「はぁ〜やっと着いたな。ここが俺達の新しい住処か。」
海鳴りの祠に着いたのは、陽が昇って少し過ぎた頃だった。
「あら!おはよう。ずいぶん早いじゃないの。今日の夕方来るんじゃなかったの?」
入口で見張りをしていたのはシルフィさんとローラさんだった。
「その予定だったんですけど、やっぱり早く来たいかな、なんて・・・へへへ・・・。」
カインは曖昧に笑ってみせる。どうもカインはこの二人が苦手らしい。
「へぇ、もしかして私達の顔を見たくて早く来たとか?」
シルフィさんがカインににじり寄り、肩に手をかけて顔をめいっぱいカインの顔に近づけた。
「え、いや、そのそういうのもえーと・・・。」
カインが焦りまくるのを確認して、シルフィさん達は笑い出した。二人とも美人だしスタイルもいい。こんな女の人にこれほど近づかれたら、男なら誰だって落ち着かなくなりそうだ。
「いやぁ〜カインをからかうのも久しぶりだわ。相変わらずなのねぇ。」
この二人がいつもカインをからかうのを、みんな不思議そうに見ていたものだ。どちらかというと、からかいがいのありそうなのは私のほうではないかと思っているらしいのだ。でもシルフィさん達に言わせると逆らしい。おかげで私は助かっている。
「副団長はどちらですか?」
ひきつった笑いを浮かべて後ずさったままのカインに変わって、私はシルフィさんに尋ねた。
「管理棟にいると思うわ。ここの管理人が住んでいるところよ。寝る時は副団長も岩穴の奥とかテントだけど、昼間はいつもそこで指揮を執っているの。」
「皆さん王宮を出てからまっすぐここに来られたんですか?」
「そう言う人もいるけど、城下町に家がある人達は一度家に戻ったのよ。表向きは『剣士団がなくなったから帰ってきた』ってことにしておかないと、家族にまで迷惑がかかるかも知れないから。」
「そうですか・・・。」
みんな危険と隣り合わせなのを承知の上で、ここに集まってきているのだ。
二人に礼を言って私達は管理棟へと向かった。中には以前私の研修の時に会ったのと同じ管理人が座っていた。
「おお、あなた方は・・・。」
「ご無沙汰しています。憶えていますか?」
「ええ、憶えていますとも。昨日ローランに着かれたそうですね。昨日はここにいらっしゃる剣士さん達の半分以上がいなくなってしまったので何事かと思っておりましたが、あなた達に会いにローランに行かれていたと聞きました。ここに来られたと言うことは、お二人とも皆さんと一緒に戦ってくださると言うことなのですね?」
「ええ、そのつもりです。副団長はどちらにおられますか?」
「こちらですよ、どうぞ。」
管理棟にはいくつかの部屋がある。管理人の住居として使っている部屋がいくつかと、海鳴りの祠の由来などが書かれた資料を展示してある部屋や、医務室らしき場所まであった。観光でここに来る途中にモンスターに襲われたりすることもあるので、そんな時ここで手当をするのだそうだ。ここの管理人は医療の心得もあるらしい。私達は管理棟の一番奥の部屋に案内された。
「こちらです。この部屋はちょっとした会議室みたいなものなんですが、今は副団長さんの司令室になっています。」
管理人が先に立って扉をノックした。
「どうぞ。」
懐かしい副団長の声だ。
「失礼します。グラディス殿、新しいお仲間ですよ。さあ、皆さんどうぞ。」
私達が管理人に招き入れられ部屋の中に入ると、副団長が椅子から立ち上がった。
「では私はこれで。」
管理人がパタンと扉を閉めて出て行った。
「副団長、カイン・クロービス組ただいま帰りました。」
副団長は笑顔でうなずいた。でもその目が赤いことに私は気づいていた。泣いていたのか、寝不足なのか・・・きっと両方なんだろう・・・。
「お帰り。ご苦労だったな、ふたりとも。」
「予定よりずいぶん遅れてしまって・・・申し訳ありませんでした。」
「仕方ないさ。遠出の時にアクシデントはつきものさ。無事で帰ってくれて何よりだ。」
「さっきの管理人さんは剣士団に協力してくださるんですね。」
「ああ、あの男は俺達の協力者だ。家がローランにあるらしくて、ドーソンと知り合いだそうだ。その縁でここを俺達の拠点として使わせてもらってるのさ。管理棟には風呂もあるしちょっとした厨房もある。あんまり頼りすぎるわけにはいかないが、かなり助かっているよ。」
「そうですか・・・。剣士団にはまだまだ味方がいるんですね。」
私は城下町で出会ったおかみさん達の集団を思い出した。みんな私達を励ましてくれた。まだ希望は残されているのだ。
「そうだな。王宮が俺達を切り捨てようとしても、国民のほとんどが俺達を支持してくれている。そう思うと力がわいてくるよ。」
副団長は力強くうなずき、そして私の後ろにいたウィローに視線を移して微笑んだ。
「さてウィロー、王国剣士団にようこそ。ゆっくりしていってくれと言いたいところだが、今はこの状態だ。たいしたもてなしも出来ないが、お前にとっては訓練のほうがいいもてなしになるみたいだな。」
「グラディスさん・・・ご無沙汰しています。こっちに来て剣士団がなくなったって聞いたときは驚いたけど・・・でもこうしてまた会えてうれしいわ。訓練のことは・・・私が無理を言ってオシニスさん達にお願いしたの。でも皆さんにご迷惑はかけないって約束する。だからよろしくお願いします。」
ウィローが深く頭を下げた。
「ははは・・・。お前も大人になったもんだな。初めて会った時のことを思い出すよ。あの時はまだ9歳か10歳くらいだったよな?」
「あ、そ、その話は・・・。」
ウィローが真っ赤になってグラディスさんに一歩踏み出した。
「お、その調子だと、この二人には何も話してないな。」
副団長の顔にいたずらっぽい微笑が浮かぶ。
「へえ、副団長とウィローが初めて会った時って何かあったんですか?」
カインがニヤニヤしながら尋ねる。『木登りが得意でおてんばな頑固者』のウィローは、副団長となかなか衝撃的な出会いをしたらしい。
「俺の上に降ってきたのさ。」
副団長がウィローを横目で見ながらニーッと笑った。ウィローが赤くなったまま、体を縮こまらせたような気がした。
「降ってきた?」
「そう。初赴任の時、ガウディと一緒に村長に挨拶にいこうとして歩いていたんだが、突然頭の上に妙な気配を感じてな。次の瞬間『きゃ〜!ごめんなさぁい!』って言う叫び声と一緒にウィローが落ちてきたんだ。村の中でもかなりでかくて高い木だったぞ。あの時ウィローはあの木から降りようとしていたらしいんだよな。で、てっぺんからするすると降りてきて、途中で面倒になって一気に飛び降りようとしたところにたまたま俺がいたというわけさ。」
「だ、だって・・・飛び降りた瞬間にグラディスさんがいることに気づいたんだもの。でも、でもよけようとはしたのよ、なのに・・・。」
ウィローは真っ赤になってもごもごと言い訳している。
「ああ、確かにお前はよけようとした。俺もよけようとした。お互い同じ方向にな。気が合うんだかなんだか、おかげで俺は出会い頭にこいつの跳び蹴りを食らう羽目になったんだ。」
副団長はおどけたように両眉を上げながら肩をすくめてみせた。
「と、跳び蹴り・・・。」
これにはカインも私も大声で笑い出してしまった。でもウィローが赤くなったまま下を向いているのに気づいて、なんだかかわいそうになってしまった私は笑うのをやめた。でもどうしてもとまらなくて、だんだん腹筋が痛くなってくる。副団長は私達の顔を交互に見ながらクスリと笑って、話を続けた。
「ああ、もうスペシャルダメージ確実の跳び蹴りだったぞ。目の前を数え切れないくらい星が飛んでったからな。しかしあの時お前はよく怪我しなかったよな。俺はひっくり返って木に頭を思い切りぶつけたっていうのに、ちゃっかり俺のいたところに着地して、開口一番、『おじさん、大丈夫?』だもんなぁ・・・。」
「お、おじさん・・・。」
カインがまた吹き出した。私もこらえきれずにまた笑い出してしまった。
「あの時俺はまだ20代の若者だったんだぞ?あの一声で一気に力が抜けたよ。」
「だ、だって・・・私にしてみればその・・・10以上も年上の人なんてみんなおじさんおばさんにしか見えなくて・・・。」
ウィローは困ったような顔でもじもじしている。副団長が大声で笑い出した。
「ま、それは仕方ないんだろうなぁ・・・。なあ、ウィロー、俺はあの時、お前の運動神経が抜群だなと思ったんだ。俺を思いきり蹴飛ばしながらちゃんと地面に着地出来たんだからな。俺の勘は外れていなかったよ。あのあと何度かお前の戦用舞踏の相手をしたが、俺達がカナに行くたびにどんどん強くなっていって、正直驚いていたよ。」
「そう言ってくれるのはうれしいけど・・・まだまだよ。カインとクロービスと一緒にずっと旅をしてきて、自分の無力を思い知らされたわ。もっとがんばって強くならなくちゃ。」
「それでオシニス達に頼んだそうだな。二人ともびっくりしたけど楽しみだって言ってたが、体調のほうはどうなんだ?今日の夕方にこっちに来るって聞いていたんだが、いやに早かったのは昨日の騒ぎがあったからか?」
「ご存知なんですか?」
私はおどろいて尋ねた。あんな話・・・できれば他の仲間達には知られたくない・・・。
「ランドから大体の報告は受けたよ。心配するな。俺以外誰も知らん。ランドの奴も、ことがことだけにオシニス達にも何も言わんだろう。だいぶ大変だったようだが・・・まあ・・・人の心の問題だから俺もなんとも言いようがないがな・・・。」
「・・・・・・。」
「まあそれはそれとして、ウィロー、ひとつだけ確認しておきたいことがある。」
副団長の顔から笑みが消えた。
「はい。」
「今王国剣士団がどんな状況にあるか、それはわかっているな?」
「はい・・・。」
「うむ、ではカインとクロービスが今どんな状況に置かれているかと言うことは?」
「王宮の前で聞いたわ。でもあんなの・・・ぜんぜん事実と違ってるわ!」
副団長は厳しい顔でうなずいた。
「まったくその通りだ。だがそれをフロリア様の前で証明して見せようにも、その機会さえ与えられないのが現状だ。だがお前はその二人についてここまで来た。これはつまり、お前も俺達と一緒にこの国のために戦ってくれると考えていいのか?」
「そのつもりです。」
間髪をいれずウィローはきっぱりと答えた。私は口を挟まなかった。これはウィローの問題だ。ウィローがデールさんの遺志を継ぐためには、まずこの国を救うことからはじめなければならない。
「そうか・・・。わかった。改めてお前を仲間として歓迎するよ。」
副団長はウィローに手を差し出し、ウィローがその手を握り返して微笑んだ。
「ありがとう、グラディスさん。あ、副団長って呼んだほうがいいの?」
「お前は別に王国剣士じゃないからな。今までどおりでいいさ。ところで、お前が今着ている鎧ってのが、タルシスさんのところで選んだ奴か?」
「・・・そうよ・・・。」
ウィローがうつむいた。この鎧を巡って、私はいやと言うほどウィローを怒鳴りつけたのだ。もう二度とあんなことはしたくない。
「タルシスさんのところで売ったものの代金は、今のところここでの活動資金に充てているんだ。みんなの給料分には遠く及ばないが、食べる分くらいの役には立ってる。でも、お前にはもう少し安くしてやってもいいんだぞ?さすがにタダってのは難しいんだけどな。」
「いいわ。私だけ特別扱いってわけにいかないもの。それに、そのお金が結局はカインとクロービスにも還元されるんだものね。ちょっとだけ気が楽になっちゃった。」
ウィローは肩をすくめてへへっと笑った。
「まあそう言うことになるな。それじゃこの話はこれで終わりだな。ウィロー、せっかくオシニス達に訓練をしてもらうんだから、あいつらの技をしっかりと吸収しろよ。」
「はい。」
ウィローが元気よく返事をした。
「俺も久しぶりにお前と手合わせをしてみたいもんだな。そうだ!お前が訓練を始める時に、最初に俺が相手をしてやるよ。オシニス達も一度お前の腕前を見ておけば、訓練の進め方も考えやすいだろうからな。」
「グラディスさんと!?」
ウィローは驚いて尋ね返した。
「そうだよ。よし、決まりだ。まずお前と俺で一度勝負しよう。」
副団長はすっかり乗り気だ。ウィローは最初困ったような顔をしていたが、すぐに微笑んで『よろしくお願いします』と頭を下げた。
「お、こちらこそよろしくな。さてと・・・。」
副団長は突然くるりと私達に背を向け、何度も大きく深呼吸をした。そしてまた私達のほうを向いた。
「よし、これで心の準備は整ったぞ。それではお前達が向こうで体験したことを教えてくれ。任務に関することなら全部だ。それ以外のことは・・・。」
副団長はウィローと私の顔を交互に見比べ、
「ま、言いたければ言ってくれと言うところかな。」
そう言ってまたいたずらっぽい笑みをうかべた。
「ははは・・・。この二人のことは、まあ話の途中で出てきた時にでも簡単にってことでいいですよね。・・・オシニスさん達からは全部聞いてますよね?」
カインが尋ねる。
「大体はな。だが、オシニス達が話したのはあくまでも概要だけだ。あとはお前達の口から直接聞いてくれと言われたし、俺もそのほうがいいと思っていたんだ。つらい話を何度もさせてすまないとは思うが・・・話してくれるか?」
「はい、わかりました。最初から全部話します。クロービス、ウィロー、副団長には最初から最後まで全部話すぞ。いいな?」
ウィローも私も無言でうなずいた。
そしてカインは話し始めた。南大陸に渡って最初の休憩所で起きた出来事。ディレンさんとの出会い、一緒に盗賊達を追い払ったこと。そして私が見始めた奇妙な夢。カナでの様々な人達との出会い。ウィローと出会って、ハース鉱山まで連れて行くことになったこと・・・。ガウディさんを傷つけた渓谷の怪物と夢のことが繋がっているのだと知ったのは、夢見る人の塔でシェルノさんに出会ってからだった。夢を解明するために目覚めさせた力をうまくコントロール出来ずに私が大けがをしたこと、夢が示すものを探しに温泉の地下に向かおうとした時、再び現れたセントハース・・・。その後何とかファイアエレメンタルの力を手に入れ、ハース渓谷でロコを倒して、やっとハース城に着いてみれば中にも入れてもらえず、王宮に報告に向かうと言うカインに、ウィローを置いていけないと私が別行動を取ることにしたこと・・・。このあたりの話を聞きながら、副団長が少しだけニッと笑ったのがわかった。
だが、その後のカインと私のそれぞれの話を聞き始めた頃には、また顔がこわばっていた。カインは水の確保をしながら少しでも距離を稼ぐために、南大陸の北部山脈の中でも一番険しい道をたどっていった。ウィローと私は鉱山からハース城内に入るために、異形のモンスターがうようよいる坑道の闇の中を進んでいった。カインは何が何でも任務を遂行するために、私はどうしてもウィローをデールさんに会わせるために、それぞれが死と隣り合わせの危険な道を選んだのだ。いつの間にか副団長の目からは涙が流れていた。
「・・・そのあと俺は・・・剣士団長と戻ってきました。ハース城の中では鉱夫達と衛兵が戦っていて、剣士団長と一緒に俺が斬り込んでいったんです。その頃クロービスとウィローは鉱山を乗っ取っていたイシュトラって奴のところに・・・。」
イシュトラが自害し、いくつかの謎は結局残されたままとなった。そしてあとの剣士団長の死・・・。
その後助け出した鉱夫達をそれぞれの家に送り届け、ハース城の衛兵達をディレンさんに託して、私達は帰ってきた。私はウィローとのこともちゃんと話した。こんな個人的なことを話す必要などないのかも知れなかったが、副団長には知っておいてほしかった。ウィローがいいかげんな気持ちでここにいるわけじゃないと。でもウィローの母さんから聞いたファルミア様の話だけは話すことが出来なかった。どこまで行っても推測の域を出ない話だ。こんな不確かな情報で副団長を煩わせるわけにいかない。オシニスさん達もそう言っていたから、彼らもこの話は何も言ってないはずだ。
「・・・これで俺達の話は終わりです。信じられないような話も中にはあると思いますけど・・・正真正銘、ほんとうに起きた出来事だけです。」
副団長は黙ってうなずいた。
「・・・お前達の話を疑ったりなどせんよ・・・。よくやった。見事に大任を果たしてくれたな。お前達はもう新人剣士などじゃない。立派な一人前の王国剣士だ。俺はお前達を誇りに思う。団長も・・・きっとそう思ってるよ。」
剣士団長の最後の顔が浮かんで、また涙が流れた。
「団長は・・・何を言いたかったんだろうな・・・。」
副団長がぽつりとつぶやいた。
「わかりません。私の父のことも知っているような口ぶりでしたが・・・。」
押し寄せるモンスター達の声にかき消されて聞こえなかった言葉・・・。そしてやっと聞こえた言葉が『私の罪は重い』。19年前、いったい何が・・・。
「お前の親父さんはもう亡くなっているんだろう?」
「はい・・・。私が王国に出てくる前に病気で・・・。」
「お前の親父さんと団長が知り合いだったってのは、だいぶ前にお前が団長に随行して出掛けた時の話を聞いたから知ってはいるが・・・そもそもそんなところに団長の知り合いがいたってのもあの時初耳だったし、とっくに亡くなっているその人物のことで今さら何を言いたかったのか・・・。妙な話ばかりだな・・・。」
「そう・・・ですね・・・。」
父の日記の内容を副団長に聞けば、あるいは何かわかるのかも知れないし、調べてもらえることもあるかも知れないが、こんな状況になったからと言ってそう簡単には言えない・・・。
わからないことは未だにたくさんあるが、もう一つ、副団長には今、どうしても確認しておかなければならないことがある。
「副団長、ロコのことは・・・。」
副団長は視線だけを落として小さくため息をついた。
「そのことか・・・。お前はロコを殺したことを後悔していないとオシニス達に言ったそうだな。」
「はい。」
「今はどうだ?」
「今もそれはかわりません。あれは私の使命だったのだと、今でも信じています・・・。」
副団長はやっぱりというように何度かうなずいた。
「・・・オシニス達から話を聞いた時、俺もそう思った。お前とカインが南大陸へ行くことになったことそのものが、お前達に運命づけられていたのかもしれんとな・・・。だから俺も団長の言葉に賛成だ。お前は胸を張っていろ。不殺の誓いは確かに守られなければならないが、それだって時と場合に寄ると俺は思う。お前がロコを喜んで殺したわけじゃないことくらい、ここにいる誰だってわかるさ。」
「はい・・・。ありがとうございます・・・。」
私は深く頭を下げた。自分を信じてくれたことがとてもうれしかった。でも私が一つの命の灯をこの手で消してしまったという事実には何の変わりもない。せめて今、神々が住まうという空の上でロコが安らかであるようにと・・・あらためて祈った・・・。
「さてと、そろそろみんなのところに行くか。昨日ローランに行けなかった連中はお前達が戻ってくるのを楽しみにしているはずだぞ。」
「副団長、もう一つ教えてください。」
「なんだ?」
私の問いに副団長は浮かしかけた腰をまた落とした。
「南大陸に向かう前に、副団長はレイナック殿とデール卿がどうして知り合いなのかよくわからないとおっしゃいましたが・・・デール卿が以前、御前会議の大臣だったことはご存じだったんですよね・・・?」
副団長は表情を変えないまま、目だけを動かして私を見つめた。この質問が出ることを予測していたような目だった。最初からこの人はデールさんのことを知っていた。ハース鉱山に赴任したこともあると言っていたのだから、当然デールさんに会ったこともあるはずなのに、どうして知らないなどと言ったのか・・・。
「知っていたよ。」
「どうして嘘をついたんですか?」
「あれは団長の考えだったんだ・・・。」
「団長の?」
「そうだ。デール卿が以前大臣だったことをお前達が聞けば、デール卿という人物に対して先入観を持ってしまう。以前の大臣が左遷されて恨みを持ち、王国転覆を謀るかも知れないとな。だからそのことをうまく隠してデール卿のことをお前達に教えるはずだったんだが、あの時レイナック殿がいきなりこられてデール卿の話を始めてしまったから、正直なところ俺達は焦ったんだよ。レイナック殿の口からその話が漏れてしまったらどうしようと思ってな。結果的にはレイナック殿が何も言わないでいてくれたおかげで、何とかなったがな。そしてお前達が無事に任務を果たして戻ってきた時には、団長がきちんとお前達に説明することになっていたんだ。」
「でも父さんは左遷されたわけじゃないわ。」
ウィローが口を挟んだ。少しむっとしている。
「そうだな。だがそれを知っているのはせいぜい俺達くらいまでだろうな。俺が入団した頃、デール卿は英雄だったよ。大臣の地位を捨てて、人々を守るために鉱山開発に力を注ぐ若き統括者だとね。実際デール卿が鉱山を統括するようになってから鉱石の質もよくなったし、発掘の効率も上がっていた。5年ほど前にでかい落盤事故で鉱夫が何人も犠牲になったが、それだってデール卿の評判を下げる要素にはならなかったんだ。それほど優秀だったんだよ。統括者としてはな。」
「統括者としては・・・。」
ウィローが小さな声で繰り返した。
「そうだ。カナに赴任するようになってから、俺達のデール卿に対する考えは変わった。妻子を捨てたも同然に放り出して、それほど金がほしいのかとね。だが・・・。」
副団長は悲しげにため息をついた。
「デール卿がどれほどの思いでハース鉱山での任務をまっとうしようとしていたか、お前達から向こうでの出来事を聞くまでまったく考えもしなかった・・・。俺もまだまださ。もっと人を見る目を養わなくちゃならんな・・・。ウィロー、すまなかったな。お前の親父さんのことをちゃんとわかってやれなくて・・・。」
「そんなことない・・・。今わかってくれたなら、それでいいわ。父さんの本当の姿を、一人でも多くの人がわかってくれれば・・・。」
ウィローは、こぼれた涙を指でこすった。
「副団長、今度は俺達がいない間にこっちで起こったことを教えてもらえませんか。オシニスさんとライザーさんからだいたいは聞いたけど、副団長ならフロリア様と直接話したって聞いたんで・・・。」
カインの気になるのは多分フロリア様のほうなのだろうが、話を聞きたいのは私も同じだ。
「副団長、お願いします。こちらで起きたことを教えていただけませんか。」
「そうだな・・・。そのことはきちんとお前達に伝えるべきだな・・・。カイン、お前が王宮に戻ってきたのは、あの御前会議が開かれている時だったんだな?」
「はい。」
「あの日・・・俺達はいつものようにそれぞれの場所の警備についていた。そして、昼から剣士団長を捜したがどこにもいなかった。御前会議は終わったはずなのに、おかしいなと思っていたら・・・食堂でカーナ達に会って、お前が朝のうちに戻ってきていたってことを聞いたんだ・・・。」
「な、何だと!?カインが一人で戻ってきたのか!?それじゃ・・・クロービスはどうしたんだ。まさか・・・!」
食堂には日勤の剣士達が食事のために集まってきていたんだが、俺のこの叫び声で皆一斉に俺とカーナ達のまわりに集まってきた。
「おい!カインが来たってのは本当なのか!?どうしてその時にすぐに知らせてくれなかったんだ!?」
オシニスは青ざめて、掴みかからんばかりの勢いでカーナに詰め寄ったよ。カーナの奴も泣き出しそうになっていて・・・。
「だって・・・。言わないでくれって言われたんです。オシニスさん達に会ったら、もしかしたら一緒に南に行くって言い出すかも知れないからって。私達も思わず言ってしまったし・・・。でも、剣士団の遠征許可は下りなかったから、みんなを巻き込めないからって。向こうにはクロービスがカインの戻るのを待っているから、何としても戻らなくちゃならないって。」
「それじゃ・・・クロービスは無事なのか!?」
今度はライザーが身を乗り出した。カインが一人で戻って来たって聞いてから、あいつらは真っ青になっていたんだ。
「ええ、大丈夫ですって。何でもカナの村にいたハース城の統括者の娘さんが同行してくれたから、その人を護衛するのにクロービスは向こうに残ったそうですから。」
「統括者の娘?」
俺は思わず聞き返したよ。まさかウィローがハース鉱山まで行っていたなんてな・・・。
「はい、そう言ってました。」
「なるほどな・・・。しかし・・・あの娘がハース城に行ったところで・・・。」
この時の俺には、ウィローが行ったところでデールさんが態度を和らげるとはとても思えなかった。
「副団長、その娘というのを知っているんですか?」
「知ってはいるが・・・。とにかく二人とも無事なら何よりだ。だが・・・カインが御前会議に出たのなら、剣士団長とは顔を合わせているはずだよな?」
「はい。剣士団長は、カインよりも先に会議室から出てこられましたから。」
カーナもステラも首を傾げた。
「あれ?おいカーナ、剣士団長なら出掛けたと思うぞ。旅支度して玄関にいたのを見かけたからな。」
そう言ったのは、執政館への入口の警備についていた奴だった。それを聞いた瞬間俺は全身の血の気が全部なくなったような気がしたよ。
「な、なんだと!?おい、どうしてそれを早く言わん!?」
「え?で、でも・・・私が声をかけたら団長は『ちょっと出掛けてくるから』ってしかおっしゃらなかったから・・・てっきり副団長もご存じなのかと・・・。」
「ま・・・まさか・・・団長はカインと一緒に・・・。」
「それじゃ・・・剣士団の遠征許可が下りなかったから・・・自分だけでも向こうへ行こうと・・・?」
青ざめてつぶやいたのはセルーネだった。
「セルーネ・・・。お前も何も聞いてないのか・・・?」
不安げに声をかけたのはティールだった。
「私は・・・聞いていない・・・。最近団長はずっとふさぎ込んでいて・・・。一体何を思い悩んでいたのか・・・。何も・・教えてはくれなかったんだ・・・。」
セルーネは呆然としていた。あんなに大勢の剣士達がいたというのに、食堂の中はしんと静まりかえっていた・・・。それきり剣士団長は行方不明になって、一週間ほど過ぎたころ突然俺はフロリア様の元へ呼び出された。
「グラディス、王国剣士団は本日をもって解散とします。」
冷たく抑揚のない声でフロリア様が告げた。一瞬言葉の意味が飲み込めなかったくらいだ。
「な、なんですと!?一体どういうことです!?」
真っ白になっている場合じゃない。俺は必死で尋ねた。
「パーシバルは、剣士団長という地位にありながら職務を放棄し、許可なく南大陸へと渡りました。そして以前派遣した王国剣士、カイン・クロービス組が独断でハース城に突入し、そのためにハース城はモンスター達に占拠されました。報告では3人ともそこで命を落としたようですね。」
「そ、そんな・・・。」
俺はあまりのことに言葉を失い、ただフロリア様を見つめていた。フロリア様は凍るような冷たい瞳で俺を見据えると、
「愚かなことです・・・。この不始末は剣士団の解散によってしか償うことは出来ないでしょう。撤収まで3日の猶予を与えます。全ての王国剣士は宿舎から引き上げ、帰郷するように。」
「お、お待ちください。その報告というのは、確かな筋からのものなのですか!?」
「わたくしの密偵が信用出来ないというのですか?」
「い、いえ・・・そう言うわけではございません。ただ、あまりにも驚いてしまったので・・・ご無礼申し上げました・・・。」
この時、フロリア様が忌々しそうに鼻を鳴らしたような気がした。俺の空耳かと思いたかった・・・。
「では話は終わりです。猶予は3日ですから、それまでには間違いなく撤収するように。」
「で、ですが・・・それでは王宮を守る者がいなくなってしまいます。」
「それはあなたが心配することではありません。わたくしは新しく『エルバール王国軍』を結成させました。あなた方が引き上げた後には、彼らが王宮の警備にあたります。」
「それは・・・御前会議の決定なのですか!?」
「御前会議!?わたくしはこの国の王です。わたくしが決定すれば何の問題もありません。さあ、お行きなさい。今までご苦労さまでした。」
とりつく島もないとはあのことだ。俺はわけがわからないまま、それでもとにかく王国剣士全員を食堂に呼び集めて事の次第をみんなに告げた。
「そ、そんな・・・!フロリア様はどうなされたんだ!?」
「エルバール王国軍だと!?一体どこから連れてくるんだそんな奴ら。」
「それじゃ・・・剣士団長も、カインとクロービスも、みんな死んだというのか!?」
突然の出来事に、誰もが耳を疑った。だがお前達の安否はともかく、剣士団の解散は決定事項だ。皆、悔しさを胸の内に押し込めて宿舎を引き払うための準備を始めた。そしてその次の日、王宮の前に立派な馬車が止まり、中から身なりのいい紳士が降りてきた。紳士はパティのところで剣士団宿舎の場所を聞いた。そしてその紳士は宿舎に現れ、俺にこう告げた。
「私はガーランド家の執事にございます。リーザお嬢様をお迎えに上がりました。どちらにおられますか?」
呼ばれて出てきたリーザは執事の顔を見ると怒りだし、すぐに帰るように怒鳴りつけた。だが執事は引き下がらない。
「私はどうせ勘当の身なのよ!何が今さら帰って来いよ!冗談じゃないわ!!私は王国剣士よ!ここは私の職場なの!さっさと帰って!」
「お嬢様、王国剣士団は解散になったと聞いております。ここでゴネられますと・・・私も実力行使に出る以外にございません。それでは他のみなさまにご迷惑をかけることになると思われますが・・・。」
半ば脅しとも受け取れる執事の言葉に、リーザは唇を噛みしめた。リーザはハディに視線を向けたが、ハディはそんなリーザを黙って見ている。
「引き留めてもくれないわけ?」
「仕方ないさ。俺としては相方を失うのは困るが、お前にも事情があるんだろうからな。」
「相方・・・。それだけ?あなたにとっては・・・私はそれだけなの?」
「他に何を言ってほしいんだ?今ここで引き留めたって、俺達には何もないじゃないか。剣士団は解散された。俺はここに残るが、お前は別な道を選ぶことだって出来るんだ。」
その瞬間リーザのゲンコツがハディの顔に炸裂した。そしてリーザは宿舎に戻り、荷物を抱えて出てきた。泣きそうな顔で俺に挨拶すると執事を急きたて、宿舎から去っていったよ。ハディは顔を腫らしたまましばらく考え込んでいたが、その日の夜、宿舎から姿を消した。
「そんな・・・。ハディの奴、今頃どこにいるんだよ・・・。」
カインは悔しそうだ。私もやりきれなかった。南大陸へ発つ前の日、ハディの気持ちは聞いていた。今の副団長の話を聞く限り、リーザも同じ気持ちのように思えた。なのにすれ違う。そして・・・ハディはここにはいない。リーザを取り戻そうとしているのか・・・。
「その後、俺達は宿舎を出た。そして少しずつここに集まってきたんだ。団長のことは残念だ。あの時もう少し早く団長の動向を知ることが出来ていたらと、今でも悔やまれる・・・。だがな、それはお前達のせいじゃない。・・・お前達が生きていてくれただけでもありがたいよ。あとはハディの奴さえ戻ってくれればいいんだがな。そして・・・ユノもな・・・。」
「撤収前にユノと話されたそうですね。」
「ああ・・・。剣士団に解散命令が出てから、宿舎を引き払うまでの猶予は3日しかなかった。俺は乙夜の塔に行ってユノに荷物をまとめるよう話したんだが、あいつはここを動く気はないと言い切ったんだ・・・。今はどうしているのかさえわからない・・・。」
「それじゃ・・・ユノはまだフロリア様の警護をしているって言うことでしょうか・・・。」
「それなら安心出来るんだが・・・。まさか捕らえられているなんて言うことは・・・。」
「まさか・・・!ユノの腕ならあの衛兵達に引けを取るはずがないじゃないですか!?」
思わず私は叫んでいた。
「ムキになるなよ・・・。確かにそうだ。俺だってユノには負けることがあるんだからな。あいつの腕に不安などないが・・・。万一武器を取りあげられたりしていればその限りではあるまい。槍など持っていなければ、あいつだって普通の女だ。」
「最後に会った時、どんな様子だったんですか?」
「あの時は・・・解散命令の出た日の夕方のことだった・・。」
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