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第55章 希望の光

 
「今日も大した変化はなしか・・・・。」
 
 熱いお茶を一口飲んで、オシニスさんがため息をついた。ここは剣士団長室。今日一日アスランの経過を観察しながら、薬を飲ませたり手や足を動かして刺激を与えてみたりといろいろな試みがなされたが、それほどの変化は見られなかった。ただ、薬の量を増やしてもちゃんと飲み込んでくれるようにはなった。以前よりは『流し込む』から『自分で飲み込む』ようになってくれたので、これはこれで進歩といえないことはない。とは言え、このペースでは意識が戻る頃には体のほうが衰えてしまい、仕事に復帰できるようになるまで一ヶ月どころではなくなってしまう。
 
「まあ多少なりともよくはなってきているんですが・・・でも、もう少し劇的な変化がほしいところですね。」
 
「そうだなぁ・・・。」
 
「このまま・・・目を覚まさないなんてことはないよね、先生。」
 
 不安に震える声で尋ねたのはライラだ。今朝病室で会ってから、ライラはイルサと一緒に一日病室から出ようとしなかった。それは息子も同様で、3人でアスランの治療を手伝わせてくれと頼まれたらだめだとは言えなかった。そこで私は3人に、目が覚めたときに関節が固まっていたりしないよう、手足の動きを一通り調べておいてくれるように頼んだ。3人は小さな声でぼそぼそと役割分担を行ったらしく、イルサが両手を、カインとライラが足を持ち上げたり指を動かしたり、また、肩の関節や足の付け根など、起きあがるときに負担がかかりそうな関節の動きを一つも逃すまいと、一生懸命調べてくれた。そして夕方・・・医師達が夜勤の医師と交代し、夜の分の薬を飲ませ終えたところで私達も病室を引き上げることにした。息子は相方があの状態とはいえ、毎日病室にばかりいるわけにもいかない。渋々ながらも部屋に引き上げた。明日は同期のコンビについて仕事にでることになっているらしい。
 
『心配な気持ちがわからないわけじゃない。だが、自分の看病のためにお前がずっと仕事をしていなかったなんてアスランが知ったら、こいつのことだ、烈火のごとく怒ると思うぞ。』
 
 オシニスさんのこの一言で、カインは腰を上げた。二人には目標があるのだそうだ。それは『入団一年になる前に南地方に行けるようになる』こと。
 
『こいつが目を覚ましたとき、僕のほうがずっと力をつけていれば、きっとこいつのことだから『なにくそ』って思って必死でリハビリしてくれると思うんだ。だから僕は明日から仕事に行くよ。父さん、お願いします。アスランを助けて。』
 
 息子は自分なりに考えて、今はアスランのそばを離れることを選んだ。その必死の思いが痛いほどに伝わってきた。
 
 
「いずれ目は覚めると思うよ。でも目が覚めたから『はいもう大丈夫』と簡単にはいかないだろうな。」
 
 同じように必死な目で私を見つめるライラとイルサに、『大丈夫だから安心しなさい』と言ってやれない自分が情けない。
 
「リハビリが必要なんだね。」
 
「そうだね。君達が今日手足の関節を動かしてくれていたけど、あれを以前と変わらないように自力で出来なければ、まず普通の生活が出来ない。そして王国剣士の仕事は言うなれば重労働だから、普通の生活が出来て、なおかつ多少無理がきく程度の強さもないと、仕事復帰は難しいかも知れないな。」
 
「・・・・・・・・・。」
 
 目の前に立ちはだかる現実の重さに、ライラが唇をかみ、黙り込んだ。さすがに『もしかしたら記憶も失っているかも知れない』などとはとても言えなかった。
 
「ライラ、お前が今悩んでもあいつの助けにはならん。それより、今回は来るのが少し早いんじゃないか?定時報告はもう少し後だったはずだからな。祭り見物を兼ねてってことなら別にいいんだが、何か理由があって早めに来たならまずはその理由を聞いておきたいんだが。」
 
 オシニスさんがいたわるようにライラに話しかけた。ライラは顔を上げ、思い詰めたような目でオシニスさんを見た。
 
「昨夜・・・こっちに着いたんです。もう夜も遅かったので、祭り見物は今日の昼間にでもしようかと思って王宮に行ったら、イルサが襲われたってきいて驚いて・・・。」
 
「ライラ、君はイルサがアスランと出掛けてるんだって知ってたのかい?」
 
「知ってたよ。イルサが手紙で知らせてくれたんだ。僕についてきてくれって言うもんだから断ったんだけど、何となく気になってさ。それもあって、今回は早く来ようとは思ってたんだけど・・・。」
 
「ついてきてくれって、アスランと会うときにかい?」
 
 思わず聞き返した私に、イルサが赤くなってうなずいた。
 
「だ、だって・・・会ったばかりの人と二人で出掛けてもうまく話が出来ないような気がして、その・・・。」
 
「君を誘った時点で、アスランは君と二人で出かけたかったに決まってるじゃないか。僕がのこのこついて行ったりしたら嫌がられるよ。・・・もっとも、今回ばかりは僕がもしそこにいたらって、思ったけどね・・・。」
 
 ライラは暗い顔で言いながら、ため息をついた。
 
「お前がもしもそこにいたら・・・危険が及んだのはお前だったかも知れないな・・・。」
 
 オシニスさんがつぶやくように言った言葉にライラは顔を上げたが、驚く様子は見せず、黙ったまま唇を噛みしめている。
 
「なぜそう思うんです?」
 
 私の問いにオシニスさんの目が険しくなった。
 
「今回の騒動を、俺なりに考えてみた結果さ。敵を追いつめるにはまず敵を知らなきゃならん。それは捜査の初歩だ。で、イルサ達を襲った奴らは何を考えていたのか、イルサを人質にされて困る奴は誰か、その条件に当てはめていろいろ考えた結果、それで一番困るのはライラだろうという考えに落ち着いたんだ。」
 
「僕ですか・・・・やはり・・・。」
 
「お前にも心当たりがあるのか?」
 
「・・・・・・・・・・。」
 
 またライラは黙り込んだ。おそらくは何か心当たりはあるのだろうが、それを口に出すことをためらっている、そんな気がする。オシニスさんもそれを察したのか、話の先を促そうとはせず、少しの間黙ったままライラを見つめていた。
 
「・・・まあライラの話は後で聞くとしよう。その前にイルサ、君に少し話を聞きたいんだが、襲われたときのことについて聞いてもいいか?」
 
 重い沈黙を破って発せられたオシニスさんの声に、イルサが肩をぴくりとふるわせた。
 
「思い出したくもないことだろうがな、アスランがあの状態では君にしか聞くことが出来ないんだ。」
 
「お話しします・・・。」
 
 
 ライラにしがみつくようにして、イルサがぽつりぽつりと話してくれたことをまとめると概ねこんなところだった。
 
 イルサとアスランは、あの日の夕方商業地区の入り口で待ち合わせた。大通りの角と言っていたから、おそらくセディンさんの店の前ではないかと思う。それから二人で広場のバザーをのぞいたりして、暗くなる頃に芝居小屋に芝居を見に行った。私達がいたテントの隣のテントだったようだ。なかなか楽しい芝居で、終わったあとは外の屋台で何か飲み物でも飲もうかという話になったのだが、その時アスランが背後に奇妙な気配を感じたらしい。スリが狙っているのかも知れないと思い、二人で南門から城下町に入ろうとしたが、その気配が執拗に追いかけてくる。イルサも感じることが出来たと言うことだから、それがアスランの勘違いではあり得ないとのことだった。何とかその気配をまこうとあちこち歩いているうちに、いつの間にか祭りの喧噪から遠く離れた場所に来てしまっていた。そこからなら東門のほうが近い。背後の気配も消えたので、早く町の中に戻ろうと東門に向かって歩き出したところにあの黒装束の集団が現れたらしい。
 
「おそらく、そいつらは最初から君達をあの場所に誘導するつもりだったんだろうな。」
 
 難しい顔でオシニスさんが言った。
 
「今考えるとそうかも知れない・・・。逃げてるつもりで追いつめられていたのね・・・。」
 
 イルサの頬を涙が伝った。
 
「テントから出てくる客を狙って、スリ達が集団で動いていたようだよ。私達も狙われていたみたいでね、うまくまこうと歩いているうちにあの近くについてしまったんだ。」
 
「本物のスリならその手前であきらめるのが普通だ。人気のないところでは、さりげなくぶつかって仕事をすると言うことが出来ないからな。」
 
 確かに、私達がスリ達をまけたと確信したのは、今イルサから聞いた場所よりずっと手前だった。あのあたりからなら、すぐに祭りの喧噪の中に戻ることが出来たはずだ。
 
「つまり、あの連中はスリを利用したんですね。万一うまく誘導できなくても、相手はまんまとスリをまけたと思うだけで、何者かが自分達を狙っているとは思わない、つまりチャンスはまだ十分にある・・・。」
 
「そういうことだろうな。」
 
「そんな・・・私、そんなことも知らずにアスランをこんな危険な目に遭わせてしまったのね・・・。私・・・どうしたらいいのかしら・・・。私もうアスランに会えない・・・。こんなひどい目に遭わせた私を許してくれなんて言えないわ・・・。」
 
 イルサがライラの肩に顔を埋めて泣き出した。
 
「うーん・・・多分アスランの奴はそんなこと思ってもいないと思うけどな・・・。」
 
 オシニスさんが困ったような顔で頭をかいた。
 
「だって・・・私と一緒にいなければ、アスランはあんな目に遭わなくてすんだんです。そうだわ・・・。私、団長さんにも謝らなきゃ!団長さんにとってアスランは大事な部下ですものね。団長さん、私・・・!」
 
「あー、ちょっと待て!」
 
 オシニスさんは慌てて両手を振り、イルサの言葉を遮った。
 
「おいライラ、お前今日はもうイルサを連れて帰れ。イルサ、君は少し頭を冷やせ。そんな風に自分を追いつめたところで、何も解決しない。少し落ち着いてから、続きを聞かせてもらうよ。」
 
「でも僕は・・・。」
 
 ライラは少し戸惑っている。話すべきことを話さずに帰るのは気がかりなようだ。
 
「お前の話もあとで聞くよ。今日は疲れただろう。ゆっくり休んだほうがいいんじゃないか?」
 
「いえ・・・僕は大丈夫ですが・・・。」
 
 ライラは少し考え込んでいたが、自分の肩にしがみついているイルサをちらりと見て、小さくため息をつきながらその髪をなでた。彼らが小さいころから、よく見ていた光景だ。いつもはおてんばでライラをやりこめているイルサだったが、泣くときはいつもこうしてライラの肩にしがみついて泣く。そしてライラはいつもイルサの髪をなでながら、黙ってそばにいるのだった。
 
「わかりました。今日はもう宿舎に戻ります。それじゃ団長さん、これを預かっておいてください。」
 
 ライラが差し出したのは、ごく普通の封筒に入った手紙だった。
 
「・・・なんだこれは?」
 
「中を・・・ご覧になってください。」
 
 オシニスさんは怪訝そうに封筒を開き、中を見て少しぎょっとしたように目を見開いた。
 
「・・・ずいぶんと芝居がかった代物だな・・・。」
 
 忌々しそうにそう言って、オシニスさんが封筒からとりだしたもの、それは手紙らしき封筒だったのだが・・・なんと真っ黒の封筒だったのだ。
 
「これはお前のところに送りつけられたものか。」
 
「はい・・・。同じものがもう一つ、ロイさんのところにも届いています。」
 
「ふん・・・。中身は同じものなのか。」
 
「はい。まったく同じものでした。」
 
「いつ届いた?」
 
「一週間ほど前です・・・。」
 
「なるほど。わかった、この手紙は俺が預かって中身を確認しておく。詳しい話はあとでいいな?」
 
「はい、よろしくお願いします。」
 
 ライラは丁寧に頭を下げた。
 
「さてと、イルサ、もう帰ろう。君の宿舎はいつものところ?」
 
 自分の肩に顔を埋めたままのイルサに、ライラは優しく声をかけた。イルサは顔を上げ、涙を拭きながら無言でうなずいた。
 
「それでは失礼します。クロービス先生、アスランをよろしくお願いします。」
 
「ああ、全力を尽くすよ。だから、君達もあんまり気に病まないようにね。」
 
「はい・・・失礼します・・・。」
 
 ライラがイルサを支えるようにして剣士団長室を出て行った。
 
 
 
「しかし参ったな・・・。どうするかなぁ・・・。」
 
 オシニスさんが頭をかきながら考え込んでいる。
 
「何をです?」
 
「あの二人をこのままにはしておけん。いつまた狙われるかも知れないじゃないか。出来れば護衛をつけたいところなんだが、腕の立つ奴はみんな祭りの夜間警備に出てるからな。昼間まで仕事をさせるわけにはいかないんだ。だが、なまじなやつをつけたところで、かえってそいつがあの二人に助けられる羽目になるのが落ちだ。だからどうするのがいいかと思ってなあ・・・。」
 
「あの二人の腕はかなりのものですからね。」
 
「ああ、そうだ・・・。襲われた時・・・もしもアスランがいなかったら、イルサは無事に逃げおおせることが出来たかも知れん・・・。」
 
「・・・・・・。」
 
 確かにそうかも知れない・・・。もしもイルサひとりだったら、追撃をかわしながら東門までたどり着くことは出来ただろう。
 
「まあ・・・こんなことを俺が言ってはいけないとは思うんだがな・・・。アスランはアスランなりにイルサを守ろうとしたんだろうが、クロム達の報告書を読む限り、相手の数は相当なものだったらしい。クロム・フィリス組とスサーナ・シェリン組がいて、それでもやっとの事で追い払ったそうだからな。」
 
「それだけいても捕まえることは出来なかったんですね・・・。」
 
「いや、一人捕まえたそうだが・・・。」
 
 オシニスさんの顔が悔しげにゆがんだ。
 
「毒をあおって死んだそうだ・・・。」
 
「死んだ・・・?」
 
「ああ・・・。全部話せば牢に入る程度ですむと言ったんだが、聞き入れなかったという話だ。都合よく毒を持っていたと言うことは、失敗すれば死ぬしかないほど、追いつめられていたんだろう。」
 
「そんな・・・。」
 
「ばかげた話だが、実際にイルサを掠おうとしたのはそんな連中だったんだ。アスランが立ち向かおうとせずに、イルサと一緒に東門まで逃げることを選んでいたら、おそらくあいつは今頃、自分の情けなさを悔やみつつも訓練場で剣を振り回していられただろうさ。」
 
「つまり、命を落とすような危険な目に遭わずにすんだと?」
 
「そうだ。敵に出会ったらまずは敵と自分の力量を秤にかけて、戦って勝てる見込みがあるかどうか見極めなきゃならん。おそらくあいつは、それをする前に剣を抜いたんだろうな。」
 
「・・・アスランの判断が間違っていたということですか・・・。」
 
「冷静に判断すればそう言うことになる。」
 
「・・・・・。」
 
「ま、アスランが今ぴんぴんしていたとしても、あいつではライラとイルサの護衛は務まらん。お前の息子も、いかに幼なじみとはいえ、今の実力はライラ達のほうが上だろう?」
 
「おっしゃるとおりですよ。以前ライラの相手をしたことはありますが、ライラとカインでは訓練に対する真剣さがまるで違ってました。あの時はそれがなぜなのかわかりませんでしたが、ライラがハース鉱山にいると聞いていろいろと納得しましたよ。あの子は自分がこれから背負おうとしているものがどれほど重く大きなものか、ちゃんと理解していたんです。でもカインにはその心構えが出来ていなかった・・・。アスランがあんなことになって、おそらく初めて、自分の仕事がどれほど重大な責任を伴うものであるか理解したと思いますよ。」
 
「そうだな・・・。普段は確かに大した仕事はないが、この町にはまだまだ、表には決して出てこない闇の部分があるんだ・・・。だが、それを理解するのが仲間に犠牲が出てからってのが情けないよ。その点については俺が至らないせいだ。もっとちゃんと部下の教育をしていかなくちゃならないのにな。」
 
「これから変えていけばいいじゃないですか。充分間に合いますよ。」
 
「間に合うといいがな・・・。」
 
「もう遅いとでも言うつもりですか・・・?オシニスさんらしくもないな。」
 
 オシニスさんは曖昧に笑って、さっきライラから預かった黒い封筒を私に差し出した。
 
「ちょっと、これを持っていてくれ。」
 
「は、はい・・・。」
 
 わけがわからないまま私は黒い封筒を受け取った。上等な紙を使った封筒で、後ろには赤い封蝋で封がしてある。オシニスさんは部屋の隅に置かれた棚の引出から何か取り出して、私のところに戻ってきた。その手に持っているのは『ごく普通の』白い封筒・・・。
 
「それは・・・。」
 
 不吉な予感が押し寄せて心臓が波打つ。
 
「たぶん、お前が今考えたとおりのものさ。」
 
 オシニスさんがそう言って白い封筒から取り出したもの、それは私が今持っている黒い封筒と全く同じものだった。
 
「・・・どういうことです・・?」
 
「見たとおりだ。この黒い封筒は、一週間ほど前に俺と、じいさんのところに届けられた。そしてフロリア様のところにもな。」
 
「・・・中身は・・・。」
 
「王宮に届いたものは全部同じ文面だった。ライラが受け取ったのは・・・ちょっと開けて読んでみてくれ。」
 
「私が見ていいんですか。」
 
「お前はもうこの件にかかわっちまってるからな。かえってここで情報を隠されたら、お前のことだ、好奇心がわき出してどうしようもないんじゃないか。」
 
 オシニスさんが笑った。
 
「まあ・・・確かにそうかも知れませんが・・・。」
 
 きっぱりと否定できない自分が情けない。私は仕方なく、黒い封筒を裏返してみた。封蝋はきれいに剥がされて半分くっついているだけだったので、難なく中身を取り出すことが出来た。
 
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ナイト輝石は悪魔の鉱石だ。
あの石がこの国にもたらすものは災いでしかない。
即刻採掘を中止せよ。この国が闇に取り込まれる前に。
この警告を無視する者には、天の怒りが下るであろう。
 
        エルバール王国の未来を憂える者より
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「・・・・ふん、やはり同じか・・・・・。家族を掠って脅すのが天の怒りとはな。笑わせてくれるぜまったく・・・。」
 
 言葉とは裏腹に、オシニスさんの表情は忌々しそうだった。
 
「犯人の心当たりはあるんですか?」
 
「・・・さて、どうだろうな・・・。」
 
 ない、でもなければ、ある、でもない、曖昧な返事だった。
 
「お前はどう思う?いや、犯人の目星なんぞつけなくていいが、この件についてお前なりの推理があるんじゃないかと思うんだが。」
 
「まあないこともないですが、剣士団長殿に報告するようなことは・・・。」
 
「お前に殿づけされると気持ち悪いぞ。それにそんなことはないだろう。思いついたことだけでいいから聞かせてくれないか。」
 
「そういうことなら・・・。」
 
 私は先ほど考えた推理を話した。
 
「なるほど・・・。まあそれが順当な考えだろうな。」
 
「多分そうだと思います。私だけでなく、この件を知る他の人も同じことに気づいているかも知れませんよ。」
 
「おそらくな。そして、敵のねらいはそこかもしれん。」
 
「え・・・?」
 
「脅迫状なんぞなくとも、ナイト輝石の採掘再開についていい感情を持っていない奴らはいくらでもいる。今回アスランとイルサが襲われた件は、少なくとも王宮の中では知らない者はないんだ。その連中は当然、ライラとイルサが兄妹であることを知っている。そうしたら、みんなお前と同じことに気づく可能性は高い。そう思わないか?」
 
「まあそれは確かにそうでしょうけど・・・。」
 
「ナイト輝石の採掘再開の陣頭指揮を執るライラの身内が掠われたとなれば、みんな一応同情はしてくれるだろう、だが腹の中では『あんな危ないものに手を出すからだ』とか思ってるかもしれんし、仮にイルサが掠われたとしても、ライラの奴はおそらく計画を白紙にもどそうなんて気はさらさらないだろうから、そうなったら結局は『家族を犠牲にしても金がほしいのか』なんて噂を流す奴が出てくるかも知れん。それは今回の計画にとって大きなマイナス要素となる。」
 
「敵がそこまで計算していると?」
 
「そのくらいのことは考えかねんさ。」
 
「・・・・・・・?」
 
 今の一言が引っかかった。もしかしたら、オシニスさんには犯人の目星はついているのではないか。確実に誰とまではわからないとしても、そのくらいの巧妙な手口を考えつきそうな人物に、心当たりがあるのかも知れない。
 
 
「失礼します。」
 
 不意に扉が叩かれた。
 
「入れ。」
 
 扉が開いて入ってきたのは、今朝会った女性剣士、スサーナとシェリンだった。二人は私に気づいて少し驚き、あわてて頭を下げたが表情は困惑気味だ。
 
「お客様でしたか、出直しましょうか?」
 
「いや、いい。こいつのことは気にしないでくれ。それより、どうだった?」
 
「はい。まじめに訓練していましたわ。ハディさんにだいぶしごかれていましたから、大丈夫だと思います。」
 
「そうか。ご苦労だったな。お前達はこれから町の警備だな?」
 
「はい、これから向かうところです。」
 
「今日はあんまり休めなくてすまなかったな。無理せずに行ってこい。」
 
「い、いえ、あのくらい・・その・・・。」
 
 オシニスさんにしてみれば、今の言葉は単に部下に向けたねぎらいの言葉だが、スサーナにとっては恋する相手からの優しい言葉なのかも知れない。入ってきたときの颯爽とした雰囲気はどこへやら、スサーナはまた赤くなって言葉を詰まらせた。
 
「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。では行ってきます。クロービス先生、今朝はいろいろとご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。失礼いたします。」
 
 シェリンが早口で挨拶し、赤い顔でもじもじするスサーナを半分引きずるようにして部屋を出て行った。
 
「私がここにいてよかったんですか?」
 
「かまわんさ。今の話はラエルのことだからな。」
 
「今日は訓練なんですね。」
 
「当分な。今朝俺のところでみっちり説教したあと、2ヶ月間の謹慎を言い渡したんだ。その間はハディのところで訓練を積んで、もっと王国剣士として成長しろと言ったのさ。」
 
「相方の剣士のことは・・・。」
 
「それも言ったよ。一日延ばしにしてきちんと話さなかったのは俺の責任だ。そいつのためにもまずはラエルの奴を、王国剣士として一人前にしないとな。惚れた女を手に入れようなんてのはそれから考えることだ。・・・あの娘がとりあえずでもラエルと離れることを選んでくれて、今はほっとしてるよ。」
 
「ラエルは納得したんですか。」
 
「『本人の口から直接聞きたい』ってだいぶごねたがな。そのかわり、謹慎明けに俺が認めるだけの腕を身につけていたら、一緒にあの娘のところに行ってやると約束はした。」
 
「なるほど。」
 
「二ヶ月も過ぎれば、どちらももっと落ち着いているだろうから、きちんと話し合いが出来るだろう。ただし、その時になってうまくいくかどうかまではさすがに俺もわからん。」
 
「仕方ありませんよ。人の心の問題ですからね。」
 
「まあそうだな・・・人の心ってのが一番厄介かも知れん・・・。」
 
「・・・・・・・・。」
 
 オシニスさんの横顔が不意に翳った。
 
 
「私もそろそろ失礼します。ウィローの容態も心配ですし。」
 
「そうだな・・・。大事にしてやれよ。よろしく伝えてくれ。」
 
「オシニスさん・・・。」
 
「ん?」
 
「いえ、なんでもありません、では失礼します。」
 
 手紙をもらったときから私の中で生まれていた疑問・・・。おとといのオシニスさんの言葉で確信に変わった疑問を不意に口に出したくなったが、危ういところで思いとどまった。今聞いたところで、本当のことなんて聞けやしない。
 
 
 ロビーを通り抜け、玄関口に出た。門番の剣士は、私がアスランを連れてここに駆け込んできたときの剣士だ。
 
「先日は・・・失礼しました・・・。」
 
 剣士の顔色はあまりよくない。
 
「気にしないでくれ。急いでいたとは言え、こちらこそろくな説明もせずに悪かったよ。」
 
「あの・・・アスランは助かりますよね。」
 
「今は眠っている状態だ。早く目が覚めるように祈ってくれないか。医者の言葉にしては頼りないかも知れないが、親しい人の思いというのは、不思議と伝わるものだからね。」
 
「はい・・・わかりました・・・。」
 
 玄関口を出た。背後で、今の剣士と反対側に立っている相方の剣士が何か話しているのが聞こえる。だが外に出たときから、私の心はもう妻の元に飛んでいた。熱は少しでも下がっただろうか。食事はちゃんと摂ったんだろうか。気ばかり焦る。王宮からまっすぐに南へ下り、商業地区への角を曲がった。セディンさんの店には明かりがともっている。のぞいていこうかとも思ったが、妻が一緒にいなければ必ずどうしたのかと聞かれることになる。説明すれば当然ながら心配するだろう。妻が元気になってから、改めて訪ねようと私は店の前を素通りした。が・・・。
 
「クロービス先生?」
 
 背後の声に振り向いた。そこに立っていたのはローランで出会った王国剣士、エルガートだ。この店に立ち寄ったときも偶然出会い、店を出るときにはシャロンとフローラと一緒に見送ってくれた。またシャロンに会いに来た帰りなのだろう。
 
「君か。シャロンと祭りの見物かい?」
 
「誘ってはいるんですが・・・なかなかいい返事がもらえなくて・・・。」
 
「・・・・・・・・・・?」
 
 アスランを担いでここの道を通った日、ここの明かりは消えていた。てっきりエルガートと出掛けたのかと思っていたのだが、違っていたのだろうか。
 
「そうか。なかなか店が忙しいみたいだから、どうしても店優先になってしまうんだろうな。」
 
「そうですね・・・。実は今日あたり、フローラに店を頼んで出掛けられるかも知れないと言っていたんですが・・・アスランの一件でカインがふさぎ込んでしまって、フローラもシャロンも心配しているんですよ。そんなときに店番を頼んで自分だけ出掛けられないって言われてしまって・・・。」
 
「なるほど、確かにシャロンならそう考えそうだね。」
 
「私のほうも、アスランのことが心配なのは同じですからね。今日はあきらめて今出てきたところなんですよ。ははは・・・情けないですねぇ。」
 
「元気を出さなくちゃだめじゃないか。こんな時こそ君がシャロンを支えてあげないとね。」
 
「そうですね・・・。」
 
 肩を落とし、エルガートはため息をついた。
 
「あの、先生・・・。」
 
「なんだい?」
 
「今日は奥様がご一緒ではないようですが・・・今お時間はないですか?少しご相談したいことが・・・。」
 
「これから宿屋に帰るところなんだ。一緒に来るかい?」
 
「いいんですか?」
 
「実は妻が熱を出してね。今日は私一人でアスランの治療に出掛けてきたんだよ。そんなわけで部屋には案内できないが、君の話をフロアの中で聞くくらいなら出来るよ。おそらく酒場は大にぎわいだろうから、かえって遠慮せずに話が出来るんじゃないかな。」
 
「はい、では・・・。」
 
 宿に戻って、私はエルガートをカウンターに座らせ、フロアの角の席が空いたらそこに案内してくれるように頼んでおいた。角の席ならお互い壁を背にして座れば、誰かが聞き耳を立てていてもすぐに気づくことが出来る。もっともフロアの中は思った通りの大騒ぎで、聞き耳を立てたくとも聞こえようがないほどではあったのだが・・・。
 
 
 部屋に戻ると、ちょうどミーファが来ているところだった。
 
「あらお帰りなさい。ウィローさんの熱、だいぶ下がったわよ。」
 
「お帰りなさい。この苦ぁい薬のおかげでずいぶんよくなったわ。」
 
 妻はベッドに起きあがっていて、薬の器を持って顔をゆがめている。今夜の分を飲んだところらしい。
 
「ただいま。どれ、熱はどうかな・・・。」
 
 妻の額はまだ少し熱い。
 
「明日の分も必要みたいだね。ミーファ、厨房借りられる?」
 
「ええ、大丈夫よ。」
 
 一度下に降りて、私は翌日の分の薬草を煎じておくことにした。カウンターをのぞくと、エルガートが老マスターと話し込んでいる。というより、老マスターが一方的にいろいろと話しかけているらしい。私は事の次第を伝えて、もうしばらく待っていてくれるように頼んだ。
 
 
「・・・というわけなんだ。少しの間、下で話を聞いてくるよ。」
 
 出来上がった薬を冷ましてすぐ飲めるよう小さな器に移しながら、妻にエルガートのことを伝えた。妻は興味深げに聞いている。
 
「そうね・・・。なかなかうまくいってないみたいだし、きっと誰かに聞いてほしいのよ。」
 
「そうなんだと思うよ。私が聞いたところで、特に何か役立つとも思えないけどね。」
 
「ふふふ・・・こういう話はね、案外親しい人には言えないものだから、かえって私達みたいに事情をよく知らないくらいのほうがいいのかも知れないわ。それにエルガートだって、別にあなたが自分の進むべき道を示してくれるとは、思ってないんじゃない?」
 
「多分そうだろうな。せめてきちんと聞いてあげることにするよ。」
 
「そうね、それでいいと思うわ。私はここで寝てるから、誰もいなくても大丈夫よ。いってらっしゃい。」
 
 階下に降りたとき、ちょうどエルガートが席を立って、壁際の席に移ったところだった。ノルティが手早くテーブルの上を片付けて、きれいにしてくれた。食事を頼んで椅子に座った。エルガートはすでにビールを一杯空けたところらしく、少しだけ頬が赤い。
 
「話って言うのは、シャロンのことだね?」
 
「はい・・・。」
 
「君達はおつきあいしているんだと思ってたんだけど、違ったのかい?」
 
「申し込んだのは間違いないんですが・・・・受けてくれたと思ったのが私の勘違いだったのかと、最近少し不安になってきてますよ。」
 
「・・・どうして・・・?」
 
「シャロンはとても家族思いで、いつだって自分のことは後回しです。それは仕方ないと思うけど・・・でも少しは自分のことも考えたっていいと思いませんか?」
 
「そうだね・・・。」
 
 エルガートが合間にため息をつきながら、いや、どちらかというとため息の合間に語ってくれたところに寄ると、二人の出会いはエルガートが新人剣士だった頃のことらしい。剣士団の出入り業者として指定されている店と聞いて、リックと二人で寄ったのだそうだ。そこでシャロンに出会ったのだが、最初はただの顔見知りだった。だが何度も顔を合わせるうちに少しずつお互いのことを知るようになり、好意を持つようになったのだという。その時はもう二人ともいい年頃で、リックには恋人がいた。エルガートもそろそろ将来について考えるようになり、将来の自分の隣にはシャロンにいてほしいと、思い切って告白したのだそうだ。シャロンもエルガートに好意を持っていたとは言ってくれたものの、自分には体の弱い父親と年若い妹がいて、すぐに結婚して家を出るわけにはいかないと言われたので、せめて妹のフローラが嫁ぐまではと、エルガートも待っていたらしいのだが・・・。
 
「フローラとカインがつきあい始めたと聞いて、もうフローラもそんな歳になったんだ、そろそろ私達もいいんじゃないかって・・・そう思って改めて申し込んだのですが・・・。」
 
 なぜかシャロンの返事が曖昧で、今ひとつはっきりしないのだそうだ。エルガートとしては、店を続けることに反対なんてする気は全くないし、セディンさんのことも面倒を見るつもりでいるのだが、それを言ってもなお、シャロンの態度が煮え切らない。もしや他に好きな男でも出来たのかと思ったが、シャロンからはっきりと拒絶されたわけでもなし、そんなことを聞いたらかえって自分を信じてないのかと責められそうで、聞くに聞けないと言うことらしい。
 
「・・・シャロンが何に対してためらっているのか、それがわからないんです・・・。いくら聞いても返ってくる答えは親父さんとフローラのことだって言うし、でもいずれ嫁に行くだろうフローラはともかく、親父さんの面倒は私が間違いなく見るからと言っても・・・。」
 
 言葉の最後はため息と共にはき出され、よく聞こえないほどだった。シャロンがエルガートとの結婚をためらう理由・・・。それはおそらく、フローラが言っていた謎の行動、そしてセディンさんの薬に混ぜている麻薬にも絡んでいることだろう。
 
「・・・こんなことを聞くべきではないとわかっているつもりですが・・・先生はカインから何かお聞きになっていませんか?あの家の事情とか・・・。」
 
「う〜ん・・・私も君が知っている以上のことは知らないな・・・。シャロンが誰よりもフローラとセディンさんのことを心配しているのは知ってるが・・・。エルガート、君は最近セディンさんに会ったかい?」
 
「いえ・・・。ずっと伏せっているとのことなので・・・。あの・・・親父さんはそんなに悪いんですか・・・?」
 
「悪いというのが正しいかどうかわかるほど詳しく診たわけではないんだが、かなり弱っているよ。まあ心配で離れられないと言うことなのかも知れないんだが・・・。」
 
「それは私も考えましたが・・・でももしも、親父さんがそんなに弱っていて余命幾ばくもないとしたら、かえって生きているうちに花嫁姿を見せてやったほうがいいと思いませんか?そう考えると、やっぱり他に誰か好きな男がいるのかとか思ってしまって・・・。」
 
「・・・・君は口が堅いほうか?」
 
「・・・え・・?」
 
 突然の奇妙な質問にエルガートが顔を上げた。
 
「この話を君が知っているかどうかはわからないが、何があっても誰にも話さないと誓えるなら、一つだけ思い当たることを話してもいいんだが・・・。」
 
「・・・誓って、たとえリックにも言いません。」
 
 私は、シャロンがセディンさんの本当の娘ではないことをエルガートに話した。あの家の内輪の事情を無断で話すということが許されることでないとは思ったが、いずれシャロンを妻として迎えたいと願うエルガートには、知っておいてもらったほうがいいような気がしたのだ。
 
「そ・・・そう・・だったんですか・・・。知りませんでした・・・。」
 
 エルガートは驚いている。彼の心が受けた衝撃まで伝わってくるような気がする。本当に知らなかったらしい。
 
「詳しい事情は私も知らないが、どうやら南大陸からこっちに渡ってくるときに、シャロンとおかみさんがセディンさんに世話になったという話を聞いたんだ。それが縁でおかみさんとセディンさんが結婚したそうだから、もしかしたらシャロンはセディンさんに恩義を感じていて、それでよけいに自分のことを後回しにしてしまっているのかも知れないよ。」
 
「きっとそうです・・・。シャロンはそういう女性なんです。俺はなんてバカなんだ・・・。そろそろ自分のことも、なんて、身勝手なことを言う男だと思っただろうなぁ・・。」
 
 エルガートはテーブルに肘をつき、頭を抱えてつぶやいた。
 
「私はこういった話にはまるっきりの不調法でね、大した役には立てないがこれだけは頼むよ。つらいとは思うが、ここは君がどんと構えて、シャロンを支えてやってくれないか。私としても小さな頃から知っている娘さんだからね、幸せになってほしいと思うんだよ。」
 
「・・・わかりました・・・。私は待ちます。シャロン以外の女性と結婚しようなんて考えたこともないんです。いつまでだって待ちます。」
 
 セディンさんの店の前で会ったときより、だいぶ元気になった顔でエルガートは帰って行った。
 
 

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