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 俺は乙夜の塔に行き、乙夜の塔付の侍女に頼んで、ユノを呼び出してもらった。ユノは何事もなかったかのような顔をして出てきたので俺はちょっと驚いたんだ。
 
「仕度はできたのか?」
 
「なんのですか?」
 
「さっき俺がフロリア様に呼び出された時お前もあそこにいたのだから、聞いてないはずはないだろう。明後日中には王国剣士全員、ここを出なければならん。」
 
「私は行きません。」
 
「なんだと?」
 
 俺は耳を疑った。まったくいつもと変わりない表情で、ユノはさらりと言ったんだ。
 
「私はここに残ります。」
 
「・・・しかし・・・そうもいくまい。剣士団はもうなくなってしまうんだ。」
 
「剣士団がなくなって、みんなでここを出て、それからどうするのです?」
 
「・・・俺達は王国剣士だ。たとえ身分を剥奪され王宮を追われようとも、この国を守らなければならん。その方法をなんとか考えるつもりだ。」
 
「・・・そうですね・・・。王国剣士はこの国の国民にとって盾のようなもの・・・。でも私は違います。」
 
「ユノ!?」
 
「私はフロリア様の護衛剣士です。私の仕事場はここ以外にありえません。私は残ります。」
 
「・・・お前には撤収命令が出ていないのか?」
 
「フロリア様は何もおっしゃいませんでした。行けとも残れとも何も・・・。だから私は残ります。今までどおりフロリア様をお守りしていくつもりです。」
 
「・・・本気なのか・・・?」
 
「はい。」
 
「エルバール王国軍とかいう連中がここに来るそうだが、そいつらは何者なんだ。お前は知っているか?」
 
「フロリア様が新しく募集した兵士達です。どんな形で集めたのかまではわかりません。」
 
「そうか・・・。そいつらがきたらフロリア様の護衛もそいつらがやるだろう。お前の身も安全とはいえないんじゃないのか?」
 
「ご心配には及びません。・・・失礼します・・・。」
 
「ユノ!」
 
 そのまま戻りかけたユノを俺は慌てて呼び止めた。ユノはゆっくりと振り向いたが・・・なんと言えばいいのか・・・悲しんでいるのか苦しんでいるのか、奇妙なとしか言いようのない表情をしていたよ・・・。
 
「お前は・・・カインとクロービスが本当に死んだと思うか?」
 
「死ぬような訓練をされたのですか?」
 
「あの訓練がその程度だったとは俺は思わん。しかも剣士団長も一緒だったと聞く。・・・お前はどう思う・・・?」
 
「・・・・・・・・・・・・。」
 
 ユノは答えなかった。だが、『死ぬような訓練をしたのか』という問いは、お前達が生きていることを信じているからこそ出てきた言葉だと俺は思う。結局ユノはそれきり塔の中に戻っていってしまった。俺はあきらめて宿舎に戻り、全員の撤収作業が終わるのを見届けて、王宮を出てきた。王宮の中で働く誰もが俺達を泣きながら見送った。フロリア様の暴政としか思えないような舵取りは、国民の心に強い不信の念を植えつけたはずだ。









「みんな王宮を出てきたものの、そのまま家に帰ろうとするやつは一人もいなかった。誰からともなく南門の前の広場に集まってきた。あの広場からは王宮の玄関がよく見える・・・。誰も守る者のいなくなった玄関は、ひどく無防備で頼りなく見えたよ・・・。そこで俺は、みんなに声をかけた。もしもこのまま終わりたくないのならば、海鳴りの祠に集まろうと、そして再起を図ろうと呼びかけたんだ。そして今俺達はここにいる。もちろん全員じゃない。だが出て行く者を俺は引き止めなかった。それぞれ事情があるんだ。無理強いは出来ん。ここにこうして集まっているだけで、俺達はもう反逆者だからな。」
 
「ユノはそのまま出てこなかったんですね?」
 
「ああ・・・。王国軍の兵士とか言うやつらがあんなならず者の集団だと知っていたら、俺はあいつの首根っこをひっつかまえても連れてきたんだが・・・。」
 
「王国軍の兵士がどんな連中なのか、ユノは知らなかったんでしょうか。」
 
「それもわからん。だが知っていたのかもしれんと俺は思っている。それを言えば俺が絶対に引き下がらないとわかっていたから言わなかったのじゃないかと、後から考えた・・・。」
 
「・・・ロゼがユノに助けられた話はご存じですか?」
 
「それもランドから聞いた・・・。あいつは一人で戦っているんだ。誰もいなくなった王宮の奥で・・・。」
 
「たった・・・一人で・・・。」
 
 あの衛兵達が王宮勤めの女性達を狙っていたのだとしたら、ユノだってその標的になってもおかしくない。ロゼがユノに助けられたという話はもう何日も前のことだ。そのあと何が起きてもおかしくないのじゃないか・・・。不安が胸を締めつけた。
 
「クロービス、ユノ殿のことはもう考えるなよ。お前がここでいくら気をもんでも始まらないんだ。俺達は俺達に出来ることをしよう。一日も早く王宮に戻って、ユノ殿の孤独な戦いを終わらせてやればいいじゃないか。」
 
「そう・・・だね・・・。私達には・・・私達の使命がある・・・。」
 
「そう言うことだ。」
 
「クロービス、お前の心配はわかる・・・。せっかく以前よりも態度が柔らかくなってきて、少しはみんなと打ち解けられるかと思っていた矢先だったんだ・・・。」
 
 副団長がため息をついた。
 
「あのあとも・・・あんな雰囲気だったんですか?」
 
「そうだな・・・。以前のような冷たい瞳をすることはなくなっていた・・・。今ここで言うのもなんだが、それはお前のおかげなんじゃないかと俺は思っていたよ。」
 
「私のせいなんてことはないです・・・。私は特別何もしてないですから。」
 
「そんなことはないよ。セルーネさんも言っていたじゃないか。ユノ殿にはそばにいてくれる人間が必要だったんだって。」
 
 カインが口を挟む。
 
「たまたまだよ。水の入ったバケツを持っていたから水遣りするならと思って手伝った、それだけじゃないか。あの後も何度かあそこで会ったけど、いつも黙って水遣りするだけで、話をしたのだって数えるほどだからね。」
 
「でも前にライザーさんも言ってただろう?ユノ殿は自分から俺達を遠ざけているようなところがあるって。そう言う人ってのはな、何となく空気が違うんだよ。だから誰も近づかなくなる。でもその空気を全然読めないやつとか気がつかないやつとかが、かえって壁を破ってそう言う人達と仲良くなったりするんだよな。」
 
「・・・それってどう聞いても私が人一倍鈍感で抜けてるってことにしか聞こえないんだけど・・・。」
 
 私は大げさにカインをにらんでみせた。カインは『え?』と言う顔を私に向けて、口の中で小さく『空気を全然読めないやつとか気がつかないやつとか・・・』と何度か繰り返し、『あ』と小さく声をあげた。
 
「言われてみればそうだな・・・。」
 
「まあいいよ。鈍感でも間抜けでも、そのおかげでユノのいいところを見つけることが出来たのならね。」
 
「はっはっは。全くだ。・・・」
 
「・・・ねぇ、グラディスさん、聞いていい?」
 
「ん?おお、いいぞ。疑問に思うことがあるなら何でも聞いてくれ。俺がわかることなら何でも答えるよ。」
 
 副団長はウィローに笑顔を向けた。
 
「ハース鉱山で・・・私パーシバル様に会ったわ・・・。あの方はグラディスさんよりずっと先輩よね?」
 
「そうだなぁ・・・。俺よりも何年も先輩だよ。それがどうかしたか?」
 
「だって・・・。そんなにずっと前に入ったのならカナにも来ていたはずだわ。テロスおじさんとは知り合いだったみたいだし・・・。でも私・・・パーシバル様の顔を見た記憶があんまりないのよね・・・。パーシバル様も私のことを紹介されて初めて知ったような顔をしていたし・・・。」
 
「・・・・・・・・・。」
 
 副団長は考え込むような顔をした。
 
「何か知ってるの?」
 
「・・・剣士団長は・・・多分お前の家には近づかなかったんだと思う・・・。」
 
「近づかなかったって・・・どうして・・?」
 
「理由はわからん。カナに行った時にほかの村人から聞かれたことがあるんだ。なんでパーシバルさんはデールさんの家には挨拶に行かないのかなって。でもそのくせ、俺達がカナやハース鉱山での勤務を終えて報告に行った時は、デールさんやウィローの家の話を聞く時にすごく真剣に聞いてたんだ・・・。」
 
「そんな・・・・。」
 
「だから団長はお前の顔くらいは知っていただろうと思うが、話しかけたりすることはまずなかったんじゃないのかな。でも村に赴任していれば姿を見かけることくらいはあるはずだから、ぼんやりとした記憶ぐらいは残っているだろう?」
 
「そうね・・・。なんとなくだけど、あの時が初対面ではないはずだなって思ったの。でもそれだけ・・・。ほとんど思い出せないくらいよ。」
 
「団長がカナに行っていたのはもうだいぶ前だからな。そうだな・・・剣士団長になってからは、一回か・・・二回あったかどうかというところだ・・・。だいぶ忙しくなっていたからな。」
 
 ウィローは釈然としない面持ちで聞いていた。確かに考えてみればおかしな話だ。やはり団長は何かを知っている。デールさんがハース鉱山に赴任することになった経緯も、私の父のことも・・・。でももう二度と聞くことは出来ないのだ・・・。
 
「なあクロービス、剣士団長がウィローの家に近寄らなかったことと、お前の親父さんのことも関係あるのかなぁ・・・。」
 
 カインが首をかしげる。
 
「・・・あるのかも知れないけど・・・今となってはもうそれを知る術がないよ・・・。」
 
「そうだな・・・。」
 
「・・・セルーネあたりはもしかしたら団長から何か聞いているかもな・・・。」
 
 副団長も考え込むように腕を組んでいた。
 
「セルーネさんが・・・。」
 
 カインの顔がこわばった。
 
「セルーネさんは今ここにいるんですか?」
 
「ああ、いるよ。団長が亡くなったと聞いた時は、夜通し訓練場で素振りをしていたっけ・・・。そのあとはみんなに気を使われるのがいやでいつもと同じようにしているが・・・あいつの気持ちを思うとな・・・。」
 
 副団長は悲しげに唇をかんでうつむいた。
 
「・・・そろそろ外に行きます。セルーネさんに・・・伝えなくちゃ・・・。」
 
 カインが絞り出すような声で言った。握りしめた拳が震えている。
 
「よし・・・そろそろ出るか。ウィロー、昨日ローランに行けなかった連中の中には、クロービスの彼女の顔を拝ませてもらおうとてぐすね引いて待ってるやつもいるようだから、心していけよ。」
 
「・・・そうね・・・。」
 
 その時の返事だけが、妙に素っ気ないように聞こえたのは私の気のせいなのだろうか・・・。
 
「なんだなんだ。ずいぶんとしけた返事だな。喧嘩でもしたのか?」
 
 気のせいではないらしい。副団長は不思議そうな顔でウィローと私を交互に見ている。
 
「そういうわけじゃないんですけど・・・。」
 
 けど・・・そのあとなんと続けていいのかわからない。
 
「グラディスさん、私はクロービスについてくることだけが目的だったわけじゃないの。北大陸に来たのは、父さんのことをもっと知りたかったからと、父さんの遺志を継ぐためにはここに来なければならないと思ったからよ。そして今ここにいるのは、皆さんに少しでも協力できればって言うことと、オシニスさん達にお願いした訓練のためよ。」
 
「はいはい、なるほどな。わかったよ。だが他の連中がどう見るかまではわからんからな。多少からかわれても我慢してくれ。みんな悪気はないんだからな。」
 
「ええ、わかったわ。」
 
 私が拍子抜けするほど、ウィローの今の返事は明るかった。
 
 管理棟から外に出ると、浜辺までの一本道だ。浜辺から左に折れると海鳴りの祠と呼ばれる洞窟群がある。右に折れると私が研修の時にオシニスさんと出会ったあの場所に着く。その場所は今は訓練場のようになっていて、たくさんの王国剣士が剣を交えていた。ここは浜辺がずっと奥まで続いていて、あちこちにテントが張られている。一大野営地と言った景観だ。
 
「おーい!みんなちょっと休まんか?お待ちかねの奴が帰ってきたぞ!」
 
 副団長のかけ声でみんな動きを止め、一斉に私達を見た。昨日ローランに来なかった人達もかなりいる。
 
「カイン・クロービス組、ただいま帰りました!」
 
 北大陸についてから、何度この言葉を叫んだだろう。そして叫ぶたびに懐かしい顔に出会える。私達は帰って来たのだと、自分達のいるべき場所に戻ってきたのだと、改めて実感した。
 
「やあウィロー、君に教わったスープをこの間作ったんだけど、好評だったよ。」
 
 笑顔で話しかけてきたのはキャラハンさんだった。
 
「最初はな。そのあとお前の余計な思いつきで台無しにしたじゃないか。」
 
 ハリーさんがふくれっつらで口を挟む。
 
「余計な思い付きとは失礼な。創意工夫といってほしいな。」
 
「どこが創意工夫だよ?」
 
「・・・お前ら頼むから今日くらいはおとなしくしててくれ・・・。」
 
 オシニスさんがあきれたようにつぶやいた。
 
「ふふ・・・ありがとうございます。」
 
 ウィローはすっかり笑顔になっている。
 
(おい・・・。)
 
 みんながぞろぞろと集まってくる間、副団長が私を突っついた。
 
(なんですか・・・?)
 
(なんかあったのか・・・。えらくよそよそしいじゃないか・・・。)
 
(まあ・・・いろいろと・・・。)
 
 副団長はクスリと笑って、
 
(あいつは人一倍の頑固者だからな・・・苦労はするだろうな・・・。)
 
(もうしてますよ・・・。)
 
(ははは・・・。だが根は純粋でいい娘だ。よろしく頼むぞ・・・。)
 
(はい・・。)
 
「ずいぶん早かったじゃないか。今日の夕方あたりにでも来るのかと思ってたぞ。」
 
 オシニスさんが声をかけてきた。
 
「その予定だったんですけど、どうせ来るなら朝のうちのほうがいいかなと思って。」
 
「ふぅん・・・。まあいいか。ウィローの体調はどうなんだ?」
 
「もう大丈夫です。」
 
 ウィローは笑顔で応える。
 
「確か今日一日はローランで体を休める予定だったんだろう?訓練をするなら明日からだな。」
 
「・・・はい・・・。」
 
 ウィローは仕方ないというように肩を落として、うなずいた。
 
「よし、それじゃ君は休んでいてくれ。カイン、クロービス、お前らはこれから俺達の相手をしろ。」
 
「こ、これからですか?」
 
「希望者が多くてな。実を言うと、お前らが帰ってきた時に誰が一番先に手合わせをするかを話し合っておいたんだ。で、結局お前らが帰ってきた時に最初に出会った奴が一番と言うことに落ち着いたのさ。俺達は運がいいよ。絶好調のお前らとやり合えるんだからな。」
 
 オシニスさんは嬉々としてナイトブレードを振り回している。どう見ても軽く振り回しているだけなのに、風斬り音がぶんぶん聞こえる。
 
「いつの間に順番なんて・・・。まあいいですけどね・・・。でもちょっと待ってもらえませんか?その前にしなくちゃならないことがあるんで・・・。」
 
 カインは笑って小さくため息をついたが、すぐに真顔になって言った。オシニスさんは剣の素振りをやめ、小さくうなずいた。
 
「そうだな・・・。ポーラさんは今偵察に出ている。戻るのは夕方だろう。セルーネさんなら祠の向こう側の浜辺にいる。」
 
 オシニスさんが私達がきた道の向こうを指さした。
 
「その時のことを・・・せめて出来るだけ正確に伝えてやってくれ・・・。」
 
「わかりました・・・。クロービス、行こう・・・。」
 
 カインの顔は、判決を待つ被告のような顔だった。
 
「うん・・・。ウィロー、君はどうする?」
 
 私は振り向いて尋ねた。
 
「私も行くわ・・・。パーシバル様に助けられたのは私も同じだもの・・・。」
 
「そうだね・・・。それじゃ行こうか・・・。」
 
 私達は稽古場の浜辺から来た道を戻り、祠の中に入っていった。私達がここに来たのは、研修の時以来だ。あの時は休憩所で怪しげな男の居場所を聞いて、そのままそちらに向かってしまった。そしてそのあとはまっすぐローランに戻ってしまった。この祠の中がどういう作りになっているのか私達は知らなかったのだが、かなり長いトンネルのようになっていることがわかった。トンネルと言っても自然に出来た洞窟なので、まっすぐではない。グニャグニャと折れ曲がり、その曲がったところには結構広い空間も出来ている。そこに寝袋などが置いてあるところを見ると、テントを張らずにここで寝起きしている人達もいるらしい。
 
 洞窟を抜けると、小さな浜辺にでた。この場所はさっきの稽古場の浜辺とは岩壁で区切られていて、向こうからもこっちからも見えない。左手には北大陸西岸へと続く岩壁がせり出していて、ひさしのようになっている。雨をしのぐ程度にはなりそうだ。その岩壁の向こう側にも行けるようになっているらしい。でもこのあたりは確かけっこう険しい断崖などが多い場所のはずだ。この岩壁の向こう側にはそれほど広い場所はなさそうだ。誰にもじゃまされずにゆっくりと話をするのにはいいかもしれない。
 
 北大陸の中でも北部に位置するこの浜辺は少し肌寒い。ウィローがまた風邪をぶり返したりしないよう、今日のお昼は体を温める薬草も少し足そうか。これからセルーネさんに剣士団長の最期を伝えなければならないというのに、私の頭の中はウィローのことでいっぱいだ。そのウィローは、浜辺の真ん中でこちらに背を向けて立っているセルーネさんの背中を見つめている。セルーネさんの隣にはティールさんがいて、小声で何か話をしていた。
 
「・・・セルーネさん・・・。」
 
 カインは顔をこわばらせ、セルーネさんに声をかけた。ティールさんとセルーネさんがゆっくりと振り向く。
 
「・・・お帰り。ご苦労だったな。」
 
 二人とも笑顔で私達を迎えてくれた。
 
「カイン・クロービス組、ただいま帰りました。予定より遅くなってしまって・・・ご心配をおかけしました。」
 
 私達は頭を下げた。
 
「・・・お前達が無事に戻ってきたのが何よりだ。ずいぶん苦労したらしいな。だいたいの話はオシニスとライザーから聞いたが・・・。」
 
 ティールさんが悲しげに眉根を寄せて言葉をつまらせた。
 
「・・・でも向こうに行ったおかげで、クロービスにはいいことがあったようじゃないか。ウィロー、久しぶりだな。すっかり大人になって、見違えたぞ。」
 
 セルーネさんがウィローに笑顔を向けた。必死で顔の筋肉を動かして、やっと作り上げたような笑顔だった。泣き叫びたいのを必死にこらえて、セルーネさんの胸の奥が焼けつきそうなほどに熱くなっていることまでもはっきりと感じ取れる。
 
「お二人ともご無沙汰しています・・・。」
 
「まったくだ。あのおてんば娘がこんなにきれいになっているとはね。戦用舞踏のほうは少しは上達したのか?」
 
「そりゃティールさん達に相手をしてもらっていた頃よりは強くなれたと思うけど・・・まだまだよ。だからちゃんとここで訓練を受けさせてもらうことにしたんだから。」
 
「まったく・・・オシニス達に話を聞いた時は驚いたが、まあお前らしいのかもな。初対面の王国剣士をつかまえて、いきなり訓練してくれなんてなぁ。」
 
 ティールさんが声をあげて笑った。話を聞きながら、今度はセルーネさんの顔にも笑顔らしい笑顔が戻ってきた。
 
「覚悟は決まっているのか、ウィロー。あいつらの訓練は厳しいぞ。」
 
 セルーネさんが尋ねた。
 
「決まってるわ。父さんの遺志を継ぐためにも、私はもっともっと強くならなくちゃならないの。」
 
「そうか・・・。」
 
 セルーネさんは寂しげに微笑んで目を伏せた。
 
「あの・・・セルーネさん、これを・・・。」
 
 ウィローとの話が終わるのを待って、私はなくさないようにずっと荷物の中に大事にしまい込んでいた剣士団長の指輪を取り出し、セルーネさんに手渡した。
 
「これは・・・。」
 
 セルーネさんの瞳が見開かれた。
 
「剣士団長から私が預かったんです。別れ際に、『約束を守れなくてすまなかった』と伝えてくれって・・・。」
 
 セルーネさんは何も言わず、指先が白く染まるほど強く指輪を握りしめた。見開かれた瞳に涙が溢れ、次の瞬間浜辺の先に向かって駆けだした。
 
「待ってください!」
 
 カインが飛び出し、あとを追った。さらにその後ろをティールさんとウィローと私が追いかけていった。セルーネさんは浜辺の波打ち際で立ち止まり、指輪を握りしめた手を振り上げた。その前にカインが立ちはだかり、セルーネさんの腕を掴んだ。
 
「待ってください!その指輪をどうする気なんですか!?」
 
「うるさい!お前には関係ない!手を離せ!」
 
 セルーネさんは涙声だ。この人は、きっとずっと悲しみをこらえてきたのだ。みんなの前で泣かないように、取り乱さないように。剣士団長の望みは、きっと自分が泣き叫ぶことではないから。悲しみにとらわれず前を向いて歩き続けていくことだったはずだから。
 
 でも・・・・・・・・・・・。
 
 私の手渡した指輪が、ピンと張りつめた緊張の糸をおそらくは切ってしまった。もうセルーネさんの悲しみは止まらない。もう会えない。どんなに想っても焦がれても、愛する人はもういない。たった一言の言葉と、指輪だけを残して逝ってしまった・・・。
 
「離しません!セルーネさんがその指輪を捨てないっていうまで絶対に離しません!」
 
 カインも泣きながらセルーネさんの腕を握り続けている。セルーネさんはカインの手を振り払おうと、何度もカインに殴りかかった。カインはセルーネさんの拳を避けようとはしなかった。殴られるままになりながら、それでも片手でセルーネさんの腕をしっかりと掴んだまま、離そうとしない。カインの頬がみるみる腫れあがり、唇が切れて血が滲んだ。それでも抵抗しようとしないカインを見て、セルーネさんは殴るのをやめ、懇願するようにカインに向かって叫んだ。
 
「わかったから・・・指輪を捨てたりしないから、その手を離してくれ!」
 
「本当ですね?」
 
「本当だ・・・。私が・・・悪かったよ・・・。どうかしていたんだ・・・。」
 
 セルーネさんは指輪を握りしめながら、肩をふるわせて泣き出した。ときおり嗚咽がもれる。カインはやっとセルーネさんの腕を離し、その場にぺたりと座り込み、額を地面にこすりつけるようにして頭を下げた。
 
「乱暴なことして・・・すみませんでした・・・。最後の最後に・・・団長はクロービスに指輪を投げてよこしたんです・・・。すまなかったって・・・。団長は・・・セルーネさんのことを・・・誰よりも大事に思っていたんです・・・。だから・・・その団長の思いを・・・捨てたりしてほしくなかったんです・・・。」
 
 セルーネさんは、泣き続けながらも小さく頷いた。
 
「そうだな・・・。わかったよ。だからもう立ってくれ・・・。」
 
 セルーネさんの言葉に、カインは顔をあげ、そして改めて頭を下げた。
 
「俺が・・・剣士団長を連れて行かなかったら・・・一人で南大陸へ戻っていたら・・・こんなことにはならなかったんです・・・。すみませんでした・・・。」
 
 深々と頭を下げたカインの瞳からも涙が流れ落ち、砂の上に涙の跡が点々とついていった。セルーネさんはそんなカインを見下ろし、涙を拭くと大きく一つ深呼吸して、片膝をつきカインの肩に手をかけた。
 
「顔をあげろ・・・。お前が謝る必要はない・・・。お前のせいなどじゃないんだ・・・。二度と私にも誰にも謝るな。堂々としていろ。私がお前の言うことを聞いたのだから、お前も私の言うことを聞け。」
 
 カインは顔をあげ、涙を擦りながら小さく頷いた。セルーネさんはそれを見て立ち上がると、私に振り向いた。
 
「クロービス、すまなかったな。お前が大事に持ち帰ってくれた指輪を捨てようとしたりして・・・。さっきは頭に血が上ってしまったんだ・・・。情けないなまったく・・・。」
 
 自嘲気味な言い方に不安を覚え、私は慌てて首を横に振った。
 
「いえ・・・。大事な人を失ったら・・・誰だって取り乱すと思います・・・。」
 
「・・・・・・伝言を伝えてくれて・・・感謝しているよ。ありがとう・・・。すまないが・・・一人にしてくれないか・・・。」
 
「セルーネ・・・。」
 
 ティールさんが心配そうにセルーネさんを見つめている。
 
「ティール、そんな顔をするな。少し一人で考えたいんだ・・・。」
 
 セルーネさんはそう言うと、くるりと私達に背を向けて、せり出した岩壁の向こう側へと歩いていった。
 
 セルーネさんの心の中に渦巻く悲しみと・・・これは悔しさ・・・後悔・・・。セルーネさんの心を痛いほどに感じて、私は息が詰まりそうなほどだった。カインは虚ろな瞳でセルーネさんの後ろ姿を見送っている。そのカインの肩をティールさんが叩いた。
 
「ほら、もう立てよ。セルーネの言うとおり、お前のせいではないんだ。仮にお前達が死んで団長が一人生き残るなんてことになったりしたら、それこそ団長は生きて帰ってこようとはしなかっただろう。」
 
「はい・・・。」
 
 カインは涙を拭きながら立ち上がった。
 
「ここにいたのか。」
 
 声に振り向くと副団長が立っている。
 
「セルーネは・・・あの奥か?」
 
 副団長が岩壁の向こうを目で示しながら尋ねた。
 
「はい・・・。一人にしてやろうかと思います・・・。」
 
「そうか・・・。それじゃセルーネが落ち着いたら、二人で俺のところに来てくれないか。それとカイン、クロービス、みんなには、まだ向こうでの詳しい話はしないでくれ。何か聞かれたら、俺に報告はしてあるからちゃんとした発表があるまで待ってくれと言ってくれていい。」
 
「わかりました。」
 
「それじゃ私はセルーネが戻るまでここにいます。戻ってきたら二人で伺いますから。」
 
「そうだな。頼むよ。」
 
 ティールさんの言葉に副団長はうなずいて、浜辺を出て行った。私達もここにいても仕方ない。ティールさんにあとを託し、みんなが訓練している場所に戻ってきた。
 
「話はすんだのか?」
 
 オシニスさんが心配そうに声をかけた。
 
「はい・・・。」
 
 カインの顔はもう気功で治してあったので、腫れも引いていたし血も滲んでいない。でもまだ青ざめたまま、肩を落としていた。
 
「・・・さてと、そろそろ昼飯だから、メシのあとお前らと一戦交えたいところなんだが、どうだ?その調子じゃ今日はやめておいたほうがいいのか?」
 
 オシニスさんの言葉に、カインがハッとして顔を上げた。
 
「いえ、大丈夫です。これからでも出来ます。」
 
「無理して何とかなると見くびってるなら怒るぞ?」
 
「そんなことないです。俺は・・・剣士団長に助けられてここに帰ってくることが出来たんです。いつまでもくよくよしていたくありません。」
 
 カインの顔はもういつもの顔に戻っている。聞いていたオシニスさんが微笑んだ。
 
「そうか。それじゃ、まずはメシだな。ああ腹が減った・・・。それじゃメシを食ってから少し休んで、それからウォーミングアップだな。」
 
 昼食はそれぞれ浜辺でとるらしい。私達も自分達の食事の準備を始めた。カインに少し小さめの火を熾してもらって、まずはウィローの薬を作らなくてはならない。こんな広い場所で作ったらみんな食欲をなくすんじゃないかと心配したが、誰も何も言わなかったのでほっとした。ウィローは相変わらず、黙って手渡された薬を飲み、黙って食事の支度をしている。私は当分ウィローとの会話はあきらめた。返事が返ってこないのに一人で話しかけていても情けないし、かえってみんなに変に思われる。
 
 食事が終わって、私は食器を洗うために管理棟の厨房に来ていた。この中はなかなかいい設備が揃っている。管理人一人の住まいだから簡単なかまど程度しかないだろうと思っていたのだが、かなり本格的な調理台や調理器具も揃っていた。ウィローの薬を作るなら、ここを借りたほうがいいかもしれない。あとで管理人さんに聞いてみようか・・・。
 
 そんなことを考えながら食器を洗っていると、背後で扉の開く音がした。
 
「君も来ていたのか。」
 
 入ってきたのはライザーさんだった。
 
「ええ、ここで洗わせてもらったほうが早くすむし、手間もかかりませんから。毎回ってわけにはいかないんでしょうけど・・・。」
 
「そうだね。管理人さんは何も言わないけど・・・あとは出来るだけ食器を使わずにすむような食料を調達するしかないね。」
 
「そうですね。」
 
「・・・立ち入ったことを聞くようだけど・・・ウィローとなにかあったのかい?昨日僕達がローランを出る前より、なんだかいっそうぎくしゃくしているみたいに見えたんだけど・・・。」
 
「・・・・・・・。」
 
 洗い終わった食器の水を切る手が思わず止まった。
 
「あの調子じゃそう簡単に仲直りってわけにはいかないだろうけど・・・」
 
 ライザーさんは言いかけて口をつぐんだ。
 
「いや、ごめん。よけいなことだね。僕が口を出すことじゃないな・・・。」
 
「いえ・・・すみません。なんでもないんです。もうずっとあんな調子ですから・・・。」
 
「そうか・・・。君はいろいろと抱え込むくせがあるから、僕でよければいつでも話を聞いてあげるよ。もっとも、こういうことに関しては僕はあんまり役に立たないんだけどね。」
 
「ありがとうございます・・・。」
 
「それじゃ。」
 
 ライザーさんは微笑んで外へ出て行った。ばたんと閉まった扉がぼんやりと滲んだ。
 
「・・・あんなにひどいこと言ったのに・・・なんであんなに優しくしてくれるんだろう・・・。早く謝らなくちゃ・・・。」
 
 いずれ機会を見つけて、きちんと話さなければならない。でも今はとりあえず忘れよう。午後からは訓練だ。久しぶりにライザーさん達と向かい合うことになる。今日の立ち会いは、おそらく私達が南大陸へと発つ前よりも遙かに激しいものになるだろうと私は考えていた。そしてそれを間近で見るウィローは、何を思うんだろう・・・。
 
 
 食器を抱えて浜辺に戻った時には、もうみんなが体慣らしを始めていた。私も食器を荷物にしまい込み、剣を抜いて軽く素振りを始めた。ウィローは浜辺の隅に腰を下ろしている。その隣に座っているハリーさんがため息をついた。
 
「あ〜ぁ・・・。ランドさんの手伝いはオシニスさん達に任せて、俺達が詰所の整理に行けばよかったなぁ・・・。そしたら今頃はカイン達と一番に手合わせできたのになぁ・・・。」
 
「でもそれだと、ランドさんとオシニスさんとライザーさんが王宮に乗り込むことになりますよね。」
 
 カインが素振りを続けながら口を挟んだ。
 
「そのほうが早く決着がついていたかもしれないよ。」
 
 ハリーさんがうなずく。
 
「確かに俺達が行ったなら決着は早くついていただろうな。俺達なら衛兵のズボンを下ろしたりへそを出したりするより、2〜3日は目がさめない程度に痛めつけてきただろうからな・・・。」
 
 オシニスさんがにっと笑った。この笑いを浮かべながら剣を振るうオシニスさんほど怖いものはない。
 
「でもそれだとなんだか・・・あの衛兵達が気の毒なような気が・・・。」
 
 カインが肩をすくめた。
 
「はっはっは。確かに一緒に行ったのがハリー達でよかったよ。ライザーはともかくオシニスなんぞ連れて行った日にゃ、あの衛兵どもを全員叩きのめすまで帰ってこようとはしなかっただろうからな。」
 
 ランドさんが大声で笑った。
 
「さて、はじめるか。ウィロー、君はそこで俺達の立ち会いをよーく見ていてくれ。勉強になることがたくさんあるはずだからな。」
 
「はい。」
 
 ウィローは座ったままうなずいた。
 
「今度は壁がないから・・・果てしなく吹っ飛ばされそうですね・・・。」
 
 カインが稽古場となっている浜辺を一通り見渡しながらため息をついた。
 
「ははは。どこまで飛ぶか賭けるか?」
 
「やめておきますよ。そうかんたんに吹っ飛ばされる気はないですけどね。」
 
「ほお、たいした自信だな。クロービス、お前はどうだ?」
 
「さすがにこの場所で飛ばされたらかなりの怪我をしそうですからね。飛ばされないようにします。」
 
 以前なら身の程知らずとさえ思えるような台詞がすらすらと出てきた。
 
「はっはっは。こりゃ楽しみだな。」
 
「おいオシニス、僕達が吹っ飛ばされる可能性っていうのもあるんだから、気を抜くなよ。」
 
「それもそうだな。」
 
 オシニスさんが肩すくめながら位置についた。ライザーさんが後に続く。私達も移動し、剣を抜いてそれぞれ向かい合った。カインも私も、以前ならこの二人と向き合う時はとにかく緊張していた。震えを止めるのが精一杯だった時もあった。でも今は、二人とも落ち着いている。勝てると思っているわけじゃない。でも以前よりは互角に戦えるかも知れない。それが果たして慢心なのか、自分達の実力に見合った自信なのか、今・・・わかるのだろう・・・。
 
 そこにランドさんが立ち上がって進み出た。
 
「よし、俺が合図を出そう。無制限一本勝負といきたいところだが、夕方になれば偵察の連中が戻ってくるからな。適当なところでとめるぞ。」
 
「ああ、だが、ぎりぎりまでやらせてくれよ。」
 
「わかってるよ。カイン、クロービス、お前達もわかったか?」
 
「はい。」
 
「わかりました。」
 
「よし・・・はじめ!」
 
 かけ声と同時に私達はぶつかり合った。何も考えず、ただ剣を振るいつづけた。振り下ろされる剣をはじき返して、斬り込んで、はじき返されてまた斬り込む。振り下ろされる剣先をかわして、踏み込んで、かわされて、隙を窺う。
 
「うわ!」
 
 私の剣がオシニスさんの肩に命中した。悔しげに顔をゆがめて飛びすさる。その時自分の右側に気配を感じて、私はほとんど無意識のうちに左側に飛んだ。ライザーさんの剣先が空を切り、私の制服の袖をかすめていった。袖はばっさりと切り裂かれて腕にうっすらと痛みを感じる。私にはこの速さでよけるのが精一杯だった。そしてライザーさんの剣のほうがもう少し速かった。この間にオシニスさんが体勢を立て直して私に突進してきたが、突然バランスを崩した。カインの剣技だ。初歩的な剣技である「地疾り剣」でも、磨き上げればどんな時でも使える。この剣技はカインのもっとも得意とする剣技の一つで、大勢の敵の足下をすくってなぎ払うことが出来る。この二人でなかったら、おそらく今頃ひっくり返っているところだろう。
 
「くそ!ホントに吹っ飛ばされそうな気がしてきたぞ!」
 
「だから気をつけろと言ったじゃないか!」
 
 こんな会話が飛び出すところを見ると、まだまだ二人とも余裕がありそうだ。そして私達も、この立ち合いを楽しんでいた。もちろん必死で戦ってはいるのだが、このままずっとこの時間が続けばいいのにと思うほど、ほんとうに楽しかったのだ。この二人との立合いをこれほど楽しく感じられるなど、今までの私にはなかったことだった。いつも必死で食らいついていったのに・・・。
 
「よーし、そろそろ終われよ。」
 
 ランドさんの声で私達は動きを止めた。気がつくとランドさんの隣に副団長が立っている。構えを解いて辺りを見回すと、いつの間にか陽が西にずいぶんと傾いていた。それほど長い時間が過ぎていたのだと、この時になって初めて気づいた。
 
「だいぶ力をつけたような・・・。オシニス、ライザー、どうだ?」
 
 副団長はにこにこしている。でも明るい場所でよく見ると、目の下にクマができていた。剣士団が王宮を追われてからどれほどの苦労があったのかとあらためて思う。
 
「いや・・・かなりすごいですよ。俺達もうかうかしていられないな。これじゃ追いつかれるどころか追い越されちまうよ。」
 
 オシニスさんは肩で息をしながら独り言のようにつぶやいた。
 
「この二人に僕達が教えられることは・・・もうないよ・・。これからは・・・ライバルだと思わなくちゃならないな・・・。」
 
 ライザーさんも肩で息をしている。今まで、この二人と剣を交えた時にこれほど息切れしていたのは私達だけで、いつもこの二人はけろりとしていた。なのに今は、これほど苦しそうにしている。最もそう言う私達も、二人よりもはるかに息があがっていた。
 
「そんな・・。まだまだですよ。やっぱり・・・オシニスさん達は強い・・・。」
 
 カインは呼吸を整えてやっとそれだけを言うと、その場に座り込んだ。
 
「そうですよ・・。ライバルどころか・・・もう私達は動けません・・・。」
 
 私も座り込んだ。オシニスさん達はそれでもシャキッとして立っている。
 
「お前達はこれからさ。まだまだ成長途上なんだからな。」
 
 どうやら励ましてくれているらしいオシニスさんの言葉に曖昧に笑みを返し、ウィローのいる場所に視線を移した。ウィローは最初に座っていた場所から動いていない。ずっとあのまま見ていたらしい。副団長がウィローに声をかけた。
 
「ウィロー、どうだこいつらの立合いは?」
 
「すごい迫力ですね・・・。びっくりしちゃった・・・。」
 
「ふむ・・・怖いという言葉が出ないのなら、明日からの訓練は期待出来そうだな。」
 
「そりゃそうよ。人の立ち会いを見ていただけで怖がっていたら、自分の身なんて守れないわ。どんなことがあったって怖いなんて絶対に言わないわよ。」
 
 きっぱりと言い切るウィローからは、並々ならない意気込みが伝わってくる。私達の立ち合いから、ウィローはどんなことを学んだのだろう・・・。
 
「ほぉ、なるほどな。そりゃ頼もしい。とにかく今日はもうみんなあがれ。偵察の連中が戻ってきたから、みんなを集めて少し話がしたいんだ。」
 
「わかりました。」
 
 副団長のいた会議室はさすがにこれだけの人数を収容することが出来ないので、そのまま浜辺で話をすることになった。かがり火をいくつか焚けばかなり明るいし、温かい。やがて偵察から戻ってきた剣士達が合流したが、その中にセスタンさんとポーラさんを見つけ、カインと私は話しかけた。二人とも無事を喜んで涙を流してくれた。そしてウィローとも再会を喜び合った。
 
「ポーラさん・・・あの・・・。」
 
 言いかけて、途中で考え込んでしまった。ガウディさんのことは一刻も早く伝えたいが、こんなにたくさんの人がいるところで言うことではない。
 
「はい、なぁに?」
 
「あ、あの・・・お話があるんですけど・・・。今無理ならあとでも・・・。」
 
「あら大丈夫よ。それじゃちょっと奥に行きましょ。」
 
 ポーラさんはにこにこしている。さりげないふうを装っていても、私の話がなんなのかわかっているはずだ。洞窟の奥、浜辺に出る手前のところで私は立ち止まった。
 
「すみません、報告の途中で。でも出来るだけ早く伝えたくて・・・。」
 
「・・・ガウディのことね・・・。」
 
「はい・・。」
 
「いいわ、聞かせて。何を聞いても驚かないわよ。」
 
 そう言って、ポーラさんは大きく何度か深呼吸をした。
 
「はい、覚悟は出来たわ。」
 
「ガウディさんは生きてますよ。」
 
 ポーラさんの笑顔が驚きに変わった。私はガウディさんが怪我をしていたことや、その怪我をクリムゾンフレアの力で治すことが出来たこと、そしてそのあと、ポーラさんに頼まれた伝言も全て話した。聞くうちに、大きく見開かれたままのポーラさんの瞳からは、涙が幾筋も流れ落ちていた。
 
「生きてたの・・・。」
 
「はい・・・。」
 
「ガウディが・・・生きて・・・元気でカナに・・・カナにいるのね・・・。」
 
「はい。」
 
「よかった・・・。」
 
 ポーラさんは言いながら何度も涙を拭ったが、涙はあとからあとから流れ出てくる。
 
「クロービス・・・ありがとう・・・。あの人が元気でいるってわかっただけでも・・・嬉しいわ・・・。あなた達のおかげなのね・・・。」
 
「私はたいしたことはしてないです・・・。ただ、ファイアエレメンタルの力を借りることが出来たから・・・。それにその力を借りるために、カインとウィローが協力してくれたし、カナの村長が治療術の使い手としてはかなりの腕だったことで、ガウディさんの傷を治すことが出来たんです。」
 
「ふふ・・・あなたらしい答ね。でも・・剣士団長は・・亡くなられてしまったのね・・・。」
 
 ポーラさんは視線を落とし、悲しげに眉根を寄せた。
 
「はい・・・。」
 
「セルーネさんには・・・伝えたの・・・?」
 
「はい・・・。さっき・・・。」
 
「そう・・・。つらいわね・・・。」
 
「・・・・・・。」
 
「とにかく、戻りましょ。あらためて詳しい話を聞かせて。」
 

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