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「あんた冒険家か?」
 
 突然、隣で酒を飲んでいた男性が声をかけてきた。武装しているので王国剣士かと思っていたが、考えてみれば勤務中に酒を飲む王国剣士もいないだろう。
 
「いえ、私はついさっきこの町に出てきたばかりです。」
 
 私は正直に答えた。と同時に、万一に備えて、荷物を自分の身近にしっかりと置いた。
 
「そうか。俺は冒険家なんだ。この北大陸はもう、隅から隅まで歩き尽くした。そろそろ南大陸へ渡りたいところなんだが、最近向こうのモンスターが強くなってきたって聞いてな。命あっての物種だからどうしようかと考えているところなんだよ。しっぽを巻いて逃げ出すみたいで嫌だけど、自分の力量を考えずに突っ走ると、ろくな目に遭わないからな。」
 
 冒険家・・・。自分の腕だけを頼りにあちこちを歩き回り財宝を探したりモンスターを倒したり、そんな仕事を生業とする人達・・・。実際に会うのは先ほどの語り部同様もちろん初めてだ。本当にこの街には色々な人達がいる。私はまたも好奇心に駆られ、いろいろと聞いてみたくなった。
 
「今までにどんなところに行ったんですか?」
 
「うーん、いろいろだなあ・・・。南大陸へとつながっているロコの橋のほうにまで行って、あのあたりの洞窟なんかはだいたい探索したが。そういえば昔、どこかの森で迷っていてな。途方に暮れていたら、そこにきれいな泉があったんだ。泉の水を飲んでみたら、それが無茶苦茶おいしかった!うーん、北大陸のどこかだったなぁ、あれは。また行ってみたいと思って探したんだけど、それっきり見つけることはできなかったよ。」
 
 きれいな泉・・・この大陸には未知の場所がまだたくさんあるのだろうか。
 その時後ろの方で大声で怒鳴っている人がいることに気づいた。見ると父と同じくらいの年配の人がジョッキを片手にわめいている。
 
「まったくなあ・・・。獣たちが人間を襲うことは昔からあったが、特にここ数年、急激に多くなった。人々の獣たちに対する恐怖は増す一方で、いつしか、獣たちは『モンスター』などと呼ばれるようになったんだ。昔だって被害がなかった訳じゃねぇけどなぁ、あんな凶暴な奴らはいなかったんだよ。畜生!!あんな奴らがいなけりゃ、あいつだって死なずに済んだのに!!」
 
 そう言いながら目をゴシゴシ擦っている。泣いているのか・・・。
 となりの冒険家が私に耳打ちをする。
 
「あの人はな、少し前に奥さんをモンスターに殺されたらしい。気の毒だよな。きちんと武装して訓練を積んでいる者ならこのあたりのモンスター程度はなんとでもなるんだが、女子供はなあ・・・。」
 
 私は、エルバール大陸極北の地で出会った女剣士を思いだしていた。女性でもきちんと訓練を積めば、なんの問題もないだろう。とはいえ、一般庶民の女子供がみんなで剣の腕を磨かなければ外も歩けない世界など、想像したくもない。
 
「ここ、いいですか?」
 
 私達が座っているテーブルの脇に、いつの間にか一人の青年が立っていた。
 
「どうぞ。」
 
「空いてるから座れよ。」
 
 私達が快く応じると、青年はにっこりとして私の隣に座った。
 
「ありがとう。いやぁ、一仕事終えてのビールは最高ですねぇ。」
 
 そういうと、ビールをぐいっと飲み干し、プハーッと息を吐く。本当においしそうだ。
 
「ところでみなさん、こんな話を聞いたことはありますか?私の父は、長年漁師をしていたのですが、ある時北の地で、夜空に七色のビロードがかかるのを見たと言っていました。いったい、何が起こっていたのでしょうか?」
 
「七色のビロード?」
 
 冒険家が身を乗り出す。
 
「ええ、北の岬のほうでも見られるという話ですけどね。私は見たことはありません。だからこの話が本当かどうかも判りませんが、ロマンチックでしょ?」
 
 青年は愛想よく笑いながら返事をする。
 
「うーむ、南大陸へは行けそうもないし、これからは北の地の謎を解き明かすべきか・・・。」
 
 冒険家は腕を組み、考え込みはじめた。それを潮に私は立ち上がり、カウンターへ行くと、マスターに部屋への案内を頼んだ。
 
「マスター、ごちそうさまでした。そろそろ休みたいんだけど・・。」
 
「お、そうかい。それじゃ、宿帳に名前を書いてくれ。」
 
 出された宿帳に名前を書くと、マスターはにこにこしながらそれを眺め、
 
「よっしゃ。当宿のサービスは万全ですぜ。清潔なベッド、安心して眠れる鍵付きの部屋・・・。」
 
 そして急に声を落とすと私の耳元に口を寄せ、
 
「なんなら、かわいこちゃんまでつけますがね。いかがです?この裏手に歓楽街があるからね。とびっきりのいい女が揃ってるよ。俺の店に泊まってるって言えば安く頼めるぜ?」
 
「い、いや、いいよ、別に。」
 
 私は赤くなりながら必死で断った。
 
「おやそうかい?遠慮しなくていいんだぜ。いい若い者が独り寝なんて寂しいじゃないか。」
 
「いや、その、いいよ。わ、私は、一人なのがいいんだ。」
 
 真っ赤になった私の顔を見て、マスターは不意に大声で笑い出した。
 
「はぁっはっは。ちょっと冗談が過ぎたな。気を悪くしないでくれよ、にいさん。」
 
 どうやらマスターは、私が若いのでからかったらしい。
 
「おーい!ラド!!ラドはいねぇか!?」
 
 マスターの声に答えて、奥から灰色の髪をした若者が顔を出した。
 
「はい、旦那。御用ですか?」
 
「御用だから呼んだのさ。他に何があるってんだ、このマヌケめ!こちらのにいさんを部屋に案内してくれ。」
 
「はい。わかりました。お客さんこっちへどうぞ。」
 
 私はラドと呼ばれた若者のあとについて階段を上がった。
 
「お客さん、エルバールの人じゃないのかい?」
 
 歩きながらラドが話しかけてくる。
 
「ちがうよ。これからここで仕事でも見つけようと思ってはいるけどね。」
 
「そうか・・・。それじゃ町まで来るうちにモンスターにあっただろ?」
 
「あったよ。」
 
「お客さんは剣も弓も持ってるみたいだから、きっとモンスターなんてヘッチャラなんだろうな。俺は貧民街の出でね。ある日両親は貧乏から抜け出そうと、南大陸のハース鉱山を目指して町を出たんだ。でも町を出ていくらも行かないうちに、モンスターに襲われて両親は死んでしまった。そのあと警備中の王国剣士に見つけられて孤児院に連れて行かれたんだけど、たまたまそこに来ていたここの親父さんが、俺を引き取って育ててくれたんだ。口は悪いけど俺の恩人なんだよ。」
 
 ここにもまたモンスターの犠牲者がいる・・・。
 
「あれ?俺何でこんなことまでお客さんに喋ってるんだろ・・・。また親父さんに怒鳴られちまうな。『よけいなおしゃべりをするな』ってね。気を悪くしないでくれよ。」
 
「そんなことないよ。でもモンスターの被害は深刻なんだね・・・。」
 
「そうだな・・・。それでも20年くらい前に比べりゃかなりよくなってきたって言う人と、いやもっとひどくなったって言う人がいるよ。どっちなのかは分からないけどね。さあ、着いたよ。この部屋がお客さんの部屋だ。」
 
 私は部屋の前で鍵を受け取ると、ラドに礼を言って部屋に入った。
 マスターの言葉は嘘ではなく、扉の錠前はしっかりしており、ベッドは清潔でお日様のにおいがした。窓の外はすっかり闇に覆われていたが、島にいた時のように真っ暗ではなく、店の軒先には明かりがともり、夜になっても人通りが絶えることはなく、時折賑やかな笑い声が聞こえてくる。
 
(エルバール王国に来たんだな・・・。)
 
 改めて私は、今自分のいる場所を実感した。
 ブロムおじさんはどうしているだろう。あれから島への道を戻っても、夜までにおそらくあの山小屋へ辿り着くのが精一杯だったろう。無事に島へ戻ってほしい。
 
(島のみんなはどうしているのだろう・・・。)
 
 イノージェンの顔が浮かぶ。柔らかな金の髪・・・、思わず抱きしめた華奢な体・・・私の服の肩に染みこんだ涙・・・。もう会えないのだろうか・・・。
 頬杖をついて窓の外の闇を見るうちに涙がにじむ。
 
(それでも・・・私はここで生きていく場所を見つけなければいけないんだな・・・。)
 
 ランプの明かりを消し、床につく。やがて私は眠りの中へおちていった。
 
− 煌々と照る月。
− 少女の横顔。
− 長い階段。
− やがて聞こえてくる悲鳴・・・。
 
 ぼんやりとした目覚め・・・。島にいた時よりも、夢の印象が強い。なぜだろう・・・。
 外を見ると、もう陽は昇っている。今日こそは仕事を見つけなければならない。気持ちを奮い立たせようと勢いをつけて起きあがると、着替えをすませて荷物をまとめ、部屋を出た。階下では宿泊客らしい人達が食事をしていた。
 
「おはよう、マスター。朝食頼めるかな。」
 
 マスターはにこにこ顔で振り向くと、
 
「おお、おはよう。何だにいさん、顔色が悪いな。枕が変わって眠れなかったかい?そんなときはこの『我が故郷亭』特製のスペシャル朝食だぜ。」
 
 どんと私の前にボリュームたっぷりの食事を乗せたトレイを置いてくれた。
 
「ありがとう。いただきます。」
 
 食欲はなかったはずなのに、なぜかどんどん食べられる。気づいた時にはすっかり平らげていた。
 
「ごちそうさま。お世話になりました。いくら?」
 
「昨日と今朝の食事で20G、宿泊料が30Gで、合わせて50Gだね。また来てくれよ、にいさん。」
 
「ありがとう。」
 
 私は金を払うと、『我が故郷亭』をあとにした。
 さてこれからどうしようかと考えたところで、私は故郷を出る時に着てきた父の形見の鎧が傷だらけだったことを思い出した。少し修理をしてくれるところでもないものかと、私は武器防具を扱う店をのぞいてみることにした。店にはいると、愛想のいい親父さんが笑顔で出迎えてくれた。私はまず、洞窟の中で拾った腕輪などを売れるかどうか聞いてみた。
 
「ほぉ、お客さん、若いのにたいしたものじゃないか。モンスターの戦利品を売りに来るとは。買ってやるよ。こう言うのはね、喜んで集めてる人達がいるんだよ。」
 
 そう言うと店の親父さんは、コウモリが落とした腕輪や妙な形の木の枝、錆びた短剣までも引き取ってくれた。少し荷物が軽くなった。私は、ふと思い立って、昨日ブロムおじさんの知り合いのところで耳にしたナイト輝石のことについて尋ねてみた。
 私の質問に親父さんは
 
「『ナイト輝石』というのは、3年ほど前にハース鉱山で発見された、類い希な硬度を誇る黒い石のことだ。ナイトの名前には『夜』のように黒いという意味と、王国を救う『騎士』という二つの意味があるんだ。実際ナイト輝石の武具によって守られた命は数限りないだろうな。残念ながらナイト輝石製の装備は、城下町の中では市販されていないんだ。城下町周辺のモンスターは、普通の装備でも何とかなるからな。ナイト輝石は、南大陸の危険な地域に優先的に供給しなければならないんだ。あ、あと北大陸の中でも南地方のクロンファンラあたりなら出回っているがね。もっとも余程の腕がないかぎり、あそこまで行く前にモンスターにやられちまうのがオチだから、勧められんけど。あとは王宮かなあ。王国剣士団の中にある鍛冶場では販売してるらしいが・・・。もっとも一般人はそんなところで買い物なんて出来ないからね。」
 
そう教えてくれた。私は、自分の着ている鎧を指さし、尋ねてみた。
 
「わかりました。あと・・・これと同じような鎧って買ったら幾らくらいするんですか?」
 
「うちで扱っているレザーアーマーだと280Gだ。だがお客さんの着ている奴はもう少しいい物だぜ。手放すのはもったいないよ。でも、もしもその鎧よりも一段上の防御力がほしいのなら、チェインメイルがいいよ。その上というとプレートメイルだ。」
 
「でも重くないですか?」
 
「そうだなあ、プレートメイルなら大抵の攻撃は跳ね返すけど、確かに重いなあ。動けなくなっちまえばやられるのは同じだから・・・。そうだな、やっぱり自分が動きやすくて、着やすいものを選ぶのが一番いいよ。」
 
 親父さんは親切にアドバイスしてくれる。
 
「そうですか・・・。それじゃこの鎧の修理だと、どのくらいかかりますか?」
 
「どれどれ・・・。それは見てみないと何とも・・・。ほぉ、今まで丁寧に修理されていたんだな。よし、きれいにしてやるよ。待ってな。」
 
 親父さんはそう言うと、レザーアーマーの表面をきれいに拭いて傷を治し、ぴかぴかに磨き上げてくれた。
 
「出来たよ。修理代は負けて100Gだな。高いと思うかもしれないけど、その分、しっかりと直しておいたよ。もう新品同様だぜ。」
 
 確かにもう傷はなくなっていて、表面は磨き上げられている。古くなった革ひもなどは全て取り替えられて、丈夫なものが通してあった。
 
「はい、お世話になりました。」
 
 礼を言ってお金を払う。父の遺してくれた500G。その後モンスター達の落としていったゴールドを拾ったり、奇妙な物を売ったりして結構お金は増えている。さっきの宿屋が食事と合わせて一泊50Gだから、このあとしばらくの間仕事が見つからなかったとしても、あと幾晩かは宿屋にも泊まれる計算になる。
 
「毎度ありがとう。ところでお客さん、このレザーアーマーはお客さんのじゃないみたいだね?」
 
「え?」
 
「いや、サイズが合わないだろ?」
 
 確かに言われてみれば、父のほうが背も高かったし肩幅も広かった。
 
「ええ、父のお下がりなんです。」
 
「なるほどな。よし、サイズあわせをしてやるよ。ちょっとこっちに来てくれ。」
 
 私は店の奥で、体型に合わせてレザーアーマーを調整してもらった。
 
「よし、これでぴったりだ。お客さんの体の動きを妨げることなく、しっかり防御しますぜ。サイズが合わないまま着ていると、モンスターに体当たりをかけられたりした時にはずれちまったりするんだよな。だいたいこの手の代物ってのは、一番壊れてほしくない時に限って壊れるもんだからな。」
 
 親父さんはにこにこしている。ここで買ったものでもないのにこんなに丁寧に修理して、サイズまで合わせてくれる。この仕事が本当に好きでやっている。そんな感じだった。この町で仕事を見つけたら、私もその仕事にこんな風に打ち込みたい。その仕事を本当に愛して、誇りを持てるようになりたい。
 
「ありがとうございます。あと・・・こちらで人を雇ってはいないですか?」
 
「求人かい?うーん・・・うちは特にしてないなあ。見た通りの狭い店だからな。」
 
「そうですか。すみません。失礼します。」
 
「また来てくれよ。」
 
 そう簡単に仕事は見つかりそうにない。そのあとあちこち歩いてみたが、どこもみんな首を横に振るばかりだ。すっかり疲れた私は、一度住宅地区のほうに戻り、昨日の無名戦士の墓のところへ行ってみた。昨日来た時にも思ったのだが、石碑は木立に囲まれ、涼しい風が吹いていて気持ちいい。故郷の島のように新緑の季節だけではなく、太陽はいつも頭上に輝き、空は青く澄みわたっている。私は木陰に座ると一息ついた。
 無名戦士の墓に手を合わせる少女がいる。昨日いた娘とはまた別の娘だ。何とはなしに見つめている私に気づくと、少女は私に近づいてきた。
 
「こんにちは。」
 
 この娘も屈託がない。人なつっこく話しかけてくる。
 
「こんにちは。」
 
 私も挨拶を返した。
 
「あなたはエルバールの人じゃないみたいね。」
 
「違うよ。昨日着いたばかりなんだ。」
 
 私は昨日ここで出会った娘にしたのと同じ答を繰り返した。
 
「それじゃねぇ、エルバール王国について教えてあげようか?」
 
「そうだね。お願いしようかな。」
 
 返事をしてしまってから、昔ダンさんが、城下町には田舎者の旅人を騙す悪者がいるという話をしてくれたことを思い出した。親切そうに近づいてきてあれこれと世話を焼き、いきなり案内料と称してとんでもないお金を巻き上げる。だが、今私の目の前にいる娘は、とてもそんな悪者には見えない。そして実際、私はエルバール王国についてほとんど知らない。私は自分の勘を信じて、娘の申し出を受けることにした。ここは大通りに面した場所だ。万一法外なお金を要求されたりしたら、近くを歩いている王国剣士に助けを求めることも出来るかも知れない。
 娘はもったいぶって咳払いをするとゆっくりと語り出した。
 
「いま、エルバール王国は、この世界のほとんどを統治しているのだけど・・そのエルバールは、エルバール北大陸と南大陸に分かれているの。北大陸は今私達がいるところ。王宮がある中心地で、人口も多いし安全よ。南大陸は、ハース鉱山があるのだけど獣たちが強くって、人が暮らすのは結構たいへんなの。そのほかにもいくつか島があるんだけど、二大陸以外はエルバールの統治下ではないのよ。」
 
「そのほかの島というのはなんて言うの?」
 
 その「ほかの島」の中に私の故郷が入っているはずはないだろうが、もっとたくさんの島があるような口振りに私は興味を持った。
 
「うーんとねぇ・・・サクリフィアの末裔が住んでいると言われる島があるわ。それから、自然のままに人々が暮らしているムーンシェイの森があると言われている島とか・・・。でも名前はわからないわ。ごめんなさい。」
 
「サクリフィアにムーンシェイか・・・伝説の地だね。」
 
 200年前の聖戦で滅びたと言われているサクリフィア・・・。今の時代を生きる私達にとっては、遙か彼方の伝説に過ぎない。
 
「そうね。私も聞いたことがあるだけで、本当にそこにそう言う人達が住んでいるのかどうかはわからないわ。・・・あらやだ、おしゃべりしちゃったわ。もう帰らなくちゃ。それじゃね。」
 
「え?」
 
 娘があまり簡単に立ち去ろうとしたので、私のほうが拍子抜けしてしまった。
 
「あら?まだ何か聞きたいことがあるの?」
 
「あ、い・・・いや、何でもないよ。ありがとう。」
 
 娘は不思議そうに私の顔を眺めていたが、突然くすっと笑った。
 
「もしかして・・・あなた私のことを、お金目当ての詐欺だと思ったとか?」
 
「あ、いや、そんなことは思ってないよ。でも、そう言う人がいるって言うのは聞いてたから・・・。」
 
 これでは君を疑っていたと言っているようなものだ。娘が怒り出すのではないかとヒヤヒヤしたが、娘は私の言葉を聞いて大きな声で笑い出した。
 
「正直な人ねぇ。残念でした。私は詐欺師じゃないわ。そう言う人達に会いたければ、この通りの何本か裏手に行くと、たくさんいるわよ。」
 
「いや・・・別に会いたくはないけどね・・・。ごめんね。疑ったりして。」
 
 頭を下げる私に娘は微笑んで、
 
「いいのよ。この町に出てきたばかりの人なら、そのくらい用心してちょうどよ。それじゃ、私は帰るわ。もしもこの町に住むことになったら、時々は無名戦士の墓に手を合わせてあげてね。」
 
「わかったよ。いろいろありがとう。」
 
 娘はパッと駆け出すとあっという間に見えなくなった。それにしても、これからどうしよう。仕事は見つからないし、これ以上歩き回っても意味はないかも知れない。
 その時ふと、隣にある教会に目がいった。昨日はこの前を素通りしてしまったが、何となく入ってみる気持ちになった。扉を開くと、神父様が祭壇で祈りを捧げている。傍らにシスターが立ってこちらも手を胸の前で組み、祭壇を見つめている。中を見回すと、片隅におかれたピアノがあった。
 
「あの・・・。」
 
 思わず私は声をかけた。
 
「はい?」
 
 シスターが振り向く。
 
「このピアノを弾かせていただいていいでしょうか?」
 
「はい、どうぞ。」
 
 シスターはにこやかに承諾してくれた。
 私は、ふと思い立って荷物袋の中から「Lost Memory」の楽譜を取りだした。島を出る前に一度弾いただけなのに、しっかりとメロディーを覚えている。不思議な曲だ。
 私は、譜面台に楽譜を置くと、ゆっくりと弾きはじめた・・・。
 
 メロディーが教会の中に響き渡る。すると今まで祭壇で祈りを捧げていた神父様が私のそばに歩み寄ってきた。
 
「今の曲は・・?」
 
 私は黙って鍵盤を叩いていた。神父様は穏やかな微笑みを浮かべ、
 
「不思議ですね。懐かしい・・・どこだろう。どこかで聞いて、ずっと頭の中に残っていた・・・。そうだ・・昔・・私が王宮にいたころに聞いたことがあります。この教会に来る前、若い頃ですが・・・王宮で修道していた時期がありました。その時・・たしか夜でしたが・・今の曲を聞いたことがあります。もう、20年近くも前のことでしょうか・・ああ・・懐かしいですね・・あなたはどこでこの楽譜を手に入れたのでしょうか?そして、それは・・?」
 
 私は弾き終わると、神父様に楽譜入手の経緯を説明した。神父様は黙って聞いていたが、やがて私に頭を下げると、
 
「立ち入ったことをお聞きして、申し訳ありませんでした。そうですか・・あなたのお父上が遺されたものなのですね。それにしても、死に臨んで楽譜を遺すなどという話は、聞いたことがありません。いったい、どのような意味があって、また、誰が作った曲なのでしょうか・・。私がこの曲を聞いたのは、もう20年も昔のことなのですが・・王宮に行けば、誰かしら知っている人物がいるかもしれませんね・・。」
 
そう教えてくれた。
 王宮へ・・・。そこへ行けばこの楽譜の謎がわかるのかも知れない。そして父の死の謎も解けるのかも知れない・・・。でもどうやって・・・。
 教会を出たあと、私はもう一度商業地区へ戻ってみることにした。商業地区の入口まで来た時、私はそこに作りたてのきれいな店構えを見つけた。

(こんな店あったっけ・・・?)

 一晩で出来るはずがないのだから、昨日もここにはあったはずだし、今朝住宅地区に行く途中も前を通っているはずだが、今の今まで気づかずにいた。昨夜はもう暗くなっていたし、初めて見る煌びやかな町並に圧倒されてしまっていたから仕方ないとしても、さっき通った時も気づかなかったとは、いかに自分がぼんやりとしたまま歩いていたことか・・・。よくも今までスリやかっぱらいに遭わずにすんでいたものだ。
 とにかく入ってみよう。開店したばかりの店なら、もしかしたら雇ってくれるかも知れない。

「こんにちは。」
 
 私はほんの少し期待して店の中に足を踏み入れた。
 
「いらっしゃい。何をお探しですか?薬草、荷物袋、水筒に携帯食料、なんでもございますよ。」
 
 店の奥から出てきた30歳前後の若い店主。これが私と、フローラの父セディンさんとの出会いだった。だがこの店は、確かに開店したばかりではあったが、知名度が低いせいか売り上げがなかなか伸びず、家族4人が食べていくのがやっとという有様であることがわかり、私はせめてもの売り上げ協力にと薬草を買った。その後店を出た私を追いかけてきたセディンさんが、王国剣士団の新人剣士募集の話を教えてくれた。
 王国剣士・・・。私にそんな大任が務まるのだろうか・・・。にこやかに迎え入れてくれた西門の門番の剣士も、町中を歩く警備中の剣士達も、皆制服をビシッと着こなし、一分の隙もない身のこなしで颯爽としている。それほど目立たない場所にあるとは思えないセディンさんの店を、3度目でやっと見つけられたようなぼんやりした田舎者には、とても勤まるとは思えないような仕事だ・・・。そして何よりも気にかかるのが、島を出る日のイノージェンの言葉だった。

『この島の人達にとって、エルバール王国は憎しみの対象なの・・・。みんな王国で傷つき疲れ果ててこの島に逃げ込んで来たの・・・。そんな人達にとって、王国剣士は王国の象徴なのよ・・・。』

 もしも王国剣士になったら・・・。故郷の島へはもう二度と帰れないかも知れない・・・。
 セディンさんにお礼を言って『さっそく行ってみます。』とは言ったものの、正直なところ私にはまったく自信がなかった。
 王宮の前まで行ってはみたが、入る勇気が出ない。私はまた商業地区に戻り、もう少し考えてみようと、東門から外に出てみることにした。門には誰もいない。西の門には見張りの剣士がいたはずだが、ここは誰もいないのだろうか。きょろきょろと辺りを見回していた私の耳に、後ろで何かを叫ぶ声が聞こえてきた。振り向くとどうやら喧嘩らしく、人垣が出来ている。野次馬の中に昨日の冒険家を見つけ、私は彼に歩み寄って声をかけた。
 
「どうしたんですか?」
 
「おや、昨日の。なぁに、酔っぱらいの喧嘩さ。門の真ん前で騒ぎはじめたんで、東門の見張りの剣士が仲裁に入ったんだが、暴れまくって手こずっているらしい。」
 
 野次馬の輪の中では、王国剣士らしい制服を着て武装した剣士が二人、暴れ回る酔っぱらい二人を押さえようと四苦八苦していた。だが、やはり訓練された剣士にはかなわないらしく、酔っぱらい達は二人ともおとなしくなり、どこかへ連行されていった。
 私は喧噪をあとにして門の外へ出た。
 
 広々とした草原。明るい空。こんなところにモンスターがいるとは考えたくはないが・・・。
 しばらくぶらぶらしていると、どこかから悲鳴が聞こえる。声を頼りに駆けつけると、小さな子供を連れた女性が、蜂のお化けのようなモンスターと小人のような小さなものに襲われていた。私はとっさに矢をつがえ、蜂に向かって放った。蜂は一度地面に落ちたが、また飛び上がると一目散に逃げていく。小人のようなものは、顔を見ると海底洞窟でブロムおじさんがインプと呼んでいた赤い顔の小鬼にそっくりだ。そいつは子供のすぐ近くにいる。矢の狙いがはずれたら子供に当たるかも知れない。
 私は弓を抱えたまま右手で剣を抜くと、小人めがけて突進した。子供と小人の間に割って入り、そのまま剣を振り下ろす。剣は小人の肩口に命中し、奇声を上げながら逃げていった。
 
「大丈夫ですか?」
 
「は、はい。ありがとうございます・・。でもあの・・子供が・・。」
 
 母親の声は震えている。見ると先ほどの蜂に刺されたらしい。子供の顔は青黒くなり、息が荒い。私は迷わず毒を中和する治療術を唱えた。子供の顔に赤みが差し、呼吸が楽になっていくのがわかる。
 
(効いたんだ!)
 
 私はほっとした。続けてもう一つの治療術、自然の恩恵を唱える。子供はすっと目を開けて、
 
「母さん!」
 
母親に飛びついた。その時、城下町のほうから武装した剣士が二人、こちらに走ってくるのが見えた。かなりの長身の剣士と、もうひとりは・・・。
 
「悲鳴が聞こえたが・・・どうなされた?」
 
「あ、あの、モンスターに襲われていたのですが、こちらの方が助けてくださいましたの。」
 
 母親が子供を抱いたまま私を指さす。
 
「子供がアサシンバグに刺されたのですけど、この方が治療術の呪文を唱えてくださって、助けていただきましたわ。」
 
 あの蜂のお化けはアサシンバグと呼ばれているのか。確かにその名にふさわしい危険さだ。
 
「君は・・・?王国剣士ではないようだが・・・。」
 
 長身の剣士が怪訝そうに私を見る。
 
「通りがかっただけです。悲鳴が聞こえたので・・・。」
 
 私の言葉を遮るようにまた母親がしゃべり出す。
 
「この方が、アサシンバグを矢で射落としてくださらなかったら、私も刺されていましたわ。それにコロボックルも一太刀で追い払われて、とても腕の立つ方ですわね。」
 
 腕が立つ?私が?そんなことを言われたのは初めてだ。
 
「ありがとう。礼を言うよ。私は王国剣士ティール。これは相方のセルーネだ。」
 
 やっぱりそうか・・・。王国剣士セルーネ、それはあの極北の地で出会った赤い鎧の女性剣士の名だ。
 
「たいしたものだな。矢を一本と剣を一振りでモンスターを追い払うとは。しかしその腕を遊ばせているようなのがもったいないと思うが。」
 
 女性剣士は皮肉混じりとも受け取れる言い方をする。今日は赤い鎧はきていない。プラチナブロンドの長い髪を後ろでひとつに束ねている。それが風になびいて陽を反射し、キラキラと光り輝く。私はふと、イノージェンの髪を思い出していた。
 
「おい、セルーネ、一般人にまでイヤミを言うな。全く・・・黙っていれば少しは見られるんだがな、お前も。」
 
 ティールさんがたしなめるがセルーネさんはどこ吹く風だ。確かにきれいな人だと思った。化粧をしているせいもあるのだろうか。
 
「ティール、私は『見られる』ためにここにいるわけではないぞ。私は王国剣士だ。私の使命はエルバールを守ることであり、今ここにいるのは巡回警備のためだ。」
 
「ああ、悪かったよ。そう怒るな。あ、君、つまらない会話を聞かせてすまなかったな。」
 
 ティールさんは私を見て頭をかきながら片手をあげて見せた。
 
「いえ、別に。・・・では失礼します。あの、子供さんをちゃんとお医者に連れて行ってください。治療術は万全じゃないから・・・。」
 
 私はそう言うと、その場から立ち去ろうとした。
 
「これから君はどこへ行くんだ?」
 
 ティールさんが呼び止める。
 
「昨日王国に出てきたので、あちこち歩いているところです。」
 
 私は正直に答えた。
 
「そうか・・・。君は剣士団に入るつもりはないか?」
 
「・・・・・・。」
 
 私は答えられなかった。ついさっき、王宮の前まで行きながら決心が着かずにこんな場所まで歩いてきたところなのだ。
 
「おい、待てよティール。お前何を言い出すつもりだ?」
 
 セルーネさんがぎょっとしたようにティールさんの肩を揺さぶる。
 
「さっきお前も言っていたじゃないか、セルーネ。この腕を遊ばせておくのはもったいないと。」
 
「ああ、言ったさ。だが剣士団に入れるかどうかと言うなら話は別だ。だいたい私達は彼の剣さばきを実際に見たわけではないんだぞ。」
 
「それはそうだが・・・。」
 
 ティールさんが口ごもる。セルーネさんは私に向き直ると、
 
「君の腕を貶めようなどと言う意図は全くない。それは誤解しないでくれ。それだけの腕があるなら、遊ばせておかずに訓練を積むなりすれば、それなりの仕事には就けると思う。だが私達王国剣士は、このエルバール国民の盾となって働かなければならない身だ。生半可な覚悟で来られても迷惑なのでな。」
 
 私をじっと見つめて言い切った。その言葉の中には、この女性剣士の揺るぎない信念が伺える。
 
「はい、私は別に気にしませんから・・・。」
 
 適当に返事をしてその場を切り上げようとしたが、セルーネさんが私の顔をじっと見つめていることに気づいた。
 
「君とは・・・どこかで会わなかったか?」
 
 やはり彼女は覚えていたのだ。さっきからの会話で何も聞かれなかったので、私は少し安心していた。だがここで嘘をつくわけにも行かない。
 
「ええ・・・北のほうで休んでいる時に・・・。」
 
「やはりそうか。あの時の連れの方はどうしたのだ?」
 
「あ・・・途中で別れました・・・。」
 
「そうか。よけいな詮索だな。失礼した。」
 
 セルーネさんはそれ以上追求しようとはせず、私が助けた親子連れのほうに歩み寄ると、
 
「まったく・・・。そんな軽装でこのあたりに出かけるとは、無謀としか言いようがないぞ。見れば剣の一振りも持っていないではないか。」
 
そう言ってあきれたようにため息をついた。
 
「は、はい・・・。すみません・・・。でも天気もいいし、どうしてもと子供にせがまれまして、少しならとつい出てきてしまいました。」
 
 母親は消え入りそうな声で答える。
 
「しかし・・・門番に何も言われなかったのか?」
 
 ティールさんが不思議そうに尋ねた。
 
「あの・・・、東門から出たのですが、どなたもいらっしゃらなかったので・・・。」
 
 母親はすっかり小さくなっている。
 
「誰もいない・・・?」
 
 セルーネさんが顔色を変えた。
 
「おいティール!?今日の東門の見張りは誰だ!!」
 
「いきなり聞くな。俺だってすぐにはわからん。」
 
「お前よく落ち着いていられるな!!何のために門に見張りが立っているのかわかっているのか!!」
 
 烈火のごとく怒るセルーネさんを前に母子は縮み上がっている。
 
「大きな声を出すなよ!お前も落ち着け!子供が怖がっているじゃないか。」
 
 ティールさんがとりなそうとするがセルーネさんの怒りはおさまらない。『男装の麗人』と言った趣の風貌に似合わず、かなりの熱血タイプらしかった。
 
「これが落ち着いていられるか!見張りの剣士がきちんと仕事をしていれば、この母子はこんな目に遭わずにすんだんだぞ!!」
 
 あまりの怒りに私も怖じ気づきそうだったが、その門番達がその時何をしていたのか私は知っている。酔っぱらい達に殴られ蹴られながら、必死になって取り押さえようとしていた剣士達の姿を思い出し、私は彼らの名誉を守ってやりたくなった。
 
「あ、あの・・・私も東門から出たけど、多分東門の剣士さんは酔っぱらいの喧嘩を仲裁してたんだと思います。」
 
 私は先ほどの光景を思い出しながら慎重に切り出した。
 
「君は見てたのか?」
 
 ティールさんが私に振り返った。
 
「はい・・・。酔っぱらいがすごく暴れて、二人ともかなり手こずってたみたいです。」
 
「そうか・・・。わかった。ただ、どんな理由があるにせよ、持ち場を離れるってのは問題だからな。あとで詳しく調査しよう。手間をとらせて悪かった。世話になったな。この母子は責任を持って私達が町まで送るよ。」
 
 ティールさんが私の肩を叩いてそう言うと、母子の前に歩み寄り、
 
「さあ、町まで帰ろう。もうこんな無茶はしないでくれよ。」
 
そう言って母親を立たせている。母親は立ち上がると私の前に来て
 
「ありがとうございました。」
 
深々と頭を下げた。
 
「いえ・・・、子供さんをお医者に見せるのを忘れないでくださいね。」
 
「はい、必ず連れていきます。」
 
 私はそのままその場を離れ、もう少し歩いてみることにした。
 輝く太陽。澄みわたる青空。草原をわたる風は涼やかで心地よい。こんな天気のいい日に、高い城壁に囲まれた町の中に閉じこめられなければならないのか・・・。確かに町の中にも緑がたくさんあり、憩える場所はいくらでもあるのかも知れない。だが、城壁の外にこれほどの大自然が広がっているというのに、そこにはモンスターが跳梁し、武装しなければ歩くこともできない。故郷の島の大自然の中でのびのびと育った私にとって、この町の人々が見た目ほど自由に暮らせているわけではないことが意外であり、また気の毒だった。
 私にも出来ることがあるのだろうか・・・。さっきの母子は涙を流して私に感謝してくれた。もしも・・・王国剣士への道を選べば・・・少しずつでもこんな世界を変えていくことが、私にも出来るかも知れない・・・。
 それに合格出来れば、住む場所と食事の心配はしなくていい。雑貨屋のセディンさんへの顔も立つ。王宮に入り込むことが出来れば、父の遺した楽譜に関する手がかりも見つかるかも知れない。でも・・・そうなれば故郷へは帰れないかも知れない・・・。そして衣食住をあてにして試験を受けるなど不純ではないのか・・・。
 私は心の中で逡巡しながら、今度は南の門から町に戻った。南門から王宮までは一本道だ。一歩ずつその道を歩きながら、それでもまだ逃げ出したい衝動に駆られる。
 その時、道の脇でおしゃべりをしていた女性が声をかけてきた。
 
「あなたは、旅の方ね?」
 
「はい。」
 
「じゃあ、エルバール王国中興の立て役者の方達のことはご存じ?」
 
「いえ・・・。」
 
「それじゃ教えてあげるわ。ここ数十年でエルバールは急速に発展したわ。フロリア様をはじめ、剣士団長パーシバル様、大臣レイナック様といった方々の偉大な功績よ。武具の進歩と剣士団の活躍によって、人間は人を襲うモンスター達と対等に戦えるようになったの。今では強いモンスター達のほとんどは南大陸へと移動し、このエルバール北大陸には弱いモンスターしかいないわ。すばらしい王女様と強い剣士団・・。豊かな鉱山資源・・。今がエルバールの最盛期かもしれないわ・・。長い年月をかけて、ようやくこの国も幸せを手に入れたって感じよね。もうひとり、エルバール中興の祖と言われていたケルナー様はお亡くなりになってしまったけど、今はレイナック様が最高位の大臣として御前会議を束ねていらっしゃる。あの方は最高神官も務めておられるから、安心よね。」
 
「みなさんの誇りなんですね・・・。」
 
「そうね。この王国の誇りだわ。私は旅の人にこの話をするのが好きなのよ。聞いてくれてうれしいわ。」
 
 そういうと、女性は私から離れていった。また別の旅人を捕まえて同じ話をするのだろう。この町の人達は、こんな風に狭い町の中の暮らしでも、みんなそれぞれが自分なりの楽しみを見つけて精一杯生きている・・・。そのエネルギーが、私の足を前に出すための勇気を分けてくれたような気がした。
 そして私はとうとう王宮の前に着いた。おそるおそる中にはいる。門番の剣士がいるが、怪しいと思われなかったらしく、黙って通してくれた。王宮の中は広々として、床も壁も柱も美しく磨き上げられている。私は真ん中にある受付らしいカウンターに座っている女性に声をかけた。
 
「あの・・。」
 
 私が何も言わないうちから、受付の女性はさっと立ち上がり、流暢に喋りはじめた。
 
「はい。こちらはエルバール王宮の案内カウンターでございます。エルバール北大陸はフロリア様のお膝元であり、王国が誇る王国剣士団の本拠地のある場所でもございます。城下町から西の門を出て北に進みますと、左手にはエルバール極北の地の雪原が広がり、右は漁り火の岬への道となっております。西の門からさらに西に向かいますと、ローランの村に着きます。とても風光明媚なところですのでぜひ一度おいでください。南へ向かえば、クロンファンラの街がありますが、南地方は特に最近危なくなっております。行かれる場合は十分にお気をつけくださいませ。案内は以上でございます。」
 
 立て板に水とはこう言うことを言うのだろうか・・・。一気にまくし立てられ私はすっかり驚いてしまった。
 
「あ、ありがとう。あの、剣士団の採用試験はどこですか?」
 
「あら!あなた採用試験に来た方なのね。ごめんなさい。剣士団の採用試験はこの上の階で行っております。近年のモンスターの活性化に伴い、一人でも多くの気骨ある若者を求めております。あちらの階段からどうぞ。がんばってくださいね。」
 
 受付の女性はそう言うとフロアの反対側にある階段を指し示した。
 
(この上が試験会場か・・・。)
 
 受付の女性に礼を言い、私は意を決して階段を昇った・・・。

第4章へ続く

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