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 カインと二人で外に出た。風が心地よい。もう少しこう言う季節が続いてくれるとありがたいものだが、こんな北の果てではこんなさわやかな季節があるだけいいと思わなければならないのかもしれない。船着場に着くと、もう荷揚げも終わって船員達が一息ついているところだった。
 
「よぉ!クロービス先生じゃねぇか!」
 
 大声で声をかけてきたのは、定期船の船長、ファーガスさんだった。ファーガスさんはこの島と北大陸を結ぶ定期船就航のときから、船長の一人として大陸と島を往復している。
 
「ファーガスさん!おはようございます。今朝の当番はあなただったんですね。」
 
「おうよ!今週いっぱいは俺が朝の定期便だ。先生のところの荷物も届いてるぜ。」
 
 ファーガス船長は船着き場にあげられている大きな荷物を指さした。
 
「いつもすみません。」
 
「いいってことよ。俺はこれが仕事なんだ。それに、先生のとこに送られてくる荷物はいつもでかいわりに軽いからな。たいした手間じゃないよ。」
 
 船長は大声で笑い、私の隣にいるカインに気づいて声をかけた。
 
「よぉ!カイン坊じゃねぇか。帰ってるって聞いたが、いつまでいるんだ?」
 
「今日帰るんだ。父さんの荷物運びの手伝いもかねて、船の時間を見に来たんだよ。いつ頃出航なの?」
 
「そうだなぁ・・・。荷揚げは終わったし、野郎ども・・・いやいや、船員達に休憩させて・・・昼前かな。俺の船がいくら速くても、さすがに昼までには出ないと夕方までにローランに着けねぇからな。」
 
「昼前か・・・。」
 
「おぅ。昼の鐘と同時に出発するよ。だからそれまでにここに来てくれりゃいいさ。診療所には時計があるんだろう?」
 
「うん。それじゃ昼の少し前に来るようにするよ。」
 
「よっしゃ。もしも来なかったら知らせに行ってやるよ。おいていったりしねぇから安心しな。」
 
「遅れないように来させますよ。船長だってゆっくり休まないとね。あれから調子はどうなんですか?」
 
「おぅ!もうすっかりいいぜ。先生がいなかったら、今頃俺は土の中だ。先生にはほんと感謝してるよ。」
 
 ファーガス船長が定期船の船長となってしばらくした頃、夜中に急激な腹痛に襲われて診療所を訪れた。ブロムおじさんにも来てもらい、二人で診察した結果は虫垂炎だった。下腹部の内臓の一部が炎症を起こすのだがこれがくせ者で、軽度の場合は症状が現れにくいし、少しくらいの腹痛はたいてい誰でも我慢してしまう。食あたりだろうくらいに考えて痛み止めを飲んですませてしまうのだが、そのせいで手遅れになることも少なくない。このファーガス船長という人は今でこそ定期船の船長だが、実は若い頃は、南の海を荒らし回る海賊だったらしい。確かに顔には何ヶ所か大きな傷があり、虫垂炎の手術で服を脱がせた時、体中にも何ヶ所か大きな傷跡があったのを憶えている。おそらくかなりの修羅場をくぐり抜けてきたのだろう、そうとうに我慢強い。もしもあの時も腹痛を我慢し続けていたら、おそらく一晩持たなかっただろうと思われるほど症状は進んでいた。その状態で船を操ってきたことに驚かされたものだ。
 
「船長にまだまだ寿命があったと言うことですよ。でも大事にしてくださいね。娘さんも心配されているんですから。」
 
「へへ・・・ま、まあな・・・。あいつも最近死んだ女房にそっくりになって来やがって・・・。」
 
 ファーガス船長の奥さんは、まだ船長が海賊をしていた頃に知り合い結婚したのだそうだが、当時バリバリの現役海賊だった船長は家にいるより船に乗っている時間のほうが多く、奥さんが体をこわしていることにも気づかなかった。本人としては金持ちの船しか襲わないとか、襲った船の乗組員を殺したりしないと決めていたらしくちょっとした義賊気取りだったそうだが、海賊同士の抗争では何人殺したかわからない。それは本人も認めている。だがそれがどれほど罪深いことかに気づいたのは、久しぶりに陸に上がって奥さんの死を知らされた時だったそうだ。幸い娘さんは近所の人が面倒を見てくれていたらしいが、久しぶりに会った娘に冷たい視線を投げかけられ、自分が今まで何をしてきたかに気づいて海賊から足を洗う決意をしたのだという。その後自分の足で牢獄に出向いて罪を告白したが、殺人については相手がみんな海賊であったことや、自首してきたことで罪を減じられて、何年かの『おつとめ』で牢獄を出てくることが出来たらしい。その後離島と大陸を結ぶ貨物船などの仕事をして娘さんを育ててきた。船長のがんばりに娘さんも心を打たれ、娘さんの結婚を機に和解して今は仲良く暮らしている。
 
「それに、かわいいお孫さんもいらっしゃいましたね。今いくつなんですか?」
 
「上が5歳で、下が3歳だ。来年はどうやら3人目が生まれるらしいんだが・・・。」
 
「そうなんですか。おめでとうございます。それじゃまだまだがんばらなくちゃならないですね。」
 
「そうだなぁ・・・。孫に服の一枚も買ってやりたいしな。おっと、無駄話しちまったよ。それじゃカイン坊、待ってるからな。先生、ウィロー先生によろしくな。」
 
「わかりました。伝えておきます。」
 
 ファーガス船長は妻のことも『先生』と呼ぶ。虫垂炎の手術の翌朝、仕事は休めないと言って帰ろうとした船長を怒鳴りつけたのは妻だった。
 
『船長はなんのために働いてらっしゃるんです!?死んでしまったら、もう二度と仕事なんて出来ないんですよ!?どっちが大事なんですか!?』
 
 仕事は大事だが、そのために命を落としては本末転倒だ。妻のこの一声で、ファーガス船長はその後一週間ほど診療所に入院することになった。その時に船長の娘さん夫婦とお孫さんに会ったが、とてもきれいな娘さんだったと記憶している。
 
 
「ところで先生、雑貨屋のだんなは具合でも悪いのかい?」
 
「ラスティ?いや・・・元気だと思うけど。どうかしたんですか?」
 
「雑貨屋にも荷物が届いてるんだがな。いつもならあのだんなは朝一番に来て持って行くのに今日は姿を見せないんだよ。どうしたのかと思ってなぁ。」
 
「それじゃ帰りに寄ってみます。体調が悪いならちゃんとみてやらないと。」
 
「それじゃ頼むぜ。」
 
 ラスティは今、この島で雑貨屋を営んでいる。私達が島に戻ってきた頃、ラスティはもう今の奥さんキルシェと付き合っていて、結婚するより先に子供が出来てしまっていた。最初、ラスティは結婚して王国へ行き、そこで子供を育てようかと考えていたのだが、川向こうの集落に住むキルシェの両親は娘の結婚に反対はしなかったものの、娘夫婦が王国に出て行くことにはあまりいい顔をしなかった。彼らもまた、王国でつらい思いをしてこの島に流れ着いた人達だったのだ。
 
 島で暮らしていくためには何かしら仕事をしなければ食べていけない。もちろん当時の長老は、ダンさんの仕事でも手伝ってくれれば衣食住の心配はしなくていいと言ってくれたのだが、それはラスティが納得しなかった。
 
『自分の力で家族を養ってやれないのは悔しいじゃないか。』
 
 ラスティは当時よくそんなことを言っていたが、実はラスティはグレイから自立したかったのじゃないかと思う。グレイとラスティは仲のいい兄弟だ。グレイはいつだって弟のことを心配して、よく面倒を見ていた。でもラスティにしてみればそれがうっとうしい時もあったらしいし、また、グレイがいつまでも弟のことばかり気にして、自分のことを後回しにしているように思えたのがつらかったのかも知れない。自分の力で金を稼いで生活していくことが出来るようになれば、兄の手を煩わせることもなくなる、そうすれば兄ももう少し自分自身のことをちゃんと考えてくれるようになるかも知れないと、そう考えたらしい。そこで、この島には店がないから生活用品を売る雑貨屋を始めたいと長老に相談を持ちかけたのだ。
 
 昔、この島には月に一度商人船が来る程度だった。世捨て人の島などと呼ばれて犯罪者や人生に絶望した人達ばかりいる島に、店を開こうなどと考える人など誰もいなかった。だが海のモンスターの脅威もなくなり、王宮が今まで半分孤立していたような離島すべてに定期船を運航させるという知らせがこの島にも届き、船が来るようになれば物資を手に入れることも容易になる、贅沢品はともかくせめて必要な生活品類を手に入れるのに苦労しなくてすむようにしたいというラスティの言葉に、長老はじめ集落のみんなが心を動かされた。とりわけ島に住むおかみさん達にとって、いつでも必要なものを必要なだけ買うことが出来るということはかなりの魅力だったのだ。
 
 この話を聞いたグレイは、思ったよりもすんなりと賛成した。あまり簡単に話が進んだのでラスティのほうが拍子抜けしたほどだ。もっともその頃、グレイは弟の結婚話が出た時から一度島を出て王国へ行こうと決めていたらしい。グレイが賛成したのなら話は早いほうがいいだろうと、長老が島にあるほかの二つの集落にも相談に出向いてこの話がまとまった。
 
 今ではラスティは、すっかり雑貨屋の店主が板についている。いつも朝一番に荷物を受け取りに船着場に来て、夜遅くまで店を開けていてくれる。そのラスティが荷物の届く日に姿を見せないというのは、確かにただ事ではないかもしれない。私は荷物を担いだままラスティの店に寄ってみた。いつもならとっくに店を開けている時間なのに、よろい戸が閉まったままになっている。
 
「おかしいなぁ・・・。本当になにかあったのかなぁ・・・。」
 
「この間もめてたことと関係あるのかなぁ。」
 
 カインも首をかしげている。とりあえず私は店の裏側にあるラスティの自宅の玄関に行ってみた。声をかけると中からキルシェが出てきた。
 
「あら、おはようクロービス。どうしたの?」
 
「船着場に荷物が届いてるんだけど、ラスティが取りに来ないってファーガス船長が心配してたんだ。どうしたのかと思って寄ってみたんだけど、具合でも悪いの?」
 
「あら!まだ取りにいってないの?困ったわねぇ・・・。私じゃ一人でもって来れないし・・・。」
 
 キルシェは荷物の心配はしているが、ラスティのことは心配していないらしい。と言うことは別に具合が悪いとか何かよくないことがあったと言うことではなさそうだ。
 
「どこに行ったの?」
 
「多分・・・グレイ義兄さんのところだと思うんだけど・・・。」
 
「父さんのことなんてほっとけばいいのよ!あんなわからずやの頑固おやじ!」
 
 いきなりキルシェの後ろから怒鳴り声が聞こえた。これはラスティとキルシェの娘、アローラの声だ。
 
「・・・もしかして親子ゲンカ?」
 
「あ、あらごめんなさい。ちょっとアローラ!クロービス先生よ。そんな言い方しないの!」
 
 キルシェの後ろからアローラが顔を出した。目は真っ赤で顔全体が赤く腫れている。大泣きしたと一目でわかる顔だ。
 
「クロービス先生・・・それにカイン・・・。ごめんなさい怒鳴ったりして・・。」
 
 いつもの元気はどこへやら、アローラはすっかりしょんぼりしている。
 
「どうしたのさ?いつもの君らしくないなあ。君は泣くより怒って突撃して行くタイプだと思ってたけどな。」
 
 カインはのんきに答えている。
 
「突撃していけるものならしてるわよ・・・。男はいいわよね、気楽で・・・。」
 
 アローラの目からまた涙がこぼれた。
 
「あ、何だよその言い方。僕だっていろいろと苦労してるんだぞ。」
 
 カインは口を尖らせている。まあ確かに、この休みの間カインなりに苦労はしたかも知れないが・・・。こんなに偉そうに言うほどのこととも思えない。
 
(でも珍しいな・・・。普段は仲がいいのに・・・。)
 
 ラスティとアローラは別に仲が悪いわけじゃない。ただ、年頃になったアローラにラスティが口を出しすぎてけんかになることは今までもたびたびあった。だから今回もそう言うけんかのひとつなのかもしれないが、それにしてもアローラがこんなに泣いているのは初めてかも知れない。カインが言ったとおり、アローラはまったくと言っていいほどおとなしい性格ではない。だからもしもいつものけんかなら、アローラは怒って父親に食ってかかるはずだ。
 
(・・・あ・・・。)
 
 ひとつだけ、このけんかの原因として思い当たることがある。
 
「もしかして、いよいよ具体的な話になったの?」
 
 キルシェは、私をみてニッと笑った。
 
「そうなの。何日か前ね、本人が挨拶に来たいからってアローラがうちの人に話したんだけど、それ以来ずっとこの調子よ。グレイ義兄さんにも話して説得してもらおうと思ったんだけど、このことについてだけは聞く耳持たないって感じでねぇ。」
 
 キルシェは大げさに肩をすくめてため息をついた。
 
「でもアローラももう21歳になるんだし、早いってことはないよね。・・・ただ娘を手放したくないってだけなんだろうなぁ・・・。」
 
「そうなのよねぇ・・・。だからっていつまでも手元に置いていたら、行き遅れて一人さびしく老後を迎えることになりかねないわ。まったく父親って言うのは、どうして娘に関してだけはこうもわがままなのかしらねぇ。おかげで私も今はうちの人とけんか中よ。」
 
「・・・それじゃ今はグレイの家にいるのかなあ。」
 
「ねぇクロービス、グレイ義兄さんの家に行ってうちの人に荷物のことを伝えてくれない?身内の揉め事に巻き込んでしまうみたいで申し訳ないんだけど、私が行っても話も聞いてくれないし、あなたにならそうそう八つあたりしたりしないでしょうし・・・。」
 
「そうだね・・・。それじゃうちの荷物を置いたらすぐに行ってみるよ。」
 
「ごめんなさい。よろしくね。」
 
「クロービス先生!お願い、父さんを説得して。先生の言うことなら父さんも聞いてくれると思うわ。私・・・こんなことで彼と結婚できないなんていやよ!」
 
 アローラが涙を溜めた目で私を見上げた。
 
「・・・確約は出来ないけど、がんばってみるよ。」
 
「ありがとう。よろしくお願いします。」
 
「クロービス、私からもお願いするわ。」
 
 キルシェとアローラから頭を下げられ少しだけ気が重くなったが、ここまで話を聞いてしまっては黙って見過ごすわけにもいかない。アローラが川向こうの村に住むティートという青年と交際中だと言うことは、私はずっと前から知っていた。カインももちろん知っている。もしかしたら知らなかったのは父親のラスティだけかもしれない。
 
 カインと二人で大きな荷物を持ち上げて家路についた。
 
「ファーガス船長って顔は恐いけどいい人だよね。」
 
「顔が恐いか・・・。ははは・・・傷だらけだからそう見えるのかな。」
 
「最初に会った時はびっくりしたよ。さっきも船員の人達を野郎どもなんて言ってたけど、昔海賊だったって噂は本当なのかな。」
 
「さあねぇ・・・。それより、船長に呼びに来てもらうことがないように、ちゃんと時間通りに行けよ。」
 
 船長が海賊だった話は、実は私とブロムおじさん、それに妻しか知らない。入院している間、暇をもてあましていた船長の話し相手になっていた時にそんな話を聞いたのだ。でも傷だらけのすごみのある顔を見れば、黙っていてもその手の噂は流れるものだろう。でも本気でそのことを心配している人は、少なくともこの島には誰もいない。
 
「うん。うちの時計合ってるよね。」
 
「大丈夫なんじゃないかな。」
 
 時計もずいぶんと普及した。私が王国剣士だった頃は、時計なんて王宮のロビーにあるのしか知らなかったし、精度もかなり怪しかった。私達は王宮の中にいれば時計の時間で動くが、外に出ている時は太陽の動きを見ながら行動する。中にいるより外のほうが圧倒的に多いので、時計の時間なんて気にしたことはなかった。でも今は違う。大きな時計は今もあるが、一般家庭の中に置ける程度の小型の時計が急速に普及してきた。昔、モンスター達が人を襲わなくなってからのことだ。何をおいてもモンスターから身を守ると言うことを考えなくてよくなってくると、そのために割いていた時間を別なことに使えるようになる。おかげで昔よりずいぶんと暮らしは便利になってきていた。
 
「カイン、お前一人でこの荷物中に入れられるか?」
 
「大丈夫だよ。診療室でいいの?」
 
「ああ。ブロムおじさんに頼んで中を確認してもらってくれ。それからお前とフローラは荷物をまとめて、いつでも出発できるようにしておきなさい。父さんも昼前には戻れると思うから。」
 
「グレイおじさんの家にこのまま行くんだね?」
 
「そうするよ。さすがにアローラがかわいそうでね・・・。」
 
「僕もティートとアローラのデートには協力したもんなぁ・・・。」
 
 それは私も同じだ。アローラとティートはうちの診療所で知り合ったのだ。アローラが妻とイノージェンの手伝いでうちに来ていた時、ティートが祖父を診療所に連れてきた。その祖父が川向こうの集落の長老だ。ティートは長老の性格を受け継いでいるらしく、温厚で優しい青年だ。アローラと結婚したらまず間違いなく尻に敷かれそうだが、島の老人達は口をそろえて『女が主導権を握っていたほうが家庭ってのは円満なんだよ』という。それは確かに当たっていると私も思う。二人が結婚すればきっと賑やかで円満な家庭になるに違いない。
 
「あの二人いつも家で会ってたからね・・・。」
 
 二人がつきあいだしてから、アローラはしょっちゅうイノージェンの仕事を手伝うようになった。そしてイノージェンは必ずと言っていいほど妻のところにアローラを連れてくる。助産婦としての仕事はいまでもサンドラさんが中心になってやっているので、本当ならうちにわざわざ毎回来る必要などないのだが。そしてそこに『たまたま』ティートが祖父の付き添いでやってくるというわけだ。そして今日も川向こうの長老はやってくる。長老自身もダシに使われていることくらいお見通しだろうが、かわいい孫のためならいつでも協力してくれると言うことらしい。
 
「もしかして、今日おじいさんが診察を受けてる時にラスティおじさんと会うつもりでいたのかな。」
 
「かもしれないな。とにかく行ってみるから、お前は母さんにこのことを伝えておいてくれ。」
 
「わかった。父さん、アローラのためにもティートのためにもがんばってね。」
 
「・・・まあ・・・最善は尽くすよ。」
 
 エライ役目を引き受けてしまったものだと、今さらながら気づいたがもう遅い。私はグレイの家へと向かった。
 
 
 
「おはようございます。」
 
「いいから少し頭を冷やせ!」
 
 玄関で声をかけた途端、グレイの怒鳴り声が聞こえた。
 
(もう始まってるのか・・・。)
 
 さてどうしたものかと玄関で立ちつくしていると扉が開き、グレイの奥さんアメリアが顔を出した。
 
「あらクロービスおはよう。びっくりしたでしょう?今ラスティが来てるんだけど、ちょっと喧嘩中なのよ。」
 
「そのようだね・・・。さっきラスティの家にも行ってきたんだよ。」
 
「あら、それじゃ喧嘩の原因はもう知っているのね。」
 
「まあね・・・。キルシェとアローラにはラスティを説得してくれって頼まれたんだけど・・・説得できる余地があるのかな・・・。」
 
「そうねぇ・・・迷惑でなければだけど・・・私からもお願いしたいわ。それに、あなたが来てくれたら喧嘩もおさまるかも知れないしね。」
 
「それならいいけど・・・他人がよけいなことに首をつっこむみたいで気が引けるなぁ。」
 
「そんなことないわ。お願い。私もアローラのことは心配しているのよ。かわいい姪ですものね。」
 
 アメリアは少し眉根を寄せながら微笑んだ。
 
「それじゃ中に入らせてもらおうかな。」
 
「ええ、どうぞ。」
 
 アメリアは私を中に入れると扉を閉め、奥に向かって大きな声でグレイを呼んだ。
 
「グレイ!クロービスが来てくれたわよ。そろそろやめたら!?」
 
「グレイがあんな大声出すなんて、ラスティは相当カッカしてるんだね。」
 
「そうよねぇ。ま、仕方ないと言えば仕方ないんだけど・・・。でもアローラとキルシェの気持ちを考えるとねぇ・・・。」
 
 自分の夫が弟と怒鳴りあうほどの喧嘩をしているというのは、その原因がなんであれ不安になるものだと思う。奥の部屋に入ると、むすっとしたグレイと、それ以上にむすっとしているラスティがいた。
 
「おはよう。朝からずいぶん機嫌が悪そうだね、二人とも。」
 
「機嫌が悪いのはこいつのほうだよ。朝っぱらから口をへの字に曲げて飛び込んできたんだ。」
 
 グレイがラスティをあごで指し示した。
 
「ラスティ、船着場でファーガス船長が心配してたよ。荷物を取りに来ないのは具合でも悪いからじゃないかって。」
 
「・・・荷物か・・・。取りに行かなきゃな・・・。店もまだ開けてないんだ。まったく・・・それもこれもみんな川向こうのおかしな若造のせいだ!」
 
 ラスティは忌々しそうに舌打ちをした。
 
「すごい理屈だな。ずいぶんといらいらしてるみたいだね。」
 
「いらいらしたくもなるさ。あんな奴が現れなければこんなことにならなかったんだ。」
 
「たとえ今現れなくたっていずれ現れるよ。」
 
「アローラはまだ21・・・!?おいクロービス、何でお前そんなこと・・・。まさか知ってたのか!?」
 
「さっき荷物のことを伝えようと思って君の家に行ったんだよ。そうしたらキルシェはすっかり困ってるふうだったし、アローラは泣いてるし、二人のあんな姿をみればほっとけないじゃないか。」
 
「・・・ふん!息子しかいないお前に俺の気持ちなんかわかってたまるか。」
 
「それを言われると弱いんだけどね・・・。でもラスティ、もしも迷惑でなければだけど、何があったのか教えてくれないか。お節介だとは思うけど君は私にとって大事な友達だし、アローラも生まれた時から知ってるからやっぱり心配なんだよ。」
 
 ラスティは私を上目遣いに見て、大きなため息をついた。
 
「お前にそう言われると弱いんだよな・・・。それじゃ聞いてくれよ。ことの起こりは3日ほど前のことなんだ。アローラがいきなり言い出したのさ。『父さん、実は会ってほしい人がいるの』ってね。俺は最初どこかの集落の誰かが商売の話でもしたいのかと思って、そいつは誰なんだって聞いたんだ。そしたらアローラの奴黙り込んで・・・。わけがわからなかったからしつこく聞いたさ。そしたら川向こうの村の長老の孫だって・・・。しかもずっとつきあってて、結婚したいって・・・。アローラはまだ21歳なんだぞ!?結婚なんてまだまだ早すぎる!俺がそう言ったら、女房のやつアローラの肩持ちやがって。あいつは知ってたんだ。知ってて俺に黙って陰でアローラをけしかけていたんだ。ちくしょう・・・。」
 
 ラスティは泣き出しそうな顔で頭を抱え込んだ。
 
「なるほどね・・・。」
 
 ラスティはなかなか複雑な心境のようだ。アローラを手放したくない気持ちと、自分に隠し事をしていたことに対する悔しさ、そしてキルシェが自分に黙ってアローラの恋を応援していたこと・・・。そんないろいろな不満がごちゃ混ぜになって、子供みたいにへそを曲げているらしい。
 
(でも・・・娘って言うのはかわいいんだろうなぁ・・・。)
 
 ふと、赤ん坊のフローラを抱きあげて笑うセディンさんの顔が浮かんだ。セディンさんはカインにフローラを託してくれたようだが、それは多分自分がもう長くないかも知れないと思っているからなんだろう。そうでなければ、もしかしたらカインも今頃セディンさんに睨まれて落ち込んでいたかも知れない。
 
「で、君はどうしたいわけ?」
 
「・・・え・・・?」
 
 ラスティは一瞬きょとんとして私を見たが、すぐに元の表情に戻った。
 
「決まってるさ。結婚なんて許すもんか!そんなのまだ早すぎるよ!」
 
「許さないって言ってアローラが納得するかな。」
 
「納得しようがしまいがあいつは俺の娘なんだ。親の言うことをきくのが当たり前だろうが。」
 
「でもアローラはもう21歳だよ。」
 
「まだ21歳だ!」
 
 ラスティは一歩も譲りそうにない。
 
「それじゃ聞くけど、21歳で早いなら、いくつならちょうどいいの?」
 
「何だと!?」
 
「そんなに怒らないでよ。だって21歳はまだ早いんだろう?もしもアローラが父親の言うことを聞いて許しがもらえる歳まで待つと言ったら、いくつになったら許してもらえるの?」
 
「そ・・・それは・・・。」
 
 思った通り、ラスティは口ごもり、むすっとしたままそっぽを向いた。別にラスティを追いつめたいわけじゃない。私は少し話題を変えることにして、私とラスティのやりとりをずっと心配そうに聞いていたグレイのほうを振り向いた。
 
「グレイ、ライラの話はもう聞いた?」
 
「・・・あのナイト輝石のことか?」
 
「うん。」
 
「正式に決まった時点で王宮から知らせが届いたからな。大陸内外を問わず、わかる限りの町や村には同じ知らせが行っていると思うよ。ただし、それをみんなに知らせるかどうかは、そこの代表者の判断に任せるそうだ。まあ微妙な問題だからそれが一番いいのかもな。」
 
「でもまだここでは知らせてないんだね。」
 
「当事者の出身地だからな。今日、川向こうと東の集落から長老達が来て話し合いをすることになっているんだ。俺としてはありのままを話すべきだと思ってるけど、ライザーとイノージェンの気持ちもあるし、みんながみんないい反応をしてくれるかどうか何とも言えないからな。」
 
「そうだね・・・。でも今回のことでライラが成し遂げたことには拍手を送りたいよ。よく頑張ったよね。」
 
「まったくだ。あれだけのことを成し遂げるには、よほど強い志を持たなきゃならないよな。見た目はライザーそっくりで、しかもライザーみたいに剣の修行を積んだってわけでもないから少し頼りないくらいに見えるのに、いったいどこからその強さが出てくるのか不思議なくらいだよ。」
 
「確かにライザーさんみたいな修行は積んでいないけど、剣はみっちり教わっていたからね。ハース鉱山では王国剣士達にも『学者剣士』なんて呼ばれているそうだよ。」
 
「ほぉ、王国剣士にそんな呼び方されるってのはすごいじゃないか。うちの子供達もそんなにすごいことはしなくていいから、人の役に立てる仕事に就けるといいんだけどな。」
 
 グレイには、17歳を頭に3人の子供がいる。一番上が男の子でシンス、この子は王国で生まれた。2番目と3番目はこの島で生まれた女の子で、14歳のマリアと12歳のクリスだ。娘達は口が達者で、いつも父親をやりこめている。一番上のシンスは未だ進路を決めかねているが、本を読むよりは体を動かすほうがいいらしく、今はダンさんの仕事を手伝っている。時々ラスティの荷物運びを手伝ったりもするらしく、船着場の船員達とも顔見知りだ。船乗りにならないかと誘われたりもしているようだが、本人にその気があるのかどうかはわからない。
 
「でもウィローはどうなんだ?ウィローの親父さんは確かハース鉱山で・・・。」
 
「・・・ウィローも感心してたよ。ハース鉱山でのことは確かに思い出したくない出来事だっだけど、ライラがどれほどがんばったかを考えたら、やっぱり拍手を送りたいって思ってるよ。」
 
「そうだな・・・。ウィローにとっちゃ、ライラが信じた道で成功していくのは自分の子供が成功するのと同じ意味を持つのかも知れないな・・・。お前にとってもな・・・。」
 
 妻が私達の最初の子供を流産した時、グレイは島にいなかった。数年後帰ってきてからその話を聞いた時、グレイが私達の子供のために涙を流してくれたことを今でも憶えている。
 
「学者剣士か・・・。学者って言われるようになってるってのがすごいよな・・・。」
 
 ずっと黙っていたラスティが小さくつぶやいた。
 
「ライラがナイト輝石のことを調べるために島を出たのは17歳の時だよ。」
 
「・・・だからなんだよ?アローラが21歳で結婚するのが早くないって言いたいのか?」
 
「ラスティ・・・。」
 
「くそっ!ああそうだよ!21歳で結婚なんて全然早くないよ!キルシェだって俺と結婚した時21歳だったんだ!ちくしょう・・・。」
 
 ラスティは叫びながらにじみ出た涙を擦った。
 
「ライラの仕事がどんなに大変なことかくらい俺だってわかるよ。それでもあいつはやり遂げようとしてる。イルサだってそうだ。故郷を遠く離れても自分の夢を実現させたいって家を出ていったのが去年の話だ。お前の息子のカインも18歳で王国剣士になるっていう夢を実現させたよ。それに比べりゃ・・・アローラが今結婚したって全然早くないよ!だけど悔しいじゃないか!どうして黙ってたんだよ!?俺はティートのことだってよく知らないんだ!本気でつきあっているなら、もっと前に教えてくれたってよかったじゃないか!俺はそんなに信用ないのかよ!キルシェまで一緒になって俺に黙って・・・」
 
 そこまで一気に叫んで、ラスティは声をつまらせた。結局のところラスティは寂しかったんだろうと思う。かわいい娘が自分の手を離れようとしている、しかも好きな男がいることをずっと隠していた、おまけに自分の奥さんまでが娘に協力して、何も知らなかったのは自分だけだったらしい・・・。私だって、もしもカインとフローラのことを妻だけが知っていたとしたら、寂しくてへそを曲げていたかも知れない。
 
「ティートはいい子だと思うよ。一度話してみたらいいんじゃないかな?」
 
「・・・話してみたらって、わざわざ俺に川向こうまで行けって言うのか?向こうから来るのが筋じゃないか。」
 
「ティートなら今日うちに来るよ。川向こうの長老の付き添いでね。」
 
「今日?」
 
「うん。そろそろ来てる頃かも知れない。一緒に来る?」
 
「・・・これからか?」
 
 さっきの勢いのわりには、ラスティはあまり乗り気ではなさそうだ。
 
「そうだよ。せっかくタイミングよく来てるんだから、このチャンスを逃す手はないよ。」
 
「・・・だからアローラの奴・・・今朝あんなにしつこく言ってたのか・・・。最初に聞いた時からだめだって言ってるのに今朝になってまた騒ぎ出したんだ・・・。なるほどな・・・。」
 
「かも知れないね。どうする?」
 
「・・・まずは船着場に行かなくちゃな。荷物を運んで店を開けるよ。それからお前の家に行く。ティートに俺と話し合う気があるなら、お前の家で待っていてくれって伝えてくれよ。」
 
「わかったよ。」
 
 ラスティは立ち上がり、グレイに振り向いて頭を下げた。
 
「・・・兄さん、さっきはごめんな・・・。八つ当たりみたいに怒鳴り散らして・・・。一度ティートと話してみる。それから考えるよ。」
 
「ああ、そうしてやれよ。俺にとってはアローラはかわいい姪だからな。あいつが泣くところなんて見たくないが、最終的には父親のお前の判断だ。一番いい方向に話が進むことを祈ってるよ。」
 
 ラスティは少し寂しげに微笑み、部屋を出て行った。
 
「あら、ラスティ帰るの?気をつけてね。」
 
 廊下でアメリアの声が聞こえて、続いて玄関の扉が閉まる音がした。
 
 
「さすがにクロービスの言い方は説得力あるなぁ。俺だとどうも身内のせいか、けんかになっちまうんだよな。」
 
 グレイが肩をすくめてみせた。
 
「私だってもしも娘がいたらこんなに冷静でいられなかったと思うよ。」
 
「ははは・・・そうかもな。で、お前は俺に用があってきたんじゃないのか?」
 
「・・・どうして・・・?」
 
 確かにそのつもりだったのだが、来るなりラスティの説得を始めてしまったので自分の用事はまだ何も切り出していない。
 
「このあいだライザーも来ていったからな。しばらく留守にするけどよろしくって。だからお前ももしかしたら祭りに行くかもしれないって思ってたのさ。お前が留守にするとなるとライザーより前準備が大変だろうから、早めに俺のところに来るだろうなと思ってたら本当に来たというわけさ。」
 
「なるほどね。君の言うとおりだよ。」
 
「やっぱりそうか。でも来てくれて助かったよ、ありがとう。ラスティの奴も意地張ってたから、どうやって説得しようか困っていたところだったんだ。」
 
「うまく行くといいね。」
 
「そうだな・・・。」
 
「ゆっくり話したいところなんだけど、とりあえず今は一度家に戻るよ。ラスティが来るとなればアローラもついて来るかも知れないからね。また出直すから、その時に詳しい話をしたいんだけど、いいかな?」
 
「ああ、俺はいつでもいいよ。お前の都合で来てくれてかまわないからな。」
 
「うん、ありがとう。」
 
 私はグレイの家を出て、家に戻った。診療室の外の廊下にティートがいて、カインと何か話している。カインの隣にフローラがいるところを見ると、どうやらカインはティートにフローラを紹介していたらしい。ティートは私に気づき、不安げな顔のまま会釈をした。
 
「あ、父さん、お帰りなさい。ラスティおじさんと話してきたの?」
 
 カインも私に気づいて声をかけてきた。
 
「してきたよ。長老はまだ診察中かい?」
 
「うん。まだ中だよ。」
 
「そうか・・・。おはよう、ティート。長老の具合はどうだい?」
 
「おはようございます・・・。最近は暖かいせいかだいぶいいようですが・・・。あの・・・クロービス先生・・・アローラのお父さんと僕のことで話をされたんでしょうか・・・。」
 
「今してきたところだよ。君は今日急いで帰らなくちゃならない用事はあるのか?」
 
「いえ・・・。祖父がこちらの村長と話し合いたいことがあるとのことで、今日は一日ここにいる予定なんです・・・。」
 
「なるほど。そして君は午後からアローラのお父さんに結婚の申し込みに行くという算段になっていたわけか。」
 
「はい・・・。でも今カインから、アローラのお父さんが大反対されていると聞いて・・・。」
 
「ラスティが反対するのにもちゃんとした理由があるんだ。娘かわいさに手放したくないとだだをこねているわけじゃないんだよ。まあ多少はそれもあると思うけど・・・。」
 
「アローラも言っていたんです。多分大反対されるから、二人のことは秘密にしようって。」
 
 秘密にしてしまったことがかえって今ラスティを怒らせる原因になっているのだが、やはりそれを提案したのはアローラか・・・。でも何も聞かずに会う場所を提供してしまっていた私にも責任がないとは言えない。とにかく何とかいい方向に話を持って行きたいものだ。
 
「反対する理由については本人から聞くといいよ。ラスティは今、船着場に荷物を取りに行っているんだ。まず店を開けて、それからここに来るそうだよ。君はラスティと話し合う気はあるのか?」
 
「はい。アローラのお父さんから見れば、僕は多分すごく頼りないと思われるでしょうけど・・・でもアローラを思う気持ちは誰にも負けないつもりです。だからちゃんと話をしたいと思います。」
 
「そうか・・・。君にその覚悟があるなら、うちの応接室を提供するからそこで話すといいよ。カイン、案内してあげなさい。」
 
「はぁい。ティート、行こう。お茶でも飲んで少し落ち着いていたほうがいいよ。」
 
 ティートは丁寧に一礼して、カインのあとについて歩き出した。
 
「そうだよね・・・。落ち着かないと・・・。」
 
 でもそう言う声がすでに震えている。
 
 ティートの気持ちがわからないわけじゃないが、ここが正念場だ。いくら私達が応援しても、ティート本人がラスティを納得させられなければこの話はまとまらない。
 
 
 診療室の扉を開けると、ちょうど診察が終わったところらしく、長老が上着のボタンを留めているところだった。
 
「おはようございます。今ティートから最近調子がいいようだと聞きましたが、お顔の色もだいぶいいようですね。」
 
「おお、クロービス先生おはようございます。この季節は本当に助かりますよ。寒さは年寄りには一番こたえますからのぉ。」
 
 物腰の柔らかい、優しい老人だ。ティートはこの祖父の性格のみならず、人をまとめる力というか、好かれるものも受け継いでいると思う。彼もいずれは村のまとめ役となるだろう。
 
「ところでうちのティートが何やらご迷惑をおかけしているようですが・・・。」
 
「迷惑なんかじゃありません。アローラとのことはご存じなんですよね?」
 
「うむ・・・何とかうまくまとまってほしいと思いましていつもこちらに連れてくるのですが・・・あちらの親御さんに挨拶もしていなかったとは、全くの不覚でしたわい。」
 
 長老はすまなそうに頭をかいた。
 
「でも仕方ないかも知れませんよ。結婚まで漕ぎつけられるかどうかなんて、最初はわからないでしょうしね。」
 
「それはそうですが・・・。」
 
「長老は今日はグレイのところにも行かれるそうですね?」
 
「うむ・・・ちょいと大事な話がござりましての・・・。」
 
「診察がお済みでしたら私がお送りしますよ。ティートはこれからアローラの父親と話し合いをするようですから。」
 
「なんと・・・こちらでですかな?」
 
「ええ。うちの応接室で話すようにさっき言いましたから、その話が終わったらグレイの家に長老を迎えに行くよう話しますよ。」
 
「先生にまでご心配おかけするとは申し訳ござりませんな。」
 
「気にしないでください。私としても、ティートとアローラに幸せになってほしいですからね。」
 
「ありがとうございます・・・。」
 
 長老は丁寧に頭を下げた。私達が話をしている間にブロムおじさんが準備していてくれた薬の袋を抱え、長老に腕を貸して、私はグレイの家への道を再びたどり始めた。道すがら長老が話すことと言えば、ティートと彼の弟と妹のこと、つまり孫の話ばかりだ。孫というものはかわいいんだろうなと考えて、またカナに住む義母さんのことを思い出す。義母さんがたった一人のかわいい孫の顔も見られずにいるのも、私が王国に行きたがらなかったせいだ。こう考えると、私は自分のわがままでいろんな人達を縛りつけてきたことになる。今度の王国行きは、少しでもその償いになるのだろうか・・・。
 

第42章へ続く

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