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第41章 小さな恋の行方

 
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
 
 静かだった。カインは石のように体をこわばらせて黙っている。隣のフローラはハンカチで流れる涙を拭っている。妻は少しだけ眉間に皺を寄せて、お茶を口に運んでいる。
 
「これで終わりだ・・・。もう時間も遅いしね。」
 
「・・・終わり・・・?」
 
 カインが顔を上げた。
 
「ああ・・・終わりだよ・・・。」
 
「でも続きはあるんだよね・・・?」
 
「あるよ。」
 
「それは・・・いつ話してくれるの・・・?」
 
 カインが遠慮がちに尋ねた。
 
「この後の話は・・・正直に言うよ。まだお前達に話す勇気がないんだ。それに、全部話すと約束したけど、今までの話も途中省いてあるところはあるよ。ただ、それはみんな父さん達のことじゃない、別の人達に関わることなんだ。だから言えなかったこともたくさんある・・・。でもね・・・自分のことは・・・父さんと母さんのことは・・・憶えている限りは話したつもりだよ。」
 
 カインがうなずいた。
 
「うん・・・。父さん、ありがとう。聞かせてもらえてよかったよ。僕は今まで本当に何も知らずに過ごして来たんだなって、改めて思った・・・。父さんと母さんに守られて、島の人達みんなに守られて・・・そして王国に出てからは剣士団の人達が守ってくれてる・・・。誰かを守りたいと思って王国剣士になったのに、まだまだだね・・・。」
 
「カイン・・・。」
 
 不安げにカインを見つめるフローラに、カインが笑顔を向けた。
 
「フローラ、僕は本当にまだまだだって思うよ。でも少しずつでも進歩していきたい。父さんみたいにいろんな人達を守れるようになりたい。だから・・・見ててくれる・・・?」
 
「ええ・・・。見てるわ。ずっとよ・・・。」
 
 フローラがカインを見上げて微笑んだ。
 
「僕もっとがんばるよ。二度とそんな世の中が来ないように。僕らはまだまだ下っ端だけど、それでも出来ることはたくさんあるはずだって、アスランもよく言ってるんだ。・・・今日はいろんな話が聞けて、すごくうれしかった・・・。父さん、母さん、つらい話をたくさんしてくれてありがとう。」
 
 カインはソファから立ち上がり、深々と頭を下げた。こんなふうに改まって頭を下げられると、一瞬なんと返事していいかわからなくなる。フローラが続いて立ち上がり、カインと同じように頭を下げた。
 
「あの・・・カインのお父様とお母様、私も・・・いろいろなお話が聞けてよかったです。一緒に話を聞けたことで、これからもカインの支えに少しはなれると・・その・・・思います・・・。」
 
 顔を上げたフローラは少しほほを染めている。
 
「・・・こうしてしゃべってしまった今でもまだ迷ってるよ・・・。カインにも君にも、不必要な重荷を負わせることになったんじゃないかってね・・・。」
 
「そんなことありません。昨日今日初めて会った私にとても優しくしてくださって、いろいろなお話を聞かせてくださって・・・すごく・・・うれしいです・・・。」
 
「そうだよ、そんなことないよ。確かにつらい話がたくさんあったけど、何も知らないでいるよりずっといい・・・。ねえ父さん、今日聞いた話を、ライラにしてあげてもいいかな。」
 
「・・・・・・・・・・。」
 
 少し考えてみたが、ライラに聞かれてまずいようなことは何もしゃべってないはずだ。
 
「いいよ。でもさっきも言ったように、他の人のことを話すときは慎重にね。それから脚色はしないように。一言一句同じくとは言わないけど、言葉のアヤでよけいな話を付け足したりしてはいけないよ。」
 
「うん。わかったよ。」
 
「それじゃもう二人とも寝なさい。明日は夕方までにローランに着ければいいのよね?」
 
「そうだよ。だから朝一番の船でなくても大丈夫だと思う。」
 
 夜はすっかり更けていた。これから寝ても朝一番の船に間に合うように起きるのはかなりつらそうだ。ことにこのねぼすけの息子では・・・。
 
「それならお風呂にも入ったら?沸いてるわよ。」
 
「それじゃフローラが先に入ってきなよ。僕は自分の部屋にいるから、上がったら声をかけて。」
 
「え、でも、私が一番先なんて・・・。」
 
「遠慮しなくていいよ。お客さんが一番先なのが当たり前なんだから。」
 
「そうそう。遠慮なんてしてたら、カインに振り回されるばかりよ。」
 
「う・・・振り回さないように・・・します・・・。」
 
 妻の言葉にカインはばつ悪そうに肩をすくめてみせた。
 
 
 子供達が出て行ったあと、私は大きくため息をついた。背中は冷や汗でびっしょりだ。頭痛もするし、心なしか目の前がくらくらする。
 
「お疲れ様。」
 
 妻が私のカップにあらためて熱いお茶を注いでくれた。
 
「ありがとう・・・。」
 
 カップを手に取り口に運ぶと、ふわりと優しいハーブの香りが漂ってくる。
 
「あ、これ・・・。」
 
 驚く私に妻がふふっと笑ってみせた。
 
「そうよ。あなたが海鳴りの祠を出る前にライザーさんにもらったハーブの組み合わせ。あのあとあなたに淹れ方を教えてもらったけど、おいしく淹れられるようになるまですごく大変だったなぁって思い出したら飲みたくなっちゃって、さっき持ってきておいたのよ。」
 
 言いながら妻は自分のカップにも同じお茶を注いでいる。
 
「あれからずいぶん過ぎて・・・いろんなお茶の淹れ方を覚えたけど、初心に帰ってみるのもいいものね。やっぱりこのお茶が一番おいしいわ。」
 
「初心にか・・・。」
 
 初心に帰って・・・あのころの純粋な気持ちを思いだして・・・。
 
「そうだね・・・。形だけあのころの自分の足跡をたどるなんて言ってみても、きっとなんの解決にもならないんだろうな・・・。あのころの気持ちに戻って、起きた出来事を一つ一つきちんと思い出して整理していかないと・・・。」
 
 手に持ったカップが滲んだ。あの頃・・・カインと私は固い友情で結ばれていたと今でも信じている。どんな時も一緒だった。つらいこともうれしいことも全部分かち合えた。カインがいたから耐えられた・・・。あんなつらい状況の下でも、カインがいてくれたから前に進むことが出来たんだ・・・。そのカインを・・・私は殺したのだ。この手で!
 
「お風呂は・・・明日の朝でいいわね・・・。」
 
 カップを持ったまま流れる涙を止められずにいる私に、妻が優しく声をかけてくれた。私は黙ってうなずき、懐かしい、優しい味のお茶を飲み干した。
 
 
 翌朝、目覚めはあまりよくなかったが、夢は見なくてすんだ。顔を触るとかなり腫れている。この顔のままではカイン達を送り出すことが出来ない。かえって心配をかけてしまう。外はまだ薄暗い。夜明けまで少し時間があるのだろうか。ふと隣を見ると妻がいない。もう起きだしているらしい。
 
「こんな朝早くから・・・どこに行ったのかな・・・。」
 
 探しに行こうかと体を起こした時、寝室の扉が開いた。
 
「あらおはよう。ちょうどお風呂がわいたところよ。朝のうちに入っておいたら?たまには朝風呂もいいんじゃない?ゆっくり温まれば疲れも取れるわよ。診療中に居眠りしたりしないようにね。」
 
「そのためにわざわざこんなに早く起きたの?」
 
「そりやそうよ。早く起きなくちゃお風呂わかせないじゃない?」
 
「君だって疲れてるじゃないか。」
 
「私よりあなたのほうが何倍も疲れてるわよ。あれだけいろいろと思い出しながら話をしたんだから。」
 
「君はどうするの?」
 
「私はいいわよ。朝の支度もあるし。」
 
「そうはいかないよ。疲れてるのは同じなんだから。」
 
「それじゃあとで入るわよ。」
 
 妻のことだ。『あとで』などと言ってはいても、結局家事に追われてそのままになってしまう可能性が高い。一番いいのは今一緒に入ることなのだが・・・。
 
(今日ばかりはそうもいかないか・・・。)
 
 二人で朝風呂も悪くはない。うちでは普通の習慣なのだが、今この家の中にはフローラがいる。風呂から上がったところでばったり顔を合わせたりしたら、私達よりフローラのほうがきまりの悪い思いをすることになるかもしれない。
 
「それじゃ、私のあとで君も絶対入るなら今すぐに入りに行くよ。」
 
 妻はあきれたように私を見ていたが、やがてくすりと笑った。
 
「わかったわ。私も必ず入るから、だからあなたが先に入ってきて。」
 
「それじゃすぐに行ってくるよ。」
 
 着替えを引っ張り出して風呂場に向かった。中はもう程よく温まっている。窓から差し込む朝の光が湯気に反射してきらめき、幻想的な雰囲気をかもし出していた。熱めの風呂にゆったりとつかると、本当に疲れが全部お湯の中に溶けていきそうだ。この熱い風呂のために、妻は早起きしてくれた。夕べ寝たのは私と同じくらいの時間だったはずなのに、眠そうなそぶりすら見せない。今の私はなんと恵まれているのだろうといつも思う。いつだって妻は私を一番に気遣ってくれる。その妻を、私は20年以上も自分のわがままで島に閉じ込めていたようなものだ。もちろんカナに帰りたいと言えば、いつだって行っておいでと言うつもりでいた。でも自分から帰りたいなんてきっと言えなかったんだろうと思う。診療所のこともあるし、第一私が王国に行きたがらなかったからだ。交通の便も昔とは比べ物にならないくらいよくなっているのに、20年もの間ただの一度も娘を里帰りさせてくれない娘の夫を、カナの義母さんはなんと思っているのだろうか・・・。
 
 風呂から上がって部屋に戻る前に、台所へと顔を出した。思ったとおり妻はもう朝食の支度を始めている。
 
「ウィロー、約束だよ。私はもう上がったから君が入ってきてよ。」
 
「あらもう?これだけ作っちゃおうと思ってたんだけど・・・。」
 
 妻の手元には、朝の定番おかずになっているサラダが作りかけになっている。
 
「続きは私がやるよ。だから君はお風呂に入ってきて。」
 
「そう・・?でも・・・。」
 
「いいから、ほらほら。せっかくの熱いお湯が冷めちゃうじゃないか。」
 
 私は強引に妻の手からサラダの入った器を取り上げ、ふきんをかけた。そして妻の手をひっぱるようにして寝室に戻り、着替えの入っているチェストの前に連れて行った。
 
「・・・わかったわよ・・・。それじゃ私もお風呂に入ってくるわ。さっきのサラダはね、ドレッシングは・・・。」
 
「君の料理は何十年も食べているんだからそのくらいわかるよ。早く行って行って。それともまた手をひいて連れて行ってあげようか?」
 
「いやぁねぇ。はいはい、わかりました。」
 
 妻は笑い出し、観念したように肩をすくめながらチェストの中をかき回し始めた。その間に着替えを済ませた私は、妻がはずしたエプロンをつかんで寝室の入り口に歩き出そうとして、ふと立ち止まった。やはり今のうちに言っておこう。
 
「ウィロー。」
 
「なあに?」
 
 妻はチェストの中から目を離さないまま返事をした。下着を一枚引っ張り出しては広げて眺め、また元に戻して別の一枚を出している。穴が開いていたり破れていなければ何でもいいと思うのだが、妻に言わせると『下着一枚でその日の気分が決まることもある』のだそうだ。私はかまわず話しかけた。
 
「祭りに行ったときにね。」
 
「うん。」
 
「南大陸まで足を伸ばそうかと思うんだけど。」
 
「ふぅ〜ん。」
 
 気のない返事のあと、チェストをかき回す手がぴたりと止まった。
 
「・・・え・・・?」
 
 妻がきょとんとした目を私に向ける。
 
「あの頃歩いた道をもう一度たどるつもりなら、記憶をたどるだけじゃなくて実際にちゃんと歩いてこようと思ってね。まあ・・・サクリフィア大陸とかは無理かもしれないけど、カナには行こうよ。20年も里帰りさせなかったから、君のお母さんは怒ってるかもしれないけど・・・。」
 
 妻が私に駆け寄った。手にはたった今引っ張り出したばかりの下着が握りしめられているのだが、そんなことには気づいてもいないらしい。
 
「カナに・・・?」
 
「そうだよ。カナに寄って、久しぶりに義母さんや村のみんなに会って来ようよ。村長もまだ健在だっていうし、こういう言い方は失礼だけど、健在でいるうちにもう一度ゆっくり話したいからね。」
 
「連れて行ってくれるの・・・?」
 
「うん・・・。今までずっと、私は王国を避け続けてきたけど・・・どんなことにも正面から向かい合わなければ、また同じことの繰り返しになってしまうと思う・・・。だからカナにも行きたい。せっかく行くんだから、しばらくはいてこようよ。」
 
「で、でも・・・そんなに長い間留守にしたら診療所は・・・。」
 
「その言葉をブロムおじさんが聞いたら怒るよ。一ヶ月でも二ヶ月でも行ってこいって言われてるんだから。それに、グレイにもちゃんと頼んでおくから大丈夫だよ。」
 
 妻の顔から不安げな表情が消え、目の縁にみるみる涙がたまった。
 
「母さんに・・・会えるのね・・・。」
 
「会えるよ。今までごめんね・・・。私のわがままで君を島に縛りつけてしまって・・・。」
 
「そんなことない・・・。私はここであなたと生きていくって決めたんだもの。でもね・・・最近はロイから手紙が届くたびに、母さんが元気かどうか心配で・・・。でも会えるのね・・・。やっと・・・母さんに・・・。」
 
 妻が私にしがみつくようにして泣き出した。ずっとずっと会いたかったのに我慢してきたのだろうと思うと、すまなさで胸がいっぱいになる。
 
「ほら、遅くなるから行ってきなよ。」
 
 妻の髪を撫でて耳元で囁いた。妻は顔をあげて笑顔でうなずき、握りしめたままの自分の下着にやっと気づいて頬を赤らめた。
 
 
 妻が風呂に行っている間に、私は台所に立って作りかけのサラダを完成させるべくドレッシング作りに取りかかった。いつも妻が作るドレッシングは義母さん直伝で、今ではうちの朝食になくてはならない存在になっている。
 
「えーと・・・ピーナッツオイルに・・・レモンに・・・。」
 
 妻がいつも作っているように分量を合わせていく。最後にいれるのは隠し味となるハーブだ。香りのよいハーブを干して、細かく砕いたものを少し入れると味も香りも格段によくなる。でもその分量が難しい。
 
「これだけは・・・ウィローに任せるか・・・。」
 
 今日はカインとフローラが帰る日だ。せっかくだから妻の料理の一番おいしい記憶を持って帰ってほしい。結局ドレッシング作りはそこまででやめて、別な料理に取りかかることにした。と言っても朝からボリューム満点の朝食というのも胃がもたれそうなので、やはりここはスタンダードにソーセージを焼いて目玉焼きでも作ろうか・・。
 
(胃がもたれそうだなんて・・・若い時には考えもしなかったな・・・。)
 
 変なところで自分の歳を感じて複雑な気分になる。旅から旅の生活をしていた頃は、いつモンスターや盗賊達に襲われるかわからなかった。特に、あの日海鳴りの祠を出た日からは自分達だけが頼りだったから、とにかく『食べられる時に食べる』毎日だった。西部山脈を越えてクロンファンラへ向かう場合、東の森を抜けて城下町周辺から向かうよりかなりの日数を要する。ローランで最後に調達した食料をクロンファンラまで持たせるために、原生林の中で食べられそうな草や木の実を探し、偶然見つけた薬草を摘みながら、南地方を目指したものだ。
 
(あんな生活、今ならとても出来ないだろうな・・・。)
 
 しなくてはならないような目にも、もう二度と遭いたくないものだ。ため息をつきながらテーブルの上に置かれた生み立ての卵に手を伸ばそうとした時、足音が聞こえて妻が顔を出した。
 
「ふぅ、さっぱりしたわ。さてと、続きを作ろうかしら。ドレッシングは出来たの?」
 
 妻の顔はほんのりと上気して、今朝見た時よりは顔色も良さそうに見える。
 
「まだだよ。疲れは取れた?」
 
「ええ、大丈夫。快調よ。」
 
 顔色をよく見たが、無理を言っているようには見えない。これなら大丈夫だろう。
 
「えーとね・・・ほとんど作ったんだけど、最後の仕上げはまだなんだ。それは君がやったほうがいいかなと思って。」
 
「あらそう?あなたが作ったドレッシングもおいしいと思うけど。」
 
「今日はカインとフローラが帰る日だからね。この家で最後に食べる食事なんだから、一番おいしい記憶を持って行ってもらうほうがいいじゃないか。」
 
「あなたの作る料理だっておいしいわよ。」
 
「君にはかなわないよ。」
 
「そうかしら?」
 
 妻は首をかしげてみせるが、そのわりにうれしそうだ。別にお世辞を言っているわけじゃない。本当にそう思っている。私も料理は嫌いな方じゃない。食べるからにはおいしいものを食べたいから、自分なりに工夫したりもする。でもそこまでだ。積極的に腕を磨こうとはあまり考えたことがない。でも妻は違う。妻は料理が好きで、休みの日などはかなり手の込んだ料理を作ったりすることもある。おいしいと言うと本当にうれしそうな顔をする。誰かがおいしいと言ってくれるのが一番の楽しみだそうだ。そういう人が作る料理に、私の料理などがかなうはずがない。
 
「ふふ・・・。それじゃ、がんばって作らないとね。ねえ、カイン達のお弁当も一緒に作ろうと思うんだけど、そっちのほうを手伝ってくれる?」
 
「いいよ。メニューはなに?」
 
「そうねぇ・・・今日のお昼の分はともかく、明日のお昼の分は少し保存のきくものを入れてあげようかなと思ってるんだけど・・・。」
 
「う〜ん・・・結構難しいよ。それなら、明日の分はローランの宿屋で涼しい場所においてもらうようにするとか・・・。」
 
 明日の昼の分くらい子供たちが自分で調達できるだろうと一瞬だけ思ったが、口には出さなかった。これも妻の楽しみの一つなのだし、息子の弁当を作るなんて本当に久しぶりのことなのだから、思うとおりにしてもらうのが一番だ。あれやこれやとメニューを考え、二日分の弁当と朝食が出来上がったところで、ブロムおじさんが台所に顔を出した。そしてエプロンをつけた私を見て少し驚いたような顔をした。
 
「ほお、今日はずいぶんとにぎやかだと思ったらお前もいたのか。珍しいな。サンドラばあさんにでもなにか言われたのか?」
 
「そういうわけじゃないよ。」
 
 サンドラさんはこの島の男性達には厳しい。女の仕事を男はちっともわかってないとか、でんとふんぞり返って指一本動かしゃしないとかいつも言っている。
 
『クロービス、ウィローの仕事をあんたもちゃんと手伝うんだよ。夫婦ってのは助け合っていかなくちゃならないんだから、家のことは女がやるもんだなんて決め付けていたら逃げられちまうからね。』
 
 島に戻ってきたばかりのころ、言われた言葉だった。妻があわてて、逃げたりしないと言ったがサンドラさんは、
 
『そりゃ今は新婚さんだからね。でもね、ホレたはれたなんてのは若いときだけなんだ。お互い助け合って信頼関係を築いていくのはこれからなんだよ。もしもあんたがクロービスがいやになってふるさとに帰りたいって言ったら、いつでも手助けするからね。』
 
こう言って大きな声で笑っていた。その話をイノージェンの家に行った時に話したことがある。それを聞いたライザーさんが笑い出した。
 
『僕も最初に言われたよ。イノージェンが僕をいやになったと言ったら、すぐにでも僕を島からたたき出すってね。でもサンドラさんはね、僕達のことを本当に心配してくれているんだよ。』
 
 サンドラさんにとってイノージェンは娘同様だ。イノージェンにとっても、母さんが亡くなってからはサンドラさんが母親代わりだったと思う。表立って優しい言葉をかけてくれるわけではないけれど、サンドラさんは私達のこともいつも気にかけてくれていた。そのサンドラさんは、よくブロムおじさんのところに話をしにやってくる。なんだかんだと言い合いをしながらも、結構仲はよさそうだ。サンドラさんにも留守を頼んでおこうか。おじさんは怒るかもしれないけれど・・・。
 
「今日はカインが帰る日だからね。食事と一緒に弁当を作るって言うから手伝ったんだよ。」
 
「そうか・・・。カインは帰ってしまうんだな・・・。」
 
 ブロムおじさんの顔に落胆の色が浮かぶ。
 
「また来るよ。ある程度年数が過ぎればもう少し自由に休暇も取れるようになるだろうしね。」
 
「そうだな・・・。ん・・・?まだ起きてこないのか?」
 
「夕べ遅かったんだ。だからそろそろかな。」
 
「昔話をしたのか?」
 
「うん・・・。さすがに全部は話せなかったけどね・・・。」
 
「それは仕方ないさ。昔私が聞いた話だけでも、今のカインには荷が重いと思うことも多いからな・・・。」
 
 島に戻ってきたときに、おじさんには一通りのことは話してある。でも本当に「一通り」だけだ。物語で言えばあらすじのようなもので、肝心なことは何も入っていない。むろん・・・私がこの手で人を殺したことも・・・。
 
「食事はもう出来たから、あとは運ぶだけだよ。おじさんは向こうで新聞でも読んでてよ。」
 
 おじさんはうなずいて食堂へと戻っていった。妻が出来上がった料理を運んでいる間に、私はカインを起こしに行った。部屋の扉を叩くと間延びした声で返事があり、次に『ああっ!』と言う叫び声と共にどすんと派手な音がした。察するに私の声で目を覚まし、陽が高いことに気づいて慌ててベッドを降りようとして、転げ落ちたと言うところだろう。扉を押してみたが鍵はかかっていない。中を覗くと、案の定カインはベッドの脇で腰をさすりながら立ち上がろうとしているところだった。
 
「そんなに慌てるなよ・・・。夕べ遅かったんだから、寝坊したって怒ったりしないよ。」
 
「そ、そりゃそうだけど・・・がんばろうって決めた次の日に寝坊なんて情けないじゃないか・・・あいたたた・・・。」
 
「ま・・・それもそうだけどね・・・。」
 
 よく見ると、カインの目が少し赤い。眠れなかったのか、それとも夕べ寝る前に泣いたのか・・・。率直にそのことを尋ねると、やはり寝る前に泣いたらしい。聞いたときはそうでもなかったのに、眠る前に思い出して、急に悲しくなったのだと。
 
「お前が気に病んじゃいけないよ。確かにあの頃父さんと母さんは大変な目にあったけど、みんなに支えられてちゃんと乗り越えてきたんだ。今のフロリア様は元々のお優しいフロリア様なんだし、剣士団も今は順調に国内の警備体制を固めていっているんじゃないか。これからはお前やライラみたいな若者達がこの国を支えていかなくちゃならないんだから、過去にとらわれることのないようにね。」
 
 カインはうなずき、まだ尻のあたりをさすりながら着替えを始めた。カインの背中にもう食事だからすぐに下りてくるようにと声をかけ、廊下に出たところでちょうど階段を上がってきたフローラに出会った。
 
「おはようございます。」
 
 こちらも少し目が赤い。
 
「おはよう。夕べは眠れたかい?」
 
「はい。大丈夫です。あの・・・カインは起きてますか・・・?」
 
「さっき私の声で飛び起きて、ベッドから転がり落ちたところだよ。で、今は尻をさすりながら着替えを・・・」
 
「わー!父さん!かっこ悪いからそんなこと言わないでよ!」
 
 カインが叫びながら、あわてて部屋を飛び出してきた。
 
「・・・その格好のほうがよっぽどかっこ悪いと思うんだけどな・・・。」
 
 途中までしかあげていないズボン、上半身はまだ下着しか身につけていない。その下着も前がはだけたままで、髪はぼさぼさだ。フローラは真っ赤になって後ろを向いてしまった。カインはその10倍くらい赤くなってあわてて部屋に引っ込んだ。
 
「もぅ!父さんがへんなこと言うから・・・。」
 
 部屋の中からカインのぼやきが聞こえてくる。
 
「こうしてからかえるのも最後だからね。二人とも早く降りてきなさい。せっかくの食事が冷めてしまうよ。今朝は父さんも手伝ったんだから。」
 
「あ!食事!」
 
 叫んで階段を駆け下りようとしたフローラを、私はあわてて呼びとめた。
 
「もう支度は終わってるよ。今ごろはウィローが食堂に料理を並べ終えてる頃だろうから、君はカインとゆっくり来るといいよ。」
 
「で、でも・・・私お手伝いしますって言ったのに・・・。」
 
 フローラは泣き出しそうになっている。
 
「ここでは君はお客さんなんだから、そんなに気にしなくていいよ。また次があるさ。」
 
「そうそう、君はお客さんなんだから、もう少しで着替えが終わるから待っててよ。どうせ今ごろ行っても遅いよ。後片付けだけ手伝えばいいじゃないか。」
 
 カインが部屋の扉から顔だけ出してフローラに声をかけた。フローラが小さくうなずき、私もほっとした。気持ちがわからないわけじゃないが、あまり気にされるとこっちまで気を使う。
 
「父さん、今朝の食事は合作なの?」
 
 カインが部屋の中から話しかけてくる。
 
「そうだよ。久しぶりに本格的にいろいろ手伝ったよ。」
 
「そっかぁ・・・懐かしいな。前はよく二人で作ってたよね。」
 
 ずっと昔、まだカインが小さかった頃はよく二人で食事を作った。カインが人一倍やんちゃで、目を離すと何をしでかすかわからなかったから、台所でカインの相手をしながら二人で用意していたのだ。ブロムおじさんではカインのスピードにはとてもついていけないし、かといって私がカインの相手をしようにもカインはとにかく妻のそばにいたがった。では妻がカインの相手をして私が食事を作るのはどうかと考えたこともあったが、昔のように屋外で簡単なものを作るだけならいざ知らず、毎日の食事をすべて私が作るのはさすがに限界がある。なんだかんだと考えて、結局二人でかわるがわるカインの相手をしながら一緒に食事を作ろうと言うことになったのだ。
 
「へぇ・・・そんな理由があったんだ。」
 
 今度はちゃんと身支度を整えて、カインが部屋から出てきた。
 
「お前がもう少しおとなしい子供だったら、食事の合作はなかったかもな。」
 
「そうかなぁ・・・。父さんだって結構楽しそうだったじゃないか。」
 
「そりゃ母さんと一緒なら、なにしてたって楽しいよ。」
 
 カインは一瞬きょとんとして、そして笑い出した。
 
「はいはい、父さんと母さんが仲いいのはよくわかったよ。フローラ、おはよう。父さんは先に行ってて。」
 
「早く降りてこいよ。」
 
 声だけかけて私は階段を下りた。いつまでもウロウロしていては二人の邪魔になるだけだ。
 
「そういえば・・・庭の水遣りがまだだったな・・・。」
 
 あまり陽が高くならないうちに済ませなくてはならない。食事の前にやっておこうかと思いながら食堂に行くとブロムおじさんがいない。テーブルの上にはもう料理が並んでいる。そこに妻がお茶の道具を運んできた。
 
「おじさんは?」
 
「それがいないのよ。てっきり新聞でも読んでいるかと思ったんだけど・・・。」
 
「どこに行ったのかな・・・。探してくるよ。」
 
 心配になって外に出ると、花壇のある庭のほうから水音が聞こえてきた。行ってみるとなんとブロムおじさんが花に水をやってくれていた。
 
「おじさん・・・私がやるからいいよ。重いのに大変じゃないか。」
 
「こら、私を年寄り扱いせんでくれよ。この程度でへばったりしないぞ。」
 
(この間はフローラに『こんな年寄りだが』なんて言ってたくせに・・・。)
 
 ブロムおじさんに限らず、この島の年配の人達は自分の都合によって年寄りになったり若者になったりする。気が若いこと自体はいいことだが、それで無茶をするとあとで大変な目に合うのは自分のほうなのだ。
 
「それじゃ手伝うよ。もう食事が出来てるんだ。冷める前に戻りたいからね。」
 
「もう終わりだよ。ほら、ここまでだ。」
 
 おじさんは言いながら足元の花の根元に水をかけた。言いたいことはあるが、まずは礼が先だ。
 
「ありがとう。助かったよ。陽が高くなる前にと思って少しあせってたんだ。でもあんまり無茶しないでよ。」
 
「ふん!無茶でもなんでもないぞ。昔はサミルさんと一緒に毎朝やっていたんだからな。」
 
「そうだね。小さいときは手伝えなかったけど、いつも二人で水やりするところを見てたっけね・・・。なんだか懐かしいな・・・。」
 
「この庭はあれからなにも変わってない・・・。それもお前とウィローがちゃんと守ってくれているからだな。」
 
 花々の上にかけられた水が、陽をはじいてきらきらと光っている。その光景を眺めながら、ブロムおじさんも懐かしそうに微笑んだ。
 
「維持させるだけならそんなに難しくないよ。」
 
「そんなことはないさ。長い間に枯らしてしまったりすることもあるしな・・・。」
 
 そのままブロムおじさんは少しの間花々を眺めていた。
 
「なぁクロービス。」
 
「なに?」
 
「ウィローを大事にしろよ。」
 
「どうしたの、いきなり。」
 
「ウィローは本当によくやってくれている。南大陸の出身ではここの寒さは身にこたえるだろうに・・・。弱音ひとつはかずにここで暮らしてきたんだ・・・。そろそろ里帰りさせてやってもいいんじゃないか?」
 
「うん・・・。祭りのあとに行ってこようかなと思ってるんだけど・・・。」
 
「そうか。それならいいが・・・。それじゃ行ったらしばらくいてこいよ。向こうではウィローの母さんだけでなく、村のみんなが待っているだろうからな。」
 
「でもその間おじさんずっと一人じゃ・・・。」
 
「何とかなるさ。昔はずっと一人だったんだからな。」
 
「でも今はそうはいかないよ。勘違いしないでよ、年寄り扱いするとか、そう言うことじゃないんだ。一人でこの診療所を切り盛りするのは大変じゃないかって言ってるんだよ。」
 
「そうだな・・・。まあ最近は年寄り連中がいつも飲んでる薬を作ったりする程度で、そんなに忙しいと言うこともないから何とかなるさ。だが気になるなら・・・」
 
 おじさんは言いかけてやめ、小さくため息をついた。
 
「なに・・・?」
 
「いや、なんでもないよ。お前、今日はどこかに行く予定があるのか?」
 
「しばらく留守にすることをグレイに頼んでおこうかと思ってるんだ。だから午前中に行ってこようとは思ってるよ。あとは・・・・あ、そうだ。今日は荷物が届く日だから、朝のうちに船着き場に行くくらいかな。」
 
 島と王国を結ぶ定期船には、人を運ぶ船と荷物を運ぶ船がある。今では海でモンスターに襲われるなどと言うことはほとんどないので、朝一番の船は夕方に北大陸の西の港を出発して夜どおし航海してやってくるのだ。私の家では王立医師会から直接医療品を仕入れている。もちろん無料でだ。これもフロリア様の計らいである。ただし薬類はすべてただというわけにはいかないので、有料の薬草や薬品を仕入れるためのお金も、王宮から送られてきていた。そういった荷物が届くのが確か今朝のはずだ。
 
「そうか・・・。最近ダンの奴が立て続けに怪我したりしていたからな。包帯と傷薬がだいぶ減っているんだ。ちょうどよかったよ。」
 
「ははは・・・。ダンさんも元気なのはいいんだけど、すぐ無茶するからね。」
 
「まったくだ。歳を考えてほしいもんだよ。」
 
(人のこと言えないと思うけどなぁ・・・。)
 
 ふと思ったが、心の中だけにとどめておいた。
 
「このあいだ背中の辺りが痛いとか言っていたのは、怪我のせいもあるみたいだね。」
 
「うむ・・・見た目はきれいに治ってもどこかに後遺症が残るってことはあるからな・・・。」
 
「そうだね・・・。あ、あのね、荷物を取ってきて、グレイの家に行けばあとはあいてるよ。患者さんが大量に来たりしなければだけどね。」
 
「そうか。それじゃ、午後から少し時間を取ってくれ。話したいことがあるんだ。」
 
「うん。それじゃ行こう。さすがに腹が減ってきたよ。」
 
「おお、そうだな、行こうか。」
 
 
 食堂に戻ると、例によってフローラが妻に頭を下げていた。カインはその隣でフローラをなだめている。
 
「だからさぁ、この家では君はお客さんなんだから、気にしなくていいって言ってるじゃないか。」
 
 カインはいささかあきれ顔だ。
 
「そうよ。お手伝いをお願いするとは言ったけど、手伝ってもらわなければ困るってわけじゃないし、あなたとカインに縁があれば、また次に来た時にでも手伝ってもらうことは出来るんだから。」
 
 妻も困ったような顔をしている。
 
「母さん、その『縁があれば』ってのが気になるんだけど。」
 
「だって縁がなければ次はないでしょう?」
 
 妻はさらりと言ってのけ、カインに向かってニッと笑ってみせた。
 
「・・・母さんが次になにを言いたいのかわかるよ。僕がもっとがんばらなくちゃってことだよね?そう言うわけだからフローラ、僕が君に愛想つかされないようにがんばってまた次も一緒に帰ってこれるようにするってことで、もう納得してよ。」
 
 フローラは最後に小さな声で『すみません』と言って、やっと席に着いた。
 
「いっただっきまぁす!」
 
 やたらと元気な声でカインは叫ぶと、猛然と食べ始めた。うまいを連発しながら、焼たてパンと目玉焼きをおかわりした。相変わらずの食べっぷりだ。これだけ食べれば、私の背を追い越すのもすぐかもしれない。ずっと昔私がオシニスさんに言われたように、腕のほうも背に追いつかせなければただのでくの坊になってしまう。でも王国に帰ってからカインがどれだけ腕を磨けるかについては、私は手を出すことが出来ない。
 
 食事が終わって一息ついた。カインは満腹になった腹をさすって満足そうだし、フローラは妻にハーブティーの淹れ方を教わっている。ブロムおじさんはもう診療室に行っている。朝のうちに読んでおきたい医学書があるらしい。フローラが苦心のすえいれたお茶を持って診療室に行ってみた。おじさんは分厚い医学書を前において腕を組んで考え込んでいる。
 
「おじさん、お茶が入ったよ。フローラが入れたんだ。」
 
「ほお、あの娘もがんばるなぁ。夕べはお前の話をあの娘も聞いたのか?」
 
「聞きたいって言ったからね・・・。迷ったけど、聞いてもらったよ。」
 
「なるほどな・・・。いい娘じゃないか。このままカインとうまくいってくれるといいんだがな・・・。」
 
「そうだね・・・。ウィローもそんなこと言ってたよ。」
 
「ふむ・・・母親って言うのは息子に恋人が出来たりするとやきもちをやくものらしいが、ウィローはそんなことは考えないのかな。」
 
「どうなのかなぁ・・・。ちょっとさびしそうではあったけどね・・・。」
 
「まあ、フローラとウィローが仲がいいなら何よりだ。だがそうなると、ますますあの娘にはカインとうまくいってほしいな。せっかく母親が気に入ってるわけだしな。」
 
 ブロムおじさんがくすりと笑った。
 
「だといいんだけど、カイン次第だよ。」
 
「まあそうだな・・・。これからグレイの家に行くのか?」
 
「いや、先に船着場に行って来るよ。今日は医師会から荷物が届く日だから。いつまでも船着き場に置いてもらうわけにはいかないからね。」
 
「一人で大丈夫か。」
 
「カインを連れて行くよ。ついでに船の時間をみてこようかと思って。」
 
「わかった。今日の予定は確か東の村のラヴィと川向こうの集落の長老のはずだから、私が相手しておくよ。」
 
「うん、よろしくね。」
 
 東の村のラヴィはカインと同い年の、まだ若者だ。島の重要な産業である材木の切り出しを取り仕切るダンさんにあこがれて、以来ずっとダンさんの仕事を手伝っているが、10日ほど前に材木の下敷きになって大けがをし、腕と肩を骨折した。とりあえず呪文を使って骨だけは繋がったが、他の傷もあるのでいきなり元気に動けるようになるわけではない。本人はすぐにでも仕事に行きたくて仕方ないらしいが、ダンさんが『クロービスがいいと言うまで現場に来ちゃならん』と言い渡してあるので、不承不承従っている。今のところは何日かに一度傷の具合を見せに来て、化膿止めを渡したりしている。同じく今日来る予定になっている川向こうの集落の長老は、一時期この島の代表者を務めていた老人だ。博識で人あたりもよく、みんなに慕われている。そしてとても控えめな性格で、『やはり南の集落(私の住む集落は、他の集落の人達からこう呼ばれている)に代表者がいるほうがいいのではないか』とグレイに頼みに来たことで、今はグレイが村長としてこの島をまとめているのだ。この二人は前から今日来院すると聞いていたが、あとは予定がない。でもいきなり薬が切れたから作ってくれと飛び込んでくる人もいるので、薬の在庫だけは確認が必要かも知れない。
 
 食堂に戻ると、妻がカインとフローラを相手になにか話していた。
 
「カイン、船着場に荷物を取りに行くから手伝ってくれないか。ついでに船の時間も見ておいたほうがいいんじゃないか?」
 
「はーい。すぐ行くの?」
 
「すぐ行くよ。そのあとグレイの家にも行かなくちゃならないからね。」
 
「グレイおじさんの家かぁ。この間行った時ラスティおじさんが来てなにかもめてたみたいだけど、今はどうなったのかなぁ。」
 
「もめてた?」
 
 グレイとラスティは仲がいい。歳が離れているせいもあるのかどうかわからないが、けんかしたところなんてめったに見たことがない。
 
「原因は聞かなかったのか?」
 
「知らない。僕が入っていった時、ちょうどラスティおじさんが怒りながら出てきたんだよ。で、グレイおじさんが『あんまりかっかするなよ』なんて言ってたよ。」
 
「ふぅん・・・。」
 
 とりあえず気にしないでおこう。もしかしたら行った時にその話が出るかもしれない。
 

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