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第39章 敵襲

 
 そんなある日、カインと私は夜勤を命じられた。オシニスさん達が一緒だと言う。夜は二組で海鳴りの祠の表と裏側を交代で見回る。海からの風は穏やかで心地よかったし、表門の向こうには漆黒の闇が広がっている。時折モンスターの気配はしたが、中まで入ってこようとはしなかった。ゆっくりとした時間が過ぎていき、あと少しで夜明けというその時、異変は起きた。
 
 表門の前に立ち、ローラン方面を窺っていた私はふと何か思念を感じた。明確な敵意を持った思念・・・。だがこれは間違いなく人の思念だ。それも複数・・・。
 
「カイン・・・誰かこっちに向かってくる。」
 
 私は前方の暗闇に視線を止めたまま、カインに話しかけた。
 
「誰かって・・誰だ?」
 
「判らないけど・・・敵意を感じるんだ・・・。」
 
「つまり敵ってことか・・・。どこにいるのかまで判るのか?」
 
「ローラン方面から感じる。もしかしたら・・・王宮からの刺客かも知れない。狙いは当然私達なんだろうな。」
 
「だろうな。とは言え、ここで俺達が飛び出してはみんなに迷惑がかかる。オシニスさん達を呼んでくるから待ってろよ。お前一人でなんて絶対に飛び出すなよ。」
 
「わかってるよ。」
 
 カインは中に駆けていき、裏手を回っていたオシニスさんとライザーさんを呼んできた。
 
「誰か来るって・・・判るのか?」
 
「何となくですけど・・・少しずつここに近づいています。でも多分狙いは・・・カインと私だけだと思います。」
 
「かもしれんが、だからってお前達を『はいどうぞ』と差し出す気はないぞ。それに、ここにいる王国剣士は王宮から見れば全員が反逆者だ。それらしく撃退してやろうじゃないか。」
 
「・・・ここにいるよりは門の外に出たほうがいいかも知れません。私が見てきます。」
 
「お前一人では危険だ。俺達も行く。」
 
 私達は4人でそっと門の外に出た。確かに人の気配がする。
 
(多分盗賊崩れだな・・・。気配の消し方が見事だ・・・。)
 
 オシニスさんが囁く。
 
(こっちのほうが休憩所の明かりを背にしている分不利だ・・・。相手の位置だけでも把握できるといいんだけど・・・。)
 
 ライザーさんがオシニスさんに耳打ちをする。
 
(風水を使います・・・。少し下がってください・・・。)
 
 私はちいさな声でそう言うと、風水術『百雷』を唱えた。爆音と共に稲妻がひらめき、辺りを昼間のように明るく照らしだす。そしてその中に、王国軍の鎧を身につけた兵士達がいるのがはっきりと見えた。
 
「この野郎!妙な術使いやがって!」
 
 兵士の一人が躍りかかってくる。
 
「あ、ばか!いきなり飛び出す奴があるか!」
 
 別な一人が慌てて後に続いた。
 
「ここまで来るとはいい度胸だな!腕や足の一本くらいは覚悟してきたんだろうな!」
 
 オシニスさんの啖呵に兵士達は一瞬ひるんだ。が、先頭にいた将校らしい兵士が高笑いを上げた。
 
「笑わせるな!お前達は今じゃ反逆者だ!王女の命に背いてこんなところに溜まりやがって!だがな、王女から抹殺命令の出ている二人組の首を差し出せば、見逃してくださるとよ。さあ、そいつらをおとなしく差し出して、とっとと家に帰りやがれ!!」
 
 その言葉で兵士達は一斉に笑い出した。
 
「反逆者ときたか。はっ!笑わせるなはこっちの台詞だ!貴様らが元々南地方の盗賊崩れであることくらいお見通しだ!俺達は王国剣士だ!この王国に害悪を為すものは何人たりとも許さん!」
 
 闇の中での戦闘が始まった。王国軍の兵士達の鎧は闇に溶けて見極めにくい。だが私達は剣士団の制服を着ている。空色の上着にナイトメイルの青い光が、闇の中でも浮き上がって見えた。敵にとっては攻撃の目標が定めやすい分、私達は不利な状況に置かれていたが、素早さは私達のほうが上だった。そのおかげで攻撃を避けることは出来たが、決定的なダメージを相手に与えられない。膠着状態が続いていた。私はもう一度『百雷』を唱えた。炎を呼び出せばもう少し明るくできるが、こんな草原のど真ん中では辺りを火の海にしかねない。敵は一所に固まっている。この闇の中で離れれば、同士討ちの危険があることをちゃんと承知しているのだ。
 
(カイン・・・。私が前に出てこいつらを引きつけるから・・・。)
 
(わかった・・・。無理はするなよ・・・。)
 
 私は敵の真ん前にわざとゆっくりと出ていった。
 
「どうやら私の首がほしいみたいだね。」
 
 目指す相手がのこのこと出てきてのんきに声を掛けたので、兵士達はぎょっとしたらしい。
 
「な、何だと!?お前が・・・えーと、黒髪だから・・・クロービスってやつか!?」
 
 目指す相手の特徴くらい、いちいち考えなくてもいいように把握しておいてほしいものだ。
 
(この辺が素人くさいんだよな・・・。こんなのを差し向けられるなんて、見くびられたものだな・・・。)
 
「そうだよ。フロリア様から抹殺命令が出てる二人組のうちの一人だよ。」
 
 心の中で半ばあきれながら、私はわざとゆっくりのんびり答えた。相手がこっちを見くびっているのなら、徹底的に見くびらせるのも一つの手だ。
 
「な、なんだよ。俺はもっとすごい大男を想像してたんだがなあ。こんな細っこい野郎なら、俺達が出てくるほどのことはなかったじゃねぇか!」
 
「全くだ!!王女はこんなナヨッとした野郎のどこが怖いんだよ!?」
 
「怖いか怖くないかは、試してもらうしかないね。」
 
「けっ!口だけは一人前だな!怪我したくなかったらもう一人のカインとか言う野郎も差し出せ。そうすりゃ他の連中は助けてやるぜ。」
 
 兵士達はへらへらと笑いながら近づいてくる。
 
「私が怪我する心配はないよ。あんた達は自分の心配をしたほうがいいんじゃないか。」
 
「なんだと!?」
 
「なめやがって!」
 
 挑発の言葉に簡単に引っかかった兵士達は、どんどん間合いを詰めてくる。私は彼らを誘導するべく少しずつ後ろに下がった。もう少し下がれば休憩所からの明かりが届く場所に着く。そうなれば彼らの動きを把握するのも容易になる。カインは既に闇に紛れてその場所にいつでも飛び出せるように構えている。私の意図に気づいたオシニスさんとライザーさんも音もなく移動し、構え直しているのがわかる。ゆっくりと引きつけ、兵士達の姿が明かりに照らし出された瞬間、4人が同時に飛びかかった。まんまと罠にはまったと彼らが気づいた時は、既に勝負はついていた。
 
「さっさと引き上げるんだね。こっちもそう簡単に首を差し出すわけにはいかないんだ。」
 
 その時、闇の中から新手が飛び出した。とっさに剣で防御したが、そのすぐあとに何人も飛び出してきた。どうやら彼らもそれほどバカではないらしい。王国剣士が大勢いる場所に、あの程度の人数で一度に斬り込んでも勝ち目はないとわかっていたのだ。そこで手勢を二手に分けた。いや、もしかしたら闇の中にはもっといるかも知れない。なるほどうまい手だ。こちらは第一陣とやりあって疲れている。そこに第二陣第三陣と新手を送り込まれれば私達は圧倒的に不利になる。だがさっき私が放った風水の爆音を聞いて、背後でざわめきが起きていることに私達は気づいていた。みんなが起き出してきている。応援が駆けつけるまで持ちこたえられれば何とかなる。
 
 再び乱戦状態になった時、思った通りさらに闇の中から新手が現れた。飛びかかってきたその兵士は、しかし声も立てずにどさりとその場に倒れ込んだ。肩には深々と矢が突き刺さっている。振り向いて確かめるより早く、背後から躍り出た人影が私の隣に立った。
 
「ウィロー!?」
 
「クロービス、大丈夫?怪我してない!?」
 
「大丈夫だよ。でも君はどうしてここに・・・。」
 
「ウィロー!君の前の闇の中に新手がいるぞ!」
 
 言い終わらないうちにオシニスさんの声が飛んだ。
 
「こっちは引き受けます!そちらを食い止めてください!」
 
 ウィローが叫ぶ。下がっていてくれとか、隠れていてくれとか、頭の中に浮かんだ言葉が私の口から出るより早く、ウィローは迷わず兵士達の間に飛び込んでいった。第三陣の兵士達は最初に出てきた兵士達より遙かに強い。つまりこの第三陣が、私達を殺すために送り込まれた本当の刺客と言うことになる。
 
「あ、待てウィロー!君一人でその人数は・・・!」
 
 オシニスさんの叫び声は、数を頼みに押し寄せてくる第二陣の兵士達にかき消された。この連中が一番数が多いらしく、カインとライザーさんもその連中をさばくだけで手一杯らしい。こちらまで応援には来れそうにない。
 
「くそ!クロービス!ウィローを援護しろ!」
 
 オシニスさんの怒鳴り声だけが聞こえた。言われるまでもなく、私はウィローを追って兵士達の中に斬り込んでいった。ウィローはもうすでに兵士達の何人かを打ち倒している。剣より遙かに射程の短い鉄扇で、大剣の攻撃をひらりひらりと優雅にかわしながら、時折鉄扇をシャラシャラと鳴らす。耳元で鉄扇を鳴らされてぼんやりと座り込んだり、青ざめて腰を抜かす者までいる。鮮やかな手並みだ。出来るなら、ウィローの首根っこを掴んでそこから引っ張り出したかった。でも今のウィローは立派な戦力として、私達と肩を並べて戦っているのだ。今私がすべきことは、仲間としてのウィローと協力してこの危機を切り抜けることだ。ウィローの背後から振り下ろされた剣をはじき返し、私はウィローと背中合わせに立った。
 
「ウィロー、怪我は!?」
 
「大丈夫!あなたは!?」
 
「こっちも大丈夫だよ!」
 
「へっへっへ・・・手間とらせやがって・・・。」
 
 兵士の一人が下卑た笑い声を上げて近づいてきた。私達はもうすっかり囲まれている。
 
「おいてめぇら!女はあとのお楽しみだ!殺すなよ!野郎の方は首をはねて王宮への手みやげにするぞ!」
 
「おい、女は俺が一番だぞ!」
 
 兵士達の後ろから声が飛んだ。
 
「冗談じゃねぇ!捕まえた奴に権利があるんだ!」
 
「よおし!女を最初に捕まえた奴にしようぜ!」
 
 こんな話を彼らがしているうちに、起き出した仲間達が何人か応援に駆けつけていた。かなりの数がいた第二陣の兵士達も戦っている者はだんだんと少なくなってきて、地面に倒れている数が増えてきているのが見える。みんな足や腕を切られ、中には腹の辺りに傷を負ってうめいている者もいる。でも私達に気をとられている第三陣の兵士達はそんなことに気づく風もなく、へらへらと笑っている。私の首を取ったも同然とでも思っているのだろう。いくら追いつめていても、とってないものをとったような気になっていると痛い目を見るのだと言うことを教えてやろうか。彼らの背後にオシニスさん達が迫っていた。よく見るとセルーネさんの姿が見える。と言うことは当然ティールさんもいるはずだ。彼らのことだ、きっと一番先に飛び出してきたんだろう。これだけの顔ぶれなら、こちらがおとりになって注意を引きつければ背後から一網打尽に出来そうだ。私は左手でウィローの腰を軽く叩き、ささやきかけた。
 
(こっち側から囲みを突破するよ。ついてこれるね・・・?)
 
(わかった・・・。)
 
(いくよ・・・!)
 
 私は左側に飛び出した。すっかり気を抜いていた兵士達がぎょっとして剣を構えなおす前に、私はその兵士達の足許をなぎ払っていった。私の後ろをついてくるウィローは、鉄扇で敵の剣をはじき返しながら、時折鉄扇を素早く開いてシャラシャラと鳴らす。その音をまともに聞いた兵士達は、いくら剣を振り回してもさっぱり力が入らなくなる。
 
「ち、ちくしょう!てめぇら何してやがる!?早く捕まえろ!」
 
 叫んでいる将校らしい兵士も足腰が立たないらしい。鉄扇の音で錯乱していた兵士達が我に返って剣を構え直した頃には、私とウィローは囲みを突破して兵士達と向かい合っていた。そして兵士達が私達に注意を向けている間にオシニスさん達が背後から斬り込んできて、第三陣の兵士達は総崩れとなった。
 
 やっとの事で戦闘が終わった頃にはすでに東の空は白み始め、夜明け前の青い空気があたりを漂い始めていたが、それでもまだ周りをはっきりと見渡せるほどではなかった。でも王国軍の兵士達がみんな動けなくなって闇の中に転がっているのはわかる。オシニスさんがその兵士達に向かって怒鳴りつけた。
 
「さっさと引き上げろ!!今度ここに顔を出して見ろ!その首と胴、きれいさっぱり切り離してやるぞ!」
 
 今はすっかり戦意を喪失した兵士達はその言葉に震え上がって、あたふたと這うようにして逃げていった。不殺を誓ったはずの王国剣士の口からそんな言葉が出たことで、驚いたのだろうか。そして私も、その言葉が単なる脅しではなく、今度彼らがここに現れたら本当にオシニスさんは彼らを殺すんではないだろうかとさえ思った。
 
「くそ!あんな奴らでも助けなきゃならんとはな!」
 
 逃げていく兵士達の後ろ姿を忌々しそうに見つめて、オシニスさんは吐き捨てるように言った。
 
「ウィロー、大丈夫か!?」
 
 カインがウィローに駆け寄った。オシニスさんとライザーさんが後に続き、セルーネさん達も走ってきた。ウィローは声も出ないのか、何度もうなずきながら肩でぜいぜいと息をして、顔色もよくない。
 
「ウィロー・・・本当に大丈夫なの?」
 
 ウィローは私を見てうなずいたが、またすぐにうつむいて肩で息をし始めた。心配になる。やっぱりさっき無理にでも止めておけばと思いかけて、これだからウィローに距離を置きたいなんて言われるのだと自分に言い聞かせた。さっき私はウィローを、共に戦えるだけの充分な戦力を備えた仲間として認めていたのだ。自分の後ろに置いて守ってあげる対象ではなく・・・。
 
「クロービス・・・。」
 
 ウィローが顔を上げて私に微笑んでくれた。この笑顔を前に向けられたのがいつのことだったのか、もう憶えていないほどだ。
 
「あなたが無事でよかった・・・。」
 
 そう言うウィローの目から涙がこぼれた。
 
「ウィロー・・・君は・・・。」
 
 やっとわかった・・・。どうしてあれほどまでにウィローが訓練したがったのか、私と離れてまでもやらなければならなかったのか。今やっと・・・。この時ほど自分のバカさ加減を呪ったことはない。せめて一言謝りたくて肩を抱こうと手を伸ばした時、ウィローの体がぐらりと傾いた。慌てて抱き留めたが、そのままぐったりと動かない。
 
「ウィロー!?」
 
 耳元で呼んでみたが返事がない。
 
「おい!ウィロー!?」
 
 カインが耳元に顔を近づけ大声で呼んだがやはり反応がなかった。脈と呼吸が速い。額に脂汗が滲んでいる。
 
「つかれたんだろう・・・。まさか一人であの人数に向かっていくとは思わなかったぞ・・・。」
 
 オシニスさんの顔が青い。さすがにウィローの無謀さに血の気が引いたらしい。
 
「ある程度腕が上がってくれば、一度はこういう目に遭うものなんだけど・・・しかしさっきはさすがに僕も焦ったよ。こっちはこっちであの兵士達がしつこくて援護にも行けなかったし・・・。」
 
 ライザーさんも青ざめたままだ。
 
「まったく心臓に悪いよ・・・。無事でよかった・・・。」
 
 オシニスさんが額の汗を拭いながら大きなため息をついた。王国剣士は必ずと言っていいほど、一度はがんばりすぎて倒れる。私もそうだったし、カインが以前風邪をひいたのもがんばりすぎが原因だ。そしてみんなペース配分の大事さを身をもって知ることになる。
 
「よし、ウィローの訓練の今後の課題は、ペース配分と状況の見極めだな。毎回この調子で飛び出して行かれたら、敵を倒す前にこっちが倒れそうだ。」
 
 オシニスさんが大げさに肩をすくめてみせた。
 
「ペース配分はともかく、状況がどうだろうと、クロービスが危険な目にあっていればウィローは飛び出していくと思うな。」
 
 ライザーさんが口を挟む。
 
「う〜ん・・・確かにそれは言えるか・・・。」
 
 オシニスさんが頭をかく。
 
「・・・知っていたんですね、ウィローが訓練をしたいって言い出した本当の目的を・・・。」
 
「最初から知っていたわけじゃないぞ。どうもお前は俺達のことを『黙って座ればぴたりと当たる』占い師か何かみたいに思っているようだが・・・そんなわけがないじゃないか。訓練をしているうちに気づいたのさ。」
 
「・・・・・・。」
 
「俺も最初は、このあいだ詰所で聞いたように自分の身くらい守れれば俺達の足手まといにならずにすむって考えてるのかと思っていたけど・・・ウィローの腕はもう自分の身を守るには充分すぎるくらいだったからな。それ以上を望むってのはもうそのこと以外に考えられないと思ったよ。」
 
 とカイン。
 
「そうか・・・。」
 
「僕は訓練を受けている時のウィローの目を見て気づいたよ。何度倒れても必死で食らいついてくるんだ。あんなに必死で腕を上げたいと思うのは、よほど何か守りたいものがあるからじゃないかと思ったんだ。そしてウィローがそこまでして必死で守りたいものと言えば、君のこと以外に考えられないからね。」
 
『自分の身くらいはどんな時にも守れなくちゃ』
 
 この言葉は嘘ではなかったにしろ、訓練の本当の目的じゃなかった・・・。ウィローが本当に考えていたのは、私を守ることだったのだ。この先私が危機に陥った時、自分が何も出来ずにただ見ているしかないなどと言うことにならないように。そのためにあえて私達より遙かに実力があると聞いていたオシニスさん達に、訓練をしてくれるように頼み込んだ・・・。なのに私はそのウィローの気持ちを察するどころか、ただ自分がいやだと言うだけで反対してしまった。その時ウィローはどれほど失望したことか・・・。それでもウィローは訓練を続けていた・・・。その目的のために・・・。
 
「今頃気づくほうが遅すぎだ。まったく手間のかかる・・・。」
 
 オシニスさん達の背後でセルーネさんが忌々しそうに言うのが聞こえた。
 
「まあまあセルーネ、そうぼやくな。他人が口を挟んだんじゃ意味がないって言っていたのはお前の方じゃないか。」
 
「それにしたって・・・。」
 
 セルーネさんはなおもぶつぶつと文句を言い、ティールさんがなだめ続けている。わからなかったのは私だけだ。つまらない意地を張って、真実を見極めようとしなかった。本当に大バカ者だ・・・。
 
「オシニスさん、ライザーさん。」
 
「ん?」
 
「なに?」
 
「ウィローの訓練に・・・私も参加させていただけませんか・・・。」
 
「やっと来る気になったか。」
 
「きっとウィローが喜ぶよ。」
 
「でもこの調子じゃ、今日の訓練は無理かもな。」
 
 カインがウィローの顔をのぞき込んだ。ウィローは意識がないと言うより、眠っているようにも見える。
 
「そうだね・・・。どうせ私達も夜勤明けで午前中は休みだし、午後になってウィローの体調が戻っているようならだね。」
 
「そうだな。」
 
「カイン、悪いんだけど少しだけウィローに気功を・・・」
 
 言いかけた私は、突然前方の暗闇に何かの気配を感じて顔を上げた。人の気配だ。そんなに離れていない。みんな同じように感じたらしく前方の闇に目を据え、ほぼ同時に剣の柄に手をかけた。
 
「・・・敵か・・・?」
 
「わからない。殺気は感じないけど・・・。」
 
「いても一人か二人だな・・・。」
 
 その気配は少しずつ近づき、やがて闇の中から人影が現れた。
 
 
「・・・クロービスが女と抱き合っているところに出くわすとは思わなかったな。」
 
 闇の中から出てきた人影は、ウィローを抱きかかえている私に向かってにやりと笑った。
 
「・・・ハディ・・・!?」
 
「おぅ、ただいま。」
 
 ハディは片手をあげて、私達に向かってニッと笑った。
 
「ただいまじゃないよ!今までどこ行ってたんだよ!?消えちまったって聞いて心配してたんだぞ!」
 
 カインが叫んだ。
 
「あらハディだけ?私のことは?」
 
 その声と共に闇の中からまた人影が現れた。リーザだった。
 
「リーザ!どうしてここに・・・。」
 
「俺がさらってきたのさ。」
 
 カインの問いにハディは照れくさそうに答える。リーザは少しだけハディを睨んでみせ、私達に向かって微笑んだ。
 
「私は自分でここに帰ってきたのよ。大丈夫、ちゃんと両親とは話し合いしてきたわ。だからここまで追ってこられるなんてことはないわよ。」
 
「そういうことさ。・・・ちぇっ・・・全員掃討済みか・・・。一人くらい残しておいてくれたってよかったのにな・・・。」
 
 ハディは、刺客達が消えた闇に振り向き、つまらなそうにため息をついた。
 
「それならもっと早く来てくれりゃよかったじゃないか。大変だったんだぞ!?」
 
 カインがハディを睨む。
 
「悪かったよ。実を言うと、ローランから出た時あいつらと鉢合わせしそうだったんだよ。隠れてやり過ごしてからあとをつけてきたんだが、けっこう気配に敏感な連中でなぁ。あんまり近づけなかったんだ。でなけりゃもうちょっと早く着けたんだけどな。」
 
「あいつらがどこから来たかはわかるか?」
 
 オシニスさんが尋ねる。
 
「はっきりとはわかりませんけど、西部山脈の方から来たのは確かですよ。」
 
「・・・西部山脈・・・?」
 
 ライザーさんが怪訝そうに尋ね返す。
 
「山賊ルートか?」
 
 オシニスさんも不可解そうに首をかしげた。
 
「そうです。」
 
 山賊ルートというのは、以前カインが受けた入団時の二次試験の話だ。その時カインは入団して一週間ほどのハディと組み、西部山脈に出没する山賊の被害調査に向かったのだ。でもそこにいた山賊の二人組は実はオシニスさんとライザーさんで、カインとハディは二人にいいように手玉にとられ、何の成果も得られずに王宮に帰る羽目になった。
 
「あんなところから来る奴なんざ山賊と相場は決まっているんだが・・・あいつらも今は一応エルバール王国の正規軍だぞ?なんでまた・・・。」
 
「あそこで野営して襲撃に備えたのかも知れないよ。」
 
 そう言うライザーさんも、自分の考えに今ひとつ自信が持てないらしく、首をかしげている。
 
「とにかく中に入るか。副団長に報告しないとな。おいハディ、リーザ、お前らも今までのことを一通りは報告してくれよ。ま、個人的なことは話せる範囲でかまわんがな。」
 
「わかりました。」
 
 返事をしながら、ハディはセルーネさんに近づいた。セルーネさんはハディを見て優しげに笑った。
 
「・・・腹は決まったみたいだな・・・。」
 
「はい。ご心配かけてすみませんでした。」
 
「ふふ・・・いい顔をするようになったよ。迷いがなくなったのなら、あとは自分の信じた道を行くことだ。」
 
「はい・・・。」
 
 ハディは神妙に頭を下げた。どうやらハディは長年の迷いを吹っ切ったらしい。それは訓練のこともあるのだろうし、リーザのこともあるのだろう。でも本当にいい顔をしている。あとで話を聞くのが楽しみになってきた。
 
「クロービス、ウィローの弓と矢筒は俺が持つよ。」
 
 カインの申し出に私はうなずき、抱きかかえたままのウィローから、弓と腰の矢筒を下ろしてカインに渡した。その隣で、ハディが私を見てにやにやしている。
 
「なるほどねぇ・・・。しかしまぁ・・・意外だなぁ。カインがって言うならわかるけど・・・クロービスがねぇ・・・。」
 
「そうよねぇ・・・。クロービスもちゃんとした男の人だったのねぇ。」
 
「ちゃんとしたって・・・そりゃそうだよ。・・・ウィローのこと誰に・・・あ、そうか・・・ローランから来たんだよね。」
 
 ドーソンさん達がしゃべったとしても不思議はない。
 
「そういうこと。だってクロービスってあんまり男の人って感じしなかったんだけど・・・でも・・・へぇ・・・。」
 
 リーザは妙に感心している。ほめられているのか、からかわれているのかよくわからない。
 
「おいハディ、その、俺ならわかるってのはどういう意味だよ!?」
 
 カインが納得いかないといった口調でハディに詰め寄った。
 
「ん?言葉どおりさ。クロービスとお前を比べたら、絶対お前のほうが手が早そうだからな。」
 
「ちぇっ・・・戻ってくるなり言いたい放題だな・・・。」
 
 カインは頭をかいている。
 
「まったくね・・・。そういやリーザ、君には前にも言われたよね。男の人って感じがしないって・・・。あんまり褒め言葉には聞こえないなぁ・・・。」
 
「ま、そりゃ仕方ないだろう。ナヨナヨしたやさおとこの二代目だしな。」
 
「ナヨナヨした・・・?」
 
「やさおとこって・・・??」
 
 横から口を挟んだオシニスさんの言葉に、ハディもリーザもきょとんとしている。
 
「いや・・・さっきあの王国軍の連中がさ・・・。」
 
 オシニスさんはこらえきれない笑いを漏らしながら、あの兵士達が最初に私を見て言った台詞をハディ達に話して聞かせた。
 
「な、なるほど、それで・・・ナヨナヨしたやさおとこの初代がライザーさんだから二代目ですか・・・。ぶわぁっはっはっは!!」
 
 ハディは腹を抱えて笑っている。つられてオシニスさんもライザーさんも笑い出してしまった。リーザも笑いをこらえていたがやっぱり大声で笑い出した。
 
「こいつ南大陸でも、いろんな人に言われてたんだよ。細っこくてナヨッとしているって。」
 
 カインも言いながら声を立てて笑い出した。
 
「・・・こんな時に言わなくたっていいじゃないか・・・。」
 
 私は思わず赤くなった。行く先々で何度も言われてきたことだが、どうにも情けない言われようだ。あまり知られたくはない。
 
「ご・・・ごめん、笑ったりして・・・。カイン、そんなに言わなくても・・・。」
 
 ライザーさんはそこまで言ったが、また笑い出してしまい、つられて私までが笑い出してしまった。こんなふうに心から笑いあえたのは久しぶりのことかも知れなかった。この点についてだけはあの兵士達に感謝してもいいかもしれない。
 
「そういやクロービス、その彼女は・・・ウィローって言うのか、男みたいな名前だな。」
 
 やっと笑いがおさまったハディが、ウィローの顔をのぞき込みながら言った。
 
「そうだよ。元気で丈夫に育つようにってお父さんがつけてくれたらしいよ。」
 
「デール卿の娘だそうだな。」
 
「うん。」
 
「ふう〜ん・・・オシニスさん達に訓練の相手をしてもらうって話だそうだが、腕のほうはどうなんだ?」
 
「見くびらないほうがいいぜ。」
 
 カインが口を挟む。
 
「ウィローは戦用舞踏の使い手だ。ずっと相手をしてるけど、呑み込みは早いし、運動神経も抜群だし、将来有望だぞ。」
 
「へえ、戦用舞踏ってのは初めてだな。俺も相手してもらうか。」
 
「私も楽しみだわ。ドーソンさん達の話ではすごくいい子みたいだし、お友達になれるかな。」
 
「きっとなれるよ。すごくいい子だから。カーナ達とももうすっかり仲良くなってるんだ。だから君ともすぐ友達になれるよ。」
 
 リーザが私を横目で見てニーッと笑った。
 
「そりゃクロービスにとってはこの世で一番いい子よね。」
 
 からかわれて、自分で言った言葉に気づいて思わず赤くなった。でも本当にいい子なんだから、照れ隠しに『そんなことはない』なんて言いたくない。
 
「そんなの決まってるじゃないか。でも誰に聞いてもいい子だって言うよ。」
 
「はいはい。」
 
 リーザは肩をすくめてみせ、くすくすと笑った。
 
「おい、大丈夫か!?」
 
 門の前には、今海鳴りの祠にいる王国剣士のほとんどが出てきていた。その中をかき分けて、副団長が青い顔で飛び出してきた。そして私に抱きかかえられているウィローに目を留め、いっそう青くなった。
 
「お、おい!ウィローは・・・。」
 
「大丈夫です。かすり傷一つ負っていませんよ。疲れて倒れたんだと思います。」
 
「そ、そうか・・・。ふぅ・・・よかった・・・。ん・・・!?ハディ!リーザも・・・お前たちどうしてここに・・・!?」
 
「副団長、すみませんでした、勝手に飛び出して。でももう一度俺をここにおいてください。俺は王国剣士として、ここでまたみんなと一緒にやっていきたいんです。」
 
 ハディは丁寧に頭を下げた。
 
「・・・そうか・・・。リーザ、お前は・・・?」
 
「すみませんでした・・・。私のことでご迷惑お掛けして・・・。」
 
「いや、それはいいが、お前は一度は剣士団を出て、家に帰った身だぞ。今ここにいると言うことは、ちゃんとご両親の許可は取ってきたということか?」
 
「はい。わかってくれました。私も、ここで王国剣士として皆さんと一緒に仕事をしていきたいんです。」
 
「そうか・・・。では二人に聞くが、俺達はここでこうして集まっているだけで、王宮からは反逆者の汚名を着せられている。それでもここで王国剣士として俺達と一緒に戦ってくれるのか?」
 
「はい。」
 
「そのつもりで来たんです。」
 
 二人はきっぱりと答えた。この二人がいれば心強い。
 
「よし、わかった。あらためて歓迎するよ。お前達が剣士団を離れている間に起きたことは俺から教えてやる。二人ともちょっと管理棟の中に来てくれないか。」
 
「わかりました。」
 
 扉に行きかけた副団長が私に振り向いた。
 
「おいクロービス、ウィローは洞窟の中より医務室を借りてベッドに寝かせたほうがいいだろう。管理人に頼んでやるから一緒に来い。」
 
「はい。」
 
 ハディとリーザは副団長の後に続いて管理棟へと入っていったが、扉の前で立ち止まり振り返った。
 
「あとで南大陸のこと、いろいろ聞かせてくれよ。」
 
「そうよ。あなた達が帰ってきたら、向こうの様子を聞くのを楽しみにしてたのよ。」
 
「あんまり楽しい話はないぞ。」
 
 カインが困ったような顔で答えた。
 
「そりゃそうだろうな。とにかく何があったか教えてくれりゃいいよ。」
 
「それはいいが、そっちも教えてくれよ。今までどうしてたのかをな。」
 
「わかったよ。」
 
 ハディ達のあとから管理棟に入ろうとしたところで、突然ウィローが目を開けた。
 
「あ、わ、私・・・・。」
 
 自分の置かれている状況が今ひとつ把握出来ないといった顔だ。
 
「さっき倒れたんだよ。今医務室に連れて行くから、ゆっくり休むといいよ。」
 
 出来るだけ優しく言ったつもりだったが、ウィローは真っ赤になって慌てて体を起こそうとした。
 
「動かないでよ。落ちちゃうじゃないか。」
 
 ・・・また口調がきつくなってる・・・。
 
「あ、あの、降りるから、私・・・歩いて・・・。」
 
「・・・わかったよ。」
 
 私はウィローを下ろした。でも体は支えたままにしておいた。多分歩けないだろうと思ってのことだったが、思った通り、ウィローはさっと歩き出そうとしてそのまま前のめりに倒れそうになった。
 
「やっぱり無理だよ。ちゃんと運んであげるから。」
 
「い、いいってば。私は・・・」
 
 ウィローは言葉を詰まらせた。目のふちにはみるみる涙がたまっていく。でもそれがこぼれないよう、一生懸命まばたきをしている。
 
「よくないよ。」
 
 いつまで言い合っていてもきりがない。私は実力行使に出た。ウィローに向き直り、無理やり抱き上げて歩き出した。
 
「や、やだ!恥ずかしいから下ろして!自分で・・・」
 
「歩けなかったじゃないか!」
 
 思わず出した大声に、ウィローはびくっとして怯えたように黙り込んだ。私は今まで、自分の気持ちをうまく言葉で言い表すのがとても下手だと思っていた。でも今気づいた。私は自分の気持ちを素直に態度で表すことも、とんでもなく下手くそだ。
 
「抱いていくのがいやならおぶっていく。それもいやだって言うなら荷物みたいに肩に担いでいくよ。さあ、どれがいい!?」
 
 ウィローの目からとうとう涙がこぼれた。そして小さな声で「おんぶのほうがいい・・・。」と言った。私は一度ウィローを下ろし、改めて背中におぶった。ウィローをおぶったのはローランでモンスターに襲われた時以来だが、なんだかあの時より軽いような気がする。慣れない土地に来て、気疲れして痩せてしまったんだろうか・・・。
 
 医務室には管理人が来ていて笑顔で迎えてくれた。私は医務室の奥にあるベッドにウィローを連れて行った。後を追ってきたカインがウィローの肩に手をかけて、気功を使った。
 
「このくらいでいいかな・・・。オシニスさん達からの伝言だ。今日は午前中は夜勤明けで休みだから、午後から体力が回復するようなら訓練をしようってさ。」
 
「わかったわ。ありがとう・・・。」
 
「ただし!」
 
 カインは突然語気を強め、咳払いして言葉を続けた。
 
「いいかウィロー?ここからが大事だぞ。少しでもきついと思ったらそこまでだ、それを隠して無理に訓練を続けようとしたりすれば、もうそこまでで君の訓練は打ち切りだってさ。」
 
「打ち切り・・・?もう教えてもらえないってこと?」
 
「そうだよ。」
 
「そ、そんな・・・!それじゃ私・・・!」
 
「なんだよ、別にうろたえることないじゃないか。無理しなくちゃいいだけの話なんだぞ?」
 
「そ、それは・・・そうだけど・・・。」
 
「君のこれからの課題は、ペース配分と状況の見極めだそうだ。もう今から訓練は始まってるんだぜ?」
 
「ペース配分と・・・状況の見極め・・・。」
 
 ウィローは口の中でカインの言葉を反芻した。
 
「そうさ。ただ、今日の午後までに君が完全に回復するかどうかは、今から昼まできちんと休養を取れるかどうかにかかってるからな。だから俺が少しだけ気功で手伝いに来たんだよ。でも完全に回復させる気はないぞ。とりあえずよく眠れる程度だ。」
 
「わかった・・・。少し眠るわ・・・。カイン、ありがとう・・・。」
 
「気にするなよ。ゆっくり休んでくれよ。」
 
 カインはウィローに笑顔を向け、私の肩をぽんと叩いて一瞬だけにっと笑い、出て行った。入れ違いにカーナとステラが飛び込んできた。
 
「ウィロー!大丈夫!?」
 
 二人とも青い顔をしている。
 
「大丈夫よ。さっきカインが少しだけ気功で回復してくれたの。お昼までに回復すればまた午後から訓練してもらえるから、午前中はゆっくり休むわ・・・。」
 
「そう・・・よかったわ・・・。まったくやり方が汚いわよね!夜中に襲撃なんて!」
 
「クロービス、本当にあなたとカインを狙ってきたの?」
 
「そうらしいよ。」
 
「かなりの数だったみたいじゃない。よく撃退出来たわね。」
 
「オシニスさんとライザーさんが一緒だったし、途中でセルーネさん達も応援に来てくれたからね。・・・それに・・・ウィローが不意打ちを狙ってきた奴の肩を射抜いてくれたから、でなきゃあんなに早く勝負がついたかどうかわからないよ。」
 
 これは私の正直な感想だ。闇の中から不意に飛び出した第三陣の兵士の剣がまともに私に当たっていたら、死なないまでも大けがをしていたと思う。
 
「へえ・・・ウィロー、やったじゃない!目標達成ね!」
 
 うれしそうなカーナの言葉にウィローは真っ赤になって首を振った。
 
「カ、カーナ!そんなこと今言わなくても・・・。」
 
「この鈍感男にはこのくらい聞かせてやってちょうどよ。」
 
 カーナは平然としている。
 
「カーナ、ステラ、ウィローはそろそろ眠ったほうがいいから、話はまたあとにしてくれないか?」
 
 カーナはハッとしたように私を見つめ、さっきのカインのようにニーッと笑った。
 
「あらやだ。私としたことがすごいおじゃま虫よね。さ、ステラ、行きましょうか。」
 
「そうね。鈍感男も多少は進歩があったみたいだし。」
 
 二人は大げさに肩をすくめながら私に冷たい一瞥をくれると、医務室を出て行った。
 
「・・・私も今日の午前中は休みだからもう戻るよ。今朝、君のおかげで助かったっていうのは本当だよ。ウィロー、ありがとう。」
 
 ウィローは赤くなって毛布を顔まで引っ張り上げた。
 
「私・・・役に立ったの・・・?」
 
「役に立ったよ。君がいてくれて本当によかったよ。」
 
「そう・・・よかったわ・・・。」
 
「それじゃお休み。」
 
「あ、あの、クロービス。」
 
「ん?」
 
「さっきは・・・ここまで運んでくれてありがとう・・・。歩けもしないのに意地張って・・・ごめんなさい・・・。」
 
「いいよ、そんなこと気にしないでゆっくりお休み。」
 
 うれしそうにうなずいてウィローは目を閉じた。
 
                          
 
「おいクロービス、メシだぞ。」
 
 管理棟を出て、浜辺へ行く道の途中で私はカインに呼び止められた。そう言えば朝食をとっていない。すっかり忘れていた。
 
「ライザーさんが俺達の分まで作ってくれたんだ。お前も食って来いよ。ウィローは眠ったのか?」
 
「眠ったよ。食事は起きてからのほうがいいんじゃないかな。」
 
「そうか。それじゃ戻ろう。」
 
 浜辺ではおいしそうな匂いがあたりに漂っている。ライザーさんは私の分の食事をとっておいてくれた。私に気づいてオシニスさんがお茶を飲む手を止めて顔を上げた。
 
「ウィローの調子はどうだ?」
 
「今眠りましたよ。あの調子なら多分お昼まで目覚めそうにないですね。」
 
「それじゃ食事は起きてからのほうがいいね。」
 
 ライザーさんが言った。
 
「そうですね。それじゃいただきます。」
 
 食べながら、私の心には先ほどからある考えが頭をもたげ始めていた。さっきあの兵士達はカインと私の首を差し出せば、他の剣士達は助けてやると言っていた。無論そんな言葉が信用出来るはずはない。だが今回のことで、フロリア様はもう王国剣士達を呼び戻すつもりはないと考えざるを得ないのではないだろうか・・・。ではやはり、私達に残された道は、王宮に攻め込み、力ずくで奪い返す以外にないのだろうか・・・。もしも本当にそれしか道が残されてないのなら、刺客に追われるカインと私がこのままここにいれば足手まといになる。じゃあどうすればいいのか、答は簡単だ。私達がここを出ればいい。私はそれでもいい。自分のわがままでみんなを危険にさらすことは出来ない。これについてはカインも同じ思いなのではないかと思う。
 
(・・・ウィローは・・・どうするんだろう・・・。)
 
 せっかく剣士団のみんなと仲良くなれて、ここに腰を落ち着ければみんなと一緒に戦いに加わることもできる。わざわざ私についてきて危険に身をさらす必要はない・・・。それにここにいてくれるのなら、私も安心して旅立てる。別れるのはつらいが、それでもウィローのためには、それが一番いいのかも知れない。
 
 でも・・・ウィローの訓練の目的が私を守ることなら、ここにいたほうがいいなんて言ったところで納得してはくれない。では黙って置いていこうか・・・。でも私がいなくなったと知れば、きっとウィローは追ってくる。ウィローがいつここを飛び出すかとヒヤヒヤしながら旅に出るくらいなら、一緒にいたほうが安心できる。でも・・・多分ウィローは、今までのように戦闘時に私の後ろにいてはくれないだろう。確かにあの腕ならば充分戦力としてあてにすることは出来るのだが・・・。
 
『どうすればいいのかなんて誰にもわからんさ。そういう時は、自分の心に聞いてみることだ。自分が今どうしたいのかとな。』
 
 突然声が聞こえた・・・いや、聞こえたような気がしただけだ。でも誰の声かはわかる。いつ聞いたかも憶えている。そう、あれは南大陸で、剣士団長の死に打ちのめされていたカインに、ディレンさんがかけた言葉だった。
 
「自分がどうしたいか・・・。」
 
 小さく声に出して繰り返す。何度か繰り返しているうちに、私の決心は固まっていった。あとは行動を起こして確かめるだけだ。
 
「・・・・いけよ・・・。」
 
「え?」
 
 私は我に返り、きょろきょろと辺りを見回した。話していたのはオシニスさんらしい。
 
「風呂だよ。夜勤明けの組は風呂に入れるんだ。メシが終わったら風呂に行ってこい。めったに入れないんだから、しっかり汚れを落としておけよ。」
 
「わかりました。」
 
                          
 
 カインと私は片づけを終えたあと、管理棟の風呂場に来ていた。ここで風呂に入るのは初めてだ。元々管理人用の風呂なのでさすがに4人一度に入るのは無理らしい。2人ずつなら何とかなるから、初めてならお前らが先に行けよと言われて私達が先に入ることにしたのだ。
 
「へぇ・・・なかなかいい風呂じゃないか。」
 
 カインは風呂場の入口から中を見渡して感心している。確かにきれいな風呂場だ。普段なら夜しか沸かさないが、今は剣士団のために管理人が夜も昼も沸かしてくれているらしい。あの人は考古学者の仕事より、こういう仕事のほうが性に合ってるんじゃないだろうか。
 
「あ〜!気持ちいいなぁ!」
 
 カインがうれしそうに叫んだ。私も同感だった。熱い風呂なんてローランの宿屋で入ったきりだ。この一週間、どうしても汗で気持ちが悪い時は海で泳いでしのいでいた。でもさすがに水泳の季節には早すぎるし、海水ではあまりさっぱりしない。先に体を洗い終えたカインは湯船につかって目を閉じている。洗い場は広く、三人くらいなら一緒に洗えそうだが、さすがに湯船は狭い。二人で入ろうとすればお湯がこぼれてしまう。それにかなり体を密着させないと入れない。いくら相手がカインでもそれはやはり遠慮したかった。
 
「すこし交代してよ。」
 
 カインは目を開けたが立ち上がろうとせず、私を見つめている。
 
「・・・なに・・・?」
 
「・・・いつ行くんだ・・・?」
 
「・・・やっぱり同じことを考えていたんだね・・・。」
 
「ああ・・・。俺達がここにいてはみんなの迷惑になる。」
 
 カインはため息をつきながら湯船を出て、洗い場にあぐらをかいた。私は入れ替わりに湯船に入りゆっくりと体を沈めていった。熱いお湯が隅々まで体を温めてゆく。
 
「そうだね・・・。あいつらが王宮に戻るまでに2日、入れ替わりに別部隊が来るとしたらさらに2日か・・・。遅くとも今日を入れて4日目の朝にはここを出ないとね。」
 
「別部隊が来ると思うか?」
 
「私達を狙ってこなくても、ここに王国剣士がこれだけ集まっているんだから、叩き潰すにはいい口実を与えてしまったかも知れないよ。」
 
「・・・そうだな・・・。」
 
「せっかく帰ってきたのにここから出なくちゃならないのはつらいけど・・・仕方ないね・・・。」
 
「ウィローのことはどうするんだ?」
 
「どうしたいのか聞いてみるつもりだよ。」
 
「そうか・・・そうだな・・・。俺達だけでは決められないな。でもお前としてはどうだ?」
 
「一緒にいたいと思ってるよ。たとえそれが私のわがままだとしても、ウィローと離れているなんて考えられない・・・。ウィローが離れたいって言うなら別だけどね・・・。」
 
「そうか・・・。」
 
 その時風呂場の外で足音が聞こえた。オシニスさん達が来たらしい。私達は出来るだけ暗い顔をしないように気をつけながら風呂場を出た。
 
                          
 
 その日の午後、仮眠を終えて私達はすっかり元気を取り戻していた。もう他の剣士達はそれぞれの持ち場につき、中の警備担当や非番の剣士達が例によって訓練場に集まっている。
 
「今日からはお前も参加か。」
 
 洞窟の中、カインが鎧を身につけながら、私に振り向いた。
 
「うん・・・。いまさらだけどね。」
 
 私は小手の紐を締めながら答えた。
 
「そんなことはないさ・・・。ここにいられるのもあとせいぜい3日か・・・。その間にもう少しウィローには力をつけてもらわないとな。ここを出たら・・・あとは毎日が実戦だからな・・・。」
 
「うん・・・。」
 
「それに、せっかく訓練に参加するんだから、ウィローとのこともそろそろけりをつけろよ。俺はお前とウィローの間に挟まれておろおろするのはごめんだぞ?」
 
 言いながらカインがくすりと笑った。
 
「・・・けりをつけるよ・・・。今日中にね・・・。」
 
 目が覚めてからずっと、私が考えていたのはウィローのことだけだった。もう一度・・・ウィローの心を取り戻したい・・・。自分のことしか考えず、独りよがりな思いをただ押しつけていただけの愚か者にも、ウィローはもう一度微笑んでくれるだろうか・・・。

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