいるのか?」
 
 カインが尋ねた。声が震えている。そろそろ限界かも知れない。私は腰を浮かせ、いつでも立ち上がれるよう準備をした。今ここでこの兵士達に手を出せば、彼らに私達を捕える大義名分を与えてしまう。はらわたが煮えくりかえっているのは私も同じだが、今非合法な立場なのは私達であり、彼らはこの国で正式に認められた組織の一員なのだ。
 
「そんなことを聞いてどうする?」
 
「いるのかと聞いてるんだ!答えろ!」
 
 兵士の胸ぐらに掴みかからんばかりの勢いで、カインが怒鳴った。先頭の兵士はさすがにひるんだのか、ほんの少し後ずさった。
 
「ああ、いるよ。毎日フロリア様の部屋に入り浸りさ。俺達王国軍の中じゃ、奴がフロリア様の新しい男だってもっぱらの評判だぜ?」
 
「・・・この野郎!」
 
 カインが拳を振りあげる前に、立ち上がった私の手がかろうじてそれを押さえた。
 
「カイン!落ち着いて!ここで君が怒っても仕方ないよ!」
 
「だがな、フロリア様が・・・」
 
「いいから!」
 
 カインが言いかけた言葉を遮り、私は先頭にいた兵士に向き直った。
 
「大分内情に詳しいみたいだね。君達はずっと王宮の中の勤務なのかい?」
 
「はぁ?」
 
 先頭の兵士は拍子抜けしたように、ぽかんと口をあけた。
 
「けっ、おかしな野郎だな。あのなあ、俺達は、お前らを捕まえに来たんだ。お前らの質問に答える義務なんぞねぇんだよ!」
 
 カインより、おそらく遙かに弱く見える私に対しては、この兵士も強気だ。逃げようと思えば出来なくもないが、テントや調理用具を放り出していけば、これから先の旅で困ることになる。それに何より、逃げてしまえば罪を認めたことにされてしまうだろう。だからといって素直に捕まるというわけにはいかないが、貴重な情報源であるこの兵士達からもう少し詳しい話を聞いておきたい。それに彼らは飛んでもない誤解を、そのまま信じ込んでいる。この誤解だけはどうしても解いておきたかった。
 
「なぁんだ・・・内情に詳しそうに見えたのは、ただのハッタリか。」
 
 私はわざと落胆したようにため息をつき、バカにしたように彼らを横目で見て笑って見せた。
 
「この野郎・・・下手に出てりゃいい気になりやがって!俺達は王国軍だ!この国で一番偉・・・い、いや、フロリア様の次に偉いんだ!なめた口ききやがると承知しねぇぞ!?」
 
 兵士は顔を真っ赤にして怒り出した。この兵士の今の言葉に、今度は後ろから異論を挟む者は誰もいなかった。なるほど、おそらくはならず者あがりのこの兵士達も、フロリア様に対してだけは敬意を払っているらしい。
 
「別になめてなんかいないさ。ただ、私達も王宮を出て大分立つからね。今の中の様子がどうなっているのか、聞きたかったんだよ。君達は王宮に来てから長いの?」
 
 彼らの怒りを助長してはならない。出来る限りのんびりと、とぼけ通して、彼らを話し合いの席に着かせなければ。
 
「おいクロービス、今そんなことを聞いている時じゃ・・・」
 
 カインは苛立たしげに、自分の腕を掴んでいた私の手を振り払った。
 
「まあまあ、カインも落ち着いてよ。とにかく、君達も座ってくれないか。ここまでずっと歩きづめだったんだろう?お茶くらいはごちそうするよ。」
 
 私はカインを焚き火の脇に座らせ、ウィローをカインの隣に、ウィローを挟むかたちで私が座り、兵士達を焚き火の回りに座るよう促した。
 
「ずいぶんと落ち着いてやがるじゃねぇか。観念したってことか?ん?」
 
 先頭の兵士は得意げにそう言うと、にやにやとバカにしたような笑みを浮かべながら焚き火の前に座った。あとからついてきた兵士達は、先頭の兵士が座ったのを見届けて後に続いた。この兵士が、どうやらこの追討部隊のリーダーらしい。この兵士達は、あの古くさいデザインのヘルメットは身につけていない。明るいところでよく見るとみんな若い。このリーダーの兵士だって、多分私と3〜4歳くらいしか違わないだろう。
 
「とにかくお茶でも飲んでよ。眠り薬なんて入れてないよ。君達に注いだのと同じ物を私達も飲むからね。」
 
 出来るだけ平静を装って、私は彼らにお茶を淹れた。ウィローが腰を浮かしかけたが、こんな連中のそばにウィローを近づけたくはない。私は片手でウィローを制し、そのままそこに座っているよう、目配せした。
 
「しかし変な奴だな、俺達にお茶を飲ませたところで、その礼にさあ逃げてくれなんて言うとでも思ってるのか?」
 
 リーダーの兵士は、キツネにつままれたような面持ちで、渡されたカップを口に運んだ。中身を疑うそぶりすら見せない。『眠り薬など入れていない』という私の言葉を、そのまま信じたのだろうか。変なところで無防備なものだ。だが、これはこちらにとっては好都合だ。お茶を勧めて飲んだと言うことは、彼らにも私達の話を聞こうという気があると言うことになる。王国軍と王国剣士、追われる私達が追う立場の兵士を迎えて、奇妙なお茶会が始まった。
 
「まさか。そんなことをしていたら、君達が仕事にならないじゃないか。私の目的はさっき言った通りさ。王宮の中のことを教えてもらおうかなと思って。」
 
「それなら俺達におとなしく捕まりゃいい。縛られた状態でよければ、王宮中を連れ歩いてやるぜ。」
 
 あまり上等とは言えない冗談に、他の兵士達が品のない笑い声を上げた。
 
「王宮の中を歩けるのはいいけど、縛られるのはいやだなあ。それに、そのリーデンという男が私達のことを人殺し呼ばわりしていたなら、王宮に着くなり問答無用で首でも跳ねられるかも知れないしね。」
 
「ふん!それならそれで自業自得ってもんだ!」
 
 吐き捨てるように言ったのは、兵士の中の1人だ。さっきは薄暗い場所での遭遇だったので気づかなかったが、この兵士の顔には見覚えがある。どこで見たのだろう・・・・。
 
「ずいぶんな言われようだね。そんなひどいことをした覚えはないけどな。」
 
「嘘をつけ!鉱夫達を殺しやがったくせに!」
 
 兵士の瞳には、憎しみの炎がはっきりと見える。
 
「リーデンて男がそう言ってたそうだけど、私達は誰も殺しちゃいないよ。たとえモンスターでもね。」
 
 厳密に言えばそれは嘘なのだが、こんなときには嘘も必要だと割り切ることにした。
 
「ふん・・・たいしたもんだ、この期に及んでまだ嘘をつくわけか。ちゃぁんと知っているんだぞ?王国剣士様ってのは、モンスターは殺さないが人は殺すんだってな。」
 
「それもリーデンが言ったのかい?」
 
「ああ、そうだ!あの男はハース鉱山でお前らが人を殺すところを、はっきりと見たと言っていたんだ!」
 
 ずいぶんとまた大胆な嘘をついたものだ。その男はどうやら私達を本気で追わせるために、この兵士達にいいかげんなことをいろいろと吹き込んでいるらしい。この兵士達は、リーデンという男に爪の先ほどの信頼も寄せていないようなのに、どうしてこれほど簡単に丸め込まれているのだろう。
 
「それはまた妙な話だな。さっきの質問に戻るけど、君達はいつ頃から王宮にいるんだい?」
 
「・・・一月ほど前だ。ここにいる連中はだいたいみんなその頃に王宮に雇われたんだ。」
 
 リーダーの兵士が口を開いた。
 
「その前はどこに?」
 
「俺達は元々南大陸にいたんだ。ハース鉱山からナイト輝石が採掘されていたころは、旅人の懐もあったかかったからな。けっこうな実入りがあったんだが、モンスターが狂暴になって来やがって、自分達の命のほうが危なくなってきた。今ではもう旅人も通らねぇし、多少稼ぎが減っても、北大陸ならまだ隊商や旅人も通るかと思ったんだが・・・まったく当てが外れたぜ。」
 
「つまり盗賊だったわけか。」
 
「ふん!だからなんだ!?確かに、北大陸に来たときの俺達は盗賊だった。その時だったら、お前らに捕まえられていたのは俺達だったかもしれねぇ。だが、今俺達は王国軍だ。そしてお前らは非合法の王国剣士で、しかも人を殺して逃げている最中じゃねぇか!」
 
「私達はどこへも逃げてないよ。今旅をしているのは、調べ物をしたいからあちこち歩こうと思ってるだけさ。君達がいきなりやってきたんじゃないか。それに、さっきも言ったけど、私達は誰も殺していないよ。」
 
「それなら王宮に来いよ。リーデンの前で申し開きをしてみろってんだ!」
 
「申し開きはいくらでも出来るけどね。殺してないものは殺してないんだから。でも、私達が本当に王宮に行ってリーデンと対面したら、困るのは多分リーデンのほうなんじゃないのかな。」
 
「どういうことだ?」
 
「君達は、私達を生け捕りにしろと言われてるのかい?それとも首を持ってこいとか?」
 
「抵抗するなら殺して首を持ってこいと言われてるぜ。残念ながらお前達がさっぱり抵抗しないから、俺達はお前らの首を切り落とす機会がないってわけさ。」
 
 リーデンという男の腹づもりとしては、この上さらに濡れ衣を着せられたりすれば、私達が当然怒って抵抗すると踏んでいたのではないだろうか。そうなればこの兵士達に、私達を殺す大義名分が出来る。自分のついた嘘がばれることもなく、邪魔者を排除出来るはずだったのだろう。だが、残念ながらというわりに、このリーダーの兵士はそれほど残念そうな顔もしていない。もちろん今までに盗賊稼業でどれほどの罪もない人々を殺しているかはわかったものではないが、心の奥底まで悪に染まっているというわけでもなさそうだ。何とか説得することが出来るかも知れない。
 
「ちぇ・・・男は殺して女は好きにしろって言われてたのによ・・・」
 
 後ろのほうで悔しげなつぶやきが聞こえ、ウィローの体がこわばったのがわかった。そっと手をあげて、『大丈夫だよ』という気持ちを込めて、ウィローの肩を軽く叩いた。何があろうと、ウィローには指一本触れさせるものか。
 
「なるほどね。やっぱり、そのリーデンという男は私達が生きていては困るってことだね。でも、私達はそう簡単に死ぬわけにはいかないよ。」
 
「なら一緒に来りゃいいさ。抵抗しなかったから、出来れば苦しまない方法で処刑してやってくれ、くらいの嘆願はしてやってもいいぜ。」
 
「行ったところで殺されるなら同じだよ。私達は今、君達と一緒に王宮に行くわけには行かないんだ。」
 
「それならここで死んでもらう。」
 
「君達5人とやり合って、私達が負けるとでも思ってるのかい?」
 
「ほぉ、たいした自信だな。やってみなきゃわからないぜ?」
 
「あらためて言うけどね、私達は今ここで君達に捕まる気はないけど、君達と剣を交える気もさらさらないんだ。君達がそのリーデンという兵士に、うまく丸め込まれているとわかっているからなおさらね。」
 
「丸め込まれているだと?」
 
「そうだよ。そのリーデンという男は、かなり残忍で容赦のない奴だそうじゃないか。」
 
「・・・何でそんなことを知ってやがる?」
 
 リーダーの兵士の顔色が変わった。後ろにいる他の兵士達も、顔をこわばらせている。
 
「あたってるみたいだな。ゲイルの言ったことは嘘じゃなかったって言うわけだ。」
 
 カインが言った。口調はもう元に戻っている。冷静さを取り戻してくれたらしい。
 
「ゲイルだと!?」
 
 兵士達の後ろから声が上がった。
 
「知ってるのか?」
 
 カインが驚いて声をあげた。私も驚いた。ハース鉱山の衛兵が王宮の王国軍と交流があるとは思わなかった。
 
「おい・・・まさかてめぇら、ゲイルまで・・・」
 
 言いながら立ち上がった兵士は、先ほど私達が鉱夫を殺したと言っていた兵士だ。そうだ、今思い出した。この兵士はあのゲイルに似ているのだ。それほどうり二つと言うほどではないが、雰囲気や話し方、それに目元などがよく似ている。まさか・・・・?
 
「ゲイルを殺したのかてめぇら!?」
 
 リーダーの兵士が声を荒げた。
 
「おいちょっと待て!」
 
 カインが立ち上がって怒鳴った。だが先ほどのように、頭に血がのぼっていると言うことはなさそうだ。
 
「うるせぇ!殺したのかって聞いてんだよ!答えろ!」
 
 リーダーの兵士も立ち上がって怒鳴った。今頭に血がのぼっているらしいのは、明らかにこのリーダーの兵士だ。この兵士達がゲイルと知り合いなのは間違いない。となると、やはり後ろにいる兵士はゲイルの身内か・・・。
 
「だから落ち着けっての!もう少し頭を冷やせよ。俺達はお前らと事を構える気はないって言ってるんだぞ?お前らは王国軍だろう。この国の看板をしょってるんだ、もう少し落ち着いて、相手の話をよく聞くくらいのことは考えてくれよ。これからもこの仕事でやっていこうって言うならな。」
 
「ふん、お前に言われるまでもねぇ。やっとまともな仕事にありつけたんだ。そう簡単に手放してたまるか。」
 
「それなら、俺達の話を聞けよ。おいクロービス、最初からちゃんと説明してやろうぜ。まったく・・・そのリーデンとか言う男の言葉を鵜呑みにしやがって!情報ってのはな、自分の目と耳で、ちゃんと歩いて集めて来るもんだ!」
 
 カインの言うとおりだ。かくいう私達も、クロンファンラであの本に関する情報を集めるために、こうして旅をしている。
 
「そうだね・・・。ま、この人達に私達の話を聞く気があればだけどね。」
 
「ゲイルは今どこにいるんだ!?」
 
「それもこれから説明するから、まずはちゃんと話を聞いてくれないかな。君達は大分腕に自信があるようじゃないか。それなら、私達の話を聞くだけ聞いてからやり合っても、遅くはないと思うけど。」
 
「・・・聞こうじゃねぇか・・・。おい!お前も座れ!」
 
 リーダーの兵士が振り向いて怒鳴り、先ほど立ち上がった兵士は渋々腰を下ろした。
 
「さて、最初から話す前に、これだけは伝えておくよ。ゲイルは生きてるよ。今頃は南大陸の見回りをしていると思う。」
 
「み・・・見回りだとぉ!?」
 
「見回りっていやぁ・・・どう考えても旅人を助けたり、モンスターを追い払ったり・・・。」
 
 別な兵士があっけにとられたような顔で呆然と呟く。
 
「その見回りだよ。がんばっているんじゃないのかな。」
 
「バ・・・・バカ言いやがれ!あの悪党がおとなしく見回りなんぞするはずがねぇだろうが!?」
 
 先ほど立ち上がった若い兵士・・・ゲイルによく似ている・・・が驚いたように叫んだ。
 
「ゲイルも盗賊だったようだね。君は、ゲイルの身内か何かかい?」
 
「な、何でそんなことを知っていやがる!?」
 
「知ってるわけじゃないよ。君の顔を見て思い出したんだ。君の顔立ちはゲイルに似ているよ。そっくりってほどじゃないけど、雰囲気とかがね。」
 
「・・・・・・・・・・・・。」
 
 若い兵士は黙り込んだ。
 
「ふん・・・お前らにも多少人を見る目はあるようだな・・・。」
 
 リーダーの兵士がぼそりと言った。
 
「どう見てもゲイルよりは若そうだからね、もしかしたら弟さんかな。」
 
「ああ、奴はゲイルの『弟さん』さ。船大工の修行をしていたんだが、モンスターが活発になって海が交通の手段として使われなくなりだしてから、仕事にあぶれてな。」
 
「へぇ、船大工か。ゲイルと一緒にいたジェラルディンて奴もそんなことを言ってたな。大分腕が良い奴だったが、あいつとも知り合いか?」
 
 カインの問いに、ゲイルの弟だという兵士はまた驚いた。
 
「あいつも生きてるのか!?」
 
「だからさっきから言ってるじゃないか。俺達は誰も殺しちゃいない。ハース鉱山に攻めてきたモンスター達から、鉱夫や衛兵を全員助けて逃げてきたんだ。」
 
「でも確か、ジェラルディンて人は大工の心得があるってしか言ってなかったと思うけどな。」
 
「そういやそうだな。船大工と大工ってのは、何となく違うような気がするんだが・・・。」
 
「・・・多分、ゲイルの奴は、俺がジェラルディンと知り合いだなんてことまでは知らないだろうな・・・。」
 
 ゲイルの弟がぽつりと言った。
 
「なんで知らないんだよ、兄弟なんだろ?」
 
 カインが不思議そうに尋ね返す。
 
「盗賊になった身内なんぞ、誰だって縁を切りたいと思うんじゃねぇのか?」
 
「なるほどね・・・。つまり、ゲイルは1人で家を出て盗賊になったってわけ?」
 
「・・ああ・・・。奴はいつも、自分達の住んでいる村が小さくて何もないってぼやいてたんだ。そしてとうとう、一旗揚げてやるって言って家を飛び出して・・・。」
 
 ゲイルの弟だという兵士は、忌々しげにそう言ってそっぽを向いた。結局ゲイルは盗賊となり果て、真面目に船大工として修行をしていた弟も、やがて仕事にあぶれ、割の良い仕事がないかと彷徨っているうちに、兄と同じように盗賊になってしまったという話だった。その後このリーダーの兵士と出会い、いっぱしの盗賊団気取りで南大陸では大分荒稼ぎをしたらしい。
 
「てことは、お前はもう何年も兄貴と会ってないのか?」
 
 カインが尋ねた。
 
「会ってねぇよ。ただ、2ヶ月ほど前だったか・・・兄貴がハース鉱山にいるらしいって話を仕事の仲間から聞いたんだ。」
 
 その真偽を確かめるべく、彼らはハース鉱山に向かったが、渓谷の入口に陣取るロコに行く手を阻まれ、兄捜しをあきらめて北大陸に渡ってきたと言うことだった。
 
「しかし、ゲイルの消息を教えてくれたって言うその親切な奴は、何でお前がゲイルの身内だなんてことを知っていたんだ?」
 
 カインの疑問はもっともだ。なんだか話がうますぎるような気がする。
 
「さあな、そんなこと知るか!」
 
 ゲイルの弟は吐き捨てるように言った。
 
「まあそれもそうか。どうやらお前の顔はゲイルによく似ているみたいだからな。初めて会ったクロービスがいきなりゲイルの身内だとわかったくらいだから、そいつも同じことを考えたのかもな。」
 
「でもいきなり会ってそのことに気づいたとしても、そう都合良く消息を知っているってのは不自然だよ。」
 
「そうだなあ・・・。おいお前ら、そいつはどこの何者なんだ?ゲイルの顔を知っているってことは、同じ村の出身か?それとも盗賊仲間なのか?」
 
「そいつと会ったのは、その話を聞く一ヶ月くらい前だ。」
 
 答えたのはリーダーの兵士だ。彼らはその頃、まだ南大陸で盗賊稼業をしていた。とあるオアシスで野営したときのこと、実入りも少なくなってきて、そろそろ南大陸での仕事も限界かと話し合っていたところに、見た目はどう見ても商人にしか見えないその男が話しかけてきたらしい。
 
「なんだよ、その、見た目は商人みたいなってのは。」
 
「ふん、お前は王国剣士のくせに頭の回転が鈍い奴だな。俺達に近づいてきたのは1人だったが、後ろには10人近い連中がいた。男だけじゃねぇ、女もいた。しかもなかなかの上玉揃いだったぜ。」
 
「つまり、見た目を商人の一団らしく見せた、盗賊団か?」
 
「そう言うことだ。ちょっとは回転が良くなったようだな。」
 
「余計なお世話だ!くそっ!」
 
「カイン、落ち着いてよ。」
 
「わかってるよ!・・・で、その商人の振りした盗賊連中はお前らになんて言ってきたんだ?」
 
 カインが口をへの字に曲げた。でも何だか、このリーダーの兵士と掛け合いをしているみたいで、何となく妙に気があってるように見えた。
 
「一緒に仕事をしないかとさ。」
 
「仕事?そんな大規模な盗賊団が、たまたまオアシスで会ったお前らと?」
 
 ゲイルの消息を彼らに教えた人物は、いきなりゲイルの話をしたわけではなかったらしい。そのオアシスで出会い、一緒に大規模な隊商を襲う計画があるのだが一口乗らないかという話だったそうだ。10人近い人手があるのに奇妙なものだが、『自分達の計画をうまく進めるためには、あと何人か人手がほしい』と頼み込まれ、ある程度まとまった金が稼げるならとその話に乗ることにした。計画としてはいたって普通で、今まで港から海路で城下町と行き来していた隊商は、ハースの港から船が出なくなったことで陸路を取らざるを得なくなった。その一行を襲ってお宝を頂こう、まずは襲撃地点を決めて、半分が隊商を襲う振りをして進路を変えさせ、襲撃地点に誘い込む、そこに残りの半数が襲いかかり、男は皆殺しにし、女は生け捕りにして売り飛ばすという計画だったらしい。
 
「で、その計画を話し合っている最中に、こいつの顔が知ってる奴に似てると言い出した女がいたのさ。」
 
「女?」
 
「ああ、女だ。しかもそこにいた女の中ではとびきりの上玉だ。」
 
「ふん、読めてきたぞ。いい女揃いの中でもとびきりの美人に『あなたに似てる人を知ってるわ』なんて言われて、舞い上がっちまったと言うところだな?」
 
 カインが半分からかうような口調で言い、ゲイルの弟は赤くなってそっぽを向いた。私とそう変わらないくらいの若者だ。美人ににじり寄られたりしたら、そりゃ舞い上がりもするかもしれない。
 
(私なら多分逃げ出すだろうけど・・・)
 
 そう考えて思わず笑いだすところだった。
 
「ま、そういうことさ。それに、縁を切ったのなんのと言っていても、身内は身内だ。消息がわかるかも知れないとなれば、聞きたくもなるだろうさ。」
 
 リーダーの兵士が言った。何となく、ゲイルの弟を気遣うような口ぶりだった。
 
「その気持ちはわかるつもりだよ。それじゃ君達はその女の人からゲイルがハース鉱山にいると聞いたのかい?」
 
「そうだ。何でも昔一緒に仕事をしたことがあるらしい。だがその女も、ゲイルがハース鉱山にいるところを直接見たわけじゃなかった。」
 
 その女性が最近になって昔の仕事仲間と出会い、『ゲイルがハース鉱山にいるのを見た』と聞いて、ゲイルの弟の顔を見て思い出した、と言うわけらしい。
 
「・・・臭いな・・・。」
 
 カインがぽつりと言った。
 
「臭うね。」
 
 まったくもってたいした偶然だ。こんな都合のいい話、それこそ冒険小説の世界じゃないか。まるで偶然に見えるように作り込まれた、シナリオみたいに思える。
 
「・・・全部計画されてたことだったとでも言いたいのか?」
 
「君はおかしいと思わないの?」
 
 リーダーの兵士は、口をへの字に曲げて腕を組んでいる。黙っているところを見ると、私の意見に手放しで賛成したくはないが、認めざるを得ないというところらしい。たまたま会っただけの、しかも同業者にそう簡単に儲け話を持ちかけるとは、とても腕の良い盗賊のすることとは思えない。最初から彼らにあたりをつけて、儲け話を持ちかけて信用させ、その後身内の消息を教えてくれる。しかも教えてくれるのが妙齢の美女となれば、信じてしまうこともあるかも知れない。
 
「・・・確かに、その計画は通るはずだった隊商が通らずに、無駄足に終わった。襲撃が成功したら落ち合うはずの場所に行ってみたが、奴らはいなかった。だから俺達は、こいつの兄貴のこともちゃんと確かめてみようとハース鉱山に向かったが、そこに待ちかまえていたのは、その兄貴本人じゃなくて、得体の知れないモンスターだったというわけだ。」
 
「なるほどな・・・。確かにあのモンスターは手強かったからな。」
 
 カインがぽつりと言った。
 
「・・・手強かった、だと・・・?」
 
 リーダーの兵士が顔を上げて、ギロリとカインを睨んだ。
 
「ああ、確かに手強かったよ。倒すのが一苦労だった。」
 
「・・・ふざけやがって・・・。」
 
 リーダーの兵士が立ち上がった。
 
「別にふざけてなんかいないさ。お前らだってあのモンスターには手を焼いたんじゃないか?」
 
「黙りやがれ!あのモンスターはな、斬っても斬っても死なねぇんだ!それを倒したなんて大嘘をつきやがって!」
 
「やっぱりこいつらはペテン師か!」
 
「くそっ!騙されるところだったぜ!」
 
 兵士達が口々に怒鳴りながら、次々と立ち上がった。血気にはやり、今にも剣を抜こうとする兵士達に向かって、カインがゆっくりと立ち上がり呆れたように大きくため息をついた。
 
「あのなあ・・・まったくもう・・・。何でそうお前らは落ち着いて物事を考えようとしないんだよ?」
 
「やかましい!てめぇらの嘘はもうばれてんだ!観念しやがれ!」
 
 リーダーの兵士が怒鳴る。
 
「だから!頭を冷やせって何度言えばわかるんだ!?よーく考えてみろ!俺達があのモンスターを倒したから、ハース鉱山に行けたんだぞ?そしてハース鉱山から鉱夫達を連れて逃げてきたんだ。もしも俺達がそのモンスターを倒したって言う話自体が嘘なら、ハース鉱山で俺達が鉱夫を殺したって言ってる、そのリーデンて奴の言ってることだって嘘になるじゃないか!」
 
「・・・・・・!」
 
 立ち上がった兵士達は、ぎょっとして言葉に詰まった。リーデンという男のついた嘘が、どんどんほころびてくる。もう一息だ。
 
「話はまだ終わっていないよ。とにかく座って、もう少し聞いてくれるとうれしいんだけどな。」
 
「・・・おい、お前ら座れ!」
 
 リーダーの兵士が忌々しそうに舌打ちをしながら、自分の後ろに向かって怒鳴った。後ろの兵士達も渋々その声に従い、全員がまた座り直した。私はウィローにポットのお茶の葉を入れ替えてくれるように頼み、もう一度お茶をそれぞれのカップに注いだ。さっきあれほど激高して立ち上がったというのに、兵士達のカップはどれ一つとして、地面に転がされてはいず、洗う必要がなかった。ものを粗末に扱わないよう、ちゃんと躾をされているように思える。盗賊などをやっていても、元をたどれば普通の家に育った若者なのだろう。カインや私などよりも、遙かに当たり前の道を歩んできたのかも知れない。
 
「聞かせてもらおうじゃねぇか。お前らの話って奴をな!」
 
 やっと落ち着いて話が出来る。私達は、ハース鉱山に向かったところから話を始めて、彼らが知りたがるであろう鉱山やハース城内部の様子から、剣士団長が身を挺してモンスターを食い止めてくれたおかげで、全員無事に鉱山から脱出することが出来たこと、そのあと南大陸を自主的に見回りしている剣士達が、ハース城の衛兵達をスカウトして彼らが承諾したことまで話して聞かせた。
 
「さあ、私達の話はこれで終わりだよ。君達が信じるかどうかはわからないけど、一つも嘘は言ってないから、もう一度同じ話をしろと言われたら、何度でも同じ話が出来るよ。」
 
「・・・・・・・・。」
 
 兵士達は全員ぽかんとして、しばらくの間誰も口をきかなかった。その間に私はもう一杯ずつのお茶を淹れ、全員のカップに注いだ。
 
「・・・つまり・・・俺達は体よく利用されたって言うことか・・・。」
 
 最初に口を開いたのはリーダーの兵士だ。彼の中では、さっきから私達の話を聞いて『もしかしたら』という思いがあったと思う。でも今の話でそれが確実となって、かなりの衝撃を受けているようだ。
 
「おそらく、その盗賊団もみんなリーデンの差し金だと思うよ。これは推測だけど、リーデンはゲイルから身の上話や弟さんのことも聞いたんだと思う。盗賊になっているなら、君を探すのは案外難しくなかったかもね。そして北大陸に呼び寄せるために、一芝居打ったんじゃないのかな。」
 
「俺達を北大陸に呼び寄せてどうするつもりだったんだ?」
 
「君達を私達の刺客として送り込むためさ。リーデンは彼がゲイルの弟だってことを知っていたんだろう?私達がゲイルを殺したと君達に信じ込ませて、私達を本気で憎んで殺すために追いかける、そう言う手駒を確保するつもりだったんだと思うよ。」
 
「それじゃ・・・王国剣士に斬られて瀕死のあいつらの、最期の言葉を聞いたってのも、その遺言で俺達を捜し出して、王国軍に入れてくれたのも、仇を取らせてやるからって、お前らの追っ手として差し向けたのも・・・。」
 
「最低のやり方だな。反吐がでそうだ。」
 
 カインがお茶をすすりながら言った。まったくだ。人の心の弱い部分を突いて、思い通りに操ろうとする。本当に血も涙もない男なんじゃないだろうか。そんな男が今王宮内を我が物顔で歩き回っている、あまつさえフロリア様の部屋にまで出入りしているらしい。そう考えただけでぞっとする。
 
「だいたい、さっきからお前らの話を聞いていると、そのリーデンて男は信頼に値するようなところが一つもなさそうじゃないか。様付けまでさせられて、聞いてるこっちまでばかばかしくなってくるくらいだぞ?なのに何でお前らは、そんなにそいつの言うことを信じているんだ?」
 
「最初はいい奴だと思っていたよ。死んだ鉱夫の遺言を聞いて、そのために必死で俺達を捜し出したとか、必ず仇は討たせてやるとか言ってたからな。」
 
「ふーん、てことは、今はいい奴だとは思ってないみたいだな。」
 
「まあな・・・。あいつに逆らったりしたらどんな目に遭わされるかわからないから、逆らえないだけだ。だが、それでも最初に俺達に言った言葉だけは真実だと思ってたんだ。だから俺達はあんたらを追いかけて大陸中駆け回った・・・。くそっ!まったくばかばかしい話だ!」
 
「逆らったらどんな目に遭うか、か・・・。死んだ鉱夫の遺体を使って、自分の剣の試し切りをするような男らしいね。」
 
「それもゲイルから聞いたのか?」
 

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