←前ページへ



 
 私はカインに歩み寄り、意識して強く肩をたたいた。
 
「はっきり言っておくけど、君は勝手なんかじゃないし、だいたい巻き込まれるもなにもないじゃないか。お尋ね者は私達二人なんだからね。君の気持ちはうれしいと思ってる。でも別々に逃げるより一緒にいたほうが、追っ手をまくにしても戦うにしても有利だと思うよ。」
 
「・・・・・・・・・・・。」
 
「一緒に行こうよ。ウィローも言ってたよ。3人でならきっとどんなことだって乗り越えられるって。」
 
「・・・3人でか・・・。」
 
「そうだよ。3人でここを出て、3人でフロリア様を元に戻す方法を探そうよ。きっと見つかるよ。」
 
「クロービス・・・。」
 
 カインが私を見て、微笑んだ。もう涙は止まっている。
 
「つきあってくれるのか・・・?魔法なんてばかげた話を・・・。」
 
「私は魔法を信じてないけど、ばかげてるとは思わないよ。あの神話の本は今のところ唯一の手がかりなんだから、先入観は持たないで調べよう。」
 
「ありがとう・・・。ごめんな、べそかいたりして。」
 
「いいよ。実を言うとね、夕べ私もウィローにしがみついて大泣きしたんだよ。これからのことが不安でさ・・・。」
 
「・・・・・・・・・。」
 
 不意にカインが私を見て、なぜか複雑な顔をした。
 
「・・・なに・・・・?」
 
「いや・・・お前が大泣きしたところを見てみたかったなと思ってさ。」
 
「変なこと言わないでよ。そんなみっともないとこ見せたくないよ。」
 
「・・・そうか・・・。まあ・・・そうだよな・・・。」
 
 カインはふふっと笑ってみせたが、何となく寂しそうに見えた。なんでそんなふうに見えたんだろう。
 
「・・・お前だって不安だよな・・・。でもウィローはどうなんだ?俺達より不安に思ってるんじゃないのか?慣れない土地に来るなりこんなとんでもないことに巻き込まれちまって・・・。」
 
「不安なのは同じだけど、私と一緒だし、君もいるし、だから心配してないって。半分は私を元気づけるためのポーズなんだろうけど・・・でもいざと言うときに度胸があるのは男より女の人のほうなんだよ、きっと。」
 
「それはあるかもな・・・。ははは・・・・。なんだか少し気が楽になったよ。」
 
「それじゃこの話はこれで決まりだね。」
 
「そうだな・・・。それじゃ訓練場に戻るか。午後までに体慣らししておかないとな。」
 
 やっとカインが元気になってくれてほっとした。どんなにつらくても、きっと三人なら乗り越えていける。必ず濡れ衣を晴らして剣士団に戻って来るんだ・・・。
 
 
 訓練場では、ちょうどウィローが休憩しているところだった。ハディとリーザが手合わせをしている。ウィローが私達に気づいて微笑んだ。
 
「休んでたの?」
 
「うん。今リーザと軽く打ち合ったけど、勝負はなかなかつきそうにないわ。」
 
 ウィローは笑顔でそう言って、ちらりとカインを見ながら声を落とした。
 
(カインはどう・・・?)
 
(何とか元気になってくれたよ・・・。)
 
(そう・・・よかったわ・・・。でもまだ少し元気がないみたいね・・・。)
 
(夕べの私と同じだよ。不安で怖くて・・・。少し話をしたくらいで気持ちをいきなり切り替えるってのは難しいだろうね・・・。)
 
(そうね・・・。少しずつ元気づけてあげないとね・・・。あら?)
 
 ウィローの視線が私の後ろに移った。振り向くとカインが、いつ戻ったのかオシニスさんと二人で洞窟へと向かうところだった。そこにライザーさんが近づいてきた。
 
「オシニスから伝言だよ。もうお昼だから、食事の前にちょっとカインと話をしてくるって。」
 
「そうですか・・。カインが元気ないから、心配してくれたのかな。」
 
「元気がないか・・・。やっぱりこれからのことが不安なんだろうね・・・。」
 
 ライザーさんは私達がここを出ようとしていることに気づいているはずだ。
 
「・・・食事の支度をしようか。どうせあの二人はいてもいなくても同じだしね。」
 
「ははは・・・。でもカインは薪集めと火熾しはうまいですよ。」
 
「オシニスもそうだよ。料理がだめな分、何かしら才能があるのかもね。」
 
「それじゃ才能がない私達で薪を集めますか。火を熾す程度ならすぐにたまりますよね。」
 
「そうだね。始めようか。」
 
 三人で薪を集め始めた。どうせ『才能』のある二人がたくさん集めて戻ってくるだろうから、今とりあえず火を熾せる程度でいい。食事の支度を始めてしばらく過ぎた頃、ちょうどもう少し薪がほしいなと思い始めた頃にカインとオシニスさんが戻ってきた。予想通り、二人ともたくさんの薪を抱えている。
 
「やっぱり才能があると違うね。」
 
 ライザーさんはおかしそうに笑っている。
 
「なんだそりゃ。」
 
 薪をどさっと下ろして焚き火にくべながらオシニスさんが尋ねたが、私達も笑ってごまかしてしまった。
 
 
 食事が終わって少しした頃、副団長が現れた。
 
「お前ら午後から訓練か?」
 
「そのつもりですけど、何か仕事があるならそっちに行きますよ?」
 
 オシニスさんが顔を上げて答えた。
 
「いや、仕事じゃないんだが・・・午後から管理棟の会議室に集まれないか?少し話したいことがあるんだ。」
 
「全員ですか?」
 
「いや、全員に話す前に打ち合わせしたいことがあるのさ。カインとクロービスが南大陸に行く前の訓練に携わった連中はみんな呼んである。あとがうるさいからエリオン達も呼んだしな。」
 
「・・・わかりました・・・。」
 
 副団長は話の内容は何も言わなかった。オシニスさんも聞かなかった。でもそれが私達の話であることは間違いない。『あとがうるさいから』エリオンさん達を呼んだと言うこの言葉からもうなずける。今朝エリオンさんは何も言わなかったが、夕べの話で本当に納得してくれたんだろうか・・・。
 
 副団長が戻っていったあと、オシニスさんがため息をついた。
 
「世の中ってのは・・・なんでこううまく行かないもんなんだろうな・・・。」
 
「うまく行かないことのほうが多いんだよ。」
 
 ライザーさんがお茶の道具を片づけながらつぶやいた。
 
「そう言っちまったら身もふたもないじゃないか・・・。よし、クロービス、ちょっと俺につきあえ。後かたづけはライザーに任せろ。」
 
「え?でも・・・。」
 
 オシニスさんはさっさと立ち上がっている。
 
「クロービス、行ってくるといいよ。片づけは僕がやるから。」
 
「私もお手伝いするから大丈夫よ。」
 
 ウィローが笑顔で言ってくれたので私も腰を上げた。カインだけが少し複雑な顔をしている。
 
「それじゃ行ってきます。カイン、君は少し休んでいてよ。」
 
「あ、ああ・・・あ、いや、その、俺だって後かたづけくらい出来るよ。心配しないで行ってこいよ。」
 
 カインは焦って腰を浮かし、『どこから片づけますか』とライザーさんに聞いている。その声を背後に聞きながら私はオシニスさんの後を追った。
 
 
 
 奥の浜辺についた。海からの風は寒かったが、波音が心地よく響いてひととき静かな気持ちになれる。オシニスさんは浜辺の真ん中に立ち、海の彼方を見つめていた。この浜辺の反対側は極北の地だ。そしてその先には、懐かしい私の故郷がある。
 
「・・・どうしたんですか・・・?」
 
「少し話をしたかったのさ。お前らがここを出ちまったら当分出来ないからな。」
 
「・・・・・・・・。」
 
「なぁクロービス・・・。」
 
 海を見つめるオシニスさんの横顔には、苦悩の表情が現れている。私に話しかけたものの、言おうか言うまいか迷っている、そんな顔だった。
 
「・・・はい・・・。」
 
「お前に・・・一つだけ頼みがあるんだ。」
 
「はい・・・。私に出来ることなら何でもします。」
 
「カインから、絶対に目を離さないでやってくれ。」
 
「カインから・・・?」
 
 妙な頼みだと思ったが、オシニスさんの顔は真剣そのものだった。
 
「そうだ。お前、南大陸へ発つ前に俺とライザーの話を聞いていただろう?」
 
「・・・はい・・。」
 
『カインは純粋すぎる』
 
 フロリア様に傾倒するあまり道を誤るのではないかと、オシニスさんはずっとカインを心配している。
 
「ばかげてると思うかも知れないが、どうしても不安でな・・・。それでなくともフロリア様が今のような調子では何をしでかすかわからん・・・。正直なところ、カインは俺の目の届くところにいてほしいよ。そうすれば、バカやらかそうとしてもぶん殴ってでも止められる・・・。」
 
「カインは・・・フロリア様を元に戻したくて必死なんです。」
 
「さっきもそんなことを言ってたよ。フロリア様の豹変には何かしら原因があるはずだから、それを取り除くことが出来ればってな。でもな、フロリア様がおかしいとしたら、それはもう3年前からおかしいはずなんだ。南大陸への道を封鎖して、ハース鉱山からもカナからも王国剣士を引き上げさせ・・・。」
 
 オシニスさんが言葉をつまらせた。海の彼方を見つめたままの横顔に、一瞬だけ怯えたような表情がよぎった。
 
「どうしたんですか・・・・?」
 
「いや・・・なんでもない・・・。」
 
 とてもなんでもなくは見えなかった。もしかしたら、オシニスさんは何か知っているんじゃないだろうか。直接フロリア様の豹変の理由に関わるようなことではなくても、少なくとも、私達が知らない何かをこの人は知っている・・・。この時の私はなぜかそう確信していた。でもさっき一瞬だけ見えた、あの怯えたような表情を思うと、問いただす言葉は喉元で止まってしまった。
 
「とにかく、3年前のあの時からフロリア様がなされてきたことすべてが、この国を滅亡へ導いているとしか俺には思えん。それ以外の意図を見いだすことが出来ないんだ・・・。」
 
「もしそうだとしたら・・・オシニスさんは・・・やっぱり王国をとるんですか?」
 
 オシニスさんの視線が、海の彼方から私に移った。寂しい、悲しい、苦しい、そのどの言葉でも表現しきれない、でもそのどの言葉にも当てはまる、そんな目だった。
 
「そうだな・・・。このままなら・・・俺は王国をとる。この国は俺達の国だ。たとえ国王と言えども、気まぐれで滅ぼされたらたまらん。」
 
「・・・でもそれで・・・後悔しないんですか?」
 
「後悔か・・・。するだろうな・・・。多分、生きてるのがいやになるくらいにな・・・。」
 
「それでも王国をとるんですね・・・。」
 
「そう言うことだ。」
 
 きっぱりと言い切る。
 
「決めてるんですね。」
 
「ああ、決めてる。このことについて・・・もうずっと俺は悩んできたんだ。そして決めた。だからもう迷わん。俺は必ずこの国を守る。」
 
『フロリア様より王国をとる』
 
 この言葉にどんな意味があるか、そう考えると、この結論に至るまでどれほどオシニスさんが悩み、苦しんだかわかるような気がした。
 
「で、いつここを発つんだ?」
 
 少しの沈黙のあとそう尋ねたオシニスさんの表情には、もうさっきの苦悩はない。いつもの笑顔に戻っていた。
 
「昨日の兵士達が王宮に帰り着くのがおそらく今日あたりでしょう。そのあともしかしたら別な連中が来るかも知れません。それが明日の夜か明後日の朝か・・・。だからその前にとは思っています。」
 
「3人で行くんだな。」
 
「はい。」
 
「ま、今朝のお前達の様子を見れば、夕べの話し合いがうまく行ったんだなってことはわかるよ。まったくお前がウィローを見る時の顔ったら・・・。」
 
 オシニスさんはくすくすと笑いだした。
 
「・・・自覚してますよ。にやけてたって言うんでしょう?うれしかったんです。やっと普通に話せたんですからね。」
 
 私の言葉を聞いてオシニスさんはますます笑い出した。
 
「なるほどな・・・。せっかく仲直り出来たんだ。もう離すなよ。」
 
「そうですね・・・。」
 
「なんだよその返事は?もうちょっとはっきりと返事出来てもいいと思うんだがなぁ。」
 
「実というと・・・まだ少しだけ迷ってるんです。」
 
「連れて行くかどうしようかってか?」
 
「はい・・・。往生際が悪いって自分でも思うし、ウィローと離れているのなんて耐えられないっても思うんです。なのに・・・わざわざ危険な目にあわせたくないって思ったり・・・。」
 
「でもここに置いて行かれてもなぁ・・・。多分その日のうちにお前のあとを追いかけて飛び出すぞ?」
 
「そうですよね・・・。自分でもそう言ってました・・・。」
 
「ははは。やっぱりな。いいじゃないか、好きな女が手の届く場所にいてくれるんだから。一緒ならどんなことだって乗り越えられるさ。」
 
「それは・・・そうなんですけど・・・。」
 
「まあ心配なのはわかるよ。戦闘が起きるたびに昨日の朝みたいな無謀なことをされたらと思うとな・・・。あればっかりは俺も肝を冷やしたよ。よく言ってはおいたけど、お前がもしも危険な目に遭えばやっぱり同じことを繰り返すんだろうな・・・。」
 
「そうなんですよね・・・。」
 
「ま、彼女なら立派にやっていけるよ。お前の信頼出来るパートナーとしてな。」
 
「パートナーというならカインがいます。」
 
「それは確かにそうだけどな。男二人で一生一緒にってわけにはいかないじゃないか。いずれ道は別れるんだ。」
 
「・・・・・。」
 
「俺とライザーだってそうさ。俺達の進む道は・・・いずれ別れる。それがいつなのかどこでなのかはわからなくとも、それは必ずやってくるんだ。でもな・・・道は別れても、俺はあいつと一生親友だ。それだけは変わらないよ。お前とカインだって同じじゃないのか?」
 
「はい。」
 
「そういうことになるときっぱり返事をするな。」
 
 オシニスさんはニッと笑った。
 
「でもお前とウィローなら、この先一生共に生きていくことだって出来るんだ。大事にすることと、ただ闇雲にかばいまくることは別なんじゃないのか。」
 
「そうですね・・・。私が認めたくなかったのかも知れない。ずっと・・・私の後ろにいてほしかったのかも知れない・・・。」
 
「ま、男はみんなそうだろうな。せっかくつかまえたんだから、いつでもそばにいて、ひたすら守ってやりたくなるものさ。もっとも・・・ウィローなら、逆にお前を守ってくれそうだけどな。」
 
「ははは・・・そうですね・・・。」
 
「正直言うと・・・お前がうらやましい時もあるよ。ライザーだって手が届かないの何のと言ってるが、それはあいつの気持ちの問題だ。その気になって手を伸ばせばつかまえることは出来る・・・。だがカインと俺は・・・まるで勝ち目のない戦いをしているようなもんだ。それなのにやめられない。背を向けて逃げ出せばすむことなのに、どうしても逃げ出せない。分が悪すぎるよまったく・・・。最初は自分の気持ちを認めたくなくて・・・女でも買って何もかも忘れられればなんて歓楽街に飛び出したりしたこともあったが・・・。ふふ・・・それをライザーが追いかけてきて大喧嘩をしたのが、この間の話の発端さ。あの時はライザーとあの女とのことで騒いでいるうちに、俺の悩みなんぞどっかにいっちまったけどな。」
 
「・・・・・・・。」
 
 オシニスさんは笑ったが、私はとても笑う気になれなかった。
 
「だが・・・カインと俺を比べたら、どう見ても俺のほうが分が悪いんだよな。」
 
「な、なんで・・・ですか・・・?」
 
 この言葉に、なぜか私は狼狽した。漁り火の岬からの帰り道、乙夜の塔の裏口の前でカインとフロリア様が見つめ合っていた光景が、一瞬脳裏をよぎる。
 
「理由なんてないよ。なんとなくさ・・・。」
 
 言ってからオシニスさんは小さくふふっと笑った。何となく自嘲気味な笑いだった。
 
「嘘をつくほどのことでもないな・・・。お前達が漁り火の岬にフロリア様を連れ出した日の翌朝、俺達は夜勤明けの前にフロリア様に挨拶に行った。あの時のフロリア様の笑顔は、俺が今まで見た中で最高の笑顔だった・・・。今日は新人剣士との謁見があると言っていたよ。一ヶ月前に入った剣士に相方が見つかったらしいとうれしそうに言っていた時、おかしいと気づくべきだったんだよな。そんな話をわざわざ剣士団長が事前にフロリア様の耳に入れるとは思えない。謁見の時に言えばそれですむことだ。それじゃ誰からいつ聞いたんだろうなってな・・・。」
 
「でもそれだけでは・・・。」
 
 オシニスさんが自分の分が悪いと考える理由にはならないはずだ。
 
「あの時フロリア様が気にしていたのは、お前じゃなかった・・・。新人剣士の入団でやっと一人前の仕事が出来るようになった、『一ヶ月前に入団した剣士』のほうだったのさ。」
 
 乙夜の塔でフロリア様と会った時、フロリア様はカインの名前を覚えていた。私のことはその日の二次試験の合格者として報告を受けているはずだから憶えていてもおかしくないが、カインは入団の時に謁見したきり、その後一ヶ月の間フロリア様とはお会いしてないはずだ。そう考えると、確かにフロリア様はカインのことを最初から気にかけていたことになる。もしかしたらフロリア様は・・・小さい頃のカインとの出会いを、憶えているのだろうか・・・。
 
「それでもオシニスさんは・・・フロリア様が好きなんですね。」
 
 オシニスさんは私を見て、クスリと笑った。
 
「ふん・・・はっきり言うな。だが・・・その通りさ。まったく・・・剣士団に入った時は、こんな気持ちになるなんて思わなかったよ・・・。」
 
「入った時は・・・?」
 
「ああそうだ。女に不自由していたわけでもないし、入った時は別に何とも・・・。」
 
 言いかけた言葉は途中で消えた。そしてため息を一つつき、また言葉を続けた。でもその言葉は、さっき言いよどんだ言葉とは別のもののような気がした。
 
「・・・なんでわざわざ手の届かない相手になんて惚れちまったもんだか・・・。まったく、人の心ってのは不思議なもんだな。しょっちゅう会ってたわけでもなし、そんなに頻繁に言葉を交わしたことだってあるわけじゃないのに・・・なんであんなに惹かれていくのか、自分でもさっぱりわからん・・・。」
 
「好きになるのに理由なんて・・・いらないじゃないですか・・・。」
 
「そうだな・・・。理由なんていらない・・・人を好きになるのにはな・・・。だが、それが国を滅ぼそうとする行為なら話は別だ。どんな理由があろうと、許せることじゃない。フロリア様が好きだからと言う理由だけで、この国を見捨ててフロリア様の考えに賛同する気はない。俺は何があろうと、この国だけは守る。」
 
 オシニスさんの心に渦巻く切なさがそのまま流れ込んできて、涙が滲みそうになる。
 
「でもカインは・・・俺とは違う。ここに戻ってきてから、あいつはずっと口数が少なくなっていた・・・。何か考えているみたいだとは思っていたが、フロリア様をどうやったら元に戻せるかなんてことだとはな・・・。」
 
「でも元に戻ってくれれば・・・私達がここにいる必要もなくなるんです。私達が逃げ続ける必要も・・・。」
 
「確かにそうだ・・・。元に戻るならな・・・。だが・・・どうなんだろうな・・・。」
 
「否定的なんですね・・・。フロリア様はもう絶対に元に戻らないと思ってるんですか?」
 
「絶対なんて言えないさ。だが・・・否定的なのは確かだな・・・。」
 
「否定的になるような何かをご存じなんですか?」
 
「・・・俺は何も知らん。」
 
「本当にですか?」
 
 オシニスさんがギロリと私を睨んだ。だが今回ばかりは引き下がれない。
 
「知らんものは知らん。俺がカインの考えに否定的なのは、3年前から今までずっとおかしいのに、誰もその原因を知らないんだ。だからこれからだってどうなるかわからんと思っているからさ。」
 
 今の言葉でかえって確信出来た。やっぱりオシニスさんは何か知っている。でもここまで聞いても答えないと言うことは、何があっても口に出すつもりはないんだろう。やはりクロンファンラで調べる以外に道はなさそうだ。
 
「カインは必死なんです。だから私も手伝うつもりです。なんとか・・・頑張って調べてみます。」
 
「俺は別にお前達の取る行動まで否定する気はないよ。ただ、結果が出ない可能性のほうが高いことだけは肝に銘じておけ。でないとうまく行かなかった時のショックが大きいからな。」
 
「そうですね・・・。」
 
「さてと、そろそろ戻るか。副団長も待っているだろうし・・・。訓練は明日だな。3人まとめて鍛えてやるから、覚悟しておけよ。」
 
「はい。」
 
 
 洞窟の向こう側では、もう後かたづけがみんな終わって私達を待っていてくれた。揃って管理棟の会議室に入ると、そこにはもう他のみんなが集まっていた。
 
「集まったか・・・。この顔ぶれを見れば、俺の話がなんなのかはもうわかるだろうがな・・・。」
 
 副団長が言いながら立ち上がった。
 
「昨日の朝の騒ぎでもうみんな気づいているだろう。今朝、カインとクロービスとウィローが、ここを出て行きたいと申し出た。本当はこの話は今日の夕方、全員の前で話すつもりだったんだが、ここにいる連中はみんなカインとクロービスの南大陸行きに深く関わった者ばかりだし、カナに赴任していた頃にウィローと仲のよかった者もいる。だからお前達には先に言っておこうと思ったんだ。」
 
 誰も驚かなかった。もうみんなわかっていたのだ。
 
「行くあてはあるのか?」
 
 セルーネさんが口を開いた。怒ったような表情をしている。
 
「特にありませんけど、陸路をたどって南大陸へ行くか、船で東の港から行くか、これから決めようと思います。」
 
 クロンファンラへと向かうことは言わなかった。副団長も黙ってくれている。カインの話そのものが雲を掴むような話なのだ。魔法の話がなくても『あきれられるか笑い飛ばされる』のがおちだ。
 
「あてどなく出ていっても仕方あるまい?それならここにとどまればいいんだ。」
 
「それは出来ません。みなさんに迷惑をかけてしまいます。」
 
「だから私が・・・!」
 
「セルーネ!」
 
 セルーネさんの言葉を遮って副団長が叫んだ。
 
「その話は終わりだ。カインもクロービスもウィローもその話を受けることは出来ないと、さっきはっきりと聞いた。それに・・・俺も同意見だ。お前の申し出はありがたいが、一つ間違えれば王国を二分する戦乱にもなりかねん。剣士団長代行として、俺はお前の意見を採り上げることは出来ん。」
 
「では、みすみすカインとクロービスを、敵のど真ん中に放り出せとおっしゃるのですか!?しかも・・・ウィローまで・・・。」
 
 セルーネさんは拳を握りしめて、わなわなと震えている。
 
「こいつらがそう易々とやられるようなヤワな連中じゃないことは、お前だってよく知っているだろう。今はその力を信じて送り出す以外にないんだ。俺達に出来ることは、なんとしても王宮に戻り、こいつらの汚名を晴らす手だてを探すことだ。そして一日も早く呼び戻してやろうじゃないか。」
 
 セルーネさんは悔しそうに両手で頭を抱えて涙を流した。
 
「なんでこんなことに・・・。」
 
「昨日受けた報告では・・・御前会議の大臣達もほとんど顔を出していないそうだ。今まともに会議を開いているのはレイナック殿と・・・あとは2〜3人程度らしい。意外なのはカルディナ卿だな。あの日和見主義が真面目に会議に出席しているらしいぞ。」
 
「ほとんど戦力外の方々ばかりのようですね・・・。」
 
 ため息と共につぶやいたのはティールさんだった。
 
「まったくだ・・・。まともにフロリア様と話が出来るのはレイナック殿くらいだろう。だが・・・レイナック殿だけでは今のフロリア様は抑えられん・・・。せめてケルナー殿もいてくださればよかったのだが・・・。」
 
「ケルナー殿というのは亡くなられたと聞きましたが・・・。」
 
 私は、剣士団の入団試験を受けに行く途中、町の女性から聞いた話を思い出した。
 
「そうだ・・・。ケルナー殿は凄腕の大臣だったよ・・・。とにかく切れる方だった。今のエルバールの発展も、あの方の仕事ぶりによるところが大きいかも知れん・・・。だが、それほどの人物でも、病気の前には無力だったな・・・。」
 
「病気だったんですか・・・?」
 
「ああ、かなり奇妙な病気だった・・・・。」
 
「奇妙な?」
 
「そう・・・。自宅に戻った日の翌朝、冷たくなっていた。前の日までは特別変わったところなどなかったのだ・・・。なのにあの日突然・・・。」
 
「突然・・・冷たくなっていたんですか・・・。」
 
 私は背筋が寒くなるような気がした。まるで父の死のようではないか・・・。
 
「そうだ。一応賊に押し入られての他殺という線でも捜査されたんだが、とうとうわからずじまいだったよ。何も取られていなかったし、第一何一つ外傷がない。結局、毎日の激務による疲労から心臓麻痺を起こしたのだろうということで落ち着いた。」
 
 自分でも突飛な発想だと思った。ケルナー卿が亡くなられたのは私が剣士団に入る前のことだ。そのケルナー卿の死と、父の死が似ているなんて・・・。ある日突然心臓麻痺で亡くなると言う話は、別に珍しいことじゃない。王国の命運を担って日夜激務に追われる大臣ならば充分あり得る話だ。ただの偶然だ・・・。
 
「確かにケルナー殿は切れる方でしたが・・・亡くなられた方をあてにしても仕方ないではないですか。」
 
 ティールさんがまたため息をつく。
 
「確かにな。ティールの言うとおりだ。いない方をあてにしても仕方ない。生きている人間だけで何とかするしかないよな・・・。」
 
「殴り込むのが一番ですよ。これだけの数がいれば確実に王宮を制圧出来ます。」
 
 オシニスさんがさらりと言ってのける。
 
「いや、早まってはいかん。とにかく、王宮に正面から突っ込んでいっても駄目だ。力でどうにかなんてのは最後の手段だ。王宮を制圧出来ても、その時フロリア様が我らの側にいてくださらなければ、我々は逆賊になってしまう。たとえそうならないまでも、国民の支持を失っては剣士団の再建など望むべくもない。焦らずに、我々に出来る解決方法を探すんだ。」
 
 副団長の言葉に、オシニスさんはため息をついて下を向いた。
 
「カイン、クロービス、お前達、明日はどこへ向かうのだ?」
 
 セルーネさんが尋ねた。
 
「・・・とりあえず、南に行くつもりです。」
 
「ロコの橋を越えるのか?」
 
「陸路を行ければいいんですが・・・もしも南大陸から戻る時に乗ってきた船があれば、それを使わせてもらうかも知れません。」
 
「お前達が乗ってきた船は元々剣士団の持ち物だ。王宮がなんと言おうとお前達にはあの船を使う権利がある。船の使用許可は出すよ。いつでも乗っていけ。」
 
 と副団長。
 
「でも・・・王国軍の兵士に邪魔されたりしないんですか?」
 
 不安そうに尋ねたのはステラだった。会議室に入った時から、ずっとカインを心配そうに見つめていた。
 
「ハース鉱山が閉められた今となっては、あいつらは船に興味を示さないようだったな。もう南大陸は用済みってことなのかもな。」
 
 ハディが答えた。ハディはリーザの家に行くまでの間、東の港などにも何度か足を向けたらしい。
 
「ま・・・ 船があるのだったら、どこにでも行けるな。すくなくとも、海沿いに追いつめられて進退窮まるってことにはならなくてすみそうだな・・・。」
 
 セルーネさんが少しだけほっとしたようにつぶやいた。
 
「でも船を出しても行くところがあればいいけど・・・。」
 
 ステラはまだ不安げだ。
 
「エルバール大陸以外で大きい島と言えば、昔滅んだサクリフィアの大地がある。私も行ったことがあるわけではないが、東にあるという話だ。まあそこまで行かなくても、エルバール大陸の周りには離島が多いんだ。それから、東の港からだと反対側になるが、北大陸の西側の離島はほとんどがベルスタイン家の領地だ。王国剣士なら無条件で受け入れてもらえるぞ。みんな私の父を尊敬してくれている。もしもしばらく身を隠すつもりなら向こう方面もいいかもしれないな。気候は穏やかだし食べ物もうまい。」
 
「そうですね・・・。その時はお世話になるかも知れません。公爵様にご迷惑にならなければですけど・・・。」
 
「気にするな。私の父は、貴族達の間では変わり者で通っているのさ。その程度のことで迷惑がるような肝っ玉の小さい人物ではないぞ。」
 
 セルーネさんが笑った。
 
「セルーネの機嫌が直ったところで、カイン、クロービス、お前達、明日一日はここにいろ。ウィローもまとめて、少し鍛えてやろう。オシニス、もう計画は練ってあるんだろう?」
 
 副団長がにやりと笑いながらオシニスさんを見た。オシニスさんもニッと笑っている。
 
「ええ、もうしっかりと練ってありますよ。こいつらには何が何でも無事に戻ってきてもらわなくちゃならないんですからね。でも今日はやめておきますよ。これからの時間では中途半端だし、明日みっちりやることにします。」
 
「よし、これで解散する。夕方、偵察の連中が戻った時にみんなを集めてこの話をするから、まだ黙っていてくれ。」
 
 ぞろぞろと管理棟を出て、みんな何となく訓練場となっている浜辺に来ていた。他の剣士達が私達を見て怪訝そうに振り向いたが、何となく事情を察したように、また自分の訓練に戻っていった。
 
「どうする?軽くやってみるか?」
 
 カインは言いながら剣の柄に手をかけているが、あまり乗り気ではなさそうだ。そう言う私も、なんとなくやる気がそがれていた。
 
「おい、カイン、クロービス、それより少し話をしないか。」
 
 立ちつくしたままため息をつく私達にハディが声をかけた。
 
「話?」
 
「そうだよ。明日一日は訓練三昧なんだからさ。今日くらいゆっくりして、みんなで話をしたいと思ったのさ。もう当分こんな時間はもてそうにないからな・・・。」
 
「そうだね・・・。カイン、今日はゆっくりしようか?」
 
「そうするか・・・。」
 
 訓練場の浜辺にみんなで座り、私達は話を始めた。真っ先に話題に上ったのはウィローと私のことだった。
 
『まったく世話焼かせやがって。』
 
『昨日まで死にそうな顔してたくせに、今日は鼻の下びろ〜んと伸びてるぞ。』
 
『今朝からあてられちゃってまいったよ。』
 
 みんな好き勝手なことを言っているが、今までずっと心配をかけていたことは事実なのだから、全部笑って聞き流した。私達の話がひとしきり終わると、今度はカインが標的になった。
 
「カインがクロービスに先を越されるとはねぇ・・・。」
 
 ハリーさんが大げさにため息をついて肩をすくめてみせた。
 
「先も何も俺はそんな気がないから・・・。」
 
「そんな気がないだってさ。おいキャラハン、聞いたか?こいつがこんな調子だから、いつまでたっても俺達に女の子がまわってこないんだよな。」
 
「まったくだ。君がさっさと一人に決めてくれないから、僕達が王宮のロビーで女の子に聞かれることっていえば『カインて恋人いるの?』ばっかりだもんなぁ・・・。前はクロービスのこともしょっちゅう聞かれて参ったけど、今度王宮に戻った時にはみんなびっくりだね。」
 
 キャラハンさんも『困ったもんだ』とでも言いたげに首を振ってみせる。
 
(カーナ・・・ハリーさん達って彼女いないの?)
 
 私は小声で斜め後ろにいるカーナに尋ねた。この手の情報ならカーナ達が一番よく知っている。
 
(私のところには情報が入ってきていないわよ・・・。だからいないんじゃない?)
 
(ふぅん・・・。)
 
「カインの彼女が見つかるかどうかと、お前らに女の子が寄ってくるかどうかってのは別問題だと俺は思うんだがな・・・。」
 
 オシニスさんがぼそりとつぶやいた。
 
「まったくだ。自分達がもてないのをカインのせいにされても、カインが困るよな。」
 
 ティールさんが笑い出した。カインは頭をかきながら引きつった笑いでごまかしている。そのカインを見つめるステラも複雑な顔をしていたが、何も言わなかった。この日は夕方までこうしてみんなと話をしていた。こんな風に時間をすごせるのも今日までだ。ハリーさんとキャラハンさんの絶妙な掛け合いも、二人にあきれてゲンコツを振り回すセルーネさんやオシニスさんの姿も、もう当分見ることは出来ない。そして『当分』が果たしてどのくらい続くのか、見当すらつかない・・・。
 
 夕方、偵察の剣士達が戻ってきた。副団長はみんなを集めて、私達がここを出ることを告げた。やはり誰も驚かなかった。翌日は私達の最後の訓練があると聞いて、みんな口々に参加させてほしいと申し出てくれたが、副団長はいつものとおりの仕事をするようにと言い渡した。
 
「いつものように仕事をしながらこいつらを送り出してやろうじゃないか。そしていつものように王宮で仕事をしながら出迎えてやれるように、俺達もがんばらなくてはならないぞ。」
 
 本当にもう・・・あと一日しかいられない。やっと帰ってきてからまだ一週間程度しか過ぎていないのに・・・。
 
 
 この日の夜、私はウィローを誘って奥の浜辺へと足を向けた。海鳴りの祠が気にならないではなかったが、あそこで話を始めるとまた長くなりそうな気がして、行くのはやめておいた。今夜は早く寝ないと、明日の訓練について行けない。でもやっぱり少しくらいはウィローと二人でゆっくり話したい。しばらく他愛のない話をしていたあと、ウィローが探るような目で私を見ながら尋ねた。
 
「オシニスさんと何話してたの?」
 
「ここをいつ出て行くんだとか、そんなことだよ。」
 
「ふぅん・・・。」
 
 ウィローが私の正面にまわり、下から私の顔をのぞき込んだ。
 
「本当?」
 
「どうして?」
 
「なんとなく・・・何か隠してるみたい。」
 
「隠してるわけじゃないよ。でも話の内容が自分のことだけじゃなかったから・・・。」
 
 これでは隠してると言っているようなものだ。どうも私は言い訳と嘘がとことん下手らしい。もっとも、嘘がうまいというのもどうかとは思うが・・・。でもウィローは気分を害した様子も見せず、なるほどね、と言うようにうなずいた。
 
「そっか・・・。カインのこともあるのね・・・。」
 
「気になる?」
 
「話の内容を知りたいってわけでもないんだけど・・・なんだかオシニスさんと話をしてから元気がないから、心配だったのよ。」
 
「出来るなら出て行きたくないって、思ってるからかな・・・。あんなふうに話をすることなんてこの先いつ出来るかわからないし、そう考えるとね・・・。」
 
「そうね・・・。出て行きたくないのは私も同じだけど・・・。」
 
「ここに残る?」
 
 ウィローが大きく首を横に振る。
 
「それはないわよ。私はあなたと一緒に行くって決めたの。」
 
「君の父さんのことはどうするの?」
 
「使命は果たすわよ。父さんの遺志を継いで、必ずこの大地に平和を取り戻すの。」
 
「でも逃げ続けじゃそんなこと出来ないじゃないか。」
 
「出来るわよ。少なくとも、フロリア様を元に戻す方法を見つけることはその第一歩だと思ってるもの。ハース城でイシュトラが言ったように、フロリア様がこの国を滅ぼすつもりでいるとしたら、その陰謀を阻止することはそのまま大地の平和を取り戻すことになるわ。だから私の使命はあなた達と繋がっているのよ。今さらここに残れなんて言わないで。この次言ったら本当に怒るわよ。」
 
「ごめん・・・。」
 
「もう戻りましょうよ。明日の朝は早いんだし。しっかり訓練を受けておかないとね。」
 
 ウィローは少し怒ったような顔で、私の腕を引っ張り洞窟の中へと歩き出した。今になってこんなことを言うなんてどうかしている・・・。連れて行くことでウィローの身を危険にさらすことになるかも知れない。これは私が一番恐れていることだ。でもそれでもウィローに一緒に来てほしいと願っているのも本心だ。それでもはっきりと心を決められないのは、つまり自分に言い訳をしたいだけなのかも知れない。ウィローがどうしてもと言ったから連れて行くのだと、私は必死で止めたのにと。あまりの情けなさに自分がいやになる。
 
 
 翌日は朝から訓練を始めた。偵察に出ていく剣士達には朝のうちに挨拶をすませ、みんなで訓練場に集まった。3人で旅をするのなら3人で参加しろというオシニスさんの言葉で、私達は南大陸でいつもそうしていたようにポジションを決めて、訓練場となっている浜辺の真ん中に立った。まわりを見渡すと、副団長も来ていた。セルーネさんはやる気満々で素振りをしているし、私達が南大陸へ向かう時の訓練に参加していなかった人達も、今回は何人か来ている。あの時は剣士団長が指名した人達しか参加出来なかったが、今回は特別決まり事はない。
 
 始まってみて驚いたのは、以前よりみんなの剣さばきがよく見えることだ。見えれば当然難なくよけられる。矢継ぎ早に繰り出される剣先をひょいひょいとよけ続ける私達にしびれを切らして、みんなどんどんスピードを上げてくる。後ろにいるウィローが心配だったが、気にすることはなかったようで、カインと私に集中する攻撃の間を縫って、何度か相手に鉄扇をヒットさせた。訓練は昼食を挟んで、夕方偵察の剣士達が戻ってくるまで続けられた。
 
「よおし!これで終わりだ。」
 
 副団長の声でみんな動きを止めた。
 
「いやはや・・・お前らも強くなったもんだ。どっちが訓練を受けているほうだかよくわからなくなりそうだったぞ。」
 
 副団長が大声で笑った。
 
「まったくだ。まあ憎たらしいほど簡単に攻撃をよけやがって。」
 
 エリオンさんが忌々しそうに私達を睨む。
 
「でもこの調子なら、俺達が王宮を取り戻すまで何とか持ちこたえられそうだ。その点については一安心だな。」
 
 ティールさんが安心したように私達を見つめて微笑んだ。
 
「持ちこたえてもらわなくては困る。いつまでもあてもなく旅をさせておくわけには行かんぞ。」
 
 セルーネさんが少し怒ったように答える。
 
「そう言うことだな・・・。それじゃ今日は早めに食事の用意をするか。みんなこいつらといろいろ話したいこともあるだろうが、明日の朝は夜明け前に出たほうがいいからな。」
 
 副団長の提案で早めに食事をとり、そのあとはみんなが私達のところに集まってきて話に花が咲いた。と言っても別に深刻な話も出なかったし、これからどうするのかというような話もあまりしなかった。いつもしていたように他愛ない話ばかりをして、やがていつものようにみんな寝床に引き上げていった。そう・・・『いつものように』・・・。
 
 
 翌朝の夜明け前、まだ暗いうちに起き出して私達は旅支度を始めた。支度と言ってもまだここに来て一週間程度だ。特別荷造りするようなものは何もない。ただ、制服は着ないでおくことにした。本当ならずっと着ていたかったが、何もわざわざ敵に的を提供することはない。悔しい思いを押し殺して、カインと私は剣士団の制服を荷物の奥にしまい込んだ。
 
「クロービス、これを持って行ってくれないか。」
 
 ライザーさんが差し出したのは小袋に入ったハーブの束だった。
 
「食後のお茶にでもいいかなと思ってね。」
 
「ありがとうございます・・・。でもライザーさんみたいに上手に淹れられないから、せっかくのハーブの味が落ちちゃいますね。」
 
「そんなことないよ。君の淹れたお茶はおいしいよ。このハーブの束はね、君の父上から教わった組み合わせなんだ。」
 
「父から・・・?」
 
「うん・・・。一番最初に治療に行った時にごちそうになったお茶がおいしくて、作り方を教えてもらったんだ。その時のレシピなんだよ。そのあともいろんな組み合わせを教えてもらったけど、僕が一番好きなのはやっぱりこの組み合わせだな・・・。3人で食後に飲む程度ならけっこう持つと思うよ。それに、そんなに過ぎないうちに帰ってこれるように、僕達もがんばるからね。」
 
「はい・・・。ありがとうございます・・・。」
 
 ライザーさんの気遣いがうれしくて、私はもう一度礼を言って深く頭を下げた。
 
 
 私は出かける前に管理棟により、管理人にも挨拶をした。管理人は未だにここでの古文書の調査を続けている。
 
「こんな形で出て行かれるあなた方にお願いするのは心苦しいのですが・・・もしもどこかで遺跡らしきものを見かけたりしたら、何らかの形で私に知らせていただけませんか?いやもちろん・・・みなさんが王宮に戻られて、ここへも自由に行き来出来るようになるのが一番いいのは確かなのですが・・・。」
 
 何か見かけたり聞いたりしたら必ず知らせるからと約束をして、私達は管理棟を出た。本物の『海鳴りの祠』、ハース聖石とその土台となっている謎の石、そしてあの『浄化の光』・・・。この謎は、今の王国の置かれている状況と何か関係があるのだろうか。
 
 
 出かける時は、偵察の剣士達と一緒に出ることにした。ここの門からは王国剣士が常に何人か出入りするので、その中に紛れていればそんなに目立たない。
 
「ローランによっていけ。ドーソン達とタルシスさんにも声をかけていけよ。あの町で必要なものも手にはいるだろう。」
 
 副団長が言った。
 
「はい。それでは・・・行ってきます。」
 
「気をつけてな。」
 
「必ず帰って来いよ。」
 
「君達が帰ってくるのは、ここじゃなくて王宮の宿舎だからね。」
 
「また立合いしよう。」
 
「何かわかったら知らせてくれよ。」
 
 みんなの声に送られて、私達はローランに向かった。今度の旅は、どこまで行くのか、いつまでかかるのか、まったくわからない旅だった。私達は、みんなの顔を記憶に焼き付けておこうと、何度も振り返った。
 
 
 ローランに着いて、私達はまっすぐに詰め所に向かった。ドーソンさん達に旅に出ることを告げたが、二人とも驚きはしなかった。海鳴りの祠への襲撃についてはもう聞いていたし、そんなことがあったあとで私達がここにとどまろうとはしないだろうと思っていたそうだ。旅に必要なものをそろえるために村の中に出た私達は、まずデンゼル先生を訪ねた。長旅に備えて少し薬草について教えてもらおうと思ったのだ。
 
「また旅にだと?おぬしらもずいぶんと忙しいのぉ。どこまで行くんじゃ?」
 
「今回は南大陸あたりまで足を伸ばそうかと思ってます。」
 
「南大陸!?」
 
 デンゼル先生はぎょっとしたように大きく目を見開いた。が・・・『なんでそんなところに』とか、『危険な場所にどうして』とか、普通の人が誰でも言うようなことは全然口にしなかった。
 
『自分が危ないと思っていれば気をつけるわい。他人がわざわざ言わずともいいのじゃよ。誰もが楽に通り抜けられると思っている場所にこそ、危険が潜んでおるのじゃ。』
 
 これはこの先生の持論らしい。みんなが危ない危ないと思っているようなところは、誰だって気をつけて慎重に行動する。だから他人がわざわざ気をつけろなどと言わなくてもいいのだと言うことらしい。逆に、誰もが安全だと信じ切っている場所では、みんな気を緩める。そんなときにこそ危険が忍び寄るのだと言うことだ。
 
「ほお・・・。南大陸か・・・。それじゃクロービスよ、向こうに何か珍しい薬草があったら買ってきてくれんか?あ、もちろん金は払うぞ。」
 
「珍しい薬草ですか・・・。」
 
 カナのドーラさんの店で買った薬草はまだかなり残っている。私は荷物をかき回して向こうで買った薬草をとりだした。
 
「ほぉ!?すごいじゃないか。どれどれ・・・。」
 
 デンゼル先生は一通り薬草の束を眺め渡し、全部の束から何本かずつ抜き取った。
 
「これをわしが買おう。代金はどのくらいじゃ?」
 
「いえ・・・そんなに高くないですからお金は別に・・・。」
 
「いや、そうはいかん。こういうことはきちんとしておかんとな。金を受け取ることに後ろめたさを感じる必要はないぞ。確かに薬草の代金自体はそんなに高くないかもしれんが、買える場所にたどり着くまでにどれほど苦労したかは想像がつく。ちゃんと受け取ってくれ。」
 
 仕方なく、ドーラさんの店から買った値段で薬草を売ったことにして、その分別な薬草を分けてもらうことで話がついた。そして今度どこかで珍しい薬草を買ったり見つけたりしたら、きっと持ってくるからと約束した。
 
 次に私達が訪ねたのはモルダナさんのところだった。モルダナさんは未だにフロリア様のことは知らないのか、相変わらず『フロリア様はお元気ですの?』と聞いていた。今日はフィリスはいなかった。今は城下町にいる両親の元にいるらしい。モンスターの活発化でフィリスの両親がなかなかローランに帰れず、しばらくの間預かっていたと言うことだった。モルダナさんには『仕事でまた遠くに出かける』と言うことにしておいた。いくら何でもフロリア様が私達に追っ手を向けたなどは、とても言えなかった。
 
 最後にタルシスさんの鍛冶場を訪ねた。鎧と武器を修理してもらい、ちょっとした雑貨類もここで買えた。村の雑貨屋が剣士団の財源として役立ててくれと、安く品物を卸してくれているらしい。
 
「この村の人達はみんな剣士団に協力的だ・・・。何とか一日も早く復活させたいものなんだが・・・。」
 
 タルシスさんがため息をついた。
 
「この村はまだいいほうなんだがな・・・。ドーソン達もいるし、海鳴りの祠も近い。だが城下町では王国軍の連中の専横が目に余るほどだと言うことだ。表だったトラブルはないことになっているが、若い娘はうっかり外も歩けないと聞いたよ。まったく・・・フロリア様のお考えがさっぱりわからん。どうしてわざわざ不安のたねをまくようなことをされるのか・・・。」
 
「何かがフロリア様を変えたとしか思えませんね・・・。」
 
「そうだな・・・。それがなんなのかさえわかれば、対策の立てようもあるんだろうが・・・。だが、それは海鳴りの祠にいる剣士団の連中に任せておけ。お前達はとにかく王国軍の兵士達に捕まらないようにすることだけを考えろ。剣士団が王宮を取り戻した時に、お前達がもうこの世にいないのでは意味がない。何が何でも生き延びろ。この次会う時は王宮の鍛冶場で会えるようにな。」
 
 タルシスさんは私達一人一人としっかり握手をしてくれた。
 
 
 村を出る前に、私達はもう一度詰所に寄った。ドーソンさん達が心配そうな顔で待っていてくれた。
 
「どうだ?必要なものは揃ったか?」
 
「ええ、だいたいは。」
 
「あとは旅の途中で何とかなるか・・・。そうだな・・・もしも南に向かうならクロンファンラもあるし、カナにも寄れるかもしれんが・・・。長居は出来そうにないな・・・。」
 
「カナには帰れないわ。村のみんなを危険に巻き込むことになるもの・・・。」
 
「うむ・・・。他の町ならともかく、カナだけは王宮に狙われている可能性もある・・・。お前達が立ち寄ったところを見計らって大勢で攻め込まれたりしたら、大変なことになるからな・・・。」
 
「そうよ。そんなことになったら、自警団とガウディさんだけでは防ぎきれないわ・・・。うまい具合にディレンさん達がいてくれればいいけど・・・。」
 
「そうだな・・・。そう言えばお前達は船で移動するのか?」
 
「まだ決めていないんです。副団長に船の使用許可はいただきましたけど、とりあえず陸路を南に向かうつもりではいるんですが・・・。」
 
「そうか・・・。クロンファンラまで行って、そこから船に乗ることも出来るしな。あそこからなら東の港までは一日程度だ。とりあえずクロンファンラに寄って、一息ついてから進路を決めても遅くないか・・・。」
 
「そうですね・・・。そろそろ行きます。ここにもあまり長居しないほうがいいと思いますから。」
 
「・・・もう発つのか・・・。元気でな。何があっても生き延びろ。一日も早く王宮で再会出来るよう、俺達も全力を尽くすよ。」
 
 旅支度を整えローランを出たのは、もう太陽がかなり高く上がった頃だった。少しでも早く、ここを離れなければならない。グズグズしていて刺客達に襲われたりしたら、ローランの町の人々まで危険にさらすことになる。私達はローランの東の森には入らず、南に向かい山越えをすることに決めた。険しい道ではあるが、とりあえず隠れる場所はたくさんある。
 
 ローランの入口が遙か遠くなり、やがて見えなくなる頃、カインが足を止めて振り向いた。
 
「クロービス。」
 
「ん?」
 
「必ずここに帰ってこよう。濡れ衣を晴らして、正々堂々と剣士団の制服を着て、ここに帰ってくるんだ。もちろん、3人一緒にだ。」
 
「うん。一日も早くフロリア様を元に戻す方法を見つけて、必ず帰ってこよう。みんなのところへ。」
 
「私もお手伝いするわ。フロリア様を元に戻す方法が見つかれば、父さんの使命も果たせる・・・。そうしたら・・・。」
 
 ウィローはそこで口をつぐみ、黙ったまま私にそっと寄り添った。そうしたら・・・きっと私達も新しい人生の一歩を踏み出せる。
 
「行くか。」
 
「そうだね。」
 
 ローランへ、そしてその先にある海鳴りの祠へ背を向け、私達は西部山脈の麓に広がる原生林へと分け入った。
 

第41章へ続く

小説TOPへ 第31章〜第40章のページへ