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「大きな声を出さないでくれ。ここは病室だよ。」
 
 声をかけた私に、二人は不思議そうに振り向いたが、さすがにルノーのようにあからさまな疑惑の目を向けたりしない。
 
「セーラ、こちらの方は・・・?」
 
「この方が、ルノーさんの手当てをしてくださったお医者様です。」
 
「お医者様・・・・?新しい先生ですか?」
 
 二人の剣士は不思議そうに私を見た。
 
「いや、私は昔デンゼル先生に世話になった者だよ。祭り見物ついでに挨拶に寄っただけだったんだけど、ちょっとした巡り合わせで私がルノーの手当をすることになったんだよ。」
 
「そうでしたか。挨拶が遅れて失礼しました。私は王国剣士のリック、こちらは相方のエルガートです。今月はローランの常駐剣士として赴任しています。先ほどファロシアのギード商会の御者が詰所に顔を出して、ルノーが怪我をして診療所にいると教えてくれたので来てみたんですが・・・ルノーの奴は怪我しているだけではないんですか?」
 
 私はあらためて名を名乗り、祭り見物に向かう途中に立ち寄ったファロシアで、モンスター騒ぎに出くわしたことを話した。
 
「・・・え・・・?」
 
 リックと名乗った剣士が驚いたような顔をした。
 
「先生は・・・クロービス先生とおっしゃるのですか?」
 
「そうだけど?」
 
 私の答えに、リックはなんとなく複雑な顔をした。相方の剣士、エルガートも妙な顔をしている。この二人は間違いなく今日初めて会ったはずなのだが、彼らは私の名前に聞き覚えでもあるのだろうか。医師仲間の間でなら、私の名前を聞けば誰でも『ああ、あの麻酔薬の・・・』となるのだが、この二人は王国剣士であって医療関係者ではない。
 
「あ、し、失礼しました。本当にお世話になりました。ルノーの様子はどうなんでしょう。」
 
 リックは話をそらすように慌てて頭を下げた。どうにも妙な態度だが、その疑問を考えいてる時間は今はなさそうだ。私は二人に向かって、怪我のあとルノーが無理して動き回っていたこと、何とかモンスターを追い払ったあともなかなか手当てが出来なかったこと、やっと傷の消毒をしたころには、どうやら感染症にかかってしまっていたらしいことを隠さず伝え、今晩一晩持ちこたえられれば何とかなるだろうと付け加えた。
 
「・・・・・・・・・。」
 
 二人ともいっそう青ざめ、ベッドで眠り続けるルノーに視線を落とした。
 
「おお、おぬしら来ておったのか。」
 
 そこにデンゼル先生が薬の入っているらしいビンを下げて入ってきた。何本かあるところを見ると、多分飲ませる時間によって中身が違うのだろう。
 
「あ、先生、今こちらの先生から一通り状況をお聞きしたところなんですが・・・。」
 
「うむ・・・。もう少ししたら、また薬を飲ませなければならん。後は今日の夜、夜中、あとは明け方に一回と、昼飯の前に一回じゃな。その分を作ってきたのじゃが・・・さてクロービス、ルノーの様子はどうじゃ?」
 
「・・・呼吸が先ほどより安定してきましたよ。でも、これが薬による一時的なものなのか、回復しつつあるのかまでは、今の時点では判断できませんね。」
 
「そうか・・・。すると薬の方も・・・」
 
 デンゼル先生が言いかけたとき、突然病室の扉が開いて、ドーソンさんが駆け込んできた。
 
「ルノーが怪我したって!?」
 
「こりゃドーソン!もちっと静かに来んか!」
 
 デンゼル先生の一喝で、ドーソンさんははっと口を押さえて肩をすくめた。
 
「す、すみません。ですが、仲間が怪我したと聞いては慌てるなと言うほうが無理ですよ。それで・・・あれ?クロービス、何でここにいるんだ?とっくに海鳴りの祠に行ったと思ってたが。」
 
「そのつもりだったんですけど、まあいろいろありまして、結局戻ってきてしまいました。」
 
「そうか。それじゃもしかして、ルノーの手当てはお前がしてくれたのか?」
 
「ええ、行き掛かり上医者として放っておくわけにはいきませんでしたからね。」
 
「・・・どういうことだ?」
 
「あとでお話します。話すと長くなるんですよ。それより、ルノーの怪我はこちらの二人に聞いたんですか?」
 
 私はリックとエルガートを目で指し示した。
 
「ドーソンさん、お休みだったんじゃなかったんですか。」
 
 リック達は不思議そうにドーソンさんを見つめている。
 
「ああ、まあそうなんだけどな。さっき詰所に顔を出したら、ティナとジョエルからルノーのけがを聞いて飛んできたわけさ。」
 
「ギード商会の御者からルノーが怪我したと聞いたものですから、たまたま顔を出していたジョエルとティナに頼んできたんですよ。」
 
「そうだったのか・・・。さてと、事の顛末は、誰に聞けば一番確実なところがわかるんだ?」
 
「一通りの話なら、私がしますよ。」
 
 私は、リックとエルガートにしたのと同じ説明をドーソンさんにも話して聞かせた。
 
「・・・なるほど・・・。それじゃ、これから明日の朝までにちゃんと薬が飲めて、持ちこたえることさえ出来れば大丈夫だってことか。」
 
「そういうことになります。ただし、確実とは言えませんが。」
 
「そ、そんな!それじゃルノーはこのままってことも・・・!?」
 
 ベッドの脇の椅子に腰掛けて、ずっと黙ったままルノーの手を握り続けていたテレンスが驚いて立ち上がった。
 
「落ち着けテレンス。クロービス、・・・では今の話が確実だと言えるようになるためには、あと何が足りない?」
 
「さっき薬を飲ませたところなんですが、このあとも何回か飲ませることになります。その過程でどの程度回復できるかですね。」
 
「う〜む・・・どの程度というのは、つまりどの程度ならいいんだ?」
 
「そうですね・・・。今のところ、ルノーは気を失っている状態です。呼吸もあらいし脈も速い。熱もかなり出ていますから、これらの症状がある程度緩和されて、せめて『気を失っている』のではなく『眠っている』状態まで持って行ければいいんですが・・・。」
 
「だが、眠っているか気を失ってるかの区別なんてつくのか。」
 
「まあ私達は見ればわかりますよ。」
 
「そうか・・・。」
 
 もう少しはっきりとしたことが言えればいいのだが、これ以上のことは、今の時点で言えることがなにもないのだった。ドーソンさんが大きなため息をつき、部屋の中に重苦しい雰囲気が立ちこめた。ルノーの苦しそうな息づかいだけが聞こえる。
 
「・・・まったくもう・・・ドーソンさんがそんな顔するから、他の人達まで暗くなっちゃったじゃないの。ルノーはまだ生きていて、必死でがんばっているのよ。明るい顔で応援してあげなきゃ、治るものも治らないわよ。」
 
 ルノーの枕元で、ずっと熱の状態を見ていた妻が立ち上がった。
 
「う、うむ・・・そうだな・・・。私まで暗い顔をしてしまってはまずいか・・・。ウィロー、熱はどうなんだ?」
 
「こちらは薬の効果かしらね。そんなに高熱は出ていないわ。さっきよりは落ち着いてきているみたい。」
 
「てことは回復してるってことか?」
 
「まだ安心は出来ませんが、今の状態は少なくともここに運び込まれたときよりは、よくなってきていると思いますよ。でもさっきも言ったように、それが本人の快復力によるものなのか、薬のおかげなのかまでは、もう少し経過を見ないと判断できませんね。」
 
「そうか・・・しかし感染症か・・・。またやっかいなことになったもんだ。」
 
「怪我をしたあともう少しおとなしくしていてくれれば、こんなにひどくはならなかったかもしれませんが・・・今更言っても仕方ないですからね。」
 
「だいぶ暴れたのか?」
 
「本人は暴れたかったと思いますけど・・・ちょっとだけ気功を使わせてもらったので、静かにしていてくれましたよ。」
 
「気功?おいクロービス、お前が気功を使えるなんて話は初めて聞くぞ?」
 
「昔カインに教えてもらったんですよ。あてのない逃亡生活で相当神経が参っていたみたいだから、何か気を紛らわせるものがあればいいなと思って。もっとも、教えてもらっただけであの頃は大して役には立ちませんでしたけどね。」
 
「・・・なるほどな・・・。ところが今頃になってそれが役に立ったわけか。」
 
 ドーソンさんがため息をついた。テレンスは『逃亡生活』というところで表情を変えた。今の彼の頭の中では、私達は手配中の極悪人くらいになっているかもしれない。リック達も警戒するかと思ったが、二人とも平然としている。ただ、ほんの一瞬二人が、お互いに目配せしたのには気づいていた。
 
「そうですね。それが思いもかけず効いてしまったので、私のほうが驚いてしまいましたよ。」
 
「なるほどな。まあいいさ。そのあたりの状況は、後で聞かせてもらおう。」
 
「治療のほうが一段落したら、いつでもお話ししますよ。」
 
「うむ、そのときはよろしく頼むよ。」
 
「話がまとまったみたいね。そろそろルノーの着替えをさせなきゃ。セーラ、手伝ってくれる?」
 
「はい。それじゃ着替えを持ってきますね。」
 
 セーラは即座に返事をし、すぐに部屋を出て行った。看護婦としての彼女は優秀だ。医師としてもきっと充分やっていけるだろう。
 
「それじゃ、私も手伝うよ。この体格だ、持ち上げるだけでも大変なんじゃないかな。」
 
「そうね。それじゃお願い。さあ、皆さんは外に出てくださいな。病室だって言うのにこんなにたくさん人がいたら、病人はちっとも休めないわ。」
 
「わかりました。われわれは外に出ています。おいテレンス、今のうちに、少し事情を聞かせてもらおうか。」
 
 リックに声をかけられ、テレンスは不安げに顔を上げたが、立ち上がろうとしない。
 
「聞こえなかったのか?お前がそこにいても何の役にも立たん。それより、いったい何がどうしてこんなわけになったのか、ちゃんと説明してくれ。」
 
「わ・・・わかりました。」
 
 不承不承といったかんじで、テレンスはやっとのことで立ち上がった。
 
「それじゃクロービス、ルノーのことはよろしく頼む。」
 
「大丈夫です。任せてください。」
 
 ドーソンさんは安心したように微笑み、部屋を出て行った。リックとエルガートが、不安な表情で行き渋るテレンスを追い立てるようにしてその後からついて行く。
 
「クロービス、少し任せていいか。わしは文献を調べて、この手の症状にもう少しよく効く薬がないかどうか調べてくるわい。」
 
「わかりました。よろしくお願いします。」
 
「うむ、頼んだぞ。」
 
 デンゼル先生はそういうと、とても80歳とは思えない速さで部屋を出て行った。
 
「元気ねぇ。」
 
「そうだね。長生きしてもらわないとね。」
 
「あのテレンスって剣士さん、大分不安そうだったけど、もしかして私達にルノーを任せるのが不安だったのかしらねぇ。」
 
「かもしれないね。ま、彼にとっても私達は不審人物になってしまっているから、仕方ないよ。」
 
「そうねぇ・・・。あなたってば『逃亡生活』なんて言うんだもの。あれじゃ不信感倍増じゃない?今頃テレンスが私達のことをなんて言ってるかわからないわよ。ドーソンさんはともかく、さっきのリックとエルガートにまで疑われたらやっかいじゃない?」
 
「私はさっき何度か事情説明はしたからね。あとはテレンスの口から、彼らが見て聞いて行動したことを報告したほうがいいよ。おそらくリック達もドーソンさんも、私の話とテレンスの話を頭の中で照合しながら聞くと思うよ。そこで一致しなかった話については、あらためて私に聞いてくると思う。ドーソンさんにしてもあのリックとエルガートという剣士達にしても、一方的な話だけで決めつけるようなことはしないだろうから、私の話はそれからでもいいさ。」
 
「それで大丈夫かしら。」
 
「大丈夫だよ。」
 
「ふぅん・・・あなたがそう言うならいいんだけど・・・。」
 
 何となく妻は不安そうだ。
 
「まあドーソンさんは剣士団の人間として、私達が昔なじみだと言うだけで肩を持つわけにはいかないと思うけど、デンゼル先生とアーニャは私達の顔を知っているし、昔の仕事も今の仕事もわかってるからね。身元は保証してくれるだろう。それに、私達が武器を持っている理由も、私達が怪しい者じゃないことも、全部説明がつくんだからそんなに気にしなくて大丈夫だよ。」
 
「そっか・・・。・・・そうよね・・・今気にしてみても仕方ないわね。それじゃセーラが着替えを持ってきてくれるまで、服を脱がせて体を拭いてあげましょうか。だいぶ汗をかいているわ。」
 
 ルノーの体を起こして、上着を脱がせた。中に着ているシャツは汗でびっしょりと濡れている。肌に張りついてなかなかうまく脱がせられない。腕を上げたり体を傾けたりしていると、眉をひそめてうるさそうな顔をする。意識がなくても何かされていることはわかっているようだ。この状態でぐったりして反応ががないとなると本格的に命が危ないということになるのだが、これなら大丈夫だろう。何とか持ちこたえてくれそうだ。
 
「失礼します。」
 
 セーラが着替えを抱えて戻って来た。
 
「あ、セーラ、ちょうどよかったわ。服が汗で張りついているの。手伝ってくれる?」
 
「はい。」
 
 セーラはてきぱきとシャツを脱がせ始めた。上半身を脱がせて汗を拭いているうちはよかったが、ズボンを脱がせてさらに下着を替える段階になった時、顔を赤らめて手を止めてしまった。
 
「す、すみません・・・。患者さんの着替えなんて慣れてるはずなのに・・・。」
 
 セーラは耳まで赤くなっている。無理もない。そこだけは私がやることにした。
 
「君は看護婦の仕事を始めてから何年になるんだい?」
 
「もうすぐ2年になります。で、でもその・・・ここに入院される方はほとんどがお年寄りで、その・・・。」
 
「そうか・・・。君はまだ若いし、仕方ないね・・・。」
 
「で、でも・・・やっぱり赤くなったりするのは・・・よくないですよね・・・。」
 
「う〜ん・・・よくないというのはちょっと違うというか・・・ま、確かにこの状況で一番恥ずかしいのは患者だからね。君が赤くなってしまったら、患者はもっと恥ずかしくなってしまうと思う。それでなくても病気で心細くなっているんだから、できるだけ精神的な負担を軽くしてあげなきゃならないんだけど・・・。」
 
「はぁ〜・・・そうですよね・・・。アーニャ先生にも言われたんです。医者になれば下着の中だって診察しなきゃならないことがあるから、恥ずかしがっていたらもっと恥ずかしいはずの患者さんに失礼だって。」
 
 セーラはため息をついて肩を落としている。
 
「それはそうなんだけど、今はそんなに気にしなくてもいいと思うよ。今ルノーは気を失っているからね。それに、アーニャだっていきなり平気だったわけじゃないと思うよ。少しずつ慣れていくんだよ、きっと。」
 
 たいした慰めにもならないかもしれないが、一応そう言っておいた。この娘が医者としてやっていけるようになるまで、どんなに早くてもあと7〜8年はかかる。それまでに慣れればいいことだ。
 
「それじゃ、そろそろ薬を飲ませようか・・・。でも私達の顔を見たら興奮しそうだからなぁ・・・。セーラ、私が起こして後ろから支えるから、薬は君が飲ませてくれないか。」
 
「は、はい、それはかまいませんが、どうしてお二人を見て興奮するなんて・・・。」
 
「それはあとで説明するよ。とにかく今は頼むよ。」
 
 きょとんとした顔でうなずくセーラに薬の準備をしてもらい、私が後ろからルノーの体を起こして気付けの呪文を唱えた。妻はルノーから見えないように私の後ろに立っている。出来るだけ弱く、緩やかにかかるように気をつけながら唱えたので、ルノーの目覚めはさっきよりは穏やかだったようだ。このまま起こしておける程度に回復していればいいのだが・・・。
 
「ルノーさん・・・私がわかります・・?」
 
 セーラがルノーの顔を覗き込んで声をかけた。ルノーは目をぱちぱちしてセーラを見ていたが、ゆっくりとうなずいた。少しは回復してきたようだが、まだ返事が出来るほどではないらしい。
 
「よかった・・・。はい、お薬です。ゆっくりでいいですから、全部飲んでくださいね。」
 
 ルノーはまた無言でうなずき、口に添えられた器から、少しずつ薬を飲み始めた。でもさっきよりは早いような気がする。これが回復の兆候であればいいのだが・・・。
 
「はい、全部飲みましたね。それじゃまたお休みください。」
 
 セーラがルノーの口から器を離し、私が彼の体を横たえようとしたとき、
 
「セ・・・・ラ・・・。」
 
 ルノーがセーラを呼んだ。声が出るようになったらしい。でもセーラの名前の後から言った言葉が何なのかまでは聞き取れなかった。
 
「はい?」
 
 セーラが話を聞こうとルノーの顔を覗き込んだ。
 
「き・・・が・・・た・・・すけ・・・く・・た・・・」
 
 今度は後ろで支えている私にも、多少は聞き取れた。セーラは微笑んで、
 
「いいえ、助けてくれたのはお医者様ですよ。さあ、もう少しお休みになってくださいね。今度目が覚める時は、もっと楽になってますよ。」
 
 子供をなだめるようにセーラはルノーの肩を優しく叩き、その言葉でルノーは微笑んで目を閉じた。今しゃべっただけで力を使い果たしたようだ。声が出るくらいになったのはいい兆候だ。さっきよりは呼吸も荒くないし熱も落ち着いてきている。1回起こすごとによくなっているのがわかる。それだけ、常に鍛え上げてあると言うことだ。剣さばきもなかなかのものだし、これでもう少し的確に状況把握が出来て、さらにそれに合った行動を瞬時にとれるようになれば、テレンスとルノーのコンビはもっともっと伸びるだろうに。
 
(まあ・・・私がこんなことで気をもんでも仕方ないんだけどな・・・。)
 
 眠ったらしいルノーの体をベッドに横たえた。この部屋に運んできたときは、意識がなくても苦しげに眉根を寄せていたが、今は穏やかな表情になっている。『意識がない』から『眠っている』状態に移行しつつあるのだろうか。こんなに早く症状が好転するとは思わなかった。うれしい誤算だ。いや、それは飲ませている薬のおかげかも知れない。この診療所では、私もいろいろと勉強できることがありそうだ。ルノーの病状が一段落したら、一度デンゼル先生と話し合ってみよう。
 
「先生、ルノーさんは助かりますよね?」
 
「この調子なら大丈夫だと思うよ。少なくとも、さっきドーソンさんに話をしたときよりは、確実性が高まってきていると思うな。」
 
「よかった。」
 
 セーラがホッとしたように微笑んだ。私はもう一度ルノーの状態を調べてみた。もう脂汗はかいていない。呼吸も安定しているし、ここに運び込まれた時土気色だった顔には、だいぶ赤みがさしてきている。脈はまだ速いがさっきよりは落ち着いてきていた。まだ気を抜くことは出来ないが、最初の山は越えたと思っていいだろう。
 
「ウィロー、今のうちに一度宿に戻ってこようかと思うんだ。」
 
「ブロムさんに手紙を書くの?」
 
「うん。それにケイティにも、もう一晩くらい泊まれるかどうか聞いておいたほうがよさそうだからね。」
 
「そうね・・・。このまま旅立つのは心残りよね・・・。」
 
「そうなんだ。せめて意識を取り戻して無事が確認できるところまではいたいと思うし、できれば、誤解も解きたいからね。」
 
「解けるといいんだけど。」
 
 妻がくすりと笑った。
 
「解けなきゃ困るよ。」
 
 その時扉がノックされた。
 
「クロービス、入ってもいいか?」
 
 ドーソンさんの声だ。
 
「どうぞ。」
 
 ドーソンさんは扉を開けて顔だけ部屋の中に入れ、遠慮がちに部屋の中を見回している。
 
「・・・また束になって入ったらまずいかな・・・?」
 
「だいじょうぶですよ。あまり大声で話したりしなければ。」
 
「そうか。よしみんな、入るぞ。」
 
 ドーソンさんの後について、リックとエルガート、それにテレンスが入ってきた。
 
「ルノーの様子はどうだ?」
 
「驚異的な回復力ですね。この調子なら、明日の朝にならなくても目が覚めるかもしれません。それ自体はいいことなんですが、元気になりすぎて明日から仕事に戻るなどと言い出されると困るんですけどね。」
 
「そうか・・・。回復しているのは喜ばしいことだが、こいつならそのくらいのことは言いかねん。まったく・・・。」
 
 ドーソンさんがため息をついた。
 
「私達がここで見ていてはまずいでしょうか。」
 
 ドーソンさんの後ろにいたリックが言い出した。
 
「そうだな。俺もここにいるよ。クロービス先生でしたね。我々がここでこいつを見張ってます。動き出そうとしたりしたら、ベッドに縛りつけておきますよ。な?」
 
 エルガートがリックの肩をたたいた。
 
「まったくだ。今回のことがいい薬になってくれていればいいんだけどな。」
 
「それじゃよろしく頼むよ。私は一度宿に戻ってきます。ウィロー、頼むよ。」
 
「ええ、それじゃそっちはよろしくね。」
 
「うん。」
 
 私は病室を出て、途中診療室に顔を出し、デンゼル先生にいまのルノーの様子を伝えた。
 
「ふむ、いい傾向じゃな。わしのほうももう少しいい薬が見つかったから、夜中に飲ませる薬にそれを混ぜてみよう。つき合わせてしまって申し訳ないのぉ。こっちは心配いらんから、行ってくるといい。」
 
「ありがとうございます。」
 
 
 
 外に出ると、もう日は西に傾きかけていた。オレンジ色に染まりつつある町の中を抜け、『潮騒亭』の扉を開けた。若い娘が掃除をしていた手を止めて顔を上げ、ぺこりと頭を下げた。ケイティにそっくりだ。間違いなくこの娘はケイティの娘だろう。
 
「お帰りなさいませ。ちょっとお待ちくださいね。」
 
 娘は笑顔で奥に消え、代わりにケイティがでて来た。
 
「お帰りなさい。あら?ウィローさんはどうしたの?」
 
「実はね・・・。」
 
 私は昼に宿を出てからの出来事を説明して、明日もう一晩泊まれるかどうかを尋ねた。ケイティはにっと笑って
 
「よかったぁ!実はねぇ、明後日から予約が入ったところなの。だから明日一日空いちゃうなあなんて思ってたのよ!だからもちろん大歓迎!それじゃ明日まで予約ってことで入れておくわ。」
 
 ケイティはすっかり喜んでいる。
 
「それならよかったよ。よろしくね。」
 
「でも大変だったわねぇ。あなたがいなかったら、あのルノーって子は死んでいたか、腕をなくしていたか、どっちかになっていたかも知れないってことよね。」
 
「いや、そう言い切ることは出来ないけど、確かに危険な状態になっていただろうとは思うよ。」
 
「そう・・・。それにしてもあのテレンスとルノーって二人組、さっぱり進歩ないわねぇ。」
 
「いつもあんな調子なの?」
 
「普段はそうでもないんだけど・・・。二人とも、もう入団してそろそろ5年近くになるかしらねぇ。実力としてはけっこういけると思うわよ。南地方への赴任は2年足らずで行けるようになったって言うし。でもねぇ、なんていうのかしら、誰に対しても闘争心むき出しというか・・・やたらと勝負をつけたがるようなところがあるのよねぇ。」
 
「二人とも?」
 
「ルノーのほうよ。テレンスもルノーと実力は変わらないと思うんだけど、あの子は穏やかな性格よ。でもね、ルノーと一緒の時はどうしてもルノーに引きずられるって言うか・・・自分が考えているのと反対のことでも、わりと簡単にルノーに賛同しちゃうようなところがあるわねぇ。少し意志が弱いという印象を受けるわ。」
 
「なるほどね・・・。」
 
 さっき私に剣を突きつけたときのテレンスの豹変ぶりは、そういうことだったのか。となると、あのコンビは見た目ほどにはうまくいってないのかもしれない。
 
「そういえば、あの二人が南大陸に初めて行ったとき、なんでもハース鉱山で誰かと揉め事を起こしたんですってね。」
 
「ハース鉱山で?」
 
「そうよ。王国剣士さん達がお昼を食べに来たときに、誰かがそんな話をしてたわよ。ルノーがね、鉱山で働いている人に剣の試合を申し込んで逆に負けちゃったんですって。それでオシニスさんにこっぴどく怒られたんだけど、いつか見返してやるって本人は血気盛んらしいわ。もっとも、そのあともう一度その人に試合を申し込んだけど、相手にしてもらえなかったみたいだけどね。」
 
 その『ハース鉱山で働いている人』はおそらくライラのことだろう。ライラが学者剣士などと呼ばれることになったのは、ハース鉱山に勤務していた王国剣士を立合で負かしてしまったかららしいという話は、カインに聞いた。もっともカインも相方のアスランからの又聞きらしく、そんなに詳しくは知らないらしい。そのときの王国剣士がルノーだったとは・・・。まあ当然の結果だろう。ライラには、あのまま腕を磨いていけばいずれライザーさんを超えるかもしれないと思わせるほどの力がある。ライラは実に素直な性格で、砂地に水がしみこむように教えられたことを吸収する。素直さとは、どんな仕事についても重要な要素だと思うのだが、ルノーにはそれがほとんど感じられなかった。
 
(なるほど、ハディはきっと手を焼いているんだろうなあ・・・。)
 
 今のルノーの姿は、ハディの昔の姿とそっくりだ。さらに今年の新人達もなかなか手ごわいらしい。きっと苦労は耐えないことだろう。
 
「普通に話している分には二人ともいい子達よ。だから何とかがんばってほしいと思ってるのよね。ほんと、助かってよかったわ。あなたとウィローさんのおかげね。」
 
「私達よりデンゼル先生のおかげだよ。先生の薬は相変わらずよく効くね。早速詳しいレシピを教えてもらって、島に戻ったらいろいろ試してみなくちゃと思ってるんだ。」
 
 ケイティが笑い出した。
 
「あなたってば、好奇心の強いところは相変わらずなのねぇ。でもすごいわ。本当にもうお医者様なのね。私の頭の中ではあなたはまだ王国剣士のような気がしてるけど、ふふふ・・・考えを切り替えなくちゃね。」
 
「医者としてもまだまだだよ。それじゃ、一度部屋に戻ってからまた出かけるよ。今夜帰ってこれるかどうかはルノーの容態次第だから、まだなんとも言えないんだ。」
 
「だいじょうぶ。出かけるときは声をかけてね。」
 
「ああ、そうするよ。」
 
 私は部屋に戻り、備え付けの便箋と封筒を使ってブロム叔父さんへの手紙を書いた。セーラの簡単な紹介と、彼女を預ることになるかもしれないことだけを手短に書き、ファーガス船長に届けてもらうために外に出ようとしたところ、ケイティに呼び止められた。
 
「手紙?それならうちの息子に届けさせましょうか?」
 
「いいの?忙しいんじゃない?」
 
「大丈夫大丈夫。これもうちのサービスのひとつなのよ。もっとも、自分で手渡したいとか、船長に用事があるとかなら無理に預りますって言わないわ。」
 
「それじゃお願いするよ。北の島の診療所の医者からだって言えばわかるはずだから。それじゃこのまま出かけるよ。患者が心配だしね。」
 
「かしこまりました。それではお預かりします。」
 
 手紙の封を確認してケイティに預けた。自分で渡すのが一番いいのは確かだが、今はルノーの容態が気にかかる。デンゼル先生がついているのだから心配することもないのだろうけど、一度かかわってしまった患者のそばを、そう長く離れていたくはない。私は急いで診療所に戻った。
 
 
「ただいま。ルノーはどう?」
 
 病室の中はさっきと変わりなかった。ドーソンさん、リック、エルガートが壁際の椅子に腰掛け、さっきよりは落ち着いた表情のテレンスがベッドの傍らの椅子に腰掛けている。ルノーは相変わらず眠っているし、妻はちょうど脈を計っているところだった。いや、正確には変わりがなかったわけじゃない。セーラがいなかった。
 
「だいぶ熱が下がってきているわ。脈はもう正常と言ってもいいくらいよ。薬のおかげもあるんだろうけど、すごい回復力ね。」
 
「それじゃ次に起こすときには気をつけないとね。私を見るなりパンチが飛んできたりするかもしれないな。」
 
 妻が笑い出した。
 
「いやぁねぇ、そこまで元気にはならないでしょ。にらまれたり、あんたは何者だ、くらいは言われるかもしれないけど。」
 
「ははは、それはありそうだね。セーラは詰所?」
 
「ええ。夕食の時間なんですって。患者さんたちに食事を配るみたいよ。手伝おうかと思ったんだけど、まだルノーから目を離さない方がいいかと思ってあなたを待ってたのよ。ちょっと手伝ってきていい?」
 
「いいよ。後は私がいるから。」
 
「それじゃおねがいね。」
 
 妻が病室を出て行った。そういえば、この建物に入ったときになんだかいい匂いが漂っていたような気がしたのだが、気のせいではなかったらしい。清潔なベッドでおいしい食事を食べ、何かあればすぐに医師が対応してくれる・・・。うちの診療所でも入院施設があればいいのにと思うことはあるのだが、人手がなくてそこまで手がまわらなかった。でもデンゼル先生の話を聞くと、ここでは入院施設を作って本当によかったようだ。今後はうちでも考えてみるべきかもしれない。となると私達だけでは手が回らなくなるから、看護をしてくれる専門のスタッフを雇わなければならないか・・・。
 
「だいぶ回復しているようですね。」
 
 ほっとした声で話しながら、私の隣に立ったのはリックだ。
 
「そうだね。明日になれば少しは動けるようになると思うよ。」
 
「そうですか・・・。実を言いますと、こいつが怪我をして病院に運び込まれたと聞いた時、何で王国剣士が怪我程度でって思ってたんですよ。ここに来たときも、さっさと仕事に戻れとでも言ってやろうかなんて、エルガートと話しながら来てみたんですが・・・認識が甘かったようです。」
 
「昔、怪我をして病院に担ぎ込まれるってことは、自分で回復が出来ないほどひどい怪我をしたってことだったんだ。だからドーソンさんはルノーが怪我をしたと聞いてあわてて飛んできたんだよ。今の時代、その辺りにいるけもの達は脅かせば逃げていくかもしれないけど、モンスターとの戦闘は命がけだったからね。」
 
「まったくだ。クロービスとウィローがいなかったら、こいつは今頃死んでいたか、助かっても腕を切り落とす羽目になっていたかもしれん。」
 
 今度はドーソンさんが答えた。
 
「腕の傷は消毒してあるし、薬には化膿止めも入っているから、これ以上悪くなることはないと思いますよ。体のほうが回復すれば自分で治してしまえるくらいだと思います。でもあまり元気になりすぎて、また不審人物として尋問されるのも困るんですけどね。」
 
「はっはっは!・・・っと笑っちゃいかんな。悪かったな、クロービス、こいつがだいぶ無礼な態度をとったようだ。」
 
「仕方ないですよ。この時代、弓だけでなく剣まで下げて歩いている旅人なんてそうはいないみたいですし。マントの下に隠した剣の気配に気づいたんだから、たいしたものですよ。」
 
「そうだな・・・。その点はほめてやってもいいんだが、こいつらの悪いところは、そこまで常に神経を研ぎ澄ませているって言うのに、ほかのことに気をとられるとすぐに気が散れてしまうことだ。」
 
「あぁ・・・まあ、そうですね。」
 
 その点ではテレンスも似たようなものだ。ルノーと私に気をとられ、目の前の敵をほったらかしにして私に剣をつきつけた。おかげで彼の後をぞろぞろとついてきたコボルドたちに取り囲まれ、せっかくなぎ払っておいた他のコボルド達に立ち直る機会を与えてしまったのだから。
 
「ところでクロービス、今のルノーの状態は、常に医者がそばにいなければならない状態か?」
 
「そんなこともないと思いますよ。そろそろデンゼル先生の手も空くでしょうし、事情聴取ならいつでも応じますけど。」
 
「うむ。それじゃ頼む。テレンスからは一通り話を聞いたから、あとはお前の証言がほしいんだ。報告書にまとめて、団長に報告しなくちゃならないからな。」
 
「そうですね。どこでしますか?」
 
「そうだな・・・。さっきは診療室の隅っこを借りて話してきたんだが、出来れば詰所まで行きたいな。」
 
「わかりました。それじゃテレンス、君はルノーについていてくれ。まだ目が覚めるとは思えないけど、万一起きて動き出そうとしたら、何があっても止めてくれ。ちょっとくらい殴っても大丈夫だよ。」
 
「は・・・はい・・・。」
 
 テレンスはまだ少し青い顔で返事をした。
 
 
 廊下に出たとき、向こうから妻が歩いてくるのが見えた。セーラも一緒だ。
 
「あらどこに行くの?」
 
「事情聴取さ。テレンスが一人でいるから、見ていてくれないか。」
 
「ええ、わかったわ。ちゃんと身の潔白を証明してね。」
 
 妻が笑いながら言った。
 
「そうするよ。」
 
「どこまで行くの?」
 
「詰所に行くよ。何かあったら知らせに来てくれ。」
 
 ドーソンさんが答えた。
 
「は〜い。行ってらっしゃい。」
 
 笑顔で手を振る妻に後を任せて、私はドーソンさん達について外に出た。そろそろ薄暗くなる時間帯だというのに、家路を急ぐ人々、これから仕事に出かけるらしい派手な服の女性、走りすぎる荷馬車など、通りは静まる気配を見せない。20年前なら見られなかった光景だ。
 
「この時間帯になっても賑やかですね。」
 
「そうだなぁ・・・。店が増えたし人口も増えたし、いいことといえばいいことだな。最近は城下町に出て行かず、この町の中で仕事を見つける若者も増えたし、町が活性化するのはうれしいことなんだが、昔から住んでいる身としては、こんなに賑やかになってしまうといささか複雑だな。」
 
「なるほど、それもそうですね。」
 
 詰所は潮騒亭のすぐ近くだ。中に入ると、誰かいる。男性と女性の王国剣士のコンビだ。
 
「ごくろうさん。誰か来なかったか。」
 
 エルガートがその二人に声をかけた。
 
「いえ、何事もありませんでしたよ。ルノーさんの怪我の具合はどうですか?」
 
 二人ともまだ若い。カインと同じくらいの年齢じゃないだろうか。どちらも不安げな表情でエルガートの次の言葉を待っている。ルノーの怪我を心配しているのだろう。
 
「もうしばらく様子見だが、大丈夫だと思うよ。あいつは体力があるからな。」
 
「そうですか・・・。よかった。」
 
 二人が安堵のため息を漏らした。彼らの態度は演技には見えない。心からルノーを心配しているのだろう。
 
「ところでお前達、明日の予定はあるのか?」
 
「いえ、今回はローラン近辺を回るように届け出てきていますから、特に予定は決めていないです。」
 
「そうか。それじゃ悪いんだが、俺達は今晩診療所に泊り込むから、明日の朝までこの詰所を頼めないか。」
 
「え・・・?ど、どうしてですか?まさかルノーさんが実はすごく悪いとか・・・。」
 
「その逆だ。動けないほど悪いなら別にお前達にここを頼む必要はないんだ。」
 
「・・・は・・?」
 
 二人はきょとんとしてエルガートの顔を見ている。
 
「おいエルガート、それじゃ説明になってないじゃないか。ジョエル、ティナ、よく聞けよ。ルノーの怪我はかなり回復しつつある。だから奴の命を心配することはないよ。だが、お前達も奴の性格は知っているだろう?回復したとたんに仕事に戻ろうと診療所を飛び出す可能性が高いんだ。そんなことになってみろ、あっという間に倒れてまた診療所に逆戻り、なんてことになりかねないのさ。もちろんテレンスはルノーについているが、あいつだけでは奴を抑えきれないだろうから、僕達が一晩奴の見張りをすることにしたんだ。そこでお前達に僕達の代わりを頼みたいというわけなんだよ。」
 
 リックが笑いながら口を挟んだ。
 
「はぁ・・・なるほど、わかりました。」
 
 二人の若い剣士がうなずいた。会話の内容に何一つ異議を差し挟まずうなずいているところを見ると、この二人の若い剣士のルノーに対する評価は、リック達と似たようなものらしい。
 
「あの・・・そちらの方はお客様ですか?でしたらお茶をいれますが・・・・。」
 
 女性剣士が遠慮がちに言った。さっきリックは『ティナとジョエル』と言っていたから、この剣士が『ティナ』のほうなのだろう。男のほうがジョエルか。カインの話にこの二人の名前は出てこなかったが、同期入団か、せいぜい1〜2年早い程度なんじゃないだろうか。
 
「ん?えーとこの方は・・・」
 
 リックが言いよどんでドーソンさんを見た。
 
「どうします?この二人に紹介したほうがいいでしょうか。」
 
「お前達はどう思う?紹介して差し支えないと思うか?」
 
「私はいいと思います。」
 
 エルガートが答えた。
 
「私も問題ないと思います。一応事情聴取ですが、あくまで協力者としての先生のご意見を伺いたいというのが本当のところですからね。」
 
 リックもうなずく。この二人には私は信用してもらえているらしい。
 
「なるほど、それならいいんじゃないか。」
 
「そうですね。それじゃ紹介しておこう。この方はクロービス先生とおっしゃって、北の島で診療所を開いておられるお医者様だ。ご夫婦で祭り見物に来られたんだが、ファロシアのモンスター騒動でテレンスとルノーに加勢してくださったんだよ。おかげでルノーは生きて診療所に戻ってくることが出来たのさ。でなきゃ今頃は詰所の奥の部屋で、みんなに手を合わせられていたかも知れん。」
 
「そ・・・そうなんですか。あの、先生、ルノーさんを助けていただいてありがとうございました。」
 
 二人とも一生懸命私に向かって頭を下げた。
 
「そんなに頭を下げられるとこっちが困ってしまうよ。それに、今ルノーが回復しつつあるのは、デンゼル先生の薬のおかげだからね。」
 
「そんなことは・・・・あれ・・・・?」
 
 顔を上げたジョエルが急に不思議そうな声を上げた。
 
「どうしたの?」
 
 隣でティナが尋ねる。
 
「いや、北の島って言えば、カインの奴があの島の出身だったじゃないか。」
 
「そう言えば・・・あら・・・診療所って・・・・」
 
 ティナは少し考え込むしぐさをし、私を見た。
 
「あの・・・違っていたらすみません。もしかして・・・今年入団したカインのお父様・・・ですか?」
 
 探るような上目遣いで、ティナが尋ねた。
 
「そうだよ。いつも息子がお世話になっているね。」
 
「ああ!そうか・・・・。カインがよく言ってるんですよ。『僕の父さんはすごいんだぞ』って。しょっちゅう聞かされるんで実を言うとうんざりしてたんですけど・・・そう言えば休み明けからこっちその話を聞かないな。静かでいいけどさ。」
 
「ちょっとジョエル、あなたってどうしてそう考えなしなの!?カインのお父様が目の前にいらっしゃるのに何てこと言うのかしら!先生、すみません。ジョエルってどうも考えなしにしゃべっちゃうところがあって・・・」
 
「す、すみません。どうしても僕は余計なことばかり言っちゃって・・・。」
 
 ジョエルは赤くなって頭をかいている。
 
「いや、いいよ、気にしてないから。」
 
 耳に痛い話ではあるが、息子の日常を知るいい機会だ。ここはいろいろと聞いておくべきだろう。
 
「二人はカインの先輩なのかい?」
 
「いえ、同期入団なんです。」
 
「へぇ・・・カインのやつはいまだに城下町から出られないと言っていたけど、君達はもうここまで仕事に来れるんだから、優秀なんだね。」
 
「そんなことないですよ。まあカインの奴よりは・・・」
 
「ジョエル!」
 
 ティナの一喝でジョエルはあわてて口をつぐんだ。
 
「いや、その続きを聞かせてほしいな。どうもうちの息子はお調子者でね、いつも心配しているんだが親が職場についていくわけにも行かないから、あいつが普段どんなことをしているのか教えてくれるとありがたいよ。」
 
「そ、そうですか・・・?あいつだって腕が悪いわけじゃないですよ。入ったばかりのころはライバルになるかなと思ってたんだけど、どうも最近・・・こうですからね。」
 
 ジョエルは壁に立てかけてあった木刀をとり、それを剣の代わりにして構えてみせた。変に大げさな、すきだらけの構え。カインの相手をしていたとき、よく見た構えだ。
 
「どこで覚えたのかわからないんですけど、カインの奴なぜかこの構えをやたらと練習していたんですよね。でもこの構えから打ち込むと、確かに攻撃の威力はあるんですけど、隙が大きいからすぐ打ち込まれて、結局ぜんぜん強くなってないんですよ。」
 
「なんていうか・・・カインて形から入るタイプよね。カッコだけ作っても中身が伴わなければ意味ないと思うんだけど。」
 
 ティナが言いながらあきれたように肩をすくめた。
 
「なるほどね・・・。そういうわけだったのか。その変な構えは休みに帰ってきたときに出来るだけ矯正しておいたから、出来ればまた相手してやってくれないか。君達みたいな冷静な仲間がよく見ていてくれればありがたいよ。」
 
「ははは・・・僕らでよければいつでもお手伝いしますよ。カインてすごくいいやつだから、出来れば一緒に南地方とかにも行きたいねってよく話してるんですよ。」
 
 どうやら息子は剣士団でも好かれているらしい。親としてはうれしい限りだ。これで腕のほうが伴ってくれば言うことはないのだが・・・。
 
 

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