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 吹っ切れたと言うほどではなさそうだが、あまり悩まずにおこうと言うことらしい。それならばもうこの話はやめよう。また彼が迷ったときに、聞いてやればいい。話がとぎれたところで顔を上げると、妻とイルサの姿が人混みの中に見え隠れしていた。よく見ると王国剣士が一人、一緒に歩いている。まさか護衛でも頼んだのだろうかと思ったが、なんとそれはカインだった。
 
「ただいま〜。カインを連れて来ちゃった。」
 
「父さん久しぶり〜。」
 
 カインはのんきに笑っている。
 
「連れてきたって・・・カイン、仕事はどうしたんだ?」
 
「今少しだけ時間をもらってきたんだよ。ちょうど僕らがいたところに母さんとイルサが来たからね。」
 
 一瞬眉根を寄せた自分に気づいて、慌てて顔の表情をゆるめた。危ない危ない。また息子に『そんなことではいつまでたっても・・・』などと小言を言ってしまうところだった。のんびりしすぎるのもどうかとは思うが、今いきなり焦ってみたところで何が変わるわけでもない。そんなことよりせっかく会えたのだ。今話すべきことを話そう。そう、出来る限り優しい声で。
 
「そうか・・・。でも会えてよかったよ。一緒に食事をしようって約束してたのにちっとも話が出来なくて困ってたんだ。」
 
「仕方ないよ。いろいろ忙しかったし。それに、アスランを助けてくれたじゃないか。それなのに父さんに文句を言ったりしたら、僕はアスランの奴からぶん殴られちゃうよ。」
 
「アスランはもう大丈夫だよ。大分回復してきてる。」
 
 昨日様子がおかしかったことを話そうかとも思ったが、思いとどまった。イルサとライラがいる前で話すことじゃない。
 
「それで食事のことなんだけど、明日の夜あたり時間が取れないかな。」
 
「明日の夜なら大丈夫だよ。いきなり今日ではシャロンの都合がどうだかわからないし。」
 
 もしも今日だと言っても、シャロンは快く妹を送り出すだろう。たとえエルガートと約束していたとしても。今日のエルガートの様子からして、シャロンにあのプレゼントを渡しながら、おそらく食事に誘うくらいのことはしているはずだ。エルガートの恋路を邪魔するわけにはいかない。
 
「それじゃ伝えておいてくれ。場所は父さん達が泊まっている宿の部屋にしよう。今の時期、どこに行っても混んでいるからね。」
 
「そうだね。ゆっくり話したいもんね。」
 
「決まりだな。明日の夕方は宿屋にいるようにするから、お前の仕事の都合で時間を決めていいよ。フローラを連れてきたら部屋に案内してもらうようにラドに言っておくからね。」
 
「うん、わかった。楽しみにしてるよ。それじゃ僕は戻るね。」
 
「ああ、がんばれよ。」
 
「うん、それじゃ。母さん、ライラ、イルサ、またね。」
 
 カインは手を振りながら人混みの中に消えていった。
 
「カインの仕事ぶりは見てたの?」
 
 妻に尋ねた。
 
「少しだけ離れて見てたわよ。ずいぶん真剣にがんばってるみたいだっだわ。ま、あなたが見たらもしかしたら、『まだまだだ』って言うのかも知れないけど。」
 
「ははは、そんなことは言わないよ。本人なりにがんばっているんだろうし。でもこっちにいるうちに、一度くらいは仕事ぶりを見ておきたいな。明日あたりこっそり来てみようか。」
 
 妻が笑い出した。
 
「同じ場所にいるとは限らないみたいだけど、食事の時の話題提供にはなるかもね。」
 
「そうだね。それで、2人ともバザーのほうはもういいのかい?」
 
「いいわよ。そんなにほしいものは売ってなかったし。」
 
「そうねぇ。見ているだけならけっこうかわいい小物とかあったんだけど、さっきのマダム・ジーナの店を見たあとでは、何だかお金を出す気になれなくて。」
 
 イルサが肩をすくめて見せた。
 
「なるほどね。」
 
 確かに、あの店に売っていたものはどれも作りが丁寧なわりに値段が手頃なものばかりだった。祭りの出店あたりの品物とは格が違うのかも知れない。となると、バザーに先に来ていたら、今頃あの店で悔しい思いをしていたのだろうか。
 
「ねえ、南門のほうの芝居小屋に行ってみない?」
 
「あっち側か。そうだな。行こうか。」
 
 4人で立ち上がり歩き始めた。
 
(・・・・・・・・・・。)
 
 妙な気配・・・・。何者かの注意がこちらに注がれている。それは妻もイルサもライラも感じ取ったらしく、また私達のまわりの空気がピンと張りつめた。だが敵意は感じられず、その気配の正体はすぐにわかった。
 
「これはこれは、クロービス先生ではございませんか。」
 
 人混みの中から現れたのは、クイント書記官だった。
 
「おや、書記官殿も祭り見物ですか。」
 
 この男が、わざと自分の気配を私達に悟らせていることはわかる。だがそれは何のためなのだろう。どうにも目的がわからない。とにかく今はさりげなく、そんなことは意に介してもいないという風に振る舞うしかないが、そんなことを考えていると言うことまで、この男は気づいているのだろうか。
 
「はい。あまりに賑やかなので、殿下に時間をいただきまして、少し出て参りました。先生達は芝居見物ですか?」
 
「ええ。見せ物小屋などを回ってみようかと思ってます。」
 
「そうですか。おお、これはライラ博士、お隣におられるのは妹君のイルサ殿でございますな。お初にお目にかかります。私は・・・・」
 
 クイント書記官はイルサに向かって、私に初めて会ったときと同じ挨拶を繰り返した。あまりに丁寧に挨拶されてイルサは少し面食らったようだが、この娘本来の度胸の良さか、堂々と挨拶を返していた。その後クイント書記官はもう王宮に戻ると言って去っていき、残された私達は何だかキツネにつままれたような心持ちで、しばらくその場に立ちつくしていた。
 
「・・・さっきの気配はあの人だったのか・・・・。」
 
 少ししてライラがつぶやいた。ホッとしたような顔をしている。
 
「何だかじっと見られているような気がしてたけど、気のせいだったの?」
 
 イルサがライラに尋ねる。
 
「それは違うと思うなあ・・・。しばらく僕らを見ていたと思うよ。なんでかはわからないけど・・・・。」
 
「ま、私達はあの書記官の主人にとっては天敵だからね。よく顔を見ておこうとでも思ったのかも知れないよ。」
 
「うーん・・・変な感じだなあ。別に敵意は感じなかったんだけど・・・。」
 
「気にしないで行きましょうよ。あの人がいきなり襲ってきたわけじゃなし。」
 
 妻が言った。まったくだ。あの書記官の目的が何であれ、今のところ私達に危害を加える気はなさそうだ。今日は一日楽しもう。やっとのんびり祭り見物が出来るのだから。
 
 
 芝居小屋の中には、昼間の興行をしていない小屋もあったが、見せ物小屋や曲芸団のテントなどは昼間も大にぎわいだ。この日は一日夕方まで、心から祭りを堪能できた。本当に楽しい一日だった。
 
「あーあ、楽しかったぁ。」
 
 うれしそうなイルサの両手には、いつの間にか荷物が増えている。バザーでない場所にもいろいろと土産物屋はあり、かえってそちらの方がいい物を売っているような気がした。このまま食事までしようかと言うことになり、私達は宿に戻った。フロアはまだ客の姿がまばらだったが、すぐにうるさくなるから部屋で食事をしてはどうかと勧められ、私達の部屋に運んでもらうことになった。
 
「おじゃましまぁす。へえ・・・きれいな部屋ねぇ。」
 
 イルサは珍しそうに部屋の中を眺め渡している。
 
「いい宿屋だね。城下町に出てきたとき、一泊くらいすればよかったかな。」
 
 ライラも部屋をぐるっと眺めてそう言った。
 
「ここには泊まらなかったのかい?」
 
「うん。次の朝はすぐにハース鉱山に向かう船に乗るつもりだったから、ここよりも東門に近いほうの宿に行ったんだ。でも・・・」
 
 言いかけてライラが笑った。
 
「あら何よ。気になる笑いね。」
 
 イルサがライラを横目で睨む。
 
「いや、城下町の宿屋で安全なところって言うのを、父さんにいくつか教えてもらってあったんだよ。東門の近くにある宿屋もその一つだったんだけど、あの時は父さんの言うことを聞くのも何だか悔しくて、城壁の外でテントでも張って一晩すごそうか、なんてことを本気で考えていたんだ。今思うと、幼稚な考えだったなと思ってさ。」
 
「今笑っていられるからいいけど、その幼稚な考えで死にかけたんでしょ。もう少し慎重にって言葉、私からライラに言いたいわ、まったくもう・・・。」
 
 イルサは口をとがらせているが、口調のわりに顔はとても不安げだ。『穏やかで慎重な兄』だったはずのライラに、飛んでもない無鉄砲なところがあるとわかって心配で仕方がないようだ。
 
「わかったってば。僕だってそれなりに成長しているつもりだよ。そんな無茶なことはもうしないよ。」
 
 そんな話をしているところに食事が運ばれてきた。階下のフロアからはもう酔客の笑い声が響いてくる。やはりここに運んでもらうことにしてよかったようだ。ゆっくりと楽しい食事をして、本当にいい一日だったとイルサとライラはとても喜んでくれた。これがライザーさん達と一緒だったらもっとよかったのにと思わないでもないのだが、私が教会や彼のおじさんの家を訪ねてからもう数日過ぎる。それでも姿を現さないと言うことは、彼には彼の考えがあるのだろう。ここにいないのにあてにしても仕方ない。姿を現さない理由が、何かよくないことでないことを祈るしかない。
 
 
 食事が終わって、あまり遅くならないうちに王宮まで送っていくことになった。宿の前にはちょうどバザーから流れてきたらしい大勢の客が南門に向かって流れていくところだった。こんなところではぐれたら大変なことになる。妻がイルサと、私がライラと手を繋いで、人混みを縫ってなんとか王宮へと向かう大通りに抜けることが出来た。
 
「先生と手を繋ぐなんて久しぶりだなあ。」
 
 ライラは照れくさそうに笑った。
 
「わたしもよ。小さいときはよくおばさんに手を繋いでもらったわよねぇ。」
 
 イルサはうれしそうだ。
 
「そうねぇ。そのうち私達の足下がおぼつかなくなったら、今度は手を引いてもらうことになるのかしら。」
 
 妻が笑いながら言った。
 
「ええ、いつでも。でもね、そんなのずっとずっと先よ。」
 
 イルサがすまして言う。
 
「そう願いたいわね。」
 
 こんな冗談が飛び出すと言うことは、イルサは今日、心から寛げたようだ。話を聞いて笑っているライラも同じらしい。明日も特に予定はない。2人に予定がないのなら、明日も見て回らないかと提案してみた。雨が降るかも知れないが、それならそれで芝居小屋巡りという手もある。
 
「先生達は用事はないの?」
 
 ライラが心配そうに尋ねる。
 
「先生達は元々旅行者なんだよ。予定なんてないさ。明日の夜はカイン達と食事の予定だから、一緒に歩けるのは夕方までになると思うけどね。」
 
「私は大丈夫よ。ライラは?定時報告の他に何かすることがあったとか言ってなかった?」
 
「そのつもりなんだけど、団長さんの手が空きそうにないから、僕も動けないんだ。」
 
「オシニスさんも今いろいろと忙しいからなあ。」
 
 その用事とはもしかしたら、あの脅迫状のことかも知れない。あの件についてはあれっきりで、何か進展があったという話は聞いていない。
 
「うん・・・。僕がこっちに来るときは、祭りの警備だけだったら特に忙しいことはないから、話す時間はあるってことだったんだけどね・・・・。」
 
 確かに、自分で警備に出掛けるわけじゃなし、祭りだけならどうと言うことはなかったのだろうが・・・・。
 
「なるほど。それじゃしばらく待つしかないんだね。」
 
「うん。そのつもりでこの間ロイさんに出した手紙には、そっちの話が終わるまでは動けないからって言ってあるけどね。でも不安になってきたよ・・・。向こうに戻るころには濾過装置の設置が終わってるから、一通り確認しておきたいところがいろいろあったんだけど、その時間が取れるかどうか・・・・。」
 
「それなら今一度予定を聞いてみるといいよ。もしかしたら明日あたりなら予定が空くかも知れないし。もしもそうなればそっちを優先して、祭りは後にしよう。どうせこれから行くんだし、聞いてみよう。」
 
「お仕事があるなら、先に済ませちゃったら?私はお休みをもらって来てるけど、ライラは仕事ってことで来てるんだし、後回しにしないほうがいいわよ。」
 
 イルサも心配そうだ。
 
「そうだなあ・・・。それじゃこれから行って聞いてみるよ。」
 
 やがて王宮に着いた。夜勤の剣士が立っている玄関を抜けて、まず剣士団長室に向かうことにした。宿舎のロビーは、この時間はそんなに人はいない。採用カウンターも夜は無人になる・・・・はずだが・・・・
 
「お、クロービス、こんな時間にどうした?」
 
 ランドさんはこんな時間にそこにいて、彼の前には青い顔のユーリクとクリスティーナが立っている。嫌な予感がした。
 
「ライラがオシニスさんに用事だというので、一緒に来たんですが・・・・ランドさんこそどうしてまたこんな時間に・・・。」
 
 ランドさんは忌々しそうに眉根をよせ、ため息をついた。
 
「不測の事態って奴さ。」
 
「母が審問官に呼び出されたんです。」
 
 ランドさんの言葉が終わるか終わらないかのうちに、仮面のように凍りついた表情のまま、ユーリクが言った。
 
「審問官に・・・・?」
 
「はい・・・。先生を襲った元王国剣士さんを陰で操っていた疑いがあると・・・。」
 
「え?」
 
 私、妻、ライラ、イルサがほぼ同時に聞き返した。
 
「ま、その反応が普通だよな。」
 
 ランドさんがまたため息をつく。
 
「そりゃそうですよ。いったいどういうことなんです?」
 
 何でまた突然こんな話になったんだろう。それはあくまで敵の企みだったはずではないのか。セルーネさんに罪を着せるために、わざわざライラを襲わせて連れ去り、ベルスタイン家の部屋に放り込んだ・・・。
 
「ラエルとチェリルがそう言ったそうだ。」
 
「・・・あの2人が!?ま、まさか・・・!」
 
 だがランドさんがこんなタチの悪い冗談を言うはずがない。なぜあの2人が・・・。
 
「それで、さっきローランド卿がこの2人とここに来て、事情聴取の立ち会いに行くから、ここで待つようにと言って置いていったのさ。そっちのロビーで座って待っていろと言ったんだが、ま、のんびりしていられる状況でもないしな。それでしばらく話していたところにお前達が来たというわけだ。」
 
 ローランド卿としても、子供達だけを屋敷に置く気になれなかったのだろう。きっと2人は事の次第を知るために家を飛び出してしまう。だがここならば、屋敷の使用人達と違い2人を普通の子供として扱ってくれるから、無茶をしようとすれば怒って止めてくれるだろうと思ったのかも知れない。
 
「と言うことは、オシニスさんも行ってるんですか?」
 
「オシニスは第三者としての立会人だ。セルーネさんの身分を考えれば、立会人が身内だけってわけにはいかないのさ。」
 
「そうでしたか・・・。」
 
「ねえ、2人とも、今日は王宮に泊まったら?」
 
 突然イルサが言い出した。
 
「え?で、でも・・・ここで何か連絡がくるのを待とうかと・・・。」
 
 そう言うユーリクの声は少し震えている。無理もない。突然母が嫌疑をかけられ牢獄に呼び出された。『現公爵』の身分の人物が『呼び出された』のだ。これがいかに容易ならざる事態か、次期公爵たるこの若者は理解しているのだろう。
 
「でもそれではランドさんが家に帰れないわ。ねえランドさん、私達のところに一緒に泊まれるように出来ませんか?」
 
 イルサはユーリクの動揺などお構いなしに話し続ける。
 
「それは構わんが・・・。」
 
 イルサの提案にランドさんも少し驚いているようだ。
 
「それじゃ決まりね。ユーリクはライラと一緒ね。クリスティーナは私のお部屋に行きましょ。でもまだ寝るには早いから、少しお話ししたいわ。」
 
 イルサは一人でどんどん話を進めていく。ぽかんとしているのは、ユーリクとクリスティーナのみならずライラもだ。だがランドさんは、イルサの提案の意図に気づいたようだ。
 
「よし、それじゃ行くか。団長が戻るのはかなり遅くなるだろう。気にはなるだろうが、ライラ達と一緒にいたほうが気も紛れるってもんだ。」
 
 ユーリクは複雑な表情をしていたものの、あえて異を唱えようとはしなかった。口には出さなくても心細いのだろう。ましてや妹と2人では、弱気を見せるわけにも行かない。私達はランドさんと共に4人を東翼の宿泊所に送っていき、その足でもう一度剣士団宿舎へと戻った。
 
「・・・まったく・・・・!さっぱりわけがわからん!」
 
 ランドさんは誰もいないロビーの片隅に腰を下ろし、吐き捨てるように言った。
 
「本当にラエルとチェリルがそう言ったんですか?」
 
「・・・エリオンさんが、これ以上はないってくらい渋い顔で言いに来たんだ。本当なんだろうな。」
 
「・・・・・・・・・・。」
 
「ラエルの奴が嘘を言ったとは思いたくないしな・・・・。あいつがクリフと会ったあとにそんな嘘をつくなんて考えられん。」
 
「クリフと会ったんですか。」
 
「ああ・・・。昨日の夜かな。オシニスと医師会のハインツ先生が立ち会った。聞けば会話の内容は教えてもらえるだろう。ラエルの奴は大泣きしていたそうだぞ。」
 
「そうですか・・・。」
 
 それならばなおのこと、そんな嘘をつくとは思えない。ということはつまり・・・ラエルもチェリルも、『自分達が接触していた相手がセルーネさんであると思わされていた』と言うことか・・・。当然ながらセルーネさん本人ではなく、誰かが代理の振りをしていたのだろうが・・・。セルーネさんに化けようなんて考えたところで、無理がありすぎる。たとえばそっくりな顔立ちの人間がいたとしてもだ。
 
「2人と連絡を取っていた人物のことは聞けたんですか?」
 
「聞いたが教えてもらえなかった。ま、そのあたりのことはまずセルーネさんの話を聞いてから公開しますってことらしい。」
 
 ふと・・・クイント書記官の顔が浮かんだ。あの男ならば、おそらくは完璧に『ベルスタイン公爵の代理人』を演じきるだろう。もちろん、今の時点でそう考える根拠は何もない。あるとするならば、彼が私に対して見せる、私への執着心とでも言うか、あの微妙な感情だけだ。だがそんなものは私にしかわからない。言葉でも説明出来ないし、ましてや物証など何もない。
 
「なるほど・・・。ではオシニスさん達が戻られたら聞いてみましょうか。」
 
 何一つ助けになれないのがもどかしい。
 
「それしかないが・・・・遅いな・・・。そろそろ戻ってもいいころなんだが。」
 
「徹夜で取り調べってわけにもいかないでしょうしね。」
 
「単なる事情聴取で公爵家の当主を徹夜で足止めなんぞ、例えフロリア様だってそう簡単に出来んぞ。」
 
 そこにドカドカと足音が聞こえて、オシニスさんとローランド卿が姿を現した。
 
「なんだ来てたのか。」
 
 オシニスさんの様子はいつもと変わりない。すくなくとも『表面的』には。私はライラがオシニスさんの予定を聞きたかったと言っていたことを伝え、そのために出向いたところここでユーリク達に会ったこと、そして今回の件を聞いたイルサが2人と一緒にいてくれることになったことも話した。
 
「そうか・・・。ではうちの子供達はライラ博士達と一緒なのですね。」
 
 ローランド卿はほっとしたように言った。
 
「ええ、多分今頃は、イルサが中心になっておしゃべりをしているでしょう。」
 
「それはありがたい・・・。明日にでも礼を言いに行かなければな・・・。」
 
 ローランド卿はひとりごとのようにつぶやき、大きなため息と共に椅子に腰を下ろした。
 
「セルーネさんはどちらに?」
 
「・・・妻は屋敷に戻りました。疑いが晴れるまで、当分は屋敷から出ることが出来ません。」
 
 結局、敵はセルーネさんの動きを封じることに成功したようだ。だが、事情聴取後も拘束に至らなかったと言うことは、『容疑』と言うほどのものではなく『疑わしい』程度でしかないのだろうか。やはり敵のやり方は奇妙だ。取りあえず攻撃しているように見せかけてはいるものの、こちらに大きな打撃を与えるには至っていない。というより、大きな打撃にならないように気を使っているとしか思えない。だが見方を変えれば、それはつまり黒幕がセルーネさんだから、自分に疑いがかからない程度に災難に遭って見せた、とも考えられる。
 
「オシニス、とにかく一通りの事情を聞かせてくれよ。」
 
 ランドさんがそう言ってローランド卿の隣に腰を下ろした。
 
「私達がいてはまずいなら、帰りますよ。」
 
 オシニスさんは私を横目で見て、笑い出した。
 
「ふん、話を聞きたくてたまらないって顔でそんなことを言っても、ちっとも説得力がない。お前も座れよ。どうせたいした話にはならなかったんだ。話してもかまわんさ。」
 
「まったくだ。クロービス殿、ウィロー殿、どうぞ座ってください。お二人には妻の友人として話を聞いていただきたいのです。」
 
 私達はオシニスさんとローランド卿と向かい合うようにして座った。そして聞いた話によると、なるほど、確かに『たいした話』にはなっていないようだった。やはり思ったとおり、ラエルもチェリルも『ベルスタイン公爵』その人には会っていない。代理という、どうやら男だったらしいが、若いのか歳をとっているのかもよくわからなかったそうだ。
 
「でまあ・・・当然ながらうちの屋敷の者の中に、該当しそうな男はいないかと聞かれたわけなんですが・・・・。」
 
 ローランド卿はそこで言葉を切り、またため息をついた。
 
「若いのか歳取ってるのかわからないというなら、屋敷の中の男は全員該当しますからね。無論私もです。」
 
「雲を掴むような話ですね・・・。」
 
「そう言うことさ。つまるところ何のために話しに行ったのかもわからないような、まったく実りのない事情聴取だったよ。」
 
 オシニスさんが大げさに肩をすくめてみせた。
 
「それでも嫌疑が晴れなければ、セルーネさんは動けないんですね・・・。」
 
「はい。本人は悔しそうでしたが、しかたありません。」
 
「当分はローランド卿がセルーネさんのかわりに仕事を?」
 
「いや・・・・」
 
 ランドさんの問いに、ローランド卿は歯切れの悪い生返事で黙り込んだ。
 
「・・・・・・・・。」
 
 その意味が何となくわかったような気がする。確かローランド卿は、公爵家の領地運営には一切手を出していないと、セルーネさんから聞いたことがある。没落した実家を再興するために公爵家の財産を狙っていると、今になってさえそんなことを言う人達はいるらしい。その人達の目に、今の状況はどう映る?爵位を継いだ妻は謹慎状態、そのかわりという名目でなら堂々と領地運営に手を出せる。そして妻のいない隙にそこから金を横流しするのではないか・・・。そんな疑いをかける人もいるかも知れない。へたをすれば、『ベルスタイン公爵の振り』をしていた人物がローランド卿であるという疑いさえ、かけられかねないということだ。
 
「ローランド卿、俺も動けるだけ動きます。出来る限り早くセルーネさんが自由になれるようがんばりますから。」
 
 オシニスさんが申し訳なさそうにローランド卿に声をかけた。
 
「はい・・・本当に申し訳ない。皆さんに迷惑をかけることになってしまって・・・・。」
 
「悪いのはセルーネさんの振りをしている誰かですよ。ローランド卿が悪いわけじゃないじゃないですか。」
 
 そう言うランドさんも悔しげだ。
 
「しかしラエルとチェリルを操っていた誰かがセルーネさんと確実に関係があると証明出来なければ、審問官としてもそれ以上現公爵の地位にある方の行動を制限し続けることは出来ないでしょう。」
 
「そうだな・・・まあ、それを待つしかないというのが現状さ。」
 
 ため息と共に吐き出されたオシニスさんの言葉・・・。重苦しい沈黙・・・。余計なことを言ってしまったかも知れない・・・・。
 
「・・・では私はそろそろ帰ります。こんな時はそばにいてやりたいので・・・・。」
 
 息が詰まりそうな空気の中、苦しげにそう言ってローランド卿は立ち上がった。
 
「お子さん達はご心配なく。明日の朝にでも迎えにおいで下さい。」
 
「はい。お世話になります・・・。」
 
 ローランド卿は大きくため息をつき、ほんの一瞬だけ疲れた顔を見せたがすぐに元の顔に戻った。背筋を伸ばし、大股でゆっくりと歩き去る。今彼が背中を丸めれば、誰もが後ろ指を指すだろう。自分が愛する人の枷になっているかも知れない、今のローランド卿の気持ちを思うと胸が痛んだ。
 
「・・・ローランド卿はますます難しい立場に立たされそうだな・・・。」
 
 ランドさんがぽつりと呟いた。
 
「ああ・・・だが、そのことに関してだけは俺達はまったく役に立てん。せめてセルーネさんの疑いを晴らす手伝いをしないとな・・・。」
 
 オシニスさんの言葉もため息混じりだ。
 
「当てはあるんですか。」
 
「あったら今頃、セルーネさんはここで怒り心頭で怒鳴ってるさ。」
 
「なるほど、確かにそうですね。」
 
 しかしこうなると、私の仮説も迂闊に披露出来そうにない。だがこのまま手をこまねいているわけにも行かない。何かしら出来ることがあるはずだと思いたいが、それがまったく浮かばない。道は見えるのに見えない壁に阻まれて先に進めない、そんな気分だ。
 
「とにかく、今日は俺は帰るよ。明日は早めに来ることにするから、何か動きがあれば教えてくれ。」
 
 ランドさんが言いながら立ち上がった。
 
「ああ。おつかれさん。遅くまで悪かったな。」
 
「ははは、それが俺の仕事さ。クロービス、またな。」
 
「はい、お疲れ様でした。」
 
 ランドさんは帰っていった。
 
「クロービス、ライラには明日の夜でも来てくれと伝えてくれ。お前が団長室までライラを連れてきてくれればいい。あとは俺が責任を持って宿泊所まで送り届けるよ。」
 
「大丈夫なんですか。」
 
「いくら騒動が起きたからって、何もかも後回しってわけにはいかないさ。ライラの奴がもう少しのんびりと祭りを楽しめるようにしてやらないとな。」
 
「わかりました。今日は帰ります。オシニスさんもしっかり休んでくださいね。」
 
「ああ、俺も今日は寝るよ。明日から当分忙しくなりそうだからな。」
 
 薄暗くなったロビーを抜けて、外に出た。珍しく一言もしゃべらなかった妻が大きくため息をついた。
 
「・・・しゃべるの我慢してたの?」
 
「・・・うーん・・・何だか迂闊に口を挟めるようなことじゃないかなって思って・・・。」
 
「確かにね・・・。」
 
「それにしてもおかしな話よねぇ・・・。」
 
「そうだなあ・・・。あ・・・。」
 
「どうしたの?」
 
「ハインツ先生のところに寄ってくる予定だったじゃないか。」
 
「あ、そう言えば・・・。」
 
 あまりにも衝撃的な話を聞いたのですっかり忘れていた。仕方ない。ハインツ先生を訪ねるのは明日にしよう。こんな時間からでは迷惑になりそうだ。
 
 
 翌日、2人ともいても立ってもいられず、早々と宿を出た。私達が早朝から王宮に出向いたところで、何か出来ることがあるわけではないが、それでもじっとしていられない。剣士団の受付にはもうランドさんが来ていて、オシニスさんもそこにいた。話し込んでいたように見えたので邪魔かなとも思ったが、昨日の今日だけにここで二の足を踏んではいられない。思い切って声をかけてみたが、特に何か変わったことがあったわけではないらしかった。ライラ達を迎えに行くにもまだ時間は早い。もう少し待ってみようか。そのうちローランド卿も来るだろう。一緒に子供達を迎えに行ったほうがいいかも知れない。そんなことを考えて、ロビーの椅子に腰を下ろしかけたとき、階段を駆け上がる足音が聞こえた。それも複数。そして現れたのはローランド卿と、なんと・・・セルーネさん本人だった。
 
「謹慎は解けたんですか。」
 
「いや、今日はフロリア様直々に事の次第を聞きたいと仰せだから、朝のうちに謁見室に出向くようにと言われたのさ。」
 
「なるほど。」
 
 考えてみれば、これほどの事態をフロリア様がただ黙って見ているわけがない。
 
「子供達が世話になったそうだな。」
 
「いえ、私ではありませんよ。あれはイルサの機転です。」
 
「そうか・・・。あとで礼を言わねばな。私はこれからローランドと2人でフロリア様の元に急がなければならん。申し訳ないんだが、今日一日子供達の面倒を見ていてくれないか。」
 
「構いませんよ。今日はイルサとライラと一緒に芝居小屋巡りでもしようかと思っていたところですから、一緒に出掛けることにしましょう。」
 
「すまんな。迷惑をかけて。」
 
「あらそんなことはないわ。それよりセルーネさん、子供達の心配はしなくていいから、きっちり疑いを晴らしてきて。こんなことで疑われるなんてばかばかしいわよ。」
 
 妻が少し口をとがらせた。そんな妻を見てセルーネさんはくすりと笑った。
 
「ああ、きっちり晴らしてくるさ。こんなところで私が足止めを食っていては、ナイト輝石の採掘再開にも差し支える。無論それが敵の狙いなのだろう。そうとわかっていてぼけっとしていられるか。」
 
「いい知らせを待ってますよ。」
 
 思ったより元気に見えるセルーネさんに、オシニスさん達もホッとした笑顔を見せていた。
 
「ああ、終わったらここに来るが、別に待っていなくていいぞ。お前達も忙しいんだからな。」
 
「わかりました。」
 
「クロービス殿、では子供達のこと、お願いする。」
 
「そちらは心配なさらないでください。」
 
 セルーネさん達は執政館へと向かうべく、階段を下りていった。
 
「思ったより元気そうだったな。」
 
 ランドさんが呟いた。
 
「あの人は逆境にいるほど燃えるからな。」
 
「ま、『ファイアフラッシュ』だからな。そう簡単にめげられたのでは、こちらも調子が狂う。」
 
「まったくだ。」
 
 オシニスさん達が笑った。いつもの大笑いは聞けなかったが、それでもさっきよりは、少しだけこの場の緊張がほぐれたような気がする。
 
「では私達はそろそろ出掛けます。夕方になったらライラを連れてきますから。」
 
「ああ、頼む。」
 
 
 東翼の宿泊所に行くと、管理人が待っていてくれた。ライラから私達の来訪を聞いていたらしい。みんなライラの部屋で待っているというので、案内してもらった。
 
「さすがに公爵様のご子息達は、礼儀正しい良いお子様達ですな。」
 
 歩きながら管理人が言った。ユーリクとクリスティーナはここでも好感を持たれたようだ。だが彼らはまだまだ子供なのだ。母親を思ってきっと心細かったことだろう。
 
「あ、先生おはよう。」
 
 ノックするとライラが扉を開けてくれた。私達の顔を見て少しだけ不安げに顔を曇らせたユーリクとクリスティーナに、セルーネさんがフロリア様との謁見に向かったことを教えた。
 
「・・・そこで申し開きが出来れば、母の疑いは晴れるのでしょうか・・・・。」
 
 ユーリクはまだ不安そうな顔をしている。フロリア様が首を縦に振ればすべて解決する、そう簡単にいかないことは充分わかっているのだろう。
 
「君達のご両親はそのくらいのつもりで出掛けていったんだ。今は信じよう。フロリア様と、君達のご両親を。」
 
「・・・はい・・・。」
 
「実は今日一日は君達の面倒を見てくれと頼まれていてね。一緒に祭りを見に行こうと思うんだけど、どうだい?」
 
「祭りですか・・・。せっかくのお誘いはありがたいんですが・・・。」
 
 思った通り、ユーリクは気乗りしない表情でそう言った。この若者の性格から考えて、両親が大変な思いをしているというのに自分だけのんびり祭り見物など、考えることさえ出来ないのだろう。
 
「兄さま、わたくし行きたいわ。」
 
 クリスティーナの言葉にユーリクは驚いたように妹に振り返り、少しだけ眉をひそめた。
 
「だけど、母上がこんなことになっているというのに僕らが遊びほうけていたりしたら・・・。」
 
 口調は柔らかいが、ユーリクの声は明らかに妹を非難している。
 
「そんなときはどこにも出掛けず居住まいを正していろとでも、ご両親から言われてるわけではないんだろう?」
 
「そ、それは確かに、両親はそんなことは言いませんが・・・でもそんなことをすれば敵の思うつぼに・・・。」
 
 ユーリクが決まり悪そうに口ごもってうつむいた。
 
「外に出て羽目を外して暴れるとか、誰かに迷惑をかけるとか、そんなことをすれば確かに人々の口の端にも上るだろう。当然ご両親のイメージをも落とすことになる。」
 
「で、ですから今日は・・・。」
 
「兄さま、兄さまは羽目を外して暴れたり、誰かに迷惑をかけるつもりなの?」
 
 むっとした口調でクリスティーナが言った。
 
「ば、ばかな!そんなことをするわけが・・・。」
 
「ならいいじゃないの!わたくしだってお祭りに行きたいもの。おとなしくしています。」
 
 せっかくの私の申し出を兄が即座に断ろうとしたことに、クリスティーナは怒っているようだ。このまま家に帰ってじっとしていたところで、とても落ち着けるものじゃない。それならば外を歩いていたほうが気も紛れよう。だが、この若者にはそこまで柔軟な考え方をすることはなかなか出来ないらしい。
 
「ユーリク、君が心配する気持ちがわからないわけじゃない。だが、未来のベルスタイン公爵となるつもりがあるのなら、この程度のことで縮こまってやりたいことも出来ずにいるようでは先が思いやられるな。代々のベルスタイン公爵の大きな魅力は、人としての器の大きさと懐の深さだ。君の母上も、先代の公爵閣下も、器の大きい、懐の深い人物だよ。」
 
 ユーリクの表情が変わった。ちょっと挑発的な私の言い方に、食いついてくれたらしい。
 
「わかりました。お供します。」
 
 いささか挑戦的な口調でユーリクが言い、その後ろでクリスティーナがくすりと笑った。
 
(・・・ん・・・?)
 
 クリスティーナの髪は一つに束ねられ、昨日ライラが買っていたあのリボンで結ばれている。思った通り、淡い金の髪にリボンの色がよく映える。
 
(渡すときどんな顔で渡したんだろう・・・・。)
 
 照れたような顔で渡したのかな、そんなライラの姿を想像すると、なんとも微笑ましい。
 
「決まりだね。それじゃ行こうか。今日は雨が降りそうだから、芝居小屋や曲芸団の小屋を中心に回ろう。」
 
 
 外はすでに曇ってきていた。程なく雨が降るだろう。
 
「行こうか。濡れたくないからね。」
 
「そうよねぇ。さあ、みんな行きましょ!」
 
 今ひとつ乗り気とは言えない表情のユーリクを後押しするかのように、イルサが声をあげた。少し急ぎ足で南門へと向かい、演劇学校の芝居小屋の隣にある曲芸団の大きなテントに入った途端に、雨が降り出した。
 
「ははは、ギリギリだったな。」
 
「ホントねぇ。みんなで濡れ鼠になって駆け込んだりしたら、このテントの中を水浸しにするところだったわ。」
 
 妻がホッとしたように外を見ている。
 
「水浸しくらいで我々は驚きはしませんぞ。」
 
 背後から聞こえた、笑みを含んだ声に振り向くと、愛想の良い笑顔で切符きりの男性が迎えてくれていた。
 
「あらごめんなさい。でも滑りやすくなるのは困るわよね。」
 
 妻が笑いながらあたりの床を指し示して見せた。
 
「なるほど、確かにそれは困りますが、濡れたなら拭けばよい。どうかお気になさらずに。さて、ようこそ我らのテントへ。6名様でよろしいですかな。」
 
「お願いします。」
 
 
 その後雨の中を走って二つほどテントをまわり、次に外に出たときには雨が止んでいた。空はまだ曇っているが、少し明るくなってきている。すぐにまた降り出すと言うことはなさそうだ。思い切って昼食はセーラズカフェに行くことにした。時間が少し遅かったので座れないかも知れない。その時は外の屋台ででも食べればいい。外で庶民の生活を知ることも重要だと、セルーネさんは言っていた。この子供達ももっと外を歩いて、見聞を広めることは必要だろう。
 
 
 セーラズカフェで、ユーリクとクリスティーナはセーラさんの大歓迎を受けた。『あとはだんな様だけね』などと一人呟きながら、セーラさんは上機嫌だ。硬い表情だったユーリクも、おいしい食事に少しずつ緊張がほぐれ、コーヒーが出てきたころには笑顔になっていた。『デザートをサービスするわ』と言って厨房にセーラさんが消えたとき、マスターが私をカウンターに呼んだ。
 
「どうしたんです?」
 
 マスターは黙って小さな紙を私の前に滑らせた。
 
「これは・・・。」
 
「前にあんたらが来たとき、帰って少ししてから若い男が入ってきてな。あんたらのことをいろいろ聞いていった、その時のやりとりを整理しておいたのさ。そいつはどう見ても腕っ節の強そうな奴じゃなかったし、話の内容もたいしたものじゃなかったが、気になってな。」
 
「・・・どんな男です?」
 
 そう聞きながら、私の頭の中には一人の若い男の顔が浮かんでいた。
 

第66章へ続く

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