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 私は、同じ質問を剣士団長にされた時答えたのと、同じ答を繰り返した。
 
「やっぱりな・・・。それならそれでいいんじゃないか。団長の判断は正しいと俺は思うよ。どうせお前は副団長にも話すつもりだと思うから言っておくが、きっと同じ答が返ってくるだろうな。ライザー、お前はどう思う?」
 
「言うまでもないさ。クロービス、君を知っている者なら、君がロコを喜んで殺したわけじゃないことくらい誰でも理解するよ。だからそのことでみんなに負い目や引け目を感じたりする必要はないんだ。堂々と、胸を張っていればいいんだよ。」
 
「ほらみろ。俺が言ったとおりだろ?みんなちゃんとわかってくれるって。」
 
 カインがにやりと笑ってみせる。
 
「・・・私はわからなかったわ・・・。」
 
 ウィローが小さくつぶやいた。
 
「ウィロー・・・。」
 
「・・・私だけだわ・・・。怒って叩いたりして・・・。あなたのこと・・私だけがちゃんとわかっていなかったのね・・・。」
 
「いいんだよそんなこと・・・。あの時はまだ、知り合って間もなかったし、それにそのあとちゃんとわかってくれたじゃないか。」
 
「・・・・・・・。」
 
 あの時ウィローに叩かれたことなど、私はすっかり忘れていた。でもウィローはずっと気にしていたのだろうか。今にも泣き出しそうな顔で、上目遣いに私を見上げている。
 
「気にしないでよ。叩かれた本人がすっかり忘れていたんだから。」
 
「・・・ほんとに・・・?」
 
「ほんとだよ。だからもう本当に気にしなくていいんだよ。・・・ね・・・?」
 
 私はウィローの顔をのぞき込みながら頭をなでた。ウィローは私の瞳をじっと見つめ、にっこりと笑った。
 
「うん・・・ごめんなさい。もう気にしない。」
 
 ウィローが笑顔になってくれたのがうれしくて、私も思わず微笑んでいた。
 
「ん・・ゴホン!」
 
 オシニスさんが咳払いをするまで、私は一瞬まわりに人がいることを忘れていた。咳払いが聞こえなければ、ずっとこのまま見つめ合っていたかも知れない。
 
「あ、す、すみません。ぼんやりして・・・。」
 
「ぼんやり・・・なるほどな。まあそう言うことにしておいてやるか。」
 
 オシニスさんは楽しそうに笑った。やっとこの人らしい笑顔を見ることが出来て何となく私もうれしくなった。
 
「しかし・・・、南大陸ってのはやっぱり不思議なところだな。冒険家達が向こうに惹かれる気持ちがわかるよ。」
 
「いずれは行ってみたいな・・・。いや、本当なら行かなくちゃならないんだ。南大陸には今こそ剣士団の力が必要なはずなのに・・・。」
 
 ライザーさんが悔しそうにつぶやく。
 
「まったくだ。今はディレンさんやガウディさんを信じるしかないだろう。それと、そのハース城の元衛兵達か。今の話を聞く限りでは信用出来そうだな。」
 
「多分大丈夫だと思います。」
 
「俺達の勝手な判断で放免してしまったけど、ディレンさんがあの提案をしてくれてすごく助かりました。」
 
「相変わらず大胆だよなぁ。」
 
「クロービス達の話だとだいぶ立ち直っているみたいだね。」
 
「そうだな・・・。ずっと不運続きだったんだものな・・・。」
 
「不運て・・・ディレンさんがですか・・・?」
 
「そうだよ。まあ彼の個人的なことだからあまり詳しくは言えないけど、ずっと好きだった女の人が亡くなってしまってね。がんばって立ち直ろうと思ってカナに初赴任したっていうのに、いきなり任期半ばで撤収を命じられたんだ。それでも自暴自棄にならなかったのは、とにかくカナに戻ってもう一度あの村を守りたいという強い願いがあったからだと思うよ。結局王国剣士として戻ることは出来なかったけどね・・・。」
 
「ディレンさんは・・・多分未だにカナには足を踏み入れてないと思います。村のまわりはよく歩いているみたいだけど・・・。」
 
「あの人の性格からして、のこのこカナに戻ることは出来ないって考えているんだろうな・・・。」
 
「そうかも知れないです・・・。でもガウディさんのことをすごく心配していて・・・傷がよくなったって話したら、とても喜んでいました・・・。」
 
「そうか・・・。」
 
「あの・・・ディレンさんの好きだった女性って・・・いたんですね・・・。」
 
「そりゃいるさ。片思いだったのか、それなりの関係だったのかまではわからないけどな。」
 
「・・・恋人同士だったわけじゃないんですか・・・?」
 
 尋ねてすぐ、自分がいかに立ち入った質問をしているか突然気づいた。
 
「あ、す、すみません。こんなこと聞いたらいけないですよね・・・。」
 
「俺もそこまではわからない。でもその人をディレンさんが好きだったことは確かだよ。ドーソンさんの相方だった人さ。」
 
「ドーソンさんの・・・。それじゃあの、洗面器いっぱいに血を吐いて亡くなったっていう・・・。」
 
「そうだ。亡くなったのはディレンさん達がカナに初赴任する少し前のことだ。」
 
「そうですか・・・そんなことが・・・。」
 
『女性にはとんと縁がなくてね・・・』
 
 あの時の彼の笑顔の裏にそんな悲しみがあったなんて、夢にも思わなかった・・・。
 
「・・・もういない人のことだから話したが・・・この話は剣士団の中でも知ってる人があまりいないから、他の連中には黙っててくれよ。」
 
「は、はい・・・。」
 
「でも気の合う仲間も出来たようだし、何よりだね。」
 
「その冒険家か・・・。しかしすごい偶然だよぁ。クロービスの知り合いだったとはな・・・。」
 
「私も驚きました。一緒に飲んだ時は、南大陸に行きたいけど自分の力量を過信するとろくなことにならないから考えてるんだって言ってたから、本当に向こうに渡っていたなんて・・・。」
 
「ま、その方法についてはちょっと問題ありなんだけどな。」
 
 オシニスさんが肩をすくめた。
 
「でもクロービス達が出会った大道芸人達も、雑用と芸の披露を条件に向こうへ向かう船に乗せてもらったっていうし、ロコの橋ばかり厳重に見張っていてもあんまり意味がないみたいだね。」
 
「そうだな・・・。その冒険家みたいに、ちゃんと自分の力量を考えて渡ってくれるならいいけどなあ・・・。もっとも、そいつがどの程度の腕前なのかはわからないが・・・。」
 
「でも北大陸はほとんど踏破したって言っていたそうじゃないか。しかも一人で。多分その冒険家はかなりの腕前だと思うよ。一度会ってみたいな。」
 
 ライザーさんもフリッツさんには興味を持ったらしい。
 
「平和になれば帰ってくるんだろうが、今のうちは出来るだけ長く向こうにとどまっていてほしいもんだ。ま、こっちの勝手な言い分ではあるが・・・。」
 
「確かにね・・・。でもおかしな話だな。国を守るのに、冒険者や自由戦士達をあてにしなくちゃならないなんてね。」
 
「まったくだ。おかしなこと、わからないこと、そんなことばかりだよな、最近・・・。」
 
 オシニスさんは頭を抱えてため息をついた。なんだかとても疲れているように見えた。いや、実際疲れているのだろう。よく見ればライザーさんの顔色もあまりよくない。剣士団解散から一週間・・・。体の疲れもさることながら、精神的にどれほど打ちのめされていることか・・・。
 
「今の俺が・・・『夢見る人の塔』とやらの迷路に入ったらどんな声を聞くのかな・・・。」
 
 オシニスさんが小さな声でぽつりとつぶやいた。
 
「オシニス・・・。」
 
 ライザーさんが心配そうにオシニスさんを見る。
 
「ははは・・・。こんな突飛なことを考えること自体おかしくなってるのかな・・・。」
 
 オシニスさんは顔を上げ、ライザーさんに向かって寂しげに微笑んだ。
 
「・・・たぶん・・・聞こえると思っているような声は聞こえてこないでしょうね。」
 
「思ってもみないことばかり聞こえるってわけか・・・。」
 
「・・・思ってないわけじゃないんです・・・。心の奥底で、自分でも意識していないところで考えていることが全部暴かれる・・・自分が一番見たくない心の中の闇を見せられる・・・。あの迷路はそういう場所です。そしてその意識のそこを探り出して向かい合わなければ、あの迷路は抜けられないんです・・・きっと・・・。」
 
「なるほどな・・・。」
 
 オシニスさんはもう一度大きなため息をついた。なにか・・・違う・・・。ライザーさんも疲れているのは同じだけれど、オシニスさんの表情の中には何か苦悩のようなものがうかがえた。どうしていきなりそんなことを思ったのかわからない。でもその顔を見ているうちに、さっき話の中でわざと省いた話をするつもりになっていた。私の持つ楽譜にまつわる話・・・その中にはむろんファルミア様のことも含まれる。私は隣に座るウィローの耳元に顔を寄せた。
 
(・・・ウィロー・・・君と私が持っている楽譜のこと、話していいかな・・・。)
 
 ウィローは小さくうなずいて、私の耳元に口を寄せてささやいた。
 
(いいわよ・・・このお二人には知っておいてもらった方がいいと思う・・・。)
 
 その返事を受けて反対隣のカインに振り向いた時には、カインはもうニッと笑ってうなずいていた。
 
「楽譜のことだろ?」
 
「うん・・・。」
 
「さっきは俺も迷ってたけど、やっぱり話しておくべきだよな。」
 
「楽譜?」
 
「君がサミル先生から預かった楽譜のことか?」
 
 二人が顔を上げた。
 
「はい・・・。」
 
「あの楽譜がどうかしたのか?」
 
「まさか・・・そのことで何かわかったとか・・・?」
 
 『そのこと』とはつまり私の父のことだ。ライザーさんは慎重に言葉を選んでくれている。ウィローには私が楽譜を手に入れた経緯は以前話したが、父の遺書の内容まではどうしても話せなかった。もしも今そのことで尋ねられたら、何もかも話さなくてはならないと思ったが、ウィローはどうやら『そのこと』を楽譜そのもののことだと思ったらしく、不審がる様子も見せなかった。
 
「私も・・・その楽譜と同じものを持っているんです。」
 
「君が・・・?どうして・・・。」
 
 ウィローは、カナで自分の母さんから聞いた話をオシニスさん達に話した。聞いているうちに二人の顔が青ざめていくのがわかった。
 
「ま、まさか・・・。」
 
「そんな・・・ばかなことが・・・。」
 
「あくまでも可能性です。母が聞いた父の一言以外には、何一つ証拠がないですし、その父ももういませんし・・・。」
 
「だが・・・君の親父さんの言葉が嘘とは思えないな。」
 
「父を信じてくださるのですか・・・?」
 
「正直なところ、こいつらが南大陸に行く前は信用していなかったよ。じいさんが一人でかばってたけどな。」
 
「・・・じいさん・・・?」
 
 首をかしげるウィローの耳元に、オシニスさんとレイナック殿の関係を簡単に説明した。
 
「そうですか・・・。でもレイナック様がかばわれても信じてくださらなかったのに、今はどうして・・・?」
 
「・・・じいさんの御前会議の筆頭としての地位はダテじゃない。普段いくら言いたいことを言い合っていても、あのじいさんの言うことなら俺は信じる。でもな、あの時実際に南大陸に向かうのは俺達じゃない、こいつらだったんだ。北大陸で安穏としていられる奴がいくら信じてみたところで、こいつらに降りかかる危険が少なくなる確証はどこにもないからな。どんな小さな不安も残したまま旅立たせたくなかったんだ。だからじいさんの言葉をそう簡単に信用する気にはなれなかったのさ。だが今は事情が違う。」
 
「事情?」
 
「そうだ。つまり君のことだ。」
 
「私のこと・・・・でもどうして・・・?」
 
「俺はじいさんのことも信用しているが、仲間としてカインとクロービスのことはもっと信用している。クロービスと君のことは別にしても、こいつらが二人とも君を信じているのがよくわかるんだ。だから俺も信じることにしたんだ。で、こいつは・・・。」
 
 オシニスさんが隣に座るライザーさんをちらりと見たが、
 
「・・・聞くまでもなさそうだな・・・。」
 
「そういうこと。」
 
 ライザーさんはニッと笑ってうなずいた。
 
「僕はデール卿の言葉は真実だと思う。ウィローのお母さんの話だとデール卿のハース鉱山赴任の裏にはかなり複雑な事情があったみたいだし・・・そんなときにわざわざ嘘をつぶやくとは思えない。」
 
「そうだな・・・。しかしそっちが嘘じゃないとなると、あの盛大な葬儀や、運ばれていた棺がみんな嘘だったってことになるのか・・・。」
 
「君ははっきり憶えているのか?その葬儀の時のことを。」
 
「そりゃおぼえているさ。俺はあの時7歳だった。おやじが肩車してくれて葬列を見送ったよ。しかし妙なんだよな。棺も副葬品をおさめた箱もみんな黒かったが、いろんな色の花で飾られていたはずなんだ。でも全体的に灰色のイメージしか残っていないんだよな・・・。」
 
「俺もそうです・・・。」
 
 カインがぽつりとつぶやいた。
 
「俺もおやじの肩車で葬列を見送ったけど・・・やっぱり灰色の記憶しかないんです。俺はあの時まだ小さかったから、それでなのかなと思ってたけど・・・。」
 
「王国中が沈んでいたからな。前国王陛下は本当に国民思いのお方だったから・・・建前じゃなく、全国民が心から悲しんでいたと思うよ。もっとも・・・それが今のフロリア様の首を絞めているとも言えるんだが・・・。」
 
「どういうことですか?」
 
 私は驚いて顔を上げた。ご自分の両親が国民に慕われていたことは、フロリア様の心の支えになることはあっても首を絞めるなんてどうして・・・。
 
「前国王陛下は間違いなく賢帝だったと俺は思う。王妃陛下もそうだ。俺がおやじに肩車をしてもらった時、まわりには同じように肩車をしてもらって葬列を見送る子供達が大勢いた。国民思いのすばらしい方だったからこそ、当時の大人達は心から悲しんで、そして子供達にも葬列を見送らせようと考えたんだ。その跡を継いだフロリア様に、前国王陛下以上の期待がかかるのは当然のことだろう?フロリア様は即位以来ずっとその重圧にさらされている。フロリア様の政治の舵取りは常に前国王陛下ライネス様と比べられ、その容貌と立ち居振る舞いは、常に母君ファルミア様と比べられる。」
 
 ここまで話して、オシニスさんはまた苦悩に満ちた表情でため息をついた。
 
「たった6歳の子供にそこまで・・・。」
 
 私は思わずつぶやいていた。そして、フロリア様が即位以来背負ってきたものが、この王国の命運だけではないのだと、改めて思い知らされた。
 
「そうだよ。たった6歳の小さな女の子に、エルバール国民は知らず知らずのうちにそれだけの重荷を背負わせたんだ。それは即位式の時に国民の前に出たフロリア様本人がいやというほどわかっているだろう。その国民の心を、フロリア様が裏切れないと考えたことは想像に難くないさ・・・。」
 
「・・・・・・・。」
 
 カインは青い顔で黙り込んでいる。
 
「でもそれならなおのこと・・・ファルミア様のお力が必要なんじゃないですか。母君がおそばにいらっしゃれば、フロリア様はどれほど心強いことか・・・。なのに、王宮では亡くなったことにして葬儀まで出してしまったし・・・ファルミア様ご本人は王宮には戻ってきてくださらない・・・。どうしてなんでしょう・・・。」
 
 カインや私に父親がいてくれたように、ウィローに母さんがいてくれたように、フロリア様にもせめて母君だけでもそばにいてくれたら・・・今のような事態になった時にも、ファルミア様が親として的確な助言をフロリア様に与えてくださるのではないだろうか・・・。いや、そうなればそもそもこんな事態にはならなかったはずだ・・・。
 
「・・・どうしてだと?決まってるじゃないか。生きているのに死んだことにする理由なんぞひとつだ。」
 
 オシニスさんの言葉に私達はぎょっとした。
 
「それはつまり・・・生きていられては困るから、ということですか・・・?」
 
「そういうことだ。ま、俺だってそのころ王宮にいたわけじゃないから断言は出来ん。だが、十中八九はそんなところだろう。」
 
「でも、フロリア様が即位される時、エリスティ公との間でかなりもめたって聞いています。ファルミア様が生きておられればそんなもめ事は・・・。」
 
「当然起こらなかっただろう。もしもその時ファルミア様が王宮にいたら、即位されたのはフロリア様ではなくファルミア様だろうからな。世継ぎのフロリア様が成人されるまでの、中継ぎの女王としてだろうが。」
 
「でも、そうなればフロリア様にすんなり王位を譲ることが出来たんじゃないんですか?」
 
「・・・これはひとつの仮説だが・・・前国王陛下が亡くなったあと、ファルミア様が王位を継いでは都合が悪い人物がいたのかもしれないな。」
 
「都合が悪いって・・・どうして・・・。」
 
「理由は知らんが、その人物はすぐにフロリア様に即位していただきたかった・・・。わずか6歳で、政治のせの字も知らんような、幼い女王陛下でなくては都合が悪かった、かと言って王妃陛下を本当に殺すほどの大罪は犯せないから、何か策略を巡らせてファルミア様を王宮から遠ざけ、対外的には死んだと発表した・・・というのはどうだ?」
 
「そ、そんな・・・いったい誰が・・・。」
 
「だからこれは俺の仮説だ。もう19年近く前のことなんだから、本当のところなんてわかるもんか。まあ仮にそんなことをしそうな人物がいるのかっていうことなら、推測がつかないこともないけどな。」
 
「・・・誰なんですか・・・?」
 
「その当時そんなことを考えそうなのは、ケルナー殿くらいだろう。」
 
「ケルナー殿というと・・・何年か前に亡くなられた・・・。」
 
「ああ、そうだ。前の日まで元気だったのに、ある朝突然冷たくなっていたらしい。どんな敏腕政治家も、病気には勝てんと言うことだな。」
 
 私は背筋が寒くなるような気がした。突然・・・冷たくなっていた・・・。まるで父の死のようではないか・・・。
 
「病気・・・だったんですか・・・?」
 
「それしか考えられんだろう。いきなり心臓が止まるっ病気ってのもあるしな。」
 
「ケルナー殿というのは・・・その・・・策略家なんですか?そんなことを考えつきそうな・・・。」
 
 カインが遠慮がちに尋ねる。
 
「俺達もそんなによく知っているわけじゃないよ。ケルナー殿が亡くなったのは、ロコの橋が封鎖される少し前だ。そのころ俺達は、まだぺーぺーの下っ端だったんだからな。大臣達の顔だってろくに知らなかったくらいだ。」
 
「・・・そうですか・・・。となると・・・剣士団長も亡くなられた今となっては、真相を知っている可能性があるのはレイナック殿くらいですね。」
 
「じいさんか・・・。確かにそうだが・・・。」
 
 オシニスさんの顔に、さっきとはまた別の苦悩に満ちた表情が現れた。
 
「レイナック殿はどうされたんですか?」
 
「・・・多分まだ王宮の中だ。」
 
「多分て・・・。」
 
「俺達が王宮を出る時に、見送りに来ていたからな。必ず呼び戻すから待っていろって言って・・・。」
 
「そうですか・・・。ご無事ならいいんですが・・・。」
 
「あのじいさんは悪運が強そうだから大丈夫さ。」
 
 そう言うオシニスさんの表情は、言葉とは裏腹に不安そうだった。この時、私の頭の中にはふと、城下町に結界を張ったのはレイナック殿ではないかと言う考えが頭をもたげてきた。
 
「あの・・・ライザーさんなら判りますよね?城下町に結界を張ったのは・・・レイナック殿ではないのでしょうか・・・。」
 
「あの結界か・・・。僕も確信があるわけではないけど・・・あれだけの結界を張れる人物はレイナック殿をおいて他にはいないだろうね・・・。」
 
「王宮を出る時、あとのことは心配するなって言っていたからな。もしかしたらあの時にはもう結界を張っていたのかも知れないな。」
 
「でもあの結界は・・・風水術の結界とは少し違うような気がするんですが・・・。」
 
「レイナック殿の法力は風水術とはまた別のものだよ。」
 
「別のもの・・・?」
 
「そう。でもなんの力かは僕にもわからない。もしかしたら教会の神父様はご存じかも知れないけど・・・。あの方は昔王宮で修道されていた時期があったそうだから。でもレイナック殿がかなりの力を持っておられることは確かだから、これだけの広さの町に結界を張れるのは、あの方以外には考えられないだろうな。」
 
「とにかく、城下町の住民は今のところ安全だと言うことだ。いっそじいさんも海鳴りの祠に来ればいいと思うんだがな。そうすればいろいろと話が聞けたんだが・・・。」
 
「でも話してくれるでしょうか・・・。」
 
「それはまぁ・・・わからんが・・・。」
 
「期待は出来ないだろうね。」
 
 言葉を濁すオシニスさんに、ライザーさんが言う。
 
「そうだな・・・内容が内容だから、簡単にはいかないだろう・・・。」
 
「とにかくファルミア様のことは、ここの5人だけの話にとどめておこう。君達も副団長にはまだ黙っていてくれないか。それでなくても副団長はいろんな問題を抱え込んでいてすっかり参ってるんだ。そして剣士団長の死が確定的になった今、剣士団の指揮を執らなくてはならない立場にもなってしまったわけだからね・・・。ガウディさんのことを聞いて、少しでも元気を取り戻してくれるといいんだけど・・・。」
 
「そうですね・・・。」
 
「それに・・・このことを知る人間が増えれば、何かの拍子にフロリア様の耳に入ってしまう可能性もある。そうなったりしたら・・・どうなるかわからんからな・・・。」
 
「どうなるかって・・・・そりゃ会いたいって言い出すに決まってますよ。なんと言っても実の母君なんですから。」
 
 カインの言葉にオシニスさんは厳しい目を向けた。
 
「俺達の知っているフロリア様ならそう言うだろうな・・・。」
 
「・・・どういうことなんですか・・・?」
 
 カインが不安げに尋ねる。
 
「今のフロリア様は、俺達の知っているフロリア様じゃない。俺達の知っているフロリア様は、少なくとも今まで王国に忠誠を尽くしてきた剣士団を切り捨てて、大昔のカビの生えたような軍隊制度を復活させるような方ではなかったはずだ。今、王宮の玉座に座っているのは、フロリア様の顔をしてフロリア様の声で話すと言うだけの別人だ。俺にはそうとしか思えん。」
 
「別人・・・。」
 
 カインは小さな声で繰り返した。ロイが言っていた『フロリア様偽者説』を裏付けるような話だ。でもまさか・・・。
 
「クロービス。」
 
「は、はい。」
 
 カインに気をとられていた私は、突然名前を呼ばれてどきりとした。
 
「ウィローの持っている楽譜については出所がわかったが、結局お前の楽譜については謎が深まっただけって感じだな。」
 
「そうですね・・・。私の父がファルミア様と面識があったとはとても思えないし・・・。でもそうするといつ、どこで手に入れたのか・・・。」
 
「どこで手に入れたのかまではわからないけど、その楽譜をサミル先生が手に入れたのは、多分島に帰る少し前だと思うよ。」
 
 ライザーさんが口を挟んだ。
 
「あ、そうか。お前と二人で城下町を巡回していた時に会ったって話だったよな?」
 
「そうだよ。あの時サミル先生は、楽譜を大事そうに荷物の中にしまったんだ。おそらく先生は島に帰る直前に何らかの方法で楽譜を手に入れ、それを持って城下町で迷っていたところを僕に出会ったんじゃないかと思うんだ。」
 
「根拠はあるのか?」
 
「根拠って言うほどのことでもないけど、あの時サミル先生が立ち上がった拍子に楽譜が地面に落ちたんだ。考えてもみてくれ、ずっと前に手に入れたものを大事に持ち歩いていただけだったなら、荷物からわざわざ出して手に持っているほうが不自然じゃないか。」
 
「確かにそうだな・・・。」
 
「となると、やっぱりその頃までファルミア様が生きていたのは確実ですね・・・。」
 
 カインがつぶやく。
 
「そうとは限らんさ。紙が新しいからって作られたのも新しいとは限らん。ずっと前に書かれたものでも、大事に保管しておけばそれほど傷むわけじゃないからな。そういう楽譜の中の一枚を、クロービスの親父さんが手に入れたって言う可能性だってある。」
 
「それもそうか・・・。」
 
「カイン、今お前がここでいくら考えたって、この話が解決するわけじゃないぞ。じいさんに今度会うことがあったら問いつめてやるから、それまではあまり考えるな。」
 
「・・・はい・・・。」
 
 今度はカインがため息をついた。
 
「・・・ウィロー、体のほうはもう大丈夫か?」
 
「はい。もう大丈夫です。」
 
 オシニスさんの質問にウィローは笑顔で答えた。
 
「そうか。それじゃそろそろここを出るか。おいライザー、荷物はどうだ?もうまとまっているのか?」
 
「だいたいね。後は今お茶を飲んだティーカップをまとめて袋に詰めれば終わりだよ。」
 
 いつの間にか私達の前に置いてあったティーカップはすべてきれいに洗われてあった。
 
「よし、それじゃそろそろここを出よう。俺達はここと住宅地区の詰所を整理してから海鳴りの祠に向かうから、お前達もそこに行け。そこであらためて事の次第を報告してくれ。・・・つらい話を何度もさせてすまないが・・・。」
 
「いえ・・・大丈夫です。それじゃ私達は、もう少し町の中で情報を集めてから行くことにします。」
 
「そうか・・・。多分今日の夜は、ローランの東の森にある洞窟あたりで合流出来ると思うが、もしも会えなくてもお前達は海鳴りの祠へ向かえよ。」
 
「わかりました。」
 
「あの・・・ちょっと待っていただけませんか。」
 
 ウィローの声に、腰を浮かしかけていた私達はもう一度座り直した。
 
「ウィロー・・・どうしたの・・・・?」
 
 ウィローは私の問いには答えず、唇をひき結び何かを決意したような表情でオシニスさん達を見ている。
 
「何か聞きたいことでもあるのかい?」
 
 ライザーさんが笑顔で尋ねる。
 
「お二人にお願いがあるんです・・・。」
 
「お願い・・・?」
 
「はい・・・。私の・・・訓練の相手をしていただけませんか・・・?」
 
「・・・訓練って・・・君に・・・?」
 
「ウィロー・・・!?どうしてそんな・・・。」
 
 二人とも、あまりに突然のウィローの申し出に驚いているが、もっと驚いているのは私のほうだった。
 
「訓練なら今までずっとしてきたじゃないか。私はあてにならないかも知れないけど、カインなら・・・。」
 
「そうじゃないの。確かに、ずっとあなた達には訓練してもらっていたわ。あなたには呪文も教えてもらったし、そのおかげで私は父さんにも会えて、その遺志を継ぐことが出来た・・・。それは感謝してるの・・・。でもね・・・船の中で私は何一つ役に立てなかった・・・。ずっと吐きっぱなしだったし、吐いていない時でも風に当たって体を起こしているのが精一杯だったわ・・・。」
 
「君は船に乗ったのなんて初めてなんだから仕方ないじゃないか。それにあの船がやたらと揺れたのは私の操船がまずかったせいなんだから、ちゃんとした船乗りが舵取りをする船なら大丈夫だよ、きっと。」
 
「でも治療術も唱えられなかったのよ。それどころか、海からはい上がってくるモンスターが目の前に来ても、私は自分の身すら守れなかった・・・。」
 
 いつの間にかウィローの目からは涙が流れていた。
 
「あなた前に言ったじゃないの。どんな時でも呪文を唱えられなくちゃならないって。喉元に刃を突きつけられている時でも、崖から落ちる時でもって。あなたのお父様がそう教えてくれたから、ずっとその教えを守ってきたって・・・。」
 
「それは・・・言ったけど・・・。」
 
 ハース城に向かうためにカナを出てから、私はずっとウィローに呪文の効率的なかけ方などを教えてきた。その時最初にしたのがその話だった。まさかその話をこんなところで持ち出されるとは・・・。
 
「その教えは呪文に限ったことじゃないわ。どんな時でも自分の身くらいは守れなくちゃならないのよ。だからずっと考えていたの。カナを出る前に私言ったわよね?本気で訓練してもらうつもりだって。もちろん、あなた達のしてくれた訓練が物足りないとか、そんな偉そうなことを言いたいんじゃないのよ。でもカインもクロービスもいつだって私を気遣ってくれて、それはすごくうれしいけど、『ウィローはここまででいい』って線を引かれているみたいで・・・時々すごく悔しかったのよ。私は・・・もっとあなた達の役に立ちたいの。どんな時でもよ。だからオシニスさん達に訓練をお願いしようと思ったの。あなた達がいつも自分達よりずっと強いって言っていた方達に相手をしてもらえたら、きっともっと力をつけることが出来るわ。そうしたら・・・もうあなた達の足を引っ張ったりすることはなくなる・・・。そう思って・・・。」
 
 ウィローはそこまで話して流れ続ける涙をぬぐった。そして背筋を伸ばしてオシニスさん達をまっすぐに見て頭を下げた。
 
「オシニスさん、ライザーさん、お願いします。私の戦用舞踏の相手をしてください。」
 
「わかった。俺は受ける。」
 
 オシニスさんの返事はほとんど間をおかずに返ってきた。ウィローがうれしそうに微笑んだ。
 
「ライザー、お前はどうする?」
 
「もちろん受けるよ。ただし、条件つきだけどね。」
 
「条件・・・ですか・・・。」
 
 ウィローの顔に一瞬不安がよぎった。
 
「難しいことじゃないよ。今の君の話を聞いて思いついたことがあってね。まずそれを話しておきたい。その話を聞いてからも君の気持ちが変わらなかったら、僕達は喜んで君の訓練の相手をするよ。」
 
「はい。」
 
 ライザーさんは視線をカインに移した。
 
「カイン、君の剣を抜いてテーブルの上に乗せてみてくれ。」
 
「・・・ここにですか・・・・?」
 
 カインは質問の意図がわからず戸惑った表情を見せた。
 
「そう。刃の部分がウィローによく見えるようにね。」
 
「は・・・はい・・・。」
 
 カインは首をかしげながら、それでも言われたとおりにテーブルの上に剣を置いた。明かりを映した刀身がぎらりと光る。ライザーさんはそれを見て、今度は私に視線を戻した。
 
「それじゃクロービス、今度は君だ。剣を抜いてカインの剣の隣に置いてくれないか。」
 
「は、はい。」
 
 私も言われたとおりにテーブルの上に剣を置いた。私の剣は相変わらず黄金に輝いている。こうしてみると、私の剣とカインの剣は金と銀に光り輝き、対をなしているようにも見える。
 
「クロービスの剣はカインの両手持ちの大剣よりかなり細身に出来ている。でもその姿形の違いは、威力の違いを表すものではない。それどころか、カナの武器職人の話に寄ればこの剣は古代の秘宝といってもいいくらいのすばらしい剣だという。ウィロー、君はいつもこの二振りの剣がモンスターと戦うところを見ていたはずだ。」
 
「はい・・・。」
 
 ウィローは神妙な顔で聞いている。ライザーさんは何を言おうとしているのだろう・・・。
 
「では君は二人の剣の威力については充分理解していると思う。ウィロー、この剣のどちらかでも、君は自分の体で受けたことがあるか?」
 
「か、体で!?そんなことは一度もないです。この二人が私に剣を向けるなんてことは一度も・・・。」
 
 ウィローは大声で叫んだ。カインも私も、ウィローとの訓練ではいつも受け手だった。一応抜いてある剣はあくまでも防御のためのものであって、攻撃に使ったことはない。
 
「そうだろうな。」
 
 ライザーさんはウィローの答をわかっていたかのようにうなずいた。
 
「そして、君が今稽古をつけてくれと言っている僕達の剣がこれだ。オシニス、君の剣も見せてくれないか。」
 
 二人は腰の剣を抜いて、私達の剣と同じようにテーブルの上にのせた。二人の剣はカインのものと同じだとずっと思っていたが、よく見ると少し違う。刀身の太さも柄の形状も、オシニスさんとライザーさんでは違うし、カインの剣はまた少し違う。だがさっきライザーさんが言ったように、姿形の違いはなんの関係もない。ウィローは目の前に置かれた剣がどれほどの威力を持つものか、すぐに理解しただろう。
 
「この剣はね、王宮鍛冶師のタルシスさんが、僕達の動きに一番あうように調整してくれた剣だ。カイン達の剣の威力を知っている君なら、僕達の持っているこの剣の威力も理解出来るね?」
 
「はい・・・。」
 
「君に稽古をつけるとなれば、僕達はこの剣で君を攻撃することになる。」
 
「こ・・・攻撃・・・。」
 
「そうだよ。カインとクロービスが君にしていた訓練は、ほとんど戦闘なんて経験したことのない君が、旅の途中で自分の身を守れるようになるための訓練だったんじゃないかと思うんだ。でも君が僕達にしてほしい訓練はそんなものではないんだろう?それならば徹底的にやらなければ意味がないよ。」
 
 ウィローは少しの間テーブルの上に並べられた剣を眺めていた。剣はどれも研ぎ澄まされ、明かりを受けて輝いている。見ているうちにウィローの顔がこわばってきた。私は不安に駆られてライザーさんを見たが、彼の目は訓練の時の厳しい目になっている。それはオシニスさんも同じだった。そんなことまでしなくても、と喉元まで言葉が出かかったが、その前にオシニスさんの鋭い視線が私の口をつぐませた。ここで私が異論を唱えるだろうと言うことなど、彼らにはお見通しだったのだ。
 
「つまり・・・俺達が甘かったってことですね・・・。」
 
 カインが小さくつぶやいた。
 
「俺達はそれでいいと思ってたんです・・・。でもそれがウィローを傷つけていたなんて・・・。」
 
「君達が悪いわけではないよ。ただ、ウィローは君達が彼女に望んだことよりも、もっと上のことを自ら望んでいるんだ。」
 
「そうですね・・・。ウィロー、ごめんな。君を守ることばかり考えて、君の気持ちを全然考えなかった。」
 
「ううん・・・。私のほうこそごめんなさい。あなた達が私のことを心配してくれているのはわかってるもの。これは私のわがままなのよ。」
 
「カインは納得したようだが、全然納得出来ていない奴が一人いるようだな。」
 
 オシニスさんがニッと笑って私を見た。多分この時の私はかなりおもしろくない顔をしていたんじゃないだろうか。オシニスさんとライザーさんが、ウィローに剣を向けるなんて、いくら訓練でも鎧も身につけていないのに・・・。私はさっきからそんなことばかり考えていた。
 
「クロービス、君の考えを聞かせてくれないか。」
 
「私は・・・あなた達の腕はよく知っています。あなた達の剣を何度自分の体で受けたかわからない・・・。それをウィローが受けるなんてこと、考えたくもないんです・・・。」
 
「大事な女を危険にさらしたくないというわけだな。」
 
 オシニスさんがにやにやしながら口を挟む。
 
「・・・もしもおふたりが同じ立場に立たされたら、はいそうですかと言うことを聞く気になれますか?」
 
「まあ無理だろうな。」
 
 オシニスさんは平然と答える。
 
「それならどうして・・・!」
 
 私は思わずオシニスさん達を睨んだ。でも二人とも平然としている。
 
「まったく・・・男ってのはやっかいな生き物だよな。女はか弱い生き物だから守らなくちゃならないと思いこんでる。でも実際は女のほうが遙かに強い。な?」
 
 オシニスさんはライザーさんをちらりと見た。
 
「君にしてはうまいことを言うな。その通りだと僕も思うよ。腕力なんていくらあったところで、男は女性に勝てやしない。」
 
「ところがたいていの男はそれに気づかないんだよな。そしていつの間にか深みにはまってる。ま・・・抜け出せる奴もたまにいるが・・・。」
 
「抜け出せたというのは正確じゃないな。別の深みにはまっただけだよ。今度こそ抜け出せないかも知れないけどね・・・。」
 
 ライザーさんは肩をすくめた。
 
「そして深みにはまってる奴ってのは、まず冷静な判断なんぞ出来やしないんだよな、これが。」
 
 オシニスさんはからかうような瞳で私を見ている。彼が何を言いたいのかくらいはわかる。でも・・・。
 
「・・・つまり、今の私に冷静な判断なんて出来ないって言うことですか・・・。」
 
「少なくとも、ウィロー自身はお前に守ってもらいたいのじゃなくて、お前と肩を並べることが出来る仲間でありたいんだ。・・・ちがうか?」
 
 オシニスさんに尋ねられ、ウィローはうなずいた。
 
「そのとおりです・・・。なんだかオシニスさん達のほうがクロービスより私のことをわかってくれているみたい・・・。」
 
「仲間か・・・。」
 
「そうよ。一番最初にカナを出る時あなた言ってくれたじゃない。私のことを新しい旅の仲間だって・・・。」
 
「仲間だって思ってるよ。だけど・・・君に剣を向けて攻撃するなんてことは・・・たとえ訓練でもしたくなかったんだ・・・。それにオシニスさん達のあの鋭い剣が君に振り下ろされるなんてことは・・・。」
 
 それを想像しただけで鳥肌が立つ思いだ。
 
「でも別に私は殺されるわけじゃないのよ。怪我したら治療術で治せるわ。」
 
「君は光の癒し手もまだ唱えられないじゃないか。」
 
「もう少しなのよ。絶対に唱えられるようになるわ。信じてくれないの?」
 
「信じてないとかそう言うことじゃなくて・・・。」
 
 うまい言葉が見つからない。どう言えば、今の私の気持ちがちゃんとウィローに伝わるんだろう。
 
『必要な時には鬼にもなれる心の強さも・・・』
 
 ハース渓谷で別れる時のカインの言葉が浮かんだ。きっとカインは、今こそ私がそうあるべきだと思っているのだろう。だから黙っているんだ・・・。でも私にはこれが限界らしい。理屈ではなく、ただウィローを傷つけたくない、危ない目にあわせたくない、今の私の頭の中にはそれしか思い浮かばなかった。
 
「・・・もういいわ・・・。」
 
 黙り込んだままの私を見つめていたウィローが、私から視線を外し、オシニスさん達のほうに向き直った。
 
「私は・・・父の遺志を継ぎたくてここまで来ました・・・。今回のことは私の意志でお願いしているんです。クロービスが賛成してくれなくてもかまいません。」
 
 きっぱりと言うウィローの横顔は、はっきりと私を非難している。
 
「わかった。それじゃ決まりだね。海鳴りの祠に着いたら、詳しい日程を決めよう。僕達もずっとあそこにいるわけではないから、日によっては他の誰かに頼むことにもなるかも知れない。」
 
「それはいいんだが、まずは鎧だなぁ。」
 
 オシニスさんがウィローを見てうーんと唸りながら言った。
 
「そうだな・・・。鎧なしではいくら何でも訓練は出来ないしね・・・。」
 
 ライザーさんも難しい顔で考え込んだ。
 
「鎧ですか・・・。あの・・・いくらくらいするものなんでしょうか。私あんまりお金を持ってなくて・・・。」
 
 ウィローが不安そうに尋ねる。
 
「う〜ん・・・。まあいろいろだが・・・金よりもまず着られる鎧があるかどうかなんだよな。君は今まで鎧なんて着たことはないだろう?」
 
「はい・・・。」
 
「そうだなぁ・・・。初めて着るんだから、出来るだけ軽くて動きやすくて防御力のあるもの・・・となるとやっぱりナイトメイルに勝るものはないんだが・・・。ナイト輝石の供給が止まった今、手持ちの分だけで新しいものが作れるかどうかわからないからなぁ・・・。うまい具合にぴったり合うのがあればいいが・・・。」
 
「でもナイトメイルってその・・・めんたまが飛び出すほど高いんじゃ・・・。」
 
 カインの言葉にウィローが驚いた。
 
「そ、そんなに高いの!?」
 
「そりゃそうだよ。ナイト輝石の武器防具類はこの国の中でも最高峰の品質を誇るんだから。俺達だって今着ているこの鎧は、南大陸へ行く時に剣士団長が用意してくれたものなんだ。自分でなんてとてもとても・・・。」
 
「そんなに高いもの・・・私には買えないわ・・・。」
 
「金のことは気にしなくていいよ。とにかくタルシスさんのところに寄って、適当なサイズのがあるかどうか聞いてみて、それからだな。」
 
「タルシスさん?」
 
「王宮の鍛冶師だよ。腕は一流だ。あの人の手にかかれば、全然合わない鎧だってぴったりに調整してくれるさ。」
 
「タルシスさんはどこにいるんですか?」
 
 カインが尋ねた。剣士団が解散されても、王宮鍛冶師の仕事はいくらでもあるはずだし、タルシスさん以上の腕を持つ鍛冶師などそう簡単に見つかるはずがない。彼はどうしているのだろう。私は彼に父の形見のレザーアーマーを預けたままだ。こんな時に自分の持ち物の心配などしているべきではないのかも知れないが、私にとってあのレザーアーマーは大事なものだ。もしも持ち出せなかったのならばしかたがないが、やはり気にかかる。
 
「タルシスさんはローランにいるよ。あの人は今回のことでクビになったわけじゃないんだが、あんなタチの悪い連中の武器を鍛える気はないって、鍜治場の品物を洗いざらい持ち出してローランに潜伏中さ。あっちは今までどおり、ドーソンさんとキリーさんがいるからな。」
 
「あの二人は今も常駐剣士として仕事をしているんですね。」
 
「そうだな・・・。たまに海鳴りの祠にも顔を出すけど、向こうに向かう前に一度立ち寄って、ディレンさんの話をしてやってくれよ。」
 
「はい・・・。」
 
「それじゃ、その時にタルシスさんのところで鎧を見つけることにして、今は一度別れよう。この人数で歩いていたら目立ちすぎるからね。」
 
「そうだな・・・。それじゃさっきの手はず通り、ローランの東の森で合流だ。お前ら情報収集もいいが、あんまり派手に動き回るなよ。」
 
「わかりました。」
 
 カインが笑顔でこたえ、オシニスさん達は詰め所を出て行った。
 
 結局・・・この話は私抜きで決まってしまった。自分の気持ちをきちんと言えなかった私が悪いと頭でわかっているつもりなのに、心の片隅ではみんなもう少し私の気持ちをわかってくれてもいいのになどと勝手なことを考えている。それきりウィローとは一言も口をきかないまま、私達は再び城下町に出た。
 
「さてと、これからどこへ行く?」
 
「そうだなぁ・・・。セディンさんのところに行ってみよう。あの店なら、町の噂もいろいろ入ってきてるかも知れないから。」
 
「そうだな。行く前に持たせてくれた腕輪のお礼も言いたいし、行ってみるか。」
 
 私達は黒騎士達に見つからないよう裏通りを抜けて、セディンさんの店に向かった。
 
「こんにちは。」
 
 セディンさんは店の奥から私達を見ると、だっと駆け出してきて、私達の肩をしっかりと抱いてくれた。

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