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 部屋に戻り、私は今日一日の出来事と、さっきのエルガートとの話を妻に話して聞かせた。
 
「・・・あの薬のことも調べなきゃならないわねぇ・・・。」
 
「そうだね・・・。でも、私一人では限界があるからな・・・。どこから始めたらいいものか・・・。」
 
「そうねぇ・・・。とりあえずはシャロンから何か聞き出せるか、お店に行ってみるのがいいんでしょうけど・・・。」
 
「でも下手にいろいろ聞いたりしたら、こっちが怪しまれるよ。」
 
「う〜ん・・・あ、そうだ!ねえ、さっきあなた言ってたじゃない?医師会の先生方が、薬草の価格高騰についていろいろ言ってたって。」
 
「うん。」
 
「それよ。何か買い物に行ったとき、その話をしてみて、取引先のこととかをさりげなく聞いてるとか・・・。それならどう?」
 
「そうか・・・。どうせそっちのほうも気になっていたところだし、ちょうどいいかもしれない。」
 
「それがいいわ。はあ・・・私も早く動けるようにならないと。」
 
「無理は禁物。さてと、はい、咳止めを飲んで、今日はもう寝よう。明日こそは朝早くから王宮に行きたいしね。」
 
「そうね。私も早く治さなくちゃ。」
 
 
 
 翌日の朝、妻はいつも通りに起きていた。本人は出掛ける気満々だったが、熱がまだ少しある。今日は一日安静にしているように言って聞かせ、私は一人で宿屋を出た。裏道は通らず、大通りをまっすぐ歩いていくとセディンさんの店が見えてきた。もう店は開いていて、店先でシャロンが水まきをしている。
 
「おはよう。」
 
「あら、おはようございます。お早いんですね・・・あら?ウィローさんは・・・。」
 
 私は、少し風邪をひいたらしいので宿で休んでいるとだけ言った。
 
「そうですか・・・。こちらに出てこられたのは20年ぶりですものね。お大事になさってください。」
 
 シャロンは屈託のない笑顔を向けた。私は少し買いたいものがあると言い、店に入った。中にはフローラがいて、大きな箱の中から、商品を棚に並べているところだった。声をかけるとフローラは振り向き、私の顔を見たとたん顔いっぱいに不安を滲ませた。
 
「おはようございます。あの・・・カインは・・・どうしてますか・・・?」
 
 フローラの心配事はそこにつきるのだろう。私はアスランがまだ目覚めないことだけを伝え、カインは今日から仕事に出るといっていたことも伝えた。
 
「そうですか・・・。おとといアスランのことを言いに来て、そのあと全然顔を出さなかったから、どうしているのかわからなくて・・・。」
 
 フローラの瞳に涙がにじむ。
 
「ほらほら、そんな顔しないの。きっと大丈夫よ。腕のいいお医者様がついているんだもの。あのアスランという子はすぐに目覚めて、カインもきっと元気になるわ。あなたがべそかいてちゃだめじゃない。カインがひょっこり現れたときそんな泣き顔してたら、よけいに心配かけるわよ。」
 
 いつの間にか外から戻ってきていたシャロンが、フローラを大声で励ました。
 
「無理に店に出なくていいから、少し奥にいたら?こっちは大丈夫よ。私が何とかするから。」
 
「大丈夫よ。姉さんの言うとおりだわ。私がしっかりしなきゃ。」
 
 フローラは健気に笑って、また棚に商品を並べ始めた。私はシャロンに、薬草の在庫補充と日用品の購入をしたいと伝え、さりげなく、先日あちこちで聞いてきた『価格が高騰している』と言われる薬草の在庫を聞いてみた。
 
「ああ、それなら・・・。」
 
 シャロンが奥の倉庫に在庫があるからと席を外した時、フローラがささやいた。
 
(今お聞きした薬草は・・・みんなあの商人さんから仕入れてるんです・・・。)
 
(買っていくだけじゃなかったのかい・・・?)
 
(最初はそうだったんですが・・・。途中から薬草も安く卸してくれるようになって・・・。)
 
(今までの取引先とは・・?)
 
(ガリーレ商会だったんですが、今は薬草の取引はしていません。向こうはかなり高くて・・・。でもその商人さんからだと、以前と同じ値段で買えるんです。)
 
 今の状態なら、高いのが当たり前なのだ。それを以前と同じ値段で卸せるとは・・・・相手の商人とはいったい何者なのだろう・・・。
 
「お待たせしました。」
 
 シャロンが大きな箱を抱えて戻ってきたので、フローラとの会話はとぎれた。その後他愛のない会話を交わしながら、私はどうせ買おうと思っていた日用品や薬草を買い、値段を聞いてから少し驚いた振りをして見せた。
 
「ずいぶん安いね。この薬草が最近かなり高くなってると聞いたんだけど、こんなに安くていいのかい?私にサービスをしてくれようなんてことは考えなくていいよ。ちゃんと正規の値段で払うから。」
 
 シャロンは少しとまどい、あわてて首を振った。
 
「いえ、うちではこれがいつもの値段だから、いいんです、これで。」
 
「そうなのか。ならいいけど、医師会の医師達がこの薬草が高くなったとこぼしていたものでね。本当に大丈夫なんだね?私に気を使ったりしなくてもいいんだよ?」
 
「いえ、大丈夫です。最近取引をするようになった卸先から、とても安く買えるんです。だから、これはうちの店の普通の値段なんです。」
 
「そうなのか・・・。ずいぶんと良心的な商人なんだね。」
 
「え・・・ええ・・・・。あの、だから、大丈夫なんです。」
 
 話の流れをその商人からそらそうとするかのように、シャロンは必死で『大丈夫』と繰り返した。
 
「それじゃ、はい、お金。では失礼するよ。フローラ、もしカインに会ったら、ちゃんと君に連絡させるように言っておくよ。それじゃ。」
 
「はい、ありがとうございました。」
 
 姉妹の声に送られて、私はセディンさんの店をあとにした。薬草のことはともかく、さすがにエルガートのことまでは聞くことが出来なかった。せめてアスランの件が落ち着いた頃にでも顔を出して、さりげなく聞いてみたほうがいいかもしれない。それともこの手の話は妻に任せるべきだろうか。私が下手なことを聞いて話をこじれさせてはエルガートに申し訳が立たない・・・。
 
 
 
 
 王宮の中は、時間のせいなのか人影はまばらだった。まっすぐに奥に入ろうとした私に受付の娘が声をかけてきた。
 
「こちらは一般のお客様にはご遠慮願っております。」
 
 この娘の顔は初めて見る。昨日ここにいた受付嬢とはまた別の娘だ。私はアスランの一件を話して、通してくれるよう頼んでみたが、受付嬢は困った顔できょろきょろするばかりだ。仕方ないので、近くを歩いていた王国剣士に声をかけてもらい、ランドさんに連絡を取ってくれるよう頼んだ。本来ならば医師会の誰かに頼むべきなのだろうが、やはりこうなるとランドさんのほうが話が早そうな気がする。少しして剣士団の宿舎からランドさんが駆け下りてきた。
 
「よお、クロービス。足止めさせて悪いな。おいおい、昨日の受付当番から申し送りはないのか?アスランの担当医師の名前くらいちゃんと日誌に書いておいてくれよ。」
 
「あ、あの、担当医師はハインツ先生とお聞きしていましたので・・・。」
 
 受付の娘は泣きそうになって答えた。
 
「それを誰から聞いた?」
 
「ゴード先生です・・・。あの、私の聞き違いだったんでしょうか・・・。」
 
 ランドさんは少しむっとした顔になり、すぐに元の笑顔に戻った。
 
「いや、それはゴード先生が間違えたんだ。アスランを助けてここに連れてきたのも、現在治療の指揮を執ってるのも、このクロービス先生だ。うちの新人剣士のカインの親父さんだよ。これからは覚えておいてくれよ。」
 
「え・・・?あ、あの、カインの・・・・。」
 
 なぜか娘の顔が赤くなる。
 
「そう、カインがいつも言ってる、自慢の親父さんだ。」
 
「まあ・・・そうでしたの・・・。大変失礼いたしました・・・。」
 
 受付の娘は丁寧に頭を下げた。さっきとは全然違う、赤くなってもじもじしている。
 
「いや、気にしないでくれ。私も最近こっちに来たばかりで、知らない人のほうが多いくらいなんだ。」
 
「は、はい・・・。」
 
 受付嬢はかしこまって、もう一度深くお辞儀をした。
 
 
 
「お前の息子はもてるようだな。」
 
 念のため診療室まで一緒に行こうと申し出てくれたランドさんと共に、私は病室への廊下を歩いていた。
 
「あの受付嬢ですか。」
 
「ああそうだ。罪作りだよなぁ。本人には全く自覚がないんだぜ?」
 
 カインの頭の中は、たぶんフローラのことでいっぱいだ。そして今はアスランのことで・・・。いずれにせよ、さっきの娘がカインの心に割り込むことが出来る日は来ないかも知れない。
 
「同時に二つのことを考えるのが苦手なんですよ。あれは性分でしょうね。」
 
「まあそうだろうな。しかし・・・全くあきれたもんだ・・・。ゴードの奴、つまらん見栄張りやがって。」
 
 どうやら私は、ゴード先生から嫌がらせをされているらしい。今までの笑顔は消え、ランドさんが珍しく忌々しそうにつぶやいた。
 
「ゴード先生というのはどういう人なんです?」
 
「俺に言わせりゃただの見栄っ張りさ。医師会の医師はこの世で一番偉いと思っている、権威主義の固まりのような奴だ。自分はろくな技術も持ってないくせにな。アスランの命を救ったのが、医師会の医師でなかったことが気に入らないらしい。だからあの娘にも、ハインツ先生が担当だなんて言ったんだろう。」
 
「なるほど・・・。」
 
「お前が俺に連絡を取ってくれてよかったよ。医師会に連絡したりしてみろ、ゴードの奴が飛んできて『こんな奴は知らん』くらいのことは言いかねんからな。」
 
「そのようですね・・・。」
 
 今までアスランのことばかりであまり気にしたことがなかったが、確かに私を快く思わない医師は、医師会の中に大量にいると思っていたほうがいい。
 
「まったく情けない話だよ。これから先、なんだかんだと嫌がらせをされるかも知れないが、まあ気にするな。あんな奴のことなんぞほっとけ。じゃあな。」
 
「どうもありがとうございました。関わり合いにならないようにしますよ。」
 
 とは言え、そのゴード先生はアスランの治療チームの一人だ。言葉はほとんど交わしたことがないが、さすがに無視は出来そうにない。もっとも今のところ、ゴード先生がしていることはハインツ先生の指示で薬を作ることくらいだ。出来る限り関わり合いにならないでおくくらいのことなら、何とかなるだろう。
 
 
 
 病室にはすでにライラとイルサが来ていて、医師会の医師達の指示で昨日と同じように関節を動かしたりしていた。ハインツ先生の報告によると、今日は昨日より更に量の多い薬をちゃんと飲み込んだとのことだった。回復はしているのだ。それは間違いないが、あまりにもペースが遅すぎる。このまま慎重に様子を見るべきか、事態を打開するために少し思い切った治療をするべきか、そんな議論を交わしているところに扉がノックされた。
 
「失礼するぞ。」
 
 入ってきたのはレイナック殿だ。
 
「おお、クロービス、アスランの調子はどうだ?」
 
「少しずつ回復はしてきていますが・・・。このままではいつになったらよくなるのかの見極めが出来ません。思い切った治療をすべきなのかと考え始めたところですよ。」
 
「なるほどの・・・。その糸口が見つかるかもしれんぞ。」
 
 レイナック殿は笑顔でそう言いながら扉の外に振り向いた。
 
「さあどうぞ。足下にお気をつけになって・・・。」
 
「レイナック、心配は無用です。あなたのほうこそ、あんまり無理をしないでくださいね。」
 
 この声は・・・・!?
 
「私のことなど心配なさいますな。まだこの通り、若い者にはまけませぬゆえ。」
 
「ふふふ・・・その元気がカラ元気だと、いつもオシニスに言われているのではありませんか?」
 
 病室の扉が大きく開かれ、声の主が入ってきた。
 
「おお!?こ、これはこれはフロリア様。このような場所においでになるとは、いかがなされました?」
 
 ドゥルーガー会長があわてて部屋の奥から飛び出してきた。
 
「ドゥルーガー、そのまま仕事を続けてください。レイナックから聞きました。アスランが未だに目覚めないそうですね・・。わたくしの呪文が役に立つかも知れないと、無理を言って連れてきてもらったのです。」
 
「そうでございましたか・・・。わざわざ恐れ入ります。フロリア様のお手を煩わせるとは面目次第もございません。」
 
 いつも堂々とした風格を漂わせるドゥルーガー会長も、フロリア様の前ではかしこまって小さく見える。
 
「そんな言い方をしてはいけません。あなた達はよくやってくれています。ですが、今はアスランの未来がかかっています。出来ることがあるのに手を貸さないのは人として許されません。」
 
「は、はい・・・。ありがとうございます・・・。」
 
 かしこまって何度も頭を下げるドゥルーガー会長に微笑んで、フロリア様はゆっくりと私に振り返った。
 
「久しぶりですね・・・。」
 
「御無沙汰しております。フロリア様にはお変わりないようで何よりでございます。」
 
「ふふふ・・・そんなことはありません。わたくしも歳を取りました。・・・ウィローは・・・熱を出したと聞きましたが、まだよくならないのですか?」
 
「はい。もうだいぶいいのですが、大事をとって宿で休んでいます。」
 
「そうですか・・・。大事にしてあげてくださいね・・・。」
 
「はい、ありがとうございます・・・。」
 
「アスランの治療の陣頭指揮を執っているのはあなたですね。」
 
「指揮と言うほどではありませんが、治療方針は皆さんと相談して、私が決めています。」
 
「アスランの回復が思わしくないと聞きました。王家の秘法を役に立てることが出来るかも知れないと思い、来てみたのです。協力させてください。」
 
「ありがとうございます。しかし・・・正直なところ、私は王家の秘法についてほとんど知りません。何をお願いすればいいものか・・・。」
 
「そうですね・・・。言葉で説明するのは少し難しいかも知れません。では、アスランの今の状態を教えてください。何かできることがきっとあるはずです。」
 
「わかりました。」
 
 私は今のアスランがどういう状態にあるのかを、細かく説明した。フロリア様は私の説明にいちいちうなずかれ、話を聞き終えてからしばらくの間、ぶつぶつと口のなで言いながら考え込んでいた。そして・・・。
 
「わかりました。わたくしにも出来ることがありそうです。」
 
 そう言って、アスランのベッドの隣に立ち、両手を大きく広げて呪文を唱え始めた。この国の言葉ではない、不思議な呪文・・・。だが、その言葉の意味が、私の頭の中に流れ込んでくる。それは神々への祈りと、優しく慈愛に満ちた祝福の言葉だ。この呪文に使われている言葉がどこの言葉なのか、私は知っている。いや・・・正確には、私の体の中に流れる血が、記憶しているのかも知れない・・・。
 
「これが限界ですね・・・。」
 
 呪文を唱え終えたフロリア様が、額の汗をぬぐった。
 
「今の状態でこれ以上強い呪文を使うのは危険です。でもきっと、今より早く回復すると思います。」
 
 アスランを見た。さっきまでよりも頬に赤みが差し、発せられる気が大きくなっている。明らかにアスランの生命の営みが活性化している。これなら・・・これならきっと、遠からずアスランは目覚めることが出来るだろう。
 
「ありがとうございます。フロリア様のお手を煩わせて申し訳ございません。」
 
「煩わしいなどとは思いません。わたくしも、この若者の成長を楽しみにしているのです。クロービス、あなたの息子さんもずいぶんと腕を上げているようですね。アスランと二人、いずれは剣士団を背負って立つことが出来るよう、精進してくれることを祈ってますよ。」
 
「もったいないお言葉でございます・・・。」
 
「そんなにかしこまらないで。お互い歳は取りましたけど、あなたのことはいつまでもお友達と思っているのですから。」
 
 フロリア様の声が少し寂しげに聞こえた。
 
「クロービスよ、フロリア様の仰せられるとおりだ。おぬしにはフロリア様の友として、何事にも忌憚のない意見を述べてもらいたいとわしも思うておる。」
 
「おいクロービス、じいさんの言うとおりだぞ。お前がそんなにぺこぺこしてると俺まで調子が狂う。」
 
 扉から聞こえた声に振り向くと、いつの間にかオシニスさんが来ていた。その後ろにはリーザが立っている。
 
「おはようございます、オシニスさん、リーザ、久しぶりだね。」
 
「そうね。こんなところで再会することになるとは思わなかったわ。あなたは元気そうだけど、ウィローが熱出してるんですって?」
 
「うん。だいぶ下がったんだけど、今日も一日宿屋にいるように言ってきたんだ。無理はさせられないからね。」
 
「そう・・・。元気になったらまた来てよ。いろいろ話したいわ。」
 
「そうだね。明日は一緒にこれると思うよ。」
 
「そうね、楽しみにしているわ。」
 
 リーザの笑顔は昔と変わらない。が・・・なんというか、張りつめた雰囲気がある。フロリア様の護衛剣士として、常に緊張の日々を送っているからなのか・・・。だが、なにか、それとも違う奇妙な緊張感が、リーザから伝わってくるのだ。たとえて言うなら、何かに必死で耐えているような・・・。
 
「さてフロリア様、本日はそろそろご公務のお時間でございますぞ。こちらはクロービス達に任せて、執政館にお戻りになられませ。」
 
 レイナック殿の言葉に、フロリア様は少し名残惜しそうではあったがうなずいた。
 
「わかりました。確か今日は、北東の離島の代表者達が謁見に来るのでしたね。」
 
「はい。あのあたりを統治している、レンディール家の当主も一緒でございます。」
 
 この言葉に一瞬、オシニスさんがレイナック殿に視線を走らせた。レイナック殿は素知らぬふりをしているが・・・オシニスさんのわずかな動揺を、何となく感じて楽しんでいる、そんなふうに見えた。レンディール家とは・・・いったいどういう・・・・。
 
(あれ・・・?)
 
 レンディール家とは確か伯爵家だ。そして・・・そうだ、セルーネさんのすぐ上の姉君が確かそこに嫁いでいる。ということは・・・
 
(あのスサーナという娘の家か・・・。)
 
 何となくオシニスさんの動揺の理由がわかった気がした。でもとりあえず黙っていよう。私が口を出すようなことじゃない。
 
 
「ふむ・・・さすがにフロリア様の唱えられる呪文はすばらしい・・・。」
 
 フロリア様が病室を出て行ったあと、アスランの顔色を見ながらドゥルーガー会長がつぶやいた。
 
「王家に代々伝わる秘法じゃからの。だが、当然ながらおいそれと使っていただけるものではない・・・。アスランは幸運じゃのぉ。」
 
 レイナック殿もうれしそうだ。
 
「レイナック殿、あなたがフロリア様にお願いしてくださったのですか?」
 
 ドゥルーガー会長の言葉に、レイナック殿はとんでもないというように肩をすくめて首を振った。
 
「まさか。そもそも王家の秘法は門外不出だ。最高神官だの御前会議の筆頭だのと言われていても、わしとて一家臣に過ぎぬ。そうやすやすとお願いできる筋合いのものではないのだ。今回の件は、アスランのことについて報告を受けられたフロリア様が自発的においで下されたのだ。」
 
「そうでございましたか・・・。我らの力不足でフロリア様にまでご心配をおかけするとは・・・情けない限りでございますな・・・。」
 
「仕方なかろう。アスランの命が戻ってきたことだけでも奇跡なのだ。それ以上を望むのは、人としての領分を超えたことやも知れぬ・・・。」
 
「・・・たとえ人としての分を超えることになるとしても、助けられるかも知れぬとなれば、全力を尽くすのが医師というものでございます・・・。」
 
「うむ、よう言うた。ドゥルーガーよ、これからもその気持ちを忘れずに後進を育ててほしいものだ。さてと・・・クロービスよ、アスランの顔色もだいぶようなったし、もう少し治療を進められそうかな?」
 
「はい。早速ですがハインツ先生、薬の調合をお願いできますか。」
 
「はい、いつでも取り掛かれますよ。」
 
 私はさっきまで議論していた『思い切った治療』をすべく、ハインツ先生に薬を作ってもらい、飲ませてみることにした。今の段階で出来ることは、すべてやり尽くしたと言える。とにかく目覚めてくれないことには、次の段階に取りかかることが出来ないのだ。出来上がった薬を飲ませるために、気付の呪文で起こしてみた。アスランはうっすらと目を開けた。ここまでならいつもと同じだ。だが、今回は目の焦点が合っている。ゆっくりと、右に、左に動き、自分の周りに誰がいるのかを確認しようとしているようだ。口元に薬を近づけると、自分から口を少しだけ開けた。流し込まれた薬をごくりと飲み込み、苦さに顔をゆがめた。
 
「う・・・ぅう・・・。」
 
 うめき声を上げた!五感が戻りつつある証拠だ。じっと待つ。以前はひとりでに昏睡状態に戻ってしまった。だが・・・今はぼんやりと薄目をあけたまま、眉間にしわを寄せて口をもぐもぐと動かしている。よほど苦かったらしい。私はそっとアスランの体をベッドに横たえた。これ以上は疲れるだけで、かえって容態を悪化させる。だがアスランは、その後も少しの間薄目をあけたまま辺りをきょろきょろと見回し、やがて疲れたのか、それとも安心したのか、すうっと目を閉じた。
 
「これは間違いなく進歩ですね。」
 
 ハインツ先生がうれしそうに言った。
 
「そうですね。次の薬の時まで、しっかり観察しておきましょう。」
 
「ええ、早く目が覚めてくれるといいですねぇ。」
 
「ハインツよ、うれしい気持ちはわかるが、浮き足だってはならんぞ。今が正念場だ。喜ぶのは、この若者が目覚めていつもと同じように生活できるよう回復してからだ。」
 
 ドゥルーガー会長は慎重だ。私はと言えば、うれしいのはうれしい。だが・・・結局のところ自分達の力は及ばなかったことになる。フロリア様が来てくださらなければ、今でもたぶん、アスランの回復は思わしくなかったに違いない。レイナック殿はああ言っていたが、本当にフロリア様は自発的に来てくださったのだろうか。もしそうならば、それはアスランを助けたいと思うことと同時に、おそらくはレイナック殿が『力』を行使することをオシニスさんから頼まれていて、苦悩しているかも知れないと思いやってのことではないだろうか。
 
「先生、アスランはよくなる?」
 
 ライラとイルサはまだ少し不安げだ。
 
「きっとよくなるよ。」
 
 以前よりは希望的な答えが返せる。これを現実にしなければ。
 
 
 
 夕方・・・ハインツ先生と私は、アスランに最初に薬を飲ませたときからの治療記録を整理していた。飲ませた薬の内容、量、その時に一緒に施した呪文などの治療と合わせて、病状の推移を記録として残しておこうと始めたことだった。今までの記録を見れば、ある程度このあとの予測もつく。実のところすべての記録は私の頭の中に入っていたが、こういった記録は人に頼らずきちんとした形で残しておくべきだ。
 
「ああ、それはこっちにまとめてくれ。」
 
「これはどうします?」
 
「そうだなあ・・・。これは・・・うん、そっちの一番上に・・・そうそう、そこにまとめてくれ。」
 
 ハインツ先生が記録用紙の整理を指示しているのがゴード先生だ。今のところ私と会話を交わす機会はほとんどない。一言でも口をきくチャンスがあれば、嫌みの一つも言ってやろう、彼の顔はそう言っている。だが・・・もしかしたらハインツ先生はそれを察しているのだろうか。私とゴード先生の間に立ち、指示はすべて自分で出している。
 
「ふむ・・・こうしてみると、やはりフロリア様がおいで下されたところから飛躍的によくなってきているのがわかりますなあ。」
 
 ハインツ先生はまとめられた記録用紙をめくりながらうれしそうに言った。
 
「全くですね。でも、ハインツ先生の作ってくれた薬があればこそ、フロリア様の呪文もうまくいったと考えられますよ。」
 
「いやいや、私はあなたの指示通りに動いたに過ぎません。そもそも、死んだ人間の傷を治して命を呼び戻すなどという離れ業をやってのけたのはクロービス先生ではありませんか。」
 
「あれは妻の功績です。」
 
「確かに奥方の呪文はすばらしいものでしたが、あなたのサポートなしでは、ああもうまくいったかどうかわかりませんよ。はあ・・・正直なところ、先生にはぜひ城下町に出てきていただきたいですね。あなた達ご夫婦の力をもっとこの国のために役立ててほしいですよ。」
 
「医師会にはすばらしい医師がたくさんいらっしゃるではありませんか。それに、弟さんから聞かれませんでしたか?医師同士の情報交換の件。」
 
「おお、聞きましたよ。いやぁ、あいつの話を半日聞かされましたよ。その大部分はあなたに関することでしたね。あなたに会えたのがよほどうれしかったようです。」
 
「そうですか・・・。」
 
「おお、すごい紙の量だな。だいたいはまとまったのか?」
 
 少しあきれたような、でもうれしそうな表情で、ドゥルーガー会長がやってきた。
 
「もうそろそろ終わりです。そうですね・・・。この山ごとに紐で綴じれば、アスランの治療記録は完成ですな。ま、本日までの、と一筆入れなければなりませんが。」
 
 ハインツ先生は笑顔で書類の一山をつかみ、ひらひらと振って見せた。
 
「そうか。では少し急いでくれぬか。」
 
「おやどうなさいました?何かご用でしたらうけたまわりますよ。」
 
「いや、そうではない。アスランの治療記録を持ってフロリア様にご報告申し上げるようにとのお達しだ。」
 
「おやそうですか。ではクロービス先生、これをお持ちになって・・・。」
 
「私達も行きましょう。」
 
 当然のように私に記録書を差し出そうとするハインツ先生の後ろで、ゴード先生が私を射るような目で見ながら言った。アスランの治療に関しては自分達だって一目置かれる権利がある、とでも言いたげだ。そんなに敵視しなくても、別に私には手柄を独り占めしようなどという意図は全くないのだが・・・。
 
「バカを言うな。呼ばれてもいないのにのこのこ出掛けていってはおじゃまになるだけだ。」
 
「しかしですね、医師会としては・・・。」
 
「ゴード、控えなさい。フロリア様とレイナック殿から、クロービス殿と私に参上するようにとのことなのだ。そなたに私の代わりが務まるとは思えぬがな。」
 
 ドゥルーガー会長の言葉には、静かだが有無を言わせぬ響きがあった。
 
「い、いや、そのようなことを思っては・・・。」
 
 ゴード先生はあわてて否定し、小さくため息をついた。
 
「失礼いたしました・・・。」
 
 ドゥルーガー会長が行くのは当たり前だが、同行するのが私であることに納得いかない、彼の表情はそんな風に読み取れる。
 
「さて、話がまとまったのなら行くとしようか。お待たせしては失礼になるからな。」
 
 ドゥルーガー会長に促され、私は病室を出た。
 
 
 
「ゴードが失礼なことを言った。申し訳ない。」
 
 廊下を歩きながら、ドゥルーガー会長がため息をついた。
 
「いや、気にしていませんから。」
 
「そう言ってくれるとありがたいのだが・・・。あの男はどうも医師としての技術よりも医師会の一員のとしての権力に興味があるようで困っておるのだ。知識も豊富だし勤勉ではあるのだが、どうも今ひとつ、力のいれどころを間違えているような・・・。」
 
 ドゥルーガー会長はもう一度大きくため息をついた。
 
「もっとも・・・私とてそう思われているようだから、ゴードにあれこれ言う権利はないのかも知れぬが・・・。」
 
「そんなことはありませんよ。今回アスランが助かったのも、会長が全面的に助けてくださったおかげです。正直なところ、医師会の皆さんがこれほど協力してくださるとは思いませんでした。」
 
「・・・医師会の会長ともなれば、本人の好むと好まざるとに関わらず大きな力を持つことになる。それを正しく使えなければ、この国の医療が、ひいては国の未来が危うい・・・。だが、そう思うあまり人の噂などばかり気にして、医師会のメンツを保つことばかり考えていたのは事実だ。そのために多くの人々を傷つけてきたと、自分でも思う・・・。ふふふ・・・歳をとったのやも知れぬな、このような弱気なことを考えるなど・・・。」
 
「・・・・・・・・。」
 
「・・・ブロムは元気なのか・・・?」
 
「元気ですよ。でも歳はとっていますから、今回島に残してきたのが少し心配です。」
 
「あの男も変わったものだ・・・。若い医師をひとり育てたいから、最新の医学書と臨床例を送ってくれと、私に手紙が来たときには驚いたものだ。」
 
「え・・・・?」
 
「おそらく貴公は知らぬのだろうな。貴公が医師としての勉強を始めたときに使ったであろう医学書は、私がブロムに送ったものだ。手紙には、一度は医師としての身分を捨て、サミル殿の助手として生きる覚悟であったが、その子息を一人前の医師とするべく、もう一度医療の道に戻りたいから許可をしてほしいと、私に求めてきたのだ。」
 
「ブロムさんは・・・どうして医師としての身分を捨てたのです?」
 
「その質問が出ると言うことは、ブロムは貴公になにも話しておらぬと言うことだ。それを私が話すわけにはいかぬ。だが、これだけは言っておく。あの男がもしも医師会にとどまっていたら、今会長職にあったのは間違いなくあの男であろう。貴公は他に得難いすばらしい師を持ったのだ。それを誇りとして、これからも精進してくれることを願うぞ。」
 
「は・・・はい・・・・!」
 
「それともう一つ、ブロムが医療の道に戻ることについて、私が許可を出す筋合いのものではない。あの男の医師としての技術と知識が、あれっきり埋もれてしまうことを誰よりも惜しんでいたのはこの私だ。ブロムが医療の道に返り咲き、さらに後進を育てていると言うことは私にとって大きな励みになった。貴公が医師会での地位に興味がないことは承知だが、同じ道を志す仲間として、我らをこれからも助けてくれぬか。」
 
「とんでもない。私のほうこそ皆さんにはお世話になっていますから。私に出来ることなら何でもさせていただきます。」
 
「うむ・・・その言葉が聞けてうれしいぞ。」
 
 
 
 執政館は昔と変わらず、敷かれた絨毯には塵一つ落ちてはおらず、壁も床もぴかぴかに磨き上げられている。フロリア様の執務室の扉も、何もかもが懐かしい場所だ。初めてこの扉の前に立った日の、心臓の鼓動までがよみがえるような気がした。
 
「会長殿、それにクロービス先生ですね、承っております。どうぞ。」
 
 入口を警備する王国剣士が扉を開けてくれた。
 
「おお、待ちかねたぞ、ドゥルーガー。」
 
 中にはレイナック殿とオシニスさん、それにリーザがいるだけだった。
 
「遅くなりまして申し訳もござりませぬ。」
 
「いやいや、いきなり頼んだのはこちらだからの。そんなに恐縮せんでもええぞ、ドゥルーガーよ。」
 
「レイナックの言うとおりですよ。わたくしの呪文の効果がどの程度出たものか、それを知りたくて無理を言ったのです。わたくしのほうこそすみませんでした。」
 
 フロリア様が頭を下げた。
 
「と、とんでもございません。こちらこそフロリア様に真っ先にご報告申し上げねばならぬところ・・・さて、報告書はこちらでございます。ハインツとクロービス殿がまとめてくれました。」
 
 ドゥルーガー会長は冷や汗を拭きながら必死で頭を下げている。
 
「私よりハインツ先生とゴード先生のほうががんばってくれましたよ。バラバラに書き散らした経過報告をきちんとまとめるのは、根気のいる細かい作業です。ここまでまとめることが出来たのは、皆さんのおかげです。」
 
「ふふふ、おぬしは相変わらずじゃのぉ。まあよい。・・・フロリア様、さあどうぞ。」
 
 レイナック殿は笑いながら、ドゥルーガー会長から受け取った報告書をフロリア様に差し出した。フロリア様は最初から丹念に目を通し、小さくほっとため息をついた。
 
「だいぶよくはなっているようですね・・・。わたくしがもっと早く腰を上げていたら、もう少し事態は違っていたかも知れないのに・・・。ドゥルーガー、クロービス、アスランのこと、くれぐれも頼みましたよ。」
 
「とんでもございません。フロリア様にご助力いただけるとはありがたき幸せ・・・。何としてもあの若者の命は救って見せまするぞ。」
 
「ふむ、頼もしい言葉じゃ。時にドゥルーガー、クロービスにはもう話したのかの?」
 
「え?」
 
 突然のレイナック殿の言葉に、私はわけがわからずにドゥルーガー会長を見た。会長はいささかばつが悪そうに私を横目で見、わざとらしい咳払いを何度かしてみせた。
 
「い、いや・・・まだそこまでは・・・。私と致しましては、あの若者が助かってからと・・・。」
 
「ふむ・・・正式な申し入れはそれでもよいじゃろうが、話だけでもしておくほうがいいかと思うての。」
 
「何の話です?」
 
「これこれ、そう構えるものではない。ドゥルーガー、説明してやりなさい。」
 
 私の知らないところで何か話が進んでいたらしいことで、いささか語気が荒くなったかも知れない。それを察したのか、レイナック殿はなだめるように両手で私を制した。
 
「クロービス殿、実は貴公があの若者を背負ってここに駆け込んできたとき、失礼ながら私は貴公の腕を試させてもらった。まあそんなことはとっくに気がついておられたろうが・・・。貴公の腕はすばらしい。患者の状態を的確に判断し、よどみなく指示を出す。ハインツが感心しておった。・・・そこで、いまさら昔の話を蒸し返して主席医師の座に座ってくれとは言わぬが、せめて主任医師の一人に名を連ねてはくれぬかと、そう言うことなのだ。」
 
「私は北の島の医師です。今更医師会にはいるつもりはありません。それに、私などよりもっとふさわしい方がたくさんいるでしょうし、私のことを快く思わない人もいるでしょう。わざわざ波風を立てる必要はないのではありませんか。」
 
「ふむ・・・貴公を快く思わぬ者達もおることは認めるが・・・。その者達を説得するには、やはりあの若者が助かってからと思うておったのだが・・・。まあ、貴公が何と返事をするかもわかっておったから、今まで言いあぐねていたようなわけだ。」
 
「せっかくのお話ですが、この件はここではっきりと断らせていただきます。」
 
 私は出来るだけ強く言い切った。もともと地位になど興味はない。
 
「はぁ・・・まあそういう答えが返って来るであろうと、わしも思うておった。が、今すぐの話ではないからの、少しは考えてくれてもよいのではないか。」
 
 レイナック殿はいささかあきれ顔で言った。
 
「・・・答えはもうずっと前に出ています。ただ、あの時は私も頑なすぎたと反省はしています。だから今回こちらに来たことを縁に、医師会に限らず、広く医師同士の交流をしていきたいと考えてはいます。でもそれだけです。医師会に入ろうとは考えておりません。」
 
「レイナック、無理を言うものではありません。クロービスは北の島にいながら、この国の医療に大きな足跡を残しています。いる場所がどこなのかではなく、何が出来るか、いいえ、何をするかなのではありませんか。」
 
「おお・・・それは、亡きライネス様の口癖でございましたの・・・。」
 
 レイナック殿が目を細め、懐かしそうに、そして少しだけ寂しげに微笑んだ。
 
「ええ・・・。『人の価値は地位や財産で決まるものではない。その人間が人として何が出来るか、いや、何をするか、そしてどう生きるかが重要だ。』と、よく言ってました。父が存命だった頃はわたくしもまだ幼くて、父の言葉の意味はよくわかっていませんでしたが・・・でもいまになって、そのころの父の言葉をよく思い出します・・・。レイナック、ドゥルーガー、クロービスにその気がない以上、無理強いしてはいけません。クロービス、あなたの気持ちはよくわかりました。ただ、もしも・・・もしもですけれど・・・気が変わったら、遠慮なくそう言ってくださいね。みんながあなたの腕を認めていると言うことなのですから、その気持ちは汲んであげてほしいのです・・・。」
 
「かしこまりました・・・。」
 
 言葉とは裏腹に、フロリア様が落胆しているのがわかった。だが仕方ない。ここで気を持たせるようなことを言うわけにはいかないのだ。
 
「報告は以上ですので、私は病室に戻ります。アスランの容態は未だ予断を許しません。もう少し経過を見て、それから宿に戻ろうと思います。」
 
「ごくろうさまでした。ウィローによろしくね。」
 
「はい。」
 
「クロービス殿、私は少しレイナック殿と話があるからここに残る。ハインツに夜勤の医師の手配をしてくれるよう伝えてくれぬか。もっとも、あやつのことだからそのあたりはぬかりないと思うが。」
 
「わかりました。」
 
 私は一礼して執務室を出た。ドゥルーガー会長の話が、もしかしたら私に関することではないかと思ったが、どんな話が来ようと私が自分の医師としての本拠地を島から移すことなどあり得ない。アスランの件にしても、目が覚めて回復に向かうのが確認されたら、ゴード先生の願っていたようにハインツ先生に後をまかせるつもりでいる。
 
「問題はそれがいつになるかだな・・・。」
 
 出口の見えない暗闇にいる気分だ。
 
「ん?」
 
 廊下の向こうから誰かが走ってくる。一人・・・いや、二人だ。こんなところをあれほど必死に走っているなんて、それほど緊急の用事なのだろうか。
 
「先生!」
 
「クロービス先生!」
 
 なんとその二人はライラとイルサだった。二人は私の名前を呼びながら走ってくる。ドキンと心臓がなった。アスランに何かあったのか!?・・・だが、二人の顔が笑っている。もしや・・・!?
 
「先生!早く来て!アスランが目を覚ましたんだ!」
 
 暗闇に一条の光が差し込んだ瞬間だった。
 
 

第56章へ続く

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