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 管理棟という看板のある建物に入った。中は明るく、牢獄というイメージにはそぐわない開放感がある。以前の牢獄は中が薄暗く、あまり長居したいとは思えない場所だったのだが、こんなに明るくて清潔では囚人が出て行きたがらないんじゃないだろうかなどと考えた。オシニスさんは受付らしいカウンターで声をかけ、さっき門番の剣士達に言ったことと同じことを話している。程なくして廊下の奥から審問官が一人歩いてきた。年は私より10歳くらいは上だろうか。落ち着いた眼差しをした、穏やかな雰囲気の男性だった。
 
「ご苦労様でございます。剣士団長殿、お待ちしておりましたぞ。」
 
 オシニスさんはもう一度、さっきと同じ話を繰り返し、私をその審問官に紹介してくれた。
 
「これはこれは、わざわざご足労いただきまして誠にありがとうございます。かねてより先生のご高名は伺っております。事情聴取を始める前に、いくつかお話ししておかなければならないことがございますので、どうかそちらにおかけください。」
 
 審問官はそう言って、受付の前にいくつか置かれているテーブルのソファーを手で指し示した。そこに座り、審問官は改めて名を名乗った。
 
「お初にお目にかかります。私は審問官ハロウドと申します。」
 
 私も名を名乗り、その後ハロウド審問官から事情聴取についての簡単な説明をうけたあと、いよいよ事情聴取をするための部屋に向かうことになった。
 
「剣士団長殿、立ち会いは出来ますのでよろしければお越しください。」
 
 審問官の言葉にオシニスさんが立ち上がった。
 
「俺がいてもいいんですか?」
 
「今回の場合、被疑者はあなた様の元部下でございますからな。途中で話に割って入られるようなことがあっては困りますが、そう言ったことがなければ、いてくださって構いません。」
 
「それはありがたい。誓って余計な口出しはせん。」
 
「ではどうぞ。」
 
 審問官のあとをついて廊下を歩く。窓からは日の光が差し込み、窓の外に広がる芝生では、囚人達が運動をしている。こうして見ているとのどかな公園の風景のようだ。外で運動している人々の服が一様に灰色なのと、遠方に見える、塀の上の有刺鉄線を除けば、だが。
 
「こちらでございます。」
 
 通された部屋は、まるで豪華な応接室のようだった。
 
「ずいぶんと豪華な部屋ですね。」
 
 審問官は私の言葉にくすりと笑って
 
「先生はあくまでお客様でございます。本来ならばこちらから出向かねばならぬところをわざわざお越しいただいたのですから、どうかごゆっくりおくつろぎください。」
 
 今いるのが『牢獄』の一区画だと思うとあまりのんびりする気にはなれないが、それでもこの心遣いはありがたい。部屋の真ん中にあるソファに私とオシニスさんが座り、向かい合わせに審問官が座った。
 
「さて、私がこれからいくつか質問をいたします。先生はそれにお答えいただくという形で進めたいと思います。」
 
 審問官の質問は、まず事件の起きる直前の話から始まり、ラエルとの会話、また、彼がクロムとフィリスに連れて行かれたあとのことにまで及んだ。私は覚えていることを話すだけなので特に苦労はせず、それほどかからずに一通りの話が終わった。その後ラエルと私の知り合った経緯や、さらにトゥラの事についても聞かれたが、今までと同じようにスリのことは伏せて、バザーでぶつかって知り合ったことにしておいた。話の中で審問官が気にしたのは、あの時『我が故郷亭』にいた客の存在だ。ラドに怒鳴られてあわてて立ち上がり、彼はラエルを捕まえる手助けをしてくれた。その若者のことについては、ラドの知り合いだという以外に私は何も知らない。そこで審問官がオシニスさんに尋ねた。
 
「あの男か・・・。帰り際にいきなり王国剣士の入団試験を受けると言い出してきかなかったから、採用担当官に相手してもらいましたよ。それですっかりやる気がそがれたらしくて、帰って行きましたけどね。住所と名前は聞いてあります。あとで確認もしたから間違いないと思いますよ。必要なら、その資料を提出しますが、いかがです?」
 
 どうやらあの若者は、ラドが心配しているとおり、思いつきで行動ばかりしているらしい。
 
「ふむ・・・では必要になった時にでもと言うことに致しましょう。事情聴取はこれで終了でございます。先生、最後にラエルに対して何か思うことがあればお聞かせ願えませんか。どんなことでも構いません。」
 
 私はラエルに対して悪い感情を持っているわけではないことを伝え、罪を悔いて、これからの人生を胸を張って生きていけるように祈っていると付け加えた。
 
「わかりました。間違いなく彼に伝えましょう。本日は誠にありがとうございました。」
 
 審問官が深々と頭を下げた。私は思いきって、ラエルに会えないか聞いてみることにした。
 
「うーむ・・・それは構いませんが・・・・彼はあなたを今でも悪し様に罵っております。あなたの身に危険が及ぶようなことにでもなったら・・・。」
 
「ご心配には及びません。そのつもりで会えば、万一の時には取り押さえる程度のことは出来ると思います。」
 
「うーむ・・・そうかも知れませぬな・・・。ところで、会って何を話されるかはお聞かせいただかねばなりませんが。」
 
 私はラエルと私の間に生じている行き違いについて一通り話し、さらに彼がどうしてそこまで頑ななのか、それが知りたいこと、そして彼が襲ったかも知れないライラが友人の息子であることを伝え、彼らのためにも真相の究明に一役買えないかと思っていると告げた。
 
「ふむ・・・彼の取り調べが膠着状態に陥っていることは確かです。エリオン殿が大分手こずっていますから・・・」
 
「それならばなおのこと、何かしらの手助けが出来るかと思います。」
 
「わかりました。では案内いたしますのでこちらにおいで下さい。剣士団長殿、あなたも一緒に来ていただけますか。話に割って入られるのは困りますが、先生の護衛と言うことで。」
 
「はい。」
 
 3人で管理棟を出た。囚人が収監されているのは別棟だ。管理棟とはまったく趣の違う、見た目からして堅牢そうな建物だった。この建物もさっきの管理棟同様窓を大きく取り、陽の光は十分に入るようになっているのだが、ただひとつ違うのは、その窓ガラスにはすべて鉄格子が取り付けられていることだ。ここに収監されている囚人は100人くらいだと、さっき歩きながらオシニスさんが言っていた。罪の重い者は独房で、軽い者は3人ほどの雑居房に入るらしい。それは昔から変わってないようだ。
 
「・・・こちらが取調室でございます。私はラエルを呼んできますので、しばらくお待ちください。」
 
 取調室の窓も大きくて、中はとても明るい。でも床に映る影にははっきりと鉄格子が映っている。何とも複雑な気分だった。オシニスさんは黙ったまま、窓の外を見つめている。落ち着かない気持ちは一緒か・・・。
 
「お待たせいたしました。」
 
 ノックとともに扉が開き、ハロウド審問官が戻ってきた。その後ろをラエルがむすっとした顔で歩き、彼の後ろについて入ってきたのはエリオンさんだった。
 
「クロービス、久しぶりだな。」
 
「ご無沙汰しています。お変わりないようで何よりです。」
 
「はっはっは!変わりないと言われるのはうれしいが、俺もオヤジになったよ。おまえがこっちに来ているのは聞いていたんだが、なかなか仕事を抜けられなくてな。こんな形で再会することになっちまって、すまないな。」
 
「とんでもない。こちらは遊びに来ているわけですから、お気遣いなく。」
 
「ウィローはどこだ?一緒じゃないのか?」
 
「ライラとイルサと一緒に王宮見物したいって言うので置いてきましたよ。」
 
 まさか護衛として残ったとも言えない。だがエリオンさんははっとしたようにうなずいた。
 
「ああ、なるほどな。こっちに来るのも久しぶりだから、ウィローのことだからはしゃぎ回っているんだろう。」
 
「そうですね。」
 
 エリオンさんはひとしきり笑ったあと、ラエルを部屋の中央にある椅子に座らせた。
 
「審問官から一通りのことは聞いた。話をして構わんぞ。ただし剣士団長は、申し訳ないが黙って聞くだけにしてくれ。」
 
 オシニスさんがうなずいた。
 
「ええ、俺はここにいられるだけでありがたいですから。」
 
 ラエルの表情がぴくりと動いた。彼もオシニスさんには悪いことをしたと思っているのかも知れない。私はラエルの向かい側の椅子に座り、正面から向かい合った。ラエルは私と視線を合わせようとしない。
 
「ラエル、こっちを向いてくれないか。」
 
「あなたの顔なんて見たくもありません。」
 
 相変わらずらしい。だが私は構わずに話し続けた。
 
「見たくないというより、見られないんじゃないのかい?」
 
「何ですって!」
 
 思った通り、こちらの挑発に簡単に引っかかったラエルは、私に向き直り鋭い視線を投げつけてきた。
 
「こっちを向いてもらえなければ、話が出来ないからね。君にいくつか聞きたいことがある。」
 
「あなたに話すことなど何もありませんよ。」
 
 ラエルの様子は何というか、とても囚人とは思えない。彼が私を刺したことを後悔していないのは間違いない。だが犯罪者として捕らえられた以上は、この場所で罪を償うことになる。裁判の内容によっては、これから先何年ここにいなければならないのかも全くわからないのだ。たいていの犯罪者は、それを聞いて改めて自分の罪の深さを悔いるというのだが・・・・ラエルには何も感じられない。本当に自分が悪くないと思っているからなのか、それとも誰かが助けに来てくれる当てでもあるのか、そこまでの判断はつかない。だが今それを考えても仕方ない。私は私に出来ることをするだけだ。
 
「トゥラのことでもかい?」
 
 私の言葉にラエルは、片頬だけをあげて皮肉たっぷりに笑って見せた。
 
「トゥラの名前を出せば僕が食いつくと思ってるんですか?」
 
「と言うことは、君はもうトゥラのことは何とも思っちゃいないって事か。」
 
「あなたに何がわかるんだ!」
 
 とたんに皮肉な笑みは消え去り、ラエルは立ち上がって怒鳴った。顔が真っ赤だ。多分これが彼の本来の感情。さっきの皮肉な表情はおそらくはポーズ。あまり演技力はなさそうだ。
 
「僕にはトゥラしかいないんだ!トゥラと二人で生きていくことだけが僕の望みなんだ!それをあんたは台無しにした!これ以上どうやって僕を侮辱するつもりだ!?」
 
「私には君を侮辱する意図はないし、君とトゥラのことを邪魔したいわけでもない。それほど彼女が大事なら、どうして待てなかったんだ?」
 
 ラエルはますます顔を真っ赤にして、テーブルをドンと拳で叩いた。
 
「返済が終わるのがいつになるかなんてわからないじゃないか!その間に誰かが借金を肩代わりしてしまったら、トゥラはその男のものになってしまう!そんなことになったら彼女は一生誰かのおもちゃになったまま生きて行かなきゃならないんだ!だから・・・!」
 
 悔しげに顔を歪めて唇をかみ、ラエルはドスンと音を立てて椅子に腰を下ろした。
 
「トゥラの借金を肩代わりしてくれるかもしれない誰かが、どうして彼女をおもちゃにすると決めてかかってるんだい?」
 
「・・・え・・・?」
 
 ラエルが顔を上げた。思いがけない質問だったのか一瞬だけきょとんとしていたが、すぐにまた怒りで顔を歪ませた。
 
「当たり前じゃないか!娼婦の借金を肩代わりするなんてそのくらいの目的しか考えられないじゃないか!」
 
「では君もそうなのか?」
 
「まだ僕を侮辱するのか!僕がそんなことを考えているわけがないじゃないか!」
 
「私が言ったわけじゃない。君が今言ったんだぞ?『娼婦の借金を肩代わりするなんてそのくらいの目的しか考えられない』とね。」
 
 ラエルは一瞬ぐっと言葉を詰まらせたが、何かを振り払うように強く頭を振った。
 
「僕は・・・僕は違う!」
 
「なら他の誰かだって違うかも知れない。君のように彼女のことを心から愛しているから、それで借金を肩代わりして結婚しようとしているのかも知れないぞ。もっとも、そう言う誰かが今いるという話は、聞いたことがないけどね。」
 
「今いなくてもすぐに現れるかも知れないじゃないか。」
 
「でも現れないかも知れない。確率は二分の一だ。なのにどうして君はそんなに焦ってるんだ?」
 
「そ・・・それは・・・早く結婚したくて・・・。」
 
 突然ラエルの歯切れが悪くなった。これは私の全くの推測だが、彼を操っている誰かは、トゥラが人気のある娼婦であることに目をつけ、すぐにでもラエルが借金をきれいにしてやらなければ、他の誰かに取られてしまうぞと焚きつけたのかも知れない。そして間の悪いことに、トゥラはラエルにはっきりとした返事をせずに逃げ回っていた。ラエルはよけいに焦ったことだろう。
 
「だが君は23歳と聞いた。トゥラは19歳だ。どんなに大量の借金があったとしても、いずれは返せるだろう。それに本当に愛しているなら、たとえそのときが20年後でも30年後でも、待つべきじゃなかったのか。」
 
「僕は彼女を愛してるんだ!だから誰にも邪魔されずに結婚するために借金を返そうとしたんだ!それのどこが悪い!?」
 
「返せる目処がついたとヘブンズゲイトの用心棒に言ったそうだが、そのお金はどこから出すつもりだったんだ?」
 
「そんなことをあんたに言う義務はない!お金はお金だ!返せばそれで終わりだ!」
 
「そう言うわけにはいかないんだよ。その金が万一、どこかの家から盗まれたものだったらどうする?君が資金を調達しようとしていた相手が、もしも盗賊の一味だったとしたら・・・」
 
「そんなはずがない!あの方は・・・・!」
 
 ラエルがあわてて口を押さえた。『あの方』か・・・・。やはり相手は身分の高い人物のようだ。この若者の口を割らせるには、こうして怒らせるのが一番効果的なようだが、さすがにしゃべりすぎたと気づいたのか、ラエルは青ざめて黙り込んだ。とりあえず、『あの方』の正体は後回しだ。ここでしつこく追求すれば、またラエルはだんまりに戻ってしまうだろう。
 
「なるほど、君がトゥラを愛していることはわかった。そして君の後ろについている人物には、どうやら充分な金があるようだ。この話はひとまず置いておいて、話を戻そう。君はさっき、トゥラしかいない、トゥラと生きていくことだけが望みと言ったな。その言い方には、いささか納得いかないものがある。君にとって王国剣士の仕事とはいったい何なんだ?そして今でも君を心配してくれている仲間達のことは、どう思ってるんだ?」
 
「・・・・・・・・・。」
 
 ラエルはハッとして顔をこわばらせた。
 
「エリオンさんは牢番になってだいぶ経つらしいから、君にはなじみが薄いかもしれない。だがオシニスさんは?剣士団長として、君のことをずっと気遣ってくれている。」
 
「僕は剣士団長のことが好きでした。でもそう思っていたのは僕だけだったんです。僕を気遣ってくれているのなら、トゥラと引き離したりするわけがありません。」
 
「・・・・・・・・・・。」
 
 私の背後で壁際の椅子に座っているオシニスさんの周りで、ゆらりと『気』が揺らめいたのがわかった。なんと悲しい言葉か。今の言葉がラエルの本当の考えでないと言うことは何となくわかる。おそらくは誰かに吹き込まれたものだろう。そう気づいたとしても、今の言葉はオシニスさんを打ちのめすには十分な言葉だ。オシニスさんを引き合いに出してしまったのは失敗だったかもしれない。ここまでひどい言葉が返ってくるとは思わなかった、私の読みが甘かったのだ。だが今ここでオシニスさんをかばっては、ますますラエルは私の話を聞こうとしなくなる。
 
「では他の仲間はどうだ?」
 
 振り向きたい衝動をぐっとこらえて、私はラエルに話しかけた。
 
「たとえば、君の相方だ。クリフと言うそうだね。王立医師会の診療所で療養中と聞いているが。」
 
 クリフの名前を聞いたとたん、ラエルはまた鋭い視線を私に向けた。
 
「クリフに何を言ったんです?」
 
「言うも何も私は会ったこともないよ。」
 
「・・・それならいいです。あいつには手出しさせない・・・。あんたなんかに・・・。」
 
「ほぉ、君は私がトゥラの客でないと何度言っても信じなかったのに、クリフに会ったことがないという言葉はすぐに信じるんだな。」
 
 ラエルがぎくりとして顔を背ける。
 
「もう治らない病気だと聞いた。だがクリフ本人は、自分の病気より君のことばかり心配しているそうじゃないか。」
 
「会ったこともないのに、いい加減なことを言わないでください。」
 
「確かに会ったことはない。この話はフィリスとクロムから聞いた話さ。あの二人はしょっちゅうクリフを見舞っているそうだよ。」
 
「・・・・・・・・・・・・・・。」
 
 背けたままのラエルの横顔がゆがんだ。
 
「見舞いに行くたびにクリフは君のことばかり心配しているというのに、君がちっとも彼を見舞ってくれないと、二人ともこぼしていたよ。」
 
 ラエルがまた私に顔を向けた。尊大な態度を取り繕おうとしていたようなこわばった顔は消え失せ、半泣きになっている。
 
「うるさい!うるさいうるさい!何も知らないくせに!あいつがもう助からないと知ったとき、僕がどんなに絶望したかあんたにわかるのか!入団してからずっと僕達は一緒だったんだ!いつも助けてもらった。がんばって早く一人前になろうって誓い合って、必死で努力していたのに・・・どんなに一人でがんばっても、もう無駄なんだ!今の僕に出来ることは、あいつが少しずつ弱っていくのを見ていることだけだ・・・・。あいつと一緒に仕事に戻れる日はやってこないんだ!あんたなんかに・・・『救国の英雄』なんて言われて何もかも順風満帆だったあんたなんかに、僕の気持ちがわかるもんか!」
 
 言葉の最後は涙声だった。ぽろぽろとこぼれ出る涙をぬぐおうともせず、ラエルは怒りに震えながら私を見据えている。ああそうか・・・。この若者は、クリフがいずれは死ぬと言うことを言葉では理解しながら、感情では受け入れることが出来ないのだ。彼を思いやりながらも、彼がただ弱っていくのを見るに堪えられず、そばに近づくことが出来ずにいるのだ。親しい人が余命幾ばくもないと知った時、悲しみを押し隠し、せめて最期の時まで笑顔で患者に接する・・・言うのは簡単だが、それを実践出来る人は少ない。ほとんどの人はその事実と正面から向き合えず、顔を背けて逃げだしてしまう。だが、それを責めることなど誰が出来よう。
 
「・・・わからないわけじゃないよ。私は医者だ。人の死には何度も関わっている。」
 
「ふん、結局他人事じゃないか・・・。」
 
 ラエルの声の調子が弱くなってきた。心が揺れていることは間違いなさそうだ。このまま彼の頑なな態度を崩すことが出来るかも知れない。
 
「私自身の話が聞きたいというのなら、親しい人を亡くしたことは何度もある。最初は父、次が剣士団長、そして次が・・・私の相方の剣士だ。」
 
 ラエルがぎょっとして私を見た。
 
「そ・・・そんな都合の良い作り話・・・。」
 
 ラエルはハッとしてまた顔を背け、必死で皮肉っぽい表情を作ろうとしている。
 
「どうしても信じられないなら、ここにいるエリオンさんとオシニスさんに聞けばいい。20年も前の話だが、こんな話をでっち上げるほど私は悪趣味じゃない。父は病気だったから、仕方なかっただろう。だが当時の剣士団長は、私達を助けるために囮になってモンスターの群れの中に飛び込んでいった。そして私の相方だった剣士は・・・。」
 
 さすがに言葉につまりそうになった。だがここで黙ってはいけない。ありったけの勇気を振り絞って、言葉を続けた。エリオンさんとオシニスさんの注意が私に注がれるのを感じた。2人ともカインの死の真相について知りたいと思っているだろう。
 
「・・・ここから遙か東に広がる伝説の大陸で、彼は死んでいった。彼の体中の血が雪の上にまるで海のように広がっていく間、私は何もしてやれなかった。ただカインの体を抱きしめて、泣き続けることしか出来なかったんだ。」
 
「・・・カイン?」
 
 ラエルが本当に驚いた顔でまた私を見つめた。
 
「そうだよ。私の息子の名前は、その剣士からもらったのさ。彼のように強く、優しくなってほしいと願いを込めてね。」
 
「・・・・・・・。」
 
「救国の英雄などと言う呼び名で呼ばれて、うれしいと思ったことなど一度もない。私はカインを救えなかった。たった一人の親友が死んでいくのを、ただ黙って見ていることしか出来なかったんだ。もっと話したかった。もっと剣の稽古をしたかった。まだまだ、彼とやりたいことはたくさんあったのに・・・私には、何も出来なかったんだよ。そんな奴のどこが英雄だ?私にはそんな呼び名で呼ばれる資格などないんだ。」
 
 苦い思いがこみ上げる。カインの体からは、血と一緒に『気』も流れ出ていった。その気の流れひとつ、私にはつかむことが出来なかった・・・。
 
「・・・僕は・・・・。」
 
 ラエルの目から涙が落ちた。
 
「思えば私の人生は、何かを手に入れては失いの繰り返しだったような気がする。そして失うときはいつも突然で、あとになってから死ぬほど後悔するんだ。私は君に、無理矢理作った笑顔でクリフに接してやれなどという気はない。だが、君が彼と話したいと思ってること、やりたいと思ってること、そのすべては叶わなくとも、まだまだ出来ることはあるんじゃないのか?クリフはまだ生きているんだ!」
 
 ラエルの顔が涙でゆがんだ。
 
「僕は・・・どうすれば・・・。」
 
 仮面が剥がれた。無理矢理取り繕った尊大な態度も、私を執拗なまでに憎むそぶりも、彼を覆っていたものがみんな剥がれ落ちて、今ここにいるのはごく普通の若者だ。説得するなら今だ。彼を操っている黒幕から吹き込まれた嘘が、もう一度彼を支配してしまう前に。
 
「今君がクリフに会ったとして、一番最初に話したいことを考えてみればいいさ。」
 
「一番・・・話したいこと・・・。」
 
 ラエルが口の中でつぶやく。
 
「そう、一番話したい事さ。」
 
 ラエルは突然首を強く振り、また涙をこぼした。
 
「僕は・・・僕は会えない・・・。あいつに合わせる顔なんてないんだ・・・。僕は・・・今まで何をしてたんだ・・・。僕は・・・僕は・・・」
 
「合わせる顔がないなら、合わせられるようにすればいいよ。」
 
「でも・・・もう遅い・・・。もうすべて・・・」
 
 ラエルは頭を抱え、机に突っ伏して泣き出した。
 
「遅くはないさ。君が今知っていることを話せばいい。取り繕わない本当の君が知っていることを、ここですべて話せばいいさ。王国剣士には戻れなくとも、胸を張ってこれからの人生を歩いていくことが出来る。」
 
 ラエルがゆっくりと顔を上げた。何か言いたげに口を開いたが、また涙がこぼれて、唇を噛みしめた。
 
「・・・ライラを襲撃するために囮になった王国剣士は君なのか?」
 
 出来る限り静かに尋ねた。ラエルはびくっと肩をふるわせたが、黙ったままうなずいた。途端にまわりにいた審問官、エリオンさん、背後のオシニスさんの口から同時にため息がもれた。
 
「あいつはペテン師だって・・・。だから懲らしめなきゃならないから、少し手を貸してくれって・・・。そうすればトゥラを自由にするだけのお金をくれて、僕の謹慎が解けるように剣士団長にも助言してくれる、そうすればすぐにでもトゥラと一緒になれるって・・・。」
 
「それが誰なのか聞いてもいいかね。」
 
 ハロウド審問官が尋ねた。
 
「それは・・・。」
 
 ラエルが言いよどんだ。
 
「それから、どうやって連絡を取っていたのかもな。」
 
 エリオンさんがあとを続ける。ラエルの顔がこわばった。
 
「君とその誰かの間で連絡係を務めていたのはチェリルだね。」
 
 ラエルが大きく目を見開いた。同時に『何だと!?』と叫んだのはエリオンさんだ。審問官はぎょっとしたように目を見張ったまま、ラエルと私の次の会話を待っている。私の推測は当たっていたらしい。
 
「・・・どういう事なのか、聞いてもいいか?」
 
 驚愕のあまりか、エリオンさんの声はしわがれていた。おそらくはこの人もチェリルのことはよく見知っているだろう。オシニスさんは黙ったまま、審問官も黙って話の成り行きを見守っている。私はさっきオシニスさんに話したことを、『あくまで私の推測』として話した。
 
「・・・断定するにはまだ情報が十分であるとは言えません。ですが、前の日の夜から翌日の朝までの間にラエルと接触したのがチェリルだけであるなら、どんなに意外でも不自然でも、チェリルがその役割を果たしたと考えるのが妥当だと思います。」
 
 私の説明に、ラエルは顔を覆って肩をふるわせた。
 
「ラエルよ、もう一度尋ねるぞ?今の先生のお言葉どおりで間違いないのかね?」
 
 審問官の問いに、ラエルは力なくうなずいた。
 
「チェリルに話を聞く必要がありそうですね・・・。」
 
 エリオンさんは渋い顔でそうつぶやいた。おそらくは王宮の人気者であるチェリルを『取り調べ』なければならないというのはエリオンさんにとってもつらいことに違いない。
 
「あの娘の屈託ない笑顔からは、邪な意図は感じられません。彼女もだまされているのかも知れません。」
 
「・・・俺個人としてはそう願いたいが、ここで名前が出た以上は、きちんとした手続きを踏んで身柄を確保する必要がある。くそ・・・チェリルのメシはうまかったんだがな・・・。」
 
 エリオンさんは忌々しそうにつぶやいた。
 
「・・・さて、私が知っているのはここまでです。審問官殿、エリオンさん、彼に会わせてくださってありがとうございました。もしも彼が望むなら、クリフにも会えるように取りはからってくださいませんか。私の希望はそれだけです。」
 
「しかと承知いたしました。先生、こちらこそありがとうございました。」
 
 審問官が深く頭を下げた。
 
「しかし驚いたな。お前取調官の才能あるぜ。どうだ?医者を引退したらこっちに出てこないか?」
 
 エリオンさんは本気とも冗談ともつかない言い方をした。
 
「遠慮しておきますよ。私の一生の仕事を、そう簡単に放り出すわけにはいきません。それに医師を引退するころには、ほかの仕事なんて出来ないくらいに歳をとってますよ。そんな歳になったら、ウィローと2人でのんびり暮らすほうがいいですからね。」
 
 エリオンさんが笑った。
 
「なるほど、それもそうだな。歳をとってからまであくせくしたくはないか。」
 
「エリオンさん、人の世話を焼く気があるなら、さっさと取調官を引退して、採用担当の手伝いをしてくださいよ。」
 
 オシニスさんの声には少しだけホッとした雰囲気が混じっている。
 
「そうはいくか。こっちも体が利かなくなるまで引退ってのはないからな。」
 
「それは残念ですね。」
 
 オシニスさんが笑い出した。ラエルは机の上に両肘をついて、頭を抱えたままだ。私はラエルの肩を叩いた。
 
「君はまだ若い。王国剣士には戻れなくても、まだまだ無限の可能性があるんだ。これから先の人生を悔いながら生きていくことにならないためにも、今君が出来る精一杯のことをしてほしい。トゥラのことはそれから考えても、遅くはないと思うよ。」
 
 ラエルは黙っていた。彼が私を見る目を変えたのかどうか、そこまではわからない。だがこれ以上この若者にしてやれることはない。
 
 
 牢獄の分厚い門を通り抜け、ほとんど同時にオシニスさんと私はため息をついた。
 
「これから先の人生を悔いながら生きていくことにならないためにも、か・・・。」
 
 つぶやくようなオシニスさんの声が、とても切なげに聞こえた。
 
「そんなことにはなってほしくないんですけどね。」
 
「そうだな・・・。あいつはまだ、俺達の半分程度しか生きてないんだ。これから先、俺達より遙かに長い人生を生きていかなきゃならないってのに、その時間のすべてを、後悔の念に囚われたまま過ごしていくなんて、あんまりひどい話だよな・・・。」
 
「今日のことがきっかけになって、ラエルが少しでも真実を話そうという気になってくれるといいんですけどね。そうすれば、少なくとも彼はこの先の人生を胸を張って生きていく事が出来ると思います。トゥラのことだって、冷えた頭で冷静に考えれば、また別な道も見つかるかもしれませんよ。」
 
「そうだな・・・。」
 
「オシニスさん、さっきはすみませんでした。」
 
「ん?何がだ?」
 
「不用意にオシニスさんの名前を出してしまって、ラエルがあんなことを言うとまでは考えていなかった、私の不注意でした。」
 
「ああ・・・そのことか・・・。」
 
 オシニスさんは小さな声でふふっと笑った。
 
「おまえが気に病む事じゃないさ。正直なところかなり堪えたのは確かなんだが、クリフのことと言い、恨まれても仕方ないようなこともだいぶ言ったし、仕方ないよ。団長なんぞやってると、あの手の話は他にもいろいろあるからな。気にするなよ。」
 
「はい・・・。」
 
「なあクロービス。」
 
 わざとらしく咳払いをし、何となく遠慮がちな声でオシニスさんが話し出した。
 
「何です?」
 
「おまえはどうなんだ?」
 
「私はって・・・何がですか?」
 
「おまえは、今までの人生を悔いながら生きてきたわけじゃないんだよな?」
 
「・・・さっきのカインの話ですか?」
 
「ああ・・・そうだ。」
 
「最近になって、やっと後悔出来るところまで辿り着いたところですよ。」
 
 ずっと後悔し続けていたのなら、もっと早い段階で道が見えていたかも知れない。だが、私は後悔するどころが逃げ続けて今まで来てしまった・・・・。
 
「・・・・・・・・・・。」
 
 オシニスさんが黙り込んだ。
 
「でも、約束通りオシニスさんにはお話ししますよ。」
 
「・・・いいのか?」
 
「ただし交換条件いくつかがあります。」
 
「何だよ?しかもいくつかって・・・なんだか分の悪い取引みたいだな。」
 
 オシニスさんがクスリと笑った。
 
「ええ、私にとってはとっても有利な取引です。」
 
「ふん、ま、仕方ないか。俺が頼んだことだしな。で?条件は何だ?」
 
「一つめは、私達がこっちにいなかった間に海鳴りの祠で起きたことを教えてください、ということです。」
 
「起きた事というのは、つまり全部って事か。」
 
「そうです。」
 
「その中にはライザーの話も含まれているって事だよな。」
 
「はい。」
 
「・・・あいつは・・・おまえに何も話してないんだったな・・・。」
 
「ええ。ローランでドーソンさんにも聞きましたが、やはり教えてはもらえませんでした。もしかしたら私には知られたくないことなんだとしても、あんな風にみんなを裏切ったと思いこんでいるライザーさんを見るのはつらいんです。」
 
「・・・なるほどな。それじゃ、それは俺から話すよ。それであいつが怒ったら、しゃべった俺をぶん殴りに来いとでも言っておいてくれればいいさ。」
 
「ははは、言っておきますよ。」
 
「で、あとは何だ?いくつあるのか知らんが。」
 
「あとふたつです。次はとても簡単なことですよ。」
 
「簡単って何だよ?」
 
「意地を張らないでください。」
 
「は?」
 
 オシニスさんはきょとんとして私を見た。が、すぐにむっとした顔になった。
 
「おい、おまえじいさんに何か吹き込まれてきたのか?」
 
「いいえ。これはあくまでも、私がオシニスさんにカインのことを話すための交換条件です。聞いていただけないなら、私は何もしゃべりません。」
 
「・・・・・・・・・・。」
 
 オシニスさんはしばらく睨むように私を見ていたが・・・・。
 
「わかったよ。別に意地を張ってるつもりは全くないんだが・・・・おまえがそう言うなら約束する。だから海鳴りの祠を出てからおまえ達が戻ってくるまでの間に起きた出来事を、俺に教えてくれ。」
 
「わかりました。では最後です。」
 
「やっと最後か・・・。で、今度は何だ。」
 
「オシニスさんが、私の話を聞きたいと思う理由です。私がここで起きたことを知りたい一番の理由は、ライザーさんのことを知りたいからです。それに、私達が皆さんに迷惑をかけないためにと海鳴りの祠を出たあとの、王国軍の動向を知りたいという気持ちもあります。昔のこととは言え、いなかったから知りませんでしたですむことだとは思えないんです。」
 
「俺がおまえの立場なら、俺だって同じことを考えるだろう。だがそれが、おまえの言う交換条件とどう関係があるんだ?」
 
「ではお尋ねしますが、オシニスさんが私から話を聞きたい理由は何ですか?」
 
「・・・理由って・・・それは手紙に書いたじゃないか。」
 
「手紙は読みました。確かに書いてありましたが、あの手紙に書いてあったことと、こっちに来てからのオシニスさんの態度があまりに違いすぎるので、私はとまどったんですよ。こっちに来てからの態度が嘘なのか、手紙に書いたことが嘘なのか、どっちなんです?」
 
「・・・・・・・・・・・。」
 
 怒鳴りつけられるかと思っていたのだが、意外にもオシニスさんは黙り込んだ。よほど痛いところでも突いてしまったのだろうか。
 
「今ここで聞かせてくれとは言いません。取りあえず、私は東翼のレストランに顔を出します。ウィローが子供達と一緒に待っているはずですから。」
 
「・・・わかったよ。お前の事情聴取は刺されたときの状況の確認だけだから話してもかまわんが、ラエルの件については、ライラとイルサには絶対に聞かせないでくれ。」
 
 そう言ったオシニスさんの顔は、もう剣士団長の顔に戻っていた。
 
「わかってますよ。私だってこんな話、あの2人にする気にはなりません。」
 
 この件にチェリルが絡んでいることが確実となった今ではなおさらだ。
 
 
 オシニスさんと別れて、私は東翼のレストランに行ってみた。妻はライラとイルサと一緒にお茶を飲んでいるところだった。
 
「お帰りなさい。思ったほど、暗い顔はしていないのね。」
 
 妻は笑顔で迎えてくれた。
 
「お帰りなさい。何かわかった?」
 
 ライラとイルサは不安げだ。さっきオシニスさんと約束したとおり、ラエルが自分のしたことを認めたことだけは話した。
 
「そうか・・・。僕はその人のことはほとんど知らないな・・・。知ってたら後ろ姿だけでもわかったかもしれないのにね。」
 
 ライラは残念そうだ。敵の術中にはまってむざむざ殴り倒されてしまうなんて、これほど屈辱的なことはない。
 
「それは結果論だよ。起きてしまったことはどうしようもない。君が気に病むことはないよ。」
 
「そうよライラ。あなたが暗い顔をしてはいけないわ。ねえクロービス、そろそろお昼だから、今日はセーラズカフェに行こうかって言ってたんだけど、どう?」
 
「そうだね・・・。おいしい食事をして、英気を養ってから訓練と行こうか。」
 
 妻の提案はありがたい。こんな日は外に出てのんびりと歩いてくるのが一番かもしれない。
 
「それじゃ決まりね。歩いていけばちょうどお昼くらいにはつけるでしょうから、もう出掛けない?」
 
「そうだね。行こうか。」
 
 
 
 4人で王宮を出ようとロビーに出たところで、セルーネさんから声をかけられた。
 
「これから食事か?」
 
「ええ、今日は外で食べようかなと思って。」
 
「今日はライラとおまえが訓練場で手合わせをすると言う話を聞いたんだが、午後からなのか?」
 
 さすがに耳が早い。
 
「ええ、これからおいしい食事に行くところなんです。セルーネさんは仕事ですか?」
 
「ああ、今一段落したところだ。」
 
「もしよかったら一緒にいかがです?それとも外で食事するのはまずいですか?」
 
「何構わんさ。ローランドはユーリクと町に視察に出掛けてるし、クリスティーナはまだ診療所の仕事が終わらないし、私一人ではどうしようかなと思っていたところさ。屋敷に戻っても、私一人のために厨房の連中に忙しい思いをさせるのも何だしなあ。だからといって王宮内の施設に顔を出したりしたら、みんなかしこまって食事がどこに入ったかわからないだろうし。全く困ったもんだ。」
 
 セルーネさんは首をかしげ、どうしたものかと頭をかいている。身分が高いというのも、それなりに気苦労は多いようだ。
 
「あらセルーネさんも来れるの?一緒に食事なんて久しぶりだわ。」
 
 妻はうれしそうだ。その姿を見て、少し緊張気味だったライラとイルサも、肩の力が抜けたらしい。
 
「公爵様にはいつもお世話になってますから、今日はおいしい食事とコーヒーの飲める店を紹介します。」
 
 ライラの笑顔につられるように、セルーネさんが笑った。
 
「それじゃ期待していくか。そうだな・・・。このかっこでは目立ってしょうがないから・・・。」
 
 セルーネさんはぶつぶつと言いながら、出仕の時に身につけるらしい豪華なマントを外し、無造作に丸めて荷物の中に押し込めた。金糸の縁取りのある上着も脱いでこれもまた丸めて荷物に押し込み、代わりに地味なジャケットを引っ張り出してはおった。
 
「まあこんなところだろう。さて行くか。」
 
 王宮を出て、商業地区に向かった。出来るだけ人出の多い大通りは避けて、裏通りを選んで歩いてみたが、この時間帯はどこに行っても人が多い。
 
「なあクロービス。」
 
「はい?」
 
「さっきオシニスがフロリア様にラエルのことで報告していたが、奴がしゃべり始めたというのは本当か?」
 
「とりあえず、ライラの件は認めたようです。他のことについては何とも言えませんが。」
 
「そうか・・・。」
 
「これで真相解明が一気に進むと思いますよ。」
 
「そう願いたいもんだな・・・。」
 
 ラエルがすべて話してくれれば、きっと遠からずこの騒動は解決すると思っていた。だが・・・そのラエルの話の中にまさかあんな罠が仕掛けられていようとは、このときの私は夢にも思わなかった・・・。
 

第64章へ続く

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