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第48章 時の重み 後編

 
「ルノーの麻痺を解いてください。」
 
「まだ解くわけにはいかないな。」
 
「どういうことなんです!?あなたはいったい何者なんですか!?悪い人には見えないと思ってたのに、ルノーの目のほうが正しかったんですね!?」
 
「だから言っただろう!?ファロシアに来る旅行者なんてろくなやつがいないんだ!」
 
 ルノーがわめいた。指一本動かすことが出来なくても、まだ威勢だけはいいようだ。それにしてもこの言い切り方はいったいどういうことなんだろう。いかに小さな村とはいえ、旅行者が旅の途中に立ち寄ることなんて珍しくもないだろうに。まさか彼は、ファロシアに来る旅行者すべてに対して、こんな態度をとり続けてきたのだろうか。
 
「大変な言われようだね。ま、君達が私達をどう見ていたかなんてたいしたことじゃない。それより、麻痺を解いたら君達はどうするつもりなんだ?」
 
「決まっているでしょう。王国剣士をこんな目に遭わせたあなた方をこのまま放っておくことは出来ませんからね。一緒に来ていただきますよ。ローランには剣士団の詰所があります。そこで取り調べを受けてもらいます。2〜3日は拘束されるものと思っていてくださいね。」
 
「彼のけがはどうするつもりなんだい?」
 
 こんな質問をしている場合じゃない。本当はすぐにでも手当に取りかかりたいのだが、この状態ではルノーに指一本さわらせてもらえそうにない。何とか説得出来ないものだろうか。
 
「爪で腕を切り裂かれただけです。あんなものは気功ですぐ治せます。」
 
 テレンスはバカにするなと言わんばかりの口調だ。
 
「ずいぶんと簡単に言うね。君達はガーゴイルとの戦闘経験はあるのか?」
 
「当たり前です。南大陸には何度も行きましたし、あの手のけものには何度も遭遇していますよ。」
 
 ということは、彼らは入団してから少なくとも5年近くは過ぎていると見ていいだろう。それにしては状況判断が甘い。
 
「それじゃ何で追い払うだけのことであんなに時間がかかったんだ?もっと早く追い払えていれば、ルノーはけがしなくてもすんだかもしれないじゃないか。」
 
「そ、それは・・・。」
 
 テレンスは少し口ごもったが、小さなため息をついて言葉を続けた。
 
「確かにガーゴイルには何度も遭遇してますが、あの手のけもの達はわれわれを見てもめったに襲ってくるということはないんです。襲ってきても剣で威嚇すればすぐに逃げていきます。けものやコボルド達があんな狂暴な眼をしていたのを見たのは初めてですよ。だから経験不足というのは否定しません。でもそれは今は関係ないでしょう。確かに今回はあなたに助けていただきましたよ。それは感謝していますが、あなたを信用することは出来ません。こいつの傷は私が気功で治します。」
 
「ならやってみるといい。気功で見事治れば、君の腕は相当なものだ。」
 
 破れた袖の間から見えるルノーの傷は、固まった血で赤黒くなっている。一目見ただけで傷の中に異物が入り込んでいるとはおそらくわからない。だが、傷を負った状況がわかっているのに、簡単に治せると考えるテレンスの読みは甘すぎる。そんな私の思いをよそに、テレンスはルノーの隣にしゃがみ込み、気功を使い始めた。気のすむまでやらせるしかないかもしれない。だが・・・テレンスの気がすんだころには手遅れになることも考えられる。
 
「おい待ってろよ。すぐ治してやるから。」
 
「は、早くしてくれよ。まったく・・・傷さえ治ればこの程度の気功、すぐにでも跳ね返して・・・。」
 
 ルノーが忌々しげにつぶやいた。指一本動かせないのに、麻痺を跳ね返そうと試みているらしい。優れた気功の使い手ならば、麻痺の気功など簡単に跳ね返せるものだが、それはかけられる前ならの話だ。一度気の流れに絡めとられたら、そこから跳ね返すのはかなり難しい。私がカインにこの技を教えてもらった後、練習のために何度かカインを麻痺させようとしてみたが、ほとんどは跳ね返された。逆にカインからかけられた麻痺の気功は、私にはどうがんばっても跳ね返すことが出来なかった。入団して4〜5年すぎているなら、二人ともそれなりに修練を積んでいるはずだ。あの時のカインには遠く及ばないとしても、少なくとも私のような初心者よりは遙かに力があると思っていいだろう。私の正体などを訝しむより、こんな初歩的な技に簡単に引っかかってしまった自分達にこそもっと危機感を持ってほしいものなのだが、彼らにはそういった考えはないらしい。
 
(ひと思いに殴って気絶させた方が早かったかな・・・。)
 
 このタイプの人間を確実におとなしくさせたいなら、その方法が一番確実だ。だがさすがに王国剣士を殴るのはまずいかなと思ったのだが・・・。
 
(そういや、気功を教えてくれって言ったとき、カインはあんまりいい顔をしなかったっけ・・・。)
 
 私が使えるのは、適性に関係なく誰でも覚えられる気功の基本、回復と戦闘補助用の麻痺の気功だけだ。実はカインは、私に気功を覚えさせることについて消極的だった。
 
『お前の剣の腕はそれだけで見事なものだし、治療術と風水術を両方操れるなんて剣士団の中にはほとんどいないんだぞ?何もそんなに欲張らなくたっていいじゃないか。』
 
 気功を教えてくれと私が頼んだとき、返ってきたカインの言葉だ。それを何とか頼み込んで、誰でも覚えられる基本だけならと教えてもらったのだ。遠い昔の記憶が少しだけ脳裏によみがえったが、私は即座にそれを頭から追い出した。今は思い出に浸っている時じゃない。目の前にはけが人がいて、一刻も早く手当てしなければかなり危険な状態にある。今の私は王国剣士じゃない。医者なんだ!
 
「おかしいな・・・。何でこの程度の傷で・・・。」
 
 テレンスが口の中でぶつぶつ言っているのが聞こえてくる。何度も試しているようだが、顔の擦り傷などがきれいになった程度で、肝心の腕の傷には何一つ変化が見られない。もうそろそろ限界だ。これ以上時間が過ぎると本当に手遅れになってしまう。
 
「おい君、もういい加減にしたらどうだ?もう気が済んだだろう。」
 
 テレンスが悔しげな顔で振り向いた。
 
「あなたは何をしたんです!?」
 
「君も見ていたじゃないか。あのままでは暴れて傷が悪化するだけだから気功で麻痺させただけだよ。」
 
「嘘をつかないでください!それなら何で気功が全然効かないんですか!?」
 
「そのくらいのことも気づかないのか?」
 
 気功でも呪文でも、効かなければまず傷口に異物があるかどうかを疑うべきだ。だがテレンスは私への不信感で凝り固まっていて、目の前の状況を冷静に分析することが出来なくなっているらしい。その時馬車の中から、妻がさっきの親子連れと御者をつれて出てくるのが見えた。妻は押し問答をしている私達を不思議そうに見ている。
 
「無事に追い払えたみたいね。」
 
「さっきの矢は助かったよ。ありがとう。」
 
「役に立ったなら何よりだわ。ねぇ、何してるの?剣士さんが怪我してるみたいだけど、やっぱりさっきの悲鳴はこの人だったのね。」
 
「うん。かなり傷が深そうだから早く手当てしたいんだけど、気功で治すと言ってきかないんだ。」
 
「・・・なんですって・・・?」
 
 妻の眉がぴくりと動いた。怒ったときのサインだ。妻はテレンスを押しのけ、ルノーに近づこうとした。
 
「何をするんですか!?」
 
 テレンスは怒りのこもった目を妻に向けた。もしここで妻に乱暴をはたらくようなら、容赦するつもりはない。
 
「どきなさい。」
 
 妻の声のトーンが低い。私ならこんな声で話す妻に逆らおうとは思わない。
 
「邪魔をしないでください!」
 
 当然だがテレンスはそんなことにはお構いなしだ。
 
「いいからどきなさい!けが人の手当が先よ!」
 
 妻はテレンスを突き飛ばし、彼がしりもちをつくのもかまわず、ルノーの傍らにしゃがみ込んで彼の制服の袖を切り裂いた。あらわになった傷口は思ったより深い。
 
「やめてください!私が・・・」
 
 なおも手を出そうとするテレンスに、妻の平手打ちが飛んだ。
 
「邪魔してるのはあなたよ!この傷は重傷だわ!こんなことをしている間にこの人は死んでしまうかもしれないのよ!今の王国剣士って言うのは、そのくらいのこともわからないほどばかなの!?」
 
 ・・・私より容赦のない言葉だ。
 
「我々を侮辱する気ですか!?」
 
「されたくなかったら人の話くらいちゃんと聞きなさい!クロービス、どうせならこの人も固めておいてくれればよかったのに!」
 
「二人とも固めてしまったら、私が一人であの連中を追い払わなきゃならないじゃないか。」
 
 そうは言ってみたものの、その方がかえって早く追い払えていたかもしれないとは思う。
 
「だっていてもいなくても同じでしょ。たいした助けになってないじゃないの。」
 
 普段なら、妻はここまで誰かをぼろくそに言ったりしないのだが、テレンスが怪我人を前にしてくだらない意地を張っていることに相当腹を立てているらしい。
 
「とにかく早く怪我人を運ぼう。すぐにローランに連れて行かないと、死ぬか腕を無くすかのどちらかになってしまうよ。」
 
 とりあえず話をそらした。ここで彼らの行動のまずさをあげつらってみても始まらない。
 
「そうね。とにかく消毒しなくちゃ。」
 
 妻は荷物の中から念のためにと持ってきておいた往診用道具を引っ張り出し、中から消毒液と脱脂綿を取りだした。けがをしてすぐなら、村に戻って傷口を洗えば、消毒して手当をするだけですんだかもしれない。だが今となっては、それだけではこの傷はもうどうにもならない。とにかく今は傷口を消毒して、ちゃんとした医療設備のあるローランの診療所に運ばなければならない。ファロシアに診療所があれば、こんな時にもすぐに対応できるのに・・・。
 
「さ、さわるな!おいテレンス、何とかしろ!」
 
 ルノーはなおもわめき立てる。だがその声は先ほどより遙かに弱々しい。
 
「よけいなことをしないでください!私が・・・。」
 
 テレンスはなおも割り込もうとする。私は説得をあきらめ、テレンスの胸ぐらを掴んで無理矢理立ち上がらせた。
 
「わめいているから元気に見えるだけだということもわからないのか?もう少し現実を見たらどうなんだ!?君の気功では彼の傷は治らなかったんだ!ここから先は素人の領域じゃない!黙って見ていなさい!」
 
 さすがにテレンスも黙り込んだ。『自分の気功が効かない』という事実を突きつけられ、顔いっぱいに悔しさを滲ませ、唇を噛みしめてうつむいてしまった。これでやっと傷の手当が出来る。後は時間との勝負だ。妻は取り出した消毒液をたっぷりと脱脂綿に含ませている。よりによって、それはうちの診療所で一番というくらい滲みる消毒液だった。そのかわり効き目も一番なので、今の場合、この消毒液を使おうという妻の判断は正しい。正しいが・・・ルノーは相当痛い思いをすることになりそうだ。
 
「消毒するわ!滲みるわよ!」
 
 言うより早く、妻は消毒液でしっとりと濡れた脱脂綿を思い切りルノーの傷口に塗りつけた。
 
「ぐぅっ・・・・!」
 
 ルノーの顔が苦痛にゆがみ、食いしばった歯の間から声にならない声が漏れる。額には脂汗がにじんでいた。おそらくのたうち回るほどの痛みだろうが、ここで暴れられるとあとの処置が進まないし、何より体力を無駄に消耗することになる。麻痺させたことがいい方向に働いたようだ。どんなけがでも甘く見ていると命取りになる。少しくらい痛い思いをしてもらった方が、彼らのためにはいいかもしれない。
 
「まったく・・・無茶をするからこんなことになるのよ。下がれと言われたときに下がっていれば、こんなにひどくならなくてすんだんじゃないの?」
 
 馬車の中にも私の声は聞こえていたらしい。妻の言葉にルノーの目がギロリと妻をにらんだ。だが妻は平然として私に振り向いた。
 
「ねえクロービス、薬も塗っておいた方がいいの?」
 
「いや、今の状態でいくら薬を塗っても意味がないから、消毒が終わったらガーゼを当てて包帯を巻いておいてくれればいいよ。薬を塗るのは傷をきれいに洗ってからだね。今のところ血は止まってるけど、これから動かすから一応止血はしておいてくれないか。」
 
「はい。それじゃ・・・悪いけど袖を切るわよ。」
 
 妻はハサミでルノーの制服の袖を切り落とし、それを使って腕の付け根をぎゅっと縛った。
 
「あとは包帯ね・・・。このまま出血しないといいんだけど・・・。」
 
 妻が傷口に包帯を巻き終わった頃には、ルノーはぐったりとして顔色も悪くなっていた。さすがに気力を使い果たしたらしい。
 
「さすがに動く気力もなさそうだね。そろそろ麻痺は解いてあげようか。」
 
 私はルノーの麻痺を解いた。途端にルノーは飛び起きようとした・・・らしいが、彼の上半身は地面からいくらも浮かないまま、またどさりと倒れ込んだ。もう体にも力が入らないのだろう。
 
「くそ・・・!何で・・・動かないんだ・・・。」
 
 それはルノーのすぐそばにいた私にしか聞こえないほど、弱々しい声だった。ルノーはなおも口の中で何か悪態をついている。彼にとっては、傷が治らないのも動けないのもすべて私のせいらしい。まったく嫌われたものだ。傷をざっと調べたところでは骨までは折れていない。先ほどのテレンスの気功で小さな傷は全部治っているらしいので、あとはこの腕の傷を何とかするだけだ。そしてそれが一番難しい・・・。その時、ふっとルノーの声がとぎれた。
 
「ルノー!おい!どうしたんだ!?返事しろ!」
 
 テレンスが青ざめてルノーの名を呼んだ。ルノーは答えない。唇がひくひくと動いただけで、すぅっと目を閉じてしまった。どうやら完全に意識を失ったらしい。顔は土気色になっている。
 
「まずいな・・・。すぐローランに連れて行こう。病人用の馬車は手配出来るか!?」
 
「呼んできます!」
 
 さすがにテレンスも私達に文句を言うことをやめた。誰が見ても今のルノーの状態は非常に悪い。そこに馬車の中にいた親子連れの母親が進み出た。
 
「あの、先生、私どもの馬車をお使いください。トラス、あの王国剣士様を追いかけて、私からだと言って旦那様に馬車を出してもらうよう伝えなさい。」
 
「は、はい!」
 
 女主人の言葉に、御者のトラスはテレンスの後を追って走り出した。
 
「すぐに出せるようになってますか?」
 
「大丈夫です。けが人を運べるだけの大きな馬車もありますので、トラスが一番いい馬車を選んで戻ってくるでしょう。」
 
「そうですか。助かります。」
 
 テレンスの足はさすがに速かったが、追いかけるトラスもかなりのものだ。あの速さなら、馬車の用意に手間取りさえしなければすぐに戻ってくることが出来るだろう。今はあの二人に期待をかけるしかない。私はルノーの体を少し道の脇に寄せた。ちょうどいい木陰がある。私は親子連れに振り向いて声をかけた。
 
「こっちのほうが涼しいですよ。少し休まれたほうがいいんじゃないですか。」
 
「はい、ありがとうございます。さ、ルイード、メリナ、あの木の下に行きましょう。」
 
 親子は3人で木陰にやってきて腰を下ろした。母親は商人の妻らしく、慎ましく品のいいデザインのドレスを着ているが、よく見ると絹だ。だが着ている本人はそれを気にかける風もなく、裾を広げて草地にぺたりと座っている。二人の子供は母親の両側に寄り添うように座った。二人とももう泣いてはいない。気を失っていた女の子も今では元気になって、笑顔も戻ってきている。
 
「少しは落ち着きましたか?」
 
「はい・・・。私は、ファロシアで雑貨の仲卸を営んでおりますギードの妻ノイラでございます。お二人とも、危ないところをありがとうございました。・・・本当になんとお礼を申し上げてよいか・・・。」
 
 ノイラ夫人は丁寧に頭を下げた。母親につられるように、二人の子供もぺこりとお辞儀をする。その姿が何ともかわいらしい。
 
「私達だけの力ではありません。この王国剣士達も大分がんばってくれましたよ。」
 
「そうですね・・・。でも王国剣士様が来てくださるとは思いませんでした・・・。」
 
「なぜです?」
 
「主人は・・・強引な商売をしています。何でも自分の思い通りに事を運ぼうとするので、王国剣士様方とはよく諍いを起こすんです。村の広場にある箱置き場も主人が勝手に積み上げたもので、いつも危ないと注意されております。私も何度も撤去するよう言っているのですが、あんな広い場所を使わないのはもったいないと、取り合ってくれません。そして箱のことで苦情を持ち込まれると、荷馬車が盗賊に襲われたからとか、モンスターが現れたとか言っては話をそらして、さっさと出掛けてしまいます。今回もその・・・2日ほど前にそのことでもめて、『出掛ける予定があるから』と私達を連れていきなり出掛けての帰り道だったのです。子供達は喜んでいましたが・・・今のままでは町の人達ともうまく行かなくなりそうで私は心配で・・・。」
 
 なるほどそれで王国剣士達の腰が重かったのか。あの時私達が飛び出さなかったら、この親子は今頃あのコボルド達のエサになり果てていたかも知れない。
 
「これを機会に考え直してくれるといいのですが・・・。」
 
「きっと大丈夫ですよ。それより、子供達は少し元気になったようですね。」
 
「はい。やっと落ち着きましたので、今日はすぐに家に帰って子供達についていてあげようと思います。」
 
 ノイラ夫人は笑顔で子供達の頭をなでた。
 
「それがいいですよ。だいぶ怖い目に遭ったでしょうからね。」
 
 
「馬車が来るわ。さっきの御者さんみたいよ。」
 
 街道に立ってファロシアのほうを伺っていた妻が声を上げた。程なくして大型の馬車が私達のすぐ脇に止まった。御者台に座っているのはさっきのトラスという御者だ。中にはテレンスが乗っている。
 
「奥様、お待たせいたしました。旦那様から、皆さんをお運びするよう仰せつかってまいりました。そちらの剣士さんもローランまでお運びします。どうぞ、お乗りくださいませ。」
 
 かなり大きな馬車だ。私達は全員で乗り込み、まずはファロシアの入り口でノイラ夫人と子供達を降ろした。
 
「本当にありがとうございました。こちらにお越しの際はどうか私どもの店にお立ち寄りください。改めてお礼をさせていただきます。」
 
 ノイラ夫人は優雅にお辞儀をした。そういえば自己紹介なんてすっかり忘れていたことを思い出し、私はあらためて、テレンスにも聞かせるつもりで名前を名乗り、北の島から祭り見物にやってきた医者であることを告げた。そこに村の入り口からさっき私達に助けを求めた男性、ノイラ夫人の夫であるギード氏が飛び出してきた。
 
「おお、先ほどの方でございますな。何でも偉いお医者様とか。危ないところをありがとうございました。いずれお礼は必ず・・・。」
 
 ギード氏は何度も頭を下げている。いつの間に『偉い医者』になってしまったものやら。トラスの脚色かギード氏のリップサービスか・・・。私は苦笑しながら、そんなことよりまずは夫人と子供達をいたわってあげてほしいと言い残して、すぐにローランに向かってくれるようトラスに頼んだ。馬車の中で、妻は時々ルノーの額に手を当てて熱を確かめながら、にじんでくる脂汗をふき取ってやっていた。彼が私達に対してどんなに悪い感情を持っていようと、今は一人の患者だ。テレンスは黙ったままルノーの手を握っている。妻のすることに、もう口出ししようとはしなかった。
 
 
「ローランが見えてまいりました。デンゼル先生の診療所でよろしゅうございますか?」
 
 御者台から聞こえた声に、私は診療所の真ん前まで馬車をつけてくれるように頼んだ。トラスはこの大きな馬車を見事に操り、診療所の前でぴたりと止めた。馬達はよく訓練されているらしく、次の命令が来るまで止まったまま動こうとしない。
 
「トラスさんでしたね。ありがとうございました。」
 
「とんでもございません。先生方が助けてくださらなければ、私どころか奥様もお子様方も、あの化け物どものえさになり果てていたことでございましょう。この程度のことではご恩返しにもなりません。私どものことはどうぞトラスとお呼びください。他にお手伝い出来ることはございませんでしょうか。」
 
「ではトラス、帰りに剣士団の詰所によって、ルノーという王国剣士が怪我をしたからこの診療所に来てくれるように声をかけてくれませんか。それだけで充分です。あなたのご主人にもよろしく伝えてください。恩返しなど考えなくていいんですよ。皆さんが無事だったのが何よりですから。」
 
 トラスは何度も頭を下げ、何かあったら声をかけてください、すぐに駆けつけましょうと言って帰っていった。
 
「テレンス、手を貸してくれ。ルノーを中に運ぶぞ。」
 
 テレンスは黙ったままだったが、言ったとおりに動いてくれた。
 
 
「おお、クロービス、どうしたんじゃいったい・・・・ん・・・!?ルノーか!?こ、これは、どうしてこんなひどいことに・・・。」
 
 出て来たデンゼル先生が青ざめた。傷は包帯で隠れているが、先生が驚いたのはルノーの顔色の悪さだ。私は簡単に事の次第を話し、おそらくは一刻の猶予もないだろうとつけ加えた。
 
「まったくだ。アーニャ、病室の用意だ!部屋をあったかくしておいてくれ。今夜は徹夜になるかもしれんぞ!」
 
「はい!」
 
 アーニャは診療室を飛び出していった。デンゼル先生はルノーの腕に巻かれた包帯をはずし、傷を見て少しほっとした表情を見せた。
 
「うむ・・・傷のほうは大丈夫だ。お前さんが止血と消毒をしてくれていたおかげで、化膿もしておらん。」
 
「怪我をしてすぐに手当が出来れば、もう少し軽傷ですんだかも知れないんですが・・・。」
 
「ふむ・・・まあ状況が状況だからな。仕方なかろう。う〜む・・・。」
 
 デンゼル先生はしばらく傷を食い入るように見つめていたが、やがてピンセットとシャーレを持ってきた。
 
「これと・・・これ・・・ほれ、ここにもあるわい。それからえーと・・・お、ここじゃ!」
 
 ぶつぶつ言いながら、デンゼル先生は傷の中から器用に異物をより分けてシャーレに移していく。明らかに人間のものではない肉片、木の葉、木くず、木の実の殻など、シャーレの中はルノーの血で赤黒く染まった異物でいっぱいになった。
 
「ふぅ・・・こんなところじゃろう。・・・どうやら、感染症に間違いなさそうじゃのぉ・・・。」
 
「だと思います。けがだけでこんなに急速に弱るのは考えられませんからね。」
 
「ふむ、それにほれ、この肉片じゃが・・・おそらくコボルドの肉片じゃろう。ガーゴイルという生き物は肉食じゃからな。」
 
「そうですね・・・。実に奇妙な光景でしたよ。ガーゴイルが自分にとっては大量のえさに囲まれて、馬車を襲撃していたんですからね。」
 
「おかしな話じゃな。何でコボルドを食いもせんと従えていたのか、理解しがたいわい。」
 
 あのガーゴイルには、ずっと昔南大陸で出会った同じ種類のモンスター達とは、明らかに何か違う雰囲気があった。では何が違うのかと言われても、明確な言葉で表すことが出来ない。
 
「コボルドという種族は雑食じゃ。おかしなモノを食ったりするやつもおるから、お世辞にも衛生的とは言い難い。そんなやつの肉を食らったからとて、ガーゴイルがきれいに手を洗うとは思えんからな。感染症の元はおそらくこの肉のかたまりじゃろうて。こいつらの生態は未だに謎が多い。城下町に住んでいる生物学者に知り合いがおるから、頼んで調べてもらおう。そうすればもう少し詳しいことがわかるだろう。うまくいけば病原体の特定も出来るかもしれんな。」
 
「そうなればまた対策のたてようもありますね。」
 
「うむ。さてと、こりゃテレンス。」
 
「は、はい・・・。」
 
 呆けたような顔でルノーの傷を見ていたテレンスは、突然名前を呼ばれて驚いたように返事をした。
 
「お前さんの気功が何ぼのもんか知らんが、状況判断の甘さは相変わらずじゃのぉ。」
 
「・・・・・・・・・。」
 
 テレンスが肩を落とした。さすがにこんな事態を招いた責任が自分達にもあると自覚したらしい。
 
「傷の中にはこれだけの異物が付着しとったんじゃ。この状態でいくら気功を使ったところで、何にも変わりゃせん。わかるな?」
 
「はい・・・。」
 
「どうもお前さん達は二人とも頭に血が上りやすいようじゃ。・・・ふん・・・いつもならもう少し説教するところだが、今はそんな時間はなさそうじゃな。クロービス、傷を洗うから手伝ってくれんか。」
 
「わかりました。」
 
 大きなたらいを床に置き、二人がかりでルノーの腕の傷を洗った。しばらくかかって血のかたまりに隠れて見えなかった泥や砂がきれいになり、たらいの中はルノーの血で真っ赤に染まった。だが固まっていた血が溶けただけで、新たに出血する気配はない。
 
「よし、傷のほうはそんなにひどくはないが・・・少しだけ呪文を使っておくか。このままでは目を覚ましたときまた痛むからの。」
 
「私がかけましょうか。」
 
「そうじゃな。頼む。」
 
 『自然の恩恵』を使って、傷を少しだけ治した。だがこの程度の呪文でさえ、ルノーの顔色はまた悪くなったような気がする。
 
「よしよし、では薬を塗ってと・・・。」
 
 デンゼル先生は薬品の置かれた棚から大きな薬瓶を取りだした。淡いグリーンの塗り薬がたっぷりつめられている。
 
「デンゼル先生、私がやりましょうか?」
 
 妻が声をかけた。
 
「ふむ。お願いするとしよう。おまえさん達がいてくれて助かるわい。」
 
 妻はほほえんで、デンゼル先生から塗り薬の瓶を受け取った。この塗り薬はどうやらデンゼル先生の特製らしい。あとでレシピを教えてもらおうか・・・。
 
「また脂汗が出てるわ・・・。」
 
 妻は薬を塗る手をを止めて、ルノーの額に浮かんだ汗をぬぐった。でも何度ぬぐってもまたすぐに滲んでくるのだ。熱が上がっているらしい。私はルノーの脈を測ってみた。かなり早い。額を触るまでもなく、手首でさえも熱くほてっている。
 
「デンゼル先生、一度無理にでも目を覚まさせて薬を飲ませたほうがいいかもしれませんね。かなり熱が出ていますよ。」
 
「うーむ・・・よし、すぐに薬を作ろう。飲ませたら病室に搬送じゃ。ウィロー、手当が終わったら、すまんがアーニャのほうを手伝ってきてくれんか。あいつも自分の患者を抱えとるし、看護婦達もそんなにたくさんいるわけではないからな、悪いが頼む。」
 
「わかりました。すぐに行ってきますね。」
 
 妻が小走りに診療室を出て行った。デンゼル先生はすぐに薬作りに取りかかったが、薬草を煎じるのはそう簡単にいかない。
 
「ふう・・・この薬草の成分だけを抽出して貯めておければといつも思うよ。そうすれば用途に合わせてすぐに薬が出来上がる。薬草を煎じるには、湯を沸かして煮立たせてと言う工程を省くことが出来んからなあ。いつもじれったい思いをしておるんじゃ。」
 
「成分抽出については私もいろいろ考えているんですが、まだまだ問題が多いですからね。完全な形で抽出出来ればいいんですが、その過程で成分が変質したりする可能性もありますし。」
 
「まったくだ。だが、すでに一部では成功しておるわけじゃからの。多少成分が不安定なものでも変質させずに抽出することが可能になれば、これからの医療はまた格段に進歩するじゃろうて。クロービス、わしはもう先行き長くはないが、お前さんなら出来る。期待しとるから、がんばってくれよ。」
 
「縁起でもないこと言わないでくださいよ。それに、きっと王立医師会でも取り組んでますよ。」
 
「だといいんじゃがな。」
 
 デンゼル先生の言うとおり、薬草からの成分抽出はすでに一部成功している。熱しても冷やしても変質しない安定した成分に関しては、抽出して『薬物』という形で保存が可能だ。だが、抽出の過程で少しでも変質してしまうものや、まわりの温度に影響されるような不安定な成分については、未だに薬草を煎じて冷まして、と言う工程を省くことが出来ずにいる。それも私の今後の研究課題ではあるのだが、私にはここ何年か取り組んでいる大きなテーマがある。それは、こんな風に意識を失っている時に、無理矢理起こさなくても薬を投与する方法がないものかどうかということだ。この20年で医学も驚くほど進歩し、体の仕組みもかなり詳しくわかってきている。たとえば血管・・・。ここに直接薬品を注入する方法があれば、気付の呪文に頼らなくてもよくなる。だが、では血管にどうやって薬を入れるか、入れても大丈夫なのかについては、まだはっきりとしたことがわからない。何かしらの方法があると思うのだが、人間の体で実験をするわけにはいかないので、なかなか研究は進まないのだった。
 
「よし、出来たぞ。」
 
 デンゼル先生の声で我に返った。やっと出来上がった薬をよく冷まし、さらにそこに薬品を一つ混ぜる。かなり熱が高いときに使うものだが、こんな風に煎じた薬に薬品を混ぜるにも、熱いうちには出来ない。それでまた時間がかかる。風邪などのような比較的よくある症状の薬なら、流行する時期にはまとめて作っておくと言うことも出来るのだが、感染症というのは患者ごとに全くと言っていいほど症状が異なる。まず大量に作り置きすることは出来ないのだ。私はルノーの体を起こして背中を支え、気付けの呪文を唱えた。普通なら、この呪文をかけられるとたいていの人はびっくりしたように目を開くのだが、ルノーは眉根を寄せ、小さくうめき声を上げてやっとのことで目を開いた。
 
「わしがわかるか?」
 
 デンゼル先生がルノーの顔を覗き込み、話しかけた。ルノーはゆっくりとうなずいた。頭の中ははっきりしているらしい。
 
「よしよし、大変な目に遭ったもんじゃ。さあ、この薬を飲みなさい。ゆっくりでいい。ちゃんと全部飲まないと、いつまでも動けるようにならんぞ。」
 
 ルノーはうなずき、口元につけられた器から一口、薬を飲んだ。とたんに顔をしかめる。相当苦いらしい。
 
「苦いじゃろうが、吐き出してはならんぞ。ちゃんと飲み込んで。ほら、次じゃ。」
 
 ゆっくり、ゆっくり、ルノーは器の薬を飲み下していく。体を支えているのが私だとは気づいていないらしい。かなりの時間をかけて、ルノーは薬を飲み終えた。
 
「うむ、全部飲んだら、もうしばらく眠りなさい。明日の朝にはよくなっているじゃろうて。」
 
 ルノーは少し微笑んだように見えた。そしてまたすぐに目を閉じた。それを確認して、私はそっとルノーの体を横たえた。呪文を使って目を覚まさせてもなお、すぐに意識を失うと言うことはそれだけ危険な状態だと言うことだ。
 
「・・・今日これから・・・そうじゃな・・・明日の朝までに完全に意識を取り戻すことが出来れば、助かる見込みもあろうが・・・。」
 
 デンゼル先生は苦しそうにつぶやいた。診療室の空気がぴんと張り詰め、テレンスが身を硬くしたのがわかった。
 
「おじいちゃん、病室の用意が出来たわ。」
 
 そこにアーニャと妻が駆け込んできた。
 
「おお、そうか。よし、運ぶぞ。」
 
 移動用のベッドにルノーの体を移して、振動を避けながら病室まで運んだ。病室は私達が見せてもらったあの空き部屋だ。あの時部屋の中には陽の光が降り注いでいたが、今はカーテンが閉められ、さらに窓には日よけの衝立が置かれていた。弱っている患者には、日光がかえって毒になることもある。
 
「わしはこれから明日の朝までに飲ませる薬を作ってくる。アーニャ、手伝ってくれ。クロービス、すまんがルノーを見てやってくれんか。」
 
「わかりました。」
 
 デンゼル先生とアーニャはあわただしく病室を出て行った。なんだか思いもかけない展開になってしまった。海鳴りの祠に遊びに行くどころではない。もちろん私達が行くといえばデンゼル先生もアーニャも止めはしないだろうが、一度関わってしまった患者を置いて、のんびり観光になんてとても行く気にはなれなかった。病室の隅には、テレンスが青ざめた顔で立ち尽くしている。いつの間にか目が真っ赤だ。
 
「そばについていてあげたほうがいいんじゃないかい。」
 
「・・・僕は何も出来なかったんです・・・。こいつのそばにいる資格なんてないですよ・・・。」
 
 話す声も涙声だ。
 
『相変わらず状況判断が甘い』
 
『いつもならもう少し説教する』
 
 さっきデンゼル先生は彼にそう言っていた。もしかしたら以前にも、状況の見極めを誤って失敗したことがあるのかもしれない。でもそれを今尋ねる必要はないだろう。それに、それは私の役目ではない。
 
「資格も何もないよ。君は彼のことを泣くほど心配しているんだ。単なる相方というだけじゃなく、友達なんだろう?」
 
 テレンスは黙ってうなずいた。
 
「そばにいて、手を握っていてやるといいよ。今夜一晩持ちこたえられれば大丈夫だ。君達は入団して4〜5年は過ぎているみたいだね。それだけの長い間王国剣士として研鑽を積んできているんだから、そう簡単に死んでしまったりしないさ。」
 
「・・・・・・・・。」
 
 テレンスが驚いたように顔をあげた。
 
「どうして僕達が入団して4〜5年だなんてわかるんです?」
 
「ガーゴイルの話が出たとき、君達は南大陸への赴任経験があると言っていたじゃないか。南大陸へ行けるのは入団して3年過ぎてからの話だ。しかも君達はガーゴイルには何度も出くわしていると言っていた。あのけものは砂漠の中にはそんなにいない。南大陸の中でも北部山脈の向こう側か、西側の森の近く辺りに多くいる。そんなところまで足を伸ばしたことがあるなら、南大陸への赴任経験が何度かあると考えていいだろう。だが君達は二人とも20代半ばくらいに見える、ということは、長くても4〜5年かなと思ったんだよ。違ってたかい?」
 
「いえ・・・おっしゃるとおりです。」
 
 テレンスはまだ釈然としない表情だったが、何も言わずベッドの脇に置かれた椅子に腰掛けて、ルノーの顔を心配そうにのぞき込んだ。そのとき扉がノックされた。
 
「失礼します。」
 
 入ってきたのはセーラだった。
 
「やあセーラ、また来てしまったよ。」
 
 セーラは曖昧にうなずき、
 
「あの・・・両親にお会いになったんですか・・・?」
 
不安そうに尋ねた。ずっと気になっていたに違いない。
 
「いや、出かけていたらしくて会えなかったんだ。残念だったよ。それで村を出ようとしたところにこのモンスター騒ぎでね。」
 
「そうですか・・・。」
 
 セーラはほっとしたように見えた。が・・・なぜか、ほんの少し残念そうな、奇妙な感情を、私の『力』がとらえた。知られてしまったほうがいい・・・そんな気持ちが彼女の心のどこかにあるのかも知れない。
 
「セーラ、君もこの人と知り合いなのか?」
 
 テレンスが不思議そうに尋ねた。
 
「今日デンゼル先生のところにお見えになって、それで知り合ったばかりです。この方は、あの麻酔薬を開発されたお医者様なんですよ。」
 
「・・・・・・え・・・・・?あ、あの・・・君が会いたがっていた・・・あの・・・?」
 
「はい。」
 
「・・・・・・・。」
 
 このときのテレンスの顔は、何とも形容のしようがないほど複雑な表情だった。ファロシアに理由もなく現れた、自称医者の不審人物と、麻酔薬の開発者というイメージが、彼の頭の中でうまく融合しないらしい。
 
「それで、私も医師としての勉強をするために、こちらの先生の診療所にお世話になることにしたんです。それで、先生方がファロシアに出かけられたんですよ。私の・・・両親に話をするために・・・。」
 
 少し暗くなったセーラを見るテレンスの顔に、いたわるような表情がよぎった。彼はセーラと母親の確執を知っているのかもしれない。
 
「そ・・・そう・・・だったのか・・・。」
 
 テレンスは曖昧に返事をした。今ひとつ納得出来ないが、デンゼル先生やアーニャの私に対する態度、そしてセーラの言葉を考え合わせれば、それはきっと真実なのだろうと自分を納得させようとしているらしい。
 
 
 
「失礼します。入ってもよろしいでしょうか。」
 
 部屋の中に漂い始めていた重い沈黙は、扉へのノックと、続いて聞こえてきた若い男性の声によって破られた。入ってきたのは王国剣士だ。見たところ30代前後といったところか。テレンス達よりはベテランといった風格がある。
 
「失礼します。やあセーラ、うちのルノーが怪我をしたと聞いたんだけど。」
 
 二人とも緊迫した雰囲気はない。王国剣士がなんで怪我したくらいで診療所に運び込まれたのだろうと不思議がっているように見えた。だが・・・・。
 
「はい。こちらで眠っていらっしゃいます。」
 
 セーラに促されて二人はベッドの脇に歩み寄り、そろって顔色を変えた。
 
「これは・・・怪我だけでこんなにひどくなってるのか・・・?おいテレンス、これはどういうことだ!?」
 
 ずっとルノーの手を握っていたテレンスはびくっと体を縮こまらせて、こわごわと顔を上げた。
 

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