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33章 再会 前編

 
 中には二人の人影があった。
 
「また来やがったか!!」
 
 振り向いた人影は私達の顔を見ると、ぎょっとしたように立ちすくんだ。もうひとりがそれに気づき、
 
「どうした・・・?」
 
 そう言って振り返ったが、その人影もまた、私達の顔を見てしばらく動かなかった。
 
「おい・・・俺にはここにカインとクロービスがいるように見えるんだが・・・幻か・・・?」
 
「だとしたら、二人して同じ幻を見てるって言うのか・・・?」
 
「それじゃ・・・確かめるか!」
 
 言うなり人影は剣を抜き、カインに斬りかかった。
 
「うわぁっ!」
 
−−ギィィ・・ン!−−
 
 すんでのところでカインの剣がそれを受け止めた。
 
「いきなりひどいじゃないですか!本物ですよ!幻なんかじゃないです!」
 
「おいライザー、手応えがあったぞ・・・。本物だって、声まで聞こえる・・・。」
 
「幻なんかじゃないよ・・・。ちゃんと・・・ちゃんと生きてる・・・。」
 
 二人の瞳からほとんど同時に涙があふれ出た。
 
「カイン!クロービス!!お前ら・・・生きてたのか!!」
 
「オシニスさん、ライザーさん・・・カイン・クロービス組、ただいま帰りました!」
 
 私達はお互い駆け寄り、しっかりと抱き合った。
 
「生きてた・・・生きていやがったぞ、こいつら・・・。」
 
「よかった・・・。もう会えないかと思った・・・でも生きてた・・・・生きてたんだ・・・よかった・・・。」
 
 二人とも私達の頭と言わず顔と言わずぐしゃぐしゃになで回しながら、溢れる涙を拭おうともしなかった。
 
「遅くなってすみませんでした・・・。道に迷ったりしてカナに着くのが遅くなって、その後もなかなかハース城までたどり着けなくて・・・。」
 
 順調にいけば一ヶ月程度の任務に、私達はもう二ヶ月もかけてしまっていた。彼らだけでなく他のみんなにも、どれほど心配をかけたかわからない。
 
「カインだけが帰ってきたって聞いた時は驚いたよ。でもお前が元気だって言ってたってカーナ達に聞いたから、少し安心していたんだ。なのに・・・剣士団長まで行方不明になっちまって・・・。」
 
 オシニスさんが唇を噛みしめた。その言葉を聞いたカインの目から涙がにじんだ。
 
「俺が悪いんです・・・。俺が・・・俺が団長と二人で南大陸に行かなかったら・・・。」
 
「やっぱり団長はお前と向こうに行ったのか・・・。」
 
「はい・・・。それで・・・」
 
「無理して言わなくていい。わかってるよ・・・。今ここに一緒にいないんだからな・・・。」
 
 カインはうつむき、涙を流しながら小さくうなずいた。
 
「クロービス。」
 
「はい・・。」
 
「お前が向こうで護衛していたっていうのは、今お前の後ろにいるその・・・」
 
 オシニスさんが言い終わらないうちに、私のすぐ後ろで苦しげなうめき声とどさりという音が聞こえた。
 
「・・・ウィロー!?」
 
 ウィローは床にうずくまり、真っ青な顔で苦しそうに息をしている。
 
「ウィロー!?」
 
 返事がない。
 
「すみません、仮眠室貸してください!」
 
 私は叫んでウィローを抱き上げ、奥の仮眠室に駆け込んだ。荷物を降ろして上着を脱がせ、ベッドに寝かせる。額に脂汗がびっしりと滲んでいて、前髪がはりついていた。船を降りた時だってやっと立っていたくらいだったのに・・・どうしてもっと気遣ってあげなかったんだろう・・・。
 
「ウィロー!」
 
 耳元でもう一度叫んだ。
 
「クロ・・・ビス・・・。」
 
 意識がある。よかった・・・。心からほっとした。
 
「ごめんなさい・・・。迷惑・・・かけて・・・。まだ・・・挨拶も・・・して・・いないのに・・・。」
 
「そんなことあとでもいいよ。それより気分は?吐き気はしない?お腹とか頭とか痛くない?」
 
「少し・・・気持ち悪い・・・。頭も・・・ちょっとだけ・・・痛い・・・。」
 
 『少し』も『ちょっとだけ』も口だけだ。我慢強いウィローがこんなに真っ青な顔をしているということは、吐き気も頭痛も相当なもののはずだ。
 
「疲れたんだよ・・・。吐きたいなら何か入れるもの持ってくるけど・・・。」
 
「大丈夫よ・・・。我慢出来るわ・・・。」
 
「おい、クロービス。」
 
 仮眠室にカインが顔を出した。
 
「ウィローは・・・?」
 
「大丈夫。疲れたんだと思うよ。」
 
「そうか・・・。ウィロー、ごめんな。俺の操船がまずいせいでずっと船酔いしっぱなしだったんだもんな・・・。」
 
 船に乗っていた間、ウィローの調子がいいのは船が止まっていた時だけだ。そのほかはずっと船べりにつかまって吐き続けているか、吐いてない時は青い顔をして甲板に座り込んでいるかのどちらかだった。そして城下町に入るなり異変を感じて王宮まで走り、そこでいきなり戦闘になって必死に逃げてきた。吐き気を我慢したままずっと・・・。
 
 倒れるのが当たり前だ・・・。私がもっと気を配ってやらなければならなかったのに・・・。
 
「カインのせいじゃないよ。操船がまずかったのは私も同じだし・・・。とにかく少し眠った方がいいよ。」
 
「でもそんな時間は・・・。」
 
 ウィローが体を起こそうとするのを、私は肩をつかんで押しとどめた。
 
「大丈夫だよ。少し眠って、体調を戻してからまた出発しよう。」
 
「ごめんなさい・・・。」
 
 カインがウィローの枕元に立ち、肩に手をかけた。
 
「あ・・・。」
 
「少しは楽になったか?」
 
「うん、ありがとう、カイン・・・。これならもう起きられるかも・・・。」
 
「おっと、俺はそんなつもりで気功を使ったわけじゃないぞ。あくまでも君が体力を取り戻す手助けのためなんだからな。しばらくは寝ていても大丈夫だよ。その間に俺達は、オシニスさん達に少し向こうでのことを報告してることにするから。」
 
「そうだよ。せっかく体が楽になったなら、ゆっくり眠れるじゃないか。」
 
 体が疲れすぎていると、眠いのに眠れないということがよくある。カインの気功のおかげでウィローの顔色は少しよくなっていた。一眠りすればもう大丈夫だろう。カインは何気なく使うが、疲れをとるという気功術はかなり高度な技だ。治療術の呪文でもある程度は疲れをとることが出来るが、この技については気功術にはかなわない。
 
「二人ともありがとう・・・。それじゃ少し眠るね・・・。」
 
 ウィローは目を閉じて、すぐに寝息を立て始めた。私達は足音をたてないように、そっと仮眠室を出た。
 
「カイン、ありがとう。」
 
「さっきも言ったろ?ウィローの船酔いがひどいのが俺のせいだってのは間違いないんだから、礼なんて言わなくていいよ。」
 
 カインはすまなそうに頭をかいた。
 
「でもそれはお互い様だよ。船には慣れているはずのノーラスさん達でさえ、みんな船から降りた時は青い顔をしていたんだから、ウィローにはつらかっただろうな・・・。」
 
「お前まで落ち込むなよ。とにかく、オシニスさん達に向こうでのことを報告しよう。」
 
「そうだね・・・。」
 
 オシニスさんとライザーさんは、詰所のテーブルについて待っていてくれた。
 
「すみませんでした。お騒がせして。」
 
「気にしなくていいよ。あの子がデール卿の娘さんか。ウィローだっけ?」
 
「はい。」
 
「具合はどう?大丈夫なのか?」
 
 ライザーさんが仮眠室に気遣わしげな視線を向けた。
 
「はい。なんとか・・・。」
 
 私はなぜウィローが倒れたのかを簡単に説明した。
 
「操船か・・・。お前らは陸路を往復する予定だったから、船の動かし方までは考えなかったものなぁ・・・。」
 
「一通り南地方の巡回をするようになれば、ちゃんと教えられたはずなんけどね・・・。」
 
「船で仕事に行くこともあるんですか?」
 
「いつもじゃないけど、クロンファンラから船で東の港まで戻ったりすることもあるよ。沿岸付近の警備もかねてね。」
 
「まあ、心配ないなら一安心だな。・・・しかし・・・クロービスがなぁ・・・。」
 
 オシニスさんがくすりと笑った。いつもならこんな時は大笑いするであろうこの人も、団長の訃報を聞いた後ではさすがに顔色が暗く、肩を落としていた。
 
「オシニス、からかうなよ。」
 
「心配するなよ。本当なら思い切りからかってやりたいところだが、あいにく今はそんな気にはなれん。」
 
「まあそれはそうだけどね・・・。」
 
 ライザーさんはオシニスさんをちらりと見て、寂しげに笑った。オシニスさんは顔を上げ、気持ちを切り替えるように大きく深呼吸すると、私達に向き直った。
 
「お前ら王宮へは行ったのか?」
 
「行きました・・・。それで・・・。」
 
 私達は王宮の前で起こった出来事を二人に話した。
 
「反逆罪だと!?あいつらまだそんなことを言ってやがるのか!くそっ!」
 
 オシニスさんが、悔しそうにテーブルを叩いた。
 
「教えてください。どうして王宮に王国剣士がいないんですか?それにあの黒い鎧の連中はいったい・・・。」
 
「・・・・・・・・・。」
 
 オシニスさんはライザーさんと顔を見合わせ、眉根を寄せて黙り込んだ。
 
「俺もおかしいと思ってたんです。俺達がいつの間にか反逆者になっていることより、剣士団長のことや、ハース鉱山がモンスター達の手に陥ちたことも、あの連中は知っていました・・・。向こうから戻った商人達の噂にしては早すぎるし詳しすぎます。俺達以外の誰がその報告を・・・。」
 
 カインも怪訝そうに二人を見た。
 
「その報告をもたらしたものが誰なのかまでは、俺達にもわからん。だがフロリア様がそのことをご存じなのは確かだ。」
 
「それじゃ、俺達を反逆者として処刑するように命じたのはやっぱりフロリア様・・・。」
 
 カインは呆然としている。
 
「そんな・・・そんなバカな話が・・・!」
 
 カインはテーブルを思い切り拳で叩いた。本当にそんなことをフロリア様が・・・。だとしたら、フロリア様は最初から私達をハース鉱山の乗っ取り犯に仕立て上げるつもりで、南大陸へと送り出したというのか・・・。
 
「まったくばかな話だよ・・・。だから俺達は・・・もしもお前達が本当に死んだのなら、何としても死体を探しに行こうって・・・そしてお前達の汚名を必ず晴らそうって決めたんだ。だから二人でどうやってロコの橋を越えようか相談していたよ。灯台守の目をごまかすのは無理でも、誠心誠意話をすればわかってもらえるかも知れないからな・・・。」
 
 言いながらオシニスさんは、にじみ出た涙をごしごしとぬぐった。
 
「でもお前達は生きてた・・・。さっきお前達の顔を見た時、本当に神様に感謝したい気持ちだった・・・。これで剣士団長もいてくれれば、言うことはなかったけど・・・。」
 
「すみません・・・。」
 
 カインが頭を下げた。そしてそのままもう一度「すみません」と小さな声で言った。
 
「そんなふうに謝るな・・・。俺はお前を責めたいわけじゃないんだ・・・。」
 
「・・・はい・・・。」
 
 カインはまだ頭を下げたままだ。その時、温かいお茶の香りが部屋中に広がった。顔を上げると、いつの間にか席を外していたらしいライザーさんが人数分のお茶を淹れて持ってきてくれたところだった。オシニスさんは配られたお茶を見て、
 
「・・・お前ってこう言うところはマメなのな。」
 
ライザーさんに視線を移してにやりと笑った。
 
「カインもクロービスも疲れているだろうから、お茶でも飲んで一息入れてもらおうと思ったのさ。それに、どうせ明日はここもめちゃくちゃにされてしまうんだろうから、こうしてゆっくりお茶が飲めるのもこれで最後だよ。」
 
「それもそうだな。使えるものは全部持って行こうぜ。」
 
「ああ、そのつもりだよ。みすみす壊されるのを待つことはないさ。」
 
「・・・どういうことですか・・・。」
 
 奇妙な会話に戸惑う私に、二人は少し悲しげな目を向けた。
 
「さっきの話の続きさ。どうして王宮に王国剣士がいないのか・・・。王国剣士がいないのは別に王宮だけじゃない。町の中にいる王国剣士は俺達だけだし、極北の地にも南地方にも一人もいない。お前達も出会わなかっただろう?」
 
「あ・・・はい・・・そう言えば・・・。」
 
 それで不安になってクロンファンラに入らずに急いで城下町に戻ってきたのだ。
 
「今、この町は大変なことになっているんだ。王国剣士団は・・・フロリア様のご命令によって一週間ほど前に解散させられた・・・。」
 
「か・・・解散!?」
 
「な、なんで・・・そんな・・・!?」
 
 あまりの衝撃に、目の前がかすみそうになった。解散・・・王国剣士団が・・・。それもフロリア様のご命令で・・・。
 
「剣士団が・・・解散・・・フロリア様がそんな・・・。」
 
 カインが呆然とつぶやく。言葉で表しようがないほどの絶望的な悲しみが、カインの心を覆っているのが痛いほどにわかる。カインにとって剣士団は生き甲斐だった。フロリア様のお役に立ちたい一心で剣の腕を磨いてやっと入団したというのに・・・。なのにその生き甲斐を、あろうことかフロリア様その人に打ち砕かれようとは・・・。
 
「それじゃ、他のみんなはどうしたんですか?今どこに・・・。」
 
 帰ってくれば会えると思っていたのに・・・。
 
「王国剣士達のうち、地下牢の警備や大臣達の身辺警護をしている古株の剣士達は強制的に、新しく作られた『エルバール王国軍』に編入させられた。そして北大陸や王宮内部の警備をしていた俺達のような王国剣士は全員解任され、それぞれの故郷に帰るようにとの命令が下されたんだ。」
 
「エルバール王国軍!?」
 
「そうだ。これからこの国の警備は、すべてその軍隊が中心になって行うそうだ。さっきここに来て因縁をつけていた連中や、お前達が王宮の玄関で会った連中がその軍隊の兵士さ。」
 
「あ、あんな・・・ならず者みたいな連中がですか・・・。」
 
「ならず者みたいな、じゃないよ。完全なならず者さ。少なくともまっとうな仕事に就いている人達は、僕らを『疾風迅雷』なんて呼んで逃げ出したりしないからね。」
 
 ライザーさんが忌々しそうに答える。この二人をそんな名で呼ぶのは、南地方あたりを根城にしている盗賊連中がほとんどだ。そんな連中をどうしてフロリア様はおそばにおいたりなさるのか・・・。
 
 軍隊というのは、いにしえのサクリフィアが建国された頃に作られた制度らしい。それについて詳しく書かれた本を王宮の図書室で見た記憶がある。剣士団のような自由闊達な雰囲気など全くなく、上下関係も厳しく決められているし、軍規を破れば必ず懲罰を受ける。しかもその軍隊に入るのはもちろん志願でもかまわないのだが、『徴兵制』という制度によって一定の年齢になった若者は、男女を問わずそこで訓練を受けなければならないらしい。でも中にはそんなところに入りたくない者だっているだろうから、そんな兵士が何百人いたところで国の守りが固められるとは思えない。実際サクリフィアでも、その軍隊制度が取り入れられていたのは建国後わずかの間で、その後何か別の制度に取って代わられたらしいのだが、それ以上の記述はその本にはなかった。
 
 王国剣士団はエルバール王国の誇りだったはずだ。すべての剣士が自ら進んで国の盾となることを選んだ者達ばかりだ。なのになぜ今になってフロリア様は剣士団に背を向けて、軍隊などを組織されたのだろう・・・。
 
「それじゃ皆さんはもう・・・それぞれの家に帰られたんですか・・・。」
 
「表向きはな。」
 
「え?」
 
 妙な言い方に思わず顔を上げると、オシニスさんは腕を組んでにっと笑っている。
 
「誰がそんな命令に、はいそうですかと従うか。みんな密かに海鳴りの祠の奥に集まっているよ。もちろん全員じゃない。本当に家に帰った者もいる。でもそれはそれぞれの判断に任せられたんだ。近場に家がある者はまだいいとしても、遠いところに歳をとった親がいるって奴もいるからな。こんなことになっちまって、自分の家族が心配だって考えたとしても誰にも責められないさ。」
 
「海鳴りの祠には・・・何人くらいいるんですか?」
 
「そうだなあ・・・。30人くらいかな・・・。」
 
 ほっとした・・・。またみんなに会える。剣士団という組織がなくなっても、みんなの国を守りたいという心は変わっていないんだ・・・。
 
「副団長はそこには・・・。」
 
「もちろんいるよ。海鳴りの祠に集まろうって言い出したのは副団長だからな。それから、お前達が南大陸に行く前の訓練に参加した連中はほとんどいるぞ。」
 
「・・・ほとんど・・・?」
 
「・・・まあそうだ・・・。全員てわけにはいかなかった・・・。」
 
「誰がいないんですか・・・。」
 
「・・・ハディとリーザがいない・・・。それからユノもな・・・。」
 
 これにはカインも私も衝撃を受けた。ハディとリーザが・・・。あの二人がみすみす命令に従ったなんて・・・そしてユノ・・・。どうしてみんなと一緒に来なかったんだろう・・・。
 
「それじゃみんな自分の家へ・・・?」
 
「いや・・・。」
 
 眉間に皺を寄せてオシニスさんが首を振る。
 
「それじゃ・・・どこに・・・。」
 
「ユノは・・・剣士団撤収の時、俺達と一緒に来ることを拒んだ。まだ王宮の中にいるはずだ。ユノと直接話したのは副団長だから、副団長に聞けば詳しいことがわかるだろう。」
 
「そうですか・・・。それじゃ、ハディとリーザは・・・。」
 
「ハディは・・・どこに行ったかわからないんだ。」
 
「わからないって・・・リーザもですか?」
 
「いや、リーザは剣士団の解散が決まった時、親元から迎えが来て半ば強制的に家に連れ戻された。剣士団にいるうちはよかったが、その剣士団がなくなるなら、家に戻って見合いでもしろってことらしい。まあ仕方ないのかもな。あいつはガーランド家のお嬢様だ。いつまでも槍を振り回しているわけにはいかないだろう。」
 
「それじゃどうしてハディは・・・。」
 
「もしかしたら、リーザを取り戻しに行ったのかもしれない。リーザが王宮を出てすぐにいなくなったんだ。海鳴りの祠に俺達がいることは知っているはずだから、そのうち戻ってくるだろうとは思うんだが・・・。今の状態では、探しに出かけることもできないんだ・・・。」
 
 オシニスさんは頭を抱えてため息をついた。
 
「・・・こっちの状況がある程度わかったところで、お前達の話を聞かせてくれないか。」
 
「・・・・・・・。」
 
 カインも私も言葉につまってしまった。話したいことはたくさんあるのに、何から話していいのかわからなかったのだ。
 
「・・・言いづらいなら無理にとは言わないよ。どっちにしても、あとでみんなに会った時にはちゃんと報告してもらわなくちゃならないんだし・・・。」
 
「それもそうだな・・・。何度も同じ話するってのも面倒だし・・・。」
 
「いえ・・・話します。」
 
 北大陸に戻ってきて最初に再会したのが、いつだって私達のことを一番心配していてくれていたオシニスさんとライザーさんだったことに、何か意味があるのかも知れない。今だってこうして気遣ってくれている。だから今、この二人の前で何もかも話さなければならないような気がした・・・。
 
 私達は、南大陸へ渡ってからのことを最初から全部話した。休憩所でディレンさんに出会ったこと、不気味な夢を見たこと、カナでガウディさんに会ったこと、そしてウィローと出会い、ハース城まで向かったこと、夢の解明のために夢見る人の塔へ向かったこと・・・。そしてそのあと、私がファイアエレメンタルの力を借りてロコを殺したことも、全て隠さずに伝えた。
 
 オシニスさんもライザーさんも、黙ったまま聞いていた。そして私達が話し終えた後も、しばらくの間二人とも口をきかなかった。唇を噛みしめ、目には涙がにじんで赤くなっている。
 
「ガウディさんが・・・生きていたのか・・・。」
 
「よかった・・・。生きているなら・・・またいつかきっと会える・・・。君達が助けてくれたんだね・・・。ありがとう・・・。」
 
「いえ・・・。私達と言うより、あれはファイアエレメントのおかげです。あの精霊が私達に力を貸してくれなかったら・・・今頃私達もここにいなかっただろうし、ガウディさんの傷も、直すことは出来なかったでしょうから・・・。」
 
「しかし火の精霊とは・・・あんまり突飛すぎてぴんと来ない話だが・・・この世界にはまだまだ俺達の知らないことが山ほどあるってことだな・・・。」
 
「そうだね・・・。でもクロービス、その精霊の力をガウディさんの傷を治すために使おうと考えたのは君じゃないか。だからやっぱり君達のおかげなんだよ・・・。」
 
「・・・ポーラさんも待っていた甲斐があったってもんだな・・・。」
 
「ガウディさんがいなくなった時のポーラさんは・・・見ているほうがつらくなるほどだったからね・・・。」
 
「これで・・・剣士団長さえ生きていてくれたら・・・。そうしたら・・・ポーラさんにもセルーネさんにも、いい知らせを持って帰ってくることが出来たのに・・・。」
 
 カインが悔しそうに唇を噛みしめる。
 
「カイン・・・自分を責めるなよ・・・。団長は自分の意志でお前と一緒に南大陸へと行ったんだ。それに・・・もしもお前達が死んで団長一人が生き残ったとしたら、それこそ絶対に一人で帰ってきたりしなかっただろうからな・・・。」
 
「でも、一緒に帰ってくることは出来たはずじゃないですか・・・!あの時・・・どうして団長が橋を渡ってこようとしなかったのか・・・どうして自分から橋を落として・・・。」
 
 カインの声が小さくなり、嗚咽に変わった。
 
「わかってるんです・・・。いつまでもうじうじしてちゃいけないんだって・・・団長の死を無駄にしないためにも、がんばらなくちゃって・・・。頭ではわかってる・・・。」
 
 独り言のようにつぶやきながら、カインは拳を握りしめテーブルをどんどんと叩き続ける。
 
「わかってるなら・・・」
 
 オシニスさんが言いかけたがその声は涙でかすれ、途中で消えてしまった。
 
「わかっていたってやりきれないじゃないですか・・・!俺が一人で南へ戻れば、団長は死なずにすんだ・・・。でもそうしたら、俺達はハース城の衛兵達にみんな殺されていたかも知れない・・・。だけど・・・・だけど俺は・・・ナイト輝石の廃液が止まったから、鉱夫達が助かったから、自分達が助かったから・・・だから団長の死が仕方なかったなんて・・・・俺は思いたくないんです!」
 
 重苦しい沈黙・・・。確かにカインの言うとおりだ。命の重みに違いがないなら、どれほど多くの命が救われたからって、剣士団長の死を納得しちゃいけない。だけど・・・これでは出口が見つからない。今のままでは、カインはどんどん自分を追いつめていく・・・。どうすればいいんだろう・・・。
 
 カインは頭を抱えたまま、テーブルに突っ伏していた。テーブルを叩いていた拳がその動きを止め、小刻みに震えはじめる。
 
「ではお前はどうしたいんだ・・・。」
 
「・・・・・・・・・・。」
 
 絞り出すように震える声でオシニスさんが尋ねるが、カインは答えない。
 
「納得出来ないのはお前だけじゃないさ・・・。俺達だって・・・同じなんだ・・・。今お前らの話を聞いても・・・やっぱり出てくる言葉は『どうして死んじまったんだ』だけだ・・・。剣士団長一人の命と引き替えに、たとえ何百人何千人の命が助かったとしても、それじゃ団長のことは仕方ないなんて・・・そんなこと・・・言えるもんか・・・。」
 
 話すうちにオシニスさんの目からはまた涙が流れてきて、声をつまらせてしまった。
 
「それなら俺の気持ちだって・・・わかってくれてもいいじゃないですか・・・。どうしたらいいかなんて聞かれても・・・俺だって・・・どうしていいのか・・・。」
 
「どうすればいいかわからないなら、出来ることをするしかないじゃないか・・・。」
 
 涙が止まらないオシニスさんの代わりにライザーさんが答えた。
 
「出来ること・・・。」
 
「そうだよ。生き残った僕達は、そこで立ち止まっていることは出来ないんだ・・・。納得出来なくても、答が見つからなくても、生きている限り進んで行かなくちゃならないんだよ。」
 
「・・・・・・・・。」
 
「目の前で団長を失った君達の気持ちを、こっちにいた僕達が本当にわかることは出来ないかも知れない・・・。だけど・・・君達がこれほどつらい思いをしている時に僕達がそばにいられなかったことが、何一つ手助けをしてやれなかったことが、どれほど悔しいか・・・。」
 
 ライザーさんは顔を片手で覆い、もう片方の手でテーブルをバンと叩いた。そうだ、悔しいのも悲しいのも私達だけじゃないんだ・・・。その場にいたかいなかったかの違いがあるだけで、きっとみんな団長の死を悲しみ、その遺志を継ぐべく涙をこらえて海鳴りの祠へと向かったのだ・・・。王国剣士団の結束は固い。形としての剣士団がなくなっても、王国剣士達がいる限り、まだ希望はある。まだ・・・私にも出来ることはある・・・。
 
 自分の進むべき道は決まった。あとはカインのことだけだ。
 
「・・・カイン・・・?」
 
「・・・・・・・・。」
 
 カインは答えなかったが、私はかまわず話し続けた。
 
「これからどうするの?」
 
「これからって・・・お前までそんなことを聞くのか・・・・?」
 
「私が聞いているのは、これからの仕事をどうするかってことだよ。私達は南大陸で起きたことを報告するために戻ってきたんだ。ウィローだってハース城の中で起きた出来事を証言してくれるって言ってる。でも帰ってきてみたら王宮にはおかしな連中が出入りしてるし、剣士団は解散させられてしまった。だから聞いてるんだよ。君の家に帰る?城下町の中にあるんだから、ここから歩いても帰れるね。」
 
「・・・お前はどうするんだ・・・。」
 
「私はウィローと一緒に海鳴りの祠に行くよ。故郷には戻れないし、今は戻るつもりもない。形の上で王国剣士団はなくなったけど、王国剣士達はまだいるんだ。私は自分の任務を最後までやり遂げる。今、私に出来ることがそれしかないからね。」
 
「いま出来ることか・・・。」
 
 カインがつぶやく。テーブルをこつこつと叩き続け、宙を見つめながら、何度も同じ言葉を繰り返していた。
 
「だからあとは君次第だよ。君が家に帰るって言うなら止めないよ。私としては君を失うのはつらいけど、一緒に先に進んでいけないなら、仕方ないから。」
 
「ずっと・・・帰ってきたかったんだよな・・・。」
 
「そうだよ。少しでも早く終わらせて、出来るだけいい結果を持ってみんなのところに帰ろうって、いつも話してたじゃないか。」
 
「そうだよな・・・。早く帰って、またみんなと一緒に、仕事をしていきたいって・・・。そんな・・・そんなことばかり話して・・・。」
 
 カインはテーブルから顔を上げ、深呼吸した。
 
「剣士団長が死んだ時・・・目の前が真っ暗になったみたいだった・・・。俺が殺したようなもんだって、ずっと自分を責めてたんだ・・・。そして帰ってきてみたら剣士団はなくなってる・・・。これは天罰だって・・・本当にそう思った・・・。剣士団長を殺した罰に、生き甲斐を全部取り上げられたんだ、もう何も出来ないんだって・・・。でもそうじゃないんだよな・・・。俺にだって、まだ出来ることがある。・・・これからなんだよな・・・。」
 
「そうだよ。これからだよ。」
 
 話すうちに滲んできた涙を、カインは勢いよくこすった。
 
「クロービス、俺も海鳴りの祠に行くよ。お前とコンビ解消なんてしたくない。剣士団がなくなっても王国剣士はまだいるんだ。みんな希望を捨てずにがんばってるんだ・・・。俺もこの任務を最後までやり遂げるよ。」
 
「決まりだね。」
 
「ああ、決まりだな。」
 
 カインの目はまだ赤かったが、瞳の中に迷いはもうなかった。私の肩をぽんと叩いてニッと笑う、いつものカインが戻ってきた。
 
 ほっとした。カインの前では笑ってみせたが、内心では心臓が締めつけられそうなくらい不安だった。もしもカインが・・・今の状況に絶望して本当に剣士団を去ってしまったら・・・。そんなことがあるはずはないと頭ではわかっていたつもりだったが、本人の口からはっきりとその答を聞くことが出来て、本当にうれしかった。これからなんだ・・・。何もかもこれからまた始まると思えばいい。
 
 カインはオシニスさん達に向かって頭を下げた。
 
「すみませんでした・・・。こんなこと言ったら笑われるかも知れないけど・・・帰ってくる間中ずっと団長のこと考えてて・・・、自分がしっかりしなくちゃって思ってたはずなのに、オシニスさん達の顔見たら・・・急に・・・泣き言言いたくなって・・・。すみません・・・。俺・・・全然成長してないですよね・・・。」
 
 またにじみ出た涙をぐっとこらえて、カインは唇を噛みしめた。オシニスさん達はカインをじっと見つめていたが、やがて二人ともクスリと笑った。ここでこの二人が笑顔になったことに、私は少し驚いていた。
 
「・・・笑って悪かったな・・・。でも少しだけ安心したよ・・・。」
 
「・・・安心・・・?」
 
 カインはきょとんとしている。
 
「実を言うとな・・・お前達が王宮を出てから、俺達はずっと、お前達がどれほど成長して帰ってくるかいつも話していたんだ。そしてさっきお前達に会った時、二人ともすごく大人びて、なんだか別人みたいに見えて・・・。正直驚いたくらいだったよ。でもそんな泣き言を聞くと、ああ、やっぱりお前達は変わってないなってほっとしたりして・・・。本当は成長を喜んでやらなくちゃならないのにな・・・。」
 
「子供にいきなり親離れされた親の心境かな・・・。」
 
「おい、親ってことはないだろうが。いくつも違わないのに。」
 
「だからもののたとえだよ。僕は実際そんな気分だ・・・。うれしさ半分、寂しさ半分・・・かな・・・。」
 
 言葉を交わしながら、二人とも少し寂しげに微笑んでいた。
 
「あ、あの・・・。」
 
 てっきり怒鳴られるか笑われるかと思っていたのに、思いがけず優しい言葉をかけられて、カインは戸惑っている。
 
「そんな複雑な顔をするなよ。とにかく俺達はうれしいんだ。お前達がこうして元気で戻ってきてくれたことが・・・。」
 
「オシニス、やっぱり暴れなくてよかっただろう?」
 
「ああ・・・まったくだ。」
 
 からかうような表情でオシニスさんを見るライザーさんに、オシニスさんはばつが悪そうに肩をすくめながらうなずいた。
 
「あ、暴れなくてって・・・?」
 
「剣士団の解散が決まった時、執政館に乗り込んでひと暴れしようかと思ったのさ。じいさんの首根っこを捕まえて、ことの真偽を問いただそうと思ってな。でも行こうとした時、俺のほうがライザーに首根っこを捕まれて引き倒されたんだ。まったく、こんな時になるとすごいバカ力出しやがるんだよな、こいつは。」
 
「当たり前だ。敵襲などの非常時以外では、執政館で剣を抜くことは禁じられているんだ。そんなことを君にさせるわけにはいかないよ。僕は君とコンビ解消をする気はないんだからね。それに、結果的にはそれでよかったじゃないか。」
 
「まあそうだけどな・・・。でも水までぶっかけなくてもよかったじゃないか。」
 
「君の頭が大分熱くなっていたようだったからな。」
 
「ハックション!」
 
 突然聞こえたくしゃみにみんな顔を見合わせた。
 
「え?お、俺じゃないぞ。こいつに水かけられたのはもう一週間も前の話だし・・・。」
 
 オシニスさんは焦ってきょろきょろしている。その時またくしゃみが聞こえた。
 
「ハ・・・ハ・・・ハ・・・・ックシュン!」
 
 続いて鼻水をすする音。仮眠室のほうから聞こえてくる。カインが振り返り、少しだけ笑った。
 
「ウィローか・・・。風邪でもひいたのかな。」
 
「戻ってきてから走ってばかりだったから、汗が冷えたのかな・・・。ちょっと見てくる。」
 
 私は急いで立ち上がり、仮眠室の扉をいきなり開けて中に飛び込んだ。その時ちょうどシャツを脱ごうとしていたウィローとしっかり目が合ってしまった。
 
「きゃーっ!!」
 
「わーっ!ごめん!」
 
 慌てて部屋から飛び出し扉を後ろ手で閉めた。別に何か見えたわけではなかったが、女の子の着替えを覗いてしまったという事実に、心臓がどきどきいっている。
 
「ご、ごめん!ノックもしないで。その・・・くしゃみが・・・びっくりして・・・風邪がひいたかと・・・。あれ・・・?」
 
 焦ってしまって自分が何を言っているのかよくわからない。
 
「あ、い・・・いいの・・・。私もごめんなさい、大声出したりして。寒かったから少し重ね着しようと思って、それで・・・。」
 
「そ、そうか・・・。もう大丈夫なの・・・?」
 
「大丈夫よ・・・。吐き気も頭痛も治まったし・・・。」
 
「それじゃ、待ってるから・・・。」
 
「うん・・・。」
 
 吹き出した冷や汗をぬぐいながら、私はカインの隣に戻った。座ったとたんに体中からどっと力が抜けて、思わず大きなため息が出た。
 
「失敗しちゃったなぁ・・・。ちゃんとノックすればよかった・・・。」
 
「もう大丈夫みたいだな。」
 
 カインが笑った。まだいつものように大声ではなかったが、少しずつカインの顔に笑みが戻ってきたことがうれしかった。
 
「うん。寒いから着替えしてからここに来るって。」
 
「寒いか・・・。そうだよなあ、ウィローはずっとカナにいたんだからあっちの気候しか知らないんだものなぁ・・・。」
 
「そうだね・・・。もっと考えてあげればよかったな・・・。」
 
「ぷっ・・・くくっ・・・ぶわっはっはっは!」
 
 オシニスさんがもうこらえきれないというように大声で笑い出した。
 
「笑うなって!」
 
 ライザーさんがあきれ顔でオシニスさんを突っついている。
 
「あ、あの・・・。」
 
「あ、ごめん、クロービス。オシニスの奴が妙なこと言うもんだから・・・。」
 
「俺のせいにするなよ。お前があんなことを言うからじゃないか。」
 
「元はといえば君が言い出したことじゃないか。いいじゃないか別に。人それぞれなんだから。」
 
「妙なこと・・・?」
 
「いや、彼女の裸の一つや二つでいちいち驚かなくてもいいのにって俺が言ったのさ。」
 
 きょとんとする私に、オシニスさんが笑いをこらえながら言う。
 
「は、裸なんて見てないです!そんな・・・その・・・。」
 
 シャツを脱ごうとしていたところだから下着が少し見えただけだと叫びそうになって、危ういところで口をつぐんだ。
 
「そしたらライザーの奴が、『見たことがなけりゃ話は別だろう』なんて真顔で言うもんだから、こらえてた笑いがいっぺんに吹き出しちまったよ。ま、それほどうろたえるところを見ると本当にそうなんだな・・・。」
 
「は・・・はい・・・あ、いや・・・えーと、その・・・。」
 
 オシニスさんは焦ってしどろもどろになった私を見つめ、また笑った。
 
「ま、お前はそのじれったいところがいいのかもな。」
 
「・・・ほめてるつもりなのか?」
 
 ライザーさんがあきれ顔で尋ねる。
 
「当然だ。こいつはこのじれったくていらいらするところがいいんだよ。」
 
「・・・全然ほめ言葉に聞こえないな。」
 
「ふん、いいじゃないか。これが俺流だ。」
 
 どうやらほめられているのは確からしいが、全然ほめられている気はしなかった。
 
「君のほめ方が通用するのは僕ぐらいなものだよ。」
 
 この言葉にオシニスさんはライザーさんを見上げ、にやりと笑った。
 
「まあそうかもな。お、どうやら回復したみたいだぞ。」
 
 私の背後に移されたオシニスさんの視線の先にはウィローが立っていた。まだ顔色はあまりよくなかったが、さっきよりは大分元気を取り戻しているようだった。
 
「本当に大丈夫?」
 
 私は立ち上がり、ウィローの額に手をあてながら尋ねた。手のひらで感じる限りでは熱はないようだった。
 
「大丈夫よ。カインの気功のおかげで、ずいぶん早く疲れが取れたから。」
 
「気持ち悪くない?頭は痛くない?お腹は・・・」
 
 矢継ぎ早に質問する私を見て、ウィローが笑いだした。
 
「大丈夫だってば。本当よ。だからもう心配しないで。それより、私も挨拶しなくちゃね。」
 
 なだめるように私の肩をぽんぽんと叩き、ウィローはオシニスさん達の座っているテーブルの前に立った。
 
「初めまして。ハース鉱山の統括者をしておりましたデールの娘、ウィローと申します。先ほどは失礼いたしました。」
 
「そんなに丁寧に挨拶されるとこっちが照れるな・・・。」
 
 深々と頭を下げるウィローに、オシニスさんとライザーさんは立ち上がり、それぞれ自己紹介をした。
 
「俺はオシニス、入団5年で、隣にいるこのライザーとコンビを組んでいるんだ。他人が見ると俺はどうも20歳そこそこにしか見えないらしいが、これでももうすぐ26になるんだ。」
 
 この自己紹介に、隣で聞いていたライザーさんが吹き出した。
 
「な、なんだよ。どうせ言われるんだからその前に言っただけじゃないか。」
 
 オシニスさんが心外だというように口をとがらせた。
 
「それはそうだけどね・・・。ウィロー、僕はライザー。今オシニスが言ったとおり、こいつと僕は同じ日に入団して、それ以来ずっとコンビを組んでいるんだけど、どこに行っても僕のほうが年上に見られるんで困ってるんだよ。本当は僕のほうが少しだけ若いんだけどね。」
 
「若いったってほんの何ヶ月じゃないか。」
 
「それでも若いのは若いのさ。」
 
 恨めしげにライザーさんを睨むオシニスさんと、すまして答えるライザーさんを交互に見て、ウィローは笑い出した。
 
「お二人のことはカインとクロービスから聞いています。とても頼りになる先輩ですごく強いって聞いてたけど・・・とっても楽しい方達ですね。」
 
「若いの怖いのと言われるのはしょっちゅうなんだが・・・楽しい方って言われたのは初めてだな・・・。」
 
「いいじゃないか、楽しくないより。」
 
「それもそうか。」
 
 このやりとりにウィローはまた笑い出した。
 
「す、すみません・・・でも・・おかしい・・・。」
 
 ウィローは笑いをこらえようとするのだがなかなかうまくいかない。
 
「一度笑い出すと止まらない、か・・・。セルーネさんみたいだな・・・。」
 
「あ、そう言えば、昔言われたことがあります。セルーネさんも一度笑い出すと止まらないんですよね。」
 
「そうか・・・。君は俺達より古い剣士団員の顔はほとんど知っているんだな・・・?」
 
「カナに最後に赴任されたのはキリーさんとディレンさんでしたから、それよりも先にカナに来られた方はほとんどわかります。」
 
「なるほどな。それじゃこれで俺達もお互い顔見知りになったわけだから、あとは堅苦しい礼儀は抜きでいこう。ウィロー、よろしくな。」
 
「はい、よろしくお願いします。」
 
 ウィローはオシニスさん達と握手を交わしてもう一度頭を下げ、私の隣の椅子に腰を下ろした。また何度かくしゃみをしたウィローに、ライザーさんがお茶を勧めてくれた。
 
「おいしい・・・。」
 
 一口飲んだウィローがほっと一息ついた。私達の飲んでいるお茶とは香りが違う。
 
「カモミールティーですか?」
 
「そうだよ。風邪のひきはじめならこれがいいかなと思ってね。でも君の煎じる薬草にはかなわないけどね。」
 
「でも私の薬草茶は苦いから飲めない人もいますけど、これは飲みやすいですよね。」
 
 『苦いから飲めない』のところで、カインが肩をすくめたのがわかった。以前カインが風邪をひいた時に私が飲ませた薬草茶は、よく効くということでいつの間にか王宮中の評判になっていた。王立医師会の医師達までがレシピを聞きに来たほどだ。私はこれを父から教わったので、故郷の島の人達はこの薬草茶のことを誰でも知っている。そしてライザーさんは、実際に父にそれを何度も飲ませてもらったと言っていた。
 
「ははは。君の作るのは薬だからね。苦くて当たり前だよ。これはあくまでもお茶だから、本来楽しむためのものなんだ。」
 
「こいつお茶にはうるさいんだよな、まったく・・・。」
 
 オシニスさんがあきれたような言い方をした。
 
「せっかく飲むんだからおいしいほうがいいからさ。ウィロー、カナと比べてこっちは寒いだろうから、出来るだけ体を温めるものを飲んで、脱ぎ着出来る服を重ね着して調節するといいよ。」
 
「はい・・・。ありがとうございます・・・。」
 
 ウィローはうれしそうにうなずいた。
 
「さて・・・ウィローが落ち着いたところで話の続きをするか・・・。クロービス、ひとつ聞いていいか?」
 
「はい?」
 
「お前がハース渓谷の入り口で出会った怪物は、確かにロコだったんだな?」
 
「・・・間違いないと思います。自分でそう名乗りましたから・・・。」
 
「そうか。お前はそのロコを殺したことを、剣士団長には伝えたんだろう?」
 
「はい・・・。」
 
「なんて言われたんだ?」
 
「不問に伏すと・・・。やむを得ない事情だったのだからと・・・。」
 
「なるほど。そしてお前自身はどうだ?そのことについて後悔してるのか?」

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