ウィローは私の後をついてきたが、ずっと黙ったままだ。森を抜けた時はやっと仲直り出来そうだと思ったのに、さっきの往来での喧嘩とエミーの出現でまた険悪な雰囲気に戻ってしまった。部屋に戻ると、カインはもう鎧もはずして制服も脱いでいた。
「クロービス、メシの前に風呂にでも行こうかと思ってたんだけど、どうする?」
「そうだな・・・。カインが先に入ってくるといいよ。食事はここに運んでもらうように言ったから、ウィローが一人になっちゃうし・・・。」
「そっか・・・。ウィローは今日は風呂なしだからな・・・。」
「私のことなら別に気にしなくていいわよ。ここで待ってるから二人で入って来たら?」
「でも・・・。」
「大丈夫。いろいろ考えたいこともあるし・・・。」
ウィローの考えたいことがなんなのか、何となくわかるような気がする。一人にしてあげるべきなのかも知れない。私もカインと一緒に風呂へ行くことに決めた。
「それじゃ行ってくるけど・・・もしも具合が悪くなったら、ここで寝ていていいからね。さっきの薬はあくまでも一時的に君の体を動かせるようにしてあるだけなんだから。」
「わかってるわ。行ってらっしゃい。」
私の言葉に一応ちゃんと返事はしてくれる。乱暴な言い方もしないし、睨んだりもしない。でも、何かとてもガードがかたいという気がして、落ち着かない気持ちのまま私はカインと一緒に風呂場へと向かった。
熱い風呂につかると、体の疲れがすっかり取れたような気がした。南大陸ではこんなに熱い風呂には入れない。温泉まで行けば入れるが、あの温泉はきっと当分閉鎖するしかないだろう。モンスター達の活動があんなに活発になってしまっては・・・。
「熱い風呂も久しぶりだなぁ・・・。これだけはやっぱり北大陸だな。」
カインがほっとしたようにつぶやく。
「熱い風呂に慣れてしまっているからね。」
「そうだよなぁ。体中にこの熱さがしみこんでいるから、南大陸の風呂はぬるくてちょっと物足りなかったな。もっとも向こうでこんな熱い風呂に入ったら、一日中汗がひかなくて大変だろうけど。」
カインはもう一度大きくほぉっと息をついた。久しぶりに熱い風呂に体を沈めて、すっかりくつろいでいるようだ。
「早く風邪が治って、ウィローも熱い風呂に入れるようになるといいんだけど・・・。」
「いいかげんオシニスさん達との訓練を認めてやって、仲直りしたらどうだ?」
「昨日のうちならそれも出来たかも知れないけど、エミーのことがあるから今はそう簡単にいかないと思うよ。」
「エミーかぁ・・・。ああなると執念だな・・・。そら恐ろしいものを感じるぞ俺は。」
「・・・こんなことになるとは思わなかったな・・・。なんで私なんだろう・・・。剣士団には私なんかより遙かにかっこいい人がたくさんいるっていうのに・・・。」
だいたいランドさんと顔見知りだったのなら、ライザーさんとオシニスさんのことも当然よく知っていたはずだ。あの二人のほうが私などより遙かにハンサムだし腕も立つし・・・。
(でもあの二人のどちらかを好きになっても結局は同じことか・・・。)
彼らの心の中にはそれぞれ想う相手がいる。
「恋愛感情ってのは理屈じゃないからな。それに、同じことはお前にだって言えるじゃないか。なんでウィローじゃなくちゃだめなんだ?あんなに慕ってくれてるんだからエミーでもいいじゃないかって言われたらお前はどうするんだ?」
「それを言われると・・・確かにどうしようもないだろうな・・・。」
カインは一番痛いところをついてくる。
「そういうことだ。お前が二人ともまとめて面倒を見る覚悟でも決めない限り、どっちかを選ぶしかないんだからな。」
「二人まとめてって・・・荷物をまとめるみたいに言わないでよ。そんなことが出来るはずがないじゃないか。」
「ははは、世の中にはそういう連中もいるじゃないか。まあ普通の神経ではそんなことは出来ないけどな。」
「やっぱりもっと冷たい態度でも取るしかないのかな・・・。」
「まあそのほうがいいことはいいだろうけど、・・・出来るか?お前に。女の子相手に『冷たい態度』なんてさ。」
「正直言うと全然自信がない・・・。」
「だろうな・・・。無理することもないんじゃないのかな・・・。今のところパティがうまく押さえてくれているみたいだし、ウィローの風邪さえ治れば俺達は海鳴りの祠に行くわけだからな。それに、さっきの話だとパティ達だっていつまでもグラニード先生の家にやっかいになっているわけにもいかないみたいだから、そのうち城下町に帰るんじゃないのか?家にこもっていればあの衛兵達につけねらわれることもないだろうしな。」
「そうだね・・・。」
エミーが私に抱きついてきたり、甘えたような声で話しかけるたび、ウィローの神経を逆なでしていたことは疑いようがない。このあともうそんなことが起こらなければ、あるいはウィローの苛立ちもおさまるかも知れないが、そううまくいくものかどうか・・・。
「・・・つまりいくら考えても解決策なんてないってことか・・・。」
ため息しか出てこない。
「そう悲観的になるなって。とにかくもうあがろう。ウィローの具合が気になるし、食事も出ている頃だろうからな。」
「うん・・・。」
しばらくぶりの熱い風呂で、体のほうはすっかりさっぱりしたが、心の中にはまだ鉛の固まりが居座っているような気分だった。部屋に戻るとウィローが椅子に座ったまま頭を押さえている。
「・・・気分悪くなったの?」
私の声にウィローはびくっとして顔を上げた。
「あ・・・あら、お帰りなさい・・・。なんだかぼーっとしちゃって・・・。」
ウィローの前の食事だけきれいに平らげてある。食べることが出来たのならそれほどひどくはなさそうだ。
「ケイティさんが温かいうちに食べたほうがいいって言うから、お先にいただいちゃったわ。」
「別にいいよ。食べる元気があるなら何よりだ。」
カインもほっとしたように微笑んでいる。
「それじゃもう部屋に戻ったほうがいいよ。送っていくから。」
「大丈夫よ。それより二人とも食事をしたら?とてもおいしかったわよ。」
「でも君の具合は・・・。」
「薬が効いているからそんなにつらくないわ。大丈夫、一人で帰れるわよ。」
「ウィロー、クロービスが送っていくから、待っていてくれよ。泊まり客の中にはおかしな連中もいるんだから、一人歩きはしないほうがいいぞ。」
カインの言葉に、ウィローは浮かしかけた腰を下ろした。私には反発してもカインには出来ないらしい。
「わかったわ・・・。それじゃ、あなた達が食べている間ちょっとこっちのベッドに寄りかからせてね。」
ウィローは椅子をベッドの脇に寄せ、上半身だけベッドの上に横たえた。
「起きてるのがつらかったら横になっていてもいいよ。」
「そうじゃないの。ちょっと眠いだけだから。」
ウィローは目を閉じている。さっき診療所で飲んだ薬の中には特別睡眠を誘うような薬は入っていないはずだが、熱でぼーっとしているところに薬を飲めば眠くなるのは当たり前かも知れない。
「それじゃまずは食べるか。うまそうだな・・・。」
カインと私は、まだほんのりと温かさを残す料理を食べ始めた。以前と変わらない優しい味だ。そんなに急いで食べたというわけでもないのに、食事はあっという間になくなってしまった。
「ごちそうさま。ウィロー、送っていくよ。」
ウィローは私の声で顔を上げた。うとうとしていたらしい。
「もう食べ終わったの?相変わらず早いのね。」
「ははは、急ぐつもりはなくても、食い物のほうから口の中に飛び込んでくるのさ。」
カインの冗談にみんな笑い出した。
「それじゃ私は部屋に戻るわ。カイン、お休みなさい。」
「お休み。早く寝ろよ。」
私はウィローと一緒に部屋を出た。すると通路の向こうからふらふらと中年の男が歩いてくる。酔っぱらっているようで、顔が赤い。その男はウィローを見つけるとにやっと笑って、考え事をするようにあらぬ方向を見ながらにじり寄ってきた。前をよく見ていないふりをしてさりげなくぶつかり、ウィローの体を触ろうという魂胆が見え見えだ。私は男がぶつかるぎりぎり手前でさっとウィローと場所を入れ替わった。男はぶつかる寸前にちらりとこちらを見てぎょっとしたがもう遅い。狙い通り男の肩が私の肩にぶつかった。男はばつが悪そうにそのまま歩いていったが、忌々しそうな舌打ちがはっきりと聞こえた。
「あんな連中に出会うこともあるから、宿屋の廊下っていうのは気が抜けないんだよ。」
黙っているウィローの肩を抱いたまま、私は歩いていった。ウィローの部屋につくと、ちょうどケイティが宿屋の主人と一緒にウィローの部屋から出てきたところだった。
「あ、お帰りなさい。お湯を用意しておきましたから、どうぞ。石けんとタオルも置いておきましたから、使ってくださいね。」
「でかいたらいにたっぷりと入れておいたから、手足だけじゃなく全部洗えるくらいだよ。もっとも、風邪をひいている時はそういうわけにゃいかんだろうがね。」
二人に礼を言って部屋に入ると、もわっとした熱い空気にむせそうになった。あの小さな扉が開いていて、中に置かれた大きなたらいいっぱいに熱めのお湯がなみなみと注がれている。確かにこれなら手足を洗うには充分すぎるくらいだ。ということは・・・もしかしたらウィローは我慢出来ずに体も髪も洗ってしまうかも知れない。
「手足を洗うのはいいけど、体はあんまり洗わない方がいいよ。髪は絶対洗わないようにね。一番乾くのが遅いからすごく冷えるんだ。それから、お湯を使ったらすぐに寝ること。明日の朝はちゃんと薬を飲んでもらうからね。」
とりあえずクギを刺したつもりだが、今の私の言葉をウィローが聞いてくれるかどうかは何とも言えない。
「・・・わかってるわ・・・心配しなくても、風邪が治るまではちゃんとあなたの言うことは聞くわよ。」
「・・・それならいいよ。」
風邪が治るまでは・・・。つまりそれ以降は私の言うことなんて聞く気がないってことか・・・。風邪が治ればウィローは海鳴りの祠でオシニスさん達の訓練を受けることになる。そのことについては、私が何を言おうと決心は変わらないとでも言いたいんだろうか・・・。
(深読みしすぎかな・・・。)
そう思ってみても、今の私はそんなふうにしか考えられない。
「それじゃ送ってくれてありがとう。おやすみなさい。」
ウィローの口調は素っ気ない。さっさと出て行けとでも言わんばかりだ。確かにさっさと出て行くつもりではいたのだが、こんな言い方をされると『はいそうですか』と素直に出て行きたくなくなってしまう。
「・・なに・・・?」
黙ったまま戸口に立っている私を、ウィローは怪訝そうに見ている。
「・・・海鳴りの祠はここから歩いてもそんなにかからないんだ。明日一日様子を見て、大丈夫そうならちゃんと連れて行くよ。」
こんなことを話したいんじゃないのに・・・。
「・・・無理しなくていいわよ。ここからそんなに遠くないならカインに道を教えてもらえば一人でもいけるわ。あなたはここにもう少しいたいんじゃないの?」
「・・・どういう意味・・・?」
「・・・・・。」
ウィローは答えない。私は扉の取っ手にかけていた手を離し、ウィローのもとに足早に歩み寄った。
「どういう意味?」
ウィローの腕を無意識のうちに掴んで、もう一度同じ質問をした。ウィローは私の顔を見ようとしない。
「べ・・・別に意味なんてないわ。なんとなくそう思っただけよ。痛いから離して。」
ウィローは私の腕をふりほどこうとするが、私は離さなかった。ウィローはまるでエミーに嫌みを言われた仕返しを私にしているようだ。こんな時黙って受け止めてあげられるのが大人なのかも知れないが、私はそこまで大人になんてなれない。
「・・・そんなことを思うわけがないじゃないか・・・。私だって早く仲間に会いたいんだ。みんなどれほど心配しているかと思うと、今すぐにでも会いに行きたいよ。でも行かないのは君のことが心配だからだよ!」
一息で言い終えて、ウィローの腕を離した。ウィローは痛そうに、私の手のあとがくっきりとついた腕をさすっている。それを見ても謝る気にもなれず、そのまま私は部屋を出た。ウィローが何か言おうとしたようにも見えたが、今は聞きたくなかった。
泣きたいのをこらえて部屋に戻った時にはもう立っている気力もなく、そのままベッドに倒れ込んだ。
「・・・ひどい顔だな・・・。」
カインが私の顔をのぞき込む。
「百年くらい老け込んだ気分だ・・・。」
口を開いた途端に涙がこぼれる。
「今朝は10年で今は百年か・・・。」
カインはクスリと笑ったが、すぐに真顔になり大きなため息をついた。
「笑いごとじゃないよ・・・。」
私はさっきのウィローとの会話を・・・あれを会話というならば、の話だが・・・カインに話した。
「う〜ん・・・よほどエミーのことが気になってるんだろうな・・・。」
「そうなんだろうけど・・・わかるんだけど・・・腹が立ったんだ・・・。みんなに早く会いたいけど・・・今はウィローの体のほうが大事だから、ここにいるのに・・・。あんな言い方・・・。」
また涙が流れる。ちっとも自分の気持ちをわかってもらえないのが悔しい・・・。
「まあ・・・お前の気持ちはわかるつもりだけど・・・あそこまで意地になったウィローを説得するなんて多分出来っこないんだろうな。さっきのドーソンさん達の話を聞いていて、俺はそう思ったよ。こうなったら、とにかく出来るだけ早く海鳴りの祠に行くことだな。実際にオシニスさん達に訓練してもらえれば、ウィローの機嫌もなおるさ。」
「訓練か・・・。」
初めてオシニスさん達と剣を交えた時のことを思い出す。耳元をかすめただけで風がうなりをあげるほどに重く鋭い剣さばき・・・。こちらの攻撃など寄せ付けない素早い動き・・・。それに惑わされている間に手痛い一撃を食らって、何度訓練場の壁まで吹っ飛ばされたかわからない。あんな訓練をウィローが受けることになるなんて、考えただけでぞっとする。
「そんなに悩むなよ。とにかくもう寝よう。いくら考えてもどうしようもないよ。明日は朝一番でタルシスさんに会いに行こう。そのあとはモルダナさんの家だな。」
カインは私をなだめるようにそう言うと、自分もベッドに横になった。
「そうだね・・・。明日の朝は熱が下がっているといいな・・・。でないとまた、わざと時間を稼いでいるなんて言われそうだし・・・。」
「明日になれば多少は頭が冷えるさ。」
「だといいけどね・・・。」
「お前もだぞ・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「お前も頭を冷やせよ・・・。」
「うん・・・お休み・・・。」
「お休み。」
この日の夜、空にかかっていた月は満月ではなかった。なのに私はフロリア様の夢を見た。シェルノさんに言わせれば、この夢はフロリア様からのメッセージということになる。だが・・・ロコのように明確な意志を持って送り出しているとは思えない。この夢の中には何一つ言葉のメッセージがない。最後に聞こえるあの悲鳴の他には・・・。
翌朝、私は早めに起きて宿屋の厨房に行き、わけを話して薬草を煎じさせてもらった。即効性の体力回復薬は使わなかった。これを使えばウィローはすぐにでも元気になる。でも薬の力を借りずに元気になれなければ、オシニスさん達の厳しい訓練などとても受けられない。そんなことを考えていると自分の気持ちがわからなくなってくる。私はウィローがオシニスさん達の訓練を受けることに賛成したいのだろうか。でもそう考えてウィローが実際に訓練を受けているところを想像しただけで鳥肌が立つ。
煎じた薬を携えて、私はウィローの部屋の扉をノックしながら声をかけた。
「はい?」
「おはよう。薬を持ってきたんだけど、入ってもいい?」
「・・・今開けるわ・・・。」
相変わらず声には精気がない。あまりよくなっていないのだろうか・・・。でも扉を開けたウィローの顔色はそれほど悪くなかった。中に入って額に手をあててみたが熱もなさそうだ。
「気持ち悪かったり頭痛がしたりしない?お腹が痛いとか。」
ウィローは黙ったまま首を横に振った。その時私は、ウィローの髪からあのハーブの香りがすることに気づいた。
(やっぱり髪を洗ったのか・・・。てことは当然体も洗ったよなあ・・・。洗うくらいならちゃんと入ったほうがいいんだけど・・・。)
あのなみなみと注がれた熱いお湯を見て、ウィローが本当に手足だけ洗ってすませられるとは思っていなかった。ウィローはきれい好きで風呂だって大好きだ。なのに南大陸を出てからこっち、何日も風呂どころか体を洗う機会もなかった。
(熱もないみたいだからいいか・・・。)
今ここでそのことについてとがめだてすれば、また喧嘩になる。
「それじゃ、まず薬を飲んで。飲み終わったら私達の部屋に行こう。食事を持ってきてもらうように頼んであるから。今日は朝からタルシスさんのところに連れて行くよ。」
素知らぬふりをして言う私に、またウィローは無言で首を縦に振った。私とは口もききたくないのだろうか。そう考えるとまた苛立ちが募る。お互い一晩過ぎてもそれほど頭は冷えていないらしい。こんな時は口を開かないに限る。ウィローが薬を飲み終えるのを待って一緒に部屋を出たが、またよけいなことを言い出さないように、私はひたすら黙っていた。
部屋に戻ると食事が届いていた。3人で食べ始めたのだが、ウィローと私はもちろん、カインも黙ったまま黙々と食べ続けた。
「修行中の神官の食事みたいだな・・・。」
食べ終えたカインがぽつりとつぶやいた。修行中の神官はみんな食事時に一言もしゃべらないらしい。そんなことを言いたくなるほど、私達の食事は静かで、重苦しかった。
「さてと・・・ウィローは全部食べたようだけど気持ち悪くならないか?」
カインはウィローの食事のトレイをのぞき込んだ。
「大丈夫よ。風邪ひき用に作ってくれた食事みたい。すごく優しい味でおいしかったわ。」
「そうか。それじゃ、これからの予定を立てよう。まずはタルシスさんのところだな。ちゃんと君に合う鎧を見つけなくちゃ。」
「合う鎧があるかしら・・・。カイン、いろいろ教えてね。」
ウィローはカインにだけ笑顔を向けた。どうやら私は完璧に避けられているらしい。でもしかたないかも知れない。きっと今の私は、口をへの字に曲げてむすっとしているはずだ。
「ちょっといいかしら。」
ノックと共に声が聞こえた。カインの『どうぞ』という声に答えてケイティがひょいと顔を出した。
「あのね・・・お二人にお客さんが見えてるんだけど・・・。」
またか・・・。せめて今日はエミーに振り回されずにすませたかったのに・・・。しかたなく私はケイティに声をかけた。
「用事があるならここに来てもらってもかまわないよ。」
「でもここには入れないと思うわ・・・。すごくたくさんなの・・・。」
ケイティは困ったように部屋の中を見渡した。
「たくさん・・・?」
エミーが来るなら絶対に一人で来るはずだ。パティが一緒ならここには来させないと思うし・・・。いったい誰だろう。そう考えてふとカインを見ると、カインはニッと笑っている。
「クロービス、もしかして・・・。」
突然思い当たった。昨日、一足先に海鳴りの祠に向かったオシニスさん達は、私達の無事をみんなに伝えたはずだ。だとすれば・・・。
「行こう。ウィロー、君も来いよ。きっと知ってる顔がいるはずだぞ。」
カインは笑顔になっていたが、少しだけ不安げだった。階下にいる『客』達の中に、もしもセルーネさんがいたら・・・。
今は考えても仕方ない。私も立ち上がって、ウィローに声をかけた。
「ゆっくり来るといいよ。まだ走ったりしないほうがいいからね。」
どうせウィローは返事をしないだろう。私は言うだけ言って部屋を出た。朝なら一人で廊下を歩いても昨夜のようなおかしな連中はいない。一人でも来れるはずだ。
「カイン!クロービス!」
階段の上からは一階のフロアが全部見渡せる。そこにいたのは、やはり懐かしい仲間達だった。それもケイティの言うとおり、10人以上・・・いや、もしかして20人近くいるかも知れない。なるほどこれではあの部屋に入りきれない。カインと私は一通りみんなの顔を見渡した。カーナとステラがいる。エリオンさんとガレスさんもいる。オシニスさんとライザーさんも来ていた。セルーネさんとティールさんの姿は見えない。でも今はそのことよりも、ずっとずっと会いたかった仲間達が目の前にいることで胸がいっぱいだった。打ち合わせしていたわけでもないのに、カインと私はほとんど同時に声を張り上げていた。
「カイン・クロービス組、ただいま帰りました!」
階段を駆け下りた私達はあっという間にみんなに取り囲まれた。
「本物だ!生きてるぞこいつら!」
「みんなであれだけ訓練したんだから、そう簡単にくたばるわけがないと思ってたよ!」
みんな涙を流しながら私達の無事を喜んでくれた。みんなにもみくちゃにされて髪を引っ張られたり頭を小突かれたりしながら、視界の端にふと誰かが映ったことに気づいた。
(・・・ステラ・・・?)
ステラは輪の中に入ろうとはせず、涙をぽろぽろとこぼしている。その隣でカーナがステラの肩を叩いていた。きっとステラはカインを見ているのだろうが、そのカインはみんなの輪の中に埋もれてしまって私にも見えない。時折「あいててて!髪が抜ける〜!」とか、「うわぁ!誰だ俺のズボンを引っ張る奴は!?」などと声だけが聞こえていた。そう言う私も制服の袖を思いきり引っ張られたり、足を踏んづけられたり蹴飛ばされたりと、果たしてほんとうに歓迎されているのかどうか、よくわからなくなるような状態だった。
「おいクロービス、ウィローはどうした?」
みんなの間を縫ってオシニスさんが近づいてきた。私はやっとの事で顔を上げ、体勢を立て直してオシニスさんに向き直った。
「今朝になってやっと熱が下がりましたよ。」
「そうか。とりあえず鎧の見立てくらいはつきあうかと思って来たんだが、どこにいるんだ?」
「もう来ると思いますけど・・・。」
「ウィロー?」
私のすぐ横にいたエリオンさんが不思議そうに尋ねた。
「ウィローって・・・デール卿の娘のか?あの木登りが得意でおてんばで頑固者の・・・。」
「・・・そのウィローですよ。」
誰に聞いてもやっぱりウィローはおてんばで頑固者らしい。
「ウィローがここに来てるのか?」
「ええ・・・。私達と一緒に来てるんですけど・・・。」
「どこにいるんだ?」
「二階です。もう来ると思うけど・・・。」
今降りてきた階段に振り向くと、ちょうどウィローが階段の上に来たところだった。立ちつくしたまま、呆然と下を見下ろしている。宿酒場とはいえここのフロアはそれほど広いわけじゃない。そこに大勢の王国剣士がひしめき合って、カインと私を取り囲み頭をなでたり小突いたり、大声で笑ったりしているさまを見てすっかり驚いているようだった。
「おーい!ウィロー、久しぶりだな!俺を憶えているか!?」
ウィローは呼ばれて不思議そうにエリオンさんを見たが、すぐに笑顔になった。
「憶えてるわよ!エリオンさんね!」
ウィローが階段を駆け下りようとした時『ガタッ』と音がして、ウィローの体がぐらりと傾いた。
「きゃっ!」
悲鳴と同時に私は飛び出した。自分を囲んでいた何人かの仲間にぶつかったような気がしたが、気にしなかった。階段の下でぎりぎりウィローの体を受け止めたが、勢い余ってそのまま階段の脇の壁にたたきつけられた。
「あいたたた・・・。」
頭は打たなかったが、かなりの衝撃に一瞬目がくらんだ。ウィローが足を踏み外した場所も悪かったらしい。階段の一番上から下まで一気に落ちたのだから仕方ない。
「ウィロー、怪我は!?」
「大丈夫よ。あなたは?」
「私は大丈夫だけど・・・まだちゃんとよくなってないんだから、ちゃんと足元を見て降りなくちゃだめじゃないか。」
君が無事でよかったと言おうとしたはずなのに、なぜか私の口からは非難がましい言葉が出てきた。今朝一言も口をきいてもらえなかったことに、私はまだこだわっているのだろうか。
「・・・わかったから離して・・・。」
冷たい口調に、私はいつの間にかしっかりとウィローの背中に回されていた腕をほどいた。また言わなくてもいことを言ってしまった・・・。壁にたたきつけられた体の痛みだけでなく、心までズキズキと痛んでいるような気がして、なかなか立ち上がることが出来なかった。呪文を使おうとしたが、精神統一もうまくいかない。その時ふわっと温かい風にくるまれたような気がして顔を上げた。思ったとおり、カインの気功だった。体の痛みはすっかり消えていた。
「ほら、立てるか?」
カインに手を貸してもらって立ち上がった。ウィローはもう立っている。怪我はないようだが、硬い表情のまま私を見ようともしない。
「・・・派手な登場の仕方だな・・・。みんなの注目を一気に集めちまったぞ。ま、おかげで俺もみんなのもみくちゃ攻撃から逃げられたわけだから、ウィローに感謝しないとな。」
カインはウィローに笑顔を向けた。ウィローは黙って微笑んで、私には一瞥もくれず、視線をそのままエリオンさん達に移した。
ウィローが落ちた時の派手な音で少しだけ静かになっていた宿酒場のフロアは、また大騒ぎになった。今ここにいる剣士達の約半数はカナへの赴任経験がある。彼らはみんなウィローと顔見知りだ。
「ウィロー!?カナのウィローか!?」
「ウィロー!?あのおてんば娘が来てるのか!?」
フロアにいた王国剣士達はまるで示し合わせたかのようにきれいに二手に分かれ、片方が再び私達を、もう片方がウィローを取り囲んだ。そして私達は再びみんなから『もみくちゃ攻撃』を受ける羽目になった。
「おい、本当にあのウィローか!?すっかりきれいになったじゃないか。」
「まったくだ。木登り名人の面影はないな!」
ウィローを囲んでいる輪の中からはそんな声が聞こえてくる。
「ウィローのことはみんなに話さなかったんですか?」
私は誰かに頭をグリグリなでられながら、横にいたオシニスさんに尋ねた。
「副団長とティールさん達には言ったよ。お前が自分で言うのがいいかと思って他のみんなには言わないでおいたんだが・・・なんだかそんな雰囲気じゃないみたいだな・・・。原因はエミーか・・・?」
「はい・・・あ、いや、まあそれもありますけど・・・。」
うっかり本音で返事をしてしまった。でも全部エミーのせいなわけじゃない。
「無理するなよ。全部とは言わないまでも原因の大半はそうだろうからな。あの娘も思いこんだら一直線だからなぁ・・・。でもお前ももう少し、毅然とした態度を取ったほうがいいんじゃないのか?どうもお前は押しが弱いというか、肝心なところで逃げ腰だというか・・・。」
オシニスさんは言いながらあきれたようなため息をついた。
「俺がやきもきしても仕方ないんだがなぁ・・・。」
「すみません・・・。」
「おいカイン!当然結婚するんだろうな!」
いきなり飛び込んできた誰かの言葉に私はぎょっとして振り向いた。
「いてて!何で俺がウィローと結婚するんですか!?」
気がつくと私達を取り囲んでいた輪はほどけていた。ウィローのまわりにいた人達の輪ももう形をとどめていない。そしてウィローの隣にはガレスさんが怒ったような顔で腕を組んで立ち、カインがなぜかエリオンさんに耳を引っ張られている。
「当たり前だ!連れてきたんだからそのつもりなんだろうが!?それともまさかお前遊びでウィローを・・・。」
「ちょっと待ってくださいよ!何で俺にばかり聞くんですか。俺達は二人で南大陸に行ったんですよ!?」
「お前に決まってるじゃないか!クロービスのやつにそんな度胸があるか!」
(・・・ここまできっぱり言い切られるってのも・・・情けないな・・・。)
なんとも複雑な気持ちだったが、これは仕方ないのかも知れない。昨日ドーソンさん達にも言われたことだ。きっと私はみんなに『どうしようもなく女に奥手な度胸なし』とでも思われているのだろう。
「おいクロービス!そっちで黙ってないで何とか言えよ。俺が疑われているんだぞ!?」
カインが叫んだ。ウィローと喧嘩さえしていなければ、『君も賛成したんだから君が連れてきたようなものじゃないか』と軽口のひとつも叩きたいところだが、今はとてもそんなことを言える雰囲気じゃない。
「疑われてって・・・おい、それじゃ本当にウィローを連れてきたのはクロービスのやつなのか!?おいクロービス!ちょっとこっちに来い!」
エリオンさんはいきなりカインの耳を離し、私をギロリと睨んだ。
「いててて・・・。だいたいもしも俺とウィローがそういう仲だったら、さっきみたいにウィローが危ない目にあったりした時に他人任せにしたりしませんよ、まったくもう・・・。」
カインは本当に痛そうに耳をさすっている。
「う〜ん・・・確かにお前の言うとおりだ・・・。俺としたことが・・・思いこみで真実を見誤るとはまったく・・・。」
そんなに考え込むようなことでもないような気がするのだが、エリオンさんにとっては重要なことらしい。『木登りが得意でおてんばで頑固者』のウィローはきっと昔から、カナの人達だけでなく王国剣士達の間でも人気者だったのだろう。エリオンさんとガレスさんだけでなく、ウィローを知る先輩達はみんな私に注目している。黙ってこのまま立っているわけにはいきそうにない。私は観念してエリオンさんの隣に立った。
「お前がねぇ・・・。」
エリオンさんは頭の先からつま先まで、私を見渡し、そしてニッと笑った。
「・・・俺の勝ちだな。」
「・・・え・・・?」
エリオンさんの言葉に私は驚いて顔を上げた。
「勝ったって・・・何がですか?」
エリオンさんはにやりと笑い、次に大声でまた笑った。そして私の問いに答える前に、私の後ろに視線を移して大声で怒鳴った。
「おいライザー!俺とお前の二人勝ちだ!しばらく酒代に不自由しないぞ!」
声をかけられたライザーさんはばつが悪そうにため息をつくと、
「僕はいいですからエリオンさんが全部どうぞ。もともと人数合わせにおつきあいしただけで、賭けに乗る気はなかったですからね。」
そう言って肩をすくめた。
「そうはいかん。この金を受け取るのはお前の権利だからな。」
エリオンさんは懐から金袋を取り出すと、ライザーさんの手のひらを前に出させてその上に金貨を乗せていった。金額まではわからないが結構な額になっているだろう。でもいったい何のことなんだろう。ライザーさんに金貨を半ば押しつけるように渡して、きょとんとしている私達にエリオンさんが振り向いた。満面の笑みである。
「賭けをしたのさ。お前らが彼女を連れて帰ってくるか、来るとすればカインとお前のうち、どっちかってな。」
「・・・賭け・・・?」
「そうだ。さっきウィローが来てるって聞いた時は、てっきりカインだとばかり思いこんでいたから、こりゃ今夜は大散財だなぁ、なんて思ってたんだが、お前だったとはね。お前に賭ける奴がいなくてなぁ、これじゃ賭けが成立しないからって俺がライザーを引っ張り込んで二人でお前のほうに賭けたのさ。おかげで散財どころかしばらくは酒代に不自由しないよ。」
「ちぇ・・・俺もそっちに乗っときゃよかったぜ・・・。」
ガレスさんや、他の何人かの先輩達がつぶやきながら舌打ちをした。
「そんな不景気な顔をするなよ。みんなしてカインに賭けて、これじゃ賭けが成立しないって言うから、俺とライザーが貧乏くじを引いてやったのに。」
「何が貧乏くじだよ。それどころか宝のくじじゃないか。」
「ははは。そう言うなよ。おごるからさ。」
「当たり前だ!くそっ!こうなったらたらふく飲んで損した分を取り戻してやる。」
「・・・そんなに大金を賭けたんですか?」
彼らが賭けで損しようが得しようが別に私が気にすることはないのだが、ガレスさんの悔しがりようを見ていると、なんだか心配になってくる。それに結果的に得をしたことになるとは言え、ライザーさんまで巻き込まれていたとは・・・。エリオンさんのことだ、私に賭けるのが圧倒的に分が悪いと思っていたから、よほどのことでもない限り先輩の言うことを聞いてくれそうなライザーさんに声をかけたのだろう。
「まさか!一人30Gだぞ!?まあ10人以上が乗ったから結果的に一人あたり150G以上が懐に入ったわけだが・・・いくら王国剣士の給料が安いったって、30Gで首をくくるほど貧乏なわけじゃないさ。こいつが騒いでいるのは気分の問題なのさ。」
「あの・・・。」
すっかり賭けの話に夢中になっていた私達は、ウィローの遠慮がちな声に一斉に振り向いた。ウィローは何か思い詰めたような顔をしている。
「・・・あの・・・私・・・カインとクロービスに連れてきてもらったけど・・・でも自分の意志でここまで来たのよ・・・。父さんのこともっと知りたくて・・・私何も知らないから・・・だから・・・カインにもクロービスにも責任はないの。私のことでこの二人を責めるような言い方しないで。」
「別に責めたりしないよ。でも責任がないってことはないと思うぞ。」
エリオンさんが真顔になった。
「どうして?だって私のほうから二人にお願いしたのよ?」
「それじゃ聞くが、お前はこっちでどこに落ち着くつもりなんだ?これから先、住む家はどうする?仕事は何をする?収入がなけりゃ生活して行けないじゃないか。それにお前の親父さんのことだって、王宮にでも行かなけりゃわからないだろう?どうするつもりなんだ?今の王宮に一人で出向いて、デール卿のことを教えてくれなんて言って見ろ、どんな目に遭うかわかったもんじゃない。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
ウィローはすっかり困惑している。そんなこと、何も考えていなかったんだと思う。私達もまさか王宮に入れないなどと思ってもみなかったから、ウィローのことは王宮に連れて行けば何とかなると思っていた。
「ま、ちゃんと王宮の宿舎で再会出来ていれば、こんなこと考えなくてもなんとでもなったんだがな・・・。でもとにかく今はこんな状態だ。お前がいくら自分で何とかやっていくと言っても、こいつらが知らん振りしているわけにはいかないのさ。たとえ、お前とクロービスがそういう仲じゃなくてもな。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
ウィローの顔は、明らかに納得していない顔だ。でもエリオンさんの言うとおりなのだ。私だって教会の神父様に身元引受人をお願いしている。ウィローは別に剣士団に入るわけではないが、それでもいまのところ私達と行動を共にする以外に道はない。そしてウィローの身元引受人になれそうなのは、結局カインか私だし、私はその役目をカインに頼むつもりはない。もっとも、ウィローがどうしても私ではいやだというのなら仕方ないのだが・・・。
「そういうわけだから、とにかく今はクロービスのいうことをちゃんと聞けよ。」
エリオンさんはそこまで言うと、まだ黙っているウィローを残して他の剣士達のところに行った。みんなガヤガヤと話し始めている。断片的に聞こえてくるのは
「クロービスの彼女!?」
「あいつが!?カインじゃなくて!?」
「あいつも男だったんだなぁ。」
「だからこの間カインと一緒に戻ってこなかったのか。」
そんなことばかりだ。
「さぁて!みんなそろそろ仕事に行こうぜ!」
いささか収拾がつかなくなってきた時、エリオンさんが声を張り上げた。
「もう陽も高いぞ。こいつらの無事な姿も確認出来たし、クロービスの彼女の顔も拝ませてもらったし、あとは海鳴りの祠であらためて話を聞こうじゃないか。」
「よし、そろそろ出かけるか。最近はこの村の近辺もかなり危ないからな。」
ガレスさんが答えて、それを潮にみんなぞろぞろと引き上げ始めた。
「カイン、クロービス、早く海鳴りの祠に来いよ。待ってるぜ。」
「話を聞けるの楽しみにしているわよ。」
そうして宿屋のフロアにはエリオンさん達とオシニスさん達、それにカインとウィローと私が残った。
「オシニス、ライザー、お前らはこいつらに何かつきあう用事があるとか言ってたよな?」
エリオンさんがオシニスさん達に問いかけた。
「ええ、ウィローが俺達に訓練の相手をしてほしいって言うんで、鎧選びをね。」
「・・・へ・・・?」
「ウィローがお前らと・・・訓練だと?」
エリオンさんとガレスさんはキツネにつままれたような顔をして、ウィローとオシニスさん達の顔を交互に見た。
「そうですよ。」
オシニスさんは素知らぬふりでさらりと答える。
「・・・なんで・・・?」
「あ、あの・・・私がお願いしたの。」
ウィローが顔を上げて、小さな声で口を挟んだ。
「なんでまたこいつらと訓練なんて・・・。」
「私・・・もっと強くなりたくて・・・。」
「ふ〜ん・・・。しかし君の武器は確か鉄扇だろう?剣とは長さも違うし、射程も全然違うし・・・。かなり不利なんじゃないのか?」
「そうなんだけど、戦用舞踏の使い手なんてこっちにはいないみたいだし・・・。」
エリオンさん達はウィローが鉄扇を使うことを知っているようだ。カナへの赴任経験がある人達にとって、鉄扇というものはそんなに珍しいものではないのだろうか。
「まあそうだよなぁ・・・。それじゃ、海鳴りの祠に行ったらすぐに始めるのか?」
「いや、ウィローの体調がよくなってからですよ。ウィロー、はっきり言わせてもらうが、俺達の訓練は風邪をひいたまま受けられるような生やさしいものじゃない。しっかりと体調を整えてくれよ。とりあえず今日もここに泊まったほうがいい。向こうじゃみんなテントと寝袋か、岩穴にザコ寝だからな。ひどくなる可能性のほうが高そうだ。この村にはいい医者もいるし、治るまでここにいたほうがいいんじゃないか。」
「・・・はい・・・。」
オシニスさんの言葉にウィローは素直に頭を下げた。同じことを私が言った時は怒ったくせに、私以外の人が言えば聞く気になるらしい。
「それじゃ俺達も出かけるか。カイン、クロービス、ウィロー、またな。」
エリオンさん達が出て行った。扉が閉まるのを確認して、カインが愚痴っぽくつぶやいた。
「みんなして何でまず俺を疑うんだよ・・・。」
「お前のほうが女をたらしこみそうに見えるんじゃないか。」
オシニスさんの言葉にみんな思わず吹き出してしまった。
「そんなぁ・・・。俺ってみんなから、そんなふうに思われてたのかなぁ・・・。」
カインは納得いかないというようにぶつぶつと言っている。
「ばか、真に受けるなよ。ただ単に、お前とクロービスを比べればお前のほうが積極的に見えるだけじゃないか。」
「あ、なるほど。」
「そこで納得しないでほしいんだけどな・・・。」
カインが今度はあまりにもあっさり納得してしまったので、私はすっかり拍子抜けしてしまった。
「あ、ご、ごめん・・・。でもさ、確かにお前と俺ではそう見えるらしいじゃないか。まあそうとは限らないんだけどな。」
「・・・君のほうが積極的だってことは間違いないと思うよ。でも『あいつも男だったんだなぁ』はないよなぁ・・・。私はいったい今までみんなからどんなふうに思われていたんだろう・・・。」
思わずため息がもれる。私の言葉に今度はオシニスさん達とカインが笑い出した。
「まあいいじゃないか。お前達が生きていたことがわかった時は、みんなして大泣きしていたんだぞ。少しくらいからかわれたって我慢しろよ。それより、そろそろタルシスさんのところに行こう。ウィロー、君はどうするんだ?」
「大丈夫です。行けます。」
オシニスさんはウィローの返事にうなずき、カウンターに振り向いた。
「ケイティ、親父さん、騒がせてすまなかったな。」
「いやいや、びっくりしたけど王国剣士さん達の結束の固さをこの目で見て、安心したよ。そっちの剣士さん達は今日も泊まるのかい?」
「う〜ん・・。まだはっきりと決めてはいないんだよな。ケイティはかえって使わないと設備が痛むから泊まってくれって言ってたけど・・・ほんとうにいいのか?」
「ああ、こっちは大歓迎さ。」
「そうか・・・。それじゃウィローの体調次第だから、とりあえず部屋は確保していてくれるかな。」
カインの頼みに宿屋の主人は笑顔でうなずいた。
「よっしゃ。どうせ空いてるんだからそのままとっておくよ。タルシスの旦那のところに行くなら、よろしく言っておいてくれよ。」
私達は宿屋を出て、タルシスさんのところに向かった。
「カーナ達静かだったね。」
「・・・そうだな・・・。」
カインの返事は少し沈んでいる。明日海鳴りの祠に着けば、この問題にも決着をつけなければならない。さっきのステラの泣き顔が浮かんだ。カインの返事を聞いたあと、ステラはどうするんだろう。カインを思い続けるのだろうか、それともきっぱりとあきらめて別な誰かを捜すんだろうか。・・・そのほうがいい。決して振り向いてくれない相手を思い続けるなんて、悲しすぎる。エミーだってそうだ。私のことなんて早く忘れてくれたらいいのに。どんなにエミーが私に思いをぶつけてきても、私がエミーに心を移すことはあり得ない。私は・・・もうウィローと出会ってしまったのだから・・・。
|