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「さて、これを運べば、あとは患者の身の回り品だけだな。」
 
 背後でハインツ先生の声が聞こえた。振り向くと、折りたたまれたテーブルと椅子が部屋の壁に立てかけられている。
 
「手伝いますよ。かなりの数ですから大変でしょう。」
 
「おぉ、助かります。力仕事は苦手でしてね。」
 
 ハインツ先生が額の汗をぬぐいながら、肩で息をしていた。概ね医者というものは力仕事は苦手だ。
 
「片付けに参加できませんでしたからね。このくらいは私がやりますよ。」
 
 私はしばらくの間、テーブルと椅子を診療所の会議室に運ぶ手伝いをした。すべての椅子とテーブルが片付けられてみると、アスランのいる部屋はがらんとしている。元々6人が入れる部屋だ。今度は元々ここにあったベッドを戻さなければならないのだが、それは明日にするらしい。アスランが別な部屋に移動してから、ベッドの並べ直しもするとのことなので、そちらは何とかなりますとの答だった。ハインツ先生が手配してくれたおかげで、アスランの食事のプログラムはすでに出来上がっている。デンゼル先生の息子さんに私も会いたかったが、なかなか忙しいらしく、今日は手が空かないだろうと言うことだった。こちらは単なる旅行者だが、向こうは今仕事をしているのだ。いずれ会う機会があればお願いしますと伝え、今日はもう引き上げることにした。ハインツ先生とゴード先生はまだここにいるらしい。明日アスランが病室を移ったら、あとは引き上げる予定だとのことだった。ライラの病室に戻ったところにオシニスさんがやってきて、東翼の宿泊施設にも王国剣士を配置することにしたと教えてくれた。さすがにイルサを病室に寝かせるわけにはいかないし、敵が次にどんな手を使ってくるのか予測がつかない。出来ることはすべてやっておくつもりだとのことだった。私達は夜までライラの病室にいて、王国剣士に後を頼んで宿屋に戻った。ライラ達のことは気になるが、私達もきちんと体を休めておかなければ、いざと言う時に動けない。宿屋の『特製ディナー』はいつもと変わらずうまかったのだが、この日はさすがに二人とも心から食事を楽しむ気にはなれないでいた。
 
「ライラとイルサ・・大丈夫かしら・・・・。」
 
「配備された王国剣士はみんな腕が立ちそうだったから、大丈夫じゃないのかな。」
 
「そうよね・・・。ねえ、さっきライラが気になることを言ってたんだけど。」
 
「気になること?」
 
「ええ・・・。昼間私達に、殴られたときのことを話してたじゃない?あの時しゃがみ込んでた誰かの服が茶色みたいだったって言ってたでしょ?」
 
「ああ、そうだね。」
 
「それがね・・・。話しているうちに水色だったかもって言いだして・・・ベージュっぽい色もみたような気がするって・・・。」
 
「・・・記憶が混乱しているのかな・・・。しかしベージュはともかく、水色ってのはちょっと茶色からは連想しにくい色だなあ・・・。」
 
「見たと思った瞬間に殴られたみたいだから、はっきりとどこが何色だったかとかは憶えていないんでしょうねぇ・・・。」
 
「そうだなあ・・・。ただ、あんまり考えさせるのはよくないかも知れないな。傷の熱はさっき帰ってくるときはひいていたけど、明日はもう少し調べてみないと・・・。」
 
「そうねぇ・・・。ま、今日はもう寝ましょう。毎日何かしらあるんだもの、さすがに疲れたわ。」
 
「君はもう寝るといいよ。私は少しやることがあるから。」
 
「あ、そうか・・・。アスランのリハビリのプログラムね・・・。」
 
「うん。明日までって約束したからね。それはきちんと守らないと。」
 
 誰のためでもなく、患者のためだ。一日も早く仕事復帰できるよう、手助けしてあげよう。私はテーブルにノートを広げて、アスランのリハビリ計画表を作ってみた。今までの経過を見てある程度は頭の中で出来上がっていたので、そんなにかからずに出来上がった。自分なりにいろいろ考えたつもりだが、さてゴード先生はこれをどう評価するのか、こちらも頭の痛い問題だ。いろいろなことが起こりすぎて、この日は不安なまま寝床に就くことになった。ライラの言う脈絡のない色の組み合わせは、いったい何を意味しているのか。もしも頭の怪我による記憶の混乱が今頃になって起きたとすると、いささか面倒なことになるかも知れない。だが翌日、この疑問は思いもかけない形で判明することになる・・・。
 
 
 
 翌日の朝は、少し早めに宿を出た。さすがに前の日の朝ほど早くはなかったが、王宮に着いたときにはロビーはまだがらんとしていた。ライラの傷が気になっていた私は、まずライラの病室に行ってみた。部屋の前には王国剣士が4人いて、夜勤の組と日勤の組との交代が行われているところだった。中に入るとライラはもう起きていて、ベッドの上に体を起こしていた。右手を見つめて何かしきりに首をかしげている。
 
「おはよう。気分はどうだい?何かあったのかい?」
 
「うん・・・いや、僕の気のせいかも知れない。」
 
「気のせいでもいいから、気になることがあるなら何でも言ってくれないか。」
 
「いや・・・何となくなんだけど、手が思ったように動かなくて・・・。」
 
「手が・・・・?」
 
 不安になって、私は昨日ライラを見つけてからの治療の流れを頭の中でおってみた。呪文で傷を治し、念のためガーゼを当てて包帯を巻いた。ベッドに寝かせて、目が覚めてから診療所で詳しく診察して・・・。よくなかったと思われる点はない。なのにこういった症状が出たと言うことは、何か足りなかったのか・・・。
 
「ちょっと診せてくれ。力を抜いてね。」
 
 ライラの手を取り、指や関節を動かしながらいくつか質問をしてみたが、『ここがこう動かない』と言うことではなく、何となく『いつものように動かない、感覚が鈍い気がする』という話だった。手と言うより、指先がしびれているらしい。
 
(もしかしたら・・・。)
 
 後頭部を殴られたとき、もしかしたら一時的に背骨、しかも首のつけ根に近い部分が歪んだかずれたかしたのかもしれない。気を失うほどの衝撃だったのだ。目に見える傷だけでなく、もう少し見えない部分にまで気を配るべきだった。
 
「ライラ、ちょっとうつぶせになってくれ。」
 
 だが治すことは出来る。今すぐに治せば、2〜3日でしびれはとれるはずだ。私はライラをうつぶせに寝かせ、首から背中にかけて一通りさわってみた。
 
『これは指先の感覚だけが頼りの難しい作業だが、こうやって調べてみないと骨の歪みやずれってのはわからないんだ。』
 
 昔、ブロムおじさんがそう教えてくれた。呪文は役に立たない。自分の指先から伝わってくる、ほんのわずかな『違和感』それだけが頼りだ。
 
「・・・・・・・・・・・。」
 
 あった・・・。私の指先は、ライラの首筋の骨の並びから、ほんのわずか、普通と違う場所を探し当てた。
 
「ここか・・・・。」
 
「・・・なに・・・・?」
 
 ライラの不安げな声が聞こえた。私は、さっきライラが訴えた手のしびれが、殴られたときの衝撃によって骨の並びがずれたことに寄るものだから、これから矯正すると言った。
 
「・・・矯正って・・・もしかしてあの『整体』って言う・・・。」
 
 ライラの声がますます不安げになる。ライラが子供の頃、うちに遊びに来ていて整体の治療を見ていたことが何度かあった。傍目にはとても『治療』に見えない治療に、ライラは目を丸くして
 
『先生、どうして患者さんをいじめてるの?』
 
と聞いてきた。多分ライラの頭の中では、今でも整体とは『いじめている』ようにしか見えない治療を施すものだというイメージがあるのだろう。
 
「そんなに怖がらなくていいよ。治療自体に痛みがあるわけじゃないからね。」
 
「そ・・・そうか・・・。うん、そうだよね・・・。」
 
 なんだか自分に言い聞かせているようだ。だがこれ以上説明したところで、彼の不安が取り除かれるわけじゃない。一番いいのは、実際に治療をしてみせることだ。
 
「さて、始めようか。」
 
 首の治療には、私がライラの枕元に立たなければならない。ベッドを少し動かして、枕元と壁の間に隙間を作ろうとしたが、このベッドがなかなか重くてうまく動かない。
 
 
 
「失礼します。入ってもよろしいですかな?」
 
 ノックと共に声が聞こえた。ハインツ先生だ。『どうぞ。』と答えると扉が開き、アスランの寝かされたベッドが運び込まれた。
 
「おやクロービス先生、早いですな。」
 
 ハインツ先生の後ろには、例によってゴード先生がついていた。2人とも不思議そうに私とライラを見ている。
 
「どうしたんですか?」
 
 私はライラの怪我の状態を説明し、治療のためにベッドを動かそうとしていたのだと話した。この話に興味を示したのはゴード先生だ。
 
「その状態の治療というと、整体ですか?」
 
「そうです。」
 
「ほお、クロービス先生が治されるのですか?」
 
「ええ、島ではしょっちゅうやってましたから、大丈夫だと思います。」
 
「しょっちゅう?」
 
 ゴード先生の表情がなぜか険しくなった。何もまずいことを言った記憶はないのだが・・・。
 
「ゴード、そちらはお任せして、まずはこっちを終わらせよう。患者殿が落ち着かないからな。」
 
 ハインツ先生はゴード先生を煽るように、アスランのベッドをライラのベッドの隣に据え、二人がかりでアスランの体を移動した。ゴード先生のあとから入ってきたセーラは、複雑な顔で私達を見ている。
 
「おはよう。ちょっと取り込んでいるから、君の兄さんのほうはあとで見せてもらうよ。」
 
「俺のほうはあとでいいですよ。」
 
 寝たままでアスランが答えた。
 
「悪いね。」
 
 話しながらふと見ると、アスランを乗せてきたベッドが置かれている。車がついているので動かすのも容易だ。
 
「ハインツ先生、そのベッドを少しお借りできませんか?」
 
「これですか?かまいませんが、どうされるのです?ライラ博士の症状はそんなに悪いのですか?」
 
 ハインツ先生が眉をひそめた。このベッドでライラをどこかに運ぶのかと思ったらしい。
 
「いえ、そうではないんですが・・・実はこのベッドが思いのほか重くて、うまく動かなかったので困っていたんですよ。」
 
「なるほど、このベッドは患者の移動用ですから軽く出来ています。車もついてますし、ちょうどいいかもしれませんね。どうぞ、お使いください。」
 
 私は礼を言ってアスランが乗せられていたベッドをライラのベッドの隣に据えた。
 
「ライラ、ちょっとこっちに移動してくれないか。ゆっくりでいいからね。」
 
 ライラは恐る恐る起きあがり、ベッドに移った。枕元に私が立てる程度の隙間を確保し、車の留め金を留めると、ベッドは動かなくなる。なかなか便利なものだ。そして何より、このベッドは軽い。これならば患者を乗せて廊下を移動するにはちょうどいい。
 
「へぇ・・・こう言うのもあるんだね・・・。先生、このベッドに使われている枠は鉄製?」
 
「どうかな・・・。ま、体格のいい患者を乗せる都合もあるから、鉄製だろうね。」
 
「へぇ・・・。」
 
 ライラがにんまりとした。多分今、彼の頭の中では、このベッドにもナイト輝石製の枠を取り付けてはどうかという考えがまとまりつつあるのだろう。
 
「さてと、まずは仰向けだ。両手を体の脇に置いて・・・いや、力を入れなくていいよ。そうそう、足もまっすぐにして力を抜いて・・・。えーと、そうだな・・・。」
 
 移動用のベッドは幅がそんなにないが、ライラの体格ならば特に狭いというわけではない。仰向けに寝たまま不安げに私を見上げるライラの体を、治療がしやすいように足や腕をまっすぐに伸ばしていく。
 
「よし、力は入れないで、動かないようにね。始めるよ。」
 
「う・・・うん・・・。」
 
 治すべき位置を確認しながら、慎重にライラの頭を両手で掴み、一気にぐるりと回す。周りにいるとよくわからないが、患者の耳には自分の骨が矯正される音が、かなり大きく聞こえているはずだ。ライラはこれから叱られる子供みたいに顔をゆがめ、目をつぶった。反対側にもう一度首を回す。セーラは、『とても治療に見えない治療』に目を丸くしてるし、イルサは心配そうにライラを見ている。首だけならこれだけでもいいのだが、せっかくなので肩や背骨など、ゆがみそうな場所を一通り調べて治しておいた。
 
「・・・はい、これで終わり。今日のところはね。」
 
「お・・・終わりかぁ・・・。え?今日のところは?」
 
 一瞬だけほっとしたライラは、また不安そうな顔に戻ってしまった。この治療に痛みはない。でもボキボキと骨の折れるような音が耳に響いて、たいていの人は『次』が恐ろしくなるらしい。
 
「そうだよ。どれ、ちょっと見てみよう。もう一度うつぶせになってくれるかい。」
 
 もう一度骨のずれていた場所を指でなぞってみた。今のところ矯正は成功したようだ。だが油断は禁物だ。しばらくは安静にしていないと、また同じ場所がずれる可能性もある。
 
「うーん、少し安静にしてないといけないな。傷の具合も気になるし、もうしばらくは様子見だね。」
 
「このしびれは治るの?」
 
「安静にしていれば2〜3日でとれるはずだ。食事と顔を洗うくらいのことは問題ないと思うけど、あとは当分寝たきりだね。」
 
「あの・・・トイレは・・・?」
 
「それも大丈夫だよ。でも、それ以外は寝ていないとだめだな。」
 
「そっかぁ・・・。ねえ先生、腰が痛いときも、この治療をして安静にしていれば治るの?」
 
「治るよ。というより、腰に出たときはすぐにでも治療をして早く治さないと、大変なことになるかも知れないよ。もしかして腰も痛いのかい?」
 
「僕は大丈夫だよ。腰が痛いって言ってるのはね、鉱山の賄いのおばさん。デボラさんて言うんだけど、すごくお世話になってるんだ。最初にロイさんに追い出されたときから、ずっと僕の話を聞いてくれてね。その人が最近、よく腰をさすってるんだよ。」
 
「鉱山にも診療所はあるんじゃないのか?」
 
「診療所の先生はね、そっちのほうは専門じゃないから専門医に診せるようにって何度も言ってるんだけど、本人が仕事を休みたがらないんだ。なんとか説得しないとなあ。」
 
「そうか・・・。それはぜひ説得して、専門の先生に見せたほうがいいよ。今なら少しの間休む程度ですむかも知れないけど、いつまでもほっとくと仕事どころか歩くことも出来なくなってしまう可能性があるからね。」
 
「あ・・・歩けなくなるの!?」
 
「別に絶対歩けなくなるってわけじゃないよ。ただ、可能性は高いってことさ。もしもそのデボラさんが、腰をさすっているときに足を引きずるような歩き方をしていたら、要注意だな。」
 
「・・・この間してたかも知れない・・・。どうしよう・・・。」
 
 ライラは泣き出しそうな顔になった。よほどそのデボラさんのことが心配らしい。
 
「専門医がいないってことなら、鉱山の診療所の先生にさえ許可を取れれば、先生が診てあげてもいいよ。ただ、当分はこっちにいるから、君が向こうに帰る頃になってしまうかも知れないけどね。」
 
「そうか・・・。ロイさんに頼んでみるよ。」
 
「そうだね。ロイから頼んでもらった方が、話がスムーズに行くかな。」
 
「うん。いいって言われたら、先生、デボラさんのこと、よろしくね。」
 
「わかったよ。はい、そっちのベッドに移って。」
 
 ライラはさっきよりはホッとした顔で、自分のベッドに移った。このベッドも当分使う予定はないらしい。ハインツ先生にライラの入院手続きを頼み、彼の治療をする間だけ、移動用のベッドもここに置いてもらうことで話が決まった。
 
「あ〜ぁ・・・また体がなまるなぁ・・・。」
 
 ライラが天井を見つめてため息をついた。
 
「ははは。よければあとで相手をしてやるよ。どこか剣を振り回せるような場所があればだけどね。」
 
「ほんと!?よーし、それを楽しみに、今はおとなしくしているよ。」
 
「そうしてくれるとありがたいな。」
 
 これでライラのほうは心配ない。さて今度はアスランの治療だ。私は鞄の中から昨夜作ったリハビリのプログラムを取り出し、ゴード先生に見せた。
 
「昨日お約束したとおり、リハビリのプログラムを作ってみたんですが、目を通していただけますか?」
 
 ゴード先生は一通り目を通し、ふーんとうなずいたり、時々眉間にしわを寄せたりしていたが、丁寧にきちんと見てくれていることはわかった。この人が私を気に入らなかろうが、そんなことはどうでもいい。患者の治療についてはちゃんと対応してくれる気はあるようなのだから、気にしないでおこう。しばらくして、ゴード先生が鉛筆をとりだし、何ヶ所かに丸をつけた。
 
「そうですな・・・。ここと・・・ここ・・・この次の段階に移る前に、もう一段階増やしたほうがいいですね。」
 
「ここですか・・・。やはりここからこの段階に映るのは無理がありますかね・・・。」
 
「いや、今回の場合、患者は若者ですから大丈夫だと思いますよ。だが、どうやら若さ故にがんばり過ぎる傾向があるようですからな。一手間入れて、確実に改善させる方を優先させましょう。」
 
「なるほど・・・。」
 
 かなり細かく何段階にも分けて作ったつもりだったが、なるほど言われてみると確かにそうだ。それでなくても一日も早く仕事復帰したがっているアスランは、目標値を設定されれば何が何でもそこに到達することを考えるだろう。となれば当然無理をすることになる。若いから出来るだろう、ではなく、若いからこそ性急に進めないよう気を配る・・・。そこまでは思い至らなかった。私もまだまだ勉強しなければならない。
 
「ではゴード先生、このプログラムを元に、先生にアスランのリハビリをお願いしたいと考えているのですが、いかがでしょうか。」
 
「私がですか?」
 
 ゴード先生は驚いたような顔をしている。
 
「ええ、先日申し上げたように、そろそろアスランの治療は医師会にお任せしたいと思います。元々私はただの旅行者ですからね。部外者がこれ以上首をつっこんでは皆さんにご迷惑でしょう。」
 
「そんなことはありませんよ。でも先生にもご都合がおありでしょうから、お引き留めは出来ませんね。会長にはもう話されたのですか?」
 
 ハインツ先生が尋ねた。
 
「いえ、これからです。最近お忙しいようで、顔を合わせる機会がありませんでしたからね。」
 
「なるほど・・・。ではライラ博士のほうはどうなさるおつもりです?さっきのような治療と、何日かの経過観察が必要なんでしょう?」
 
「ハインツ先生がこのままアスランの担当をしてくださるなら、お任せしたいと思うんですが・・・。」
 
「うーん・・・そうおっしゃって下さるのはありがたいですが・・・しかし困りましたね・・・。」
 
 ハインツ先生は困惑した表情で考え込んでしまった。
 
「何か不都合がありますか?」
 
「不都合と言いますか・・・。お恥ずかしい話ですが、今現在、医師会には整体の専門医師がいないのです。」
 
「・・・え・・・?」
 
 意外な返事に驚いた。ブロムおじさんはこの整体治療が得意だ。老人に限らず島の人達には好評で、私も必要に迫られておじさんに教えてもらったのだが、王国の医師の間ではまだまだ未開拓の分野だということか・・・。
 
「我が国最高の医療技術を誇る王立医師会としては、実に情けない話なんですがね。整体というものは、命に関わらないという理由で長い間医師会の研究対象から外されてきた分野なんですよ。ま、確かに昔のようにモンスター対策が最優先だった時代には、そんなところまで手が回らなかったわけなんですが、近年になって誰もが気軽に旅を楽しめたり、趣味に時間とお金をかけられるようになってきました。今では『いかにして生き延びるか』ではなく、『いかに健康であり続けるか』ということをみんな考えるようになったんですよ。それでやっと、整体も研究対象として考えられるようになったわけですな。だがクロービス先生は、その整体の治療を難なくやってのける。私には正直なところ自信がありません。先生ほどに鮮やかにはとてもとても。」
 
「でも研究を続けている先生は・・・その方なら何とかなるのでは・・・。」
 
「そうですなぁ・・・。リハビリという分野も、以前は整体同様軽んじられてきた分野ですが・・・ゴード、その分野の第一人者として、君ならどうだ?整体のほうは。」
 
「だいぶ持ち上げてくださいましたが・・・残念ながら、整体に詳しい医師は今の医師会にはいないでしょうね。無論私も含めてです。研究者は確かにいますが、まだまだ手をつけ始めたばかりですよ。ハインツ先生のおっしゃるように、整体の治療をこれほど鮮やかにやってのける方は、私も初めて見ました。」
 
 言葉だけを聞くとほめてくれているようだが、彼の表情は実に悔しそうだ。
 
「そうか・・・。お、そういえば、クロービス先生は、確か彼の護衛を引き受けられたとか。」
 
「ええ・・・行きがかり上引き受けることになってしまいました。」
 
「ではこのままでいいではありませんか。アスランのことはお任せください。ですがライラ博士の治療は、引き続きクロービス先生が受け持たれるということでいかがです?」
 
「そうですね・・・。ではそれで会長に話してみます。」
 
 考えてみれば、ライラがここにいる間は出来る限りここに来るつもりでいた。治療の間中、他の医師が隣にデンと座っていたのでは、やりにくいことこの上ない。
 
 
「失礼しまぁす。入ってもいいっすかぁ?」
 
 ノックと一緒に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 
「おや、あの声はハディ殿のようですな。どうぞ、お入りください。」
 
 ハインツ先生の声に促され、扉が開いてハディが顔を出した。
 
「よぉ!クロービス、久しぶりだなあ!」
 
「ハディ!」
 
「お前がこっちに来てるのは聞いてたんだが、なかなか来れなくてな。元気だったか?」
 
「元気だよ。久しぶりだね。」
 
「そうか。もっと早く来たかったよ。全く、自分のくじ運のなさが情けなくなるぜ!」
 
「くじ運?」
 
「アスランの見舞いさ。俺は元々くじ運てものがなくてね。やっと当たりくじをひいたんだよ。」
 
「・・・まさかランドさん、本当にくじを作ったの?」
 
「ああ、何でもアスランの経過が良好で今日から病室を移るって聞いて、当たりくじが増えたんだ。おかげで俺にもあたりが回ってきたというわけさ。」
 
 ハディは私との握手もそこそこに、アスランのベッドに歩み寄った。
 
「おぅ!どうだ?具合は。」
 
「動きたくてうずうずしてるんですが・・・体がいうことを聞いてくれないんですよ。」
 
「そりゃ当たり前だ。体が必要としている力を無理なく注ぎ込んでやる、そうすれば体のほうで勝手に元気になってくれるさ。」
 
「はい・・・。」
 
「思ったより元気そうでよかったよ。お前が怪我したって聞いたときは生きた心地がしなかったからな。はは・・・なんだか安心したら・・・・」
 
 ハディの声がとぎれ、鼻水をすする音が聞こえた。
 
「ああくそっ!最近涙もろくなって困る!」
 
 ハディは顔をごしごしとこすった。
 
「仕方ないさ。それが歳をとるってことなんだよ。」
 
「ちぇっ!勝手なこと言いやがって・・・。」
 
 ハディはもう一度顔をごしごしと擦りながら、今度は隣のベッドをのぞき込んだ。
 
「おお、ウィロー、久しぶりだなあ。」
 
「ほんと、お久しぶり。あなたは変わらないわね。」
 
「お、そうか?それなりに歳をとったような気がするが、まだそれほどでもないのかな・・・。」
 
 ハディはにやりと笑ってみせたが、笑いをこらえている私をちらりと見て、赤くなった。
 
「ま、まあいいや。それより、おいライラ、お前までここにいるとはな。災難だったな。具合はどうだ?」
 
「ええ、何とか大丈夫です。」
 
「へえ、ハディとも知り合いだったのか。」
 
 ライラはなかなか顔が広そうだ。
 
「ははは。こいつが初めて王宮に来たとき、護衛という名目でこいつの見張りをしたのが俺なのさ。」
 
「見張り?」
 
「ああそうだ。ナイト輝石をまた掘り出そうなんて頭のネジが飛んでそうな奴だから、一番腕っ節の強い奴に見張りをさせろって、大臣達が騒ぎ立てたらしい。まあ俺としても、ライザーさんの息子だからっていい奴だと決めてかかるわけにはいかないからな。とは言え信じたいのは人情だから、その依頼は俺にとっても願ったりだったのさ。」
 
「なるほどねぇ・・・。」
 
「で、実際に会ってみて驚いたのなんの。まるでライザーさんがそこに立ってるみたいだったよ。」
 
「ライラはライザーさんそっくりだからね。そしてそこにいるのが双子の妹のイルサだよ。彼女のほうは母親そっりさ。」
 
「へぇ・・・。イルサか。会うのは初めてだが・・・いや、見かけたことがあるな。こっちで仕事をしてるのかい?」
 
 昔は相手が男でも女でも態度が変わらなかったハディだが、さすがに歳をとったのか、それとも相手が若くてかわいらしい娘だからなのか、イルサに話しかける声が少し優しくなった。
 
「いえ、あの、初めまして。ライラの妹のイルサです・・・。私、クロンファンラの図書館で司書をしているんです。本の入れ替えでこちらには何度か来ていますので・・・。」
 
「あ、そうかぁ・・・。それで見かけたのかもな。俺はハディ。剣士団の訓練場で、若い奴ら相手に訓練をするのが俺の仕事だ。このクロービスとは同期でね。昔は何度か手合わせしたもんだが・・・どうだ?久しぶりに。」
 
「まあ時間があればだね。それより、ライラがよくなったら相手をしてくれないか?体がなまりそうだってさ。」
 
「ああいいぞ。ルノーの奴をこてんぱんに熨したというその腕前、一度くらいは見せてもらいたいと思ってたんだ。」
 
「その話は勘弁してくださいよぉ・・・。まさかあんなことになるとは・・・。」
 
「ははは。だろうな。お前の仕事は研究だが、奴の仕事は本職の剣士だ。だが、本職といえども相手をなめてかかるとそういう目に遭うというわけさ。それはどんな仕事にも通じることだと思うぞ。」
 
「それはそうですが・・・。」
 
「お、そうだ。そのルノーが世話になったそうだな、クロービス。」
 
「ああ、あれはたまたまさ。今頃はもう動き回ってるんじゃないのかい?」
 
「だろうな。しかしお前も相変わらず人がいいなあ。ルノーだけじゃなく、うちの若い奴らがだいぶ世話になってるそうじゃないか。」
 
「それもたまたまだよ。」
 
「ぶふ・・・はは・・・はっはっは!」
 
 ハディは大声で笑い出した。
 
「お前は変わらないなあ。ちょっとだけ安心したよ。今じゃお前は有名人だからな。」
 
「有名ってほどのこともないよ。それに、人の性格なんてね、そんなに変わるもんじゃないよ。」
 
「まあそうだけどな・・・。なあクロービス、ちょっと聞きたいことがあるんだが、時間はとれないか?」
 
「いいよ。何?」
 
「ここでってのもなんだから、どこか別の場所で話したいな。いいか?」
 
「私のほうはかまわないよ。どこで話そうか。」
 
「そうだなあ・・・。あ、確かここの並びに会議室があったはずなんだが・・・ハインツ先生、そこを借りていいかな?」
 
「かまいませんよ。ただ、さっきテーブルや椅子を運び込んだばかりだし、ベッドもまだ置きっぱなしですから落ち着かないと思いますが。」
 
「それは気にしないよ。よし、ちょいとつきあってくれ。」
 
 私達は病室を出て、会議室に向かった。さっきテーブルと椅子を運び込んだ部屋だ。そこは病室で言うならと大部屋と同じくらいの広さだ。普段ならテーブルと椅子が整然と並べられているところなのだろうが、さっきはさすがに疲れて、きちんと並べるところまでは行かなかったので雑然としている。その中で二つほど広げられているテーブルと椅子を見つけ、私達はそこに座った。
 
「話って何?」
 
「いろいろあるんだが・・・・まずはアスランの状況だな。団長から聞いたんだが、うまくいけば一ヶ月で現場復帰できるそうだな。」
 
「ものすごくうまくいって、だけどね。」
 
「なるほど・・・。だが現場復帰と言っても、一ヶ月もブランクのあった奴にいきなり外で仕事をさせるわけにはいかないんだ。もしもうまくいってあいつが仕事復帰出来たら、しばらくは訓練場で面倒を見てくれと言われてるんだよ。それでまあ、今の奴の状態を知っておこうと思ってな。だから早く来たかったのに、ランドさんはこう言うときだけ融通が利かないんだよなあ。『ちゃんとくじ引きで当たりを引いてからだ』なんてさ。」
 
「ははは。みんな来たがってたらしいから仕方ないよ。」
 
「まあそうだけどな・・・。で、どうなんだ?奴の具合は。」
 
「今のところ順調だよ。」
 
 私は今わかる限りのアスランの状態を、ハディに聞かせた。そして、今後はハインツ先生主導で治療を継続することになると思うので、このあとはハインツ先生に聞いてくれるよう言っておいた。
 
「そうか・・・。しかしよく助かったよ・・・。本当にお前らには世話になったんだな・・・。」
 
「アスランの生命力がそれだけ強かったのさ。」
 
「そうだな・・・。彼女が出来たとかでだいぶ張り切ってたから・・・。さっきのイルサって娘・・・図書館の司書だって言ってたよな?あの娘じゃないのか?アスランの相手ってのは。」
 
「彼女かどうかはわからないけど、この間襲われたときに一緒にいたのはあの子だよ。」
 
「ふぅん・・・。やっぱりそうか・・・。俺は顔は知らないが、さっきクロンファンラの司書って聞いて、『あれ』って思ったんだよな。ま、ライラの妹だって言うなら、たまたま今日は兄貴のほうにいたってことか。」
 
「アスランのところに女の子がいたろう?」
 
「ああ、いたけど・・・看護婦じゃないのか?」
 
「看護しているのは確かだけど、あの子はアスランの妹さんだよ。ローランのデンゼル先生のところで看護婦をしていてね、いずれは医者になりたいんだそうだ。今回はアスランがあんなことになって、どうも母親も体調がよくないみたいだから、自分が看病に来たって言ってたな。」
 
「げ、まずい。挨拶もしなかった・・・。戻ってからしておこう・・・。で?その妹がどうしたんだ?」
 
「お兄さんがあんなことになって、その時に女の子と一緒だったと妹が聞いたらどう思うかさ。」
 
「あ・・・・。」
 
 ハディは眉間にしわを寄せ、ため息をついた。
 
「なるほどなぁ・・・。それであのイルサって娘は兄貴にひっついて、アスランのそばにも寄らなかったわけか・・・。」
 
「交際中と言うほど仲が進んでいるわけでもなさそうだから、こんなことになってみるといろいろ複雑なものがあるんだろうね、お互い。」
 
「なるほどねぇ。確かにそうだなぁ・・・・。」
 
「ま、それは彼らの個人的なことだから、いくら心配でも口は出せないんだけどね・・・。それよりハディ、話は他にもあるんじゃないの?」
 
「ああ、あとはその・・・ちょいと言いにくいんだが、うちのラエルのことなんだよな・・・。あいつはだいぶお前に迷惑かけたみたいだな・・・。」
 
「あの若い剣士か・・・。まあ単なる勘違いだから気にしてないけど、今は君のところで訓練しているそうじゃないか。」
 
「そうなんだが、なかなか身が入らなくてなぁ・・・。相手の娼婦ってのはどんな奴だ?」
 
「どんなって言われても・・・まあ、かわいい普通の女の子だよ。とてもそう言う仕事をしているようには見えなかったな。」
 
「うーん・・・謹慎の間にちゃんと力をつけられたら、その女に会わせてやるって団長には言われてるそうなんだが・・・。どうもふらふらしてなあ。ま、いまのところ訓練を休んだりはしていないから大丈夫だとは思うんだが、昨日も午後からどこかに行ってたみたいだからなぁ・・・。」
 
「ふうん・・・。だいぶトゥラに参ってるみたいだからねぇ。」
 
「トゥラってのが名前か。」
 
「その子の本名だよ。」
 
「へえ、あの町の女が本名を教えるなんて、お前はその女に気に入られたのか?」
 
「偶然市場で知り合ったからね。」
 
「らしいな。ラエルの奴がお前を女の客だと決めつけてかかっていったらしいが・・・。」
 
「もう誤解だってわかってくれたと思うけどな・・・。そのあと会ってないから何とも言えないけど。」
 
「一応は説明されたようだが、どうかなあ。あいつはどうも思いこみが激しいんだ。」
 
「となると、未だに寝ても覚めても彼女のことばかりってことかな・・・。」
 
「冗談ごとじゃないぞ。あいつだって入ってきたときは希望に燃えていたんだ。それがいつまで経ってもお使いみたいな仕事ばかりで、目標を失いかけていたときに相方が病気になって仕事のほうもうまくいかなくなっちまった。その女と会ったのはその頃のことらしいんだ。」
 
「目標が彼女にすり替わってしまったわけか・・・。」
 
 つまりラエルは、トゥラという逃げ場を見つけてしまったのかも知れない。
 
「そんなところだろうな・・・。」
 
「・・・君はどうなの?」
 
「・・・え・・・・?」
 
 ずっと気になっていたこと、どうしてハディとリーザは別れてしまったのか・・・。根掘り葉掘り聞く気はないが、どうなっているのかくらいは聞いておこうと、私は思いきって尋ねた。
 
「君とリーザだよ。とっくに結婚してるのかと思ったけどな。」
 
「ふん・・・お前が故郷に帰るとき、俺達はお前の目にそう見えたのかね。」
 
「見えなかったから聞いてるんだよ。」
 
「・・・なら聞くなよ。俺もあいつも、未だに花の独身さ。」
 
「聞きたくもなるよ。なんで今まで・・・。」
 
「2人で決めたんだ。しばらく距離を置いて、それぞれがすべきことをしようと。」
 
「もう20年以上過ぎているんだよ。・・・もういいじゃないか。」
 
「・・・もういいだと・・・?」
 
「そうだよ。」
 
「・・・あの時、お前だってあの場にいたはずだ。それでもそう言うのか!?」
 
「君のせいじゃない。」
 
「俺のせいだ・・・。俺は・・・あんな時でさえ浮かれていた。この戦いが終われば、自分達の未来が拓けると信じていた・・・。それがあのざまだ・・・。もう少し、自分達の足が地に着いていたら、そうすればあるいは・・・。」
 
「起きたことは起きたことじゃないか。今さら何を言っても始まらないさ。」
 
「ふん、他人事のように言うな。」
 
「他人事じゃないから言ってるんだ。」
 
「目の前で仲間に死なれたんだぞ!?もしも自分がもう少し戦えていたら、もしかしたら助かったかも知れないと、誰だって思うじゃないか!?」
 
「思うよ!」
 
 たまりかねて大声を出していた。
 
「思うに決まってるじゃないか!私だって目の前でカインに死なれたんだ!あの時・・・カインを助けられたらって・・・私の呪文にもっと力があったらって・・・何度も何度も思ったよ!でも私の力は及ばなかったんだ!それか現実だ!私の呪文は・・・カインのかすり傷一つ治すことが出来なかったんだ!その悔しさが君にわかるのか!?」
 
 目の前が涙でかすんだ。私はカインを助けられなかった。彼を刺したのは私だ。でも死なせたかったわけじゃない。断じて・・・ない!けれど私の呪文は届かなかった。妻の蘇生の呪文でさえ・・・カインの命を呼び戻すことは出来なかった。私達に出来たのは、少しずつ冷たくなっていくカインの体を抱きしめて、泣き続けることだけだった・・・。
 
「すまん・・・。」
 
 ハディは青ざめてうなだれ、片手で顔を覆った。
 
「つらいのは・・・俺だけじゃない・・・。わかってるつもりだったんだ。だけど・・・」
 
「いいよ・・・。私のほうこそ大声出してごめん・・・。」
 
「情けないな・・・。八つ当たりするなんて・・・。」
 
「そんなことないよ。」
 
 それは私も同じだ。ハディに怒鳴り散らしたところで、自分の罪が消えるわけじゃない・・・。やり場のない怒り、悲しみ。仲間を失った喪失感・・・。私だけじゃない、ハディもリーザも、20年前の出来事に未だ囚われているのだ・・・。
 
「お前の言う通りかも知れないよ・・・。でもなんだか、きっかけがつかめなくてな・・・。それに、今さら結婚したところで子供が持てるかどうかはなんとも言えないし、茶飲み友達の延長みたいになっちまうなら、わざわざ結婚ていう形をとらなくてもいいかな、なんて思ってなぁ・・・。」
 
「王室じゃないんだから、別に子供が出来なかったらそれはそれで良いじゃないか。その分2人の時間を大事にすればいいさ。」
 
「そうだな・・・。確かに俺の家はもう弟が継いでいるし、妹達も嫁に行って子供がいるし、俺に子供が出来なくたって誰も困りはしないんだが・・・ただ、結婚すれば次は子供がほしくなるじゃないか。」
 
「その気持ちはわかるよ。大丈夫、リーザの年齢ならまだ充分子供は望めるよ。」
 
「そうか?」
 
「そうだよ。もっと歳が行ってたって産む人はいるんだから大丈夫だよ。問題は男のほうかもしれないな。」
 
「う・・・お、俺だってまだまだいけるぞ?子供の3人や5人は・・・お、おぅ!大丈夫だぞ!」
 
 ハディは言いながら赤くなっている。案外純情なんだな、なんて言ったら怒るだろうな。『いい年して純情もクソもあるか!』なんて言いそうだ。
 
「ははは、ならいいじゃないか。もう一度話し合ってみるといいと思うよ。」
 
「そうだな・・・。あとはきっかけか・・・。ただ、あいつの仕事が仕事だから、なかなか思うように話も出来なくてなぁ。」
 
「フロリア様の護衛剣士も、フロリアさまがご結婚されれば昼間だけのことになるよね。」
 
「まあそうだな。夫婦の寝室の隣で寝起きするってわけにはいかないからな。」
 
「そういうことになればいいんだろうけど、でなければ誰か後継者を捜せばいいよ。」
 
「そうだなぁ・・・。いつまでも今のままってわけにはいかないのかもな・・・。」
 
「というより、今のままでいてはいけないような気がするよ。」
 
「どういうことだ?」
 
「私達が生きてるからさ。」
 
「・・・・・・・・・・・。」
 
「あの時、私達は何人も仲間を失ったけど、私達は今生きてるんだ。いつまでも昔のことに縛られていたって、みんな喜ばないと思うな。」
 
 まるで自分に言い聞かせているようだ。どれほど嘆こうが、どれほど自分のしたことを悔やもうが・・・カインは死に、私は生き残った。私は・・・自分の命を自分の勝手で縮める権利など持ってはいないのだ・・・。だから罪を背負ったまま今まで生きてきて、これからも生きていかなければならない。
 
 

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