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「あんたら・・・生きてたんだな・・・。」
 
 両手でカインと私の肩をかわるがわるバンバンと叩きながら、セディンさんはぼろぼろと涙をこぼした。
 
「聖戦の噂が・・・ナイト輝石の廃液が原因でモンスター達が怒ってたんだって・・・町の噂になっていたんだ・・・。その廃液は止まったらしいけど、何でもハース城の統括者が謀反を起こしたとか何とか・・・。でも王宮からは、何の説明も発表もない・・・。でもハース城はモンスターに占拠されたって・・・。だから南大陸は危険だからって・・・。ずっと心配してたんだ。こうして無事に帰ってきてくれて・・・嬉しいよ。こんな嬉しいことはないよ。」
 
 ハース城の出来事は、どうやら町の中にも噂として流れているらしい。しかもかなりいい加減な内容だ。あの頃南大陸を歩いていた商人達が流したとも考えられるが、どうにも腑に落ちない。
 
「だが・・・剣士団は解散になっちまったんだろう?一体どういうことなんだ?代りに王宮にはなにやら怪しげな衛兵達が出入りしているし・・・。何でも王女直属の軍隊だって言う話なんだが・・・。俺は気にいらねぇよ。目つきは悪いし、言葉遣いも悪い。たまに町に出てきたと思ったら肩をいからせて練り歩くだけで、警備もなんにもしてくれるわけじゃない。まったく・・・何であんな奴らをフロリア様はお側に置いたりなさるんだろうなぁ・・・。」
 
「・・・・・・・。」
 
 返す言葉が見つからず黙り込んだ私達を見て、セディンさんはハッとして口をつぐんだ。
 
「あ、すまんすまん。こんなことあんたらに言っても仕方ないよな。とにかく座ってくれよ。おーい、お茶くれないか?」
 
 セディンさんが奥に向かって声をかけると、シャロンが顔を出した。
 
「あ、けんしのおにいちゃんたちだ!おかえりなさい!」
 
 シャロンは笑顔でぺこりと頭を下げてすぐに奥に引っ込むと、程なくして人数分のお茶を持って現れた。自分の顔の3倍くらいありそうなトレイを持って、ゆっくり歩いてくる。お茶を受け取りながらセディンさんがシャロンに尋ねた。
 
「シャロン、母さんはどうした?」
 
「いまフローラのおむつかえてるよ。」
 
「そうか・・・。それじゃこのお茶はお前が淹れたのか?」
 
「うん。ずっとかあさんにおしえてもらっていたもん。シャロンひとりだってできるんだよ。」
 
 シャロンは得意げに胸を反らしてみせる。
 
「おいしい・・・。」
 
 ウィローが小さな声で言ったが、そのつぶやきはシャロンの耳に届いた。
 
「ほんと?おいしい?」
 
 シャロンは目を輝かせている。
 
「ええ、おいしいわよ。シャロンちゃんていうのね。お茶淹れるの上手ね。」
 
「へへ・・・うれしいな・・・。ねえおねえちゃん、おねえちゃんはけんしのおにいちゃんたちのおともだちなの?」
 
「そうよ。お友達なの。」
 
「ふ〜ん・・・こいびとじゃないの?」
 
「こ、こらシャロン!お前はまだ子供のくせになんてことを・・・!」
 
「シャロン9さいだもん!9さいになったらひとつおとなになるって、とうさんいってたじゃない!」
 
「い、いや、それはその、子供の中でも少しだけ大人に・・・。」
 
 セディンさんは焦りまくっている。そう言えば初めてこの店に来た時に、9歳になったらひとつ大人になるのだと、うれしそうに言ってたっけ。シャロンはウィローの顔を見て、それからカインと私に視線を移し、なぜかニッと笑った。
 
「でもこいびとってふたりはだめなのよね。おねえちゃんのこいびとはねぇ・・・。」
 
 どうやらシャロンは、カインと私のどちらかがウィローの『こいびと』なのか当てようとしているらしい。ウィローがクスリと笑ってシャロンの頭をなでた。
 
「シャロンちゃん、おねえちゃんはね、カインとクロービスの仲間なの。恋人とかそう言うんじゃないのよ。」
 
 いつもなら私だってシャロンにそう説明すると思うが、なんだかこの時の私にはとても突き刺さる言葉だった。
 
「なかま?」
 
 シャロンはきょとんとしてウィローを見上げている。
 
「そうよ、仲間なの。」
 
「ふぅ〜ん・・・ねえそうなの?」
 
 シャロンは今度は私達に視線を向けた。心なしか残念そうに見える。
 
「そうそう。このおねえちゃんはな、俺達の仲間なんだよ。」
 
 カインは言いながら私を横目で見たが、私は黙っていた。ウィローの前でその言葉を肯定したくないような気もしたし、でも否定すればシャロンは納得しない。「どうして」を連発してまとわりついてくるに違いない。
 
「なぁ〜んだ。」
 
 シャロンはがっかりしたように大げさなため息をつくと、セディンさんの隣にちょこんと腰掛けた。
 
「まったく・・・何言い出すかわかったもんじゃない・・・。」
 
 セディンさんはシャロンを横目で見ながら、額の汗をごしごしとぬぐった。
 
「ところで、俺もこっちの女の子のことは初めて見るが・・・よかったら紹介してくれないか?」
 
 私はウィローを簡単にセディンさんに紹介した。彼女の父親がハース鉱山の統括者だったと聞いてセディンさんは少し顔をこわばらせたが、町の噂が事実無根であること、むしろデールさんは被害者であることを説明すると、セディンさんはわかってくれたようだった。
 
「そう言うことだったのか・・・。あんたも大変だったんだな・・・。」
 
 セディンさんは優しい笑顔をウィローに向けた。ウィローの瞳に涙がにじむ。
 
「でも変な話だな・・・。何で王宮はそのあたりのことをちゃんと説明しないんだろう・・・。」
 
「・・・・・・・・。」
 
「ま、俺のような一般庶民には、王様の考えなんてわかるわけないからな。とにかく今はあんた達のことだ。何か足りないものはないのかい?行く前にちゃんと準備して行かなくちゃな。」
 
 カナでだいたいのものはそろえてあったが、それでも食料は足りなくなっている。このあと向かう場所が剣士団の宿舎ではなく海鳴りの祠だということを考えれば、下着類も準備しておいたほうが良さそうだと言うことで、シャツや携帯用の食料などを少し多めに買い込んだ。
 
「もう少し食料は準備したいなぁ。」
 
 買い込んだ品物を見ながらカインがつぶやく。セディンさんの店においてある食料はあくまでも携帯用、つまり日持ちのするものだけだ。当分は遠出することもなさそうなので、生ものも手に入れたかった。
 
「うちは生ものはおいてないからなぁ。あ、そうだ。大通りの真ん中にある『我が故郷亭』によってみちゃどうだい?あそこは生ものとかも売ってくれると思うぜ。」
 
「でもあそこは宿酒場だから・・・出来れば王国軍の兵士とは顔を合わせたくないからなぁ。」
 
「ははは、心配いらないよ。あの店は兵士どもを全部閉め出したからな。威張りくさって飲み食いして他の客にちょっかいを出すもんだから、あの店の親父が怒ったらしいよ。」
 
 不安げに頭をかくカインに、セディンさんが笑顔で応える。
 
「へえ、あのマスターらしいな・・・。」
 
「あんたはあの親父を知ってるのか?」
 
「俺は小さい頃からあの店の使いっ走りをしていたんだ。子供が金を稼げる場所なんてそうはなかったからな。」
 
「へぇ・・・。それじゃあの親父が言っていた王国剣士ってのはあんたのことかな。」
 
「マスターが言っていた王国剣士?」
 
「そうだよ。この間あの店に品物を納めに行った時に聞いたんだ。なんでも昔あの店で働いていた若い者が王国剣士を目指していたんだそうだ。きっと今頃その若い奴は立派な王国剣士になっているだろうから、そいつが必ずフロリア様の目を覚まさせてくれるって、そんな話をしていたよ。俺もそう願いたいもんだが、それがあんただってんなら、期待が持てそうだな。」
 
「・・・それってカイン以外にいないよね?」
 
「うん・・・だと思う。俺の他にあの店で働いている若い奴って言えばラドぐらいだしな・・・。王国剣士になってからはずっと忙しくて・・・全然顔を出していなかったんだ・・・。」
 
 カインが懐かしそうな笑みを浮かべた。
 
「それなら早速顔を出そうよ。私もあの店には王国に出てきた時に一度泊まっただけだけど、久しぶりに行ってみたいな。」
 
「仕事ではなかなか宿酒場には出入り出来なかったからな。」
 
「夜は訓練ばかりだったしね。それじゃ行こう。」
 
 次の目的地が決まったところで私達は腰を上げた。
 
「それじゃ、また来ます。セディンさん、剣士団を信じてくれて・・・ありがとう。」
 
「ああ。待ってるよ。頑張れよ!」
 
「おにいちゃんたち、またきてね!」
 
 セディンさんとシャロンは笑顔で私達を送り出してくれた。
 
 セディンさんの店の裏口から出た私達は大通りを窺った。『我が故郷亭』は大通りのど真ん中にある。あの店の裏口から入るという手もあるが、その裏口のある通りに行くにも一度は大通りに出るしかない。
 
「・・・あの衛兵達はいないようだな・・・。」
 
「あんまり町中に出るなって言われてたみたいだから、めったにこのあたりには来ないのかもね。」
 
「来るとすれば夜、飲みに出てくる時だけか。ここは歓楽街もすぐ近くだからな。夜来たほうが危険かも知れない。・・・行くぞ。出来るだけさりげないふうで歩こう。」
 
 裏通りからそっと出て、やがて見えてきた『我が故郷亭』の扉を開けた。中を見回したが衛兵達の姿は見えない。最も客もほとんどいなかった。カウンターの奥にマスターの姿が見える。グラスを拭いていたようだが、何となく上の空のように見えた。
 
「いらっしゃい!席なら空いてるよ。どこにでも座ってくれ・・・冷やかしか!?」
 
「違うよ。マスター、久しぶり。」
 
 カインがカウンターに近づき声をかけると、マスターは眼を大きく見開き、まじまじとカインの顔を見つめていたが、
 
「おおーーー!カインじゃないか!いやぁ、見違えたなぁ・・・。随分とまた立派になったもんだ・・・。どうしてたんだよ、今まで。お前は・・・王国剣士になったんだよな・・・?」
 
「うん・・・。ここに挨拶をしに来た日に無事に試験を突破することが出来たよ。いままで忙しくてなかなか来れなかったんだ。店は・・・ずいぶんと暇みたいだな・・・。」
 
「全くだ。だがな、あの衛兵達を店に入れるくらいなら、このまま店がつぶれちまった方がまだましってもんだ!」
 
 マスターは怒ったように言い捨てると黙り込んだが、ふとカインの後ろにいた私に目をとめ、じっと見つめている。どこかで見たような顔だとでも思っているらしい。
 
「こんにちは。マスター、私のことは憶えていないかな。半年以上も前に一晩世話になっただけだからね。」
 
「やっぱりそうか!あの時のにいさんだ。いや、忘れてたわけじゃないよ。俺は一度でも店に来てくれた客の顔は絶対に忘れないぜ。ただな・・・にいさんの雰囲気があんまり変わっちまってたから・・・声をかけるのをためらっちまったのさ。」
 
「最近みんなに言われるんだけど・・・そんなに驚くほど変わったのかなぁ・・・。」
 
 私は首を傾げた。
 
「そうだなぁ・・・。少なくとも、女を世話してやろうって言われて真っ赤っかになってた、あの時の・・・何て言うか幼さみたいなのは残ってないなぁ・・・。」
 
「へぇ・・・。お前マスターに女の世話までしてもらったのか。」
 
 カインがからかうように私を肘で突っついた。
 
「女の世話・・・?」
 
 ウィローが冷たい視線を私に向ける。それでなくてもさっきから口もきいてもらえないのに・・・。
 
「ちょ、ちょっとマスター、誤解されるようなこと言わないでよ。」
 
 自分の顔が火が出そうなほど赤くなっているのが判ったが、私は必死で否定した。それを見ていたマスターとカインが同時に笑い出した。
 
「ばっかだなぁ。ウィロー、こいつがそんなこと出来るような奴じゃないことくらい判ってるじゃないか。若い客をからかって遊ぶのがマスターの悪い癖なのさ。」
 
「あら・・・。そ、そうなの・・・。」
 
 ウィローはそれきり黙ってしまった。
 
「私は・・・そんなことしないよ・・・。」
 
 私もそう言うのが精一杯だった。ぎこちない会話に、カインがため息をつく。そして私の耳元に口を寄せ、
 
(いつまですねてるんだよ・・・。)
 
 明らかにカインもあきれている。でも何となく引っ込みがつかなくて、私からウィローに明るく声をかけると言うことが出来ないでいた。
 
「ほお・・・こちらのお嬢さんはこのにいさんのいい人か・・・。俺はてっきりカインのこれかと思ってたんだが・・・。」
 
 マスターはそう言うと、カインの目の前に小指をたてて見せ、にやりと笑った。
 
「ばか言わないでくれよ。彼女は、こいつ、クロービスの・・・まあその仲良しのお友達というか・・・。」
 
 妙な表現のしかただが、カインもいまの状態ではこんな言い方しかできないんだろう。
 
「はっはっは!仲良しのお友達か。ま、とにかく座ってくれよ。飯を食うくらいの時間はあるんだろう?」
 
「そうだな・・・。大丈夫だよ。」
 
「よし。それじゃ久しぶりの再会を祝って、俺のおごりだ。ちょっと待っててくれ。すぐに出来るからな。」
 
 マスターはにこにこしながらカウンターの向こうに入ってゆき、私達はカウンターのすぐ前のテーブルに座った。マスターが相変わらずの手際の良さで3人分の食事を作っていくのがここからも見える。
 
「そんなに変わったのかな・・・。」
 
 みんなが驚くほど、私はそんなに変わったのだろうか。大人になれているのだろうか。ちょっとからかわれただけで、赤くなったり青くなったり、自分としては全然進歩していないように思えるのだが・・・。
 
「どうなのかなぁ。毎日見てるとわからないな・・・。でも言われてみれば、初めて会った時よりは変わってる気はするけど・・・。」
 
「初めて会った時か・・・。いま思うとなんだか懐かしいね。」
 
「そうだなぁ・・・。」
 
 カインはテーブルに頬杖をついたまま、ふふっと笑った。
 
「ここに最後に来たのは採用試験を受ける前?」
 
「そうだよ。これから試験を受けに行くって挨拶しに来たんだ。ここのマスターとラドにはずいぶん世話になったからな。・・・でもそのあとは全然来れなくて・・・。もっと来たかったんだけどな・・・。俺ってさ、お前が入団するまではずっと一人だったから、大抵誰かしらのコンビと一緒に行動してたんだよな。だから自分であちこち好きな場所を歩き回るわけにもいかなくてさ。お前と組んでからは大抵城壁の外歩いていたし、たまに町の中歩いていた時は、いつもここ素通りしてセディンさんのところに行ったりしていたしな。」
 
「しかたないよ。宿酒場に勤務中に入る機会なんてなかなかないし、非番の日はいつも訓練場にいたしね。」
 
「そうだよなぁ・・・。本当なら今まで色々世話になった人達に、お礼を言ってまわらなくちゃならないんだよな。おかげで俺は王国剣士になれましたってな。」
 
「平和になったら・・・きっと言えるよ。剣士団が王宮に戻ったら、カインはまず挨拶回りだね。今まで顔も出さずにすみませんでしたってさ。」
 
「ははは。そうだな・・・。その時はお前もつきあってくれよ。」
 
「もちろんつきあうよ。どうせ君が挨拶回りに出ている間は、私だって一人で仕事には出掛けられないしね。」
 
 カインと私は顔を見合わせて笑い出した。本当にそんな日が来るだろうか・・・。いや、来るように頑張らなくてはならないんだ・・・。やがてマスターが食事を運んできてくれた。マスターが二人分、そのあとからラドが一人分持ってきた。
 
「ラド・・・久しぶりだな。」
 
「カイン・・・お前もな。立派になったな・・・。」
 
「マスターやお前のおかげだよ。」
 
 ラドは私のほうに視線を移すと、
 
「お客さんは・・・前にうちに来てくれた人だよな?」
 
「そうだよ。あの時はお世話になったね。」
 
「へえ・・・。あんたも見違えたな。あの時は武装している割に何だかおとなしそうで、この町でこれからやっていけるのかな、なんて心配したけど、今はその時の面影はないな。堂々としたものだよ。あんたも王国剣士になったんだな。」
 
「うん。ここに泊まった次の日に試験を受けてね。」
 
「そうか・・・。王宮は今大変なことになっているみたいだけど・・・この店にはあの衛兵達は来ないんだ。マスターがみんな追い出したのさ。だからいつでも来てくれていいよ。安心して飯も食えるし、泊まりも大丈夫だよ。」
 
「ありがとう。でもゆっくりしていられないんだ。」
 
「何だよ!?一晩くらい泊まって行きゃいいじゃないか!?」
 
 マスターが残念そうに声を上げる。
 
「ごめんな、マスター。そうもしていられないんだ。剣士団が解散させられたままでは、この国はめちゃくちゃになっちまう。俺達は王国剣士としてこの国を守らなくちゃならないんだ。」
 
「そうか・・・。そうだよな。剣士団がなくなっても王国剣士達がまだいるなら、希望は残ってるんだよな・・・。」
 
「そうだよ。きっとすぐに王宮は元に戻るよ。そうすれば剣士団も復活して、前みたいに住みやすい町になるから、少し辛抱していてくれよ。」
 
「わかったよ。カイン、それからクロービスだったな、あんたらもがんばってくれよ。早いとこフロリア様の目を覚まさせてやってくれ!」
 
 私達は名残惜しそうなマスターとラドに礼を言い『我が故郷亭』をあとにした。
 
「次はどこだ?もう海鳴りの祠に向かうか?」
 
「出来れば教会に寄りたいんだけど・・・。あそこの神父様は私の身元引受人だから。南大陸に行く時に挨拶も出来なかったから、無事に帰ってきたことだけでも報告したいんだ。」
 
「そうか。じゃ、行こう。」
 
 私達は住宅地区に向かった。教会の尖塔が見えてきた頃、カインが私に耳打ちした。
 
(せっかく教会に行くんだから、ついでに結婚式も挙げちまえばいいのに・・・。)
 
(そんなわけにはいかないよ・・・。)
 
(いいじゃないか。結婚したって使命を果たせないわけじゃなし・・・。)
 
(そういうことじゃなくて・・・今ろくに口もきいてもらえないんだよ・・・。)
 
(それもそうか・・・。それじゃさっさとあやまっちまえ・・・。)
 
(簡単に言わないでよ・・・。)
 
(お前が折れればすむんだぞ・・・。いつまでも今の調子じゃ俺だって気まずいんだよ・・・。)
 
(それは悪いと思ってるよ。でも・・・。)
 
「ここじゃない?」
 
 後ろを歩くウィローの声で私達は足を止めた。カインと私が何か自分に聞かれてはまずい内緒話をしていたのだとウィローは思っているようで、少しむすっとしている。
 
「神父様はいるかな・・・。」
 
 扉を開けると、そこは以前と何も変わっていなかった。静かな聖堂の中で神父様が祈りを捧げている。シスターのまわりには今日は子供達がたくさんいた。この教会で運営している孤児院の子供達だ。
 
「おお、あなた達は・・・。」
 
 神父様も私達の無事を喜んでくれた。
 
「ライザーから、あなたが南大陸へ旅立ったと聞いて心配していたのですよ。無事で何よりでしたね。」
 
「ご挨拶にも伺わないですみませんでした。ご心配ばかりお掛けして・・・。」
 
 神父様は微笑んで私を見たが、すぐ後ろにいるウィローに気づいた。
 
「こちらのお嬢さんは・・・?」
 
 私はウィローを神父様に紹介し、ここに彼女がいる経緯も話した。
 
「そうですか・・・。あなたもつらい経験をされたのですね・・・。でもあなたの瞳には迷いがない。ご自分の信じる道をまっすぐに突き進んでおられる・・・。今のその気持ちを大切になさい。」
 
「ありがとうございます。」
 
 ウィローは丁寧に頭を下げた。
 
「ハース城の噂は私も聞きました。自分達のエゴで廃液を垂れ流し、大地を汚した。人間は罪深い生き物です。大地からすると、いっそのこと滅んでしまった方がいいのかも知れませんね。」
 
「神父様・・・そんなことおっしゃらないでください・・・。」
 
「ああ・・・そうですね。みんな一生懸命生きている・・・。人間もモンスターも、この大地に生きるものであるなら、その命の重みに違いはありません。どちらかが滅びなければならないなどと言うことはないはずですね・・・。」
 
「そうですね・・・。」
 
「今回のハース城でのことで、王国剣士団は解散されました。剣士達は失意のまま、強制的にそれぞれの故郷に帰されたと言うことですが・・・ライザーは・・・ここではなくあの島へ帰ったのでしょうか・・・。」
 
 神父様の言葉が、シスターのまわりにいる子供達にも聞こえたらしい。中の一人が駆けだしてきて、神父様の腰にしがみついた。
 
「しんぷさま、ライザーおにいちゃんがきたの?」
 
「いえ・・・今日は来ていませんよ。」
 
 男の子はがっかりしてため息をついた。そして私に視線を向けると、
 
「けんしのおにいちゃん、ライザーおにいちゃんはこないの?」
 
「今忙しいからね。なかなか来れないんだよ。」
 
「ふ〜ん・・・つまんないなぁ。おにいちゃんにけんをおしえてもらうのたのしみなのに・・・。」
 
「あら、剣なんてどうでもいいじゃない。ライザーお兄ちゃんはいろんなお話ししてくれるもの。私はそのほうが楽しいわ。」
 
 少し年かさの女の子が口をとがらせる。
 
「ライザーは剣士団に入ってからも、定期的にここに来ては子供達の面倒を見てくれていたのですよ。でも先日あなた達が南大陸へと向かった頃からだんだんと来る間隔が空いてきて、剣士団解散の騒動以来とうとう顔を見せなくなってしまったので、子供達も寂しがって・・・。」
 
 神父様は寂しそうに肩を落とした。ライザーさんがここに来たのは10歳の時で、それから剣士団に入るまでずっとここで育ったと聞いた。ライザーさんが私の父から教わった剣術と治療術の、さらに一段上の技術を教えてくれたのは、他ならぬこの神父様だと言うことだった・・・・。多分ライザーさんは、ここに自分が来ることで神父様に迷惑がかかると思って顔を出さなかったのだろう。私はその考えを隠さず神父様に伝えた。神父様は大きく目を見開き、にっこりと微笑んだ。
 
「そうですか・・・よかった・・・。ではライザーに会ったら、気を使うことはないからいつでも顔を出してくれるように伝えてください。」
 
「わかりました。」
 
 私達は教会を後にした。
 
「そろそろ城下町を出るか・・・。今出れば東の森のキャンプ場所にはそんなに遅くならないうちにつけそうだぞ。」
 
「そうだね。行こうか。」
 
 私達は住宅地区の大通りを西に向かって歩き出した。途中、住宅地区で井戸端会議をしている女性の一団の脇を通り抜けようとした時、声をかけられた。
 
「あなた達は・・・王国剣士さんね!?」
 
「はい。何か?」
 
「聞きたいことがあったのよ!いつの間にか、剣士団は解散されて、王宮には怪しげな剣士が出入りしてるし・・・。南大陸のハース鉱山でナイト輝石の廃液が故意に流されていたって言う話じゃない!でもそれはもう止まったのよね!?間違いないわよね!?」
 
「はい。それは間違いないです・・・。」
 
 私達は、少し複雑な心境のまま答えた。
 
「ああよかったわ!つまりもうモンスター達は、攻撃してこないってことよね?噂されていた聖戦は、もう起こらないのね。」
 
「でも・・・原因がなくなったはずなのに、今もモンスター達は相変わらず狂暴だって聞くけど・・・。」
 
 別なおかみさんが不安そうにため息をつく。
 
「そうよね・・・。それに剣士団長パーシバル様は亡くなられたって聞くわ。あれほどの方を亡くして、これから王国はどうなるのかしら・・・。」
 
「パーシバル様だけじゃないわ。エルバール中興の祖である大臣ケルナー様も少し前に亡くなられたし・・・。王国の功労者が次々に死んでいって、今では、王宮はフロリア様の独裁状態ね。」
 
「ちょっと、滅多なこというものじゃないわよ!」
 
「あら、あなただってそう言っていたじゃないの!?」
 
「でもまだレイナック様がおられるわ。神官でもある大臣レイナック様は、大変強い法力を持っておられるそうよ。この際その法力であの胡散臭い衛兵達をやっつけてくれないかしら。」
 
「物騒なこと言わないでよ。それに・・・レイナック様お一人ではどうかしらねぇ・・・。最近、確かにフロリア様のなされようはおかしい気がするけど・・・唯一フロリア様に意見を言えるはずのレイナック様も、最近おとなしいらしいのよね。何か弱みでも握られているのかも知れないわよ。でなければ、あんな怪しげな衛兵達が王宮に出入りするのを、あの方が見過ごされるはずがないわ。」
 
「確かにねぇ、最近・・王宮の雰囲気がとても悪いわよねぇ。あの怖い衛兵達、何とかしてほしいわまったく。」
 
「あ、あの・・・私達は失礼します・・・。」
 
 おかみさん達は、私達を呼び止めたことなどすっかり忘れたように、話に夢中になっている。いつまでもつきあっているわけにはいかない。
 
「あら、ごめんなさいね。でもやっぱり王国剣士よね。あなた達は紳士だわ。つきあってくれてありがとう。あなた達、負けちゃ駄目よ!応援してるからね。」
 
 私達はその場を離れ、西門へと向かった。
 
「やっぱり・・・剣士団の解散はフロリア様の独断か・・・。」
 
 カインがちいさな声でつぶやく。
 
「そのようだね・・・。」
 
 カインの心はすっかり打ちひしがれている。カインは・・・フロリア様は自分の願いを聞き届けて南大陸へと行かせてくれたと信じていた。そして出発の日、私達の手を握りしめ、無事で帰ってきてくれと涙を流していたフロリア様の言葉も、心から信じていたはずだ。そして何としても無事に任務を終えて、ここに帰ってくるはずだった。そしてその時に、小さな時のお礼を言うはずだったのだ・・・。なのにいつの間にか、ハース城での出来事はすべて私達の裏切り行為によるものと言うことになってしまっている。私達が南大陸へと旅立ってから今日ここに帰ってくるのでの間、ほんの二ヶ月程度の間に、なぜ、フロリア様はそれほど豹変してしまわれたのだろうか・・・。
 
「とにかく行こう。出来ればオシニスさん達に追いつきたいしね。」
 
「そうだな・・・。」
 
 私達は足を速め、ローランへと抜ける森へ入った。辺りはもう薄暗い。そしてモンスター達は狂暴になっている。私達が洞窟にたどり着いたのは、もうすっかり暗くなってからのことだった。洞窟の前ではもうオシニスさん達がキャンプを張っていた。
 
「遅かったな。」
 
「ええ・・・井戸端会議のおかみさん達につかまってしまって。」
 
「ははは、それは災難だったな。でもけっこう色々な話が聞けたんじゃないのか?」
 
「そうですね。町の噂とか・・・。」
 
「町の噂はハース城のことでもちきりだ。まったく・・・何でこんなに早く噂が広まるのか不思議だよ・・・。まるで誰かが故意に流しているみたいだ。」
 
 オシニスさんは、忌々しそうに舌打ちをする。
 
「とりあえず、ここで会えたんだから食事でもしないか。君達は?もうすませた?」
 
「いえ、それじゃ手伝います。」
 
「あ、それじゃ私も手伝います。」
 
 私達はライザーさんの隣に座り、食事の支度を手伝い始めた。
 
「君とこうして一緒に食事の支度するのも・・・久しぶりだね。」
 
「そうですね・・・。」
 
「・・・ハース鉱山に向かった王国剣士がモンスターに襲われてみんな死んだと聞いた時、僕達は・・・すぐにでもハース城に向かいたかった・・・。僕達が二度と戻れないのを覚悟でロコの橋を強行突破しかねないと考えた副団長が、フロリア様に掛け合ってくれたけど・・・許可しないの一点張りで・・・。だから、今こうして君と向かい合っていられるのが・・・嬉しいよ・・・。」
 
 ライザーさんの瞳から涙が落ちる。そして慌てて袖で涙を拭うと、また食事の支度を続けた。
 
「さっき教会に行って来ました。」
 
「・・・神父様はお元気だった?」
 
「はい。気を使わないで顔を出してくれと・・・。」
 
「そうか・・・。」
 
「子供達もライザーさんに会いたがっていましたよ・・・。剣を教えてもらうんだとか、話を聞かせてもらうんだって・・・。」
 
「ルイスとファラかな・・・。あの子達にも会いたいな・・・。」
 
「きっと会えます・・・。またすぐに・・・。」
 
「そうだね・・・。そうならなくちゃね・・・。」
 
 私達が初めてクロンファンラに向かった日、南地方でオシニスさん達と出会い、クロンファンラまで一緒に歩いたあの日・・・。もう一ヶ月以上前のことだ。その時のように、私達は一緒に食事をした。ただひとつ、その時と違っていたのは、私の隣にウィローがいることだった。でもそのウィローはさっきから私と目を合わせてくれない。カインの言うように私が折れればいいのはわかっている。でもどうしても素直になれずにいた。
 
「うまいな、このスープ。」
 
「それはウィローが味つけしたんだよ。」
 
 ライザーさんが笑顔で答える。
 
「へぇ。料理がうまいんだな。あ、勘違いするなよ。ライザーとクロービスがへただなんて言わないぞ。そんなこと言って作ってもらえなくなると困るしな。」
 
 オシニスさんは肩をすくめた。
 
「そんなことは思わないよ。僕だってウィローの作った料理はおいしいと思うよ。」
 
 ライザーさんはくすくすと笑っている。
 
「あ、ありがとうございます。」
 
 ウィローが赤くなって頭を下げた。やがて食事を終えて一息ついた後も、相変わらずウィローは私と目を合わせてくれない。並んで座っているのも気まずくて、私は食器を洗おうと腰を上げた。
 
「もう少し休んでからでもいいよ。僕も一緒に行くから。」
 
「いえ・・・そんなに数もないし、一人で大丈夫です。」
 
 キャンプ場所の少し奥には川が流れている。そのほとりで水をくみ食器を洗おうとした時、カインがやってきて隣に腰を下ろした。
 
「手伝うよ。俺だって食器洗いくらいは出来るからな。」
 
「いいよ。一人でも出来るから。」
 
 そんなに数が多いわけではない。二人でかかればすぐに終わってしまう。出来るだけ時間を稼いでウィローの隣に戻るのを遅らせたかったのだが、そんなことはカインにはお見通しだったらしい。
 
「いい加減素直になれよ。いつまでへそを曲げているつもりだ?俺だけじゃない、オシニスさんとライザーさんだって気まずそうだったぞ。」
 
「・・・・・・・・。」
 
−−・・・・・・!−−
 
「・・・ん・・・?」
 
「今何か聞こえたね?」
 
「お前にも聞こえたか・・・。となると空耳ではなさそうだな・・・。」
 
「森の中から聞こえる・・・。」
 
 ローランの東の森は広大だ。その中で我々人間が足を踏み入れる場所は限られている。森の中を東から西へ通じる街道と、このキャンプ場所だ。それ以外は人間ではなく、けもの達の領域となる。だから私達は用もないのに森の奥に踏み込んだりすることはないし、そこにモンスターがいることが確認出来たとしても、こちらに害をなさない限り攻撃を仕掛けることはない。だが今聞こえたのは、人の声のようだった。話し声なのか叫び声なのかまでは小さすぎて判別出来ない。
 
「誰か中に迷い込んだのかな・・・。」
 
 カインが腰の剣に手をかけながらつぶやく。
 
「でもたまに力試しだとか言って斬り込んでいく人もいるよね。」
 
「モンスターがこれほど狂暴になってる今でもそう言うバカな奴はいるのかな・・・。」
 
 そういう『バカな奴』の何人かを危ういところで助けたことが何度もある。安物の剣と防具を身につけて、用もないのに森の奥深くまで入り込み、モンスターに襲われて瀕死の重傷を負った人達だ。そのほとんどは城下町やローランに住む『冒険家』志望の若者達である。中にはまだ13〜4歳の子供までいた。その時は涙を流して私達に感謝するのだが、そういう人達はまた同じことを繰り返す傾向にある。
 
「いないことを祈りたいけど・・・とりあえず声の正体を見極めなくちゃね。」
 
 私も立ち上がり剣に手をかけた。だがなかなか声は近づいてこない。いや、実際にはちゃんと近づいてきていたのだが、正体がわからないという不安から、その時間がとても長く感じられただけなのかも知れない。
 
−−早く!−−
 
−−待ってよ!そんなに走れない!−−
 
−−でも見つかったら・・・−−
 
−−ここまでは来ないだろう−−
 
−−とにかくキャンプ場所まで行けば・・・−−
 
 声がはっきりしてくると同時に、森の闇の中にたいまつの明かりらしきものが見えるようになった。
 
「女の声もするよな・・・。」
 
「やっぱり誰かに追われてるんだね。」
 
「あの衛兵達がどこかの女にちょっかい出したのか・・・。」
 
「・・・かも知れない・・・。」
 
「しかしあのたいまつを持ってるのが誰だか知らないが・・・さっさとこっちに来てくれればなあ・・・。」
 
 カインは目をこらしてチラチラと動くたいまつの明かりをみているが、その明かりはあっちこっちにふらふらとしているようにしか見えず、まわりがこの闇では果たしてどの程度まで近づいてきているのかもわからない。
 
「くそっ・・・下手に踏み込んで寝ているモンスターを刺激したりするのもまずいし・・・。」
 
「でもここに来るまでずっとあの調子でウロウロしていたんだとしたら、もしかしたらあの人達の後ろにはモンスターが怒ってぞろぞろ・・・。」
 
「・・・いやなこと言うなよ。こんな闇の中で怒ったモンスターの大群を相手にするなんて考えたくもないぞ・・・。」
 
「それはそうなんだけどね・・・。」
 
 我ながら縁起でもないことを言ったものだと自分にあきれつつ、私は聞こえてくる話し声の他にモンスターの怒りに満ちた感情が受け取れないものかと、心の中も研ぎ澄ませていた。だが、不思議なことにまったくと言っていいほど感じ取れない。その代わりに、声の主達のものらしい怯えや焦り、不安などの感情が感じ取れた。彼らは何者で、いったいなぜこんな場所に迷い込んだのだろう。
 
「・・・あれ・・・?」
 
 カインが不意に声を出した。
 
「なに?」
 
「この声・・・どこかで聞いたような・・・。」
 
「・・・え・・・?」
 
 私は改めて耳を澄ませてみた。さっきよりずっとはっきりと聞こえるようになったその声は、確かに聞き覚えのある声だった。男性の声もそうだし、女性の声も・・・
 
「まさか・・・・。」
 
「この声は・・・。」
 
「クロービス、俺はオシニスさん達に報告してくる。すぐ来るからお前はたいまつを作ってくれ!」
 
「わかった!」
 
 カインと私は多分ほとんど同時に声の主が誰だかわかった。むろん全員ではないが、おそらく3人はいるであろう男性達の声はほぼ特定出来た。女性の声はもしかしたらとは思うものの、確信が持てない。私は川のほとりに起きっぱなしの食器類を踏まないように脇にどけて、落ちている薪を何本か集めて急ごしらえのたいまつを作った。そこにカインが焚き火の中から取りだした薪を掲げて現れた。
 
「これで火をつけて・・・よし、これを振って合図しよう。うまく見つけてくれればいいんだけど・・・。」
 
 パッと燃え上がったたいまつを見つめて、カインがため息をついた。
 
「私達が南地方に迷い込んだ時は幽霊に間違われたけど・・・今回も同じようなこと言うかなぁ。」
 
「今回は完全に死んだって言われてるんだからな。腰を抜かしてたいまつを放り出したりされないようにだけ気をつけないとな・・・。」
 
 カインはクスリと笑ってたいまつを高く掲げて振り回した。
 
「お〜い!キャンプ場所はこっちだ〜!」
 
 闇の中でウロウロしていたたいまつがぴたりと止まるのがわかった。そしてすぐに大きく円を描くように動き出した。
 
「わかったみたいだな。」
 
 カインは言いながらたいまつをまわし続ける。闇の中のたいまつは今度は確実にこちらに向かって近づいてきた。
 
「どうだ?気づいてくれたか?」
 
 声に振り向くと、オシニスさんとライザーさんが立っている。その後ろにはウィローもいた。
 
「大丈夫みたいです。でもなんだってまた、こんなところに迷い込んだんでしょう・・・。」
 
「あいつらはパティを王宮から連れ出しに行ったんだ。」
 
「パティを?3人でですか?」
 
「ああ。パティ達のように王宮の仕事をしている連中は、クビになったわけじゃないから普通に仕事していたんだが、何日か前から家に帰ってこなくなっちまったんだよ。たぶんあの衛兵達に閉じこめられているんだろうから助けに行くのを手伝ってくれって頼まれて、本当は俺とライザーも行こうかと思ったんだ。でもあんまり大勢で行って殴り込みと勘違いされても困るからな。あいつらに任せたのさ。」
 
「そうですか・・・。」
 
 やはり聞こえてきた女性の声はパティか・・・。明るくてよく通る声・・・。毎日王宮のロビーで聞いていたその声を、忘れるはずがない。
 
「まったく・・・こんなことさえなければ、ランドの奴は今頃住宅地区の新居に移ってパティといちゃついていられたんだがなぁ・・・。」
 
「・・・え・・・?」
 
 言葉の意味が理解出来ずに尋ね返した私を、オシニスさんは怪訝そうに見つめ返した。
 
「えって・・・。あれ?お前らは聞いてなかったのか・・・?」
 
「・・・何をですか・・・?」
 
「ランドとパティは、お前らが帰ってきたら結婚式を挙げる予定だったんだぞ?」
 
「ええーーー!?」
 
 私だけでなくカインまでも大声を上げた。
 
「ランドの奴、この二人にはわざと黙っていたみたいだよ。帰ってきた時にびっくりした顔を見るのが楽しみだって言っていたからね。」
 
「ははは・・・あいつの考えそうなこった。式なんぞ後回しでもいいから、さっさと引っ越しだけでもすませちまえばよかったんだよな。そうすりゃこんな苦労はしなくてもよかったのになぁ。」
 
「そんなわけにはいかないさ。向こうのご両親の手前もあるだろうし。ちゃんとした手順は踏まないとね。」
 
「まあなぁ・・・。なんと言ってもパティの親父さんは、あのカタブツエヴァンズだからなぁ・・・。」
 
「エヴァンズ・・・って、文書管理官のエヴァンズ殿ですか!?」
 
 カインが驚いて聞き返した。
 
「なんだ、知らなかったのか?パティはあの歴代管理官の中でも1,2を争うカタブツと噂の高い、エヴァンズ管理官の娘なんだよ。」
 
「そ、それじゃ・・・」
 
 カインが何か聞こうと口を開きかけたが、私達のすぐ前の闇が派手にガサガサと音をたてて遮られた。
 
「やった!ほらほら、ちゃんとキャンプ場所に出たぞ。やっぱりさっき聞こえたカインの声は空耳なんかじゃなかったんだ。きっとカインとクロービスが天国から見守っていてくれたんだよ。」
 
 たいまつを掲げて闇から飛び出してきたのはキャラハンさんだった。どうやら今回私達は、ちゃんと天国に行けたことになっているらしい。
 
「天国じゃなくてここで見守ってたんですけどね・・・。」
 
 カインが笑いながら言い返す。
 
「・・・へ・・・?」
 
 キャラハンさんはきょとんとしてカインを見つめている。今自分の目の前で何が起きているのか、さっぱり理解出来ないといった表情だ。
 
「お、おい、ハリー・・・。僕・・・走りすぎておかしくなったのかな。僕の目の前にカ・・・カ、カ、カ・・・」
 
 多分「カインが」と言いたいのだろうが、キャラハンさんは歯の根も合わないほど震えていて、言葉がちゃんと出てこない。
 
「カ、カ、カインが・・・いるように・・・み、み、みみ見えるぞ・・・。」
 
「い、いや、キャラハン、俺にも見える・・・。もしかして・・・俺達はもう天国に片足を踏みこんじまったってことか・・・!?」
 
 キャラハンさんに続いて茂みから出てきたハリーさんも青ざめて震えている。
 
「違いますよ。ほら、ちゃんと生きてますって。」
 
 カインはパンパンと自分の鎧の胸当てを叩いてみせるが、ハリーさん達の反応は鈍い。
 
「おい!どうした!?」
 
 闇の中から別な声がして、ランドさんがぬっと姿を現した。ランドさんの右側にはパティが立っていて、パティはランドさんにしがみつき、ランドさんはパティの腰にしっかりと腕をまわしている。そして二人とも私達の顔を見て呆然と立ちつくした。
 
「カイン・・・・。」
 
「クロービスも・・・いるわ・・・。これは夢なの・・・?それとも本当に、私達が天国にいるの・・・?」
 
 カインは空いている方の手でパティの頬をつついた。
 
「ほら、ちゃんと生きてるよ。これでも信じてもらえないなら、今度はつねってやろうか?」
 
「本当に・・・生きてるのか・・・・?」
 
 ランドさんがおそるおそる尋ねる。たいまつの明かりの中でもはっきりとわかるほど、顔をこわばらせていた。
 
「生きてますよ・・・。ご心配かけてすみませんでした。ちゃんと生きて戻ってきました。ほら。」
 
 私はランドさんに手を伸ばし、パティをしっかりと抱きしめている左手に触れた。
 
「温かい・・・。てことは・・・ここにいるのは本物の、カインとクロービスなんだな!?」
 
 ランドさんの声が涙声になる。と、その時、
 
「クロービスですって!?」
 
不意に闇の中から別な女性の声が聞こえた。ハリーさん達コンビとランドさんとパティで全員だと思っていた私達は飛び上がりそうなほど驚いた。この声は・・・。
 
「クロービス!やっぱり帰ってきたのね!?生きているのね!?」
 
 叫びながら茂みから飛び出して来て私に抱きついたのは、エミーだった。

第34章へ続く

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