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「私はね、本業は考古学者なんですよ。」
 
「考古学者!?」
 
「ええ。北大陸をまわり、各地の貴重な歴史遺産をこの目で見て、記録し、この国の歴史を少しでも明らかにしたい、そのためにいろいろなところを歩きました。でも10年ほど前にここを訪れた時、私はすっかりこのハース聖石の美しさに惚れ込んでしまいましてね。しかもここの管理棟にはいろいろと貴重な文献も保管されていたので、ここで調査をしているうちに以前の管理人さんが退職されることになって、それで私が後釜に座ったというわけです。もっとも最初は、後任が決まるまでの暫定管理人のわけだったのですよ。私としてはここの調査を終えたら南大陸へと向かう予定だったのですが、それからしばらくしてモンスターの動きが活発になってきましてね。結局ここに居着いてしまいました。」
 
「それじゃたくさんの歴史的遺産を目にされているわけですね。」
 
 好奇心が顔を出し、私は管理人に尋ねた。ところが管理人は渋い顔で首をかしげている。
 
「・・・う〜ん・・・それがですね・・・。」
 
「どうかしたんですか?」
 
「お二人ともこの国の歴史はご存じですよね。200年前、ここより遙か東にあると言われるサクリフィアで聖戦が起き、滅びた国の生き残り達がこの大陸へ出てきてエルバール王国を築いた。王国の初代国王は聖戦から多くの命を救った英雄だった。まあこんなところでしょうか。」
 
「そうですね。僕は昔その話を教会で聞きましたよ。創世神話もよく聞かされました。」
 
 ライザーさんが答える。
 
「ああ、地から天と海が分かれ、それぞれがしもべとして聖戦竜を作ったというあれですか?」
 
「そうです。僕はその創世神話が好きだったので、よく神父様に話してくれとせがんでいましたね。」
 
 ライザーさんは懐かしそうに笑った。
 
「そうですね。神話として、子供達にはおとぎ話として、この大地の誕生にまつわる話はたくさんあります。そして大地と空と海があれば生命が育ちます。なのに・・・千年王国と謳われたいにしえのサクリフィアより前に、人類が生活していたはずの痕跡がないのです。」
 
「痕跡が・・・ない?」
 
「ええ・・・。話はたくさんあるのに、それを裏付けることが出来るだけの物件が存在しないのです。あちこちに遺跡らしきものはありますし、建物の土台のようなものもないことはないのですが、普通ならそこで暮らしていた人々の生活道具や文字など、いろんな痕跡があってしかるべきなのに、ここにはないのです。それをもっと詳しく調査したくて南大陸へと行くわけだったのですが、未だにここでの調査は終わっていません。モンスターのことも理由の一つですが、ここは数少ないその痕跡なのですよ。それに、ここの資料室にはかなり多くの文献があったので、まずは手がかりをと思いましてね。で、この祠にまつわる話を調べているうちにこの光に関する記述をやっと見つけて、ここに何かあるらしいと言うことまではわかりました。でもなんなのかわからない。自分では見えないわけですから誰かに頼るしかないのですが、誰でもいいというわけにもいかない。なんと言ってもご神体は価値の高いハース聖石ですから、いくら持ち去られる心配がないとは言っても、わざわざ危険を呼び込むようなことはしたくなかったのです。実を言いますとね、ここに剣士団の皆さんが来てくださった時、どなたかにお願いしてここに来ていただこうと思っていたのですよ。王国剣士の方なら身元もしっかりしているし、その人となりも王宮の保証付きですからね。でも皆さん忙しそうで、なかなか頼める方がいらっしゃいませんでした。そこに今日はちょうどあなた達がいらっしゃった。力のある治療術師なら、きっとその光を見ることが出来ると思ったのですよ。それに一人ではなく二人なら、目の錯覚だの幻覚だのと言うこともあり得ない。おかげで文献の記述が立証されました。どうもありがとうございました。」
 
 管理人は深々と頭を下げた。
 
「すると私達は、この国の歴史を紐解く上で重要な役割を担ったと言うことなのですね。」
 
「まったく、おっしゃるとおりです。」
 
 管理人が笑顔でうなずいた。私達と話しながら管理人はずっと掃除を続けていた。掃除と言っても祠の床を掃き清めて、ご神体の前に飾られた花の水を取り替える程度だが。
 
「それでは私は管理棟に戻ります。お二人とも疲れたらここで少し休まれるとすぐに疲れが取れますよ。出入りはご自由ですのでいつでも使っていただいてかまいません。ただし、怪我をしても疲れてもここがあるからと、無茶はなさらないでくださいね。」
 
「わかりました。ありがとうございます。」
 
 管理人は出て行き、ライザーさんと私が残った。
 
「浄化の光か・・・。疲れどころか、病まで治すなんて・・・いったいこの光は・・・。」
 
「少なくとも治療術とは違いますね。」
 
「そうだね。治療術ではこんなふうにエネルギーを空間にとどめておくなんてことが出来るわけがないよ。それに・・・。」
 
 ライザーさんは言いかけてやめ、ご神体と言われたハース聖石に歩み寄った。
 
「不思議な石だね・・・。これはウィローがお父さんからもらった指輪と同じ石なんだね。」
 
「そうです。でもこんなに大きな結晶は初めて見ます・・・。」
 
 と言うより、ハース聖石と言えばウィローの指輪にはめ込まれている小さな石以外に見たことがない。なのに私には、これがハース聖石なのだとすぐにわかった。
 
「きれいだね・・・。これだけの結晶なのになめらかで傷一つないし・・・何よりまるで土台に吸い付いたようにぴくりとも動かないなんて・・・。」
 
「この土台の石は何なんでしょう・・・。みたことがあるような・・・。」
 
 まったく同じものをみた記憶はないが、なぜか記憶の片隅に引っかかる。
 
「僕にはわからないな・・・。でも妙だな。そもそも古代サクリフィアの神々を祀っている場所に、なんでご神体なんてあるんだろう。」
 
「あ、そう言えば教会にはありませんでしたよね、そんなもの。」
 
「ないよ。王宮の大聖堂にもない。古代サクリフィアの神々とは言っても、つまりは大地と空と海の神様だからね。神様の形を表すこと自体が恐れ多いことだからって、王国中の教会のどこを探してもご神体なんてないと思うよ。」
 
「では管理人さんが嘘を言ってたんでしょうか。私にはそうは思えませんでしたけど・・・。」
 
「あの人が嘘を言ってるわけじゃないと思う。ここにある文献にそう記載されているんだろうね。だからここはそう言うものなんだと信じてしまっているのかも知れないよ。」
 
「あとで文献を見せてもらおうと思ってるんです。本自体にも興味があるし、この国の歴史ももう少し勉強したほうがいいかと思って。」
 
 私がこの国の歴史について学んだのは、王国剣士になったばかりの頃、エミーに勧められて借りた図書室の本でだけだ。あの本はいわゆる入門書のようなもので、もっと詳しく書かれている本はたくさんあるらしい。ここの文献を読めばもっといろいろと深く掘り下げることが出来るかも知れない。
 
「そうだね・・・。もしも読んだらあとで教えてくれないか。何となく気になるからね。」
 
「はい。」
 
 ライザーさんは笑顔でうなずき、浄化の光の下に立つと祠の中を見渡した。
 
「海鳴りの祠か・・・。確かにここに立っていると心が穏やかになるね・・・。ゆっくりと考え事をしたり、話をしたりするのにはいい場所だな。」
 
「そうですね・・・。」
 
 ウィローをここに連れてきたら喜ぶだろうな・・・。こんな大きなハース聖石を見てきっと驚くだろう。
 
「さて、そろそろお昼か。僕は一度訓練場に戻るよ。君はどうする?」
 
「私も戻ります。午後から管理人さんのところに行ってみるつもりです。」
 
「そうか。それじゃ戻ろう。」
 
 二人で来た道を戻り、洞窟を抜けて浜辺への道に出た。
 
「管理棟に行くなら、副団長に今後の君達の予定を聞いておくといい。多分今日か明日から、ここの警備のローテーションには組み込まれると思うよ。」
 
「わかりました。」
 
 ライザーさんは訓練場へと戻っていった。
 
                          
 
 食事のあと、私は管理棟に向かった。副団長の部屋に行くと、副団長は汗を拭きながら書類を読んでいるところだった。
 
「おお、お前か。」
 
「・・・どうしたんですか?そんなに汗をかいて。」
 
「ウィローの相手をしたのさ。いやぁ、あいつも強くなったよ。向こうではだいぶお前達が鍛えたみたいだな。カインに聞いたらそれはほとんどクロービスのおかげだって言ってたよ。たいしたもんだな。」
 
「・・・私は何もしてないですよ・・・。」
 
「そんな暗い顔をするなよ。心配するな。ウィローだってがんばってるんだから信じてやれよ。」
 
「そうですね・・・。」
 
「ところで、何か用だったのか?」
 
「あ、そうだ。あの、私達の仕事なんですけど、ここでの警備はさせていただけるんですよね?」
 
「ああ、そのことか。さっきカインにも言われたよ。明日からと思ってたんだが、お前らもぶらぶらしていたくないだろうから、今日は体慣らしもかねて、昼間の中の警備に入ってくれ。まずは長旅の疲れをとって、それから少しずつ夜勤にも入ってもらうよ。」
 
「わかりました。」
 
「ま・・・出来るだけ早くここから出ないとな。俺達の居場所は王宮だ。あそこで以前のように仕事が出来るように、今のところは情報を集めているんだ。」
 
 副団長はさっきまで読んでいた書類を指さしてみせた。
 
「そうですね。私も早く帰りたいです。」
 
「うむ・・・なあクロービス。」
 
 副団長は少し眉間に皺を寄せ、ため息をついた。
 
「はい。」
 
「カインのことだが・・・あいつ、どうかしたのか?」
 
「・・・え・・・?」
 
 急に不安になる。今朝はいつもと同じだった。何かあったのだろうか・・・。
 
「いや、そう深刻な顔をするな。俺の思い過ごしかも知れないんだが・・・何となく今朝から何かを考え込んでいるようなんだ。訓練の時の集中力はいつもと同じだったし、剣さばきにも別に問題はないんだが、なんとなく・・・いつもと違うんだよな・・・。お前は何か聞いてないのか?」
 
「いえ・・・なにも・・・。あとで話を聞いてみます。」
 
「そうだな。こんな状況だからそれを不安に思っていると言うだけかもしれんが、少し気をつけていてくれ。頼むよ。」
 
「わかりました。」
 
 副団長は今朝からと言ったが、実はもっとずっと前からだ。剣士団長が亡くなった時・・・あの時からずっとカインは考え込んでいる。あの時は剣士団長の死が自分のせいだと気に病んでいるのだと思っていたのだが、少し違うような気がする。折を見て聞いてみよう。
 
 私は管理棟の奥にある資料室に足を向けた。ちょうどそこには管理人がいて、分厚い本を開いてノートに何か書き込んでいる。
 
「おやクロービスさん、先ほどはありがとうございました。」
 
「いえ・・・。あの、こちらの文献というのは見せていただけるんでしょうか。」
 
「ああ、どうぞどうぞ。資料室の奥に書庫がありますから、お好きなだけ読んでください。」
 
 私は礼を言って書庫から何冊かの本を持ってきてみた。どれもサクリフィアの王宮から持ち出されたと伝えられているものらしい。
 
「その本ですよ。先ほどの光の記述があるのは。」
 
 私が持ってきた本をのぞき込み、一番上に乗っていた本を指さして管理人が言った。ページをめくっていくと、なるほどあちこちに光の記述がある。だがよく読んでみると、必ずと言っていいほどその前後の文字が消されていて、今ひとつ内容の判別が出来ないのだった。
 
『・・・の・・・・・・・・を・・・・・・・浄化・・・光に・・・護らん・・・。・・と・・・・・・の・・・約定の証・・り・・・。』
 
「・・・さっぱりわかりませんね。この約定の証というのは・・・。」
 
「それも謎のままです。ここに出てくる浄化の光が、あの祠の光を差すのは間違いないと思うのです。この文献の題が『海鳴りの祠の書』ですからね。ここのこととしか考えられない。となると、あの光に関わる何かが、誰かと誰かの約束の証となっていると言うことになると思うのですが・・・。それが果たして誰なのか・・・。」
 
「しかも文字を明らかに消してますよね。」
 
「そうですね・・・・。何者かによって都合の悪い部分であったのかも知れません。実はこの文献はみんな写本なのですよ。だから王宮に行けば原本があるかも知れないのですが・・・。」
 
「王宮の図書室ですか?」
 
「いや、たぶんあるとすれば文書館でしょう。」
 
「文書館!?」
 
 パティとエミーの父エヴァンズ卿が管理する文書館か・・・。門外不出の貴重な文献が数多く収蔵されているという・・・。
 
「ではこの文字を消したのは・・・。」
 
「王宮の手の者であると私は睨んでいます。私がここに来た時にはすでにこの状態でした。当時の管理人は何も知らなかったようなので、もっとずっと前のことかも知れません。」
 
「ここで消されている何かというのはやはりハース聖石のことでしょうね。」
 
「かもしれません。でもあともう一つは何なのかわかっていないのですよ。」
 
 この国には、まだまだ私達の知らない秘密があるらしい。しかも王宮がそれを意図的に隠そうとしている。
 
「文書館の文献さえ読めれば一気に解決しそうなんですがねぇ・・・。読めた時が人生最後の日では張り合いがありませんから、手持ちの資料で何とか突き止めるしかなさそうですね・・・。」
 
 管理人は冗談めかして言ったが、確かにその通りだ。文書館に入ることを許されるのは文書管理官と代々の国王のみ・・・。フロリア様の代になってからは国王の許可があれば誰でも入ることが許されるらしいが、そもそも許可などめったに下りない。隠したい秘密があるのなら、考古学の研究のためなどもってのほかだろう。
 
「でも管理人さん、誰かと誰かの約束の証なら、あのハース聖石が神様のご神体というのはおかしくないですか?」
 
「そうですね。私もそう思います。でもその本の一番最初のページをめくってご覧なさい。」
 
 そのページには『古代サクリフィアの三神を祀るものなり』と書かれている。
 
「なるほど確かに書いてありますね。」
 
「でしょう?だからやはりあそこは神様を祀った場所なんだろうと考えてはいるのですが・・。」
 
 管理人も腑に落ちないようではあるが、はっきりとした記述があるので首をかしげているらしい。礼を言って私は部屋を出た。ハース鉱山でしか、それもめったに取れないはずのハース聖石が北大陸のこんなところにあったとは・・・。しかもとんでもなく大きい。あの石からなら、ウィローの指輪が何百個作れるかと思うほどだ。それが何かの約束の証なら、その約束をしたのは誰と誰なのだろう。そしてその証をわざわざ神様のご神体のように書いておくその真意は・・・。
 
(まいったな・・・。また謎が増えた・・・。)
 
 出るのはため息ばかりだ。でもこの謎が、自分にまつわる謎でない分だけ私の心は軽かった。これ以上自分についての謎が増えるなんて冗談じゃない。
 
 
 この日の夜、寝床の洞窟に戻ってきたカインに、私はウィローの様子を聞いた。
 
「がんばってるよ。もっとも今日は体慣らしってことで、俺が前みたいに受け専門で相手をしたり、舞踊の型を見せてもらったり、その程度だけどな。でも戦用舞踏そのものを知らない人達は、みんなかなり刺激を受けてたみたいだぜ。踊っているようにしか見えないのに、いつの間にかガツンと食らってるわけだからな。」
 
「調子はどうだった?気分悪そうにしていたりしなかった?」
 
「それは大丈夫なんじゃないかな。時々洞窟の方をぼんやり見ていたけどな。」
 
「洞窟の方を・・・?」
 
「お前が来るんじゃないかって期待してたんじゃないのか?」
 
「・・・まさか・・・・。」
 
「まさかってことはないだろう?いくら距離をおきたいなんて言ってても、やっぱり顔が見たいんじゃないのか。」
 
「・・・・・・・。」
 
「まだ来る気にはならないか?」
 
 私は黙ってうなずいた。
 
「仕方ないな・・・。しかし・・・あの調子じゃ、やっぱりウィローは深く考えずに距離をおきたいなんて言ったんだと思うぞ。」
 
「そうだといいな・・・。」
 
「いいな、じゃなくて信じるんだろ?」
 
「そうだね・・・。」
 
「お前のほうは今日はどうだった?ライザーさんに相手してもらったのか?」
 
「あ、そうだ、それがね・・・。」
 
 私は昼間の出来事を話して聞かせた。
 
「へぇ・・・とにかくよかったな。ちゃんと話せて。」
 
 カインはほっとしたような笑顔を覗かせた。きっとずっと心配してくれていたに違いない。
 
「うん・・・。ずっと気にしてたけど、少しだけすっきりしたかな。」
 
「きっとずっとすっきりさせられる日がくるさ。」
 
「そうだね。そう信じたいよ。」
 
「とにかくその件は一件落着だな。ところでその祠のことだけどな、どんなところなんだよ、それは。」
 
「今日はもう遅いから明日行ってみようよ。」
 
「そうだな。あの岩壁の向こうか・・・。俺はそんなこと知らなかったから、ステラとはあの浜辺で話したんだよ。」
 
「そう言えばそのステラだけど、今朝なんだか私が睨まれていたような気がするんだよ。カイン、心当たりない?」
 
 カインは黙って私を見た。『思い当たるぞ』と顔に書いてある。
 
「・・・やっぱり原因は君か・・・。なにがあったの?」
 
「それがな・・・。」
 
 カインは言いかけてやめた。誰かが通路を歩いてくる足音が聞こえたからだ。
 
「よし、そこに行ってみよう。ほらクロービス、行くぞ。」
 
「え?どこに?」
 
「その本家海鳴りの祠さ。誰か逢い引きでもしてなければ覗いてこようぜ。」
 
「逢い引きって・・・神様の前で?」
 
「神様かどうかわからないんじゃないのか?」
 
「でもそう言うことになってるんだよ。」
 
「それならちょうどいいじゃないか。そのまま誓いを立てて結婚式まで出来るぞ。」
 
 カインが笑い出した。
 
「何言ってんだか・・・。とにかく行こう。まずは誰もいないのを確かめないとね。」
 
「そうだな。」
 
 カインと私は洞窟を出て、本物の海鳴りの祠へと向かった。
 
                          
 
「へぇ・・・こんなところがあったとはねぇ・・・。」
 
 カインは興味深げに中を見渡している。
 
「君も光は見えるよね?」
 
「ああ、ここに浮かんでいる青い光だろう?」
 
「青?」
 
「俺には青く見える。お前には白く見えるんだっけ。」
 
「・・・ライザーさんにも白く見えたみたいだよ。気功の使い手と呪文の使い手では見え方も違うのかな。」
 
「それじゃオシニスさんも連れてくればまた違うかもな。」
 
「呼んだか?」
 
「え!?」
 
 不意に聞こえた声にカインと私はぎょっとして声をあげた。
 
「なんて声だしてんだよ?俺だよ。」
 
 祠の入口に、オシニスさんとライザーさんが立っていた。
 
「君達も来ていたのか。ここをオシニスに見せたくてね。特にあの光がどう見えるのか知りたくて、今頃来てみたというわけさ。」
 
「そしたら中から話し声が聞こえるから、お前達かな、なんて言っていたんだ。そしたら急に名前を呼ばれたから返事をしたのさ。」
 
 オシニスさんはおかしそうに笑った。
 
「さてとライザー、お前が俺に見せたかったのはこれか。」
 
 オシニスさんは浄化の光の前に立った。
 
「君にはどんなふうに見える?」
 
「・・・青い光・・・いや、少し紫がかって見えるな。」
 
「また新しい見え方ですね。」
 
とカイン。
 
「君にはどう見えたんだ?」
 
 ライザーさんが尋ねる。
 
「俺には青い光に見えます。オシニスさんと同じようだけど少し違いますね。」
 
「ふぅ〜ん・・・不思議なものだな。俺にはどう見たって紫がかった青い光にしか見えん。しかし何もない空間にエネルギーの流れをとどめておけるなんて、人間技とは思えんな。・・・で、そっちの白い石板みたいな奴が怪しげなご神体ってわけか。」
 
 オシニスさんは浄化の光の下に立ったまま、ハース聖石に視線を移した。
 
「クロービス、君はさっき文献を読んできたのか?」
 
「はい。管理人さんもこれがご神体だという説には賛成出来ないようでしたよ。でもこの光に関する記述がある本には『海鳴りの祠の書』って書かれているし、1ページ目に『古代サクリフィアの三神を祀るものなり』って書かれているんですよ。何となくわざとらしいような気もするんですけど・・・。」
 
「しかし確かにきれいな石だな・・・。ん・・・?」
 
 オシニスさんはしばらくハース聖石を眺めていたが、急にかがみ込んだ。
 
「ん?オシニスどうした?」
 
「・・・この土台になっている石・・・このハース聖石と同じような材質で出来ているんじゃないか?」
 
「え!?」
 
 私は石板に駆け寄り、あらためてハース聖石と土台の石を見比べてみた。確かに言われてみれば・・・よく似ている。
 
「俺は地質学者じゃないし、はっきり同じだと言い切れないが・・・よく似てるよな。」
 
「なるほどね・・・。手触りなんかも同じような感じですね。」
 
 カインもハース聖石と土台の石をさわってうなずいている。この土台の石が、ずっと私の心の片隅に引っかかっている。でもなんなのだろう。どこかで見た記憶があるのに、この石を見るのは初めてだという気もする。妙な感覚だ。
 
「・・・しかし奇妙な場所だな・・・。誰かしらが何かしらの目的で作った場所なんだろうが・・・。ま、逢い引きにはもってこいだな。」
 
「一応神様が祀ってあることになっているんだから、逢い引きはないだろう。」
 
 ライザーさんがあきれたように言った。
 
「いいじゃないか。ついでに誓いも立てて結婚式まで出来る。」
 
 カインと私は思わず笑い出してしまった。今の会話はさっきの私達の会話とそっくり同じだ。そのことを告げるとオシニスさん達も笑い出した。
 
「つまりこんな場所を見つければ、みんな同じことを考えるってことだ。」
 
「みんなと言う言い方は納得出来ないな。少なくとも僕とクロービスはそんなことは考えなかったぞ。」
 
「この場合お前達のほうが変わってるのさ。」
 
「僕達はいたって普通だよ。さてと・・・もう戻ろう。今日はさすがに疲れたよ。オシニス、明日はクロービスの相手をしてくれないか。僕がウィローの相手をするよ。」
 
「そうだな。明日は交代だ。クロービス、覚悟しておけよ。」
 
 オシニスさんがニーッと笑った。この笑いは怖い。明日は相当に覚悟してかからなければならないようだ。
 
「ははは・・・お手柔らかにお願いします。明日も引き続きこの場所の警備もしなければならないですからね。」
 
「ああ、楽しみに待ってろよ。俺も疲れたなぁ。ウィローのがんばりに圧倒されそうだ。他の連中にもいい刺激になってるよ。じゃ、お休み。風邪ひくなよ。」
 
 オシニスさんはあくびをしながら祠を出て行き、ライザーさんも『お休み』と言って後に続いた。祠の中には静寂が戻り、また『海鳴り』が聞こえてくる。この音を聞きながら浄化の光の中に立つと、本当に心が穏やかになってくる。
 
「・・・見る者によって色が変わる光か・・・。不思議なもんだな・・・。」
 
 カインは光を見つめてつぶやいた。
 
「そうだね・・・。カイン、そろそろ話してくれてもいいんじゃない?」
 
「・・・ステラのことか・・・。」
 
「そうだよ。私は朝からずっと睨まれっぱなしだったんだから。」
 
「う〜ん・・・早い話が誤解なんだよな・・・。」
 
 カインは困ったように頭をかいた。
 
「誤解?」
 
「ステラの奴、俺がウィローを好きなんだと思いこんじまったらしいんだよ。」
 
「・・・何でそういう話になるわけ?」
 
「俺は・・・正直に言ったんだ。好きな人がいるって。そしたら結婚するつもりなのかって聞かれたから、相手は俺の気持ちを知らないし、手が届かない人だから結婚することは出来ないけどって言ったよ。そしたらステラの奴、それはウィローじゃないかって言い出したんだよ。」
 
「・・・なるほどね。確かに手が届かなくて気持ちも伝えることが出来ないと言う点ではぴったり条件に一致するね。」
 
「ああ・・・。当然俺は否定したんだ。誓ってもいいけど違うってまで言ったけど・・・ウィローはお前についてきたはずなのに妙によそよそしいし、だからお前がちゃんとウィローを捕まえておかないから、俺があきらめきれないとでも思ってるみたいだな・・・。」
 
「・・・ホントのことを言うわけにはいかないしね・・・。」
 
「言っても信じてもらえないだろうしな。フロリア様を好きな王国剣士なんていくらでもいるからな・・・。」
 
「君とフロリア様との出会いまで話すわけにもいかないしね。」
 
「他人に話すようなことじゃないからな。」
 
「ステラにすればウィローのことだって気に入らないはずだけど、きっとウィローとは仲良くなったから、悪いのはウィローを放っておく私だってことになるわけか・・・。」
 
「そのようだな。」
 
「それじゃ当分はこの調子だね。」
 
「お前がウィローと仲直りすればいいんだけどな。」
 
「仲直りか・・・。待つって決めたからなぁ・・・。」
 
「そうだな・・・。」
 
「仕方ない。私が我慢するよ。」
 
「悪いな・・・。」
 
 カインはすまなそうに頭を下げた。
 
「いいよ、気にしなくても。別に何か言われるわけではないからね。視線だけなら気にしないようにすることも出来るよ。」
 
「うん・・・。」
 
 結局、私はしばらくステラの鋭い視線に耐えなければらないらしい。それも仕方ないかも知れない。ウィローとのことに決着がつくまでの辛抱だ。もっとも、ウィローが本当に私と別れたつもりでいるとしたら、ますますこじれかねないのだが・・・。
 
「それじゃ、この話は終わりだね。」
 
 心の中の不安を隠して、私は出来るだけ明るく言った。
 
「そうだな、そろそろ戻ろうか。」
 
「待ってよ。君にもう一つ聞きたいことがあるんだ。」
 
「何だ?」
 
「こっちに戻る前から・・・君は何かずっと考え込んでいるよね?何を考えているのか・・・教えてくれないか?」
 
「そのことか・・・。」
 
「無理にとは言わないけどね。副団長も心配してたよ。君がずっと考え込んでいるみたいだけどどうしたのかって。」
 
「普通にしてたつもりなんだけどな。」
 
「うん。剣さばきもいつもと変わりないし、集中力がとぎれるってこともないんだけど、どこかがなんとなくおかしいってさ。」
 
「はぁ〜・・・副団長の目はごまかせなかったか・・・。それじゃ他にも誰か気づいているかも知れないな・・・。別に隠したいわけじゃないんだ。でも俺にも今ひとつ考えがまとまらないんだよ。だから・・・ちゃんとまとまったら必ず言うよ。それまでは・・・勘弁してくれ・・・。」
 
「そうか・・・。それじゃ、まとまったら必ず教えてくれるね?」
 
「ああ、約束するよ。」
 
 カインが私に隠し事をするなんてことはほとんどない。なのにこんな言い方をすると言うことは、きっとよほどの考えがあってのことだ。
 
「わかった。それじゃこの話もとりあえずここまでだね。戻ろうか。明日もハードそうだし。」
 
 さっきのオシニスさんの言葉を思い出し、私は思わず肩をすくめた。
 
「ああ、戻るか。」
 
                          
 
 翌日から、私はウィローの薬を作らなかった。もうすっかりよくなっているし、第一、薬を作って差し出すたびにあの奇妙な目で見られるのもつらい。この日は海鳴りの祠内の警備をかねて、オシニスさんと私が洞窟の奥の浜辺で向かい合っていた。以前よりいっそう重みとスピードを増した剣が、容赦なく頭上に振り下ろされる。でもやはり剣を交えている時間は私にとって楽しいものだった。立合を始めてしばらく過ぎた頃、ドカドカと洞窟を駆け抜けてくる足音が聞こえてきた。
 
「ああ!やっぱりここだ!オシニスさぁん!ずるいですよぉ。僕らだって早くカインとクロービスと手合わせしたいのに!」
 
 先に洞窟の出口から飛び出してきたキャラハンさんが大声で叫んだ。後ろからハリーさんも飛び出してきた。
 
「そんなに大声を出すなよ。ライザーとカインが向こうでウィローの訓練につきあってるから、俺がクロービスの相手をしていただけじゃないか。」
 
「それじゃオシニスさんはウィローのところに行ってくださいよ。俺達がクロービスの相手をしますから。」
 
「あーわかったわかった!それじゃカインを呼んでこい!俺と交代しろって言うんだぞ!」
 
「はぁい!」
 
 ハリーさんは喜々として駆けだしていった。程なくしてカインとハリーさんが現れ、オシニスさんはこのあたりの警備をかねてここで思う存分やり合えと言い残して訓練場へと戻っていった。
 
「さぁて!やっと念願が叶ったぞ!カイン、クロービス、始めようじゃないか!」
 
 二人とも満面の笑みを浮かべながら剣をぶんぶん振り回している。すごい気合いだ。
 
「クロービス、お前はずっとオシニスさんと訓練してたんだろう?」
 
「そうだよ。」
 
「それじゃ少し休んでからにしよう。俺も今までウィローの相手をしていたんだ。」
 
「よし、それじゃしっかり疲れをとってくれよ。どうせなら絶好調の君達とやり合いたいからね。」
 
 でもまだカインも私もそんなに疲れていたわけじゃない。少しだけ休息をとり、あらためてハリーさん達と向かい合った。
 
「それじゃ、お願いします。」
 
「よし、どっからでもかかってきてくれ。」
 
「行きます!」
 
 カインのかけ声と共に私達は斬り込んでいった。私がハリーさんに、カインがキャラハンさんに。それぞれの剣がぶつかり合い、ギィン!と大きな音をたてた。
 
「う〜ん・・・重くなったなぁ。南に行く前とは全然違うね。」
 
 私の剣を受け流しながら、ハリーさんが満足げにうなずいた。カインとキャラハンさんも、もう離れて間合いをとっている。まずは小手調べと言ったところだ。何度か斬り込み、受け流しながら様々な角度から攻めてみた。相変わらずハリーさん達の剣は掴みどころがない。それほど素早いとも思えないし、重みもないのに、とらえたと思った瞬間にするりと逃げられる。しかも二人とも、にこにことして攻撃をかけてくるのだ。
 
「相変わらずですね!」
 
 カインが叫んだ。
 
「えー!?それって進歩してないってことかい?」
 
 キャラハンさんがつまらなそうに叫ぶ。
 
「違いますよ。すごく強くなってるけど、かわし方とかが変わらないなってことです。」
 
「なぁんだ。」
 
 嬉しそうな声とともにカインの肩にガツンと一撃が振り下ろされた。
 
「うわ!」
 
 カインが慌ててとびすさる。これだからこの二人は気が抜けない。そのあとも少しの休憩を挟んで私達はずっと訓練を続け、昼食はこの組み合わせのままで食事をとった。ウィローを探すとカーナ達と一緒にいる。笑顔で食事をしているところを見ると、どうやら訓練は順調らしい。私達はと言えば、私が作り始めたスープにキャラハンさんが得意の『ひらめき』を入れようとして、危ういところでハリーさんに止められた。野菜スープに真っ赤なトウガラシと砂糖は合わないんじゃないかと思うが、キャラハンさんに言わせれば『新しい味』になるのだそうだ。でも本人も試したことがあるわけではないらしい。
 
「ああ・・・まったくさっきは危なかったよ。このうまいスープが不気味な飲み物に変身するところだったんだから。」
 
 ハリーさんはスープをすすりながらぶつぶつ言っている。
 
「ふん、君には僕の感性がわかってないんだよ。」
 
「俺はお前の感性なんてわかりたくもないよ。そんなに試したいなら自分の器にとった分でやってくれ。」
 
「ああわかったよ。」
 
 キャラハンさんは自分のスープの器にトウガラシと砂糖を入れている。カインも私も心配になってしばらく見ていたが、出来上がったものを一口飲んで、キャラハンさんは静かになった。
 
                          
 
 食事が終わってまた私達はさっきの浜辺まで戻ってきた。少し食休みをしてからまた訓練を始めようと言うことになったので、私はその休み時間を利用してあの本物の海鳴りの祠にハリーさん達を案内した。
 
「へえ・・・こんなところがあったのかぁ。すごいなぁ、この光・・・。こんなにきれいな緑色の光って、どこから力を得ているのかなぁ。」
 
「ハリーさんは緑か・・・。」
 
 カインがつぶやいた。
 
「緑?君の目はどういう作りになってるんだ?これはどう見ても青い光じゃないか。」
 
 キャラハンさんがあきれたように言い返す。
 
「・・・俺とキャラハンさんは同じか。」
 
 カインの声には納得いかないといった響きがある。
 
「おい、君達さっきから何かぶつぶつ言ってるけど、この光は君達にはどう見えるんだ?」
 
 ハリーさんが怪訝そうに尋ねた。
 
「私には白く見えるんです。」
 
「俺には青く見えますよ。」
 
「はぁ!?それじゃ見る人間によって色が変わるってのかい?」
 
「そうみたいです。」
 
「変な光だなぁ・・・。でも確かにこの下にいるとすごく体が軽くなるよ。それじゃ訓練で疲れたらここに来よう。」
 
「でも無茶しないでくださいね。」
 
 管理人が一番心配していたのはまさにこのことだ。
 
「わかってるよ。さぁて、また・・・いや、どうしようかな・・・。」
 
 ハリーさんは少し考え込むような仕草をした。
 
「どうしたんですか?」
 
「訓練もいいんだけど・・・少し話をしないか。君達とゆっくり話したのなんてずいぶん前のような気がするからね。南大陸のことを聞かせてくれよ。」
 
 浜辺に戻り、4人で輪になって腰を下ろした。風はそんなに冷たくなかったので火を熾すのはやめにした。
 
「君達が出会った聖戦竜は本当にセントハースとロコだったのかい?」
 
 口火を切ったのはハリーさんだった。
 
「あ、誤解しないでくれよ。君達の言葉を疑うわけじゃないんだ。でもセントハースだけならともかく、ロコまでって言うのが正直ピンと来なくてさ。だって考えてもみてくれよ。これでエル・バールまで出てくれば、これはもう聖戦トリオの揃い踏みだろう?物騒なことこの上ないじゃないか。」
 
「そうですね・・・でも本当にセントハースとロコだったんですよ。」
 
「ロコって・・・ロコの橋の名前の由来になっている聖戦竜だよね?」
 
 キャラハンさんが身を乗り出す。
 
「そうですね。ロコの橋を渡る時に灯台守の方に聞きました。」
 
「ロコは橋の名前・・・。ハース鉱山の名前の由来はセントハースだって言うし・・・エルバール王国の名前なんて聖戦竜の名前そのまんまだもんな・・・。不思議だよね。城下町でよく聞く語り部の詩では、聖戦でサクリフィアを滅ぼしたドラゴン達を邪悪だって言っているのに、せっかく新しく造った国や建造物に、なんでその邪悪な名前をつけたりしたんだろう・・・。」
 
 キャラハンさんが首をかしげる。
 
「そう言われればそうですね。どうしてなのかな。」
 
 カインも首を傾げる。
 
「それに・・・クロービスの話を聞く限り、どうもその聖戦竜と『邪悪』って言う言葉が結びつかないんだよなぁ。」
 
 ハリーさんも納得いかんぞといった表情だ。
 
「あの思念に・・・邪悪な意思は感じませんでしたね・・・。」
 
「君がそう言うんだから間違いないだろうな。」
 
「俺も感じませんでしたよ・・・。それに敵意も感じなかったし・・・正直剣を向けるのはすごくいやでしたよ・・・。」
 
 カインも頷いている。眉間に皺を寄せ、少し悲しげな顔をした。
 
「手向かってこない相手に剣を向けるなんて今まで考えられなかったな。そんなことにはなってほしくないよな、これからも・・・。」
 
 ハリーさんは少し表情を曇らせた。
 
「しかし・・剣士団はこれからどうするんですか?」
 
 カインの問いにキャラハンさんが首を傾げる。
 
「副団長は・・・まだ情報収集の段階だからって言ってるけど・・・オシニスさんはいっそ王宮に攻め込んで奪い返そうって言ってるよ。」
 
「つまり・・・決起するってことですか・・・。」
 
 ローランの東の森で夜中に聞いた話は、もしかしてこのことだったのだろうか。うまくいけば王宮に戻れる。でも失敗すれば反逆者として一生追われ続け、捕まればおそらくは死刑になる。結婚を控えたランドさんを、オシニスさんとライザーさんがそんなことに誘うはずがない。だからこそランドさんはあんなにしつこく『必ず声をかけてくれ』と言っていたのだろうか・・・。
 
「だろうな・・・。でも・・・フロリア様に敵対するなんて僕達に出来るのかな・・。僕にはどうしても判らないよ・・・フロリア様が一体なぜ剣士団を解散させたりしたのか・・・。」
 
「町の中で聞いた話でも、フロリア様のことよりもあの衛兵達を悪く言う人ばかりでしたよ。でも剣士団の解散もエルバール王国軍の組織もフロリア様のなされたことなら、それに異を唱えれば私達は反逆者になってしまうじゃないですか。」
 
「もうなってるよ・・・。フロリア様が剣士団に対して、王宮から追い出したいほど悪い感情を持っていたなんて、あの時まで全然気づかなかった・・・。」
 
 ハリーさんがため息をつく。
 
「悪い感情・・・。そうなのかな・・・。」
 
 カインは納得いかないと言った顔で聞いている。
 
「直接話したわけじゃないから、そりゃ俺だって確信があるわけじゃないけどさ。でも悪い感情を持っていないのなら解散させる必要はないさ。剣士団長が亡くなったのなら、別な誰かを団長にして継続させたって問題はないはずだからね。だいたい副団長って言う立派な次期団長候補がいるんだから、人選で悩む必要だってないじゃないか。」
 
 ハリーさんも首を傾げている。
 
「僕達の同期の奴も、涙顔で故郷に帰っていったからなぁ。残りたかったみたいだけど、あいつの故郷はここから遠いから・・・これから何が起こるかわからないなら、故郷で両親を守りたいって言ってたっけ・・・。何でこんなことになっちゃったんだろ・・・。」
 
 キャラハンさんは遠い目をして、寂しそうにつぶやいた。
 
「とにかく今の俺達に出来るのは訓練と見回りだな。さてと、そろそろ始めよう。せっかく思う存分訓練しておけって言われたんだからさ。」
 
 ハリーさんの言葉にみんなうなずき、私達は立ち上がった。
 
 この日は夕方まで四人で訓練を続けた。その夜、私は久しぶりにフロリア様の夢を見てうなされ、同じ場所に寝ていた全員を真夜中に起こす羽目になった。夢の印象はとても強く、最後に聞こえた悲鳴は長いこと私の耳の中に残っていた。
 
 
 それから何日かは何事もなく過ぎていった。場所が違うだけで、南大陸へ発つ前と同じように時が流れていく。南大陸で緊張の連続で旅をしていたのが嘘のような穏やかさだ。だが・・・事態は何一つ明確ではない。突然のフロリア様の豹変。剣士団の解散とカインと私への抹殺命令。そして『海鳴りの祠』にある不可思議な石板・・・。南大陸へ行って、私のまわりには新たな謎が増えた。北大陸へ帰れば何かしら解ける謎があるかと思ったのに、またさらに謎が上乗せされただけだ。この国は一体、これからどうなるのだろう。そして私は・・・これからどうするべきなのだろう・・・。
 

第39章へ続く

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